ミンツのメンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲

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メンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
シュロモ・ミンツ(独奏ヴァイオリン)
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1980.2.18,23 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Reiner Block (DG)
Recording Engineer: Klaus Heymann
Length: 21:35 (Stereo)
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シュロモ・ミンツはモスクワ生まれ、イスラエル育ちのヴァイオリン奏者。アイザック・スターンに認められてジュリアード音楽院で学ぶとともに、アメリカ=イスラエル協会の強力な援助により、コンクールを経ることなく16歳でピッツバーグ響のソリストとしてカーネギーホールでのデビューを果たしている。デビュー・アルバムとなったメンデルスゾーンとブルッフを組み合わせたレコードは、発売当時、大変評判になったと記憶する。

sv0071b.jpgここで聴くミンツのヴァイオリンは、ふっくらと肉付きのある豊饒な響きで、伸びのある艶やかな音色は音楽史上あまた活躍するユダヤ系奏者の中でも極上のものだ。

「協奏曲の女王」と称えられたメンデルスゾーンの名曲を、肉感のある柔らかなヴィヴラートゆたかな和声感覚によって、めるように歌い込まれていくのがこの盤の大きな魅力。  amazon

指の筋肉や関節からヴァイオリンは日本人とユダヤ人向きとよく言われるが、ユダヤ人は手工業にたずさわってきた歴史が長いために器用で、その上、弦に必要な独特の音程を持ち、平均律をもとにしたヨーロッパの五線譜では表現できない複雑な旋律の祈祷歌がユダヤ教にあるという。ヴァイオリンは東欧のユダヤ人社会において、祝祭の際に演奏されてきた重要な楽器だった。 中丸美繪著 『嬉遊曲鳴りやまず』より、新潮社、1996年)


このメンデルスゾーンのレコーディングには裏話があり、予期せぬアクシデントが起こっている。ミンツはこの時、1752年製作の「ロレンツォ・グァダニーニ」を携えてセッションにのぞんだが、第1楽章の演奏途中で楽器が破損し、やむなくコンサート・マスターのヴァイオリンを借りて録音を敢行したという。

「新譜として発売されたミンツのデビュー盤のメンデルスゾーンは、ちがった楽器でひいているのにお気づきになった方がいるだろうか? 各誌の月評ご担当の先生方もお気づきになられた方はおられなかったようだ。ある楽句の途中で、ミンツの前に置いてあるマイクロフォンが音もなく徐々にずり落ちてゆくじゃないの! ミンツは、さながらリンボー・ダンサーのように、アクロバティックに、その下降についていった。ところが、思いもかけないヴァイオリンの外傷的分解が起こったとは!」 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、音楽之友社、1984年)


sv0071i.jpg幸い、シカゴ響は名器のコレクションを備えており、その中には2丁のストラディヴァリウスが含まれていた。1715年製作の「フォン・デア・ライデン男爵」と、同じく1715年製作の「アレグレッティ」

これらはコンサートマスターのヴィクター・アイタイとサミュエル・マガドゥに貸与されていたが、はからずもミンツはどちらかのストラディヴァリを弾いて録音を続行したらしい。「いわば、バーガンディ(ブルゴーニュ)とボージョレの相違ですよ」と、ミンツは事も無げに語っている。



第1楽章 アレグロ・モルト・アパッシオナート
sv0071k.jpg柔らかな肉の付いた音で、しっとりとメゾ・フォルテで歌い上げる独奏ヴァイオリンが心地よく、したたるようなレガートによって高音域を伸びやかに決めている。

そのメロディックな美感は極上のもので、3連音符の経過句の滑らかな弓さばきも絶妙。重音で駆け上がる決めどころは力感を巧みに配して冴えわたり、一点の濁りもない。

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ぴたりと伴奏をつけるシカゴ響の総奏も聴きごたえがある。“暴れ馬”をしっかりと御すアバドの精確な棒もさることながら、「がっつり」と打ち込む分厚い和音打撃の衝撃感がすさまじい。聴き手の肉体に「ズシリ」と伝わってくる一体感はグラモフォンならではの名録音で、第1主題のパンチの効いたオーケストラ・サウンドは痛快といえる。

