フルトヴェングラー=ベルリフィルのブラームス/交響曲第2番

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ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.5.7 Deutsches Museum ,München
Archive: Bayerischer Rundfunk
Henning Smidth Olsen No.301
Length: 41:04 (Mono Live)
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フルトヴェングラーのブラームス〈第2〉といえば、ロンドンフィルとのSP録音が早くから知られていたが、「極端に悪いデッカのレコーディングが、この演奏のうすぼけてにごったような効果をさらに助長している」(ピーター・ピリー)と言い表されるように、几帳面で穏やかな演奏であるものの音質面での難もあり、フルベンの真価を発揮した演奏とは言い難かった。

sv0089b.jpgデッカのプロデューサーであったカルショウによれば、神経質なフルトヴェングラーはセッションで複数のマイクが視界に入るのを嫌い、中央に1本のみを吊るしてレコーディングを行ったという。

そのためデッカ・サウンドの効果が十分に得られず、“散漫で泥のような音質”になってしまったと述懐している。
ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、学習研究社、2005年

sv0089c.jpgその後、音楽ファンに長く待ち望まれていた〈ブラ2〉の実況録音が1975年になって相次いで登場した。

その中のベルリンフィルとの当盤はバイエルン放送局のアーカイブを音源とするが、放送のための録音は使用回数が決められているため、これをレコード化するには著作権の問題から所有者、演奏者、その遺族全員の許可を得なければならなかった。独エレクトローラ社は、その実現までに15年の歳月を要したという。

フルトヴェングラーの〈ブラ2〉はオールセンによれば、次の4種(うち1点は未発表音源)の演奏と第2楽章リハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.2.7-10Berlin, PhilharmoniePrivate arch.O_79.5
VPO1945.1.28Wien, MusikfereinsaalWF SocietyO_107
BPO1947.9.14Berlin, NWDR Studio-2mov.RHTahraO_119.9
LPO1948.3.22-25London, Kingsway HallDECCAO_129
BPO1952.5.7München, Deutsches MuseumEMIO_301

sv0039q.jpg未発表の①は私的保管。②は“脱出前夜のブラ2”とか“脳震盪のブラ2”と呼ばれる亡命前夜の演奏という曰く付きのもので、1975年に発売されたエンジェル盤(ユニコーン原盤)やワルター協会盤はモコモコと靄の掛かった音だったと記憶する。(写真はOB7289/92-BS)

しかし、②も③も凡百の演奏とは比較にならぬもので、音質が改善されれば従来の評価が変わってくる可能性もあるだろう。

sv0089e.jpg②と前後して真打的に登場したのが“ミュンヘンのブラ2”とか“博物館のブラ2”と呼ばれる前述の本家ベルリンフィルとの④(当盤)。

1952年という時期からしても②や③と比べて音質が格段にすぐれ、フルベン愛好家の喉の渇きを潤す“決定打”の登場に筆者は快哉を叫んだものである。ところが、今、CDで聴く貧相な音は何としたことだろう。

NoOrch.DateLevelSourceTotal
Wien po1945.1.28WSOB7289/92BS14:1010:085:458:2438:27
London po1948.3.22-25DeccaMZ501215:1310:516:118:5841:13
Berlin po1952.5.7EMIWF60017   15:2610:315:508:5540:42


sv0089f.jpg手持ちのEMI盤(TOCE3790)は骨と皮だけの痩せたギズギスした音で、LPのような肉の付いた迫力あるサウンドが味わえない。
Abbey Road Studioで原テープからリマスターしたと謳うSACD(WPCS12897)に到ってはさらにひどく、キンキンと高域の荒れた音に耳を塞ぎたくなってしまう。同じリマスターからCDに転用したEMI録音集(CZ9078782)は、逆にピントの甘いどんよりとした音になってしまった。

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sv0089g.jpg「音質改善の効果が著しい」とか「音楽の息づかいが鮮やかに伝わってくる」などと書かれた音楽雑誌の提灯記事を鵜呑みにして購入すると落胆させられることが多いが、元来音質が悪いものをSACD化したところで音が固くなったりノイズが強調されるだけのように思われる。

