アンセルメ=パリ音楽院管のシェエラザード

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リムスキー・コルサコフ/交響組曲〈シェエラザード〉op.35
エルネスト・アンセルメ指揮
ピエール・ネリニ(solo Violin)パリ音楽院管弦楽団
Recording: 1954.9 La Maison de la Mutualité, Paris
Recording Producer: Victor Olof (DECCA)
Recording Engineer: James Brown
Length: 41:50 (Stereo)
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スイスの巨匠エルネスト・アンセルメが、フランス、スペイン音楽とならんで最も得意としていたのがロシア音楽で、中でも《シェエラザード》アンセルメ十八番の演目だ。アンセルメの指揮した演奏は4種のレコードがのこされているが、1954年のパリ音楽院盤は同曲最初のステレオ録音とされる。

「ステレオ録音盤で最初の《シェエラザード》で、当時はとにかく左右のスピーカーから違う音が出てくればステレオだ。しかし、この演奏、オーケストラが一列横隊に並んでいると言われたりしましたね(笑)」(小林利之氏)。「確かに平面的。そのかわり左右の広がりはすごかった」(宇野功芳氏)。 「現代名盤鑑定団37」より、~『レコード芸術』通巻第628号、音楽之友社、2003年)


sv0114a.jpgアンセルメの《シェエラザード》といえば後年のスイス・ロマンド盤が有名だが、このパリ音楽院管弦楽団との旧盤は、兎にも角にもこの時代のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器が特徴だ。

何よりも個性的なのが20世紀初頭から伝統的に用いられていたフランス式バソンやピストン式フレンチホルンに代表される管楽器の音色にあった。
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sv0114b.jpg首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェやジョルジュ・バルボドゥに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞いがこの盤の最大の魅力で、独奏のの美しさや合奏の煌びやかさなど、この時代の同楽団ならではの名人芸が繰り広げられている。

紋切り調でサラっと流しながらも、独奏パートでは手綱をゆるめてソロ奏者の妙技を引き立たせているのもアンセルメの上手いところで、奏者たちが自由に歌いまわし、その腕前をあますところなく披露している。  amazon

アンセルメはコンサートで、この曲を一千回以上も指揮をしたと伝えられているが、王妃シェエラザードがトルコの暴君シャリアール王に一千一晩にわたって語りきかせた物語を、スイスのアンセルメ翁がお洒落な音色と語り口によって描いた音の絵巻物といえる。


第1楽章 「海とシンドバッドの船」 ラルゴ・エ・マエストーソ
sv0114c.jpg王妃シェエラザードの語りをあらわす独奏ヴァイオリンは、ネリニの弁舌さわやかな3連音フレーズが印象的で、冴えた高音とフォーカスの定まった音程に魅せられてしまう。

シュヴァルベ、クレバース、スタリーク、グリューエンバーグ、ヨルダノフ、キュッヒルといった名うてのコンサート・マスターたちの演奏と比べても遜色なく、清新な歌い口と小粋なフレージングは群を抜いている。
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主部は大海原の情景。シャリアール王の主題が〈海の動機〉となって、アンセルメは清風にのったセーリングのような爽やかな航海をやってのける。さっぱりと捌く弦のフレージングやサクサクとした軽妙なリズム打ちは、ねばりを入れてこってりと味付けるロシアのスタイルとは一線を画したものだ。

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sv0114d.jpg船の主題〉(70小節)はフルートの繊細な味わい、「こだま」のようなホルン、〈シンドバッドの旋律〉を歌うチャーミングなオーボエ、とろけるようなクラリネット、優雅なチェロの波打ちといったデッカの“音のご馳走”が満載で、これらが宝石のように散りばめられている。

波間にたゆたう独奏ヴァイオリンのエレガントなフレージングや、3連音動機が展開するオーケストレーションの華やかさにも耳をそば立てたい。  amazon

大きな聴きどころは〈海の主題〉の再現(114小節)で、冴え冴えと響くブラス、さわやかに打ち寄せる弦の波、シャッキリと打ち込む和音打撃など、煌びやかな管弦楽の粋を心ゆくまで堪能させてくれる。

