映画《オーケストラ!》よりチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲

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映画《オーケストラ!》より
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35
原題:Le Concert
脚本・監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
製作 : 2010年 フランス(フランス語、ロシア語)  
上映時間 : 124分 配給 ギャガ
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音楽を題材にした映画作品の中で筆者の一押しが《オーケストラ!》(2010年)。かつてロシアの名門ボリショイ劇場オーケストラの指揮者だった中年の劇場清掃員が、海外公演の出演依頼のFAXを見てニセモノのオーケストラを組織して公演をやってのけるという奇想天外なストーリー。寄せ集め楽団員の珍道中で観客を笑わせる一方で、旧ソ連の知られざる暗部にもスポットを当てている。

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「クラシックの名曲にのせて贈る奇跡の物語―。このうたい文句通り、ストーリーは単純明快。ロシアの名門・ボリショイ交響楽団の首席指揮者の座を追われ劇場の清掃員となった主人公のアンドレイが30年後、昔の仲間と楽団員になりすまし、パリ公演を成功させる。物語の発端は、旧ソ連のブレジネフ政権下であったボリショイ交響楽団のユダヤ人排斥事件。彼らを擁護したロシア人も解雇された。パリに乗り込むニセ楽団員は、この被害者たち。だから、あこがれだったパリ公演を30年後にかなえる成功物語であり、痛快な復しゅう劇にもなっている。」 2010年5月4日 スポーツ報知)


クラシックのコンサートでニセモノが“ほんもの”になりすまして名演奏をやってのける、という一見して実現不可能なストーリーはわが国でも過去にあった。それは『噂のコンサート』(TBSテレビ、1985年)という単発ドラマで、小林克也が扮するマンションの管理人が、「自分の書いた作品をオーケストラで指揮をしたい」という永年の夢を詐欺まがいの行為によって実現してしまうという話。

「マンション管理人・迫丸英世(小林克也)が30年抱き続けてきた夢は、有名オーケストラを指揮することだった。そんなある日、迫丸がイタズラに夢を書き並べた履歴書を、住人の佳代(奥村チヨ)に見られてしまった。噂はたちまち広がり、迫丸は奥さんコーラスの指導をすることになった。喜んだ迫丸は、佳代のために自作の〈聖女〉(マドンナ)を捧げた。ところが、これが思わぬ波紋を・・・」 脚本=市川哲夫、渡辺香、演出=渡辺香、1985年3月30日 毎日放送)


sv0120u.jpg「同窓のオザワくんは大活躍じゃない」とか「コバヤシのケンちゃんは元気にやってる?」という管理人・迫丸の電話の会話を偶然に聴いたマンションの住人たちは、迫丸がかつては著名な音楽家だったと誤解して合唱指導を行ってもらうようになる。

管理組合の忘年会の席では、迫丸が酔った勢いで《英雄ポロネーズ》を暗譜で弾いたことから評判はさらに高まり、理事会長の妻で熱烈な音楽愛好家の佳代(奥村チヨ、この時15年ぶりのドラマ出演)は迫丸にぞっこん惚れ込んでしまう。

sv0120b.jpgそんなあるとき、一緒に飲んで酔って動けなくなった佳代を連れて場末のホテルに入ってしまった迫丸は、アバンチュールを楽しむ度胸がなく途方に暮れるばかり。

ところが、モニターテレビに写った自分の姿を見つけるや、ベットに横たわる佳代の足を横目に、やおら指揮の真似をやりだす、という“オタク”ぶりを発揮して笑いを誘う。
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調子にのった迫丸は経歴を偽ってプロ・オケと契約し、印刷屋を騙して手付金を工面する。ただひとりニセモノと見抜いた佳代の娘が「うそつき!」と迫丸に詰め寄るが、本番にのぞんだ迫丸は、佳代への熱い想いを込めて書いた《マドンナ》という管弦楽作品をものの見事に演奏し、拍手喝采をあびるという感動のストーリーだ。

このドラマは、当時プロ・オケで実際にあった「ニセ指揮者事件」をヒントに脚本が書かれたものらしいが、当作品もニセのボリショイ交響楽団が香港公演するという2001年の実際の事件が脚本化のヒントになっている。しかし、演奏家個人ではなく、オーケストラごとニセモノでやるというスケールの大きさは前代未聞といえる(本文にネタバレが含まれているのでご注意されたい)

