ショルティ=パリ音楽院管のチャイコフスキー/交響曲第2番《小ロシア》

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チャイコフスキー/交響曲第2番ハ短調 作品17「小ロシア」
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
パリ音楽院管弦楽団
Recording:1956.5.22-26 La salle de la Mutualité, Paris
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length :30:49 (Stereo)
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《小ロシア》はショルティが44歳のときに、ジョン・カルショウのプロデュースでステレオ初期の英デッカに録音されたもので、デニス・ブレインがホルンを吹いていることで有名なビーチャム盤(1953年録音)を通じて当時の英国では人気の作品だった。

sv0092e.jpg時期を同じくしてウォルター・レッグ(EMI)が若きジュリーニを起用して同曲を録音しているが、デッカでは新進気鋭のショルティとフランスのオーケストラという奇抜な取り合わせで対抗したことは、音楽ファンの度肝を抜く “デッカの配剤” といえる。  amazon

1950年代のデッカは、モントゥーやマルティノンの指揮でパリ音楽院管弦楽団と活発なレコーディングを行っていた。


sv0092f.jpgここで規律を重んずるショルティが個人主義の強いパリ音楽院管弦楽団と衝突し、楽団員もこの剛腕指揮者にやり返したというエピソードが伝えられている。

セッションでは、4名の首席奏者が代理の奏者を寄こしたためにショルティが激怒し、その諍いで貴重な時間を使い果たしてしまったという。  amazon


「この時の体験はショックだった。リハーサルではコンサートマスターがくわえ煙草で足を組んで座っていた。ひらのメンバーは喧嘩はするはおしゃべりはするはで秩序はひとかけらもなく、それがいったん演奏に入るとまるで受け身で無気力になり、たとえば弦セクションは10センチ以上は弓を動かさなかった。そして私が演奏を止めて誤りを指摘したり部分的に変えようとするたびに、またしてもガヤガヤとざわつき始めるのだ。」 ゲオルク・ショルティ著『ショルティ自伝』より、木村博江訳、草思社、1998年)


sv0092o.jpg演奏は“傑作”としかいいようがない。喧嘩腰でオーケストラにいどむショルティの力瘤のある棒さばきがユニークで、強烈なアクセントをたたき込むメリハリの効いたスタイルが聴き手の興奮をかき立てる。

指揮者の苛立ちが民謡を素材に用いたウクライナの土臭い民族色を何処かへ追いやってしまい、終わってみれば闘争から勝利への一大シンフォニーに仕上っているのがユニークといえる。

金管を強調したデッカのあざとい録音もすこぶる刺激的で、LPの輸入盤を初めて聴いた時、その鮮明な音に腰を抜かした記憶がある。

sv0092c.jpg何よりもこの盤の魅力は、当時のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器がステレオ録音によって明瞭に捉えられているところにあり、リュシアン・テーヴェに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞い が大きな聴きどころ。

ロシアの陰鬱さを綺麗さっぱり振り払うかのようなオーケストラの色彩感溢れる木管やピストン式フレンチホルンの独奏は、愛好家にはたまらないご馳走だろう。

「パリ音楽院管弦楽団との唯一のCDである。デッカがこのオーケストラを戦後頻繁に起用していた関係で、ショルティも指揮することになったのだろう。リハーサルでも本番でも、躊躇なくサボっては代演をよこす楽員との険悪なムードの中で演奏されたという。その反映か、ショルティの筋肉質の音楽とオーケストラの優美な音楽と相異なる個性が引っぱり合いをしていて、きしむような緊張感が面白い。」 『レコード芸術』特集〈ゲオルク・ショルティ再考~没後10周年記念〉より山崎浩太郎氏による、通巻第687号、音楽之友社、2007年)


「明るく放歌高吟するトランペットなど、どう考えても、当時のパリ管弦楽団が備えていた個性的な響きが全面に浮かび上がった演奏が収録されている。猛烈なテンポで突進する《小ロシア》第1楽章の主部なども、トランペットが浮き浮きとしゃしゃり出て、ショルティの意図とは裏腹のユニークな怪演になってしまっている。」 満津岡信育氏による月評より、UCCD3783、『レコード芸術』通巻第680号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0092g.jpgウクライナ風にアレンジされたロシア民謡《母なるヴォルガを下って》を吹くのは首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェとも、代理のミシェル・ベルジェスともいわれるが、当時この楽団が備えていたフレンチ・スタイルならではのレトロな味わいがある。

とりわけ、鼻に掛かったやわらかなヴィブラートがたまらない魅力である。
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アレグロ・ヴィーヴォ(主部)は、「ひょい」と勢いよく飛び出すクラリネットの第1主題が滑稽で、「ガッ」と弓の根元で喰らいつき、「えい」と力を盛って突撃隊のように突進するスタイルがいかにも楽譜を見るに敏なショルティらしい。迷いのない管のきっぱりしたリズム打ちが歯切れよく、弦のオクターヴで上がる推移主題のメロディ(練習番号E)の艶光りしたような美しさにも「はっ」とさせられる。

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sv0092h.jpg低音クラリネットで歌い出す〈母なるボルガ〉 (練習番号H)は、これをカノン風に奏するパリ音楽院の名人芸と、その美しい音色をとくと堪能させてくれる。

トロンボーンとトランペットがファンファーレを強烈なヴィヴラートをかけて放歌高吟する場面は、まるでラヴェルの音楽を聴いているようで、管楽器が「ペッ!」と鋭角的なアクセントを付けて軍隊行進曲のように突き進むところにちょっと首をかしげたくなる。
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sv0092i.jpg聴きどころは第1主題が大きく盛り上がるモルト・メノ・モッソの再現部。管の強いアタックと煽るように追い込んでゆく強引なストリンジェンドがゾクゾクするような疾走感を煽っている。

強烈な金管をぶちかまし、ユニゾンで主題を絶叫する頂点(練習番号P)は「えいえいお~」と勝ち鬨をあげるようで、剛腕ショルティの面目が躍如している。「ぴしゃり」と締めるコーダもあと腐りがなく、抒情味のカケラもない。
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「もう30年以上も前のショルティの演奏は、第1楽章の序奏から噛みつく勢いがあり、主部に入ると得たりとばかり尻をはしょって駆け出すようで相当に面白い。タンカを切るようなスケルツォもユニーク。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より、~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



第2楽章 アンダンティーノ・マルチアーレ・クワジ・モデラート
sv0092j.jpgティンパニの軽いリズムにのって、クラリネットとバソンが歌うメロディーは、歌劇《ウンディーナ》(水の精)の結婚行進曲からの転用。ショルティが腰を落として生真面目に演奏するさまはどこか滑稽だが、リズムは精確を極めている。

中間部は、ウクライナ民謡《紡いでおくれ、私の紡ぎ女よ》を奏する詩情味ゆたかなクラリネット、装飾を散りばめて逍遙するフルート、すすり泣くような弦の歌が聴きどころ。あまりにも強すぎるピッツィカート・リズムがやたら耳にうるさいのはご愛嬌。
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第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
sv0092k.jpg目の覚めるようなリズムを叩き込むショルティの職人ぶりが発揮されたのがスケルツォだ。《悲愴》とよく似た3連音リズムを緻密にさばく巧緻な弦楽アンサンブルはもとより、「ピシッ!」と刃物を振り下ろすような鋭い和音打撃に腰を抜かしてしまう。
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中間部はカメンカのウクライナ民謡から採られた〈村娘のダンス〉。木管のチャーミングな歌とオーケストラの名人芸が聴きモノで、サクサクと入れる弦のスタッカート・リズムと、びょんびょん弾むピッツィカートの合いの手が耳の快感を誘っている。強い金管のアタックと猛烈な勢いで性急にとどめを決めるあたりは、ショルティの苛立ちが音盤からも伝わってくる。

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第4楽章 フィナーレ、モデラート・アッサイ
sv0092l.jpgカラっと明るい管弦楽の痛烈な一撃で決める序奏と、そこから導き出されるアレグロ・ヴィーヴォの主題は、ウクライナ民謡《ジュラーベリ》(ほら、鶴が見える)を借用したものだ。

元気良く飛び跳ねる〈鶴のダンス〉と、チャルメラのような木管のくねくねとした表情がおもしろく、どこか喜劇のような風情をただよわせている。
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音楽が動き出すのは〈練習番号C〉からで、ダウン・ボウの弦によって、獲物を見つけて韋駄天走りで駆け出す鶴が闘争心をあらわにする。強烈な大太鼓とシンバルを叩き込み、派手にブラスを打ち込んで乱痴気騒ぎを繰り返す総奏(練習番号D)は、剛腕指揮者のなりふり構わぬ鋭気が漲っている。

sv0092m.jpg優美な第2主題〈鶴の恋人の主題〉に絡める〈鶴の変奏〉では、彼女にちょっかいを出すかのように、あの手この手の変形リズムで〈鶴の主題〉が強大な管弦楽に発展していくのがこの曲のキモといえる。

ここではショルティの苛立ちを投影するかのように、鶴が荒れ狂い、次第に凶暴さを剥き出しにするさまが赤裸々に描き出されてゆく。
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頂点の総奏では、今や猛獣と化した鶴のお化け が恋人にふられて怒り心頭。その腹いせに悪行を重ねて大暴れするかのように、あらん限りの力を込めて叩き込む打楽器と獅子吼する派手なブラスの打ち合いがこの盤の最大の聴きどころといえる。

「手っ取り早くこの楽章のイメージをいうなら“鶴の放蕩三昧”。わずか4小節の鶴は、はじめ可愛らしく慎ましくファースト・ヴァイオリンだけで“チョン・チョン・チョン・チョン・チョチョチョン・チョチョチョン”と跳ねているが、やがてこれが一大どんちゃん騒ぎを繰り広げる。チャーミングな第2主題も出てくるには出てくるが、これもあっさり怪獣と化した鶴に飲み込まれてしまう。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



sv0092n.jpg展開部は、管楽器が第1主題のリズムで第2主題を変奏するくだり(練習番号I)が珍妙で、第2主題を蹴散らして鶴がふたたび暴れ出す。トロンボーンをバリバリと打ち込む“決めどころ”は剛腕ショルティの独壇場で、闘志をむき出しにした力瘤のある演奏にはただもう驚くばかり。

ピッコロの戯けたような変奏も傑作で、お調子者の鶴がヤケ酒をあおり、千鳥足でちょこまかとふらつきながら、最後は狂ったように強大なエネルギーで爆発する。
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sv0084a.jpg「これでもか」とオーケストラを鞭打ちながら、獅子奮迅の勢いで突っ走るコーダは格闘技としかいいようがなく、 “筋肉の付いた脚の太い鶴”がついに獲物を仕留め、ガッツ・ポーズを決めたような大勝利の気分に酔わせてくれる。
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パリ音楽院管弦楽団のレトロな音色と壮年期ショルティの痛快活劇を楽しめるユニークな一枚だ。


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[ 2017/06/17 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

マタチッチのベートーヴェン/交響曲第3番《英雄》

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ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1959.3.15-17 Rudolfinum, Praha
Producers: Miloslav Kulhan (Supraphon)
Engineer: Miloslav Kulhan, Jiři Očenasek, Havliček
Length: 47:22 (Stereo)
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マタチッチといえば、N響の名誉指揮者としてわが国ではお馴染みの指揮者で、最後に来日した1984年N響定期公演(第926回)を筆者はNHKホールで聴くことが出来た。

sv0091i.jpgマタチッチ作曲「対決の交響曲」とベートーヴェン交響曲第2番という地味なプログラムだったが、歩行すらおぼつかぬ85歳の巨匠は名演奏をやってのけた。これをやさしく見守るように聴き入る聴衆の暖かな雰囲気がとても印象的なラスト・コンサートだった。

1899年クロアチア生まれのマタチッチが最も愛したオーケストラがN響であり、マタチッチを最も温かく迎え入れたのが日本の聴衆であったといわれ、楽団員は 「マタちゃん」 という愛称で呼んでいた。
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「芸術家は舞台に出てくれば、その真価は一目瞭然だ。それが分からなかったヨーロッパ人の目は節穴か? マタチッチが東京文化会館とNHKホールで聴かせてくれたハイドン、ベートーヴェン、そしてとりわけブルックナーとワーグナーの名演の数々は、ぼくの一生の宝である。そのスケールの大きさ、その豪快さ、その生々しさ、その内容の深さ、胸をわくわくさせるような人間的な魅力は、疑いもなくベームのライヴを超えていた。彼はN響の名誉指揮者だった。なんと幸せな一時期であったことか!」 宇野功芳著『クラシックCDの名盤・演奏家編』より、文藝春秋、2008年)



sv0091k.jpgマタチッチはその実力に比してレコードの数が少なく、ベートーヴェンの交響曲はライヴ録音がCD化されているものの、セッション録音はチェコフィルとの第3番(当盤)のみで、これはきわめて貴重な録音といえる。

ここで60歳のマタチッチが指揮する演奏は、男性的な力強いスタイルによって貫かれ、古武士のような趣を持つ辛口の《エロイカ》 といえる。

デフォルメはいっさいなし、音楽の造形をいささかも崩さず、キビキビとストレートに押していく演奏が痛快で、そこから滋味溢れる情感が滲み出てくるのがこの演奏のすばらしいところだ。  TOWER RECORDS  amazon

sv0091l.jpg驚くべきはチェコフィルのピシッと整ったアンサンブルの見事さで、全盛期といわれるアンチェル時代の卓越した合奏能力と古風な音色がチェコの国営レーベルによって見事に捉えられている。

とくに “燻し銀” と讃えられた管楽器セクションのくすんだ響きと、弦楽セクションの光沢のある音色が聴きもので、マタチッチの構えの大きな音楽づくりをさらに味わいゆたかなものにしている。
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「冒頭から凄いほどの気迫を表した演奏である。アンサンブルも凝集力が強く、音楽的に純粋である。したがって随所に見事な表情があり、とくに第1楽章はすばらしいが、第2楽章はさらに悠揚とした流れが欲しく、スケルツォも意気込み過ぎた感がないわけではない。これはかなりの長所と短所が併存した演奏である。」 小石忠男氏による月評より、28C374、『レコード芸術』通巻第459号、音楽之友社、1988年)


「アゴーギクが薄めで直線的だが恐るべき推進力を備えた第1楽章はスコアの隅々までがクッキリと鳴って小気味よさすらある。葬送行進曲の前進力もすごい迫力。スケルツォと終楽章の一気呵成に突進する思い切りの良さときたらどうだろう。金管の音型の変更や、コントラバスによる低音の増強、さらにヴァイオリンのピッツィカートからアルコへの変更など、随所にマタチッチらしい豪快さを聴かせているが、ベートーヴェンの音楽は聴き手の胸に猛烈に突き刺さってくる。ベートーヴェンを愛するすべての聴き手の必聴盤。」 松沢憲氏による月評より、COCO70659、『レコード芸術』通巻第644号、音楽之友社、2004年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0091b.jpgこれはまさしく一風格をもった大家の演奏だ。冒頭2発の和音を「びしっ!」と打ち込む力強いアタックからして聴き手の耳を惹きつける。

強靱ともいえるチェコフィルの引き締まったアンサンブルは冠絶しており、どっしりと力強いバロック風リズム(65小節)、緻密でキメの整ったスタッカート、キビキビと打ち込む和音打撃、哀愁が明滅する木管楽器の鄙びた音色など、当時のチェコフィルに備わった個性的な音色と腕の確かさ に仰天してしまう。 
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sv0091c.jpg展開部もオーケストラをぐいぐい躊躇なくドライヴするマタチッチの武骨で力強いスタイルに揺るぎはなく、弓が弦をひっかく荒っぽい音がスピーカーから聴こえてくるのも驚きだ。

弦のスフォルツァンドで変拍子リズムを押し込む決めどころ(260小節)ではトランペットとティンパニを突出させたり、エロイカ動機の再現で打ち込むティンパニのトレモロ(319小節)の暴れるような強打にも腰を抜かしてしまう。
低音弦が変拍子リズムをガツガツ刻んで突き進む攻撃的なスタイルがある種の興奮を誘っている。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0091d.jpgホルンの先行シグナルが聴こえると再現部だ。艶やかな弦の切分音とチャーミングなトリル、ほっこりと古風な響きで独特のヴィブラートを発するF管のホルン、オクターヴ上げてエロイカ動機を気持ちよく打ち込むメタリックなトランペット(440小節)など、チェコフィルがその持ち味を存分に発揮しているのも聴きどころだろう。

付点モチーフの音を割ったホルンの強奏(516小節)や、ティンパニのすさまじい連打(520小節)にも驚かされる。
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sv0091g.jpg引っ掛けては伸ばすバロック風主題から頂点に向かって加速をかけるコーダのゾクゾクするような緊迫感がすばらしく、トランペットがストレートに主題を打ち抜くクライマックス(655小節)の胸をすくような解放感に、「これぞエロイカ!」と膝を打ちたくなるのは筆者だけではないだろう。

まさに巨木のごときたたずまいで峻立する“筋金入りの英雄像”を刻印したものといえる。
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第2楽章「葬送行進曲」 アダージオ・アッサイ
sv0091e.jpgここではチェコフィルの古色蒼然とした木管楽器に耳を傾けよう。ひなびた音色のオーボエや、うら淋しいクラリネットやファゴットなど、艶消ししたようなチェコフィル・サウンドに酔わされてしまう。

これを受け止める厚みのある弦楽器も特筆モノで、重量感のある3連リズムや旋律のコクある歌わせぶりがたまらない魅力である。中間部で爆発するクライマックスの迫力も半端ではなく、トランペットが炸裂するセンプレ・フォルテのすさまじい音場に身が震え上がってしまう。
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sv0091f.jpg大きな聴きどころはミノーレ(ハ短調)の3重フーガ。マタチッチは2つの対位をがっつり響かせて、野太いフーガを豪快に織り込んでゆく。要所で打ち込むトランペットや、朗々と発するホルンの反行主題の強奏(155小節)もすこぶる刺激的だ。

静寂を引き裂く〈最後の審判〉 (159小節)もすさまじい。トランペットがつんざく阿鼻叫喚や「ザラリ」と響く低音弦の威力は絶大! 

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重心の低い響きによって素朴な味わいの中にもぴんと張りつめた緊張感に貫かれている。悲痛な音楽から伝わってくる人間的な温もりも剛毅木訥なマタチッチの魅力であり、血の通った肉厚のサウンドを心ゆくまで味わいたい。


第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0091h.jpgチェコフィルが鉄壁のアンサンブルを見せるのがスケルツォだ。音符の目をきっちり揃えた緻密なスタッカートと木管との精緻な掛け合いもさることながら、バスの弓を指板に激しくぶつけながら音量を増してゆく豪快なクレッシェンドは、いかにもマタチッチらしい巨像の歩み といえる。

トリオは「ほこほこ」と根太い音で鳴り響く古風なホルンの3重奏が個性的で、大地に根を張ったような燻し銀の味わいを堪能させてくれる。テンポを維持したままアグレッシヴに決めるダイナミックなアラ・ブレーヴェ(2拍子)も即興的だ。

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第4楽章「フィナーレ」 アレグロ・モルト
sv0091j.jpg「ぐい」と怒濤の勢いで突入するフィナーレは力感に富んだものだが、はて、主題提示のピッツィカートを途中(20~27小節)からアルコに変更しているのは何故かしら?(これは慣用的なものではなく裏付けが不明)。

さて、当楽章では45小節から〈プロメテウス主題〉を使った7つの変奏と2つのフーガ展開が始まるが、ここでもチェコフィルのアンサンブルの精度の高さが特筆されよう。

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sv0091m.jpg木質を感じさせる室内楽的な響きと、総奏では質実剛健ともいえるプロメテウス像をマタチッチは一筆書きの雄渾なタッチで描いてゆく。

聴きところはハンガリー行進曲(第5変奏)で、バスをたっぷり響かせた勇ましい前進駆動がマタチッチの芸風とぴたりマッチする。反行形による走句的なフーガⅡ (278小節)も聴き逃せない。早いテンポで溌剌と弾き飛ばし、ひた押しに押してポコ・アンダンテまで一気に突っ走るところに快哉を叫びたくなる。
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sv0091n.jpg夕映えのようにしみじみと奏でるオーボエの回想(第6変奏)や、野太い音で滔々と歌うホルンのメロディ(第7変奏)が感興を大きく高め、ドラマチックでメリハリ感のある巨匠の豪快な棒さばき がじつに感動的だ。

コーダのプレスト(431小節)は、舞曲風にアレンジした〈プロメテウス主題〉を、肉感のあるホルンが「ブギブギブギブギ」と16分音符を力強く打ち込んでいくところが圧巻で、これが耳の快感を誘っている。

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ガツガツと堅牢なリズムを積み上げてゆく巨匠のスタイルは古武士を思わせるが、胸をすくような和音の豪打で全曲をガッチリ締めている。チェコフィル全盛期の燻し銀の響きと、マタチッチの筋金入りの芸風を堪能できる1枚だ。


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[ 2017/05/31 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

ジュリーニ=シカゴ響のドヴォルザーク《新世界から》

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ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1977.4.2,6 Chicago Orchestra Hall
Recording Producer: Günther Breest
Director: Cord Garben
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 45:48 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団を指揮してすばらしい録音の数々を遺している。

sv0080d.jpgとくに〈第9シリーズ〉は究極の名演として知られ、マーラー、ブルックナー、シューベルトと並んで賞賛されているのがドヴォルザークの《新世界》だ。

この《新世界》は、DGのシカゴ響シリーズ第4弾として1978年6月にLPが発売されて推薦盤になったもので、前年にはマーラーの第9番がレコードアカデミー賞(交響曲部門)を受賞してジュリーニが巨匠として急速に飛躍し、クローズアップされた時期のもの。
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sv0036i.jpgレコード・ジャケットも発売当時は大評判になったもので、シルク・ハットをかぶって渋くきめたジュリーニのいでたちはイタリアン・マフィアの親分を彷彿させる。

映画俳優のようなジュリーニのダンディぶりは、じつは実業家の令嬢で、やり手で知られた奥さんのマルチェッラの演出によるものとされる。
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「ジュリーニーは実際面では“本当にどうしようもない人”で、ルックスがいいのは、マルチェッラが彼の求めに応じて、テイラーにすばらしいカットの服を注文してくれるからである。」 ヘレナ・マテオプーロス著『マエストロ』より、石原俊訳、アルファベータ、2006年)


sv0090a.jpgジュリーニはドヴォルザークの交響曲を若い頃より得意のレパートリーとしていたが、トスカニーニ流の颯爽とした早いテンポのフィルハーモニア管との演奏(1961年)から大きな変貌を遂げている。  amazon

ここにはある種の取っつきにくさがあるものの、シカゴ響の重厚なサウンドによるシンフォニックなスケール感厳粛な味わい深さを合わせもった硬派の演奏といえる。


sv0090b.jpgオーケストラを厳しく統制した気骨のある第1楽章、しみじみと歌わせる第2楽章中間部、歌心あふれる第3楽章トリオ、オーケストラがパワフルに炸裂するフィナーレのパンチ力など聴きどころは満載。

なかんずく名物奏者を揃えたシカゴ響の強力なブラス・セクションの“鳴りっぷり” を堪能されてくれるのもこの盤の魅力といえる。今回、オリジナルジャケットで発売されたSHM-CDは貴重なもので、廃盤になる前に是非とも入手しておきたい。
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Orch.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
PO1961.1Kingsway HallEMI9:1612:337:5011:1740:56
CSO1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
RCO1992.5ConcertgebouwSONY10:1015:298:2112:5446:54

「ジュリーニがこの演奏で示した音楽洞察力の個性的な深さと厳粛なばかりのきびしさとは、全く驚くべきものである。好んでドヴォルザークを踏み台に自分を飾り棚に立てようなどというのではなく、強い気管に支えられ、どこまでも厳しく監視された、締まった美しさを生命としている。それは磨き上げれた細工もののつぎはぎではなく、一貫して滔々と流れてゆく純粋な抒情の上に立っている。ただその抒情の質が世俗の舌触りの良さから遠のいてゆくのを感じないわけにはいかないが、この〈新世界〉もいわば辛口の名品というおもむきのもので、女子学生がコンパでおしゃべりしながらたしなめることのできる通俗酒的な一般性とは遠い世界のものである。この名品はまちがっても一部の通人の趣味に甘んずる性格のものではありえない。」 大木正興氏による月評より、MG1112、『レコード芸術』通巻第329号より、音楽之友社、1978年)


「細部に至るまで驚くほど細心な表現である。しかし全体には劇性がゆたかに表されており、決して神経質いっぽうではない。そればかりか旋律線をゆとりをもって存分に歌わせており、それを古典的といえるほど端正な造形でまとめているので、洗練された音楽が生まれた。第1楽章の提示部を反復しているのも、ジュリーニの演奏様式に関係している。」 小石忠男氏による月評より、F28G22067、『レコード芸術』通巻第459号、音楽之友社、1988年)


「ジュリーニ最盛期の録音のひとつであり、以前のフィルハーモニア管との演奏に見られたオーケストラの掌握の甘さも、この後に見られる遅すぎるテンポによる牽強付会な晦渋さもなく、実にバランスの取れた、そして瞬発力にも優れた演奏である。細かいアーティキュレーションまで念入りに統一され、表現は練れて、丸みを帯びているかと思えば、トゥッティの切り込みは鋭く果敢で、若々しさと老巧さが束の間交差した、稀代の名演奏と言えるだろう。」 長木誠司氏による月評より、POCG3175、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)



第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト
sv0080f.jpg序奏は低音弦をたっぷり鳴らした重厚で構えの大きな音楽だ。トゥッティのスケール感も絶大で、頂点のティンパニの決めどころは打点の生々しさを堪能させてくれる。

提示部の音楽運びも重量感があり、武骨なまでに力強く突き進む。黒人霊歌〈薔薇売りモーゼス老人〉が出所とされる第2主題(91小節)は歌わせ過ぎないが、低音弦がゆたかにたゆたう対声部の心地よさや、黒人霊歌〈静かに揺れよ、優しの馬車〉コデッタ主題(149小節)の繊細でリリカルな味わいがジュリーニらしい(提示部の反復あり)。 
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sv0080a.jpg展開部パンチの効いたシカゴ・ブラスが立ち上がる。コデッタ主題を打ち込むトランペットにガッツリと喰らい付くトロンボーンの第1主題を強調して、押し出しの強い造形を決めているところは、グラモフォンらしいエッジの効いた録音がものをいう。

再現部も間然とするところがなく、ジュリーニの入念なアーティキュレーションによって、味わい深く歌い込まれてゆくのも聴きどころだろう。
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sv0080g.jpgコーダ(396小節)はガソリンを満タンにした大排気量のシカゴ響が爆発する。ここでは、同じシカゴ響で聴くクーベリック、ライナー、ショルティといった竹を割ったようにストレートで押し切る“強力派”の演奏とは一線を画し、ジュリーニは過剰に攻め込むことを戒める。

名技性を生かしながらも頑なにイン・テンポを守って“暴れ馬”の手綱を締め、冷静な棒さばきによって終止を決めるあたりは品格の高さを感じさせてくれよう。
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決めどころのトランペットのファンファーレ(412小節)は期待に違わぬ“神様のクレッシェンド”を聴かせてくれるが、なおも余力を残した金管奏者の打ちっぷりは、シカゴ響(教)信者にはたまらない魅力だろう。

ここで、第2主題(または第3主題)ともされるコデッタ主題の5小節目後半は、旧版のスコアでは提示部(149小節)が付点音符、再現部(370小節)が8分音符になっているが、譜面通りに演奏するクーベリック、ライナーに対し、ジュリーニとショルティは提示部・再現部とも木管は8分音符、弦は付点音符で演奏しているのをチェックしておきたい。
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Cond.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
Kubelik1951.11Orchestra HallMercury8:4111:267:2610:3438:07
Reiner1957.11Orchestra HallRCA8:4212:247:3310:2839:07
Giulini1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
Levine1981.6Medinah TempleRCA10:5012:147:1510:4741:06
Solti1983.1Orchestra HalDECCA11:5814:038:0611:0845:15


第2楽章 ラルゴ
sv0090g.jpgピアノで歌うイングリッシュ・ホルンの〈家路〉主題は美感の限りを尽くしたもので、独奏楽器がスピーカーから仄かに浮かび上がってくるような奥行き感や、ホルンの2重奏が次第に遠のいてゆく遠近感を特筆したい。

朝比奈はラルゴを2倍遅いテンポで吹かせたために、大フィルの弦楽器奏者は「もう弓が足りまへん」とぼやいた逸話が残されているが、ジュリーニはさらに上をいく遅いテンポで演奏しているのが驚きだ。
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sv0004c.jpgしっとりと哀しみを綴る中間部も美しい。ここでは副主題を伴奏するコントラバスのピッツィカートを強めに奏するのが効果的で、啜り泣くような弦の嘆き、纏綿とレガートで歌い込む息の長いメノ、木管がさえずる瑞々しい森のダンス、「ここぞ」とばかりブラスが豪快に吼える第1楽章の主題回想など、聴きどころが満載。

心に染み入るように奏でる潤いのある弦楽のエンディングは、あまりの切なさで胸がいっぱいになってしまう。
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第3楽章 スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ
sv0090c.jpgスケルツォは強靱かつしなやかなジュリーニ・リズムの独壇場。ガッシリとした重厚なサウンドが聴き手の耳を惹きつけ、堅固な造形に揺るぎがない。

柔らかに打ち込むティンパニの打点と肉感のあるホルンの吹奏が気持ちよく、ジュリーニの長いアームスから繰り出される振幅のあるリズム感覚と、柔軟なフレージングによる上質のサウンドに魅せられてしまうのは筆者だけではないだろう。  amazon

第1トリオは〈カールおじさん〉の伸びやかな歌を、第2トリオは付点を伴ったワルツの歌謡旋律を木管パートがよく歌う。ここで伴奏を受けもつ弦楽の分散和音までを踊るように歌わせているのが驚きで、ドイツ系指揮者にはおよそ考えもつかない芸当をジュリーニはやってのけている。第1楽章の主題をホルンが冴えた音で再現するコーダも嬉しいご馳走だ。

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第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0090d.jpgフィナーレはマッシヴなシカゴ・ブラスが冴えわたる。ホルン、トランペットがパンチを効かせて勇壮に突き進むのが痛快で、とくにトランペットのメタリックな響きが際立っている。
これを歌い継ぐシルキーな弦の音色や、3連音リズムで躍動する筋肉質のオーケストラ・サウンドに酔わされてしまう。トランペットを突出させて歌い上げる喜悦の主題や、解像度の高いリズム処理で躍動する農民舞踊のマルカート主題も聴きのがせない。 
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sv0090e.jpg展開部は〈家路〉のテーマ(第2楽章)を対抗させながら再現部に向かって突き進んでゆくが、既出の素材の綾を丹念に、精緻に絡めてゆくのがジュリーニの巧いところだ。

その頂点たる再現部(198小節)で満を持して爆発する行進テーマの強音の威力は絶大である! チェロが滔々と歌い返す第2主題のカンタービレ(231小節)の美しさも冠絶しており、 “歌の指揮者”ジュリーニの面目が躍如している。

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sv0090f.jpgトロンボーンが吹奏する第1楽章の主題を迎え撃つように大きく見得を切る290小節や、 “伝家の宝刀”を抜くかのように放歌高吟するウン・ポコ・メノ・モッソ(333小節)のトランペットは名物奏者を擁したこの楽団の“お約束事”で、 “弦付きブラバン” と揶揄されるオーケストラならではの必殺の終止といえる。

