ジュリーニ=シカゴ響のシューベルト/交響曲第4番「悲劇的」

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シューベルト/交響曲第4番ハ短調 D417「悲劇的」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1978.3.13,14 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Günther Breest(DG)
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 31:33 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団との録音に優れた演奏が集中している。とくにDGとの“第9シリーズ”は究極の名演で知られ、ジュリーニが巨匠として大きく飛躍した時期と重なっている。

sv0080e.jpgジュリーニは晩年になるとオペラから手を引き、コンサート活動に絞って指揮を行っていたが、普段はスコアの勉強と西部劇を観る事以外にろくすっぽ興味を示さず、実業家の令嬢でやり手で知られた奥さんのマルチェッラがレコード会社との契約からダンディに決めたジャケット写真に至るまで、その一切合財を取り仕切っていた。

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ジュリーニのレパートリーは極めて狭く、ごく一部の作品に限定して繰り返し演奏していたが、シューベルトの交響曲もその例外ではない。《未完成》《グレイト》《悲劇的》のみを取り上げ、とくに《悲劇的》は晩年の2作品に劣らぬ名作として慈しんだという。

sv0080d.jpgここではジュリーニが、シカゴ響の重厚な響きを十全に生かして曲想に秘めた悲劇性を神秘的かつ厳粛に描き出す。

浪漫の香りをしっとりと漂わせ、しなやかに歌いぬくカンタービレを随所で聴かせるあたりはジュリーニの真骨頂で、余人の追随を許さぬ気品と説得力をあますところなくディスクに刻んでいる。

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録音のすばらしさも見逃せない。重量感のある弦楽器はもとより、エッジの効いたブラスの響き、骨力のある打楽器などリアリティにとんだ生々しいDGサウンドが目前に展開。厳正なリズムでさばく豪壮なスケルツォは有無を言わせぬ迫力があり、シカゴ響の重厚な“ジャーマン・サウンド”が名品に深みをあたえているのも聴きどころだろう。

Orch.LevelDateLocationⅠmovⅡmovⅢmovⅣmovTotal
BPOTestament1969.2Berlin7:448:023:098:1127:06
CSODG1978.3Chicago10:448:453:488:1631:33
BRSOSONY1993.2München11:589:313:439:0834:20

「アンサンブルが縦割りに、垂直に聞こえるが、それが毅然とした相貌を作品に与えている。オーケストラの機能が、明確な輪郭作りに見事に反映されているのである。それは、やや四角ばったメヌエット楽章に顕著であるが、けっして頑迷な印象を与えるものではない。ただ、終楽章は、短調ながらもっと覇気に溢れ、すっきりした音楽であっても良かったのではなかろうか。」 長木誠司氏による月評より、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)


「ショルティが“剛”の指揮者とすれば、ジュリーニは“柔”の指揮者だ。この両者により、今のシカゴ響の音と表現は確立された。ジュリーニの録音もいずれも名演揃いだが、作曲家別ではジュリーニの演奏したシューベルトは格別で、やはり同じ頃客演したカルロス・クライバーと並んで、シカゴ響の歴史に名を刻んでいる。マーラーやブルックナー、バルトークを得意とする大オーケストラが、シューベルトの、それも前期の作品で見せるアンサンブルは、このオーケスラのレパートリーの広さと、柔軟性をよく表している。」 山田真一著『オーケストラ大国アメリカ』より、集英社、2011年)



第1楽章 アダージォ・モルト~アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0080b.jpgベートーヴェン風の力強い和音で開始する序奏は、《アウリスのイフィゲニア》(グルック)を思わせる〈基本動機〉がただならぬ予感をあたえながら、荘重なフーガで進行するのがジュリーニ流。

しっとりと奏でるヴァイオリンに、重量感のある低音弦が重なる音場が生々しく、バスの「ザラリ」とした艶めかしい触感がグラモフォンらしい音づくりといえる。木管の調べは悲しみに打ち震え、序奏から“悲劇の予感”が「ずしり」と伝わってくる。
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sv0080c.jpg主部は、アウフタクトのスタッカートを弦がレガート気味に仕掛けるところがいかにもジュリーニ好みのアーティキュレーションだ。儚さと憂いを秘めながら、しとやかに紡ぎ出す旋律は程良く弾みなからテンポよく駆け走る。