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この映画を手がけたラデュ・ミヘイレアニュ監督はフランス国籍だが、ルーマニア生まれのユダヤ系で、父親は共産主義者でナチスの強制収容所から脱走し、自身は1980年にチャウシェスク政権下のルーマニアからフランスに亡命した経歴をもつ。したがってこの作品では、楽団員は東欧ユダヤやロマ(ジプシー)といった1980年代のソ連で排斥された人たちが中心になる。

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元ボリショイ・オーケストラの楽団員たちは、現在は救急車やタクシー運転手、蚤の市業者、ポルノ映画のアフレコ担当といった様々な職業に就いて生計をたてていた。彼らの多くが楽器を手放し、音楽の世界から遠ざかって久しい。楽器はもとより、ステージ衣装やパスポートすら持っていない彼らは、これらを調達しなければならない苦境に直面するが悲壮感はなく、コミカルなタッチでその珍道中が描き出されてゆく。

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注目は偽造パスポートを手配するのはロマ人の楽団員ヴァシリ。一見して、色黒のヤバそうなオッサンだが、じつはヴィルトゥオーゾタイプのヴァオリンの名手で、この楽団のコンサート・マスターをつとめる人物だ。ジプシーの音楽をはじめ、メンデルゾーンの協奏曲パガニーニの奇想曲を独特の重音奏法によって、その腕前を披露しているのが見どころのひとつだろう。

コアなクラシック・ファンなら、見るからに怪しげな(手にしている楽器も!)ロマのヴァイオリニストが、目の醒めるようなパガニーニのカプリースを即興で演奏してみせるようなシーンにはっとさせられるかもしれない。「ちょっと野蛮なエネルギーから高貴な音楽が生まれたりするのがいいでしょ(笑)。それと、音楽の持つ多様性みたいなものを楽しんでもらえたら嬉しい。 ミヘイレアニュ監督 インタヴュー より、 2010年4月20日 intoxicate vol.85)


楽員たちが各自、自分の写真1枚を持って行くだけで、偽造パストポートを空港のカウンター前で“即時発行”するヴァシリの仲間たちの手際の良さには関心するほかはない。警備員が怪しんで近寄ってくると、強面の仲間が「占いはどうでっか?」とガードする危機管理にもぬかりはない。パリではネットワークの広さを生かして楽器や服をたちどころに調達してしまう。

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着の身着のままで乗り込んだ愚連隊のような55名の楽員たちはパリへ到着するや、ギャラの前金を要求して騒ぎ出すところは、ほとんど恐喝まがいといえる。一方、リハーサルそっちのけで(楽器がないので出来るわけがない)、ロシアから持ち込んだキャビアをレストランに売り込んだり、通訳のアルバイトに精を出したり、開演の直前まで韓国製の携帯電話をプログラムとセットで売りつける商売熱心な楽団員もいる。

アンドレイ(アレクセイ・グシュコブ)がニセ楽団のマネジメントを頼むのは、元ボリショイ劇場の支配人のイワンで、かつてユダヤ人奏者たちを追放したいわくつきの人物。このイワンが腹に一物のあるシャトレ座の支配人デュプレシ氏との交渉役を引き受けるが、キャンセルになったロスフィル公演の穴埋めをもくろむデュプレ氏の足元を見て高条件をふっかける駆け引きは、カネがからんだ音楽マネジメントの裏表が見え隠れする。
「ロシア人はラバのように頑固だ」という劇場支配人のセリフも笑わせる。

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イワンのロシアなまりの濃厚なフランス語には思わず吹き出してしまうが、じつはこの人物、バリバリの共産党員で、かつて党員の行きつけだったパリのレストランを貸し切ることを公演の条件に提示したり、昔の仲間だったパリ在住の党員と連絡を取り、党大会で連帯をはかるべく、その“裏仕事”にも余念がない(ふたを開けると会場はガラガラといった皮肉をも盛り込む)。休暇で家族とパリにやって来たホンモノのボリショイ劇場支配人とばったり鉢合わせするところなど、ほとんどドタバタ喜劇といえる。

sv0120v.jpgアンドレイのつよい希望で公演の演奏曲目は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に決まった。

