セル=クリーヴランド管のハイドン/交響曲第94番「驚愕」

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ハイドン/交響曲第94番ト長調「驚愕」Hob.Ⅰ-94
ジョージ・セル指揮 
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1967.5.5 (Sonny)
Location: Severance Hall, Cleveland
Disc: SONY 88697687792
Length: 24:05 (Stereo)
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ジョージ・セルはハンガリー生まれの指揮者で、1946年にクリーヴランド管弦楽団の音楽監督に就任するや、ドライステッィクな改革と徹底したトレーニングによって1シーズンのうちにそのサウンドを一新させた。それまでプロヴィンシャル(地方オーケストラ)に過ぎなかった楽団を、一躍 “ビッグ5” の地位に引き上げた。

sv0094b.jpgセルは個々の奏者に完成度の高い技能を要求するにとどまらず、均質な響きを持った高度な室内楽的アンサンブルをオーケストラに拡大したような演奏を理想とした。

その完成度の高さは “セルの楽器” とまでいわれ、合奏能力に驚愕したカラヤンがザルツブルク音楽祭でクリーヴランド管を一晩指揮させてほしいと願い出たほどだ。

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「じつは、マエストロにお願いがありまして・・・(へこへこ)」(フォン・カラヤン)
「なんだね? ヘルベルト」(セル)


「それにしても、クリーヴランド管弦楽団というのは、物凄い管弦楽団である。ことに弦の良さは言語に絶する。第1ヴァイオリンからコントラバスにいたるまで、およそこれほどはっきりしていて、しかも良く響く音で、均質化された性能をもったものは、アメリカにもヨーロッパにもかつてなかったのではないか。これは表面だけの艶と磨きのかけられたオーマンディのフィラデルフィア管弦楽団とは、ちがうのである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より、筑摩書房、2008年)


sv0069c.jpgセル=クリーヴランド管の究極の合奏美を堪能出来るのがハイドンに代表される古典作品。ぴしりと整った緻密なフレージングはもとより、弦も管も音色が見事に統一され、透明度の高い響きを実現しているのが驚きだ。

テンポの変転や抑揚はストイックといえるが、何よりも緻密なアンサンブルで聴き手を魅了し、しかも温もりのある音楽が溢れ出るところは晩年のセルならではの魅力だろう。
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sv0069d.jpg「ビシッ!」と打ち込む緩除楽章の鋭利な“ひと突き” は聴き手を仰天させるが、それにも増して、超絶技巧を繰り広げるフィナーレの激しい追い込みは聴き手をゾクゾクさせる名人芸で、器楽演奏の妙技を心ゆくまで堪能させてくれる。

近頃、ソニー(輸入盤)から発売されたハイドン交響曲を集めたセットは “超お買い得品” といえる。

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「セルがクリーヴランド管弦楽団といっしょに入れたレコードのすべては、現代の演奏の1つの典型的存在で、ハイドンのレコード(第93番と第94番を裏表に入れたアメリカ盤ML6406)なども名盤中の名盤である。ハイドンだけを聴かせて、現代人を心から満足させるのは容易なことではない。セルのハイドンは、そのごく少数の1つであり、私の今日まで聴いたレコードの中でいえば、おそらくフリッツ・ライナー指揮のそれとならんで、最高の列に数えられるべきものである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)



第1楽章 アダージョ・カンタービレ-ヴィヴァーチェ・アッサイ
sv0069b.jpg導入主題のやさしい木管の問いかけと、これに微笑み返す上質の弦の応答がたまらない魅力で、ゆるやかな刻みがクレッシェンドする中から高弦がしっとりと照り輝き、高貴な気分を醸し出している。

優美なヴァイオリンの二重奏ではじまる主部は、低音弦のリズムがくわわると、「ズンズン」と重みのあるオーケストラが快適なフットワークで走り出す。

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オーボエの愛くるしいオブリガートが付く40小節から、超高性能の弦楽アンサンブルが自慢の腕を披露する。8分音符の刻みと上下運動を繰り返す弦の動きは軽快さと力強さを兼ね備え、シャッキリと弾むフレージングは一分の隙もない。絹擦れのような16分音符の分散和音の美しさ が耳の快感を誘っている。

sv0069j.jpgニ短調で翳りをつける第1主題のあとにやってくる爽やかな第2主題(66小節)も聴きのがせない。

シンコペートされた内声部の正確無比な動きと、軽やかな16分音符で彩る第1ヴァイオリンのフィギュレーション、これに協動するフルート(再現部ではオーボエが美しくからむ)の華麗な舞いは、名人芸の極み としかいいようがない。
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コデッタ主題(80小節)の気品のある歌い回しも抜群で、愛嬌たっぷりにハネる弦と戯けたような木管のトリルなど、ほどよきバランスでユーモアを上品に配するあたりは、セルの作品に対する敬愛を感じさせてくれる。豪壮なユニゾンで締め括る終止のたっぷりとした弦楽サウンドの心地よさ といったら![提示部リピートあり]

sv0094c.jpg展開部(108小節)は、セルは荒ワザを仕掛けることなく、GからAに変わったティンパニの連打でアクセントを克明につけて、調和と均衡の取れたバランスを追求する。

技巧を誇示したり、音圧で聴き手をねじ伏せるような演奏とはおよそ無縁の、淡い音色と均質な響きによって楽譜をモザイク模様のように丹念に彫琢してゆくさまは “音の職人”セルの面目躍如が躍如している。
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厚みのある内声部の弦や、木管パートの伴奏部まで明瞭に聴こえる再現部(155小節)の充実したサウンドも無類のもので、一糸乱れぬユニゾンの動きなどオーケストラをひとつの楽器のように操っているところは驚異的である! コーダのニュアンスゆたかな歌い回しと柔らかな終止和音は非情なセルのイメージからほど遠く、温雅な気分に溢れている。


第2楽章 アンダンテ
sv0094d.jpg緻密にコツコツ刻む民謡主題は、ほとんど聴きとれぬまで音量を抑え、乾坤一擲、切れのあるフォルティシモの“主和音”を「ビシッ!」と打ち込むところは、血も涙もない“セルのサプライズ” で、聴く者の度肝をぬく。

さりげない歌の中にも精緻なバランスを怠らぬ第2楽句もセルならではの芸当だろう。

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変奏部は、セルが民謡主題を卓越したアンサンブルによって緻密な彫琢をほどこしてゆく。第2変奏のピシリと整ったユニゾンと華麗なバロック調のオブリガートは、弦楽セクションの冴えた技巧の独壇場。オーボエの刻む歌と透明なオブリガートで彩る第3変奏の木管の名人芸にも魅せられてしまう。

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圧巻はマーチ風の総奏となる第4変奏。歯切れの良いティンパニの連打と華麗なトランペットのリズムをくわえ、弦はかきむしるような力感をつけてシンフォニックに躍動する。名残惜しげなコーダの木管の侘びた風情はセルの細やかな心配りが心憎い。


第3楽章「メヌエット」 アレグロ・モルト
sv0094e.jpg速いテンポできびきびと進行するメヌエットは、清心溌剌として率直である。フォーカスを「ピシッ」と定め、正確無比に刻むリズム感が聴き手の快感を誘っている。

