朝比奈のチャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.1.21 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 49:36 (Digital Live)
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ファイアバード(キングレコード)に録音した《悲愴》《新世界》《シェヘラザード》《ワーグナー名演集》《復活》《マラ9》《大地の歌》といった作品は、 “3大B”のスペシャリストの朝比奈にとって、いわば“裏レパートリー”といえるユニークな存在だ。

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中でも朝比奈が演奏会で好んで取り上げていたのがチャイコフスキーの交響曲

京大オケ時代に亡命ロシア人のエマヌエル・メッテルに師事したことから、ロシア音楽は音楽人生の原点といえるもので、濃厚な表現によってオーケストラを目いっぱい鳴らすスタイルは、朝比奈の芸風に合っていた。
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sv0096c.jpg朝比奈が目指すのは即物的な演奏ではなく、帝政ロシア末期の雰囲気を色濃く伝え、思いの丈をぶちまける表現主義の塊のような演奏だ。低音弦をどっしりと鳴らし、金管を野性味たっぷりに響かせる骨の太い表現は、 “ロシアの大地” を想わせるものだ。

朝比奈音楽の屋台骨を支える “大フィル・サウンド” も個性的で、ブラスの“荒れた響き” や、聴き手の度肝を抜く “必殺の大芝居” がライヴ一発録りならではのスリリングな緊迫感をあますところなく伝えている。
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No.Orch.DateLocationLevel1-mov2-mov3-mov4-movTotal
1大阪フィル1982.1.21Festival HallFIREBIRD20:028:249:2711:4349:36
2大阪フィル1990.12.5The Symphony HallCANYON20:048:139:4511:2649:28
3新星日響1992.1.26Tokyo MetropolitanTOBU20:248:3210:2410:0249:22
4新日フィル1994.2.3Suntory HallFONTEC21:498:5410:1810:5251:53
5大阪フィル1997.2.13Festival HallCANYON20:528:5010:1912:1552:16
6大阪フィル1997.2.20Aichi Art theaterCANYON20:048:369:5812:4251:20

朝比奈(以下オッサン)の《悲愴》は数種残されているが、中でもこのファイアバード盤は、武骨で適度に荒れた中にも、コテコテの浪花気質男の浪漫を感じさせてくれる屈指の一枚といえる。

「70年代に入ってから、ベートーヴェンやとくにブルックナーにおける誠実で格調高い表現に自らの新天地を発見した朝比奈であるが、若き日、ロシア音楽に傾倒し、好んだという事実に、朝比奈隆という指揮者の本質がかくされているように思えてならない。〈悲愴〉を耳にすればベートーヴェンやブルックナーを指揮するのとは一味も二味も違う、“イン・テンポの朝比奈”とは別の、いわば彼の本音の部分が随所に顔を出す。それは、手放しで自己の感情をぶちまけるチャイコフスキーの姿であり、キングから発売された〈第5〉〈悲愴〉のレコードに充分に表れている。」 宇野功芳著『指揮者 朝比奈隆』より、河出書房新社、2002年)


「ドイツ音楽での朝比奈は、“楽譜の印刷のとおり”をモットーに、原点に忠実を心かげているが、ロシア音楽になるとやはり血が騒ぐのだろうか、かなり即興的な面白さが際立ち、よりロマンティックに雰囲気が濃厚になる。《悲愴》交響曲になるとフィナーレが、よよと泣き崩れる男泣きになり、極めてロマン的というか、彼の好きな〈忠臣蔵〉の世界に、限りなく近いものを感じさせる。」 出谷啓氏による「朝比奈隆とロシア音楽」より~、ONTOMO MOOK『朝比奈隆 栄光の軌跡』、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アダージオ アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0096d.jpg冒頭のpp指定のファゴットを強めに奏し、「ごりごり」と呻るコントラバス、こってりと弾きあげるヴィオラなど、濃密な“大フィル・サウンド” がのっけから全開だ。

悠然とした歩みの中から鉛のようなブラスが「がっつり」と打ち出される頂点(70小節)は、オッサンが東ドイツの楽団に客演した時に、楽員から「アーベントロートそっくりだ」 といわれたことに、なるほどと頷けよう。

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第2主題(89小節)は腹の底から旋律をたっぷりと響かせ、コクのある音楽を聴かせてくれるところはオッサンの面目躍如たるところで、リテヌートで大きなねばりを入れるのも朝比奈流。絞り出すように重ねる粗野なブラスや、“もってり”とした木管楽器など、熟果実のような“浪花の浪漫” に酔ってしまいそうになる。