独奏者はパリ在住の女流ヴァリオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)。この若きヴァリオリニストを起用したことについては、じつはアンドレイの隠された意図があった。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲・・・・それはアンドレイにとって因縁の曲だった。天才指揮者と謳われた30年前、レアという女流ヴァイオリニストとの競演中に、共産党の横やりが入ってアンドレイは指揮棒をへし折られ、コンサートは突然中止されてしまう。この出来事がトラウマとなって暗い影を引きずっていた。アンヌ=マリーがこの事件といったいどのような関係があるのか?・・・ここで、ミヘイレアニュ監督はひとつの謎をわれわれに投げかける。

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パリに着いたアンドレイのもとに、アンヌ=マリーのマネージャーであるギレーヌ(ミュウ=ミュウ)という女性が現れる。アンドレイとは“わけあり”の間柄のようだが2人の関係は不明だ。コンサートの前日に、夕食を共にするアンヌ=マリーとアンドレイ。アンドレイは、その昔、“究極のハーモニー”に到達できたはずのレアの、この曲にまつわる悲しい運命を語りはじめる・・・
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「自分はレアの身代わりにはなれない。」とショックを受けたアンヌ=マリーは演奏を辞退するが、アンドレイの友人でチェロ奏者のサーシャの説得やギレーヌが置いたレアの書き込みのある楽譜をみて演奏を決意する。「レアのためにもどれ!」と楽団員の携帯メールがとび交う中、シャトレ座でのコンサートの幕があがった。

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リハーサルなしのぶっつけ本番で、調達されたばかりの楽器をもって、元プロの奏者とはいえ、何十年かぶりにいきなり音を出して上手くいくはずがないことは明白だ。しかも合わせものの協奏曲。音程の外れたメロディや、ブリキがきしむような総奏の不協和音が飛び出すと、この非現実的な設定が俄然、現実味を帯びてくる。

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しかし、お笑いは序奏の22小節だけ。カデンツァ風の独奏ヴァイオリンが奏でられると、これに聴き惚れた楽員たちの目の色が変わり、モデラート・アッサイの主部(第1主題)では独奏の美しい調べにのってオーケストラの音色とアンサンブルが一変する。メラニー・ロランが演じるヴァイオリニストは、稟とした表情と気品にみちた舞台姿が印象的だ。

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sv0120c.jpgルーマニア出身でフランス国立管弦楽団 (L'Orchestre national de France)の第1ヴァイオリン・ソロ奏者サラ・ネムタニュ(Sarah Nemtanu)から弓が弦に当たる部分の猛レッスンを受けたというが、映像はフィンガリングを見せるショットはなく、もっぱらボウイングが中心。音源の旋律線の歌わせ方は、どちらかというと今風のスリムなフレージングで、実際の演奏はネムタニュが受け持っている。
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この映画の演奏シーンは約12分で、協奏曲であるにもかかわらず独奏者の派手な技巧の見せどころであるカデンツァはカットし、オーケストラとのハーモニーの調和やかけ合いの部分にスポットが当てられている点で監督の視点は徹底している。

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音楽は第1楽章の途中からカンツォネッタはとばして第3楽章の後半へと切れ目なく繋げているが、最大のクライマックスがオーケストラの総奏と独奏が交互に駆け合いを演じる565小節からの熱狂的なフィナーレ(終結部)であることはいうまでもない。

「これほどの楽曲をいじるのは、少し罰当たりな気持ちになる。とても難しかったよ。チャイコフスキーが草場の陰から嘆かないように努力しながら12分に縮めた。おかげでこの曲を深く分析することができた。いくつかの小節を削除したが、音楽的な不快感を与えないように気をつけたよ。」 プロダクション・ノートより、編曲者のアルマン・アマール氏は語る)


「ラストのコンサートシーンは最も難しかった。あのシーンは別の映画をもう1本撮っているかのような、劇中劇のようなものとして撮っている。俳優たちにとってもスタッフにとっても挑戦的なシーンで、ひとつのシンフォニーを作り上げるのが一番大変だった。」 ミヘイレアニュ監督、映画の苦労話を吐露より、2010年4月17日、日刊アメーバニュース


「あの12分は、撮影の半年前から悪夢を見るほど悩んだ。人間の内面を見せるためにカメラを近く寄せ、曲の強弱にあわせて様々なシーンをはめ込んだ。ぴったりあったのを見た瞬間の幸福感は忘れられません。」( ミヘイレアニュ監督 ニセの一流楽団の珍道中 映画「オーケストラ!」公開中より、2010年4月25日 asahi.com