トリオはファゴットをくわえたアンサンブルの調和を極めたもので、その精度と透明度の高さは驚異的である! テンポを速めた再現部もフィナーレへの期待感を高めている。

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第4楽章「フィナーレ」 アレグロ・モルト
sv0094f.jpgセル=クリーヴランド管の言語を絶する超絶的なアンサンブルを知らしめるのがフィナーレのロンドフィギュレーションの走句によって第1主題をめまぐるしく展開するところは、クリーヴランド管の一糸乱れぬ弦の早ワザに腰をぬかしてしまう。 
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セルは、ここまで完璧なアンサンブルを貫徹するのに弦楽四重奏でなければ到底不可能な、いわばオーケストラ演奏の臨界線を超えた領域に踏み込んで勝負する。

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sv0094g.jpg合奏の心得のある者にとってみれば、こんなオーケストラがこの世に存在する事自体が恐怖だろう。

音符を音化するメカニックな精度の上に、躍動、感興、愉悦、熱気といったあらゆる要素がくわわった究極の合奏美を “セル室内楽団” は披露する。

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「セルのアンサンブルの理想-合奏の完璧さと、室内楽的バランスの精密の理想は、単純で平面的な機械的正確さとはちがうもので、その土台になっている管弦楽の各セクション、つまり弦、木管、金管、打楽器などで運動の柔軟性と同時に等質性の追求である。これが彼のハイドンやシューマンをあんなにすばらしいものにするのである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)


sv0094h.jpg展開部(104小節)では、セルが対位法的な楽想をメカニックに分解する。分散和音を内声部にまで拡大した各パートの動きを透かし彫りのように可視化してゆくところは、 “オーケストラのための協奏曲”を聴いているような錯覚にとらわれてしまう。  TOWER RECORDS [SACD]

ト短調で翳りをつける154小節では愉しい気分をきっぱりと排し、厳正な棒さばきによってクールに突き進むところは、聴き手に媚びぬ厳しさに貫かれている。

愉しい気分が戻ってくる再現部(182小節)は、ティンパニがくわわるコデッタ(226小節)がハイドンの仕掛けを楽しめる大きな聴きどころだ。第1主題のウラでほとんど聴きとれないトレモロから俊敏にフォルテの連打で乱入する鋭い“不意打ち”は、なるほど、セルらしい “もう一つのサプライズ”

sv0094i.jpg16分音符の激しい分散和音で駆け出すコーダは、もはや人間離れした玄人集団のウルトラCとしかいいようがなく、整然としたフレージング、切れのあるフィギュレーション、引き締まった和音打撃がゾクゾクするような興奮を誘っている。  amazon [SACD]

弦をひっかく音が聴こえるフィニッシュの猛スピードの追い込みは肌が粟立つ凄まじさで一点の濁りもない緊密なアンサンブルに心ゆくまで酔わせてくれる。オーケストラ演奏の極限を追求した空前絶後のハイドンだ!


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[ 2017/07/15 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

ヨッフムのハイドン/交響曲第88番 「V字」

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.10
Level: Deutsche Grammophon
Location: Jesus-christus-Kirche, Berlin
Length: 20:39 (Stereo)
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このディスクは、ヨッフムが3つのオーケストラとグラモフォンに録音したハイドン交響曲集で、第88番(ベルリンフィル)、第91番(バイエルン放送響)、第93番(ロンドンフィル)を収録したアルバム。中でも《第88》が驚くほどの名演奏で、筆者の手がよく伸びる一曲だ。

sv0085k.jpgヨッフムは70年代にロンドンフィルとランドン校訂版による〈ロンドンセット〉(第93番~104番)の録音を完成させているが、ステレオ初期にバイエルン放送響と第91/103番を、ベルリンフィルと第88/98番を残している。

この第88番は 1963年6月にSLGM1139(138823)としてLPで発売されて以来、長らくオクラになっていた貴重な音源である。
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sv0085b.jpgベルリンフィルの第88番《V字》といえば、同じグラモフォンでフルトヴェングラー指揮のスタジオ録音“決定盤”として知られている。

しかし、ベルリンフィルはその後、カラヤンとはレコーディングを行っておらず、ヨッフムがステレオ初期に《V字》の録音をのこしてくれたのは音楽ファンへの大きな贈り物といえないか。


a.jpgここでは、グラモフォンらしい立体感のある録音の良さもさることながら、抜群の機動力と緊密なアンサンブルを繰り広げるベルリンフィルの冴え冴えとした技巧が最大の聴きもので、楽想はのびのびと豊かな生命力に満ち溢れ、力瘤を廃してひた走るスピード感がゾクゾクするような快感を誘っている。

端正で古典的な造形をバランス良くまとめながらも、ヨッフムらしい南ドイツ的な大らかさと快活さによって、生気に充ちた演奏を繰り広げているのが最大の魅力だろう。

ConductorDateLevelsourceTotal
Furtwängler1951.12DG427404-26:496:174:223:3621:04
Jochum1961.10DGUCCG39896:246:154:343:2620:39
Rattle2007.2EMITOCE55993/46:445:453:573:3620:02

「ヨッフムのハイドンに対する姿勢は、いささかのぶれもなく、実に明快そのもの。彼のハイドンの音楽に対する適性をまざまざと知らしめてくれる。ベルリン・フィルはこの曲をフルトヴェングラーとも録音しており、それもすばらしい名演だが、このヨッフムとの録音は、主情に走りすぎず、しかし実に含蓄豊かな音楽が均衡のとれた造形と透明感に満ちた爽快な響きのもとに展開される。ハイドンやモーツァルトの音楽を的確な様式感のもと過不足なく実現すれば、自ずと意味深さが立ち現れてくる見本のような演奏といってよい。」 中村孝義氏による月評より、UCCG3989、『レコード芸術』通巻第663号、音楽之友社、2005年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0085e.jpg交響曲第88番は、名だたる大指揮者たちが競って録音を残していることで有名な作品で、《V字》という表題はロンドンのフォスター社が出版した際に、その第2集(23曲)にAからWのアルファベットを付し、第88番に「V」の字が与えられたことに由来する。

16小節の序奏は、ゆったりと柔らかな和音と第1ヴァイオリンの伸びやかで優美な呼び交わしが心地よく、響きのゆたかさのみならず、深く長い弓を入れるスフォルツァンドと慈愛に満ちた柔和な表情に心惹かれてしまう。
ヨッフムの息づかいが聴こえてくる録音はライヴのように生々しい

sv0085f.jpg主部はきびきびと歯切れ良く、音楽は爽やかだ。ヨッフムはいささかの衒いもなく、緊密なアンサンブルと抜群の機動力によって、明快な造形を展開する。驚くべきはベルリンフィル奏者たちの腕の見事さだ。

単に合奏のキメが整っているというより、闊達自在なフレージングで駆け巡る躍動感に魅せられてしまう。小結尾の跳ねるようなみずみずさも比類がなく、低音弦がゴリゴリと歯ごたえのある分散和音を打ち返す生々しさが耳の快感を誘ってやまない[提示部の反復あり]。
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sv0085g.jpg展開部(104小節)はベルリンフィルの巧緻な弦楽アンサンブルの独壇場。第1主題の断片と分散和音のゼクエンツを颯爽と弾き回し、第2主題を内声に織り込んでゆくところは音楽が実に明快で、見通しのよい対位法など器楽演奏の神髄を堪能させてくれる。