経過主題(76小節)は“貴婦人”を思わせる気品をたたえ、むせるように歌い上げるミンツの独壇場。ロマンティックな芳香を漂わせ、早めのテンポによって音楽は淀みなく清冽に流れてゆく。重音をいたずらに力まず、上下に波打つ分散和音は楽譜に忠実なアーティキュレーションによって、冴え冴えとした響きを実現している。
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sv0071d.jpg開放弦のG音を大きく膨らませて響きを確かめるようにテンポを落とし、心を込めて歌い上げる第2主題(131小節)が最高の聴きどころだ。

しっとりと艶をのせて、濡れたように歌い上げるメロディアスな歌い口は涙もので、脂っこいねばりやキザなポーズは微塵もなく、心で奏でる清楚なカンティレーナがじつに感動的である。

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展開部(168小節)は丹念に音の綾を紡ぐフレージングが印象的で、急き立てることなく目の詰んだ練れた音によって難技巧パッセージを冴え冴えと織り上げる。決めどころの最高音は、シカゴの猛者たちを前にひるむことなく、「ぐい」と弾きぬく思い切りの良さには脱帽で、先鋭な音の切れは名刀もかくやと思わせるものだ。

sv0071f.jpg肉厚の音を下の声部でたっぷり鳴らす経過主題や、入念な間合いをとってカデンツァへ突入するくだりなど、余裕綽々のパフォーマンスは心憎いばかり。

カデンツァは重厚さはないが、緩急自在の分散和音からぬめるように高域へ上り詰めるところは独特の味わいがあり、ギア・チェンジを重ねるアルペジオの弓運びや、細やかに揺らぐ難度の高いリコシェ・サルタートも格の違いを感じさせてくれるではないか。 TOWER RECORDS  HMVicon

突如、楽器に異変が起きたのは、楽章も終わりに近づいたある楽句とされる。筆者が想像するに、カデンツァ後に独奏がアルペシオ風の分散和音を奏する345小節からG線に不安定な軋みが感じられ、363小節の経過主題から音色が落ち着いたものに聴き取れる。新酒が年代物ワインに変わるような品格がくわわったと見る向きもあろうが、聴き慣れたグァダニーニの艶やかな音色が極上だっただけに筆者にはいささか残念である。

sv0071g.jpgコーダはピウ・プレスト(473小節)からツボを心得たようにミンツが走り出す。

経過主題を美麗に歌いながらオクターヴを上げてひた走るところはゾクゾクさせてくれる名場面。これに応えるアバドの伴奏は決して強圧的にならず、丸みを帯びたオーケストラ・サウンドが柔らかく独奏に溶け込ませるフィニッシュは、絶妙の一語に尽きる。  amazon

「ヴァイオリンはあっさりと壊れちゃったんですよ」と、ミンツは苦笑しながら回想する。「ぼくは楽器を両手でにぎりしめていたんですねえ。空気がひどく乾燥してたことと関係があったのかもしれません。両面で52分ほどの曲を録音するのに、 わずか160分しかかからなかったのに」 ミンツのヴァイオリンはすぐ専門の楽器修理店へ運ばれた。ミンツはコンサートマスターの楽器を借用して緩除楽章を録音した。 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、1984年)



第2楽章 アンダンテ
sv0071e.jpgファゴットH音のアタッカで続く抒情的な楽章を、ミンツは艶と情感をしっとり込めて歌いぬく。

こなれた音でわずかにかかるポルタメントが哀愁をそそるが、磨き抜かれた弱音の美しさは比類がない。ほの暗い浪漫が明滅する第2句(27小節)の、濡れたような歌い口も聴き手の心をとらえて離さない。すすり泣くように歌われる最高点G音の澄み切った美しさといったら! 

