カラヤン=ウィーンフィルのバレエ《眠りの森の美女》

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チャイコフスキー/バレエ組曲《眠りの森の美女》作品66a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Gordon Parry
Length: 21:30 (Stereo)
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筆者がカラヤンを知ったのは家にあった東芝の「名曲全集」がきっかけで、フィルハーモニア管弦楽団を指揮したレコードを子供の頃に聴きあさり、気が付くといっぱしのカラヤン通(俗にいうカラキチ)になっていた。とくに来日公演をテレビで観てからは、そのカッコ良さに憧れ、黒のタートルを着込んでカラヤンの指揮の真似をやったものである。

sv0100a.jpg当時、カラヤンといえば、ベルリンフィルを指揮したグラモフォン盤よりも、フィルハーモニア管を指揮したエンジェル盤の方がジャケットが派手で店頭では目立っていた。

名曲が選り取り見取りの組み合わせによって廉価で販売されていたのも魅力的で、2枚組にカップリングされた《田園・悲愴・第9》と《3大バレエ&ビゼー組曲》を親に買ってもらい、これを何度もこすって聴いたのが懐かしい思い出である。

sv0075c.jpgこれらのレコードは筆者の音楽鑑賞の原点といえるもので、中でもつよく感動したのが《眠りの森の美女》のバレエ音楽

カラヤンはこの曲を3つのオーケストラで4度レコーディングを行っているが、とくにウィーンフィルとのロンドン盤は思わず聴き惚れてしまう極上の演奏で、カラヤンの美質があますところなく刻み込まれている。


sv0075b.jpgこのウィーンフィルとの《白鳥の湖》と《眠りの森の美女》は、1965年3月19日にわずか1日で録音されたもので、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションになったものだ。

ここでは老舗の楽団ならではの蠱惑的な響きが大きな魅力で、カラヤン得意のエレガントな歌い回しとゴージャスなサウンドが聴き手の耳を刺激する。
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sv0075f.jpgカルショウの録音チームは、直接性とインパクトを重視し、力強いパーカッションや粒建ちのくっきりしたハープなど、エッジの効いた固めの音作りを指向したと思われる。

メロウなウィンナ・オーボエや、しっとりと潤いのある弦の音色も特筆モノで、拍をずらすように流線を描く〈リラの精〉〈パノラマ〉の妖艶な歌わせぶりに超嘆息するばかり。まさに“空前絶美”のフレージングといえる。
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「いちばんの聴きものは《眠りの森の美女》で、カラヤンは、それぞれの曲を入念に練りあげながら、このバレエ音楽のシンフォニックな特性を鮮やかに表出している。ことに、〈序奏と妖精とリラの精の踊り〉の旋律のうたわせ方や、〈パ・ダクション〉の詩情あふれた表現などのうまさは、天下一品である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、K20C8666、『レコード芸術』通巻第389号、音楽之友社、1983年)



序奏とリラの精(プロローグ) アレグロ・ヴィーヴォ
sv0100c.jpg“悪のカラボス”をあらわすシンフォニックな管弦楽の嵐にのっけから仰天する。

切れのあるリズムを配する金管の強奏や骨力のあるティンパニの連打はエネルギッシュで、バレエの幕開きにふさわしい生気溌剌とした音楽が、聴き手に刺激と興奮をあたえている。  amazon

8分の6拍子に変わるアンダンティーノ“カラヤン節”の独壇場。弦のトレモロとハープと伴奏にのって、コールアングレが気だるい調子でたゆたう〈リラの精の主題〉は、《牧神の午後への前奏曲》(ドビュッシー)を思わせる妖艶さで、官能の世界をカラヤンはあますところなく演出する。

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sv0075j.jpg弦のトレモロが思わせぶりにテンポを揺らせながらフルートの第2楽句を巧みに導き、ハープやホルンの合いの手を煌びやかに散りばめる手口は、いやらしいほどに美しい。

木管の急上行とともにメゾ・フォルテの弦で歌い出される〈リラの精〉は、「ここぞ」とばかりにウィーンフィルの甘美な弦が威力を発揮する。

しっとりと艶をのせて、ぬめるように揺動するフレージングの美しさは悪魔的といってよく、レガートでしなやかに均しながら、力感を加えて頂点へ向かってゆく音楽運びは絶妙の一語に尽きよう。
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sv0075h.jpgトランペットが高らかに主題を受け継ぐ高揚感も比類が無く、分厚い管弦楽がffffの頂点へ迷いなく上り詰め、決めどころのシンバルと銅鑼をガッシリと叩き込んで絶叫する。

このパワフルな衝撃感や、木管が唱和する中で刻み目が見えるように聴こえる弦の精妙なトレモロは、デッカ録音の威力を世に知らしめる究極のマジックといえる。
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薔薇のアダージョ パ・ダクシオン アンダンテ
sv0075i.jpg場面はオーロラ姫が16歳の誕生日を迎え、薔薇の花を手にして求婚者たちと踊っている。宝石を散りばめるように出現する幻想的なハープの分散和音の導入句が、抜群の臨場感で迫ってくる。

主部は、なみなみと注ぎ込まれる弦楽のゆたかな響きと、深い呼吸から紡ぎ出されるカラヤンの自信に満ちた歌わせぶりが印象的だ。   amazon
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sv0075g.jpg管のリズムを加えたテンポ・プリモの総奏は、カラヤンならではの豪奢な管弦楽の醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれる。

付点音符を臨界線まで引き延ばし、しかも阿吽の呼吸でやってのけるところは“音楽の魔術師”としか言いようが無く、見得を切るようなアゴーギクによってヴィオラ、チェロに旋律を受け渡す絶妙の手綱さばきと、ツボを心得たブリリアントなカンタービレは天才の業といえる。  amazon

sv0100j.jpgシンバルの強打、トロンボーンの対位、とどめのトランペットの高音をきっぱりと打ち込むゴージャスな総奏の頂点は、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うカラヤンのカッコ良さが際立つ名場面。

「どうだ!このような見事な演奏をするカラヤンという男は、何と素晴らしい指揮者だろう」と自らに酔いながら、これを聴き手に誇示するナルシズムがいやがおうにも立ちこめてくる。


パ・ド・キャラクテール 長靴をはいた猫と白い猫
  アレグロ・モデラート

sv0100b.jpgオーロラ姫と王子の結婚式に登場する猫が、騎士と貴婦人に扮して諧謔味あふれる舞踊を披露する。

ここでは猫を模した鄙びたオーボエとファゴットが聴きもので、抜き足差し足で掛け合うところの思わせぶりな表情は演出たっぷりだ。

クラリネットの名人芸的な大立ち回りによって、一気呵勢に畳み込む迷いのない棒さばきも極めつけで、美味しいところ(金になる仕事、高い地位、美しい女性)を目ざとく嗅ぎ取り、猫パンチで素早く獲物を手に入れるカラヤンのしたたかぶりが浮かび上がってくるではないか。

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「カラヤンの生み出す音楽にはいわば悪い臭いがつきまとっていた。腐敗しているというのではないが、名前ばかりが有名で、その香りはひどく嗷慢で自己中心的な香水のような、なんとも言えない嫌味な臭さがカラヤンの音楽には確かに存在した。私は生理的に嫌悪した。そして、カラヤンの音楽を聴き直し、それらに共通した嫌味、というか雑味を認めることになった。音楽以外のことに憂き身をやつし、疲弊し、同じ音楽を何度も録音し、社交界での活動を優先し、虚栄心をくすぐるポストに虎視眈々とし、手に入れれば入れたで、自分の身に沿う音楽を強要する。“帝王”カラヤンの“本業”にとって音楽は手段に過ぎない。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



パノラマ アンダンティーノ
sv0100d.jpg《眠りの森の美女》の最大の聴きものがパノラマの音楽だ。リラの精の導きで、王子がオーロラ姫が眠る城へ向かう幻想的なシーンを、カラヤンは極上のレガートによって、拍節感はおろか小節線までをも取り払い、聴き手を夢幻の陶酔境へと誘い込む。  amazon

ウィーンフィルの甘美な弦はとろけるように美しく、淡くたゆたうメランコリックな語り口は、一度聴いたら虜になってしまう麻薬のような魔力を秘めている。

フルートと弦が柔らかく逍遙する第2句もたまらない。さりげなく装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな香気を放ち、しっとりと哀感を滲ませながら、いたわるように主題に回帰するところなど涙もので、さらにテンポを緩めて弱弦で歌い込む抒情的な味わいは、いかばかりだろう。
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sv0100f.jpg巧妙に拍をずらすようにメゾ・フォルテで高揚する41小節の決めどころも実にドラマチックで、名残惜しげにテンポを落とし、潤いを込めて艶っぽく歌うチェロとヴィオラのエピローグも俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

品よく彩りを添えるハープの伴奏もエレガントの極みで、指揮者の秘術にデッカの技術が高度な次元で結びついた究極の“デッカ・マジック”といえる。  amazon

「上辺を取り繕い、貴族主義的で鼻持ちならぬ高踏的高みから聴き手を臨み、小馬鹿にしながらも、心地よく前進的で、甘さにも事欠かない音楽で適度に慰藉し、そのような音楽のあり方によって世界を無批判に是認し、自己を是認し、“美”という20世紀には凡そ相応しからぬ媚薬で聴衆を知的怠慢へと誘う。彼の音楽は麻薬的である。その意味では非凡であり、誰にも真似の出来ないものとなった。しかし、その音楽は、決定的に無自覚的であり、その意味では犯罪的なのだ。」 宮下誠著 『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



テンポ・ディ・ヴァルス アレグロ
sv0100e.jpgフィナーレは、オーロラ姫の誕生日に村娘たちが踊る花輪のワルツ。序奏は力感に溢れ、鮮烈でダイナミックな管弦楽を迷い無く立ち上げるカラヤンの活力が漲っている。

主部のワルツは、オーストリア生まれのカラヤンにとってお手のもの。速めのテンポに軽微なリズムを配して颯爽とさばく3拍子の音楽は小気味よく、2分音符を長めに弾いて旋律線を巧みに均す手口はカラヤンの真骨頂。
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「ここぞ」とばかりに駆け込む主題展開も間然とするところがなく、ぴたりと決まったテンポに骨のある打撃を打ち込む思い切りの良さも特筆モノである。

sv0100g.jpg中間部は、メタリックな響きを発するグロッケンシュピールの心地よさや、哀愁味あふれる木管の歌い出しが聴き手の耳を惹きつける。

木管の装飾を加えてスルGの弦で揺れるワルツから官能的陶酔を生み出してゆくところは、カラヤンの底知れぬ音楽性を示している。
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一気果敢に駆け上がり、ぐいぐい突き進むコーダの勇渾な棒さばきは圧巻としか言いようが無く、赤子の手をひねるかのように壮大に盛り上げるフィナーレは覇気に溢れ、カラヤン=カルショウ・コンビの有終の美を飾るにふさわしく、絢爛豪華に締め括っている。巧妙な演出と名器を自在操って仕上げた極上の一枚だ。


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[ 2017/10/14 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

朝比奈のチャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.1.21 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 49:36 (Digital Live)
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ファイアバード(キングレコード)に録音した《悲愴》《新世界》《シェヘラザード》《ワーグナー名演集》《復活》《マラ9》《大地の歌》といった作品は、 “3大B”のスペシャリストの朝比奈にとって、いわば“裏レパートリー”といえるユニークな存在だ。

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中でも朝比奈が演奏会で好んで取り上げていたのがチャイコフスキーの交響曲

京大オケ時代に亡命ロシア人のエマヌエル・メッテルに師事したことから、ロシア音楽は音楽人生の原点といえるもので、濃厚な表現によってオーケストラを目いっぱい鳴らすスタイルは、朝比奈の芸風に合っていた。
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sv0096c.jpg朝比奈が目指すのは即物的な演奏ではなく、帝政ロシア末期の雰囲気を色濃く伝え、思いの丈をぶちまける表現主義の塊のような演奏だ。低音弦をどっしりと鳴らし、金管を野性味たっぷりに響かせる骨の太い表現は、 “ロシアの大地” を想わせるものだ。

朝比奈音楽の屋台骨を支える “大フィル・サウンド” も個性的で、ブラスの“荒れた響き” や、聴き手の度肝を抜く “必殺の大芝居” がライヴ一発録りならではのスリリングな緊迫感をあますところなく伝えている。
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No.Orch.DateLocationLevel1-mov2-mov3-mov4-movTotal
1大阪フィル1982.1.21Festival HallFIREBIRD20:028:249:2711:4349:36
2大阪フィル1990.12.5The Symphony HallCANYON20:048:139:4511:2649:28
3新星日響1992.1.26Tokyo MetropolitanTOBU20:248:3210:2410:0249:22
4新日フィル1994.2.3Suntory HallFONTEC21:498:5410:1810:5251:53
5大阪フィル1997.2.13Festival HallCANYON20:528:5010:1912:1552:16
6大阪フィル1997.2.20Aichi Art theaterCANYON20:048:369:5812:4251:20

朝比奈(以下オッサン)の《悲愴》は数種残されているが、中でもこのファイアバード盤は、武骨で適度に荒れた中にも、コテコテの浪花気質男の浪漫を感じさせてくれる屈指の一枚といえる。

「70年代に入ってから、ベートーヴェンやとくにブルックナーにおける誠実で格調高い表現に自らの新天地を発見した朝比奈であるが、若き日、ロシア音楽に傾倒し、好んだという事実に、朝比奈隆という指揮者の本質がかくされているように思えてならない。〈悲愴〉を耳にすればベートーヴェンやブルックナーを指揮するのとは一味も二味も違う、“イン・テンポの朝比奈”とは別の、いわば彼の本音の部分が随所に顔を出す。それは、手放しで自己の感情をぶちまけるチャイコフスキーの姿であり、キングから発売された〈第5〉〈悲愴〉のレコードに充分に表れている。」 宇野功芳著『指揮者 朝比奈隆』より、河出書房新社、2002年)


「ドイツ音楽での朝比奈は、“楽譜の印刷のとおり”をモットーに、原点に忠実を心かげているが、ロシア音楽になるとやはり血が騒ぐのだろうか、かなり即興的な面白さが際立ち、よりロマンティックに雰囲気が濃厚になる。《悲愴》交響曲になるとフィナーレが、よよと泣き崩れる男泣きになり、極めてロマン的というか、彼の好きな〈忠臣蔵〉の世界に、限りなく近いものを感じさせる。」 出谷啓氏による「朝比奈隆とロシア音楽」より~、ONTOMO MOOK『朝比奈隆 栄光の軌跡』、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アダージオ アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0096d.jpg冒頭のpp指定のファゴットを強めに奏し、「ごりごり」と呻るコントラバス、こってりと弾きあげるヴィオラなど、濃密な“大フィル・サウンド” がのっけから全開だ。

悠然とした歩みの中から鉛のようなブラスが「がっつり」と打ち出される頂点(70小節)は、オッサンが東ドイツの楽団に客演した時に、楽員から「アーベントロートそっくりだ」 といわれたことに、なるほどと頷けよう。

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第2主題(89小節)は腹の底から旋律をたっぷりと響かせ、コクのある音楽を聴かせてくれるところはオッサンの面目躍如たるところで、リテヌートで大きなねばりを入れるのも朝比奈流。絞り出すように重ねる粗野なブラスや、“もってり”とした木管楽器など、熟果実のような“浪花の浪漫” に酔ってしまいそうになる。

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sv0096e.jpg全管弦楽の強烈な一撃で宣言する展開部(161小節)は赤穂浪士の討ち入り だ! 闇討ちをかけるように、浪花の親分が野武士集団を率いてがちんこ勝負に打って出る勇ましさは、 “闘う男の音楽” にほかならない。

落雷のような打撃をガンガン叩き込み、ブラスの3連音の嵐で吹き荒れる263小節は他のオーケストラでは絶対に味わえぬ猛々しさ。オッサンは管楽器に関しては細かい事はいわず、 「思い切って吹け!」 の一点張り。
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「第1楽章提示部は恐るべき遅さで始まる。これだけのスローテンポを支える精神力は並大抵ではないが、オーケストラの音の薄さが露呈してしまうのも致し方あるまい。しかし、第2主題から展開部にかけて、まるでこの世のものとは思えない凄絶極まりない音が現出する。燃える恒星を背負う巨人のような悲劇性がここにはある。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


sv0096f.jpg大きな聴きどころは、管弦の下降音の中からトロンボーンとテューバが第1主題をマルカートで絶叫する285小節。腹の底から力を籠めて吹きぬく離れワザは、奏者にとっても阿鼻叫喚の生き地獄で、これだけ遅いテンポで指揮者に粘られると、息がよくつづくものだと超嘆息するばかり。

鼓膜を突き破らんばかりのどめの一撃ffff(299小節)の凄いこと!  amazon

「朝比奈隆指揮大阪フィルの82年ライヴのトロンボーンは凄まじい。その昔、あるホルン奏者が「朝比奈さんが来るとたいへん。もうこれ以上大きな音は出まへんと言っても、あの人はもっと出せ、もっと出せと言うんです」というのを耳にしたことがある。この箇所もきっと、朝比奈隆は奏者たちに「もっともっと」としつこく言っていたに違いない。」 「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖[1]」より平林直哉氏による、~『レコード芸術』通巻657号、音楽之友社、2005年)


sv0004c.jpgこの15小節のパッセージをフルトヴェングラーアーベントロートといったドイツの巨匠たちは40秒そこそこで吹かせているが、この盤でオッサンは実に69秒をかけている。

97年盤の73秒というのも驚異的で、チェリビダッケの64秒を凌駕するものだ。カラヤン(EMI盤)は30秒でスタイリッシュに打ち抜いているので、オッサンは同い年のカラヤンの2倍以上の音価ということになろう。
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「第1楽章には朝比奈の主張が個性的なアゴーギクとなって示されており、歌の呼吸がなんともいえず大きい。しかも金管や低弦を壮烈・豪快にひびかせている。わが国の指揮者とオーケストラで、これほどロシア的な性格を表した演奏はほとんどきいたことがないが、これこそメッテルゆずりの見識といえるかもしれない。そこで音楽は名人が大胆に彫り上げた作品のように、雄渾・凄絶な力にあふれ、終結のピツィカートのひびきでさえ、深々としてすこぶる説得力が強い。大阪フィルのアンサンブルも現時点では最上の合奏といわねばなるまい。」 小石忠男氏による月評より、K28C180、 『レコード芸術』通巻第380号、音楽之友社、1982年)