再現部で躍り出るようなオブリガート・フルート(179小節)は歓びに満ち溢れ、ほっこりと鄙びた味わいの木管と、柔らかく解きほぐされた弦楽アンサンブルが感興ゆたかに躍動する。 TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

コーダに向かって、奏者たちが愉悦感たっぷりと自発的に音楽に興じているさまが録音から伝わってくるのも嬉しい不意打ちで、シャッキリと締める終止和音はみずみずしさの極みである。


第2楽章 ラルゴ
sv0085h.jpgゆったりと真摯に歌い上げるラルゴ主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》から採られたもので、しっとりとオーケストラに溶け込みながら聴き手にやさしく語りかけてくれる。

滋味深い弦の合いの手を絡める第1変奏、フルートと第1ヴァイオリンが重厚に織り上げる第2変奏、オーボエの旋律に弦が32音符のオブリガートを滑り込ませる第3変奏の高貴な味わいはどうだろう。
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sv0085i.jpg大きく転調を入れたチェロとヴァイオリンがなみなみと歌い上げる第4変奏もすこぶる感動的で、厳粛な気分に充ち満ちている。

「がっつり」と歯ごたえのある強音をぶち込む豪放さも“南ドイツの野人”ヨッフムの面目が躍如しており、この老人は指揮棒なぞ持たずとも、あの長いアゴだけでオーケストラを統率出来るのではないか。



第3楽章 メヌエット、アレグレット
sv0085j.jpgどっしりと構えたメヌエットはいかにもドイツのカペルマイスター風で、腰の重い低音と堅固なたたずまいは頑固親爺を思わせるものだ。

ここでは、こせこせしない威厳に満ちた音楽運びが痛快で、装飾音の付いた4分音符をスタッカートで切らず、レガートでほどよく伸ばすフレージングがじつに爽やかだ。

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トリオは素朴な田舎の音楽だ。ヨッフムの、あの長いアゴの動きに反応するかのように、内声部のドローンが、“のったり”とたゆたうところがユニークで、後半では強弱対比を克明に付けながらも、ゆたかなニュアンスを失なうことなく音楽が息づいているあたりは、壮健なヴェテランの棒さばきといえる。
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第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0085l.jpgリズミカルなスタッカートでさばく第1主題は愉悦感たっぷりで、緊密なリズム打ちからダイナミックさを増して豪快に突き進むのがヨッフム流。

第1主題が発展する走句(33小節)から、ベルリンフィルの名人たちが「ここぞ」とばかりに分散和音を弾き飛ばして走り出すところが大きな聴きどころだ。

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緻密なスタッカートから属調上の第2主題の走句が躍り出るところの目まぐるしいスピード感は圧巻で、脇目もふらずに猛烈な追い込みをかけてコデッタ(小結尾)へ直進するヨッフムの“荒武者ぶり”に快哉を叫びたくなってしまう。
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sv0085m.jpg展開部(84小節)はいささかの力瘤も感じさせぬ弦のみずみずしさが際立ってくる。ト短調に転調した〈フガート楽想〉(108小節)を落ち着いた棒さばきと分厚い弦楽サウンドによって主題を厳格に織り込むところは、かつて“オーデル河畔のフルトヴェングラー”として知られていた巨匠の貫禄充分。  TOWER RECORDS  amazon

弦を噛むように弓の引っ掻く生々しい音が聴き手の耳を刺激するあたりは、なるほど、音のリアリティを追求するグラモフォンらしい克明な音造りといえる。

sv0085n.jpg第1主題が朗らかに戻ってくる再現部(158小節)もコツコツとしたリズム打ちで実直にひた走るが、結尾では胸のすくような豪打によってヨッフムはドラマの終結を宣言する。

目の覚めるような第2主題の走句をゾクゾクするような疾走感で聴き手の興奮を誘い、怒濤の勢いでコーダへ突入するところが最大のクライマックスだ!

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シャッキリと歯切れよく畳み込む終結のきびきびとした躍動感は若々しいエネルギーに溢れんばかりで、一服の清涼剤のように名曲を澄明爽快に締め括っている。ヨッフムがステレオ初期に遺した隠れ名盤ともいうべき掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/02/18 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

アーノンクールのハイドン/交響曲第94番「驚愕」

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ハイドン/交響曲第94番ト長調「驚愕」Hob.Ⅰ-94
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1990.2 Concertgebou, Amsterdam (Teldec)
Exective Producer: Wolfgang Mohr
Recording Producer: Helmut Mühle
Recording Engineer: Michael Brammann
Length: 23:08 (Digital)
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ベルリン生まれ、グラーツ育ちのアーノンクールは、Hを発音しないフランス風の姓からユグノー教徒の末裔を連想させるが、本人によるとロートリンゲン地方の名前で「ハルノンクーア」またはフランス風に「アルノンクーア」(ルはわずかに発音)と発音し、貴族の家系であるらしい。

sv0068b.jpg古楽の旗手アーノンクールは、1980年代になるとモダン楽器のオーケストラであるコンセルトヘボウ管を指揮、カラヤン亡きあとは、ベルリンフィルやウィーンフィルの楽壇にも登場したが、生前はカラヤンが振らせなかったという俗説もある。

古楽の演奏で培ったノウハウを武器に独自の解釈で作品に付いた手垢を洗い落とし、“新鮮な響き”で聴き手を楽しませてくれるのがアーノンクール演奏の魅力。

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ここに収めた《驚愕》は、新しいことをやらずにはいられないアーノンクールにうってつけの曲といってよく、「何か変わったことで聴衆を驚かせたい」作曲者の思惑とぴたり一致する。何よりもアーノンクールが作曲者の仕込んだユーモアに激辛のスパイスをくわえて切り込んでゆくのが痛快で、聴き慣れた古典作品から刺激と興奮をあたえてくれる。

富んだおもしろい演奏を展開してくれる。あいかわらず主張はこの上なく明確であり、随所になるほどと感じさせるが、これまたいつものように、これほどまでにやらなくてもとも思わせられる。そんなアーノンクール解釈の全てが出た演奏で、好き嫌いが分かれそうだ。」 樋口隆一氏による月評より、WPCC4301、『レコード芸術』通巻591号、音楽之友社、1997年)


「ドラティが楷書体の剛腕投手的であるならば、このアーノンクールは隷書体でコントロール抜群の変化球投手といったところだ。ハイドン音楽の明るさの中にあるユーモアや皮肉といった側面をさらにスパイシーに味付けし、それが強い説得力を持つ表現体としてさらに磨きをかけている。コンセルトヘボウ管も伝統あるオーケストラだが、アーノンクールのしなやかでかつ求心力の強い指揮に十全に対応し、指揮者の個性をオーケストラ自らの原動力にしていく感じだ。」 草野次郎氏による月評より、WPCS5780、『レコード芸術』通巻675号、音楽之友社、2006年)



