カラヤン=ウィーンフィルのバレエ《眠りの森の美女》

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チャイコフスキー/バレエ組曲《眠りの森の美女》作品66a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Gordon Parry
Length: 21:30 (Stereo)
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筆者がカラヤンを知ったのは家にあった東芝の「名曲全集」がきっかけで、フィルハーモニア管弦楽団を指揮したレコードを子供の頃に聴きあさり、気が付くといっぱしのカラヤン通(俗にいうカラキチ)になっていた。とくに来日公演をテレビで観てからは、そのカッコ良さに憧れ、黒のタートルを着込んでカラヤンの指揮の真似をやったものである。

sv0100a.jpg当時、カラヤンといえば、ベルリンフィルを指揮したグラモフォン盤よりも、フィルハーモニア管を指揮したエンジェル盤の方がジャケットが派手で店頭では目立っていた。

名曲が選り取り見取りの組み合わせによって廉価で販売されていたのも魅力的で、2枚組にカップリングされた《田園・悲愴・第9》と《3大バレエ&ビゼー組曲》を親に買ってもらい、これを何度もこすって聴いたのが懐かしい思い出である。

sv0075c.jpgこれらのレコードは筆者の音楽鑑賞の原点といえるもので、中でもつよく感動したのが《眠りの森の美女》のバレエ音楽

カラヤンはこの曲を3つのオーケストラで4度レコーディングを行っているが、とくにウィーンフィルとのロンドン盤は思わず聴き惚れてしまう極上の演奏で、カラヤンの美質があますところなく刻み込まれている。


sv0075b.jpgこのウィーンフィルとの《白鳥の湖》と《眠りの森の美女》は、1965年3月19日にわずか1日で録音されたもので、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションになったものだ。

ここでは老舗の楽団ならではの蠱惑的な響きが大きな魅力で、カラヤン得意のエレガントな歌い回しとゴージャスなサウンドが聴き手の耳を刺激する。
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sv0075f.jpgカルショウの録音チームは、直接性とインパクトを重視し、力強いパーカッションや粒建ちのくっきりしたハープなど、エッジの効いた固めの音作りを指向したと思われる。

メロウなウィンナ・オーボエや、しっとりと潤いのある弦の音色も特筆モノで、拍をずらすように流線を描く〈リラの精〉〈パノラマ〉の妖艶な歌わせぶりに超嘆息するばかり。まさに“空前絶美”のフレージングといえる。
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「いちばんの聴きものは《眠りの森の美女》で、カラヤンは、それぞれの曲を入念に練りあげながら、このバレエ音楽のシンフォニックな特性を鮮やかに表出している。ことに、〈序奏と妖精とリラの精の踊り〉の旋律のうたわせ方や、〈パ・ダクション〉の詩情あふれた表現などのうまさは、天下一品である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、K20C8666、『レコード芸術』通巻第389号、音楽之友社、1983年)



序奏とリラの精(プロローグ) アレグロ・ヴィーヴォ
sv0100c.jpg“悪のカラボス”をあらわすシンフォニックな管弦楽の嵐にのっけから仰天する。

切れのあるリズムを配する金管の強奏や骨力のあるティンパニの連打はエネルギッシュで、バレエの幕開きにふさわしい生気溌剌とした音楽が、聴き手に刺激と興奮をあたえている。  amazon

8分の6拍子に変わるアンダンティーノ“カラヤン節”の独壇場。弦のトレモロとハープと伴奏にのって、コールアングレが気だるい調子でたゆたう〈リラの精の主題〉は、《牧神の午後への前奏曲》(ドビュッシー)を思わせる妖艶さで、官能の世界をカラヤンはあますところなく演出する。

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sv0075j.jpg弦のトレモロが思わせぶりにテンポを揺らせながらフルートの第2楽句を巧みに導き、ハープやホルンの合いの手を煌びやかに散りばめる手口は、いやらしいほどに美しい。

木管の急上行とともにメゾ・フォルテの弦で歌い出される〈リラの精〉は、「ここぞ」とばかりにウィーンフィルの甘美な弦が威力を発揮する。

しっとりと艶をのせて、ぬめるように揺動するフレージングの美しさは悪魔的といってよく、レガートでしなやかに均しながら、力感を加えて頂点へ向かってゆく音楽運びは絶妙の一語に尽きよう。
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sv0075h.jpgトランペットが高らかに主題を受け継ぐ高揚感も比類が無く、分厚い管弦楽がffffの頂点へ迷いなく上り詰め、決めどころのシンバルと銅鑼をガッシリと叩き込んで絶叫する。