とりわけトランペットが強烈なヴィブラートをかけて放歌高吟する主題の展開(201小節)は眩暈がするほどで、高音域の輝きと艶をはなつ管楽器セクションの瀟洒な響きに酔わされてしまう。


第2楽章 「カランダール王子の物語」 レント
sv0114e.jpgここでも冴えた高音を聴かせる独奏ヴァイオリンや、うらぶれた情感を醸し出すフランス式バソン、チャルメラのように歌い回すフレンチ・オーボエなど、個性的な音色とよろめくような節回しで歌い継ぐところは魅力たっぷりだ。

〈シェエラザードの主題〉の小粋で颯爽としたアンセルメの足取りも印象的で、物憂げなチェロの問いかけに、オーボエとホルンがしとやかに応答してゆくところはエレガントの極みといえる。

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sv0114f.jpg〈王の怒り〉をあらわす第2主題(中間部)はザリザリと凄まじい音をたてて削る生々しい低音弦や、ミュートを装着したトランペットのカップが震える音に仰天してしまう。

見得を切るように突入するテンポ・ジュストも芝居気たっぷりで、トロンボーンとトランペットの派手な打ち合いを皮切りに、パリ音楽院の華麗なるブラスの饗宴をとくと堪能させてくれる。パンチの効いたトランペットの衝撃感と目の覚めるような高音は驚異的だ!

カデンツァの妙技も聴き逃せない。「ここぞ」とばかりに腕をふるうクラリネットとファゴットの独奏をはじめ、濃淡を付けた伴奏弦の生々しいピッツィカートや目も眩むような色彩感のある管楽器など、まばゆいばかりに輝く鮮烈な音場に酔わされてしまう。冴えたピッコロや鮮やかなハープのアドリブが目の前に浮かび上がるシーン(421小節)は録音芸術が極まった感があろう。


第3楽章 「若き王子と王女」 アンダンテ・クワジ・アレグレット
sv0088g.jpg王子が愛を告白するロマンティックな主題をアンセルメは淡い色調でエレガントに歌い出す。

濃厚な節回しやルバートを多用せず、サラリと流す歌い口はアンセルメの得意とするところで、孔雀が羽を広げたような装飾句をデリケートな弱音によって、ごく控えめに盛りつける品の良さ。
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中間部は、小太鼓のリズムに乗った〈王女の舞曲〉(第2主題)。王女が王子の求愛に答える喜びの場面で、チャーミングな木管に艶をのせた弦がしっとりと歌い返すところはロマンテックな気分がいやがおうにも高まってくる。

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sv0114g.jpgピッコロ、タンブリン、トライアングルがくわわった異国情緒あふれる管弦楽に、メタリックなトランペットが打ち込まれる華やぎのある音場(123小節)も特筆されよう。

主題再現(127小節)のすすり泣くような弦のカンタービレもたまらない。シェエラザードのアルペジオに木管が美しく絡みつくところは“涙もの”で、クマライマックスで独奏ヴァイオリンが艶をたっぷりのせて歌い上げる〈愛の成就〉の(154小節)の高揚感といったら!
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第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」
sv0114h.jpg主部は〈バグダッドの祭り〉。祭りの気分が軽快なフットワークによってサクサクと歯切れ良く展開する。

〈カランダール王子の主題〉に転換する場面(105小節)で目の覚めるようなトランペットが見得を切るように打ち込む音場の鮮やかさや、木管がリズミカルにひた走る快適な進行に思わずゾクゾクしてしまう。嵐の到来を告げる展開部(180小節)は、いよいよオーケストラが本腰を入れて吼えかかる。
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sv0114i.jpg〈海の主題〉の爆発的な総奏(274小節)を皮切りに、煌めくように踊る木管、バリバリと打ち放つ腰の強いトロンボーン、シャッキリと打ち込む和音打撃など、切れば血の出る鮮やかさ〈バグダッドの祭り〉が描き出されてゆく。

最大の山場はピッコロが韋駄天走りで突進するピウ・ストレット(496小節)。低音弦が躍動感たっぷりにクライマックスへ向けてひた走るところは聴き手の興奮を誘う聴きどころだ。
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sv0114j.jpgブラスの強奏は耳が痛くなるほどで、〈海の主題〉にヴィブラートを効かせ、強烈なハイトーンで放歌高吟するトランペット(598小節)が抜群の存在感を示している! 

