ジュリーニ=シカゴ響のドヴォルザーク《新世界から》

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ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1977.4.2,6 Chicago Orchestra Hall
Recording Producer: Günther Breest
Director: Cord Garben
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 45:48 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団を指揮してすばらしい録音の数々を遺している。

sv0080d.jpgとくに〈第9シリーズ〉は究極の名演として知られ、マーラー、ブルックナー、シューベルトと並んで賞賛されているのがドヴォルザークの《新世界》だ。

この《新世界》は、DGのシカゴ響シリーズ第4弾として1978年6月にLPが発売されて推薦盤になったもので、前年にはマーラーの第9番がレコードアカデミー賞(交響曲部門)を受賞してジュリーニが巨匠として急速に飛躍し、クローズアップされた時期のもの。
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sv0036i.jpgレコード・ジャケットも発売当時は大評判になったもので、シルク・ハットをかぶって渋くきめたジュリーニのいでたちはイタリアン・マフィアの親分を彷彿させる。

映画俳優のようなジュリーニのダンディぶりは、じつは実業家の令嬢で、やり手で知られた奥さんのマルチェッラの演出によるものとされる。
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「ジュリーニーは実際面では“本当にどうしようもない人”で、ルックスがいいのは、マルチェッラが彼の求めに応じて、テイラーにすばらしいカットの服を注文してくれるからである。」 ヘレナ・マテオプーロス著『マエストロ』より、石原俊訳、アルファベータ、2006年)


sv0090a.jpgジュリーニはドヴォルザークの交響曲を若い頃より得意のレパートリーとしていたが、トスカニーニ流の颯爽とした早いテンポのフィルハーモニア管との演奏(1961年)から大きな変貌を遂げている。  amazon

ここにはある種の取っつきにくさがあるものの、シカゴ響の重厚なサウンドによるシンフォニックなスケール感厳粛な味わい深さを合わせもった硬派の演奏といえる。


sv0090b.jpgオーケストラを厳しく統制した気骨のある第1楽章、しみじみと歌わせる第2楽章中間部、歌心あふれる第3楽章トリオ、オーケストラがパワフルに炸裂するフィナーレのパンチ力など聴きどころは満載。

なかんずく名物奏者を揃えたシカゴ響の強力なブラス・セクションの“鳴りっぷり” を堪能されてくれるのもこの盤の魅力といえる。今回、オリジナルジャケットで発売されたSHM-CDは貴重なもので、廃盤になる前に是非とも入手しておきたい。
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Orch.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
PO1961.1Kingsway HallEMI9:1612:337:5011:1740:56
CSO1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
RCO1992.5ConcertgebouwSONY10:1015:298:2112:5446:54

「ジュリーニがこの演奏で示した音楽洞察力の個性的な深さと厳粛なばかりのきびしさとは、全く驚くべきものである。好んでドヴォルザークを踏み台に自分を飾り棚に立てようなどというのではなく、強い気管に支えられ、どこまでも厳しく監視された、締まった美しさを生命としている。それは磨き上げれた細工もののつぎはぎではなく、一貫して滔々と流れてゆく純粋な抒情の上に立っている。ただその抒情の質が世俗の舌触りの良さから遠のいてゆくのを感じないわけにはいかないが、この〈新世界〉もいわば辛口の名品というおもむきのもので、女子学生がコンパでおしゃべりしながらたしなめることのできる通俗酒的な一般性とは遠い世界のものである。この名品はまちがっても一部の通人の趣味に甘んずる性格のものではありえない。」 大木正興氏による月評より、MG1112、『レコード芸術』通巻第329号より、音楽之友社、1978年)


「細部に至るまで驚くほど細心な表現である。しかし全体には劇性がゆたかに表されており、決して神経質いっぽうではない。そればかりか旋律線をゆとりをもって存分に歌わせており、それを古典的といえるほど端正な造形でまとめているので、洗練された音楽が生まれた。第1楽章の提示部を反復しているのも、ジュリーニの演奏様式に関係している。」 小石忠男氏による月評より、F28G22067、『レコード芸術』通巻第459号、音楽之友社、1988年)


「ジュリーニ最盛期の録音のひとつであり、以前のフィルハーモニア管との演奏に見られたオーケストラの掌握の甘さも、この後に見られる遅すぎるテンポによる牽強付会な晦渋さもなく、実にバランスの取れた、そして瞬発力にも優れた演奏である。細かいアーティキュレーションまで念入りに統一され、表現は練れて、丸みを帯びているかと思えば、トゥッティの切り込みは鋭く果敢で、若々しさと老巧さが束の間交差した、稀代の名演奏と言えるだろう。」 長木誠司氏による月評より、POCG3175、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)