このパワフルな衝撃感や、木管が唱和する中で刻み目が見えるように聴こえる弦の精妙なトレモロは、デッカ録音の威力を世に知らしめる究極のマジックといえる。
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薔薇のアダージョ パ・ダクシオン アンダンテ
sv0075i.jpg場面はオーロラ姫が16歳の誕生日を迎え、薔薇の花を手にして求婚者たちと踊っている。宝石を散りばめるように出現する幻想的なハープの分散和音の導入句が、抜群の臨場感で迫ってくる。

主部は、なみなみと注ぎ込まれる弦楽のゆたかな響きと、深い呼吸から紡ぎ出されるカラヤンの自信に満ちた歌わせぶりが印象的だ。   amazon
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sv0075g.jpg管のリズムを加えたテンポ・プリモの総奏は、カラヤンならではの豪奢な管弦楽の醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれる。

付点音符を臨界線まで引き延ばし、しかも阿吽の呼吸でやってのけるところは“音楽の魔術師”としか言いようが無く、見得を切るようなアゴーギクによってヴィオラ、チェロに旋律を受け渡す絶妙の手綱さばきと、ツボを心得たブリリアントなカンタービレは天才の業といえる。  amazon

sv0100j.jpgシンバルの強打、トロンボーンの対位、とどめのトランペットの高音をきっぱりと打ち込むゴージャスな総奏の頂点は、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うカラヤンのカッコ良さが際立つ名場面。

「どうだ!このような見事な演奏をするカラヤンという男は、何と素晴らしい指揮者だろう」と自らに酔いながら、これを聴き手に誇示するナルシズムがいやがおうにも立ちこめてくる。


パ・ド・キャラクテール 長靴をはいた猫と白い猫
  アレグロ・モデラート

sv0100b.jpgオーロラ姫と王子の結婚式に登場する猫が、騎士と貴婦人に扮して諧謔味あふれる舞踊を披露する。

ここでは猫を模した鄙びたオーボエとファゴットが聴きもので、抜き足差し足で掛け合うところの思わせぶりな表情は演出たっぷりだ。

クラリネットの名人芸的な大立ち回りによって、一気呵勢に畳み込む迷いのない棒さばきも極めつけで、美味しいところ(金になる仕事、高い地位、美しい女性)を目ざとく嗅ぎ取り、猫パンチで素早く獲物を手に入れるカラヤンのしたたかぶりが浮かび上がってくるではないか。

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「カラヤンの生み出す音楽にはいわば悪い臭いがつきまとっていた。腐敗しているというのではないが、名前ばかりが有名で、その香りはひどく嗷慢で自己中心的な香水のような、なんとも言えない嫌味な臭さがカラヤンの音楽には確かに存在した。私は生理的に嫌悪した。そして、カラヤンの音楽を聴き直し、それらに共通した嫌味、というか雑味を認めることになった。音楽以外のことに憂き身をやつし、疲弊し、同じ音楽を何度も録音し、社交界での活動を優先し、虚栄心をくすぐるポストに虎視眈々とし、手に入れれば入れたで、自分の身に沿う音楽を強要する。“帝王”カラヤンの“本業”にとって音楽は手段に過ぎない。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



パノラマ アンダンティーノ
sv0100d.jpg《眠りの森の美女》の最大の聴きものがパノラマの音楽だ。リラの精の導きで、王子がオーロラ姫が眠る城へ向かう幻想的なシーンを、カラヤンは極上のレガートによって、拍節感はおろか小節線までをも取り払い、聴き手を夢幻の陶酔境へと誘い込む。  amazon

ウィーンフィルの甘美な弦はとろけるように美しく、淡くたゆたうメランコリックな語り口は、一度聴いたら虜になってしまう麻薬のような魔力を秘めている。

フルートと弦が柔らかく逍遙する第2句もたまらない。さりげなく装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな香気を放ち、しっとりと哀感を滲ませながら、いたわるように主題に回帰するところなど涙もので、さらにテンポを緩めて弱弦で歌い込む抒情的な味わいは、いかばかりだろう。
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sv0100f.jpg巧妙に拍をずらすようにメゾ・フォルテで高揚する41小節の決めどころも実にドラマチックで、名残惜しげにテンポを落とし、潤いを込めて艶っぽく歌うチェロとヴィオラのエピローグも俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