名指揮者ジュリーニの格調高い音楽と名人オケのヴィルトゥオジティを堪能されてくれる玄人好みの1枚だ。

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[ 2017/05/19 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラー=ベルリンフィルのブラームス/交響曲第2番

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ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.5.7 Deutsches Museum ,München
Archive: Bayerischer Rundfunk
Henning Smidth Olsen No.301
Length: 41:04 (Mono Live)
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フルトヴェングラーのブラームス〈第2〉といえば、ロンドンフィルとのSP録音が早くから知られていたが、「極端に悪いデッカのレコーディングが、この演奏のうすぼけてにごったような効果をさらに助長している」(ピーター・ピリー)と言い表されるように、几帳面で穏やかな演奏であるものの音質面での難もあり、フルベンの真価を発揮した演奏とは言い難かった。

sv0089b.jpgデッカのプロデューサーであったカルショウによれば、神経質なフルトヴェングラーはセッションで複数のマイクが視界に入るのを嫌い、中央に1本のみを吊るしてレコーディングを行ったという。

そのためデッカ・サウンドの効果が十分に得られず、“散漫で泥のような音質”になってしまったと述懐している。
ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、学習研究社、2005年

sv0089c.jpgその後、音楽ファンに長く待ち望まれていた〈ブラ2〉の実況録音が1975年になって相次いで登場した。

その中のベルリンフィルとの当盤はバイエルン放送局のアーカイブを音源とするが、放送のための録音は使用回数が決められているため、これをレコード化するには著作権の問題から所有者、演奏者、その遺族全員の許可を得なければならなかった。独エレクトローラ社は、その実現までに15年の歳月を要したという。

フルトヴェングラーの〈ブラ2〉はオールセンによれば、次の4種(うち1点は未発表音源)の演奏と第2楽章リハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.2.7-10Berlin, PhilharmoniePrivate arch.O_79.5
VPO1945.1.28Wien, MusikfereinsaalWF SocietyO_107
BPO1947.9.14Berlin, NWDR Studio-2mov.RHTahraO_119.9
LPO1948.3.22-25London, Kingsway HallDECCAO_129
BPO1952.5.7München, Deutsches MuseumEMIO_301

sv0039q.jpg未発表の①は私的保管。②は“脱出前夜のブラ2”とか“脳震盪のブラ2”と呼ばれる亡命前夜の演奏という曰く付きのもので、1975年に発売されたエンジェル盤(ユニコーン原盤)やワルター協会盤はモコモコと靄の掛かった音だったと記憶する。(写真はOB7289/92-BS)

しかし、②も③も凡百の演奏とは比較にならぬもので、音質が改善されれば従来の評価が変わってくる可能性もあるだろう。

sv0089e.jpg②と前後して真打的に登場したのが“ミュンヘンのブラ2”とか“博物館のブラ2”と呼ばれる前述の本家ベルリンフィルとの④(当盤)。

1952年という時期からしても②や③と比べて音質が格段にすぐれ、フルベン愛好家の喉の渇きを潤す“決定打”の登場に筆者は快哉を叫んだものである。ところが、今、CDで聴く貧相な音は何としたことだろう。

NoOrch.DateLevelSourceTotal
Wien po1945.1.28WSOB7289/92BS14:1010:085:458:2438:27
London po1948.3.22-25DeccaMZ501215:1310:516:118:5841:13
Berlin po1952.5.7EMIWF60017   15:2610:315:508:5540:42


sv0089f.jpg手持ちのEMI盤(TOCE3790)は骨と皮だけの痩せたギズギスした音で、LPのような肉の付いた迫力あるサウンドが味わえない。
Abbey Road Studioで原テープからリマスターしたと謳うSACD(WPCS12897)に到ってはさらにひどく、キンキンと高域の荒れた音に耳を塞ぎたくなってしまう。同じリマスターからCDに転用したEMI録音集(CZ9078782)は、逆にピントの甘いどんよりとした音になってしまった。

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sv0089g.jpg「音質改善の効果が著しい」とか「音楽の息づかいが鮮やかに伝わってくる」などと書かれた音楽雑誌の提灯記事を鵜呑みにして購入すると落胆させられることが多いが、元来音質が悪いものをSACD化したところで音が固くなったりノイズが強調されるだけのように思われる。

“音楽の息づかい”なぞ何をいわんやで、ハイブリッド盤のCD層の方が聴きやすくなかろうか。その点、仏協会盤(SWF062-4)はLPのような迫力はないにしても、市販盤よりみずみずしい音が聴けるのはありがたい。

sv0089h.jpgしかし筆者は、LP(WF60017)で聴いた音のイメージがつよく焼き付いているためか、CDでは迫力の点でどうしても物足りない。

今、あらためて比較して聴いてもズシリと腹に響くストロークの重みや、管弦の厚み、金管の切れなど、モノラル専用カートリッジで擦った音の違いは歴然。筆者はこれをCD-R化したものをお宝のように聴いている。

「1952年にベルリン・フィルを指揮した実況録音で、音質もかなり優秀である。きわめて集中力の強い、劇的な起伏と明快さをもった演奏で、一般のこの作品に対する通念を超えたところで、情熱にみちあふれた音楽がつくられているのもフルトヴェングラーらしい。」 小石忠男氏による月評より、WF60017、『レコード芸術』通巻第362号、音楽之友社、1980年)


「それにしてもなんと凄い演奏なのだろう。(略)第1楽章は淡々と始まるが、推移の途中から突然アッチェレランドしてハイになる。第2主題の濃厚な表情、展開部の高揚、再現部の付点リズムの切れ味も凄い。第2楽章のデリケートな表現もいいが、なんといっても終曲の波のうねりのように高まってゆくところがすばらしい。再現部は完全にノッいて、第2主題でもテンポを落とさず、終結まで一分の弛みもない。」 横原千史氏による月評より~TOCE9086/9、『レコード芸術』通巻第551号、音楽之友社、1996年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0089i.jpg神秘の泉から湧き出ずる謎めいた開始はいかにもフルベン流。清流のような間奏主題(44小節クララ・モチーフ)からシンフォニックに立ち上がる総奏や、野太い音でゆたかに歌う第2主題、見得を切るように堅固なリズムでさばくコデッタの付点フレーズもフルベンの個性がつよく刻印されている。(写真は仏協会 SWF062-4)

ティンパニの強打とトランペットの強奏でメリハリをつける前進駆動もフルベンの自家薬籠中のものといえる。

展開部(180小節)は田園情緒にドラマ性を移入するフルベンの独壇場。低音を強調して対位法を明確に提示するリズミックな躍動感と、抉りの効いたフレージングは無類のものだ。

sv0089j.jpg驚くべきは、トロンボーンを打ち込む闘争的なヤマ場で楽譜にないティンパニを弦のトレモロに重ねているところ(227と233小節)で、落雷のような打ち込みが②や③に比べて強烈なインパクトを与えている。

主題の冒頭を威嚇的に吹奏するクライマックスの骨の太い響き(282小節)や、ティンパニの最強打で展開部を締める力ワザ(298小節)に「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。  amazon

sv0089k.jpg再現部(302小節)も聴きどころが満載だ。絶妙のリタルダンドを配して第2主題部へ移行するところは巨匠の奥義を開陳した“名場面”といってよく、もってりと揺動するヴィオラとチェロのコクのある響きに酔ってしまいそうになる。

リズムが切り立つクワジ・リテネントのティンパニの強打(386小節)や総奏のトランペットの強奏(402小節)は聴き手の度肝を抜くが、コーダ身をよじるように旋律をふくらませる濃厚な歌い口(478小節)もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう。  amazon

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「演奏スタイルは4年前のロンドン盤と同じであるが、ずっと表情的であり、密度が濃く、燃え立っており、オーケストラの厚みやコクがまるで違う。たとえば第1楽章の44小節から始まる間奏主題の美しいこと! 全曲どの部分をとっても意味があり、曲想変化に伴うテンポの動きもえぐりが効いている。それでいて造型はまさに完璧、一箇所としてもたれる部分はない。ベルリン・フィルの響きにはいっぱいの精神が羽ばたいており、フルトヴェングラーの気魄もものすごく、とくにティンパニの迫力はその比を見ない。展開部では楽譜に書かれていないのに強打しているが、ロンドン盤よりはるかに徹底しており、雄弁である。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0089l.jpgチェロの物憂い主題は歌い過ぎず、思案しながら、追想にふけるように奏するのがフルベンらしい。

リステッソ・テンポ(中間部)は速いテンポで駆け抜けるが、長いパウゼのあとの思いためらうようなエスプレッシーヴォ主題(コデッタ主題 45小節)が個性的で、うねるような16分音符の分厚い弦の対位を交錯させながら、巨匠は悲劇の気分を盛りつける。  TOWER RECORDS

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暗く閉ざされた森の中から聞こえるトロンボーンと木管の対話。あたかも死出の旅立ちであるかのような暗澹たる響きの深さはいかばかりだろう。

「なにやら差し迫った危機を警告するように、隣接音に向かってゆっくりと、しかし剛胆に音量を膨らませ、また萎む。(略)これは恣意的なデフォルメではない。宗教的な含意の濃いトロンボーンを汎用するこの交響曲は、ブラームスが〈楽譜に黒枠を付けたい〉などと言い残しているだけに、なにかしら弔いの感情と結びついているようにも察せられる。フルトヴェングラーが聴かせる音色は、そうした感情にも、どこかふさわしい。」 船木篤也著「フルトヴェングラーのブラームス」より~文藝別冊『フルトヴェングラー』、河出書房新社、2011年)


sv0089m.jpgスローモーションのようにねっとりと奏でる主題再現悲劇の気分が引きずられてゆく。

なかでも瞑想にふけるように取り回す3連音の主題変奏(68小節)が大きな聴きどころで、ホルンと対話を重ねながら纏綿とたゆたうコクのあるフレージングと、そこから発展する詠嘆的な弦の歌(73小節)がじつに感動的だ。

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警告を発するようなクライマックスの総奏もすさまじい。雷鳴のようなティンパニの連打で劇的に高揚するコーダの筆圧の強さは圧巻で、のたうつような弦のうねりの渦の中に身も心も引き込まれてしまいそうになる。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0089n.jpg間奏風の素朴な旋律は鄙びたオボーエがレトロな気分を高めている。しかし、長閑な田園風物詩で終わらないのがフルベンたる所以で、どこか厳粛な気分が漂っているのが神業といえる。
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プレストでは木管のミスでアンサンブルが乱れるのがご愛敬だが、どっしりと構えた堅固な構築物を思わせる重厚な総奏が聴きどころ。主題再現(テンポ・プリモ)の温もりのある歌や、ピアニシモのフレージングの妙味も聴き逃せない。

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一抹の寂しさを漂わせながらリタルダンドする終止も巨匠の手の内を見せたもので、来るフィナーレへの期待を自ずと聴き手にいだかせているのが心憎い。

「第3楽章は木管による主題の最初の4分音符からして惹かれるが、頻出する大きなリタルダンドがいかにもフルトヴェングラーらしい。終わりのポコ・ソステヌートにおける名残惜しげな奏し方などその最たるものだが、決して大げさな感じにはならないのである。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0089o.jpgフィナーレは巨匠が烈火のごとく燃え上がる。第2主題でもテンポを落とさず、一気呵成に展開部まで突っ走るところに思わず指揮をしたい衝動に駆られてしまう。

ここではビートの効いた熱いフルベン節による“鉄血サウンド”が全開で、「ガツンガツン」と鉄槌を打ち込むようなティンパニの重みのあるストロークが演奏に凄みをあたえている。
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sv0089p.jpg弦が3連音符で刻みながら音階を降りるパッセージを猛烈なアッチェレランドで追い込むところ(98小節)も冠絶しており、シンコペーション(112小節)の乱れを物ともせず強引に弾き抜くところや、弦が8分音符のスラーで音階を駆け上がる荒ワザ(135小節)に背筋がゾクゾクしてしまう。
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展開部の終わり(234小節)のリタルダンドは巨匠の常套手段といえるが、爆発的な総奏から激しい気魄で荒れ狂う再現部(244小節)はフルベンの面目が躍如しており、重厚な第2主題から畳みかけるようにコデッタ主題(317小節)へ爆進するノリの良さもこの盤の魅力のひとつだろう。

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「フィナーレは第1楽章ほど完璧ではないが、実演の彼ならではの荒れ狂った演奏で、緩急の度合いがまことに大きく、わけても情熱のかたまりのようなアッチェレランドと、"ものすごい"の一語に尽きるティンパニの最強打は、フルトヴェングラーを聴く醍醐味といえよう。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0018i.jpg第2主題が〈歓喜のコラール〉となってたぎり立つコーダ(353小節)は、3連音動機からテンポを速め、コデッタ主題の金管が炸裂するところ(386小節)が最大のクライマックスだ! 
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火のついた勢いで疾走する弦楽器の分散和音にトロンボーンとトランペットがカノンでぶつける頂点は無我夢中になって猛り狂うフルベンのパッションが噴出する。

進軍ラッパのようなファンファーレを轟かせ、トランペットの最強音で止め打つのも巨匠の“必殺ワザ”で、爆発的なダイナミズムで聴き手を圧倒する。
デッカ盤の不満を払拭する納得の一枚だ。


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[ 2017/04/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

アンセルメのサン=サーンス/交響曲第3番

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サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調 作品78「オルガン付」
エルネスト・アンセルメ指揮
ピエール・スゴン(オルガン)スイス・ロマンド管弦楽団
Recording: 1962.5 Victoria Hall, Genève (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Disc: UCCD7065(2001/4)
Length: 34:15 (Stereo)
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アンセルメ指揮のサン=サーンス交響曲第3番は、録音の優秀さで音楽マニアの度肝を抜いたアナログ期の有名な音盤だ。スピーカーの前にタオルを掛けておくと重低音で揺れることで評判になったというが、筆者は学生時代に貧しい装置であったにもかかわらず、針で擦ったオルガンの震動音に腰を抜かした記憶がある。

sv0088b.jpgデッカ・サウンド最大の“マジック”の1つが、決して一流ではなかったスイス・ロマンド管弦楽団をヴィルトゥオーゾ・オーケストラように聴かせてしまったこととされる。

はからずも1968年の日本公演で「オーケストラが二流」、「名演奏はレコード録音のマジック」という風評が巻き起こり、わが国ではこのコンビの評価と人気が急落したという。


「残響の少ない日本のホールでは、オーケストラの本当の音を聴いてもらえないのが残念です。ロマンド管の音を味わっていただくのには、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで聴いてもらわなくてはなりません。」 志鳥栄八郎著 『人間フルトヴェングラー』より、音楽之友社、1979年)


sv0088c.jpgアンセルメが残念そうに語ったように、ダニエル・バートン設計の同ホールは低音が極端に抑えられ、高音は艶やかさと華やかさにあふれた独特の響きをもつために、ドイツ音楽には不向きだがフランス音楽には最適とされる。

「スイス・ロマンド」とは、「ロマンス語圏(フランス語)のスイス」という意味で、ここでは管楽器の独特の音色やニュアンス、とくに鼻にかかったような木管のイントネーションとラテン的で華麗なブラスの響きに特徴があり、今では失われてしまったフランスの古き良き香りが音盤に刻まれている。


sv0058p.jpgこの録音ではデッカ特有のオーケストラ各楽器の生々しさは後退し、距離感のあるクールな音づくりが指向されている。

これはオルガンの音でオーケストラ全体を包みこむように録る“デッカ・ツリー”のマイク・セッティングによるもので、やわらかな金属和音がオーケストラにしっとりと溶け合う第1楽章[第2部]など、合成して仕上げた不自然な響きとは次元の異なる質の高いサウンドを堪能させてくれる。

「サン=サーンスはおびただしいレコードのなかでも白眉の一枚。全体を通じて、純粋に、感覚的に、演奏しているが、そこにサン=サーンスの古典性とロマン性の融合をあざやかにとらえている。しかもまったく無理をしない手作り的な詩情には、指揮者の悠揚とした風格が自ら反映しており、スイス・ロマンド管弦楽団もふしぎなくらい色彩的なアンサンブルをくりひろげる。録音はかなり以前のものだが、いまきいても第一級の音質である。」 小石忠男氏の月評より、K20C8639、『レコード芸術』通巻第411号、音楽之友社、1984年)


「骨格的にはやや弱いが、極彩色の豊麗なオーケストラの響きに魅せられる、彫琢された美しさをもった演奏である。表面はサラッと流しているようだが、その実、細部まで神経のよくゆきとどいた表現で、ことに管楽器のバランスと、リズムの扱いの巧妙さという点では抜群だ。オルガンの明るい音色と、スイス・ロマンド管との息がぴったりと合っているのも、こころよい。2楽章形式のなかでさまざまに変化する曲想を明確な指揮で描き分けながら、作品の対位法的な性格を堅実に表現した演奏だ。」 志鳥栄八郎著『不滅の名曲はこのCDで』より、朝日新聞社、1988年)


「アンセルメは、理知的な演奏を心掛ける指揮者であり、サン=サーンスの演奏にはうってつけだ。スイス・ロマンド管の音がいい。鼻に掛かったフランス語のようなオーボエや、お洒落で軽みのある弦の歌が魅力的である。アンセルメ盤はサウンドが全体にしっとりしていて、サン=サーンスの天才性を明らかにするよりは、きわめて自然体のものとして聴かせる。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 [第1部] アダージョ~アレグロ・モデラート
sv0088d.jpg〈怒りの日〉に由来する第1主題が弦の16分音符の裏拍から開始するのがユニークで、同じ音が拍を跨っているために聴き手は感覚的に“ズレ”を感じるのがこの曲のツボといえる。

アンセルメは遅いテンポによって、このズレの妙味を最大限に提示する。16音符1つ1つに、これほど丹念にズレを感じさせてくれる演奏もめずらしく、老巨匠は縦の線をあわせるドイツ流の拍節感から生ずるズレの感覚を逆手に取り、これを明瞭に示して聴き手に快感をあたえている。

しかも「サラサラ」とやって小粋に聴かせているのが“音の魔術師”アンセルメの上手いところだ。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

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sv0088e.jpgサン=サーンスは詩、絵画、天文学、数学と幅広い才能を持った作曲家だったが、アンセルメもまた、幾何学者の父と小学校の教師を母に持ち、“数学の神童”として才能を発揮した。ローザンヌの工業学校と大学で数学と物理を、ソルボンヌ大学で数学と哲学を学んで数学の教師をやっていたアンセルメにとって、幾何学的な音型を緻密にさばくことなど朝メシ前。  TOWER RECORDS  amazon

作品の持つ構成を重視し、デフォルメは一切なし。「音符というのは、数字ですからね・・・」とアンセルメは語る。

コール・アングレとファゴットで演奏する副主題(55小節)は、“こぶし”を入れると演歌風になる日本人には親しみやすい旋律たが、鼻に掛かかったようなコール・アングレの詩情味ゆたかな音色、高揚する弦のパッセージ、トゥッティの明るい音色が個性的だ。
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sv0088f.jpg木管がゆったりと逍遥する第2主題(102小節)やコデッタ総奏(132小節)のカラっとした華やぎのある響きも特筆モノで、そのエレガントな風情はロマンド管ならでは。

拍節感のある弦のピッツィカートを打ち込む展開部(159小節)は理路整然と音符をさばくアンセルメの独壇場。木管リズムに輪舞のような弦を絡めて洒脱軽妙な甘さと粋を散りばめているところが心憎い。
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せわしく駆動する総奏の頂点(232小節)の決め所は、パンチ力や圭角の鋭さが欲しい気もするが、皮をゆるく張ったティンパニのやわらかな打点から繰り出すどっぷりした〈怒りの日〉のテーマがユニークで、放歌高吟する〈演歌主題〉、明るい響きで風韻よく刻む弦の16分音符リズムなど、いささかも角張ったところのないラテン的な開放感に溢れている。


第1楽章 [第2部] ポコ・アダージョ
sv0088g.jpg弦楽4部がユニゾンで歌う静謐なコラールは、オルガンのA♭の和音がオーケストラ全体を包み込むような、しっとりとした響きに耳を奪われる。

弱音で奏する弦のオブリガートは敬虔な気分に溢れ、リリカルに歌い継ぐ木管の歌や静謐にたゆたう第2句の弦楽ユニゾンの美しさにため息が出てしまう。

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何よりもすばらしいのがパイプ・オルガンのやわらかな響きで、ペダルの感触やパイプに送り込まれる空気の振動すら伝わってくる生々しい音と、オルガンのストップ効果による余韻を心ゆくまで味わいたい。
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sv0088h.jpg変奏部(400小節)は、アラベスク風のフレーズを美しいカノンで織り上げるアンセルメの緻密な棒さばきがものをいう。不安な影を落とす〈循環主題〉のピッツィカート・リズムの中から再現する〈祈りの旋律〉が最高潮に達するクライマックス(439小節)が最大の聴きどころだ。

3オクターブあげた第1ヴァイオリンとヴィオラがディヴィジョンで旋律を奏でるところは、光沢を帯びたような“シルキー・ハイ”のアンサンブルを堪能させてくれる。
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第2楽章 [第1部] アレグロ・モデラート~プレスト
sv0058l.jpg〈怒りの日〉のスケルツォはアンセルメが力瘤を廃して爽やかに駆け巡る。硬いティンパニの打点と木管のリズムの目をきっちりそろえ、理性的で落ち着いた音楽運びが印象的だ。

中間部(第3主題)はサラサラと精妙に刻む弦、4手の連弾ピアノ、軽妙洒脱な木管の掛け合いが聴きどころで、オーケストラの機能性や名人芸を味わうには物足りないかも知れないが、理性的で精確な演奏をやってのけている。
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詩的情緒あふれるニュアンスがうつろう第4主題の味わい深さも格別で、アンセルメは馬鹿陽気になって羽目を外したりせず、しっとりと情感を込めて歌われる。荘重なトロンボーンと気高い弦のカノンで織り上げるブリッジ部のモットー主題も聴きどころで、来るマエストーソの“勝利の予感”を格調高く歌い上げている。


第2楽章 [第2部] マエストーソ~アレグロ
sv0058a.jpg大地を揺るがす重低音とはまさにこのことだ。「ギュイ~ン」とヴィクトリア・ホールに鳴り響く力強いオンガンのC-dur(ハ長調)の金属和音は、音楽マニアの耳を恍惚とさせる“極上のサウンド”で、学生時代に安物のステレオで再生してもオルガンの金属音が絶大な伸びで目前に迫ってきたのが忘れられない。

とくに、383小節の和音を引き延ばして鳴りきる桁外れのオルガン音に耳が痺れたのは筆者だけではないはずだ。
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最高の聴きどころは、〈怒りの日〉が勝利の勝ち鬨となる総奏(392小節)。
弦のアタックにオルガンが「ぎゅんぎゅん」力強く鳴りわたる音場は悪魔的といってよく、レースを編むように繊細な分散和音を散りばめるピアノ伴奏、意気揚々とぶちこむシンバル、明るい響きを放つファンファーレの開放感も抜群、理性的な78歳の老巨匠はここ一番の“決めどころ”で力相撲を展開する。

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sv0058o.jpg主部(400小節)はマーチ風の第1主題をアンセルメがクールにフガート展開。田園牧歌的な第2主題は個性的な音を発するオーボエやコール・アングレ、繊細なニュアンスで歌いまわすの弦のメロディーが聴きものだが、圧巻は〈怒りの日〉の4音を引用して絶叫する展開部(519小節)。

カラッと明るい音で放歌高吟するブラスのラテン的な響きが祝典的な気分を大きく高めている。
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コーダ(610小節)はトロンボーンとトランペットが華やかな打ち合いを演ずるところに心躍るが、アンセルメはストリンジェンドでわずかにテンポを速めるだけで決して熱くなりすぎない。
sv0058m.jpgピウ・アレグロではこの楽団自慢の極彩色の管弦楽が「ここぞ」とばかりに炸裂、オルガンの重低音が波打つ和声進行の中を、燦然と打ち込むトランペットの腰の強い響きが全曲を華麗にむすんでいる。

ロマンド管の華麗な音とツボを押さえたオルガンの鳴りっぷりを満喫できるアンセルメ会心の一枚だ。


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[ 2017/04/15 ] 音楽 サン=サーンス | TB(-) | CM(-)

カラヤン=ベルリンフィルのチャイコフスキー/交響曲第4番(71年盤)

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チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調 作品36
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording:1971.9.16-21 Jusus-Christus-Kirche, Berlin
Producer: Michel Gloz (EMI)
Balance Engineer: Wolfgang Gülich
Length: 42:15 (Stereo)
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この1971年のEMI盤は、カラヤン&ベルリンフィルによる2度目の〈後期3大交響曲〉の録音で、このコンビ絶頂期の音が刻まれている。イエス・キリスト教会でわずか6日間のセッションで一気に完成させたというだけあって、7種ある《第4番》のCDの中では最も熱気があり、まるで実演のように気迫のこもった演奏として高く評価されている。

sv0087b.jpg1970年代のカラヤンは、ベルリンフィルの音楽監督として楽界の“帝王”に君臨し、全盛期をむかえていた。

「自分とベルリンフィルは、現在最高の状態にある」とカラヤンが豪語したように、シュヴァルベ、ブランディス、シュピーラー、カッポーネ、フィンケ、ツェペリッツ、コッホ、ライスター、ゴールウェイ、ザイフェルト、フォーグラーといった名人を麾下におき、“黄金の70年代”を謳歌していた。

レコードにおいても70年代は“傑作の森”ともいわれ、心身共に充実した60代のカラヤンが、自分の“楽器”と化したオーケストラを意のままに操って名録音を産み出していった。

sv0087c.jpgあたかも映画俳優のようにきめたカッコいいジャケット写真も「さぞや名演」をイメージさせるに十分な魅力あり、音盤に針を落とす以前に勝負はついていた。

映像を含めると9種あるカラヤンの《第4》の中で、筆者がとくに注目したのが④⑤⑥。④のDG盤は後年の録音に比べると直截的な表現で、オーケストラの推進力とパンチ力で堂々と押し切った完全無欠の名演奏。

続く⑤(当盤)では、華麗な金管の響きに磨き抜かれた弦の流動感が加わり、アンサンブルの妙技と形振り構わぬ熱っぽい演奏が楽しめる。

NoOrch.DateLevelⅠmovⅡmovⅢmovⅣmovTotal
Philharmonia1953.7EMI19.0210:075:538:5543:57
Wien so1954.11(L)Orfeo18:109:465:338:1841:47
Berlin po1960.2EMI19:119:025:398:5242:44
Berlin po1966.10DG17:549:575:428:0441:37
Berlin po1971.9EMI18:399:585:208:1842:15
Berlin po (DVD)1973.12Unitel18:109:265:308:0941:15
Berlin po1976.12DG18:409:015:468:1741:44
Wien po1984.9DG18:349:595:408:3042:43
Wien po (DVD)1984.9SONY18:229:155:448:2541:46


sv0087j.jpgユニテルの映像作品⑥も白熱の度合いが凄まじく、指揮者の過剰な演出が鼻につくものの、「やはりカラヤンはカッコいい」と再認識させられてしまう。第1楽章コーダのfff(403小節)で大見得をきるところなど千両役者といえるが、「ここまで力まなくても」と思わないでもない。

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同じDG盤でも⑦になると勢いは後退し、どこか手慣れた感覚と作為的な“いやらしさ”が前面に出てしまい、何度も繰り返して聴きたいとは思わない。

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このEMI録音の《第4》に関してはオリジナルテープの損傷が著しく、国内CDのHS2088やTOCE13262(岡崎リマスター)でも強奏時の音割れがみとめられる。第4楽章のシンバルと大太鼓の衝撃音がビリつく箇所にお気づきの人もいらっしゃるだろう。

sv0087d.jpg手持ちのLP(EAA-136)を比較したところ、音割れは無いものの、第4楽章は音が荒れているため、当初からマスターテープに問題があったのだろう。

CDのジャケットが冴えないのが気になるところだが、ハイブリッド盤やシングルレイヤー盤のSACDが新しいリマスターで発売されたので、あらためてじっくり聴いてみたい。

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「カラヤンはチャイコフスキーの3大交響曲を何度も録音しているが、その中でこれを最高とする人は少なくない。それは、他の録音にない“熱さ”がここにあるからだ。4番の一部では音が歪んだりもするのだが、にもかかわらずあえてこの緊迫感あふれるテイクを選んだ録音スタッフの判断は間違っていなかったと思う」 特集「1970年代の栄華」より増田良介氏による~『レコード芸術』通巻705号、音楽之友社、2009年)


「1971のEMI録音は〈ライブに近いカラヤン〉として定評がある。スタジオ録音らしき端正な仕上げというよりは、激情を剥き出しにしたカラヤンに出会えるというわけだ。なるほど、《第4》の金管の咆吼の激しさは前録音の比ではなく、常とは違うカラヤンの激情に終始圧倒される。残念なのはマスターテープの損傷が著しいとのことで、丹念にLPレコードを探すよりほかない。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』、毎日新聞社、2005年)


「70年代はカラヤン&BPOの絶頂期であったことは明らかだ。ヴィルトゥオーゾ・オケとしても技術とアンサンブルを生かした演奏の精度と表現の秀麗さは追随を許さぬものがある。本盤では、特に金管のシャラシャラした金属質な鳴りをしている点。これは他の演奏では聴けない音色なので非常に興味深い。しかも表現が一段と熱狂的で、クライマックスではゾクゾクするような達成感が得られるのが魅力だ。」 オントモムック『クラシック不滅の1000』より齋藤弘美氏による、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0087e.jpgホルンとファゴットによる“運命ファンファーレ”は、残響をともなったマイルドな音がたっぷりと鳴り響き、ベルリンフィルの壮麗なサウンドがのっけから全開である。

このテーマは同じ時期に書かれた《エウゲニ・オネーギン》(ポロネーズ)の華やかな宴の開始のファンファーレと瓜二つで、ここでは「運命」の主想旋律として“暗黒の運命”に対する絶望と諦めが交響曲全体を支配する。

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弱弦のアウフタクトで入る第1主題〈苦悩に満ちた現実〉(27小節)の上手いこと! シンコペートされた悩まし気な旋律を滑らかに、意味ありげに歌い出すカラヤンの手練れた歌い口に酔わされてしまう。一糸乱れぬ木管群、テヌートで応答する音量ゆたかな低音弦、上滑りするような弦のトレモロの強奏、硬いティンパニのリズム打ち、ドラマティックに吼えるホルンの吹奏など、ツボにはまったオーケストラの名人芸と音響美に身も心も酔わされてしまう。

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sv0087f.jpg優美なワルツのリズムで彩る第2主題〈幸福な夢〉(116小節)は“カラヤン節”の独壇場。

物憂げに歌うファゴットの旋律に、ワルツの対旋律を重ねるチェロのコクある弓さばきや、羽毛のような軽やかさで妖艶に揺れる弱弦の合いの手(134小節)など、麻薬のような甘い香りで聴き手の快感を巧まずして誘っている。

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「ガツン」とくる一撃で幸福の絶頂へ駆け上がる高揚感も比類がなく、なみなみと吹奏するホルンの〈歓びの主題〉(169小節)、ゴージャスに躍動する力強いコデッタ主題(177小節)、〈運命動機〉で奈落の底へ叩き付ける慟哭の一撃(201小節)など、その演出の巧さもさることながら、力瘤を入れたカラヤンの気魄に圧倒されてしまうのは筆者だけではないだろう。
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sv0087g.jpg大きな聴きどころは、ドラマティックな名旋律を弦がオスティナート的に弾き回す展開部(237小節)。上昇反復のパッセージをねっとりと練り上げるフレージングは絶妙といってよく、緩急自在に音楽が呼吸し、陶酔的に揺れながら〈運命主題〉に上り詰めるところの劇的緊張感といったら! 