装飾音を入れた第2楽句の切れのある弓さばきは、シカゴ響の強靭で機能的なアンサンブルが絶大な効果をあげている。

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聴きどころは優美な旋律を変イ長調で奏でる第2主題(68小節)。わずかにかかる弦のポルタメントにしっとりと艶をのせ、清冽なカンタービレを聴かせるところは“歌の指揮者”ジュリーニの独壇場。経過的な分散和音の強奏は威圧感があるが、第2主題を歌い返す量感ゆたかな低音弦と、サクサクと快適に刻む高弦のリズムが絶妙のバランスで耳の快感を誘っている[提示部は反復]。

sv0080f.jpg力強い序奏リズムで聴き手の度肝をぬく展開部厳粛なアプローチもジュリーニ流。対位楽句の押し出しの強い緊密なカノンによって、“小市民的な悲愴感にとどまる”と揶揄された作品を構えの大きな、堂々たる威容を持つ音楽に仕上げているのが驚きだ。  amazon

品の良いレガートによって、しっとりと哀しみを綴る再現部のカンタービレ“歌う指揮者”の面目が躍如しており、浪漫的な気分を大きく高めている。モーツァルト風の典雅なコーダをベートーヴェン的な重厚な響きと厳粛な気分で締めるあたりは、聴き手に媚びぬジュリーニの慧眼があろう。


第2楽章 アンダンテ
sv0080g.jpgドルチェで歌われる優美なウィーン風主題は『ピアノのための即興曲変イ長調作品142の2』と同一とされるが、ジュリーニの手にかかると物悲しさを秘めた旋律が温もりのあるフレージングによって、ゆり籠の中で子守唄を聴くような安らかな気分が横溢する。

木管の晴朗な主題に弦がそっと寄り添うようにカノンで奏でる“清らかな歌”も印象的だ。

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「ずん」と強く押し出すヘ短調の中間部は、第1楽章のモチーフを変奏して“悲劇の気分”が再現する。緻密な内声のリズムにスタッカートの力強い低音弦を打ち込むところはいかにもDGらしいエッジの効いた生々しい録音で、ジュリーニは力強さの中にもウェットな詩情と暗い影を巧みに織り込んでゆく。
主題を変奏しながら哀感を滲ませる木管のニュアンスの移ろいや、それに応える弱弦の繊美なフレージングにも耳をそば立てたい。


第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0048g.jpgスケルツォ風のメヌエットは、2拍子的なリズムをもつ3拍子を剛毅にして厳正に刻みつつ、ゆったりと振幅を保持して押し進めるところは、長いアームスから繰り出す“ジュリーニ・リズム”の独壇場。

ここでも暗色を帯びた深みのある“シカゴ・サウンド”が大きくものを言い、大蛇がのたうつような分厚いオーケストラの躍動感と強音の威力は絶大である!

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トリオ(中間部)は〈悲劇のモチーフ〉を愛らしい民謡風にアレンジした舞曲が一服の清涼剤のように安らぎをあたえてくれる。晴朗な木管のメロディーや、ワルツ風の第2楽句も聴きどころで、ウィーン風にやわらかく優雅なステップを踏む一方で、毅然と襟を正し、一片のけれん味もなくスケルツォに回帰するところなど、指揮者の真摯で堂々たる風格を示してあますところがない。


第4楽章 アレグロ
sv0036i.jpg低音の上昇フレーズから湧き上がる不安と焦燥に駆られたせわしい主題をジュリーニが切ない心情を秘めながら、情感ゆたかに、ゆとりをもって歌い回すところが心憎い。

まろやかなクラリネットと弦がやさしく対話を重ねる第2主題(85小節)も聴き逃せない。伴奏弦の刻みをサクサクと打ちながら、清流のように淀みなく流れる音楽は爽やかだ。

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提示部を締める総奏はパンチ力のある豪快な和音打撃を執拗に打ち込むが、いたずらに見得を切ったり強圧的にならないのがジュリーニの上手いところだ[提示部のリピートなし]。展開部(195小節)はひとくさりの対話のあとに、ほのぼのと晴朗に歌う木管の第3主題が飛び出すと、晴れやかな気分が増してくる。
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sv0036f.jpgしかしジュリーニは安らぎの中にとどまろうはとしない。フォルテの決めどころ(265小節)で鋭く果敢に切り込んで強固な意志を表明する。

毅然と立ち上げる総奏で明確な構成感と雄大なスケール感を打ち出して、ベートーヴェンに勝るとも劣らない作品へとヴォリューム・アップしているところはジュリーニの絶好調ぶりを物語っている。  Art of Carlo Maria Giulini