第1楽章 アダージョ・カンタービレ
sv0045p.jpg導入主題のもったいぶった木管の問いかけ、意味ありげな弦の応答と湿っぽい歌がただならぬ予感をあたえている。

主部は短めのスラーと漸強弱をともなった古楽特有のフレージングを実施して幾分音が薄くなるが、さっぱりと清々しい歌が流れてゆくのがアーノンクール流。

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管楽器のリズム打ちがくわわる総奏は、固い強音が杭を打つようにしっかり鳴りきるところは無骨といえるが、音楽の輪郭はすこぶる明瞭。ホルンの音を割った強奏や、管楽器のリズムを「ガシガシ」打ち込んで、弦の分散和音をかき消してしまう荒ワザを仕掛けるあたりは、武闘派アーノンクールの面門躍如たるところだ。

sv0068c.jpg朗らかな第2主題(66小節)もユニークだ。短く切り刻むようなシンコペーションと、ちょこまかとコマ鼠のように動きまわる16分音符のフィギュレーション(70小節)がコミカルなハイドン像を伝えている。

ダンスを踊り出すようなコデッタ主題(80小節)も洒落っ気とお色気たっぷりで、宮廷的な雰囲気がそこかしこに漂っている。

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「アダージョ・カンタービレではじまる序奏は、まさにこれから何がはじまるのかという期待をもたせるような問いかけがあり、こうしたところはアーノンクールの独壇場だ。そしてヴィヴーチェ・アッサイの第1主題も、8分の6拍子のリズムに乗って、雄弁な語り口だ。ニ長調の第2主題も軽妙で、アーノンクールの音楽的な語彙の豊富さに関心する。」 樋口隆一氏による月評より、WPCC4301、『レコード芸術』通巻591号、同上)


sv0068e.jpg展開部(108小節)はオーケストラの歯切れの良さが際だってくる。GからAに変わったティンパニの連打でアクセントを鮮明につける管弦の打撃(125小節)や、ティンパニの気持ちのよい一撃で駆け上がる再現部の力強いユニゾン(176小節)は音楽に活力がみなぎっている。

再現部の終止(コデッタ)の目の覚めるような総奏(210小節)の鮮度の高さも抜群である!

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第2楽章 アンダンテ
sv0068a.jpg速めのテンポで歌うズテーテン民謡は、典雅な曲想に背を向けたような素っ気なさ。「がっくり」と気のぬけたような終止など芝居じみているが、16小節目の唐突の一撃は、固定観念を打ち破らんばかりの気合いを込めて、「えい!」と力まかせに叩き込む。

これはかなりびっくりする。アーノンクールがぎょろ目をむいて、突然怒りを露わにして爆発するところがディレッタント的で、音楽マニアには嬉しい“不意打ち”だろう。

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「第1楽章ではリズムが弾み、アクセントも明瞭で心躍るようなフレーズの起伏を楽しませてくれる。やがて来る第2楽章の“びっくり音”の仕掛けをほくそ笑んでいるかのようなここでの明るさだ。」 草野次郎氏による月評より、WPCS5780、『レコード芸術』通巻675号、音楽之友社、2006年)


「第2楽章は何度聴いてもびっくりする。衝撃の鮮度が抜群にいいのだ。当時の演奏の再現ではなく、初演時に聴衆に与えた感銘を今の聴衆にパラレルに伝えたいというアーノンクールの演奏ポリシーが示された演奏である。」 ハイドン没後200年特集「期は熟した! 104曲を味わい尽くそう」より那須田務氏による、~『レコード芸術』通巻第705号、音楽之友社、2009年)


sv0068f.jpg第2楽句は、うってかわって抑揚をつけて歌い出すが、変奏部にはいると、素朴な民謡がいつしか荒れた音楽になってゆくところが傑作だ。

とくに装飾的なバロック調のオブリガートが出現する第2変奏の後半など、派手なフレージングと強いアクセントでバシバシと強圧的に決めているところに仰天してしまう。激辛スープの後の第3変奏は、清楚な木管アンサンブルが一服の清涼剤になっている。

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アーノンクールが、やたらムキになって管弦のパンチをお見舞いするダイナミックな第4変奏もかなり過激で、やおら怒りをぶちまけてやりたい放題。軍隊行進曲のような金管の連呼も苛烈で、それだけに、コーダの「とほほ・・・」と後悔するかのような気の落ち込みようは、まるで喜劇である。


第3楽章「メヌエット」アレグロ・モルト
sv0068g.jpg速いテンポのメヌエットは、ウキウキと弾むような楽しい気分に溢れている。まるで舞踏会でひらひらと舞うような軽やかさで、演奏者がノリにノって興じるさまが浮かんでくる。

トリオはちょっと思わせぶりな表情が心憎く、ドレスで着飾った女性が舞踏会で“いい男”を見つけ、「ちろちろ」と流し目でお色気を振りまくような宮廷的な雰囲気を漂わせている。
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後半では厚化粧の年増の女性(第1ヴァイオリン)の香気に惑わされた気の弱いオタクの男性(ファゴット)が、騙されてふらふらとついて行くさまを連想せずにはいられない。


第4楽章「フィナーレ」アレグロ・モルト
sv0068h.jpgフィナーレもメヌエットの気分を引き継いで、朗らかなニュアンスが満開だ。第1主題はフィギュレーションの走句で駆け走る愉悦感とみずみずしさに溢れ、テンポがぴたりと決まっている。ここで第1のサプライズは74小節の突然のゲネラル・パウゼ

2つの主題の間に「ぽっかり」と開いたエア・ポケットは、まるで別の時代に迷い込んだような不思議な気分に浸らせてくれるではないか。

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アーノンクールは「ゲネラル・パウゼは、音楽をドラマティックに盛り上げる効果を生み出す重要な道具なのです」と語るように、まるでハイドンの時代にタイムスリップしたかのように歌う第2主題の貴族的な気分は、まぎれもなくアーノンクールの世界である。


sv0068i.jpg展開部(104小節)は小気味のよいティンパニの打点にのせて、歯切れの良いアンサンブルがスピーディに展開、第2のサプライズはティンパニのトレモロがくわわる再現部のコデッタ(226小節)にやってくる。

第1主題のウラで、まるで遠雷のように轟く不気味な鼓動音が、「すわ、何ごとか」と聴き手を不安な気分に陥れるところはまるで劇音楽。

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「待ってました」とばかりに「バタバタ」と立ち上がるティンパニの物々しい連打は、思わず「やってくれるぜ!」と快哉を叫びたくなる名場面で、皮の質感を感じさせる打点のつぶ立ちの良さが耳の快感である!