第1主題がトゥッティで爆発する再現部(284小節)の宣言もすさまじい。このレコードをはじめて聴いた時、激情を剥き出しにして嵐のように荒れ狂う総奏に筆者は腰を抜かしたものである(トロンボーンの強奏をお聴きあれ!)。
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第2主題を行進曲風にアレンジしたコーダ(381小節)は抜き足差し足、絶妙のテンポで駆け走る。弦にレガートをかけて休符を均しながら、頂点に登り詰める緊迫感は無類のもので、決めどころのクライマックスが403小節のfffにやってくる。ここはストレートに直進するのが常套だが、ひと呼吸入れて決然と見得をきるやり方もあり、当盤ではカラヤンは音は切らずにfffでさらに力を籠め、激情を剥き出しにして突進する。

同じカラヤン指揮でも、④は手前402小節2拍目にアクセントを入れ、⑦はストレートに直進、①③⑧⑨は402小節2拍目の途中で音を切る、⑥は音は切らずに大きく間合いをとって見得をきる、といった違いがある。筆者なら④か⑥をやってみたいが、皆さんはどのやり方がお好みだろうか。


第2楽章 アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーナ
sv0087h.jpg《第4》演奏の格付けを決める21小節のオーボエ独奏は、首席奏者ローター・コッホのクリスタル・トーンに魅せられてしまう。透明度の高い硬い音から、えもいわれぬ深い味わいを醸し出し、官能的ともいえるテンポ・ルバートで聴き手を酔わせてくれる。

コッホの不在時にカラヤンは、オーボエが重要な作品のレコーディングを決して行わなかったという伝説めいた話に「なるほど」と頷ける。
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sv0087i.jpg弦楽ユニゾンで「とろり」と歌い返す副次主題(41小節)や、音量をてんこ盛りした弦の16音符のフィギュレーション(65小節)などやり過ぎの感があるが、高性能のベルリンフィルが機能性と抜群の機動力を発揮するのが、中間部の農民舞曲

リズミックにテンポを上げて「これでもか」と音階を上り詰め(150小節)、その頂点のフォルテで大きく弓を返して高揚する派手な立ち振る舞いもカラヤンの面目が躍如する。
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しっとりと濡れたように奏する主題再現も涙モノで、チェロやファゴットのモノローグなど、メロディアスな美しさで俗耳を楽しませるカラヤンの巧みな話術は枚挙にいとまがない。


第3楽章 スケルツォ ピッツィカート・オスティナート
sv0087k.jpg軽微なリズムの中にすごい名人芸を聴かせるのがピッツィカート・オスティナートだ。ここでは「びょんびょん」とバネを効かせた躍動感あふれる低弦リズムや、切れ味の鋭い高弦の裏打ちを加えて生き物のように駆け走る。

トリオも名人芸のオンパレードで、楽団を整然と統率した軍隊行進曲の中を、クラリネットの即興や、風を切るようなピッコロの曲芸で魅せるあたりはまさしく“カラヤン・サーカス” TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
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ピッツィカート・リズムに中間主題を混ぜ合わせた主題再現も間然とする所がなく、攻撃性を前面に打ち出して「どうだ!」と威圧するすさまは、演出過剰とも言えるこのコンビの自信の漲りを感じさせている。


第4楽章 フィナーレ アレグロ・コン・フォーコ
sv0087l.jpg華麗な管弦楽の醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれるのがフィナーレ〈民衆の祭り〉の音楽だ。ここではベルリンフィルのパワーが全開で、行進テーマ(第3主題)を高らかに奏するところはオーケストラの合奏能力を最大限に発揮した名場面。
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力瘤のはいった荒々しいまでの総奏は聴き手を圧倒し、叩きつけるような和音打撃(50小節)、勢いをつけた弦の3連音、大太鼓とシンバルを容赦なくぶちかますダイナミズムの極致は、当時の録音技術の許容の限界を超えてしまったのも無理からぬものといえる。
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sv0087n.jpg第2主題〈白樺は野に立てり〉をテューバがバリバリ吹奏する60小節や、〈白樺主題〉を金管がカノン風に強奏反復しながらクライマックスで〈運命ファンファーレ〉(199小節)を炸裂させる筆勢の強さも大きな聴きどころだ。

「ここぞ」という局面で赤子の手をひねるようにゴージャスな音楽に仕立ててしまうカラヤンの手慣れた棒さばきに快哉を叫びたくなる。鉈を打ち下ろすような和音打撃の衝撃のすさまじさったらない。

コーダ行進テーマのホルン信号を皮切りに、錯綜たるオーケストレーションをスペクタキュラーに展開。3つの主題を織り交ぜながら疾風怒濤の勢いで突っ走る。

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〈白樺ファンファーレ〉を連呼しながらツボにはまったように熱狂し、まさに豪華絢爛、まるでジェットコースターに乗っているようなめくるめくスピード感で全曲を締めている。ライヴのような気魄でカラヤンが完全燃焼した納得の一枚だ。


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[ 2017/03/25 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

スタインバーグ=ボストン響のホルスト/組曲「惑星」

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ホルスト/組曲「惑星」作品32
ウィリアム・スタインバーグ指揮
ボストン交響楽団&ニュー・イングランド音楽院合唱団
Recording: 1970.9,10 Boston Symphony Hall (DG)
Recordig Producer: Reiner Brock
Balance Engineer: Günter Hermanns
Recording Engineer: Joachim Niss
Length: 45:58 (Stereo)
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このDG盤は、スタインバーグが1969年から72年まで音楽監督を兼任していたボストン交響楽団(BSO)との初レコーディングにあたる。ドイツ生まれのスタインバーグはオーソドックスな手堅いスタイルの指揮者で知られるが、ライナー、ミュンシュ、セル、オーマンディ、バーンスタインといった米国の指揮者の中では地味な存在で、セールス的にはぱっとしなかった。

sv0086c.jpg久しぶりに再発売されたCDを聴いてみると、これが恐ろしや、気魄のこもったすさまじい演奏で、筆者は腰をぬかして驚いた。《惑星》はファンタジーや神秘性を求めるあまり、とかく生ぬるい演奏に終始してしまいがちだが、これを物足りなく感じている者にとっては大変聴き応えのある演奏で、“隠れ名盤”といえるのではないか。

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特筆すべきは、バンバンと張りのある音で突進するスタインバーグの力強いスタイルで、〈火星〉〈木星〉〈天王星〉ではハッタリのないドイツ風の重厚なサウンドで押し切る思い切りの良さは、数ある《惑星》の中で冠絶している。
〈金星〉〈水星〉の緻密なアンサンブルも秀逸で練り絹のようなストリングスの美感はもとより、ボストン響の持つカラフルな管楽器のサウンドを堪能させてくれる。

sv0086b.jpg録音の素晴らしさも見逃せない。いかにもグラモフォンらしいエッジの効いた音場は、聴き手に肉体的体験と興奮すらあたえてくれるリアリティに富んだもので、今聴いても古さを感じさせない。

この録音を手掛けたのは1959年以来、30年間にわたり一貫してカラヤンのレコーディングを行ってきたギュンター・ヘルマンスで、音楽の骨格とボディをしっかりとバランス良くとらえている。名録音として定評のある小澤盤(PHILIPS)と聴き比べてみるのも一興だろう。
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ConductorRecdateLevelMarVenMerJupSatUraNepTotal
Steinberg1970.9DG6:377:253:598:017:455:246:4745:58
Ozawa1979.12Philips6:457:554:088:028:455:418:1249:28

「大編成のオーケストラを巧みにコントロールし、曲の効果を最大限に引き出している。全体的にはやや一本調子ではあるが、原色豊かな胸のすくような豪快な演奏である。」 草野次郎氏による月評、UCCG5240、『レコード芸術』通巻第742号、音楽之友社、2012年)



火星「戦争をもたらすもの」 アレグロ
sv0086d.jpg弦のコル・レーニョ、ティンパニのオスティナート・リズム、ゴングのトレモロが抜群の躍動感と分離感で迫ってくるところに、のっけから度肝を抜かされる。

戦争の予感どころか、指揮官が甲冑に身を包んだ楽員をけしかけ、殴り込みをかけるように敵陣のただ中に突進させる気魄に圧倒されてしまう。「これでもか」とがっつりと吹き上げるブラスの第1主題と、きっぱりと歯切れ良く打ち込むトランペットの合いの手も気合い十分。
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sv0086e.jpgfffで立ち上がるパンチの効いた総奏(40小節)は圧巻で、胸底に響くように吹き抜く〈神の激怒の主題〉(第2主題)は敵陣を正面突破する堂々たるアプローチ

熾烈なアクセントを付けて叩き込むオスティナート・リズムはすさまじく、迷いなくぶち込むトランペットの切れ味も抜群! 分厚い弦をぐいくぐい押し込み、その頂点(66小節)で痛烈な一撃をくわえるあたりも音楽は気魄に充ち満ちている。
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PSOもBSOもスタインバーグが音楽監督に就任したときは楽団の士気が低下していたといわれる。指揮者が強権をふるっていた時代に、スタインバーグは楽員たちを礼節と尊敬を持って遇し、楽員と一蓮托生のポリシーによって楽団にヤル気と音楽をする喜びを与えてアンサンブルの質を一変させた、という話に「なるほど」と頷ける。

sv0086f.jpg中間部(68小節)は決戦を喚起するテューバの勇壮なイヴォケーション(第3主題)と、胸のすくようなトランペットのファンファーレが気分を大きく高めている。

前のめりにぐいぐい押し込むオーケストラ・ドライヴが痛快で、“向かうところ敵なし”の感があろう。低音弦が大河のごとくうねる〈死の舞踏〉(96小節)の緊迫感も無類のものだ。
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sv0086k.jpgクライマックスで立ち上がる爆発的な総奏(110小節)はこの世のものと思えぬすさまじさで、鋼のようなボストン・ブラスが「ここぞ」とばかりに炸裂する。

これをしっかり支える弦の底力も並々ならぬもので、リズミカルだがこざっぱりと腰の軽い小澤盤に比べるとオーケストラのボディが強固で、しっかりと鳴りきる“ジャーマン・サウンド”が痛快である。まさに〈戦争をもたらすもの〉にふさわしい力業といえる。  TOWER RECORDS


金星「平和をもたらす者」 アダージョ
sv0086j.jpg〈愛と美の女神〉はボストン響のソリストたちの独壇場。小澤盤は名手チャールス・カヴァロフスキー(1972~1997年在籍)の独奏ホルンが評判をよんだが、これはその上をいく美しさ。

チェロの分散和音はしっとりと潤いがあり、ロマンティックの極みといえる。最高の聴きどころがアンダンテの第2主題(30小節)。独奏ヴァイオリンの艶のあるカンティレーナや、光沢を帯びたようなアニマートのストリングスは息をのむ美しさ。
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sv0086m.jpg小澤のように繊細にやり過ぎると響きがうすくなってしまうが、その点、スタインバーグはコクのある響きを失わず、ウェットにたゆたうフレージングからメロウな味わいを巧まずして引き出している。

民謡調の第3主題を奏でる名人たちの独奏や、ハープとチェレスタのつぶ立ちが見えるように聴こえてくるのも美味しい耳のご馳走だろう。
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水星「翼のある使者」 ヴィヴァーチェ
sv0086h.jpg剽軽奇抜なスケルツォ楽想は、キメが整った楷書風の小澤に比べて流動感あふれる音の拡がりがあり、スコアが音にされた面白さがある。
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8分の6拍子に3拍子のハープ(10小節)を重ねたり、第1主題のモールス信号風のオスティナート・リズムや、2拍子のリズムを組み合わせた奇妙な感覚を生々しく表現。仕掛けや演出で聴かせるのではなく、オーケストラのために書かれた作品として実直に再現している。

3小節単位のオスティナート旋律を様々な楽器の組み合わせによって11回半繰り返す第2主題も聴きどころで、ソロ奏者たちが生き生きと歌い継ぐところはラヴェルの《ボレロ》を思わせるではないか。ここ一番で決めるトランペットとホルンも存在感を示しており、コントラ・ファゴットとコントラバスを噛み合わせた結尾の豊かな響きも特筆モノだ。


木星「快楽をもたらす者」 アレグロ・ジョコーソ
sv0086l.jpg〈快楽の音楽〉は骨の太い男の音楽だ。がっちりと立ち上がる総奏は力感が満点で、マイルドで力弱い小澤盤とはおよそ対照的。トランペットの強烈なファンファーレや64小節の痛烈な一撃もすさまじく、男気に充ちた勇壮な第2舞曲、どっしりと構えた重厚な第3舞曲がいかにもドイツのカペルマイスター風。

ストリンジェンドからみるみる加速をかけて突進する様は荒武者のようで、グロッケンシュピールの金属音も耳に刺激的である。
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sv0086n.jpg《惑星》のツボといえる中間部の〈わが祖国に誓って〉(193小節)は、安っぽいノスタルジーや民謡的な味わいとは一線を画し、気分はすこぶる厳粛である。

几帳面な歌わせぶりだがどこか高揚感に乏しい小澤盤に比べると、古典音楽のように造形を崩さぬ堅固な音楽運びから宗教的な崇高さが漂ってくるのが感動的で、分厚いサウンドによる高揚感も抜群である。
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再現部の総奏は、甲冑を身に纏ったような鋼のブラスは鮮烈で、パウゼから見得を切るように突進する第2舞曲やグロッケンシュピールとタンバリンを容赦なく叩き込む第3舞曲など、指揮者が小細工なしの強力ぶりを発揮するところに快哉を叫びたくなってしまう。放歌高吟するトランペットの目の醒めるようなハイトーンは肌が粟立つすさまじさ!


土星「老いをもたらす者」 アダージオ
sv0086r.jpg老いの疲れとわびしさを描くという意味では、さっぱりとした小澤盤も、たくましいスタインバーグ盤も健康的過ぎて場違いの感があるが、冒頭のコントラバスや中間部のシンコペートされた鐘の音の生々しい響きを楽しめる。

再現部は、弦楽セクションがイン・ストリングスでたっぷりと歌い上げたスケール感は絶大である。
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天王星「魔術師」 アレグロ
sv0086q.jpgここではスタインバーグが鮮やかな色彩効果を発揮しつつ、壮大な魔術を展開してゆくところが最大の聴きどころで、持ち前の武骨一辺倒で突進しながらもエグ味を効かせ、切れば血の出る熱っぽさで畳み込む。

シンバルやティンパニの骨力のある衝撃感も抜群で、ア・テンポの大総奏(193小節)ではパンチを効かせてグロテスクなまでに凄絶である。それに比して小澤盤はノリはよいがどこか上品すぎて生ぬるく、魔術というよりネタバレの手品を見ている感がある。
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sv0086i.jpg兎にも角にもオーケストラ全体が鳴りに鳴りきり、その威力は レヴァン=シカゴ響盤と双璧といえる。その頂点(221小節)で「ギュイ~ン!」と地響きを立てるように轟くオルガンのグリッサンドが強烈で、レントの深い呼吸のアインザッツと匂い立つような弦の音色にも耳をそばだてたい。

「バカスカ」と叩き込むティンパニの“とどめ打ち”も痛快きわまりなく、必殺仕掛人のような大芝居で聴き手の興奮を誘っている。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


海王星「神秘主義者」 アンダンテ
sv0086o.jpg神秘の惑星のキモは中間部の〈天上の音楽〉で、ハープ、チェレスタ、弦が分散和音とアルペジオを重ね、その頂点で女声コーラスのヴォカリーズが遠くから聴こえてくる。

女声コーラスの上手い下手を論ずるのは野暮というものだが、スタインバーグ盤は模糊とした神秘感よりも、スコアに書かれた音をリアルに再現し、透明な響きを実現している。

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sv0086p.jpg音の純度からいえばDG盤のクリアな響きが魅力的だが、忘却の彼方に消えゆく神韻縹渺とした趣きは小澤盤も互角といえる。最後の小節は「響きがはるか遠くに消え失せるまで繰り返す」とスコアに指定されるが、ヴォカリーズの消え方がスタインバーグ盤の方が自然で、小澤盤はそっけなく途切れてしまう。
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ファンタジーや神秘的な気分よりも、オーケストラをガンガン鳴らして壮大な管弦楽の醍醐味を堪能させてくれる一枚だ。


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[ 2017/03/08 ] 音楽 ホルスト | TB(-) | CM(-)

ヨッフムのハイドン/交響曲第88番 「V字」

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.10
Level: Deutsche Grammophon
Location: Jesus-christus-Kirche, Berlin
Length: 20:39 (Stereo)
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このディスクは、ヨッフムが3つのオーケストラとグラモフォンに録音したハイドン交響曲集で、第88番(ベルリンフィル)、第91番(バイエルン放送響)、第93番(ロンドンフィル)を収録したアルバム。中でも《第88》が驚くほどの名演奏で、筆者の手がよく伸びる一曲だ。

sv0085k.jpgヨッフムは70年代にロンドンフィルとランドン校訂版による〈ロンドンセット〉(第93番~104番)の録音を完成させているが、ステレオ初期にバイエルン放送響と第91/103番を、ベルリンフィルと第88/98番を残している。

この第88番は 1963年6月にSLGM1139(138823)としてLPで発売されて以来、長らくオクラになっていた貴重な音源である。
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sv0085b.jpgベルリンフィルの第88番《V字》といえば、同じグラモフォンでフルトヴェングラー指揮のスタジオ録音“決定盤”として知られている。

しかし、ベルリンフィルはその後、カラヤンとはレコーディングを行っておらず、ヨッフムがステレオ初期に《V字》の録音をのこしてくれたのは音楽ファンへの大きな贈り物といえないか。


a.jpgここでは、グラモフォンらしい立体感のある録音の良さもさることながら、抜群の機動力と緊密なアンサンブルを繰り広げるベルリンフィルの冴え冴えとした技巧が最大の聴きもので、楽想はのびのびと豊かな生命力に満ち溢れ、力瘤を廃してひた走るスピード感がゾクゾクするような快感を誘っている。

端正で古典的な造形をバランス良くまとめながらも、ヨッフムらしい南ドイツ的な大らかさと快活さによって、生気に充ちた演奏を繰り広げているのが最大の魅力だろう。

ConductorDateLevelsourceTotal
Furtwängler1951.12DG427404-26:496:174:223:3621:04
Jochum1961.10DGUCCG39896:246:154:343:2620:39
Rattle2007.2EMITOCE55993/46:445:453:573:3620:02

「ヨッフムのハイドンに対する姿勢は、いささかのぶれもなく、実に明快そのもの。彼のハイドンの音楽に対する適性をまざまざと知らしめてくれる。ベルリン・フィルはこの曲をフルトヴェングラーとも録音しており、それもすばらしい名演だが、このヨッフムとの録音は、主情に走りすぎず、しかし実に含蓄豊かな音楽が均衡のとれた造形と透明感に満ちた爽快な響きのもとに展開される。ハイドンやモーツァルトの音楽を的確な様式感のもと過不足なく実現すれば、自ずと意味深さが立ち現れてくる見本のような演奏といってよい。」 中村孝義氏による月評より、UCCG3989、『レコード芸術』通巻第663号、音楽之友社、2005年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0085e.jpg交響曲第88番は、名だたる大指揮者たちが競って録音を残していることで有名な作品で、《V字》という表題はロンドンのフォスター社が出版した際に、その第2集(23曲)にAからWのアルファベットを付し、第88番に「V」の字が与えられたことに由来する。

16小節の序奏は、ゆったりと柔らかな和音と第1ヴァイオリンの伸びやかで優美な呼び交わしが心地よく、響きのゆたかさのみならず、深く長い弓を入れるスフォルツァンドと慈愛に満ちた柔和な表情に心惹かれてしまう。
ヨッフムの息づかいが聴こえてくる録音はライヴのように生々しい

sv0085f.jpg主部はきびきびと歯切れ良く、音楽は爽やかだ。ヨッフムはいささかの衒いもなく、緊密なアンサンブルと抜群の機動力によって、明快な造形を展開する。驚くべきはベルリンフィル奏者たちの腕の見事さだ。

単に合奏のキメが整っているというより、闊達自在なフレージングで駆け巡る躍動感に魅せられてしまう。小結尾の跳ねるようなみずみずさも比類がなく、低音弦がゴリゴリと歯ごたえのある分散和音を打ち返す生々しさが耳の快感を誘ってやまない[提示部の反復あり]。
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sv0085g.jpg展開部(104小節)はベルリンフィルの巧緻な弦楽アンサンブルの独壇場。第1主題の断片と分散和音のゼクエンツを颯爽と弾き回し、第2主題を内声に織り込んでゆくところは音楽が実に明快で、見通しのよい対位法など器楽演奏の神髄を堪能させてくれる。

再現部で躍り出るようなオブリガート・フルート(179小節)は歓びに満ち溢れ、ほっこりと鄙びた味わいの木管と、柔らかく解きほぐされた弦楽アンサンブルが感興ゆたかに躍動する。 TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

コーダに向かって、奏者たちが愉悦感たっぷりと自発的に音楽に興じているさまが録音から伝わってくるのも嬉しい不意打ちで、シャッキリと締める終止和音はみずみずしさの極みである。


第2楽章 ラルゴ
sv0085h.jpgゆったりと真摯に歌い上げるラルゴ主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》から採られたもので、しっとりとオーケストラに溶け込みながら聴き手にやさしく語りかけてくれる。

滋味深い弦の合いの手を絡める第1変奏、フルートと第1ヴァイオリンが重厚に織り上げる第2変奏、オーボエの旋律に弦が32音符のオブリガートを滑り込ませる第3変奏の高貴な味わいはどうだろう。
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sv0085i.jpg大きく転調を入れたチェロとヴァイオリンがなみなみと歌い上げる第4変奏もすこぶる感動的で、厳粛な気分に充ち満ちている。

「がっつり」と歯ごたえのある強音をぶち込む豪放さも“南ドイツの野人”ヨッフムの面目が躍如しており、この老人は指揮棒なぞ持たずとも、あの長いアゴだけでオーケストラを統率出来るのではないか。



第3楽章 メヌエット、アレグレット
sv0085j.jpgどっしりと構えたメヌエットはいかにもドイツのカペルマイスター風で、腰の重い低音と堅固なたたずまいは頑固親爺を思わせるものだ。

ここでは、こせこせしない威厳に満ちた音楽運びが痛快で、装飾音の付いた4分音符をスタッカートで切らず、レガートでほどよく伸ばすフレージングがじつに爽やかだ。

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トリオは素朴な田舎の音楽だ。ヨッフムの、あの長いアゴの動きに反応するかのように、内声部のドローンが、“のったり”とたゆたうところがユニークで、後半では強弱対比を克明に付けながらも、ゆたかなニュアンスを失なうことなく音楽が息づいているあたりは、壮健なヴェテランの棒さばきといえる。
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第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0085l.jpgリズミカルなスタッカートでさばく第1主題は愉悦感たっぷりで、緊密なリズム打ちからダイナミックさを増して豪快に突き進むのがヨッフム流。

第1主題が発展する走句(33小節)から、ベルリンフィルの名人たちが「ここぞ」とばかりに分散和音を弾き飛ばして走り出すところが大きな聴きどころだ。

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緻密なスタッカートから属調上の第2主題の走句が躍り出るところの目まぐるしいスピード感は圧巻で、脇目もふらずに猛烈な追い込みをかけてコデッタ(小結尾)へ直進するヨッフムの“荒武者ぶり”に快哉を叫びたくなってしまう。
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sv0085m.jpg展開部(84小節)はいささかの力瘤も感じさせぬ弦のみずみずしさが際立ってくる。ト短調に転調した〈フガート楽想〉(108小節)を落ち着いた棒さばきと分厚い弦楽サウンドによって主題を厳格に織り込むところは、かつて“オーデル河畔のフルトヴェングラー”として知られていた巨匠の貫禄充分。  TOWER RECORDS  amazon

弦を噛むように弓の引っ掻く生々しい音が聴き手の耳を刺激するあたりは、なるほど、音のリアリティを追求するグラモフォンらしい克明な音造りといえる。

sv0085n.jpg第1主題が朗らかに戻ってくる再現部(158小節)もコツコツとしたリズム打ちで実直にひた走るが、結尾では胸のすくような豪打によってヨッフムはドラマの終結を宣言する。

目の覚めるような第2主題の走句をゾクゾクするような疾走感で聴き手の興奮を誘い、怒濤の勢いでコーダへ突入するところが最大のクライマックスだ!

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シャッキリと歯切れよく畳み込む終結のきびきびとした躍動感は若々しいエネルギーに溢れんばかりで、一服の清涼剤のように名曲を澄明爽快に締め括っている。ヨッフムがステレオ初期に遺した隠れ名盤ともいうべき掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/02/18 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

アバド=シカゴ響のチャイコフスキー〈冬の日の幻想〉

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チャイコフスキー/交響曲第1番ヘ短調Op.13
 「冬の日の幻想」
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1991.3.13,15,16 Orchestra hall, Chicago
Producer: James Mallison (Sonny)
Engineer: Bud Graham
Length: 43:33 (Digital)
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クラウディオ・アバドがシカゴ交響楽団の首席客演指揮者をつとめたのは1982~85年で、このチャイコフスキー交響曲全集&管弦楽曲集は、この時期から足かけ7年をかけて完成した録音だ。アバドが50歳を過ぎて、心身ともに最も脂の乗り切った時期のものであり、一連のセッションの有終を飾ったのが《冬の日の幻想》である。

sv0084c.jpgアバドは“音の固い“指揮者というのが、70年代から筆者の持っていたイメージで、とくにウィーンフィルを振った実況録音を聴いて、そのゴツゴツとしたサウンドに驚いたものである。
アバドがベルリンフィルの音楽監督になると、カラヤン時代の柔らかく上滑りするような流麗なサウンドが、フルトヴェングラー時代に戻ったかのような引き締まった芯のあるサウンドに一変した。

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アンサンブルが粗くなったと陰口もいわれたが、アバドは音を磨くことにさして興味を持たず、むしろ楽器固有の音をしっかりと、鮮明に出すことを要求した結果だろう。

sv0084l.jpgそのようなアバドがシカゴ交響楽団との相性が悪かろうはずがなく、もしカラヤンの後任がマゼールに決まっていたら、シカゴ交響楽団の音楽監督はポスト・ショルティの呼び声の高かったアバドが就任し、ベルリンフィルの凋落(?)を後目にライナー、ショルティに続く“第3期黄金時代”を築いていた可能性はなかったか。

しかし、シカゴが音楽監督に選んだのはアバドではなくバレンボイムだった(投票では7対3)。アバドはリハーサルで細部にこだわりすぎる理由で退けられたらしい。

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ここで聴く《冬の日の幻想》は、こってりとしたロシア臭い演奏とは一線を画し、ともすれば安っぽく聴こえがちな民謡主題を、イタリア人指揮者らしく品のよいカンタービレで聴かせるあたりは抜群のセンスを発揮する。“暴れ馬”の手綱をしっかりと引き締め、スーパー・プレイを仕掛けることなく緻密なアンサンブルと冴えたサウンドで魅せるアバドの卓抜した手腕は玄人受けするものといえる。

sv0084d.jpgフィナーレでは、「これぞシカゴ!」といわんばかりの期待に違わぬ強力なブラス・セクションを堪能させてくれる。

なかんずく役者を揃えたホルン、トランペット、トロンボーンの名物奏者たちの粗さを感じさせないパフォーマンスに酔わせてくれるあたりも、シカゴ響(教)信者にとって嬉しいご馳走で、テンポを速めて熱っぽく畳み掛ける終楽章のコーダもすこぶる即興的だ。

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「いずれの曲をとっても音楽の構成が堅牢でがっちりとまとまり、技術的にも完璧、隙も乱れも全くない。その一方でチャイコフスキーの音楽の命である旋律はたっぷりと歌われ、ダイナミックスの幅も大きく、クライマックスでの迫力が凄い。完成度の高さという点では、恐らく現在入手可能な交響曲全集の中でも最高位に位置づけることができる。特に前半の3曲が、いわゆる“初期作品”としての通念を覆すに足る堂々とした恰幅をもって響いてくる様子は、見事である。」 吉成順氏による月評より、SRCR8902~7、『レコード芸術』通巻第509号、音楽之友社、1993年)



第1楽章 アレグロ・トランクィロ「冬の日の旅の夢想」
オクターヴのフルートとファゴット、ヴィオラ主奏の民謡風の第1主題は、歯切れ良い木管のスタッカートと、弦楽のスピッカートとスラーを組み合わせた精緻なリズム打ちによって、のっけから名人オーケストラが抜群のアンサンブルを開陳する。

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sv0084e.jpgポコ・ピウ・アニマートで激しく上り詰めるところの躍動感や、ガツンと打ち込むブラスの咆哮は流石はシカゴ響といってよく、勝利を予告するかのようにホルン、トランペットを加えて「待ってました」とばかりに立ち上がる勇壮な行進曲(第3主題)は管弦楽の醍醐味を堪能させてくれる。

しかも力まかせに押し切らず、名物奏者たちを御して整然と管弦のバランスを配しているのがアバドの上手いところだ。

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大きな聴きどころは民謡調の第2主題。分厚いヴィオラの旋律と、ウェットに歌い回すヴァイオリンの潤いのあるカンタービレが聴く者を魅了する。提示部の終わりで見得を切るようにテンポを落とし、展開部の〈花のワルツ〉(くるみ割り人形)によく似た主題を裏拍のホルンにたっぷりと歌わせ、聴き手に安らぎを与えてくれるところも心憎い。

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sv0084f.jpg第1主題をカノン風に展開する展開部(練習番号G)は、名人オーケストラの腕の見せどころだ。豪壮ともいえる低音弦の力強い響きと金管の咆哮が聴きものだが、アバドは決して熱くならない。

入念にはじまる再現部(練習番号M)も間然とするところがなく、クライマックス(練習番号V)に向かって突き進むところも荒ワザを仕掛けず、その統制された手綱さばきは理性的といえる。

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第2楽章 アダージォ・カンタービレ・マ・ノン・タント
sv0084g.jpgソフトに奏でる序奏主題は情感たっぷりだ。
弦楽5部がしっとりと溶け合う柔らかな響きは格別で、フルートと寂しげな対話を重ねるオーボエの第1主題、ヴィオラがたおやかに奏でる第2主題(ポッキシモ・ピウ・モッソ)など、克明なアーティキュレーションによって憂いをたたえたカンタービレで聴き手を酔わせるあたりは、イタリア人指揮者の本領発揮といってよく、その格調の高さは特筆モノ。

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テンポ・プリモの展開部(練習番号C)はツボを押さえたように第1主題を歌い回すチェロパートの独壇場。たっぷりと弾むバスのリズムにのって滔々と歌われるところが心地よく、ともすれば安っぽくなりがちなメロディを情に溺れず、客観性を保ちながら晴朗に、しかも密度の濃い歌を聴かせるあたりはアバドの面目躍如たるところだ。

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sv0084k.jpg最高の聴きどころは、ホルンがマルカートで出現する再現部(練習番号F)。突如、雄叫びを上げるように朗々と発する強烈なホルンのひと節は、この楽団の看板セクションの名に恥じぬ張りのある響きで聴き手の度肝を抜く。

弦のトレモロを蹴散らすように第1主題を吹き放つホルンが圧倒的な頂点(練習番号G)を作っているが、リテヌートをかけて応答する弦の緊迫感も圧巻である!