船が大破し撃沈するとどめのファンファーレ(621小節)は、金管の音色にうるさい巨匠も奏者に下駄を預けてやりたい放題。耳に突き刺さるようなブラスの刺激的な音場は「ほんまデッカ?」と耳を疑いたくなる。
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1964年、アンセルメは単身来日してNHK交響楽団交響楽団を指揮した。このときの記者会見は実に痛快だった。ある記者の「日本のオーケストラはいかがですか」という質問に、「だめですね。音がきたない。楽器を全部取り替えなければ。特に金管はね。オーケストラは、いつも美しい響きで鳴らなくては」。この歯に衣を着せぬ答えに、関係者は真っ青になった。 『志鳥栄八郎のディスク手帳』より 音楽之友社、2000年)


嵐は静まり、低音弦で出す〈シャリアール王の主題〉は次第に怒りを解き、独奏に溶け合いながら淋しげな面もちで消えてゆく。名残惜しげに奏でるシェエラザードの詩情味ゆたかな調べが感動的だ。1950年代のパリ音楽院管弦楽団の管楽器の冴えた音を明瞭なステレオ録音で堪能出来るお買い得の一枚だ。


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[ 2018/05/12 ] 音楽 R.コルサコフ | TB(-) | CM(-)

朝比奈のリムスキー=コルサコフ〈シェエラザード〉

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リムスキー=コルサコフ/交響組曲〈シェエラザード〉作品35
朝比奈 隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.11.22 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 47:02 (Digital Live)
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《シェエラザード》は朝比奈にとって深いかかわりがある。プロの指揮者としてデビューして4年後、関東軍の嘱託軍属という立場で新京とハルビンのオーケストラを振るために朝比奈は満州に渡った。帝政ロシアの極東への拠点であったハルビンは、当時“東洋のパリ”と称された美しい街で、革命を逃れた白系ロシア人がオーケストラに所属していた。

朝比奈が師事したエマヌエル・メッテル(1878~1941)もまた革命を逃れてハルビンへ移住したユダヤ系ロシア人で、グラズノフとリムスキー=コルサコフに師事したことから、朝比奈はリムスキー=コルサコフのいわば“正統の孫弟子”ということになろう。

sv0021f.jpg1945年3月、 戦局が次第に不利になる中、全満州の音楽家を総動員した合同オーケストラを組織して「全満合同大演奏会」が挙行され、交響詩《蒙古》(大木正夫作曲)、ヴァイオリン協奏曲(ベートーヴェン)、《シェエラザード》という演目を朝比奈が振って満州各地を巡回した。独奏を務めたのは当時18歳の辻久子で、アンコールは《軍艦マーチ》を150人の編成で盛大に演奏して士気を高めたという。

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「戦局が不利になればなるほど満州国の文化面に力を入れなくては、というわけで、全満のオーケストラを一同に集めよとの命令が出た。〈とにかく、でっかいことをやれ〉との命令で、ハルビン、新京を軸に放送局のプレイヤーを集め、リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》を演奏した。いまでは珍しくないことだが当時としてはこの曲は大曲中の大曲で、いまでいうマーラーの交響曲を演奏するようなものだった。」 朝比奈隆著『楽は堂に満ちて』より、音楽之友社、2001年)


「連日勤労動員に駆り出されて、音楽に飢えているときのコンサートだったので、夢心地で聞いたのをいまでも覚えています。友達とふたり、《シェエラザード》の第3楽章のメロディーを口ずさみながら家まで歩いたんですよ。その5ヶ月後に悪夢のような日々がやってくるなんて、思いもよりませんでした・・・」( 関西交響楽団ヴァイオリン奏者・増淵壽子氏、『朝比奈隆のすべて指揮生活60年の軌跡』より、芸術現代社、1997年)


この演奏会は当時の満州の人々に強烈な印象を残したとされるが、資料が一切現存しないことから“幻のコンサート”ともいわれている。演奏記録によると、朝比奈(以下オッサン)の《シェエラザード》はその後9回しか演奏されておらず、このファイアバード盤は、その最後にあたるコンサートの貴重なライヴ録音である。