第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト
sv0080f.jpg序奏は低音弦をたっぷり鳴らした重厚で構えの大きな音楽だ。トゥッティのスケール感も絶大で、頂点のティンパニの決めどころは打点の生々しさを堪能させてくれる。

提示部の音楽運びも重量感があり、武骨なまでに力強く突き進む。黒人霊歌〈薔薇売りモーゼス老人〉が出所とされる第2主題(91小節)は歌わせ過ぎないが、低音弦がゆたかにたゆたう対声部の心地よさや、黒人霊歌〈静かに揺れよ、優しの馬車〉コデッタ主題(149小節)の繊細でリリカルな味わいがジュリーニらしい(提示部の反復あり)。 
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sv0080a.jpg展開部パンチの効いたシカゴ・ブラスが立ち上がる。コデッタ主題を打ち込むトランペットにガッツリと喰らい付くトロンボーンの第1主題を強調して、押し出しの強い造形を決めているところは、グラモフォンらしいエッジの効いた録音がものをいう。

再現部も間然とするところがなく、ジュリーニの入念なアーティキュレーションによって、味わい深く歌い込まれてゆくのも聴きどころだろう。
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sv0080g.jpgコーダ(396小節)はガソリンを満タンにした大排気量のシカゴ響が爆発する。ここでは、同じシカゴ響で聴くクーベリック、ライナー、ショルティといった竹を割ったようにストレートで押し切る“強力派”の演奏とは一線を画し、ジュリーニは過剰に攻め込むことを戒める。

名技性を生かしながらも頑なにイン・テンポを守って“暴れ馬”の手綱を締め、冷静な棒さばきによって終止を決めるあたりは品格の高さを感じさせてくれよう。
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決めどころのトランペットのファンファーレ(412小節)は期待に違わぬ“神様のクレッシェンド”を聴かせてくれるが、なおも余力を残した金管奏者の打ちっぷりは、シカゴ響(教)信者にはたまらない魅力だろう。

ここで、第2主題(または第3主題)ともされるコデッタ主題の5小節目後半は、旧版のスコアでは提示部(149小節)が付点音符、再現部(370小節)が8分音符になっているが、譜面通りに演奏するクーベリック、ライナーに対し、ジュリーニとショルティは提示部・再現部とも木管は8分音符、弦は付点音符で演奏しているのをチェックしておきたい。
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Cond.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
Kubelik1951.11Orchestra HallMercury8:4111:267:2610:3438:07
Reiner1957.11Orchestra HallRCA8:4212:247:3310:2839:07
Giulini1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
Levine1981.6Medinah TempleRCA10:5012:147:1510:4741:06
Solti1983.1Orchestra HalDECCA11:5814:038:0611:0845:15


第2楽章 ラルゴ
sv0090g.jpgピアノで歌うイングリッシュ・ホルンの〈家路〉主題は美感の限りを尽くしたもので、独奏楽器がスピーカーから仄かに浮かび上がってくるような奥行き感や、ホルンの2重奏が次第に遠のいてゆく遠近感を特筆したい。

朝比奈はラルゴを2倍遅いテンポで吹かせたために、大フィルの弦楽器奏者は「もう弓が足りまへん」とぼやいた逸話が残されているが、ジュリーニはさらに上をいく遅いテンポで演奏しているのが驚きだ。
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sv0004c.jpgしっとりと哀しみを綴る中間部も美しい。ここでは副主題を伴奏するコントラバスのピッツィカートを強めに奏するのが効果的で、啜り泣くような弦の嘆き、纏綿とレガートで歌い込む息の長いメノ、木管がさえずる瑞々しい森のダンス、「ここぞ」とばかりブラスが豪快に吼える第1楽章の主題回想など、聴きどころが満載。

心に染み入るように奏でる潤いのある弦楽のエンディングは、あまりの切なさで胸がいっぱいになってしまう。
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第3楽章 スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ
sv0090c.jpgスケルツォは強靱かつしなやかなジュリーニ・リズムの独壇場。ガッシリとした重厚なサウンドが聴き手の耳を惹きつけ、堅固な造形に揺るぎがない。

