フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第7番(1950年VPO盤)

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ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 作品92
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1950.1.18,19 Musikvereinsaal
Producer: Walter Legge (EMI)
Engineer: Anthony Griffith
Length: 38:48 (Mono) / Olsen No.188
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


フルトヴェングラーのベートーヴェン第7番と言えば、ベルリンフィルの実況録音盤(1943年)とウィーンフィルのスタジオ録音盤(1950年)が知られていたが、後者はスタジオ録音にしては音質が悪く、筆者はLP時代から残念に思っていた。これは交響曲全集の中で最初のセッション録音だったが、オリジナルがSP録音だったことが原因と思っていた。

「一連のベートーヴェン交響曲シリーズの中でも、〈第7〉はノイズの多いことでも有名だったという。1950年収録の〈第7〉はSPで録音されている。したがって、LPで発売されても実態はSPである。別して音が悪いゆえんだ。」 『フルトヴェングラー没後50年周記念』より宇神幸男「フルトヴェングラー雑感」、学習研究社、2005年)


フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第7番には、次の5種の演奏と第2楽章のリハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.10.30/31,11/3Berlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_089
SPO1948.11.13Stockholm, Konserthuset,SRDiscpcorpO_142
VPO1950.1.18,19Wien, MusikfereinsaalHMV(EMI)O_188
LFO1948.11.13Luzern, Kunsthaus(2mov.Rehearsal)WF Society(F)O_256.4
BPO1953.4.14Berlin, Titania-Palast,SFBWF Society(G)O_333
VPO1954.8.30Salzburg, Festspielhaus,ÖRFSeven SeasO_424

sv0098g.jpg①は大戦下の実況録音で、ドラマティックな指揮ぶりからこれを採るファンは多いと思われる。この録音は終楽章冒頭の和音が欠落しており、これを修正した盤が流通している。  amazon [TOCE-6514]

筆者が最も期待したライヴ録音④はフルベンの真価を発揮した決定盤とは言い難く、手放しで絶賛するほどではなかった。これに比べ③(当盤)は音質は落ちるものの、スタジオ録音にもかかわらず実演のように完全燃焼した演奏で、フルベン・ファンとしてはこれを押さえたい。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.10.30,31,11.3DGF20G-2908812:459:498:246:3637:34
SPO1948.11.13WSOZ-7587-BS13:1110:088:237:1939:01
VPO1950.1.18,19EMITOCE-1404412:5810:178:426:5138:48
BPO1953.4.14DG415-662-213:1710:418:357:1639:49
VPO1954.8.30OrfeoC293921B13:359:338:217:3639:05

「圧倒的な力感をもったすばらしい演奏である。生きもののように踊るリズム、奔流のような音の流れ、すべてのものを焼きつくすかのような精神的燃焼、とにかくこれほどディオニソス的な面を強烈に打ちだした演奏というのは、ほかにない。音質は決して良いとはいえないが充実した内容がそれをじゅうぶん補っている。」( 志鳥栄八郎著『世界の名曲とレコード増補改訂版』より、AA8267、誠文堂新光社、1974年)


sv0098h.jpgここで、当録音にはフルベンの音盤には付きものの“ミステリー”がある。それは「第4楽章のはじめに女性の声が聞こえる」というもので、“ベト7の怪”とも呼ばれる。

第4楽章3分28秒(再現部の手前213小節フルートのリフレイン)に、女性が喋っている声と紙をめくるカサカサという音が混入しているのが聴きとれる。鑑賞には支障のない程度だが、些細な事に目を光らせるマニアにとっては聴き捨てならぬ問題。「Yahoo!知恵袋」にその女性が話している内容まで質問をしている人がいた。 
amazon [TOCE-3006]

sv0098i.jpgじつは、当盤のオリジナル録音はラッカー盤にカッティングしたものではなく、SPの盤面に合わせた4分ほどのテイクをテープ収録したものだった。

これを編集してSP用の金属原盤が作られたが(原テープは消去)、その後LPの発売に伴い、1952年に金属原盤からLP用のマスターが作られた経緯がある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0098j.jpgこの金属原盤(その後廃棄)をスタジオでマイク収録した際に雑音が混入し、これが今日まで流通して“謎の女性の声”が世界中のフルベン愛好家を魅了(?)するに至ったという。