“音楽の息づかい”なぞ何をいわんやで、ハイブリッド盤のCD層の方が聴きやすくなかろうか。その点、仏協会盤(SWF062-4)はLPのような迫力はないにしても、市販盤よりみずみずしい音が聴けるのはありがたい。

sv0089h.jpgしかし筆者は、LP(WF60017)で聴いた音のイメージがつよく焼き付いているためか、CDでは迫力の点でどうしても物足りない。

今、あらためて比較して聴いてもズシリと腹に響くストロークの重みや、管弦の厚み、金管の切れなど、モノラル専用カートリッジで擦った音の違いは歴然。筆者はこれをCD-R化したものをお宝のように聴いている。

「1952年にベルリン・フィルを指揮した実況録音で、音質もかなり優秀である。きわめて集中力の強い、劇的な起伏と明快さをもった演奏で、一般のこの作品に対する通念を超えたところで、情熱にみちあふれた音楽がつくられているのもフルトヴェングラーらしい。」 小石忠男氏による月評より、WF60017、『レコード芸術』通巻第362号、音楽之友社、1980年)


「それにしてもなんと凄い演奏なのだろう。(略)第1楽章は淡々と始まるが、推移の途中から突然アッチェレランドしてハイになる。第2主題の濃厚な表情、展開部の高揚、再現部の付点リズムの切れ味も凄い。第2楽章のデリケートな表現もいいが、なんといっても終曲の波のうねりのように高まってゆくところがすばらしい。再現部は完全にノッいて、第2主題でもテンポを落とさず、終結まで一分の弛みもない。」 横原千史氏による月評より~TOCE9086/9、『レコード芸術』通巻第551号、音楽之友社、1996年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0089i.jpg神秘の泉から湧き出ずる謎めいた開始はいかにもフルベン流。清流のような間奏主題(44小節クララ・モチーフ)からシンフォニックに立ち上がる総奏や、野太い音でゆたかに歌う第2主題、見得を切るように堅固なリズムでさばくコデッタの付点フレーズもフルベンの個性がつよく刻印されている。(写真は仏協会 SWF062-4)

ティンパニの強打とトランペットの強奏でメリハリをつける前進駆動もフルベンの自家薬籠中のものといえる。

展開部(180小節)は田園情緒にドラマ性を移入するフルベンの独壇場。低音を強調して対位法を明確に提示するリズミックな躍動感と、抉りの効いたフレージングは無類のものだ。

sv0089j.jpg驚くべきは、トロンボーンを打ち込む闘争的なヤマ場で楽譜にないティンパニを弦のトレモロに重ねているところ(227と233小節)で、落雷のような打ち込みが②や③に比べて強烈なインパクトを与えている。

主題の冒頭を威嚇的に吹奏するクライマックスの骨の太い響き(282小節)や、ティンパニの最強打で展開部を締める力ワザ(298小節)に「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。  amazon

sv0089k.jpg再現部(302小節)も聴きどころが満載だ。絶妙のリタルダンドを配して第2主題部へ移行するところは巨匠の奥義を開陳した“名場面”といってよく、もってりと揺動するヴィオラとチェロのコクのある響きに酔ってしまいそうになる。

リズムが切り立つクワジ・リテネントのティンパニの強打(386小節)や総奏のトランペットの強奏(402小節)は聴き手の度肝を抜くが、コーダ身をよじるように旋律をふくらませる濃厚な歌い口(478小節)もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう。  amazon

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「演奏スタイルは4年前のロンドン盤と同じであるが、ずっと表情的であり、密度が濃く、燃え立っており、オーケストラの厚みやコクがまるで違う。たとえば第1楽章の44小節から始まる間奏主題の美しいこと! 全曲どの部分をとっても意味があり、曲想変化に伴うテンポの動きもえぐりが効いている。それでいて造型はまさに完璧、一箇所としてもたれる部分はない。ベルリン・フィルの響きにはいっぱいの精神が羽ばたいており、フルトヴェングラーの気魄もものすごく、とくにティンパニの迫力はその比を見ない。展開部では楽譜に書かれていないのに強打しているが、ロンドン盤よりはるかに徹底しており、雄弁である。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0089l.jpgチェロの物憂い主題は歌い過ぎず、思案しながら、追想にふけるように奏するのがフルベンらしい。