柔らかに打ち込むティンパニの打点と肉感のあるホルンの吹奏が気持ちよく、ジュリーニの長いアームスから繰り出される振幅のあるリズム感覚と、柔軟なフレージングによる上質のサウンドに魅せられてしまうのは筆者だけではないだろう。  amazon

第1トリオは〈カールおじさん〉の伸びやかな歌を、第2トリオは付点を伴ったワルツの歌謡旋律を木管パートがよく歌う。ここで伴奏を受けもつ弦楽の分散和音までを踊るように歌わせているのが驚きで、ドイツ系指揮者にはおよそ考えもつかない芸当をジュリーニはやってのけている。第1楽章の主題をホルンが冴えた音で再現するコーダも嬉しいご馳走だ。

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第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0090d.jpgフィナーレはマッシヴなシカゴ・ブラスが冴えわたる。ホルン、トランペットがパンチを効かせて勇壮に突き進むのが痛快で、とくにトランペットのメタリックな響きが際立っている。
これを歌い継ぐシルキーな弦の音色や、3連音リズムで躍動する筋肉質のオーケストラ・サウンドに酔わされてしまう。トランペットを突出させて歌い上げる喜悦の主題や、解像度の高いリズム処理で躍動する農民舞踊のマルカート主題も聴きのがせない。 
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sv0090e.jpg展開部は〈家路〉のテーマ(第2楽章)を対抗させながら再現部に向かって突き進んでゆくが、既出の素材の綾を丹念に、精緻に絡めてゆくのがジュリーニの巧いところだ。

その頂点たる再現部(198小節)で満を持して爆発する行進テーマの強音の威力は絶大である! チェロが滔々と歌い返す第2主題のカンタービレ(231小節)の美しさも冠絶しており、 “歌の指揮者”ジュリーニの面目が躍如している。

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sv0090f.jpgトロンボーンが吹奏する第1楽章の主題を迎え撃つように大きく見得を切る290小節や、 “伝家の宝刀”を抜くかのように放歌高吟するウン・ポコ・メノ・モッソ(333小節)のトランペットは名物奏者を擁したこの楽団の“お約束事”で、 “弦付きブラバン” と揶揄されるオーケストラならではの必殺の終止といえる。

名指揮者ジュリーニの格調高い音楽と名人オケのヴィルトゥオジティを堪能されてくれる玄人好みの1枚だ。

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[ 2017/05/19 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのドヴォルザーク/交響曲第9番《新世界》

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ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1941.11.30, Philharmony, Berlin
Origin: Relief RL813
LP: Relief 27PC-84(M)
Length: 36:21 (Mono)
CD: 30CD3036  amazon

年の瀬が押し迫った1982年、音楽雑誌に何気なく目を通していると、日本フォノグラムの発売予告の記事に筆者の目が釘付けになった。何と、フルトヴェングラーが大戦中にベルリンフィルを指揮した《新世界》の実況録音が発掘されたという。これはリヒテンシュタインのレリーフという新興レーベルから発売されたREL813を原盤とするもので、音楽ファンには衝撃的なニュースだった。

sv0070j.jpgこれまで、個人のエアチェックやダビングをソースとする海賊系レーベルから、「新発見!」「まだあった!」という“殺し文句”によって、巨匠のライヴ録音が劣悪な音質によって続々と掘り起こされてきたが、もはや音源は枯渇し、愛好家の過熱がピークを過ぎたと思われた時期に《新世界》が忽然と現れたのだから、マニアには涎の出るものだった。


いつもは、この手の新譜にはおよび腰の筆者も、この時ばかりは発売を首を長くして待った記憶がある。嘗てベトーヴェンの第2や第8で“前科二犯”の日本フォノグラムだが、このワイヤー録音は、当時ベルリンフィルの首席ホルン奏者のマルティン・ツィラー氏(1935~73年在籍、2009年96歳で死去)が証言したことから、疑う余地はなかった。

「ここ数年、この録音の出現ほど世界中のフルトヴェングラー愛好家に大きなショックを与えたものはない。オリジナルのワイヤー録音はH.ハフナーがドイツで発見したとしか伝えられていないが、当時のベルリンフィルのホルン奏者M.ジラーの証言が決め手となって愛好家の前に登場した。オリジナルのワイヤーは相当な修復が必要だったらしく、作業はフランス・パテ社の技術者によって行われたむねスイス・フ協会報が報じている。」 桧山浩介編『フルトヴェングラー・ディスコグラフィ』~「レコード芸術」1984年、音楽之友社)


