ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
1968年9月18〜24日 ベルリン、イエス・キリスト教会(ステレオ録音)
Prokofiev: Symphony Nr.5 B-dur op.100 [43:29]
1. Andanteo [13:03]
2. Allegro marcato [8:11]
3. Adagio [13:01]
4. Allegro giocoso [9:14]
Hervert von Karajan, dirigent
Berliner Philharmoniker
Aufname:1968.9.18-24 Jesus-Christus-Kirche, Berlin (Stereo)
Executive Producer: Otto Gerdes
Recordihg Producer: Hans Weber
Tonmeister: Günter Hermanns
Recording Engineers: Volker Martin, Jobst Eberhardt,Joachim Niss
演奏★★★★★ 録音★★★★ [評価★が2点、☆が1点の10点満点]
お気に入りのCDや海外のライブ録音を気ままに紹介する Musikfreund(ムジークフロイント)。本日は、カラヤン指揮ベルリンフィル演奏で、プロコフィエフの交響曲第5番を聴く。


プロコフィエフの交響曲第5番は、カラヤンのレコードの中では比較的地味な存在で話題にのぼることは少ない。わが国では1969年7月にLP(MG2078)が発売されてから、19年後の1988年にようやく再発売(F26G29043)され、その後CDになってからも2回再発売(POCG6054/1998年、UCCG9454/2003年)されているにすぎない。
この曲に関してはデジタルによる再録音が行われなかったが、これはプロコフィエフの作品自体の人気の問題というよりは、あまりにも完成度の高い演奏であったがゆえに、敢えて録り直す必要がなかったと考えてよいのではなかろうか。名人をそろえたベルリンフィルの高度な技能を存分に発揮し、彼らの手の内に収めたレパートリーの1つとして自信をもって世に出されたレコードであったはずだ。
プロコフィエフの交響曲第5番が録音された1968年というのは、カラヤンがソ連の音楽家と競演したりして、しだいにソ連との関係を深めていった時期にあたる。すでにオイストラフやリヒテルとの夢の競演が実現していたが、この録音はベルリンでのロストロポーヴィチとのレコーディング(ドヴォルザークのチェロ協奏曲)と同じ時期にあたる。9月21、23、24日という日付はプロコフィエフの録音データと重なっている。

この翌年の5月にカラヤンはベルリンフィルを率いてモスクワ公演を行い、ショスタコーヴィチ交響曲第10番を演奏している(レコーディングは1966年)。ソヴィエト進出を視野に入れていたカラヤンは現代ロシア音楽にも触手を伸ばして、したたかにレパートリーを広げていたにちがいない。

この時期のカラヤンは、ベルリンフィルの音楽監督になってすでに13年目。飛ぶ鳥を落とすがごとく勢いで楽界に君臨し、その地位を揺るぎないものにしていた。 「帝王」の名にふさわしい超豪華なオーケストラ・メンバーを取りそろえ、その全盛期を謳歌していた。自らの理想とする音楽を創り上げるための手駒となる最強の布陣が完成した時期でもあった。
弦楽器はシュヴァルベ、ブランディス、シュピーラーを第1コンサート・マスターに、マース、ウェストファル(2Vn)、カッポーネ、キルヒナー(Vla)、フィンケ、ベトヒャー(Vc)、ウイット、ツェペリッツ(Cb)、管楽器はデムラー、ツェラー(Fl)、コッホ、シュタンス(Ob)、ライスター、シュテール(Cl)、ブラウン、ピースク(Fg)、ザイフェルト、ハウプトマン(Hr)、アイヒラー、ウェーゼニク(Tp)、ドムス、ウテシュ(Trb)、ユルゲンス(Tb)、打楽器のテーリヘン(Tim)といった名人たちが首席奏者として固定され、黄金の70年代をむかえようとしていた。
「カラヤンはまずベルリン・フィルの音質を完全に美麗化することで、ドイツの代表的オーケストラが世界のオーケストラ界で地方化する危険を防止しただけでなく、むしろ積極的に新しい管弦楽育成への道をきりひらいたのであった。そのためには優秀な外国人をどしどし入団させたし、技術導入の方策がとられたこともあったようだ。音楽のうえでのそういう努力が、戦後きわめて特殊な生き方をしなければならなかった西ベルリンという土壌でやすやすと次元に運んだ幸運を彼は存分に味わったであろう。」
「カラヤンはずいぶんたくさんの仕事をしてきたけれども、究極のところはベルリン・フィルを彼の指揮者としての完全な道具に仕立ておおせたことが一番顕著な成果であった。いまかりに彼とベルリン・フィルとを断ち切ってしまったら、とたんに彼は両方のハサミを落としたカニのようなものかもしれない。彼がいま現実に音楽的にすばらしい生命力を示すことが出来るのは、このベルリン・フィルというハサミのおかげであり、少し極端にいえばこの共同作業の栄光あってこそ彼はパリでもウィーンでも野良犬にならずにいられるのである。」 (以上、
大木正興著「カラヤンの美学」より、『カラヤンの世界』、学習研究社、1977年)