ハ長調に転じる再現部(293小節)は、第1主題、副主題、第2主題をジュリーニが腕によりを掛けたカンタービレで清冽に歌いぬく。トランペットがくわわった〈コーダ〉は重量級の“シカゴ・サウンド”のパワー全開で、どっしりと決める重厚な和音終止が悲劇のシンフォニーを力強く締めている。

ジュリーニが絶妙のカンタービレで聴き手を酔わせつつ、悲劇の重みをズシリと伝えてくれる聴き応えのある一枚だ。


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[ 2016/11/26 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのシューベルト《グレイト》

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シューベルト/交響曲第9番ハ長調 D944「ザ・グレイト」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1942.12.6-8 Philharmonie,Berlin
Recording Engineer: Dr.Friedrich Schnapp
Source: Reichs-Rundfunk-Gesellschaft (SFB)
Henning Smidth Olsen No.70 (Mono Live) 
Disc: Delta/DCCA-00004/5 (2004/12) 50:21
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この《グレイト》は、かつてフルトヴェングラー・オデッセイ(Furtwängler Odyssee)と呼ばれた大戦中の録音の1つで、1945年4月ベルリン陥落後、ソ連の文化担当将校団が放送会館で発見し、接収した帝国放送局の収録した一連のテープの中にフルトヴェングラーの指揮した30曲以上の実況録音のマスターテープが含まれていた。これらは戦利品としてモスクワに持ち去られ、その存在は噂されるも“幻の演奏”となった。

sv0033bs.jpg録音はAEGによって開発されたマグネットフォン(Magnetofon)を使ったもので、この時期すでにナチスではテープ録音を放送で実用化していた。フリードリヒ・シュナップ博士によって旧フィルハーモニーの定期公演がメインマイク1本のみによって忠実に収録され、フルトヴェングラーはこれを随分気に入っていたという。



1966年11月、ソ連を訪れた旅行者がソ連国内でこのテープを用いたフルトヴェングラーのLPが発売されていることを発見し、〈ハイフィデリティ〉誌に読者(ペンシルバニア州在住のダニエル・ギリス氏)の投稿で紹介され、西側諸国の音楽ファンに一大センセーショナルを巻き起こした。7枚はいずれも粗末な薄紙ジャケットに入ったもので、これを入手した英国ユニコーン社がダビングして発売に踏み切った。日本コロムビア盤や東芝EMI盤の原盤になったのがこのユニコーンで、筆者はこれを学生時代に夢中になって聴いた。

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「サーモンピンク色のレーベルは国内発売専用の門外不出盤で、何年頃発売されたのかいまだに不明だが、演奏はいずれも大戦中の1942-5年のライヴ録音で、いずれをとっても熱のこもった迫力ある演奏ばかりである。メロディアはレコード番号を片面ごとに附するので、2連続番号は両面にまたがることを示す。〈33D-010033/4 シューベルト交響曲第7(9)盤 1942年録音〉は、ベルリン・フィルハーモニーにおける録音だが、6月のものか12月のものかは定かではない。米ではターナバウト社より1970年10月TV4364にて、日本では1971年3月DXM109にてコロムビアより発売された。」 岡田又彦編『フルトヴェングラー・カラー・ライブラリー』より~『レコード芸術』通巻407号、音楽之友社、1984年)



sv0033h.jpgオリジナルテープは鉄のカーテンの彼方で幻となっていたが、1987年10月、思わぬ形で出現した。自由ベルリン放送局(SFB)のクラウス・ラング博士が中心になってソ連と交渉を重ねた末、22本の録音テープのコピーが返還され、これをもとにSFBが「Furtwängler Odyssee」と題して1988年4月にオンエアし、DGから10枚のCDか発売された。これはわが国でも大きな反響を呼び、翌年3月と8月にNHK-FMでもオン・エア(桧山浩介氏の解説)され、筆者も機を逃さずレコード店に走ったものだ。

ところが、返還された22本のテープはオリジナル録音からのマスターコピーではなく、モスクワ放送局でオンエアする時にコピーされ、すでに相当使い古した複製からのデジタル・コピーであることが判明。しかも返還されたテープは残響が付加され、技術的に除去することが出来ずそのままの形でDGが18本をCDで発売した経緯があった。