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中間部は、翳りを帯びた荘厳な管弦の響きをバックに、重音奏法による音の旨味を見事に弾き出している。下の声部で美音を発しながら、上声の旋律線では哀しみを深沈と掘り下げてゆくのが聴きどころ。聴き手の琴線に触れるような分散和音の揺らぎは、ロマンティシズムを極めた感があろう。再現部もやりすぎるぐらいの弱音でテンポを落とし、繊美な抒情によって音楽を彩っている。


第3楽章 アレグレット・ノン・トロッポ
sv0071j.jpg主部はリズッミックなブラスのファンファーレにのって、独奏がみずみずしく進行する。緻密なスピッカートによって最高点を決める精度の高い弓さばきはすこぶる気持ちが良い。

腕の鳴る猛者どもを束ね、「どんぴしゃ」のタイミングで力強い総奏を打ち返すアバドの統率ぶりも格調高く、特注の牛刀で柔らかな鶏肉をさばくような快感をあたえている。

展開部は、ホルンの吹奏をくわえた管弦楽の荘重な対旋律独奏が協動する副主題(132小節)が聴きところだ。歯切れのよいスタッカート・リズムも端正なスタイルで、セコく弓を飛ばして“ヤクザな崩し”を入れる名人芸とは一線を画し、一音一音が丁寧に紡がれてゆく。

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sv0071h.jpg木管が第1主題で応じた後に、スタッカートを織り交ぜて情熱的に下降してゆくコーダ(207小節)は独奏者の“腕の見せどころ”だ。

天下御免の向こう傷で一直線に突っ走るハイフェッツ、ピウ・フォルテで強く押し出すようなスタッカートを繰り出すパールマンやヒラリー・ハーンの必殺ワザに対し、ミンツは最高音とピウ・フォルテでリテヌートして見得を切り、スタッカートで速攻を仕掛けるスリリングな見せ場をつくって聴き手をゾクゾクさせてくれる。   TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「ここぞ」とばかりに16分音符の分散和音でひた走るところは手に汗握る展開で、およそ人間ワザを超越したハイフェッツは別格としても、清新溌剌と駆け上がって頂点をぴたりと決める弓さばきは、若者らしい生気に溢れんばかり。若きミンツが、みずみずしい感性と甘美な音色で聴き手を酔わせてくれる珠玉の一枚だ。


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[ 2016/07/16 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)

ペーター・マークのスコットランド

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メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調 作品56
「スコットランド」
ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団   
Recording: 1960.4 Kingsway Hall, London (DECCA)
Producer: Lay Minshull
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 38:12 (Stereo)
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「スコットランド」といえばペーター・マーク、ペーター・マークといえば「スコットランド」が思い浮かぶほど《スコットランド》交響曲はマークの十八番の曲で、マークはよほどこの曲に愛着が深かったのか、生涯に3度レコーディングを行っている。中でも41歳の時に録音したデッカ盤は、繊細でみずみずしい解釈と録音のすばらしさで定評がある。

「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」と謳われた伝説の技師ケネス・ウィルキンソンによる名録音は、半世紀を経た今CDで聴いてもあまりの音の良さに驚いてしまう。これはマルティノンの《悲愴》とならぶ“デッカの配剤”といえないか。

「《スコットランド》の名盤というに留まらず、レコード史上に燦然と輝く金字塔である。もし、オリジナル・プレスのアナログで聴くなら、演奏の素晴らしさはもちろんのこと、オーディオファイルと呼ばれるデッカの名録音の中でも最高峰の音がここにある。マークの《スコットランド》はいつも素晴らしく、東京都響との実演も涙の出るほど美しかったし、ベルン響やマドリッド管とのCDを聴いても、決まって感激するのだが、それでも、演奏・録音・プレスが最高の次元で重なり合ったデッカ録音は別格なのである。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


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演奏はみずみずしいの一語に尽きる。ロンドン響の水も滴るように鳴り響く弦の美しさはたとえようもなく、心のこもったフレージンクの美しさは冠絶している。

詩情味溢れる木管の繊細なニュアンスにも心惹かれるが、チェロがロマンティックな主題をコクのあるフレージングによって、情感ゆたかに、しっとりと歌い回すアダージョはあまりにも切なくて、何度聴いても涙が溢れ出てしまう。

「〈スコットランド交響曲〉といえばすぐにマークの名が出るほどで、このディスクはマークの代表的な名盤だ。その演奏はすばらしく、とりわけ弦楽器の響きが繊細で艶があり、細部までよくまとめていて美しい。冒頭の序奏のしっとりとした風情をただよわせた描き方など、みごとである。」 志鳥栄八郎著 『クラシック不滅の名曲名盤』より、講談社、1994年)