カラヤンがベルリンフィルを指揮したプロコフィエフ交響曲第5番を筆者が聴いたのは、1980年2月15日のフィルハーモニーでの定期ツィクルス(自由ベルリン放送)と、同年9月1日にルツェルン音楽祭のコンサート(クンストハウス)がFMで放送された時のことだ。後者は「世界で初のPCM録音」という触れ込みでスイス放送協会によって収録されたものだが、弦楽器が奥に引っ込み、冷凍付けして味の抜けたような管楽器の音にずいぶんと違和感をおぼえた記憶がある。
しかしこの時のカラヤンの演奏は、それはもうべルリンフィルの高度な技能を見せつけた超絶的な演奏といってよく、アクロバット・サーカスの曲芸さながらのオーケストラのスーパー・パフォーマンスに飛び上がって驚いたものだ。演奏会記録によれば、カラヤンはこの曲を生涯で24回演奏し、ルツェルンでの演奏が最後のものになった。

プロコフィエフの交響曲第5番はソ連時代の円熟期に書かれた曲で、第1番の「古典交響曲」と並び、プロコフィエフの交響曲の中でも特にすぐれた作品のひとつである。ナチス・ドイツのソ連侵攻に対して強い憤りを感じたという作曲者が祖国愛に目覚め、国家に貢献するための方策として壮大な音楽を念頭に作曲したとされる。そして確実にくると思われた最後の勝利の瞬間を予言したいという気持ちを込めて筆が進められた。
20世紀前半のモダニズム音楽の雰囲気を残しながらも、古典的なわかりやすい形式に従って書かれ、そこに和声的な工夫や新しい技巧を組み合わせた今世紀最高傑作のシンフォニーの1つに数えられている。プロコフィエフ特有の跳躍的なリズムや叙情的なメロディーがふんだんに盛り込まれ、非常にわかりやすい曲に仕上げられている。
3管の小振りの編成によって書かれているが、ティンパニ、ピアノ、ハープ、トライアングル、タンブリン、タムタム(銅鑼)、シンバル、大太鼓、小太鼓、ウッドブロックといった豪勢な打楽器が効果的に活用され、かなりの技巧を必要とする難曲といってもよい。とくにウッドブロック(タンブロ・ディ・レーニョ)と小太鼓(タンブロ)がかけ合いで大活躍する場面は、聴き手の興奮を呼ぶ。
このような技巧の粋が凝らされた難曲は、やはりヴィルトゥオーゾ・オーケストラで聴いてみたいと思うのは音楽ファンの偽らざる心理であろう。その意味ではカラヤン=ベルリンフィルはうってつけの役者であり、この曲をゴージャスなサウンドによってドラマチックに聴かせるところは他の指揮者に比べてカラヤンが一枚も二枚も上手であり、演出の巧さにかけてはその右に出る者はいない。