これまで一連の録音は門外不出とされ、ライセンス契約はおろか輸出まで頑なに拒否していたメロディア社だが、1990年秋、日本向けに新たにカッティングしたLP(全23巻)の発売を予告した時は驚いた。12月に1巻~11巻(レニングラード市街のイラストによる新デザインの黒レーベルを使用)が新世界レコード社から発売され、12巻~23巻はLPの原材料の不足というロシアの経済事情で発売が1992年12月に延期されたものの、筆者は目の色を変えて輸入レコード店にオーダーし、到着を首を長くして待ったのを思い出す。

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今回、あらたに耳にしたのが板起しのデルタ盤(DCCA-00004/5)。これは「青色大聖火盤ガスト56」からの復刻盤で、“ガスト”とは「全ソ国家規格」のこと。2桁の数字は1956年に改訂された国家規格に準拠し、LP化は56~61年を示す。産業五又は七ヵ年計画によって61、68、73年規格(ピンクレーベル)、80年規格(白レーベル)と続き、66年に西側に知られたサーモン・ピンクのレーベルは再プレス盤(ガスト61)で、これ以前の50年代末に聖火(青トーチ)、灯台、VSGなどの“初期プレス”がソ連に存在していたという。

sv0033g.jpgこの青トーチ盤やVSG盤がマニアの間で珍重され、ことに後者がコレクターの間で神品扱いされているのは、これらの初期メロディア盤が新鮮なテープからストレートにLP化されていることに他ならない。

青トーチから復刻したデルタ盤は、針音を軽減するフィルターを使用せずにノイズを軽減したというCDで、ヴェールを1枚剥ぎ取ったような鮮明な音に驚かされ、特に第2、3楽章は音像がくっきりしている。

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エコーで音像がボヤけたDG盤を聴き慣れた耳にはシャッキリと歯応えのある響きが魅力的。同じく青トーチから板起しされたオーパス蔵盤(OPK7010)は低音がよく入り、音の情報量が多い。現存するフルトヴェングラー指揮の《グレイト》は6種の録音が確認されている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1942.5.31-6.1or12.6-8Philharmonie, BerlinMelodiyaO_ 70
VPO1943.5.12Konzerthus, StokholmDiscocrpO_ 81
BPO1950.6.18Titania Palast, BerlinJapan ATO_204
BPO1951.11.27,28,12.2.4Jesus-Christus, BerlinDGO_270
VPO1953.8.30Festspielhaus, SalzburgRCAO_363
BPO1953.9.15Titania Palast, BerlinFonit CetraO_369

sv0033p.jpg粒ぞろいの《グレイト》の中で、定評のある演奏がベルリンフィルを指揮した①と④で、スタジオ録音の④に対して当盤①(オールセン番号70)はライヴ録音であることからテンポの変転の激しい白熱した演奏であることは疑う余地がなく、数あるフルトヴェングラーの録音の中でも屈指の演奏として絶賛されている。

演奏日に関しては、これまで特定されていなかったが、同じ日のH.シューベルトの録音が1992年にメロディアからレコード化されたことによって12月6-8日にほぼ確定したとみられる。

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「一般には1951年のスタジオ録音の評判が良いが、僕はこの1942年のライヴ録音の方を好む。それはあまりにもフルトヴェングラー的であり、彼がこれほどまで自己の感情を赤裸々に爆発させた演奏も少ないからである。」 宇野功芳著 「フルトヴェングラーの何が偉大なのか」より~文藝別冊『フルトヴェングラー至高の指揮者』、河出書房新社、2011年)


「フルトヴェングラーの臭いがプンプンする、きわめて個性的な演奏だ。デュナーミクの表情が濃厚にシューベルトを語り、特に第2楽章が美しい。またこの指揮者らしく、テンポの伸び縮みもきわめて意志的で、それが作る表情の振幅も非常に大きい。ファンには嬉しいだろうが、普遍的な表現かどうかは疑問に思う聴き手も多いに違いない。当盤の音質は従来のディスクよりもさらに鮮明でリアルなサウンドだ。LP盤をトレースする針音も残っているが、鑑賞にはまったく支障ない。」 松沢憲氏による、DCCA-00004/5、『レコード芸術』通巻第653号、音楽之友社、2005年)



第1楽章 アンダンテ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0033j.jpgパイプ椅子の軋みや、ホルンのこだまがデルタ盤から明瞭に聴き取れるのが驚きで、神秘の泉から湧き上がるチェロの肉厚の旋律と、重厚な総奏はまぎれもなくフルベン流。3連音リズムが現れると、巨匠は早くも74小節から倍速のアッチェレランドで我武者羅に突っ走る。