第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0004a.jpg5拍子の変則ワルツは浪漫的な楽想の中に1本筋の通った力強さを秘め、男気に充ち満ちている。あたかも「極太の毛筆に墨をたっぷりと含ませて、一気に書き上げた書」のごとく、迷いのない大家風の歌わせぶり が頼もしい。

中間部をメゾ・フォルテでさばくのもオッサンらしく、沈鬱な哀歌をどっしりと雄渾な気分で歌い上げているのがユニークといえる。
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オッサンは常日頃、内声のヴィオラには 「とにかく弓をいっぱい使って力いっぱい弾け!」 と大音量を要求したというが、奏者に檄を飛ばしたかのように、オーケストラが野太い音で鳴りきっている。


第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(スケルツォと行進曲)
sv0021e.jpg巨像が歩むようなスケルツォは、221小節の頂点で叩き込む大砲のような和音打撃や、312小節のフォルテシシッシモ(ffff)と強烈なシンバルが聴きモノだ。

メッテル仕込みの強烈なffffは楽器が潰れんばかりの破壊力で、渾身の力をこめたオッサンの荒ワザをとくと堪能させてくれる。
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「おまえのはfffだ。ffffはもっとうるさいんだ」と、ワシはメッテル師からやかましく言われたもんじゃ。ffffなんてどんな音だろうと考えたものだが、師匠はpだったら聴こえないくらいに、fだったら楽器がつぶれる程にといった強烈な音を要求をしたんじゃ。  『朝比奈隆 音楽談義』より芸術現代社、1978年刊)


sv0021b.jpgぶっきら棒でシコを踏むような〈行軍マーチ〉 “勇み肌の親分” を思わせるが、2度目の総奏マーチに突入する281小節で、オッサンは聴き手の度肝をぬく大ワザをぶちかます。

フルトヴェングラーやアーベントロートといったレトロな巨匠たちの常套手段である一発必中のリタルダンドをオッサンはいささかの衒いもなく、確信をもってやってのけている。とくに聴衆を震撼させる超・減速感は、このファイアバード盤が一番だ!
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「第3楽章も、スローテンポによる驚愕の演奏だが、この真価は録音では伝わりにくい。CDでは至極真っ当に聴こえてしまうが、活火山のように熱い演奏だったのを覚えている。楽章の終盤で、かつて聴衆を椅子から転げ落ちるほどに驚かせた大胆なテンポの変化の大芝居を確かめることができるのは、大阪フィル盤だ。抑制のない朝比奈節が健在で、血湧き肉踊る名演となっている。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


「筆者が実演で聴いて最も感動した《悲愴》は朝比奈隆の演奏だ。特に印象深いのは、85年に新日フィルがヨーロッパ楽旅に出掛ける直前の東京文化会館。会場にただならぬ熱気と緊張感が漲り、火のつき方が尋常ではなかった。そして、喧噪の頂点たる第3楽章後半、突如ギアをローに落としたようなテンポの激変に会場が震撼したのである。」 『新版クラシックCDの名盤』より福島章恭氏による、文藝春秋、2008年)


オッサンは早くも293小節からもとのテンポに復帰するが、コーダでぐいぐい加速をかけてゆくところも即興的で、金管のミスもなんのその“べらんめえ調”で吹きすさぶ荒々しい怒号はライヴならではの迫力に充ちたもので、オッサンの血のたぎりすら感じさせる空前絶後のマーチといってよい。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0021a.jpg深い呼吸で弓をたっぷり入れる独特のフレージングとコクのある“朝比奈トーン” は、半世紀以上このオーケストラに君臨して備わった独自のサウンドで、 「オッサンが振れば音が変わって重厚になる。あの顔を見るだけて自然とそうなる」 というから驚きだ。

ホルンの切分音にのったアンダンテ(第2主題)は気骨のある男の音楽だ。弦を練り回すように強い筆致で突き進むところは女々しさを微塵も感じさせず、骨っぷしのある歌が大きくゆたかに流れてゆく。
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「音楽を理解するだけでは充分ではない、音楽は魂で感じとるものなんじゃ」 と豪語するオッサンは、メランコリーな楽想に情熱と気魄をこめて歌いぬき、その頂点でブラスを力の限りぶちかます。「ぶぁっ~と行け!!」

sv0021c.jpg主部の再現も低音を礎に、がっちりと構築する音楽に揺るぎがない。最大の聴きどころは、苦悶が最高潮に達するモデラート・アッサイ(115小節)。

トレモロで激しく下降する弦楽群と、3オクターブを上昇するブラスの嵐が交錯する場面は肌が粟立つ凄まじさ。最高音を迷いなく打ちぬくトランペット、憤怒のテューバの呻り、金切り声をあげるホルンのゲシュトップ、身をよじるような弦の濃厚な連音など、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド” が全開である!
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最終宣告の銅鑼が無情に鳴り響き、沈鬱なコラールが聴こえると、音楽は終結部(コーダ)にはいる。 「聴衆がほんとうに泣き出すような演奏でないとダメだ」 というメッテル師直伝のフィナーレは、 「ごうごう」と地鳴りをあげるバッソ・オスティナートが慟哭の生々しさを伝えている。

「デーやん、バスに音程なんかおまへんで。ただゴーッと鳴っとったらええんや。」 関西のオーケストラから、バスの音程が聴き分けられるようになったのはフィラデルフィア管弦楽団が初来日した頃からである。」 出谷啓著 『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


コテコテの浪花気質と男の浪漫で聴き手の心を鷲掴みする朝比奈渾身の一枚だ。


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[ 2017/08/12 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ショルティ=パリ音楽院管のチャイコフスキー/交響曲第2番《小ロシア》

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チャイコフスキー/交響曲第2番ハ短調 作品17「小ロシア」
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
パリ音楽院管弦楽団
Recording:1956.5.22-26 La salle de la Mutualité, Paris
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length :30:49 (Stereo)
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《小ロシア》はショルティが44歳のときに、ジョン・カルショウのプロデュースでステレオ初期の英デッカに録音されたもので、デニス・ブレインがホルンを吹いていることで有名なビーチャム盤(1953年録音)を通じて当時の英国では人気の作品だった。

sv0092e.jpg時期を同じくしてウォルター・レッグ(EMI)が若きジュリーニを起用して同曲を録音しているが、デッカでは新進気鋭のショルティとフランスのオーケストラという奇抜な取り合わせで対抗したことは、音楽ファンの度肝を抜く “デッカの配剤” といえる。  amazon

1950年代のデッカは、モントゥーやマルティノンの指揮でパリ音楽院管弦楽団と活発なレコーディングを行っていた。


sv0092f.jpgここで規律を重んずるショルティが個人主義の強いパリ音楽院管弦楽団と衝突し、楽団員もこの剛腕指揮者にやり返したというエピソードが伝えられている。

セッションでは、4名の首席奏者が代理の奏者を寄こしたためにショルティが激怒し、その諍いで貴重な時間を使い果たしてしまったという。  amazon


「この時の体験はショックだった。リハーサルではコンサートマスターがくわえ煙草で足を組んで座っていた。ひらのメンバーは喧嘩はするはおしゃべりはするはで秩序はひとかけらもなく、それがいったん演奏に入るとまるで受け身で無気力になり、たとえば弦セクションは10センチ以上は弓を動かさなかった。そして私が演奏を止めて誤りを指摘したり部分的に変えようとするたびに、またしてもガヤガヤとざわつき始めるのだ。」 ゲオルク・ショルティ著『ショルティ自伝』より、木村博江訳、草思社、1998年)


sv0092o.jpg演奏は“傑作”としかいいようがない。喧嘩腰でオーケストラにいどむショルティの力瘤のある棒さばきがユニークで、強烈なアクセントをたたき込むメリハリの効いたスタイルが聴き手の興奮をかき立てる。

指揮者の苛立ちが民謡を素材に用いたウクライナの土臭い民族色を何処かへ追いやってしまい、終わってみれば闘争から勝利への一大シンフォニーに仕上っているのがユニークといえる。

金管を強調したデッカのあざとい録音もすこぶる刺激的で、LPの輸入盤を初めて聴いた時、その鮮明な音に腰を抜かした記憶がある。

sv0092c.jpg何よりもこの盤の魅力は、当時のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器がステレオ録音によって明瞭に捉えられているところにあり、リュシアン・テーヴェに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞い が大きな聴きどころ。

ロシアの陰鬱さを綺麗さっぱり振り払うかのようなオーケストラの色彩感溢れる木管やピストン式フレンチホルンの独奏は、愛好家にはたまらないご馳走だろう。

「パリ音楽院管弦楽団との唯一のCDである。デッカがこのオーケストラを戦後頻繁に起用していた関係で、ショルティも指揮することになったのだろう。リハーサルでも本番でも、躊躇なくサボっては代演をよこす楽員との険悪なムードの中で演奏されたという。その反映か、ショルティの筋肉質の音楽とオーケストラの優美な音楽と相異なる個性が引っぱり合いをしていて、きしむような緊張感が面白い。」 『レコード芸術』特集〈ゲオルク・ショルティ再考~没後10周年記念〉より山崎浩太郎氏による、通巻第687号、音楽之友社、2007年)


「明るく放歌高吟するトランペットなど、どう考えても、当時のパリ管弦楽団が備えていた個性的な響きが全面に浮かび上がった演奏が収録されている。猛烈なテンポで突進する《小ロシア》第1楽章の主部なども、トランペットが浮き浮きとしゃしゃり出て、ショルティの意図とは裏腹のユニークな怪演になってしまっている。」 満津岡信育氏による月評より、UCCD3783、『レコード芸術』通巻第680号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0092g.jpgウクライナ風にアレンジされたロシア民謡《母なるヴォルガを下って》を吹くのは首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェとも、代理のミシェル・ベルジェスともいわれるが、当時この楽団が備えていたフレンチ・スタイルならではのレトロな味わいがある。

とりわけ、鼻に掛かったやわらかなヴィブラートがたまらない魅力である。
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アレグロ・ヴィーヴォ(主部)は、「ひょい」と勢いよく飛び出すクラリネットの第1主題が滑稽で、「ガッ」と弓の根元で喰らいつき、「えい」と力を盛って突撃隊のように突進するスタイルがいかにも楽譜を見るに敏なショルティらしい。迷いのない管のきっぱりしたリズム打ちが歯切れよく、弦のオクターヴで上がる推移主題のメロディ(練習番号E)の艶光りしたような美しさにも「はっ」とさせられる。

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sv0092h.jpg低音クラリネットで歌い出す〈母なるボルガ〉 (練習番号H)は、これをカノン風に奏するパリ音楽院の名人芸と、その美しい音色をとくと堪能させてくれる。

トロンボーンとトランペットがファンファーレを強烈なヴィヴラートをかけて放歌高吟する場面は、まるでラヴェルの音楽を聴いているようで、管楽器が「ペッ!」と鋭角的なアクセントを付けて軍隊行進曲のように突き進むところにちょっと首をかしげたくなる。
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sv0092i.jpg聴きどころは第1主題が大きく盛り上がるモルト・メノ・モッソの再現部。管の強いアタックと煽るように追い込んでゆく強引なストリンジェンドがゾクゾクするような疾走感を煽っている。

強烈な金管をぶちかまし、ユニゾンで主題を絶叫する頂点(練習番号P)は「えいえいお~」と勝ち鬨をあげるようで、剛腕ショルティの面目が躍如している。「ぴしゃり」と締めるコーダもあと腐りがなく、抒情味のカケラもない。
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「もう30年以上も前のショルティの演奏は、第1楽章の序奏から噛みつく勢いがあり、主部に入ると得たりとばかり尻をはしょって駆け出すようで相当に面白い。タンカを切るようなスケルツォもユニーク。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より、~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



第2楽章 アンダンティーノ・マルチアーレ・クワジ・モデラート
sv0092j.jpgティンパニの軽いリズムにのって、クラリネットとバソンが歌うメロディーは、歌劇《ウンディーナ》(水の精)の結婚行進曲からの転用。ショルティが腰を落として生真面目に演奏するさまはどこか滑稽だが、リズムは精確を極めている。

中間部は、ウクライナ民謡《紡いでおくれ、私の紡ぎ女よ》を奏する詩情味ゆたかなクラリネット、装飾を散りばめて逍遙するフルート、すすり泣くような弦の歌が聴きどころ。あまりにも強すぎるピッツィカート・リズムがやたら耳にうるさいのはご愛嬌。
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第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
sv0092k.jpg目の覚めるようなリズムを叩き込むショルティの職人ぶりが発揮されたのがスケルツォだ。《悲愴》とよく似た3連音リズムを緻密にさばく巧緻な弦楽アンサンブルはもとより、「ピシッ!」と刃物を振り下ろすような鋭い和音打撃に腰を抜かしてしまう。
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中間部はカメンカのウクライナ民謡から採られた〈村娘のダンス〉。木管のチャーミングな歌とオーケストラの名人芸が聴きモノで、サクサクと入れる弦のスタッカート・リズムと、びょんびょん弾むピッツィカートの合いの手が耳の快感を誘っている。強い金管のアタックと猛烈な勢いで性急にとどめを決めるあたりは、ショルティの苛立ちが音盤からも伝わってくる。

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第4楽章 フィナーレ、モデラート・アッサイ
sv0092l.jpgカラっと明るい管弦楽の痛烈な一撃で決める序奏と、そこから導き出されるアレグロ・ヴィーヴォの主題は、ウクライナ民謡《ジュラーベリ》(ほら、鶴が見える)を借用したものだ。

元気良く飛び跳ねる〈鶴のダンス〉と、チャルメラのような木管のくねくねとした表情がおもしろく、どこか喜劇のような風情をただよわせている。
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音楽が動き出すのは〈練習番号C〉からで、ダウン・ボウの弦によって、獲物を見つけて韋駄天走りで駆け出す鶴が闘争心をあらわにする。強烈な大太鼓とシンバルを叩き込み、派手にブラスを打ち込んで乱痴気騒ぎを繰り返す総奏(練習番号D)は、剛腕指揮者のなりふり構わぬ鋭気が漲っている。

sv0092m.jpg優美な第2主題〈鶴の恋人の主題〉に絡める〈鶴の変奏〉では、彼女にちょっかいを出すかのように、あの手この手の変形リズムで〈鶴の主題〉が強大な管弦楽に発展していくのがこの曲のキモといえる。

ここではショルティの苛立ちを投影するかのように、鶴が荒れ狂い、次第に凶暴さを剥き出しにするさまが赤裸々に描き出されてゆく。
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頂点の総奏では、今や猛獣と化した鶴のお化け が恋人にふられて怒り心頭。その腹いせに悪行を重ねて大暴れするかのように、あらん限りの力を込めて叩き込む打楽器と獅子吼する派手なブラスの打ち合いがこの盤の最大の聴きどころといえる。

「手っ取り早くこの楽章のイメージをいうなら“鶴の放蕩三昧”。わずか4小節の鶴は、はじめ可愛らしく慎ましくファースト・ヴァイオリンだけで“チョン・チョン・チョン・チョン・チョチョチョン・チョチョチョン”と跳ねているが、やがてこれが一大どんちゃん騒ぎを繰り広げる。チャーミングな第2主題も出てくるには出てくるが、これもあっさり怪獣と化した鶴に飲み込まれてしまう。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



sv0092n.jpg展開部は、管楽器が第1主題のリズムで第2主題を変奏するくだり(練習番号I)が珍妙で、第2主題を蹴散らして鶴がふたたび暴れ出す。トロンボーンをバリバリと打ち込む“決めどころ”は剛腕ショルティの独壇場で、闘志をむき出しにした力瘤のある演奏にはただもう驚くばかり。

ピッコロの戯けたような変奏も傑作で、お調子者の鶴がヤケ酒をあおり、千鳥足でちょこまかとふらつきながら、最後は狂ったように強大なエネルギーで爆発する。
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sv0084a.jpg「これでもか」とオーケストラを鞭打ちながら、獅子奮迅の勢いで突っ走るコーダは格闘技としかいいようがなく、 “筋肉の付いた脚の太い鶴”がついに獲物を仕留め、ガッツ・ポーズを決めたような大勝利の気分に酔わせてくれる。
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パリ音楽院管弦楽団のレトロな音色と壮年期ショルティの痛快活劇を楽しめるユニークな一枚だ。


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[ 2017/06/17 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

カラヤン=ベルリンフィルのチャイコフスキー/交響曲第4番(71年盤)

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チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調 作品36
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording:1971.9.16-21 Jusus-Christus-Kirche, Berlin
Producer: Michel Gloz (EMI)
Balance Engineer: Wolfgang Gülich
Length: 42:15 (Stereo)
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この1971年のEMI盤は、カラヤン&ベルリンフィルによる2度目の〈後期3大交響曲〉の録音で、このコンビ絶頂期の音が刻まれている。イエス・キリスト教会でわずか6日間のセッションで一気に完成させたというだけあって、7種ある《第4番》のCDの中では最も熱気があり、まるで実演のように気迫のこもった演奏として高く評価されている。

sv0087b.jpg1970年代のカラヤンは、ベルリンフィルの音楽監督として楽界の“帝王”に君臨し、全盛期をむかえていた。

「自分とベルリンフィルは、現在最高の状態にある」とカラヤンが豪語したように、シュヴァルベ、ブランディス、シュピーラー、カッポーネ、フィンケ、ツェペリッツ、コッホ、ライスター、ゴールウェイ、ザイフェルト、フォーグラーといった名人を麾下におき、“黄金の70年代”を謳歌していた。

レコードにおいても70年代は“傑作の森”ともいわれ、心身共に充実した60代のカラヤンが、自分の“楽器”と化したオーケストラを意のままに操って名録音を産み出していった。

sv0087c.jpgあたかも映画俳優のようにきめたカッコいいジャケット写真も「さぞや名演」をイメージさせるに十分な魅力あり、音盤に針を落とす以前に勝負はついていた。

映像を含めると9種あるカラヤンの《第4》の中で、筆者がとくに注目したのが④⑤⑥。④のDG盤は後年の録音に比べると直截的な表現で、オーケストラの推進力とパンチ力で堂々と押し切った完全無欠の名演奏。