「この演奏に関しては信憑性を疑う向きもあるが、録音が行われた当時ベルリンフィルのホルン奏者だったマルティン・ツィラーは、本物であると主張した。またレリーフ盤にライナーノーツを書いたウルス・ヴェーバーも、フィルハーモニーの音響はバイロイト祝祭劇場に並ぶ独特のものであり、この演奏はまぎれもなくフィルハーモニーで録音されていると考えている。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


sv0065e.jpg演奏記録によると、フルトヴェングラーが《新世界》をベルリンフィルの定期公演で取り上げたのは、1925年10月18、19日と、1941年11月29、30、12月1日の5回のみで、戦後ベルリンフィルに復帰してからは一度も指揮していない。

桧山浩介氏によれば、1948年にアルゼンチンのコンロン劇場オーケストラに客演した際に、予定曲目として《新世界》が予告されたが結局、演奏されなかったという。


演奏は期待に違わず、すさまじいものだ。第1楽章コーダでは無我夢中に荒れ狂い、一気呵成に畳み込む気魄に充ちた棒さばきは尋常ではなく、悲痛なラルゴ、嵐のようなスケルツォ、ドラマチックに完全燃焼したフィナーレなど、「これぞ、まさしくフルベン!」と筆者は舌鼓を打ち、快哉を叫んだものである。モコモコと揺れる音もなんのその、音の芯が潰れていることや、第2楽章終わりの2小節が欠落しているなんぞ気に留めることもなく、むしゃぶりつくように聴き入った。

sv0028l.jpg「こんな埃にまみれたキナ臭い代物に、 2,700円も出して買う馬鹿がいるのか」とフルベン愛好家をせせら笑う友人の言を後目に、「まあ、いっぺん聴いてみろい」と筆者は優越感に浸ってほくそ笑んだものだ。

今思えば、「むしろ薄明かりの中で、ゆらぐ燈明に照らし出される本尊はよけい聖化される」(柴田南雄氏)というのも、なるほど、真理を衝いているかも知れない。


ところが、この演奏、じつはオスヴァルト・カバスタ指揮、ミュンヘンフィル (1944年7月14日)の演奏と判明した。またしても夢は幻と化したわけだが、演奏がすばらしいだけに満足感が勝り、一杯食わされたという気はしない。この録音が発売されるに至った経緯は平林直哉氏による「フルトヴェングラー事件簿」 『フルトヴェングラー没後50周年記念』、学習研究社、2005年)に詳しい。

sv0070b.jpg同書によれば、1952年にロワイヤル(ROYALE)というレーベルから、カール・リスト指揮ベルリン交響楽団という怪しげな名前で大量に発売されたものが初出とされる。

これと同じソースの録音テープが1970年頃のドイツの蚤の市で売られ、演奏者不明であったことから、いつしかフルトヴェングラーのものではないかと噂されるようになったという。


真偽についてはレリーフ盤発売当初から疑問視されており、英フルトヴェングラー協会報にはR.スミッソン氏が非フルトヴェングラーの見解を明らかにし、エリーザベト夫人の回想録(フランス語版)に付属するH.J.テスタス編ディスコグラフィでも、この演奏
は“authenticite incertain”の扱いとされていた(桧山浩介編ディスコグラフィ参考)。

sv0070c.jpg1990年、ドイツの研究家エルンスト・ルンペ氏は、オスヴァルト・カバスタが同じ曲を演奏したテープをバイエルン放送協会のアーカイブから発見した。

演奏時間がレリーフ盤と秒単位まで同じで、第2楽章の終わりのコントラバスの和音が2つ欠落していることが決定的な証拠として、この謎を解き明かしたのである ジョン・アードイン著『グレート・レコーディングス』より)


オスヴァルト・カバスタ(Oswald Kabasta)なる指揮者は一体何者なのか。カバスタは1896年オーストリア生まれの指揮者で、「忘れえぬ指揮者」( 『レコード芸術』通巻525号)によると、ブルックナーの演奏にかけては定評をもつとされる。バーデン市立歌劇場やグラーツ歌劇場の音楽監督をつとめ、ウィーン交響楽団、ミュンヘンフィルの首席指揮者を歴任。熱心なナチ党員だったかどで戦後は一切の演奏活動を禁止され、50歳の時に服毒自殺によって生涯を終えた悲劇の指揮者である。