爆発的なダイナミズムでオケを煽りながら、頂点の主部へ乱入する荒武者ぶりは何度聴いても鳥肌が立つ場面で、巨匠は熱き血が脈打つパッションによって聴き手を長大なシンフォニーに引き込む力業を開陳する。

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苛烈な3連音リズムを打ち込んで躍進する第1主題、大減速して悲しみを綴るラヴェンダー売りの娘の唄(第2主題)、厳粛な気分で朗唱するトロンボーンのソリ(第3主題)など、めくるめく楽想の変転をあたかも劇音楽のように、ドラマチック捌いてゆくところは巨匠の独壇場。「彼岸的なものの証言」と巨匠が語るトロンボーンの旋律(199小節)の2分音符をタイのように伸ばして歌わせるのはベルリンフィルで使う“奥の手”で、《第9》に似た〈歓喜の頌歌〉のモチーフ(228小節)で熱狂するところは、身を奮い立たせるような雄渾な気分が漲っている。
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sv0033l.jpg提示部を締める5音の連続強打やトロンボーン主題を「バリバリ」とぶちかます展開部の豪快な気風もこの盤の大きな魅力で、3連音の豪打が炸裂する決めどころ(316小節)の阿修羅のごとき荒ワザはフルベンの面目が躍如する。

コーダ手前の568小節から、すごい加速をかけて狂ったようにヒートアップするところもこの盤の大きな聴きどころで、許容の限界を超えたテンポの生成と生の感情が噴出するような烈しく燃え上がるドラマ性が聴く者を圧倒。見得を切るような終止の豪打も巨匠らしい風格に充ちている。

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「フルトヴェングラーでも、これだけ感情を生に爆発させた例は珍しいほどだ。第1楽章の主部をこんなに速いテンポで、これほど燃え上がるような迫力で指揮した人をぼくは知らない。テンポの極端な変動も自在に行われ、提示部と展開部のそれぞれの終わりの部分や、コーダなどのアッチェレランドは気違いじみており、時には唐突である。展開部の終りで大きくテンポを落としたまま、再現部でア・テンポに戻らず、そのまま進行するのも即興的だ。展開部の最後におけるホルンとティンパニの最強奏など、いったい何事がはじまったのかと思うほどだし、コーダの決め方もさすがだ。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0033k.jpg「鉄槌を振り下ろすようなスフォルザンド」(ジョン・アードイン)と著されるティンパニを叩きつける強烈な一撃には思わず仰天するが、弦楽器が大きなボウイングで弾みを付け、行進メロディを切り裂くように弾き切るフレージングがすさまじい。一撃の衝撃感ではデルタ盤が勝り、次いでメロディアLP、ドリームライフのSACDを採ろう。

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大きな聴きどころは、優しい響きが天から降りてくる第2主題(93小節)。アダージョ風にしっとりと奏でる弦と、柔和な木管が歌い継ぐ旋律の美しさと崇高さはいかばかりだろう。静寂の中から“天の使い”のホルン(シューマン)が降りてきて、弦のリテヌートで想いを込めながら第1主題へ帰るところの寂漠とした風情に恍惚となってしまう。

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sv0033m.jpg最大の山場はフォルティシモが炸裂する第1主題の強奏展開(248小節)。鉄血サウンドを全開した後に“断罪的な総休止”が出現する。淋しげなピッツィカートとチェロのモノローグ、第2主題の変奏メロディーを繰り出す木管パートの味わい深さも巨匠の奥義を伝えたものだ。

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フルトヴェングラーはこの休止を長く取ることで知られているが、メロディアLPではここで裏面に変わるために正確な“間”が不明で(メロディアCDは僅か1秒)、ユニコーン原盤の東芝LP4秒、デルタ盤7秒、オーパス盤9秒、ドリームライフ盤4秒、返還テープのDG盤は9秒である。

LevelDisc no.MediaⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=TotalⅡ-250bar休止
東芝EMIWF60050LP13:1516:049:1810:1648:530:04
MelodiyaM10-10033-007LP13:4316:419:3410:3150:290:04
MelodiyaMELCD-1001108CD13:3116:229:2510:1949:370:01
DGF20G-29094CD13:3516:379:2710:2750:060:09
DeltaDCCA-00004/5CD13:3916:409:3310:2950:210:07
Opus蔵OPK7010CD13:4016:419:3210:3050:230:09
DreamlifeDLCA7010CD13:4116:409:3310:2950:230:04