音盤のソースは、LP用マスターを元にした系統(声入り)と金属原盤を元にしたSPからの復刻盤の系統(声なし)とに分かれるが、市販されている音盤は相当な数にのぼるため、どれをチョイスするか、愛好家にとってはさぞかし悩ましいことだろう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


第1楽章 ポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェ
sv0098k.jpg「ぐい」と抉り取るような序奏の凄まじいアタックはフルベン特有のもので、和音打撃の重厚なパンチ力に聴き手は打ちのめされてしまう。

16分音符で力強く駆け上がる低音弦の威力も絶大! 表情ゆたかに奏するオーボエや弦のトリルは愛嬌たっぷりで、ティンパニのffの鋭い打ち込みにものけぞってしまう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [Hybrid]

「冒頭のポコ・ソステヌートは、指揮者の配慮でモルト・ソステヌートに近くなっており(略)、最初の和音群は音価いっぱいに鳴らされ、時に落雷のような激しささえある。和音をたっぷり共鳴させているので、オーボエのソロはまるでその和音が引き起こした結果として、ごく自然にわき起こってくる。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


「フルトヴェングラーの〈第7〉が発売されたときの音楽ファンの興奮は大変なものだった。録音も当時のハイ・ファイであり、あたかも電気に打たれたうよなショックを受けたのだった。冒頭のすさまじい音、これこそ電気にふれるようなショックである。指揮棒をぶるぶるふるわせて特別な合図をせず、楽員が「今だ」と感じとって弾き始める。そのために貯えられたエネルギーが一時に爆発し、各自の感じとり方に微妙な差があるのでアインザッツがずれ、これらの要素が重なり合ってこんなに見事な音が生まれたのだ。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、AA8267、東芝EMI)


sv0098l.jpg主部は付点音符にビートを効かせたフルベン・リズムの独壇場。
ダメを押すように引き抜くフェルマータ(88小節)の力ワザもフルベンを強く印象付ける箇所で、ずっしりと重みのある強固なリズム、スケール大きく歌い上げる跳躍的な第2主題(119小節)、小結尾への流れるようなフレージング(162小節のpp)と前へ突き進む推進力など、巨匠の自家薬籠中のワザが満載である!

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
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 「アレグロのリズムは、生き生きと力強く繰られ、それがまた、音楽の前進駆動を抑えがたく表出する」 ダニエル・ギリス編『フルトヴェングラー頌』より、仙北谷晃一訳、音楽之友社、1969年)


sv0098m.jpg展開部のリズム楽想も巨匠の強固なリズムさばきに揺るぎはない。管弦が激しく掛け合うゼクエンツの強奏(254小節)ではむやみに加速を掛けず、地を踏みしめるような堅牢なリズムと響きで聴き手を魅了する。

「ガツンガツン」とティンパニの固い打ち込みで突き進む再現部の古武士的なスタイルも勇壮な気分に充ちており、いささかも造形を崩さぬ巨匠の芸格の高さを心ゆくまで堪能させてくれる。  amazon [SGR-8002]

sv0098n.jpg最大の聴きどころがバッソ・オスティナートで主題の断片を11回反復するコーダ(401小節)。呻りを上げる低音弦の威力は凄まじく、膨らみのあるヴァイオリンの対旋律が彩りを添えながら、クレッシェンドを重ねて頂点へ雪崩れ込むところは「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる名場面。

「内面から地熱のように湧き上がって爆発する熱い迫力( 飯田昭夫)」に思わずレコードを指揮したい衝動に駆られてしまうのも無理からぬところだ。
TOWER RECORDS  HMVicon [OPK-2068]