「マークとロンドン響の〈スコットランド〉が優れているのは、聴く人の胸に初恋のときめき似た甘く切ない心を呼び起こすところにある。これは、テンポがどうだとか、どこにアクセントがあるとか分析しても始まらない。マークの純粋な感性が、メンデルスゾーンの魂の波動と重なり合って、奇跡のときを生んでいる。それをともに体験するだけだ。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0025j.jpg1829年7月30日、メンデルスゾーンはエディンバラの旧王城ホリロードを訪れ、古い礼拝堂の中で冒頭16小節の基本動機を着想した。ヴィオラの奏でる瞑想的なリート風の主題は、悲劇の女王メアリー・ステュアートをしのぶかのようで、悲哀を湛えた北国の抒情が耳を捉えて離さない。

レチタティーヴォ風の16音符(第2楽句)のしたたるような弦の響きは、あまりの美しさにため息が出るほどで、木管の序奏主題に弦のレチタティーヴォを絡めながら、幻想的な王城の情景がひめやかに紡がれてゆく。

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序奏動機に由来する弦とクラリネット主奏の第1主題は、柔らかに揺らぐ抒情味あふれる歌い口が印象的だ。しっとりと濡れたような弦の触感、清楚な木管のアンサンブル、アッサイ・アニマート(総奏)のみずみずしいリズム打ちなど、聴き手の耳を恍惚とさせる美しい“音の情景”は枚挙にいとまがない。

sv0025b.jpgホ短調の副主題(第2主題)も聴き逃せない。クラリネットが透き通るような音色で陰影をつけながら、弦のしなるようなフレージングによって生気溌剌と頂点に駆け上るマークのみずみずしい音楽はこびも特筆モノ。濡れように詠嘆調のカンタービレを聴かせるコデッタ主題(181小節)の美しさも絶品で、しっとりと艶やかに紡ぎ出すロンドン響の弦楽奏者の卓越した弓さばきに酔ってしまいそうになる。

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うねるような弦のユニゾンで始まる展開部(105小節)の巧緻なアンサンブルや、チェロの対声がくわわる再現部(333小節)の対位法のなめらかな処理と、自然な呼吸で抑揚をつくるフレーズの流動感は、マークの冴えた感覚がものをいう。

「嵐のシーン」のクライマックス(427小節)では、弦楽の分厚い切分音とトレモロが目前に迫ってくるような生々しいデッカ・サウンドが展開。アッサイ・アニマートの頂点で走り出す指揮者の力瘤のない棒さばきや、一篇の叙事詩を語るような物悲しい結末も聴き手の心を打つ。

第2楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ
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バグパイプを模した呼びかけ序奏と、スコットランド民謡を思わせるクラリネットの舞曲は柔らかで、スコッチ・スナップ(付点リズム)を効かせて生き生きと躍動する冴えた感覚がたまらない。これに呼応する弦の小刻みの走句の緻密なフレージングと、爆発的な総奏の歯切れの良い進行がゾクゾクするような興奮を誘っている。

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弦のスタッカートで精密に駆ける副主題(72小節)も聴き逃せない。一分のブレもないスピッカート奏法と精妙に絡らめる木管のアンサンブルが聴きどころ。ヴィオラとチェロが第1主題をたっぷりと歌い出す弦楽フガート(105小節)の密度の濃さ、副主題を溌剌と駆け抜ける総奏(193小節)のすがすがしさ、ホルンが「ほこほこ」とこだまするコデッタ(214小節)の歯ごたえの良さが、あたかも一服の清涼剤のように聴き手に快感をあたえている。 


第3楽章 アダージョ
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無言歌風のアダージョ・カンタービレは、しっとりと濡れたように奏でる第1ヴァイオリンのフレージングの美しさがこの盤最大の魅力で、どこかもの悲しく、儚げで、憂いを湛えたウェットな詩情がそこかしこに流れている。