爆発的な勢いをつけて突っ走るコーダの荒武者ぶりもすこぶる刺激的で、歯ごたえのあるサウンドが聴き手を興奮の坩堝に誘い込んでいる。驚きと刺激をあたえてくれること請け合いの一枚だ。


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[ 2016/05/28 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

ナヴァラのハイドン/チェロ協奏曲第2番

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ハイドン/チェロ協奏曲第2番ニ長調 作品101
アンドレ・ナヴァラ(チェロ)
ベルンハルト・パウムガルトナー指揮
ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ
Recording: 1959.6.23,24 Mozarteum, Salzburg
Licensed by Ariala-Eurodisc GmbH, Munich (DENON)
Length: 26:46 (Stereo)
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ハイドンのチェロ協奏曲第2番は、第1番が発見されるまでは唯一のチェロ協奏曲として親しまれてきた名曲だが、ハイドンが宮廷楽長をつとめていたエステルハージ公爵のチェロ奏者アントン・クラフトが書いたものではないかと疑いが持たれてきた。しかし、米国ハイドン協会が1954年にウィーンの国立図書館の地下室から自筆譜を発見するに至り、ようやくその論争に決着がついたという曰く付きの作品だ。

sv0041f.jpgオイロディスク・ヴィンテージ・コレクション(第2回)の1枚として復刻された当盤は、鮮度の高いステレオ録音に驚かされるが、ナヴァラのどっしりと構えた安定感のあるフレージングと、そこから紡ぎ出されるコクのある表現がすこぶる魅力的。

ダブル・ストッピングやハイポジョンの難所をいとも鮮やかにさばくテクニックの切れも冠絶したもので、弦を擦る弓の触感や松ヤニのしぶきすら感じさせるオン・マイクの生々しい録音が、“名人の弓さばき”をあますところなく捉えている。

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「今回復刻されたのは、ナヴァラが48歳のときの録音で、まさに最も脂の乗りきっていた時期のもの。さすがに音色は非常に張りのある艶やかなもので、技術の切れ味もすばらしい。なによりもハイドンにしろ、ボッケリーニにしろ、表現が澄みきった秋の空のように晴朗かつ爽やかだ。端正であると同時に自在感にも富み、実に魅力的な演奏だ。」 中村孝義氏による月評、COCQ84389、 『レコード芸術』通巻第687号、音楽之友社、2007年)


ここではアルトマン校訂によるオリジナル譜の管弦楽をベースに、独奏部にジュベール版を参照したと思われる技巧的な改変も見られ(終楽章コーダの技巧的パッセージや装飾音の追加など)、フルニエ盤やジャンドロン盤などと“名人の御筆先”を聴き比べてみるのも一興だろう。


第1楽章 アレグロ・モデラート、ニ長調
sv0041b.jpgナヴァラの独奏チェロは滑らかだ。木の質感をたっぷり感じさせてくれるチェロの音は魅力に溢れ、滑らかな運指が見えるように指板を動くところや、低音弦に降りて「ぐい」と弾ききる筆圧の強さは大家の風格を十全に備えている。技巧的な経過句は早ワザを控え、32音符やアルペジオ風のパッセージを粘り気味に、着実にさばく端然としたフレージングがナヴァラ流といえる。

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大きな聴きどころはスルGで歌う第2主題(50小節)。腹に響くように太い音で歌うカンタービレは雄大で、優美な楽想からゆたかな広がりを紡ぎ出すところは名人ナヴァラの真骨頂。オクターヴ上げた54小節や、ダブルストップの57小節の頭に大きく転回ターンの装飾をくわえるところも即興的で、技巧句は楷書風に細かい音符ひとつひとつが明確に弾き出されている。
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第2主題で装飾音を入れる箇所がナヴァラと同じなのがフルニエとビルスマ、50、57小節を装飾するのがデュ・プレ、54小節のみを装飾するのがロストロポーヴィチ、原譜通りに装飾をくわえないのがジャンドロンで、その演奏様式は各人各様だ。

sv0041c.jpg本盤では提示部小結尾に相当する65~70小節が省略されるが、これは半ば慣例的にジュベール編曲版に準拠したものと思われ(フルニエ盤も同様)、第2主題のひとくさりの展開を終えたあとに、独奏がしみじみと慰撫に満ちた重音で奏でる副主(71小節)がモノローグのような形で演奏される。心に沁み込むような余韻を残しつつ、第1主題の総奏(展開部)へ接続する。

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展開部(77小節)は、聴く者の心を慰めるような弦楽合奏の副主題(85~88小節)が涙をそそるが、大きな聴きどころはイ長調で再現する第1主題の独奏の後に、転調して変奏する副主題(98小節)。深まりゆく秋の気配を感じるように、名人はしっとりと潤いを込めながら、哀しみを濃厚に歌い上げてゆく。

sv0041e.jpg心を揺さぶる剛毅な分散和音とモルデント、やるせない心情を綴るハイトーンの嘆きが聴き手の心に直に響き、魂を震わせるように歌う込むクライマックス(118小節)は悲しみが頂点を極めた感があろう。粘着力のあるトリラーをくわえた弦をいっぱいに鳴らす張りのある響きがドラマティックな音楽を創り出し、その輝かしいまでの高音は名人ナヴァラの独壇場である!

明るく弾むような調子がオーケストラに戻ってくる再現部(136小節)は、原調で大らかに歌う音楽がさらにスケールを増してくる。装飾を入れずにスルDでたっぷりと弾き上げる第2主題、決めどころのフラジョレット、ブラームス風に「がっつり」と厚みのある重音を轟かせるカデンツァなど、張力のある響きに滑らかな旋律を織り交ぜる名人の弓さばきを心ゆくまで堪能させてくれる。  amazon [ナヴァラの至芸]


第2楽章 アダージョ、イ長調
sv0041g.jpgハイドンが作曲した緩除楽章の中でも最も美しいとされるアリオーソは、独奏チェロが厚みのある音をたっぷりと響かせて、コクのある歌い口で聴き手の心を惹きつける。ナヴァラの息の長いフレージングがオーケストラに乗り移ったかのように、しっとりとモーツァルト風に響かせる管弦楽の伴奏が、いかにもザルツブルクの楽団らしい。

「ここぞ」とばかりに歌い出す第1副主題(17小節)は、たっぷりとヴィヴラートをのせて、風光明媚なイタリア・アマルフィ海岸を思わせる晴朗さでカンティレーナを紡いでゆくが、崇高な気分も忘れない。高音域で咽び泣くように歌い出される主題再現(32小節)も印象的だが、翳りを帯びた中間部の第2副主題(43小節)が大きな聴きどころ。

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sv0041h.jpg極太の毛筆に入念に擦り上げた墨をたっぷりと含ませ、迷いなく書き上げる書家のごとく、肉感のある中音域を響かせるナヴァラの独奏はじつに感動的である。滔々と歌い上げる音楽は力強さの中にも憂いを秘め、つぶの揃った音の移ろいの美しさは極上のものだ。

音量ゆたかに再現する主要主題(53小節)も聴きごたえ充分で、太い音で語りかけるようにたゆたう短いカデンツァは、後ろ髪を引かれるような一抹の侘びしさすら漂わせ、その詩的な風情は名人ならではの味わいがある。

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第3楽章 アレグロ、ニ長調
sv0041d.jpg舞曲風のロンド主題はことさら軽快さを装うことなく、ウェットな気分をも見せながら、しなやかに意志の徹った懐の深い演奏だ。やおら26小節で見せる分散和音の鮮やかな弓さばきに仰天するが、いよいよナヴァラが超絶技を繰り出すのは50小節の技巧句から。