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sv0096e.jpg全管弦楽の強烈な一撃で宣言する展開部(161小節)は赤穂浪士の討ち入り だ! 闇討ちをかけるように、浪花の親分が野武士集団を率いてがちんこ勝負に打って出る勇ましさは、 “闘う男の音楽” にほかならない。

落雷のような打撃をガンガン叩き込み、ブラスの3連音の嵐で吹き荒れる263小節は他のオーケストラでは絶対に味わえぬ猛々しさ。オッサンは管楽器に関しては細かい事はいわず、 「思い切って吹け!」 の一点張り。
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「第1楽章提示部は恐るべき遅さで始まる。これだけのスローテンポを支える精神力は並大抵ではないが、オーケストラの音の薄さが露呈してしまうのも致し方あるまい。しかし、第2主題から展開部にかけて、まるでこの世のものとは思えない凄絶極まりない音が現出する。燃える恒星を背負う巨人のような悲劇性がここにはある。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


sv0096f.jpg大きな聴きどころは、管弦の下降音の中からトロンボーンとテューバが第1主題をマルカートで絶叫する285小節。腹の底から力を籠めて吹きぬく離れワザは、奏者にとっても阿鼻叫喚の生き地獄で、これだけ遅いテンポで指揮者に粘られると、息がよくつづくものだと超嘆息するばかり。

鼓膜を突き破らんばかりのどめの一撃ffff(299小節)の凄いこと!  amazon

「朝比奈隆指揮大阪フィルの82年ライヴのトロンボーンは凄まじい。その昔、あるホルン奏者が「朝比奈さんが来るとたいへん。もうこれ以上大きな音は出まへんと言っても、あの人はもっと出せ、もっと出せと言うんです」というのを耳にしたことがある。この箇所もきっと、朝比奈隆は奏者たちに「もっともっと」としつこく言っていたに違いない。」 「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖[1]」より平林直哉氏による、~『レコード芸術』通巻657号、音楽之友社、2005年)


sv0004c.jpgこの15小節のパッセージをフルトヴェングラーアーベントロートといったドイツの巨匠たちは40秒そこそこで吹かせているが、この盤でオッサンは実に69秒をかけている。

97年盤の73秒というのも驚異的で、チェリビダッケの64秒を凌駕するものだ。カラヤン(EMI盤)は30秒でスタイリッシュに打ち抜いているので、オッサンは同い年のカラヤンの2倍以上の音価ということになろう。
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「第1楽章には朝比奈の主張が個性的なアゴーギクとなって示されており、歌の呼吸がなんともいえず大きい。しかも金管や低弦を壮烈・豪快にひびかせている。わが国の指揮者とオーケストラで、これほどロシア的な性格を表した演奏はほとんどきいたことがないが、これこそメッテルゆずりの見識といえるかもしれない。そこで音楽は名人が大胆に彫り上げた作品のように、雄渾・凄絶な力にあふれ、終結のピツィカートのひびきでさえ、深々としてすこぶる説得力が強い。大阪フィルのアンサンブルも現時点では最上の合奏といわねばなるまい。」 小石忠男氏による月評より、K28C180、 『レコード芸術』通巻第380号、音楽之友社、1982年)



第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0004a.jpg5拍子の変則ワルツは浪漫的な楽想の中に1本筋の通った力強さを秘め、男気に充ち満ちている。あたかも「極太の毛筆に墨をたっぷりと含ませて、一気に書き上げた書」のごとく、迷いのない大家風の歌わせぶり が頼もしい。

中間部をメゾ・フォルテでさばくのもオッサンらしく、沈鬱な哀歌をどっしりと雄渾な気分で歌い上げているのがユニークといえる。
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オッサンは常日頃、内声のヴィオラには 「とにかく弓をいっぱい使って力いっぱい弾け!」 と大音量を要求したというが、奏者に檄を飛ばしたかのように、オーケストラが野太い音で鳴りきっている。


第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(スケルツォと行進曲)
sv0021e.jpg巨像が歩むようなスケルツォは、221小節の頂点で叩き込む大砲のような和音打撃や、312小節のフォルテシシッシモ(ffff)と強烈なシンバルが聴きモノだ。

