マルケヴィチのチャイコフスキー/交響曲第1番《冬の日の幻想》

sv0144a.jpg
チャイコフスキー/交響曲第1番ヘ短調 Op.13
 「冬の日の幻想」
イーゴル・マルケヴィチ指揮
ロンドン交響楽団
Recording:1966.2.16-25
Location: Wembley Town Hall, London (PHILIPS)
Disc: UCCP3397(2006/8)
Length:41:08 (Stereo)


イーゴル・マルケヴィチは“鬼才”の異名をもつウクライナ出身の名指揮者。18歳で名門コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した経歴を持ち、日フィルに客演した時は旋律とリズムを左右の手で振り分けていたという逸話も伝えられている。N響を振った《悲愴》では、耳の尖った精悍な顔つきや、小さな身振りと鋭い視線が超然とした印象を与えていたと筆者は記憶する。

sv0144b.jpg当盤は、フィリップスに録音されたチャイコフスキー交響曲全集の中の1枚で、初期交響曲はこれまで国内未発売だったという逸品。ここで聴く演奏はロシアの幻想性を取り払った明快な演奏で、きびきびとしたリズム感覚と緻密なアーティキュレーションによって、交響曲の骨格を明確に示している。

終楽章では聴き手の度肝をぬく“大ワザ”を整然とやってのけるところからして只者ではなく、“鬼才”の名をあますところなく示した一級品のチャイコフスキーといえる。
TOWER RECORDS  amazon

「いかにもこの指揮者らしいきびきびとした表現で、冒頭から着実で快適なテンポをとり、この時期のチャイコフスキー特有の華麗なオーケストラレーションを万全の効果をもって再現している。しかも音楽の構造を知り尽くしたようなツボを押さえた表情が、曲の古典的なかたちを明快にあらわしている。弦の動きにも立体感があり、再現部では鋭い音感が示されているが、金管をりょうりょうと鳴らしたバランスは、ロシア風ともいえる。こうしたところにマルケヴィチのロシア人としての民族性が明らかにされている。」 小石忠男氏による月評、『レコード芸術』通巻第673号より、音楽之友社、2006年)



第1楽章「冬の日の旅の夢想」 アレグロ・トランクィロ
sv0144c.jpg民謡風の第1主題は、木管の精密なスタッカートと弦のスピッカートとスラーを組み合わせた独特のリズムが「ぴしゃり」と決まり、音楽が整然と進行する。

猛烈な勢いをつけて駆け上がるポコ・ピウ・アニマートのリズムの切れが気持ちよく、紋切り調で打ち込む先鋭な和音打撃や、低音弦のザリザリとした触感など、そのシャープな棒さばきにのけぞってしまう。人恋しいクラリネットの優美な第2主題では、ウェットな“チャイコフスキー節”がさっぱりと歌われており、音楽は一点の濁りもない。
amazon
sv0084n.jpg

金管の開放的な第3主題は力強い。「ガツン」と打ち放つブラスの硬質な響きがいかにもロシア風で、野性的な迫力をくわえてビシビシと手際よくさばいてゆくところはマルケヴィチの独壇場。ア・テンポ(練習番号G)で、〈花のワルツ〉を先取りした幻想的なテーマがホルンの裏拍で明瞭に飛び出してくるのもユニークだ。

sv0144d.jpg展開部のヤマ場は熱っぽく荒ワザを仕掛けることなく、マルケ師は冷徹にスコアを音化する。音楽は歯切れ良さが際立ち、鋭角的なリズム感覚でいささかの曖昧さも示さない。

特筆すべきは弦の精密なアンサンブルで、鋭利なスピッカートが快適なフットワークにのって、一糸乱れず駆け巡るところは名人芸の極みといってよく、ロンドン響の弦楽セクションの上手さに舌を巻く。録音もこの時代のものとしてはすこぶる明瞭で、切れのある音場と分離の良さは抜群である!
amazon


第2楽章「陰鬱な土地、 霧深い土地」アダージォ・カンタービレ・マ・ノン・タント
sv0144e.jpgオーボエが奏でる民謡調のうら悲しい旋律は第4シンフォニーの第2楽章に勝るとも劣らぬチャイコフスキーならではの名旋律。チャルメラのような鄙びたオーボエが、陰鬱なファゴット伴奏と儚げなフルートの装飾をくわえて表情ゆたかに歌い回してゆくところが聴きどころ。