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葬送行進曲風の第2主題(34小節)は、いにしえの王城にふさわしい厳粛で威厳のある音楽だ。荘厳な付点リズムは整然と打ち込まれ、叙情的なカンタービレと対をなして巧みに織り上げられてゆく。再現部の総奏ではトランペットを突出させ、弦のトレモロを生々しく刻んだ音場もきわめて刺激的である。

sv0025e.jpg最高の聴きどころは、チェロが第1主題を滔々と歌い回す再現部(78小節)。チェロ奏者が心を込めて、ロマンティックな情感とファンタジーをニュアンスゆたかに紡いでゆくところは格別で、“メン食い”ならずとも、美しい歌謡旋律と果肉の詰まったジューシーな音を1度でも耳にしたなら虜になってしまうだろう。第1ヴァイオリンが装飾的なオブリガートで寄り添いながら、名旋律に彩りを添えるところは思わず目がうるんでくる。

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チェロと第1ヴァイオリンがデュエットでしっとりと旋律を奏でるコーダ(117小節)も感涙極まる名場面で、甘酸っぱくも切ないカンティレーナの美しさはいかばかりだろう。思いためらうようなエンディングの追想は、あまりに儚げで胸がいっぱいになってしまう。 


第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチッシモ
sv0025g.jpgアタッカで喰らい付くように突入するアレグロ・ゲリエーロは、するどい弦のアウフタクトから突っ走るところが痛快で、明瞭な金管のリズムを打ち込んで一気呵成に第2句の総奏(37小節)へ雪崩れ込むスリリングな音楽はこびに興奮し、思わずCDを指揮をしたい衝動にかられてしまう。

哀愁を帯びた木管の副主題から発展した勇壮なトランペットのマーチがメタリックに鳴り響く腰の強いサウンドも聴き応えがあり、精気溌剌とコデッタを駆け抜けるマークの足取りは爽やかだ。 
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聴きどころは展開部のフガート変奏(182小節)で、まるで細密画を見ているよう巧緻な弦楽アンサンブルが颯爽と展開する。小結尾の強引とも言えるクレッシェンドや、再現部で立ち上がる管弦楽は「ここぞ」とばかりに激しく燃え上がるが、決して肩肘張らず、一陣の風のような冴えた管弦楽を堪能させてくれる。沈鬱な表情で消えてゆくコーダ(361小節)のクラリネットの侘しげな風情といったら!

sv0025h.jpg8分の6拍子に変わるアレグロ・マエストーソ・アッサイ(396小節)は、スコットランド民謡風の牧歌が統一動機となって、マークがフィナーレを大らかに歌い上げる。肉厚のサウンドによる総奏の中から、大きく音を割って炸裂するホルンとトランペットに腰を抜かしてしまう。

ホルンのルフランを「ぷ~ぷか・ぷ~ぷか」と浮かび上がらせる虚妄の音場はまぎれもなく“デッカ・マジック”で、張りのあるシンフォニックな響きが聴き手の耳を刺激してやまない。
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若きマークが、ロマンティックな情感とファンタジーをあますところなく描き上げた極上の一枚だ。


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[ 2014/10/18 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)

ミュンシュのメンデルスゾーン/交響曲第5番「宗教改革」

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メンデルスゾーン/交響曲第5番ニ長調作品107「宗教改革」
シャルル・ミュンシュ指揮
ボストン交響楽団
Recording:1957.10.28 Symphony Hall, Boston (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 27:08 (3ch-Stereo)
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メンデルスゾーンの交響曲は出版の順に番号が付されたため、第5番は作曲の順序でいえぱ2番目にあたる21歳の若書きの作品だ。 ルター改革300周年の祝典のために作曲されたものの初演は失敗におわり、その後に改訂を試みたが作曲者が納得しないまま放置されてしまった経緯がある。楽譜のタイトルは“教会改革の祝典ための交響曲”

筆者がこの曲を知ったのは学生のときで、小遣いを貯めて買った廉価盤が《イタリア》とカップリングされたミュンシュ盤だった。LPはボヤけた貧相な音質だったが、メンデルスゾーンらしいロマンティックな楽想と静謐な雰囲気をたたえた第5番の虜になってしまい、このレコードを骨までしゃぶるように聴いたのが懐かしい思い出である。

