クレンペラーのモーツァルト/交響曲第25番ト短調

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モーツァルト/交響曲第25番ト短調 K183
オットー・クレンペラー指揮
フィルハーモニア管弦楽団
Recording: 1956.7.19,21-24 Kingsway Hall, London
Producer: Walter Legge (EMI)
Balance Engineer: Douglas Larter
Length: 19:01 (Stereo)
amazon [TOCE-91058]


クレンペラーがEMIと専属契約を結んで膨大なレコーディングがはじまったのは、フィルハーモニア管の首席指揮者に任命された70歳のときで、それまで剛直一本やりだった即物的な芸風に霊感が加わり、長老のような威厳が備わってきた時期にあたる。

sv0118b.jpgクレンペラーの商業録音は1972年(87歳)まで続けられたが、最初のセッションは1954年10月で、モーツァルトの交響曲(第29番と第40番)が含まれていた。

「私が尊敬する作曲家はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンである」と語るように、モーツァルトはクレンペラーの重要なレパートリーのひとつで、この第25番はステレオ初期のテイクにあたる。
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クレンペラーの録音は、響きがしっかりした60年前後の録音に優れた演奏が多いといわれるが、荘厳な響きの中に聴き手を引きずり込み、深い精神性と力強い生命力を聴き手に厳格に呈示する。緊迫した悲劇性を貫きながら、雄大に、黙々と、半ば怒りを込めたように突き進む姿は異様であり、恐ろしくもある。

「総括的な言い方だが、モーツァルトの交響曲は大家の棒で独自の生命に輝いている。こねこねと造ったレコード用の箱庭・盆栽芸術の趣がない。第31番のあまりの重さだけはちょっと首をかしげるが、いずれも直言と真実とが光っている。緩除楽章がやや渋い顔つきになるのはこの指揮者の屈折した内面がときおり頭をもたげるためであろう。クレンペラーの指揮ではどれひとつとして音の美しさをごくふつうの意味で吹聴できるものがないが、モーツァルトでもやはりそうで、往々かなりの不揃いさえそのまま残されたところがある。しかし、このモーツァルトは傷つかない。これらは本当に強い命をもつモーツァルトである。」 大木正興氏による月評より、EAC4044、『レコード芸術』通巻第317号、音楽之友社、1977年)


「巨大な生物が動くときに感じる特別なものの気配、圧倒的な風圧のようなものを、モーツァルトの演奏で聴くことはめったにない。クレンペラーが指揮した交響曲の演奏では、そのめったにないことが生じている。ここに聴くのは、高い場所から俯瞰され、スケール雄大に再現されたモーツァルトだ。常識的なモーツァルトからするとかなり桁外れなところがあるが、ここらか得るもの、魅力などもまた桁外れに大きい。」 吉井亜彦氏による月評より、TOCE13201、『レコード芸術』通巻第664号、音楽之友社、2006年)


「モーツァルトのシンフォニーに、狂気は殊更には用意されていない。旋律線も、バッハほどには犠牲にされず、厳粛厳格ではあるがそこには確かにモーツァルトの音楽がある。ただここには微笑みも、快楽も、音の喜びも存在しない。抑えられた色彩のパレットから繰り出されるのはいわば裸のモーツァルトである。25番や40番のト短調交響曲は曲の性格もあってか厳しい音楽になっている。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)




第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ト短調
sv0118c.jpg気魄を込めた強いシンコペーション・リズムは緊迫感に充ちたもので、のっけから阿修羅のごとき闘争の世界をクレンペラーは創出する。

悲嘆にくれたオーボエは哀愁たっぷりで、“ウォルター・レッグのロイヤル・フラッシュ”と称えられた木管セクションの音色の美しさにと酔わされてしまう。
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聴きどころはリズム動機が現れる31小節から。ステレオ録音を“いかさま師の発明”とこき下ろしたクレンペラーだが、左右に分かれたヴァイオリン群が音階的なトレモロとシンコペーションを交互にぶつけながら、低音弦のリズム動機と激しく対峙する場面は分離の良さと相まって、ゾクゾクするような興奮を誘っている。嵐のようなユニゾンの下降トレモロもギシギシと軋みをたてる凄まじさ!

sv0118d.jpgスケルツァンドの第2主題(59小節)は、装飾音の付いた4分音符を8分音符2つで弾いているのには仰天するが、コケットリーな舞踏的主題がクレンペラーの手にかかると孤独な修行僧が岩だらけの山道を黙々と、怒りを込めながら、急ぎ足で歩む姿が浮かんでくる。

ことさら甘美な響きや優美な表現を求めず、“死の行進”のごとく、厳めしくザハリッヒに進行するのがいかにもクレンペラーらしい。(呈示部の反復あり)
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「クレンペラーは常に怒っている。思うようにセーブできない自分の欲望に対して、そして下らない聴衆のあまりに浅い音楽理解に対して、或いは“大衆”の小市民主義的安穏に対して、更には時代の暗澹たる進み行きに対して、彼は常に怒りをもって立ち向かった。彼の知的で明敏な感受性は時代の不幸と絶望を見抜いている。それは音楽の力でどうにか組み伏せ、束の間とはいえ、より良き世界を夢見るのだ。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)


sv0118e.jpg展開部(83小節)は、押し出しの強さと武骨さを打ち出して雄々しく進行する。オーボエが苦しみに喘ぎ(103小節)、弦楽が慟哭の表情を刻印してゆく場面(109小節)は悲劇のドラマが極まった感があろう。

泣き笑いの表情で歌い出すト短調の第2主題(177小節)も「これぞ男の進む道」といわんばかりに自らを鞭打ち、駆り立てながら、緊張の糸が最後まで途切れることがない。
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「クレンペラーの音楽は重厚だが鈍重ではない。リズムは踏みしめられるが、弾力がある。響きは鋭利ではないが、歯切れがよい。そのバランスは独特で、木管が前面に押し出される。金管は明確だが抑制される。弦楽器群は黒樫の木組のように立体的にしっかりと支える。このバランスがクレンペラーならではの魅力で、当時のフィルハーモニアはその意図を見事に体現していた。」 山崎浩太郎著「クレンペラーの晩年を飾った腕利きオーケストラとの蜜月」より~『レコード芸術』通巻第630号、音楽之友社、2003年)



第2楽章 アンダンテ 変ホ長調
sv0118f.jpg弦楽とファゴットの重奏によって、禅問答のような対話を重ねる主題はすこぶる厳粛で、老師クレンペラーは「人は何故苦しむのか」という命題を我々に問いかける。

雅やかに弾む第2主題もどこか照れ隠しのようで純真に喜びきれず、重々しく弓を入れる低音弦によって暗鬱の世界に聴き手を引きずり込む。転調で翳りを付ける展開部も陰鬱な気分が勝り、とめどもなく暗雲が垂れ込めてくる。
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sv0118h.jpg終止の厳かな低音弦は屁を放つような皮肉を込めた調子で、何かタチの悪い冗談のようにも聴こえてくる。そういえば、1968年ウィーン芸術週間のコンサートで《グラン・パルティータ》(モーツァルト)を演奏する時、クレンペラーが腰を下ろしたとたん「ぶ~」とおならが漏れた。

身体の不自由な老巨匠は開始の合図を送ることが出来なかったため、ファゴットが合図を出したと勘違いしたオーケストラが、“屁の合図”で一斉に華々しく演奏を始めたという“武勇伝”を想起させるではないか。
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「ここには音だけが“ただある”ために、モーツァルトの常軌を逸した天才が姿を現す。クレンペラーは何もしていないに等しいが、そのような無私の精神が却ってモーツァルトの異常さを浮き彫りにする。様式的にはロココなど薬にもしたくないぶっきらぼうさだが、そこからモーツァルトの栄光と挫折がゆくりなく現れる。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、同上)



第3楽章 メヌエット ト短調
sv0118g.jpgゆたかな音量と長めのフレージングによって、老巨匠は深い悲しみを太い筆致で織り上げる。コクのある内声をたっぷり響かせながら、古武士のような武骨さで実直に音の塊をぶつけてくるところは、固い岩肌を素手でよじ登る苦行のようだ。

トリオは、長閑な田園牧歌風の楽想の中に潜む“哀しみ”と“世の無常さ”を痛切に訴えかけてくるが、そこには気高い気分をも宿している。  amazon
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「彼の音楽は一聴、取り付く島がない。無愛想と言っても良いし、木で鼻を括ったような、と言っても同じことだ。聴衆への媚びもサーヴィスも絶無だから、聴く方は主体的に、創造的に聴かなければならない。だから疲れる。しかし、ひとたび耳を欹て、音の1つ1つを注意深く聴こうとすれば、そこには如何にも玄妙で神々しい音楽が立ち現れるのである。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、同上)



第4楽章 アレグロ ト短調
sv0118i.jpgメヌエット主題とよく似た悲劇的な楽想をクレンペラーは、大きな構えで悠然と捌いて突き進む。力強いシンコペーションや駆け込むような半音階進行は劇性たっぷりで、奇策や小手先の業を仕掛けることなく、ひた押しに押してゆくところは老巨匠の気魄が漲っている。

最大の聴きどころは展開部(77小節)で、フィルハーモニア管の腕利きの奏者たちがダイナミックな演奏を繰り広げる。
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腕は確かだが、フリーの契約奏者であったために帰属意識が薄く、個性に欠くといわれた同楽団だが、老巨匠の統率のもと、弦の半音階進行と同音反復進行の筆圧の強いフレージングと緊密なアンサンブルは圧巻で、内声の対位的進行を「がっつり」と弾き上げて、筋の通った骨の太い音楽が脈打っている。

「精密なスコアリーディングは怠りなく行いながら、いざそれを音楽的現象としてリアライズする、即ち演奏する際には、そのような基礎的なことは忘れ、いや横に置き、音楽の構造的核心に肉薄するような鋭さと、鉈で太い枝を断ち割るような乾坤一擲の大胆さと気迫で立ち向かう。その勢いが音楽に波紋を与え、荒削りの大理石のような圭角を生み出し、結果として魁偉なブロック建築がそそり立つのだ。これはアマチュアのオーケストラが、ごく希にだが、感動的な音楽を産み出すのに似ていなくもない。偉大なるアマチュアリズムと肉体的運動性のマイナスがクレンペラーの音楽に凄みと崇高さを与えるのだ。ここにも音楽の悪魔が身を潜めている。恐るべきことではある。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、同上)


sv0118j.jpg再現部(108小節)も張り詰めた緊迫感に揺るぎがない。
ト短調に転じた第2主題は今や悲しみを満面に湛え、切れの鋭い第2ヴァイオリンの内声リズムをくわえて、急き立てるようにフィナーレに向かって突き進む。

纏綿とした情念とやるせない怒りの中に崇高さが立ち上るのを聴け。老巨匠の棒さばきや恐るべし! 
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悲劇の楽想を厳粛に織り上げて、深い精神性と力強い生命力を示した一枚だ。


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[ 2018/07/14 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)

ペドロッティ=チェコフィルのブラームス/交響曲第4番

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ブラームス/交響曲第4番ホ短調 作品98
アントニオ・ペドロッティ指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1957.2.9,10 (Supraphon)
Location: Rudolfinum, Praha
CD: COCQ-84083 (2006/1)
Length: 41:27 (Mono)
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このディスクは、スプラフォン・ヴィンテージコレクションの1枚としてオリジナル・マスターからの復刻によって46年ぶりに日の目を見た“幻の名盤”で、かつて音楽マニアに珍重された貴重な録音だ。

sv0117b.jpgアントニオ・ペドロッティ(1901~1975)は、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院でレスピーギに作曲を学び、1950年から72年にかけてチェコフィルをはじめ、プラハ響、プラハ放送響、スロヴァキアフィルを指揮し、プラハの春音楽祭の常連として活躍した往年の名指揮者。

古典音楽に造詣が深く、情熱的で色彩感覚にとんだペドロッティの指揮は、ターリヒの伝統を受け継ぐチェコフィルに多大な足跡を残したという。

sv0117d.jpg当録音はLPとして1960年に新世界レーベルからPSH12として出ていたものだが、その演奏水準の高さはどうだろう。

ここには艶光りしたような往年のチェコフィル・サウンドに加え、一風格ある演奏スタイルが刻み込まれている。レトロなジャケットもすこぶる魅力的で、LPに親しんだ音楽ファンにはさぞかし歓迎されることだろう。
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「ペドロッティが指揮したブラームスの4番は、筆者の世代あたりまでには、伝説的な名盤として知られていたものだ。第1楽章冒頭から大らかな歌にあふれ、気迫がみなぎり、細かい理屈は抜きに滔々とした流れが渦を巻き、コーダでは厚いパッションが噴出する。ローカル色あふれる木管やホルンが明滅するチェコ・フィルとのコンビネーションも実にすばらしい。」 満津岡信育氏による月評より、『レコード芸術』通巻第666号、 音楽之友社、2006年)


「まさに一期一会の奇跡が起こっており、LP時代には数多くのファンを魅了してきた名盤であった。筆者も中学生の頃からこの演奏に心打たれたファンの一人だった。貧しい再生装置から立ち上がる演奏が、黄金にも似て壮麗で、輝かしい感動に導いてくれた記憶は今なお生々しい。それほどペドロッティの聴かせてくれたブラームスは圧倒的だったし、当時のチェコ・フィルの水準の高さ、演奏にみなぎる誇りと気高さ、そして人間的味わいに聴き手を瞬時に虜にしまう魅力と吸引力があったのは紛れもない事実である。名盤中の名盤、それも決して忘れたくない大切な名盤である。」 諸石幸生氏による「ライナー・ノート」より)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0117c.jpgこれは1本筋の通った大家の演奏である。木管の模声をともなう弦の哀愁をおびた〈涙のモチーフ〉(第1主題)は、イタリア人指揮者らしく、引き締まったテンポでキリリと歌われ、抒情に溺れることは決してない。

厚味のある内声をしっかりと響かせ、小細工なしの太い直線で突き進むのがこの指揮者の芸風なのだろう。
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リッター・モチーフ(第2主題の騎士的動機、53小節)は音楽が滔々と流れ、速いテンポで直進するが、厚みのあるチェロの歌をゆたかに響かせて熱い歌心が脈打っている。とくに弦のフレージングの歯切れ良さが際立っており、つよいピッツィカート・リズムで弾みをつけて音楽が快適に進行する。
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sv0112i.jpg特筆すべきはチェコフィルのアンサンブルの見事さだ。
「ぴしり」と整ったキメの細かいアンサンブルからつむぎ出される底光りするような木質の響きが特筆モノで、くすみの掛かった木管楽器の古風な味わい、とりわけオーボエの模声やクラリネットの鄙びた音色が哀しみをさらに深いものにしている。
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力を蓄えて〈騎士的動機〉の3連音で頂点に駆け上がる〈反抗の叫び〉(125小節)のティンパニの強打や、〈苦痛の叫び〉(169小節)をドラマティックに打ち込む展開部の巨匠風の力ワザもペドロッティの独壇場。内省的な旋律をしっとりと聴かせる木管の妙味(220小節)や、主題をスローモーションで吹奏する再現部(246小節)のしみじみとした味わいにも耳をそばだてたい。

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sv0117h.jpg再現部は、古色蒼然たる木管のハーモニーによって哀切感を漂わせながら、第1主題を艶やかにつむいでゆく。

歯切れ良く刻むリッター・モチーフ、ほこほこと響く古風な木管、野太い歌を聴かせるホルンとチェロ、ポルタメントをかけたヴァイオリンが滔々と歌いながらコーダに向かって次第に熱を帯びてくるところは、思わず指揮をしたい衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。
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しなやかなシンコペーションと歯切れのよいリズムでシャッキリと駆け上がるコーダ(394小節)は、風韻の良い語り口と颯爽としたテンポによって指揮者は格調高く歌いぬく。

センプレ・ピウ・フォルテからの追い込みはフルベンのように無我夢中に荒れ狂ったものではないが、造形をピシリと決めながらも、男性的な力強さで燻し銀のオーケストラをドライヴするさまが痛快で、質実剛健の気風に圧倒されてしまう。


第2楽章 アンダンテ・モデラー
sv0117g.jpgここでも古めかしいホルンや艶消ししたような木管が明滅するチェコフィルの個性が全開で、悠揚とした足取りで〈いにしえのバラード〉が語られる。

清流のような弦のカンタービレ、対位的なチェロの歌謡風メロディー(41小節)、ヴィオラの柔和な歌(64小節)はイタリア人指揮者の温もりのある音楽が聴き手の心を優しく包み込んでくれる。驚くべきは対声のオブリガートを丹念に歌わせていることで、しみじみとした情感が楽想にしっとりと擦り込まれている。  TOWER RECORD  HMVicon

弦の分散和音から強奏展開する和音打撃の決めどころ(84小節)は、チェコフィルが鉄壁のアンサンブルを開陳する。弦楽で再現するエスプレッシーヴォも感動的で、旧時代の大家のごとくオーケストラを重厚にうねりまわし、激情をぶちまけるさまはペドロッティの人間臭さすら感じさせてくれるではないか。
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第3楽章 アレグロ・ジョコーソ
sv0117i.jpgチェコフィルの強靱なアンサンブルを堪能させてくれるのが第3楽章だ。ピシリと決めた力強いアクセントから繰り出す燻し銀のサウンドが個性的で、光沢を帯びた弦楽器がしたたるように流れ出す。

聴きどころはテンポ・プリモの総奏(199小節)で、切れのあるリズムをビシビシと打ち込み、ダイナミックなサウンドでオーケストラを力強く牽引するペドロッティの腕力がたのもしい。
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sv0117j.jpg第2主題が頂点にむかって律動的に発展してゆく場面(258小節)は、ザクザクと切って捨てるようなフレージング爆発的なクレッシェンドによって、オーケストラを馬車馬のように駆り立ててゆくところに鳥肌が立ってくる。

打楽器のオルゲルプンクトが轟音を立てるコーダもすさまじい。弦楽器が軋みを立ててひた走る“疾走感”がゾクゾクする興奮を誘い、「ここぞ!」とばかりにオーケストラを雪崩れ込ませて終止を決めるぺドロッティの即興的な棒さばきに大拍手!
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「ペドロッティの指揮はイタリア的色彩感と明るい美しさを誇りながらも、その背景には燃えるような情熱とほとばしる感情の息吹があり、それが彼の演奏内容を他の誰とも似ていない熱く、沸騰するドラマへと変える気迫があって、感銘は常に圧倒的であった。モノラル録音ながらチェコ・フィルの本拠地ドヴォルザーク・ホールの残響の豊かさが確認され、音楽の核心、演奏の醍醐味は余すところなく捉えられている。」 諸石幸生氏による「ライナー・ノート」より)




第4楽章 アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート
sv0117k.jpg8音のシャコンヌ主題〈主よ、我なんじを仰ぎ望む〉は壮大でドラマチックだ。

訥々とつむぐ第2変奏、鋭角的にアクセントを打ち込む第3変奏、ジプシー調の旋律を大きく波打たせて揺れる第4変奏から一気に頂上へ登り詰めるところは指揮者の情熱が迸る。
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大きな聴きどころは拍子が変わる第2部。神韻縹渺と奏でるフルート独奏(第12変奏)、古色蒼然とした木管の滋味深い対話(第13変奏)、憧憬をたたえた燻し銀のブラスが奏でる〈なぐさめの主題〉(第14変奏)、木管の音彩を加えてフルートが浄化するサラバンド風主題(第15変奏)など、酸いも甘いも噛み分けた指揮者の瞑想と気高い精神がじつに感動的である。
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sv0117e.jpg熱いドラマは〈シャコンヌ主題〉が強奏展開する第16変奏にやってくる。熾烈な弦の降下音から激高する音楽は、感情の起伏が激しく波打っている。

さざ波のように激しく打ち寄せる弦のトレモロ、熱い管の歌、歯切れのよいスタッカートで緻密に変奏してゆく場面は、燻し銀の楽団の演奏水準の高さに腰を抜かしてしまう。
最後のヤマ場は第24変奏。
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あらん限りの力を込めて打ち込む全管の主題強奏と弦の3連打撃、身を切り刻むようなトレモロの嵐はフルベンを髣髴させる激しさで、情熱のかぎりをぶちまけるペドロッティの“熱き血”が迸る。

sv0117f.jpgコーダのスケール感も冠絶しており、大見得を切るようなスロー・テンポでトロンボーンが主題を吹奏し、聴き手の心を揺さぶるようにフレーズを抉りながら、決然と全曲を締め括っている。
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指揮者のパッションとオーケストラの技能が高い次元で融合した極めつけの一枚だ。


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[ 2018/06/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ショルティのメンデルスゾーン/交響曲第4番〈イタリア〉

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メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調 作品90「イタリア」
ゲオルク・ショルティ指揮
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.5 Rishon LeZion, Tel Aviv (DECCA)
Producer: John Culshaw
Engineer: Gordon Parry, James Brown
Length: 25:13 (Stereo)
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このディスクはショルティが45歳のときに、名物プロデューサーのカルショウと組んでステレオ初期のデッカに録音した快演シリーズの1曲。テル・アヴィヴから8キロ離れたリション・レジオンという村の映画館でセッションが組まれたものだ。

sv0116b.jpgイスラエルフィルとの一連の録音は、ロッシーニ「風変わりな店」、デュカス「魔法使いの弟子」、チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」、モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、メンデルスゾーン「イタリア」、シューベルト交響曲第5番といった弦楽器を主体にしたラインナップ。

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イスラエルフィルの伝統のひとつに世界最高と謳われた弦楽セクションがあげられるが、結成当時(パレスチナ管弦楽団)はユダヤ系の選りすぐりの奏者が世界中から集められ、ベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンなどドイツ各地のオーケストラのコンサート・マスターが在籍していた。バレンボイム(1952年イスラエルに移住)によると、中欧的な響きをもったオーケストラだったらしい。

「当時のイスラエル・フィルは、バランスのよいオーケストラではなかった。弦楽は素晴らしかった。少なくとも、壮麗さと瑞々しさを必要とする音楽ならどんな場合でも、そうだった。木管も満足できるものだった。だが、金管は水準以下だった。」 ジョン・カルショー著 『レコードはまっすぐに』より、山崎浩太郎訳、学習研究社、2005年)



sv0116c.jpgここで聴く《イタリア》は、血気盛んな壮年期のショルティの強烈な個性を刻印したもので、腕っ扱きのイスラエルフィルの弦楽器奏者がショルティの鋭敏な棒にピタリと反応し、緻密でスピード感溢れる演奏を展開。

左右の音の拡がりと細部を露骨に強調するステレオ初期のデッカの“あざとい音作り”も一役買って、聴き手の耳につよい刺激と興奮をあたえている。
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「《イタリア》のレコーディングは1980年代にシカゴ交響楽団と再録音、晩年の1993年にウィーン・フィルとライヴ録音されている。ショルティの解釈の大きな変化はないが、その男性的なメンデルスゾーン像は他の指揮者ではなかなか聴けないものである。このCDで聴ける演奏は、剛直とも言えるほど徹底して精緻なアンサンブルを前面に押し出している。弦楽器に特徴を持つと言われるイスラエル・フィルとの演奏は、そのしなやかな弦もあくまでショルティ・ペース。終楽章でのスピード感はただただ圧倒的だ。」 榊洋希氏によるライナーノートより、ユニバーサル・ミュージック、2007年)


「さわやかな音楽性が演奏のすみずみにまで行きわたり、粒立ちの良いリズムを活かした颯爽としたスタイルの中で旋律がしなやかに、優美に歌い継がれる。ショルティの名から連想され、また2年前のパリ音楽院管弦楽団とのチャイコフスキーにもまま見られた力づくの強引さは微塵もうかがえず、全てが自然に息づいている。終楽章など、相当速いテンポなのに、せわしないという感じが全くない。特筆すべきはイスラエル・フィルの弦の美しさで、このディスクを貫く一種のすがすがしさは、多分に透明で艶のある彼らの音色に起因するもののようだ。」 吉成順氏による月評より、POCL2908、『レコード芸術』通巻第504号、音楽之友社、1992年)



第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0116d.jpg「びょん!」とバネの効いたピッツィカートから弾き出される澄明爽快な第1主題の旋律線が猛スピードで突っ走るところに仰天するが、力強い前進駆動によって音楽が健康的に描き出されるのが、いかにもショルティらしい。

驚くべきは裏拍の弦の反応の速さで、打てば響く瞬発力と切れのあるリズムで頂点に駆け上がる弓さばきはアクロバット的な曲技といえるもので、これが聴き手の快感を誘っている。  amazon
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オンマイクの木管楽器が生々しい第2主題(110小節)は、拍節重視のショルティがイン・テンポで歌わせるが、弦の伸びやかな取り回しと呼応しながら高揚するところは南国的な開放感に溢れんばかり(提示部のリピートなし)。

sv0116e.jpg展開部の第3主題(202小節)は緻密なスタッカートで駆け走るイスラエルフィルの腕達者な弦楽奏者の独壇場。つぶ立ちを揃え、細密に音符を紡ぎ出す名人芸をとくと堪能させてくれる。

大きな聴きどころは舞曲が第1主題の呼びかけと交錯しながら頂点に達するクライマックスの総奏(274小節)。シャッキリと弾む躍動感鋼のような強靱さで突進するところは一分の隙がなく、豪腕指揮者が腕尽くでオーケストラをドライヴするさまに快哉を叫びたくなる!  amazon
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sv0116f.jpg再現部(346小節)も弓のスピードと切れ味が抜群で、みずみずしい木管のリズム打ち、コクのあるチェロの歌、濃密な木管のオブリガードなど聴きどころが満載! 

“こまねずみ”のようなスタッカートから駆け上がる頂点の鋭い立ち上がりとトランペットの強奏は、切れば血の出る鮮やかさでさばくショルティが持ち前の直情径行ぶりを発揮。
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まるで灼熱の太陽がギラギラと照りつける中、スポーツ刈りにしてTシャツと短パン姿で汗だくになってジョギングする若き作曲家の姿が浮かんでくるではないか。


第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0116g.jpgピシリと整ったバスの歩行リズムにのった〈巡礼の行進〉は、引き締まった旋律線の美しさが印象的で、ショルティは曲想に陰影を付けることに興味を示さない。硬い音で筋金入りのカンタービレを聴かせるのがユニークといえる。

オンマイクのクラリネットが生々しく浮かび上がる第2主題(45小節)の“デッカ・マジック”も聴きどころだろう。ヴィオラと木管が歌う第2句の正確なピッチや、「コツコツ」とメカニックな拍を刻んで音楽を機能的に磨き上げていく匠の技は時計職人を思わせる。  amazon

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第3楽章 コン・モート・モデラート
sv0043a.jpgメヌエット風の歌謡楽章は拍節感が際立っているのがショルティらしく、内声部をえぐり出し、強弱指定にメリハリをつけたドラマティックな民舞が進行する。

付点をバネのように弾むトリオのパラフレーズは筆路明快で、誇張したフルートのトリル、筋肉の付いたフーガ、ベルにマイクを突っ込んで録ったようなホルン信号など、奏者にスポットライトを当てた鮮明な音場が鮮やかに出現するあたりは、なるほど、レコード録音のマジックといえる。
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第4楽章 サルタレッロ、プレスト
“豪腕ショルティ”が本領を剥き出しにするのがフィナーレのサルタレッロ。先制パンチをお見舞いするがごとく痛烈な和音打撃を叩き込み、タランテラのリズムにのった舞曲が弦を削るように進行する。肘を直角に曲げたカマキリのような動作によって奏者を鞭打ち、ひた押しに押してゆくショルティの棒さばきが痛快である。
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「彼の採用したテンポはとにかく速めだったが、それは肘を大型の植木鋏みたいに奇妙に角張った形で動かすばかりでなく、マラソンでもしているみたいに上半身でバランスをとりながら、音楽を進めてゆくことと関係があったのではないか。私などにはどちらが原因で、どちらが結果か、必ずしもいつも判断できなかった。が、いずれにせよ、あの姿はあんまり〈品がよくなかった〉。」 吉田秀和著『世界の指揮者』より、筑摩書房、2008年)



sv0092a.jpg最大の聴きどころが切れのある鋭いフレージングと苛烈なリズムで爆発する総奏の頂点(30小節)。メンデルスゾーンのなよやかな肌を先鋭なリズムで切り刻み、アクセントを際立たせるスタイルは武闘派ショルティの面目が躍如しており、3連リズムで急迫的に畳み掛ける決めどころで抜群の運動能力を発揮する。  amazon

急降下爆撃機のように突撃して打ち込む骨ばったファンファーレ(85小節)は割鶏牛刀の嫌いはあるが、歯ごたえのある金属音が聴き手の耳を刺激する。

sv0043f.jpgタランテラのリズムを遮る中間部の破調の音楽(122小節)はイスラエルフィルの弦楽奏者の腕の見せどころだ。

縦割りで決めていくトスカニーニに対し、ここでは拍節をまもりつつ、切れ目なく滑らかに歌い継ぐイスラエルフィルの弦の妙技を心ゆくまで堪能させてくれる。これに対峙しながら瞬間湯沸かし器のように激しく燃え上がるタランテラの頂点(179小節)もすさまじい。
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強靭なシンコペーションとバネを効かせたリズムの切れは冠絶しており、肉体的な昂奮を煽りながらトスカニーニを凌ぐテンポで真っ向勝負をいどむショルティの力ワザにはただもう圧倒されるばかり。

ConductorOrch.DateSourceTotal
ToscaniniNBC so.1954.2.26,27BVCC380277:335:476:255:4925:34
SzellCleveland1962.10.26SRCR25457:165:207:055:2125:02
SoltiIsrael po.1958.5UCCD37827:016:196:255:2825:13
SoltiChicago so1985.4FOOL2308710:02*6:457:305:3429:51
SoltiWien po1993.2.6,7POCL14559:52*5:256:355:4127:33

竹を割ったようにスカッと締める和音終止は後腐れがなく、目の覚めるようなスピード感とオーケストラの名人芸に酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2018/06/16 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第7番(1943年BPO盤)

sv0107j.jpg
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 作品92
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1943.10.30,31,11.3 Philharmoniesaal
Recording Engineer: Dr.Friedrich Schnapp
Source: Reichs-Rundfunk-Gesellschaft (SFB)
Length: 37:34 (Mono Live) /Olsen No.89
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フルトヴェングラーのベートーヴェン第7番と言えば、ウィーンフィルとのスタジオ録音盤(1950年)と並んで土俵に上がるのがベルリンフィルの実況録音盤(1943年)だ。

sv0065p.jpgこれは西側に一大センセーションを巻き起こしたソ連のメロディアLPが初出とされるが(1971年)、演奏のすばらしさと同時に1つの謎がもたらされた。

それは終楽章の冒頭2小節が欠落していたことで、筆者も初めて買った輸入盤(Olympic OL8129)を聴いて落胆した記憶がある。


英ユニコーン社がメロディア盤(青レーベル)からダビングして発売したレコード(WFS-8)や、米オリンピックを原盤とするフィリップスの交響曲全集(SETC7501~8)、さらにはユニコーンを原盤とするエンジェル盤(WF-60047)、返還テープ(デジタルコピー)によるグラモフォン盤(F20G-29088)なども聴き漁ったところ、これらはいずれも再現部などを使って欠損部分が補完されていた。

sv0115g.jpg1992年12月に日本向けに再プレスされたメロディアの黒レーベル(M10-49727~8)では、旧番号(D027779~80)では欠落していたとされる終楽章冒頭の2小節が収録され、完全な録音になっていたのが嬉しかった。

しかし、これはメロディアが他の演奏から流用して補修を行っているらしく、ドイツに返還された1462本のオリジナル・テープ(76cm/sec)には第7番が含まれていなかったために原テープの状態は不明だ。

フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第7番には、次の5種の演奏と第2楽章のリハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.10.30/31,11/3Berlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_089
SPO1948.11.13Stockholm, Konserthuset,SRDiscpcorpO_142
VPO1950.1.18,19Wien, MusikfereinsaalHMV(EMI)O_188
LFO1948.11.13Luzern, Kunsthaus(2mov.Rehearsal)WF Society(F)O_256.4
BPO1953.4.14Berlin, Titania-Palast,SFBWF Society(G)O_333
VPO1954.8.30Salzburg, Festspielhaus,ÖRFSeven SeasO_424

sv0115c.jpg大戦中の①(当盤)は、旧ドイツ帝国放送(RRG)が最新鋭の磁気式録音機「マグネットフォン」を使用してテープ収録したもので、今日聴いても鑑賞に十分たえうる水準の録音。

ここには会場のセキなどのノイズも無指向性球状マイロフォンによって生々しく収録されており、当時の緊迫した時代の演奏会という歴史ドキュメントといえるものだ。

音楽の完成度からいえば③のスタジオ録音盤に一歩譲るが5種の中では最もテンポが速く、より攻撃的で破壊的な当盤を採る音楽ファンは多いのではないだろうか。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.10.30,31,11.3DGF20G-2908812:459:498:246:3637:34
SPO1948.11.13WSOZ-7587-BS13:1110:088:237:1939:01
VPO1950.1.18,19EMITOCE-1404412:5810:178:426:5138:48
BPO1953.4.14DG415-662-213:1710:418:357:1639:49
VPO1954.8.30OrfeoC293 921 B13:359:338:217:3639:05

「第2次大戦中のライヴ録音なので音質はよくないが、演奏は冒頭から凄絶な劇性を備えている。しかも全体が暗い陰影におおわれ、意志的で毅然としている。表情も彫りが深いが、終曲の浮揚的なリズムと壮大な劇性も比類がなく、いまもこれを凌ぐ演奏はない。」「名曲名盤300NEW①」より小石忠男氏による、『レコード芸術』通巻551号、音楽之友社、1996年)


「ベルリン・フィルとの1943年の録音はずばぬけて印象が強く、創造的な感覚がみなぎっている(とくに万華鏡のような色彩感あふれる第3楽章)。だが組み立てが緻密で、スピード感が興奮を誘う。とくに第4楽章はサイクロンさながらに、行く手にあるものすべてをなぎ倒す勢いだ。意外なことに、43年盤と50年盤では、ベルリン盤のほうがおとなしめで、ウイーン・フィルとのスタジオ録音よりも抑制が効いでいる。むろんここぞというときは力強いが、全体の質感が軽い。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


「フルトヴェングラーの残した録音の中でもとりわけ大戦中のBPOとのライヴは、単に巨匠の愛好家にとってかけがえのない記録であるというに止まらず、すべての音楽愛好家、いやすべての心ある人々にとって不滅の至宝といって過言でない。メロディア発売を契機にして今ではすっかり馴染みとなったこれらの録音も、最近はもっぱら初期LP盤の復刻を競い合う雰囲気があるが、その中でもこの“オーパス蔵”(OPK-7002)は出色の一枚だ。とくに私は〈第7〉を好んで聴く。この終楽章には人間の良心の発露が刻み込まれている。」「フルトヴェングラー没後50年周記念」より桧山浩介氏による愛聴盤ベスト3、学習研究社、2005年)



第1楽章 ポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェ
sv0115e.jpg鉈で叩きつけるような冒頭の強烈なアタックが特徴的で、「ぐしゃ」と音が潰れてしまうような音圧の凄まじさはフルベンでしか絶対に聴けないものだ。

巨匠は序奏の霧中を手探りで歩を進めてゆくが、16分音符に力を込めて駆け上がる低音弦の爆発的な力感や、切れの鋭いフォルテ・ピアノも当ベルリン盤の特徴だろう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0115f.jpg主部のダメを押すように「ぐい」と引き抜くフェルマータ(88小節)の力ワザは巨匠の代名詞といえるもので、「ドカドカ」と硬いティンパニを叩き込んで勇ましく突き進んでゆくのがフルベン流。

演奏の基本コンセプトに変わりはないが、小結尾手前のピアニシモ(162小節)で大きくポルタメントをかけて秀麗に歌わせているところや、付点や前打音を切り詰めた前のめりの前進駆動がウィーンフィル盤とは違った味わいがあろう。
TOWER RECORDS  amazon [UCCG3688]

sv0115p.jpg

「提示部の終わりに近い162小節で、たいていの指揮者はピアニッシモの指定にとらわれて音楽を殺してしまうが、フルトヴェングラーはさすがに生き生きと歌わせている。凡庸な指揮者と一流指揮者の違いであるが、オーケストラがポルタメントを掛けてしまうのが残念だ。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)


sv0115h.jpg聴きどころは展開部のクライマックス(254小節)で、聴き手を鼓舞するようなリズミックで爆発的なゼクエンツの強奏は闘争の精神が漲っている。大見得を切るような再現部(277小節)の突入や、強烈なフェルマータ(300小節)にも腰を抜かしてしまう。

最大の聴きモノがコーダで不気味な音を轟かすバッソ・オスティナート。のたうつような低音弦を土台にした巨大なスケール感とすさまじいクレッシェンドをお聴きあれ! 