第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0033n.jpg音楽が凄みを増してくるのは、低音弦が唸りを上げて「ガシガシ」と打撃を打ち込む展開部の総奏(105小節)からで、第2旋律を大波のようにうねり回し、これが次第に熱狂の嵐となって聴き手の興奮の坩堝に巻き込んでゆくところがすごい。再現部の緻密なアンサンブルや、第2トリオの転調によるニュアンスのうつろいも聴きどころのひとつだろう。
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楽章最後の和音がフェードアウトして途切れるのは青トーチ盤自体の問題と思われるが、エコーがないのが何よりも嬉しい。残響が「オワ~ン」と歪む返還テープのDG盤や、90年プレスのメロディアLPにもエコーが認められる。ドリームライフのSACDもエコーが付加されたのか、ゴウゴウと響いて気持ち悪く、逆にユニコーン系LPはピッチが不正確だが忠実にコピーしたのか、聴き比べてみると以外にしっかりした音で鳴っているのに驚かされる。


第4楽章 フィナーレ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0033o.jpg大見得を切るような遅い開始はフルベンのみに許される幕開きで、疾風のように第1主題とエピソードを駆け走り、84小節の総奏で限界点に達するが、これをものともせず一気呵成に進軍ラッパ(143小節)を打ち込むところに快哉を叫びたくなる。

歌謡風の第2主題もビートを効かせた熱い“フルベン節”が全開。ともすれば聴き手を退屈させる単調なリズムの反復は激しく揺れ動き、巨匠は熱狂の渦の中へ聴き手を駆り立ててゆく。
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「1942年の《グレイト》は、フルトヴェングラーの全録音の中でも極めつけのひとつである。何しろこれだけテンポが激変し、繊細な弱音から凶暴とも言える強音までの幅広いダイナミックは空前であろう。私も初めてこの演奏を聴いた時、それこそいても立ってもいられぬ気持ちになったことを鮮明に覚えている。第4楽章冒頭は物々しいほど主題を遅く奏し、そのあとみるみるアッチェレランドして興奮をあおるところなども、フルトヴェングラー以外にはなし得ぬ表現である。」 平林直哉著 「フルトヴェングラーの後期ロマン派」より~文藝別冊 『フルトヴェングラー至高の指揮者』、河出書房新社、2011年)


「終楽章は、1942年のレコーディングのほうが、あとのほうよりは速く、フルトヴェングラーの第二次世界大戦中の演奏会と関連してすさまじい。1951年盤の終楽章の結尾が偉大なるクライマックスであるとすれば、1942年盤の、足を力いっぱい踏みならすような野生的なリズムには、聴き手をぞっとさせるような迫力がある。」 ピーター・ピリー著 『レコードのフルトヴェングラー』より、横山一雄訳、音楽之友社、1983年)


sv0033q.jpg〈歓喜の主題〉を思わせる新たな旋律を軸に荒れ狂う展開部(386小節)は、トロンボーンが第2主題を打ち込む疾風怒涛のカノンに酔わせてくれるが、英雄的なエピソードを展開して熱狂する再現部もすさまじく、734~41小節にティンパニのトレモロ追加して、751小節の終止にも一発入れる改変が即興的で、神がかり的なものといえる。

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最後のクライマックスは第1主題の断片で呼びかけるコーダ(974小節)にやってくる。第2主題のフォルティシモの4連打を「これでもか」と打ち込む頂点の力ワザ(1058小節)は圧巻で、馬車馬を鞭打つようにビートを打ち、限界点ギリギリまで加速をかけで炎のように燃え上がる。トランペットと弦楽器は力を込めて踏み鳴らし、ティンパニの強打を轟かせて締め括る。巨匠が大戦下のベルリンで完全燃焼した渾身の一枚だ。


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[ 2015/01/14 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)

カラヤンの「アヴェ・マリア」

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シューベルト/「アヴェ・マリア」 変ロ長調 作品52-6
レオンタイン・プライス(ソプラノ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.6.3-5 Sofiensaal, Wien (DECCA)
Producer: John Culshaw
Length: 5:23 (Stereo)
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カラヤンは1959~65年に英デッカにウィーンフィルとの一連のレコーディングを行っている。このディスクは50代になったばかりの新進気鋭のカラヤンが、ウィーンフィルのまろやかな音色を生かしてLP15枚分の管弦楽の名曲を指揮し、ジョン・カルショウ率いる録音チームがこれをステレオ収録した。

sv0031b.jpgこの一連のデッカ録音は、半世紀過ぎた今なお、数年おきに一枚千円で限定生産される超人気シリーズ。とくに大物歌手のレオンタイン・プライスを起用したこのアルバムはシリーズの中でも屈指の一枚で、大ベストセラーになった名録音だ。