続く⑤(当盤)では、華麗な金管の響きに磨き抜かれた弦の流動感が加わり、アンサンブルの妙技と形振り構わぬ熱っぽい演奏が楽しめる。

NoOrch.DateLevelⅠmovⅡmovⅢmovⅣmovTotal
Philharmonia1953.7EMI19.0210:075:538:5543:57
Wien so1954.11(L)Orfeo18:109:465:338:1841:47
Berlin po1960.2EMI19:119:025:398:5242:44
Berlin po1966.10DG17:549:575:428:0441:37
Berlin po1971.9EMI18:399:585:208:1842:15
Berlin po (DVD)1973.12Unitel18:109:265:308:0941:15
Berlin po1976.12DG18:409:015:468:1741:44
Wien po1984.9DG18:349:595:408:3042:43
Wien po (DVD)1984.9SONY18:229:155:448:2541:46


sv0087j.jpgユニテルの映像作品⑥も白熱の度合いが凄まじく、指揮者の過剰な演出が鼻につくものの、「やはりカラヤンはカッコいい」と再認識させられてしまう。第1楽章コーダのfff(403小節)で大見得をきるところなど千両役者といえるが、「ここまで力まなくても」と思わないでもない。

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同じDG盤でも⑦になると勢いは後退し、どこか手慣れた感覚と作為的な“いやらしさ”が前面に出てしまい、何度も繰り返して聴きたいとは思わない。

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このEMI録音の《第4》に関してはオリジナルテープの損傷が著しく、国内CDのHS2088やTOCE13262(岡崎リマスター)でも強奏時の音割れがみとめられる。第4楽章のシンバルと大太鼓の衝撃音がビリつく箇所にお気づきの人もいらっしゃるだろう。

sv0087d.jpg手持ちのLP(EAA-136)を比較したところ、音割れは無いものの、第4楽章は音が荒れているため、当初からマスターテープに問題があったのだろう。

CDのジャケットが冴えないのが気になるところだが、ハイブリッド盤やシングルレイヤー盤のSACDが新しいリマスターで発売されたので、あらためてじっくり聴いてみたい。

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「カラヤンはチャイコフスキーの3大交響曲を何度も録音しているが、その中でこれを最高とする人は少なくない。それは、他の録音にない“熱さ”がここにあるからだ。4番の一部では音が歪んだりもするのだが、にもかかわらずあえてこの緊迫感あふれるテイクを選んだ録音スタッフの判断は間違っていなかったと思う」 特集「1970年代の栄華」より増田良介氏による~『レコード芸術』通巻705号、音楽之友社、2009年)


「1971のEMI録音は〈ライブに近いカラヤン〉として定評がある。スタジオ録音らしき端正な仕上げというよりは、激情を剥き出しにしたカラヤンに出会えるというわけだ。なるほど、《第4》の金管の咆吼の激しさは前録音の比ではなく、常とは違うカラヤンの激情に終始圧倒される。残念なのはマスターテープの損傷が著しいとのことで、丹念にLPレコードを探すよりほかない。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』、毎日新聞社、2005年)


「70年代はカラヤン&BPOの絶頂期であったことは明らかだ。ヴィルトゥオーゾ・オケとしても技術とアンサンブルを生かした演奏の精度と表現の秀麗さは追随を許さぬものがある。本盤では、特に金管のシャラシャラした金属質な鳴りをしている点。これは他の演奏では聴けない音色なので非常に興味深い。しかも表現が一段と熱狂的で、クライマックスではゾクゾクするような達成感が得られるのが魅力だ。」 オントモムック『クラシック不滅の1000』より齋藤弘美氏による、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0087e.jpgホルンとファゴットによる“運命ファンファーレ”は、残響をともなったマイルドな音がたっぷりと鳴り響き、ベルリンフィルの壮麗なサウンドがのっけから全開である。

このテーマは同じ時期に書かれた《エウゲニ・オネーギン》(ポロネーズ)の華やかな宴の開始のファンファーレと瓜二つで、ここでは「運命」の主想旋律として“暗黒の運命”に対する絶望と諦めが交響曲全体を支配する。

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弱弦のアウフタクトで入る第1主題〈苦悩に満ちた現実〉(27小節)の上手いこと! シンコペートされた悩まし気な旋律を滑らかに、意味ありげに歌い出すカラヤンの手練れた歌い口に酔わされてしまう。一糸乱れぬ木管群、テヌートで応答する音量ゆたかな低音弦、上滑りするような弦のトレモロの強奏、硬いティンパニのリズム打ち、ドラマティックに吼えるホルンの吹奏など、ツボにはまったオーケストラの名人芸と音響美に身も心も酔わされてしまう。

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sv0087f.jpg優美なワルツのリズムで彩る第2主題〈幸福な夢〉(116小節)は“カラヤン節”の独壇場。

物憂げに歌うファゴットの旋律に、ワルツの対旋律を重ねるチェロのコクある弓さばきや、羽毛のような軽やかさで妖艶に揺れる弱弦の合いの手(134小節)など、麻薬のような甘い香りで聴き手の快感を巧まずして誘っている。

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「ガツン」とくる一撃で幸福の絶頂へ駆け上がる高揚感も比類がなく、なみなみと吹奏するホルンの〈歓びの主題〉(169小節)、ゴージャスに躍動する力強いコデッタ主題(177小節)、〈運命動機〉で奈落の底へ叩き付ける慟哭の一撃(201小節)など、その演出の巧さもさることながら、力瘤を入れたカラヤンの気魄に圧倒されてしまうのは筆者だけではないだろう。
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sv0087g.jpg大きな聴きどころは、ドラマティックな名旋律を弦がオスティナート的に弾き回す展開部(237小節)。上昇反復のパッセージをねっとりと練り上げるフレージングは絶妙といってよく、緩急自在に音楽が呼吸し、陶酔的に揺れながら〈運命主題〉に上り詰めるところの劇的緊張感といったら! 

第1主題がトゥッティで爆発する再現部(284小節)の宣言もすさまじい。このレコードをはじめて聴いた時、激情を剥き出しにして嵐のように荒れ狂う総奏に筆者は腰を抜かしたものである(トロンボーンの強奏をお聴きあれ!)。
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第2主題を行進曲風にアレンジしたコーダ(381小節)は抜き足差し足、絶妙のテンポで駆け走る。弦にレガートをかけて休符を均しながら、頂点に登り詰める緊迫感は無類のもので、決めどころのクライマックスが403小節のfffにやってくる。ここはストレートに直進するのが常套だが、ひと呼吸入れて決然と見得をきるやり方もあり、当盤ではカラヤンは音は切らずにfffでさらに力を籠め、激情を剥き出しにして突進する。

同じカラヤン指揮でも、④は手前402小節2拍目にアクセントを入れ、⑦はストレートに直進、①③⑧⑨は402小節2拍目の途中で音を切る、⑥は音は切らずに大きく間合いをとって見得をきる、といった違いがある。筆者なら④か⑥をやってみたいが、皆さんはどのやり方がお好みだろうか。


第2楽章 アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーナ
sv0087h.jpg《第4》演奏の格付けを決める21小節のオーボエ独奏は、首席奏者ローター・コッホのクリスタル・トーンに魅せられてしまう。透明度の高い硬い音から、えもいわれぬ深い味わいを醸し出し、官能的ともいえるテンポ・ルバートで聴き手を酔わせてくれる。

コッホの不在時にカラヤンは、オーボエが重要な作品のレコーディングを決して行わなかったという伝説めいた話に「なるほど」と頷ける。
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sv0087i.jpg弦楽ユニゾンで「とろり」と歌い返す副次主題(41小節)や、音量をてんこ盛りした弦の16音符のフィギュレーション(65小節)などやり過ぎの感があるが、高性能のベルリンフィルが機能性と抜群の機動力を発揮するのが、中間部の農民舞曲

リズミックにテンポを上げて「これでもか」と音階を上り詰め(150小節)、その頂点のフォルテで大きく弓を返して高揚する派手な立ち振る舞いもカラヤンの面目が躍如する。
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しっとりと濡れたように奏する主題再現も涙モノで、チェロやファゴットのモノローグなど、メロディアスな美しさで俗耳を楽しませるカラヤンの巧みな話術は枚挙にいとまがない。


第3楽章 スケルツォ ピッツィカート・オスティナート
sv0087k.jpg軽微なリズムの中にすごい名人芸を聴かせるのがピッツィカート・オスティナートだ。ここでは「びょんびょん」とバネを効かせた躍動感あふれる低弦リズムや、切れ味の鋭い高弦の裏打ちを加えて生き物のように駆け走る。

トリオも名人芸のオンパレードで、楽団を整然と統率した軍隊行進曲の中を、クラリネットの即興や、風を切るようなピッコロの曲芸で魅せるあたりはまさしく“カラヤン・サーカス” TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
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ピッツィカート・リズムに中間主題を混ぜ合わせた主題再現も間然とする所がなく、攻撃性を前面に打ち出して「どうだ!」と威圧するすさまは、演出過剰とも言えるこのコンビの自信の漲りを感じさせている。


第4楽章 フィナーレ アレグロ・コン・フォーコ
sv0087l.jpg華麗な管弦楽の醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれるのがフィナーレ〈民衆の祭り〉の音楽だ。ここではベルリンフィルのパワーが全開で、行進テーマ(第3主題)を高らかに奏するところはオーケストラの合奏能力を最大限に発揮した名場面。
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力瘤のはいった荒々しいまでの総奏は聴き手を圧倒し、叩きつけるような和音打撃(50小節)、勢いをつけた弦の3連音、大太鼓とシンバルを容赦なくぶちかますダイナミズムの極致は、当時の録音技術の許容の限界を超えてしまったのも無理からぬものといえる。
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sv0087n.jpg第2主題〈白樺は野に立てり〉をテューバがバリバリ吹奏する60小節や、〈白樺主題〉を金管がカノン風に強奏反復しながらクライマックスで〈運命ファンファーレ〉(199小節)を炸裂させる筆勢の強さも大きな聴きどころだ。

「ここぞ」という局面で赤子の手をひねるようにゴージャスな音楽に仕立ててしまうカラヤンの手慣れた棒さばきに快哉を叫びたくなる。鉈を打ち下ろすような和音打撃の衝撃のすさまじさったらない。

コーダ行進テーマのホルン信号を皮切りに、錯綜たるオーケストレーションをスペクタキュラーに展開。3つの主題を織り交ぜながら疾風怒濤の勢いで突っ走る。

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〈白樺ファンファーレ〉を連呼しながらツボにはまったように熱狂し、まさに豪華絢爛、まるでジェットコースターに乗っているようなめくるめくスピード感で全曲を締めている。ライヴのような気魄でカラヤンが完全燃焼した納得の一枚だ。


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[ 2017/03/25 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

アバド=シカゴ響のチャイコフスキー〈冬の日の幻想〉

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チャイコフスキー/交響曲第1番ヘ短調Op.13
 「冬の日の幻想」
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1991.3.13,15,16 Orchestra hall, Chicago
Producer: James Mallison (Sonny)
Engineer: Bud Graham
Length: 43:33 (Digital)
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クラウディオ・アバドがシカゴ交響楽団の首席客演指揮者をつとめたのは1982~85年で、このチャイコフスキー交響曲全集&管弦楽曲集は、この時期から足かけ7年をかけて完成した録音だ。アバドが50歳を過ぎて、心身ともに最も脂の乗り切った時期のものであり、一連のセッションの有終を飾ったのが《冬の日の幻想》である。

sv0084c.jpgアバドは“音の固い“指揮者というのが、70年代から筆者の持っていたイメージで、とくにウィーンフィルを振った実況録音を聴いて、そのゴツゴツとしたサウンドに驚いたものである。
アバドがベルリンフィルの音楽監督になると、カラヤン時代の柔らかく上滑りするような流麗なサウンドが、フルトヴェングラー時代に戻ったかのような引き締まった芯のあるサウンドに一変した。

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アンサンブルが粗くなったと陰口もいわれたが、アバドは音を磨くことにさして興味を持たず、むしろ楽器固有の音をしっかりと、鮮明に出すことを要求した結果だろう。

sv0084l.jpgそのようなアバドがシカゴ交響楽団との相性が悪かろうはずがなく、もしカラヤンの後任がマゼールに決まっていたら、シカゴ交響楽団の音楽監督はポスト・ショルティの呼び声の高かったアバドが就任し、ベルリンフィルの凋落(?)を後目にライナー、ショルティに続く“第3期黄金時代”を築いていた可能性はなかったか。

しかし、シカゴが音楽監督に選んだのはアバドではなくバレンボイムだった(投票では7対3)。アバドはリハーサルで細部にこだわりすぎる理由で退けられたらしい。

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ここで聴く《冬の日の幻想》は、こってりとしたロシア臭い演奏とは一線を画し、ともすれば安っぽく聴こえがちな民謡主題を、イタリア人指揮者らしく品のよいカンタービレで聴かせるあたりは抜群のセンスを発揮する。“暴れ馬”の手綱をしっかりと引き締め、スーパー・プレイを仕掛けることなく緻密なアンサンブルと冴えたサウンドで魅せるアバドの卓抜した手腕は玄人受けするものといえる。

sv0084d.jpgフィナーレでは、「これぞシカゴ!」といわんばかりの期待に違わぬ強力なブラス・セクションを堪能させてくれる。

なかんずく役者を揃えたホルン、トランペット、トロンボーンの名物奏者たちの粗さを感じさせないパフォーマンスに酔わせてくれるあたりも、シカゴ響(教)信者にとって嬉しいご馳走で、テンポを速めて熱っぽく畳み掛ける終楽章のコーダもすこぶる即興的だ。

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「いずれの曲をとっても音楽の構成が堅牢でがっちりとまとまり、技術的にも完璧、隙も乱れも全くない。その一方でチャイコフスキーの音楽の命である旋律はたっぷりと歌われ、ダイナミックスの幅も大きく、クライマックスでの迫力が凄い。完成度の高さという点では、恐らく現在入手可能な交響曲全集の中でも最高位に位置づけることができる。特に前半の3曲が、いわゆる“初期作品”としての通念を覆すに足る堂々とした恰幅をもって響いてくる様子は、見事である。」 吉成順氏による月評より、SRCR8902~7、『レコード芸術』通巻第509号、音楽之友社、1993年)



第1楽章 アレグロ・トランクィロ「冬の日の旅の夢想」
オクターヴのフルートとファゴット、ヴィオラ主奏の民謡風の第1主題は、歯切れ良い木管のスタッカートと、弦楽のスピッカートとスラーを組み合わせた精緻なリズム打ちによって、のっけから名人オーケストラが抜群のアンサンブルを開陳する。

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sv0084e.jpgポコ・ピウ・アニマートで激しく上り詰めるところの躍動感や、ガツンと打ち込むブラスの咆哮は流石はシカゴ響といってよく、勝利を予告するかのようにホルン、トランペットを加えて「待ってました」とばかりに立ち上がる勇壮な行進曲(第3主題)は管弦楽の醍醐味を堪能させてくれる。

しかも力まかせに押し切らず、名物奏者たちを御して整然と管弦のバランスを配しているのがアバドの上手いところだ。

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大きな聴きどころは民謡調の第2主題。分厚いヴィオラの旋律と、ウェットに歌い回すヴァイオリンの潤いのあるカンタービレが聴く者を魅了する。提示部の終わりで見得を切るようにテンポを落とし、展開部の〈花のワルツ〉(くるみ割り人形)によく似た主題を裏拍のホルンにたっぷりと歌わせ、聴き手に安らぎを与えてくれるところも心憎い。

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sv0084f.jpg第1主題をカノン風に展開する展開部(練習番号G)は、名人オーケストラの腕の見せどころだ。豪壮ともいえる低音弦の力強い響きと金管の咆哮が聴きものだが、アバドは決して熱くならない。

入念にはじまる再現部(練習番号M)も間然とするところがなく、クライマックス(練習番号V)に向かって突き進むところも荒ワザを仕掛けず、その統制された手綱さばきは理性的といえる。

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第2楽章 アダージォ・カンタービレ・マ・ノン・タント
sv0084g.jpgソフトに奏でる序奏主題は情感たっぷりだ。
弦楽5部がしっとりと溶け合う柔らかな響きは格別で、フルートと寂しげな対話を重ねるオーボエの第1主題、ヴィオラがたおやかに奏でる第2主題(ポッキシモ・ピウ・モッソ)など、克明なアーティキュレーションによって憂いをたたえたカンタービレで聴き手を酔わせるあたりは、イタリア人指揮者の本領発揮といってよく、その格調の高さは特筆モノ。

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テンポ・プリモの展開部(練習番号C)はツボを押さえたように第1主題を歌い回すチェロパートの独壇場。たっぷりと弾むバスのリズムにのって滔々と歌われるところが心地よく、ともすれば安っぽくなりがちなメロディを情に溺れず、客観性を保ちながら晴朗に、しかも密度の濃い歌を聴かせるあたりはアバドの面目躍如たるところだ。

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sv0084k.jpg最高の聴きどころは、ホルンがマルカートで出現する再現部(練習番号F)。突如、雄叫びを上げるように朗々と発する強烈なホルンのひと節は、この楽団の看板セクションの名に恥じぬ張りのある響きで聴き手の度肝を抜く。

弦のトレモロを蹴散らすように第1主題を吹き放つホルンが圧倒的な頂点(練習番号G)を作っているが、リテヌートをかけて応答する弦の緊迫感も圧巻である!