物語の謎はついに協奏曲のフィナーレにおいて音楽の流れの中で解き明かされる。アンヌ=マリーはじつはレアの隠された娘で、レアは中止された演奏会の後に共産党に逮捕され、シベリアに送られるときに生まれたばかりのアンヌ=マリーを密かに楽団のチェロ奏者であったギレーヌに託したのだった。

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極寒のシベリアの地で強制労働に耐え、その合間に想像によってチャイコフスキーを弾く恰好をするレアと、コンサートでアンヌ=マリーがオーケストラと対峙するシーンを重ね合わせるクライマックスの演出がきわめて効果的だ。

もう一度、あの協奏曲を弾くことを夢見ながら収容所で死んでいったレアの悲劇の人生がみる者の涙をいやがおうにも誘っている。このコンサートは、あのときレアを救えなかったアンドレイのいわば贖罪であり、その娘であるアンヌ=マリーに賭けた時空を超えた挑戦でもあった。

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コーダの音楽は力強い。指揮者アンドレイをはじめとして楽員たちがこの曲にこめた30年の思いが解き放たれたかのように入魂の演奏になっている。各パートをクローズ・アップする迫力あるショットもさることながら、楽員たちが力いっぱい演奏しているシーンが生々しく伝わってきて、その手に汗握る進行には息をのむばかり。音楽もパンチが効いて、みる者も思わず力がこもる(サウンド・トラックの演奏はブダペスト交響楽団)

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アンドレイを演じるアレクセイ・グシュコブの指揮ぶりも堂に入ったもので、役作りのために何ヶ月もクラシック音楽を聴き込み、ロシア、ルーマニア、フランスの3人のプロの指揮者に師事して「完璧な指揮者を目指した」という。気魄を込めてとどめの和音打撃を決めるあたりも即興的で、演技を微塵も感じさせない真剣勝負の映像がみる者を釘付けにする。

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「指揮者ごとに個性があり、タクトをきちんと振りながら指揮をする指揮者もいれば、大きく外す人もいる。西側の指揮者がどういう指揮をするのかを考えながら演じました。けれど、最後のシーンだけはあふれ出てくる祖国ロシアへの気持ちを大切にしたので、私独特の表現になっています。」 映画『オーケストラ!』の監督&主演のアレクセイ・グシュコブの苦労話の吐露より、ぴあ映画生活)


主人公の指揮者を演じたアレクセイは、別の観客から「タクトを振る練習をどれくらいしたか? そして、今、オーケストラでタクトを振る自信があるか」と聞かれると「もし、この場に55人の楽団員が現れて、自分がタクトを振るとしたら、自信をもって指揮を執れます。ただし、(映画で演じた部分の)12分だけですが・・・」と語り、会場を笑わせていた。 涙が出るほどハッピーな映画『オーケストラ!』の監督が自作への思いを語ったより、2010年3月22日 MOVIE Collection)


曲中では、その後、超有名楽団になって世界各地を堂々と公演する(もちろん日本にも)“リッチ”になった楽員の姿が挿入される。空港で彼らと入れ違いにやって来たホンモノの“さえない”ボリショイ管弦楽団を彼らが見下すシーンは、エピローグなのか彼らの夢想なのか。“究極のハーモニー”がこの作品の大きなテーマであり、ミヘイレアニュ監督はこの不況下で、社会から仲間外れにされた後で見い出す“希望”を意味している、と語る。

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「人生に傷つき、ノックアウトされたように動けなくなる。再び立ち上がるのは本当に難しい。でも、この映画の人物たちは、それをやろうとしている。まず、自信を取り戻し、立ち上がり、もう一度価値ある人間になろうとする。全員が各自の究極のハーモニーを見つけるために、たとえ一瞬だけ、たとえコンサートの間だけでも、まだ夢を見る力があることを証明しようとするんだ。」 プロダクション・ノートより)


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音楽マニアには是非ともコレクションに加えておきたい映画作品だ。


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[ 2018/08/11 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

コンヴィチュニー=チェコフィルのシューベルト 〈ザ・グレイト〉

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シューベルト/交響曲第9番ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」
フランツ・コンヴィチュニー指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1962.4.27 Rudolfinum, Praha (Supraphon)
Recording Producer: Miloslav Kuba
Recording Engineer: Miloslav Kulhan
Length: 52:31 (Stereo)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[UHQCD]