メッテル仕込みの強烈なffffは楽器が潰れんばかりの破壊力で、渾身の力をこめたオッサンの荒ワザをとくと堪能させてくれる。
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「おまえのはfffだ。ffffはもっとうるさいんだ」と、ワシはメッテル師からやかましく言われたもんじゃ。ffffなんてどんな音だろうと考えたものだが、師匠はpだったら聴こえないくらいに、fだったら楽器がつぶれる程にといった強烈な音を要求をしたんじゃ。  『朝比奈隆 音楽談義』より芸術現代社、1978年刊)


sv0021b.jpgぶっきら棒でシコを踏むような〈行軍マーチ〉 “勇み肌の親分” を思わせるが、2度目の総奏マーチに突入する281小節で、オッサンは聴き手の度肝をぬく大ワザをぶちかます。

フルトヴェングラーやアーベントロートといったレトロな巨匠たちの常套手段である一発必中のリタルダンドをオッサンはいささかの衒いもなく、確信をもってやってのけている。とくに聴衆を震撼させる超・減速感は、このファイアバード盤が一番だ!
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「第3楽章も、スローテンポによる驚愕の演奏だが、この真価は録音では伝わりにくい。CDでは至極真っ当に聴こえてしまうが、活火山のように熱い演奏だったのを覚えている。楽章の終盤で、かつて聴衆を椅子から転げ落ちるほどに驚かせた大胆なテンポの変化の大芝居を確かめることができるのは、大阪フィル盤だ。抑制のない朝比奈節が健在で、血湧き肉踊る名演となっている。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


「筆者が実演で聴いて最も感動した《悲愴》は朝比奈隆の演奏だ。特に印象深いのは、85年に新日フィルがヨーロッパ楽旅に出掛ける直前の東京文化会館。会場にただならぬ熱気と緊張感が漲り、火のつき方が尋常ではなかった。そして、喧噪の頂点たる第3楽章後半、突如ギアをローに落としたようなテンポの激変に会場が震撼したのである。」 『新版クラシックCDの名盤』より福島章恭氏による、文藝春秋、2008年)


オッサンは早くも293小節からもとのテンポに復帰するが、コーダでぐいぐい加速をかけてゆくところも即興的で、金管のミスもなんのその“べらんめえ調”で吹きすさぶ荒々しい怒号はライヴならではの迫力に充ちたもので、オッサンの血のたぎりすら感じさせる空前絶後のマーチといってよい。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0021a.jpg深い呼吸で弓をたっぷり入れる独特のフレージングとコクのある“朝比奈トーン” は、半世紀以上このオーケストラに君臨して備わった独自のサウンドで、 「オッサンが振れば音が変わって重厚になる。あの顔を見るだけて自然とそうなる」 というから驚きだ。

ホルンの切分音にのったアンダンテ(第2主題)は気骨のある男の音楽だ。弦を練り回すように強い筆致で突き進むところは女々しさを微塵も感じさせず、骨っぷしのある歌が大きくゆたかに流れてゆく。
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「音楽を理解するだけでは充分ではない、音楽は魂で感じとるものなんじゃ」 と豪語するオッサンは、メランコリーな楽想に情熱と気魄をこめて歌いぬき、その頂点でブラスを力の限りぶちかます。「ぶぁっ~と行け!!」

sv0021c.jpg主部の再現も低音を礎に、がっちりと構築する音楽に揺るぎがない。最大の聴きどころは、苦悶が最高潮に達するモデラート・アッサイ(115小節)。

トレモロで激しく下降する弦楽群と、3オクターブを上昇するブラスの嵐が交錯する場面は肌が粟立つ凄まじさ。最高音を迷いなく打ちぬくトランペット、憤怒のテューバの呻り、金切り声をあげるホルンのゲシュトップ、身をよじるような弦の濃厚な連音など、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド” が全開である!
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最終宣告の銅鑼が無情に鳴り響き、沈鬱なコラールが聴こえると、音楽は終結部(コーダ)にはいる。 「聴衆がほんとうに泣き出すような演奏でないとダメだ」 というメッテル師直伝のフィナーレは、 「ごうごう」と地鳴りをあげるバッソ・オスティナートが慟哭の生々しさを伝えている。

「デーやん、バスに音程なんかおまへんで。ただゴーッと鳴っとったらええんや。」 関西のオーケストラから、バスの音程が聴き分けられるようになったのはフィラデルフィア管弦楽団が初来日した頃からである。」 出谷啓著 『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


コテコテの浪花気質と男の浪漫で聴き手の心を鷲掴みする朝比奈渾身の一枚だ。


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[ 2017/08/12 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