第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト
瞑想的な旋律が神秘の泉から湧き上がるように、コクのある弦楽器や根太いホルンなど、浪漫の気分が横溢する序奏は気分充分である。警告的な弦の打撃はかなり暴力的だが、狂ったように頂点に駆け上がる指揮者の気魄に充ちた力ワザに、のっけからゾクゾクしてしまう。

「ワイヤー録音といわれ、大きなレベル変動や細かな速度ムラなどによる聴きにくいところはあるが、全曲を通して意外なほど雑音が少なく、Fレンジが狭いなりに耳をあまり刺激しないバランスになっており、貧しい音ながら聴き手に熱気が伝わり、しばし時がたつのも忘れてしまう。」 三井啓氏による録音評より、30CD3036 、 『レコード芸術』通巻第428号、音楽之友社、1986年)


sv0070d.jpg主部は速いテンポで急き立てるように進行する。小結尾(149小節)のフルートフルートがト長調で歌うコデッタ主題(第3主題)でテンポを少し落とすが、落ち着く間もなく加速を掛けて勇猛果敢に展開部に突進するところなど、音楽は覇気に充ち、きわめて情熱的である。

展開部はホルンのコデッタ主題とトロンボーンの第1主題を交互に、がっつりと吹き上げる男性的な逞しさは無類のもので、堅固なたたずまいと明確な構成感はいかにもドイツ風だ。
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再現部はテンポが絶えず揺れ動き、不安な気分と不断の闘争精神が交錯する楽想の変転がスリルを喚起する。低音弦を礎に、しっかりと支えられた安定感のある音楽は、まさしくドイツの巨匠を思わせるもので、フルートがしみじみと情感を込めて歌い上げる第2主題(312小節)のフルートもすこぶる感動的だ。
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sv0070e.jpgコーダは覇気満々、熱っぽい表現によって一気呵成に畳み込む。トランペット(コデッタ主題)とトロンボーン(第1主題)を峻烈に重ね、聴き手を嵐の渦の中に引き込むようなクライマックスに肌が粟立ってくる。
Kabasta Conducts Mozart/Schubert

420小節から「これでもか」と猛烈なアッチェレランドを仕掛け、その手をいささかも緩めぬ凄絶なフィニッシュは音楽が破綻寸前で、これぞフルベンのみが成せる“必殺ワザ”と、心が躍っても無理からぬところだ。

「とくに第1楽章は凄い。その緩急自在のテンポは独自のデュナーミクと組み合わされ、大胆この上ない表情の起伏、嵐のような熱狂の表情をつくるが、それがきわめて音楽的であり、不自然さはまったくないのである。私はいまだかつて、これほど凄絶な〈新世界より〉をきいたことがない。しかも劇性がたんに空転することはない。楽想の性格と表情がぴたりと一致しており、2つの主題の対比はもちろんのこと、ソナタ形式の構造が実にわかりやすく表出されているのである。」 小石忠男氏による月評より、27PC84 、 『レコード芸術』通巻第390号、音楽之友社、1983年)


「この快活な第9番を、フルトヴェングラーの演奏ではないと判断する手がかりはここにはないが、全体にフルトヴェングラーのものと言ってもおかしくない音楽的な手がかりはいくつか存在する。第1楽章の幕開けがぎりぎりまで謎めいた雰囲気を保ち、9小節目で宙に漂うような間が入った後に、弦楽器が突然熱を帯びてアクセントをきかせる。これはすでにお馴染みの手法である。速度がくっきりと変化したり、旋律に特別なはずみがついてアーチを描くように進むのも、フルトヴェングラー独特の特徴だろう。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より)



第2楽章 ラルゴ
sv0070f.jpg「家路」の主題を奏でる鄙びたコールアングレが味わい深く、絶妙のテンポ・ルバートと心のこもった切ない歌がじつに感動的で、和音の爆発的なクレッシェンドはいかにもフルベンを思わせる。

小結尾(42小節)の1、2番ホルンの2重奏が不安定なのが気になるところで、ツィラーほどの名手が、これが本当に自分たちの演奏だと思ったのだろうか。
Kabasta Conducts Bruckner Symphony 7