頂点に向かって爆進するダイナミズムは、まさにフルベンを聴く醍醐味に尽きるといえる。

「この演奏の凄絶さについては実に筆紙に尽くしがたい。何度聴いても実に圧倒的、熱狂的、驚異的なベートーヴェンである。ぐしゃりと叩き潰されるようなアタック、猛烈な駆動力がもたらす迫力の前進、絞り出される一途で切実な心の歌、怒濤のように膨れ上がるクレッシェンド、猛り狂うアッチェレランドなども爆発的に噴き出すパッションが聴き手の心を激烈に揺さぶるのである。」 松沢憲氏による月評より、GS-2046、『レコード芸術』通巻第717号より、音楽之友社、2010年)



第2楽章 「不滅のアレグレット」
sv0115i.jpg不滅のアレグレット戦没者のレクイエムだ。瞑想的な木管の長い和音(何と10秒)が象徴的で、まるで十字架を背負ったような重い足取りと悲痛な気分に会場が充たされている。  amazon [TOCE8520]

コクのある対旋律(27小節)、ドラマチックに盛り上がる第2変奏(51小節)、ポルタメントをかけた第3変奏(総奏)など深い悲しみが刻印されているのが当盤のツボで、弦楽器がすすり泣いているような感情移入が深い感動を呼ぶ。

sv0098e.jpg

「1943年にベルリン・フィルを指揮したベートーヴェンの第7の演奏を聴いて、まさにフルトヴェングラーの楽曲解釈の真髄に触れる思いであった。フルトヴェングラーは緩慢で、しかも伸び縮みのある自由なテンポで悠々と楽曲を展開している。特に第2楽章でオーケストラの各声部や楽曲の各フレーズがそれぞれ自己の感情を訴え、思う存分に歌いあげ、時にはアナルヒーすら感じさせる。しかも驚嘆すべきは、いかに感情の訴えが強烈であり、いかに各部分が勝手気ままな動きを見せようとも、その背後には部分を支配する厳然とした全体が存在し、きわめてスケールの大きな抑揚と起伏のうちに音楽が実現している。」 芦津丈夫「芸術家フルトヴェングラー」より、岩波書店、1984年)


sv0115j.jpg中間部のリタルダンドは巨匠の常套手段だが、「天からの声」と巨匠が描写するクラリネットやホルンの密度の濃い歌と平穏な安らぎの気分が聴き手の心を慰めてくれる。

沈鬱な弱音で密やかに綴るフガート楽想(183小節)も感動的で、会場に生々しく響きわたる聴衆のセキまでが、まるで音楽の一部になっているように感じられる。これは、第2次大戦下のベルリンの緊迫した雰囲気が塗り込められた歴史ドキュメントにほかならない。  amazon [TOCE3733]

sv0115q.jpg

「第2楽章はフルトヴェングラーの独壇場であろう。しみじみとした音色と歌わせ方、深い呼吸を保つたフレージングとクレッシェンドなど、ことによるとウィーン盤を凌ぐかもしれない。弱音効果も効いている。主題につけられた複前打音を、拍の頭で長く奏するのも賛成だ。反対に拍の前で短く奏するのはワルターで、このやり方だとテーマの重々しい味が失われてしまう。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、同上)


「第2楽章冒頭のため息の動機にはフェルマータが掛けられ、主題のテンポとは切り離された意味を感じさせる。中低弦で始まったテーマにやがてセカンド・ヴァイオリンが加わり、第1ヴァイオリンが最後に登場するが、このあたりからがフルトヴェングラーの本領発揮だ。音色は泣いているかのようであり、歌とハーモニーはホールいっぱいに充満し、ふくれ上がる。特別な仕掛けは何もないのに、こんなにもカンタービレが、人間の心があふれ出る演奏をした指揮者は、あとにも先にもフルトヴェングラーしか居ない。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK7002、2003年



第3楽章 プレスト
sv0115k.jpgプレストのテンポの速さは尋常ではない。ウイーンフィル盤もめっぽう速いが当盤はさらに凄まじいスピードで、猛烈の一言に尽きる。開始とスケルツォの1回目は小手調べだが、スケルツォ再現のオーボエのテーマ(125小節)から巨匠がアクセルを踏み込んで活気づくのが最大の聴きどころ。

弦からリレー的に下降音型で入っていくところ(342小節)のアッチェレランドがゾクゾクするような興奮を誘い、続くトリル跳躍の息詰まる加速に酔ってしまいそうになる。
amazon [DLCA7007]

sv0115l.jpgトリオ爆発的な総奏(467小節)もスケール感絶大で(トランペットが凄い)、スケルツォの三現ではさらにヒート・アップして荒れ狂うところはフルベンらしさが全開。

まるで何かに取り憑かれたように疾駆する形振り構わぬパッションの爆発に快哉を叫びたくなる。畳みかけるようなフィニッシュの切迫感も即興的で、これはウィーンフィル以上だ!  HMVicon [DCCA0023]

sv0098x.jpg

「スケルツォは最初から一気呵成のスピードだが、テンポが速いために、スタッカートはほとんどレガートに聴こえ、トリオに向けて(コーダに向けて)さらに1段階、2段階と加速がかかる。その突撃のすごさといったらない。反対にスロー・テンポのトリオは圧倒的なスケール感を持ち、大きなリタルダンドに酔い痴れつつ主部に戻る。楽章終結の鮮やかな転身ぶりも印象的だ。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK7002、同上)



第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ 「舞踏の聖化」
sv0115m.jpg5種の中でダントツの速さで荒れ狂うのが当ベルリン盤だ。開始はウィーンフィルより遅めだが、巨匠の熱がこもるのが小結尾の総奏(104小節)から。ティンパニの凄まじい連打とともに加速をかける荒ワザは 「これぞフルベン!」 と膝を打ちたくなる。

見得を切るように低音弦が「ゴリゴリ」と打ち返す主題の模倣(131小節)、強烈な打撃で宣言する再現部(220小節)、ホルンが獅子吼する〈喜悦のテーマ〉 (24、235小節)、激辛の付点リズムで躍動する第2主題部(263小節)など、自家薬籠中の必殺ワザを惜しげもなく繰り出す巨匠の棒さばきは確信に満ちたものだ。
TOWER RECORDS  HMVicon [TKC322]

sv0098z.jpg

sv0115n.jpg最大の聴きどころは再現部の終止(319小節)からで、進軍ラッパを轟かせ、フォルティシモで猛り狂う爆発的な総奏から楽員が一丸となってコーダへ爆進するところは、血湧き肉躍るフルベンのパッションをいかんなく発揮した名場面。

「1943年の実況録音盤は断然他を圧している」(ピーター・ピリー)、「ことに追い込んでゆくアツチェレランドとクレッシェンドのものすごさは、実演だけあってウイーン盤をさらに上まわる」(宇野功芳)
HMVicon [GS2046]

sv0115o.jpg 「弦の音にしぶきのような精気が走る」(前田昭雄)、「終結部に向けて圧倒的に高まっていく怒濤の興奮!」(松沢憲)、「再現部後半以降の手に汗握る前進駆動、これ以上のものはない」(横原千史)、「何度聴いても再生装置の前で打ちのめさせられる」(渡辺政徳)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[ KKC4112]

「フィナーレはまるでフルトヴェングラーのために書かれた音楽のようだ。飽くなきアッチェレランドの波がつぎつぎと押し寄せ、その怒涛は荒れ狂って、コーダではついに狂気の進軍となる。今までのデイスクは録音の彫りか浅いため、もう1つフルトヴェングラーの真価が伝わって来なかったが、このオーパス蔵盤で初めて不満が解消された。それだけに当夜、旧フィルハーモニーホールの客席につめかけた人々の感動は想像もつかない。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK7002、同上)


sv0104p.jpg同じ熱狂でも整然としたウィーンフィル盤に対し、当盤では第1と第2ヴァイオリンの掛け合いが繋がって聴こえるサーカスの曲芸のようなフレージングが鳥肌モノで、ドイツ崩壊への道をまっしぐらに突き進む極限状況の興奮が聴衆を呑み込んでしまっている。

フルトヴェングラーが戦下のベルリンで燃え上がった空前絶後の一枚だ。
TOWER RECORDS amazon HMVicon [KKC4107]


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LevelMediaDisc no.IssueRemark
英UnicornLPWFS-81972/3メロディア盤(GOST5289~61)のダビング
米OlympicLPOL-8129 修正ナシ(米Olympicはエヴェレスト系レーベル)
fantanaLPFCM-521973/12英ユニコーン原盤
PhilipsLPPC-31974米オリンピック原盤
PhilipsLPSETC7501~71974/12米オリンピック原盤
AngelLPWF-700061975/5英ユニコーン原盤
AngelLPWF-600471981/1英ユニコーン原盤
PaletteCDPAL-10241987/3米パンテオン原盤(SCD1365)
DGCDF20G290881989/8デジタルコピー使用(原盤 427 775-2)
MelodiyaLPM10 49727~81992/12日本向け再プレス盤
EMICDTOCE-85201994/11英ユニコーン原盤(2DJ-4732)
EMICDTOCE-37332000/6英ユニコーン原盤(WFS-8HS)
OPUS蔵CDOPK-70022003/11メロディア盤起し(青レーベル33D-027779~80)
DGCDUCCG-36882004/8デジタルコピー使用
DreamlifeCD/SACDDCLA-70072004/12メロディア盤起し
DeltaCDDCCA-00232006/5メロディア盤起し(ガスト68桃色) 修正ナシ
OtakenCDTKC-3222009/6メロディア盤起し(M10 49727~8 テストプレス盤)
GlandSlamCDGS-20462010/4メロディア盤起し(33D-027779~80) 修正ナシ
KINGCDKKC-41072017/12米オリンピック原盤
KINGCDKKC-41122018/01米オリンピック原盤

音盤について

sv0115d.jpgベト7に関しては、ソ連が接収した録音テープのコピーがドイツ各地の放送局では存在が確認されていないため、音源はメロディアLP(ピンク、青、黄、黒レーベル)、メロディアCD(MEL CD 1000713)およびDGのデジタル・コピーに限られ、当初レコードの主流だったユニコーン系(WFS-8、WF-70006、WF-60047のエンジェル盤、各種EMI盤、おそらく米オリンピック盤やフィリップス盤も)は、その役目を終えたものといえるだろう。

sv0115b.jpg筆者手持ちのLPを聴き比べてみると、音の歪みが激しい劣悪な音質のOlympic盤(OL-8129)、メリハリ感はあるが音が硬いUnicorn盤(WFS-8)に比べれば、DG盤の方がはるかに聴きやすい(冒頭はステレオ的な拡がりがある)。メロディアの再プレス盤(M10-49727~8)は音は硬いがクオリティは高く、ことに終楽章はヴェールの取れた鮮明な音が特筆される。

もっとも素晴らしいのがメロディアの青レーベル(33D-027779~80)から盤起しされたオーパス蔵盤(OPK-7002)で、これまでユニコーン系やデジタルテープ系で聴き慣れた硬い痩せた音に比べると、低音域の自然な膨らみと厚みのある響きを堪能させてくれる。針音もまったく気にならない。これを聴くと、劣化したマスターテープから作られたCDよりも、劣化する以前のマスターテープから作られたLPから復刻したCDの方が音が良い、といわれることに「なるほど」と頷ける。


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[ 2018/05/25 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

アンセルメ=パリ音楽院管のシェエラザード

sv0088h.jpg
リムスキー・コルサコフ/交響組曲〈シェエラザード〉op.35
エルネスト・アンセルメ指揮
ピエール・ネリニ(solo Violin)パリ音楽院管弦楽団
Recording: 1954.9 La Maison de la Mutualité, Paris
Recording Producer: Victor Olof (DECCA)
Recording Engineer: James Brown
Length: 41:50 (Stereo)
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スイスの巨匠エルネスト・アンセルメが、フランス、スペイン音楽とならんで最も得意としていたのがロシア音楽で、中でも《シェエラザード》アンセルメ十八番の演目だ。アンセルメの指揮した演奏は4種のレコードがのこされているが、1954年のパリ音楽院盤は同曲最初のステレオ録音とされる。

「ステレオ録音盤で最初の《シェエラザード》で、当時はとにかく左右のスピーカーから違う音が出てくればステレオだ。しかし、この演奏、オーケストラが一列横隊に並んでいると言われたりしましたね(笑)」(小林利之氏)。「確かに平面的。そのかわり左右の広がりはすごかった」(宇野功芳氏)。 「現代名盤鑑定団37」より、~『レコード芸術』通巻第628号、音楽之友社、2003年)


sv0114a.jpgアンセルメの《シェエラザード》といえば後年のスイス・ロマンド盤が有名だが、このパリ音楽院管弦楽団との旧盤は、兎にも角にもこの時代のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器が特徴だ。

何よりも個性的なのが20世紀初頭から伝統的に用いられていたフランス式バソンやピストン式フレンチホルンに代表される管楽器の音色にあった。
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sv0114b.jpg首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェやジョルジュ・バルボドゥに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞いがこの盤の最大の魅力で、独奏のの美しさや合奏の煌びやかさなど、この時代の同楽団ならではの名人芸が繰り広げられている。

紋切り調でサラっと流しながらも、独奏パートでは手綱をゆるめてソロ奏者の妙技を引き立たせているのもアンセルメの上手いところで、奏者たちが自由に歌いまわし、その腕前をあますところなく披露している。  amazon

アンセルメはコンサートで、この曲を一千回以上も指揮をしたと伝えられているが、王妃シェエラザードがトルコの暴君シャリアール王に一千一晩にわたって語りきかせた物語を、スイスのアンセルメ翁がお洒落な音色と語り口によって描いた音の絵巻物といえる。


第1楽章 「海とシンドバッドの船」 ラルゴ・エ・マエストーソ
sv0114c.jpg王妃シェエラザードの語りをあらわす独奏ヴァイオリンは、ネリニの弁舌さわやかな3連音フレーズが印象的で、冴えた高音とフォーカスの定まった音程に魅せられてしまう。

シュヴァルベ、クレバース、スタリーク、グリューエンバーグ、ヨルダノフ、キュッヒルといった名うてのコンサート・マスターたちの演奏と比べても遜色なく、清新な歌い口と小粋なフレージングは群を抜いている。
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主部は大海原の情景。シャリアール王の主題が〈海の動機〉となって、アンセルメは清風にのったセーリングのような爽やかな航海をやってのける。さっぱりと捌く弦のフレージングやサクサクとした軽妙なリズム打ちは、ねばりを入れてこってりと味付けるロシアのスタイルとは一線を画したものだ。

sv0114k.jpg

sv0114d.jpg船の主題〉(70小節)はフルートの繊細な味わい、「こだま」のようなホルン、〈シンドバッドの旋律〉を歌うチャーミングなオーボエ、とろけるようなクラリネット、優雅なチェロの波打ちといったデッカの“音のご馳走”が満載で、これらが宝石のように散りばめられている。

波間にたゆたう独奏ヴァイオリンのエレガントなフレージングや、3連音動機が展開するオーケストレーションの華やかさにも耳をそば立てたい。  amazon

大きな聴きどころは〈海の主題〉の再現(114小節)で、冴え冴えと響くブラス、さわやかに打ち寄せる弦の波、シャッキリと打ち込む和音打撃など、煌びやかな管弦楽の粋を心ゆくまで堪能させてくれる。

とりわけトランペットが強烈なヴィブラートをかけて放歌高吟する主題の展開(201小節)は眩暈がするほどで、高音域の輝きと艶をはなつ管楽器セクションの瀟洒な響きに酔わされてしまう。


第2楽章 「カランダール王子の物語」 レント
sv0114e.jpgここでも冴えた高音を聴かせる独奏ヴァイオリンや、うらぶれた情感を醸し出すフランス式バソン、チャルメラのように歌い回すフレンチ・オーボエなど、個性的な音色とよろめくような節回しで歌い継ぐところは魅力たっぷりだ。

〈シェエラザードの主題〉の小粋で颯爽としたアンセルメの足取りも印象的で、物憂げなチェロの問いかけに、オーボエとホルンがしとやかに応答してゆくところはエレガントの極みといえる。

sv0114l.jpg

sv0114f.jpg〈王の怒り〉をあらわす第2主題(中間部)はザリザリと凄まじい音をたてて削る生々しい低音弦や、ミュートを装着したトランペットのカップが震える音に仰天してしまう。

見得を切るように突入するテンポ・ジュストも芝居気たっぷりで、トロンボーンとトランペットの派手な打ち合いを皮切りに、パリ音楽院の華麗なるブラスの饗宴をとくと堪能させてくれる。パンチの効いたトランペットの衝撃感と目の覚めるような高音は驚異的だ!

カデンツァの妙技も聴き逃せない。「ここぞ」とばかりに腕をふるうクラリネットとファゴットの独奏をはじめ、濃淡を付けた伴奏弦の生々しいピッツィカートや目も眩むような色彩感のある管楽器など、まばゆいばかりに輝く鮮烈な音場に酔わされてしまう。冴えたピッコロや鮮やかなハープのアドリブが目の前に浮かび上がるシーン(421小節)は録音芸術が極まった感があろう。


第3楽章 「若き王子と王女」 アンダンテ・クワジ・アレグレット
sv0088g.jpg王子が愛を告白するロマンティックな主題をアンセルメは淡い色調でエレガントに歌い出す。

濃厚な節回しやルバートを多用せず、サラリと流す歌い口はアンセルメの得意とするところで、孔雀が羽を広げたような装飾句をデリケートな弱音によって、ごく控えめに盛りつける品の良さ。
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中間部は、小太鼓のリズムに乗った〈王女の舞曲〉(第2主題)。王女が王子の求愛に答える喜びの場面で、チャーミングな木管に艶をのせた弦がしっとりと歌い返すところはロマンテックな気分がいやがおうにも高まってくる。

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sv0114g.jpgピッコロ、タンブリン、トライアングルがくわわった異国情緒あふれる管弦楽に、メタリックなトランペットが打ち込まれる華やぎのある音場(123小節)も特筆されよう。

主題再現(127小節)のすすり泣くような弦のカンタービレもたまらない。シェエラザードのアルペジオに木管が美しく絡みつくところは“涙もの”で、クマライマックスで独奏ヴァイオリンが艶をたっぷりのせて歌い上げる〈愛の成就〉の(154小節)の高揚感といったら!
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第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」
sv0114h.jpg主部は〈バグダッドの祭り〉。祭りの気分が軽快なフットワークによってサクサクと歯切れ良く展開する。

〈カランダール王子の主題〉に転換する場面(105小節)で目の覚めるようなトランペットが見得を切るように打ち込む音場の鮮やかさや、木管がリズミカルにひた走る快適な進行に思わずゾクゾクしてしまう。嵐の到来を告げる展開部(180小節)は、いよいよオーケストラが本腰を入れて吼えかかる。
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sv0114i.jpg〈海の主題〉の爆発的な総奏(274小節)を皮切りに、煌めくように踊る木管、バリバリと打ち放つ腰の強いトロンボーン、シャッキリと打ち込む和音打撃など、切れば血の出る鮮やかさ〈バグダッドの祭り〉が描き出されてゆく。

最大の山場はピッコロが韋駄天走りで突進するピウ・ストレット(496小節)。低音弦が躍動感たっぷりにクライマックスへ向けてひた走るところは聴き手の興奮を誘う聴きどころだ。
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sv0114j.jpgブラスの強奏は耳が痛くなるほどで、〈海の主題〉にヴィブラートを効かせ、強烈なハイトーンで放歌高吟するトランペット(598小節)が抜群の存在感を示している! 

船が大破し撃沈するとどめのファンファーレ(621小節)は、金管の音色にうるさい巨匠も奏者に下駄を預けてやりたい放題。耳に突き刺さるようなブラスの刺激的な音場は「ほんまデッカ?」と耳を疑いたくなる。
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1964年、アンセルメは単身来日してNHK交響楽団交響楽団を指揮した。このときの記者会見は実に痛快だった。ある記者の「日本のオーケストラはいかがですか」という質問に、「だめですね。音がきたない。楽器を全部取り替えなければ。特に金管はね。オーケストラは、いつも美しい響きで鳴らなくては」。この歯に衣を着せぬ答えに、関係者は真っ青になった。 『志鳥栄八郎のディスク手帳』より 音楽之友社、2000年)


嵐は静まり、低音弦で出す〈シャリアール王の主題〉は次第に怒りを解き、独奏に溶け合いながら淋しげな面もちで消えてゆく。名残惜しげに奏でるシェエラザードの詩情味ゆたかな調べが感動的だ。1950年代のパリ音楽院管弦楽団の管楽器の冴えた音を明瞭なステレオ録音で堪能出来るお買い得の一枚だ。


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[ 2018/05/12 ] 音楽 R.コルサコフ | TB(-) | CM(-)

ジュリーニ=シカゴ響のプロコフィエフ古典交響曲

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プロコフィエフ/交響曲第1番ニ長調 作品25「古典」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1976.4.6 Medinah Temple, Chicago (DG)
Recording Producer/Director: Günther Breest
Recording Engineer: Klaus Schaibe
Length : 14:02 (Stereo)
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孤高の名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団を指揮して、EMIとグラモフォン(DG)に一連のレコーディング(全19曲)を行っている。《古典交響曲》は、1976年からDGが収録した中の1曲で、最初のシーズンにマーラー《第9番》や 《展覧会の絵》とともにブレスート&シャイベのクルーによって回教寺院でセッションが組まれたものだ。

sv0080e.jpgこの《古典交響曲》は、「ハイドンがもし20世紀に生きていたなら作曲したであろう」という発想で書かれたユニークなシンフォニーだ。

2管編成による古典スタイルを踏襲しながらもシャープなリズム、跳躍的な旋律線、大胆な和声の感覚、唐突な転調といったトリッキーな仕掛けを巧妙に配した才人プロコフィエフらしい小粋な作品。
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sv0080a.jpgジュリーニは、そのような仕掛けを楽しむだけの通俗趣味とは一線を画し、スコアの鋭い読みと厳しい眼差しによって、本格的な交響曲作品としての構成感を明確に打ち出している。

名人オーケストラの機能性と重量感を十全に生かして各声部を抉り出し、擬古典的な形式にひそむ作曲者の鋭利な感覚と叙情性を融合させて名作を仕上げている。
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「《古典交響曲》はシンプルなテクスチュアをむしろ艶やかに、質感もヴォリューム・アップして壮麗に響かせる。“古典的な”同作品のつくりとの“アンバランス感”が楽しい。生彩に満ちた演奏だ。」 斎藤弘美氏による月評より、UCCG3970、『レコード芸術』通巻第662号、音楽之友社、2005年)


「ムソルグスキーとほぼ同じような表現だが、この方はかなり成功している。今まで聴こえなかったような対旋律が浮き上がるなど、楽曲を解剖しているような趣もあるが、そうした緻密さや繊細さが良い方に作用する部分が多いのである。」 宇野功芳氏による月評より、MG1064、『レコード芸術』通巻第372号、音楽之友社、1977年)



第1楽章 アレグロ ニ長調
sv0080d.jpg「ぐい」と力強く名人オーケストラを引っ張るジュリーニの鋭気あふれる棒さばきが印象的で、のっけから呻りをあげる迫力あるオーケストラ・サウンドに度肝を抜かされる。

第1主題は、ちょこまかと小賢しく戯けるというよりは、大股でのっしのっしと悠然と歩むスタイルから、今や巨匠に脱皮したジュリーニの確固たる自信と風格が漂っている。
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スコアでは2分音符=100が指定されているが、ジュリーニは88前後といったテンポで、同じシカゴ響と録音したショルティ盤、レヴァイン盤と比べても第1楽章は特にテンポがゆるやかだが、懐の深いリズム感覚が息づいているため聴き手にダルな印象を与えない。

Cond.Orch.DateEngineerⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
GiuliniCSO1976.4K.Schaibe4:403:471:304:2314:20
SoltiCSO1982.5J.Lock3:484:091:304:0413:31
LevineCSO1992.6,7G.Zielinsky3:484:241:314:1213:55

sv0080f.jpgフルートがたゆたう推移モチーフ(19小節)はしっとりと情感をこめる一方で、スタッカートで跳躍する弦の第2主題(46小節)は緻密なフレージングとほどよきリズム感によって、ぴんとハネあげたような鮮度の高さで聴き手を魅了する。

小結尾(74小節)でピッツィカートと低音部のリズム打ちがくわわると音楽に凄みが増してくるあたりは、シカゴ響(教)信者にはたまらないだろう。
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sv0080g.jpg大きな聴きどころはニ短調に転じる展開部(87小節)。フォルティシモの旋律線に変形した第2主題(115小節)を「ここぞ」とばかりに弾きぬく弦楽器の強靱なフレージングと、これを打ち返す力強い低音弦に腰を抜かしてしまう。

筋肉質の弦楽シンコペーションで「ぐい」と弾きぬき、対声部の低音弦が抜群の分離感で迫ってくるところは迫力満点で、いかにもグラモフォンらしいリアリティにとんだ録音といえる。
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sv0090g.jpgすかさず、第1主題をモルト・ペザンテに拡大したトランペットが、「待ってました」とばかりに強いアクセントを入れて華麗に打ち込む場面(130小節)は圧巻で、音楽のツボをしっかり押さえる神様(ハーセスだろう)が抜群の存在感をアピール。

強音を杭のように打ち込んで再現部に決然と回帰するあたりは、まるでベートーヴェンのシンフォニーを聴いているかのような構成感を指揮者が明確に打ち出している。
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ハ長調の再現部(142小節)は、悠然とした音楽の中にも精密にさばくシカゴ響の名人芸が聴きどころ。特筆すべきは、各パートにちりばめられた楽想を透かし彫りにするアンサンブルの可視化を実現しているところで、冴えた高音域からバスの「ざらり」とした触感にいたるまで、きめ細かく彫琢されているのが驚きだ。力強く駆け上がる迷いのないフィニッシュも、覇気にとんだジュリーニの絶好調ぶりがうかがえよう。


第2楽章 ラルゲット イ長調
sv0113b.jpg「す~」と澄み切った高弦がたなびく詩的でクールな味わいは、《ロメオとジュリエット》のバレエ音楽を彷彿とさせる格調の高さが印象的だ。弦にしっとりと艶をのせ、清らかな気品の中も、仄かなアイロニーをただよわせるあたりはジュリーニが抜群のセンスを発揮する。

中間部は、ピッツィカートとスタッカートによる16分音符の音型を指揮者がよく弾み、よく歌う。ffで盛大に立ち上がる管弦楽は、ここでも強靭なシカゴ・サウンドが大きくものをいう。
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第3楽章 ガヴォット ノン・トロッポ・アレグロ ニ長調
sv0113c.jpg弓をたっぷり使い、厳正にリズムを刻んで剛毅な音楽を形成してゆくところは、遊び心やユーモアの風情は微塵もなく、指揮者もオーケストラも真摯にスコアに向かっている感がある。

しゃちほこ張っていささか堅苦しい向きもあるが、中間部でサクサクと入れる弦のスタッカートの刻みが気持ちよく、再現部ではゆるやかなテンポとまったりしたフルートの歌によって、清楚な気分が品よく流れているのがジュリーニらしい。
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第4楽章 フィナーレ モルト・ヴィヴァーチェ ニ長調
sv0113d.jpg終曲はハイドンの精神を模したパロディー音楽。ここでジュリーニは名人オーケストラのメカニックな技能をあますところなく開陳する。

シカゴ響の《古典交響曲》のレコーディングはこの時が初めてだったためか、楽員たちの慎重なアプローチを感じさせるところもあったが、フィナーレでは「ここぞ」とばかりに凄腕奏者たちが大胆に踏み込んで、絶妙のアンサンブルを繰り広げるところに快哉を叫びたくなる。
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sv0113e.jpg第1主題は溌剌とした躍動感と推進力で悠然と突き進むところがジュリーニらしく、「ぴしゃり」と打ち込む和音の痛烈な打撃がすさまじい。

フルートが3オクターヴの急速な分散和音を交互に吹くパッセージは高音の伴奏音型の処理がじつに美しく、イ長調に転調する第2主題(副主題)を木管が軋むような音をたてて斉奏する場面(50小節)は、楽想のシャープな切れと澄み切った美しさを堪能させてくれる。
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ゆるやかなコデッタ主題(75小節)から一気呵成に駆け上がるフィニッシュの力感と鮮度の高さも抜群である!

sv0113f.jpgコデッタ主題を巧緻なフガートで織り上げる展開部(90小節)は、第1主題と第2主題のパーツが複雑に噛み合う分離感がすばらしく、副次的なパートまでが明瞭に聴こえるところは、ヴィオラ奏者として腕を鳴らしたジュリーニの面目が躍如している。

楽想が錯綜する中から第1主題がフルートに帰ってくると、再現部(129小節)だ。
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sv0113a.jpg快調なテンポでひた走る音楽は振幅をともなった“ジュリーニ・リズム”の独壇場で、ほどよき躍動感と切れのある瞬発力によって音楽が爽やかに息づいている。