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ここで聴くミュンシュの演奏は一筆書きで仕上げたような豪快なスタイルで、敬虔な気分を宿しながらもクライマックスに向けて劇的に高揚する音楽がじつに感動的だ。中間楽章の美しい楽想をロマンティックに歌わせる手口も特筆モノで、とくに弦の上手さは抜群である。フィナーレの決めどころで絶叫する“やぐらの主題”の勝ち鬨を上げるような解放感も比類がなく、ボストン響の輝かしいオーケストラ・サウンドを堪能させてくれる。

SACDで甦った「リビング・ステレオ」はステレオ初期のRCAの高音質録音で知られるが、オリジナルは3チャンネルで収録されている。とてつもないダイナミック・レンジ、シルクのような弦楽器のしっとりとした味わい、木管のみずみずしい冴えた響き、目の覚めるようなブラスのシャープな輝きなど、クオリティの高いボストン・サウンドが目の前に鮮やに再現する。オーケストラの左右の広がりなどは驚異的でおよそLPの比ではない。

「ミュンシュらしく、直截な表現で、内部に情熱が燃えるような演奏だが、オーケストラを強引に引き締めており、造形は端然としている。このレコードでは〈宗教改革〉がいっそうスケールの大きい名演奏で、豪放な力と情熱がこの指揮者の堂々とした風格を示している。これは同曲中のすぐれた演奏のひとつである。」 小石忠男氏による月評より、RCL1009、『レコード芸術』通巻第363号、音楽之友社、1980年)


「メンデルスゾーンの交響曲第5番は、57年の録音。今日の感覚からすると重厚にすぎる印象もうけるが、いったんミュンシュの緩急自在な表現の術中にはまると、そうしたことなどどうでもよいと思えてくる。ボストン響の緻密で、自発性に満ちた溌剌としたアンサンブルはここでもきわめて雄弁に音楽を語りかける。」 岡本稔氏による月評より、BVCC7908、『レコード芸術』通巻第574号、音楽之友社、1998年)


第1楽章 アンダンテ-アレグロ・コン・フォーコ

sv0007e.jpg序奏部の敬虔な主題は《ドレンデン・アーメン》を借用した基本動機でカトリック教会をあらわす旋律だ。17世紀頃よりドレスデンの宮廷教会堂で用いられ、讃美歌567番の3として歌われているもの。管楽器の放つ鮮明なコラールとシルキーな弦の奏する〈アーメン〉の上昇旋律が静謐な気分をしっとりと湛えている。

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主部(42小節)は劇的で力強い。ロンドン交響曲(ハイドン)風の重厚な楽想を太い筆致でぐいぐい弦を押し込んで突き進むところがミュンシュらしく、主題の発展(86小節)から分散和音を華麗に弾き飛ばす凄腕の弦楽セクションに腰を抜かしてしまう。フガートから一気呵成に第2主題に突っ込む気っ風のよさが痛快といえる。

晴れやかな第2主題は、ボストン響の上質の絹を思わせる弦の美しい音色と、軽やかなフレージングを堪能させてくれる。大きな聴きどころは展開部(200小節)で、不気味に響く管のコラールに弦の刻みが緻密に応答を繰り返し、うねるようにクレッシェンドを重ねて総奏へ盛り上がってゆく場面に鳥肌が立ってくる。ゆるやかな進行形主題が劇的に盛り上がってゆくクライマックスは手に汗握る展開で、音楽はドラマティックだ!

sv0007h.jpgトランペットがつんざき、テンパニを加えた管と弦が2分音符の和音を交互に叩きつける371小節の決めどころは、指揮者が手の内に収めた“暴れどころ”で、百戦錬磨の強者であることをまざまざと感じさせてくれる。それもそのはず、家系がドイツ系であるミュンシュは、メンデルスゾーンにゆかりの深いゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターをフルトヴェングラーやワルター指揮の下でつとめ、メンデルスゾーン演奏の妙諦を会得したと考えても不思議はない。

コーダ(ア・テンポ)はティンパニとトランペットのリズムに導かれて第1主題が行進曲風に再現する。弦楽器が大きく波打ち、管楽器が絶叫するフィナーレが楽章最大のヤマ場で、ティンパニの乱打がくわわって音楽は烈火のごとく高揚する。指揮者が「ニヤリ」と“悪魔の笑み”を浮かべるや、指揮棒を風車のように振り回して大暴れする様が目に浮かんでくるようで、フィニッシュの暴力的ともいえるダメ押しの一手もすさまじい。