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第3楽章 スケルツォ アレグロ・スケルツァンド・ジョコーソ
sv0084h.jpg2拍目にアクセントをおいた分奏弦のリズム打ちを、アバドはじつに精密にやってのけている。名人芸を誇示したようなところはいささかもなく、力を抜いて、ひたすら繊細に、緊密なオスティナート・リズを繰り返すところは職人的だが、幻想的なインスピレーションにも事欠かない。

中間部(トリオ)のワルツは、弦を主体にしたバレエ音楽のような優美な歌に溢れんばかり。木管やホルンのオブリガートは出しゃばらず、わずかに和音を添える程度である。

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第2楽句もキメの細かいアーティキューションによって、デリケートなニュアンスを伝えてあますところがなく、革をゆるく張ったティンパニの連打や、チェロとヴィオラのカデンツァのオマケが付くコーダも質の高い名人芸を堪能させてくれる。


第4楽章 アンダンテ・ルグーブレ
sv0084i.jpg遅いテンポで入念に歌い出される序奏主題ロシア民謡〈咲け、小さな花よ〉は気分満点で、2拍子のアレグロ・マエストーソ(主部)で快調に走り出す弦と、第1主題を打ち込む強力なブラス・セクションの力ワザを堪能させてくれる。

がっつりと打ち込むトロンボーンの衝撃感や、トランペットが連呼する“進軍ラッパ”は圧巻で、楽員の士気の高さもさることながら、音楽は輝かしい開放感に溢れんばかり。

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巧緻なフガートを展開する弦楽アンサンブル(練習番号B)、民謡風の第2主題をツボを押さえて歌うヴィオラとホルン(練習番号C)、決然と中間主題を切り込むヴィオラ群(練習番号F)など、ゾクゾクするような各セクションのパフォーマンスと合奏能力の高さは枚挙にいとまがなく、第1主題の総奏を再現する管弦の爆発的なパワーも次元を超えたものだ。

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sv0084j.jpg半音階進行によるシンコペーションを大きく取り回しながら、コーダに向かってのぼり詰める緊張感も無類のもので、あんぐりと口を開けて、ハネ上げタクトでフレーズをさばくアバドの絶好調ぶりが伝わってくる。  amazon

名人オーケストラの突き抜けたパフォーマンスを見せてくれるのがコーダ(アレグロ・ヴィーヴォ)で、ブラスが長調で朗唱する序奏主題はもとより、勝利を確信したかのように高らかに打ち込むトランペットやバス・トロンボーンの凄腕奏者たちが、決めるべきところでしっかりと決めてくれるのがシカゴ響たるゆえんだろう。

奏者たちの力演に反応して、オーケストラを煽るように熱っぽく加速をかけてゆくアバドの棒もすこぶる即興的で、「ざまあみやがれ!」とばかりに、勇猛にぶち込むブラス・セクションの爆発的な“凱歌”が聴き手の興奮を喚起する。

オーケストラのヴィルトゥオジティを十全に生かしながらも、いささかの踏み外しもなく暴れ馬を統率し、品のよいカンタービと熱のこもった演奏で聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2017/02/04 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

バレンボイム=シカゴ響のチャイコフスキー/イタリア奇想曲

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チャイコフスキー/イタリア奇想曲 作品45
ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1981.3.25,27 Orchestra Hall, Chicago
Recording Producer: Steven Paul (DG)
Recording Director: Werner Mayer
Recording Engineer: Klaus Scheibe
Length: 15:42 (Digital)
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バレンボイムはシカゴ交響楽団に1970年代から客演し、イエロー・レーベル(ドイツ・グラモフォン)に積極的なレコーディングを行っている。このチャイコフスキーの管弦楽曲を収めたアルバムは、バレンボイムがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任する以前のもので、会場は録音の“メッカ”となったメディナ・テンプル(回教寺院)ではなく、シカゴ響の本拠地、オーケストラホールが使われている。

sv0077j.jpgこのホールを録音スタジオとして使う場合は、前方の座席をすべて取り払い、ステージを広くして布などを張り巡らしていたという。

その卵形をしたデッドな響きで知られたオーケストラホールこそがシカゴ響の強力なブラス・セクションを生み出したという伝説めいた話がおもしろく、名物奏者を揃えたブラスの桁外れのパワーは他のオーケストラの追随を許さない。


sv0077a.jpgここでは、南国情緒にとんだ民謡の名旋律がメドレーで登場する澄明爽快な“イタ奇”を、バレンボイムがワーグナーの楽劇ばりにドラマティックな劇音楽に仕立てる大芝居を演じている。
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ヴィルトゥオーゾ楽団の機能性を十全に生かしながら、「ここぞ」という局面で爆音を轟かせる迫力は冠絶しており、シカゴ響がフル・パワーで爆発するタランテラ舞曲やコーダの空前絶後の一撃など、次元を超えた超弩級のダイナミズムを心ゆくまで堪能させてくれる。

「思う存分シカゴ響を鳴らしきる! 序曲《1812年》などそれを実証してみせたような演奏である。全開した金管セクションの迫力、ズンと響くトゥッティのヴォリューム感、派手な打楽器など、バレンボイムはスケールの大きいテンポ設定で痛快にまとめてみせる。特に終結部など未曾有の高揚感をおぼえる。こうした演奏は概して大味で雑なものになりがちだが、解釈的にはむしろ緻密に設計されている印象がある。完全に同オケを乗りこなしている。」 斎藤弘美氏による月評より、UCCG8029、『レコード芸術』通巻第617号、音楽之友社、2002年)



第1部 アンダンテ・ウン・ポーコ・ルバート
sv0077b.jpg活力のある〈騎兵隊ファンファーレ〉で開始するブラスの響きは、これぞシカゴ響を聴く醍醐味に尽きるといってよく、エッジの効いた歯ごたえのある音は、グラモフォンらしいリアリティにとんだものだ。

〈舟歌主題〉をワーグナーの楽劇のように悲痛な表情と大きな身振りで揺さぶるところはいささか芝居じみているが、“ジャーマン・サウンド”とよぶに相応しい重い響きがバレンボイムの棒によって入念に弾き出されてゆく。

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「シカゴ交響楽団は、私がジャーマン・サウンド(ドイツ的な音)と呼んでいる、非常に特別な音を持っている。アメリカ的なヴィルトゥオジティと化合した重量感のあるジャーマン・サウンドだ。そのサウンドは他のアメリカの楽団の持っていない音だ。堅実なヨーロッパ的基盤とアメリカのヴィトゥオジティの結合、いわゆるドイツ製のIBMのような非常に幸運な結合といえる。」 ウィリアム・バリー・ファーロング著『ショルティとのシーズン』より、マクミラン社、1974年)


sv0077c.jpgポッキシモ・ピウ・モッソ(94小節)でオーボエが二重奏で歌うのは、イタリア民謡〈美しい娘さん〉。リズムが重たいが、やわらかなコルネットのメロディー、しっとりと奏でるヴァイオリンの第2楽句、コクのあるチェロの経過句など、名人芸が次々に飛び出すと感興が大きく高まってくる。

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グロッケンシュピールが彩る煌びやかなメロディーに、ブラスの3連符リズムがガッシリと喰らい付き、爆音のように打ち込まれる和音打撃や痛烈なシンバルの一撃(173小節)を皮切りに、3連打撃の連続パンチで「これでもか」と畳み掛けるさまは痛快で、シカゴ響の猛者たちを奮い立たせるバレンボイムの“荒ワザ”をとくと堪能させてくれる。


第2部 アレグロ・モデラート
sv0077d.jpgイタリアのカーニバルを思わせる陽気な〈導入旋律〉(180小節)は、天才バレンボイムのキレのあるリズム感覚とアグレッシヴな突進力の独壇場。

第1ヴァイオリンとフルートの躍動の中からオブリガート・ホルンが突如浮かび上がってくる音場は気味が悪いほどで、クラウス・シャイベ(エンジニア)の腕が冴える。

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《イタリア奇想曲》のメインテーマ〈第2部主題〉(練習番号D)は、指揮者が少しねばり腰で歌うところがユニークで、通俗的なメロディーを安直に流さず、ドイツ流儀の拍節をまもったフレージングで捌くあたりは格調の高さを感じさせてくれる。
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〈舟歌主題〉の再現など、まるでブラームスを弾くような深い呼吸のアウフタクトが印象的で、コクのあるフレージングと弓の根元でぐいと弾ききる重心の低い音はバレンボイムの面目が躍如している。


第3部 プレスト
sv0077e.jpgサルタレッロのリズムにのった〈タランテラ舞曲〉(291小節)で、いよいよシカゴ響の猛者たちが「そろそろ行くぜよ」と仕掛けてくる。

「ドカン!」と一発、派手にぶち込む大砲のような一撃が凄まじく、これには仰天する。シンバル、大太鼓、ハープ、タンブリンの打楽器群もくわわって、これを一斉に鳴らしたときの途轍もない衝撃音は、シカゴ響(教)信者ならずとも思わず快哉を叫びたくなること請け合いだ。

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sv0077f.jpg3連打撃で畳み込むキレのあるリズム感と底力のあるパンチ力は、あたかも牛刀で鶏肉を裂くような快感があり、“弦付きブラバン”ならではの曖昧さの介在する余地のない鮮烈な響きが聴き手を圧倒する。

精緻で、しかも筆圧の強い響きは、高精度のデジタル録音によって一段とキレが増し、じつに聴き映えがする。タランテラの連続打撃から勢いよく弦を駆け込ませ、トロンボーンがリテヌートをかけるところの手に汗握る緊迫感は、スリリングの極みといえる。

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「どんな人でも、初めてコンサートでシカゴ交響楽団を聴いたときの衝撃は大きいだろう。車に例えれば、日本や欧州のRVに慣れていたところ、ハンヴィー(6000ccの重力3トンの4輪駆動車)が現れたという感じか。とにかく聴こえてくる音に目ならぬ耳を漲ることになる。それぞれのパートの音が極めて鮮明に聴こえ、しかも力強い。それがベートーヴェンであっても、ブルックナーであっても、これほど様々な楽器が鳴っていたのかと思うほど、多くの楽器の音が聴こえてくる。まさに史上最強のアンサンブルである。」 山田真一著「躍進し続けるキング・オブ・オーケストラ」より、2003年来日公演プログラム)



第4部 アレグロ・モデラート
sv0077g.jpgイタリア民謡〈美しい娘さん〉が総奏となるアレグロ・モデラート(455小節)は、ヴィルトゥオーゾ・オーケストラが持てるパワーをフルに発揮する。

トランペットとタンブリンが鋼のようなリズムを打ち込む迫力は次元を超えたもので、弦楽器、ホルン、木管が朗々と歌う民謡主題は、筋肉の付いたプロレスラーのようなイタリア娘を連想させ、骨格のガッシリした、スケールの大きな音楽だ。
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「南国情緒なんぞ糞食らえ、バレンボイム様のお通りだ!」といわんばかりに、天下のスーパー・オーケストラを不羈奔放に操り、パンチを効かせて爆進するところはやり過ぎの感はあるが、その大言壮語ぶりがゾクゾクするような興奮を煽っている。


第5部 プレスト
sv0077h.jpg〈タランテラ主題〉から突入するピウ・プレスト(549小節)は全管弦楽の総力をあげたシカゴ響の怒号とパワーが全開だ。

急迫的に追い込む2拍子のキレのあるリズム打ち(573小節)はもとより、プレスティシモ(597小節)から一気呵成に突進する仮借のないコーダは、ガソリンを満タンにした重戦車を馬車馬のように駆り立て、圧倒的なエネルギーと究極のダイナミズムをフル稼働する。
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「これでも喰らえ!と言わんばかりの爆発的なとどめの一撃は、シカゴ響が本気で鳴りきった時の威力をまざまざと伝えている。
これはバレンボイムが、巨大な管弦楽による重量級のサウンドで描いた壮大なイタリアの痛快活劇で、ヴィルトゥオーゾ・オーケストラの究極のパワーを知らしめる“爆演マニア”垂涎の一枚だ。


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[ 2016/10/08 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

カラヤン=ウィーンフィルの《白鳥の湖》

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チャイコフスキー/バレエ組曲「白鳥の湖」作品20a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Soloist: Josef Sivo (vn), Emanuel Brabec (vc)
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien (Decca)
Producer: John Culshaw
Engineer:Gordon Parry
Length: 25:38 (Stereo)
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カラヤンは1959年3月から65年にかけて、ウィーンフィルを使って英デッカと一連のレコーディングを行っている。50代の才気煥発なカラヤンが、ウィーンフィルのまろやかな音色を生かしてLP15枚分の管弦楽の名曲を指揮し、これを名物プロデューサーのジョン・カルショウ率いる録音チームが収録した。このウィーフィルとの録音を絶賛する声は多い。

sv0075b.jpg1959年1月、カラヤンはEMIとの専属契約が切れると、ベルリンフィルとグラモフォンで、ウィーンフィルとはデッカでのレコーディングがはじまった。商魂たくましいカラヤンにとってデッカの技術力と、提携するRCAのアメリカ市場が魅力だったのだろう。

おりしも世がステレオの時代に入る絶好のタイミングだった。前年10月にはパリでファッション・モデルをしていた26歳年下のエリエッテとの再婚を果たし、カラヤンが心身共にもっとも活力が漲っていた時期の録音である。
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sv0075c.jpgこの《白鳥の湖》は、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションとなったもので、カラヤンらしいエレガントな歌い回しと、ウィーンフィルの蠱惑的な音色が大きな魅力。

決めどころでゴージャスなサウンドによって聴き手を酔わせる演出の巧さはカラヤンの右に出る者はなく、宝石のように煌めくハープのアルペジオ、トライアングルのつぶ立ち、ブラスの対位などを露骨に強調するデッカの立体的なサウンドが聴き手の耳を刺激する。

このデッカという名称の由来であるが、これがさっぱりわからない。中には「ハテ、どういう意味デッカ?」などと大真面目に書いた文献にまで出くわす始末だが、本当のところはギリシア語のダーカ(10)からとられているらしい。1956年頃にはすでにひそかに2チャンネル・ステレオ録音にも手をつけ、1958年ステレオ時代到来と同時に“Full Frequency Stereophonic Sound”ではなばなしい名のりをあげることになる。この新進気鋭の精神はデッカのポリシーとして伝統化され、名物プロデューサーといわれたモーリス・ローゼンガルテンや、これを継いだジョン・カルショウなどの力も大いに評価されなければなるまい。 出谷啓著『レコードの上手な買い方』より抜粋、音楽之友社、1977年)


sv0075d.jpgここでカラヤンは、フィナーレにおいて組曲版でカットされたオーボエのソロで続く第29曲後半(アレグロ・アジタート)から最後までの〈終曲〉(一部カット)を従来の組曲版(第28曲~第29曲アンダンテまで)に代えて演奏しており、劇性を重視した編曲に拠っている。

おなじウィーンフィルとデジタル録音したレヴァイン盤と聴き比べてみるのも一興だろう。


「カラヤンは彼独特の巧妙な演出で、それぞれの曲の美しさを実に見事に再現している。そのリズム処理や、表情のつけ方のうまさには惚れ惚れとしてしまう。《白鳥の湖》は、全体にいくぶん、ねっとりとしすぎている感じもするが、第2幕の〈情景〉の美しさは格別で、コンサート・スタイルの演奏としては最右翼にあげてよいレコードだ。」 志鳥栄八郎氏による月評より、L25C3027、『レコード芸術』通巻第388号、音楽之友社、1983年)


「精妙なベルリンフィル盤(DG)やニュートラルな響きのフィルハーモニア管盤(EMII)とはひと味異なり、オーケストラの独特の色合いが前面に押し出され、渋みのあるオーボエやメロウなホルン、艶っぽい弦楽セクションなど、ウィーン・フィル特有のサウンドが演奏に華を添えている。デッカの録音チームが、打楽器やチェレスタのバランスを強調気味にしている一方で、十分な推進力が確保されており、魅力的な名演が刻み込まれている。」( 満津岡信育氏による月評より、UCCD9505、『レコード芸術』通巻第689号、音楽之友社、2008年



情景(No.10) モデラート
sv0075e.jpgもの悲しげに歌うウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、ハープのとろけるようなアルペジオが宝石のように彩りを添える録音の見事さにのっけから驚かされてしまう。なみなみと主題を吹き上げるウィンナ・ホルンの力強い響きも圧巻で、2分音符の音の伸びは絶大!

これを歌い返す弦の〈応答のモチーフ〉(26小節)は、“カラヤン節”の独壇場としか言いようがなく、レガートに潤いを込めて、艶っぽく横揺れさせながら歌うメランコリーな味わいは比類がない。

sv0075l.jpgあくまで自然に装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな色気をまき散らすメロディアスな美しさが、俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

弓がしなるような柔らかさで3連音の反復をさばく一方で、悪魔を暗示するトロンボーンの対位を切れのある音で明瞭に強調するところは、カラヤン=カルショウ・コンビの“あざとさ”を感じさせるところで、目を剥いたようにバス・トロンボーンとテューバが吠えかかる筆勢の強さとゴージャスなサウンドに度肝を抜かされてしまう。

「派手な音でカッコ良く決めたいんだけど・・」(カラヤン)
「承知しました、ここは私に任せてください」(カルショウ)



ワルツ(No.2) テンポ・ディ・ヴァルス
sv0075g.jpg舞台は第1幕「王宮の庭園」。村娘たちの踊るワルツの音楽は、オーストリア生まれのカラヤンにとってはお手のもの、エレガントな中にもウィンナ・ワルツ風の小ぶしを効かせた歌わせぶりがユニークだ。  amazon

「ここぞ」とばかりに立ち上がる総奏の力強さもカラヤンの自信に満ちた棒さばきが印象的で、ぴたりと決まったテンポに骨力のあるブラスと打楽器をくわえて、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うさまはカラヤンならではのカッコ良さがある。

トリオ(中間部)は、歌心あふれるカンタービレやニュアンスの豊かさはお任せあれといったカラヤンの手慣れた歌わせぶりが魅力的で、コルネットの独奏を弦の清冽なオブリガートで彩る〈クープレB〉や、そこはかとない哀愁を漂わせる〈クープレC〉も聴きどころだろう。オーケストラを煽ることなく、迷いのないテンポによって、シンフォニックに盛り上げるコーダの手綱さばきも絶妙の一語に尽きよう。
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4羽の白鳥たちの踊り(No.13d) アレグロ・モデラート
sv0075i.jpgファゴットがスタッカートで刻むリズムがぴたりと決まり、みずみずしく躍動する木管のメロディーが聴き手の快感を誘っている。

気品のある弦のスタッカートと絶妙のレガートによって切分音をさばくあたりは、カラヤンの秘術が巧みに配されている。思い切りのよい和音終止も颯爽として、じつに気持ちがいい。 amazon


オデットと王子のパ・ダクシオン(No.13e) アンダンテ
sv0075f.jpg〈グラン・アダージョ〉と呼ばれるパ・ドゥ・ドゥは、目の覚めるようなハープのアルペジオの出現に仰天するが、まるで音符が見えるように聴こえる“虚妄の音場”はまさしくデッカ・マジック! そこから甘美なヴァイオリンがしっとりと導き出される音楽は、蠱惑的な響きでむせるようなロマンが横溢する。

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ここで独奏ヴァイオリンを受けもつのは、ヨーゼフ・シヴォー(33歳)。ウィーンフィル第17代コンサート・マスター(1965~72年在任)として腕を鳴らしたハンガリー出身の名手。

これまで、ボスコフスキー、セドラック、バリリといった名うてのコンサート・マスターがウィーンフィルを支えてきたが、肘を痛めたバリリの後に、カラヤンがウィーン交響楽団からひき抜いたピヒラーの登用に失敗し、高齢のセドラックの引退とともに、1965年にコンサート・マスターに就任したのが、若きワルター・ウェラー(ジュニア)とシヴォーである。ちょうど要のポジションが世代交代を余儀なくされた時期にあった。

NoConcertmasterBorn19591960196119621963196419651966
11Willi Boskovsky1909        
14Fritz Sedlak1909        
15Walter Barylli1921        
--Günter Pichler1940        
16Walter Weller Jr.1939        
17Josef Sivó1931        


sv0075k.jpgこのセッションで、ボスコフスキーに代わって新任のシヴォーが独奏を受け持った経緯は詳らかではないが、ここでは、とろけるようなブィヴラートによって、甘い香りをそこかしこに放つシヴォーの独奏の美しさに超嘆息するばかり。

とろみのある艶をのせた滑らかなフレージングとエレガントな歌い口から悲哀な気分をしっとりと漂わせ、その妖艶ともいえる音色の美しさは、スタリーク(フィストラーリ盤)と双璧だろう。

チェロ独奏が加わる75小節も聴きどころだ。リヒャルト・クロチャクとともに、ウィーンフィル史上最高のチェリストと謳われた名手・ブラベッツが、たおやかに、温もりのあるフレージングによって詩的な情緒を訥々と紡ぎ出す。
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シヴォーのすすり泣くようなオブリガートと協調しながら、肉感のある音で深みのある表情を入念に織り込んでゆくところがたまらない魅力で、まさに空前絶美のデュエットといえる。[コーダは組曲版を使用]


ハンガリーの踊り(No.20) チャルダーシュ モデラート・アッサイ
sv0075h.jpg5曲のディヴェルティスマンの中でも最も華やぎのある舞曲がチャルダーシュだ。思わせぶりな表情によって抜き足差し足で奏でる〈序奏〉〈ラッサン〉いやらしい立ち回りは、高い地位と美しい女性を虎視眈々と狙うカラヤンの臭気がムンムンとたちこめる。

ヴィヴァーチェに転ずる〈フリスカ〉は、「待ってました」とばかりに颯爽としたテンポによる身のこなしは、いかにもカラヤン流。
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「ガシッ!」と決める総奏の力強い打撃や流れるような木管の妙技にも目を見張るが、「これでもか」と、いささかも加速の手をゆるめぬカラヤンの職人的な手綱さばきと、寸分の狂いもなくこれに反応するウィーンフィルの名人的な合奏能力に舌を巻く!