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デッカ専属のカラヤン=ウィーンフィルと、RCA専属のレオンタイン・プライスという超大物スターの共演は、デッカとRCAの交換契約によって実現したもので、プライス主演の歌劇《カルメン》(ビゼー)をRCAで録音した見返りとして、当録音では英デッカがプライスを借り受けるかたちでセッションが組まれたものだ。

sv0031j.jpg13曲を収めたというのがクリスマスのアルバムらしからぬ不吉な予感をいだかせるが、これらはシューベルト、アダン、グノー、モーツァルトといった名曲にオーケストラの伴奏をなみなみと盛りつけたもので、メロディアスな節回しにのってプライスが抜群の歌唱力を発揮。とくに《アヴェ・マリア》は、カラヤンの耽美的ともいえる絶妙の節回しによって美麗の限りをつくしたもので、カラヤン・ファンにはたまらない一枚だろう。  amazon

「プライスの歌唱はクリスマスにふさわしく敬虔で清らか。お得意のアイーダやトスカとはまた別の、頭声の響きを主体としたしなやかな歌い口は彼女の高い音楽性を証明するものである。無伴奏で歌った〈おさなごイエス〉の純粋さには心が洗われるし、有名な〈オー・ホーリー・ナイト〉がこれほど格調高く歌われた例も希だろう。カラヤンもさすがに巧く、〈アヴェ・マリア〉ではさりげなく歌に寄り添っている。アルバムとしての内容は軽いが、これを彼女の名盤のひとつに挙げて異論はあるまい。」 太田直樹氏による月評より、KICC9301『レコード芸術』通巻589号、音楽之友社、1999年)


「なんと豪華で贅沢なクリスマス・アルバムだろう。カラヤンとウィーン・フィル、そしてまさに絶頂期にあったレオンティーン・プライスによって61年に録音されたこの“クリスマス・アルバム”は、クラシックの分野におけるこの種のアルバムの“4番打者”の地位を、録音から40年以上を経た今日でも保持している。通俗名曲や小品におけるカラヤンの完成度の高い“仕事”は改めて述べるまでもないが、プライスの声の最も美しい時期に、このアルバムが録音されたことは特筆してよいだろう。」 岩下眞好氏による月評より、UCCD3442、『レコード芸術』通巻639号、音楽之友社、2003年)



《シューベルトのアヴェ・マリア》(ドイツ語)、変ロ長調、作品52-6 D.839
「アヴェ・マリア」は聖母マリアさまを「たたえまつる」という意味で、「おめでとう、マリア」と訳され、ローマ・カトリック教会の教典にある聖母マリアへの祈祷文(ラテン語)で祈りを捧げるときに使われる。祈祷のための教会音楽や、この祈祷文を歌詞にしたものをはじめ、多くの作曲家の手による《アヴェ・マリア》が存在する。

sv0031c.jpgとくに有名な作品がシューベルトの《アヴェ・マリア》。これは祈祷文ではなく、イギリスの詩人ウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』の一節にシューベルトが曲を付けたもので、父とともに王に追放され、洞穴に身を隠すスコットランドのダグラスの姫君エレンが、老臣ベインの竪琴にあわせて聖母マリアに助けを求めて祈りの言葉を口ずさむ、という内容を歌ったもの。演奏されるサバチーニ編曲は、ロマンティックな気分がより強調されて、カラヤン好みのものといえる。   amazon

「アヴェ・マリア。やさしい処女。どうぞ乙女の願いを聞いてください。硬い荒れた岩でさえも、あなたの守護があるなら、やわらかくなるでしょう。あなたがほほえみになるなら、この湿った洞くつもばらの香りが漂うでしょう。父のために祈るおとめに、やさしいご加護を垂れさせたまえ。」 志鳥栄八郎著『世界の名曲とレコード』増補改訂版より、誠文堂新光社、1974年)


竪琴を模したハープの6連音符の伴奏にのって歌われる厳粛なしらべは、清らかな乙女ごころの敬虔な気分に充ちている。カラヤンの魔の手は、ここに高貴な気分妖しい色香を巧みにしのび込ませる。驚くことに、カラヤンは1曲目にプライスの歌は入れず、「主役は自分だ」といわんばかりに、まずオーケストラだけで嫋々と歌いあげてゆく。これはまさしく“カラ・オケ”にほかならない。