リステッソ・テンポ(中間部)は速いテンポで駆け抜けるが、長いパウゼのあとの思いためらうようなエスプレッシーヴォ主題(コデッタ主題 45小節)が個性的で、うねるような16分音符の分厚い弦の対位を交錯させながら、巨匠は悲劇の気分を盛りつける。  TOWER RECORDS

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暗く閉ざされた森の中から聞こえるトロンボーンと木管の対話。あたかも死出の旅立ちであるかのような暗澹たる響きの深さはいかばかりだろう。

「なにやら差し迫った危機を警告するように、隣接音に向かってゆっくりと、しかし剛胆に音量を膨らませ、また萎む。(略)これは恣意的なデフォルメではない。宗教的な含意の濃いトロンボーンを汎用するこの交響曲は、ブラームスが〈楽譜に黒枠を付けたい〉などと言い残しているだけに、なにかしら弔いの感情と結びついているようにも察せられる。フルトヴェングラーが聴かせる音色は、そうした感情にも、どこかふさわしい。」 船木篤也著「フルトヴェングラーのブラームス」より~文藝別冊『フルトヴェングラー』、河出書房新社、2011年)


sv0089m.jpgスローモーションのようにねっとりと奏でる主題再現悲劇の気分が引きずられてゆく。

なかでも瞑想にふけるように取り回す3連音の主題変奏(68小節)が大きな聴きどころで、ホルンと対話を重ねながら纏綿とたゆたうコクのあるフレージングと、そこから発展する詠嘆的な弦の歌(73小節)がじつに感動的だ。

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警告を発するようなクライマックスの総奏もすさまじい。雷鳴のようなティンパニの連打で劇的に高揚するコーダの筆圧の強さは圧巻で、のたうつような弦のうねりの渦の中に身も心も引き込まれてしまいそうになる。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0089n.jpg間奏風の素朴な旋律は鄙びたオボーエがレトロな気分を高めている。しかし、長閑な田園風物詩で終わらないのがフルベンたる所以で、どこか厳粛な気分が漂っているのが神業といえる。
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プレストでは木管のミスでアンサンブルが乱れるのがご愛敬だが、どっしりと構えた堅固な構築物を思わせる重厚な総奏が聴きどころ。主題再現(テンポ・プリモ)の温もりのある歌や、ピアニシモのフレージングの妙味も聴き逃せない。

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一抹の寂しさを漂わせながらリタルダンドする終止も巨匠の手の内を見せたもので、来るフィナーレへの期待を自ずと聴き手にいだかせているのが心憎い。

「第3楽章は木管による主題の最初の4分音符からして惹かれるが、頻出する大きなリタルダンドがいかにもフルトヴェングラーらしい。終わりのポコ・ソステヌートにおける名残惜しげな奏し方などその最たるものだが、決して大げさな感じにはならないのである。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0089o.jpgフィナーレは巨匠が烈火のごとく燃え上がる。第2主題でもテンポを落とさず、一気呵成に展開部まで突っ走るところに思わず指揮をしたい衝動に駆られてしまう。

ここではビートの効いた熱いフルベン節による“鉄血サウンド”が全開で、「ガツンガツン」と鉄槌を打ち込むようなティンパニの重みのあるストロークが演奏に凄みをあたえている。
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sv0089p.jpg弦が3連音符で刻みながら音階を降りるパッセージを猛烈なアッチェレランドで追い込むところ(98小節)も冠絶しており、シンコペーション(112小節)の乱れを物ともせず強引に弾き抜くところや、弦が8分音符のスラーで音階を駆け上がる荒ワザ(135小節)に背筋がゾクゾクしてしまう。
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展開部の終わり(234小節)のリタルダンドは巨匠の常套手段といえるが、爆発的な総奏から激しい気魄で荒れ狂う再現部(244小節)はフルベンの面目が躍如しており、重厚な第2主題から畳みかけるようにコデッタ主題(317小節)へ爆進するノリの良さもこの盤の魅力のひとつだろう。