情景・終曲(No.29) アレグロ・アジタート [練習番号19から最後まで]
sv0075j.jpg儚げに悲しみの波間をたゆたうウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、横揺れをともなうシンコペーション・リズムを配して、聴き手を誘い込むカラヤンの巧妙な手口に思わず「上手い!」と膝を打ちたくなるが、圧巻は力強く盛り上がるモデラート・マエストーソ

冴えたコルネットのメロディーにティンパニが硬い音で叩き込まれ、骨のあるブラスの対位が嵐のように吹きすさぶ音場の鮮烈さは、フィナーレにふさわしいゴージャスな展開。「ここぞ」とばかりに奏する〈応答モチーフ〉は、ウィーンフィルの甘美な弦が最大限に威力を発揮する。

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名器にやわらかなレガートをかけて聴き手を陶酔させる手口はカラヤンの秘術といってよく、みずみずしくも濡れたような感触は涙もの。トロンボーンが〈悪魔の断末魔〉の対位を強調するところのアゴーギクも絶妙で、美麗さと力強さが渾然一体となった〈愛の勝利の歌〉によって、劇的なフィナーレを演出する。

sv0075m.jpg [23小節カット] ハープの伴奏がくわわるモデラートの終結部(アポテーズ)はじつに感動的で、大きく吹き上げるホルンと豪放な和音打撃が、未来へ向かって大きく羽ばたこうとするカラヤンの精気の迸りを伝えてあますところがない。

名器ウィーンフィルの甘美な音をデッカの名録音が克明に刻んだ出色の一枚だ。


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[ 2016/09/10 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

アーベントロートのチャイコフスキー〈悲愴〉

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
ヘルマン・アーベントロート指揮
ライプツィヒ放送交響楽団
Level: Deutsche Schallplatten
Disc: KICC705 (2008/8)
Recording: 1952.1.28 Leipzig 放送局スタジオ
Length: 47:54 (Mono)
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1974年にアーベントロートの一連の放送録音をおさめたモノーラルLP(全19巻27曲)が、「エテルナ」という東ドイツのレーベルから発売されたとき、音楽ファンの大きな反響を呼んだのをご記憶の方はいらっしゃるだろうか。音楽マニアを自認していた友人たちが、発売されたばかりのレコードを熱く語っていたが、その中から友人の一人が貸してくれたレコードがチャイコフスキーの《悲愴》だった。

sv0066c.jpg名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を10年以上率いて黄金時代を築いたアーベントロートは、戦後も東ドイツにとどまったために幻の存在だったが、ドイツの中でも極めて個性的な指揮者として知られていた。

これらの放送録音は、フルトヴェングラーを髣髴させる表現主義的なテンポの変転と、怒涛のごとく荒れ狂う巨匠の姿を生々しく伝えたもので、その豪快な芸風がわが国の音楽ファンを熱狂させた。


sv0066i.jpgジャケットから取り出したレコードの真っ黒なレーベルと細長い小冊子の解説書が、大手レーベルとは違った雰囲気を伝えていたが、モノーラル録音ながら音像のしっかりした、太くやわらかな音にも驚いた。

いま、同じ演奏をCD(徳間)で聴くと、鮮明だが骨と皮だけの固い痩せた音になってしまったのが残念で、第3楽章の気魄に充ちて荒れ狂う生々しいまでの迫力は、LPでしか絶対に味わえないものである。

演奏はフルトヴェングラーやメンゲルベルクをさらにスケールを大きくしたような演奏で、テンポ・ルバートを多用したロマンティックな表現と、骨の太い男性的な力強さは比類がない。

第3楽章の行進曲が再現する場面で見せる“必殺の大芝居”が聴き手の興奮を誘ってやまず、怒濤の勢いで荒れ狂うコーダの燃焼ぶりも冠絶している。身を切るような痛切さで歌いぬくラメントーソは慟哭がきわまった感があろう。

「1952年の放送録音で、LPで耳にしたときは音の良さにびっくりしたものだが、CD化されて迫力が減じ、音色が硬くなってしまったのが残念だ。それでも同曲ディスク中、ムラヴィンスキー、メンゲルベルク、フリッチャイに並ぶ名演であり、とくに第3楽章は他の追随を許さない。これ以上、彫りの深い、有機的な、細部まで音楽が生きた演奏はない。リズムは地の底まで抉られ、各楽器はそれぞれの意味をもって登場し、ティンパニの轟きとテンポの雄弁な動かし方は凄絶の限りを尽くす。両端楽章は個性的すぎるほど個性的で、極端なスロー・テンポやその変転を嫌う人もいようが、それでも第1楽章展開部のドラマは最高である。」 『クラシック名盤大全・交響曲編』より宇野功芳氏による、TKCC15061、音楽之友社、1998年)


「第1楽章主部から、きわめて遅いテンポをとり、その後も頻繁にテンポを動かしながら、主情的でロマンティックな表現が貫かれているのが特徴だ。第2楽章における巧みな歌い口とリズミックな進行の対比をはじめ、第3楽章の283小節から大見得を切るなど、指揮者の名人芸が随所で炸裂。終楽章における詠嘆も、底なしに深い。ティンパニの強打もまことに印象的である。ただし、放送用の一発録りであるために、オーケストラのミスが記録されている点が気になるという方もいらっしゃるかもしれない。」 満津岡信育氏による月評より、KICC705、『レコード芸術』通巻第697号、音楽之友社、2008年)



第1楽章 アダージオ、アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0066b.jpg主部のおそいテンポに仰天するが、メゾ・フォルテの意味深いヴィオラの暗い音色や、総奏(67小節)で絞り出すブラスの鈍い音は、当時の東ドイツの楽団に備わった“燻し銀”の響きといえる。

アンダンテの第2主題(89小節)も巨匠は悠然と歌いぬく。濃厚なテンポ・ルバートによってむせるような浪漫を紡いでゆくところは、メンゲルベルク(1937年盤)と比べてもめっぽう遅く、纏綿と悲しみを綴るフリッチャイ盤や、フルトヴェングラー、朝比奈といったレトロな大家に次ぐテンポの遅さである。

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ConductorDateSource1-mov.2-mov.3-mov.4-mov.Total
Mengelberg1937OPK201117:0907:5808:3008:2642:03
Furtwängler1951POCG234819:4209:1709:4709:4048:26
Abendroth1952KICC70519:0008:4709:0011:0747:54
Fricsay1959POCG195721:2009:2008:5511:0350:38
Asahina1982KICC361620:0208:2409:2711:4349:36


第2主題の再現(130小節)は、「ここぞ」とばがりに東ドイツの楽団がポルタメントをかけて歌いぬく。巨匠は情に溺れることなく、引き締まった筋金入りのフレージングによって、ぴんと張り詰めたような緊迫感を漲らせている。過剰なアクセントをつけてアンサンブルに綻びが生じることにも臆することなく、雄渾な歌い口によって甘美なメロディーから“男のロマン”を感じさせてくれるあたりは、まさしく大家の音楽である。

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sv0066d.jpg全管弦楽の怒号で宣言する展開部(アレグロ・ヴィーヴォ)は、「ガツン」とくる固い一撃によって、東ドイツの巨匠が本領を剥き出しにして荒れ狂う。

ガチンコ勝負で挑む巨匠のなりふりかまわぬ棒さばきが痛快で、吐き捨てるように第2主題を打ち込む鈍いトランペット、ロシア正教のパニヒーダを奏する暗鬱なトロンボーンのコラール(201小節)、固い撥で芯のある音を叩き込むティンパニなど、古色蒼然とした燻し銀のサウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。

小休止の後に大きくテンポを落とす第1主題(229小節)や、強烈な金管で抉りぬく破局的なクライマックスなど、随所に繰り出す巨匠の必殺技に興奮させられるが、圧巻はトロンボーンとテューバが第1主題をマルカートで強奏する285小節。ブラスが憤怒の勢いで吹きぬく場面は、血のたぎりを感じさせてくれる凄絶な“男の闘い”だ。アンダンテ・モッソ(305小節)の再現部もすこぶるドラマチックで、金管が獅子吼して高潮する頂点は“熱い男の心意気”を感じさせる巨匠の姿を刻印したものといえる。


第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0066e.jpg5拍子のワルツは大きくゆたかな歌が溢れんばかり。チェロのおおらかな歌い口の中に筋の通った力強さを秘め、雄々しさをも見せている。第2楽句の線の太いフレージングも印象的で、テンポを遅くした中間部の情のこもった素朴な歌い口もたまらない魅力である。  KICC701

82小節から木管に主要動機がもどってくると、序々にテンポを落としながら2つの動機を交錯させる手口が心憎く、おづおづと主部へ回帰するところのテンポの落とし方や、ピッツィカートで主部(96小節)に戻った時に溢れ出る懐かしさといったら!

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第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ[スケルツォと行進曲]
sv0066f.jpgスケルツォ主題をインテンポで威風堂々と突き進むところは、古き良き時代のカペルマイスターの面影を偲ばせるが、豪快にタタキき込むマルカートの行進モチーフ(45小節)、ティンパニの猛烈なクレッシェンド(56小節)、「ぐい」と押しの一手で駆け上がる頂点でぶち込む大太鼓(69小節)など、前半から早くも炸裂する巨匠の“力ワザ”にゾクゾクしてしまう。  KICC702



sv0066j.jpg行進曲(71小節)は力の限り叩き込まれる固いティンパニのリズムにのって、鋼のように突き進む。燻し銀の楽団が打ち鍛えられた“鉄の塊”となって、獅子奮迅の勢いで行進するさまは聴く者を奮い立たせるような気魄がみなぎっている。

「バリッ」と打ち込むトロンボーンの強いリズム(129小節)や、落雷のように叩きつけるティンパニ(194小節)の最強打など「これでもか」と繰り出す巨匠の豪放な荒ワザに腰を抜かしてしまう。

「スケルツォはなお凄い。ここはメンゲルベルクが落ちるのでムラヴィンスキーとの勝負になるが、僕はアーベントロートの方をより好む。彼は283小節に至るまで完全なイン・テンポで進めてゆく。気迫がきっぱりしたリズムや速めのテンポに表れているが、聴く者を戦慄されるのは音を割ったトロンボーンのアクセントであり、阿修羅のようなティンパニの最強打である! マイクは必ずしもティンパニに近くはない。にも拘らず、そのような物理的な条件を乗り越えて、恐怖のクレッシェンドを見せ、地の底まで届けとばかりデモーニッシュに轟き渡る。194~5小節や274小節以降など、まさにこうでなければならぬ!」 宇野功芳氏によるライナーノートより、 TKCC-15061、徳間ジャパン・コミュニケーションズ、1989年)


sv0066g.jpg劇的なドラマはトロンボーンとトランペットがマーチの断片を打ち合い、これが2分音符のファンファーレとなる280小節にやってくる。ここで巨匠は大見得をきるように大減速して行進曲へ突き進む。

レトロな巨匠らしい一発必中の“大ワザ”に快哉を叫びたくなるが、中でもアーベントロートは減速感が著しく、281小節の頭から早くもテンポを落とすところが個性的だ(280小節頭でトランペットが外れるオマケ付き)。

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全楽員が一丸となって息もつかせぬラストスパートを展開するコーダ(301小節)もすさまじい。シンバルの「チョイーン!」(ちょっと早い)を皮切りに、なりふり構わずオーケストラをあおって暴れる熱血ぶりはフルベン以上といってよく、その息づまる加速に酔ってしまいそうになる。裏拍で打ち込むトロンボーンが勇み足で飛び出すなんづぁご愛敬、鉄の塊と化した燻し銀の楽団“熱き血”を注ぎ込み、攻めの一手で押し切った東ドイツの巨匠の渾身のマーチといえる。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0066h.jpgテンポの遅さはフリッチャイ盤と双璧で、ホルンの切分音にのせたアンダンテの第2主題は過剰に高ぶらず、奏者全員が心を込めて、哀切の調べを腹の底から歌いぬく。

当時の東ドイツの楽団の特徴と思われる管弦の暗い響きも独特で、音楽はつよい筆致によって、音量ゆたかに鳴り響く。ピウモッソの頂点で骨の太いブラスが身を切るような痛切さで、がっしりと喰らいつくように打ちぬいている。

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アンダンテ(126小節)主題を悲痛にあえぐように減速をかけていくところはアーベントロートの面目躍如たるところで、暗鬱なブラスの四重奏が鉛の足枷を付けて地を這うように奏する〈死のコラール〉(137小節)も大きな聴きどころだろう。コーダの寒々と鳴り響く分厚い弦は絶望感にうちひしぐ慟哭の調べといってよく、ドイツ正統の味を伝えてくれる必聴の一枚だ。


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[ 2016/04/23 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ドラティの歌劇〈エウゲニ・オネーギン〉ワルツとポロネーズ

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チャイコフスキー/歌劇「エウゲニ・オネーギン」作品24
からワルツとポロネーズ
アンタル・ドラティ指揮
ミネアポリス交響楽団
Recording: 1959.12 Northrop Auditorium, Minneapolis
Producer: Wilma Cozart (Mercury)
Sound Engineer: C.Robert Fine
Length: 10:26 (Stereo)  UCCP7063


“You are there”謳い文句で名高いマーキュリーのリビング・プレゼンス・シリーズは、その場に居合わせるような臨場感を再現した高音質の録音として知られている。リビング・プレゼンス(生き生きとした存在感)とは、ニューヨーク・タイムズ紙のタウブマンの“賞賛の言葉”に許諾を得て、同社のスローガンとなったものだ。
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3本の無指向性の高性能マイクをオーケストラ前面に吊り下げ、補助マイク、リミッター、ブースター、イコライザーを使用せずに、35ミリ・マグネティック・フィルムにおさめたマーキュリー録音は、広いダイミックレンジ、楽器の遠近感、空間の拡がりを現出して一世を風靡した。

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「マーキュリーのCDは一番最後に聴くこと。その後では、どんな録音も色あせてしまうから」という言葉は欧米での常套句となり、「気味の悪いほどの実在感で楽器が浮かび上がり、そのはるか後方にステージ後壁面が現れる。」 田中成和・船木文宏編『200CDクラシックの名録音』より嶋護氏による、立風書房、1998年)



sv0063c.jpgリビング・プレゼンス・シリーズの復刻盤の中でもピカいちの存在が、チャイコフスキーの管弦楽作品をおさめた一枚だ。
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ブロンズ・カノン砲と鐘の実音入りの大序曲《1812年》がとくに有名だが、演奏の質の高さではこれに勝るとも劣らないのが同アルバムの最後におかれた《エウゲニ・オネーギン》のワルツとポロネーズ。筆者がCDを指揮する時に決まって手が伸びる勝負曲。

sv0063d.jpgここではオーケストラ・ビルダーとして卓越した手腕を発揮したドラティが、職人芸ともいえる妙技を存分に披露し、華麗な管弦楽を心ゆくまで堪能させてくれる。

何よりもすばらしいのが決して一流ではなかったミネアポリス響(現ミネソタ響)のパフォーマンスで、ピシッと整った緻密なアンサンブルはもとより、きびきびとしたリズム感冴えた管弦楽が耳の快感を誘っている。

「ドラティは、その実力の割にはオーケストラに“恵まれなかった”指揮者である。晩年になってようやくヨーロッパのメジャーなオーケストラとの録音もいくつか残してはいるが、数は決して多くはない。にもかかわらず、今なお名指揮者としてその名をファンの間にクッキリと印象づけている。最近大量にCD化された、50~60年代のマーキュリー録音は、ロンドン響、ミネアポリス響といった、当時まだ発展途上にあったオーケストラから、いずれも切れる如く、はじける如き生気に満ちた音を引き出していて、その資質を余すところなく伝えている。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)



〈ワルツ〉テンポ・ディ・ヴァルス
sv0063f.jpg歌劇《エウゲニ・オネーギン》は、プーシキンの同名作品をもとしたロシア・オペラの最高傑作。ここでは、田舎の領主の娘タチアーナと、その妹オリガの婚約者の友人で、ニヒルな厭世主義者オネーギンとの恋が抒情的に描かれている。