さらに聴きどころはポッキシモ・ピウ・モッソの第2主題。哀感をしっとりと漂わせながら、マルケ師はツボを押さえたように上質の響きで旋律をしとやかに歌い回してゆく。
amazon

sv0084o.jpg

展開部のチェロが第1主題を滔々と歌い回す場面や、弦の合いの手にすすり泣くような繊細な表情を擦り込んでゆくところにも耳をそば立てたい。
sv0084q.jpg

再現部は、フォルティシモのマルカートで朗々と歌うホルンの独壇場。ウィーンフィルのような“もっちり感”はないが、ゆとりのあるフレージングと明快なアクセントで「パリパリ」と歯ごたえ良く鳴る音がたまらない魅力で、弦のトレモロがクレッシェンドしてゆく頂点(練習番号G)で、音を割って炸裂するところが最大の聴きどころだろう。



第3楽章 スケルツォ アレグロ・スケルツァンド・ジョコーソ
sv0144f.jpgマルケヴィチの類いまれな感覚の鋭さをまざまざと見せつけるのがスケルツォ楽章だ。2拍目の付点音符にアクセントをおいたオスティナート・リズムの精密さは、時計職人を連想させる。しかも、力をぬいた軽やかなタッチで弾みをつけ、アクセントをむやみに強調しないところが巧いところだ。

トリオのワルツは、澄明爽快なアーティキュレーションが印象的だ。贅肉を削いで早めのテンポで歌わせるところが小気味よく、第2句の歌い回しもさっぱりしている。
amazon
sv0084r.jpg

ア・テンポの反復で、「ぷかぷか」と余興たっぷりにのってくるホルンの合いの手が遊び心満点!コーダのチェロ、ヴィオラ独奏のカデンツァも精確無比のリズムさばきで、とどめの和音打撃は鋭利な刃物で「スパッ」と断ち切って聴き手の耳を刺激する。



第4楽章 アンダンテ・ルグーブレ
sv0144g.jpgヴァイオリンがスルGでねっとりと歌い出す民謡主題〈咲け、小さな花よ〉は、ウクライナ出身のマルケヴィチが里帰りしたかのように、野太い音でこぶしを利かせて情感ゆたかに歌い出されてゆく。

ここで主部(アレグロ・モデラート)の8分音符からアレグロ・マエストーソの総奏へ突入する場面で、指揮者は突如「ガクン」と変速ギアを入れて、聴き手の度胆をぬく大ワザを披露する。この“違和感”は一体何なのだ?
TOWER RECORDS  amazon

sv0084s.jpg

sv0144j.jpg通常ならテンポを変えずに突入するはずが、マルケ師はアレグロ・モデラートのテンポを維持したままアレグロ・マエストーソへ突入する結果、聴き手に恐怖を抱かせるような減速感をあたえている。

こんなタチの悪いことを思いつくのが悪魔的で、ぴたりと反応するオーケストラもすごい! およそ凡人には考えもつかぬ大ワザをクールに、しかも整然とやってのけるところに耳の尖った宇宙人を連想してしまう。

「面白い解釈を聴かせるのが、フィナーレのアレグロ・マエストーソに入るところ。ここはそれまでの4分音符=126から2分音符=126に変わる。しかしそれまでの1小節に8分音符8つの動きから4分音符4つになるので、1つの音符の長さは変わらない。事実、まったくストレートに演奏するか、せいぜいちょっとだけテンポを落とした感じでここの主題を多少目立たせる演奏がほとんどだ。しかしマルケヴィチはマエストーソに入っても4分音符=126と、ほとんど同じ扱い(実際は130→115くらいの感じ)でちょっと異様な感じを出し、主題を際立たせている。油断ならない人だ。」「特集チャイコフスキーの交響曲“再入門”」より藤野竣介氏による、~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)