変形した木管の第2主題(178小節)を明朗に歌い、道化的な主題(209小節)から轟音を立てて駆け上る爆風のような上行フォルティシモによって、名曲を途轍もない迫力で締め括っている。
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名人オーケストラの高度な技能とゆたかなサウンドで格調高く仕上げた出色の一枚だ。


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[ 2018/04/28 ] 音楽 プロコフィエフ | TB(-) | CM(-)

アンチェル=チェコフィルのチャイコフスキー/イタリア奇想曲

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チャイコフスキー/イタリア奇想曲 作品45
カレル・アンチェル指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1965.1 Rudolfinum, Praha
Level: Supraphon
Disc: COCQ84484 (2008/6)
Length: 15:12 (Stereo)
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このディスクは、スプラフォン・ヴィンテージコレクションの『カレル・アンチェルの芸術』(全10枚)と題したシリーズの中の管弦楽名曲集(Vol.1)で、 オリジナル・マスターからの復刻によって発売された1枚である。

sv0112a.jpgアンチェルといえば定番の《新世界》は別格として、このヴィンテージコレクションは地味な存在ながら、粒ぞろいの名演奏が多く、チェコフィル全盛期の“燻し銀サウンド”がスプラフォンのステレオ録音によって明瞭にとらえられている。

これらは廃盤になってしまう前に是非とも入手しておきたいものばかりである。
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sv0112b.jpgアンチェルがターリッヒとともにチェコ屈指の指揮者といわれるのは、1950年から68年の亡命までの18年間にチェコフィルの首席指揮者をつとめ、チェコフィル第2の黄金期を築いたことにほかならない。

戦後の混乱のさ中にあったチェコ・フィルを立て直すために、パート練習を徹底的に行ってアンサンブルを鍛えあげ、機能性をも兼ね備えた超一流のオーケストラに育て上げたといわれる。   TOWER RECORDS  amazon

「ロマン主義的なターリヒ時代と新ロマン主義のノイマン時代の間に新即物主義をチェコ風に当たりを和らげて持ち込み、ユニークな一時期を画したのがこのアンチェル時代で、彼の時代のチェコ・フィルの技術の向上と自国の作品多数を含むレパートリーの拡大の功績は、今日でも高く評価されている。」 「忘れえぬ巨匠たち」より佐川吉男氏による、~『レコード芸術』通巻第526号、音楽之友社、1994年)


この「管弦楽曲集」の中の選りすぐりの1曲が《イタリア奇想曲》で、アンチェルが最も尊敬していたというトスカーニを思わせる引き締まったアンサンブルと、がっしりした造形を土台に、メドレー的に登場する民族色ゆたかな名旋律を堪能させてくれる。

sv0112c.jpg何よりもすばらしいのは、くすみ掛かった木管や燻し銀のブラの独特の音色で、今では聴くことの出来ないローカル色ゆたかなチェコ・サウンドが随所に散りばめられている。

メドレー風の奇想曲を一筆書きの鮮やかさで仕上げたパッションと演奏技術の高さも比類がなく、総奏の緻密を極めたアンサンブル、精気溌剌としたリズム感覚はもとより、ぴんと張りつめた鋼のような力強いサウンドが聴きものである。
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「どの曲も好演揃いのオムニバス盤と言える。力感を打ち出すときも、旋律の抒情を際立たせるときも、アンサンブルは率直に音楽反応する一方で、オーケストラの手綱を緩めることなく、引き締まったテンポ設計を土台に颯爽と合奏を捌いていく。スラヴ系の作品を収めた当盤では、そうした知情意のバランスのよさのために、作品の民族的な色合いを適度に生かしながらも、コンパクトで気品を感じさせる演奏が可能となった。チェコ・フィルは管の音色にやや強い癖があるが、渋さの中に底光りを感じさせる弦が聴きものだ。」 相場ひろ氏による月評より、COCQ84484、『レコード芸術』通巻第695号、音楽之友社、2008年)



第1部 アンダンテ・ウン・ポーコ・ルバート
sv0112d.jpg硬い音の〈騎兵隊ファンファーレ〉、ほっこりと鳴る古めかしいホルン、艶消ししたような鈍いブラスの3連符リズムなど個性的な音色が冒頭から聴き手を惹きつける。

深い呼吸で紡ぐ瞑想的な〈舟歌風の旋律〉から、スラヴの悲哀感が漂ってくるのがいかにもチェコフィルらしい。凄まじい衝撃音をぶちかますシンバルや、厳粛に奏でるコール・アングレとファゴットの味わい深さも聴きどころ。
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sv0112e.jpgポッキシモ・ピウ・モッソ(94小節)は、オーボエの2重奏で歌われるイタリア民謡〈美しい娘さん〉。南国情緒ゆたかな名旋律はスタッカート気味に速いテンポで歌われるが、鄙びた音色がユニークだ。

明瞭に吹き出すコルネットに、弦の装飾や煌びやかなグロッケンシュピールがくわわる緻密なアンサンブルも聴き応え充分で、ヴァイオリンの第2楽句が格調高く歌い出されてゆく。
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チェコフィルの引き締まったアンサンブルが本領を発揮するのは民謡主題の総奏(練習番号B)。木管のメロディーに、ブラスの硬い打撃と弦の32音符が対峙するところの緊密さは、全盛期のチェコフィルの実力の高さを示している。決然と打ち込むシンバルの一撃(173小節)を合図に畳み掛ける3連打撃のスリムな響きと切れ味の鋭さは抜群で、つよい緊迫感が漲っている。


第2部 アレグロ・モデラート
sv0112f.jpgイタリアのカーニバルを思わせる陽気な〈導入旋律〉(180小節)は、チェコフィルが持てる合奏能力をあますところなく開陳する。

速いテンポでキビキビとさばくスピッカートのリズムが気持ちよく、歯切れの良い弦のフレージングとコルネットの打ち込みや、冴えた木管のカノンなど、緊密な管弦楽が小気味よく展開する。

《イタリア奇想曲》のメインテーマ〈第2部主題〉(練習番号D)は安直に弾き流さず、引き締まった旋律線によって格調高く歌い出されてゆく。
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フォルテの3連音符で大きく高揚するアンチェルのツボを押さえた歌わせぶりも心憎く、艶をしっとりと乗せて揺れながら、コルネットに旋律を受け渡すところの絶妙のフレージングに酔ってしまいそうになる。ホルン重奏と弦の対話(240小節)や深くコクのある〈舟歌主題〉にも耳をそば立てたい。


第3部 プレスト
sv0112g.jpgサルタレッロのリズムにのった〈タランテラ舞曲〉(291小節)が、馬車馬のようにテンポを速めて走り出すところが即興的で、キレのあるコルネットのリズム打ちと管弦の絶妙の掛け合いがゾクゾクするような興奮を誘っている。

弦のリズミックな楽想(356小節)やバグパイプ風のドローンを伴ったオーボエの重奏(練習番号H)を一分のブレもなくさばくチェコフィルの合奏能力の高さには舌を巻く。
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「ガシッ!」と総奏の打撃を打ち込むところ(練習番号K)はアンチェルの気魄が漲っており、聴き手に媚びぬ厳しいスタイルで実直に突き進む。

目の覚めるような3連打撃の切れ味のよさや、「これでもか」とビシビシ打ち込む明確で直裁的な和音打撃の連続は、ナチスに職を追われて山で樵(きこり)をしていたことを想起させる寡黙な仕事師さながらで、聴き手の興奮と快感を誘ってやまない。


第4部 アレグロ・モデラート
sv0112h.jpgイタリア民謡〈美しい娘さん〉が大総奏となるアレグロ・モデラート(455小節)は、チェコフィルがその鍛えられたアンサンブル能力と機能性を最大限に発揮する。

民謡主題を大らかに朗唱しながら、管のリズムをきっぱりと打ち込む思い切りの良さは圧巻で、プレストに向かって大きくリタルダンドするところは、激しい情熱とぴんと張つめたような緊張感をはらんでいる。
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「アンチェル時代のチェコ・フィルはその前後のクーベリックやノイマンとは明らかに異なる独自の雰囲気とカラーがある。あえて言えば峻厳にして明晰。同じオケの素材を使いながらもアンチェルの描き出す音楽には、“無難さ”をよしとしない厳しさが漲っている。」 斎藤弘美氏による月評より、『レコード芸術』通巻第666号、音楽之友社、2006年)



第5部 プレスト
sv0112i.jpg緻密な〈タランテラ主題〉の再現(499小節)から突入するピウ・プレスト(549小節)は力強い鋼のようなオーケストラ・サウンドが全開だ!

「ガシガシ」と鈍い響きをたてて突き進むところは古武士そのもので、筋金入りの楔を打ち込みながら次第にテンポを速めてプレスティシモ(597小節)に突入するところはセッション録音とは思えぬ指揮者の気魄が伝わってくる。
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sv0112j.jpg「ガツン」とくるパンチの効いたコーダは歯ごたえ抜群で、手綱をしっかりと引き締め、厳しく統制されたアンサンブルによって覇気に富んだラストスパートで聴き手を圧倒! 

決然と打ち込む終止打撃の緊密さは、小品といえども手抜きしない楽員の志の高さすら感じさせてくれる。

アンチェル=チェコフィルの絶頂期をつよく印象づける一曲だ。  TOWER RECORDS


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[ 2018/04/14 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラー=ストックホルムのベートーヴェン/交響曲第7番

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ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 作品92
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ストックホルムフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.11.13
Location: Stockholm, Konserthuset
LP: OZ7587-BS (1984.5)
Olsen No: 142
Length: 39:01 (Mono Live)


フルトヴェングラーのベートーヴェン第7番と言えば、ベルリンフィルの実況録音盤(1943年)と ウィーンフィルとのスタジオ録音盤(1950年)が双璧とされ、他の演奏についてはあまり話題に上ることはなかったと思われる。とくにストックホルムの実況盤は、オーケストラの力量からいって一番低くランク付けされるのが常だったのではないだろうか。

フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第7番には、次の5種の演奏と第2楽章のリハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.10.30/31,11/3Berlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_089
SPO1948.11.13Stockholm, Konserthuset,SRDiscpcorpO_142
VPO1950.1.18,19Wien, MusikfereinsaalHMV(EMI)O_188
LFO1948.11.13Luzern, Kunsthaus(2mov.Rehearsal)WF Society(F)O_256.4
BPO1953.4.14Berlin, Titania-Palast,SFBWF Society(G)O_333
VPO1954.8.30Salzburg, Festspielhaus,ÖRFSeven SeasO_424

sv0111h.jpg晩年の④⑤はライヴ録音ではあるものの、①③と比べれば気魄や熱狂の点で大きく後退し、感銘度のうすいものだった。
従ってベルリンフィルなら①を、ウィーンフィルなら③を採るのが衆目の一致するところだろう。ここで我々が忘れてしまいがちな存在が、②のストックホルム盤である。

当録音には筆者手持ちのCDが見当たらず、レコード棚にかろうじてワルター協会盤(OZ-7587-BS)のLPがあるのみだった。

これまでに販売された当録音のディスクは、LPは米ディスココープ盤(RR-505)、ワルター協会盤(OZ-7558-BS、OZ-7587-BS)、CDは米ミュージック&アーツ盤(CD-793、CD-4793) 、セヴンシーズ盤(KICC-2110)、仏ダンテ盤(LYS-198)にとどまり、今では入手が困難なものばかり。

当盤は客演であることやオーケストラの質の問題にくわえ、録音が極端に悪いことも評価を落としていた理由だったと思われる。果たしてそうなのか? 筆者は何十年か振りにレコードを取り出して針を落としてみた。

「フルトヴェングラーの〈第7〉としては魅力がうすい。表現も意外にストレートだが、それよりもオーケストラのひびきや微妙な表情が指揮者のものになっていないのが大きい。録音も1943年盤に劣る。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、KICC2110、講談社、1998年)


NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.10.30,31,11.3DGF20G-2908812:459:498:246:3637:34
SPO1948.11.13WSOZ-7587-BS13:1110:088:237:1939:01
VPO1950.1.18,19EMITOCE-1404412:5810:178:426:5138:48
BPO1953.4.14DG415-662-213:1710:418:357:1639:49
VPO1954.8.30OrfeoC293 921 B13:359:338:217:3639:05


sv0111e.jpgフルトヴェングラーは客演でストックホルムフィルをしばしば指揮しており、1942年11月(ドン・ファン、トリスタン前奏曲と愛の死)、1943年12月(第9)、1948年11月(ベト8、レオノーレ第3、同曲リハーサル、ベト7、ドイツレクイエム)といった録音が存在することはオールセンのディスコグラフィによって明らかにされている。

amazon [CD-793]

同日のコンサート曲目であったベートーヴェン交響曲第8番(O_140)、序曲レオノーレ第3番(O_141)、前日の同曲リハーサル(O_139)については、EMIからいち早くレコード化されており、針音があるので音源は放送局のアセテート盤と思われた。ところが当日のメイン・プログラムであった第7番についてはEMIのカタログに見当たらず、ワルター協会で出回ったのはどういうわけだろうか。

sv0111b.jpgこのワルター協会というレーベルが怪しげで、いかにも非営利団体を連想させるネーミング。

わが国では日本コロムビアが1970~80年代に「新発見!」「まだあった!」という“殺し文句”によって、初出の音源を次々と発掘し、これをプレスしてせっせと発売を繰り返していた。リッカルド・シャイイー(指揮者)は、来日の際にこれらのレコードをめざとく買い漁っていたらしい。
(写真はRR-505)

手元にあるカタログ(1983年)をみると米国ではワルター協会レーベルは無く、ディスココープ(Inc)が自社ブランドで販売しており、フルトヴェングラー夫人によるとこれらはすべて海賊盤とされた。ワルター協会はその後、ミュージック&アーツとして主にヒストリカル系のCDを販売し、唯一の国内CDであるセヴンシーズ盤(KICC-2110)はこれを原盤とする。

sv0111f.jpg米Music&Arts(CD-793)とセブンシーズ盤(KICC-2110)を聴き比べたところ、前者は鮮明だが音が硬く痩せている、後者はマイルドだが音が太くて聴きやすいといった音質の違いがある。

ともに拍手は演奏終了後のみが収録されているため、演奏前の拍手も入った音に迫力があるLPに軍配が上がろう。Music&Arts盤は、同じ日のベト8と前日のレオノーレ第3番のリハーサルを一枚に収めた心憎いカップリングといえる。
amazon [KICC-2110]

LevelMediaDisc no.IssueRemark
米DiscocorpLPRR-505
ワルター協会LPOZ-7558-BS1979/2米ワルター協会原盤
ワルター協会LPOZ-7587-BS1984/5米ワルター協会原盤
米Music&ArtsCDCD-7931994/1
米Music&ArtsCDCD-47931999/2
セヴン・シーズCDKICC-21101990/12米Music&Arts原盤
仏ダンテCDLYS-1981999/12

「第7交響曲は拍手に始まる。プツプツ・ノイズが多く、第3楽章のトリオなどに相当ひどい音のかすれなどがあり、音楽としてきくにはかなり不便なものである。特殊な考証者用のレコードであろう。そんななかでどうやら判明するのは客演のせいかオーケストラを引きずってゆくような音楽進行であること、相変らず彼独自の演出的表情がテンポと音力の揺れのうちから盛り出ていることなどである。第2楽章の壮大な悲嘆の歌はなかなか感動的なものであった。」 大木正興氏による月評より、OZ-7558-BS、『レコード芸術』通巻第343号、音楽之友社、1979年)



第1楽章 ポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェ
sv0111c.jpgレコードは聴衆の拍手から開始するのが珍しく、ライヴらしい臨場感がよく伝わってくる。「ぐい」と音がひしゃげるような開始のアインザッツはまぎれもなくフルベンのものだが、ウィーン盤やベルリン盤に比べてテンポが遅く感じるのは、オーケストラが緊張のせいか、慎重なアプローチが聴いて取れる。(写真はOZ-7558-BS)

ホルンが不安定なことに加え、主部のフェルマータの悪魔的な力ワザはやや影を潜め、①③を聴いたあとでは物足りなさを残してしまう。

主部の威風堂々とした進行はいかにも巨匠風で、がっしりと響く鋼のようなリズムはすこぶる強固である。

SV0098d.jpg

sv0111d.jpgとくに展開部から響きに厚みが増してくるのが聴きどころで、クライマックスのゼクエンツの強奏(254小節)ではトランペットの強奏とともにフルベンの“荒ワザ”が「ここぞ」とばかりに炸裂! 

大見得を切るような再現部(277小節)の突入や、大きくリダルダンドして長いフェルマータ(300小節)を打ち込むところにも、フルベンにしか許されぬ奥義がまざまざと刻印されている。(写真はOZ-7587-BS)

大波のごとく対旋律をたっぷりと膨らませながら、激震のようにクレッシェンドするダイナミックなコーダ(391小節)も聴き応え充分だ。不気味な音を轟かすバッソ・オスティナートを土台に、強固なリズムさばきで造形をガッチリと決める巨匠の棒さばきは確信に充ちたもので、激しい気魄の①③に対し、当盤では造形の安定感と堂々たる風格を感じさせてくれるではないか。


第2楽章 「不滅のアレグレット」
sv0111g.jpg瞑想的な木管の長い和音(9秒)で始まる〈不滅のアレグレット〉は悲痛な心情の告白だ。激情をぶちまけるドラマチックな①③の第2変奏に対し、当盤はコクには乏しいが虚静恬淡とした味わい深さがあり、59小節から突如フォルテで高揚するのがユニークだ。

しっとりと歌い上げる第3変奏(総奏)のオクターヴで奏でる弦の美しさも特筆されよう。
amazon  HMVicon [LYS198]

中間部は巨匠が「天からの声」と描写するクラリネットの密度の濃い音色や、スタッカート下降の硬い響きと「ゾクッ」とさせるティンパニの強打、静謐な弱音で綴る再現部の弦楽フガート、心臓の鼓動音のような終止のピッィカートと息の長い和音に心を惹きつけらるのは筆者だけではないだろう。


第3楽章 プレスト
SV0111i.jpgプレストのテンポはタイム上は43年盤に等しい速度だが、オーボエのテーマが走らないので、ゾクゾクするような興奮には至らない。トリオの減速は巨匠の常套手段で、当盤ではとくにトリオ後半を入念に歌わせているのが特徴だ。

トリオの総奏では全管弦楽のフォルティシモを突き抜けるように、高いイ音のトランペットが炸裂! 重厚な重みと力で押し切っている。スケルツォの三現で音楽は俄然活気づき、目の覚めるようなティンパニの強打(556小節)でフルベンの面目が躍如する。きっぱりと打ち込む終止の打撃も強烈だ。
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「第1楽章の息をためてテンポをゆっくりとったフルトヴェングラーの意図は、かなり慎重であり、オーケストラも指揮者の意図にこたえるべく神経質になっているような気配があるが、第2楽章において、ペースはすっかり定まり、フルトヴェングラー独得のフレージングの絶妙さがくりひろげられる。第3楽章(スケルツォ)で、多くの指揮者と異り、はげしい躍動感をもった主部にたいしてトリオを極端にゆったりしたテンポをとる表現にも、メニューヒンのいう、指揮者とオーケストラの信頼感がみなぎっている。」 岡俊雄氏による「ライナーノート」より、日本コロムビア、1984年)



第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ 「舞踏の聖化」
sv0065p.jpg硬いティンパニの打撃とともに走り出すバッカスの乱舞は、〈喜悦のテーマ〉(25小節)で強いリズムをガンガン叩き込んで勇ましく行軍する。

リズミックな付点主題(51小節)や落雷のようなティンパニの連打で荒れ狂うコデッタ(104小節)の白熱もまぎれもなくフルベン流。低音弦を豪快に打ち返す主題展開の荒々しい棒さばきや、再現部へ突入する手前で足音のビートが聴こえてくるところからもフルベンの熱気が伝わってくる。
(写真は米Olympic OL8129 Swedish National Orchestra表記)

sv0098z.jpg

sv0098l.jpg最大のクライマックスは、再現部の終止(319小節)から怒濤のごとく突進するコーダ。フォルティシモで猛り狂う爆発的な総奏と、疾風怒濤の勢いで突進してゆくバッカスの狂乱はベルリンフィルの43年盤に比肩する熱狂ぶり。

手に汗握る前進駆動とすさまじい勢いで駆け巡る怒濤の興奮に「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる(拍手入り)。
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演奏全般にわたって「プチプチ」と針音が入っているのは音源がアセテート盤によるものだからだろうか。トリオ(第3楽章)の音のかすれに注意を要するが、終楽章ではチリチリ音は消え、鑑賞には十分たえうる水準にある。ウィーン盤、ベルリン盤に次いで、フルベンの至芸を今に伝える珍重されてしかるべき一枚だ。


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[ 2018/03/31 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

ヤンソンス=ウィーンフィルのショスタコーヴィチ交響曲第5番

sv0110a.jpg
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番ニ短調 作品47
マリス・ヤンソンス指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording:1997.1.7-14 Musikverein Grosser Saal,Wien
Producer: John Fraser (EMI)
Engineer: Mike Clements
Length: 46:22 (Digital Live)
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このCDは、マリス・ヤンソンスが1997年1月にウィーンフィルの定期演奏会に登場して、ショスタコの第5番を指揮したライヴ・レコーディング。1月12日のオーストリア放送協会(ÖRF)の録音がFM放送でオンエアされているが、CDではライヴ音源とは別物といってよいほど音の録り方が異なっているばかりか、演奏ミスの箇所がすべて修正されている。

sv0110b.jpg筆者はヤンソンスの指揮するショスタコの第5番が好きで、これまでレニングラードフィル、オスロフィル、ベルリンフィル、バイエルン放送響といった異なるオーケストラによる演奏を堪能してきた。

とくにウィーンフィルが同曲を演奏するのが珍しく、かつてシルヴェストリ、バーンスタイン、ショルティ、ムーティが指揮した以外で聴いた記憶がない。
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NoOrch.DateLocation1-mov2-mov3-mov4-movTotal
1.SPPO1986.10.19Tokyo13:34 4:4811:309:5839:50
2.OSLO1987.6.2-5Oslo14:01 4:4911:5310:1140:54
3.SPPO1992.8.25London14:30 5:0513:0810:1142:54
4.VPO1997.1.7-14Wien15:43 5:1714:2710:5546:22
5.BPO2002.12.19Berlin15:45 5:1214:1511:0646:18
6.BRSO2005.10.7München14:31 5:0213:0910:3843:20

sv0110c.jpgここではヤンソンスがオーケストラのまろやかな響きを生かしながら、変幻自在のステップで感興ゆたかにショスタコを料理する。

メロウな木管や弦の透明な響きの美しさは比類がなく、まったりと逍遙するウィンナ・ホルンも魅力たっぷりで、指揮者もオーケストラの響きを楽しんでいるかのようだ。
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ConductorDateSource1st mov.2nd mov.3rd mov.4th mov.Total
Silvestri1962EMI18:12 4:5414:05 10:3847:49
Bernstein1979.5.27ÖRF17:05 5:2316:03 9:5448:25
Solti1993.2DECCA15:28 5:1912:2610:1743:30
Muti1995.8.15ÖRF15:55 5:3215:2311:0247:52
Jansons1997.1EMI15:43 5:1714:2710:5546:22

sv0110d.jpg終楽章冒頭では、遅めのテンポからアッチェレランドを仕掛ける手綱さばきが絶妙で、シンフォニックな力感はもとより、聴き手を興奮させる即興的なテンポの妙や、この曲のエンターテイメント性を俊英ヤンソンスがあますところなく引き出している。

鉄の意志を感じさせる手兵バイエルン放送響との確信にみちた演奏とは違った、興趣にとんだパフォーマンスがこの盤のツボといえる。
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「ショスタコーヴィチの演奏は新時代に入った。肩の力を抜き、まるでおなじみの古典を演奏するようにしたマリス・ヤンソンスのやり方は、読みの深さで勝負するのでもなければ、演奏効果を重視するのでもない。ウィーン・フィルの性格を生かし、というかウィーン・フィルの演奏を解放して、流麗な交響曲第5番が形成されてゆく。それでも皮相的にならない自信があったのだろうが、その通りになった。今、ショスタコーヴィチの5番はこういう曲だ。」 『クラシック名曲大全・交響曲編』より堀内修氏による、音楽之友社、1998年)



第1楽章 モデラート
sv0110e.jpgモーツァルト《アダージョとフーガK546》の開始をそっくり真似たような、低音弦と高音弦がオクターヴのカノンで進行する悲劇的な第1主題は、深々と弓を入れるウィーンフィルの重厚な弦が特徴的。

ねっとりと美麗に歌いまわす第2主題(練習番号1)のコクのある弦の響き、長閑なオーボエ、深い色合いのクラリネット、ねばり気味に吹き上げるF管のホルンなど、スラヴの哀調が漂うウィーン風のショスタコだ。
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第3主題(練習番号9)の澄み切った弦の響きの美しさといったら!

sv0110f.jpg音楽が動き出すのはピアノがくわわった重々しい行進曲となる展開部(練習番号17)。第2主題をユニゾンの低音域で吹き流すグロテスクなホルンにトランペットをフガート的に重ねると、ヤンソンスはピッツィカートに弾みを付けて颯爽と駆け抜ける。

獅子吼するホルンとシャッキリと快調に弾む弦のカノン進行の躍動感が、ゾクゾクするような興奮を誘っている。「ぷかぷか」と逍遥するウィンナ・ホルンの味わいも格別のものだ。
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sv0110g.jpg大きな聴きどころは、ポコ・ソステヌート(練習番号27)の壮大なファンファーレ。第2主題を変奏した示威的な行進曲は歯切れが良く、トランペットの吹き流しを大きくクレッシェンドする大芝居は、まさにヤンソンスの独壇場。

弦と木管の第2主題にブラスの第3主題を重ねる強大な二重カノン(練習番号32)は野性味溢れるウィンナ・ブラスをとくと堪能させてくれる。
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sv0064l.jpg

第1主題の第2楽句が管弦楽の強大なユニゾンで出現する再現部(練習番号36)も聴き逃せない。大きなねばりを入れてウィンナ・ホルンが炸裂するクライマックスは耳の快感としかいいようがない。
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老舗の楽団の持ち味をうまく生かしながら、その頂点で銅鑼の一発とティンパニの連打をぶち込むところ(253小節)は指揮者の豪放な力感が漲っている。


第2楽章 アレグレット
sv0110h.jpg悲鳴を上げるような小クラリネット(Es管)や、ファゴットの諧謔的な調べから、ヤンソンスは第1主題のニヒリスティクな曲想を興趣ゆたかに描き出す。

シャッキリと捌く第2主題のリズムの切れも抜群で、重腰のオーケストラを巧みに操るヤンソンスの棒さばきが冴えを見せている。
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祝典的なファンファーレを決然と打ち込む第3主題は、野太い4本のウィンナ・ホルンがすこぶる魅力的で、陽気なメロディーを勇壮に吹き抜いて感興を高めている。
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sv0110i.jpgトリオは独奏ヴァイオリン(CDはひょっとしてキュッヒルに交代?)がねばり腰のフレージングからスラヴの哀感が見え隠れするところがユニークで、典雅なフルートをはじめとする木管アンサンブルがまろやかな響きを発するところは、ウィーンの古き良き香りが満面に漂っている。
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コーダのへ音とホ音のティンパニの打ち込み(240小節)も要チェックで、皮の質感をたっぷり感じさせてくれる打点が心地よい。


第3楽章 ラルゴ
sv0110j.jpg第1主題は、抒情的な旋律をしっとりと濡れたように奏でるウィーンフィルの美しい弦楽器の独壇場。ヤンソンスはこの楽団の蠱惑的な響きに「これでもか」と艶をのせ、美麗に歌いぬいている。

第2主題を奏するフルート、クラリネット、フルートの柔らかく澄み切った響きも特筆モノで、ここでは沈痛な告白や苦悩といった表情よりも、むせるように香るロマンティックな情感が込められている。
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sv0110k.jpg聴きどころはオーボエが奏でる第3主題(練習番号36)のエレジー(悲歌)。「大地の歌」(マーラー)とロシア正教〈パニヒーダ〉の悲嘆にくれる旋律をウィンナ・オーボエが哀感たっぷりと歌う。

チェロがこってりと濃厚な表情をくわえてコクあるサウンドを聴かせる中間部も個性的で、第1主題第2楽句をシロホンを加えたユニゾンの強奏で「ズ~ン」と打ち返す低音弦の厚ぼったい響きも特筆されよう。
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この楽章の頂点はチェロのデクラマシオン(練習番号90)。第3主題を「ぐい」と最強奏で弾きぬく緊迫した場面を、柔らかなアクセントで心地よく歌わせる。

ぴんと緊張の糸が張りつめたような、鋭利にえぐり出すムラヴィンスキーの硬派なスタイルとは異なり、ねばりを入れて、まろやかに歌い流すところはこの楽団の美感を強く打ち出している。コーダのすすり泣くような弦の精妙な歌い口も絶妙でヤンソンスの手が込んでいる。


第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0110l.jpgゆったりと遅めのテンポで行進リズムを叩き込むティンパニは芝居気たっぷりだ。fffの和音打撃を急迫的に追い込んで、凄まじい勢いで弦を駆り立てるアッチェレランドの手口に思わずCDを指揮したい衝動にかられてしまう。

「ドカスカ」叩き込む豪放なティンパニと、アクセントをつけたホルンのねばっこい吹き出しが感興を大きく高めている。
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補助主題(練習番号98)を颯爽と駆け抜ける弦の軽快な足取りも心地よく、「スカッ」と吹き抜くホルンの思い切りの良さ(練習番号99)や、トロンボーンとテューバの分厚い第1主題の打ち込み(練習番号100)も気合い充分。

sv0110m.jpg変幻自在のアゴーギクを多用したヤンソンスの快刀乱麻の棒さばきに胸がすく思いがする。ホルンのオクターヴのト音がぷかぷかと浮かび上がるところも興をそそっている。

ヤンソンスは、スコアの指定より1小節早い7小節目の打撃から一気に加速するが(ムラヴィンスキーと同じ)、ウィーンフィルを振った場合は、冒頭のわざとらしいゆったりしたテンポ(4分音符=86)によって急加速との対比がより鮮明になっている。
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ヤンソンスの演奏の第4楽章冒頭を聴き比べた。①③はサンクト・ペテルブルクフィル(旧レニングラードフィル)の86年来日公演(東京)と92年プロムス(ロンドン)実況録音。②はオスロフィルCD、④はウィーフィルCD、⑤はベルリンフィル実況録音、⑥はバイエルン放送響の実況録音。数字は練習番号で、横軸を秒単位で示し、最上段のムラヴィンスキー(M)84年盤と比較。演奏時間は①②③が速く、ムラヴィンスキーとほぼ同じ。④⑤は指揮者の円熟というよりは、名門オケの客演のため慎重に構えた結果とも想像できる。ストレートにとばすレニングラードフィルに対し、ウィーンフィルとの演奏はオーケストラがこの曲に慣れていないせいもあるのか、反応の鈍さが感じられる。逆にベルリンフィルはシャープに反応していることや、バイエルン放送響では確信をもってオーケストラをドライヴしているのが特筆される。

この楽章は、ピウ・モッソ(練習番号108)に向かって次第に加速するように速度表示がメトロノーム記号で指定されているが、4分音符=132となる練習番号104では、反応の鈍いオーケストラを指揮者が引きずり回すように強引にドライヴしているのがスリリングで、即興的にテンポを伸縮しながらローカル的な味わいを出している。

sv0110n.jpgこの曲のクライマックスは、弦と木管のさざ波の中を、トランペットが革命歌調のメロディー(副主題)を吹き流す練習番号108。

トランペットの高音域がちょっと苦しいが、ブラスが一斉に3連呼をぶちかまして副主題を斉奏する場面や、トランペットの強烈なオスティナートからシンバルと銅鑼を叩き込み、ティンパニを豪打するところは力動感たっぷりで、野性的なウィンナ・サウンドに心ゆくまで酔わせてくれる。
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sv0110o.jpg小太鼓の行進リズムが帰ってくる再現部(練習番号121)はリズミカルにかけ合うみずみずしい対旋律が印象的で、これを陽気なウィンナ・オーボエがたくみにリードする。

大砲のような大太鼓を叩き込み、4本のホルンが勇壮に〈ロシア風主題〉を吹き抜く場面は圧巻で、大きくねばりを入れてコーダへ突入!
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コーダ(練習番号131)は中庸のテンポ(4分音符=130前後か)を取るヤンソンスの足取りが快適で、弦と木管のシャッキリと歯切れの良い8分音符の連打に、ブラスがねばっこく凱歌を吹き放つ。

sv0110p.jpg重心の低い響きとしっかりとした音楽の骨格は揺るぎがなく、鼓面をひっぱたくように打ち込むティンパニの大連打と、渾身の力を込めたとどめの一撃が全曲をエネルギッシュに締め括っている。
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ムラヴィンスキーのもとで妙諦を会得したヤンソンスの “勝負曲”といえる必聴の一枚だ。