妖艶ともいえる弦の扱い、これに溶け合う木管楽器の音色の微妙な色合い、ドイツ色の濃いブラスの剛毅な響きが渾然一体となって劇的なドラマが繰り広げられている。特に第3楽章の抒情的な表現は比類がなく、加えてフィナーレにおける凄腕の名人たちの統率されたパフォーマンスの見事さは想像を絶するもので、 「これは彼らのために書かれた曲ではないかしら」と聴き手に思わせてしまうほどだ。
「第5番はカラヤン風の表現で、両端楽章ではときにウェットでロマン的とさえいえる表情がつくられている。つまりプロコフィエフのもつ乾いたモダニズムとは縁遠い表現で、そこにカラヤンの個性が歴然と浮かび上がってくるのである。」 (
小石忠男氏による月評 『レコード芸術』 通巻452号より、音楽之友社、1988年)
「第1番《古典交響曲》が81年録音であるのに対し、第5番のレコーディングは68年に行われている。ファンにとっては、両者の間に聴かれる演奏・解釈のスタイルの変化に耳を傾けて見ることも一興だろう。第5番での鋼のような強靱さとともにしなやかさをも兼ね備えた音楽の魅力もさることながら、《古典》でカラヤンが聴かせるバランスのよい音楽創りもまた、彼の資質の最良の部分の現れである。」 (
岡部真一郎氏による月評『レコード芸術』通巻574号より、音楽之友社、1998年)
「プロコフィエフの交響曲は、初期の数作を除き、番号で呼ばれているものだけをとっても7曲あるが、それらの中でいわば頂点をなす作品が、1944年に完成された第5番であることは、大方の人が認めるところであろう。現在では、この作品についてもかなりの数にのぼる録音があり、定評のあるものもいくつかあるが、作曲から24年も後にカラヤンとベルリン・フィルとによって収録されたこの演奏は、オーケストラの最も好ましい時代にあった時のものであり、カラヤンも、いわば聴かせ上手という以上にこの作品の真価を強く印象づけるような自信に満ちたアプローチをみせている。そのスケールの大きい表現には、高度の造形性と深い内容が溢れている。」 (
『クラシック名盤大全・交響曲編』より藤田由之氏による、音楽之友社、1998年)
「現在までカラヤン唯一のプロコフィエフの交響曲。このプロコフィエフの最高傑作を、カラヤンとベルリン・フィルは色彩の変化も鮮やかに精妙に表現している。」 (
レコード芸術別冊「カラヤン&ベルリン・フィル」、カラヤン・ディスコグラフィ・カタログより、音楽之友社、1981年)
「かなりハードなこの曲が耳当たりよく再現され、しかもスケール大。」 (
吉井亜彦著『名曲鑑定百科・交響曲編』、春秋社、1997年)
「第5番は68年9月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。鮮度、クオリティともやや低く、距離感、広がり感、解像度にも第1番と差異があり、通して聴くと違和感は否めない。」(
三井啓介氏による録音評『レコード芸術』通巻452号より、同上)

第1楽章、アンダンテ、4分の3拍子ロシアの民族調の第1主題がフルートとファゴットによってゆったりと奏でられ、バス・クラリネットが生々しく加わってくる音場はドイツ・グラモフォンらしい克明な音づくりで、現在でも決して色褪せていない。エスプレッシーヴォのメゾフォルテで滑り込むようにはいってくる弦楽器の上手いこと! カラヤンは後期ロマン派音楽と何ら変わらぬ調理法によって、旋律線にレガートをかけてこってりと歌い上げている。
歯切れ良く打ち込む小太鼓、副主題をたっぷりと盛りつける線の太い低音弦、上滑りするかのような1stヴァイオリンが華麗に加わる音楽は、 「氷上を滑走する重戦車」(柴田南雄氏)のごとく聴き手に威圧感をあたえ、その表情はすこぶる濃厚である。
一糸乱れぬ整然さで進行してゆくこの楽団の演奏スタイルは、高性能の武器を手にし、高度な訓練をうけた軍隊の行軍のようでもあり、これをものの見事に統率する帝王カラヤンの手綱さばきが光っている。