聴きどころは序奏の民謡を行進曲調にアレンジした第2主題。ヴィオラとチェロの滑らかなフレージングと、ホルンが「パリパリ」と気持ちよく吹鳴するメロディーはロシア臭たっぷりだ。鋼のように打ちまくる金管も凄まじさの極みで、“マルケ星人”の冴えたバランス感覚と力強いリズム感覚がみなぎっている。シンバル、大太鼓を加えて鋭角的に叩きつける和音打撃の衝撃音の凄まじさといったら!
sv0084t.jpg

sv0144h.jpg中間部はヴィオラ・セクションの腕の見せどころ。新たな主題(練習番号F)をマルカートで決然と弾ききるところは名場面といってよく、これが弦楽全体に拡大してフガートで展開するところにゾクゾクしてしまう。

フレーズを切り刻むように雪崩れ込む第1主題の総奏(再現部)の手際の良さも特筆モノで、ツボを押さえたように鳴り響く管弦楽の醍醐味を心ゆくまでまで堪能させてくれる。鉈で寸断するように叩き込むシンバルの衝撃音にも腰を抜かしてしまう。
TOWER RECPRDS

アレグロ・ヴィーヴォの長大なコーダは、骨張ったブラスの響きに大太鼓をズシリと打ち込んで怒涛の勢いで突進。強烈な凱歌のひと節を鋼のように打ち込んで、鉈を振るうような和音打撃で全曲を締め括っている。最後の一撃の衝撃音の鋭さはとても言葉ではいいあらわせない。

指揮者の先鋭な感覚とオーケストラの卓抜した演奏技能を堪能させてくれる玄人好みの一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村

このエントリーをはてなブックマークに追加


[ 2020/03/30 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

サージェント=ウィーンフィルのシベリウス/トゥオネラの白鳥

sv0143a.jpg
シベリウス/トゥオネラの白鳥 作品22-2
サー・マルコム・サージェント指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.11.16-18 (EMI)
Location: Musikvereinsaal, Wien
Length: 9:06 (Stereo)
Disc: TOCE-13408
Disc: WPCS-50524


マルコム・サージェント(1895-1967)は、ビーチャム、ボールト、バルビローリとならぶ英国の名指揮者で、最も聴衆に愛された指揮者といわれる。とくにロンドンの夏の風物詩である「プロムス」の常連指揮者として活躍した。

英国では北欧の作曲家シベリウスが伝統的に親しまれ、サージェントもまたシベリウスの音楽をこよなく愛し、得意としていた。この演奏はLP時代にはセラフィム(Seraphim)という廉価盤レーベルで発売されていたと筆者は記憶するが、玉石混淆のEMI録音の中にあって優秀録音として評価が高かったものである。

sv0143b.jpgサージェントがシベリウスをレコーディングするにあたり、ウィーンフィルを起用した経緯は詳らかではないが、ここではウィーンフィルの蠱惑的な美音が余すところなく刻まれている。

精妙な弦楽の伴奏に哀愁を帯びたイングリッシュホルンのメロディーがとろけるような甘さで溶け込む音場とキイタッチの生々しさは特筆モノ。これはEMIの代表的な名録音の1つといえるのではないか。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「イギリスのサージェントがウィーン・フィルを起用してシベリウスを録音する、というまったく意表を突く企画のアルバムだが、聴けばわかるように、これはなかなかの聴きものである。かつてプロムスを牽引していたサージェントという指揮者が、こうした名曲を聴かせるツボを心得ていたことは確かで、実に鮮やかな指揮ぶり。しかもウィーン・フィルがなんとも心憎いほどの美しい艶を持った音色と、内実のこもった分厚い響きでこれに応えているのだ。ウィーン・フィルというオケの能力の幅広さや柔軟性に驚く1枚だ。」 中村孝義氏による月評より、『レコード芸術』通巻第676号、音楽之友社、2007年)


「忘れがたい名盤が、英国のマルコム・サージェントによる管弦楽曲集。作曲家が亡くなってから4年後の1961年に録音された本盤は、若い頃からシベリウスを愛してやまなかった名匠がその十八番を伝統の名門楽団に託した貴重な録音だ。咆哮にも底深い厚みが感じられる《フィンランディア》からして楽団の凄みに昂奮させられるが、管楽器ソロの絶妙を堪能できる《エン・サガ》や《トゥオネラの白鳥》では細かい分割も巧みに響かせる弦楽の、これぞという美麗な歌い口は代え難い魅力がある。」 ONTOMO MOOK『ウィーンフィル&ベルリンフィル』~山野雄大氏による「VPOの北欧の作曲家」より、音楽之友社、2008年)