このレコードは、コンヴィチュニーがチェコフィルに客演した際にワーグナー管弦楽曲集とともにスプラフォン・レーベルにセッション録音されたもので、巨匠がベオグラードで《ミサ・ソレムニス》のリハーサル中に急逝する3ヶ月前にあたる貴重な音源だ。

sv0016b.jpg北モラヴィアのフルネク生まれのコンヴィチュニーにとって、チェコはいわば母国にあたる。ここでは客演とはいえ、チェコフィルを相手に確信をもって自己の芸風を開陳し、抜群の相性の良さを示している。

特筆すべきはスプラフォン録音のすばらしさだ。スプラフォンはプラハを拠点に発足したチェコ国営のレーベルだが、オリジナル・マスターから復刻されたCDのクオリティの高さはどうだろう。  amazon

まるでヴェールが剥ぎ取られたかのように、全盛期のチェコフィルの緻密なアンサンブルと燻し銀の響きが鮮明なステレオで蘇り、60年代当時のアナログ録音のすばらしさを伝えている。

「60年代のスプラフォンの音の評価はそう高いものではなかったが、20ビット処理したマスター・トランスファーはマスターテープの音情報が忠実に引き出されていると感じた。オリジナルのデジタル化がこれほど良い音なら、ひと頃聴いていたあの音は、日本に送られてきたマスターのコピー段階に問題があったことになる。マタチッチやコンヴィチュニーといった大家のブルックナーやシューベルト、ワーグナーなども、演奏はもちろんだが音の面でも十分存在感を示している。この時代の大家を聴く人は、現代にないものをそこに求めているわけで、19世紀的ロマンティシズムはCDの音では駄目と思っている方々にお薦めしたい。シューベルトやワーグナーのアナログ的な重厚さなど、ロマン派の香りが濃厚に漂っている。」 相澤昭八郎氏による月評より、COCO78207、 『レコード芸術』通巻530号、音楽之友社、1994年)


sv0119d.jpgここでは最盛期のチェコフィル・サウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。トレーニング魔で知られたアンチェルによって鍛えられた鉄壁のアンサンブルが、コンヴィチュニーの質実剛健な気風とマッチして力強く展開する。

ケレン味のないゼクエンツはもとより、素朴な木管の味わいや燻し銀の金管が炸裂する決めどころの力ワザなど、古武士のような男気を感じさせるスタイルによって、実直に押し切るところがこの演奏の最大の魅力。
TOWER RECORDS  amazon  HMV
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「亡くなる3ヶ月前の録音となったチェコ・フィルとのシューベルトは、大河のような雄大で息の長い楽想が、やはりゆっったりとした動きのなかで確実に音となってゆくさまがうかがえる。けっして先を急ぐことなく、地道に自分の音楽を作り続けたコンヴィチュニーの芸風がそのまま体現されているようで、感慨ひとしおである。」 長木誠二氏による月評より、COCO75409、『レコード芸術』通巻512号、音楽之友社、1993年)




第1楽章 アンダンテ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0119b.jpg鈍い響きのホルン、鄙びたオーボエ、濃密なヴィオラとチェロなど、個性的な音色でたゆたう序奏は“ローカル・カラー”満載で、ズシリと響く重みのある総奏はいかにもドイツのカペル・マイスター風。

どっしりと構えた落ち着きのある進行によって、主部へ逞しく駆け上がる力相撲がコンヴィチュニー流で、ゲシュトップで仕掛けるホルンがすさまじい勢いで炸裂するところに度肝をぬかされてしまう。  TOWER RECORDS [SACD]

主部(78小節)は、チェコフィルが自慢のアンサンブルを歯切れ良く展開する。ホルンの気持ちの良い3連音リズムにのって、要所をピシリと決めながら、溌剌としたヴィヴァーチェで進行する音楽は気風が良い。うらぶれたオーボエの第2主題(134小節)や、艶消ししたトロンボーンがユニゾンで奏でる第3主題(199小節)の味わい深さも一級品。音楽は決して華美になることはない。
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sv0119c.jpg大きな聴きどころは、ベートーヴェンの第9〈歓喜の頒歌〉を思わせるモチーフで雄々しく高揚する228小節(および再現部546小節)。 amazon

逞しい生命力と揺るぎのない構成感で歌い上げる重量級の音楽が腹にズシリと響いて、有無を言わせぬ説得力で迫ってくる。悠然と歩を進めながらも強靱なリズム反復による躍動感によって、がっちりと呈示部を締め括るドイツ気質の巨匠の腕力がこの上なく頼もしい。(リピートなし)