ポコ・ピウ・モッソ(練習番号6)で歌われる抒情的な第2主題もベルリンフィルの高性能な弦楽器の独壇場だ。3連音の伴奏にのって妖艶に揺れる弦楽のしらべは美麗の限りを尽くしたもので、付点音符を大きく引き延ばし、テヌートを効かせて音階をぐいぐいと上りつめてゆく。これを受けてトランペットのカンタービレが燦然と輝くところは名人芸が極まった感がある。
展開部の第1主題も生きもののように動めく弦楽器が巧みにリードする。なめらかな1stヴァイオリンに豊かなチェロがたっぷりと重ね合わされると感興が大きく高まってくる。極めつけは、小躍りするようなスタッカートの第3主題(練習番号13)。
管の打ち込みの狭間を縫うように、5連音でなめらかに上昇する弦のユニゾンの華麗なる弓さばきには腰を抜かしてしまう。そのまま豪快に第2主題に突入し、トランペットが決然とメロディを奏でるところ(練習番号14)は興奮して思わず指揮をしたい衝動にかられてしまう。

再現部は第1主題を剛毅な管と重厚な弦が、ねばっこく打ち合うところは劇性が大きく高められているが、なんといってもコーダの音楽が圧倒的だ。トロンボーンとテューバが息長く打ち放たれると、総奏によって3連符をこってりと打ち返すこのオーケストラの威圧感にみちた重厚さはいかばかりであろう。

とどめは銅鑼、大太鼓とシンバルを情け容赦なく交互にぶちかまして聴く者を震撼させる。壮大ともいうべき和音の打撃は、巨大なオーケストラの圧倒的なパワーによってねじ伏せ、それを誇示するかのようなカラヤンの気力の充実ぶりを物語っている。「ここまでやるか?」と思わせるほどの轟然たる音響の嵐は圧巻で、これをものの見事にとらえたグラモフォンの録音にも脱帽だ。まさに「カラヤン劇場ここにあり」といった感がある。
第2楽章、「スケルツォ」アレグロ・マルカート、4分の4拍子オスティナートの弦のスタッカート伴奏にのって、クラリネットが半音階進行する飛び跳ねるような皮肉を込めた第1主題の音楽は、精密機械のようなベルリンフィルの巧緻な合奏能力が大きくものをいう。
第1主題を3回繰り返したあとの変奏(練習番号30)でオーボエ、コールアングレに続いて弦が上拍から「すうっ」とはいってくるところや、第2楽句(練習番号31)を弱音器をつけて艶めかしく揺れ動く弦のフレージングの見事さには舌を巻く。跳躍的な音型の変奏(練習番号32)では狙ったところにピタリと決まる弓さばきや、小太鼓とウッドブロックのリズム打ちの精度の確かさといった名人芸のオンパレードに開いた口が塞がらない。
このような演奏を聴くと、楽天球団を退任した野村克也監督が、原ジャイアンツのリーグ3連覇の報をうけて、ボヤいた言葉を思い出さずにはいられない。 「うらやましい限り。おれも一度でいいから、ああいう強いチームを指揮したかった・・・」(2009年9月23日)
中間部(トリオ)メノ・モッソ(練習番号36)の狂おしいオーボエ、クラリネットの表情の濃さと音色の美しさも出色のものだが、ピウ・モッソではジュスト・カッポーネ率いるヴィオラ奏者の腕の見せどころだ。メロディアスな音楽はきわめて速いテンポによって、レガートをかけてラプソディックに歌われる。

これに彩りを添えるヴァイオリンの弱音の合いの手は、羽毛のようなデリカシーあふれる肌触りで哀愁すら漂わせている。腰の強いブラスに対峙する躍動感あふれる弦楽の「跳躍ワザ」は曲芸としか言いようがなく、その名人芸を心ゆくまで堪能させてくれるのだ。
行進曲調のリステッソ・テンポ(練習番号48)は暗色を帯びたトランペットと弦のピッツィカートによって切迫しながらテンポを速め、スケルツォの主題へと一気果敢に回帰する。いよいよ、ここからベルリンフィルがさらなる高度な技能を存分に発揮する。
速いテンポで急迫的に追い込みながら、熱狂的なクライマックスへと突入するところは思わず鳥肌が立ってくる。メリハリをつけた管の苛烈なメロディーに弦の急降下音型が執拗に絡みつくところは、複雑な歯車のパズルがピタリと噛み合わされたかのように決まっている。