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[ 2018/03/17 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)

ベーム=ウィーンフィル来日公演のブラームス/交響曲第1番

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
カール・ベーム指揮 
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
1975.3.17 NHK Hall, Tokyo (DG)
CD: UCCG-4487 (2013/2)
DVD: NSDS-9483 (2006/10)
Length: 45:30 (Stereo Live)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


戦後のわが国のクラシック音楽史上、最も注目を集めた演奏会が、忘れもしない、カール・ベームが指揮した1975年のウィーンフィル日本公演だ。この時、ベーム=ウィーンフィルが聴かせた“世紀の名演奏”は、音楽ファンを熱狂の渦に巻き込んだのが記憶に新しい。

sv0109g.jpg筆者もNHKホールからFMの生中継(この当時は東京-大阪はステレオ回線が通じておらず、モノラル音声だった)のある日には、晩ご飯もろくすっぽ食べずにモジュラー・ステレオの前にかじりつき、オープンリールのテープレコーダー(19センチ2トラック)をまわしながら、我を忘れて聴き入ったのを懐かしく思い出す。

ウィンナ・ホルンのナマの音に飛び上がって驚いたのもこの時がはじめてだ。べームはウィーンフィルに絶大なる信頼を寄せ、ウィーンフィルの秘密は「友情」にあり、正しいピッチも「友情」から生まれると解く。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [DVD]

ボスコフスキー、ウェラーのあとに旧ユーゴ出身で、お気に入りのヘッツェルをコンサート・マスターに据えたのは、ほかならぬベームとされる。来日公演のシューベルトの演奏の後に、岩城宏之(指揮者)は楽団員にベームのことをたずねている。

「あのジイさんの棒の通りに弾いたらえらいことになるんやで。すっかりモウロクしてるからテンポは延び放題やし、手なんかぶるぶる震えっぱなし。何がなんやら、わからへん。せやけど、とにかくエライ指揮者なんやし、いや、偉大な人やったんやから、お客さんの期待と感動に水を差さんよう、わてらがカバーしてやってるんや。苦労するでホンマに。ショウバイ、ショウバイや。」 岩城宏之著『フィルハーモニーの風景』より、引用文を筆者が大阪弁に翻訳、岩波書店、1990年)


sv0109j.jpg本番前のリーハサルでは、1番ホルンがいない、ステージの照明が熱い、指揮台が高すぎる、トランペット奏者の位置がわるいなどと文句を言って、気むずかしい頑固爺ぶりを発揮していたが、演奏が終わると聴衆の反応にすっかりご満悦。

買い物好きのテア夫人はリハーサルの間に銀座でショッピングを楽しみ、その後2回の日本公演は、夫人がしぶるベームの尻を叩いて死期を早めてしまったという人もいる。  amazon

公演の中でとくに印象のつよい演奏が、3月17日の《ブラ1》であることに異論はないだろう。今もクラシック音楽ファンの語りぐさになっている空前絶後の名演奏だ。
コンサート・マスターのゲルハルト・ヘッツェルの甘美な独奏ヴァイオリンには思わず涙が溢れたが、第4楽章の〈アルペン動機〉で炸裂するウィンナ・ホルンの根太い音に腰を抜かし、体の震えがとまらなかった。

sv0109m.jpgとくにすごいと思ったのが、第4章再現部の頂点の手前、1拍の終止からウラ拍のつよい弦のリズムが切れ込む場面(257小節)。

ベームが何かに取り憑かれたように、やおら気合いを込め、楽員もそれに反応して尋常ならざる緊迫感が漂う中、フィナーレに向かって楽員が一丸となって突き進むさまは鬼気迫り来るものがあった。

筆者はまるで金縛りにあったように終止和音にいたるまで緊張が解けず、興奮と感動をないまぜに、息を凝らして中継を聴き入ったのを昨日のことのように思い出す。

「まさにあの演奏会で体験したように、音楽的に同じ言葉を話すウィーンフィルがインスピレーションをあたえられた時、彼らは本来の姿よりもはるかに偉大なことをやり遂げるのです。おそよ考え得る限りのすばらしいことを実現します。あの演奏はどのような要求も完全に満たされていました。」(ベーム談)


sv0109l.jpgDVDの映像は曲によってクオリティにバラつきがあるが、《ブラ1》に関してはブレた〈ベト7〉の映像とは比較にならぬクオリティの高いもので、FM放送用に38センチ2トラックで収録したステレオ音声が映像と正確な同期をとって収められているのも嬉しい。

NHK教育でオンエアされたアーカイブ集『思い出の名演集・伝説の名演』(2011年2月5日)も同一ソースと思われる。

「カール・ベームとウィーン・フィルによる初来日は、日本の音楽史上で1つのエポック・メンキングな事件だった。あれほど本気モードのウィーン・フィル日本公演は滅多にない。ブラームスの交響曲でヘッツェルのソロを聴いて、思わず鳥肌が立ったのを昨日のことのように覚えている。それを記録したDVDがリリースされて、狂喜乱舞した。過ぎ去った時代の貴重な記録である。」 『クラシックCD・20世紀の遺産』~〈1970年代の栄華〉より岡本稔氏、音楽之友社、2011年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート
sv0109b.jpg映像は楽員の登場からはじまり、チューニングの様子も収められていて、コンサート・マスターのヘッツェルのサイドには、若きキュッヒルがすわる。

威風堂々たる序奏は、いかにもドイツのカペルマイスターといった風体で、ゴツゴツした固いサウンドは田舎臭さ丸出しだ。鄙びたオーボエもローカル・カラーがあり、どこか懐かしさを感じさせてくれる。  amazon


主部はガッシリと力強く、構成感のある足取りで頂点へのぼり詰めるが、時おり屈み込んで指示を出すベーム翁に、楽員の面々は慎重に構えて演奏する様子が伝わってくる。

sv0109c.jpg第2主題もガチガチのフレームの中で木管楽器が歌っているようで、いささか堅苦しい嫌いがあるが、展開部に突き進む古武士のような骨格の逞しさは“闘う男の音楽”といえる。

コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉が導き出されて高揚する場面(232小節)はウィーンフィルならではの、しなるような弓さばきに酔わせてくれるが、聴きどころは反抗の精神が高まる闘争の頂点(320小節)にやってくる。
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管の反抗動機と弦の下降動機が激しく掛け合う中を、ウィンナ・ホルンが基本動機をねばっこく吹き放ち、力を振り絞って再現部(339小節)に突き進むベーム翁の荒武者ぶりに鳥肌が立ってくる。
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sv0109n.jpg付点リズムにギア・チェンジするコーダ(459小節)の熱弁ぶりも聴きころのひとつで、ティンパニと裏打ちの弦のアタックでクレッシェンドしていく“決めどころ”の気魄に充ちた棒さばきは圧巻! 

閻魔大王のように口を真一文字に結んだベームの凄まじい形相がクローズアップされる絶妙のショットは後生に語り継がれる名場面といえるだろう。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0109d.jpg遅めのテンポによる素朴なたたずまいの中から、ウィーンフィルらしい濃厚なロマンの香りがしっとりと溢れ出る。

第1主題が発展して纏綿と上り詰める弦の美しさは比類がなく、第2主題を長閑に奏でるレーマイヤーのオーボエ、コロラチュラ風の中間主題をまったりと歌い継ぐプリンツのクラリネットなど、名手が奏でる古き良き時代のウィーンの馥郁たる香りがしっとりと漂っている。
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聴きどころは、第1主題が変奏風に再現する67小節。夢から目覚めるように歌い出す弦の蠱惑的な音色が聴き手を魅了する。ホルン、オーボエと協調しながら、ヘッツェルの甘美な独奏ヴァイオリンが艶をのせて纏綿と綴る名場面(90小節)に恍惚となってしまう。

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ホルンの旋律に絡む艶美な独奏のオブリガートは、しっとりと熟れた官能の臭いを込めているかのようで、70~80年代の楽団を支えた名手ならではの味わいがあろう。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ
sv0109e.jpgインテルメッツォ風の典雅な音楽は、プリンツ(クラリネット)、トリップ(フルート)、レーマイヤー(オーボエ)といった木管の名手たちの独壇場。

ウィーンフィルのまろやかな木管のハーモニーが大きくものをいう。温もりのある弦楽サウンドも心地よく、無骨なベームの指揮から、たおやかな音楽が自然と弾き出されてゆく。トリオのベームの実直な棒さばきも印象的で、堅固なサウンドは一分の隙もない。
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第4楽章 アダージオ(序奏部)
sv0109k.jpgがっしりとティンパニを叩き込む力強い序奏部は、自らを鼓舞するかのようにベームの気合いが漲っている。

ギュンター・ヘーグナー率いるアルペン・ホルンの主題が、朗々とホールいっぱいに響きわたるところは大きな音のご馳走で、所々に音の不安定な箇所があるが、肉感のある太い音の威力は絶大である!  amazon


〈歓喜の主題〉は快調なテンポで走り出す。いささかの迷いもなく、大地をしっかりと踏みしめて奏でる音楽は、気骨のある“男の歌”に溢れんばかり。音楽の輪郭は明確に、しかも内部に強い緊張感を漲らせ、力強い打撃をくわえてゆくベームの棒さばきは確信に充ちたものだ。

第2主題の弦の厚い歌や、絶妙に歌いまわすオーボエの第2句も極上のもので、展開部の頂点でホルンの3連音が炸裂するところは聴き手も思わず力がこもる!
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sv0109f.jpg深い呼吸ではじまる再現部(185小節)は、徐々にテンポを早めてゆくところが即興的で、第1主題を木管に復唱させる212小節でテンポを大きく落とすのも個性的だ。

ベームの指揮に力が入るのは、220小節の総奏からで、身をかがめて全身全霊でオーケストラをドライヴする荒武者ぶりがじつに感動的である。切れのあるリズムで応える楽員も燃えに燃え、ホルンが雄叫びを連発するところは音楽がたぎり立っている。
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最頂点(285小節)で〈アルペン動機〉を叩きつけるベームの凄まじいまでの気魄はこの日のコンサートの最大の見せ場といってよく、我を忘れて没入する頑固親爺の覇気と筆圧のつよい表現力が聴き手を圧倒。

sv0109p.jpg第2主題(再現)に緊迫感を張り巡らせ、厳しい眼差しでフィナーレに向かって勇ましく突き進んでゆく。一糸乱れぬアンサンブルでオーケストラを統制するヘッツェルのリーダーシップぶりも驚嘆に値しよう。

大きく見得を切るように突入するコーダ(367小節)はスリリングの極みで、緩急自在のテンポで第1主題を交互に織り合わせ、シンコペーションを練り回して7連打に収斂する“必殺ワザ”はとても80歳の老人とは思えぬ鋭気に充ちている。
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ピウ・アレグロの行進(ストレッタ)で指揮者みずからが雄叫びをあげて、楽員を鼓舞しながら走り出すところは“神がかり的”としか言いようがない。

sv0109o.jpgプロ、アマに関係なく、ごくまれに、とてつもない事が起こっているのではないかという予感めいたものが、演奏の最中に突然立ち現れる瞬間がある。普段とは何か違う、霊感が与えられたような特別な雰囲気をウィーンフィルの面々は直感的に感じ取ったのだろう。

儀礼的な殻を突き破り、なりふり構わず一丸となって突き進む“本気モード”の彼らに火をつけたのは、ベームの気魄にほかならない。

〈A-As-Fis-G賛歌〉(431小節)の強烈な連打を叩き込み、「これでもか」と渾身の力を込めて切るようにタクトを振り下ろす凄絶極まる老人の荒ワザに、聴衆はただもう目を釘付けにするばかり。

筆者には思い出深い青春の一コマであり、生涯忘れることの出来ない空前絶後の《ブラ1》である。


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[ 2018/02/25 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ライナー=シカゴ響のハイドン/交響曲第88番 「V字」

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
1960.2.6 Orchestra hall, Chicago (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 21:35 (Stereo)
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フリッツ・ライナーはハンガリー生まれの指揮者で、1953年から10年間シカゴ交響楽団の音楽監督として、第1期黄金時代を築いたことで知らている。ライナーはトスカニーニやロジンスキー以上の“完全主義者”として知られ、独裁的な権限によって首席奏者の入れ替えを積極的に行った。

sv0108b.jpgこの時、メトロポリタン歌劇場からヤーノシュ・シュタルケル(1953~58年在籍)を引抜き、首席チェロ奏者に据えている。

ライナーは厳しいリハーサル魔で知られ、練習ではヴァイオリン奏者を1人ずつ立たせて独奏させるという噂がまことしやかに囁かれ、トゥッティの奏者は“独り弾き”に恐れおののいていたというのが、どこかアマチュア的でおもしろい。
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「ライナーはずんぐりした小男で、リハーサル中に間違った音を出すと、鷹のような鋭い目でそのセクションをじろりと睨みつけ、メンバーを震え上がらせた。練習後ミスは首席奏者に告げられ、そこからさらに張本人にそのミスが正確に指摘されたという。余りに動きの少ないライナーのバトン・テクニックは、楽員の欲求不満を駆り立てたらしく、あるコントラバス奏者が、譜面代に望遠鏡を取り付けて、ライナーのビートを観察していたところ、たちまち露見して即刻クビになった。」 『世界の指揮者名鑑866』 より出谷啓氏による、音楽之友社、2010年)


sv0108d.jpgここに収められた《V字》は、シカゴ交響楽団としては極めて珍しいハイドン交響曲のセッション録音で、〈リビング・ステレオ〉シリーズでは復刻されず、BVCC1036が廃盤になった後は、国内で長らく入手出来なかったものである。

モーツァルトのモノラル録音と組み合わせた復刻盤(TWCL2001、TWCL10003はHQ仕様) がリリースされたのを機会にじっくり聴いてみたい。
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「シンフォニックに演奏されたハイドンの典型的な姿を見せるCDだ。ライナーに鍛えられたシカゴ交響楽団が、機能美とダイナミズムを最優先させた演奏を聴かせており、今では失われた、風格と格調にあふれたハイドン演奏の醍醐味を教えてくれる。」「CD時代の名曲名盤(2)」より諸石幸生氏による、BVCC1036、~『レコード芸術』通巻第516号、音楽之友社、1993年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0108c.jpg序奏の柔らかな和音打撃は深みとゆとりがあり、強弱のコントラストを明瞭につけた芳醇な響きが聴き手を魅了する。

主部は、器楽的な楽想をライナーがダイナミックに料理して、その鉄壁のアンサンブを誇らしげに開陳する。オーケストラ・メンバーと指揮者が談笑するジャケット写真は、ライナーのくつろいだ雰囲気とは対照的に、楽員たちのこわばった表情が印象的だ。


厚みのある弦楽サウンド、旋律線の明快なフレージング、シャッキリと弾む躍動感、緊密でいささかの狂いも生じぬリズム感など、オーケストラ・ビルダーとして実力を発揮したライナーらしいきびきびとした筆運びが気持ちよく、その鮮烈な音に腰をぬかしてしまう。ゴリゴリと押し込むバスの対位法的な16分音符の強奏反復はシカゴ響を聴く醍醐味にほかならず、インテンポの楷書型スタイルがある種の快感を誘っている。

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sv0108e.jpg第2主題を展開する弦のめまぐるしい分散和音の鮮やかさにも目を見張るが(71小節)、圧巻はヴァイオリンとヴィオラ以下が16分音符で交互にかけ合う小結尾(85小節)。

ぐいぐいと力を込めて弾きまわす強靱なフレージングもさることながら、スコアの中味が透けて見えるような弦楽合奏の生々しさは比類がなく、現在のデジタル録音をはるかに凌駕する解像度の高さが聴き手を魅了する。[提示部の反復あり]
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sv0108f.jpg展開部(104小節)は緻密な弦楽アンサンブルがさらなる精度をくわえ、しかも華麗に展開するところが聴きどころ。内声の第2主題を第1主題に織り重ねる部分(156小節)を一筆書きの勢いで突っ走るところは音楽がじつに熱っぽい。

それもそのはず、ライナーのセッションは、そのほとんどが“一発録り”で仕上げたとされ、その気脈の貫通ぶりは“一発屋ライナー”の面目躍如たるところだ。
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再現部(179小節)の一糸乱れぬ統率ぶりや、コーダの冴えた和音打撃もみずみずしさの極みで、腕の立つ奏者たちの冠絶した弾きっぷりには超嘆息するばかり。

ライナーは録り直しをきらい、「コンサートと同じようにレコーディングしたい」という考えのもと、定期演奏会後に、しばしば一気呵成にセッションを行った点も、RCAのライナー盤が、緻密でありながら、音楽に独特な熱気がこもっている理由のひとつであると言えるだろう。「特集・名録音列伝~音のいい名演たち」より満津岡信育氏による、~『レコード芸術』通巻第671号、音楽之友社、2006年)



第2楽章 ラルゴ
sv0108g.jpgオーボエとチェロの独奏が奏でる瞑想的な主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》。オーボエと溶け合うように奏でるチェロの肉感のある音とコクのあるフレージングがたまらない魅力で、奏者の息づかいまで聴こえる生々しい音場も特筆される。

こってりした第2句の重量感は古楽奏法では決して味わえぬもので、変奏の終わりに闖入するトランペットとティンパニの爆発音も、「さあて、俺たちの出番だぜ!」と言わんばかりの猛者を揃えたシカゴ軍団ならではの凄まじさ!
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sv0108h.jpg変奏部はシカゴの名手たちが腕によりをかけて賛美歌主題を歌いぬく。ここではフルートやオーボエのたおやかな歌い回しが心地よく、シルキーなヴァイオリンのオブリガートや濃密なチェロがくわわるハーモニの美しさは音のご馳走といえる。

ヘ長調でしっとりと歌う第4変奏の弦のサウンドも濃厚で、いかにもライナーらしい豪放で雄渾な気分に溢れる音楽は、まるでベートーヴェンを聴いている感があろう。
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「天井が丸みを帯びて、プロセニアム(ステージ前方を囲む枠)もなく、しかも残響が少ないシカゴのオーケストラ・ホールは、楽団員が互いに音を聴きあうのが困難だったといわれているが、その分、各楽器が分離し、しかも透明度の高いサウンドを収録するには適していたと言われている。ルイス・レイトンのマイク・セッティングを通じて収録されたサウンドは、まさに“ライナー・サウンド”と呼ぶにふさわしいものである。」「特集・名録音列伝~音のいい名演たち」より満津岡信育氏による、同上)



第3楽章 メヌエット-アレグレット
sv0108i.jpg見得を切るように装飾音をたっぷりハネる弓さばきが気持よく、ゆるやかなテンポから繰り出される3拍子は厳正で一分の隙もない。

ズシリとした重みのある弦楽サウンドがじわじわと腹に効いてくるところは、シカゴ響(教)信者にはこたえられない魅力だろう。トリオはファゴットとヴィオラのドローンをたっぷり聴かせ、ト短調になる後半では、オーボエとヴァイオリンが小刻みに協動する走句は精密機械のようである。
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もし、指揮の技巧の巧拙というものが考えられるとしたら、ライナーはまれにみる指揮のヴィルトゥオーゾであった。アインザッツの正確、合奏の完璧、そうしてテンポの狂いの皆無なこと。要するに、トスカニーニ流の非感傷派に属していた。私がメトロポリタン・オペラの客席に座っていたら、その隣にいたマネジャーが「ライナー? ああ、あいつはミスター・メトロノームというんだ」と言っていた。 吉田秀和著『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)



第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0108j.jpgてきぱきとインテンポでさばく第1主題は、仕事師ライナーならではの楷書スタイルで、いささかの踏み外しも許さぬ各セクションの緊密さは器楽演奏のお手本といえる。

主題を強奏展開する走句も荒々しく弾きとばすことなく、ストイックなまでに手綱を引き締めてウィルトゥオーゾ楽団を統率する。
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ライナーの鞭が入るのは、第2主題のあとに躍り出る小結尾(73小節)。ヴァイオリンの分散和音をかき消すように音階を上下するヴィオラ、チェロ、バス群の対位の凄まじさといったら! 
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sv0108k.jpg「これでもか」とアクセントを杭のように打ち込んで提示部のとどめを決めるオーケストラの力ワザは、牛刀で鶏肉を裂くような痛快さがあり、史上最強と謳われた楽団のパフォーマンスが最高度に発揮された場面といえる。

ゆったりとした第1主題のあとに出現する展開部(84小節)のト短調の長大なフガートも大きな聴きどころで、まるで〈ジュピター交響曲〉を思わせる壮麗さで、力強く邁進する音楽がすこぶる感動的だ。
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シカゴ響全盛期の鉄壁のアンサンブルと、ダイナミックなサウンドに酔わせてくれる掘り出し物の一枚だ。


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[ 2018/02/12 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第4番(放送録音盤)

sv0107j.jpg
ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 作品60
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1943.6.27-30 Philharmoniesaal
Recording Engineer: Dr.Friedrich Schnapp
Source: Reichs-Rundfunk-Gesellschaft
Length: 36:07 (Mono) /Olsen No.83,84
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フルトヴェングラーによるベートーヴェン交響曲第4番の大戦中録音には、放送録音、ライヴ録音、両者を組み合わせた ハイブリッド盤3種の音盤が存在する。これは、ソ連が接収した録音テープをメロディアがレコード化した際に、当初、放送録音で発売したものが、ある時期から第1、第2楽章をライヴ録音に差し替え、その後、全楽章ライヴ録音盤がSFBへの返還テープや再プレス盤などで流通したことによる。

sv0104b.jpgこれらの大戦中録音は、旧ドイツ帝国放送(RRG)が最新鋭の磁気式録音機「マグネットフォン」を使ってテープ収録したもので、無指向性の球状ワンポントマイクによって旧フィルハーモニーの直接音と間接音が“黄金のバランス”で収録されているという。

マイク感度もすこぶる良好で、聴衆のセキやくしゃみなどの会場ノイズも明瞭に捉えられ、大戦下の会場の雰囲気を生々しく収録した歴史ドキュメントといえる。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.6.27-30Berlin,Philharmoniesaal, RRGVox PL7210O_083, 84, 97, 427
BPO1943.6.27-30LBerlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_083, 84, 427
MPO1949.3.26-29LMunchen, Private archiveNot issuedO_146
VPO1950.1.25,30Wien, Musikfereinsaal,HMVHMV(EMI)O_187
VPO1952.12.1,2Wien, Musikfereinsaal,HMVHMV(EMI)O_317
VPO1953.9.4LMunchen, Deutsches Museum,BRRCA RCL3333O_365

sv0104f.jpgオールセンではNo.83,84の「first performance, without audience」と記載されるものが放送録音盤(聴衆なし)で、録音のアコースティックと演奏スタイルがライヴ盤とよく似ているため、コンサートの前後に聴衆のいない会場で録音されたものと推測される。

ピーター・ピリーは『レコードのフルトヴェングラー』で、ライヴ盤を6月27日(O_83)、放送録音盤を6月30日(O_84)と著している。
ライヴ録音にみられる熱狂やテンポの変転は一歩譲るが、音の状態は混濁感のつよいライヴ盤と比べて歪が少なく、低音がバランス良く入って響きがクリアな点で筆者は好んで聴いている。

この放送録音には複数のコピーテープが存在し、(a)ソ連軍が戦利品として接収したテープを元にしたメロディア盤、(b)ドイツの放送局に保管されていたテープを音源とするグラモフォン盤と東独エテルナ盤、(c)米ヴォックス社が購入したテープを使った日本コロムビア盤、ターナバウト盤、フィリップス(フォンタナ)盤の3系統に分かれる。 参考:末廣輝男氏による「ライナーノート」、OPK-7002、2003年)

NoLevelMediaDisc no.IssueRemark
1cfontanaLPFCM-51(M) 1973/10米ターナバウト原盤(TV-4344)
1bDGCDPOCG-23491991/6旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1bDGCDUCCD-36872004/8旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1aOPUS蔵CDOPK-70022003/11メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1bGlandSlamCDGS-20202007/6東独エテルナ盤起し(820 312)
1bOtakenCDTKC-3442012/12白レーベル見本盤起し(MG6013)
1cDeltaCDDCCA-00022004/10米ヴォックス盤起し(PL-7210)
1aDeltaCDDCCA-00062005/1メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1aAltusCDALT-1582008/1LPからレーザー・ピックアップによる再生復刻
3PhilipsLPSETC7501~71974/12ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(米オリンピック原盤)
3KINGCDKKC-41072017/12ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(米オリンピック原盤)
3EMICDTOCE-85191994/11ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(英ユニコーン原盤)

sv0104e.jpg音の状態は、当初1944年録音とされたグラモフォン盤が最も悪く、メロディア盤に見られる第1楽章(402小節)の音飛びはないがピントの甘いモヤモヤ感にくわえ、第3楽章の冒頭を後続の箇所から修復したために途中から始まったように聴こえるのが難点だ。

エテルナの盤起しのグランドスラム盤(GS-2020)やグラモフォンの盤起しのオタケン盤(TKC-344)も同様。

フォンタナ盤(FCM-51M)に聴くヴォックス系は、第1楽章の音飛びや第3楽章の修正はないが混濁感が強く、音の輪郭はグラモフォンより明瞭だが強音で音が潰れて聴きづらい部分があるのは否めない。

sv0104g.jpgメロディアの放送録音盤(33D-09083~4)はガスト56が初出とされ、ガスト56空色大聖火(トーチ)盤、ガスト56黄色アッコード盤(レニングラードプレス)、ガスト61桃色大聖火盤など数種存在する。

ガスト56とは「GOCT5289-56」と盤面に付された「全ソ国家規格」のことで、産業5ヵ年計画によってプレス年代が1956~60年であることを示している。とくに新鮮なテープからカッティングされた第1世代のガスト56は、市場に出まわることがないために希少価値があるらしい。

sv0104h.jpg当時のソ連では市場経済を導入していなかったため、レコードは価格が低く抑えられて誰でも買うことが出来た。

しかし、社会主義の原則に従って最果ての地にまで届けられていたレコードは地方では見向きもされない一方で、都会ではマニアがコネを頼るか店員にカネを握らせるかしなければ入手出来ず、数時間の内に売り切れたという。


クレムリンやモスクワ河をあしらった共通のジャケットからは中味を知る事が出来ず、店員に新譜のあるなしを聞いてレジで支払い、レシートと引き替えにレコードを入手できたらしい。

sv0104k.jpg復刻を企画したのはメロディアのヴァディム・スミルノフとピョートル・グリュンベルクで、第4の発売は1961年、初回プレスは10,000~20,000枚とされる。

生産はモスクワの南西40キロにあるアブレレフカ市の工場で、A-Z-Gの3文字で「たいまつ」をデザインしたレーベル(トーチ盤)が使用されていた。


デザインは生産地によって異なり、2本のラッパを掲げている男を描いたレニングラードのアッコード・レーベルは音質の美しさでモスクワ製を凌いでいたという。 参考:グレゴール・タシー「フルトヴェングラーとロシア」、DLCA-7006、ドリームライフ、2005年)

sv0107i.jpgこのメロディア盤は第1楽章の再現部に前述の音飛びが指摘されるが、音の鮮度はメロディアの盤起しに軍配が上がろう。ガスト56から起こしたオーパス蔵盤(OPK-7002)は低音がしっかり入った厚みのある響きが特筆される。

レーザー光線でLPの音溝を読み取ったエルプ再生によるアルトゥス盤(ALT-158)も肉厚のダイナミックな音で、オーパス蔵盤と同等かそれ以上のクオリティがある。LPの身元が明かされていないが、402小節に音飛びが認められるため、メロディアLPが音源と思われる。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [ALT158]

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.6.27-30DGPOCG-234911:1612:085:427:0136:07
BPO1943.6.27-30LDGF20G-2909011:0911:595:306:5135:29
VPO1950.1.25,30FW-CenterWFFC1701-HYM10:5512:226:007:2836:45
VPO1952.12.1,2EMITOCE1404310:2911:415:567:2935:35
VPO1953.9.4LWF-SocietySWF89210:2711:315:327:0734:37

「フルトヴェングラーが第2次世界大戦中の同じ時期(43年6月27,30日)に残した2種のベートーヴェンの交響曲第4番のうち、これは聴衆なしで録音されたほうのもの。第1楽章序奏から物々しい雰囲気が漂い、さらに主部に入ってからの大地を揺るがすような激烈さも尋常ではない。晴れやかな高貴さに満ちた第2楽章さえ暗く重いのに驚かされる。とにかく大戦中の彼の録音の異様なばかりの緊迫感を持ったものの典型のひとつと言えよう。」 中村孝義氏による月評より、UCCG-3687、『レコード芸術』通巻649号、音楽之友社、2004年-10)



第1楽章 アダージォ-アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0107b.jpg神秘の森の中に入ってゆくような導入部の謎めいた開始は、いかにもフルベン流。引きずるような重苦しい雰囲気の中、強いピッツィカート(24小節)から次第に力を蓄えてゆく入念な進行が緊張感を高めている。

空気を切り裂くような筆圧の強い8分音符(35小節)と、激震のように叩き込むフォルティシモの和音はダイナミズムの極といえるもので、アレグロ・ヴィーヴォの主部へ跳ね上げる爆発的なクレッシェンドに身も心も痺れてしまう。
amazon [POCG2349]
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「1943年に放送された第4番の演奏には、まぎれもなくロマン派的な解釈が施されていた。幕開けの抑制されたアダージョには、謎めいた予感が漂っている。クレツシェンドも盛大に行なわれ、ダイナミクスとテンポの対比がはっきりしており、アクセントも強調されている。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


sv0107c.jpg爆発の余波で飛び込むリズミックな主部は、固いティンパニのリズムを叩き込んで古武士然と突き進む巨匠の力強い指揮ぶりが印象的だ。雪崩れ込むような分散和音や、ぐいぐい弾きぬくシンコペーションの力業も巨匠の面目が躍如している。

第2主題で大きくリタルダンドをかけるのも巨匠の常套手段といってよく、なだらかな推移主題から力強いカノンと荒々しい打撃に発展してゆく楽想の変転もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう(提示部のリピートなし)。
TOWER RECORDS  amazon [UCCG3687]

sv0107d.jpgこの大戦中の〈第4〉では、演奏上の変わった特徴がいくつか指摘される。第2主題の装飾音アッチャッカトゥーラ(短前打音)を省略したり(116~120小節)、展開部エピソードのアッチャッカトゥーラをアッポッジャトゥーラ(長前打音)で演奏(223~227小節)。

短前打音は再現部では記譜どおり演奏(390小節のオーボエ)しているので、必ずしも徹底されていたわけではなさそうだ。また、展開部のff(241~245小節、249~253小節)では、257~61小節と同じように巨匠はティンパニのトレモロを追加している。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[GS2020]

「テインパニの改変も、たとえば第1楽章の展開部において鳴るはずのない個所(第241~245小節と第249~253小節)で荒々しいトレモロが炸裂するなど、大胆極まりない。こうした行為は、ベートーヴェンが背負っていた歴史的・社会的コンテクストを解き放ち、ベートーヴェンを自分の属する現在へと引きずり込むものである。」 安田和信氏による月評より、TOCE-8519、『レコード芸術』通巻532号、音楽之友社、1995年-1)


「1943年盤の第1楽章、241および249小節にティンパニを追加したのは、257小節のフレーズとの統一を図ったのだろう。追加部分は指揮者の判断で、主音と第5音(第4番の場合、BフラットとF)だけが使われた。和声は241小節で変ホ長調だが、249小節で卜長調の属7に変わる。作曲された1806年当時は、ティンパニの機構上音の切り替えが間に合わなかったものの、ベートーヴェンが現代のティンパニを知っていれば両方入れていたのではないか。フルトヴェングラーはそう考えたにちがいない。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、同上)


「ベートーヴェンのスコアでは、展開部の241~5小節、249~53小節のフォルティッシモにはティンパニが参加せず、257~61小節のフォルティッシモにのみティンパニのトレモロが加わっている。フルトヴェングラーは反対に、前2回のフォルティッシモにも楽譜に無いティンパニを追加、ベートーヴェンが意図した対照の妙と、響きのニュアンスの変化を失ってしまっているのである。」 宇野功芳著『新版フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0107e.jpg展開部の終わり(281小節)のpppの部分で、極端にテンポを落とすのも霊感を得たフルベンらしく、主題再現のクライマツクスに向かう途上のひと時の静寂が途轍もない緊迫感を産み出している。

「実際に客席に居るのならばともかく、レコードで聴く限り、第2テーマと同様、造型を崩し、いくぶん思わせぶりな感がするのは否めない」( 宇野功芳)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [TKC344]