音階風パッセージと分散和音を組み合わせたパッセージは、快刀乱麻を断つがごとき弓さばきで、指板の上を縦横駆けめぐる指の動きは肌が粟立つすさまじさ。裏拍からダブルストッピングで弦を「ガッガッ」と削る第2副主題(58小節)のリズミックな躍動感も聴き手の耳を刺激する。

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明暗の楽想が交錯する中間部のミノーレ(ニ短調、111小節)は、ナヴァラの歯切れの良い弓さばきが冴え渡り、分散和音の〈エピソード〉に弓を「ザクザク」と入れるところは牛刀で鶏肉を裂くような肉体的な快感を誘っている。

sv0041i.jpgそれもそのはず、若い頃はミドル級のボクサーでならしたナヴァラは本格派のスポーツマンで知られ、その卓越した運動リズムと強靱なバネのようなボウイングで弾きぬく筆圧のつよい音楽は情熱に溢れんばかり。結尾に追加した技巧的なパッセージ(カデンツァ)もナヴァラの手の内に収めたもので、「こうあらねばならぬ」といった確信に貫かれている。

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マジョーレの再現部(172小節)は独奏の響きに潤いと艶をのせ、力強く伸び伸びと、古典にふさわしい典雅な気分を醸し出す。左右にたっぷりと広がるステレオ感や、生演奏のような弦の感触も抜群! ロンド主題の総奏のあとに多くの独奏者がやるように、管楽器のメロディーの裏で独奏が技巧的な分散和音を即興的に入れて華やぎを増しているところも聴きどころで、目の覚めるようなチェロの冴えた音に腰を抜かしてしまう。
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コーダはナヴァラの天才的な閃きと野性的な曲芸の連続にため息が出るばかり。気魄のこもった力強い分散和音が最後までとどまることを知らず、木管のメロディーや、弦楽合奏と熱っぽく掛け合いながら、切れ味するどく名曲を締め括っている。ナヴァラ絶頂期の姿を生々しく刻み込んだ聴き応えのある一枚だ。  

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[ 2015/04/24 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

ワルターのハイドン/交響曲第88番《V字》

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビア交響楽団
Recording: 1960.3.2,4,6,8 (Sonny)
Location: American Legion Hall, Hollywood
Producer: Thomas Frost
Length: 21:35 (Stereo)
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ワルター指揮の《V字》には懐かしい思い出がある。それは1970年代にCBSソニーが制作した「ワルター大全集/音のカタログ・25の記念碑」という宣伝用のLPをレコード店にもらった時のことだった。


sv0024l.jpgこのLPは、「ステレオ総集編」の中から曲のさわりの部分を詰め込んだものだったが、その音の良さとオケの上手さに筆者は飛び上がって驚いた。

筆者の学生時代は、ワルター=コロンビア響のCBSソニー盤は、カラヤン=ベルリンフィルやベーム=ウィーンフィルといったグラモフォン盤に比べて分が悪かった。

「コロンビア響って下手クソやろ。ワルターならモノラルのニューヨークフィルで聴くべきや」と友人からよく言われたが、ニューヨークのモノラル盤は想像していた以上に音が悪く、買って後悔した経験があった。

sv0024m.jpgところがコロンビア響の音の良さはどうだろう。《運命》の長いフェルマータにも仰天したが、一番心に響いたのが《V字》の第1楽章アレグロの軽快なテーマ

ほんのさわりの部分を聴いたに過ぎないが、明瞭なステレオ録音によって、緻密なアンサンブルから繰り出されるみずみずしい主題が耳に心地よく、細やかなニュアンスはもとより、血の通った人間の温かみすら感じさせるワルターの演奏は、どこか別の次元の音楽のように思えた。

このコロンビア交響楽団とは、いかなるオーケストラだったのか? これはレコーディングのために組織された臨時のオーケストラで、ロスアンジェルス・フィルのメンバーを中心にした約50名程度の編成であったことが知られている。


sv0024d.jpgストコフスキーの交響楽団でも活躍したイスラエル・ベイカーがコンサート・マスターを務め、ワルターを慕って東海岸から馳せ参じてレコーディングに参加した楽員もいたらしい。

このオーケストラに関しては否定的な意見もあるが、プルトを減らすことで室内楽的な響き緻密なアンサンブルを実現しているのが大きな魅力といってよく、とくにハイドンやモーツァルトでは成功を収めている。

演奏は決して“一丁上がり”的なものではなく、入念なリハーサルを重ねて質の高いものに仕上っていることが演奏からも判るだろう。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon 【Blu-spec CD】

「なんとあたたかい音楽だろう。ゆっくりしたテンポで通しながら、そこには味わい深い音楽がみちあふれている。古典的な格調も高い。ハイドンの音楽の本質は、こうした演奏ではじめて伝えられる。明朗で、のびやか、巨匠的な大きさをもった無類の演奏である。」 「歴史的名100選」より小石忠男氏による、『レコード芸術』通巻第381号、音楽之友社、1982年)


「このハイドンは実にふくよかな情感を古典の造形に融合させたワルターならではの名演である。V字は第2楽章のおそいテンポの歌が、現在の演奏には求められぬもので、その味わいは、ゆたかで、深い。絶品といえる。」 小石忠男氏による月評より、20AC1801、『レコード芸術』通巻第401号、音楽之友社、1982年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
《V字》(Letter V) と呼ばれるト長調の交響曲は、ロンドンで出版された時にハイドンの交響曲にAからはじまる記号をつけて、第88番の表紙にVを、第89番にWの字を付けたことに由来する。

「ハイドンの数多い交響曲の中で、古来、大指揮者と呼ばれる人たちに最も好まれたのは、《驚愕》でも《軍隊》でもなく、この地味な《第88番》である。特別に親しみやすい旋律が出てくるわけでもなく、アダ名にしても《V字》という、たいして意味のないものがついているだけだが、音楽的には充実感がすばらしく、何度聴いても飽きがこない。」 『改訂新版・宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)


sv0024e.jpgシャッキリと打ち込む心地のよい和音打撃と弦の優美な呼び交わしの序奏からして、ワルターの術に魅せられてしまう。主部は、サクサク弾む弦が小気味よく駆け走り、管を加えて強奏反復する第1主題の心地よさといったら! 裏拍から加わるバスの対位的な16分音符の伴奏動機のザリザリとした触感が抜群のステレオ感で迫ってくる。

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弦の刻みを交互に打ち返すコデッタ(小結尾)楽想のみずみずしさも抜群で、ゼクエンツの一糸乱れぬコロンビア響の合奏美を心ゆくまで堪能させてくれる。老巨匠は得心のゆくまで精緻なセッションを行ったというのも、なるほどと頷けよう。[提示部の反復なし]

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展開部(104小節)は冴えた弦楽アンサンブルが生き生きと躍動する。バスの16音符の伴奏動機をヴァイオリンが受け持ち、これが華麗に展開するところはゾクゾクさせる場面といってよく、内声の第2主題を第1主題に織り重ねる部分も決して鈍重にはならず、音楽はクリスプな味わいがある。