「序奏部全体がすばらしい高揚感にあふれているのを誰しも身にしみて感じることだろう。主部はかなりテンポが速く、流れに張りがあり、オーケストラの気迫に満ちた鳴らし方が見事だ。絶えず魂が燃えており、クレッシェンドが内部から湧き上がってくる衝動のように行われる。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)



第2楽章 「不滅のアレグレット」
sv0098o.jpg不滅のアレグレットは敬虔な巡礼の行進だ。瞑想的な木管の長い和音が印象的で、巨匠は「Allegretto(やや速く)ではなく、Andante espressivo(表情豊かに歩くぐらいの速度で)で演奏(ジェラール・ジュファン)。

いつ果てることもない変奏部(27小節)のメロディー・オスティナートは、柔らかなアクセントで繰り返し、その上に対旋律をしっとりと重ねて穏やかな表情で歌わせているのが聴きどころ。
TOWER RECORDS [DCCA-0011]
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sv0098p.jpgこの楽章のツボは低音弦に伴奏声部が加わる第2変奏(51小節)で、ウィーンフィルのコクのある弦が「ここぞ」とばかりにクレッシェンドを重ねて纏綿と奏でてゆく。

トゥッティの強奏は重みのある音で悲痛さを極めるが、そこには威圧感はなく、巡礼の行進が厳粛な祈りの音楽に高められているあたりは巨匠の慧眼があろう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「この楽章でフルトヴェングラーは、音楽の内容的意味を探っている。レコードではちょっと類のないことだ。第2主題(変奏)のフレージングは、まさしく心にしみるものがあり、その密度の高さは、ただちに感動をよびおこす。そして、オーケストラは、傑れて美しい演奏をもって、フルトヴェングラーの霊感に答えるのだ。」 ダニエル・ギリス編『フルトヴェングラー頌』より、同上)


sv0098q.jpgリタルダンドで穏やかに転調する中間部(102小節)は、巨匠が「天からの声」と描写するクラリネットのなだらかな旋律や、「堅く」と指示した鋭いスフォルツァンド下降(144小節)、「鐘のように鳴らす」ことを求めた再現部のヴァイオリンの強い分散和音リズム(150小節)、内面の告白のように微かな弱音で密やかに綴るフガート楽想(183小節)など、巨匠の奥義が満載である! 

フィナーレの強音は激しく燃え上がることはなく、深沈と淋しげな表情で消え入るところに胸がいっぱいになってしまう。

「出の管の和音が長く引きのばされるところから他の指揮者とちがうが、弦がクレッシェンドしてフォルテに達するあたりの入魂の音、鳴り切った心の歌は美しさの限りである。中間部のフガートはフルトヴェングラーが振ると、なんだか神がかって聴こえるのだ。セカンド・ヴァンオリンがppでテーマを引き出す超ピアニシモは曲への不満を吹き飛ばしてしまう。」(宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK2068、オーパス蔵、2007年)



第3楽章 プレスト
sv0098r.jpg開始を遅めに出るスケルツォは、どっしりと構えた力強さと鞭打つような躍動感を併せ持つ演奏だ。

第2部(65小節)からオーボエが吹くテーマのテンポをぐんぐん速めて走り出すところや、低音弦からヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンが順次入っていくところ(82小節)のアッチェレランドがゾクゾクするような興奮を誘っている。

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sv0098s.jpgオーストリアの古い巡礼歌(トリオ)は、一転して遅いテンポとなる。ホルンのまろやかな音によって牧歌的な田園情緒が横溢するところは、ウィーンフィルの特質を知悉した巨匠の成せるワザ。