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第3楽章 スケルツォ アレグロ・スケルツァンド・ジョコーソ
sv0084h.jpg2拍目にアクセントをおいた分奏弦のリズム打ちを、アバドはじつに精密にやってのけている。名人芸を誇示したようなところはいささかもなく、力を抜いて、ひたすら繊細に、緊密なオスティナート・リズを繰り返すところは職人的だが、幻想的なインスピレーションにも事欠かない。

中間部(トリオ)のワルツは、弦を主体にしたバレエ音楽のような優美な歌に溢れんばかり。木管やホルンのオブリガートは出しゃばらず、わずかに和音を添える程度である。

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第2楽句もキメの細かいアーティキューションによって、デリケートなニュアンスを伝えてあますところがなく、革をゆるく張ったティンパニの連打や、チェロとヴィオラのカデンツァのオマケが付くコーダも質の高い名人芸を堪能させてくれる。


第4楽章 アンダンテ・ルグーブレ
sv0084i.jpg遅いテンポで入念に歌い出される序奏主題ロシア民謡〈咲け、小さな花よ〉は気分満点で、2拍子のアレグロ・マエストーソ(主部)で快調に走り出す弦と、第1主題を打ち込む強力なブラス・セクションの力ワザを堪能させてくれる。

がっつりと打ち込むトロンボーンの衝撃感や、トランペットが連呼する“進軍ラッパ”は圧巻で、楽員の士気の高さもさることながら、音楽は輝かしい開放感に溢れんばかり。

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巧緻なフガートを展開する弦楽アンサンブル(練習番号B)、民謡風の第2主題をツボを押さえて歌うヴィオラとホルン(練習番号C)、決然と中間主題を切り込むヴィオラ群(練習番号F)など、ゾクゾクするような各セクションのパフォーマンスと合奏能力の高さは枚挙にいとまがなく、第1主題の総奏を再現する管弦の爆発的なパワーも次元を超えたものだ。

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sv0084j.jpg半音階進行によるシンコペーションを大きく取り回しながら、コーダに向かってのぼり詰める緊張感も無類のもので、あんぐりと口を開けて、ハネ上げタクトでフレーズをさばくアバドの絶好調ぶりが伝わってくる。  amazon

名人オーケストラの突き抜けたパフォーマンスを見せてくれるのがコーダ(アレグロ・ヴィーヴォ)で、ブラスが長調で朗唱する序奏主題はもとより、勝利を確信したかのように高らかに打ち込むトランペットやバス・トロンボーンの凄腕奏者たちが、決めるべきところでしっかりと決めてくれるのがシカゴ響たるゆえんだろう。

奏者たちの力演に反応して、オーケストラを煽るように熱っぽく加速をかけてゆくアバドの棒もすこぶる即興的で、「ざまあみやがれ!」とばかりに、勇猛にぶち込むブラス・セクションの爆発的な“凱歌”が聴き手の興奮を喚起する。

オーケストラのヴィルトゥオジティを十全に生かしながらも、いささかの踏み外しもなく暴れ馬を統率し、品のよいカンタービと熱のこもった演奏で聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2017/02/04 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ローター・コッホのマルチェッロ/オーボエ協奏曲ハ短調

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マルチェッロ/オーボエ協奏曲ハ短調
ローター・コッホ(オーボエ)
ベルリン弦楽合奏団、ペーター・シュヴァルツ(Hpsi)
Recording:1974.12 Teldec Studio,Berlin
Producer: hiroshi,Isaka
Director: Prof.Hans Feldgen
Engeneer: Eberhard Sengpiel
Length: 11:54 (Stereo)
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ローター・コッホ(1935~2003)は、ベルリンフィルの首席オーボエ奏者として1957年から34年間在籍し、ベルリンフィル黄金時代の屋台骨を支えてきた名手で、筆者が最もあこがれたプレイヤーである。コッホが病気で休んだ時はカラヤンはオーボエが重要なパートの作品のレコーディングを決して行わなかった、という逸話さえ残されている。

sv0083a.jpgオーボエと言えば、ピエール・ピエルロ、ハイツ・ホリガーといったフランス系の名手が知られるが、ヘルムート・ヴィンシャーマンに代表されるドイツ系オーボエ奏者の中でもコッホは別格の存在で、カラヤンが指向する華麗なサウンドの核になっていたのがコッホのオーボエなのだ。

コッホはベルリンフィルの音を創るとともに、オーボエの音に革命をもたらしたともいわれる。

それはその独特の音色にある。短いドイツ・カットを施したリードは特別にぶ厚く、大柄な体から吹き出される音はチャルメラや葦笛のような軽いものではなく、澄んだクリスタルのような硬質な音だ。オーケストラの大音響の中にあっても常に安定した音を響かせ、瞬く間に会場の空間を満たしてしまう。

「音一発で空間をパンパンに満たす強靭な響きと、そこにえもいわれぬ陰影を添える振幅の深くて速いヴィブラートの表現力は、一時代を画した“ジャーマン・オーボエ”の典型をなすものだ。全盛期のコッホが聴かせたオーボエは、最初から最後まで太い柱の上に横たわるがごとき歌の線の、比類のない密度と安定感の高さをとっても最敬礼を捧げるに値しよう。カラヤンのもとで黄金時代を築いた立役者だが、引退が早く、古希の歳も迎えずに世を去ったのが惜しまれる。」 『200CDベルリンフィル物語』より木幡一誠氏による、学習研究社、2004)


「重厚でパワフルな響きの中から、ひときわ突き抜けるようにして飛んで来る、甘美と言うよりは強靱なオーボエの音。カラヤン時代のベルリン・フィルの演奏を聴くと、しばしばそんな場面に出会う。そのオーボエを吹いていたのが、このアルバムで演奏しているローター・コッホ。だがそうしたオーケストラ・プレイヤーとしての演奏を聴くことができても、ソリストとしての演奏を聴くことは、早逝したこともあってか、少なくとも録音上ではあまりない。その意味で協奏曲やソナタ(ルイエの作品は世界発のCD化)を集めたこの1枚は、実に貴重なものだ。」 石原立教氏による月評より、BVCC37454、『レコード芸術』通巻664号、音楽之友社、2006年)


sv0083j.jpgコッホは無類の酒好きでも知られ、「オーボエを吹いているか、ピアノを弾いているか、レコードを聴いているか、それとも酒を飲んだいるかだ」と言われるほどの左党。レコーディングの前日も本番を終えた後、仲間を誘って上機嫌で遅くまで酒盛りをやり、二日酔いでふらふらして現れたという。

そのようなコンディション下でも録音曲を難なく吹きこなし、ことにアダージョの美しさに録音室のスタッフが仕事を忘れ、息を殺して聴き惚れてしまったというエピソードが残されている。

このLPが発売されたとき、コッホの大ファンだった筆者は、近所のレコード屋に買いに走ったのが懐かしく思い出される。

「とりわけ、マルチェロの《オーボエ協奏曲ハ短調》が絶品である。ホリガーとは肌合いは違うが、やはり、このレコードをきくと、コッホの技術が現在最絶頂にさしかかっていることがよくわかる。その表情の多様さは驚くほどだし、柔軟な表現力は、この楽器の能力の限界をつき抜けている。第2楽章のあのメランコリックな主題のうたわせかたの美しさ、また第3楽章における完璧なテクニックなど、まさに名人芸の極致といってよかろう。コッホのような名人の演奏を集めたレコードが、これまで1枚も出ていなかったとは信じられないくらいだが、この1枚は、笛好きな人にはたいへんよろこばれるだろう。」 志鳥栄八郎氏による月評、SRA-2995、『レコード芸術』通巻299号、音楽之友社、1975年)



第1楽章 アレグロ・モデラート
sv0083c.jpgマルチェルロのオーボエ協奏曲は、バッハがチェンバロ独奏用に編曲した《コンチェルトニ短調BWV974》として知られ、現在演奏されているものはバッハから復元したものでニ短調とハ短調の版がある。

レコードでは〈ニ短調〉のホリガーやシェレンベルガーに対し、〈ハ短調〉はピエルロやコッホのごく少数派にとどまるが、2つの版ではアダージョの独奏パートの旋律線が大きく異なっており、哀愁に満ちたカンティレーナをしみじみと味わうには〈ハ短調〉で聴きたい。

ゆったりとした弦楽のユニゾンの重厚な響きがいかにもドイツ風で、なめらかなキイ・タッチで哀愁を帯びた主題を緊密に紡ぐオーボエが聴き手の心を掴んで離さない。

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(Arranged for 4 Recorders and Basso continuo in G-minor : Annette Mondrup & Christian Mondrup)

sv0083d.jpgコッホの吹き出す“ジャーマン・トーン”は芯のあるしっかりした音で、高い音は澄みわたり、低い音は透明な湖の底から響きわたるような深い味わいを湛えている。

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ごく自然に振る舞いながらも、自ら工夫を凝らした華麗な装飾をいとも鮮やかに繰り出す超絶技巧は名人奏者の中でも突出したもので、主旋律をしっかりと歌い、テンポ・ルバートをかけた独特の節回しに何度聴いても酔ってしまいそうになる。

「コッホはわたしの2倍の体格で、わたしとはタイプが違う。彼の音はふくらみがあり、率直で、感情的だが、わたしの音はもっと軽快で、知的だ。わたしたちはこの相違を誇らしく思っている。だがオーケストラの中では、2人の音が調和しなければならないし、ほかの管楽器とも調和しなければならない。われわれはソロ奏者だ。だが、2人のソロ奏者だ。(ハンスイェルク・シェレンベルガー)」 ロジャー・ヴォーン著『カラヤン帝王の光と影』より、堀内静子訳、時事通信社、1987年)


「優れたオーケストラというのはどれもはっきりとした性格を持っているもので、それぞれの色がはっときりと感じとれます。ときには1人のプレイヤーがそのオーケストラの特徴を表していることもあります。ベルリン・フィルのオーボエのコッホ、彼の音は美しいドルチェで、たっぷりとしたヴィブラートを響かせながらも、それが気にならないという、独自の魅力をもっています。(ヘルベルト・ブロムシュテット)」( オントモ・ムック『クラシックディスク・ファイル』より、音楽之友社、1995年)



第2楽章 アダージオ
sv0083i.jpg深い哀愁を帯びた叙情あふれるアダージョは、モーツァルト《K.488》とならぶ筆者の愛してやまぬ名旋律で、もの悲しいカンティレーナをコッホは滑らかなキイタッチ、クリスタル・ガラスのような透明で深い音色、突き抜けるようなハイ・トーンによって聴き手を存分に酔わせてくれる。

ここでは華美な装飾は控えめに(17、28、33小節は改変)、静穏の中にも気品を失わず1音1音を腹の底から訴えかけるように、綿々と紡いでいゆくのが大きな聴きどころ。

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とくに中間部のクリスタルのような透明度の高い響きによって、嫋々とルバートをかけて歌いまわしてゆくところの味わい深さは格の違いを感じさせてくれよう。
独奏に「ボロロ~ン」と心地よく絡む通奏低音の伴奏も勘所を押さえたもので、ゆったりと奏するコクのある弦楽合奏の調べが通奏低音に溶け合うように、聴き手を深い悲しみの底へ誘うところは涙モノである。


第3楽章 アレグロ
sv0083f.jpgリトルネロ形式の活気溢れる終楽章はアクロバット的な妙技のオンパレードだ。コッホは難曲をいとも容易く料理し、鮮やかに吹き抜ける。

とくに提示部の繰り返しでは、神業的なテクニックを「ここぞ」とばかりに披露。緻密な装飾の綾を変幻自在に絡めながら「これでもか」と繰り出す即興的な名人芸に腰を抜かしてしまう。

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sv0062d.jpg「カチカチ」とマイクが拾うメカニックなキイ・タッチの生々しさも特筆モノで、高い音域でも決して音痩せず、硬く引き締まったコッホの音は、この楽器の演奏史上、唯一無二のものといえる。

薄いリードによる甘美な音色でニュアンスゆたかにたゆたうピエルロや、スリムな響きと超絶技で速攻勝負を仕掛けるシェレンベルガーに対し、コッホは楷書風の剛直ともいえる骨の太い音で聴き手を魅了する。

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SolistVer.LevelSourceTotal
Pierlotc mollEratoRECD28283:134:423:4111:36
Kochc mollRCABVCC374543:295:043:2111:54
Schellenbergerd mollDENONCOCO704653:024:212:309:53

sv0083g.jpgベルリンを本拠とする3つのオーケストラ・メンバーから構成されるベルリン弦楽合奏団の整然としたアンサンブルとほどよく調和しながらも、突き抜けるような高音の硬い響きで難所を鮮やかに決めるコッホのワザの切れは冠絶している。

決して華美な印象を聴き手に与えず、全編にわたって重厚さと品格を備えているのがコッホたるゆえんだろう。

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「コッホの演奏や音楽を特徴づけているのは、その骨太な響きであることも確かだが、ことに歌う場面において、オーボエ特有のナヨナヨしたナルシズムに陥らぬ点、そして音楽のどんな局面においても、克明さと端整さを失わぬ点にある。しかし、それは、単に生真面目で禁欲的なだけの演奏にはならず、一定の節度を保ちながらも、感興豊かな音楽を繰り広げるという好ましい結果を残す。もちろん純粋に技術的な部分でも、圧倒的な技巧の冴えを聴かせる。ゴールウェイやライスターらと同期だけに、つくづくその早逝が惜しまれる。」 石原立教氏による月評より、BVCC37454、『レコード芸術』通巻664号、音楽之友社、2006年)


コッホにはエピソードがつづく。1979年の中国ツアーでは北京空港のタラップの損壊事故で滑走路に転落。複雑骨折でスイスに移送されたが復帰するまでに時間がかかり、アルコール依存症も手伝って56歳で引退(後任はアルブレヒト・マイヤー)、68歳で早逝したのは残念なことにほかならない。

ローター・コッホ全盛期の“クリスタル・トーン”を堪能させてくれる貴重なアルバムだ。


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[ 2017/01/21 ] 音楽 A.マルチェッロ | TB(-) | CM(-)

ロストロポーヴィチのサン=サーンス/チェロ協奏曲第1番

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サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番イ短調 作品33
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ独奏)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1977.4.29-5.1 Abbey Road Studios, London
Producer: David Mottley (EMI)
Balance Engineer: Neville Boyling
Length: 19:08 (Stereo)
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ロストロポーヴィチはアゼルバイジャン(旧ソ連)出身のチェリスト、指揮者で、チェロは7歳より始め、すでに10歳でサン=サーンスの協奏曲を弾きこなしたという。同曲のレコーディングはストリャロフ盤(MK)、サージェント盤(EMI)に続く3度目となるが、ここではイタリアの名指揮者ジュリーニとの初協演が大評判になったと記憶する。

sv0082k.jpgサン=サーンスのチェロ協奏曲は、フルニエに代表される軽妙で洒落たセンスやリリシズムが求められる名曲だが、本来チェロという楽器がもつグラマラスな要素は軽視され、一般には品の良い演奏が好まれていた。

ヴィルトゥオーゾ的な“がっつり系”の演奏を好む筆者としては、そのようなおとなしく生ぬるい演奏がいつも物足りなく感じていた。
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そこに50歳のロストロポーヴィチが満を持して録音したのが当盤で、何よりもジューシイで肉汁のしたたるビフテキのようなチェロの音がたまらない魅力。荒削りだが迫力満点のデュ・プレ盤(EMI、Teldec)、骨太で雄大なシュタルケル盤(マーキュリー)とならんで筆者の指が伸びる愛聴盤にくわわった。

sv0082l.jpgここでは、豪快なボウイングで技巧パッセージを易々と弾き上げるロストロ(以下スラヴァと書く)のヴィルトゥオジティもさることながら、巧緻な棒さばきでしっとりと抒情味ゆたかに寄り添うジュリーニの伴奏が聴きものだ。

クライマックスでは独奏の決めどころの重音パッセージに激しいトゥッティをぶつけて燃え上がる指揮者の熱い心意気も嬉しい不意打ちといえる。
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残響をたっぷり取り込んだまろやかな音場も心地よく、どぎつい音でギンギンと鳴るDG録音とは対照的に、丸みを帯びたやわらかなEMIトーンが味わいをより深めている。

sv0082m.jpg黒のコートを羽織ってスラヴァに向き合うジュリーニのジャケット写真も見栄えがよく(奥さんのマルチェッラの演出だろうか)、マフィア親分のように“渋く”決めたいでたちにぐぐっときて、思わずジャケ買いしてしまう女性ファンもさぞかし多いことだろう。

当セッションとは別に収録された映像(1977年11月ヘンリー・ウッドホール)も見ごたえがあり、CDと併せてDVDも是非とも鑑賞したい。

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「ジュリーニが指揮者として起用されたことはロストロポーヴィチの意向が入っていたかどうかつまびらかではないが、結果からみて適任であったといえる。ジュリーニはこのところすぐれた協奏曲の録音を立て続けに行っている。彼自身非常に立派な音楽を持っているが、同時に独奏者を立てるのがうまいからだろう。ここでも、こまかいところにまで神経を配りながら、急所をピシッと押えた巧者な伴奏指揮に助けられて、この曲のラテン的な特性をものの見事に表出している。さすがロストロポーヴィチは、軽やかな、そしてラテン的で流動感のある表現で精妙にひきあげている。この表現力の幅の広さにはまったく脱帽の外はない。」 志鳥栄八郎氏による月評より、『レコード芸術』通巻第332号、音楽之友社、1978年)



第1部 アレグロ・ノン・トロッポ(1~207小節)
sv0082d.jpg奔流のごとく勢いよく流れる3連音の第1主題からしていかにもスラヴァ風で、ガッガッと弦を削るような低音の弓さばきも豪快。
たっぷりと太い音で奏でる第2主題(54小節)の安定感のあるフレージングも特筆モノで、ほどよきテンポ・ルバートでたゆたう心地よさがたまらない魅力である。

独奏の上行句で高揚するコデッタ(小結尾)は、アニマートのダブル・ストッピングをぐいと引き抜くスラヴァの独壇場。
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sv0082e.jpg大股の歩みで総奏の頂点へと上り詰める“力ワザ”に膝を打ちたくなってしまう。リズミックな舞曲風の総奏(アレグロ・モルト)を間断なく打ち込むジュリーニの颯爽とした棒さばきも印象的で、長いアームスから繰り出される緩やかな振幅運動がじつにさわやかだ。

展開部(テンポ・プリモ)は主題の断片の綾を繊細に織り込む管弦楽が冴え渡る。
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独奏チェロのスタッカート・リズムやアルペジオは決して出しゃばらず、ロンドンフィルの清澄な管弦の響きに溶け合うように協調して奏でているのも聴きどころだろう。しっとりと濡れたように奏でる第2主題の再現もコクがあり、瞑想的に低回するブリッジの息の長いフレージングにも心を掴まれてしまう。


第2部 アレグレット・コン・モート (208~392小節)
sv0082f.jpg弱音器を付けた弦楽スタッカートで軽やかに奏するメヌエット風の舞曲は、物悲しさを秘めたエレジーのようで、繊細な弦楽にしっとりと対位旋律を付けて静かにたゆたう独奏チェロの味わい深さに耳をそば立てたい。

聴きどころは短調に転じて独奏が歌うエスプレッシーヴォ主題(270小節)で、果肉を含んだ蜜のような甘い香りで聴き手の耳を惹きつける。
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ひと筆書きで緻密に仕上げるカデンツァのアルペジオ、管弦のテーマをしっかりと支える密度の濃いトリル、絶妙のルバートによって大きく歌いまわしで高揚する主題再現など、いずれを取ってもスラヴァの個性が生々しく刻印されており、ジュリーニの歌心あふれる伴奏にのって、独奏者は水を得た魚のようにみずみずしく歌いあげている。太い音で問いかける結尾の一節の意味深さといったら!


第3部 テンポ・プリモ (372~654小節)
sv0082g.jpgオーボエによって第1部の主題が回想されると、管弦楽のトゥッティを原調で力強く再現してジュリーニは独奏と対峙する。アン・プ・モワン・ヴィット(すこし緩やかに)で独奏チェロで歌われる“名旋律”は、第1部の主題後半から発展させたものだ。

ここではスラヴァがヴィブラートをたっぷり効かせ、思いのたけをぶちまけるように、ツボにはまった歌い口で聴き手を魅了する。
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楽器をかかえて身をよじるように弾き上げるスラヴァのコクのあるフレージングと、情熱を秘めてぐいぐい弾き回すドラマチックな歌い口がじつに感動的で、木管の物悲しいエコーが哀愁をそそっている。

sv0082h.jpgスラヴァの熱い音楽に応えるように、ジュリーニが激しい気魄でオーケストラの強奏をぶつけてくるのもスリリングで、急速な独奏パッセージ(練習番号L)から、いよいよ大家が目覚めたように“超絶ワザ”を披露する。

急速な16分音符で弾き飛ばす技巧パッセージは闊達自在としか言いようが無く、均質な目の紡ぎ方など究極の弓さばきといえる。
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決めどころのカデンツァ(471小節)の音階を駆け上がる力強さは比類が無く、大見得を切るようなダブル・ストッピングで「ぐいぐい」弾き抜く圧力のある弓さばきは、まぎれもなく大家のものだ。激しい総奏の嵐でこれを迎え撃つジュリーニもいつになく燃え上がるのが最大の聴きどころといえる。

sv0082j.jpgヘ長調で現れるレチタティーヴォ風の第2主題(練習番号O)は敬虔な“祈りの音楽”だ。

ユダヤ人を遠祖に持つ作曲者への共感が湧き上がるように、ゆったりと上昇する旋律から崇高な気分が立ち込めてくるところがこの盤の最も美味しいところで、スラヴァは聴き手の魂を鷲掴みするように内面を掘り下げながら、絶妙のフラジョレットを決めている。
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sv0082i.jpgコーダ(練習番号P)は大きくうねり回す第1部の主題、リズミカルに駆け抜けるコデッタ主題をスケール感溢れるオーケストラが展開。

主題変奏をたっぷりと、太い線で弾きまわす絶妙のフレージングと、恰幅のよいゆたかな低音を聴かせるところはスラヴァの面目が躍如しており、シャッキリと打ち込む爽快な和音打撃が全曲を結んでいる。ロストロポーヴッチの練達の名人芸を堪能させてくれる1枚だ。

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[ 2017/01/01 ] 音楽 サン=サーンス | TB(-) | CM(-)

ワルター=ウィーンフィルのマーラー/交響曲第9番

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マーラー/交響曲第9番ニ長調
ブルーノ・ワルター指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1938.1.16 Musikvereinsaal, Wien
Producer: Fred Gaisberg (HMV)
Engineer: Charles Gregory
Disc: Dutton CDBP9708 (69:43/Mono Live)
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当演奏は、マーラーの直弟子で、交響曲第9番の初演者でもあるワルターが、ナチスの台頭によってウィーンを脱出する直前の1938年1月に録音されたSPからの復刻盤で、ワルターのウィーン黄金時代の最後を飾る記念碑的な録音。同時に、ナチスの足音が間近に迫っていた当時の緊迫した雰囲気を伝える“歴史的ドキュメント”でもある。

sv0081b.jpg1938年1月15日と16日、ワルターはウィーンフィルを指揮して《プラハ》とマーラー〈第9番〉を指揮、2月19日と20日には《真夏の夜の夢》序曲とブルックナー《ロマンティック》ほかを指揮し、これがワルターの戦前のウィーンでの最後の演奏会となった。

ブルーノ・ワルターの芸術ウィーン・フィル編 TOCE7761/74 [1992年]

当録音は1月16日(日曜日)の午前中に楽友協会で行われたコンサートを収録したもので、当時HMVのプロデューサーであったフレッド・ガイスバーグの提案で行われた。ガイスバーグの回想録によれば、ライヴ録音は資金面の都合よるもので、マイクロフォンの調整のために5回のリハーサルが組まれた。

sv0081c.jpgコンサート当日は2台のカッティング・マシーンが会場に持ち込まれ、ティンパニの横に陣取ったガイスバーグからの合図によって、エンジニアが機械を交互に動かして針を下したとされる。  TOCE7827 [1992年]

エンジニアのチャールズ・グレゴリーは傍らでスコアを追う音楽家から打楽器の強打やピアニシモの箇所を示してもらい、演奏終了後は拍手が入る前に操作を止めるタイミングをはかった(拍手はわずかに入っている)という。

原盤は英国に直送されて10枚組のSPアルバムとして世界各国で発売されたが、ワルターはこの録音について「すこぶる不満足な結果」と書き記し、後年「このレコードだけは破棄したい」ともらしていたらしい。

「マーラーの〈第9〉をヨーロッパで最後に演奏したのは、ヒトラーのウィーン進入直前でした。レコード録音は当時の演奏会その場でなされて、破局を迎える間に幸いにも私は契約していたオランダへ移動していました。当時はロッテ(長女)のことでたいへん心配していて必要な注意を録音に向けられず、それゆえ、これはすこぶる不満足な結果になったのです。」 『ブルーノ・ワルターの手紙』土田修代訳より一部筆者改訳、白水社)


しかし、亡命先のパリでガイスバーグが録音を聴かせた時、ふだんは思慮深いワルターが顔を輝かせて喜んだ、という話も残されている。

「このレコードのマーラー〈第9〉は、1936年以来、ワルターがウィーン国立オペラの監督として果たしてき生涯でもっとも実りの豊かだった一連の仕事が、とつぜん理不尽な理由で断ち切られる直前の記録なのである。その一連の掉尾に、ワルターが親しく師事し、敬愛してやまなかったマーラーの最後の交響曲がとり上げられ、しかもライヴ録音が残されたということに、たんなる偶然以上のものを感じるのである。60歳に達し円熟の絶頂にあった、また良き時代の最後の段階である1938年のこの〈第9〉にこそ、純粋にマーラー=ヴィーン・フィルのまじり気のない熱い血の噴出が見られると思う。歌という主役のいない〈第9〉で、ワルターがより想う存分マーラーの世界に浸って独自のマーラー観を描き切っていることはいうまでもない。」 柴田南雄著『レコードつれづれぐさ』より、音楽之友社、1976年)


sv0081d.jpg当コンサートの2ヶ月後、ナチスはオーストリアを併合し、アムステルダムでリハーサルを行っていたワルターは辛くも暗殺を企てたナチスの手を逃れたが、ウィーンでの地位、国籍、財産のすべてを没収され、長女ロッテは逮捕、8月には次女グレーテルがチューリヒで夫に射殺されるというショッキングな出来事が続いた。  TOCE9097 [1996年]

10月31日、妻エルザと救出された長女を伴い、失意と傷心のなかでワルターは米国へ亡命していった・・・

ConductorOrch.DateLevelTotal
WalterVPO1938.1.16(L)EMI24:4715:3511:1318:0869:43
KlempererVPO1968.6.9(L) Testament27:2517:2714:1124:4683:49
BernsteinVPO1971.3(L) DVDDG28:1616:1711:4326:4382:59
MaazelVPO1984.4.13,14,16SONY29:4716:0413:0325:2184:15
AbbadoVPO1987.5(L) DG27:2215:2712:3924:3380:01
RattleVPO1993.12.4,5(L) EMI27:4715:2712:5524:4380:52


「モノラル録音で音も決して万全とは言えないが、この演奏には切迫した時代の雰囲気とともにワルター自身の万感の想いが込められており、第1楽章から濃厚なテンポ・ルバートの嵐が吹き荒れる。極端に激しい喜怒哀楽の落差はマーラーの指揮もかくやと思わせるほど。甘美な歌の中にも刺々しい苛立ちが混じり、この焦燥感が聴き手をフィナーレの終わりまで一気呵成に引っ張ってゆく。時代の貴重な記録でもあるこの演奏は、作曲者直伝の解釈を色濃くにじませた壮絶な至演である。」 文藝別冊『マーラー』没後100年記念より吉村渓氏による、河出書房新社、2011年)


「ワルターの亡命直前の異様な雰囲気が刻み込まれている《第9》は冒頭からとても美しい。第2主題でかなりテンポを速め、展開部の頂点で大見得を切ったり、中間楽章のコーダで加速したりするところは後年のワルターにない若々しい迫真の表現である。しかしなんといっても終楽章が独特の美しさをたたえている。じっくりと歌う主題も内声もよく聴こえてくる。録音の古さがまったく気にならない。ウィーンとの訣別の想いだろうか、ある種の思い入れが演奏からひしひしと伝わってくる。聴き終わったあとに重くどっしりとしたもの心に残る。不朽の名演である。」 横原千史氏による月評より、TOCE9097、『レコード芸術』通巻552号、音楽之友社、1996年)



第1楽章 アンダンテ・コモド
sv0081e.jpg冒頭から緊迫した異様な雰囲気が漂っているが、〈告別の動機〉に思いをたっぷり込めて奏する第2ヴァイオリンの密度の濃いフレージングからして尋常ではない。

まるで1938年のウィーンへタイムスリップし、会場に居合わせた錯覚すら聴き手に抱かせてしまう不思議な魅力がこの盤にあり、聴き進めるにつれて我を忘れて音楽の中に引き込まれてしまう。
TOCE3556 [2001年]

コンサートはナチスの妨害の中で敢行され、会場の一部に陣取ったナチス兵隊の足音とともに始まったとされるが、これは1曲目の《プラハ》のことと推察され、マーラーでは形振り構わぬワルターと楽員の没入ぶりがナチスの存在など消し去ってしまったように思われる。思い躊躇うようなリタルダンド、粘っこく、嫋々と奏でる耽美的な弦など、当時のウィーンフィルが備えていた音の魅力が、モノラル録音からもたっぷりと伝わってくる。

sv0081f.jpg音楽が動き出すのは、第2主題がにわかに悲劇的様相を帯びる80小節から。

速いテンポで荒れ狂うようにファンファーレをぶつけるところや、展開部に入ると、ドカドカ叩き込むティンパニの強打、異常に強いリズムを刻むトランペット、重々しく奏する沈鬱なチェロの悲歌、忍び寄る魔の手におののくような第2ヴァイオリンの呻き・・・
TOCE15003 [2005年]

「オーストリアでは国家に敵意を抱くナチズムがますます遠慮なく頭をもたげ、ドイツからの威嚇の響きが伝わって来た」とワルターが書いているように、迫り来るナチスの影に怯え、その恐怖をワルターは描き出す。J.シュトラウスのワルツ《人生を楽しく》の引用もどこか落ち着きがなく、ウィンナ・オーボエが悲しげに奏しているのが象徴的だろう。

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情熱的に第2主題を変形する錯綜とした内声進行(211小節)もすさまじい。身をよじるように楽節をうねり回し、生の感情をぶつけてワルターは混沌の中でもがき、苦しみ、のたうちまわる。

sv0081o.jpg断末魔のような金管のあえぎと、告別を告げるホルンが聞こえると、〈おお、過ぎ去りし若き日々よ、消え去りし愛よ〉のロマンティックな一節が独奏ヴァイオリンで奏される。

結尾の独奏とともに、ポルタメントをかけて、したたるような音色を聴かせるウィーンフィルの甘美な弦に酔わされてしまうのは筆者だけではないだろう。独奏をつとめるのは、コンサート・マスターのアルノルト・ロゼ(1881~1938年在籍)。

ロゼもまた数名の楽員と共に演奏会の後にウィーンを脱出したが、その娘アルマ・ロゼ(母はマーラーの妹ユスティーネで名前はアルマ・マーラーに由来)はアウシュビッツ収容所に送られた。大作曲家の姪で、ヴァイオリニストだったことから収容所では女性オーケストラを結成して演奏していたが、病に倒れてその生涯を終える。

sv0081g.jpg「最大のゲヴァルトで」と記されるペザンテ(308小節)の頂点も聴きどころだ。

ここでは管弦の爆発的な強奏がすさまじく、トロンボーンの絶叫、地を揺るがすティンパニの最強打、えぐるような金管のリズムの中を、死神が進軍ラッパを轟かす。

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肉を切り裂くような弦の呼応も悪魔的で、ナチス軍の虐殺の恐怖におののきながらもワルターは勇気を振り絞り、強い意志を込めて主題再現を歌い上げるところが感動的である。熱っぽく演奏する器楽的カデンツァも表現主義の塊といってよく、巨木のような歩みに激情をまじえ、ワルターとオーケストラが一丸となって演奏するさまは圧巻である。