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sv0119e.jpg展開部(254小節)は、第1主題と第2主題を混ぜ合わせて3連音を噛み合わせるゼクエンツを、巨匠はじっくりと腰を据えて料理する。

第3主題に弦の3連音リズムを配する304小節から力を増して、その最頂点(練習番号H)で「ここぞ」とばかりにブラスを「バリバリ」とぶちかます力ワザは圧巻! ベートーヴェン的な堅固なたたずまいと一点一画もゆるがせにしない階書風の音楽作りはコンヴィチュニーの真骨頂。
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sv0119f.jpg巨匠が仕掛けるのは漸増を重ねて高揚する626小節からで、目の覚めるトランペットの一撃で聴き手の興奮を呼び起こす。

642小節から迷いなく打ち込む“進軍ラッパ”を皮切りに、頂点に向かって突進するなりふりかまわぬ没入ぶりは実演を思わせる熱っぽさ。  amazon

音価を2倍に引き延ばして〈導入主題〉をたっぷりと歌い上げる決めどころ(662小節)は、勝利を確信したように力強い開放感にあふれんばかりで、リテヌートで応唱する弦の熱い歌一気呵成に畳み込むブラスのとどめ打ちの鮮烈さに快哉を叫びたくなる。


第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0016d.jpg5部のリート形式の緩除楽章はコンヴィチュニーの飾り気のない素朴な芸風が印象的だ。実直なリズムにのって木訥に歌う第1旋律、田舎の風情でたゆたう第2旋律、がっつりと打撃を打ち込んで力強く躍動する第3旋律など、音楽は質実剛健の気風が漲っている。

息の長いレガートと安定感のあるフレージングによって、たっぷり歌い上げる第2主題も愚直なまでに素朴である。

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sv0016f.jpg静寂の中をホルンのg音が降りてくる「天の使いの対話」(148小節)や、チェロにオーボエの合いの手を絡めるモノローグ(253小節)の名場面では、古めかしい音色と侘びた風情によってとめどもない懐かしさがこみ上げてくるのは、このコンビならではの味わい深さといえる。

トランペットとホルンを「これでもか」と強奏させて、豪快に総休止で断ち切る“断罪的な決めどころ”(251小節)は、まさにドイツの頑固親爺らしい毅然とした風を備えている。  amazon


第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0016e.jpgスケルツォは、バスを土台にした分厚い弦楽アンサンブルによって堅実に突き進む。金管の音を丸めた渋いサウンドと、「ズン」とした重みのあるスタイルはまぎれもなくコンヴィチュニー流。

第2旋律のレントラーも田舎臭さまる出しで、くすみがかった木管の音色が柔らかく弦楽器に溶け込むところが最大の魅力といえる。トリオは実直を絵に書いたようなドイツ風舞曲で、どっしりと構えた安定感のある音楽は石造りのような蒼古なたたずまいを見せている。
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第4楽章 フィナーレ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0119h.jpg目の覚めるような開始の鮮烈な総奏に仰天するが、清新溌剌と楽想の変転をさばく巨匠の手際のよさは抜群で、歌謡風の第2主題など堅苦しいと見る向きもあるが、同じ音型のリズムを実直に反復することを辞さない昔気質の頑固な職人を思わせる。   amazon

そこには、いささかのケレンも踏み外しもなく、実直の一本槍で整然たる構成感を打ち出している。


sv0016i.jpg展開部(386小節)では「歓喜の主題」(ベートーヴェン)風の主題やトロンボーンが奏でる第2主題を、シコを踏むような生真面目さで歩を進めるがコンヴィチュニーらしく、大交響曲にふさわしい重厚なサウンド威風堂々たる巨匠風の足取りには揺るぎがない。

何一つ細工するでもなく、不動の姿勢で基本リズムを刻み続ける頑固さによって音楽におのずと威厳が備わり、ヒロイックな気分が立ち現れてくるのがこの演奏のすごいところだ。

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第1主題の断片に第3主題が応えながら、頂点に向けてひた走るコーダ(974小節)の緊迫感も無類のもので、踏み込むような第2主題の4連打(fz)にブラスの3連音をきっぱり打ち込んで、勇渾な気分でひた押しに押してゆくクライマックスは圧巻である! 

クレッシェンドで決める終止和音は巨匠の強固な意志を伝えてあますところがなく、チェコフィル全盛期の燻し銀サウンドと鉄壁のアンサンブルを堪能させてくれる出色の一枚だ。


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[ 2018/07/28 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)