カラヤンはこの楽団のアクロバットのようなテクニックを駆使して細部の精巧な紡ぎ目を磨き上げ、これを存分に誇示するが、あくまで抵抗のない自然ななめらかさで勝負しているところが心憎い。フィニッシュの手前(練習番号57)で極端に音量を落としてから、一気呵成にクレッシェンドしてとどめを決めるところも大道芸人的で、俗耳にはたいへんわかりやすい。
「あの当時カラヤンは、メンバーの名人芸の上に展開される即興演奏が面白くでたまらぬ、といった風情であった。」 (
柴田南雄著『私のレコード談話室演奏−スタイル今と昔』より、朝日新聞社、1979年)
第3楽章、アダージオ、4分の3拍子 もっともカラヤンの肌に合っているのはアダージオで、音楽は詩的情緒に満ち溢れている。クラリネットによる抒情的な第1主題に拍子が変わるところでフルートが加わると、ノクターン(夜想曲)のごとく稟とした澄み切った空気が漂ってくる。練習番号59から滑り込むように入ってくる妖艶な弦楽器の美しさには思わず聴き惚れてしまう。
練習番号60で弦の奏でる第1主題は高音域のみずみずしくも美しいハーモニーが香り立ち、磨き抜いたレガートによって美麗の限りを尽くして歌われる。これはもう「カラヤン美学」の極地としか言いようがなく、ナルシストのカラヤンは聴き手を酔わせると同時に自らの奏でる音楽に酔っているに相違ない。練習番号64でテューバと低音弦による副主題はロシアの大地を思わせる厚味のある響きが印象的だ。
ハ短調の第2主題は執拗な不協和的な打撃によってクライマックスを形成する。一糸乱れぬ木管群とヴァイオリンの急降下音型、シンバル、小太鼓、大太鼓、銅鑼といった打楽器群が加わってオーケストラがその威力を思う存分に発揮する。華麗なオーケストレーションによって音楽は色彩感を増し、なおかつ刺激的に展開するところはカラヤンの得意とするところで、自信たっぷりにオーケストラを統率し、プロコフィエフの音楽を赤子の手をひねるかのようにゴージャスで壮麗な音楽に仕立て上げてゆく。

第1主題が再現する弦のエスプレッシーヴォは唖然とするほかはない。カラヤンは秘術の限りを尽くして極限までフレーズを磨き抜き、これを耽美的に紡いでゆくところはおよそ人間ワザとは思えない。ここまでやって良いものかしら、と聴き手に思わせてしまう彼らの究極のパフォーマンスにとどめをさす。
「カラヤンの指揮においては弱音による精細をきわめた微視的な指揮と、豪壮な爆発的盛り上がりとの間の間の幅はいちじるしく拡張され、完成されたベルリン・フィルの機能がその大きな距離を自由自在に埋めてゆく壮観にわれわれはいつも舌を巻かされるのである。この際も別に私たちは表現の新しい思想も理念も見出すわけではない。すべてはいままで多くの指揮者たちが部分的にはそうしたいと思っていたことばかりで、予想的にもなかったものはいっさいないのである。ただこの幅の広さを両股完全に開いて踏み跨いだ人がいなかったのに、彼がそれをあまりに苦もなくやってみせていることには素朴な驚きはやはり禁じえない。」 (
大木正興著「カラヤンの美学」より、『カラヤンの世界』、学習研究社、1977年)
第4楽章、アレグロ・ジオコーソ、2分の2拍子4声に分かれたチェロによって第1楽章の主題がこってりと回想されると、ヴィオラの刻みによってロンド主題が早いテンポで導き出される。この楽章をリードするのは第1主題を主奏するクラリネットだ。上行音型にアクセントをつけた小気味よい主題をピッツィカートの伴奏にのって、じつに気持ちよさそうに吹いている。
8分音符の連続するリズム打ちにのって、ヴァイオリンの16音符の小刻みのスタッカート主題に力強いバスの後打ちが「ガツン」と打ち込まれると、舞曲というよりは行進曲の様相を帯びてくる。狂おしい道化的な第2楽句(練習番号83)は、これを早ワザで料理するローター・コッホ(オーボエ)の独壇場だ。調子っぱずれの小クラリネットやフルート、ピッコロ、ピアノが加わると音楽に華やぎすら増してくる。