ティンパニの猛烈なクレッシェンドて猛り狂う再現部(337小節)はすさまじい。「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなるエネルギーの爆発と解放感は冠絶しており、レコードを聴くたびに鳥肌が立ってくる。破天荒に荒れ狂って造形を歪めるライヴ盤に対し、放送録音は過度に熱くならず、アンサンブルが整然と決まっている。

尚、放送録音ではメロディア盤にのみ再現部の402小節[9:42]に「ぶつッ」という音飛び(メロディア・マーカー)が指摘されており、音源を特定する手掛かりになっている。


第2楽章 アダージョ
sv0107f.jpg「最もよく歌い上げられている叙情的な演奏は、おそらくは1943年のものだろう」( ジェラール・ジュファン)。巨匠はアダージョ楽想を遅いテンポでこってりと歌い上げ、濃厚なロマンティシズムを練り込んでゆく。

大波のごとくうねる推移の律動やダイナミックな和音打撃にも巨匠の個性が刻印されおり、静寂の中からクラリネットが仄かに浮かび上がる情景の美しさに恍惚となってしまう。


sv0107g.jpg大きな聴きどころは主題再現の変奏(42小節)で、思いを込めてたゆたう旋律の美しさを心ゆくまで堪能させてくれる。

厳粛に立ち上がる悲劇的なトゥッティ(50小節)や、意味深げに奏するレチタティーヴォ(54小節)のドラマ性もすこぶる感動的で、第2主題を歌うクラリネットのトロけるような音色の美しさも特筆されよう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[DCCA0002]
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当盤では64小節でホルンが外しているが、ピーター・ピリーはこれを度外視しても僅差でライヴ盤(オールセン83)に軍配を上げている。尚、再現部の2つの主題変奏で装飾音符が一部省略されているが、42~47小節と65~70小節とで省略する箇所が異なっている。


第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0107h.jpg放送録音盤では木管がわずかに早く飛び出したように聴こえるが、グラモフォン盤では、第1小節から20小節までの主題の繰り返しの前半を後半の同じ箇所を使って修復しているために途中から始まったような不快感がある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[DCCA0006]

放送局のテープに問題があったのかどうかは不明だが、バッチリ揃った開始にするための修正ならばフルベンを理解せぬ者の仕業ということになろう(ライヴ盤でも同様の修正がある)。当盤はスッキリとしたやわらかな響きが心地よく、恰幅のよいスケルツォとトリオの表情ゆたかで伸びやかな歌に心惹かれるのは筆者だけではないだろう。


第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0104q.jpg巨匠は無窮動的なリズム楽想を一筆書きの鮮やかさで突っ走る。特に放送録音盤は旧フィルハーモニーの残響が気持ちよく、みずみずしく躍動する第1主題、ドルチェで木管が美しく歌い継ぐ第2主題、裏拍からリズミックに跳躍するコデッタ主題など、力みのない棒さばきとノリの良さで聴き手を酔わせてくれる。

最大の聴きどころは加速をかけた走句から爆発的な総奏へ発展するコーダ(278小節)で、高カロリーの響きと2拍目に強いアクセントを入れたダイナミズムは、まさにフルベンを聴く醍醐味といえる。

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「絶品というべきはフィナーレである。速めのテンポと推進するリズムから、ものすごいエネルギーが噴出し、旋律は思い切って歌われる。あたかもひた寄せる大奔流のようで、コーダに入る前の、人間業とも思えぬスフォルツァンドと凄絶な和音の生かし方が、〈第4〉全体を見事に締めくくる。第1、第2の両楽章は、フルトヴェングラーのレコードの中で、造型面においてベストとはいえないと思うが、このフィナーレだけは最高の出来ばえと絶讃されよう。」 宇野功芳著『新版フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


響きのすばらしさとダイナミックな駆動力で聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2018/01/27 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

バレンボイム=シカゴ響のシューマン/交響曲第4番

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シューマン/交響曲第4番ニ長調 作品120
ダニエル・バレンボイム指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1975.3.28 Medinah Temple, Chicago
Recording Producer: Günther Breest (DG)
Recording Engineer: Klaus Schaibe
Length: 28:40 (Stereo)
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この全集アルバムはかつてLPで一度発売されただけでオクラ入りし、長らく日の目を見なかった珍しい音盤である。当時(1978年)はベーム、カラヤン、バーンスタインといった指揮者が現役でバリバリやっていた頃だったから、バレンボイムなど駆け出しの小者扱いされて影が薄かったのは無理からぬことといえる。

sv0061q.jpgシューマンの〈交響曲第4番〉といえば、いかに天才バレンボイムといえども、目の前に立ちはだかる大きな壁がある。万人が認めるフルトヴェングラーのグラモフォン盤(1953年)だ。
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フィナーレ開始の、弦のさざ波がクレッシェンドしていく中から崇高なファンファーレが勇躍して立ち上がる“あの名場面”を一度でも耳にすれば、その呪縛から逃れることが出来ないのは筆者だけではないだろう。

「第4交響曲など、レコードできくとなれば、古くさいけれど、フルトヴェングラーのを、やっぱり、きいてしまう。この曲で特徴的な、終楽章に入る前の長い経過をはさみながら、次第にクレッシェンドしてゆくところなど、フルトヴェングラーのそれは、正にうってつけだった。精神的緊張が官能的陶酔を生み、その上、そこには一種神経症的な痙攣とほんとんど隣りあわせといってもよいような神経質な戦慄の味わいさえまざっていた。」 吉田秀和著『レコード音楽の楽しみ』より、音楽之友社、1982年)


sv0061p.jpgフルトヴェングラーを他の誰よりも崇拝し、その演奏解釈を賛美してやまないバレンボイムは、1954年ザルツブルクで死の1ヶ月前の巨匠と会い、「11歳にして驚異的だ!・・」との賛辞をもらっている。

その後、指揮者としても成功をおさめたバレンボイムのドイツ音楽への傾倒ぶりと、テンポ・ルバートを多用するロマンティックな演奏スタイルは他の追随を許さない。
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sv0106a.jpgそのバレンボイムがシューマンの交響曲を演奏するとなれば、フルトヴェングラーを意識せぬはずはなく、史上最強のヴィルトゥオーゾ楽団を指揮したバレンボイムが、果たして巨匠を彷彿とする演奏をアナログ完成期のステレオ録音によって再現してくれるのか、聴き手の興味はまさにその1点に尽きよう。



「バレンボイムのシューマンは、ちょっときくとドイツの伝統様式を踏襲しているように思われるが、実は精神構造と感覚においてドイツとは何の関係もなく、そこに新しさと弱さがある。第4番は夢幻的な情緒の表出という意味では不満が残るが、シューマンのスコアがリアルに音にされたおもしろさがあり、それがバレンボイムの主張と感じられる。」 小石忠男氏による月評より、15MG3075、『レコード芸術』通巻第417号、音楽之友社、1985年)


「バレンボイムの天才的ともいえる音楽性を感じさせる演奏である。第4番は、暗い情念に満ちた音楽を、楽譜の隅々を掘り起こす鋭い筆致で描き上げている。このオケの力強い響きにこれほどに柔軟な表情を与え得たのは、尋常ならざる力であったと言うべきであろう。」 根岸一美氏による月評より、POCG4049、『レコード芸術』通巻第527号、音楽之友社、1994年)



第1楽章 かなりおそく ニ短調
sv0040j.jpgゆたかなオーケストラ・サウンドをなみなみと注ぐ導入部は、デュナーミクの幅をたっぷり取り、強い筆圧で高潮する。

神秘の中に潜む憧れと苦渋、そこから湧き上がる闘争的な精神を聴き手に予感させるか否かは別として、濃厚なロマンを充溢させながら入念に弦を練り回して主部へ突入するストリンジェンドのスケール感はフルベンを思わせるものだ。
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主部(提示部)は、見得を切るような和音の打ち込みがいかにもフルベン流。若きバレンボイムは気負いからか、前のめりになって前進するが、聴き手に印象づけるのが「変ホ音」の斉奏で突入する展開部(87小節)。天啓のごとく聴き手に強烈なインパクトを与える巨匠の“警告的な宣言”の向こうを張るように、骨の太い威嚇的なブラスを極限まで引き伸ばすフェルマータが途轍もない緊迫感を生み出している。

sv0077e.jpg聴きどころは、弦の下降トレモロが管の跳躍動機へと雪崩れ込む121小節で、ユニゾンで刻み返すメカニックな弓さばきは、モノラル盤では絶対に味うことの出来ない解像度の高さがある。

パンチの効いた管弦楽も痛快で、“弦付きブラバン”の異名をとる楽団ならではのマッシヴな手応えは、シカゴ教(響)信者にはたまならい魅力だろう。
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歌謡風の第2主題も聴きのがせない。第1ヴァイオリンが「ハ音」のフェルマータの後に、少しためらうように歌い出す147小節、「変ホ音」にしっとりと艶をのせてウェットに歌い上げる221小節のフレージングの美しさは格別で、深沈とたゆたう主題変容はロマンの精髄を極めた感があろう。
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sv0077f.jpgバレンボイムが荒ワザを仕掛けてくるのは低音弦から順次駆け上がるフガートと和音打撃を激しく繰り返す285小節で、フルベン流のアッチェレランドで聴き手の興奮を喚起する。

その頂点で歌謡主題の視界を鮮やかに切り開く見通しの良さもさることながら、威風堂々と確信を持って突き進む音楽は勇壮な気分に充ちている。
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「フルトヴェングラーは、私にとって音楽作りのあらゆるすぐれた面の表象なのです。そして至高の再創造芸術の表象なのです。フルトヴェングラーにおけるテンポの変化は気紛れではなく、自己陶酔でもありません。そこには常に意味があり、楽章における有機的な必然性を強調するためでもありました。」 ダニエル・バレンボイム語る~『レコード芸術』通巻第355号より、音楽之友社、1980年)


「フルトヴェングラーの真似をしてはいけない。あの人の芸は真似できない。真似をすれば偽物になるだけ。偉大な演奏家というのは一種の麻薬みたいなもんじゃ。」(朝比奈隆)



第2楽章 ロマンツェ かなりおそく イ短調
sv0077g.jpg中世のバラードを訥々と奏でるオーボエとチェロの寂びた味わいは格別のもので、深い瞑想の中から情念が迸るようなフルベンの濃厚さはむしろ控え、虚静恬淡な歌い口によって音楽が淀みなく流れてゆく。

中間部の独奏も太い音によって聴き手の心を揺さぶるフルベン盤に比べればあっさりしているが、後半部(35小節)のコクのある低音弦や、再現部の物憂げでロマンティックな情趣はバレンボイムの面目躍如たるところだ。
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第3楽章 スケルツォ いきいきと ニ短調
sv0077h.jpg威厳に充ちた闘争精神と夢幻的な詠嘆を巧みに織り交ぜるフルトヴェングラーに対し、バレンボイムは豪壮で強圧的なジャーマン・サウンドによって、強固な意志を提示する。

カノン進行とシンコペーションを組み合わせた楽句を、切れの良い棒さばきで急迫的に追い込むところはバレンボイムの真骨頂。じっくりと歌い込んだ2つのトリオとコラール風の静けさの中で、来たるフィナーレへの期待感を大きく高めている。
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第4楽章 おそく ニ短調
sv0040g.jpgなみなみと湧き上がる弦楽の壮大なトレモロの中から、泣く子も黙るシカゴ・ブラスのファンファーレが「がっつり」と立ち上がる導入部は聴き応え充分。

パワフルなホルンが3連音で駆け上がるところは、腕の鳴る猛者たちが崇高なフルベン盤を蹴散らして「俺たちが神さまだぜ!」と云わんばかりの存在感を示している。

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主部はバレンボイムが切れのある打撃を打ち込んで、力強く突き進む。鋭いリズムで名人オーケストラを自在にドライヴするさまは痛快きわまりなく、駆け走るように颯爽と捌く第2主題は若々しい覇気に溢れんばかり。付点リズムと低音弦から駆け上がるフガート展開名人オーケストラのパワーが全開で、これがゾクゾクするような興奮を誘っている。

sv0106b.jpg警告的な和音で突入する展開部は、リズムの対位を伴った第1主題の断片をフガート的に畳みかけるところが聴きどころで、「これでもか」とアッチェレランドの手を緩めぬバレンボイムの切れのある棒さばきに鳥肌が立ってくる。

その頂点(104小節)で、4本のホルンの勇壮なテーマが「ここぞ」とばかりに立ち上がる名場面は身の震え上がるような高揚感が湧き上がり、役者をそろえたこの楽団の最高度のパフォーマンスに酔わせてくれる。


バレンボイムがアクセルを踏むのは再現部の小結尾(168小節)から。爆発的な和音のクレッシェンドから第2主題を導いてエネルギッシュに走り出す。フルベンなら196小節あたりから無我夢中に荒れ狂うところだが、バレンボイムは熱くなりすぎない。

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sv0106c.jpgストレッタで見せる威風堂々とした気風と筆圧の強い管弦楽で畳み込んでゆくが、仕上げのプレストでシカゴ響の強大なパワーを爆発させ、これを誇らしげに開陳する。

鬼に金棒とはまさにこのことで、史上最強の楽団を自在に操るバレンボイムがフルベンの神技に対抗するかのように、電光石火の速ワザをやってのけるところに快哉を叫びたくなる。

「ざまあみやがれ!」とばかりにとどめを打ち込む痛烈なバス・トロンボーンが名曲を力強く締め括っている。

バレンボイムが覇気にとんだ若々しい感覚で仕上げた必聴の一枚だ。


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[ 2018/01/13 ] 音楽 シューマン | TB(-) | CM(-)

ショルティ=ロンドン響のマーラー/交響曲第2番《復活》

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マーラー/交響曲第2番ハ短調「復活」
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団&合唱団
Soloist: Heather Herper, Helen Watts
Location: 1966.5 Kingsway Hall, London
Recording Producer: David Harvey (DECCA)
Recording Engineer: Gordon Parry
Length: 81:00 (Stereo)
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ショルティがマーラーの交響曲に取り組んだのは1961年のことで、コンセルトヘボウ管との第4を皮切りに、ロンドン響とは第1、第2、第9、第3の順で60年代のデッカと精力的なレコーディングを行っている。これらは、50代半ばのショルティが持ち前の統率力で剛腕ぶりをいかんなく発揮した演奏で、ハイファイ録音と相俟って聴き手に肉体的興奮すら喚起させるものだ。

sv0105j.jpgここでは明確なリズムに支えられた緻密なアンサンブルとダイナミックな音響が混成一体になった押し出しの強いスタイルで全曲が貫かれている。

轟音をたてる低音弦の生々しさや、ブリリアントに立ち上がるブラス・セクションの衝撃感など、その解像度の高さは究極の“デッカ・マジック”といえるもので、骨格のガッシリしたマッシヴなサウンドがマーラー音楽の醍醐味をあますところなく伝えている。

「英デッカの魔術的ともいいたいようなレコーデイング効果を強く印象づけた話題の録音である。特に、第1楽章冒頭のチェロとコントラバスがfffで奏する動機の迫力と底力は、聴き手の度肝を抜かずにはおかないほど凄まじいもので、それがドラマティックで起伏の激しい演奏への期待をいっそう強めていた。60年代の英デッカのモニュメンタルな録音のひとつとして忘れられないものだろう。」 オントモムック『クラシックディスク・ファイル』より歌崎和彦氏による、LONDON/POCL3600/1、音楽之友社、1995年)


「折り目正しい拍節感、微細なダイナミクスの直線的な表出、躊躇なく、硬く叩きこまれるスフォルツァンドといった、融通の利かない剛直さと活き活きとしたバネの利いたカンタービレの相乗効果が、全体をシンプルに彩って、長大なクライマックスに向けてひた走る雄渾な音楽を生み出している。ステレオ初期のデッカらしい誇張された音の録り方に好悪は分かれようが、筆者にとっては《復活》を聴くときにまず手が伸びる盤のひとつである。」『ゲオルグ・ショルティ再考~没後10周年記念』より相場ひろ氏による、POCL3600/01、『レコード芸術』通巻678号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 「葬礼」アレグロ・マエストーソ
sv0105n.jpg切れのある高弦のトレモロの中を、「ザリザリ」と目を剥いたような低音弦が豪壮に突進するところに肝を潰してしまう。強靱なバネのようなリズム打ちと、杭を打つようなアクセントはまさしく〈死の行進〉

弓の動きまで伝わるコントラバスの触感や、ファゴットが低音域に沈み込む暗澹たる情景(15小節)は、なるほど、デッカらしい“音の視覚化”で、生々しさもここまでくると悪魔的といえる。
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グロテスクな木管の歌(第1主題)や、身悶えするような弦の動機を支える低音リズムの仮借のない進行は剛腕指揮者の独壇場。歯切れ良く下降する強靱な和音打撃とブラスのとどめ打ちは、鮮烈な音場もさることながら、聴き手の肉体的興奮を呼び起こすショルティの人並み外れた運動能力が大きくものをいう。

sv0105b.jpg第1展開部(117小節)の第2主題は、安らぎに満ちた楽想がテヌートをたっぷり効かせて奏される。牧歌的な〈海の静かさ〉の主題(129小節)や幻夢的なヴァイオリン独奏(216節)の繊細な味わいも一級品で、瞬間湯沸器のように爆発するフォルティシモの筆勢の強さとったら! 

ホルンの勇ましい呼び掛けと第3主題のコラール(175小節)から骨張った総奏(196小節)へと導くところは、雄渾な気分が漲っている。
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ショルティが豪腕ぶりを発揮するのは第2展開部(244小節)から。グロテスクな銅鑼の一撃を皮切りに、ホルンが〈ディエス・イレー〉(怒りの日)を吹き上げて闘争的な修羅場へと直往邁進する場面が最大の聴きどころ。コル・レーニョで弦を叩きながら第1主題が立ち上がる壮絶なクライマックス(304小節から)は、ダイナミック一本槍で突撃する武闘派ショルティの力ワザに快哉を叫びたくなる。

sv0105c.jpgリズムの目がぴしゃりと揃ったアンサンブルの精度に驚嘆するが、攻撃の手をいささかも緩めぬ鋭角的な連続打撃と、フル・オーケストラの最強音で決める頂点の一撃の凄まじさは手に汗握る暴れぶりで、復活のディスクで冠絶したものといえる。

それもそのはず、ショルティは当時の英国で“雄叫びの髑髏(どくろ)”という異名の猛者で知られ、若き日はフットボール選手になることを夢みたという。
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ブラスの強烈なトリルと総奏の一撃をぶちかます再現部(356小節)や、爆音を轟かせて威嚇的に行進するコーダ(392小節)も衝撃的だ。3連音の急速な半音階下降によって奈落の底へ急降下するカタストロフは、聴き手の度肝をぬく直情的な終止といえる。


第2楽章 アンダンテ・モデラート
sv0105d.jpgショルティは弦の分厚いサウンドによって、間奏風の舞曲を大きくゆたかに歌い上げる。チェロとヴィオラがたっぷりと歌い継ぐ歌謡旋律や、チェロの対旋律が“筋肉質のカンタービレ”で雄々しく歌い上げる第1変奏(86小節)の肉厚の響きは音楽マニアの耳の快感をそそる聴きどころ

ツボを押さえたように弾き回す第2変奏(210小節)の強靱でコクのあるフレージングの妙味も抜群で、あたかもジューシイな肉汁を含んだビフテキをたらふく食ったような満腹感にみたされてしまう。
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第1トリオは、3連音の弦楽スピッカートが精密かつ健康的に刻んでかけ合うところが気持ちいい。コントラバスが弦を噛むように突っ込むアウフタクト(64小節)の生々しい録音は「ほんまデッカ?」といいたくなる虚妄のバランスも聴き手の耳をくすぐる聴きどころだろう。第2トリオの武骨な総奏も失われた青春の悲しみなぞ糞喰らえ、むしろ青春を謳歌する体育会系の逞しさに貫かれているところがショルティらしい。


第3楽章 静かにに流れるような動きで
sv0105e.jpgスケルツォは、歌曲集《子供の不思議な角笛》の第6曲〈魚に説教するパドヴァの聖アントニウス〉

ここで“ハンガリーの聖ジェルジュ”が、魚たちを軍隊のようにぴしゃりと整列させて説教するのが傑作で、切れのあるリズムで鞭打つ“鬼軍曹のシゴキ”に堪えきれぬ魚たちの悲鳴と嘆きが、トランペットの諧謔的なメロディー(157小節)から聴こえくるではないか。
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トリオの〈狩猟ファンファーレ〉も強烈で、獲物をとっ捕まえるような凶暴さで乱入し、阿鼻叫喚のクライマックス(441小節)は灼熱地獄のようにカッカと燃え上がる。ティンパニの刺激的な連打やバスの生々しい弓の動きなど、ここでもデッカのあざとい演出効果は健在。天上のエピソード(272小節)のトランペットは即物的で、ロマンティックな味わいはいささか稀薄である。
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第4楽章 「原光」きわめて荘厳に、しかし素朴に
sv0105f.jpg「おお紅い薔薇よ」とアルト独唱の歌う〈原光〉《子供の不思議な角笛》第12曲から転用したもの。

ここではヘレン・ワッツが暗色のトーンとゆたかな肉声によって、苦境のさなかにいる人間が神のもとに帰りたいと願う気持ちを真摯に歌い上げる。
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とくに、中間部以降の雄弁で肯定的な語り口は類例がなく、死への仄かな憧れというよりも、天国の扉をこじ開けようとする意志の力が伴奏から湧き上がってくるのがユニークだ。〈復活〉を待望するコーダの過剰な高揚感は死者にとってはプレッシャーではないかしら。


第5楽章 スケルツォのテンポで(荒野に叫ぶ者)
sv0105g.jpgここではグレゴリオ聖歌のディエス・イレー(怒りの日)をパロディー的に変奏した名旋律と、〈復活賛歌〉を先取りした復活主題をブラスが崇高に歌い継ぐ場面(62小節)が聴きどころだ。

木管の〈荒野に叫ぶ者〉と舞台裏のホルンが掛け合うところ(84小節)や、音を割った6本のホルンが炸裂する復活ファンファーレ(練習番号11)の透明で奥行きのある臨場感にも耳をそば立てたい。
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sv0105h.jpg音楽が動き出すのは、打楽器の猛烈なクレッシェンドで開始する第2部マエストーソ(194小節)。〈怒りの日〉を勇壮な行進曲にアレンジした黙示録的な戦いの音楽は、パンチの効いたアタックと血湧き肉躍る前進駆動によって身を奮い立たせるような活力が漲っている。

勝利のファンファーレを高らかに奏でる場面(243小節)は、フィジカルな興奮を煽りながら突進し、腕ずくで勝利をもぎ取ろうとするショルティの気魄が聴き手を圧倒する。
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sv0105i.jpg第3部(448小節)は、空間にたっぷり響く舞台裏の審判ラッパと、鮮明なフルート&ピッコロの夜鶯に驚かされるが、特筆すべきはクロプシュトックの〈復活賛歌〉(472小節)。

各声部が明瞭に聴こえるコーラスの分離感(とくにバス)は、エンジニアが腕によりをかけたマジックで、長めの拍で入念に高音域へ上り詰めるヘザー・ハーパー(ソプラノ)の劇的ともいえる高揚感がすこぶる感動的だ。

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アルトの独唱が疑念をはさむ頌歌第3節(560小節)は伴奏オーケストラが独唱を引きずり回し、元気もりもりと躍動する。殺気だったソプラノの説教(602小節)や、死者を眠りからタタキ起こす強圧的な男声合唱(618小節)に仰天するが、バネの効いた弦楽の鋭いアタックから頂上のコラールへ合唱とオーケストラを一気呵成にドライブするショルティの腕力がじつに頼もしい。

とどめは鐘と銅鑼を威勢よく打ち鳴らし、肉体が蘇ってガッツ・ポーズを決める豪腕ショルティの復活劇に大拍手! 聴き手に肉体的な刺激と活力をあたえてくれる聴き応えのある1枚だ。


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[ 2017/12/30 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第4番(ハイブリッド盤)

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ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 作品60
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1943.6.27-30 Philharmoniesaal
Recording Engineer: Dr.Friedrich Schnapp
Source: Reichs-Rundfunk-Gesellschaft
Length: 35:48 (Mono) /Olsen No.83,84
LP: SETC7501~7 (1974/12)


筆者がフルトヴェングラーに熱中する切っ掛けとなったのは、フィリップスが米オリンピックという新興レーベルを原盤とするベートーヴェン交響曲全集(SETC-7501~7)を発売した時(1974年12月)だったと記憶する。〈幻の第2番〉が発見されたというニュース(実はエーリッヒ・クライバー指揮と判明)によって、わが国のフルベン熱がピークを迎えた時期にあたる。

sv0104e.jpgこの中には“幻の第2”の他に、コンセルトヘボウ管との第1や、ローマ・イタリア放送響との第3、第5、第6、1926年録音の第5(特典盤)など本邦初出の録音が数多く含まれ、第4、第7といった大戦中の録音もここに含まれていた。

レコード雑誌にはフルベンの特集記事と《ディスコグラフィー》が掲載され、筆者はこれを食い入るように読んだのが懐かしい思い出である。(写真は FCM-51M)

この中で筆者の興味を強く引いたのがベートーヴェンの第4にまつわるミステリーで、当時のフルベンのベト4には、次のレコードが発売されていた。

NoOrchestraDateDisc
ウィーンフィル1950.1.24,25,30WF-1~9, AB-9403, AA-8261
ベルリンフィル1944SLGM-1444, MG-1444
ベルリンフィル1943.6.27-30DXM-103-UC
ベルリンフィル1943.6.27-30DXM-132-VX (③とは別の日の演奏)
ベルリンフィル1943.6.27-30FCM-51(M), PC-2 (④と同じ演奏)
ベルリンフィル1943.6.27-30SETC-7501~7 (Ph全集盤,③と同じ演奏)

sv0104b.jpg東芝EMI盤①(Olsen_317)、グラモフォン盤②(Olsen_097)に続き、英ユニコーンを原盤(ソ連盤と同じ)とする日本コロムビア盤③、米ヴォックスを原盤とする日本コロムビア盤④とフィリップス盤⑤、米オリンピックを原盤とするフィリップス全集盤⑥が相次いで発売されたことによって、第4はマニアの間で混乱をきたしていた。
(写真は SLGM-1444)


sv0104c.jpg特集記事では③⑥と④⑤は明らかに別演奏だが、②は音の隈取が甘くカッティング・レベルが低いが④⑤と同じ演奏であること、さらに、②③④⑤⑥の第3楽章と第4楽章が同じ演奏であることが指摘された。

オールセンのリストでは83、84(427もこれと同一)として記載されている。(写真は DXM-103-UC)


「演奏会録音ならではの聴衆のセキがかなり入っている③⑥をきいてのことなのだが、第1、第2楽章であれほど聞こえていたノイズも、第3、第4楽章ではまるで嘘のように消えてしまう。曲の前半で風をひいていた人々が後半で全快したのか、じつに死のごとき静寂ぶりで演奏をきいているのである。さらに探求の手探りを続けると、これはしたり、なんと②と③と④と⑤と⑥の第3、第4楽章は、全部同じ演奏のように思えるのだ。そこで想像するに、ソ連盤、ユニコーン、そしてオリンピックと続く③⑥の原盤は、前半と後半を、演奏日が違う2つの〈第4〉から合成したものではないだろうか。その際、後半は②の演奏から借りたのだろう。そうでなければ、③⑥の前半まで演奏会場の人たちは、後半どこにいってしまうのか、まったく説明がつかない。」 「小林利之氏による〈フルトヴェングラー/ベートーヴェン交響曲〉名演奏レコードの品定め」より~『レコード芸術』通巻291号、音楽之友社、1974年)


かくして筆者はこれを“合成盤”、“全快盤”、“ミステリー盤”などとネーミングをしたわけだが、ここでは“ハイブリッド盤”としておこう。上記②~⑥を以下の3種類に大別し、筆者手持ちの音盤を中心に整理してみた。


放送録音盤(first performance, without audience)
NoLevelMediaDisc no.IssueRemark
1cfontanaLPFCM-51(M) 1973/10米ターナバウト原盤(TV-4344)
1bDGCDPOCG-23491991/6旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1bDGCDUCCG-36872004/8旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1aOPUS蔵CDOPK-70022003/11メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1bGlandSlamCDGS20202007/6東独エテルナ盤起し(820 312)
1bOtakenCDTKC-3442012/12白レーベル見本盤起し(MG6013)
1cDeltaCDDCCA-00022004/10米ヴォックス盤起し(PL-7210)
1aDeltaCDDCCA-00062005/1メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1aAltusCDALT-1582008/1LPからレーザー・ピックアップによる再生復刻

sv0104q.jpg1943年6月27~30に旧フィルハーモニーで放送用(聴衆なし)にマグネットフォンで録音されたもので、複数のコピーテープが作成された。

1本はソ連軍が戦利品として接収したテープを元にしたメロディア盤、もう1本はドイツの放送局に保管されていたテープを音源とするグラモフォン盤と東独エテルナ盤、さらに米ヴォックス社が購入したテープを使った日本コロムビア盤の3系統に分かれる。(写真は Turnabout TV4344)

sv104r.jpgこのヴォックス系のテープは米ターナバウト盤(TV4344)→フィリップス盤(FCM-51M, PC-2)としても発売された。 参考:末廣輝男氏による「ライナーノート」、OPK-7002、2003年)

メロディアLPの初発売は当初1966年秋とされていた。これはダニエル・ギリスによるハイ・フィデリティ誌への投稿(1966年11月)が元になっていたが、世に知られたサーモンピンクのレーベル再プレス盤(ハイブリッド盤)で、それ以前のメロディア盤が存在していた。

sv0104k.jpg旧ソ連のメロディア盤にはレコード番号(A面とB面で番号が異なる)とは別にガスト(全ソ国家規格)5289という番号が付与され、ハイフン以下の2ケタがプレス年代を表している。

産業5ヵ年ないし7ヵ年計画によって、GOCT5289-56なら1956~60年、GOCT5289-61なら1961~67年、GOCT5289-68なら1968~72年を意味する。


sv0104g.jpg第4の放送録音盤(33D-09083~4)はガスト56が初出とされ、同じガスト番号でも異レーベルが存在する。ガスト56空色大聖火(トーチ)盤、ガスト56黄色アッコード盤(レニングラードプレス)、ガスト61桃色大聖火盤で、プレス時期や工場によって音質が異なるらしい。

新鮮なテープを使ってカッティングされた第1世代のガスト56は、第5に比べて第4のプレスが少なく、VSG盤(教育用の異レーベル)と同様に市場に出まわることがなく希少価値があるという。 浅岡弘和氏による「ライナーノート」、DCCA-004/5、2004年)

sv0104h.jpgこのメロディア盤には、第1楽章(402小節)[9:42]に「ブツ」という小さな音飛びが指摘されているが音の鮮度が最も高い。

これに対してグラモフォン系(オタケン盤、グランドスラム盤を含む)は、音飛びはないがピントの甘いモヤモヤ感にくわえ、第3楽章の冒頭を後続の同じ箇所を使って修復しているために途中から始まったように聴こえるのが難点だ。

ヴォックス系については上記音飛びや第3楽章の修正はないが、混濁感が強く、強音で音が潰れて聴きづらい部分があるのは否めない。

この放送録音盤は、演奏スタイルがライヴ盤と非常によく似ているため、コンサートの前後に聴衆のいない会場で録音されたものとされる。音の状態は混濁感のつよいライヴ盤より良好で、響きがクリアな点で筆者は放送録音盤の方を好んで聴いている。


実況録音盤(Second performance, with audience)
NoLevelMediaDisc no.IssueRemark
2DGCDF20G-290901989/8デジタルコピー使用(原盤427 777-2)
2DGCDUCCG-36862004/8デジタルコピー使用(原盤427 777-2)
2MelodiyaLPM10-49725~61992/12日本向け再プレス盤(黒レーベル)
2OPUS蔵CDOPK-70172006/2メロディア盤起し(ガスト80小聖火)
2DreamlifeCD/SACDDLCA-70062004/12メロディア盤起し
2DeltaCDDCCA-00232006/5メロディア盤起し(ガスト61白色小聖火+ガスト73黄色
2AltusCDALT-1582008/1LPからレーザー・ピックアップによる再生復刻
2GlandSlamCDGS21532016/10オープンリール・テープ復刻

sv0104i.jpgメロディアの全楽章ライヴ盤(レコード番号は放送録音盤と同じ)は、ガスト73で初めて世に出たとされる。ガスト73白レーベルシングルレター盤、ガスト73黄色レーベル盤、ガスト80小聖火レーベル盤などで、A面とB面とでガスト番号が異なる異盤もあるらしい。

1992年に日本向けに再プレスされた黒レーベルのライヴ盤は、M10-49725~6として欠落のない〈コリオラン序曲〉との組み合わせで発売されたのがわれわれの記憶に新しい。

sv0104j.jpg1987年に返還されたデジタル・コピーを元にしたグラモフォン盤が最も流通していると思われるが、不自然なエコーがあり、音の劣化が激しいのが難点。