品よく彩りを添えるハープの伴奏もエレガントの極みで、指揮者の秘術にデッカの技術が高度な次元で結びついた究極の“デッカ・マジック”といえる。  amazon

「上辺を取り繕い、貴族主義的で鼻持ちならぬ高踏的高みから聴き手を臨み、小馬鹿にしながらも、心地よく前進的で、甘さにも事欠かない音楽で適度に慰藉し、そのような音楽のあり方によって世界を無批判に是認し、自己を是認し、“美”という20世紀には凡そ相応しからぬ媚薬で聴衆を知的怠慢へと誘う。彼の音楽は麻薬的である。その意味では非凡であり、誰にも真似の出来ないものとなった。しかし、その音楽は、決定的に無自覚的であり、その意味では犯罪的なのだ。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



テンポ・ディ・ヴァルス アレグロ
sv0100e.jpgフィナーレは、オーロラ姫の誕生日に村娘たちが踊る花輪のワルツ。序奏は力感に溢れ、鮮烈でダイナミックな管弦楽を迷い無く立ち上げるカラヤンの活力が漲っている。

主部のワルツは、オーストリア生まれのカラヤンにとってお手のもの。速めのテンポに軽微なリズムを配して颯爽とさばく3拍子の音楽は小気味よく、2分音符を長めに弾いて旋律線を巧みに均す手口はカラヤンの真骨頂。
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「ここぞ」とばかりに駆け込む主題展開も間然とするところがなく、ぴたりと決まったテンポに骨のある打撃を打ち込む思い切りの良さも特筆モノである。

sv0100g.jpg中間部は、メタリックな響きを発するグロッケンシュピールの心地よさや、哀愁味あふれる木管の歌い出しが聴き手の耳を惹きつける。

木管の装飾を加えてスルGの弦で揺れるワルツから官能的陶酔を生み出してゆくところは、カラヤンの底知れぬ音楽性を示している。
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一気果敢に駆け上がり、ぐいぐい突き進むコーダの勇渾な棒さばきは圧巻としか言いようが無く、赤子の手をひねるかのように壮大に盛り上げるフィナーレは覇気に溢れ、カラヤン=カルショウ・コンビの有終の美を飾るにふさわしく、絢爛豪華に締め括っている。巧妙な演出と名器を自在操って仕上げた極上の一枚だ。


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[ 2017/10/14 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ムラヴィンスキーのバルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

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バルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
1965.2.28 Grand Hall of the Moscow Conservatoire
Engineer: David Gaklin
Length: 21:35 (Stereo Live)
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ムラヴィンスキーのレコードの中でも筆者の印象につよく残っているのが、 1965年2月のモスクワ公演の実況録音集だ。1975年に「来日記念盤」と銘打って発売されたものだが、分離のよい鮮明なステレオ録音に驚いた。それまでムラヴィンスキーのメロディア盤といえば、骨と皮だけの痩せた硬い音のモノラル盤しか知らなかったから、これを聴いた時の筆者の衝撃はひとかたならぬものだった。

sv0099b.jpgこのコンビ半世紀の歴史の中で最盛期は60年代前半といわれ、フルシチョフ政権下の自由な空気の中で楽員の士気も高かったという。

このモスクワ公演集は4回のコンサート・ツァーを収録したもので、シベリウス、オネゲル、ストラヴィンスキー、ヒンデミットといった20世紀の作品を含む意欲的なプログラムが並ぶ。中でもバルトークの《弦チェレ》は、62年ハンガリー公演と、それに先立つソ連初演のために1ヶ月をかけて準備されたものだ。

「65年2月。ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルはモスクワを訪れ、音楽院ホールで4回の演奏を行った。当時彼らが力を入れていた、バルトークやヒンデミットなどの20世紀作品を含む意欲的なプログラムをひっさげ、万全の準備をもって臨んだこのツアーの録音は、LPとして発売され、大きな反響を呼んだ。極めつけの《ルスランとリュドミラ》序曲をはじめとする鉄壁の演奏は、何度聴いても驚異的としか言いようがない。」 特集「栄光の1960年代」より増田良介氏による、~『レコード芸術』通巻第694号、音楽之友社、2008年)


sv0099c.jpg演奏は、贅肉を削ぎ落としたような弦楽のスリムなフレージングを基本とし、ムラヴィンスキーの厳しい意志と統率力が全曲を貫いている。怜悧ともいえる緩除楽章の緊迫感も無類のもので、フィナーレで見せるロンド主題の爆発的なダイナミズムと、ザグサクと弓をいれる鋼鉄の弦楽集団の離れワザが聴き手の興奮を喚起してやまない。