重量感たっぷりの総奏もフルベンらしさが全開である! 一気に加速をかける終止のプレストも即興的で、フィナーレへの期待感を高めている。
TOWER RECORDS  HMVicon [TKC-375]
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「スケルツォでは第2部でオーボエがテーマを吹き始める部分の猛烈なテンポ・アップが、まさにこうでなくてはならない。胸が弾んで仕方がない。もちろんトリオの前を反復するような馬鹿なことはしていない。そのトリオがまたフルトヴェングラーならではだ。遅いテンポとリズムのための効果、ウィンナ・ホルンの下降音のこくのある音、そしてスケルツォに戻る直前の超スロー・テンポ!」宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK2068、同上)



第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ 「舞踏の聖化
sv0098t.jpg2発の強烈なアタックから開始する狂気乱舞の音楽は、熱き血のたぎりを感じさせるエネルギーの爆発だ。強いアクセントと引き締まったリズムでオーケストラをドライヴする巨匠の勇ましいスタイルが聴き手の興奮を誘ってやまない。

巨匠が仕掛けてくるのが第2主題の断片を弦楽パートがリレー的に模倣を繰り返すところ(92小節)で、加速をかけて小結尾の総奏へ乱入する荒ワザは壮絶としか言いようがない。
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「指揮者の解釈によってまさに疾風怒濤になっており、およそ踊れる音楽ではない。跳ね回るリズムが容赦なく突進していき、最後の2個の和音に到達するころには、ほとんどお祭り騒ぎのように音楽が絶頂に達し、聴く者の精力を奪い尽くす。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、同上)


sv0098u.jpg低音弦が第1主題を模倣的に打ち返す展開部の豪快なフレージングや、聴き手を鼓舞するように踏み締める行軍リズム、鉄槌のように和音打撃を叩き込む再現部の宣言、杭を打つような〈喜悦のテーマ〉(推移主題)など、霊感を得たフルベンの神業は枚挙にいとまがない。

大きな聴きどころが再現部の終止で、ティンパニの乱打で猛り狂う爆発的な総奏からコーダへ猛進する熱狂の渦は、血湧き肉躍るフルベンのパッションをいかんなく示した名場面。
TOWER RECORDS  amazon [GS-2056]

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「フィナーレのディオニソス的狂乱は、聴く者を圧倒する」 ダニエル・ギリス編)、「燃えるような緊張なもかかわらず、トスカニーニよりも依然として人間的」 ピーター・ピリー)、「不思議にもライヴのような劇性が濃厚に示されている」 小石忠男)、「この踏み外し寸前の情熱、そのアッチェレランド効果の凄まじさ、オケの生々しい鳴らし方はドラマチックな解釈の最高峰といえよう」 宇野功芳)


sv0098v.jpg同じ熱狂でも43年のベルリンフィル盤は勢いにまかせてアンサンブルが雑然としているのに対し、このウィーンフィル盤は熱狂の中にも崩壊寸前のところで踏み止まった確信めいたものを感じさせているのが特徴で、「ごうごう」と呻りを上げるバッソ・オスティナートが熱狂の音楽の土台をしっかりと支えている。

「これでもか」と怒濤のごとくラストスパートをかける巨匠のドライヴは冠絶しており、目眩くような加速で聴き手の魂までも燃え立たせてくれる。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [GS-2166]

「第4楽章こそフルトヴェングラーだけがよく成し得る嵐のような感動的表現である。実演でこの終楽章を聴いた近衛秀麿の話によると、出だしのffは天井が抜けるかと思うそうだが、オーケストラの最強奏と、気狂いじみたアッチェレランドで盛り上げてゆくコーダの興奮はいかばかりであろう。ベートーヴェンの情熱もかくやと思わせる演奏であり、まことにこうでなくてはならない。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、AA8267、同上)