「朝比奈絶頂期、82年のライヴ録音。演奏は朝比奈らしいスケールの巨大な、男気にあふれた名演だ。第1楽章の海の描写など、なんと言う懐の深さ、なんと言う鷹揚さであろうか。木管の律儀なアーティキュレーションはいかにも朝比奈らしいが、それがいささかも嫌味に響かない。それでいてシェエラザードの主題の繊細な艶っぽさも一流なのだ。第3楽章の抒情にしたって! 終楽章は慌てず騒がずでこのド迫力である。終結部の格調の高さも巨匠ならでは。大阪フィルにも大拍手。朝比奈ファンのみならず必聴の名盤。」松沢憲氏による月評より、KICC3618、『レコード芸術』通巻第735号、音楽之友社、2011年)



第1楽章 「海とシンドバッドの船」(ラルゴ・エ・マエストーソ)
ドスの効いた朝比奈翁(王)のブラス主題は威厳に充ち満ちている。今宵、伽のお相手(シェエラザード)を務めるのは、オッサンに請われて2年前に名古屋フィルから移籍したコンサートマスターの稲庭達。じつは、オッサンの一番のお気に入りは新人のフルート奏者で、この女性の前ではオッサンはかなり“ええ格好しい”だったらしい。

「女性の楽員の話なども酒の席では出ますが、結構、封建的な発言があるんです。女は黙ってどうのこうのとか、女は愛嬌だ、ヴァイオリンを弾いている女はキーキー言ってうるさいとか。気の強い女性は苦手だったし、にこにこして愛想のよい女性が来ると機嫌がよくなりました。」 中丸美繪著『オーケストラ、それは我なり』より、文藝春秋、2008年)


主部は大海原が拡がる〈海の主題〉。いかにもオッサンらしい茫洋とした趣きがユニークで、悠揚迫らぬ足取りとスケール感は無類のものだ。大波のうねりの中をねばり腰で突き進むさまは、沈没しかけの漁船に乗って、無謀にも荒波の中へ出向いてゆく“勇み肌の親分”を連想させる。

sv0004b.jpgところが、この舟がさっぱり進まない。まるで“鉛の海”の中でもがくような重苦しい弦の響き、燻し銀のブラスなど、色彩感や華麗さからほど遠い管楽器のモノトーンの音色と雑然としたアンサンブルが、「一体どうなるのか」と聴き手を不安に陥れる。

「ごうごう」と地鳴りをあげる低音弦も独特のもので、ここでは低音を礎にがっちりと構築された自慢の“大フィル・サウンド”が裏目に出てしまった感がある。

オッサンのつよい個性を刻印しているのが〈海の主題〉の再現部(114小節)。ルフト・パウゼの後に管弦をごりごり押し込む威勢のよさは“浪花のど根性”といわんばかりの武骨さで、主題展開(193小節)で根太いトロンボーンを「がっつり」とぶつける野武士のような荒技は、オッサンの面目躍如たるところだ。

ひたすら楽譜に忠実に、音の原石を積み重ね、出てきた音に一切の責任はなし、「文句のあるやつはリムスキー=コルサコフを呼んで来い!」といわんばかりに、内部につよい緊張感と威厳を秘めたスタイルはオッサンの独壇場といってよく、木管の実直過ぎるフレージングや、力果てたような〈舟の主題〉〈波のモチーフ〉の哀感(疲労感)などもすこぶる個性的である。


第2楽章 「カランダール王子の物語」(レント)
sv0021a.jpg木管がよろめくようなルバートをかけてアド・リブで歌い継ぐカランダール王子のメロディに、ロシアの情感がこってりと漂うところはメッテル直伝の秘術といってよく、チェロの独奏がレチタティーボ風にもってりと歌い継ぐあたりは、よよと泣き崩れる“浪花節”的な気分が横溢する。


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シャリアール王の怒りをあらわす中間部は、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド”が全開だ。豪壮な低音弦や金管の強奏は音が汚く野趣であるが、ボロディンの交響曲のような勇猛ぶりがいかにもオッサンらしい。オッサンの練習はほとんどが弦に費やされるとされ、管楽器には「思い切って吹け!」の一点張り。とにかく譜面を信用して力いっぱい弾く、というのが朝比奈音楽の基本なのだ。