物語は全22曲のナンバーから構成され、第13番ワルツは第2幕の幕開きに、第19番ポロネーズは第3幕第1場冒頭の夜会の場面で演奏される名曲だ。

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ティンパニのトレモロから開始するワルツは優美さと躍動美を併せ持った職人ドラティにうってつけの音楽で、序奏部の木管の断片と、弦の精密なスタッカートの刻みから「行くぜよ」という予感めいたものを感じさせてくれる。ぴちぴちとはじけ飛ぶような管弦のリズム打ちと呼び交わしが気分を大きく高めている。 [幕があがる]

sv0063g.jpg舞台は1820年代のペテルブルク。タチアーナの命名祝日に招かれた大勢の客たちが、ラーリン家の大広間で催された舞踏会に集まっている。

弦の優雅なフレージングによって晴朗に歌うワルツ1(73小節)は、あたかも舞台の情景が目の前にあらわれるかのようで、木管が吹奏するワルツ2(94小節)の軽やかさがすこぶる心地よい。ワルツ3(127小節)ではブラスがくわわり、トロンボーンの和音ががっつりと噛み合わされるとオーケストラは聴き応え充分。   TOWER RECORDS  amazon

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sv0063k.jpgワルツ主題は7度反復されるが、作曲者は5つの短いエピソードを挿入する。ワルツの変形とリズムを組み合わせたエピソード1狩りの情景を連想させる管のきっぱりとした打ち込みと弦の緩やかな応答を繰り返すエピソード2は、力瘤のないみずみずしい管弦の冴えた響きが魅力的。

弦のメロディーにピッコロとフルートが装飾を付けるエピソード3も聴き逃せない。ラプソディックに揺さぶりをかける濃厚な歌わせぶりが感興を高めている。

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sv0063h.jpg弱音で第1ヴァイオリンが奏するワルツ4(207小節)でオネーギンが登場。アナーキーを装いながら、じつは俗世の会話に興味津々。年輩のご婦人たちのそばをわざとゆっくり歩きながら、噂話に聞き耳を立てる。冴えたピッコロとフルートがご婦人たちのお喋りをあらわすワルツ5(259小節)も印象的だ。

「あの男、とんだ不作法者で、礼儀をわきまえない変わり者よ。赤ワインをコップで飲むなんてねぇ、ターニャがかわいそう。」  TOWER RECORDS  amazon

エピソード5(274小節)はタチアーナの妹オルガとその婚約者レンスキーが登場。オルガの気をひいてからかうオネーギンとのやりとりが描かれる。爽やかなワルツの変形モチーフを、チェロのカノンや対旋律で輪郭をくっきりと際立たせるところもドラティのきめ細かな職人ワザで、ステレオの明瞭度と分離感は抜群である! 

sv0063j.jpg舞踏会はいよいよい佳境にはいり、序奏部の刻みが出るとワルツ6が鮮やかに再現する。フィナーレのワルツ7は、ブラスのリズムに力感をくわえて弾むところが心地よく、コーダでは満を持してブラスを解放させて華麗なファンファーレが炸裂! 

ツボを心得たドラティならではのみずみずしいリズム打ちと、そこからから繰り出す精気溌剌としたステップで華やかな宴を締め括っている。ドラティ=ミネアポリスや恐るべし!  TOWER RECORDS  amazon



〈ポロネーズ〉モデラート、テンポ・ディ・ポラッカ
sv0063i.jpgドラティ=ミネアポリス響の底知れぬ実力を知らしめるのが、ポロネーズだ。舞台はグレーミン公爵邸の絢爛たる大広間。夜会のはじまりを告げる壮麗なファンファーレは、今やタチアーナが公爵夫人の地位を得たことを象徴する。

強烈な和音を叩きつけ、弦が力強く駆け上がる逞しさはこのコンビ定番のスタイルといえる。「ぐい」と力で押しきるドラティのポロネーズ・リズムは筋金入りで、付点音符が連続する切分音リズムを鍛え抜かれたフレージングによって力強くさばいてゆく。  TOWER RECORDS  amazon

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「ドラティはオーケストラから聴きたい“音”が引き出せるまでに鍛え上げるそのウデの確かさもさることながら、どんな種類の音楽でも的確にその核心を捉え、よけいな飾り立てをせずストレートにそれを引き出すことのできる、きわめてシャープな音楽センスに支えられていた。それはいわば“即音的”であるが故に、“職人的な技のキレ”に近い耐時性を備えていたのかも知れない。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)


sv0063l.jpg軽い転調で変化をつける第2楽句(31小節)は、装飾音符の付いた3連音をハネあげる弦の切れ味が抜群で、シャッキリと弾みをつけたボウイング杭を打ち込むような管の強いアクセントが痛快である。徹底したトレーニングを重ねて楽団を鍛え上げた職人ドラティの面目躍如といえる。

中間部(61小節)は木管の清々しいアンサンブルが興をそそるが、大きな聴きどころはスラヴの哀感をたっぷりと漂わせるファゴットとチェロが奏でるユニゾン主題
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哀調を帯びたメロディーに、暗い影をしのばせるドラティの手口が心憎く、ツボをおさえたようにラプソディックに揺れる歌わせぶりに酔ってしまいそうになる。

sv0063e.jpgファンファーレのきっぱりとしたリズムが帰ってきて、ティンパニと弦が気持ちのよい応答を繰り返すとポロネーズ主題が再現するが、最強奏のクライマックス(124小節)でドラティは熱くなり過ぎない。実直にインテンポをまもって楷書風に弾きぬくタッチが特徴的で、型にはめた“紋切り調スタイル”がある種の快感となっている。

コーダは緊密なリズムにいささかの狂いも生じぬドラティの卓越した棒さばきに驚嘆させられるが、とどめにトロンボーンを「バリッ」とぶち込むスパイスも忘れない。

「ニヤリ」と不気味に笑む“仕事師”ドラティの顔が思わず目に浮かんでくる。ドラティ=ミネアポリス響の骨の太い管弦楽と職人的な名人芸を堪能させてくれる一枚だ。


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[ 2016/03/05 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フェドセーエフの《マンフレッド》交響曲 原典版

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チャイコフスキー/交響曲《マンフレッド》ロ短調 作品58
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮
チャイコフスキー記念モスクワ放送交響楽団
Recording: 2006.12.24 Tchaikovsky's Conservatory
Sound Director: Vadim Ivanov (Warner)
Sound Engineer: Vitaly Ivanov
Length: 49:04 (Live Recording, Moscow)
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《マンフレッド》交響曲は、バイロンの長編叙事詩に基づく4場の標題音楽で、ベルリオーズに断られたバラキレフがチャイコフスキーに作曲を持ちかけた超大作。〈マンフレッド主題〉の固定楽想〈悲劇のモチーフ〉の副次主題を中心に、パストラール、地下宮殿の饗宴、亡き恋人の亡霊を配したプログラムは、《幻想交響曲》のロシア版といえる。

sv0047c.jpg「マンフレッドのために寿命が1年縮んだ」という力作にもかかわらず、のちに作曲者が「不出来な終楽章を破棄して交響詩を作り直すつもりです」と知人の手紙の中で語っているように冗長で未整理の部分が多いとされるが、じっくり聴いてみると魅力的な名旋律が随所に散りばめられた、三大交響曲に劣らぬ名曲であることがわかる。

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じつは、この曲には2つのバージョンがあり、われわれが通常耳にする演奏は“改訂版”で、終楽章コーダにハーモニウム(ペダル式オルガン)を加えたコラールが奏され(低音部には“怒りの日”が仕込まれている)、マンフレッドの苦悩にみちた生涯の終焉と魂の救済が描かれている。オイレンブルクの分厚いスコアもこれに準拠したものだ。
マンフレッド交響曲 作品58 (オイレンブルク・スコア)

sv0047f.jpgこれに対し、クリンのチャイコフスキー博物館で発見された草稿を基にした“原典版”は、終楽章を大幅にカットし、マンフレッドの死と救済のフィナーレに替えて第1楽章の終結部(アンダンテ・コン・ドゥオロ)を繰返して悲劇で完結する。
この短縮バージョンは、スヴェトラーノフやフェドセーエフなどで聴くことが出来るが、フェドセーエフは原典版の当盤のほかに改訂版(救済のコーダ)にカットを施したレリーフ盤と、大阪フィルの定期公演に客演した原典版での演奏記録を以下にくわえた。

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No.ConductorDateSource1-mov.2-mov.3-mov.4-mov.Total
Svetranov1985Dreamlife16:498:5611:59.11:2849:12
Fedoseyev1999Relief13:3710:2110:40.13:4948:27
Fedoseyev2006.12.24Warner14:5611:3611:27.11:0449:04
Fedoseyev2013.5.24Concert15:3511:1711:53.9:4048:25

「これは、クリンのチャイコフスキー博物館にある草稿による版で、第4楽章中間部が大幅にカットされ、さらに終結部は第1楽章の終結部へD.S.のように戻って、全く同じ音楽で終わっている。通常“原典版”などと呼ばれているが、単なる異稿なのか改訂版なのか、或いは決定稿なのか、現時点で筆者は確認できていない。ただ、チャイコフスキー自身の手紙などから想像するに、長すぎるこの曲を短くカットしたかった意志はあったので、清書譜に演奏指示を後から本人が書き込んだ楽譜である可能性が高い。」 一柳富美子氏によるライナーノートより、ドリームライフ)


民族音楽団出身の指揮者フェドセーエフにしてみれば、この作品の中間楽章に頻出する民謡主題や幻想的なモチーフは舌なめずりしたくなるような格好の素材であり、ここでは悲劇の主人公マンフレッドの物語を豪華絢爛な一大絵巻物として民族色ゆたかに、ドラマチックに描き出している。

第1楽章「アルプスの山中を彷徨うマンフレッド」
 レント・ルグーブレ

sv0047g.jpg肉感のあるバス・クラリネット&ファゴットの陰鬱な〈マンフレッド主題〉(固定楽想)と、ザクザクと削る弦のリズム打ちから悲劇の重みが「ずしり」と伝わってくる。

〈悲劇のモチーフ〉(14、51小節)のコクのある歌わせぶりや、大太鼓の一撃とティンパニの強打が腹にしっかりと響いている。特筆すべきは低音弦の分厚い響きで、ヴィオラとファゴットが3連音で韋駄天のように突っ走る展開はゾクゾクするような興奮を誘っている。

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頂点のピウ・モッソ(80小節)は管弦の嵐が吹き荒れる。「これでもか」と叩き込む苛烈な打楽器群、疾風怒濤の勢いで上昇する弦、猛獣の大咆吼のごとく〈マンフレッド主題〉を発射するブラス群の全強奏が大きな聴きどころで、全管による3連音ユニゾンの強烈な“とどめ打ち”と、“マンフレッド・ファンファーレ”(ショスタコーヴィチが交響曲第8番で引用)が炸裂する手に汗握る展開は、野性味溢れる“ロシアン・サウンド”が全開である!

sv0047h.jpg第1主題部(111小節)は苦悩にみちた主人公の焦燥が、ゆったりと大河の波のように揺れながら、太いタッチで描き出されてゆく。独奏ホルンの孤独なモチーフ(119小節)や、ヴィオラの対旋律を伴った木管が、主題の断片を秘めやかに歌い継ぐ情景描写の巧みさもフェドセーフの面目躍如たるところだ。

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第2主題部アンダンテ(171小節)は、亡き恋人アスタルテが回想されるロマンティックな音楽だ。弱音器を付けた弦によって、大仰なテンポ・ルバートで歌い出される〈アスタルテ主題〉は、いかにもチャイコフスキーらしいムード音楽調の甘美な旋律で、メロドラマのような老巨匠の歌わせぶりに心ゆくまで酔わせてくれる。
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sv0047i.jpg第2句のラルゴ主題も音楽がすこぶる濃厚だ。ヴィオラとチェロのさざ波にのったバス・クラリネットの独奏が在りし日の恋人を追想するように、甘酸っぱい感傷を交えながら根太い音でたゆたうところはコクがあり(203小節)、〈愛の告白の主題〉で高揚する甘美で濃密な音楽に身も心もとろけてしまいそうになる。

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ハープのアルペジオを「ボロリン」と絡め、大きなフェルマータで絶頂を極めるクライマックス(267小節)が最高の聴きどころで、「ここぞ」とばかりに美麗の限りを尽くして歌い込む老練指揮者の手練手管に大拍手! 主人公が呵責に苦しみながら、ヴィオラの仄暗い響きで絶望の淵へと墜ちてゆく劇的効果も抜群である。

コーダ(289小節)は、〈マンフレッド主題〉の名旋律が苦痛に喘ぐように再現する。この曲の“ツボ”であるトロンボーンの合いの手をロシア風にヴィブラートを効かせ、喨々と吹奏するところが耳に刺激的で、マルカーティシモで吹きぬくアルペン・ホルンの強奏や、苛烈に叩き込むシンバルと大太鼓の大音響もすさまじく、大雪崩のような終止で決めている。


第2楽章「アルプスの山の霊」スケルツォ ヴィヴァーチェ・コン・スピリト
sv0047m.jpgメンデルスゾーン『真夏の夜の夢』を思わせる〈妖精のモチーフ〉は、木管のスタッカートとハープを絡めた目まぐるしいかけ合いが聴きどころだ。

滝の飛沫が生み出す虹の中から妖精が現れる情景をフェドセーエフは遅いテンポで実直かつ克明に描写するが、これが次第に民芸品的な味わいが出てくるあたりが、民族音楽団出身の指揮者らしい。

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トリオ(中間部)は、南国を思わせる“甘美なメロディ”をゆったりと、変幻自在に歌い回すフェドセーエフの独壇場。まったりと揺れるクラリネット、フルート、ファゴットが変奏風に歌い継ぐカンタービレの味わい深さは格別で、亡き恋人アスタルテ(ハープ)が山の神ネメシスの神通力によって姿を現す幻想的な場面が、美麗の限りを尽くしてロマンティックに歌い出されてゆく。
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sv0047n.jpgホルンの朗らかなリズム打ちにのってギャロップ調で駆けめぐる第4変奏や、打楽器を加えた総奏の第5変奏でトリオ主題を高らかに歌い上げる頂点は、主人公が青春を謳歌するような歓びに溢れんばかり。

アスタルテの幻影が消え去ると突如、ティンパニの痛烈な連打で暗転させ、悲劇の〈マンフレッド主題〉(334小節)が再現する場面は、現実を突きつけられ、絶望の淵へと引き戻される主人公の慟哭が生々しく伝わってくる。

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第3楽章「パストラーレ 素朴で自由、平安な山人の生活」
 アンダンテ・コン・モート

sv0047j.jpg付点8分音符のヨーデルを紡ぐオーボエの素朴な〈パストラーレ主題〉は、ヨーロッパ風の牧歌というよりは、ロシアの幻想的な情景が浮かび上がってくる。

オクターヴ上げた総奏で情熱的に盛り上がる頂点(215小節)や、コクのあるカンタービレで大きく高揚するクライマックス(225小節)は、フェドセーエフの劇的でスケール感溢れる歌い込みが大きな聴きどころ。

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〈悲劇のモチーフ〉を変奏した重厚な総奏(75小節)も聴き逃せない。がっつりと喰らいつくような弦のアインザッツと、暴れ馬にのって広大な大地を突っ走るようなダイナミックなサウンドが炸裂する。〈マンフレッド主題〉が厳めしく立ち上がるトランペットの強奏(152小節)は、悲劇性をえぐり出すアプローチが圧巻で、ずぶずぶと大音量を注ぎ込む低音弦もすさまじい。死刑宣告を告げる鐘の音とホルンの不気味なモノローグが、来るマンフレッドの悲劇を暗示している。


第4楽章「アルプスの山神アリマネスの地下宮殿」
 アレグロ・コン・フォーコ

sv0047k.jpg山霊たちが狂踏乱舞する〈山霊主題〉は、大砲のような豪打をぶちかます打楽器群に仰天するが、オーケストラが本気モードで音を出す〈山霊主題〉の展開(49小節)からが聴きどころだ。
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トロンボーンとトランペットによる主題の打ち合いを皮切りに、喨々としたホルンの呼応やタンバリンとシンバルの派手な打ち込みからして、いかにも民族音楽のスペシャリストらしく、フェドセーフがその本領をいかんなく発揮する。

いよいよ宴もたけなわ、酒神が酔った勢いで乱舞を繰り広げる〈バッカス主題〉(80小節)も聴きどころだ。ラプソディックによろめく歌と、「ひょッ!」と3拍目の裏打ちを重ねる木管の合いの手が気分を大きく高めている。酒神が一升瓶を片手に千鳥足でふらつくような第2句(88小節)や、スターウォーズ『エピソードⅠ』の音楽を思わせる急迫的なバッカス変奏(104小節)など老練のロシア人指揮者がやりたい放題、楽想の変転を巧みにさばいてゆく。
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sv0047l.jpg圧巻はバッカスの大総奏で、山霊たちが羽目を外した乱痴気騒ぎの頂点(123小節)の打楽器群の叩き込みがすさまじく、「これがやりたかった」とばかりに大太鼓を特大のバチで「ドカン」と叩き込む衝撃感に快哉を叫びたくなってしまう。銅鑼の一撃とともにバス・トロンボーン&テューバが「ここぞ」とばかりに〈バッカス主題〉を奏する場面(134小節)もヴィルトゥオーゾ楽団ならではのブラスの醍醐味を堪能させてくれる。

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乱舞が静まると和音的な第2部レント(161小節)となる。〈悲劇のモチーフ〉がぶ厚いサウンドで再現して悲劇を予示するが、木管がつぶやくように残って小休止。ここで本来ならば、テンポ・プリモ(206小節)から山霊たちのフーガによって宴が再開するのだが、当盤ではマンフレッドが登場する第4部の冒頭までを削除して、アスタルテの霊を呼び出す303小節から演奏する。ここで4種の演奏のカット位置を確認しておこう。

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解説には「原典版」とことわっている①のスヴェトラーノフ盤(ドリームライフ)は、レント(Ⅱ)全てとテンポ・プリモのフーガ(Ⅲ)の一部を削除して、山霊たちの饗宴の前半と後半を頂点(258小節)で接続する方法で短縮しているが、これは美味しいとこ取りしたアイデア倒れにほかならず、音楽的にも違和感が付き纏う。