フルトヴェングラーがスタジオ録音で完全燃焼した空前絶後の一枚だ。

LevelMediaDisc no.IssueRemark
AngelLPAA-82671968/6ブライトクランク
AngelLPWF-500091984/9リマスターデジタルテープ使用(厚手重量レコード)
独EMILP137290660-31986ダイレクトメタルマスタリング(デジタルリマスター)
EMICDTOCE-6514 1990/10ブライトクランク
EMICDTOCE-140442007/1岡崎リマスター
EMISACD/CDTOGE-110032011/1新リマスター(ハイブリッド盤)
英EMICDCZS-90787822011/1新リマスター(21CD,EMI録音集)
Warner(EU)CD90295975092016/8新リマスター(5CD,ベートーヴェン交響曲全集)
SinseidoCDSGR-80021994/3SP盤起し(英HMV DB21106~10)
OPUS蔵CDOPK-20682007/6SP盤起し(英HMV DB21106~10)
DeltaCDDCCA-00722010/6SP盤起し
DeltaCDDCCA-00722010/6 LP盤起し(LHMV-1008)第2世代復刻
Otaken CDTKC-3142008/7CD用マスター(擬似ガラスCD方式)
Otaken CDTKC-3372011/11LP盤起し(ブライトクランク白レーベル)
Otaken CDTKC-3752016/12LP盤起し(ワイドブライトクランク)
GlandSlamCDGS-20072005/10LP盤起し(仏HMV FALP115)
GlandSlamCDGS-20562010/11SP盤起し(独Electrola DB21106~10)
GlandSlamCDGS-21662017/7オープンリールテープ起し(38cm/s)
FW CenterCD-RFWWC1403-HYM2014/11SP盤起し(英HMV DB9516~20)桧山コレクション

音盤について
当録音の筆者手持ちの音盤を中心にリスト・アップしていくと、よくまぁこれだけ同じ録音が手を変え品を変えて市場に溢れているものだと呆れてしまうが、かくいう筆者も無駄遣いと知りながら手が伸びずにいられないのがフルベン愛好家の悲しき習性といえる。

筆者のお気に入りCDはLPマスター系ではオタケン盤(TKC314)で、解像度が高く生々しい音を楽しめる。オープンリールをソースとするグランドスラム盤(GS2166)も分厚い音で、エネルギー感があるのがうれしい不意打ち。SP盤起しでは復刻盤にみられるチリチリ音のないオーパス蔵盤(OPK2068)を最も好んでおり、中低音のぶ厚い響きによってフルベン特有の重みのあるストロークを体感させてくれる。新星堂盤(SGR8002)やデルタ盤(DCCA0011)は針音が盛大だが、LP盤起しよりも鮮度の高い演奏を鑑賞できる。

EMI系はどんよりとした従来リマスター(TOCE14044)は論外だが、「新発見のテープによる」と銘打った新リマスター盤は高音を持ち上げてスリムになっただけで、女性の声は含まれている。発見されたのは原テープではなく、従来ソースの別コピーだったらしい。ハイブリッド盤(TOGE11003)は女性の声がほとんど聞こえないレベルに修正されており、メリハリ感が増した。ブライトクランク盤(TOCE6514)は音の拡がりが気持ちいい反面、音像がボヤけて響きが薄くなってしまうのが好みの分かれるところだろう。

ブライトクランクLP(AA8267)に針を落とすと、音は固く荒れているがCDよりも迫力のある音に驚かされる。とくに素晴らしいのが1984年にリマスタ-・デジタル・テープからカッティングされた厚手重量LP(WF50009)で、CDとは次元を異にした肉感のある極太のサウンドが楽しめる。筆者は《第5》と組み合わせてCD-Rにしたものを好んで聴いている。

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[ 2017/09/09 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

ラウテンバッハーのバッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲

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バッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
スザーネ・ラウテンバッハー(第1ヴァイオリン)
ディーター・フォアホルツ(第2ヴァイオリン)
ギュンター・ケール指揮 マインツ室内管弦楽団
Recording: 1962 (Vox)
Licensed by Ariola-Eurodisc GbmH, Munich
Length: 18:17 (Stereo)
Disc: COCQ-84713