オイストラフのシベリウス/ヴァイオリン協奏曲

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シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
Recording: 1959.12.21&24 (SONY)
Location: Broadwood Hotel, Philadelphia
Length: 30:44 (Stereo)
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シベリウスの協奏曲は20世紀の作品にもかかわらずロマン的な抒情性にあふれ、北欧のファンタジーと劇的な重量感をもった不屈の名作だ。この難曲を1枚選べといわれれば、筆者は迷わずオイストラフ盤を採る。

sv0095b.jpgオイストラフのシベリウスは数種のレコードが残されているが、米国への演奏旅行を行った際にセッション録音したオーマンディ=フィラデルフィア管とのステレオ盤(CBS)が、最もバランスよく仕上げられた出色の一枚といえる。

筆者が学生のとき、焼き肉の臭いが立ち込める渋谷駅近くの名曲喫茶で、耳にタコができるほどリクエストして聴いたのがオイストラフ盤だった。
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肉厚の音でドラマチックに弾き上げる厳しいスタイルは、この作品のイメージを作り上げたともいわれ、懐の深い “大家の弓さばき” を存分に堪能させてくれる。

「オイストラフのいちばん脂の乗り切っていた時代の演奏である。それだけに彼はこの曲では音楽を完全に掌中に収め、余裕をもって全曲をひきあげている。おそらく、その質の高さからいったら、この演奏は、まずトップ・ランクにあげられよう。とくに劇的な変化をつけた第1楽章と、土俗的な感じをうまく表出した第3楽章がみごとなできばえを示している。オーマンディの棒も老巧で、北欧的叙情が全編にあふれた名演奏である。これはぜひコレクションに加えるべき1枚だ。」 志鳥栄八郎氏による月評より 13AC292、『レコード芸術』通巻第328号、音楽之友社、1978年)


「ヴァイオリンという楽器がもつ限りない表現力に圧倒される破格の名演である。オイストラフが最も充実していた時期の録音で、向かうところ敵なしの状況下の自信に満ちた演奏ではあるが、この恰幅のよい、男らしい表現は前人未踏の境地であり、ヴァイオリンの新たな可能性を切り開いた画期的録音として今なおレコード史上に君臨している。しかも、この演奏には、曲に込められた寂寥感や幻想味といったものも心憎い巧さで盛り込まれており、味わいの豊かさの点でも申し分ない。オーマンディの指揮も充実、平板に陥ることなく、演奏をドラマティックに盛り立てて聴き手を離さない。」 『クラシック不滅の名盤800』より諸石幸生氏による、25DC5222、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アレグロ・モデラート
sv0095e.jpg分奏弦の靄の中から現れる独奏ヴァイオリンが北欧の冷たい空気を運んでくるようで、冴え冴えとしたダブルストッピングの上昇フレーズや、総奏の一撃につづくカデンツァ的な走句など、早くも炸裂するオイストラフの名人芸にゾクゾクしてしまう。

激しい気魄で分散和音を揺さぶりながら、第2主題部へ上り詰めるオクターヴの跳躍の頂点(75小節)の“決めどころ”は大家の貫禄充分で、その息をのむ緊迫感は圧巻である!
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sv0095f.jpg音量ゆたかな弦楽とメロウな木管を明滅させながら、第2主題を巧みに導くフィラデルフィア管のやわらかなサウンドも特筆モノで、これを受ける独奏がラルガメンテの第2主題(102小節)を情熱的に歌い上げてゆく。

凍てついた大地を踏みしめるように、雄大に、しかもフレーズを強靱な緊張感のうちに歌わせる芸風はオイストラフの自家薬籠中のものといってよく、引きしぼるような弓使い によって楽器が震えるように鳴りきっている。
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sv0095g.jpgアレグロ・モルトの総奏(第3主題)は、フィラデルフィア管が「ここぞ」とばかりに力強い管弦楽で高揚する「顔に自信なし、中味に自信あり」というオーマンディは、“合わせもの”では抜群の技量を発揮する。

しかも作曲者から 「最高の解釈者」 としてお墨付きをもらったシベリウスの作品となれば“鬼に金棒”。木管の副主題(147小節)からピタリと決まったテンポで走り出す絶妙の音楽運びに、思わずCDを指揮したい衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。
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いよいよ、オイストラフの超絶技を知らしめるのが、展開部のモデラート・アッサイ(223小節)。空気を切り裂くように、目の覚めるような3オクターブで跳躍するカデンツァ的なパッセージで、ロシアの巨匠は究極のワザを披露する。嵐のような総奏に対峙する独奏ヴァイオリンが、3オクターブの分散和音で華麗に動き出すところが最大の聴きどころだ。
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sv0095h.jpgオイストラフが持ち前のヴィルトゥオジティをいかんなく発揮する長大なカデンツテァ(234小節)もすさまじい。腹に響くようにG線を強く鳴らし、緩急自在のテンポによって決然と、しかも確信を持って弾き上げるところは巨匠の面目が躍如する。