中間部(練習番号85)に登場する第2主題は、まったりとした妖しい調べがフルートによって導びかれる。これを受けて流れるように浮遊する弦楽のしなやかな弓さばきが印象的だ。クラリネットの第1主題が再現すると、なめらかな16音符の11連音によって優雅に歌い上げる弦楽の歌は美感にあふれ、フレージングは徹底して練り上げられている。
テンポ・プリモ(練習番号93)はロシア風の第3主題が低音弦によってたっぷりと歌われる。これがフーガ風に展開すると、いよいよ乱痴気騒ぎの熱狂的な場面をむかえる。木魚のようなウッドブロックが「ぽこぽこ」と打たれ、管と弦が14連音で上昇してリズム主題へと転換する。シンコペーションの打ち込みと小刻みの跳躍主題が交互に打たれて音楽はいよいよ熱気を帯びてくる。
最大の聴きどころはスタッカート主題が展開する再現部の練習番号107。4本のホルンが第1主題をたっぷり歌い上げると、リズムが切り立ち、小太鼓が「スッタカタッタ」「スッタカタッタ」と急迫的に追い込んでくる。
ブラスが厚く歌い、弦が跳躍し、木管が7連音+トリルで「ひょ〜う」と絶叫する手に汗握る即興的な展開はまさしく「カラヤン・サーカス」。錯綜するリズムを鮮やかに捌き、名手たちの曲芸によって聴き手の興奮を巧みに誘うツボを押さえたカラヤンの術は見事というほかはない。

クライマックスはトランペットが主題を絶叫する練習番号111。付点音符を極限まで引き延ばし、突き刺すように打ち放つ。「ぽっぽこ・ぽっぽこ」とせわしく叩くウッドブロックと小太鼓の苛烈なリズム打ちが精密機械のように容赦なくせめぎ合うところは圧巻だ! シンパルと大太鼓を力の限りぶちかまし、音響の洪水のごとくフィナーレへとなだれ込んでゆく。
フィナーレは突如音量を絞って、弦楽器のトップ奏者のみによってオスティナート的に刻みの主題が紡がれるところは作曲者が聴き手の意表を突いたところである。精密機械のようなボウイングによって統率された演奏をやってのけるトップ奏者たち。
最後の3小節でトランペットが全音符で打たれると、滑り込むような総奏によって一気呵成にクレッシェンドして壮絶に幕を引くところは、あたかもジェットコースターに乗ったかのようなスリリングな刺激と興奮を聴き手に与えてくれるのである。
「あの頃のカラヤンはメンバーの名人技に寄りかかった、綱渡りのようなスリルに充ちた演奏に熱中していた。」 (
柴田南雄著『私のレコード談話室演奏−スタイル今と昔』より、朝日新聞社、1979年)
これは当時「帝王」の名をほしいままにしていたカラヤンが、プロコフィエフの音楽をその美学によって磨き上げ、巧妙に計算したドラマチックな演出とゴージャスな音響によって聴き手を酔わせた類いまれな名演奏で、全盛期のベルリンフィルの名人芸を余すところなく発揮した極めつけの1枚である。
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大木正興著「カラヤンの美学」より、『カラヤンの世界』、学習研究社、1977年)

































Decca (U.K.) SXL 2004