第2楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007b.jpg記念祭を祝う人々の喜びを歌った舞曲は、“スケルツォの達人”といわれたメンデルスゾーンらしい軽快な音楽で、〈アーメン〉の進行形と反行形を用いて高雅で妖精的な雰囲気を漂わせている。ここでは歯切れの良いリズムにのって、チャーミングに歌うボストン響の木管楽器がものをいう。指揮者のパッションが爆発するような総奏は、豪快で馬鹿陽気に弾んでいるところがユニークである。
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トリオは牧歌調のメロディーをオーボエが情緒ゆたかに歌い回す。ここで対声部のチェロとヴィオラが優美なメロディを滔々と歌い上げるところが大きなご馳走で、後半では哀愁を漂わせた楽想がうねるように流れ出すところは中世のロマン的香りが溢れんばかり。最後にクラリネットが楽譜にない装飾を入れる改変は、当時のアメリカで流行したものだろうか(トスカニーニは入れるがカラヤンは入れない)。

第3楽章 アンダンテ

〈アーメン〉の形を使った歌謡調の調べはロマンティックの極みで、美しいカンティレーナをしっとりと紡ぐボストン響の弦の美しさに酔わされてしまう。とくに第2楽句(21小節)の無言歌はこの楽章の白眉であり、哀しみを湛えた弦楽が啜り泣くように メランコリックな表情を擦り込んでゆくところは涙もの。第1楽章の第2主題を力強く回想し、“来たる勝利”への高まりを聴き手に早くも確信させるあたりがミュンシュらしい。

第4楽章 アンダンテ・コン・モート-アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007g.jpgフルートの序奏主題は、ルターが民謡から着想したコラール《われらが神は堅き砦なり》(Ein feste Burg ist unser Gott)で、賛美歌267番《神はわがやぐら》を引用したもの。ボストン響の輝かしいブラスのコラールが魅力たっぷりで、コントラ・ファゴットとセルパン(教会音楽用の低音楽器でテューバで代用)がくわわって、屁のように「ぶりぶり」と生々しく聴こえてくるのが驚きだ。
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「やぐら主題」を吹奏するクラリネットが動き出すと、いよいよアレグロ・マエストーソの主部(63小節)から力強い管弦楽が立ち上がる。とくに、この曲のキモといえるフガート楽想(92小節)では、8分音符の〈やぐら主題〉に16音符の分散和音を織り込む緻密な変奏を、巨匠は一筆書きのアーティキュレーションによって豪快に捌いてゆく。中低音をたっぷり響かせて弾きぬくボストン響の弦楽セクションの名人たちの弓さばきをお聴きあれ!

第2主題(121小節)も聴きのがせない。付点リズムを使ったコラールは楽天的な愉悦感に満ちあふれ、これが総奏となる141小節でミュンシュがダイナミックに爆発する。トロンボーンとセルパンを「バリリ」と打ち込むドスの効いた音楽は有無をいわせぬ迫力があり、熱気が漲っている。エピソード的なチェロの憂愁を帯びたメロディー(165小節)や、エネルギッシュに駆けめぐる第2フガート(198小節)にも耳をそば立てたい。

sv0007f.jpg大きなクライマックスは弦のフーガ伴奏の上に、全管楽器がユニゾンで〈やぐら主題〉を重ねる228小節。やぐらの歌を管楽器が「スカッ」と吹き抜く鮮烈な音場は驚異的で、間髪を入れずに第2主題の総奏がパンチを効かせて炸裂するところは、手綱をいささかもゆるめぬミュンシュの熱い心意気が伝わってくる。
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カトリックの〈アーメン〉を圧倒するように、プロテスタントの〈やぐら〉をユニゾンで絶叫するコーダ(305小節)もすさまじい。ホルンとトランペットが勝ち鬨をあげるように、ものものしくダメ押しする3連打が聴き手の興奮を誘っている。ミュンシュが類い希なパッションとボストン響の鮮烈なサウンドによって、忘れ去られた名曲の魅力をたっぷりと伝えてくれるお薦めの一枚だ。


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[ 2014/04/06 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)