第2楽章 ゆったりとしたレントラーのテンポで
sv0081h.jpg第1レントラーは遅いテンポではじまるが、弓の根本から喰らい付く奏法や、低音をガンガン響かせて武骨に歌うのがワルター流。一転して第2レントラーは速いテンポで走り出す。  TOCE16294 [2013年]

リズムは切れ、金管も雄弁でゾクゾクするような疾走感に加え、狂気性もアグレッシヴに打ち出している。ウィーンの典雅な気分を湛える第3レントラーも聴き逃せない。木管のエレガントなトリルやニュアンスを込めたリタルダンドが心憎く、ワルター=ウィーンフィルの妙諦を開陳したものといえる。

sv0081i.jpgクライマックスの〈死の舞踏〉(423小節)は気違いじみたテンポで荒れ狂う。

土俗的なリズムを叩き込み、アンサンブルの乱れもなんのその、狂ったように歌い、踊り、叫ぶさまは驚異的で、皮肉どころかナチスを軽蔑し、唾を吐いてあざ笑う。

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ガイスバーグによると録音時、ワルターはあまり自信がないように見えたし、演奏が終わった後、ウィーンフィルの弦楽器奏者のひとりがやって来て「ワルターはダメだ。レントラーのところで彼は何も出来ず、ただオーケストラについてきただけだ」と言ったという。オーケストラがここまで指揮者のケツを叩いて暴れさせたのなら大したものだ。


第3楽章 ロンド=ブルレスケ、アレグロ・アッサイ きわめて反抗的に
sv0081j.jpg道化的なスケルツォは気魄に充ち満ちている。つんざくようなピッコロの軋み、調子っぱずれのクラリネット、目まぐるしく狂奔する〈メリー・ウィドウ〉など、前のめりになって突進する切迫感は、ヨーロッパの崩壊という地獄へまっしぐらに向かってゆくかのようだ。

突撃隊のような2重フゲッタや急迫的な〈パンの動機〉もテンポが落ち着かずアンサンブルが半ば崩壊しているが、6度跳躍動機(311小節)で炸裂するウィンナ・ホルンの野太い音が大きくものをいう。  amazon  HMVicon [Naxos 8.110852]

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sv0081k.jpg強烈なシンバルの一撃によって悪魔を蹴散らす〈天上のエピソード〉も殺気だっており、キリリと引き締まったカンタービレでドラマチックに歌い上げている。

コーダはワルターが「ここぞ」とばかりに荒ワザを仕掛けて、猛烈にオーケストラを駆り立てる。ピウ・ストレットからプレストへアクセルを踏み込む“決めどころ”はいきり立つように指揮者の熱き血が噴出。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [オーパス蔵 OPK2060]

「いかにも若き日のワルターらしく、実演のせいもあって、フルトヴェングラーも顔負けといえよう」(宇野功芳氏)。惜しむらくは、テンポ・プリモ・スビトの538小節からアッテネータがかかり音量レベルが突然下がるためにオーケストラが遠くなり、実在感が薄れてしまうことである(東芝盤はこの落差が少ない)。


第4楽章 アダージョ
sv0081l.jpgこの演奏のキモは間違いなく終楽章にあろう。18分という極めて速いテンポで奏者全員が心の底から祈りにも似た歌を弦楽を主体に耽美的に、しかも力強く歌い上げてゆく。

特筆すべきは全盛期のウィーンフィルのもつ弦の美しさで、とろっとした厚みのある豊饒な音が録音を通り越して聴き手の耳を捉えて離さない。

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アインザッツのずれや、コクのあるフレージングの妙味はもとより、弓に圧力をかけ、前のめりになって「ぐいぐい」弾き進めるところは、切羽詰まった緊迫感が生々しく伝わってくる。もってりと、甘い香りを漂わせるロゼの独奏ヴァイオリン(40小節)は、崩壊が間近に迫った世紀末的な脆さすら感じさせるではないか。
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「ワルターはあくまで耽美的に、嫋々と旋律を歌い上げる。旋律の段落におけるいわゆる“absetzen”(瞬間的に音をとめ、間をつくること)の絶妙さはため息がでるほどで、それはワルターといえどもこの時期のヴィーン・フィルとの協演においてのみ、かくも成功のうちになしとげることのできた演出法ではあるまいか。オーケストラはほとんど1人の声楽家のように息を吸い、止め、静かにあるいは強く吐く。このような指揮法がもはや今日の感覚ではないけれども、ワルターがこういうスタイルの奥義をきわめた人であることはたしかで、とくに〈第9〉と〈第5〉のアダージェットにその典型が聞かれる想いがする。」 柴田南雄著『レコードつれづれぐさ』より、音楽之友社、1976年)


sv0081n.jpg原調にもどるモルト・アダージオ・スビト(49小節)もコクのある弦楽の重量感に揺るぎはなく、旧時代的な「こてこて」の表現主義のもと、ワルターは浪漫の香りに強固な意志を込めながら、“奇跡の熱演”が繰り広げられてゆく。  TOWER RECORDS  HMVicon

“惜別の涙”ともいうべきオーボエと独奏ヴァイオリンのデュエット、ホルンの寂しげなエコー、感傷的なエピソードの味わいも格別で、「そこに一種のあきらめに似た感情、絶望的とかペシミズムといっては消極的に過ぎるとしても、どこか悲しげで淋しげな感情が底に流れている。」(柴田南雄氏)


sv0081m.jpg最後のクライマックスはロンド主題の再現部にやってくる。第1と第2ヴァイオリンが高いユニゾンでぶつけるシンコペーションの決めどころ(122小節)は生への希求を刻印した“魂の叫び”といえるもので、シンバルを力の限り叩き込み、強烈なグリッサンドを付けて綿々と歌い上げるさまはバーンスタイン顔負けの激情が迸る。

TOWER RECORDS  HMVicon [KSHKO-52]

ホルンを抑え気味に、トランペットを突出させて高揚するところや、「死に絶えるように」のエンディングをppではなくpで奏するあたりも、諦念の境地というよりは、生への痛切な願いが込められている。「彼はこの世に訣別を告げる。その結尾は、あたかも青空に溶けいる白雲のようである。」(ブルーノ・ワルター)

ワルター黄金時代の記念碑で「惜別の歌」ともいうべき、いつまでも大切に聴きたい永遠の一枚だ。

《付記》 音盤について
SPはかつて日蓄(ニッチク)から戦時中に発売(1943年7月)されたが、この日本プレスは原材料の不足による粗末な盤質で、しかも外盤のSPからのダビングだったという。1973年にGRの復刻LP(GR2255/6)が東芝から発売されるに至って高い評価を得たことは、柴田南雄氏や「ワルターが遺したすべてのレコードに冠絶する名盤中の名盤」「第9のすべてのディスクの中でも飛び抜けてすぐれた傑作で、これさえあれば他の盤は要らない」とまで言わしめた宇野功芳氏の著作によって知ることが出来る。

筆者は復刻CDをいくつか買い漁ってみたところ、リマスターの違いによって音が微妙に違うことがわかったが、オーパス蔵盤、ナクソス盤、ダットン盤など、本家以外からも復刻CDが発売されるに及んで、どの盤をチョイスすべきか、愛好家にとって悩ましいところだろう。筆者が一番聴きやすいと思ったのが巷の評判が高いダットン盤。ノイズがほとんどなく音に自然な拡がりと伸びがあり、しかも生々しく次元の異なる音である。

アメリカ・プレスのSP盤から復刻したオーパス蔵盤も捨てがたく、針音はあるがヴェールが取れたように鮮明で生々しい音に驚かされる。1943年発売のニッチクSP(未通針)から起こされたKSHKO-52はノイズがほとんどなく盤質がきわめて良好。掘り出し物は東芝盤のTOCE7828で、音が太くしっかり聴き取れて残響も自然で心地よく聴ける。ワーナー盤(新着マスターによるart処理)は音が丸くなって高音の粗さがあまり気にならない。また、TOCE番号の東芝盤は第3楽章終わりの音量レベルの低下が顕著に感じられない。


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[ 2016/12/10 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)

ジュリーニ=シカゴ響のシューベルト/交響曲第4番「悲劇的」

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シューベルト/交響曲第4番ハ短調 D417「悲劇的」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1978.3.13,14 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Günther Breest(DG)
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 31:33 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団との録音に優れた演奏が集中している。とくにDGとの“第9シリーズ”は究極の名演で知られ、ジュリーニが巨匠として大きく飛躍した時期と重なっている。

sv0080e.jpgジュリーニは晩年になるとオペラから手を引き、コンサート活動に絞って指揮を行っていたが、普段はスコアの勉強と西部劇を観る事以外にろくすっぽ興味を示さず、実業家の令嬢でやり手で知られた奥さんのマルチェッラがレコード会社との契約からダンディに決めたジャケット写真に至るまで、その一切合財を取り仕切っていた。

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ジュリーニのレパートリーは極めて狭く、ごく一部の作品に限定して繰り返し演奏していたが、シューベルトの交響曲もその例外ではない。《未完成》《グレイト》《悲劇的》のみを取り上げ、とくに《悲劇的》は晩年の2作品に劣らぬ名作として慈しんだという。

sv0080d.jpgここではジュリーニが、シカゴ響の重厚な響きを十全に生かして曲想に秘めた悲劇性を神秘的かつ厳粛に描き出す。

浪漫の香りをしっとりと漂わせ、しなやかに歌いぬくカンタービレを随所で聴かせるあたりはジュリーニの真骨頂で、余人の追随を許さぬ気品と説得力をあますところなくディスクに刻んでいる。

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録音のすばらしさも見逃せない。重量感のある弦楽器はもとより、エッジの効いたブラスの響き、骨力のある打楽器などリアリティにとんだ生々しいDGサウンドが目前に展開。厳正なリズムでさばく豪壮なスケルツォは有無を言わせぬ迫力があり、シカゴ響の重厚な“ジャーマン・サウンド”が名品に深みをあたえているのも聴きどころだろう。

Orch.LevelDateLocationⅠmovⅡmovⅢmovⅣmovTotal
BPOTestament1969.2Berlin7:448:023:098:1127:06
CSODG1978.3Chicago10:448:453:488:1631:33
BRSOSONY1993.2München11:589:313:439:0834:20

「アンサンブルが縦割りに、垂直に聞こえるが、それが毅然とした相貌を作品に与えている。オーケストラの機能が、明確な輪郭作りに見事に反映されているのである。それは、やや四角ばったメヌエット楽章に顕著であるが、けっして頑迷な印象を与えるものではない。ただ、終楽章は、短調ながらもっと覇気に溢れ、すっきりした音楽であっても良かったのではなかろうか。」 長木誠司氏による月評より、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)


「ショルティが“剛”の指揮者とすれば、ジュリーニは“柔”の指揮者だ。この両者により、今のシカゴ響の音と表現は確立された。ジュリーニの録音もいずれも名演揃いだが、作曲家別ではジュリーニの演奏したシューベルトは格別で、やはり同じ頃客演したカルロス・クライバーと並んで、シカゴ響の歴史に名を刻んでいる。マーラーやブルックナー、バルトークを得意とする大オーケストラが、シューベルトの、それも前期の作品で見せるアンサンブルは、このオーケスラのレパートリーの広さと、柔軟性をよく表している。」 山田真一著『オーケストラ大国アメリカ』より、集英社、2011年)



第1楽章 アダージォ・モルト~アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0080b.jpgベートーヴェン風の力強い和音で開始する序奏は、《アウリスのイフィゲニア》(グルック)を思わせる〈基本動機〉がただならぬ予感をあたえながら、荘重なフーガで進行するのがジュリーニ流。

しっとりと奏でるヴァイオリンに、重量感のある低音弦が重なる音場が生々しく、バスの「ザラリ」とした艶めかしい触感がグラモフォンらしい音づくりといえる。木管の調べは悲しみに打ち震え、序奏から“悲劇の予感”が「ずしり」と伝わってくる。
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sv0080c.jpg主部は、アウフタクトのスタッカートを弦がレガート気味に仕掛けるところがいかにもジュリーニ好みのアーティキュレーションだ。儚さと憂いを秘めながら、しとやかに紡ぎ出す旋律は程良く弾みなからテンポよく駆け走る。

装飾音を入れた第2楽句の切れのある弓さばきは、シカゴ響の強靭で機能的なアンサンブルが絶大な効果をあげている。

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聴きどころは優美な旋律を変イ長調で奏でる第2主題(68小節)。わずかにかかる弦のポルタメントにしっとりと艶をのせ、清冽なカンタービレを聴かせるところは“歌の指揮者”ジュリーニの独壇場。経過的な分散和音の強奏は威圧感があるが、第2主題を歌い返す量感ゆたかな低音弦と、サクサクと快適に刻む高弦のリズムが絶妙のバランスで耳の快感を誘っている[提示部は反復]。

sv0080f.jpg力強い序奏リズムで聴き手の度肝をぬく展開部厳粛なアプローチもジュリーニ流。対位楽句の押し出しの強い緊密なカノンによって、“小市民的な悲愴感にとどまる”と揶揄された作品を構えの大きな、堂々たる威容を持つ音楽に仕上げているのが驚きだ。  amazon

品の良いレガートによって、しっとりと哀しみを綴る再現部のカンタービレ“歌う指揮者”の面目が躍如しており、浪漫的な気分を大きく高めている。モーツァルト風の典雅なコーダをベートーヴェン的な重厚な響きと厳粛な気分で締めるあたりは、聴き手に媚びぬジュリーニの慧眼があろう。


第2楽章 アンダンテ
sv0080g.jpgドルチェで歌われる優美なウィーン風主題は『ピアノのための即興曲変イ長調作品142の2』と同一とされるが、ジュリーニの手にかかると物悲しさを秘めた旋律が温もりのあるフレージングによって、ゆり籠の中で子守唄を聴くような安らかな気分が横溢する。

木管の晴朗な主題に弦がそっと寄り添うようにカノンで奏でる“清らかな歌”も印象的だ。

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「ずん」と強く押し出すヘ短調の中間部は、第1楽章のモチーフを変奏して“悲劇の気分”が再現する。緻密な内声のリズムにスタッカートの力強い低音弦を打ち込むところはいかにもDGらしいエッジの効いた生々しい録音で、ジュリーニは力強さの中にもウェットな詩情と暗い影を巧みに織り込んでゆく。
主題を変奏しながら哀感を滲ませる木管のニュアンスの移ろいや、それに応える弱弦の繊美なフレージングにも耳をそば立てたい。


第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0048g.jpgスケルツォ風のメヌエットは、2拍子的なリズムをもつ3拍子を剛毅にして厳正に刻みつつ、ゆったりと振幅を保持して押し進めるところは、長いアームスから繰り出す“ジュリーニ・リズム”の独壇場。

ここでも暗色を帯びた深みのある“シカゴ・サウンド”が大きくものを言い、大蛇がのたうつような分厚いオーケストラの躍動感と強音の威力は絶大である!

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トリオ(中間部)は〈悲劇のモチーフ〉を愛らしい民謡風にアレンジした舞曲が一服の清涼剤のように安らぎをあたえてくれる。晴朗な木管のメロディーや、ワルツ風の第2楽句も聴きどころで、ウィーン風にやわらかく優雅なステップを踏む一方で、毅然と襟を正し、一片のけれん味もなくスケルツォに回帰するところなど、指揮者の真摯で堂々たる風格を示してあますところがない。


第4楽章 アレグロ
sv0036i.jpg低音の上昇フレーズから湧き上がる不安と焦燥に駆られたせわしい主題をジュリーニが切ない心情を秘めながら、情感ゆたかに、ゆとりをもって歌い回すところが心憎い。

まろやかなクラリネットと弦がやさしく対話を重ねる第2主題(85小節)も聴き逃せない。伴奏弦の刻みをサクサクと打ちながら、清流のように淀みなく流れる音楽は爽やかだ。

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提示部を締める総奏はパンチ力のある豪快な和音打撃を執拗に打ち込むが、いたずらに見得を切ったり強圧的にならないのがジュリーニの上手いところだ[提示部のリピートなし]。展開部(195小節)はひとくさりの対話のあとに、ほのぼのと晴朗に歌う木管の第3主題が飛び出すと、晴れやかな気分が増してくる。
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sv0036f.jpgしかしジュリーニは安らぎの中にとどまろうはとしない。フォルテの決めどころ(265小節)で鋭く果敢に切り込んで強固な意志を表明する。

毅然と立ち上げる総奏で明確な構成感と雄大なスケール感を打ち出して、ベートーヴェンに勝るとも劣らない作品へとヴォリューム・アップしているところはジュリーニの絶好調ぶりを物語っている。  Art of Carlo Maria Giulini

ハ長調に転じる再現部(293小節)は、第1主題、副主題、第2主題をジュリーニが腕によりを掛けたカンタービレで清冽に歌いぬく。トランペットがくわわった〈コーダ〉は重量級の“シカゴ・サウンド”のパワー全開で、どっしりと決める重厚な和音終止が悲劇のシンフォニーを力強く締めている。

ジュリーニが絶妙のカンタービレで聴き手を酔わせつつ、悲劇の重みをズシリと伝えてくれる聴き応えのある一枚だ。


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[ 2016/11/26 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第3番(54.4.27)

sv0079a.jpg
ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 作品90
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1954.4.27 Titania-Palast, Berlin
Archive: RIAS Berlin
Henning Smidth Olsen No.396
Length: 36:39 (Mono Live)
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フルトヴェングラーのブラームス交響曲第3番といえば、かつては1949年のEMI盤が唯一の演奏だったが、1976年にドイツ・グラモフォンが、1977年には日本コロムビア(ワルター協会)が巨匠最晩年のライヴ録音を相次いで発売したことにより、巨匠の指揮する3種の〈ブラ3〉が出揃った。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1949.12.18EMIWF7002713:089:366:169:0838:08
BPO1954.4.27DGMG600310:269:376:239:2435:50
BPO1954.5.14B.WalterOB7289/92-BS10:4910:136:369:4037:18


sv0079c.jpgベルリンRIAS放送局のアーカイブを音源とするグラモフォン盤(MG6003)は音質がすこぶる良好で、フルベンのライヴ録音の中では極上の部類に属するものだ。筆者は学生時代にこのレコードを愛聴し、その格調高い演奏に恍惚となったものである。

DG盤はオーソライズ盤のため、これまで音源の違いを云々することはなかったと思われるが、2009年にマスターテープ(76cm/sec)から起こされたCDが独auditeより発売されたことにより、従来の音盤の存在価値が低くなったように取り沙汰されるのが悩ましく、また少しさびしい気持ちにもなった。

sv0079d.jpg手持ちのディスクを聴き比べると甲乙付けるのが難いが、重厚なDGの輸入CD(423572-2)に対し、仏協会盤(SWF062~64)はシャリッと鮮明。audite盤は、余裕のあるダイナミック・レンジ柔らかくほぐされた自然な音の拡がりが心地よく、どれを採るかは好みによるしかない。

筆者はMG6003(LP)をCD-R化したものを好んで聴いているが、ティンパニの迫力はこれが一番。UCCG3710もバランスのよい音質で、これを聴くと同じレーベルのリマスターの違いにまでマニアが目を光らせるのもむべなるかな・・・

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フルトヴェングラーのブラームス〈第3〉はオールセンによれば、次の5点が確認されており、そのうちの3種がレコード化された(すべてベルリンフィル)。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1932.3.15Berlin,Philharmoniesaal -ⅣmovNot issuedO_ 24
BPO1949.12.18 Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinHMV(EMI)O_179
BPO1951.4.20Cairo or 4.25 Alexandria, Cairo RadioNot issuedO_243
BPO1954.4.27Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinDGO_396
BPO1954.5.14Torino, Italian RadioB.WalterO_406


sv0079b.jpg3種のレコードはいずれもがフルベンの個性を刻印した演奏で、中でも急の差の激しい荒れ狂った演奏が①で、この演奏のみ提示部が繰り返され、終楽章ではティンパニが随所に追加されている。

③は表現上①と②の中間の演奏で、①に劣らず冒頭からものものしい気魄で立ちはだかるが録音が落ちる。これに対し②(当盤)は、①③に比べれば気魄は後退するが、えもいわれぬ情感を宿した完熟した演奏で、我武者羅な演奏とは一味違った最晩年の巨匠の奥義を伝えている。

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「この演奏はたいへんきめが細かい。(略)表現への積極性のかわりに沈潜が、意志のかわりに詠嘆の調子がたしかにあらわれている。ことに第3楽章の憂愁は近代指揮者がほとんど聴衆のまえで語る習慣のなかった個人的な愁嘆の声ではあるまいか。そしてそれはまるで孤独なクモが木陰で実に丹念にこまやかな巣を張っているようなオーケストラの処理のうちに歌われているのを、耳をそばだてて感知することが出来る。」 大木正興氏による月評より、MG6003『レコード芸術』通巻310号、音楽之友社、1976年)


「演奏は鮮明な録音で、冒頭からもう緊迫した生命力がわき出してくる。第1楽章提示部の反復はないが、このような演奏なら、そうしたほうが一貫性が強まると思う。とにかく大胆なアゴーギクによって情熱的で共感の限りを表明しており、彫りの深い表情には創造的な芸術性の力がみなぎっている。第2楽章のヒューマンなあたたかさにみちた魅力的な演奏も第3楽章の歌謡性ゆたかな表現もみごとなものである。終楽章も密度が高く、全体は一篇のドラマのように構成されている。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻465号、音楽之友社、1989年)


「音の状態は非常に良く、演奏も死の年のものだけに完璧を極め、フルトヴェングラーの数多いレコードの中でも屈指の名盤といえよう。この《第3》は旧盤もすばらしかった。わけても第1楽章の情熱はむしろ古い方を採りたいくらいであるが、第2楽章以下は録音の良さも含めて、完成されきった新盤に軍配を上げるのが妥当であろう。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調
1954年5月3日、吉田秀和はベルリンフィルのパリ公演(オペラ座)でフルトヴェングラーの指揮するブラームスの交響曲第3番を聴いている。当盤の6日後の演奏である。

「それは荘厳な熱狂だった。しみるような白いチョッキを着た長身痩躯の、教授か高僧かとみるほかないような男が出てくる。飄々と、といいたいが足取りは定かではない。それにゲルマン人種の誇りだとかいう長頭を支える顎がいやに長くて少しふらふらとゆらいでいる。指揮台に上ると、両手を胃のあたりの高さにつき出して自動車の運転手がハンドルを握るみたいな位置でゆすり出す・・・」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079e.jpgモットー(基本動機)の開始音を大きく膨らませて第1主題を叩き込む強奏がいかにもフルベンらしく、喰らい付くような弦の筆圧の強さ、密度の濃い間奏主題、うるおいのある第2主題(36小節)のフレージングやクラリネットのもってりしたアルペジオがロマン的な気分を高めている。

コデッタ手前の転回主題(47小節)で大きくリタルダンドするのがいかにもフルベンらしい。  [写真は 独グラモフォン 423-572-2 ②]

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提示部の結尾は強いピッツィカート・リズムとヴィオラの削る音が生々しく、すさまじい上昇音からリピートなしで展開部(77小節)へ突進するところはフルベンの面目が躍如する。切り裂くような第1主題の律動、のたうつようにうごめく第2主題の低音弦、身をよじるように揺れる音楽は闘争の精神が漲っている。

暗鬱とした森の奥深くからホルンがたっぷりと湧きあがる情景は、ドイツ・ロマンの真髄を極めた感があろう。意味ありげに、模索するようにリタルダンドして再現部へ進むところは悲劇の予兆であるかのようである。

sv0079f.jpgティンパニの強烈な一撃で宣言する再現部(120小節)はフルベンの筆圧の強さが全開だ。金管の強奏もすこぶる刺激的で、第2主題の手前、ヴェヌスブルク的な上行アルペジオでゆったりと間をとって、夢幻の境地に達するところもフルベンの“秘術”と言える。

圧巻は、戦闘的に燃え上がるコーダ(183小節)で、巨匠は「これでもか」と荒ワザを仕掛けてアッチェレランドで猛進する。  amazon [POCG-3794]

当盤は49年盤ほどアンサンブルの崩れは見られないが、8分音符の激しい律動から一拍の休符で見得を切るように弦の大波に収斂するところ(195小節)の緊迫感は無類のもので、「こうであらねばならぬ」といった強い確信に貫かれている。英雄的な気分で締める力強い終止も尚武の気風が漲り、次なる戦いへの決意すら感じ取れるではないか。


第2楽章 アンダンテ ハ長調
sv0079k.jpgここではくすみがかった木管のもってりした音が興をそそり、第2主題など淋しさの中にも厳粛な気分が宿っている。

特筆すべきは、この時代のベルリンフィルの古色蒼然とした響きで、渋味のある“ブラームス・サウンド”がぶ厚い音でしっとりと、熟した味わいを醸し出しているところに耳をそば立てたい。 [写真は仏協会 SWF062-4 ②]

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「木管の音色が、ブラームスではずいぶん地味な艶消しをしたようなものであることは、誰もが気づいているわけではない。ブラームスをきいた時、私は、本当に「そうか、これがブラームスの音色なのか」と思ったのは事実である。実にしっとりした、くすんだよい音だった。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079g.jpgセンプリーチェ主題の慰めるような弦のニュアンスにも心惹かれるが、聴きどころは3連音でうねうねと太い縄を編むように主題を変奏する展開部(62小節)。

切分された主旋律と分厚い低音オブリガートが絶妙のバランスでたゆたうコクのある響きは極上といえるもので、同じオーケストラでも美麗なレガートでペンキをべったりと塗り込めるカラヤンとは格の違いを感じさせてくれる。

流れを断ち切る短い律動で闘争の気分を蘇らせるところや、情熱的に歌い上げるコーダの高揚感も巨匠の極意といえる。  amazon [KICC964](1954)


第3楽章 ポコ・アレグレット ハ短調
sv0079h.jpgチェロの奏でる名旋律は憂いを帯びた悲しみの調べで、49年盤よりテンポが緩やかなために、しっとりとした味わいがある。ヴァイオリンが歌い継ぐ主題の内声の厚ぼったい響きや、翳りを帯びた中間部の重々しい弦の合いの手など、苦渋に満ちた痛切な祈りが楽想に込められている。

大きなリタルダンドで慰めの句から再現部に向かって沈思黙考するところも巨匠の“秘技”を開陳したものといえる。

amazon  HMVicon [KICC961](1949)

再現部の燻し銀のホルン独奏がこの曲最大の聴きどころだが、これがあまり上手くない。後半の音崩れやブレスの途切れなど、3種の中では一番落ちるのが玉にキズ。しかし、哀しみを湛えたオーボエの名技や、2オクターブで纏綿とドラマチックに歌い上げる密度の濃いクライマックスは叙事詩のような味わい深さがある。

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「ブラームスの《3番のシンフォニー》ではブラームスの音というものに、今度こそ確信をもった。これは室内楽と大管弦楽との中間の独特の音楽である。厚ぼったいが柔らかくふくらんでいる。各種の木管の混ぜ合いから生まれる音色とふっくらとして重い弦の音、高いオクターブの弦の音。そうしてときどき飛び立ち、きしむようなリズミックな音型と甘い叙情的な歌との鮮やかな対比で転回してゆく明暗。それから休止の沈黙に対する特別に入念な配慮。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)



第4楽章 アレグロ ヘ短調
sv0079i.jpgただならぬ暗雲が垂れ込めるものものしい開始がいかにもフルベン流で、葬送行進曲のようなコラール風の警告が悲劇のはじまりを予告する。

強烈なブラスの雄叫びで奮然と立ち上がる全合奏は、落雷のように「ズシッ」と打ち込むティンパニの強烈な打撃に仰天するが、巨匠は決して羽目を外さず堅固なリズムで古武士然と突き進む。つよいピッツィーカート・リズムで雄々しく歩む第2主題のゆたかな歌も霊感を得たフルベンの独壇場。  [写真は 伊 Nuova Era 013.6332-4 ③]

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大きなクライマックスは展開部〈警告の句〉(149小節)。コラール主題を全管で吹き鳴らす決め所で、巨匠は攻撃的な力感を全面に押し出して荒武者のように立ち振る舞う。弦の嵐の中からダメ押しするように全音符で絶叫するところの息をのむ緊迫感は圧巻で、強いバスのリズムにのせて、畳みかけるように闘争の再現部(172小節)へ乱入してゆく荒ワザに「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。

sv0039q.jpg闘いを終えた英雄は、コーダで“賢者の諦念”のような気分で昇華する。ここで第1楽章の第1主題を回想する箇所(301小節)でサプライズがある。

作曲者はかすかに響かせる程度を意図したためか、16分音符の分散和音で主題を奏してディミヌエンドしていくように書かれているが、当演奏とトリノ盤ではここを弦が2分音符の旋律で弾いているように聴き取れる。  [写真はワルター協会 OB-7289/92-BS ③]


sv0079j.jpg記譜通りに弾くと主題が不明瞭になるのを嫌い、旋律で弾くのが当時流行っていたのか、クレンペラーやチェリビタッケといったレトロな巨匠の演奏でも同様の改変が行われている(『究極のオーケストラ超名曲徹底解剖12』より平林直哉氏による)。  [写真はTAHRA FURT1041 ③]

精密なトレモロで明瞭に聴かせるセルやショルティのような職人芸を聴いたら、さしもの巨匠も「驚異的だ!」と目を丸くしたに相違ない。巨匠の奥義をあますところなく刻印したお宝の一枚だ。


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[ 2016/11/05 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

バレンボイム=シカゴ響のチャイコフスキー/イタリア奇想曲

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チャイコフスキー/イタリア奇想曲 作品45
ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1981.3.25,27 Orchestra Hall, Chicago
Recording Producer: Steven Paul (DG)
Recording Director: Werner Mayer
Recording Engineer: Klaus Scheibe
Length: 15:42 (Digital)
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バレンボイムはシカゴ交響楽団に1970年代から客演し、イエロー・レーベル(ドイツ・グラモフォン)に積極的なレコーディングを行っている。このチャイコフスキーの管弦楽曲を収めたアルバムは、バレンボイムがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任する以前のもので、会場は録音の“メッカ”となったメディナ・テンプル(回教寺院)ではなく、シカゴ響の本拠地、オーケストラホールが使われている。

sv0077j.jpgこのホールを録音スタジオとして使う場合は、前方の座席をすべて取り払い、ステージを広くして布などを張り巡らしていたという。

その卵形をしたデッドな響きで知られたオーケストラホールこそがシカゴ響の強力なブラス・セクションを生み出したという伝説めいた話がおもしろく、名物奏者を揃えたブラスの桁外れのパワーは他のオーケストラの追随を許さない。


sv0077a.jpgここでは、南国情緒にとんだ民謡の名旋律がメドレーで登場する澄明爽快な“イタ奇”を、バレンボイムがワーグナーの楽劇ばりにドラマティックな劇音楽に仕立てる大芝居を演じている。
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ヴィルトゥオーゾ楽団の機能性を十全に生かしながら、「ここぞ」という局面で爆音を轟かせる迫力は冠絶しており、シカゴ響がフル・パワーで爆発するタランテラ舞曲やコーダの空前絶後の一撃など、次元を超えた超弩級のダイナミズムを心ゆくまで堪能させてくれる。