大フィルの木管セクションは、カデンツァなど十分に健闘しているとはいえ、鎧を身に纏った古武士のようなスタイルが厳めしく、目も眩むような色彩感や絢爛たるオーケストレーションに背を向けた音楽はどこか異質で重苦しい。楽譜通りやって面白くなければ「作曲家が悪いんじゃ」と豪語するオッサンの声が聞こえてきそうだ。


第3楽章 「若き王子と王女」(アンダンテ・クワジ・アレグレット)
sv0004c.jpg東洋風の哀調を帯びたロマンティックなメロディを、オッサンは満州への望郷の念を込めて滔々と歌い上げる。たっぷりと弓を使い、たっぷりと息を吹き込む“朝比奈節”はじつに大らかで、これがツボにはまっている。オッサンが振ると音が変わって重厚になる、あの風貌、顔を見るだけで自然とそうなる、というから不思議だ。

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中間部は、大阪の夏の風物詩「天神祭」の音楽だ。大川の陸渡御や、天満の天神さん界隈の露天の賑わいを、オッサンは鈍重なリズムで気取らずに描き出す。各パートを「こってり」と厚塗りする喧騒な管弦楽も大衆的で、ウメ地下(梅田地下街)の串カツ屋で一杯やっている庶民的なオッサンの姿が浮かんでくる。

オッサンはツバを飛ばして大声でしゃべりまくり、お客が共同で使うソースに食いかけの串をどっぷり2度漬けして、よく店主に怒鳴られたという。

コン・プリマの再現部は、あまりに遅いテンポに仰天するが、これは《新世界》のラルゴでも見せるオッサンの必殺ワザ。「もう弓が足りまへん」とぼやく奏者泣かせのテンポは懐かしい満州へのノスタルジーか、あるいは町子夫人と幼い千足を連れて満州から引き上げた時の艱難辛苦をしみじみと述懐するかのようでもある。


第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」
sv0021e.jpg独奏を断ち切って突き進むヴィーヴォは闘う男の音楽だ。打楽器をがんがん叩き込み、〈海の主題〉へ突入する274小節から親分が闇討ちをかけるように気魄を込めて暴れ出す。主題がメドレーで交錯する豪華絢爛たるアラビアンナイトの絵巻物が、オッサンの手に掛かると武骨一辺倒で押しまくるところがユニークといえる。

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圧巻は付点リズムの総奏で走り出すピウ・ストレット(496小節)。「大きな音を出せ!」「ぶぁ~と行け!」と楽員を鼓舞しながらクライマックスへと突き進む豪快な気風と、適度に荒れた大フィル・サウンドが聴き手を圧倒する。朝比奈の棒は拍が不明確で合わせにくいといわれるが、裏拍まで精確に振る斎藤門下生のテクニックを後目に「ワシの指揮は見なくていいんじゃ」と言い切るオッサンの太っ腹が頼もしい。

sv0021c.jpg嵐の頂点(586小節から)は、オッサンの代名詞たる「ずっしりと響く重低音と骨の太いブラスの咆哮」で最後の大勝負に打って出る。楽器が潰れんばかりのfffの号砲はメッテル師直伝のもので、「ごりごり」と打つ低音の刻みもすさまじい。沈みかけの漁船が木っ端微塵に玉砕するさまは、なるほど、オッサンらしい尚武の気風と潔さが伝わってくる。「戦争に負けたら連隊長はハラを切るべきで、批判は甘んじて受けにゃいかん。それがプロフェッショナルというもんで、殿様芸ではないんじゃ!」と豪語するオッサンの気質は、『忠臣蔵』の世界にも通じるものだ。

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嵐は過ぎ去り、舟の残骸に身を横たえたオッサンが〈波の主題〉に「どんぶら」と揺られながら、「わが激動の人生」を回想する情感のゆたかさも無類のもの。“浪花のスタリーク”こと稲庭がキリリと締めるエンディングも格調高く、バスが地鳴りをあげて不気味にたゆたう〈海の主題〉の深みのある味わいは、不死身のオッサンらしい“豪傑ぶり”“闘う男の心意気”を伝えてあますところがない。

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[ 2014/03/14 ] 音楽 R.コルサコフ | TB(-) | CM(-)