それに比べるとメロディアの再プレス盤(LP)は第1、第2楽章の鮮明な音に驚かされるが、第3楽章以降で音質がガクッと落ちる。これはガスト80の盤起しのオーパス蔵盤(OPK-7017)でも感じることで、メロディアに共通した問題なのかもしれない。


ハイブリッド盤(version withⅠⅡ-2nd and ⅢⅣ-1st performance)
NoLevelMediaDisc no.IssueRemark
3ColumbiaLPDXM-103-UC1970/9英ユニコーン原盤(UNIC-103)
3PhilipsLPSETC7501~71974/12米オリンピック原盤(OL-8120,7LP)
3AngelLPWF-700031975/5英ユニコーン原盤
3AngelLPWF-600441981/1英ユニコーン原盤
3EMICDC28E-57471989/5英ユニコーン原盤(UNI-103-CD)
3EMICDTOCE-85191994/11英ユニコーン原盤(2DJ-4731)
3EMICDTOCE-37312000/6英ユニコーン原盤(UNI-103-HS)
3KINGCDKKC-41072017/12米オリンピック原盤(OL-8120,7LP)
3KINGCDKKC-41122018/1米オリンピック原盤(OL-8120,7LP)

sv0104l.jpgメロディアの放送録音盤は前述のガスト56が初出とされるが、その後、ある時期にプレスが打ち切られ、第1、第2楽章がライヴ録音に差し替えられたため、同じレコード番号で異なる音盤が存在する。

ガスト61白色小聖火盤、ガスト61桃色ダブルレター盤、ガスト68黄色ダブルレター盤などがハイブリッド盤とされる。差し替えられた経緯は詳らかではないが、これが英ユニコーン盤によって、ミステリーとして広く知られることになった。

sv0104m.jpgユニコーンの音源は、発売当時はソ連から送られたテープを使ったと思われていたが、1968年、米フルトヴェングラー協会長H.イリング氏が、ソ連のコレクターからスポーツシャツと交換して2セット7枚組のメロディアLP(第5、第4、第9、ブラ4、ハイドン主題、グレイト、フランク)を入手。

その1セットを英協会のP.ミンチン氏に贈り、これをダビングして英ハンター社がユニコーン・レーベルで発売したことが1983年になって明らかにされた。 桧山浩介氏による~『レコード芸術』通巻510号、1993年)

sv0104o.jpgこのユニコーン社のダビング(GOCT5289-61桃色レーベルと推測される)を経てわが国では、日本コロムビア盤(DXM-103-UC)や東芝EMI盤のユニコーン・シリーズ(WF-70003)の1枚として発売されたが、TOCE-3731を最後に発売が途絶えている。  amazon

現在ではすでに役目を終えた音盤といえるが、筆者の手元にはフィリップス全集盤(SETC1-7)のLPがあり、懐かしさも手伝って、久し振りに針を落として聴き比べてみた。

ライヴ盤には第1楽章19小節目の2拍目[1:48]に「ガタン」という会場の大きなノイズがあり、ハイブリッド盤ではこれを取り除くために11小節2拍目から22小節2拍目までを放送録音盤に差し替えた盤と、無修正の盤が存在することが指摘されている 桧山浩介氏による「ライナーノート」、POCG-2349、1991年)

sv0104n.jpg東芝EMI盤(TOCE-8519)では木管が入る10小節4拍目から別の録音になり、同じく木管が入る21小節4拍目からライヴ録音に復帰するのが聴いて取れる。

東芝盤の第1、2楽章は強音の潰れや響きの濁りが甚だしいが、第3楽章から響きがクリアで滑らかになるために、別録音による音の違いは歴然としている。
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「フルトヴェングラーの何種類かある第4のなかで、もっとも劇的で濃厚な表現であり、第1楽章の導入部から主部へ移る箇所は、ほかのどの演奏にもないドラマティックな呼吸で進行している。いささかやり過ぎの感もあるが、フルトヴェングラーの手にかかると真実味がある。もちろんこれ以外にも随所で激しく大胆な表情がつくられ、私の趣味ではついていけないところもあるが、大指揮者の演奏記録としては重要なものに違いない。」 小石忠男氏による月評より、WF60047、『レコード芸術』通巻366号、音楽之友社、1981年)


「第4番は43年のユニコーン盤を無視するわけにはゆかない。ここではオーケストラがベルリン・フィルで表現の密度という点と、ライヴの生々しさという観点から、聴きどころがけっこう多い。この43年盤では第1楽章に主部に入る直前で極度のリタルダンドを与え、ここでの神秘性とその先への期待感を一挙に凝縮して高め、爆発するように主部に突入していく。この部分でこれほどドラマティックに演出されるのも珍しいだろう。」 草野次郎氏による月評より、TOCE3731、『レコード芸術』通巻599号、音楽之友社、2000年)



sv0104a.jpg一方、米オリンピックを原盤とするフィリップス盤(SETC1-7)は、第1、第2楽章(ライヴ録音)が劣化したデジタル・コピーのグラモフォン盤よりはるかに良好で、これは捨てたものではない。第1楽章の会場ノイズと第3楽章の冒頭が無修正なのも好ましい。

第3、第4楽章(放送録音)の不自然な響きが気になる箇所があるものの、グラモフォン、ヴォックス、東芝盤よりも全楽章を通じて安定した音を聴かせてくれる。

sv0104p.jpgひょっとすると、これは音源を異にするのでは、という思いが、あたかもタイムカプセルのように40数年振りに盤の溝を擦りながら、あれこれと頭の中を駆け巡った。
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SFB(自由ベルリン放送)の発表によると、モスクワから返還されたRGG(帝国放送)のオリジナルテープの中には、第1楽章の欠落した第4のテープと、第2楽章のみのテープが含まれているという。

sv0115o.jpgこれが放送録音なのかライヴ録音なのかは明らかではないが、フルベンのベートーヴェン〈第4〉にはまだまだ解明されていない謎が残されているようである。

筆者がフルベンにのめり込む切っ掛けとなった思い出の深い1枚だ。
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[ 2017/12/09 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

フェドートフのバレエ音楽《白鳥の湖》1895年蘇演版を聴く

sv0103a.jpg
チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」作品20
ヴィクトル・フェドートフ指揮
サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団
Recording: 1994.10.21-28 CM Studio, St.Petersburg
Producer: Elena Larina, Rupert Faustle
Blance Engineer: Sergei Sokolov
Length: 36:35/31:32/30:50/19:52 (Digital)
amazon [VICC-60613/14]


《白鳥の湖》の全曲版レコードといえば、導入曲と29のナンバーを原総譜(ユルゲンソン版)の番号順にならべて演奏されるのが通例で、これに、1877年の初演に際してチャイコフスキーが振付者ライジンガーの依嘱を受けて追加した〈ロシアの踊り〉(No.20a)と4曲なら成る〈パ・ドゥ・ドゥ〉(No.19a)を第3幕に追加したもの(全55曲)が一般的だ。


sv0103f.jpgところが、今日、ロシアのバレエ団などで上演される《白鳥の湖》は、原総譜と異なっている部分が多く、舞台の進行に合わせた音楽を聴きたい場合に不都合がある。

曲の順が入れ替わっているばかりか、カットされたり、聴いたことがない曲が挿入されていたりで戸惑うことが多い。これはバレエで使われる版が、1895年に蘇演された「プティパ=イワーノフ改訂・ドリゴ編曲版」(1895年蘇演版)に準拠していることに他ならない。

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《白鳥の湖》の蘇演は作曲者の死後、帝室マリインスキー劇場の名振付師であったマリウス・プティパが、埃にまみれていた総譜を発見したことにはじまる。改訂はマリインスキー劇場の様式に対応させるかたちでイワーノフと振付を行い、チャイコフスキーの弟モデストが台本の改訂を、配曲の変更をリッカルド・ドリゴが行ったのが、ここに聴くプティパ=イワーノフ演出・ドリゴ編曲による「1895年蘇演版」である。


sv0103o.jpg台本は4幕構成から全3幕4場に改められ、ストーリーが簡略化されたが、帝室劇場の首席指揮者として活躍していた作曲家のリッカルド・ドリゴは、チャイコフスキーの代理者としての権限が与えられた。

序曲と全33のナンバー(原総譜の50曲を42曲に)に編み直す作業は外科医のような仕事であったというが、蘇演は大成功をおさめ、現在あまた存在する改訂バージョンのいわば「底本」になった。
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演奏は、いかにもバレエの現場で叩き上げた練達の指揮者らしいフェドートフのクセのない、ツボを押さえた演奏で、バレエの動きにあわせた手堅いテンポ運びもさることながら、しっとりと歌う潤いのある弦や、木管の抒情性と美感にも事欠かない。舞曲のコーダで見せる華やぎのある管弦楽も特筆もので、オーケストラが大仰にならないきびきびとした音楽運びがバレエの舞台を彷彿とさせてくれる。

sv0103n.jpgここ一番の決めどころで喨々と鳴り響く金管の骨の太いサウンドも聴き応えがあり、ヨーロッパのオーケストラでは上品すぎて物足りなく感じるブラスの野性的な響きを全曲を通じて堪能させてくれるのもこの盤の大きな魅力。

ここには蘇演版でカットされた〈No.16〉〈No.20a〉〈No.26〉〈No.27〉 がオマケで収録されているが、これは他のバージョンで採用される場合を配慮してのことで、まさに至れり尽くせりのCDといえる。 
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「この録音は、マリインスキー劇場の首席指揮者を務めるフェドトフが、当時の資料を参照しながら可能な限り当時のオリジナルに遡った貴重な記録であり、今後の《白鳥の湖》のあらゆる上演にひとつの規範を与えるものである。演奏も当然ながら手堅く、また格調がある。」 樋口隆一氏による月評より、VICC40238-9、『レコード芸術』通巻第540号、音楽之友社、1995年)



第1幕 第1場 中世ドイツの城の奥深いところにある庭園
第1幕の変更点は、原曲の第2曲と第4曲を入れ替え、第4曲の4つのヴァリアシオンのbを削除、またヴァリアシオン1と3はテンポがやや遅いものに変更されている。大きな相違点は第5曲の取り扱いで、本来、王子が村娘と踊るパ・ドゥ・ドゥが、蘇演版では〈黒鳥のグラン・パ・ドゥ・ドゥ〉として旧第3幕に移植されたことだ。

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sv0103m.jpg第1幕の音楽は瀟洒な管弦楽が満載である。しっとりと歌う弦(R3、R5)や、メランコリーな木管の味わい(R6)がエレガントな雰囲気をしっとりと漂わせている。

一番の聴きものはガッシリと腹に響く金管の野性的な響きにあり、序曲、R1、バリアシオン2、ワルツの総奏などで喨々と吹き鳴らす豪壮なロシアン・ブラスを心ゆくまで堪能させてくれる。
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sv0103k.jpg早いテンポによる、てきぱきとした音楽はこびも心地よく、〈パ・ド・トロワ〉のコーダで見せる躍動感や〈乾杯の踊り〉のボレロ・リズムなど、フェドートフがいささかの踏み外しもなく、節度をまもったテンポを配するあたりは格調の高さすら感じさせてくれる。  amazon

バリバリと金管を鳴らす〈ワルツ〉と〈乾杯の踊り〉の総奏の分厚い響きは圧巻で、胸がすく思いがする。


第1幕 第2場 森の奥の湖畔
旧第2幕の大きな変更点は、第13曲〈白鳥たちの踊り〉。7曲(a~g)で構成される音楽の曲順が大幅に変更され、それぞれ独立したナンバーが与えられている。とくに「王子とオデットのパ・ダクシオン」(グラン・アダージョ)とよばれるアンダンテが2番目に置かれるところが目を引くところだ。

sv0103c.jpg

sv0103i.jpg音楽的な改変では、原曲では4分の2拍子のアレグロの音楽が接続するが、アンダンテの結尾をドリゴが編曲したことから「ドリゴの終止」として有名。

木管の5拍リズムが再現する中を、たおやかな独奏ヴァイオリンのトリルを絡めるロマンティックな終止は、作曲者自身が組曲用に編み直したものよりも優れているといってよく、レコードでもモントゥー、アンセルメ、フィストラーリ、オーマンディといったレトロな巨匠たちが好んで採用している。  amazon

sv0103j.jpg旧第2幕の音楽の大きな聴きどころは、第13曲〈白鳥たちの踊り〉に尽きるといってよく、〈グラン・アダージョ〉でたっぷりとヴィブラートをかけたロシア風の濃厚な独奏の歌わせぶりが聴きどころ。

ピウ・モッソの木管リズムも聴き慣れたものよりテンポはかなり遅く、チェロのねばりのある歌とたっぷり揺れるヴァイオリンのオブリガートからロマンティックな気分がしっとりと漂ってくる。
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〈4羽の白鳥の踊り〉の切れのある終止、オデットのパ・ドゥ・スル(独舞)のしとやかな気品、テンポが早まるモルト・ピウ・モッソのフェドートフの棒さばきも絶妙で、聴き手をゾクゾクさせるコーダの音楽は、バレエの舞台にふさわしい華やぎに満ち溢れている。


第2幕 豪華な城内の大舞踏室
最も複雑な改変が旧第3幕。一寸法師の踊り(第16曲)とパ・ド・シス(第19曲)を削除、4つのディヴェルティスマンの曲順変更、〈黒鳥のグラン・パ・ドゥ・ドゥ〉を第1幕から転用、など。また、パ・ドゥ・ドゥは5bのアレグロ部分を編曲してヴァリアシオン1として独立、5cを削除する代わりにチャイコフスキーのピアノ曲《18の小品集Op.72》 から第12番〈遊戯〉(espiègle:“いたずらっ子”)を編曲してヴァリアシオン2とした。

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sv0103l.jpg黒鳥の登場(第18曲)の直後に、ディヴェルティスマンの〈スペインの踊り〉を出して鮮やかに場面転換するところは、蘇演版の大きな魅力といってよく、音楽的にも印象は鮮やかだが、ナポリがヴェネツィアに題名変更されたのには首を傾げたくなってしまう。

ここでは、ドリゴが各曲を短縮してスリム化しているのが大きな特徴で、花嫁たちの登場のファンファーレ(第17曲)が1回に削減していることや、オディールが正体をあらわす場面(第24曲)で楽節の大幅なカットが見られる。
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演奏は民族色を濃厚に演出するフェドートフの手慣れた棒さばきが心憎く、ディヴェルティスマンのきびきびとした音楽運びが痛快である。32回転のコーダでバリバリと効かせるトロンボーンに大拍手!


第3幕 第1幕2場と同じ森の湖畔
旧第4幕の変更点は2箇所。第26曲と第27曲に代えて、ドリゴはチャイコフスキーのピアノ曲《18の小品集Op.72》 から第11番〈ヴァルス・ブルエット〉を管弦楽に編曲して〈白鳥たちの踊り〉(R29)を挿入する。この曲は、華麗なワルツ、ヴァルス・ブリアント、火花のワルツ、ヴァルス・バガテルなど、さまざまな訳語があるが、これがじつに素晴らしい音楽だ。
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sv0103p.jpgテンポ・ディ・ヴァルスの木管のやさしい主題と、物憂い表情で揺れるモルト・エスプレッシーヴォの弦のメロディーがたまらない魅力で、これが低音弦に移されて、ヴァイオリンが流れるようなオブリガートを付けるところの哀しくも儚い表情はいかばかりだろう。

嬰ヘ長調に転じるモルト・カンタービレの、束の間の幸せと哀しみをない交ぜにした主題の変容もたまらない。ドリゴによって主部が繰り返されて拡張されているのも、この名曲をさらに魅力のあるもの引き立たせている。

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sv0103g.jpg第2の変更点は、第29曲のアンダンテとアレグロ・アジタートの間に、《18の小品集Op.72》 からもう1曲、第15番〈ウン・ポコ・ディ・ショパン〉(ショパン風に)を管弦楽に編曲した〈情景〉(R32)を挿入する。

オデットと王子が身の定めを嘆きながら踊る〈別れのパ・ドゥ・ドゥ〉とよばれている音楽だ。この曲は、「女王陛下のスワンレイク」と謳われたフィストラーリ指揮ロンドン響のモノラル盤でも聴くことが出来る。

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sv0103h.jpgマズルカのリズムにのって、湖畔でデュエットを踊る音楽はシルフィードの場面を彷彿とさせ、乳白色の幻想的な情景が目に浮かぶ名旋律。

ショパン風の旋律があらわれる中間部も大きな聴きどころで、秘めやかなフルートの16分音符にクラリネットが歌い継ぐところや、チェロがマズルカのメロディーを弾く上で、ヴァイオリンの透明なオブリガートがたゆたうところは、ロマンティック・バレエの精髄を極めた感があろう。
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終曲は管弦楽が満を持して炸裂する。練習番号20後半から目を剥くようなトロンボーンが呻りを上げ、練習番号26(モノ・メッソ)で〈白鳥の主題〉を強烈に吹き放つトランペットの凱歌もすさまじい(アポテーズ手前の23小節をカットするのは、カラヤンのデッカ盤でも見られる短縮)。

「プティパ=イワーノフ改訂・ドリゴ編曲版」を古典的な様式に則って現代に蘇らせた“白鳥マニア”必聴の一枚だ。


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[ 2017/11/25 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

プレヴィン=ロンドン響のベートーヴェン/交響曲第5番

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ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
アンドレ・プレヴィン指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1973.1.10,11 Kingsway Hall, London
Producer: Christopher Bishop (EMI)
Balance Engineer: Chiristopher Parker
Length: 37:33 (Stereo)
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懐かしいレコードが復刻された。アンドレ・プレヴィンが、1968年から79年まで首席指揮者の任にあったロンドン交響楽団を指揮したベートーヴェンの交響曲第5番と第7番を組み合わせたアルバムがオリジナル・ジャケットで蘇ったことは、70年代のLP期に学生時代を過ごした筆者にとって感慨ひとしおである。

sv0102b.jpgプレヴィン=ロンドン響といえば、ノーブルで口あたりのよいスタイルで一世を風靡したのが筆者の記憶にあたらしい。

ビートルズ風のマッシュルーム・カットのヘアスタイルと、縦縞の派手なシャツをさりげなく着込んだジャケット写真が印象的で、ポップス系ミュージシャンを思わせるアカ抜けた雰囲気は、カラヤンとはまた違ったかっこよさがあった。


復刻されたCDにじっくり耳を傾けてみると、これが以外や素晴らしい演奏である。ここには人間のあらゆる苦悩を背負い込んだような“しかめっ面”をした“気むずかしい”ベートーヴェンの姿はなく、Tシャツにジーンズ姿で恋人と手を取り合い、リラックスした気分で聴き手に語りかけてくれる和やかさがある。

sv0102c.jpg物腰の柔らかなスタイルは、「苦悩から闘争を経て勝利へ」といった肩肘張った筋書をも忘れさせてくれるものだ。

ドイツ正統のスタイルから見れば軟派なベートーヴェンかも知れないが、楽しい気分で野外に出掛けて余興にふけり、闘いをよそに恋人と愛を語らう幸福感と清々しい開放感に満たされるのがこの演奏の魅力だろう。これは、純音楽的に周到に練られた第5シンフォニーといえる。

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「低音を軽めに抑えつつ、合奏全体をきれいに鳴らしているのがまず心地よい。そのうえでプレヴィンは、トゥッティでは楽器の重なり具合に細かく手を入れて管楽器やティンパニを適宣浮き沈みさせ、サウンドの色合いをカラフルに変化させる。加えて彼は独特のビート感を生かして歌謡的な箇所は流麗に、壮大な箇所は溌剌と音楽を進めてゆく。ベートーヴェンだからと言って、ことさらにサウンド造りの方法論を近代音楽を振るときと変えたりはしないようだ。」 相場ひろ氏による月評より、QIAG50061、 『レコード芸術』通巻第730号、音楽之友社、2011年)


「プレヴィンの音楽の面白さは、クラシック音楽を“外側”から視た面白さである。違う聴き方、違う種類の快楽をやんわりと、しかし直截に提起してくる。だから作品が西洋伝統のあれこれをその身に多くため込んでいればいるほど、じわりと耳の記憶に効いてくるのだ。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0102d.jpgたっぷりと引き伸ばした長いフェルマータがすこぶる心地よく、ワルター=コロンビア響のステレオ盤を思わせるものだ。

切迫した呼吸や劇的な緊張を強くはらんだ悲痛さには背を向けて、澄明爽快な響きによってゆとりのある音楽が進行する。
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低音リズムは控えめに、弓の根本で「ガッ」と喰らいつくような角張ったところがいささかも見られぬ熟れたフレージングや、まろやかなホルン信号が飛び出したりして、「ちょっと違うぞ」と聴き手に思わせるところがユニークだ。頂点(94小節)にのぼりつめるところやコデッタもいたずらに力まず、颯爽と走り抜けるところがプレヴィンらしい。

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sv0102e.jpg展開部は、やおら獅子吼するホルンに仰天するが、「さあ皆の衆、狩りをはじめようぞ!」といわんばかりの朗らかな遊びの気分をプレヴィンは宣言する。

低音弦の対位を控えめに、力感を廃してリズミカルなステップで〈運命主題〉を展開する。要所で飛び出すトランペットの明るい打ち込みや木管の清冽な和音も特徴的で、気分はすこぶる陽気である。
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全楽器の斉奏で突入する再現部(248小節)は、ちょっとシャイで控えめなオーボエのカデンツァや、楽譜の指定通りにファゴットに吹かせる第2主題の剽軽さも個性的だが、大らかに弾き回して高揚する頂点(346小節)は身を奮い立たせるような雄渾な気分よりも、ハッピーな愉悦感に溢れんばかり。

sv0102j.jpg歯切れの良いティンパニのリズム打ちにのって、コーダはみずみずしさが際立ってくる。

強固な意志や闘争の精神は大きく後退し、肩に力を張らないリラックスした気分で奏でる音楽は、なまぬるいと感じる向きもあろうが嫌味がなく、和気藹々と和やかな雰囲気のうちにプレイを終えて、ひと風呂浴びたような爽快感がある。

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第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0102g.jpg瞑想の中に崇高な気分を宿す第1主題は、安らぎに充ちた田園牧歌的な情緒に溢れんばかり。

木管の奏でる第2主題もやわらかな歌がそこかしこに流れ、トランペットの吹奏による革命歌調のファンファーレ「勝利なぞどこ吹く風」といった風情で、どこぞの未亡人のもとで安住のねぐらを見つけたベートーヴェンが、浮き世の夢に身をやつす姿が目に浮かんでくる。

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sv0102h.jpg大きな聴きどころは50小節から歌われる変奏部。ヴィオラとチェロが淑やかに歌い上げる分散和音の変奏主題はロマンティックな情感に溢れんばかり。

第1ヴァイオリンがエレガントに歌い上げる第2変奏(106小節)は作曲者が恋慕の情を綴った“愛の歌”だ。

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恋人と手を取り合って甘い恋をささやく語り口から、ふだんは尊大で深刻ぶった作曲者が、じつはニヤけたヤサ男に思えてくる。チェロ・バスが柔らかく弾き回して上昇するフレーズは、ベートーヴェンの幸福感が絶頂を極めた感があろう。

「もしどこからか、若いころのベートーヴェンが、洒落た服に身を固め、妙齢の婦人の手を取って、優しく笑いかけているようなスケッチが出てきたら、きっとベートーヴェン像だけでなく、その音楽のイメージが一変するに違いない。」 『ファイヴエル』より堀内修氏による、2012-03号)



第3楽章 アレグロ(スケルツォ)
sv0102i.jpgさっぱりとした弦の軽やかなフレージングは、古楽奏法を先取りしたようで、歯切れの良い管楽器と打楽器のリズム打ちが心地よい。

トリオは、プレヴィンの指揮にぴたり反応する緊密な弦楽フガートがソフトに躍動する。みずみずしく駆け走る弦楽群に、ひたひたと打ち込まれるティンパニのリズムが気持ちよく決まり、これが聴き手の快感を誘っている。
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スケルツォの再現は、淡泊なリズム打ちから運命を切り開く緊張感がまるで漂ってこないのが面白く、作曲者はちょっとニヒルに装いながら、来たるべき勝利にはまるで興味を示さない。酒を飲んで女のことを考えながら、「そのうち、チャンスは転がって来るさ。それまで昼寝でもしてようや」棚ボタの勝利を夢見る脳天気な姿が浮かんでくる。


第4楽章 アレグロ
sv0102f.jpg確信をもたずにやって来る「勝利の歌」はさっぱりと清々しい。遊興にふけるように朗々と吹き放つホルンが痛快で、プレヴィンの棒にのって奏者が興じているさまが伝わってくる。 TOWER RECORDS

〈賛歌〉の32小節で「ぶろろ~ん」と大きくトリルを入れるように吹き上げるところなど遊び心満点で、奏者のパフォーマンスに快哉を叫びたくなる。(リピートあり)


sv0102k.jpgこの演奏は過酷な運命に立ち向かい、勝利を手にしてガッツポーズを決めたり、巨匠風の威風堂々としたものからほど遠く、控えめな弦のスフォルツァンドと、明快な管楽器のアクセントによって、清新溌剌たる開放感を実現しているところに魅力がある。

歯切れ良打ち込まれる和音打撃や、要所で突出する金管のスパイスも爽やかだ。
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sv0102l.jpg294小節から第2主題で走り出すコーダは奇策を弄することもなく、プレヴィンはひたすら小気味のよいテンポによる軽快なフットワークで勝負する。

ほのぼのと吹き出す結尾主題が飛び出すと、柔らかくスキップするようなリズムを配し、ウキウキしたビート感覚で聴き慣れた名曲をスタイリッシュに締め括っている。
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これはリラックスした語り口による、ロマンティックなムードに酔わせてくれるユニークな第5シンフォニーで、厳粛なベートーヴェンに耳がうんざりした時に、ちょっと遊びの気分で手を伸ばしてみたくなる一枚だ。


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[ 2017/11/11 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

ヨッフム=コンセルトヘボウのモーツァルト/交響曲第38番「プラハ」

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モーツァルト/交響曲第38番ニ長調 K504「プラハ」
オイゲン・ヨッフム指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1961.12.11-13 (PHILIPS)
Location: Concertgebouw, Amsterdam
Disc: UCCP3290 (2005年10月)
Length: 27:03 (Stereo)
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ドイツの巨匠オイゲン・ヨッフム(1902~1987年)は、若きハイティンクを補佐するかたちで1961年、オランダの名門コンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者に就任した。

ハイティンク&ヨッフムという複数常任制は異例のことで、これは経験と人望の少ないお世継ぎの若君を養育するための、いわば窮余の策の人事であったという。このモーツァルトはちょうどヨッフムが常任指揮者に就任した直後のフリップス録音

「ハイティンクは若くしてコンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者になったんです。メンゲルベルクの後を受けて、後任になったベイヌムが早死にした。そこで、人材がいなかったものだから仕方なくハイティンクを常任にした。オーケストラがオランダ人を指揮者にしたかったんでしょうね、ヨッフムを後見人のようなポジションに任命して、ハイティンクを育てようとしたんだと思います。変なシステムですね、ようするにハイティンクをぜんぜん信用していないんですよ。」 『宇野功芳の白熱のCD談義ウィーンフィルハーモニー』より、ブックマン社、2002年)



sv0101b.jpgヨッフムはこの時、楽団を統率し、若いハイティンクを音楽面でもしっかりサポート出来る超一流のコンサートマスターを探すためにヨーロッパ中を奔走する。

そこで目を付けたのが、地元ハーグのレジデンツィ・オーケストラで弾いていたヘルマン・クレッバース。早速、ヨッフムは書状をしたため、財務部長を伴ってクレッバースを口説きに掛かったという。
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この話は、フルトヴェングラーがシモン・ゴールドベルクを、カラヤンがミシェル・シュヴァルベを、朝比奈が名古屋フィルから稲庭達を引き抜いた話とも重なってくる。機を見るに敏なヨッフムは、芸術家であると同時にマネジメント能力にも長けた実務家でもあったのだ。

「手紙をもらったときから、移籍の話だろうとおよそ察しはついていたんだけど、ヨッフムはオランダの歴史や文化を延々と語りはじめ、コンセルトヘボー管弦楽団の将来はオランダの文化の帰趨に関わるという言い方までして、ぼくに逃げる口実を与えなかった。金銭面での処遇についても財務部長を交渉の席に連れてくるという実務的なやり方でした。ヨッフムは見かけは好々爺ですけど凄腕の交渉力の持ち主で、したたかな爺さんでしたよ。そりゃ、断れる筈はないだろう。なにせ、コンセルトヘボー管弦楽団の第1コンサートマスターといったら、ヴァイオリニストにとって最高の地位ですからね。(ヘルマン・クレッバース)」 中野雄著 『指揮者の役割』より要約、新潮社、2011年)



sv0101c.jpgここに聴くモーツァルトは、バスの声部をしっかりと響かせ、謹厳実直なフレージングによって荘重な響きと深い内面性を宿しているのが特徴。

特筆すべきはコンヘボ管の冴え冴えとしたアンサンブルと、くすみがかった管楽器の音色で、名門楽団が老練の音楽監督の下で水を得た魚のように、清新溌剌とした演奏を展開している。
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歌謡主題を牧歌的な気分で歌い回すあたりはヨッフムらしい南欧的なおおらかさに溢れ、フィナーレで見せる豪放な気風と活力のある棒さばきによって、愉悦感に充ちた管弦楽の妙味を堪能させてくれる。

「亡き巨匠ヨッフムは1961年にコンセルトヘボウ管の常任指揮者となり、この名門オーケストラと深い関係をもったが、このモーツァルトはその頃の録音で、堂々とした重厚な演奏をきかせる。ドイツ風のモーツァルトともいえるが、そのなかにヨッフムの人間的なあたたかさと深い洞察力が示されており、旋律の表情に非常な説得力があるのは、きき逃すことができない。アンサンブルも整然として力強く、造形にはいちぶの狂いもない。心あたたまる、たくましい交響性を表出した演奏である。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻第474号、音楽之友社、1990年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0101d.jpg荘重で威厳に満ちた序奏はいかにもドイツ人の巨匠らしい含蓄ゆたかな味わいがあり、神秘の森の中で旋律を探り当てるような神韻縹渺とした趣がある。

半音階パッセージから歌劇《ドン・ジョヴァンニ》風の厳粛な雰囲気が立ち現れる劇的な音楽運びは、まるでオペラの開始のような予感を聴き手にあたえている。

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D音のシンコペーションから8分音符の連打で走り出す主部(第1主題)は気分が爽快で、16分音符を力強く弾き回す副主題(55小節)から、いよいよ名門楽団がシルキーな音色で目の醒めるようなフレージングを展開。

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sv0101e.jpg快活な主題を闊達自在に躍動するところは、ゾクゾクするような興奮を喚起する。

じっくりと練り回す優美な第2主題(97小節)は、ヨッフムの南欧的な大らかさを体現したものといってよく、ファゴットが陰影を付けた主題を清楚な第2句によって美しく洗い清めるあたりは、あの人間離れした長いアゴをぬ~と突き出し、「ぺろっ」と指をなめてスコアをめくる姿からは想像が出来ぬ清廉潔白な味わいがある。 [提示部リピートなし]

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sv0101f.jpg展開部(143小節)は、なめらかで見通しの良い対位法によって、弦楽アンサンブルが副主題のゼクエンツを冴え冴えと展開する。

みずみずしいフレージングとヨッフムの力瘤のない巧緻な棒さばきによって主題を変奏するところは若々しく、弦の澄み切った美しさも特筆される。
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バスのリズムをしっかりと打ち込み、シンフォニックに突き進む再現部(208小節)も南ドイツの野人ヨッフムの真骨頂で、冴えた響きがスケール感を増して、感興ゆたかに締められている。


第2楽章 アンダンテ
sv0101h.jpgやわらかな弓使いで奏する第1主題は、のどかで牧歌的な気分が横溢する。

ほどよく弾むスタッカート主題、微笑みを返すような推移主題、短調で翳りを付けた主題の中でしっとりと歌われる16分音符のモノローグ(26小節)など、さりげない歌の中に、まるでオペラ・アリアのような雰囲気を醸し出すあたりが心憎く、老熟を極めた大ヴェテランの棒さばきといえる。

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sv0101j.jpg軽めに響かせる低音の持続音に乗った第2主題(35小節)も聴き逃せない。慰めの気持ちに満ち溢れ、角張ったところのいささかも感じられぬ醇乎たる味わいに聴き手を酔わせてくれる。
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バスの声部がゆたかに流れるパストラール風のコデッタ主題(55小節)や展開部の転調も絶妙で、くすみのある管楽器が底光りするような色艶を滲ませ、強音でも決して音崩れしない“フィリップス・トーン”が、一服の清涼剤のような爽やかな気分を誘っている。