「思う存分シカゴ響を鳴らしきる! 序曲《1812年》などそれを実証してみせたような演奏である。全開した金管セクションの迫力、ズンと響くトゥッティのヴォリューム感、派手な打楽器など、バレンボイムはスケールの大きいテンポ設定で痛快にまとめてみせる。特に終結部など未曾有の高揚感をおぼえる。こうした演奏は概して大味で雑なものになりがちだが、解釈的にはむしろ緻密に設計されている印象がある。完全に同オケを乗りこなしている。」 斎藤弘美氏による月評より、UCCG8029、『レコード芸術』通巻第617号、音楽之友社、2002年)



第1部 アンダンテ・ウン・ポーコ・ルバート
sv0077b.jpg活力のある〈騎兵隊ファンファーレ〉で開始するブラスの響きは、これぞシカゴ響を聴く醍醐味に尽きるといってよく、エッジの効いた歯ごたえのある音は、グラモフォンらしいリアリティにとんだものだ。

〈舟歌主題〉をワーグナーの楽劇のように悲痛な表情と大きな身振りで揺さぶるところはいささか芝居じみているが、“ジャーマン・サウンド”とよぶに相応しい重い響きがバレンボイムの棒によって入念に弾き出されてゆく。

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「シカゴ交響楽団は、私がジャーマン・サウンド(ドイツ的な音)と呼んでいる、非常に特別な音を持っている。アメリカ的なヴィルトゥオジティと化合した重量感のあるジャーマン・サウンドだ。そのサウンドは他のアメリカの楽団の持っていない音だ。堅実なヨーロッパ的基盤とアメリカのヴィトゥオジティの結合、いわゆるドイツ製のIBMのような非常に幸運な結合といえる。」 ウィリアム・バリー・ファーロング著『ショルティとのシーズン』より、マクミラン社、1974年)


sv0077c.jpgポッキシモ・ピウ・モッソ(94小節)でオーボエが二重奏で歌うのは、イタリア民謡〈美しい娘さん〉。リズムが重たいが、やわらかなコルネットのメロディー、しっとりと奏でるヴァイオリンの第2楽句、コクのあるチェロの経過句など、名人芸が次々に飛び出すと感興が大きく高まってくる。

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グロッケンシュピールが彩る煌びやかなメロディーに、ブラスの3連符リズムがガッシリと喰らい付き、爆音のように打ち込まれる和音打撃や痛烈なシンバルの一撃(173小節)を皮切りに、3連打撃の連続パンチで「これでもか」と畳み掛けるさまは痛快で、シカゴ響の猛者たちを奮い立たせるバレンボイムの“荒ワザ”をとくと堪能させてくれる。


第2部 アレグロ・モデラート
sv0077d.jpgイタリアのカーニバルを思わせる陽気な〈導入旋律〉(180小節)は、天才バレンボイムのキレのあるリズム感覚とアグレッシヴな突進力の独壇場。

第1ヴァイオリンとフルートの躍動の中からオブリガート・ホルンが突如浮かび上がってくる音場は気味が悪いほどで、クラウス・シャイベ(エンジニア)の腕が冴える。

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《イタリア奇想曲》のメインテーマ〈第2部主題〉(練習番号D)は、指揮者が少しねばり腰で歌うところがユニークで、通俗的なメロディーを安直に流さず、ドイツ流儀の拍節をまもったフレージングで捌くあたりは格調の高さを感じさせてくれる。
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〈舟歌主題〉の再現など、まるでブラームスを弾くような深い呼吸のアウフタクトが印象的で、コクのあるフレージングと弓の根元でぐいと弾ききる重心の低い音はバレンボイムの面目が躍如している。


第3部 プレスト
sv0077e.jpgサルタレッロのリズムにのった〈タランテラ舞曲〉(291小節)で、いよいよシカゴ響の猛者たちが「そろそろ行くぜよ」と仕掛けてくる。

「ドカン!」と一発、派手にぶち込む大砲のような一撃が凄まじく、これには仰天する。シンバル、大太鼓、ハープ、タンブリンの打楽器群もくわわって、これを一斉に鳴らしたときの途轍もない衝撃音は、シカゴ響(教)信者ならずとも思わず快哉を叫びたくなること請け合いだ。

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sv0077f.jpg3連打撃で畳み込むキレのあるリズム感と底力のあるパンチ力は、あたかも牛刀で鶏肉を裂くような快感があり、“弦付きブラバン”ならではの曖昧さの介在する余地のない鮮烈な響きが聴き手を圧倒する。

精緻で、しかも筆圧の強い響きは、高精度のデジタル録音によって一段とキレが増し、じつに聴き映えがする。タランテラの連続打撃から勢いよく弦を駆け込ませ、トロンボーンがリテヌートをかけるところの手に汗握る緊迫感は、スリリングの極みといえる。

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「どんな人でも、初めてコンサートでシカゴ交響楽団を聴いたときの衝撃は大きいだろう。車に例えれば、日本や欧州のRVに慣れていたところ、ハンヴィー(6000ccの重力3トンの4輪駆動車)が現れたという感じか。とにかく聴こえてくる音に目ならぬ耳を漲ることになる。それぞれのパートの音が極めて鮮明に聴こえ、しかも力強い。それがベートーヴェンであっても、ブルックナーであっても、これほど様々な楽器が鳴っていたのかと思うほど、多くの楽器の音が聴こえてくる。まさに史上最強のアンサンブルである。」 山田真一著「躍進し続けるキング・オブ・オーケストラ」より、2003年来日公演プログラム)



第4部 アレグロ・モデラート
sv0077g.jpgイタリア民謡〈美しい娘さん〉が総奏となるアレグロ・モデラート(455小節)は、ヴィルトゥオーゾ・オーケストラが持てるパワーをフルに発揮する。

トランペットとタンブリンが鋼のようなリズムを打ち込む迫力は次元を超えたもので、弦楽器、ホルン、木管が朗々と歌う民謡主題は、筋肉の付いたプロレスラーのようなイタリア娘を連想させ、骨格のガッシリした、スケールの大きな音楽だ。
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「南国情緒なんぞ糞食らえ、バレンボイム様のお通りだ!」といわんばかりに、天下のスーパー・オーケストラを不羈奔放に操り、パンチを効かせて爆進するところはやり過ぎの感はあるが、その大言壮語ぶりがゾクゾクするような興奮を煽っている。


第5部 プレスト
sv0077h.jpg〈タランテラ主題〉から突入するピウ・プレスト(549小節)は全管弦楽の総力をあげたシカゴ響の怒号とパワーが全開だ。

急迫的に追い込む2拍子のキレのあるリズム打ち(573小節)はもとより、プレスティシモ(597小節)から一気呵成に突進する仮借のないコーダは、ガソリンを満タンにした重戦車を馬車馬のように駆り立て、圧倒的なエネルギーと究極のダイナミズムをフル稼働する。
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「これでも喰らえ!と言わんばかりの爆発的なとどめの一撃は、シカゴ響が本気で鳴りきった時の威力をまざまざと伝えている。
これはバレンボイムが、巨大な管弦楽による重量級のサウンドで描いた壮大なイタリアの痛快活劇で、ヴィルトゥオーゾ・オーケストラの究極のパワーを知らしめる“爆演マニア”垂涎の一枚だ。


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[ 2016/10/08 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フリッチャイのベートーヴェン/交響曲第5番〈運命〉

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ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
フェレンツ・フリッチャイ指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.9.25,26 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recording Producer: Hans Ritter(DG)
Tonmeister: Günter Hermanns
Length: 38:16 (Stereo)
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フリッチャイがベルリンの楽壇に彗星のごとく現れたのは1948年12月。ソ連によるベルリン封鎖のため出演をキャンセルしたヨッフムの代役として、定期演奏会に登場した。以来、西ベルリンの“希望の星”としてベルリンフィルとは死の直前まで蜜月の関係が続き、モノラルからステレオ録音への移行期のドイツ・グラモフォンに多くのレコードを残している。

「フリッチャイは戦後ドイツ・グラモフォンを背負って立った、第一世代の指揮者だったといえる。日本にデビュー・レコードが出た当時は、フェレンク・フリクサイと表記されていた。」 出谷啓著『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


sv0076a.jpgこの〈運命〉はフリッチャイ最晩年の録音で、病が悪化して指揮活動を断念した3ヶ月前のセッションにあたる。驚くべきはそのテンポの遅さ。

“最も遅い運命とか“裏名盤”とよばれる演奏だが、おなじオーケストラを振ったこの時代の指揮者たちと演奏時間を比べれば一目瞭然。時期をほぼ同じくしてDGに録音したカラヤン盤とはおよそ対照的だ。 amazon  HMVicon


Comp/CondOrch.DateTrioPrest
Beethoven2=1088=922.=962.=962=84w=112
NikischBPO1913.11847276787690
FurtwänglerBPO1947.5.279070768272110
CluytensBPO1958.3847276767896
FricsayBPO1961.9745464686890
KarajanBPO1972/73(DVD)10076867682100
AbbadoBPO2000.596821008682100
(出典:『200CDベルリンフィル物語』~近藤高顯氏による「巨匠たちのテンポ」より)

「ベートーヴェンの運命交響曲も、テンポの遅いことではフルトヴェングラー以上で、同時代のレコードではライナーのと対をなす両極端に位置していた。したがって30センチのLPだったが、余白には〈エグモント〉序曲1曲しか入らないという、不経済なカップリングになってしまった。筆者は彼の〈運命〉をかけて、一風呂浴びて上がって来たところ、まだ演奏していたのには肝をつぶした記憶がある。」 出谷啓著『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


sv0076e.jpgトスカニーニ流の早いテンポで颯爽と駆け走り、名人オーケストラを万事ぬかりなく操って、ゴージャスなサウンドによる“見せかけの壮大さ”で大衆におもねるカラヤンに対し、フリッチャイはゆるやかなテンポによって造形を頑なにまもり、大言壮語しない。
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フルトヴェングラーのようなデモーニッシュな劇性や、畳み掛けるような熱狂もここにはなく、あくまで実直に、心で音楽を奏でる音楽は端正で清らかでさえある。

楽曲全篇に貫かれたヒューマンな温かさと真摯に運命に立ち向かう緊張感を内に秘め、それがフィナーレに向かって次第に解放されて、聴き終わった後に快い余韻が残るのもこの演奏の魅力のひとつだろう。

ConductorOrch.DateSourceTotal
NikischBPO1913.11KSHKO156:479:505:349:0131:12
FurtwänglerBPO1947.5.27(L)POCG37888:0411:115:508:0533:10
JochumBPO1951.5UCCP93648:0311:385:508:5634:27
BöhmBPO1953.3UCCG37338:0811:225:578:5134:18
CluytensBPO1958.35099-648307288:249:515:299:0332:47
MaazelBPO1958.5UCCG37117:5610:434:528:3932:10
FricsayBPO1961.9UCCG903559:0913:156:239:2938:16
KarajanBPO1962.3UCCG70767:1810:044:548:5331:09
AbbadoBPO2000.5UCCG50037:169:107:4710:4034:53

「運命のモティーフが重く提示され、楽章全体の運びもとても遅い。一音一音噛みしめるように歩んでゆく演奏で、その結果ベルリン・フィルの重厚な響きを実感させられる。しかしこれは音楽に対するフリッチャイの極めて真摯な姿勢を反映し、これこそベートーヴェンという強固な信念のようなものを感じさせる演奏である。」 根岸一美氏による月評より、POCG3074、『レコード芸術』通巻第520号、音楽之友社、1994年)


「第1楽章の冒頭の動機をどっしりと提示し、一歩一歩踏みしめるように巨大な音楽を構築していく。ベルリン・フィルの重厚な響きを生かした表現だが、フリッチャイの語り口自体は明快で、フルトヴェングラーの神秘性、カラヤンのさらさらと流れる冗舌さとは明確に一線を画している。フィナーレにおける高揚感も申しぶんなく、この作品の筆頭にあげられるべき名盤のひとつと言えよう。」 岡本稔氏による月評より、POCG6033、『レコード芸術』通巻第570号、音楽之友社、1998年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0076b.jpg突撃隊のように突進して「運命の扉」をこじ開け、きついビートを打ち込む“弾丸ライナー”“豪腕ショルティ”“仕事師ドラティ”らの剛力派と比べれば、同じハンガリー出身の指揮者でも、ゆるやかに〈運命主題〉を打ち込むフリッチャイは物腰がすこぶる穏やかだ。

冒頭だけを聴けば、意志の力がいささか稀薄で、どこか“振りクサい”を連想してしまう。  amazon


抜けのよいホルンの宣言とともに、ドルチェの柔らかな第2主題に接続すると、抒情的な歌がしっとりと流れてくるところはフリッチャイの面目が躍如しており、頂点(94小節)もいたずらに力まず、コデッタ(小結尾)をほどよく弾んでシャッキリと締める提示部は音楽が清々しい。特筆すべきはフリッチャイの棒にピタリと反応するベルリンフィルの緻密なアンサンブルで、水も漏らさぬフレージング管弦の冴え冴えとした響きの鮮度は抜群である!

sv0059d.jpg展開部(125小節)もフリッチャイの落ち着きのあるテンポに揺るぎがなく、細やかなフレージングと入念なアーティキュレーションによって、指揮者がスコアの隅々にまで目を配っているのが伝わってくる。

勢いにまかせた劇的効果を排除し、“試練への道のり”を聴き手の心にじわじわと訴えかけてくるのがこの演奏の魅力で、切々と詠嘆調に奏でるオーボエのカデンツァが聴き手の涙を誘っている。
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一歩一歩確かな足取りで歩むコーダ(374小節)はテンポがピタリと決まり、いかにもプロイセンの楽団らしい燻し銀のサウンドと、一分の隙もない強固な合奏能力を指揮者は提示する。力瘤のない正攻法で貫くフリッチャイのスタイルは端正そのもので、しかも万人を受け入れる大らかさがあり、音楽的な純度が極めて高いものといえる。


第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0059a.jpg大きな呼吸で大らかに歌う第1主題、哀調を帯びた木管が明滅する第2主題など、平静な静けさの中に流れる清新な味わいに心惹かれてしまう。

これを受けとめる威風堂々とした総奏は力感にとみ、フィナーレを予示するトランペットの輝かしいファンファーレは、指揮者が我と我が身を奮い立たせるかのように、ピンと張りつめた緊張感が漂っている。

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sv0022h.jpg大きな聴きどころは変奏部。ヴィオラとチェロの16分音符の分散和音の中から、クラリネットがまったりと浮かび上がる第1変奏、32分音符の分散和音を第1ヴァイオリンが気高く歌い上げる第2変奏など、汚れを知らぬ清らかな楽の音がそこはかとなく流れてゆく。

第3変奏の木管楽器の孤独な風情、第4変奏でヴァイオリンがオクターヴで心のたけを歌いあげる崇高な音楽は“楽聖の精神”を極めた感があろう。

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sv0022c.jpg圧巻は第2変奏が総奏となる114小節(練習番号C)。チェロ・バスがたっぷりと弾きまわすコクのあるフレージングもさることながら、天上へ舞い上がるような上昇フレーズの美しさと、その頂点で「ぐい」と見得を切るように最高音(Es)のフェルマータを決めるクライマックスもフリッチャイの“必殺ワザ”といってよく、この楽章の大きな聴きどころのひとつだろう。

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第3楽章 アレグロ(スケルツォ)
sv0076c.jpg低音弦が意味ありげに問いかけるスケルツォ主題(幽霊の動機)と、それに対峙する〈運命動機〉の行進曲はすこぶる不気味である。

ここでは長めのフレージングと緩やかなテンポから“死に神”が忍び寄るかのような不安な気分が立ち込めているが、厳正なリズム捌きと緻密なアンサンブルによって、清々しい響きが耳あたりよく流れている。
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トリオは、ボリウム感たっぷりの低音弦が闊歩する。フリッチャイは闇雲に荒ワザを仕掛けず、一歩一歩大地を踏みしめるように、ごく自然に立ち振る舞いながら、音楽の密度の濃さで勝負する。
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弦楽フガートのスケール感も無類のもので、決して熱くならず、静かな闘志を内に秘め、コツコツと地道に、しかも着実に、来たる勝利に向かってフリッッチャイは果てしのない旅をつづけてゆく。静謐なリズム打ちは、「ルルドの泉」を訪れる敬虔な巡礼者の足音のように聞こえてくるではないか。


第4楽章 アレグロ
sv0076d.jpgアレグロの1小節手前でティンパニにリタルダンドをかけて突入するフィナーレは、解放感に溢れんばかりで、ねばり気のあるホルンが朗々と発する〈賛歌〉が飛び出すと、翳りを帯びたプロイセン・サウンドが管楽器を中心に次第に明るい輝きを増してくるのが感動的だ。

息長く放射する展開部の〈ファンファーレ動機〉や、全パートがクリアに鳴り渡る総奏(132小節)の濁りのないサウンドに驚かされてしまう。
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頑なにインテンポをまもっていたフリッチャイが動き出すのはコーダ(294小節)。ファゴット、ホルンによって〈結尾主題〉が導き出されると、フィナーレに向かってサクサクと駆けるフットワークが心地よく、ピッコロの澄んだ高音域がシルキーな弦と溶け合うように協働するところは聴き手の耳の快感を誘っている。

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sv0059g.jpgプレスト(362小節)は、フリッチャイは確固たる歩みで突き進む。見せかけの勝ち鬨を上げたり、ガッツ・ポーズを決めたりするような威圧的な演技は微塵もなく、勝利のシンボルともいえるブラスの凱歌を冴えた響きで十全に解き放ち、全曲を輝かしく結んでいる。

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当録音の前日に、フリッチャイはベルリン・ドイツ・オペラのこけら落とし公演で《ドン・ジョヴァンニ》を指揮しており、まさに多忙を極めたスケジュールの中でのセッションだった。この録音の3ヶ月後、再び病に倒れたフリッチャイは 1963年2月、ついに帰らぬ人となった。フリッチャイ最晩年の味わい深い芸風を伝える貴重な一枚だ。


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[ 2016/09/24 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

カラヤン=ウィーンフィルの《白鳥の湖》

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チャイコフスキー/バレエ組曲「白鳥の湖」作品20a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Soloist: Josef Sivo (vn), Emanuel Brabec (vc)
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien (Decca)
Producer: John Culshaw
Engineer:Gordon Parry
Length: 25:38 (Stereo)
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カラヤンは1959年3月から65年にかけて、ウィーンフィルを使って英デッカと一連のレコーディングを行っている。50代の才気煥発なカラヤンが、ウィーンフィルのまろやかな音色を生かしてLP15枚分の管弦楽の名曲を指揮し、これを名物プロデューサーのジョン・カルショウ率いる録音チームが収録した。このウィーフィルとの録音を絶賛する声は多い。

sv0075b.jpg1959年1月、カラヤンはEMIとの専属契約が切れると、ベルリンフィルとグラモフォンで、ウィーンフィルとはデッカでのレコーディングがはじまった。商魂たくましいカラヤンにとってデッカの技術力と、提携するRCAのアメリカ市場が魅力だったのだろう。

おりしも世がステレオの時代に入る絶好のタイミングだった。前年10月にはパリでファッション・モデルをしていた26歳年下のエリエッテとの再婚を果たし、カラヤンが心身共にもっとも活力が漲っていた時期の録音である。
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sv0075c.jpgこの《白鳥の湖》は、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションとなったもので、カラヤンらしいエレガントな歌い回しと、ウィーンフィルの蠱惑的な音色が大きな魅力。

決めどころでゴージャスなサウンドによって聴き手を酔わせる演出の巧さはカラヤンの右に出る者はなく、宝石のように煌めくハープのアルペジオ、トライアングルのつぶ立ち、ブラスの対位などを露骨に強調するデッカの立体的なサウンドが聴き手の耳を刺激する。

このデッカという名称の由来であるが、これがさっぱりわからない。中には「ハテ、どういう意味デッカ?」などと大真面目に書いた文献にまで出くわす始末だが、本当のところはギリシア語のダーカ(10)からとられているらしい。1956年頃にはすでにひそかに2チャンネル・ステレオ録音にも手をつけ、1958年ステレオ時代到来と同時に“Full Frequency Stereophonic Sound”ではなばなしい名のりをあげることになる。この新進気鋭の精神はデッカのポリシーとして伝統化され、名物プロデューサーといわれたモーリス・ローゼンガルテンや、これを継いだジョン・カルショウなどの力も大いに評価されなければなるまい。 出谷啓著『レコードの上手な買い方』より抜粋、音楽之友社、1977年)


sv0075d.jpgここでカラヤンは、フィナーレにおいて組曲版でカットされたオーボエのソロで続く第29曲後半(アレグロ・アジタート)から最後までの〈終曲〉(一部カット)を従来の組曲版(第28曲~第29曲アンダンテまで)に代えて演奏しており、劇性を重視した編曲に拠っている。

おなじウィーンフィルとデジタル録音したレヴァイン盤と聴き比べてみるのも一興だろう。


「カラヤンは彼独特の巧妙な演出で、それぞれの曲の美しさを実に見事に再現している。そのリズム処理や、表情のつけ方のうまさには惚れ惚れとしてしまう。《白鳥の湖》は、全体にいくぶん、ねっとりとしすぎている感じもするが、第2幕の〈情景〉の美しさは格別で、コンサート・スタイルの演奏としては最右翼にあげてよいレコードだ。」 志鳥栄八郎氏による月評より、L25C3027、『レコード芸術』通巻第388号、音楽之友社、1983年)


「精妙なベルリンフィル盤(DG)やニュートラルな響きのフィルハーモニア管盤(EMII)とはひと味異なり、オーケストラの独特の色合いが前面に押し出され、渋みのあるオーボエやメロウなホルン、艶っぽい弦楽セクションなど、ウィーン・フィル特有のサウンドが演奏に華を添えている。デッカの録音チームが、打楽器やチェレスタのバランスを強調気味にしている一方で、十分な推進力が確保されており、魅力的な名演が刻み込まれている。」( 満津岡信育氏による月評より、UCCD9505、『レコード芸術』通巻第689号、音楽之友社、2008年



情景(No.10) モデラート
sv0075e.jpgもの悲しげに歌うウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、ハープのとろけるようなアルペジオが宝石のように彩りを添える録音の見事さにのっけから驚かされてしまう。なみなみと主題を吹き上げるウィンナ・ホルンの力強い響きも圧巻で、2分音符の音の伸びは絶大!

これを歌い返す弦の〈応答のモチーフ〉(26小節)は、“カラヤン節”の独壇場としか言いようがなく、レガートに潤いを込めて、艶っぽく横揺れさせながら歌うメランコリーな味わいは比類がない。

sv0075l.jpgあくまで自然に装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな色気をまき散らすメロディアスな美しさが、俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

弓がしなるような柔らかさで3連音の反復をさばく一方で、悪魔を暗示するトロンボーンの対位を切れのある音で明瞭に強調するところは、カラヤン=カルショウ・コンビの“あざとさ”を感じさせるところで、目を剥いたようにバス・トロンボーンとテューバが吠えかかる筆勢の強さとゴージャスなサウンドに度肝を抜かされてしまう。

「派手な音でカッコ良く決めたいんだけど・・」(カラヤン)
「承知しました、ここは私に任せてください」(カルショウ)



ワルツ(No.2) テンポ・ディ・ヴァルス
sv0075g.jpg舞台は第1幕「王宮の庭園」。村娘たちの踊るワルツの音楽は、オーストリア生まれのカラヤンにとってはお手のもの、エレガントな中にもウィンナ・ワルツ風の小ぶしを効かせた歌わせぶりがユニークだ。  amazon

「ここぞ」とばかりに立ち上がる総奏の力強さもカラヤンの自信に満ちた棒さばきが印象的で、ぴたりと決まったテンポに骨力のあるブラスと打楽器をくわえて、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うさまはカラヤンならではのカッコ良さがある。

トリオ(中間部)は、歌心あふれるカンタービレやニュアンスの豊かさはお任せあれといったカラヤンの手慣れた歌わせぶりが魅力的で、コルネットの独奏を弦の清冽なオブリガートで彩る〈クープレB〉や、そこはかとない哀愁を漂わせる〈クープレC〉も聴きどころだろう。オーケストラを煽ることなく、迷いのないテンポによって、シンフォニックに盛り上げるコーダの手綱さばきも絶妙の一語に尽きよう。
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4羽の白鳥たちの踊り(No.13d) アレグロ・モデラート
sv0075i.jpgファゴットがスタッカートで刻むリズムがぴたりと決まり、みずみずしく躍動する木管のメロディーが聴き手の快感を誘っている。

気品のある弦のスタッカートと絶妙のレガートによって切分音をさばくあたりは、カラヤンの秘術が巧みに配されている。思い切りのよい和音終止も颯爽として、じつに気持ちがいい。 amazon


オデットと王子のパ・ダクシオン(No.13e) アンダンテ
sv0075f.jpg〈グラン・アダージョ〉と呼ばれるパ・ドゥ・ドゥは、目の覚めるようなハープのアルペジオの出現に仰天するが、まるで音符が見えるように聴こえる“虚妄の音場”はまさしくデッカ・マジック! そこから甘美なヴァイオリンがしっとりと導き出される音楽は、蠱惑的な響きでむせるようなロマンが横溢する。

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ここで独奏ヴァイオリンを受けもつのは、ヨーゼフ・シヴォー(33歳)。ウィーンフィル第17代コンサート・マスター(1965~72年在任)として腕を鳴らしたハンガリー出身の名手。

これまで、ボスコフスキー、セドラック、バリリといった名うてのコンサート・マスターがウィーンフィルを支えてきたが、肘を痛めたバリリの後に、カラヤンがウィーン交響楽団からひき抜いたピヒラーの登用に失敗し、高齢のセドラックの引退とともに、1965年にコンサート・マスターに就任したのが、若きワルター・ウェラー(ジュニア)とシヴォーである。ちょうど要のポジションが世代交代を余儀なくされた時期にあった。

NoConcertmasterBorn19591960196119621963196419651966
11Willi Boskovsky1909        
14Fritz Sedlak1909        
15Walter Barylli1921        
--Günter Pichler1940        
16Walter Weller Jr.1939        
17Josef Sivó1931        


sv0075k.jpgこのセッションで、ボスコフスキーに代わって新任のシヴォーが独奏を受け持った経緯は詳らかではないが、ここでは、とろけるようなブィヴラートによって、甘い香りをそこかしこに放つシヴォーの独奏の美しさに超嘆息するばかり。

とろみのある艶をのせた滑らかなフレージングとエレガントな歌い口から悲哀な気分をしっとりと漂わせ、その妖艶ともいえる音色の美しさは、スタリーク(フィストラーリ盤)と双璧だろう。

チェロ独奏が加わる75小節も聴きどころだ。リヒャルト・クロチャクとともに、ウィーンフィル史上最高のチェリストと謳われた名手・ブラベッツが、たおやかに、温もりのあるフレージングによって詩的な情緒を訥々と紡ぎ出す。
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シヴォーのすすり泣くようなオブリガートと協調しながら、肉感のある音で深みのある表情を入念に織り込んでゆくところがたまらない魅力で、まさに空前絶美のデュエットといえる。[コーダは組曲版を使用]


ハンガリーの踊り(No.20) チャルダーシュ モデラート・アッサイ
sv0075h.jpg5曲のディヴェルティスマンの中でも最も華やぎのある舞曲がチャルダーシュだ。思わせぶりな表情によって抜き足差し足で奏でる〈序奏〉〈ラッサン〉いやらしい立ち回りは、高い地位と美しい女性を虎視眈々と狙うカラヤンの臭気がムンムンとたちこめる。

ヴィヴァーチェに転ずる〈フリスカ〉は、「待ってました」とばかりに颯爽としたテンポによる身のこなしは、いかにもカラヤン流。
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「ガシッ!」と決める総奏の力強い打撃や流れるような木管の妙技にも目を見張るが、「これでもか」と、いささかも加速の手をゆるめぬカラヤンの職人的な手綱さばきと、寸分の狂いもなくこれに反応するウィーンフィルの名人的な合奏能力に舌を巻く!


情景・終曲(No.29) アレグロ・アジタート [練習番号19から最後まで]
sv0075j.jpg儚げに悲しみの波間をたゆたうウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、横揺れをともなうシンコペーション・リズムを配して、聴き手を誘い込むカラヤンの巧妙な手口に思わず「上手い!」と膝を打ちたくなるが、圧巻は力強く盛り上がるモデラート・マエストーソ

冴えたコルネットのメロディーにティンパニが硬い音で叩き込まれ、骨のあるブラスの対位が嵐のように吹きすさぶ音場の鮮烈さは、フィナーレにふさわしいゴージャスな展開。「ここぞ」とばかりに奏する〈応答モチーフ〉は、ウィーンフィルの甘美な弦が最大限に威力を発揮する。

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名器にやわらかなレガートをかけて聴き手を陶酔させる手口はカラヤンの秘術といってよく、みずみずしくも濡れたような感触は涙もの。トロンボーンが〈悪魔の断末魔〉の対位を強調するところのアゴーギクも絶妙で、美麗さと力強さが渾然一体となった〈愛の勝利の歌〉によって、劇的なフィナーレを演出する。

sv0075m.jpg [23小節カット] ハープの伴奏がくわわるモデラートの終結部(アポテーズ)はじつに感動的で、大きく吹き上げるホルンと豪放な和音打撃が、未来へ向かって大きく羽ばたこうとするカラヤンの精気の迸りを伝えてあますところがない。

名器ウィーンフィルの甘美な音をデッカの名録音が克明に刻んだ出色の一枚だ。


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[ 2016/09/10 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ショルティ=シカゴ響のショスタコーヴィチ/交響曲第8番

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ショスタコーヴィチ/交響曲第8番ハ短調 作品65
ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
Recording:1989.2 Orchestra Hall, Chicago (DECCA)
Producer: Michael Haas
Engineer: Colin Moorfoot
Length: 62:54 (Digital Live)
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ショスタコーヴィチの交響曲第8番「戦争3部作」の2番目にあたる作品で、15曲のシンフォニーの中で最も悲劇的で暗い雰囲気を持った謎の曲だ。勝利を謳歌することなく終わって肩すかしを食らわすフィナーレが論議をよび、“雪どけ”まで黙殺された経緯もあって、頻繁に演奏されるようになったのは1980年代以降のこと。

sv0074b.jpgこの《タコはち》は、ショルティがシカゴ交響楽団の音楽監督に就いて20シーズン目のコンサート・プログラムに選ばれたもので、ショルティのショスタコーヴィチ第1弾となったライヴ録音。

徹底したリハーサルを重ね、細部まで完璧に仕上げることを常とするこのコンビにとって、演奏ミスを別テイクに差し替える必要性などないことからライヴ録音もセッション録音も基本的なコンセプトに変わりはないという。

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ここでは名人オーケストラが持てる機能性をフルに発揮、とくに中間2つの楽章はその名人芸を極限まで示したもので、精緻なリズムさばきや超絶的なアンサンブルは冠絶している。最大の聴きものがギャロップ調の行進曲で、トランペットの神様が歌うパンチの効いた〈行軍の歌〉が聴く者を魅了する。パッサカリアの肉付きのよい弦楽サウンドも聴きごたえがあり、ショルティは管弦の充実した響きによって戦争の悲劇と犠牲者への哀悼をあますところなく描き出している。

「ショルティ初のショスタコーヴィチである。シカゴのオーケストラ・ホールでライヴ録音と記されているが、バーンスタインのライヴなどと同じく聴衆のノイズなどは感じさせない。演奏はこれこそ超の文字を冠したい名演である。アンサンブルの技術が比肩するものがないほどすぐれていることは、いうまでもないが、ショルティの表現は創意と感興にみちあふれており、凄いほどの内燃性が鮮烈な表情で示されている。」 小石忠男氏による月評より、FOOL20462、『レコード芸術』通巻第469号、音楽之友社、1989年)


「ショスタコーヴィチもショルテイのオハコの1つである。同じ快感でも、こちらはマーラーと違って、その馬力がアイロニーに働きかけて哄笑を呼ぶ。ケッと笑った後に来るザラッとした苦味が、ロシアの演奏ほどネットリと絡みつかない。この8番は、シカゴ響最大の武器であるブラスセクションの呆れるほど圧倒的な集団的名人技も存分に聴けて、このコンビの典型的な魅力を堪能できる。」 『200CD 指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1995年)



第1楽章 アダージョ
sv0074c.jpg力強い第1主題〈エピーグラフ〉(題辞)は、「ザリザリ」と低音弦がうごめく触感が生々しく、弦の重量感と筋肉質の響きはまぎれもな“シカゴ・サウンド”だ。

アンサンブルに僅かな乱れが生じているが、実演の緊迫感が生々しく伝わってくる。この楽章の中核となるのがピウ・モッソ(練習番号8)の内省的な弦の歌(副主題)。5拍子の変則的な伴奏にのって、いつ果てるとなく不安げな表情で悲劇の情景がクールに歌い込まれてゆく。  amazon

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役者を揃えたシカゴ響のブラス・セクションが持ち前の本領を発揮するのが長大な展開部だ。落雷のようなティンパニと小太鼓の苛烈な打ち込みがくわわると、いよいよ副主題のリズムにのった第2主題がドラマティックに展開する。悲鳴のような木管の第1主題(練習番号25)、精密機械のように刻む弦のエネルギッシュなスケルツォ、「スカっ」と吹き抜く4本のホルンの豪放な3連音、「ポコポコ」と打ち込むシロホンの歯切れの良い連打など、音のご醍醐味が満載!

sv0074e.jpg最大の聴きどころがアレグロのグロテスクな行進曲(練習番号29)[15:29]。トルコ行進曲のパロディーとされる〈コラール風ファンファーレ〉がカノン風に展開する場面は、破局へまっしぐらに突き進む“地獄の行進”だ! 