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フルートが小躍りするようなオブリガート装飾で典雅な気分を運んでくる再現部(179小節)は、188小節から伴奏動機が主役になって、練りに練ったアンサンブルを展開するところが大きな聴きどころ。楽想はスコアの隅々まで見透かされたかのような明晰な造形と冴えたリズム感覚によって、器楽アンサンブルの妙味を堪能させてくれる。


第2楽章 ラルゴ
sv0024h.jpgユニゾンのオーボエとチェロの独奏が奏でる美しい主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》から採られたものだ。老巨匠は名旋律と5つの変奏を、おそいテンポでしっとりと情感を込めて歌い込む。

近接マイクによるオーボエと肉感のあるチェロが、とろけるようなハーモニーを紡ぎだしているのがたまらない。
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「第2楽章は、おそらく、これ以上は無理ではないかと思えるほど遅いテンポでたっぷりと歌っている。もう今では、このような演奏は行わないが、このテンポで悠揚と歩むワルターの音楽は、ゆたかで、深い。ほかの楽章も、ふくよかな情感をたたえた演奏である。このような解釈が可能なのは、ひとりワルターのみであろう。」 小石忠男氏による月評より、28DC5032、『レコード芸術』通巻第454号、音楽之友社、1988年)


sv0024i.jpgたおやかな弓使いでため息のように応える第2フレーズ、シルキーな弦の装飾を配した第1変奏、フルートとヴァイオリンが静謐に歌う第2変奏、滑り込むように第1ヴァイオリンが主題を彩る第3変奏など、老巨匠は憂いのあるニュアンスを賛美歌の楽想に入念に擦り込んでゆく。18小節でさりげなくテンポをおとすところなど涙もの。

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ヴァイオリンとチェロが纏綿と奏でる第4変奏(83小節)も思わず悲しくなってしまうが、主調にもどる第5変奏では小鳥を模したオーボエのチャーミングな合いの手(96、98小節)を添えるあたりも心憎く、そのやさしい模声が心にしみてくる。


第3楽章 メヌエット、アレグレット
sv0024j.jpgメヌエットは精妙なアンサンブルと洗練された響きの美しさが際立っている。スピード感あふれるフレージングに落ち着きのあるリズムを配し、音楽はみずみずしく冴えわたる。驚くべきはアウフタクトの装飾音ハネあげるような歯切れの良さは名刀もかくやと思わせるもので、切れ味と鮮度の高さは抜群である!

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トリオのレントラー舞曲は、「ぶい~」とバクパイプのようなドローンを内声部ともなっているのがユニークで、ト短調の後半はいくぶん翳りを帯びながら、木管と弦が正確無比なスタッカートで緻密に協動するところも聴きどころだろう。
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第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0024k.jpgサクサクと軽快に弾む終楽章は愉悦の極みとしかいいようがない。名人芸をひけらかした類のものでは決してなく、周到にリハーサルを重ねた手作りの味わいが、えもいわれぬ温かみを醸し出している。

活き活きとハネる装飾音や、気持ちのよい小刻みの走句など、フレージングひとつをとってもワルターの意図が楽想の隅々まで行き渡り、みずみずしい音楽を巧まずして際立たせている。

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展開部(84小節)ではコロンビア響の弦楽セクションが、腕によりをかけて第1主題の変奏を料理する。爽やかな気分で駆け掛け走る愉悦感は無類のもので、再現部のさっぱりした終止打撃の後に、第2主題を弾きとばして一気呵成にコーダに突進する目の覚めるような躍動感も次元を超えたものといえる。

録音会場に選ばれたアメリカン・リージョンホールは、天井の高い、木で内装をほどこした古い造りの中型の集会場で、まるで教会堂を思わせる柔らか味のあるゆたかな残響が耳に快い。老境のワルターが見せたたおやかな抒情性と緻密なアンサンブルで聴き手を魅了する極上の一枚だ。


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[ 2014/10/07 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのハイドン/交響曲第88番 「V字」

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1951.12.5, Jesus-christus-Kirche, Berlin
Recording Producer: Freid Hammel (DG)
Balance Engineer: Heinrich Keilholz
Length: 21:04 (Mono) Olsen No.269
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オールセンによると、現存するフルトヴェングラーによる《V字》の演奏は3種の録音が残されている。その中では、イエス・キリスト教会で収録されたスタジオ録音のベルリンフィル盤が録音条件もよく、オーケストラの質の高さからいっても第1にチョイスすべきもので、格調が高く、崇高さすら漂わせる屈指の名演奏だ。

戦後のドイツ・グラモフォンでは、磁気テープを使った録音が行われていたが、《V字》は当初からセッションの予定が組まれていたものではなく、シューベルト《グレイト》を録り終えて時間が余ったことから、急遽、曲が選ばれ、リハーサルなしのぶっつけ本番で録音されることになったという。

「ドイツ・グラモフォンのために長大な《ハ長調交響曲》を入れた後、時間が余ることになりました。万事順調に運んだ後だったので、気をよくしていた指揮者と楽員たちは、残った時間で何をやろうかということを考えました。といってもすぐに始めるわけにはいかず、楽譜と演奏用のパート譜などをまず取り寄せることが必要でした。そのため練習なしで交響曲は演奏され、録音されました。これもまた幸運の産物でした。このハイドン交響曲こそ名盤の1つとなったのですから。」 エリーザベト・フルトヴェングラー著『回想のフルトヴェングラー』より、仙北谷晃一訳、白水社、1982年)



sv0010b.jpgセッションでは、例によって巨匠が震えるように指揮棒を振り下ろすと、冒頭のフォルテの和音打撃が揃わずにオーケストラが雪崩れ込んだ。すると赤ランプがついて、録音ディレクターが「マエストロ、スタートが揃わなかったのでもう一度お願いします」と、これが繰り返されること3度。

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業を煮やした巨匠は、ディレクターを呼びつけるや一喝、「おまえ、指揮しろ!」。真っ青なディレクターは「め、めっそうもありません・・・」。「ならば貴様に言い渡そう、今から第4楽章までぶっ通しでやるから、十分な録音テープを用意しておくことだ。どんなことがあろうと演奏は止めんぞ。いいか、チャンスは1度きりだ!」

「フルトヴェングラーは、終始、スタジオでは絶対的存在でした。ひたすら、目的に向かって突き進むあの態度は、実に印象的でした。当時はまだ新しかったテープ録音を利用して、一区切りつくまで、小さな間違いは委細かまわず演奏を続けたのです。誰かが思考の連続性を妨げるようなことをしたら最後、彼はもうがまんができませんでした。」 エリーザベト・フルトヴェングラー著『回想のフルトヴェングラー』より、同上)


「テープが発明されてから、録音はこま切れになり、同じところをイヤになるほどやり直すこともあり、そうした録音法にうんざりしていたベルリン・フィルの連中は、このフルトヴェングラーの裁定に、みな胸のつかえを一気に吐き出したような気持ちになった。こうしてハイドンの《V字》シンフォニーは取り直しなしに一気に演奏されて終わりになった。」 石井宏著「ベルリン・フィルで活躍したトップ・プレイヤーたち」より、~『ウィーン・フィル&ベルリン・フィル』、オントモムック、1996年)


sv0010h.jpgこの時のハイドン《V字》こそが、ベルリンフィルの最高の演奏になったと、フルトヴェグラーに請われて入団し、首席フルート奏者(1950~59)をつとめたオーレル・ニコレは述懐している。