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「フィナーレは第1楽章ほど完璧ではないが、実演の彼ならではの荒れ狂った演奏で、緩急の度合いがまことに大きく、わけても情熱のかたまりのようなアッチェレランドと、"ものすごい"の一語に尽きるティンパニの最強打は、フルトヴェングラーを聴く醍醐味といえよう。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0018i.jpg第2主題が〈歓喜のコラール〉となってたぎり立つコーダ(353小節)は、3連音動機からテンポを速め、コデッタ主題の金管が炸裂するところ(386小節)が最大のクライマックスだ! 
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火のついた勢いで疾走する弦楽器の分散和音にトロンボーンとトランペットがカノンでぶつける頂点は無我夢中になって猛り狂うフルベンのパッションが噴出する。

進軍ラッパのようなファンファーレを轟かせ、トランペットの最強音で止め打つのも巨匠の“必殺ワザ”で、爆発的なダイナミズムで聴き手を圧倒する。
デッカ盤の不満を払拭する納得の一枚だ。


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[ 2017/04/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

アンセルメのサン=サーンス/交響曲第3番

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サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調 作品78「オルガン付」
エルネスト・アンセルメ指揮
ピエール・スゴン(オルガン)スイス・ロマンド管弦楽団
Recording: 1962.5 Victoria Hall, Genève (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Disc: UCCD7065(2001/4)
Length: 34:15 (Stereo)
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アンセルメ指揮のサン=サーンス交響曲第3番は、録音の優秀さで音楽マニアの度肝を抜いたアナログ期の有名な音盤だ。スピーカーの前にタオルを掛けておくと重低音で揺れることで評判になったというが、筆者は学生時代に貧しい装置であったにもかかわらず、針で擦ったオルガンの震動音に腰を抜かした記憶がある。

sv0088b.jpgデッカ・サウンド最大の“マジック”の1つが、決して一流ではなかったスイス・ロマンド管弦楽団をヴィルトゥオーゾ・オーケストラように聴かせてしまったこととされる。

はからずも1968年の日本公演で「オーケストラが二流」、「名演奏はレコード録音のマジック」という風評が巻き起こり、わが国ではこのコンビの評価と人気が急落したという。


「残響の少ない日本のホールでは、オーケストラの本当の音を聴いてもらえないのが残念です。ロマンド管の音を味わっていただくのには、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで聴いてもらわなくてはなりません。」 志鳥栄八郎著 『人間フルトヴェングラー』より、音楽之友社、1979年)


sv0088c.jpgアンセルメが残念そうに語ったように、ダニエル・バートン設計の同ホールは低音が極端に抑えられ、高音は艶やかさと華やかさにあふれた独特の響きをもつために、ドイツ音楽には不向きだがフランス音楽には最適とされる。

「スイス・ロマンド」とは、「ロマンス語圏(フランス語)のスイス」という意味で、ここでは管楽器の独特の音色やニュアンス、とくに鼻にかかったような木管のイントネーションとラテン的で華麗なブラスの響きに特徴があり、今では失われてしまったフランスの古き良き香りが音盤に刻まれている。


sv0058p.jpgこの録音ではデッカ特有のオーケストラ各楽器の生々しさは後退し、距離感のあるクールな音づくりが指向されている。

これはオルガンの音でオーケストラ全体を包みこむように録る“デッカ・ツリー”のマイク・セッティングによるもので、やわらかな金属和音がオーケストラにしっとりと溶け合う第1楽章[第2部]など、合成して仕上げた不自然な響きとは次元の異なる質の高いサウンドを堪能させてくれる。

「サン=サーンスはおびただしいレコードのなかでも白眉の一枚。全体を通じて、純粋に、感覚的に、演奏しているが、そこにサン=サーンスの古典性とロマン性の融合をあざやかにとらえている。しかもまったく無理をしない手作り的な詩情には、指揮者の悠揚とした風格が自ら反映しており、スイス・ロマンド管弦楽団もふしぎなくらい色彩的なアンサンブルをくりひろげる。録音はかなり以前のものだが、いまきいても第一級の音質である。」 小石忠男氏の月評より、K20C8639、『レコード芸術』通巻第411号、音楽之友社、1984年)