中間部で歌われる第2主題(副主題)で、悲哀感をしっとりと紡ぐクラリネットの副旋律や身を切るようなメノ・モッソの弦が、深い悲しみを刻印しているのが聴きどころだろう。第1楽章の主題を峻厳と打ちこむトロンボーン、テューバは音が潰れるほどの強音で、汚い音に聴こえるのは貧しい録音のせいもあるだろう。
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第3楽章 スケルツォ-モルト・ヴィヴァーチェ
sv0070g.jpgスケルツォの音楽は、まさにフルベン節が全開といってよく、30小節からクレッシェンド・モルトによる切迫した追い込み方や、終止で見せるアッチェレランドの手綱さばきにゾクゾクしてしまう。
Kabasta - 1943/44 Broadcasts

トリオの歌い回しの上手さも特筆モノで、第1トリオ(“カールおじさん”の主題)の滔々と歌うコクのあるチェロや、第2トリオ(舞曲)のテンポの流動感とデュナーミクの高揚感も絶妙の極といえる。

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スケルツォの再現で見せる爆発的な総奏など何事かと思わせる力業で、ゲネラル・パウゼの後に“固い一撃”を迷いなくぶち込む終止和音も壮絶の一語に尽きる。


第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0070h.jpg威風堂々とインテンポで突き進むどっしりとした行進曲は、プロイセン風の堅固なスタイルだ。ガンガン叩き込む和音打撃の力強さは圧巻で、霧の中からクラリネットの第2主題が浮かび上がるところは、〈魔弾の射手〉(ウェーバー)を思わせるではないか。  Kabasta Bruckner

これが喜びの音楽となって上り詰める意気揚々とした高揚感も比類がなく、熱い歌心が脈打っている。
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大きなリタルダンドを配する展開部は表現がものものしい。第1楽章の主題を使った低音弦の応答や、ヴィオラの刻む堅実なリズム打ちが音楽をしっかりと支え、第2楽章の主題を金管が爆発的に打ち込むところは聴き手も力がこもる! みるみるテンポを速めて再現部へ突入するドラマチックな音楽作りも指揮者の熱き血潮が噴出するかのようで、大見得をきるような行進テーマの再現もじつにドラマチックだ。

コーダは指揮者が手綱をいささかも緩めることなく、八方破れに突き進む。力瘤を振り回し、とてつもない迫力で盛り上がるメノのユニゾンは、指揮者の血のたぎりすら感じさせる凄味のあるもので、指揮者のパッションに応えるように、力を振り絞るオーケストラの怒号が名曲を力強く結んでいる。幻とはいえ、束の間の夢を見させてくれた筆者には思い出の深い一枚だ。


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[ 2016/06/30 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)

アーノンクールのドヴォルザーク/交響曲第8番

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ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調 作品88
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1998.12 Concertgebou, Amsterdam
CD: WPCS21201 (TELDEC)
Reissue: 2004/1
Length: 36:26 (Digital)
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古楽器演奏の旗手ニコラウス・アーノンクールは、1952年にウィーン交響楽団に入団し、チェロ奏者として17年間在籍していたことで知られている。入団オーディションでは音楽監督をつとめていたカラヤンの前で十八番のドヴォルザークの協奏曲を弾いたほどチェコの音楽はアーノンクールにとって慣れ親しんだ音楽だった。

「私が弾いていた頃のウィーン交響楽団のメンバーは、多くの人がチェコ人であったり、チェコの祖先を持つ人たちでした。ドヴォルザークの交響曲などを演奏すると、メンバーの半分が涙をこらえられなくなって、むせび泣きし始めたものです。こうした感性は私自身のなかにもあり、これらの音楽は、心をゆさぶる何かを持っているのです。それはスラヴ的な感受性であり、別れを象徴するような、涙を誘うような要素に満ちています。スケルツォの始めのところなど、もうため息がでてしまいます。」 「ニコラウス・アーノンクール、ドヴォルザークとチェコ音楽について語る」より)


sv0045e.jpg筆者は古楽系の指揮者は食わず嫌いのところがあるが、アーノンクールを聴くと“嬉しい不意打ち”に出会うことが多い。ギョロ目をむいて、怒ったような顔で指揮をするさまは、どこか喜劇役者を思わせるが、ふだん聴き慣れた音楽から斬新な切り口で新たな道を切り開くクリエイティヴな音楽家といえる。