このディスクは、コロムビアのヴォックス・ヴィンテージコレクション Vol.2の〈バッハ協奏曲集〉として米Vox原盤から復刻された1枚である。同シリーズはドイツを中心とした往年の名演奏家による録音が数多く含まれており、地味ながらレトロな味わいのある演奏が多い。この《2つのヴァイオリン》は国内初発売とのこと。

sv0097e.jpg独奏を受け持つラウテンバッハー(1932~)は、すでに引退した過去の人だがレコード録音は多く(70枚以上といわれる)、一時代前にバロック音楽でも名を馳せた名女流ヴァイオリニスト。

アウグスブルクの音楽一家に生まれ、ミュンヘン音楽大学でカール・フロイントに師事し、シェリングの門下生でもある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

1964年にケルン合奏団の第2ヴァイオリンの首席奏者として来日、1983年には東京でリサイタルをひらき、バッハの無伴奏から3曲ほかを演奏している。若い頃の写真をみると、これがなかなかの美人。

「ラウテンバッハーはピリオド系スタイル以前の、いわゆる“正統派”とされてきた流れを代表する演奏家といえよう。ラウテンバッハーの特質である師シェリング譲りの高潔さ、整った造形、折り目正しいフレージング、明確に際立たせた1つ1つの音とその連なり、楷書体ともいえる端然たる直裁な弾きぶりであり、ドイツ人らしい堅実な資質とも相俟って、細部まできっちりと弾きこんだ演奏となっている。」( 寺西基之氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2008年)


sv0097b.jpgここで聴く《2つのヴァイオリンのための協奏曲》(通称ドッペル)はラウテンバッハーの飾り気のない端正な演奏スタイルが特徴で、ドイツ流の拍節をまもった安定感のあるフレージングによって、女性らしいたおやかな情感と、しっとりとした哀しみが綴られているのが特徴。

ゆとりのあるテンポから旋律線はしっかりと弾き出され、果肉のみっちり詰まった濃密で、しかも温かみのある音色がたまらない魅力である。  COCQ-84714

「このバッハの協奏曲3曲の録音は、当時としては知的で斬新な録音ながら、ラウテンバッハーの録音としては珍しい部類に属する。演奏については、知的、端正、オーソドックスというにつきる。第1番など、そのパッショネイトな性格を反映した見事な演奏で、音程の取り方ひとつにも知性が感じられる。」 渡辺和彦氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2009年)



第1楽章 ヴィヴァーチェ
sv0097c.jpgゆるやなトゥッティ主題のたっぷりした弦楽合奏が心地よく、レガート主体の低音部の対位をしっかりと響かせるあたりは、いかにもドイツ流で、中部ヨーロッパ的なサウンドといえる。

指揮者のギュンター・ケール(1920~89)はマインツ室内管の創設者で、ヴァイオリニストで学者でもある。
COCQ-84529

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sv0097d.jpgニ短調で完全終止して開始する10度跳躍のソロ主題(22小節)を、ラウテンバッハーがしっとりと憂いを漂わせながら、1音1音丁寧につむいでゆくところが印象的だ。

高音部の絹擦れのような美しい音色がとくに魅力的だが、それにも増して中低音の肉感のある温もりのある音が聴き手の耳を惹きつけてやまない。

TOWER RECORDS [TWSA-1033] 
amazon [COCQ-84441]
sv0029j.jpg

sv0097f.jpg16分音符の分散和音は決して弾き急がない。勢いにかられて指をとばすことなく、1つ1つの音をしっかりと拾っていくスタイルは端正で実直の一語に尽きる。ヴァイオリンを習う者にとっては良きお手本になる演奏になろう。

第2ヴァイオリンのフォアホルツも同様のスタイルで、低音域で太い音を響かせて第1ヴァイオリンをしっかりと支え、安定感のある演奏を繰り広げている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0097o.jpgトゥッティの繰り返し後にはじまる主題の展開(50小節)も、落ち着きのある手堅いアプローチで、息をのむような華麗な弓さばきや、ゾクゾクさせるようなヴィルトゥオジティとは無縁の、型にはめて一歩一歩生真面目に歩む感がつよい。
しかも厳粛に内面を掘り下げながら、しっとりと哀感をにじませて歌い込んでゆくところがじつに感動的だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