②のフェドセーエフ旧盤(レリーフ)は、改訂版のコーダを採用するも、山霊たちのフーガから始まる宴の後半(Ⅲ)とマンフレッドの登場(Ⅳ)をカットして、アスタルテの亡霊が現れる303小節から最後までを演奏している。これも物語としては中途半端で、一歩譲ってもカットは(Ⅲ)のみとするのが妥当だろう。

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奇妙なのが③当盤(ワーナー)で、206小節からカットするのは旧盤と同様だが、何故かアスタルテを呼び出す場面を320小節でやめてしまい、アスタルテが姿を見せないばかりかマンフレッドが許しを請う場面まで省いてしまい、いきなり死の宣告によって第1楽章コーダへ直行する。これではアスタルテの呪いによる地獄落ちにならないか。
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sv0047p.jpg大フィル公演④は、それも面倒とばかりに(Ⅲ)(Ⅳ)をまるごとカット。宴をそそくさと切り上げて、マンフレッドもアスタルテも登場することなく第1楽章コーダへ接続する改変で、宴会に悲劇の結末を付け足しただけのもの。

つまり、“原典版”と銘打っても第1楽章コーダに至るまでのカットが各人各様で、その実体が不明なのだ。ロシアでは第1楽章コーダさえ繰り返せば、あとは個人の趣味で好き勝手にカットした改変を“原典版”とよんでいるのでは、と勘ぐりたくなる。

コーダは悲劇性がさらに強調されて、劇的な音楽がとめどもない勢いで進行する。同じ音楽の反復だがアプローチが第1楽章とは異なり、引きずるような重いリズム、身をよじるように嘆く弦、嗚咽に顔を歪め、のたうち回るような慟哭の音楽がつよい緊迫感で貫かれている。音価は最大限に引き伸ばされ、ことにピウ・アニマートからの遅いテンポに仰天するが、金管奏者が粘りに粘って極限まで音を絞り出しているのがすごい。

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sv0047e.jpg3連リズムに変形した〈マンフレッド主題〉を全管が絶叫するアンダンテ・ノン・タントの頂点もすさまじい。まるでマンフレッドが灼熱地獄に墜ちていくような阿鼻叫喚の修羅場と化した演出に鳥肌が立ってくる。音を割って吹きぬくホルンや、轟音をとどろかせる打楽器群のド迫力が版の問題など吹き飛ばしてしまう。  amazon

苦痛に喘ぐマンフレッドの断末魔のごとく、地獄墜ちのとどめの一撃の大音響でズシリと締めている。独自の改変とユニークな解釈によって聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2015/07/09 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フィストラーリの白鳥の湖/コンセルトヘボウ管

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チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」作品20(抜粋)
アナトール・フィストラーリ指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Soloist: Steven Staryk (vn) , Tibor de Machula (vc)
Recording: 1961.2.22,23 Concertgebouw, Amsterdam
Producer: Ray Minshul (DECCA)
Engineer: Gordon Parry, Kenneth Wilkinson
Length: 45:37 (Stereo)
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バレエ音楽のスペシャリストとして名高いウクライナ出身の名指揮者、アナトール・フィストラーリの指揮した《白鳥の湖》といえば、ロンドン響、コンセルトヘボウ管、オランダ放送管による3種のレコードが知られているが、コンセルトヘボウ管との2度目のステレオ録音は、数ある「白鳥」の中でも“最高の演奏”として絶賛されている。

何よりもフィストラーリ特有の気品をたたえたロマンティックな演奏が最大の魅力だが、特筆すべきはコンセルトヘボウ管の強靱なアンサンブル。メンゲルベルク、ベイヌムとつづいた名指揮者による名門オケ最盛期の名残りが色濃く残る“鉄壁のアンサンブル”は、ベルリンフィルを凌ぐかと思わせるほどの強固な実力を見せている。(写真はGT9044, 1976年)

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ダイナミックで骨格のがっしりしたボディの高音質録音もこの盤の大きなウリで、これは「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」と言われたデッカ伝説の名録音技師、ケネス・ウィルキンソンの力に負うところが大きい。この時代の解像度の高いデッカのハイ・ファイ録音は、他社のステレオ録音をはるかに凌駕するものといえる。

「《白鳥の湖》は全曲盤、ハイライツ盤、組曲盤と数多くのレコードにめぐまれているが、その中でたった1種類選ぶとすれば、ぼくは問題なくこのフィストラーリ盤を採る。とにかく聴いていて気持ちが良いのだ。まず録音が最優秀、オーケストラも最優秀、音を聴いているだけで胸が弾む。自慢の装置を持っている人は1枚備えておいて損は無い。コンセルトヘボウはメンゲルベルク時代の緻密なアンサンブルの妙が濃厚に残されている。まったくほれぼれするほど巧く、かつ魅力的だ。」 宇野功芳氏による月評より、GT9044、『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)


「フィストラーリは〈白鳥の湖〉を3回録音しているが、これはその2度目のもので、全曲の中から13曲を選び、バレエの進行順の曲を並べたハイライツ盤である。フィストラーリの演奏はいくぶん腰が重いが、バレエ音楽を得意としているだけあって、各場面の情景描写が実にうまく、練達した棒さばきで、このバレエ音楽の、幻想的でロマンティックな曲想をあますところなく再現している。」 志鳥栄八郎氏による月評より、K15C7018、『レコード芸術』通巻第418号、音楽之友社、1985年)



序奏 モデラート・アッサイ
sv0026e.jpgもの悲しいセピア色のオーボエの音色は古典バレエの雰囲気を湛え、しっとりと紡ぐ柔らかなクラリネット、コクのあるチェロ、艶やかに歌うヴァイオリンなど、エレガントな風情が満載である。アレグロ・ノン・トロッポでは、強烈なシンバルの衝撃音とともに剛毅なブラスが炸裂! 

激しい気迫でぐいぐい追い込んでゆく劇的な音楽運びに鳥肌が立ってくる。耳をつんざくようなトランペットの強奏、生々しい弦のトレモロ、圧力をかけて「ぐい」と弾きぬくチェロなど、デッカの音のご馳走に早くも満腹してしまう。  amazon


情景(No.1)アレグロ・ジュスト
sv0026f.jpg引き締まったリズムでシャッキリと弾む祝宴の行進曲は豪快で、シンバルとトライアングルの生々しい金属音、歯切れのよいトロンボーンの咆哮、アクセントの強いトランペットのファンファーレなど、バレエの幕開きにふさわしいシンフォニックな響きを堪能させてくれる。

中間部のミュゼット風ダンスは、弾むような弦のスピッカートによって生き生きと展開。エッジの効いた腰の強い“デッカ・サウンド”が威力を増す主題再現は間然とするところがなく、絢爛豪華な管弦楽に酔わせてくれる。  amazon (7曲ハイライト盤)


ワルツ(No.2)テンポ・ディ・ヴァルス
王子と村娘たちの踊るワルツは、フィストラーリ特有の少し溜めを入れた3拍子の歌わせ方がノーブルな気分を伝えている。トリオのコルネット独奏も雅やかな気分満載で、佳境に入る第3部のクライマックスではトロンボーンを「バリバリ」と打ち込み、テンポを早めて追い込んでゆく巧みな楽想の変転など、舞台の情景を髣髴させるフィストラーリの手練れた音楽運びに快哉を叫びたくなる。


乾杯の踊り(No.8)テンポ・ディ・ポラッカ
sv0026g.jpgポロネーズ風の祝典的な舞曲は、いかにもフィストラーリらしい、きびきびとした歯切れの良いリズム感覚が痛快で、ピッコロとトライアングルを加えて華やぎのある音楽が展開する。ここでも耳にしっかりと響く強靱なオーケストラ・サウンドが魅力的で、音楽は鍛え抜かれた鋼のように力強く、一分の隙もない。名門オーケストラを自在に操り、手際よく追い込むフィストラーリの確信に充ちた棒さばきは、あたかもシンフォニーを聴いているようで、思わずCDを指揮をしたい衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。    amazon (SACD)


第2幕 「静かな湖のほとり」 情景(No.10)モデラート
〈白鳥の主題〉はクラシック・バレエのシンボルともいうべき哀愁を湛えた名旋律。メルヘン調のオーボエ、粒建ちのよいハープのアルペジオは言わずもがな、刻み目がひとつひとつが見えるように聴こえる弦のトレモロは、あたかも白鳥の心の震えとなって漸増漸弱してゆくところが感動的だ。ツボを押さえたように切々と歌い返す〈応答のモチーフ〉“フィストラーリ節”の独壇場で、すすり泣くような弦の歌わせぶりは涙モノ。トランペットの強奏とトロンボーンの痛烈な下降動機は、慟哭の表情が極まった感があろう。


情景(No.11)アレグロ・モデラート
sv0026b.jpg月光に照らされた湖の畔で王子と白鳥が出会う。ここでは白鳥に纏わる4つのエピソードが、細やかな表情付けによって巧みに描かれてゆく。白鳥の身の上を語るオーボエのもの哀しげな独奏、しっとりと歌い返すチェロの温もりのある調べから、エレガントな風情がそこはかとなく漂ってくる。力強い低音弦から王子への信頼が芽生えるが、それを嘲笑うかのように悪魔ロッドバルトのブラスの急襲によって一縷の望みが打ち消されてしまう。

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4羽の白鳥の踊り(No.13d)アレグロ・モデラート
sv0026l.jpgファゴットの戯けた伴奏と、バネをたっぷり効かせたピッツィカートにのって、オーボエが哀愁たっぷりとよく歌う。この楽団特有のくすみがかったエレガントな木管の音色が個性的で、細やかなアーティキュレーションによって繊細な味わいを紡ぎ出す名門楽団のアンサンブルに聴き惚れてしまう。音を短く切った終止和音の清々しさといったら!



オデットと王子のパ・ダクシオン(No.13e)アンダンテ
ここで独奏を受けもつ首席奏者は、世界に名だたるヴィルトゥオーゾに引けを取らぬ名技で聴きを魅了する。何よりもすばらしいのは音色の美しさ。スタリークの独奏ヴァイオリン甘い香りの柔らかなヴィブラートがたまらない魅力で、古典的な名旋律を濡れたような触感によって綿々と奏でてゆくのが聴きどころ。主題を変奏するピウ・モッソでは、少し鼻にかかった上質のシルクのような肌触りと、ぬめるような弓さばきで装飾楽句を衒いなくさばいてゆく。

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独奏チェロも聴き逃せない。ベルリンフィルの第1ソリストをつとめた伝説の名手マヒュラの繰り出す滑らかなボウイングから、とろけるような甘さが香り立ち、詩的な情緒をロマンティックに醸し出す。これに寄り添うヴァイオリンのオブリガートの肉の付いた柔らかな音は、上質のトロに舌鼓を打つような味わいがあり、あまりの美しさにため息が出るほどだ。コーダは「ドリゴの終止」を採用。組曲版では聴けぬ木管リズムの再現ハープのアルペジオ終止がロマン的な味わいを深めている。

「何よりもフィストラーリの指揮が絶品。どの曲もすばらしい生命力と迫力を持ち、しかも決して刺激的な粗さが無く、その上、心のこもったロマンティシズムや、香るようなエレガンスが随所に立ちのぼる。ちょっとしたルバートや強弱の波が豊かなニュアンスを生み、メルヘン的な色彩もまことに見事である。第1幕の〈ワルツ〉僅かなウィンナ・リズムを踏んだり、第2幕の〈4羽の白鳥たちの踊り〉における何気ないエコー効果も名人芸の極だ。特筆すべきは独奏ヴァイオリン、独奏チェロのおどろくべき美しさで、ことに前者の心のこもったヴィブラートと音色は悲しくなるほどである。」 宇野功芳氏による月評より、GT9044、『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)



ハンガリーの踊り(No.20)チャルダーシュ、モデラート・アッサイ
sv0026h.jpgディヴェルティスマンの中で最も華やぎのある音楽がチャルダーシュだ。哀愁をたっぷり撒き散らすイ短調の〈ラッサン〉は濃厚な表情付けが印象的で、引きずるようなフレージングと、強いアクセントで打ち込むトランペットの合いの手が感興を高めている。ヴィヴァーチに転ずるイ長調の〈フリスカ〉は息もつかせぬ早ワザで、総奏リズムを「すぱすぱ」と打ち込む快刀乱麻の立ち振る舞いと、煽るように畳み掛ける展開は、舞台で叩き上げた職人フィストラーリの面目躍如といえる。


パ・ドゥ・ドゥ(黒鳥の踊り)ヴァリアシオン1(No.5b)
ここでも独奏ヴァイオリンが聴き手を魅了する。ロ短調のチャルダーシュ風の甘く切ない旋律をスタリークが稟と引き締まった気品溢れる弓さばきで酔わせる一方で、不気味なスルGの調べにファゴットの和音が重ねあわされると、オディールの正体が見え隠れする。「これでもか」と色気をまき散らすように奏でる艶美な調べを聴けば、王子がヤバいことを知りつつも悪魔の誘惑に負けて、心が崩れ落ちてしまうのも無理からぬところだ。

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情景(No.24)アレグロ、ワルツ、アレグロ・ヴィーヴォ
sv0026m.jpg王子が永遠の愛を誓うと、シンバルの衝撃とともに悪魔とその娘が正体をあらわす。一同を嘲笑うクラリネットの変奏、凄まじいブラスがつんざき、身を切るような悲哀と切迫した情景が白鳥の変奏テーマによって伝えられる。

怒涛のごとく押し寄せる管弦の嵐、突き刺すように射るトランペットの強奏、バリバリと打ち抜くトロンボーンの衝撃音といった耳が痛くなるような究極の“デッカ・マジック”に、筆者が初めて聴いたときは腰を抜かしたものである。舞台の隅から隅まで知悉した巨匠ならではの劇的な幕切れといえる。


小さな白鳥たちの踊り(No.27)モデラート
オデットの帰りを待ちわびる不安げな白鳥たち。これを慰める民謡調のメロディーがクラリネットによって滋味深く奏でられる。中間部オーボエの長閑な歌謡調の調べは平穏な気分に満ち溢れ、キメ細やかなトライアングルの伴奏にのって、弦が艶をのせてしっとりと歌うところはウェットな詩情がそこかしこに流れている。


情景・終曲(No.29)アンダンテ~アレグロ・アジタート
sv0026i.jpgティンパニのトレモロから壮大に立ち上がる情景は、シンバルの途轍もない衝撃音、スケール感あふれる弦の歌わせぶり、胸のすくような4本のホルンが雄大にホールに鳴りわたる。アレグロ・アジタートの終曲は、弦のシンコペーションを伴奏にオーボエがせきこむように〈白鳥の主題〉を歌い出す。いよいよ悪魔ロッドバルトとの対決の時がやってきた。

力の限りぶち込むシンバル、絶叫するブラス群、骨力のある音で叩き込むティンパニの衝撃音はデッカ録音の真骨頂! 愛の力が悪魔に打ち勝つフィナーレの音楽は力強い。〈応答のモチーフ〉を纏綿と引きずるように歌わせるところは“フィストラーリ節”が全開で、テンポを揺らせながら急きこむ絶妙の棒さばきが最大の聴きどころだ。

確信に充ちた勝利のトランペット、高弦とハープのトレモロの中から気持ちよく抜け出すホルン、交互に打ち込むティンパニの豪打が圧倒的な迫力で全曲をむすんでいる。ロマンティック・バレエの真髄を堪能させてくれる必聴の一枚だ。


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[ 2014/10/29 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フリッチャイのチャイコフスキー「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
フェレンツ・フリッチャイ指揮
ベルリン放送交響楽団
Recording: 1959.9.17-23 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recordihg Producer: Otto Gerdes (DG)
Recording Engineer: Günter Hermanns
Length: 50:38 (Stereo)
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このCDは1963年、48歳の若さで白血病で夭逝したフリッチャイが晩年に残したステレオ初期の録音だが、第1楽章の一部取り直しが果たせぬまま世を去ったことから“幻の録音”となったもので、1996年に音楽的および歴史的見地からフリッチャイ協会が発売に同意してようやく陽の目を見た貴重な音盤である。

フリッチャイが2度の大手術のすえにベルリン放送響の音楽監督に復帰したのは1959年9月。この直後にイエス・キリスト教会でレコーディングされたのが、バルトークのピアノ協奏曲第2番&第3番(ピアノはケザ・アンダ)とチャイコフスキー《悲愴》だった。かつて“リトル・トスカニーニ”と呼ばれたテンポの速い厳格なスタイルからロマン主義的なものへと変貌を遂げて“フルトヴェングラーの再来”と評されたフリッチャイだが、この《悲愴》においても旧録音と比して演奏時間がトータルで10分ほど長くなっている。

OrchestraDate1st mov.2nd mov.3rd mov.4th mov.Total
Berlin po1953.716:407:337:358:5240:40
Berlin Radio so1959.921:309:208:5511:0350:38
 Difference4:501:471:202:119:58

sv0022b2.jpgここでは、切々と奏でる“フリッチャイ節”が聴き手の涙を誘うとともに、生の喜びと死への恐怖とが隣り合わせとなった壮絶な音楽のドラマが展開する。行進曲で見せるリタルダンドや、コーダの破天荒のアッチェレランドは崖っぷちで死にもの狂いで闘うフリッチャイの姿が克明に刻み込まれている。ステレオ初期とは思えぬクオリティの高い録音にも驚きで、左右にたっぷりと音が広がるステレオ感と鮮度の高さは抜群である!  amazon

「1959年のスタジオ録音だが、こんな超名演が96年になって忽然と出現した。音質も現在のデジタルに比べても少しも劣らず、どの一部、どの楽器をとっても無意味な音は皆無、音楽がどんどん心に入ってくるのだ。これこそ、本物の音楽、本物の芸術といえるだろう。フリッチャイの棒の下、オーケストラは全精神を傾けて夢中になって弾き切り、吹き抜く。したがって、第1楽章の主部がpの指定なのにfで始まったり、第2主題が青白くすすり泣いたり、再現部冒頭にもすごいテヌートがかかったり、第3楽章終結のフルトヴェングラー顔負けの加速や、フィナーレ、コーダの止まってしまいそうなテンポなど、そのすべてが真実の感動につながるのだ。」 (『クラシック名盤大全交響曲編』より宇野功芳氏による、音楽之友社、1998年)