「骨格的にはやや弱いが、極彩色の豊麗なオーケストラの響きに魅せられる、彫琢された美しさをもった演奏である。表面はサラッと流しているようだが、その実、細部まで神経のよくゆきとどいた表現で、ことに管楽器のバランスと、リズムの扱いの巧妙さという点では抜群だ。オルガンの明るい音色と、スイス・ロマンド管との息がぴったりと合っているのも、こころよい。2楽章形式のなかでさまざまに変化する曲想を明確な指揮で描き分けながら、作品の対位法的な性格を堅実に表現した演奏だ。」 志鳥栄八郎著『不滅の名曲はこのCDで』より、朝日新聞社、1988年)


「アンセルメは、理知的な演奏を心掛ける指揮者であり、サン=サーンスの演奏にはうってつけだ。スイス・ロマンド管の音がいい。鼻に掛かったフランス語のようなオーボエや、お洒落で軽みのある弦の歌が魅力的である。アンセルメ盤はサウンドが全体にしっとりしていて、サン=サーンスの天才性を明らかにするよりは、きわめて自然体のものとして聴かせる。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 [第1部] アダージョ~アレグロ・モデラート
sv0088d.jpg〈怒りの日〉に由来する第1主題が弦の16分音符の裏拍から開始するのがユニークで、同じ音が拍を跨っているために聴き手は感覚的に“ズレ”を感じるのがこの曲のツボといえる。

アンセルメは遅いテンポによって、このズレの妙味を最大限に提示する。16音符1つ1つに、これほど丹念にズレを感じさせてくれる演奏もめずらしく、老巨匠は縦の線をあわせるドイツ流の拍節感から生ずるズレの感覚を逆手に取り、これを明瞭に示して聴き手に快感をあたえている。

しかも「サラサラ」とやって小粋に聴かせているのが“音の魔術師”アンセルメの上手いところだ。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

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sv0088e.jpgサン=サーンスは詩、絵画、天文学、数学と幅広い才能を持った作曲家だったが、アンセルメもまた、幾何学者の父と小学校の教師を母に持ち、“数学の神童”として才能を発揮した。ローザンヌの工業学校と大学で数学と物理を、ソルボンヌ大学で数学と哲学を学んで数学の教師をやっていたアンセルメにとって、幾何学的な音型を緻密にさばくことなど朝メシ前。  TOWER RECORDS  amazon

作品の持つ構成を重視し、デフォルメは一切なし。「音符というのは、数字ですからね・・・」とアンセルメは語る。

コール・アングレとファゴットで演奏する副主題(55小節)は、“こぶし”を入れると演歌風になる日本人には親しみやすい旋律たが、鼻に掛かかったようなコール・アングレの詩情味ゆたかな音色、高揚する弦のパッセージ、トゥッティの明るい音色が個性的だ。
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sv0088f.jpg木管がゆったりと逍遥する第2主題(102小節)やコデッタ総奏(132小節)のカラっとした華やぎのある響きも特筆モノで、そのエレガントな風情はロマンド管ならでは。

拍節感のある弦のピッツィカートを打ち込む展開部(159小節)は理路整然と音符をさばくアンセルメの独壇場。木管リズムに輪舞のような弦を絡めて洒脱軽妙な甘さと粋を散りばめているところが心憎い。
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せわしく駆動する総奏の頂点(232小節)の決め所は、パンチ力や圭角の鋭さが欲しい気もするが、皮をゆるく張ったティンパニのやわらかな打点から繰り出すどっぷりした〈怒りの日〉のテーマがユニークで、放歌高吟する〈演歌主題〉、明るい響きで風韻よく刻む弦の16分音符リズムなど、いささかも角張ったところのないラテン的な開放感に溢れている。


第1楽章 [第2部] ポコ・アダージョ
sv0088g.jpg弦楽4部がユニゾンで歌う静謐なコラールは、オルガンのA♭の和音がオーケストラ全体を包み込むような、しっとりとした響きに耳を奪われる。