循環主題が回帰するクライマックスの筆圧の強い表現も圧巻で、氷のように冷たい響きの中から沸々と湧き出ずる雄大な音楽が聴き手を圧倒する。

「当時のライヴ録音にしては音がよいので、ムラヴィンスキーの至芸を存分に堪能することができる。これらの中でまず筆頭にあげられるのは、バルトークであろう。これは、実に精緻に構築された演奏で、ムラヴィンスキーは一点一画をゆるがせにせず、音楽の核心に鋭く迫っている。全楽章を通じて、一種独特の緊迫感にあふれた、凄みすら感じさせる快演である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、VIC9545、『レコード芸術』通巻416号、音楽之友社、1985年)


「バルトークがことにすばらしい。ムラヴィンスキーはこれを純然たる古典曲として指揮しており、一切の夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りや孤独感やすさまじい緊張力を漂わせる。ことに燃え立つような精神力に充ちた第2楽章と、疾風のようなテンポで息づまる進行を見せる第4楽章が見事だ。」 宇野功芳氏による月評より、MKX2009、『レコード芸術』通巻296号、音楽之友社、1975年)



第1楽章 アンダンテ・トランクィーロ
sv0099f.jpgヴィオラに始まる冒頭の神秘的な半音階旋律は、これがフーガとなって上下に5度重ねながら声部を順次拡大してゆくところがユニークで、この主題は循環主題となって全曲を支配する。  TOWER RECORDS  amazon [SACD]

いやらしいレガートでぬめりながら、厚ぼったいフレージングで「とろり」と塗り込めるカラヤン盤に比べると、半音階がスッキリと明瞭に聴こえ、端然とした進行とクールな響きが印象的だ。
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sv0099d.jpgセンプレ・クレッシェンドから頂点に向かってぐいぐい上り詰める弦楽集団の鉄壁のアンサンブルも聴きどころで、シンコペートされた変ホ音の斉奏からグリッサンで下降する切れのある弓さばきは、名刀もかくやと思わせる鋭さと強靱さを見せている。

チェレスタの繊美な分散和音で彩るコーダは、氷のような透き通った響きの中で、鋭利な刃物で「す~」と旋律線を描くがごとく、怜悧で透明度の高い弦の響きは筆紙に尽くし難い。「冷たく光る針金のような弦の動きが、この曲のもつ抽象的な美を描き出す」(増田良介氏)


第2楽章 アレグロ、4分の2拍子
sv0099g.jpgここでは2群に分かれた弦楽グループが左右でかけ合い、オーディオ的なステレオ感を存分に堪能させてくれる。

「がっしり」と叩き込まれるティンパニを合図にえぐり出す第1主題は力動感に充ち、舞曲調の第2主題の巧緻なリズムさばきと、一糸乱れぬ強靱な弦楽アンサンブルがすさまじい勢いで進行する。

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各パートを寸分の狂いもなく噛み合わせる機械職人を思わせる精密さもさることながら、痛烈なアタックを仕掛け、一切の感傷をも寄せ付けぬ厳しい眼差しで鋭く切り込んでゆくところは、楽員と聴衆を睥睨する冷酷な仕事師ムラヴィンスキーの独壇場! 音の贅肉を徹底して削ぎ落とし、作品の地肌が輝きを帯びるまで研磨する錬金術師を思わせる。

sv0099e.jpg大きな聴きどころはピアノの連打が加わるコデッタ主題(155小節)。「ザクザク」弓を入れる和音打撃の鮮烈さと抉るようなリズムの切れに鳥肌が立ってくる。

バルトーク・ピッツィカートとスネア・ドラムの打ち込みを交えた展開部(187小節)もムラヴィンスキーは攻撃の手を緩めない。ひきずるようなフガート主題(310小節)は生き物のようにうごめき、凄腕の弦集団がダイミックスと持てる駆動性を十全に発揮する。

「効果を狙ったり、聴衆に媚びたりするところは皆無だが、音楽の本質を厳しく追及する眼が炯々と冴えている。第1楽章のひそやかで孤独な告白、フレーズをすっぱりと断ち切り、夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りがいっぱいに漂う。第2楽章の張りつめた緊張感も見事で、燃え立つ魂は何ものにも比較しがたい。」 宇野功芳氏による月評より、VIC5066、 『レコード芸術』通巻326号、音楽之友社、1977年)


sv0099h.jpg決然と回帰する再現部(372小節)も力感が漲っている。ストレッタで畳み掛ける2群のせめぎ合いは苛烈を極め、ストレートで張りつめた緊迫感が有無を言わせぬ迫力で迫ってくる。

弦楽群が軋みを立てるように追い込むコーダの攻撃的な突進も実演ならではの気魄に充ちたもので、「ぐい」とねじ伏せる力瘤のある終止は、指揮者の“鉄の意志”を感じさせる。