弱音からそっと導き出される〈ア~ヴェ・マリ~ア〉の冒頭のフレーズの絶妙の出だしはため息が出るほどで、弦をこすって、これほど美しく、憧憬と哀しさをこめて、清らかに歌わせることの出来る指揮者はカラヤンのほかをおいているだろうか。たとえようもない静謐のなかに、カラヤンの狡獪な意図も見え隠れする。あたかも〈ア~ヴェ・カラ~ヤ~ン〉と自らを賛美するかのように。

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sv0031d.jpgはて、「カラ・オケ」では、原曲の2小節目4分休符を完全に無視して〈ア~ヴェ・マリ~ア〉の「最後のア」の4分音符を2分音符のように弾いて、〈ユング・フラウ〉に切れ目なく繋げている。また、7小節アウフタクトの前の8分休符も完全に無視し、続くフレーズに滑らかに繋げてしまうといった改変が確信犯的に行われている(歌唱は原譜どおりに歌っている)。必要以上に磨きをかけ、音楽を耳あたりよく仕上げるムード・ミュージック的な手口は、カラヤンのあざといところといえる。   amazon

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しかし、旋律線を美麗なレガートによって、ゆったりと揺らせながら妖艶に紡いでゆく音楽は何ら作為を感じさせないところがカラヤンの恐ろしいところで、上昇音の16音符に少し溜めを入れてさりげなく見得を切ったり(3小節)、3連16分音符をもったいぶったように緩急をつけるやり方(4、5小節)や、思わせぶりな装飾音の歌いまわし(6小節)など、旋律のいたる箇所に聴き手の俗耳をくすぐる仕掛けが巧妙に配されており、カラヤンの手練手管の誘惑に負けてしまいそうになる。
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7小節めアウフタクトから歌われる展開部のドラマチックな高揚感も比類がなく、ここでウィーンフィルの甘美な弦が大きくものをいう。名器にやわらかなレガートをかけ、甘い香りで聴き手を酔わせる手口はカラヤンの常套手段で、みずみずしくも濡れたような感触は涙もの。艶をたっぷりのせて頂点で心をこめるように、さりげなくテンポを落とすところは究極のカラヤン美学を開陳したもので、これが見せかけのものとわかっていても、感動のあまりに胸がいっぱいになってしまうのは筆者だけではないはずだ。
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sv0031f.jpgオーケストラにこれだけ歌われてしまうと独唱者はさぞ歌いにくかろう、と思いきや、プライスの歌唱はそんな危惧を払拭してくれる。カラヤンの取りまわす伴奏に上手く乗せられながらも、それに流されず、格調高く歌い上げるあたりは大物ぶりをいかんなく発揮する。

3連16分音符をもったいをつけずに、きっぱりと見得をきるように歌うところは、抜群の存在感を見せている。恋人にそっと寄りそうようなカラヤンの繊美な伴奏も心憎くく、プライスの歌唱を巧まずして引き立たせている。

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何よりも素晴らしいのがプライスの声質だ。絶頂期の録音だけあって、しっとりと濡れたような極上の美声をびひかせている。この透きとおるような歌声は、パミーナ(モーツァルト歌劇『魔笛』)やジルダ(ヴェルディ歌劇『リゴレット』)だって立派に歌ってくれそうな「リリコ・ソプラノ」を思わせる抒情性を感じさせてくれるではないか。

sv0031g.jpg9小節目から、ヴィリー・ボスコフスキーと思われる独奏ヴァイオリンが、プライスに寄りそうように絡み、デュエットを奏でるご馳走が用意されている。まさに至れり尽くせりの《アヴェ・マリア》といえる。少し遅れ気味に奏でる甘美な独奏ヴァイオリンが「これでもか」とロマンティックなムードを演出し、しとやかに歌われる乙女の祈りの音楽が、聴き手を敬虔な気分と深い感動に包みこんでくれる。

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かつては、『カラヤンのクリスマス・プレゼント』というアンチ・カラヤン派の嘲笑が聞こえてきそうな俗っぽいタイトルだったが、小品といえども決して手を抜かないカラヤンとプライスの“音楽の贈り物”として、何度でも繰り返し聴きたくなる珠玉の一枚だ。


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[ 2014/12/23 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)