弱音で奏する弦のオブリガートは敬虔な気分に溢れ、リリカルに歌い継ぐ木管の歌や静謐にたゆたう第2句の弦楽ユニゾンの美しさにため息が出てしまう。

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何よりもすばらしいのがパイプ・オルガンのやわらかな響きで、ペダルの感触やパイプに送り込まれる空気の振動すら伝わってくる生々しい音と、オルガンのストップ効果による余韻を心ゆくまで味わいたい。
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sv0088h.jpg変奏部(400小節)は、アラベスク風のフレーズを美しいカノンで織り上げるアンセルメの緻密な棒さばきがものをいう。不安な影を落とす〈循環主題〉のピッツィカート・リズムの中から再現する〈祈りの旋律〉が最高潮に達するクライマックス(439小節)が最大の聴きどころだ。

3オクターブあげた第1ヴァイオリンとヴィオラがディヴィジョンで旋律を奏でるところは、光沢を帯びたような“シルキー・ハイ”のアンサンブルを堪能させてくれる。
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第2楽章 [第1部] アレグロ・モデラート~プレスト
sv0058l.jpg〈怒りの日〉のスケルツォはアンセルメが力瘤を廃して爽やかに駆け巡る。硬いティンパニの打点と木管のリズムの目をきっちりそろえ、理性的で落ち着いた音楽運びが印象的だ。

中間部(第3主題)はサラサラと精妙に刻む弦、4手の連弾ピアノ、軽妙洒脱な木管の掛け合いが聴きどころで、オーケストラの機能性や名人芸を味わうには物足りないかも知れないが、理性的で精確な演奏をやってのけている。
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詩的情緒あふれるニュアンスがうつろう第4主題の味わい深さも格別で、アンセルメは馬鹿陽気になって羽目を外したりせず、しっとりと情感を込めて歌われる。荘重なトロンボーンと気高い弦のカノンで織り上げるブリッジ部のモットー主題も聴きどころで、来るマエストーソの“勝利の予感”を格調高く歌い上げている。


第2楽章 [第2部] マエストーソ~アレグロ
sv0058a.jpg大地を揺るがす重低音とはまさにこのことだ。「ギュイ~ン」とヴィクトリア・ホールに鳴り響く力強いオンガンのC-dur(ハ長調)の金属和音は、音楽マニアの耳を恍惚とさせる“極上のサウンド”で、学生時代に安物のステレオで再生してもオルガンの金属音が絶大な伸びで目前に迫ってきたのが忘れられない。

とくに、383小節の和音を引き延ばして鳴りきる桁外れのオルガン音に耳が痺れたのは筆者だけではないはずだ。
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最高の聴きどころは、〈怒りの日〉が勝利の勝ち鬨となる総奏(392小節)。
弦のアタックにオルガンが「ぎゅんぎゅん」力強く鳴りわたる音場は悪魔的といってよく、レースを編むように繊細な分散和音を散りばめるピアノ伴奏、意気揚々とぶちこむシンバル、明るい響きを放つファンファーレの開放感も抜群、理性的な78歳の老巨匠はここ一番の“決めどころ”で力相撲を展開する。

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sv0058o.jpg主部(400小節)はマーチ風の第1主題をアンセルメがクールにフガート展開。田園牧歌的な第2主題は個性的な音を発するオーボエやコール・アングレ、繊細なニュアンスで歌いまわすの弦のメロディーが聴きものだが、圧巻は〈怒りの日〉の4音を引用して絶叫する展開部(519小節)。

カラッと明るい音で放歌高吟するブラスのラテン的な響きが祝典的な気分を大きく高めている。
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コーダ(610小節)はトロンボーンとトランペットが華やかな打ち合いを演ずるところに心躍るが、アンセルメはストリンジェンドでわずかにテンポを速めるだけで決して熱くなりすぎない。
sv0058m.jpgピウ・アレグロではこの楽団自慢の極彩色の管弦楽が「ここぞ」とばかりに炸裂、オルガンの重低音が波打つ和声進行の中を、燦然と打ち込むトランペットの腰の強い響きが全曲を華麗にむすんでいる。

ロマンド管の華麗な音とツボを押さえたオルガンの鳴りっぷりを満喫できるアンセルメ会心の一枚だ。


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[ 2017/04/15 ] 音楽 サン=サーンス | TB(-) | CM(-)