第3楽章 アダージョ
sv0099i.jpgムラヴィンスキー劇場の開始を告げる拍子木を打つようなシロホンと、死の恐怖を語り出すヴィオラ(重奏)のパルランド・ルバート風主題がきわめて意味深である。

夜のしじまの中でヴァイオリン(ソリ)が歌う主要主題の変奏(夜の歌)は、1音1音が研ぎ澄まされ、その潔癖な旋律線は神経の繊細な糸が透けて見えるかのようだ。

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sv0099k.jpgチェレスタの分散和音とハープのグッサンドがかけ合う中を、弦楽のすさまじい震音が強大なエネルギーを発する中間部(ピウ・レント)が大きな聴きとごろだ。アクセントを利かせた5音を情け容赦なく叩き込むクライマックスは、鬼将軍が圭角のある攻撃を仕掛けてくる。

鉄の意志で氷原を突き刺す先鋭な打撃、地の底までえぐられるリズム、冷たく結晶したような金属音が破局の頂点を形成し、聴き手を奈落の底に突き落とす! 
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チェレスタのアルペジオの中で揺らぐ主題再現は、艶光りした鋼のように冷く響く繊美な旋律から、死者を弔う瞑想的な気分が秘めやかに漂っている。


第4楽章 アレグロ・モルト
sv0099l.jpgフィナーレは裏拍から駆け出すロンド主題(A)と、その間に織り込む3つクープレ(副主題B、C、D)から成り立つ民族的な色彩の濃い音楽だ。

左右にかけ合いながら躍動するロンド主題のリズムの切れは抜群で、ティンパニが4度リズムを刻むクープレB、2度の弦が疾走するクープレCなど、贅肉を削いだ骨と皮の筋張った音楽が途轍もない勢いで進行する。
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ピアノに呼応するロンド主題の総奏は、統率された弦集団の強圧的なフレージングにただもう驚くばかり。

sv0099m.jpg音楽が動き出すのはスタッカート主題が現れるクープレD(85小節)から。行進曲調の音楽が軽快なテンポで緻密なアンサンブルを繰り広げるところは、聴き手をゾクゾクさせる名場面といってよく、苛烈に叩き込む和音打撃が聴き手の快感を誘っている。

ピアノのロンドに呼応して突き上げる鋼鉄のような弦のクープレのすさまじさといったら!
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sv0099n.jpg弦のオスティナート・リズムにのって、ピアノのリズミックな同音7連打が先導するクープレBの再現部(150小節)も大きな聴きどころだ。

鬼将軍が鋭い弦の刃を振りかざし、切り刻むようにストリンジェンドで走り出すところは血も涙もない悪魔としか言いようが無く、「これでもか」とすさまじいトレモロでクライマックスへ追い込むところは手に汗握る興奮を喚起する。

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この時、モルト・モデラート(204小節)で突然視界が開けるかのように、半音階の循環主題が全音に拡大した“強大なクライマックス”が出現する。凍てついた極寒の氷原に熱き血を注ぎ込み、雄々しく歌い上げる音楽はすこぶる感動的で、張りつめた空気の中でロシアの大地を礼賛するムラヴィンスキー将軍の胸の内は熱い!

「終楽章での循環主題の出現はとり分け印象的だ。まず置かれた場所も場所だが、主題の音程がディアトニックに拡げられて、それまでの欝然たる趣が一挙に豁然と開けるような想いがする。然も音程の拡がり方が、今まで長2度だった所は長3度、短3度対増4度という具合に拡大されるのである。これは一体何を意味するのだろう? バルトークの耳が捕らえたのか、それとも冷厳な音響学的計算に基くのか。ともかく、これをきく私たちの感動は動かしがたく、疑いようがない。」 吉田秀和著『主題と変奏』より、初出:芸術新潮、1952年)


sv0099o.jpgチェレスタとハープの夢幻的な音階が束の間の安らぎを与えてくれるが、カノンで突入する熱狂的なロンドと、ポルタメントをかけて美麗に歌うメノ・モッソの音楽がドラマティックに高揚する。  TOWER RECORDS  amazon

3小節の急速な終止は、楽員が一瞬、戸惑ったようなアンサンブルの微妙なズレがスリリングの極みで、最後に「ひやっ」とさせる緊張感がいかにも実演らしい。このコンビ絶頂期の姿をあますところなく刻んだ極めつけの一曲だ。

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[ 2017/09/30 ] 音楽 バルトーク | TB(-) | CM(-)