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ここで聴く“ドボはち”は、アーノンクールの手にかかると、民芸品的な土臭い部分や浪漫的なコレステロールがさっぱりと洗い落とされ、まるで作曲されたばかりのような新鮮な響きで聴こえてくるのが大きなサプライズ。しかも、素朴な懐かしい歌がそこかしこに流れている。

sv0045b.jpg80年代から客演したコンセルトヘボウ管のいぶし銀のトーンも特筆される。モダン楽器のオーケストラから古楽の経験を生かしたピュアなハーモニーを引き出し、克明なアーティキュレーションを駆使してアーノンクールが独自の作品解釈で切り込んでゆくところがこの盤の最大の魅力。ここ一番で腕の冴えをみせる名門楽団のパフォーマンスにも大拍手。

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「7番につづくアーノンクールのドヴォルザーク第2弾である。前作がかなり理屈っぽく、説明的で、音楽を聴くというよりは答案を読んでいるような演奏だったのに対し、今回の8番はスコアの細かい分析が肉付きのよいひびきの充実感を伴って表れるので、もっと普遍性が高い。」 宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻590号、音楽之友社、1999年)


「近年の最も注目すべき録音はアーノンクール&ロイヤル・コンセルトヘボウ管。この指揮者とドヴォルザークがイメージ的に結びつかない、というところで損をしているが、これほど入念なアーティキュレーションとダイナミクスの変化に富み、ドヴォルザークの卓抜な動機操作が明らかになる演奏は希有だ。しかも強引さは感じられず、アーノンクール自身がドヴォルザークの音楽における自然の息吹を呼吸しているという趣。」 新編名曲名盤300(3)より矢澤孝樹氏による、『レコード芸術』通巻710号、音楽之友社、2009年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0045c.jpgゆったりとしたテンポで、しっとりと情感をこめて奏でるチェロの序奏テーマは哀愁たっぷりだ。高音が息長くたなびくフルートとピッコロの澄み切った第1主題(第2句)や、リズミカルなステップで小気味よく駆け走る弦の走句がみずみずしく、そこから立ち上がる主題総奏は、ブラスとティンパニの冴えた打ち込みによってワクワクするような手応えを感じさせてくれる。

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行進曲風フレーズ(39小節)のたっぷりふくらませる歌い口はユニークだが、キビキビとはずむ弦のスタッカートや、シャッキリと打ち込む管のリズムがじつに気持ちよく決まっている。大きくルバートをかけて第2主題へと繋げる経過句の入念な処理もすこぶる個性的だ。

sv0045d.jpg聴きどころは木管が物憂いメロディーを奏するロ短調の第2主題(76小節)。木管の溶け合うハーモニーの美しさは特筆モノで、柔らかに揺らせる独特のフレージングによって、スラヴの哀歌が情感ゆたかに歌われてゆく。ロ長調の第2句(101小節)も弦に独自のアーティキュレーションで力感を排し、余韻を持たせているのがおもしろい。

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音楽が大きく動き出すのは展開部157小節。弦のスタッカートでやおら走り出すところは芝居気たっぷりだ。ヴィオラの歌の上でフルートが装飾的に舞うエレガントな表情や、第1ヴァイオリンの緻密なスピッカートに木管が牧歌調の歌を添えるところなど、細やかな表情付けがそこかしこに聴いてとれるのに驚かされてしまう。
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sv0045h.jpgこの楽章の頂点は8分音符の鋭い和音を連打する202小節。アーノンクールは「ここぞ」とばかりに力を込めて第1主題を再現する。シャッキリと打ち込む和音打撃や獅子吼するブラスなど歯ごたえのある音が聴き手の耳を刺激する。大見得を切るように導入主題の総奏(219小節)へ突進する荒ワザを繰り広げるところは、武闘派アーノンクールの独壇場である!

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コーダに向かって、管弦の響きがさらに鮮度を増してくるのがこの演奏の凄いところだ。第2主題(第2句)の総奏でトロンボーンを誇らしげに「バリバリ」と効かせているのも刺激的で、コンセルトヘボウ管のブラスが「待ってました」とばかりに炸裂。キレのあるビートにのって、シャープに打ち込まれる打撃は鮮烈としかいいようがなく、ティンパニが間髪をいれずに叩き込む切れのあるフィニッシュは超絶を極めた感があろう。