威圧的な全管の斉奏によって第1主題を吹き上げるクライマックス(練習番号34)もすさまじい。“弦付きブラバン”の異名をとるシカゴ響ならではカタストロフの轟音は圧巻で、《マンフレッド交響曲》(チャイコフスキー)の主題によく似たトランペットの強烈なひと節(295小節)によって、ショルティはこの曲の悲劇性を熾烈なまでに提示する。  amazon
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《トゥオネラの白鳥》(シベリウス)を思わせるイングリッシュ・ホルンによるモノローグ(練習番号35)のクールなリリシズムも印象的で、低音弦で厳かに再現する副主題(練習番号41)と、弦楽の翳りのある響きで消え果てるコーダの第2主題(練習番号44)によって、聴き手を深い悲しみの中へ誘っている。


第2楽章 アレグレット
sv0074f.jpg威圧的な軍隊行進曲調のスケルツォは、ショルティがシカゴ軍団の威力をまざまざと見せつける。

ドイツ流行歌《ロザムンデ》のパロディーから、楽員を睥睨してスコアにひそむ残忍さと滑稽さを黙々と炙り出すショルティの姿が音楽の情景にぴたりとマッチする。聴きどころは中間部(練習番号53)の器楽的スケルツォ。  amazon
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戯けた調子で駆けめぐるピッコロの冴えた妙技は、権力者にヘコヘコとおべっかを使いながら、見ていないところで尻をたたいて「あっかんべ~」をやる道化師のようで、諧謔的なメロディーを生真面目に演奏。精緻なスタッカート・リズムにのって、ぴょこぴょこと飛び跳ねる小クラリネット、屁をこくようなファゴット、華麗に舞うトランペットといった名人奏者たちの悪魔的な競演にゾクゾクしてしまう。

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sv0074g.jpg圧巻は、第2主題が再現する〈第2トリオ〉(練習番号67)。弦のオスティナート・リズムとスネアドラムの乱打にのって、急速な軍隊行進曲へと変貌する場面は、このオーケストラの究極のダイナミズムを示したものだ。

急速に解体してゆくコーダ(練習番号70)では、消滅するかに見せかけて激烈なとどめで聴き手を仰天させるあたりは、凄腕集団のパンチ力と仮借のない統率力を発揮する鬼軍曹の面目躍如といえる。  amazon


第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0074d.jpgヴィオラの分散和音による急速なペルペトゥーム・モビーレ(無窮動)は、類い希なリズム感覚を持つショルティが、オーケストラ技能の完全性を極限まで追求する。

精密機械のような〈トッカータ主題〉に低音弦の力強い和音を叩き込み、木管の悲鳴のようなオクターブ下降にトランペットを「スパっ」と打ち込む切れ味の良さは抜群! 強烈なバルトーク・ピッツィカートを重ねる〈叫びの主題〉(練習番号83)の生々しさや、トロンボーンとテューバのグロテスクでメカニックな衝撃音もたまらない。  amazon

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最大の聴きどころは、低音弦から立ち上がる中間部のギャロップ調の行進曲(練習番号97)。このエピソードは千両役者の登場といってよく、名物奏者が行進リズムにのって華麗なソロを奏でる“行軍の歌”が聴くものを惹きつける。「スッタカタッタ」と鋭い合いの手を打つ小太鼓も感興を高め、平行和音で奏する弦の柔らかな応答が心地よい。

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滑らかなグリッサンドで駆け上がり、木管楽器が「ひょ~」と間断なく受け継ぐところは名技集団による“音のサーカス”にほかならない。第2句のトランペットがパンチの効いた掛け合いを演ずるところはゾクゾクするような興奮を誘っている。

sv0074h.jpg第3部(練習番号103)では、弦のすべり落ちるようなグリッサンドにシロホンが「スコン!」と打ち込まれるところも聴きどころのひとつで、音楽的な快感はもとよりオーディオ・マニアの耳をくすぐる箇所ではないかしら? 

コーダ(練習番号110)は無窮動リズムをffで叩き出すティンパニにも注目だ! 打楽器奏者が、まるで楽器に恨みでもあるかのように「バカスカ」と鼓面を叩き込むさまは痛快で、明快な打点によって“肉体的な興奮”を喚起するショルティの鋭敏なリズム感覚にとどめを刺す!  amazon


第4楽章「パッサカリア」、ラルゴ
sv0074i.jpgパッサカリア主題は、9小節ずつ11回の低音弦で反復され、その上に対位法的な変奏の声部を築いてゆく手の込んだもので、声部の入りと主題の切れ目がずれて書かれているために変奏の変わり目がわかりにくい。

ここでは、低音主題をクールに織り込む歌い口から美感がしっとりと滲み出てくるのがショルティの上手いところで、冴えた管楽器のソロを散りばめる第5変奏(練習番号114)や、クラリネットが根太い切分音で伴奏をつける第9変奏(練習番号121)などから悲劇の重みがどっしりと伝わってくる。

半音下げた最終音から、ハ長調の明るい春の兆しを明瞭に提示しているのも楽譜を見るに敏なショルティらしい。
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第5楽章 アレグレット
sv0074o.jpgファゴットが自信なげに奏するロンド主題〈喜びの歌〉は、力弱い変奏を繰り返して旋律を外れてしまうところにずっこけてしまうが、フルートの楽しげなスタッカート楽句が飛び出すと、明るい気分が戻ってくる。

ここで、作曲者が挿入する2つのエピソードが印象的だ。チェロが滔々と歌うロシアの憂愁(第1副主題)とバス・クラリネットが奏する不気味な舞曲(第2副主題)。「ぶりぶり」と肉付きのよい半音階で低回する目まぐるしい旋律に、田舎風のヴァイオリンの対旋律が絡みつくと明るい兆しが見えてくる。 TOWER RECORDS  amazon

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聴きどころは「ガツン!」と打ち込む力強いティンパニの一撃とともに、金管が〈喜びの歌〉を吹き放つストレッタ楽段(練習番号151)。ショルティが勝利を確信したかのように力瘤を入れてブラスを掛け合わせるところは、聴き手が「待ってました」と膝を打ちたくなるところで、木管が“祝福の歌”を斉奏するところはエネルギュッシュな解放感に溢れんばかり。

sv0074p.jpgクライマックス(練習番号159)は第1楽章〈エピーグラフ〉がfffで炸裂する。悲痛な強奏を4度ぶちかまし、トランペットが悲劇の主人公を象徴した“マンフレッド・ファンファーレ”をハイCから強烈に吹きぬくところが最大の聴きどころだ! とどめは5発の和音打撃と断末魔のようなブラスの喘ぎによって、闘いの終結が告げられる。

再現部は調子外れのヴァイオリン独奏が空虚に響き、2つのエピソードもどこか悲しげ。ファゴットのロンド主題は「トホホ」と情けなく、ピッコロやヴァイオリン独奏も意気消沈して途絶えてしまう。 

George Solti Conducts Mendelssohn & Shostakovich [DVD] [Import]

コーダ(練習番号172)は高音弦がハ長調の和音でたなびく中を、c-d-cの〈喜びの歌〉が低音弦のピッツィカートによって幕を閉じる。難解なテーマをスコアから明快に描き出し、圧倒的なパワーと技巧で曲のツボをおさえた1枚だ。


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[ 2016/08/27 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)

デュ・プレのエルガー/チェロ協奏曲

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エルガー/チェロ協奏曲ホ短調 作品85
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ独奏)
ジョン・バルビローリ指揮 ロンドン交響楽団
Recording: 1965.8.19 Kingsway hall, London
Producer: Ronaldo Kinloch-Anderson (EMI)
Balance Engineer: Chiristopher Parker
Length: 30:07 (Stereo)
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エルガーのチェロ協奏曲は、デュ・プレにとって“人生の音楽”と言える名刺代わりの曲で、13歳のときに師のウィリアム・プリースから譜面を渡され、わずか4日で暗譜して完璧に弾きこなしたという。1962年(17歳)には、ロンドンのロイヤル・フェスティバルホールでこの曲をはじめてフル・オーケストラと共演して国際的なキャリアがスタートした。

sv0073b.jpg当録音は、1965年5月にBBC交響楽団のアメリカ公演で演奏し「最盛期のカザルスに匹敵する」と評論家から絶賛された直後にEMIの企画でセッションが組まれたもので、デュ・プレの名を世界に知らしめた記念すべきレコーディング・デビュー盤。

伴奏を受け持ったバルビローリもまた、1919年の同曲の初演時にオーケストラのチェロ奏者として参加していることから、デュ・プレにとって願ったりかなったりのサポートだったと思われる。
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sv0073j.jpgデュ・プレを映画化した『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』 (Hilary and Jackie、1998年、アナンド・タッカー監督)では同曲がテーマ音楽として使用されているが、映画ファンの中にはこの曲がエルガーの作品とは知らず、映画のためのオリジナル音楽と思われていたらしい。

映画ではエミリー・ワトソンがデュ・プレ役を好演しているが、傑作なのが婚約者として登場する若きバレンボイム役の青年(ジェームズ・フレイン)で、わざとらしいパンチ・パーマの気弱そうなキャラに思わす吹き出してしまう。
Hilary and Jackie [DVD] [Import]

「映画《ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ》の中で最初から最後までテーマ音楽のように流れ続けるのが、彼女の最も愛したエルガーのチェロ協奏曲なのだ(演奏も彼女自身)。イギリス人デュ・プレにとって、同国の作曲家エルガーの作品が身近なものであったのは当然としても、この人生の秋を思わせるような憂愁を湛えた、しみじみとした感慨が、なんとジャッキーに相応しいことだろう。」 『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)



sv0073c.jpg〈憂いの顔の騎士〉と称される同作品は、20世紀初頭に書かれたとは思えないロマン的な雰囲気をもち、“晩秋の夕映え”を思わせる哀愁が全編に漂う屈指の名曲だ。

初演の評判は芳しくかったが、女流チェリスト、ビアトリス・ハリソンの演奏によって世に認められ、デュ・プレの当録音によって不動の評価を得たことから、この曲には“女流チェリストによってしか成功しない”というジンクスがつきまとっている。
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NoConductorOrchestraDateTotal
SargentBBC so1964.9.37:164:244:5110:5827:29
BarbirolliLondon so1965.8.198:004:345:1412:1930:07
BarbirolliBBC so1967.1.37:514:155:2212:1229:40
BarenboimNew Philharmonia1967 (DVD)8:224:115:1511:5829:46
BarenboimPhiladelphia1970.11.27/288:414:345:5012:0531:10


sv0073d.jpgデュ・プレのエルガーはライヴ盤を含めて数種出ているが、音質が良く最も条件が整っているのがEMI盤。同じバルビローリ指揮でBBC響のプラハ公演を収めたテスタメント盤もすばらしい演奏だがマイクが遠くオケが弱い。

バレンボイム指揮フィラデルフィア管のソニー盤もオケの響きが薄く伴奏がカラ回りしていることや、独奏のキメが粗くデフォルメがきつい。同じバレンボイムの伴奏でも婚約直後にニューフィルハーモニア管と収録した映像はEMI盤と演奏スタイルが似ており、完成度が高いと思われる(モノラル)。
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「デュ・プレの楽壇デビューを飾った曲であるが、気合いも入っており、キズのない技巧を駆使して危な気のないみごとな演奏を展開している。とくにみごとなのが第1楽章と第3楽章で、その間のとり方のうまさといい、熟した表現といい、まだ20歳にもならないうちにこれだけのものを持っていたとはまったく驚くべき才能である。バルビローリの品のよい充実した棒さばきも特筆に値する。この1枚はデュ・プレのレコード全部を通じての最高傑作の1つにあげてよかろう。」 志鳥栄八郎氏による月評、『レコード芸術』通巻第321号、音楽之友社、1977年)


「憂いを含んだ主題を、雄渾に歌い上げていく表現力には脱帽するほかはない。この録音をめぐる熱い筆致の文章を数多くの執筆者が残しており、音楽ファンに英国音楽の魅力を強力にアピールした名盤である。主情的に歌い込み、体当たりするような迫力に満ちていることもあって、デュ・プレのちょっとした音程のブレなどを、この演奏で刷り込まれてしまうと、他の奏者による整った演奏を耳にしても、物足りなさを感じてしまう。名匠バルビローリが、包容力に富んだバックアップを繰り広げながら、エルガーの醍醐味を巧みに打ち出している点も魅力的だ。」 満津岡信育氏による「選定世界遺産ディスク」~『レコード芸術』通巻第695号、音楽之友社、2008年)


「デュ・プレと言えばエルガーとでも言うべき、彼女の代名詞となった大名演。〈エルガーは男性が弾くと失敗する〉と揶揄されるほど、男性奏者にとって鬼門となってしまったのも、この演奏の影響大である。“正しい音程”や“きれいな”音色よりも、情念の迸りを優先させるこのような表現は、最近の奏者からはめったに聴かれなくなったが、作品の本質をえぐり出しているという点で、この録音は永遠の価値を持つ。」 西村祐氏による「栄光の1960年代」~『レコード芸術』通巻第694号、音楽之友社、2008年)



第1楽章 アダージョ~モデラート
sv0073m.jpg〈ノビルメンテ〉と記される高貴なフォルティシモではじまる冒頭の悲劇的なカデンツァは、重音をたっぷりと弾き込んで深い悲しみが語られる。

肺腑をえぐるように決めるグリッサンドは悲嘆の吐息のようで、暗雲がたちこめる荘重なレチタティーヴォ(叙唱)が聴き手の心に重くのしかかり、デュ・プレ(以下ジャッキー)の悲劇的な運命を予告するかのように聴こえてくるではないか。  amazon  HMVicon

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sv0073g.jpg8分の9拍子にかわるモデラートは、ヴィオラが“晩秋の詩情”をすすり泣くように奏で、これに独奏チェロが悲しみの対位を織り重ねてゆくところが大きな聴きどころだ。

低音が震えるようなコクのあるフレージングは冠絶しており、アラルガンドの16分音符で音階を駆け上がる“涙のクライマックス”は慟哭が極まった感があろう。
BBC Legends(1962, 1964)
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最高潮で強奏する管弦楽の総奏も指揮者がツボを心得えており、トロンボーンがアクセントを入れて加わると、音楽は重厚さを増して“悲劇の情景”があますところなく展開されてゆく。


sv0073e.jpg木管で導かれる付点を伴った第2主題も悲しみを引きずっているが、ホ長調に転じる〈エピソード〉では晩秋の陽光が沈鬱な雲間からあらわれるように、やわらかに明滅しながら独奏がしみじみと聴き手に語りかけてくれる。

弦楽の伴奏は夢心地のような安らぎと気品を湛え、バルビローリがまるで父親のように暖かく見守りながらジャッキーの独奏に寄り添っているのが伝わってくる。

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独奏の激情的なテヌートで高潮する主題再現もすこぶる濃厚で、ティンパニの強打や、フォルテの痛烈な和音打撃で対峙するバルビローリのウェットで熱っぽい指揮ぶりも聴きどころだろう。


第2楽章 レント~アレグロ・モルト
sv0073i.jpg「バチン」と弾くカデンツァ和音と管弦の鋭い打ち込みに仰天するが、小刻みの16音符でせわしく走るペルペトゥーム・モビーレ(無窮動)はジャッキーの超絶技の独壇場。

物憂い表情を湛えつつ、針の穴に糸を通すような弱音の精密なスピッカートと、抉りの効いた弓さばきによって管弦の爆発を誘うダイナミックな第2主題の対比が鮮やかで、高音のフラジョレットから低音の刻みまで管弦楽と目まぐるしく掛け合う音楽は変幻自在。
Jacquelin Du Pre: In Portrait [DVD] [Import]

快適に弾き飛ばすコーダも超絶的で、倒けつ転びつ駆け込むピッツィカート終止も即興的だ。
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第3楽章 アダージョ
sv0073h.jpg独奏チェロが間断なく朗唱するアダーショをジャッキーは密度の濃い弓さばきで弾き上げる。ここでは前年に後援者のイスメナ・ホーランドから贈られ、短い生涯を共にした銘器“ダヴィドフ”(1713年製ストラディヴァリウス)によって紡がれるイギリス風の嘆き節が聴き手の胸を締めつける。

ジャッキーは甘くほろ苦い思い出を胸に秘めつつ、ロマンティックに、しかも情熱的に綿々と歌い込んでゆくところがこの曲のキモといえる。絶望の淵へ突き落とされながらも、かすかな希望と安らぎを願う20歳の女性の慈愛に充ちた歌い口に涙がこみ上げてくるのは筆者だけではないはずだ。

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第4楽章 アレグロ~モデラート~アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0073f.jpg〈レチタティーヴォ〉の重厚な語りとカデンツァの豪快な重音の弾きっぷりはロストロポーヴィチを彷彿させる大家風の弓さばきで、32分音符を決然と駆け上がるところは運命と対決するジャッキーの強固な意志が込められている。

主部のロンド主題激しい戦いの音楽だ。闊歩するような男性顔負けの雄渾なフレージングによってオーケストラと丁々発止と渡り合い、闘争劇を繰り広げるところが痛快で、根太い音でゆさぶる第2主題と16音符の上下運動や、主題の断片を目まぐるしく打ち込む管弦楽に負けじとばかりに、ギシギシと弦を擦るアルペジオもすこぶる力強い。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

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大股で牛車を引きずるような、重々しくダイナミックな主題変奏(練習番号59)もジャッキーの個性が生々しく刻印されている。


sv0073k.jpg最後のクライマックスは瞑想的なムードに包まれるアダージョ(練習番号66)で、静謐な抒情美がロマンティックに歌われる。

とくにストリンジェンドからしっとりと歌い込みながらオーケストラと繰り返し高揚するところが感動的で、過去の甘い記憶(第3楽章)を追想するかのように再帰するレント主題[10:32]の“切ない歌”に胸がいっぱいになってしまう。
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sv0073l.jpg美しい想い出を残酷に断ち切る〈悲痛なレチタティーヴォ〉の緊迫感も無類のもので、律動的な対位でオーケストラに体当たりで喰らい付き、激烈な慟哭の一撃で全曲を締め括っている。いつまでも大切に聴き続けたいデュ・プレ入魂の一枚だ。
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[ 2016/08/13 ] 音楽 エルガー | TB(-) | CM(-)

モントゥー=ロンドン響のブラームス/交響曲第2番

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ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ピエール・モントゥー指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1962.11.29-12.1
Rocation: Kingsway Hall, London
Disc: DECCA/UCCD-7303 (2016/4)
Length: 43:21 (Stereo)
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ピエール・モントゥーはフランス人(セファルディム)でありながら、ブラームスの作品をこよなく愛し、なかでも交響曲第2番は生涯に4度レコーディングを行ったほど愛着が深かった。カイザー髭をたくわえ、どこか19世紀的な風貌のモントゥーは、18歳の時に創設されたカペー四重奏団にヴィオラ奏者として参加し、ブラームスの作品を本人の目の前で演奏した経験をもつ。

sv0072b.jpg対面したブラームスの“悲しげな眼差し”をモントゥーは終生忘れることがなく、自分が作曲者に対して随分と失礼な演奏をしたのではないかと自責の念にかられていたという。

自室の壁にはブラームスの肖像画を飾り、死の間際には《ドイツ・レクイエム》のスコアを胸に抱いだほど敬愛していたことが伝えられている。

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モントゥーの〈ブラ2〉は、晩年に2種の録音がステレオで残されている。それは1959年のウィーンフィル(DECCA盤)と1962年のロンドン響(PHILIPS盤)。近い時期に異なるオーケストラとセッションが組まれたのが興味深いが、ロンドン響との当盤はモントゥーが86歳で同楽団の首席指揮者に就任した翌年に録音されたもので、繊細なフレージングによって楽想の隅々にまでモントゥーの意図が浸透した屈指の名盤だ。

sv0072d.jpgウィーン盤もロンドン盤も、オーケストラの配置がヴァイオリンを左右に振り分ける当時としては珍しい対抗配置をとり、これがすばらしい効果をあげている。

ともに第1楽章の提示部を反復しているために演奏時間が長くなっているが、当盤では、みずみずしい弦のフレージングとそこから紡ぎ出される繊細なニュアンスが随所に散りばめられ、明るい色調で自然への賛歌がキメ細やかに歌われている。  TOWER RECORDS  amazon

方やウィーン盤は、チャーミングなオーボエや、もってりとコクのあるチェロのテーマが魅力的だが、奏法ひとつをとっても楽団の伝統の枠内にとどまり新鮮味には乏しい。リズムの冴えニュアンスのうつろいといった点で、聴き手の耳を惹きつけるロンドン盤の方に筆者の指は自然と伸びてしまう。

「モントゥーはフランス人なのに、すべての作曲家の中でブラームスをいちばん愛していた。その彼が死の2年前、87歳で録音したのが本ディスクであり、音楽への思いのたけを全部ぶちまけてしまったような、情愛にあふれた名演である。それは懐古的なまでの老熟の味であり、やるせないほどの情緒とのどかな陶酔に満ちた夕映えのブラームスなのだ。テンポの動きも非常に多い。レコーデングは62年の末だが、その半年後、モントゥーはロンドン響とともに来日、大阪で1回だけ振った。そのときの感動は今もって忘れられない。」 宇野功芳著『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)


「モントゥーは最晩年に2つの〈ブラ2〉を録音した。特に素晴らしいのがロンドン響との録音である。かねてより定評ある名盤で、ある程度オケの自主性任せ、全体の雰囲気で聴かせるウィーン盤に対し、隅から隅までモントゥーの意志が反映されたのがロンドン盤といえるだろう。一音たりとも曖昧に扱わず、すべてのアーティキュレーションや息づかいにモントゥーの意志が宿る。全体のトーンはより華やぎがあり、色彩感に秀で、それでいて、人生の哀愁が滲み出るというところがモントゥーの素晴らしいところだ。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0072c.jpgなんと新鮮でみずみずしく、耳にやさしいブラームスだろう。「ちょっと工夫してみました」と作為を感じさせるようなところは微塵もなく、繊細なアーティキュレーションと繊美なフレージングによって、南仏の長閑な風物詩がのびやかに歌われている。

オーボエの導入句をリタルダンドする語り口の上手さもさることながら、鳥の囀りを模したような木管のスタッカートや、小川のせせらぎのように清々しく奏する間奏主題(クララ・モチーフ)から喜びの気分が溢れんばかり。

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sv0072j.jpgここでは左右に配置したヴァイオリンが交互に応える場面(67小節~)で抜群のステレオ効果を発揮する。これを聴くと、1881年にヘンシェルが試したこの配置をブラームスがたいそう気に入ったという逸話に「なるほど」と頷ける。

ヴィオラとチェロが奏でる第2主題(82小節)は旋律がこの上なく上品に扱われ、寄り添うようなヴァンオリンの伴奏音型にまで指揮者の細やかな配慮が行き届いている。旋律の裏でフルートの3連音の装飾的なオブリガードがたゆたうところ(156小節)の美しさといったら!

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sv0072e.jpg提示部の反復をまったく感じさせない自然な流れで演奏しているのもモントゥーの上手いところで、展開部に入っても力瘤を廃したモントゥーの棒さばきは老熟を極めている。

各パートの対位の綾が透かし彫りのように聞こえてくるあたりは、まるで室内楽を聴いているような趣きがあり、ティンパニの強打をくわえた地獄落ちのような闘争の頂点(227小節)で昂奮を高めるフルトヴェングラーの演奏とはおよそ対照的といえる。 TOWER RECORDS  amazon

絶妙のテンポ・ルバートでたゆたう再現部も繊細なフレージングの妙味は格別で、ニ長調でしっとりと息づく牧歌主題をはじめとして、ヴィオラを随所でたっぷりと響かせているのもこの盤の魅力のひとつだろう。

トランペットが冴えた音で放歌高吟する晴朗な総奏(403小節)、ホルンの夢幻的な独奏(455小節)、弦楽のやわらかなサウンドで叙唱歌風に揺れるコーダの味わい深さなど、楽想の隅々にまでモントゥーの自然への慈しみと平穏な心の喜びが溢れており、最後まで聴き手の耳を惹き付けてやまない。


第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0072f.jpgチェロの奏でる物憂い旋律をウィーン流にこってりと粘らず、風韻の良い響きで清々しくエレガントに歌われるのがモントゥー流。

中間部のエスプレッシーヴォ主題(45小節)では、劇的なドラマ性を内在して“暗い死の影”を漂わせるデモーニッシュなフルトヴェングラーに対し、モントゥーにとっては日が翳り、雲間からうっすらと陽の光が差し込むような情景のうつろいでしかない。  amazon
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3連音型のドルチェ主題(68小節)を早いテンポで奏する再現部の足取りは軽快で、まるで好好爺が野山の景色を楽しみながら散策にふけるといった風情。詠嘆的な弦の変奏主題(73小節)に大きなルバートをかけて清らかに奏するのも象徴的で、まるでこの作品がクララへの“愛の詩”であるかのように、老境のモントゥーが微笑みながら、心を込めて歌い上げるところがじつに感動的である。
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ワルター、バルビローリ、ジュリーニといった抒情派の巨匠たちが10分以上かけてこの楽章をじっくり演奏しているのに対し、モントゥーは8分台半ばでさりげなく駆け抜けているのもユニークで、経過主題から強奏展開するクライマックス(87小節)やコーダもむやみに高ぶることはなく、モントゥーにとって家路へ足を運ぶ“夕暮れの情景”なのだ。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0072g.jpgモントゥーは間奏曲風の楽想をいかにもフランス人らしく、ブーレ(舞曲)のように生き生きと、しかも愛嬌を振り撒きながら、なごやかに奏するのが魅力的だ。

緻密なスタッカートでさくさくと駆けるプレスト(33小節)も軽妙洒脱の極みといえる。モルト・ドルチェのピアニシモ(225小節)に黄昏時の哀愁を滲ませているのも心憎く、人生の酸いも甘いも噛み分けた老巨匠の慎ましやかなコーダがしっとりと心に沁み込んでくる。 amazon

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第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0072h.jpgフィナーレはロンドン響の整然とした合奏美を堪能させてくれる。モントゥーは腕ずくでオケを引きずり回したり煽ったりせず、ひたすらリズムのキメを整えることによって明朗快活な気分とクリアなサウンドを実現。

第2主題(78小節)も朗らかに歌い、踊り、リズミカルなステップで駆け抜けるコデッタ主題(114小節)から春の訪れを待ちわびた小鳥の囀りや村人たちの喜びが伝わってくる。

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sv0072i.jpg展開部では主題の転回や反進行形で哀愁をしっとりと漂わせるが、モントゥーの個性が際立つのが再現部の総奏(264小節)から。

低音の土台を礎に、弓の根元で喰らいつくように弾き飛ばすフレージングは一分のブレもなく、重厚なサウンドを聴かせる第2主題、管弦が陽気に戯れるコデッタ主題、3連音から用意周到に加速して目の覚めるような金管を炸裂させる頂点(387小節)などは、とても87歳の老人の棒さばきとは思えない。
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みずみずしい伴奏弦の分散和音の中から「カラッ」と打ち放つ金管の開放的なカノンと「シャッキリ」と打ち込むトランペットとホルンのファンファーレが感興を大きく高め、燦燦と陽光が降り注ぐ南国的な気分の中で全曲を溌剌と締め括っている。この曲を誰よりも愛したモントゥーが最晩年に残した極上の一枚だ。


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[ 2016/07/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ミンツのメンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲

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メンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
シュロモ・ミンツ(独奏ヴァイオリン)
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1980.2.18,23 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Reiner Block (DG)
Recording Engineer: Klaus Heymann
Length: 21:35 (Stereo)
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シュロモ・ミンツはモスクワ生まれ、イスラエル育ちのヴァイオリン奏者。アイザック・スターンに認められてジュリアード音楽院で学ぶとともに、アメリカ=イスラエル協会の強力な援助により、コンクールを経ることなく16歳でピッツバーグ響のソリストとしてカーネギーホールでのデビューを果たしている。デビュー・アルバムとなったメンデルスゾーンとブルッフを組み合わせたレコードは、発売当時、大変評判になったと記憶する。

sv0071b.jpgここで聴くミンツのヴァイオリンは、ふっくらと肉付きのある豊饒な響きで、伸びのある艶やかな音色は音楽史上あまた活躍するユダヤ系奏者の中でも極上のものだ。

「協奏曲の女王」と称えられたメンデルスゾーンの名曲を、肉感のある柔らかなヴィヴラートゆたかな和声感覚によって、めるように歌い込まれていくのがこの盤の大きな魅力。  amazon

指の筋肉や関節からヴァイオリンは日本人とユダヤ人向きとよく言われるが、ユダヤ人は手工業にたずさわってきた歴史が長いために器用で、その上、弦に必要な独特の音程を持ち、平均律をもとにしたヨーロッパの五線譜では表現できない複雑な旋律の祈祷歌がユダヤ教にあるという。ヴァイオリンは東欧のユダヤ人社会において、祝祭の際に演奏されてきた重要な楽器だった。 中丸美繪著 『嬉遊曲鳴りやまず』より、新潮社、1996年)


このメンデルスゾーンのレコーディングには裏話があり、予期せぬアクシデントが起こっている。ミンツはこの時、1752年製作の「ロレンツォ・グァダニーニ」を携えてセッションにのぞんだが、第1楽章の演奏途中で楽器が破損し、やむなくコンサート・マスターのヴァイオリンを借りて録音を敢行したという。