ことに、バッハの無伴奏ソナタを思わせるポリフォニックな重音パッセージの劇的高揚感とスケール感は冠絶しており、強靭かつ瑞々しい巨匠の弓さばきを心ゆくまで堪能させてくれる。
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ファゴットの仄暗い第1主題に独奏が分散和音で絡みつくアレグロ・モデラート(271小節)も聴き逃せない。粘着力のあるフレージングによって、高いG音に上り詰める張り詰める緊迫感や、「これでもか」と弓に圧力をかけてG線上で思いの丈をぶちまける第1主題(再現)など、音楽を自分の元へ「ぐい」と引き寄せ、強い主情を盛り込んでゆくオイストラフの濃厚な表現力と感情移入のすさまじさに圧倒されてしまう。


第2楽章 アダージョ・ディ・モルト
sv0095c.jpg独奏のロマンツァは、深い瞑想的な気分の中で、巨匠がフレーズに深い意味を持たせて北国の詩情を綴ってゆく。

ヴィブラートをたっぷりかけた肉厚の音は脂の乗った“大トロ” のようで、息の長いフレーズに切々たる情念を宿し、しかも意志的な力で崇高に歌い込んでゆくところはオイストラフの真骨頂。

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sv0095d.jpg分厚い管弦楽が立ち上がる中間部(25小節)は、ぴんと張り詰めたアルペジオ、ぐいぐい弾き切る分散和音、打ち震えるようなモノローグなど、巨匠が全身全霊を傾けて凛烈な情景を綿々と織り込んでゆくところがじつに感動的で、音楽は厳しい思念で貫れている。  TOWER RECORDS

木管が主題回帰する頂点(42小節)で、独奏が対位的なトリルで彩りながら高揚してゆくところは感涙極まる名場面といってよく、弓で抉るように情念を込めて3連音の対位フレーズを弾きぬくところは、まさに “一弓入魂”
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第3楽章 アレグロ・マ・ノン・タント
sv0095i.jpgティンパニと低音弦がリズミカルなリズムを刻むポロネーズ風のロンド主題は、快適なテンポにのった歯切れの良いフレージングが絶妙で、弾き飛ばしたような粗さを感じさせず、技巧的な跳躍パッセージをいとも鮮やかにさばくオイストラフの名人芸が冴え渡る。

聴きどころは民族舞曲風の第2主題(44小節)。溌剌と躍動する管弦楽に応えるように突入するダブルストッピングの独奏部(64小節)は、巨匠が 「ガッ」と弦を噛むような歯ごたえのあるフレージングによって、ラプソディックな名旋律をツボにはまったように歌い出す。  TOWER RECORDS  HMVicon

深い間合いと呼吸を感じさせる絶妙のアインザッツと、情感をたっぷり込めた土臭いフレージングは、広大なウクライナの大地を思わせるものだ。
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sv0095j.jpg第2主題部の再現(168小節)も聴き逃せない。ここでは木管がオクターブで主題を先導するが、その裏で独奏楽器が装飾的なトリルで彩ったあとにフラジョレットの対位旋律を紡いでゆく(181小節)。

まるで口笛を吹くような軽いメロディーにもかかわらず、何かに急き立てられるようなピンと張り詰めた雰囲気を漂わせているところは、巨匠の奥義を開陳した名場面。

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重音奏法で「がっつり」とラプソディを弾き上げる主題展開(196小節)もスケール感と力感を前面に押して、楽器が鳴りきっているのが凄い。

sv0095k.jpgオイストラフは体の大きな逞しい人で、ヴァイオリン(1702年製コンテ・デ・フォンターナ)をおもちゃのように扱ったといわれるが、弓が弦に喰らい付くような感触は聴き手に確かな手応えを感じさせてくれるもので、オイストラフらしい豪放な力感と激しい情熱が込められている。

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第1主題のポロネーズ風リズムが管弦楽に帰るといよいよ音楽は最後の山場(229小節)がやってくる。独奏が3連重音で弾きぬく力ワザと、急迫場面の劇的緊張感は無類のもので、コーダ(237小節)で巨匠が見せる“オクターブの重音跳躍”の大技は、闊歩するようなスケール感と激しい気迫が前面に立ちはだかり、有無を言わせぬ説得力で全曲を締め括っている。

逞しい表現力と根太い音で聴き手の心を鷲掴みにする聴きごたえのある一枚だ。


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[ 2017/07/29 ] 音楽 シベリウス | TB(-) | CM(-)