第2楽章 アダージョ
sv0045f.jpg夕日の沈む古城のほとりにたたずむ作曲者の想いを綴った音楽は、速いテンポで歌われる。フルートのアウフタクトを強い3連符で吹かせて、まるで小鳥が目をつり上げて怒ったように啼いているところに仰天させられるが、ゆったりと情感をこめて奏でる内省的なクラリネットとの対比が鮮やかで、これが奇妙な緊張感を生んでいる。
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「アルノンクール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤は、冒頭の主要主題を飾り気なく奏させた後、11小節で32分音符を奏するフルートのフレーズを3連符に変更して吹かせており、独特の鋭い響きを発しているが、これはスプラフォン版のスコアの校訂報告にも記載されていない変更である。」「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖 [6]」より満津岡信育氏による~『レコード芸術』通巻708号、音楽之友社、2009年)


sv0045g.jpg中間部は舞曲風のリズムにのって、上質の木管セクションが村祭りの喜びの気分を情趣ゆたかに歌い出す。聴きところはト長調の独奏ヴァイオリンで、やわらかなヴィブラートとポルタメントによって素朴なメロディーが馥郁と匂い立つ。主題再現(77小節)の冴えたトランペットや、竹を割るような歯切れの良いティンパニの打ち込みも痛快である。

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第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ
sv0045i.jpgレントラー風の哀調を帯びた美しいメロディを、アーノンクールはコンセルトヘボウ管特有のくすんだ色調で歌わせる。カラヤンで聴き慣れた“とろり”とした過剰なロマン的情緒や管弦のゴージャスな響きといったアクを抜き、サラサラと風韻よく響かせるところは淡いリリシズムをほどよきバランスで表現した品格のあるものといえる。

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ワルツ風のトリオ(87小節)はこの楽団自慢の木管セクションがよく歌う。作曲者が歌劇『頑固ものたち』のアリアから転用した名旋律を、気品を絶やすことなく、弦のゆるやかなリズム打ちにのって、しっとりと紡いでゆくところがたまらない。
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弦のリピートは、通常ならゆたかなオーケストラ・サウンドでなみなみと歌い返したくなるところだが、アーノンクールは通俗とは一線を引き、音量を抑えた古楽的な歌わせ方で俗耳に新鮮に響かせる。反復箇所はアーティキュレーションを変えて揺さぶりを入れるのもユニークで、溌剌としたコーダの躍動感が終曲への期待感を高めている。


第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0045j.jpgアーノンクールの個性が際立つのが変奏部(42小節)の民族舞曲。ここで古楽風のアプローチでスコナー舞曲を料理するのが驚きで、漸強弱によって力点に変化をつけた弦の第1変奏や、明快なティンパニの打点にのってひた走る第2変奏(総奏)はゴージャスな管弦楽で押し切るカラヤンとは対極をなすものだ。

第3変奏のフルート独奏は、まるでバロック音楽のような高貴な響きで淀みなく奏するのも、なるほど、アーノンクールの世界といえる。
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聴きどころはハ短調の副主題(120小節)。“コガネムシの主題”ともよばれるジプシー調の第5変奏は哀愁たっぷりで、土俗的な副主題の総奏でトロンボーンが主題の輪郭を強調したり、第2ヴァイオリンが一気に駆け抜けてファンファーレを再現する場面(216小節)で視界を鮮やかに切り開くあたりも、何か新しいことをやらずにはいられないアーノンクール独自の解釈に酔わされてしまう。

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sv0045m.jpg最大のサプライズはチェロの主楽想の再現(250小節)。はて? ここは聴き慣れたメロディが少し違って聴こえてくるではないか。よく聴くと、253小節の8分音符の4つ目の音がH音まで降りて次の小節にタイで結ばれるのではなく、C音に変更して弾いている。これはちょっと奇妙だ。

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ノヴェロ社や全音のスコアはC音になっているので、その通りに弾いているのだが、冒頭の主題(26小節)はH音まで降りているので、ほとんどの演奏は再現もこれと同じ音で弾くのが一般的だ(チェコの出版譜とノヴェロ社のパート譜はH)。しかし、1音変えただけで作曲されたばかりの、まったく別の音楽のように聴かせてしまうところはアーノンクールの慧眼があろう。
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sv0045r.jpgティンパニの歯切れよい打点から繰り出す総奏(第15変奏)は快調なテンポで走り出す。ホルンのトリルを冴え冴えと響かせ、コーダ(353小節)からピウ・アニマート(373小節)にかけて段階的にアクセルを踏み込んでヒート・アップするところが即興的で、颯爽とした音のドラマが展開する。過剰なロマンやコージャスな管弦楽に背を向けて、斬新な切り口でスラヴのファンタジーを綴った出色の一枚だ。

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[ 2015/06/13 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)