「新譜として発売されたミンツのデビュー盤のメンデルスゾーンは、ちがった楽器でひいているのにお気づきになった方がいるだろうか? 各誌の月評ご担当の先生方もお気づきになられた方はおられなかったようだ。ある楽句の途中で、ミンツの前に置いてあるマイクロフォンが音もなく徐々にずり落ちてゆくじゃないの! ミンツは、さながらリンボー・ダンサーのように、アクロバティックに、その下降についていった。ところが、思いもかけないヴァイオリンの外傷的分解が起こったとは!」 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、音楽之友社、1984年)


sv0071i.jpg幸い、シカゴ響は名器のコレクションを備えており、その中には2丁のストラディヴァリウスが含まれていた。1715年製作の「フォン・デア・ライデン男爵」と、同じく1715年製作の「アレグレッティ」

これらはコンサートマスターのヴィクター・アイタイとサミュエル・マガドゥに貸与されていたが、はからずもミンツはどちらかのストラディヴァリを弾いて録音を続行したらしい。「いわば、バーガンディ(ブルゴーニュ)とボージョレの相違ですよ」と、ミンツは事も無げに語っている。



第1楽章 アレグロ・モルト・アパッシオナート
sv0071k.jpg柔らかな肉の付いた音で、しっとりとメゾ・フォルテで歌い上げる独奏ヴァイオリンが心地よく、したたるようなレガートによって高音域を伸びやかに決めている。

そのメロディックな美感は極上のもので、3連音符の経過句の滑らかな弓さばきも絶妙。重音で駆け上がる決めどころは力感を巧みに配して冴えわたり、一点の濁りもない。

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ぴたりと伴奏をつけるシカゴ響の総奏も聴きごたえがある。“暴れ馬”をしっかりと御すアバドの精確な棒もさることながら、「がっつり」と打ち込む分厚い和音打撃の衝撃感がすさまじい。聴き手の肉体に「ズシリ」と伝わってくる一体感はグラモフォンならではの名録音で、第1主題のパンチの効いたオーケストラ・サウンドは痛快といえる。

経過主題(76小節)は“貴婦人”を思わせる気品をたたえ、むせるように歌い上げるミンツの独壇場。ロマンティックな芳香を漂わせ、早めのテンポによって音楽は淀みなく清冽に流れてゆく。重音をいたずらに力まず、上下に波打つ分散和音は楽譜に忠実なアーティキュレーションによって、冴え冴えとした響きを実現している。
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sv0071d.jpg開放弦のG音を大きく膨らませて響きを確かめるようにテンポを落とし、心を込めて歌い上げる第2主題(131小節)が最高の聴きどころだ。

しっとりと艶をのせて、濡れたように歌い上げるメロディアスな歌い口は涙もので、脂っこいねばりやキザなポーズは微塵もなく、心で奏でる清楚なカンティレーナがじつに感動的である。

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展開部(168小節)は丹念に音の綾を紡ぐフレージングが印象的で、急き立てることなく目の詰んだ練れた音によって難技巧パッセージを冴え冴えと織り上げる。決めどころの最高音は、シカゴの猛者たちを前にひるむことなく、「ぐい」と弾きぬく思い切りの良さには脱帽で、先鋭な音の切れは名刀もかくやと思わせるものだ。

sv0071f.jpg肉厚の音を下の声部でたっぷり鳴らす経過主題や、入念な間合いをとってカデンツァへ突入するくだりなど、余裕綽々のパフォーマンスは心憎いばかり。

カデンツァは重厚さはないが、緩急自在の分散和音からぬめるように高域へ上り詰めるところは独特の味わいがあり、ギア・チェンジを重ねるアルペジオの弓運びや、細やかに揺らぐ難度の高いリコシェ・サルタートも格の違いを感じさせてくれるではないか。 TOWER RECORDS  HMVicon

突如、楽器に異変が起きたのは、楽章も終わりに近づいたある楽句とされる。筆者が想像するに、カデンツァ後に独奏がアルペシオ風の分散和音を奏する345小節からG線に不安定な軋みが感じられ、363小節の経過主題から音色が落ち着いたものに聴き取れる。新酒が年代物ワインに変わるような品格がくわわったと見る向きもあろうが、聴き慣れたグァダニーニの艶やかな音色が極上だっただけに筆者にはいささか残念である。

sv0071g.jpgコーダはピウ・プレスト(473小節)からツボを心得たようにミンツが走り出す。

経過主題を美麗に歌いながらオクターヴを上げてひた走るところはゾクゾクさせてくれる名場面。これに応えるアバドの伴奏は決して強圧的にならず、丸みを帯びたオーケストラ・サウンドが柔らかく独奏に溶け込ませるフィニッシュは、絶妙の一語に尽きる。  amazon

「ヴァイオリンはあっさりと壊れちゃったんですよ」と、ミンツは苦笑しながら回想する。「ぼくは楽器を両手でにぎりしめていたんですねえ。空気がひどく乾燥してたことと関係があったのかもしれません。両面で52分ほどの曲を録音するのに、 わずか160分しかかからなかったのに」 ミンツのヴァイオリンはすぐ専門の楽器修理店へ運ばれた。ミンツはコンサートマスターの楽器を借用して緩除楽章を録音した。 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、1984年)



第2楽章 アンダンテ
sv0071e.jpgファゴットH音のアタッカで続く抒情的な楽章を、ミンツは艶と情感をしっとり込めて歌いぬく。

こなれた音でわずかにかかるポルタメントが哀愁をそそるが、磨き抜かれた弱音の美しさは比類がない。ほの暗い浪漫が明滅する第2句(27小節)の、濡れたような歌い口も聴き手の心をとらえて離さない。すすり泣くように歌われる最高点G音の澄み切った美しさといったら! 

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中間部は、翳りを帯びた荘厳な管弦の響きをバックに、重音奏法による音の旨味を見事に弾き出している。下の声部で美音を発しながら、上声の旋律線では哀しみを深沈と掘り下げてゆくのが聴きどころ。聴き手の琴線に触れるような分散和音の揺らぎは、ロマンティシズムを極めた感があろう。再現部もやりすぎるぐらいの弱音でテンポを落とし、繊美な抒情によって音楽を彩っている。


第3楽章 アレグレット・ノン・トロッポ
sv0071j.jpg主部はリズッミックなブラスのファンファーレにのって、独奏がみずみずしく進行する。緻密なスピッカートによって最高点を決める精度の高い弓さばきはすこぶる気持ちが良い。

腕の鳴る猛者どもを束ね、「どんぴしゃ」のタイミングで力強い総奏を打ち返すアバドの統率ぶりも格調高く、特注の牛刀で柔らかな鶏肉をさばくような快感をあたえている。

展開部は、ホルンの吹奏をくわえた管弦楽の荘重な対旋律独奏が協動する副主題(132小節)が聴きところだ。歯切れのよいスタッカート・リズムも端正なスタイルで、セコく弓を飛ばして“ヤクザな崩し”を入れる名人芸とは一線を画し、一音一音が丁寧に紡がれてゆく。

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sv0071h.jpg木管が第1主題で応じた後に、スタッカートを織り交ぜて情熱的に下降してゆくコーダ(207小節)は独奏者の“腕の見せどころ”だ。

天下御免の向こう傷で一直線に突っ走るハイフェッツ、ピウ・フォルテで強く押し出すようなスタッカートを繰り出すパールマンやヒラリー・ハーンの必殺ワザに対し、ミンツは最高音とピウ・フォルテでリテヌートして見得を切り、スタッカートで速攻を仕掛けるスリリングな見せ場をつくって聴き手をゾクゾクさせてくれる。   TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「ここぞ」とばかりに16分音符の分散和音でひた走るところは手に汗握る展開で、およそ人間ワザを超越したハイフェッツは別格としても、清新溌剌と駆け上がって頂点をぴたりと決める弓さばきは、若者らしい生気に溢れんばかり。若きミンツが、みずみずしい感性と甘美な音色で聴き手を酔わせてくれる珠玉の一枚だ。


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[ 2016/07/16 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのドヴォルザーク/交響曲第9番《新世界》

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ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1941.11.30, Philharmony, Berlin
Origin: Relief RL813
LP: Relief 27PC-84(M)
Length: 36:21 (Mono)
CD: 30CD3036  amazon

年の瀬が押し迫った1982年、音楽雑誌に何気なく目を通していると、日本フォノグラムの発売予告の記事に筆者の目が釘付けになった。何と、フルトヴェングラーが大戦中にベルリンフィルを指揮した《新世界》の実況録音が発掘されたという。これはリヒテンシュタインのレリーフという新興レーベルから発売されたREL813を原盤とするもので、音楽ファンには衝撃的なニュースだった。

sv0070j.jpgこれまで、個人のエアチェックやダビングをソースとする海賊系レーベルから、「新発見!」「まだあった!」という“殺し文句”によって、巨匠のライヴ録音が劣悪な音質によって続々と掘り起こされてきたが、もはや音源は枯渇し、愛好家の過熱がピークを過ぎたと思われた時期に《新世界》が忽然と現れたのだから、マニアには涎の出るものだった。


いつもは、この手の新譜にはおよび腰の筆者も、この時ばかりは発売を首を長くして待った記憶がある。嘗てベトーヴェンの第2や第8で“前科二犯”の日本フォノグラムだが、このワイヤー録音は、当時ベルリンフィルの首席ホルン奏者のマルティン・ツィラー氏(1935~73年在籍、2009年96歳で死去)が証言したことから、疑う余地はなかった。

「ここ数年、この録音の出現ほど世界中のフルトヴェングラー愛好家に大きなショックを与えたものはない。オリジナルのワイヤー録音はH.ハフナーがドイツで発見したとしか伝えられていないが、当時のベルリンフィルのホルン奏者M.ジラーの証言が決め手となって愛好家の前に登場した。オリジナルのワイヤーは相当な修復が必要だったらしく、作業はフランス・パテ社の技術者によって行われたむねスイス・フ協会報が報じている。」 桧山浩介編『フルトヴェングラー・ディスコグラフィ』~「レコード芸術」1984年、音楽之友社)


「この演奏に関しては信憑性を疑う向きもあるが、録音が行われた当時ベルリンフィルのホルン奏者だったマルティン・ツィラーは、本物であると主張した。またレリーフ盤にライナーノーツを書いたウルス・ヴェーバーも、フィルハーモニーの音響はバイロイト祝祭劇場に並ぶ独特のものであり、この演奏はまぎれもなくフィルハーモニーで録音されていると考えている。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


sv0065e.jpg演奏記録によると、フルトヴェングラーが《新世界》をベルリンフィルの定期公演で取り上げたのは、1925年10月18、19日と、1941年11月29、30、12月1日の5回のみで、戦後ベルリンフィルに復帰してからは一度も指揮していない。

桧山浩介氏によれば、1948年にアルゼンチンのコンロン劇場オーケストラに客演した際に、予定曲目として《新世界》が予告されたが結局、演奏されなかったという。


演奏は期待に違わず、すさまじいものだ。第1楽章コーダでは無我夢中に荒れ狂い、一気呵成に畳み込む気魄に充ちた棒さばきは尋常ではなく、悲痛なラルゴ、嵐のようなスケルツォ、ドラマチックに完全燃焼したフィナーレなど、「これぞ、まさしくフルベン!」と筆者は舌鼓を打ち、快哉を叫んだものである。モコモコと揺れる音もなんのその、音の芯が潰れていることや、第2楽章終わりの2小節が欠落しているなんぞ気に留めることもなく、むしゃぶりつくように聴き入った。

sv0028l.jpg「こんな埃にまみれたキナ臭い代物に、 2,700円も出して買う馬鹿がいるのか」とフルベン愛好家をせせら笑う友人の言を後目に、「まあ、いっぺん聴いてみろい」と筆者は優越感に浸ってほくそ笑んだものだ。

今思えば、「むしろ薄明かりの中で、ゆらぐ燈明に照らし出される本尊はよけい聖化される」(柴田南雄氏)というのも、なるほど、真理を衝いているかも知れない。


ところが、この演奏、じつはオスヴァルト・カバスタ指揮、ミュンヘンフィル (1944年7月14日)の演奏と判明した。またしても夢は幻と化したわけだが、演奏がすばらしいだけに満足感が勝り、一杯食わされたという気はしない。この録音が発売されるに至った経緯は平林直哉氏による「フルトヴェングラー事件簿」 『フルトヴェングラー没後50周年記念』、学習研究社、2005年)に詳しい。

sv0070b.jpg同書によれば、1952年にロワイヤル(ROYALE)というレーベルから、カール・リスト指揮ベルリン交響楽団という怪しげな名前で大量に発売されたものが初出とされる。

これと同じソースの録音テープが1970年頃のドイツの蚤の市で売られ、演奏者不明であったことから、いつしかフルトヴェングラーのものではないかと噂されるようになったという。


真偽についてはレリーフ盤発売当初から疑問視されており、英フルトヴェングラー協会報にはR.スミッソン氏が非フルトヴェングラーの見解を明らかにし、エリーザベト夫人の回想録(フランス語版)に付属するH.J.テスタス編ディスコグラフィでも、この演奏
は“authenticite incertain”の扱いとされていた(桧山浩介編ディスコグラフィ参考)。

sv0070c.jpg1990年、ドイツの研究家エルンスト・ルンペ氏は、オスヴァルト・カバスタが同じ曲を演奏したテープをバイエルン放送協会のアーカイブから発見した。

演奏時間がレリーフ盤と秒単位まで同じで、第2楽章の終わりのコントラバスの和音が2つ欠落していることが決定的な証拠として、この謎を解き明かしたのである ジョン・アードイン著『グレート・レコーディングス』より)


オスヴァルト・カバスタ(Oswald Kabasta)なる指揮者は一体何者なのか。カバスタは1896年オーストリア生まれの指揮者で、「忘れえぬ指揮者」( 『レコード芸術』通巻525号)によると、ブルックナーの演奏にかけては定評をもつとされる。バーデン市立歌劇場やグラーツ歌劇場の音楽監督をつとめ、ウィーン交響楽団、ミュンヘンフィルの首席指揮者を歴任。熱心なナチ党員だったかどで戦後は一切の演奏活動を禁止され、50歳の時に服毒自殺によって生涯を終えた悲劇の指揮者である。


第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト
瞑想的な旋律が神秘の泉から湧き上がるように、コクのある弦楽器や根太いホルンなど、浪漫の気分が横溢する序奏は気分充分である。警告的な弦の打撃はかなり暴力的だが、狂ったように頂点に駆け上がる指揮者の気魄に充ちた力ワザに、のっけからゾクゾクしてしまう。

「ワイヤー録音といわれ、大きなレベル変動や細かな速度ムラなどによる聴きにくいところはあるが、全曲を通して意外なほど雑音が少なく、Fレンジが狭いなりに耳をあまり刺激しないバランスになっており、貧しい音ながら聴き手に熱気が伝わり、しばし時がたつのも忘れてしまう。」 三井啓氏による録音評より、30CD3036 、 『レコード芸術』通巻第428号、音楽之友社、1986年)


sv0070d.jpg主部は速いテンポで急き立てるように進行する。小結尾(149小節)のフルートフルートがト長調で歌うコデッタ主題(第3主題)でテンポを少し落とすが、落ち着く間もなく加速を掛けて勇猛果敢に展開部に突進するところなど、音楽は覇気に充ち、きわめて情熱的である。

展開部はホルンのコデッタ主題とトロンボーンの第1主題を交互に、がっつりと吹き上げる男性的な逞しさは無類のもので、堅固なたたずまいと明確な構成感はいかにもドイツ風だ。
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再現部はテンポが絶えず揺れ動き、不安な気分と不断の闘争精神が交錯する楽想の変転がスリルを喚起する。低音弦を礎に、しっかりと支えられた安定感のある音楽は、まさしくドイツの巨匠を思わせるもので、フルートがしみじみと情感を込めて歌い上げる第2主題(312小節)のフルートもすこぶる感動的だ。
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sv0070e.jpgコーダは覇気満々、熱っぽい表現によって一気呵成に畳み込む。トランペット(コデッタ主題)とトロンボーン(第1主題)を峻烈に重ね、聴き手を嵐の渦の中に引き込むようなクライマックスに肌が粟立ってくる。
Kabasta Conducts Mozart/Schubert

420小節から「これでもか」と猛烈なアッチェレランドを仕掛け、その手をいささかも緩めぬ凄絶なフィニッシュは音楽が破綻寸前で、これぞフルベンのみが成せる“必殺ワザ”と、心が躍っても無理からぬところだ。

「とくに第1楽章は凄い。その緩急自在のテンポは独自のデュナーミクと組み合わされ、大胆この上ない表情の起伏、嵐のような熱狂の表情をつくるが、それがきわめて音楽的であり、不自然さはまったくないのである。私はいまだかつて、これほど凄絶な〈新世界より〉をきいたことがない。しかも劇性がたんに空転することはない。楽想の性格と表情がぴたりと一致しており、2つの主題の対比はもちろんのこと、ソナタ形式の構造が実にわかりやすく表出されているのである。」 小石忠男氏による月評より、27PC84 、 『レコード芸術』通巻第390号、音楽之友社、1983年)


「この快活な第9番を、フルトヴェングラーの演奏ではないと判断する手がかりはここにはないが、全体にフルトヴェングラーのものと言ってもおかしくない音楽的な手がかりはいくつか存在する。第1楽章の幕開けがぎりぎりまで謎めいた雰囲気を保ち、9小節目で宙に漂うような間が入った後に、弦楽器が突然熱を帯びてアクセントをきかせる。これはすでにお馴染みの手法である。速度がくっきりと変化したり、旋律に特別なはずみがついてアーチを描くように進むのも、フルトヴェングラー独特の特徴だろう。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より)



第2楽章 ラルゴ
sv0070f.jpg「家路」の主題を奏でる鄙びたコールアングレが味わい深く、絶妙のテンポ・ルバートと心のこもった切ない歌がじつに感動的で、和音の爆発的なクレッシェンドはいかにもフルベンを思わせる。

小結尾(42小節)の1、2番ホルンの2重奏が不安定なのが気になるところで、ツィラーほどの名手が、これが本当に自分たちの演奏だと思ったのだろうか。
Kabasta Conducts Bruckner Symphony 7

中間部で歌われる第2主題(副主題)で、悲哀感をしっとりと紡ぐクラリネットの副旋律や身を切るようなメノ・モッソの弦が、深い悲しみを刻印しているのが聴きどころだろう。第1楽章の主題を峻厳と打ちこむトロンボーン、テューバは音が潰れるほどの強音で、汚い音に聴こえるのは貧しい録音のせいもあるだろう。
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第3楽章 スケルツォ-モルト・ヴィヴァーチェ
sv0070g.jpgスケルツォの音楽は、まさにフルベン節が全開といってよく、30小節からクレッシェンド・モルトによる切迫した追い込み方や、終止で見せるアッチェレランドの手綱さばきにゾクゾクしてしまう。
Kabasta - 1943/44 Broadcasts

トリオの歌い回しの上手さも特筆モノで、第1トリオ(“カールおじさん”の主題)の滔々と歌うコクのあるチェロや、第2トリオ(舞曲)のテンポの流動感とデュナーミクの高揚感も絶妙の極といえる。

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スケルツォの再現で見せる爆発的な総奏など何事かと思わせる力業で、ゲネラル・パウゼの後に“固い一撃”を迷いなくぶち込む終止和音も壮絶の一語に尽きる。


第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0070h.jpg威風堂々とインテンポで突き進むどっしりとした行進曲は、プロイセン風の堅固なスタイルだ。ガンガン叩き込む和音打撃の力強さは圧巻で、霧の中からクラリネットの第2主題が浮かび上がるところは、〈魔弾の射手〉(ウェーバー)を思わせるではないか。  Kabasta Bruckner

これが喜びの音楽となって上り詰める意気揚々とした高揚感も比類がなく、熱い歌心が脈打っている。
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大きなリタルダンドを配する展開部は表現がものものしい。第1楽章の主題を使った低音弦の応答や、ヴィオラの刻む堅実なリズム打ちが音楽をしっかりと支え、第2楽章の主題を金管が爆発的に打ち込むところは聴き手も力がこもる! みるみるテンポを速めて再現部へ突入するドラマチックな音楽作りも指揮者の熱き血潮が噴出するかのようで、大見得をきるような行進テーマの再現もじつにドラマチックだ。

コーダは指揮者が手綱をいささかも緩めることなく、八方破れに突き進む。力瘤を振り回し、とてつもない迫力で盛り上がるメノのユニゾンは、指揮者の血のたぎりすら感じさせる凄味のあるもので、指揮者のパッションに応えるように、力を振り絞るオーケストラの怒号が名曲を力強く結んでいる。幻とはいえ、束の間の夢を見させてくれた筆者には思い出の深い一枚だ。


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[ 2016/06/30 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)

セルのベートーヴェン/交響曲第3番《英雄》

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ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」
ジョージ・セル指揮
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1957.2.22,23
Location: Severance Hall,Cleveland
Producer: Howard H.Scott (SONY)
Disc: SRCR2542 (2000/8) Length: 47:22 (Stereo)
TOWER RECORDS  amazon  HMV
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筆者がベートーヴェンの《エロイカ》交響曲を最初に聴いたのは、トスカニーニ指揮NBC交響楽団の古いレコード(ビクター盤)だった。この演奏は直線的なスタイルによって貫かれていたが、細身だが強靱なフレージングカンタービレの効いた旋律の歌わせ方がたいそう魅力的で、この演奏が筆者の耳に擦り込まれて《エロイカ》の規範として定着してしまったように思われる。

sv0069g.jpgその後、同曲のステレオ録音を選ぶ際に、ワルター盤やカラヤン盤を後目に真っ先に手が伸びたのがセル盤だったのもトスカニーニのような演奏を期待したのかもしれない。

この時買ったCBSソニーのLPはナポレオンの絵のジャケットが印象的だったが、左右のスピーカーから分離してきこえる緻密なアンサンブルに驚いた記憶がある。とくにスケルツォの精緻なリズムトゥッティのダイナミズムは冠絶しており、対位法的な楽想をメカニックに分解し、各パートの動きが透かし彫りのように可視化した演奏は《エロイカ》の理想の演奏に思えた。
(写真はSOCL-33)


sv0069h.jpgトスカニーニとライナーを掛け合わせたようなセルは、楽員に妥協を許さぬ厳しいトレーニングを課したことで知られている。

音楽を細かくパート別に分解し、完璧なアンサンブルを組み上げる緻密さは“外科手術”にもたとえられ、セルがNBC交響楽団に客演した際にリハーサルで非情なメスを入れたとき、あのトスカニーニでさえ「私の音楽を壊さないでくれ!」と悲鳴を上げたほどである。


sv0069q.jpg当盤の初出は〈エピック・レーベル〉で7年かがりで制作されたベートーヴェン全集の中で最も古いものだが、録音は米コロンビアのスタッフが手掛け、かつては左右に広く拡がった「ステレオラマ」という名称で売り出されたという。

LPは固く引き締まったドライな音だったと記憶するが、2000年にDSDリマスタリングを施したCDはクオリティが高く、楽想から細やかな情感すら浮かび上がってくるようで、このコンビ全盛期の“鉄壁のアンサンブル”があますところなく刻まれている。

「この第3番《英雄》はセルのベートーヴェン交響曲シリーズ中、最初に録音されたものであり、また最もセルに合った曲目で、事実、名演の誉れ高い演奏を実現している。第1楽章、主要主題や、多くの副次的モチーフを明確なアーティキュレーションで示し、どの部分においても、特に長大な展開部においてそれは厳しくコントロールされ、表現の分散化を防いでいる。非常に集中度の高い演奏で、決して緊張を弛緩させない。演出的なものはほとんどないが、それゆえ、理屈抜きに感動する部分が多々ある。」 草野次郎氏による月評より、SRCR9849 、『レコード芸術』通巻第540号、音楽之友社、1995年)


「1957年の録音なので、CDでもいささか音の貧しさを感じるが、演奏は自然な流動感をもち、適度の緊張感に裏づけられている。全体としては古典主義的な音楽像だが、あらゆる部分にセルの人間的な息づきが示されており、強い説得力をもった演奏をつくっている。とくに終楽章の生命力ゆたかな表情はすばらしい。」 小石忠男氏による月評より、32DC483 『レコード芸術』通巻第419号、音楽之友社、1985年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0069b.jpg鋭い主和音のアタックからして尋常ではなく、緻密な弦の刻み目や、変拍子的なリズムをタテ割りで厳正に捌いて頂点に駆け上がる整然としたフレージングが気持ちいい。

引っかけては伸ばすバロック風のリズム(65小節)処理もじつに鮮やかで、ザクザクとピンポイントで打ち込む和音打撃が痛快である。

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「セルのオーケストラ・トレーニングの厳しさには定評があった。大阪フェスティバルホールでの《英雄交響曲》のリハーサルの際、冒頭2つの和音の音色やバランスの調整に延々と時間をかけ、聞き手にはもはや完璧な出来だとさえ感じられるにもかかわらず、満足せずに練習を繰り返していたこともあった。「われわれの演奏は、リハーサルだろうと本番だろうと同じことだ。たまたま最後の1回に客が入ってくるに過ぎない」という楽員の言葉は、決して誇張ではなかったのである。」 『世界の指揮者名鑑866』より、東条碩夫氏による、音楽之友社、2010年)


大きな聴きどころは4つの素材を結合した闘争的な主題展開(186小節)。〈エロイカ・モチーフ〉の低音弦にバロック・リズムを織り合わせ、2種の切分音を重ねる手の込んだ楽想の構造をセルは明瞭に解き明かす。あたかも4種の素材を分解し、ネジの弛みを入念にチューニングして再構成したような抜群の分離感で迫ってくる。

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sv0069c.jpgオーボエの下降動機をフガート的に展開するアンサンブルの妙技(235小節)も聴き逃せない。

パズルの目を噛み合わせたような精巧なリズム処理と、〈エロイカ・モチーフ〉の対位的な模倣を反復する中からトランペットが目の覚めるようなアタックを打ち込む決めどころ(276小節)に快哉を叫びたくなる。

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再現部を宣言するトゥッティのダイナミズムや気品のある弦のトリル、モチーフをたっぷりと吹き上げるホルンやトランペットは、“英雄像”を厳正かつストレートに刻印するセルの慧眼があろう。

コーダ(565小節)はクリーヴランド管のアンサンブルが冴え冴えと展開する。木管が〈エロイカ・モチーフ〉を歌い継ぐ中で、弦のフィギュレーションが一分のブレもなく華麗に舞うところが最高の聴きどころ。その頂点(655小節)でツボを押さえたように主題をストレートに打ち込むトランペットのメタリックな高音に「これぞ英雄交響曲!」と心が躍っても無理からぬところだ。



第2楽章「葬送行進曲」アダージオ・アッサイ
sv0069d.jpgセンチメンタルに歌い流さず、寸分の隙や弛みも許さぬ緊張感に満ちた表現が貫ぬかれているが、節度を保って造形をぴしりと決めているのがセルらしい。

大きな聴きところが楽章のクライマックスたるミノーレの3重フーガ(105小節)。ここでは旋律線は控えめに、第2ヴァイオリンの対位を軸に、曲の骨格を剥き出しにしたような固く厳めしいリズムで弔いの音楽をシリアスに歌い上げている。
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変イ音のフォッティシモで立ち上がる〈最後の審判〉の場面(159小節)もすさまじい。地獄でのたうつような凄味のある低音弦と、静寂を引き裂き、断罪するようにつんざくファンファーレに戦慄をおぼえるのは筆者だけではないだろう。伴奏音形の揺らぎを伴った不安げな主題再現や、大きなルバートで纏綿と歌われる第2主題など、整然とした造形の中にもきめ細やかな情感がしっとりと滲み出してくる。



第3楽章「スケルツォ」アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0069e.jpg緻密なスタッカートで駆け走るスケルツォの精確無比なリズム捌きは“ジョルジュ・セル室内合奏団”の独壇場。セルは高度な室内楽的アンサンブルをオーケストラに拡大したような合奏の極限を開陳する。  TOWER RECORDS

ここではピアニシモの繊細な刻みとトゥッティで爆発するオーケストラのダイナミズムとの対比が素晴らしい効果を上げており、8分音符の刻みを活き活きと、精密に演奏するオーケトスラのヴィルトゥオジティに鳥肌が立ってくる。
弦を噛むように弓を入れて決めるスケルツォ終止の解像度の高さにも注目だ。

狩猟の角笛を模したトリオの三重奏は、パリパリと小気味よく吹奏するホルンの乾いた音が個性的で、強いアクセントを入れて音を割った効果を存分に楽しませてくれる。スケルツォの再現で突如拍子が変わる〈アッラ・ブレーヴェ〉(381-384小節)では、杭を打つような2拍子で堅牢な枠の中におさめる統率のとれたアンサンブルで聴き手を魅了する。

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401小節から第2ヴァイオリンの分散和音形にアッチェレランドを仕掛けてコーダに向かって突っ走るのも超絶的で、めくるめくようなスビード感に酔ってしまいそうになる。



第4楽章「フィナーレ」アレグロ・モルト
sv0069j.jpg終曲は室内合奏団が7つの変奏を類い希なアンサンブルで聴き手を魅了する。

軽やかなフットワークで弦楽三重奏を聴かせる第1変奏、瑞々しい3連音をカルテットで奏する第2変奏、〈プロメテウス主題〉がオーボエによって感興ゆたかに導かれる第3変奏(第2主題)、弦のフィギュレーションと装飾的なフルートが華麗に舞う第4変奏、厳正なリズムで捌くハンガリー行進曲風の第5変奏など、名人芸的な練達のワザは枚挙にいとまがなく、古典的な均整を保ちながらも奏者が自由に生き生きと奏するところが聴きとごろ。

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「セルは磨き抜かれたアンサンブルと明快なアーティキュレーションで、19世紀以来ベートーヴェンにまとわりついていたロマンの残滓をきっぱりと洗い流している。明晰な形式の中に力強い高揚感や音楽の生命力を漲らせ、このヴァリエーションの大意的な音の動きをこれほどクリアーに、俊敏に、かつ立体的に示した例はなく、その圧倒的な音楽的美観に聴いていて目頭が熱くなるほどである。」 『クラシック不滅の巨匠100』より芳岡正樹氏による、音楽之友社、2008年)



sv0069f.jpgクリーヴランド管が精密機械のようなメカニックなアンサンブルを展開するのが変奏の中に挿入した2つの〈フーガ〉

颯爽と駆け抜ける走句のみずみずしいフレージングと対位的な綾を緻密に織り上げるアンサンブルは器楽演奏のお手本といってよく、玄人集団はこれ見よがしな名人芸に溺れることなく、一糸乱れぬ端正な造形によって曲の隅々までを整然とまとめている。要所で突出させるホルンやトランペットも刺激的で、情感を込めてしみじみと歌い上げる第6変奏がすこぶる感動的である。  TOWER RECORDS


sv0069k.jpg最後のクライマックスは、〈プロメテウス主題〉が勇壮な姿となって現れる第7変奏(381小節)。「ここぞ」とばかり喨々と吹き上げるホルンの肉感のある音が耳の快感を誘っている。

主題を舞曲風にアレンジしたプレストの躍動感も冠絶しており、16分音符の連呼で炸裂するホルンが凄まじく、音階を力強く駆け上がって切れのある一撃で全曲を締めている。“セル室内合奏団”のアンサンブルの名技をあますところなく刻んだ1枚だ。  TOWER RECORDS

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[ 2016/06/11 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

アーノンクールのハイドン/交響曲第94番「驚愕」

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ハイドン/交響曲第94番ト長調「驚愕」Hob.Ⅰ-94
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1990.2 Concertgebou, Amsterdam (Teldec)
Exective Producer: Wolfgang Mohr
Recording Producer: Helmut Mühle
Recording Engineer: Michael Brammann
Length: 23:08 (Digital)
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