独奏楽器を左右のチャンネルに振り分けた録音は分離感があり、ところどころ音にひっかかりあって年代を感じさせるが、厚味のある自然でのびやかなサウンドが耳にやさしく、昨近の古楽奏法による切れのするどいデジタル音には感じられない温かみと手づくりの味わいがある。


第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・トロッポ
sv0097h.jpgバッハの創作した最も美しい音楽のひとつに数えられるラルゴは、悠久の流れを感じさせる落ち着きのある演奏で、いつ果てることも知れぬ綿々とした流れの中に身を浸したくなってしまう。

女性らしい艶をしっとりとのせた情緒纏綿たる歌い回しや、心に沁み入るような切分音は言わずもがな、トリルのひとつをとっても奏者の心が込められている。

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sv0097m.jpg物思いにしずむようなエピソード風の間奏曲(16小節ほか)の味わい深さや、緩やかに飛翔する第2主題ウェットな歌い口も聴きどころのひとつだろう。

中間部(24小節から)で16分音符の美しい綾を織り込みながら、とめどもない哀しみが綴られてゆくところはバッハにそっと寄り添うような清楚なたたずまいがある。


高音域で高揚することを避けるかのように、やさしく第2ヴァイオリンの第1主題を導くアプローチも心憎く、ラウテンバッハーの芸格の高さを伝えてあますところがない。

sv0097n.jpgなお、第1主題が再現する44小節で、第2ヴァイオリンが冒頭の4小節と同じように、記譜上にはないH音にトリルを入れているが、これは、多くのヴァイオリン奏者が慣習的に採用しているものだろうか。

トリルを入れずに楽譜通り演奏しているのは、手持ちのCDではハイフェッツ盤のフリードマンだけである。また14小節(および48小節)については旧バッハ全集のes(変ホ)ではなく、バッハの手稿通りe(ホのナチュラル)で弾いている。


第3楽章 アレグロ
sv0097j.jpg独奏楽器が目まぐるしく追いかけるようにストレッタされたカノン主題を、独奏者は楷書風の折り目正しいフレージングによって、キメ細やかな味わいをしっとりと紡ぎだしてゆく。

緊張感には乏しいが、うるおいと香りを添えて音楽に快いポエジーを与えてゆくあたりがラウテンバッハーらしい。

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大きな聴きどころは、第1と第2の独奏楽器が合一となる重音による和声進行(41小節)。弓をいっぱい使い、背筋をぴんと伸ばして厳正に和音をさばいてゆくさまは実直そのもので、あれこれと小細工を弄せずバッハの核心に真正面から毅然と切り込んでゆく独奏者の潔さが印象的だ。

sv0097k.jpgソロ主題の再現(48小節)は艶をたっぷりのせて、さらにスケールを増した表現によって大きく歌い回してゆくところがすこぶる感動的だ。

3連音を決して弾き急がず、ゆったりしたテンポと左右に分かれた独奏楽器の分離感によって、バッハの緊密なポリフォニーの書法が明瞭に解き明かされているあたりもこの演奏の大きな聴きどころだろう。

分散和音の波がたゆたう中を、太い音でしっかり歌い出される第3主題(73小節、112小節)も音楽の密度は濃く、悲哀感を織り込みながらも、快い流動感と安定感のあるフレージングによって音楽が大きくゆたかに息づいている。

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sv0097l.jpg2度目の重音パッセージのヤマ場(127小節)もカッチリしたフレームの中で厳粛な気分を張り巡らせているが、結びのストレッタの第1主題と3連音パッセージは名人芸とはおよそ無縁の、実直で崩しのないスタイルを貫き、全曲を格調高く締め括っている。

分離の良いまろやかな録音と相まって、バッハのポリフォニーを心ゆくまで堪能させてくれる掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/08/26 ] 音楽 J.S.バッハ | TB(-) | CM(-)