第3楽章 フィナーレ、プレスト
sv0101k.jpg颯爽と駆け走る快速のテンポに仰天するが、はずむような律動、生き生きとした躍動感、歯切れの良いフレージングで突進するプレストの音楽は、南ドイツの快人ヨーフムの独壇場で、60歳に近いとは思えぬ活力が漲っている。

第2主題も前へ前へと老舗の楽団を駆り立てるような覇気に充ち、バーレスク風の木管が洒落た合いの手を絡めるあたりも表情は愉快である。

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目まぐるしい勢いと猛スピードで弾き飛ばす弦楽セクションの超絶的な弓さばきは数ある音盤の中でも冠絶したもので、中庸のテンポで緊密な合奏美を展開するクリップス盤とはおよそ対照的だ [提示部をリピート]。  

ConductorDateLevelSourceTotal
Jochum1961.12PhilipsUCCP329010:458:547:2427:03
Krips1972.2PhilipsUCCP3456/6112:577:406:0226:39

sv0101i.jpg豪快なトゥッティで突入する展開部(152小節)も力感が満点。高弦と中低弦が交互に、途轍もない勢いをつけたシンコペーションを弾きぬく主題展開(216小節)のフレージングに腰をぬかしてしまう。

主題再現に挿入される和音強奏の“がっつり”と喰らいつく荒々しさも痛快この上なく、「のっしのっし」と大股で意気揚々と歩む第2主題の再現は、まさに“南ドイツの野人”
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sv0101l.jpgここでは、再現部と展開部をスコアに忠実に繰り返して演奏しているが、名門楽団を自在にドライヴする親分肌の腕力が頼もしい。

一気呵勢に畳み掛ける終結部もオーケストラの自発的な勢いに貫かれ、ヨッフムの迷いのない気風としたたかな職人性が自ずと浮かび上がってくる。

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老巨匠の奥義と名門楽団の名技をいかんなく発揮した掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/10/28 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)

カラヤン=ウィーンフィルのバレエ《眠りの森の美女》

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チャイコフスキー/バレエ組曲《眠りの森の美女》作品66a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Gordon Parry
Length: 21:30 (Stereo)
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筆者がカラヤンを知ったのは家にあった東芝の「名曲全集」がきっかけで、フィルハーモニア管弦楽団を指揮したレコードを子供の頃に聴きあさり、気が付くといっぱしのカラヤン通(俗にいうカラキチ)になっていた。とくに来日公演をテレビで観てからは、そのカッコ良さに憧れ、黒のタートルを着込んでカラヤンの指揮の真似をやったものである。

sv0100a.jpg当時、カラヤンといえば、ベルリンフィルを指揮したグラモフォン盤よりも、フィルハーモニア管を指揮したエンジェル盤の方がジャケットが派手で店頭では目立っていた。

名曲が選り取り見取りの組み合わせによって廉価で販売されていたのも魅力的で、2枚組にカップリングされた《田園・悲愴・第9》と《3大バレエ&ビゼー組曲》を親に買ってもらい、これを何度もこすって聴いたのが懐かしい思い出である。

sv0075c.jpgこれらのレコードは筆者の音楽鑑賞の原点といえるもので、中でもつよく感動したのが《眠りの森の美女》のバレエ音楽

カラヤンはこの曲を3つのオーケストラで4度レコーディングを行っているが、とくにウィーンフィルとのロンドン盤は思わず聴き惚れてしまう極上の演奏で、カラヤンの美質があますところなく刻み込まれている。


OrchestraDateLevelSourceTotal
Philharmonia1959.1.2,3EMIAA93011/24:586:021:473:234:1420:24
Wien po1965.3.19DECCAUCCD95055:156:312:013:324:1121:30
Berlin po1971.1.4,22DGUCCG50025:416:561:543:194:0921:59

sv0075b.jpgこのウィーンフィルとの《白鳥の湖》と《眠りの森の美女》は、1965年3月19日にわずか1日で録音されたもので、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションになったものだ。

ここでは老舗の楽団ならではの蠱惑的な響きが大きな魅力で、カラヤン得意のエレガントな歌い回しとゴージャスなサウンドが聴き手の耳を刺激する。
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sv0075f.jpgカルショウの録音チームは、直接性とインパクトを重視し、力強いパーカッションや粒建ちのくっきりしたハープなど、エッジの効いた固めの音作りを指向したと思われる。

メロウなウィンナ・オーボエや、しっとりと潤いのある弦の音色も特筆モノで、拍をずらすように流線を描く〈リラの精〉〈パノラマ〉の妖艶な歌わせぶりに超嘆息するばかり。まさに“空前絶美”のフレージングといえる。
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「いちばんの聴きものは《眠りの森の美女》で、カラヤンは、それぞれの曲を入念に練りあげながら、このバレエ音楽のシンフォニックな特性を鮮やかに表出している。ことに、〈序奏と妖精とリラの精の踊り〉の旋律のうたわせ方や、〈パ・ダクション〉の詩情あふれた表現などのうまさは、天下一品である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、K20C8666、『レコード芸術』通巻第389号、音楽之友社、1983年)



序奏とリラの精(プロローグ) アレグロ・ヴィーヴォ
sv0100c.jpg“悪のカラボス”をあらわすシンフォニックな管弦楽の嵐にのっけから仰天する。

切れのあるリズムを配する金管の強奏や骨力のあるティンパニの連打はエネルギッシュで、バレエの幕開きにふさわしい生気溌剌とした音楽が、聴き手に刺激と興奮をあたえている。  amazon

8分の6拍子に変わるアンダンティーノ“カラヤン節”の独壇場。弦のトレモロとハープと伴奏にのって、コールアングレが気だるい調子でたゆたう〈リラの精の主題〉は、《牧神の午後への前奏曲》(ドビュッシー)を思わせる妖艶さで、官能の世界をカラヤンはあますところなく演出する。

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sv0075j.jpg弦のトレモロが思わせぶりにテンポを揺らせながらフルートの第2楽句を巧みに導き、ハープやホルンの合いの手を煌びやかに散りばめる手口は、いやらしいほどに美しい。

木管の急上行とともにメゾ・フォルテの弦で歌い出される〈リラの精〉は、「ここぞ」とばかりにウィーンフィルの甘美な弦が威力を発揮する。

しっとりと艶をのせて、ぬめるように揺動するフレージングの美しさは悪魔的といってよく、レガートでしなやかに均しながら、力感を加えて頂点へ向かってゆく音楽運びは絶妙の一語に尽きよう。
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TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[輸入盤]

sv0075h.jpgトランペットが高らかに主題を受け継ぐ高揚感も比類が無く、分厚い管弦楽がffffの頂点へ迷いなく上り詰め、決めどころのシンバルと銅鑼をガッシリと叩き込んで絶叫する。

このパワフルな衝撃感や、木管が唱和する中で刻み目が見えるように聴こえる弦の精妙なトレモロは、デッカ録音の威力を世に知らしめる究極のマジックといえる。
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薔薇のアダージョ パ・ダクシオン アンダンテ
sv0075i.jpg場面はオーロラ姫が16歳の誕生日を迎え、薔薇の花を手にして求婚者たちと踊っている。宝石を散りばめるように出現する幻想的なハープの分散和音の導入句が、抜群の臨場感で迫ってくる。

主部は、なみなみと注ぎ込まれる弦楽のゆたかな響きと、深い呼吸から紡ぎ出されるカラヤンの自信に満ちた歌わせぶりが印象的だ。   amazon
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sv0075g.jpg管のリズムを加えたテンポ・プリモの総奏は、カラヤンならではの豪奢な管弦楽の醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれる。

付点音符を臨界線まで引き延ばし、しかも阿吽の呼吸でやってのけるところは“音楽の魔術師”としか言いようが無く、見得を切るようなアゴーギクによってヴィオラ、チェロに旋律を受け渡す絶妙の手綱さばきと、ツボを心得たブリリアントなカンタービレは天才の業といえる。  amazon

sv0100j.jpgシンバルの強打、トロンボーンの対位、とどめのトランペットの高音をきっぱりと打ち込むゴージャスな総奏の頂点は、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うカラヤンのカッコ良さが際立つ名場面。

「どうだ!このような見事な演奏をするカラヤンという男は、何と素晴らしい指揮者だろう」と自らに酔いながら、これを聴き手に誇示するナルシズムがいやがおうにも立ちこめてくる。


パ・ド・キャラクテール 長靴をはいた猫と白い猫
  アレグロ・モデラート

sv0100b.jpgオーロラ姫と王子の結婚式に登場する猫が、騎士と貴婦人に扮して諧謔味あふれる舞踊を披露する。

ここでは猫を模した鄙びたオーボエとファゴットが聴きもので、抜き足差し足で掛け合うところの思わせぶりな表情は演出たっぷりだ。

クラリネットの名人芸的な大立ち回りによって、一気呵勢に畳み込む迷いのない棒さばきも極めつけで、美味しいところ(金になる仕事、高い地位、美しい女性)を目ざとく嗅ぎ取り、猫パンチで素早く獲物を手に入れるカラヤンのしたたかぶりが浮かび上がってくるではないか。

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「カラヤンの生み出す音楽にはいわば悪い臭いがつきまとっていた。腐敗しているというのではないが、名前ばかりが有名で、その香りはひどく嗷慢で自己中心的な香水のような、なんとも言えない嫌味な臭さがカラヤンの音楽には確かに存在した。私は生理的に嫌悪した。そして、カラヤンの音楽を聴き直し、それらに共通した嫌味、というか雑味を認めることになった。音楽以外のことに憂き身をやつし、疲弊し、同じ音楽を何度も録音し、社交界での活動を優先し、虚栄心をくすぐるポストに虎視眈々とし、手に入れれば入れたで、自分の身に沿う音楽を強要する。“帝王”カラヤンの“本業”にとって音楽は手段に過ぎない。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



パノラマ アンダンティーノ
sv0100d.jpg《眠りの森の美女》の最大の聴きものがパノラマの音楽だ。リラの精の導きで、王子がオーロラ姫が眠る城へ向かう幻想的なシーンを、カラヤンは極上のレガートによって、拍節感はおろか小節線までをも取り払い、聴き手を夢幻の陶酔境へと誘い込む。  amazon

ウィーンフィルの甘美な弦はとろけるように美しく、淡くたゆたうメランコリックな語り口は、一度聴いたら虜になってしまう麻薬のような魔力を秘めている。

フルートと弦が柔らかく逍遙する第2句もたまらない。さりげなく装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな香気を放ち、しっとりと哀感を滲ませながら、いたわるように主題に回帰するところなど涙もので、さらにテンポを緩めて弱弦で歌い込む抒情的な味わいは、いかばかりだろう。
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sv0100f.jpg巧妙に拍をずらすようにメゾ・フォルテで高揚する41小節の決めどころも実にドラマチックで、名残惜しげにテンポを落とし、潤いを込めて艶っぽく歌うチェロとヴィオラのエピローグも俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

品よく彩りを添えるハープの伴奏もエレガントの極みで、指揮者の秘術にデッカの技術が高度な次元で結びついた究極の“デッカ・マジック”といえる。  amazon

「上辺を取り繕い、貴族主義的で鼻持ちならぬ高踏的高みから聴き手を臨み、小馬鹿にしながらも、心地よく前進的で、甘さにも事欠かない音楽で適度に慰藉し、そのような音楽のあり方によって世界を無批判に是認し、自己を是認し、“美”という20世紀には凡そ相応しからぬ媚薬で聴衆を知的怠慢へと誘う。彼の音楽は麻薬的である。その意味では非凡であり、誰にも真似の出来ないものとなった。しかし、その音楽は、決定的に無自覚的であり、その意味では犯罪的なのだ。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



テンポ・ディ・ヴァルス アレグロ
sv0100e.jpgフィナーレは、オーロラ姫の誕生日に村娘たちが踊る花輪のワルツ。序奏は力感に溢れ、鮮烈でダイナミックな管弦楽を迷い無く立ち上げるカラヤンの活力が漲っている。

主部のワルツは、オーストリア生まれのカラヤンにとってお手のもの。速めのテンポに軽微なリズムを配して颯爽とさばく3拍子の音楽は小気味よく、2分音符を長めに弾いて旋律線を巧みに均す手口はカラヤンの真骨頂。
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「ここぞ」とばかりに駆け込む主題展開も間然とするところがなく、ぴたりと決まったテンポに骨のある打撃を打ち込む思い切りの良さも特筆モノである。

sv0100g.jpg中間部は、メタリックな響きを発するグロッケンシュピールの心地よさや、哀愁味あふれる木管の歌い出しが聴き手の耳を惹きつける。

木管の装飾を加えてスルGの弦で揺れるワルツから官能的陶酔を生み出してゆくところは、カラヤンの底知れぬ音楽性を示している。
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一気果敢に駆け上がり、ぐいぐい突き進むコーダの勇渾な棒さばきは圧巻としか言いようが無く、赤子の手をひねるかのように壮大に盛り上げるフィナーレは覇気に溢れ、カラヤン=カルショウ・コンビの有終の美を飾るにふさわしく、絢爛豪華に締め括っている。巧妙な演出と名器を自在操って仕上げた極上の一枚だ。


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[ 2017/10/14 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ムラヴィンスキーのバルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

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バルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
1965.2.28 Grand Hall of the Moscow Conservatoire
Engineer: David Gaklin
Length: 21:35 (Stereo Live)
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ムラヴィンスキーのレコードの中でも筆者の印象につよく残っているのが、 1965年2月のモスクワ公演の実況録音集だ。1975年に「来日記念盤」と銘打って発売されたものだが、分離のよい鮮明なステレオ録音に驚いた。それまでムラヴィンスキーのメロディア盤といえば、骨と皮だけの痩せた硬い音のモノラル盤しか知らなかったから、これを聴いた時の筆者の衝撃はひとかたならぬものだった。

sv0099b.jpgこのコンビ半世紀の歴史の中で最盛期は60年代前半といわれ、フルシチョフ政権下の自由な空気の中で楽員の士気も高かったという。

このモスクワ公演集は4回のコンサート・ツァーを収録したもので、シベリウス、オネゲル、ストラヴィンスキー、ヒンデミットといった20世紀の作品を含む意欲的なプログラムが並ぶ。中でもバルトークの《弦チェレ》は、62年ハンガリー公演と、それに先立つソ連初演のために1ヶ月をかけて準備されたものだ。

「65年2月。ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルはモスクワを訪れ、音楽院ホールで4回の演奏を行った。当時彼らが力を入れていた、バルトークやヒンデミットなどの20世紀作品を含む意欲的なプログラムをひっさげ、万全の準備をもって臨んだこのツアーの録音は、LPとして発売され、大きな反響を呼んだ。極めつけの《ルスランとリュドミラ》序曲をはじめとする鉄壁の演奏は、何度聴いても驚異的としか言いようがない。」 特集「栄光の1960年代」より増田良介氏による、~『レコード芸術』通巻第694号、音楽之友社、2008年)


sv0099c.jpg演奏は、贅肉を削ぎ落としたような弦楽のスリムなフレージングを基本とし、ムラヴィンスキーの厳しい意志と統率力が全曲を貫いている。怜悧ともいえる緩除楽章の緊迫感も無類のもので、フィナーレで見せるロンド主題の爆発的なダイナミズムと、ザグサクと弓をいれる鋼鉄の弦楽集団の離れワザが聴き手の興奮を喚起してやまない。

循環主題が回帰するクライマックスの筆圧の強い表現も圧巻で、氷のように冷たい響きの中から沸々と湧き出ずる雄大な音楽が聴き手を圧倒する。

「当時のライヴ録音にしては音がよいので、ムラヴィンスキーの至芸を存分に堪能することができる。これらの中でまず筆頭にあげられるのは、バルトークであろう。これは、実に精緻に構築された演奏で、ムラヴィンスキーは一点一画をゆるがせにせず、音楽の核心に鋭く迫っている。全楽章を通じて、一種独特の緊迫感にあふれた、凄みすら感じさせる快演である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、VIC9545、『レコード芸術』通巻416号、音楽之友社、1985年)


「バルトークがことにすばらしい。ムラヴィンスキーはこれを純然たる古典曲として指揮しており、一切の夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りや孤独感やすさまじい緊張力を漂わせる。ことに燃え立つような精神力に充ちた第2楽章と、疾風のようなテンポで息づまる進行を見せる第4楽章が見事だ。」 宇野功芳氏による月評より、MKX2009、『レコード芸術』通巻296号、音楽之友社、1975年)



第1楽章 アンダンテ・トランクィーロ
sv0099f.jpgヴィオラに始まる冒頭の神秘的な半音階旋律は、これがフーガとなって上下に5度重ねながら声部を順次拡大してゆくところがユニークで、この主題は循環主題となって全曲を支配する。  TOWER RECORDS  amazon [SACD]

いやらしいレガートでぬめりながら、厚ぼったいフレージングで「とろり」と塗り込めるカラヤン盤に比べると、半音階がスッキリと明瞭に聴こえ、端然とした進行とクールな響きが印象的だ。
sv0099p.jpg

sv0099d.jpgセンプレ・クレッシェンドから頂点に向かってぐいぐい上り詰める弦楽集団の鉄壁のアンサンブルも聴きどころで、シンコペートされた変ホ音の斉奏からグリッサンで下降する切れのある弓さばきは、名刀もかくやと思わせる鋭さと強靱さを見せている。

チェレスタの繊美な分散和音で彩るコーダは、氷のような透き通った響きの中で、鋭利な刃物で「す~」と旋律線を描くがごとく、怜悧で透明度の高い弦の響きは筆紙に尽くし難い。「冷たく光る針金のような弦の動きが、この曲のもつ抽象的な美を描き出す」(増田良介氏)


第2楽章 アレグロ、4分の2拍子
sv0099g.jpgここでは2群に分かれた弦楽グループが左右でかけ合い、オーディオ的なステレオ感を存分に堪能させてくれる。

「がっしり」と叩き込まれるティンパニを合図にえぐり出す第1主題は力動感に充ち、舞曲調の第2主題の巧緻なリズムさばきと、一糸乱れぬ強靱な弦楽アンサンブルがすさまじい勢いで進行する。

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各パートを寸分の狂いもなく噛み合わせる機械職人を思わせる精密さもさることながら、痛烈なアタックを仕掛け、一切の感傷をも寄せ付けぬ厳しい眼差しで鋭く切り込んでゆくところは、楽員と聴衆を睥睨する冷酷な仕事師ムラヴィンスキーの独壇場! 音の贅肉を徹底して削ぎ落とし、作品の地肌が輝きを帯びるまで研磨する錬金術師を思わせる。

sv0099e.jpg大きな聴きどころはピアノの連打が加わるコデッタ主題(155小節)。「ザクザク」弓を入れる和音打撃の鮮烈さと抉るようなリズムの切れに鳥肌が立ってくる。

バルトーク・ピッツィカートとスネア・ドラムの打ち込みを交えた展開部(187小節)もムラヴィンスキーは攻撃の手を緩めない。ひきずるようなフガート主題(310小節)は生き物のようにうごめき、凄腕の弦集団がダイミックスと持てる駆動性を十全に発揮する。

「効果を狙ったり、聴衆に媚びたりするところは皆無だが、音楽の本質を厳しく追及する眼が炯々と冴えている。第1楽章のひそやかで孤独な告白、フレーズをすっぱりと断ち切り、夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りがいっぱいに漂う。第2楽章の張りつめた緊張感も見事で、燃え立つ魂は何ものにも比較しがたい。」 宇野功芳氏による月評より、VIC5066、 『レコード芸術』通巻326号、音楽之友社、1977年)


sv0099h.jpg決然と回帰する再現部(372小節)も力感が漲っている。ストレッタで畳み掛ける2群のせめぎ合いは苛烈を極め、ストレートで張りつめた緊迫感が有無を言わせぬ迫力で迫ってくる。

弦楽群が軋みを立てるように追い込むコーダの攻撃的な突進も実演ならではの気魄に充ちたもので、「ぐい」とねじ伏せる力瘤のある終止は、指揮者の“鉄の意志”を感じさせる。


第3楽章 アダージョ
sv0099i.jpgムラヴィンスキー劇場の開始を告げる拍子木を打つようなシロホンと、死の恐怖を語り出すヴィオラ(重奏)のパルランド・ルバート風主題がきわめて意味深である。

夜のしじまの中でヴァイオリン(ソリ)が歌う主要主題の変奏(夜の歌)は、1音1音が研ぎ澄まされ、その潔癖な旋律線は神経の繊細な糸が透けて見えるかのようだ。

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sv0099k.jpgチェレスタの分散和音とハープのグッサンドがかけ合う中を、弦楽のすさまじい震音が強大なエネルギーを発する中間部(ピウ・レント)が大きな聴きとごろだ。アクセントを利かせた5音を情け容赦なく叩き込むクライマックスは、鬼将軍が圭角のある攻撃を仕掛けてくる。

鉄の意志で氷原を突き刺す先鋭な打撃、地の底までえぐられるリズム、冷たく結晶したような金属音が破局の頂点を形成し、聴き手を奈落の底に突き落とす! 
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チェレスタのアルペジオの中で揺らぐ主題再現は、艶光りした鋼のように冷く響く繊美な旋律から、死者を弔う瞑想的な気分が秘めやかに漂っている。


第4楽章 アレグロ・モルト
sv0099l.jpgフィナーレは裏拍から駆け出すロンド主題(A)と、その間に織り込む3つクープレ(副主題B、C、D)から成り立つ民族的な色彩の濃い音楽だ。

左右にかけ合いながら躍動するロンド主題のリズムの切れは抜群で、ティンパニが4度リズムを刻むクープレB、2度の弦が疾走するクープレCなど、贅肉を削いだ骨と皮の筋張った音楽が途轍もない勢いで進行する。
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ピアノに呼応するロンド主題の総奏は、統率された弦集団の強圧的なフレージングにただもう驚くばかり。

sv0099m.jpg音楽が動き出すのはスタッカート主題が現れるクープレD(85小節)から。行進曲調の音楽が軽快なテンポで緻密なアンサンブルを繰り広げるところは、聴き手をゾクゾクさせる名場面といってよく、苛烈に叩き込む和音打撃が聴き手の快感を誘っている。

ピアノのロンドに呼応して突き上げる鋼鉄のような弦のクープレのすさまじさといったら!
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sv0099n.jpg弦のオスティナート・リズムにのって、ピアノのリズミックな同音7連打が先導するクープレBの再現部(150小節)も大きな聴きどころだ。

鬼将軍が鋭い弦の刃を振りかざし、切り刻むようにストリンジェンドで走り出すところは血も涙もない悪魔としか言いようが無く、「これでもか」とすさまじいトレモロでクライマックスへ追い込むところは手に汗握る興奮を喚起する。

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この時、モルト・モデラート(204小節)で突然視界が開けるかのように、半音階の循環主題が全音に拡大した“強大なクライマックス”が出現する。凍てついた極寒の氷原に熱き血を注ぎ込み、雄々しく歌い上げる音楽はすこぶる感動的で、張りつめた空気の中でロシアの大地を礼賛するムラヴィンスキー将軍の胸の内は熱い!

「終楽章での循環主題の出現はとり分け印象的だ。まず置かれた場所も場所だが、主題の音程がディアトニックに拡げられて、それまでの欝然たる趣が一挙に豁然と開けるような想いがする。然も音程の拡がり方が、今まで長2度だった所は長3度、短3度対増4度という具合に拡大されるのである。これは一体何を意味するのだろう? バルトークの耳が捕らえたのか、それとも冷厳な音響学的計算に基くのか。ともかく、これをきく私たちの感動は動かしがたく、疑いようがない。」 吉田秀和著『主題と変奏』より、初出:芸術新潮、1952年)


sv0099o.jpgチェレスタとハープの夢幻的な音階が束の間の安らぎを与えてくれるが、カノンで突入する熱狂的なロンドと、ポルタメントをかけて美麗に歌うメノ・モッソの音楽がドラマティックに高揚する。  TOWER RECORDS  amazon

3小節の急速な終止は、楽員が一瞬、戸惑ったようなアンサンブルの微妙なズレがスリリングの極みで、最後に「ひやっ」とさせる緊張感がいかにも実演らしい。このコンビ絶頂期の姿をあますところなく刻んだ極めつけの一曲だ。

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[ 2017/09/30 ] 音楽 バルトーク | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第7番(1950年VPO盤)

sv0098a.jpg
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 作品92
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1950.1.18,19 Musikvereinsaal
Producer: Walter Legge (EMI)
Engineer: Anthony Griffith
Length: 38:48 (Mono) / Olsen No.188
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


フルトヴェングラーのベートーヴェン第7番と言えば、ベルリンフィルの実況録音盤(1943年)とウィーンフィルのスタジオ録音盤(1950年)が知られていたが、後者はスタジオ録音にしては音質が悪く、筆者はLP時代から残念に思っていた。これは交響曲全集の中で最初のセッション録音だったが、オリジナルがSP録音だったことが原因と思っていた。

「一連のベートーヴェン交響曲シリーズの中でも、〈第7〉はノイズの多いことでも有名だったという。1950年収録の〈第7〉はSPで録音されている。したがって、LPで発売されても実態はSPである。別して音が悪いゆえんだ。」 『フルトヴェングラー没後50年周記念』より宇神幸男「フルトヴェングラー雑感」、学習研究社、2005年)


フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第7番には、次の5種の演奏と第2楽章のリハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.10.30/31,11/3Berlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_089
SPO1948.11.13Stockholm, Konserthuset,SRDiscpcorpO_142
VPO1950.1.18,19Wien, MusikfereinsaalHMV(EMI)O_188
LFO1948.11.13Luzern, Kunsthaus(2mov.Rehearsal)WF Society(F)O_256.4
BPO1953.4.14Berlin, Titania-Palast,SFBWF Society(G)O_333
VPO1954.8.30Salzburg, Festspielhaus,ÖRFSeven SeasO_424

sv0098g.jpg①は大戦下の実況録音で、ドラマティックな指揮ぶりからこれを採るファンは多いと思われる。この録音は終楽章冒頭の和音が欠落しており、これを修正した盤が流通している。  amazon [TOCE-6514]

筆者が最も期待したライヴ録音④はフルベンの真価を発揮した決定盤とは言い難く、手放しで絶賛するほどではなかった。これに比べ③(当盤)は音質は落ちるものの、スタジオ録音にもかかわらず実演のように完全燃焼した演奏で、フルベン・ファンとしてはこれを押さえたい。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.10.30,31,11.3DGF20G-2908812:459:498:246:3637:34
SPO1948.11.13WSOZ-7587-BS13:1110:088:237:1939:01
VPO1950.1.18,19EMITOCE-1404412:5810:178:426:5138:48
BPO1953.4.14DG415-662-213:1710:418:357:1639:49
VPO1954.8.30OrfeoC293921B13:359:338:217:3639:05

「圧倒的な力感をもったすばらしい演奏である。生きもののように踊るリズム、奔流のような音の流れ、すべてのものを焼きつくすかのような精神的燃焼、とにかくこれほどディオニソス的な面を強烈に打ちだした演奏というのは、ほかにない。音質は決して良いとはいえないが充実した内容がそれをじゅうぶん補っている。」( 志鳥栄八郎著『世界の名曲とレコード増補改訂版』より、AA8267、誠文堂新光社、1974年)


sv0098h.jpgここで、当録音にはフルベンの音盤には付きものの“ミステリー”がある。それは「第4楽章のはじめに女性の声が聞こえる」というもので、“ベト7の怪”とも呼ばれる。

第4楽章3分28秒(再現部の手前213小節フルートのリフレイン)に、女性が喋っている声と紙をめくるカサカサという音が混入しているのが聴きとれる。鑑賞には支障のない程度だが、些細な事に目を光らせるマニアにとっては聴き捨てならぬ問題。「Yahoo!知恵袋」にその女性が話している内容まで質問をしている人がいた。 
amazon [TOCE-3006]

sv0098i.jpgじつは、当盤のオリジナル録音はラッカー盤にカッティングしたものではなく、SPの盤面に合わせた4分ほどのテイクをテープ収録したものだった。

これを編集してSP用の金属原盤が作られたが(原テープは消去)、その後LPの発売に伴い、1952年に金属原盤からLP用のマスターが作られた経緯がある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0098j.jpgこの金属原盤(その後廃棄)をスタジオでマイク収録した際に雑音が混入し、これが今日まで流通して“謎の女性の声”が世界中のフルベン愛好家を魅了(?)するに至ったという。

音盤のソースは、LP用マスターを元にした系統(声入り)と金属原盤を元にしたSPからの復刻盤の系統(声なし)とに分かれるが、市販されている音盤は相当な数にのぼるため、どれをチョイスするか、愛好家にとってはさぞかし悩ましいことだろう。
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第1楽章 ポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェ
sv0098k.jpg「ぐい」と抉り取るような序奏の凄まじいアタックはフルベン特有のもので、和音打撃の重厚なパンチ力に聴き手は打ちのめされてしまう。

16分音符で力強く駆け上がる低音弦の威力も絶大! 表情ゆたかに奏するオーボエや弦のトリルは愛嬌たっぷりで、ティンパニのffの鋭い打ち込みにものけぞってしまう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [Hybrid]

「冒頭のポコ・ソステヌートは、指揮者の配慮でモルト・ソステヌートに近くなっており(略)、最初の和音群は音価いっぱいに鳴らされ、時に落雷のような激しささえある。和音をたっぷり共鳴させているので、オーボエのソロはまるでその和音が引き起こした結果として、ごく自然にわき起こってくる。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


「フルトヴェングラーの〈第7〉が発売されたときの音楽ファンの興奮は大変なものだった。録音も当時のハイ・ファイであり、あたかも電気に打たれたうよなショックを受けたのだった。冒頭のすさまじい音、これこそ電気にふれるようなショックである。指揮棒をぶるぶるふるわせて特別な合図をせず、楽員が「今だ」と感じとって弾き始める。そのために貯えられたエネルギーが一時に爆発し、各自の感じとり方に微妙な差があるのでアインザッツがずれ、これらの要素が重なり合ってこんなに見事な音が生まれたのだ。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、AA8267、東芝EMI)


sv0098l.jpg主部は付点音符にビートを効かせたフルベン・リズムの独壇場。
ダメを押すように引き抜くフェルマータ(88小節)の力ワザもフルベンを強く印象付ける箇所で、ずっしりと重みのある強固なリズム、スケール大きく歌い上げる跳躍的な第2主題(119小節)、小結尾への流れるようなフレージング(162小節のpp)と前へ突き進む推進力など、巨匠の自家薬籠中のワザが満載である!

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
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 「アレグロのリズムは、生き生きと力強く繰られ、それがまた、音楽の前進駆動を抑えがたく表出する」 ダニエル・ギリス編『フルトヴェングラー頌』より、仙北谷晃一訳、音楽之友社、1969年)


sv0098m.jpg展開部のリズム楽想も巨匠の強固なリズムさばきに揺るぎはない。管弦が激しく掛け合うゼクエンツの強奏(254小節)ではむやみに加速を掛けず、地を踏みしめるような堅牢なリズムと響きで聴き手を魅了する。

「ガツンガツン」とティンパニの固い打ち込みで突き進む再現部の古武士的なスタイルも勇壮な気分に充ちており、いささかも造形を崩さぬ巨匠の芸格の高さを心ゆくまで堪能させてくれる。  amazon [SGR-8002]

sv0098n.jpg最大の聴きどころがバッソ・オスティナートで主題の断片を11回反復するコーダ(401小節)。呻りを上げる低音弦の威力は凄まじく、膨らみのあるヴァイオリンの対旋律が彩りを添えながら、クレッシェンドを重ねて頂点へ雪崩れ込むところは「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる名場面。

「内面から地熱のように湧き上がって爆発する熱い迫力( 飯田昭夫)」に思わずレコードを指揮したい衝動に駆られてしまうのも無理からぬところだ。
TOWER RECORDS  HMVicon [OPK-2068]

「序奏部全体がすばらしい高揚感にあふれているのを誰しも身にしみて感じることだろう。主部はかなりテンポが速く、流れに張りがあり、オーケストラの気迫に満ちた鳴らし方が見事だ。絶えず魂が燃えており、クレッシェンドが内部から湧き上がってくる衝動のように行われる。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)



第2楽章 「不滅のアレグレット」
sv0098o.jpg不滅のアレグレットは敬虔な巡礼の行進だ。瞑想的な木管の長い和音が印象的で、巨匠は「Allegretto(やや速く)ではなく、Andante espressivo(表情豊かに歩くぐらいの速度で)で演奏(ジェラール・ジュファン)。

いつ果てることもない変奏部(27小節)のメロディー・オスティナートは、柔らかなアクセントで繰り返し、その上に対旋律をしっとりと重ねて穏やかな表情で歌わせているのが聴きどころ。
TOWER RECORDS [DCCA-0011]
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sv0098p.jpgこの楽章のツボは低音弦に伴奏声部が加わる第2変奏(51小節)で、ウィーンフィルのコクのある弦が「ここぞ」とばかりにクレッシェンドを重ねて纏綿と奏でてゆく。

トゥッティの強奏は重みのある音で悲痛さを極めるが、そこには威圧感はなく、巡礼の行進が厳粛な祈りの音楽に高められているあたりは巨匠の慧眼があろう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「この楽章でフルトヴェングラーは、音楽の内容的意味を探っている。レコードではちょっと類のないことだ。第2主題(変奏)のフレージングは、まさしく心にしみるものがあり、その密度の高さは、ただちに感動をよびおこす。そして、オーケストラは、傑れて美しい演奏をもって、フルトヴェングラーの霊感に答えるのだ。」 ダニエル・ギリス編『フルトヴェングラー頌』より、同上)


sv0098q.jpgリタルダンドで穏やかに転調する中間部(102小節)は、巨匠が「天からの声」と描写するクラリネットのなだらかな旋律や、「堅く」と指示した鋭いスフォルツァンド下降(144小節)、「鐘のように鳴らす」ことを求めた再現部のヴァイオリンの強い分散和音リズム(150小節)、内面の告白のように微かな弱音で密やかに綴るフガート楽想(183小節)など、巨匠の奥義が満載である! 