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「フルトヴェングラーの古典への姿勢を端的に表した興味深い演奏である。フルトヴェングラーが根っからのロマンティストであったことをうがかわせる陰影の濃い、ロマンな情念を秘めた音楽で、第2楽章はきわめておそいテンポと引きずるようなリズムを基本としているが、それがまた歌のゆたかさにもつながっている。全体が堂々とした風格と格調の高さに支えられた名演である。」 小石忠男氏による月評より、MG6018、『レコード芸術』通巻第356号、音楽之友社、1980年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0010c.jpg数多いハイドンの交響曲の中で、フルトヴェングラーが好んで取り上げたのが《V字》である。戦後の演奏回数が10回、これは《時計》の16回に次いで多く、いわば巨匠のオハコといえる。曲がシンプルで完成度が高く、生き生きとした楽想を器楽的に展開する面白さといった点で、演奏家が触手を伸ばしたくなるシンフォニーだ。


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微妙なズレをともなう粘り気のあるアインザッツは、まぎれもなくフルトヴェングラーの揺れる棒から導き出されるもので、深淵な和音の響きから、厳粛な気分と来たる主部への大きな期待がおのずと湧き出るスケール感は、まさしく巨匠の音楽である。

アレグロの主部は、みずみずしく駆け走るベルリンフィルの緻密なアンサンブルに魅了させられる。機械的にキメが整えられたフレージングとは異なり、うねるような流動感を伴うところはフルベンの面目躍如といってよく、腰の重いウィーンフィルに比べればベルリンフィルは反応がよく、抜群の機動力を備えている。
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分散和音のゼクエンツをぐいぐい弾き回す分厚い弦楽サウンドに、冴えたアーティキュレーションを配する巨匠の棒さばきは絶妙の極みで、スタッカート句16分音符の分散和音が目まぐるしく交錯する小結尾(85小節)の、ツボにはまったような力強い躍動感は圧巻である![提示部の反復あり]

sv0010d.jpg展開部(104小節)は、第1主題の断片を執拗に繰り返して展開する器楽演奏の神髄を堪能させてくれる。フレーズがいとも自然に沸き上がる対位法のなめらかな処理もさることながら、それらが有機的な繋がりを持ち、内声の第2主題を第1主題に緻密に織り重ねるアンサンブルの妙技は、この楽団の自家薬籠中のもので、リハーサルなしでこれほど質の高い演奏をやってのけるところに快哉を叫びたくなる。

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再現部(179小節)は第1主題に高貴なオブリガート・フルートの装飾がくわわって、すべり込むような切分音や切れのある裏打ちの弦が、冴え冴えとしたサウンドを響かせる。コーダ(247小節)は怒りの静まった巨匠が肩の力をぬいたように、管弦がやわらかく呼び交わす終止打撃が気持ちよく響き、芸格の高さを示してあますところがない。


第2楽章 ラルゴ
オーボエとチェロの独奏が奏でるユニゾンの主題は、賛美歌「すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える」から採られたものだ。ここでチェロを弾くのは、前シーズンにブラジル交響楽団から移籍した第1ソリストのエーバーハルト・フィンケ(1950~85年在籍)だろうか。巨匠が哲学的な瞑想にふけるかのように、深沈とした弦の響きが印象的である。

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「フルトヴェングラーは技術的なことはうるさく言わなかった。それぞれの楽器グループに任せてしまっていた。そして、ソロの奏者には自由を与えた。オーボエであろうが、チェロであろうが、ソロのパートにはほとんど口を出さなかった。フルトヴェングラーが決定したのは、テンポであり、フレーズのつなぎの部分。満足できないときは、怒ったりせず、〈もっと上手くいったときがあった〉という表現をしていましたね。(フィンケ)」 川口マーン恵美著『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』より、新潮社、2008年)


sv0010e.jpg繰り返し歌われる主題は気分が少し高まるが、心に沁み込むような第2楽句、しっとりと歌うオーボエに弦の合いの手を絡める第1変奏、フルートと第1ヴァイオリンが崇高に歌い上げる第2変奏はもとより、とくにオーボエのメロディーに弦が絶妙の32音符のオブリガートを滑り込ませる第3変奏は神技といえるもので、高貴なファンタジーが滔々と溢れ出る巨匠の霊感は尽きることがない。

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弦の仄暗い響きで転調する第4変奏もすこぶる感動的で、小鳥の模声で彩る第5変奏も気分はウェットである。峻厳と打ち込まれるフォルティシモの闖入は、強音がしっかりと打ち込まれ、暗い淵をのぞき込むように、モーツァルト風の深淵な響きによって聴き手の襟を正す厳粛さをも漂わせている。


第3楽章 メヌエットーアレグレット
どっしりと力強くさばくメヌエットは安定感があり、リズムがしなやかに息づいている。装飾音を弾き切った後にもったりと間延びするウィーンフィルに比べ、べルリンフィルのフレージングにはスピードと切れがある。レントラー風のトリオはト短調で暗い影を付けながら、スタッカート&クレッシェンドで劇的に盛り上げるところがいかにも巨匠風。


第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0010f.jpg緻密なスタッカートでさばく第1主題は落ち着きのある進行で、力瘤を入れずに楽々と弾んでゆくが、低音弦のつよいリズムが支えになって、次第にダイナミックさを増していくところがフルベン流だ。とくにSACDは、ステレオ録音を思わせるシャッキリと鮮やかな響きで、従来のCDとは格の違いを感じさせてくれる。

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繰り返しをぬけて第1主題が発展する走句(33小節)から、いよいよ巨匠が目覚めたかのように力ワザを開陳する。分散和音をぐいぐい弾きとばす凄腕の弦楽集団に唖然とするが、ニ短調で翳りを付けた後に、「ここぞ」とばかりに躍り出る第2主題の走句(66小節)と猛烈な勢いで畳み込むコデッタ(小結尾)の決めどころの猛々しさは“弾丸ライナー”と双璧で、期待に違わぬフルベンの荒ワザを堪能させてくれる。
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sv0010g.jpg第1主題をフガート変奏する展開部(84小節)は、造形をいささかも崩さぬ巨匠の確固たる信念が伝わってくる。ト短調に転調するや、弦の深いフレージングと律動的なリズムを配して整然と彫琢するさまは、ジュピター交響曲(モーツァルト)を思わせる荘厳さがあり、神韻縹渺たる世界へ聴き手をいざなう巨匠の奥義を堪能させてくれる。

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シャッキリと打ち響く和音打撃のフェルマータ終止のあとに現れる第2主題の再現(195小節)は、強いティンパニの叩き込みに反応するかのようにオーケストラがはっしと走り出す。背筋がゾクゾクするようなアッチェレランドはフルベンならではの“必殺ワザ”で、軋むようなリズミックな分散和音と、コーダ(209小節)の威風堂々たる力強い終止打撃が巨匠の風格を伝えてあますところがない。

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[ 2014/05/06 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)