「これは掘り出し物のレコードである。サージェントが珍しくウィーン・フィルを振っているが、オケの音色はいかにも瑞々しく、また録音が最新盤のように優秀だ。《フィンランディア》や、特に《トゥオネラの白鳥》は音の美しさを聴くだけでも価値があろう。サージェントの指揮はその《トゥオネラ》がベストである。早いテンポで淡々と進めながら、そくそくとして身体を包む北欧の寂しさと孤独感が迫ってくる。詩情が溢れんばかりだ。オーマンディと並ぶ、この曲最高の名演と絶賛したい。」 宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻第309号、音楽之友社、1976年)




アンダンテ・モルト・ソステヌート 4分の9拍子
sv0143c.jpg《トゥオネラの白鳥》は、フィンランドに古くから伝わる叙事詩「カレワラ」にもとづいて作曲された交響詩〈4つの伝説曲〉の第2曲。

神話に登場する英雄レミンカイネンはポホヨラの娘に恋をするが、その成就のために3つの冒険が課せられる。その最後の冒険がトゥオネラ河に浮かぶ白鳥を射ることだった。
カレワラの黄泉の国トゥオネラは、現世との境にある青黒い死の河で、そこには聖なる白鳥が住んで悲しげな歌をうたっている。

弱音器をつけた弦楽伴奏の靄の中からイングリッシュホルンが仄かに浮かび上がる抜群の音場に早くも聴き手の耳が惹きつけられてしまう。独奏の息の長い幽玄な旋律が、冷たく暗い湖面の上に浮かぶ一羽の白鳥の姿をしっとりと描き出してゆく。チェロとヴィオラが音階を上るモチーフのしっとりとした木質の肌触りがたまらない。

sv0143e.jpg23小節(練習番号C)から歌われる白鳥のエレジー(悲歌)のイングリッシュホルンの透明な音色と「カチカチ」と鮮明に響くオン・マイクのキイタッチが大きな聴きどころ。

独奏の主要モチーフに絡む弦のトレモロの刻み目が見えるようにクレッシェンドしていく頂点の生々しさや、ヴィオラとチェロがテヌートで歌い返すウィーンフィル特有のもってりとした響きにも耳をそば立てよう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0143j.jpg


メノ・モデラート 4分の9拍子
中間部(58小節)よりヴァイオリンのピッツィカート・リズムにのって音楽が民謡風に動き出す。ポコ・アラルガンド(練習番号F)ではハープのアルペジオ、打楽器のトレモロ、ホルンの持続音が加わる音のご馳走が満載! ファゴット、チェロ、ヴァイオリンのソロパートが加わり、それを包み込むような艶めいたふくよかさが楽友協会ホールに溶け込むように響いている。

sv0143d.jpgクライマックスの総奏(75小節)は、ティンパニのリズムにのった葬送曲風のカンタービレだ。幻想的な曲想がここで大きく進展し、音楽はドラマチックに盛り上がる。

この聴かせどころでサージェントはウィーンウィルの“まろみのある響き”を最大限に生かし、弦楽ユニゾンに艶を乗せてたっぷりと歌い込んでゆく。

イ短調の主和音の上にホルン、トロンボーン、ティンパニ、バスの重低音の深く刻むリズムが劇的な効果をさらに高め、テヌートを効かせて重厚に歌う音楽は、白鳥を射ることに失敗して殺されるレミンカイネンの悲劇をあますところなく伝えている。

sv0143i.jpg

エンディング(練習番号H)は弦楽のコルレーニョの中をイングリッシュホルンによる白鳥の嘆きがしみじみと歌われ、地獄の番人ナシュットの怒りがティンパニの不気味なリズムとなって、聴き手の心に重くのしかかってくる。
冥府の青白い死の河に浮かぶ白鳥の最後の一鳴きのような弦のカンタービレと独奏チェロが、悲しい物語の結末を嘆くかのように消え果てる。

英国の名匠サージェントが、ウィーンフィルの蠱惑的な音色を生かして格調高く描き上げた出色の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村

このエントリーをはてなブックマークに追加



[ 2020/02/29 ] 音楽 シベリウス | TB(-) | CM(-)