フィナーレの強音は激しく燃え上がることはなく、深沈と淋しげな表情で消え入るところに胸がいっぱいになってしまう。

「出の管の和音が長く引きのばされるところから他の指揮者とちがうが、弦がクレッシェンドしてフォルテに達するあたりの入魂の音、鳴り切った心の歌は美しさの限りである。中間部のフガートはフルトヴェングラーが振ると、なんだか神がかって聴こえるのだ。セカンド・ヴァンオリンがppでテーマを引き出す超ピアニシモは曲への不満を吹き飛ばしてしまう。」(宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK2068、オーパス蔵、2007年)



第3楽章 プレスト
sv0098r.jpg開始を遅めに出るスケルツォは、どっしりと構えた力強さと鞭打つような躍動感を併せ持つ演奏だ。

第2部(65小節)からオーボエが吹くテーマのテンポをぐんぐん速めて走り出すところや、低音弦からヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンが順次入っていくところ(82小節)のアッチェレランドがゾクゾクするような興奮を誘っている。

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sv0098s.jpgオーストリアの古い巡礼歌(トリオ)は、一転して遅いテンポとなる。ホルンのまろやかな音によって牧歌的な田園情緒が横溢するところは、ウィーンフィルの特質を知悉した巨匠の成せるワザ。

重量感たっぷりの総奏もフルベンらしさが全開である! 一気に加速をかける終止のプレストも即興的で、フィナーレへの期待感を高めている。
TOWER RECORDS  HMVicon [TKC-375]
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「スケルツォでは第2部でオーボエがテーマを吹き始める部分の猛烈なテンポ・アップが、まさにこうでなくてはならない。胸が弾んで仕方がない。もちろんトリオの前を反復するような馬鹿なことはしていない。そのトリオがまたフルトヴェングラーならではだ。遅いテンポとリズムのための効果、ウィンナ・ホルンの下降音のこくのある音、そしてスケルツォに戻る直前の超スロー・テンポ!」宇野功芳氏による「ライナーノート」より、OPK2068、同上)



第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ 「舞踏の聖化
sv0098t.jpg2発の強烈なアタックから開始する狂気乱舞の音楽は、熱き血のたぎりを感じさせるエネルギーの爆発だ。強いアクセントと引き締まったリズムでオーケストラをドライヴする巨匠の勇ましいスタイルが聴き手の興奮を誘ってやまない。

巨匠が仕掛けてくるのが第2主題の断片を弦楽パートがリレー的に模倣を繰り返すところ(92小節)で、加速をかけて小結尾の総奏へ乱入する荒ワザは壮絶としか言いようがない。
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「指揮者の解釈によってまさに疾風怒濤になっており、およそ踊れる音楽ではない。跳ね回るリズムが容赦なく突進していき、最後の2個の和音に到達するころには、ほとんどお祭り騒ぎのように音楽が絶頂に達し、聴く者の精力を奪い尽くす。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、同上)


sv0098u.jpg低音弦が第1主題を模倣的に打ち返す展開部の豪快なフレージングや、聴き手を鼓舞するように踏み締める行軍リズム、鉄槌のように和音打撃を叩き込む再現部の宣言、杭を打つような〈喜悦のテーマ〉(推移主題)など、霊感を得たフルベンの神業は枚挙にいとまがない。

大きな聴きどころが再現部の終止で、ティンパニの乱打で猛り狂う爆発的な総奏からコーダへ猛進する熱狂の渦は、血湧き肉躍るフルベンのパッションをいかんなく示した名場面。
TOWER RECORDS  amazon [GS-2056]

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「フィナーレのディオニソス的狂乱は、聴く者を圧倒する」 ダニエル・ギリス編)、「燃えるような緊張なもかかわらず、トスカニーニよりも依然として人間的」 ピーター・ピリー)、「不思議にもライヴのような劇性が濃厚に示されている」 小石忠男)、「この踏み外し寸前の情熱、そのアッチェレランド効果の凄まじさ、オケの生々しい鳴らし方はドラマチックな解釈の最高峰といえよう」 宇野功芳)


sv0098v.jpg同じ熱狂でも43年のベルリンフィル盤は勢いにまかせてアンサンブルが雑然としているのに対し、このウィーンフィル盤は熱狂の中にも崩壊寸前のところで踏み止まった確信めいたものを感じさせているのが特徴で、「ごうごう」と呻りを上げるバッソ・オスティナートが熱狂の音楽の土台をしっかりと支えている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [GS-2166]

「第4楽章こそフルトヴェングラーだけがよく成し得る嵐のような感動的表現である。実演でこの終楽章を聴いた近衛秀麿の話によると、出だしのffは天井が抜けるかと思うそうだが、オーケストラの最強奏と、気狂いじみたアッチェレランドで盛り上げてゆくコーダの興奮はいかばかりであろう。ベートーヴェンの情熱もかくやと思わせる演奏であり、まことにこうでなくてはならない。」 宇野功芳氏による「ライナーノート」より、AA8267、同上)


sv0098za.jpg「これでもか」と怒濤のごとくラストスパートをかける巨匠のドライヴは冠絶しており、目眩くような加速で聴き手の魂までも燃え立たせてくれる。

フルトヴェングラーがスタジオ録音で完全燃焼した空前絶後の一枚だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [GS2174]


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SinseidoCDSGR-80021994/3SP盤起し(英HMV DB21106~10)
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Otaken CDTKC-3372011/11LP盤起し(ブライトクランク白レーベル)
Otaken CDTKC-3752016/12LP盤起し(ワイドブライトクランク)
GlandSlamCDGS-20072005/10LP盤起し(仏HMV FALP115)
GlandSlamCDGS-20562010/11SP盤起し(独Electrola DB21106~10)
GlandSlamCDGS-21662017/7オープンリールテープ起し(38cm/s)
GlandSlamCDGS-21742017/11オープンリールテープ起し(38cm/s ブライトクランク)
PragaSACD/CDPRDDSD3501272017/12public domain(著作権消滅)によるリマスター盤
FW CenterCD-RFWWC1403-HYM2014/11SP盤起し(英HMV DB9516~20)桧山コレクション

音盤について
当録音の筆者手持ちの音盤を中心にリスト・アップしていくと、よくまぁこれだけ同じ録音が手を変え品を変えて市場に溢れているものだと呆れてしまうが、かくいう筆者も無駄遣いと知りながら手が伸びずにいられないのがフルベン愛好家の悲しき習性といえる。

筆者のお気に入りCDはLPマスター系ではオタケン盤(TKC314)で、解像度が高く生々しい音を楽しめる。オープンリールをソースとするグランドスラム盤(GS2166)も分厚い音で、エネルギー感があるのがうれしい不意打ち。SP盤起しでは復刻盤にみられるチリチリ音のないオーパス蔵盤(OPK2068)を最も好んでおり、中低音のぶ厚い響きによってフルベン特有の重みのあるストロークを体感させてくれる。新星堂盤(SGR8002)やデルタ盤(DCCA0011)は針音が盛大だが、LP盤起しよりも鮮度の高い演奏を鑑賞できる。

EMI系はどんよりとした従来リマスター(TOCE14044)は論外だが、「新発見のテープによる」と銘打った新リマスター盤は高音を持ち上げてスリムになっただけで、女性の声は含まれている。発見されたのは原テープではなく、従来ソースの別コピーだったらしい。ハイブリッド盤(TOGE11003)は女性の声がほとんど聞こえないレベルに修正されており、メリハリ感が増した。ブライトクランク盤(TOCE6514)は音の拡がりが気持ちいい反面、音像がボヤけて響きが薄くなってしまうのが好みの分かれるところだろう。

ブライトクランクLP(AA8267)に針を落とすと、音は固く荒れているがCDよりも迫力のある音に驚かされる。とくに素晴らしいのが1984年にリマスタ-・デジタル・テープからカッティングされた厚手重量LP(WF50009)で、CDとは次元を異にした肉感のある極太のサウンドが楽しめる。筆者は《第5》と組み合わせてCD-Rにしたものを好んで聴いている。

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[ 2017/09/09 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

ラウテンバッハーのバッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲

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バッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
スザーネ・ラウテンバッハー(第1ヴァイオリン)
ディーター・フォアホルツ(第2ヴァイオリン)
ギュンター・ケール指揮 マインツ室内管弦楽団
Recording: 1962 (Vox)
Licensed by Ariola-Eurodisc GbmH, Munich
Length: 18:17 (Stereo)
Disc: COCQ-84713


このディスクは、コロムビアのヴォックス・ヴィンテージコレクション Vol.2の〈バッハ協奏曲集〉として米Vox原盤から復刻された1枚である。同シリーズはドイツを中心とした往年の名演奏家による録音が数多く含まれており、地味ながらレトロな味わいのある演奏が多い。この《2つのヴァイオリン》は国内初発売とのこと。

sv0097e.jpg独奏を受け持つラウテンバッハー(1932~)は、すでに引退した過去の人だがレコード録音は多く(70枚以上といわれる)、一時代前にバロック音楽でも名を馳せた名女流ヴァイオリニスト。

アウグスブルクの音楽一家に生まれ、ミュンヘン音楽大学でカール・フロイントに師事し、シェリングの門下生でもある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

1964年にケルン合奏団の第2ヴァイオリンの首席奏者として来日、1983年には東京でリサイタルをひらき、バッハの無伴奏から3曲ほかを演奏している。若い頃の写真をみると、これがなかなかの美人。

「ラウテンバッハーはピリオド系スタイル以前の、いわゆる“正統派”とされてきた流れを代表する演奏家といえよう。ラウテンバッハーの特質である師シェリング譲りの高潔さ、整った造形、折り目正しいフレージング、明確に際立たせた1つ1つの音とその連なり、楷書体ともいえる端然たる直裁な弾きぶりであり、ドイツ人らしい堅実な資質とも相俟って、細部まできっちりと弾きこんだ演奏となっている。」( 寺西基之氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2008年)


sv0097b.jpgここで聴く《2つのヴァイオリンのための協奏曲》(通称ドッペル)はラウテンバッハーの飾り気のない端正な演奏スタイルが特徴で、ドイツ流の拍節をまもった安定感のあるフレージングによって、女性らしいたおやかな情感と、しっとりとした哀しみが綴られているのが特徴。

ゆとりのあるテンポから旋律線はしっかりと弾き出され、果肉のみっちり詰まった濃密で、しかも温かみのある音色がたまらない魅力である。  COCQ-84714

「このバッハの協奏曲3曲の録音は、当時としては知的で斬新な録音ながら、ラウテンバッハーの録音としては珍しい部類に属する。演奏については、知的、端正、オーソドックスというにつきる。第1番など、そのパッショネイトな性格を反映した見事な演奏で、音程の取り方ひとつにも知性が感じられる。」 渡辺和彦氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2009年)



第1楽章 ヴィヴァーチェ
sv0097c.jpgゆるやなトゥッティ主題のたっぷりした弦楽合奏が心地よく、レガート主体の低音部の対位をしっかりと響かせるあたりは、いかにもドイツ流で、中部ヨーロッパ的なサウンドといえる。

指揮者のギュンター・ケール(1920~89)はマインツ室内管の創設者で、ヴァイオリニストで学者でもある。
COCQ-84529

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sv0097d.jpgニ短調で完全終止して開始する10度跳躍のソロ主題(22小節)を、ラウテンバッハーがしっとりと憂いを漂わせながら、1音1音丁寧につむいでゆくところが印象的だ。

高音部の絹擦れのような美しい音色がとくに魅力的だが、それにも増して中低音の肉感のある温もりのある音が聴き手の耳を惹きつけてやまない。

TOWER RECORDS [TWSA-1033] 
amazon [COCQ-84441]
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sv0097f.jpg16分音符の分散和音は決して弾き急がない。勢いにかられて指をとばすことなく、1つ1つの音をしっかりと拾っていくスタイルは端正で実直の一語に尽きる。ヴァイオリンを習う者にとっては良きお手本になる演奏になろう。

第2ヴァイオリンのフォアホルツも同様のスタイルで、低音域で太い音を響かせて第1ヴァイオリンをしっかりと支え、安定感のある演奏を繰り広げている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0097o.jpgトゥッティの繰り返し後にはじまる主題の展開(50小節)も、落ち着きのある手堅いアプローチで、息をのむような華麗な弓さばきや、ゾクゾクさせるようなヴィルトゥオジティとは無縁の、型にはめて一歩一歩生真面目に歩む感がつよい。
しかも厳粛に内面を掘り下げながら、しっとりと哀感をにじませて歌い込んでゆくところがじつに感動的だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

独奏楽器を左右のチャンネルに振り分けた録音は分離感があり、ところどころ音にひっかかりあって年代を感じさせるが、厚味のある自然でのびやかなサウンドが耳にやさしく、昨近の古楽奏法による切れのするどいデジタル音には感じられない温かみと手づくりの味わいがある。


第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・トロッポ
sv0097h.jpgバッハの創作した最も美しい音楽のひとつに数えられるラルゴは、悠久の流れを感じさせる落ち着きのある演奏で、いつ果てることも知れぬ綿々とした流れの中に身を浸したくなってしまう。

女性らしい艶をしっとりとのせた情緒纏綿たる歌い回しや、心に沁み入るような切分音は言わずもがな、トリルのひとつをとっても奏者の心が込められている。

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sv0097m.jpg物思いにしずむようなエピソード風の間奏曲(16小節ほか)の味わい深さや、緩やかに飛翔する第2主題ウェットな歌い口も聴きどころのひとつだろう。

中間部(24小節から)で16分音符の美しい綾を織り込みながら、とめどもない哀しみが綴られてゆくところはバッハにそっと寄り添うような清楚なたたずまいがある。


高音域で高揚することを避けるかのように、やさしく第2ヴァイオリンの第1主題を導くアプローチも心憎く、ラウテンバッハーの芸格の高さを伝えてあますところがない。

sv0097n.jpgなお、第1主題が再現する44小節で、第2ヴァイオリンが冒頭の4小節と同じように、記譜上にはないH音にトリルを入れているが、これは、多くのヴァイオリン奏者が慣習的に採用しているものだろうか。

トリルを入れずに楽譜通り演奏しているのは、手持ちのCDではハイフェッツ盤のフリードマンだけである。また14小節(および48小節)については旧バッハ全集のes(変ホ)ではなく、バッハの手稿通りe(ホのナチュラル)で弾いている。


第3楽章 アレグロ
sv0097j.jpg独奏楽器が目まぐるしく追いかけるようにストレッタされたカノン主題を、独奏者は楷書風の折り目正しいフレージングによって、キメ細やかな味わいをしっとりと紡ぎだしてゆく。

緊張感には乏しいが、うるおいと香りを添えて音楽に快いポエジーを与えてゆくあたりがラウテンバッハーらしい。

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大きな聴きどころは、第1と第2の独奏楽器が合一となる重音による和声進行(41小節)。弓をいっぱい使い、背筋をぴんと伸ばして厳正に和音をさばいてゆくさまは実直そのもので、あれこれと小細工を弄せずバッハの核心に真正面から毅然と切り込んでゆく独奏者の潔さが印象的だ。

sv0097k.jpgソロ主題の再現(48小節)は艶をたっぷりのせて、さらにスケールを増した表現によって大きく歌い回してゆくところがすこぶる感動的だ。

3連音を決して弾き急がず、ゆったりしたテンポと左右に分かれた独奏楽器の分離感によって、バッハの緊密なポリフォニーの書法が明瞭に解き明かされているあたりもこの演奏の大きな聴きどころだろう。

分散和音の波がたゆたう中を、太い音でしっかり歌い出される第3主題(73小節、112小節)も音楽の密度は濃く、悲哀感を織り込みながらも、快い流動感と安定感のあるフレージングによって音楽が大きくゆたかに息づいている。

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sv0097l.jpg2度目の重音パッセージのヤマ場(127小節)もカッチリしたフレームの中で厳粛な気分を張り巡らせているが、結びのストレッタの第1主題と3連音パッセージは名人芸とはおよそ無縁の、実直で崩しのないスタイルを貫き、全曲を格調高く締め括っている。

分離の良いまろやかな録音と相まって、バッハのポリフォニーを心ゆくまで堪能させてくれる掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/08/26 ] 音楽 J.S.バッハ | TB(-) | CM(-)

朝比奈のチャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.1.21 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 49:36 (Digital Live)
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ファイアバード(キングレコード)に録音した《悲愴》《新世界》《シェヘラザード》《ワーグナー名演集》《復活》《マラ9》《大地の歌》といった作品は、 “3大B”のスペシャリストの朝比奈にとって、いわば“裏レパートリー”といえるユニークな存在だ。

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中でも朝比奈が演奏会で好んで取り上げていたのがチャイコフスキーの交響曲

京大オケ時代に亡命ロシア人のエマヌエル・メッテルに師事したことから、ロシア音楽は音楽人生の原点といえるもので、濃厚な表現によってオーケストラを目いっぱい鳴らすスタイルは、朝比奈の芸風に合っていた。
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sv0096c.jpg朝比奈が目指すのは即物的な演奏ではなく、帝政ロシア末期の雰囲気を色濃く伝え、思いの丈をぶちまける表現主義の塊のような演奏だ。低音弦をどっしりと鳴らし、金管を野性味たっぷりに響かせる骨の太い表現は、 “ロシアの大地” を想わせるものだ。

朝比奈音楽の屋台骨を支える “大フィル・サウンド” も個性的で、ブラスの“荒れた響き” や、聴き手の度肝を抜く “必殺の大芝居” がライヴ一発録りならではのスリリングな緊迫感をあますところなく伝えている。
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No.Orch.DateLocationLevel1-mov2-mov3-mov4-movTotal
1大阪フィル1982.1.21Festival HallFIREBIRD20:028:249:2711:4349:36
2大阪フィル1990.12.5The Symphony HallCANYON20:048:139:4511:2649:28
3新星日響1992.1.26Tokyo MetropolitanTOBU20:248:3210:2410:0249:22
4新日フィル1994.2.3Suntory HallFONTEC21:498:5410:1810:5251:53
5大阪フィル1997.2.13Festival HallCANYON20:528:5010:1912:1552:16
6大阪フィル1997.2.20Aichi Art theaterCANYON20:048:369:5812:4251:20

朝比奈(以下オッサン)の《悲愴》は数種残されているが、中でもこのファイアバード盤は、武骨で適度に荒れた中にも、コテコテの浪花気質男の浪漫を感じさせてくれる屈指の一枚といえる。

「70年代に入ってから、ベートーヴェンやとくにブルックナーにおける誠実で格調高い表現に自らの新天地を発見した朝比奈であるが、若き日、ロシア音楽に傾倒し、好んだという事実に、朝比奈隆という指揮者の本質がかくされているように思えてならない。〈悲愴〉を耳にすればベートーヴェンやブルックナーを指揮するのとは一味も二味も違う、“イン・テンポの朝比奈”とは別の、いわば彼の本音の部分が随所に顔を出す。それは、手放しで自己の感情をぶちまけるチャイコフスキーの姿であり、キングから発売された〈第5〉〈悲愴〉のレコードに充分に表れている。」 宇野功芳著『指揮者 朝比奈隆』より、河出書房新社、2002年)


「ドイツ音楽での朝比奈は、“楽譜の印刷のとおり”をモットーに、原点に忠実を心かげているが、ロシア音楽になるとやはり血が騒ぐのだろうか、かなり即興的な面白さが際立ち、よりロマンティックに雰囲気が濃厚になる。《悲愴》交響曲になるとフィナーレが、よよと泣き崩れる男泣きになり、極めてロマン的というか、彼の好きな〈忠臣蔵〉の世界に、限りなく近いものを感じさせる。」 出谷啓氏による「朝比奈隆とロシア音楽」より~、ONTOMO MOOK『朝比奈隆 栄光の軌跡』、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アダージオ アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0096d.jpg冒頭のpp指定のファゴットを強めに奏し、「ごりごり」と呻るコントラバス、こってりと弾きあげるヴィオラなど、濃密な“大フィル・サウンド” がのっけから全開だ。

悠然とした歩みの中から鉛のようなブラスが「がっつり」と打ち出される頂点(70小節)は、オッサンが東ドイツの楽団に客演した時に、楽員から「アーベントロートそっくりだ」 といわれたことに、なるほどと頷けよう。

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第2主題(89小節)は腹の底から旋律をたっぷりと響かせ、コクのある音楽を聴かせてくれるところはオッサンの面目躍如たるところで、リテヌートで大きなねばりを入れるのも朝比奈流。絞り出すように重ねる粗野なブラスや、“もってり”とした木管楽器など、熟果実のような“浪花の浪漫” に酔ってしまいそうになる。

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sv0096e.jpg全管弦楽の強烈な一撃で宣言する展開部(161小節)は赤穂浪士の討ち入り だ! 闇討ちをかけるように、浪花の親分が野武士集団を率いてがちんこ勝負に打って出る勇ましさは、 “闘う男の音楽” にほかならない。

落雷のような打撃をガンガン叩き込み、ブラスの3連音の嵐で吹き荒れる263小節は他のオーケストラでは絶対に味わえぬ猛々しさ。オッサンは管楽器に関しては細かい事はいわず、 「思い切って吹け!」 の一点張り。
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「第1楽章提示部は恐るべき遅さで始まる。これだけのスローテンポを支える精神力は並大抵ではないが、オーケストラの音の薄さが露呈してしまうのも致し方あるまい。しかし、第2主題から展開部にかけて、まるでこの世のものとは思えない凄絶極まりない音が現出する。燃える恒星を背負う巨人のような悲劇性がここにはある。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


sv0096f.jpg大きな聴きどころは、管弦の下降音の中からトロンボーンとテューバが第1主題をマルカートで絶叫する285小節。腹の底から力を籠めて吹きぬく離れワザは、奏者にとっても阿鼻叫喚の生き地獄で、これだけ遅いテンポで指揮者に粘られると、息がよくつづくものだと超嘆息するばかり。

鼓膜を突き破らんばかりのどめの一撃ffff(299小節)の凄いこと!  amazon

「朝比奈隆指揮大阪フィルの82年ライヴのトロンボーンは凄まじい。その昔、あるホルン奏者が「朝比奈さんが来るとたいへん。もうこれ以上大きな音は出まへんと言っても、あの人はもっと出せ、もっと出せと言うんです」というのを耳にしたことがある。この箇所もきっと、朝比奈隆は奏者たちに「もっともっと」としつこく言っていたに違いない。」 「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖[1]」より平林直哉氏による、~『レコード芸術』通巻657号、音楽之友社、2005年)


sv0004c.jpgこの15小節のパッセージをフルトヴェングラーアーベントロートといったドイツの巨匠たちは40秒そこそこで吹かせているが、この盤でオッサンは実に69秒をかけている。

97年盤の73秒というのも驚異的で、チェリビダッケの64秒を凌駕するものだ。カラヤン(EMI盤)は30秒でスタイリッシュに打ち抜いているので、オッサンは同い年のカラヤンの2倍以上の音価ということになろう。
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「第1楽章には朝比奈の主張が個性的なアゴーギクとなって示されており、歌の呼吸がなんともいえず大きい。しかも金管や低弦を壮烈・豪快にひびかせている。わが国の指揮者とオーケストラで、これほどロシア的な性格を表した演奏はほとんどきいたことがないが、これこそメッテルゆずりの見識といえるかもしれない。そこで音楽は名人が大胆に彫り上げた作品のように、雄渾・凄絶な力にあふれ、終結のピツィカートのひびきでさえ、深々としてすこぶる説得力が強い。大阪フィルのアンサンブルも現時点では最上の合奏といわねばなるまい。」 小石忠男氏による月評より、K28C180、 『レコード芸術』通巻第380号、音楽之友社、1982年)



第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0004a.jpg5拍子の変則ワルツは浪漫的な楽想の中に1本筋の通った力強さを秘め、男気に充ち満ちている。あたかも「極太の毛筆に墨をたっぷりと含ませて、一気に書き上げた書」のごとく、迷いのない大家風の歌わせぶり が頼もしい。

中間部をメゾ・フォルテでさばくのもオッサンらしく、沈鬱な哀歌をどっしりと雄渾な気分で歌い上げているのがユニークといえる。
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オッサンは常日頃、内声のヴィオラには 「とにかく弓をいっぱい使って力いっぱい弾け!」 と大音量を要求したというが、奏者に檄を飛ばしたかのように、オーケストラが野太い音で鳴りきっている。


第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(スケルツォと行進曲)
sv0021e.jpg巨像が歩むようなスケルツォは、221小節の頂点で叩き込む大砲のような和音打撃や、312小節のフォルテシシッシモ(ffff)と強烈なシンバルが聴きモノだ。

メッテル仕込みの強烈なffffは楽器が潰れんばかりの破壊力で、渾身の力をこめたオッサンの荒ワザをとくと堪能させてくれる。
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「おまえのはfffだ。ffffはもっとうるさいんだ」と、ワシはメッテル師からやかましく言われたもんじゃ。ffffなんてどんな音だろうと考えたものだが、師匠はpだったら聴こえないくらいに、fだったら楽器がつぶれる程にといった強烈な音を要求をしたんじゃ。  『朝比奈隆 音楽談義』より芸術現代社、1978年刊)


sv0021b.jpgぶっきら棒でシコを踏むような〈行軍マーチ〉 “勇み肌の親分” を思わせるが、2度目の総奏マーチに突入する281小節で、オッサンは聴き手の度肝をぬく大ワザをぶちかます。

フルトヴェングラーやアーベントロートといったレトロな巨匠たちの常套手段である一発必中のリタルダンドをオッサンはいささかの衒いもなく、確信をもってやってのけている。とくに聴衆を震撼させる超・減速感は、このファイアバード盤が一番だ!
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「第3楽章も、スローテンポによる驚愕の演奏だが、この真価は録音では伝わりにくい。CDでは至極真っ当に聴こえてしまうが、活火山のように熱い演奏だったのを覚えている。楽章の終盤で、かつて聴衆を椅子から転げ落ちるほどに驚かせた大胆なテンポの変化の大芝居を確かめることができるのは、大阪フィル盤だ。抑制のない朝比奈節が健在で、血湧き肉踊る名演となっている。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


「筆者が実演で聴いて最も感動した《悲愴》は朝比奈隆の演奏だ。特に印象深いのは、85年に新日フィルがヨーロッパ楽旅に出掛ける直前の東京文化会館。会場にただならぬ熱気と緊張感が漲り、火のつき方が尋常ではなかった。そして、喧噪の頂点たる第3楽章後半、突如ギアをローに落としたようなテンポの激変に会場が震撼したのである。」 『新版クラシックCDの名盤』より福島章恭氏による、文藝春秋、2008年)


オッサンは早くも293小節からもとのテンポに復帰するが、コーダでぐいぐい加速をかけてゆくところも即興的で、金管のミスもなんのその“べらんめえ調”で吹きすさぶ荒々しい怒号はライヴならではの迫力に充ちたもので、オッサンの血のたぎりすら感じさせる空前絶後のマーチといってよい。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0021a.jpg深い呼吸で弓をたっぷり入れる独特のフレージングとコクのある“朝比奈トーン” は、半世紀以上このオーケストラに君臨して備わった独自のサウンドで、 「オッサンが振れば音が変わって重厚になる。あの顔を見るだけて自然とそうなる」 というから驚きだ。

ホルンの切分音にのったアンダンテ(第2主題)は気骨のある男の音楽だ。弦を練り回すように強い筆致で突き進むところは女々しさを微塵も感じさせず、骨っぷしのある歌が大きくゆたかに流れてゆく。
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「音楽を理解するだけでは充分ではない、音楽は魂で感じとるものなんじゃ」 と豪語するオッサンは、メランコリーな楽想に情熱と気魄をこめて歌いぬき、その頂点でブラスを力の限りぶちかます。「ぶぁっ~と行け!!」

sv0021c.jpg主部の再現も低音を礎に、がっちりと構築する音楽に揺るぎがない。最大の聴きどころは、苦悶が最高潮に達するモデラート・アッサイ(115小節)。

トレモロで激しく下降する弦楽群と、3オクターブを上昇するブラスの嵐が交錯する場面は肌が粟立つ凄まじさ。最高音を迷いなく打ちぬくトランペット、憤怒のテューバの呻り、金切り声をあげるホルンのゲシュトップ、身をよじるような弦の濃厚な連音など、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド” が全開である!
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最終宣告の銅鑼が無情に鳴り響き、沈鬱なコラールが聴こえると、音楽は終結部(コーダ)にはいる。 「聴衆がほんとうに泣き出すような演奏でないとダメだ」 というメッテル師直伝のフィナーレは、 「ごうごう」と地鳴りをあげるバッソ・オスティナートが慟哭の生々しさを伝えている。

「デーやん、バスに音程なんかおまへんで。ただゴーッと鳴っとったらええんや。」 関西のオーケストラから、バスの音程が聴き分けられるようになったのはフィラデルフィア管弦楽団が初来日した頃からである。」 出谷啓著 『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


コテコテの浪花気質と男の浪漫で聴き手の心を鷲掴みする朝比奈渾身の一枚だ。


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[ 2017/08/12 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

オイストラフのシベリウス/ヴァイオリン協奏曲

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シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
Recording: 1959.12.21&24 (SONY)
Location: Broadwood Hotel, Philadelphia
Length: 30:44 (Stereo)
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シベリウスの協奏曲は20世紀の作品にもかかわらずロマン的な抒情性にあふれ、北欧のファンタジーと劇的な重量感をもった不屈の名作だ。この難曲を1枚選べといわれれば、筆者は迷わずオイストラフ盤を採る。

sv0095b.jpgオイストラフのシベリウスは数種のレコードが残されているが、米国への演奏旅行を行った際にセッション録音したオーマンディ=フィラデルフィア管とのステレオ盤(CBS)が、最もバランスよく仕上げられた出色の一枚といえる。

筆者が学生のとき、焼き肉の臭いが立ち込める渋谷駅近くの名曲喫茶で、耳にタコができるほどリクエストして聴いたのがオイストラフ盤だった。
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肉厚の音でドラマチックに弾き上げる厳しいスタイルは、この作品のイメージを作り上げたともいわれ、懐の深い “大家の弓さばき” を存分に堪能させてくれる。

「オイストラフのいちばん脂の乗り切っていた時代の演奏である。それだけに彼はこの曲では音楽を完全に掌中に収め、余裕をもって全曲をひきあげている。おそらく、その質の高さからいったら、この演奏は、まずトップ・ランクにあげられよう。とくに劇的な変化をつけた第1楽章と、土俗的な感じをうまく表出した第3楽章がみごとなできばえを示している。オーマンディの棒も老巧で、北欧的叙情が全編にあふれた名演奏である。これはぜひコレクションに加えるべき1枚だ。」 志鳥栄八郎氏による月評より 13AC292、『レコード芸術』通巻第328号、音楽之友社、1978年)


「ヴァイオリンという楽器がもつ限りない表現力に圧倒される破格の名演である。オイストラフが最も充実していた時期の録音で、向かうところ敵なしの状況下の自信に満ちた演奏ではあるが、この恰幅のよい、男らしい表現は前人未踏の境地であり、ヴァイオリンの新たな可能性を切り開いた画期的録音として今なおレコード史上に君臨している。しかも、この演奏には、曲に込められた寂寥感や幻想味といったものも心憎い巧さで盛り込まれており、味わいの豊かさの点でも申し分ない。オーマンディの指揮も充実、平板に陥ることなく、演奏をドラマティックに盛り立てて聴き手を離さない。」 『クラシック不滅の名盤800』より諸石幸生氏による、25DC5222、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アレグロ・モデラート
sv0095e.jpg分奏弦の靄の中から現れる独奏ヴァイオリンが北欧の冷たい空気を運んでくるようで、冴え冴えとしたダブルストッピングの上昇フレーズや、総奏の一撃につづ