第1楽章 アダージオ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0022c.jpg低音ファゴットやヴィオラの調べからして肉体が病魔に蝕まれていくような恐怖感が漂い、これを払いのけるようにトランペットがつんざくウン・ポコ・アニマンドの総奏が切迫するように走り出す。アンダンテ(89小節)で、フリッチャイが一音一音を噛みしめるようなルバートによって、深い悲しみを綿々と織り上げてゆくのが聴きどころだ。


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さめざめと咽び泣くような“フリッチャイ節”と息の長いフレージングがすこぶる個性的で、チェロの大胆なリテヌートによって奇跡的な生還をはたした指揮者の不屈の精神をも垣間見せている。モデラート・モッソの夢想的な楽想は、フリッチャイが決して微笑もうとはせず、深い悲しみと内面の苦悩がしみじみと語られてゆく。

sv0022d.jpgアレグロ・ヴィーヴォの展開部(161小節)は、決然と打ち込む和音打撃を皮切りにオーケストラが怒涛の勢いで荒れ狂う。射るようなトランペット、G線に「ガッ」と喰らいつく第1ヴァイオリン、「ザリザリ」と削る低音弦、襲いかかるようなブラスのモチーフが聴く者を圧倒。16分音符の分散和音弦が狂騒し、その中からトランペットが痛烈に吹き切るところは直球一本槍で勝負するフリッチャイの気魄が漲っている。

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トロンボーンの悲痛な“パニヒーダ”(201小節)から弦のシンコペーション主題、ホルンの切分音リズムにいたるまでの箇所は、異様に遅いテンポに緊張の糸が緩んで音楽が間伸びしてしまうのが惜しまれるところだが、再現部(245小節)へ突入する局面でフリッチャイは大見得をきるようなリタルダンドによって、スリルと興奮を呼び覚ます。

sv0022e.jpgフルトヴェングラーもかくやと思わせる即興的な離れワザをやってのけるところはフリッチャイの面目躍如たるところで、強烈な3連音リズムを打ち込んで獅子奮迅の勢いで総奏(263小節)へ突進する。ティンパニの壮絶なクレッシェンド(277小節)や、肺腑をえぐるトロンボーンの一撃(285小節)は慟哭の表情を生々しく伝えたもので、渾身の力をこめて叩き込むティンパニの震音に鳥肌が立ってくるのは筆者だけではないだろう。

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アンダンテ・コン・プリマの第2主題も深い悲しみに貫かれているが、その頂点でホルンがねばっこく吼え掛かって高揚し、弦が強靭に歌いぬくところは、病魔に打ち勝たんとする指揮者の強い意志が込められている。アンダンテ・モッソのコーダは、死神の影を思わせるブラスの重苦しい響きと、諦念にも似た淋しげな表情が象徴的だ。


第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0022f.jpg実直なフレージングによる5拍子の変速ワルツは、いかにもドイツ流儀の重厚なスタイルで、そこには情念の炎が揺らめいている。小手先のルバートや細やかなアーティキュレーションなど無用とばかりに、チェロがコクのある音によって感興ゆたかに歌いまわすところはロマンの香りが充溢し、指揮者のスケールの大きさを物語っている。

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主題変奏の弦の揺れはどこか悲しげで、優美な旋律線の中にも暗い影が付き纏う。弦のピッツィカート・リズムはどこか不安げで、木管のメロディーは小鳥たちの悲嘆にくれた囀りのように聞こえてくる。一縷の望みを託してかすかな希望を見いだそうと模索するが、暗雲がとめどもなく楽想に立ち込めてくる。

中間部はバスとティンパニで刻まれるD音の固いリズムが心臓の鼓動のように胸底に響き、これが強迫観念となって、不安な表情がなおいっそう色濃くつむぎ出されてゆく。第2楽句の物憂げな弦の調べは、かすかな喜びもつかの間、暗い魔の手が忍び寄るような不吉な予感にとらわれてしまい、甘い感傷など寄せつけない。

sv0022h.jpg中間部の終わりにフリッチャイは奥の手を見せる。95小節で再現部へ回帰するための「序のひと節」を、消え入るようにリタルダンドするところだ。音を切らずにそっと再現部の第1主題へ繋げるところは、あまりにも切なく、これは神ワザとしかいいようがない。時が永遠にとまったかのような錯覚すらあたえる瞬間の美しさといったら!

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フリッチャイの胸に、この時いかなる思いがよぎったのかは想像するしかないが、第1主題へ帰ることを躊躇うかのような深沈とした語り口は、「もはや自分には明日はないのかもしれない」という諦念のようにも感じられ、終結部でチェロが主題の断片を差し挟むところ(160小節)は、“哀悼歌”のように聴こえてくるではないか。


第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ[スケルツォと行進曲]
sv0022g.jpgスケルツォは、実直なリズムさばきによって音楽は一分の隙もなく、ベルリン放送響が強固なアンサンブルを見せている。8分音符の精密な弦のスピッカートから繰り出すダイナミックな躍動感も比類がなく、弦がクレッシェンドしながら走り出すところにゾクゾクしてしまう。大太鼓が気魄を込めて打ち込む“頂点”の一撃もすさまじい。

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行進曲は表情ゆたかなクラリネットが音楽をリードする。リズムに切れが増すのは、ティンパニを合図に行進曲の断片を執拗に繰り返す小結尾(196小節)からで、鋭角的なブラスの咆哮、シャッキリと歯切れ良く刻む弦、ザリザリと音を立てる低音弦(204小節)が音場を生々しく支配する。大きく打ちよせては返す弦の“さざ波”を豪快に捌いてフリッチャイは行進曲の総奏に突入する。
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sv0022i.jpg行進曲はベルリン放送響が鉄壁のアンサンブルを開陳する。渾朴豪気にマーチの断片を打ち返すところは身を奮い立たせるような緊張感が漲っている。

2度目の行進曲のファンファーレ(281小節)で、メンゲルベルク、フルトヴェングラー、アーベントロートといったレトロな巨匠たちの常套手段である一発必中のリタルダンドをフリッチャイは敢行する。旧録音でも披露した“必殺ワザ”だが、大きく減速して打楽器をどんぴゃと入れるところは絶妙の極というほかはない。289小節からア・テンポに復帰するも、これで終わらないのがフリッチャイの凄いところだ。

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さらにアクセルを踏み込んで加速をかけてゆくところに仰天するが、突如生起するテンポの変転と意外性に富んだ“捨て身の業”に快哉を叫びたくなってしまう。韋駄天の如く一気呵成に畳み掛けるコーダは、フリッチャイのなりふり構わぬ気魄がオーケストラに乗り移ったかのようで、フルトヴェングラー顔負けの疾風怒濤のアッチェレランドによって闘いの場を締め括る。豪放な力動感と激しい情熱を極限まで示した渾身のマーチといえる。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0022m.jpg和音を重ねた弦の寒々とした響きから、悲哀の色合いがねっとりと滲み出し、悲嘆にくれる情景を生々しく描き出す。聴きどころは、アンダンテ(中間部、37小節)で歌われる第2主題。3連符で縁取るホルンの切分音にのせて、指揮者は名旋律を心を込めて歌いぬく。「試練はまさに正しい時にやってきました」とフリッチャイは語り、その心境を次のように述べている。

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「健康の危機という形で、自分が人間としてまた芸術家としてどう生きてきたのか、そして、その両方において何が私にとって意味をもちうるのかを考えるために、私は数ヶ月という時間を持ったのです・・・つまり音楽における表現という問いに答えるために。」 「きわめて人間的なそして切実なまでの純粋さと美しさをもった凝縮した世界」より歌崎和彦氏による、~『レコード芸術』通巻第548号、音楽之友社、1996年)


甘美な旋律からは、かすかな望みも見え隠れするが、それも所詮はつかの間の夢に過ぎぬ。涙ながらに高揚する“フリッチャイ節”によって、張り裂けそうな悲しみが71小節でその頂点をむかえる。身を切るような弦の凄まじいテヌート下降と管の3連切分音の嵐が一縷の望みをもうち砕き、和音打撃が“絶望の刃”となって打ち込まれる場面(81小節)は慟哭が極まった感があろう。

sv0022j.jpg怒涛のごとく盛り上がる主部の再現は、感情振幅の激しい大時代的なスタイルといえるが、肺腑を抉るような悲痛さによって激情の嵐が吹き荒れる。

弦の激しいトレモロ、力の限り吹きぬくトロンボーン、トランペットの突き刺す最高音は、苦しみを味わった者のみが表わし得るナマの悽愴さといえるが、もはや死を覚悟したフリッチャイの情念の炎が最後の瞬間に燃え上がったようでもある。強いアクセントを盛りつけ、フレーズを強靱な緊張感のうちに歌わせるところは、壮絶な“音の闘い”としかいいようがない。

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銅鑼の暗い響きが運命の最終宣告を轟かせるとき、煉獄への扉が開かれる。鉛のようなトロンボーンの重音の響きが、寒々とした非情な弦が、身悶えするようなチェロの喘ぎが、あたかも病魔と闘う指揮者の苦しみの独白であるかのように、音楽はついに息果てる。晩年のフリッチャイが遺した金字塔ともいうべき録音で、大切に聴きつづけたい一枚だ。


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[ 2014/09/15 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

マルティノンのチャイコフスキー「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
ジャン・マルティノン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.3.31-4.3 (DECCA)
Location: Sofiensaal, Wien
Recording Producer: John Culshaw
Length: 49:36 (Stereo)
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このディスクは、LPで発売されたときに大ベストセラーになった屈指の名盤で、デッカの“名物プロデューサー”ジョン・カルショウが制作した名録音として名高いものである。とくにマルティノンがウィーンフィルを指揮した唯一のものであることから、マニアの間では珍重されている“隠れ名盤”といえる。

sv0009c.jpgフランス人シェフがウィーンの名門オーケストラを使ってロシアものを料理するという異色の組み合わせは、カルショウによって巧妙に仕組まれた“デッカの配剤”と言うべきもので、マルティノンは手練手管の限りをつくして老舗の楽団を自在に操り、類い希なセンスで音楽ファンの度肝をぬく名演奏を成し遂げている。

筆者がかつて愛聴したのは、輸入レコード店で買った米デッカ盤(ステレオ・トレジャリーシリーズFFrr)のLPだったが、その音の良さに腰を抜かした記憶がある。

sv0009d.jpgウィーンフィルの甘美な弦に木管の柔らかなハーモニーを溶け込ませながら、粋なセンスで躍動するマルティノンの巧妙な棒さばきがすこぶる魅力的であった。

何よりも驚いたのがティンパニの音で、まるで、目の前で叩くような生の衝撃感というか、皮の質感を感じさせる録音に快感を覚えたほどである。

このレコードを骨までしゃぶった筆者にとって、その感動をとても書き尽くせるものではないが、近頃、英デッカ盤から板起こしされたグランドスラム盤は、LPレコードのもつ独特の質感やニュアンスを懐かしく思い出させてくれる。

「マルティノンとウィーン・フィルの唯一の競演盤。デッカの初期ステレオLPからの復刻ということだが、音の劣化やひずみは皆無に近い。深みと柔らかさ、温かみのあるLPならではの質感をそのままに感じ取れるのは得がたい。第1楽章や終楽章での主題の扱い方や歌わせ方には、“フランスなまり”のような微妙なニュアンスがうかがえるのも一興。しかしアクセントや要所の際立たせ方は鋭敏で引き締まった表現をする。優美な第2楽章、とりわけ第3楽章のスケルツォなどは奏法やメリハリのあるテンポ感が出色。」 斎藤弘美氏による月評より、GS2038、『レコード芸術』通巻第709号、音楽之友社、2009年)


「マルティノンはいつにない激しさと厳しさと、そして甘さとで他のオーケストラの追随を許さぬ奥の手を見せている。まさにひと主張もふた主張もある大家の音楽である。マルティノンの切れ味は鋭く目立つ。」  大木正興氏による月評より、GT9042『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)



第1楽章 アダージオ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0009b.jpg弓の動きが見えるようなバス、弦をガリガリと削るヴィオラ、上質の絹をつよく擦るように音階を駆け上がる第1ヴァイオリンなど、のっけからデッカの生々しい録音に腰を抜かしてしまう。木管と弦楽器は転げるように激しくかけ合い、ウン・ポコ・アニマート(67節)の爆発的な総奏が聴き手の興奮を誘っている。

UCCD-7021  UCCD-9687

第2主題(アンダンテ)は、フランス人の名シェフが腕によりをかけて名旋律を歌い出す。94、98小節の4拍目の8分音符にルバートをかけて、微笑むようなニュアンスを紡いでゆくところがたまらない。カンタービレ(130小節)のしっとりと濡れたような肌触りと、練り絹のような弦の美しさは冠絶したもので、夢幻のフルートや、とろけるようなクラリネットも天下逸品。

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sv0009e.jpg展開部のアレグロ・ヴィーヴォ(161小節)はウィンナ・ブラスが「ここぞ」とばかり吼えかかる。総奏のすさまじい衝撃音には度肝をぬくが、弦の分散和音が馬車馬のように走り出し、トランペットが決然と打ち込まれる189小節あたりから、優美なウィーンフィルが野性味をくわえて牙を剥き出しにするところが聴きどころだ。

197小節のティンパニの粒立ちは現実にはあり得ぬ虚妄のバランスだが、この“あざとさ”が当盤の大きな魅力といえる。

再現部で弦の16分音符パッセージに対峙する裏拍のティンパニ(245小節)にも注目だ。小躍りするように叩き込むティンパニは、撥の木があたる衝撃か、皮の振動によるものか、「パカっ、パカっ!」と景気よく打ち響く打点の生々しさは、何度でも繰り返して聴きたくなる大きな“耳のご馳走”だ。

sv0009k3.jpgウィーンフィルが伝統的に使っているヘッドは「山羊の皮革」とよばれるもので、これをフランネルのマレットで叩くことで独特の音色を生むという。

デッカはマイクを鼓面から10センチの至近距離にセットしたとされるが、適度な硬度と温もりを持つ「野性的なウィーン・フランネル」が皮革を叩くときに生ずる触感をデッカの録音技術が見事に捉えている。


「第1楽章、ファゴットのppppppによるニ音が消え、アレグロ・ヴィーヴォで全管弦楽で爆発するときときの突発感、ティンパニの強打によるあの痛いような衝撃。ここはきっとマニアの間で熱っぽく語られるシーンではなかろうか。その効果たるや、もの凄いものがある。筆者は30年前に、ここで失笑を漏らしたものだが・・・」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、アルファベータ、2009年)


sv0009x.jpg高音部の第1主題にブラスが3連音のリズムを打ち込むクライマックス(263小節)の衝撃感もすさまじい。ホルンとトロンボーンの空気圧すら感じさせるエッジの効いた録音は悪魔的といってよく、センプレ・フォルテ(277小節)の凄絶な音場が聴き手を奈落の底に突き落とす。

ティンパニの壮絶なクレッシェンドとともに、ffffで「べぇ~~ッ!」とぶちかますトロンボーンのグロテスクなまでの断末魔に身が震え上がってしまう。
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第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0009m.jpgチェロが奏でる柔和なワルツは感興たっぷりで、6小節目の「ラッタラッタラ~」を少し間延びして歌わせ、7小節目のグリッサンドに大きな“ねばり”を入れる指揮者の“遊び心”に快哉を叫びたくなる。

この楽団が備えている音の旨味を絶妙のパフォーマンスで開陳してみせるフランス人巨匠の粋なセンスに、ただもう感嘆の言葉しかない。中間部(57小節)の甘美な語り口も雅趣にとみ、古き良き時代のノスタルジーを感じさせてくれる。

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第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ/スケルツォと行進曲
sv0009l.jpgスケルツォは辛口の付点処理と短いフレージングによって、歯切れよく展開する。軽快なフットワークで駆け走る弦のスピーッカートや、刻むようなオーボエの行進メロディ、ピッコロを加えて軋むような音をたてるピッツィカート主題(37小節)など、すこぶる個性的といえる。弦がクレシッシェンドを重ねて走り出すダイナミックな躍動感と、頂点(69小節)で一発打ち込まれる大太鼓の衝撃感もチェックしておきたい。
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行進曲(71小節)は溌剌とした音楽運びが爽快だ。踊るように歌うクラリネットや短く切り刻む弦のフレージングは指揮者のセンスが際立っている。小結尾でティンパニのトレモロ(195小節)の「ペタペタ」と“つぶ”を強調した餅のような感触が耳の快感をあざとく誘っている。爆発したような総奏マーチの律動も聴き手の興奮を喚起し、思わずCDを指揮をしたくなる衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。

sv0009g.jpg2回目の行進曲の総奏に入る直前に、劇的な見せ場がやってくる。大太鼓とシンバルの一撃をぶち込むところ(282小節)で、マルティノンは大きくリタルダンドをかける。聴き手の度肝をぬく一発必中の大ワザだ。レトロな大家がやる“必殺の大減速”をフランス人指揮者が乾坤一擲、「阿吽の呼吸」でやってのけている。

怒涛ごとく突き進むコーダの迫力もすごい。切って捨てるようなリズムさばきや、獅子吼するブラスの生のような衝撃音には、ただもう驚くしかない。

「演奏そのものについていえば、第1楽章さいごの妙にピッチの高いホルンや、第2楽章の、主要主題の頂点でいちいちかかるルバートとか、第3楽章さいごの大見得を切ったような減速(よくある手)とか、首を傾げたくなるところもなくはないのだが、基本的にストイックな音楽の運び・音響で、非常に魅せられる。」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、同上)



第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0009z.jpg「ぐい」と弾き抜く不揃いのアインザッツから密度の濃い音楽が流れ出し、ホルンの切分音にのせて甘美な弦が「これでもか」と色艶をのせて名旋律を歌い出すところが聴きどころ。

主題を発展させて、綿々とストリンジェンドの頂点に向かって高揚してゆく場面は、この楽団特有のもってりとした厚味のあるハーモニーが名状しがたい気分を醸し出している。断罪の一撃が打ち落とされる81小節の骨力のある音とその衝撃感といったら!
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sv0009h.jpg号泣するようなブラスの対位や、えぐっては切って返す弓が魂をゆさぶるクライマックスは、まるで実演に接しているかのように音楽が生々しい。

パニヒーダ風の弔いコラールが絶望の影を落とし、悲痛な弦の調べがのたうつように流れてゆく。深々と弓を入れるバスの喘ぐような刻みも象徴的で、半世紀過ぎた今なお色褪せぬこの演奏は、後世に語り継いでゆきたい一枚である。


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[ 2014/04/26 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)