フルトヴェングラー=ベルリンフィルのブラームス/交響曲第2番

sv0089a.jpg
ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.5.7 Deutsches Museum ,München
Archive: Bayerischer Rundfunk
Henning Smidth Olsen No.301
Length: 41:04 (Mono Live)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


フルトヴェングラーのブラームス〈第2〉といえば、ロンドンフィルとのSP録音が早くから知られていたが、「極端に悪いデッカのレコーディングが、この演奏のうすぼけてにごったような効果をさらに助長している」(ピーター・ピリー)と言い表されるように、几帳面で穏やかな演奏であるものの音質面での難もあり、フルベンの真価を発揮した演奏とは言い難かった。

sv0089b.jpgデッカのプロデューサーであったカルショウによれば、神経質なフルトヴェングラーはセッションで複数のマイクが視界に入るのを嫌い、中央に1本のみを吊るしてレコーディングを行ったという。

そのためデッカ・サウンドの効果が十分に得られず、“散漫で泥のような音質”になってしまったと述懐している。
ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、学習研究社、2005年

sv0089c.jpgその後、音楽ファンに長く待ち望まれていた〈ブラ2〉の実況録音が1975年になって相次いで登場した。

その中のベルリンフィルとの当盤はバイエルン放送局のアーカイブを音源とするが、放送のための録音は使用回数が決められているため、これをレコード化するには著作権の問題から所有者、演奏者、その遺族全員の許可を得なければならなかった。独エレクトローラ社は、その実現までに15年の歳月を要したという。

フルトヴェングラーの〈ブラ2〉はオールセンによれば、次の4種(うち1点は未発表音源)の演奏と第2楽章リハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.2.7-10Berlin, PhilharmoniePrivate arch.O_79.5
VPO1945.1.28Wien, MusikfereinsaalWF SocietyO_107
BPO1947.9.14Berlin, NWDR Studio-2mov.RHTahraO_119.9
LPO1948.3.22-25London, Kingsway HallDECCAO_129
BPO1952.5.7München, Deutsches MuseumEMIO_301

sv0039q.jpg未発表の①は私的保管。②は“脱出前夜のブラ2”とか“脳震盪のブラ2”と呼ばれる亡命前夜の演奏という曰く付きのもので、1975年に発売されたエンジェル盤(ユニコーン原盤)やワルター協会盤はモコモコと靄の掛かった音だったと記憶する。(写真はOB7289/92-BS)

しかし、②も③も凡百の演奏とは比較にならぬもので、音質が改善されれば従来の評価が変わってくる可能性もあるだろう。

sv0089e.jpg②と前後して真打的に登場したのが“ミュンヘンのブラ2”とか“博物館のブラ2”と呼ばれる前述の本家ベルリンフィルとの④(当盤)。

1952年という時期からしても②や③と比べて音質が格段にすぐれ、フルベン愛好家の喉の渇きを潤す“決定打”の登場に筆者は快哉を叫んだものである。ところが、今、CDで聴く貧相な音は何としたことだろう。

NoOrch.DateLevelSourceTotal
Wien po1945.1.28WSOB7289/92BS14:1010:085:458:2438:27
London po1948.3.22-25DeccaMZ501215:1310:516:118:5841:13
Berlin po1952.5.7EMIWF60017   15:2610:315:508:5540:42


sv0089f.jpg手持ちのEMI盤(TOCE3790)は骨と皮だけの痩せたギズギスした音で、LPのような肉の付いた迫力あるサウンドが味わえない。
Abbey Road Studioで原テープからリマスターしたと謳うSACD(WPCS12897)に到ってはさらにひどく、キンキンと高域の荒れた音に耳を塞ぎたくなってしまう。同じリマスターからCDに転用したEMI録音集(CZ9078782)は、逆にピントの甘いどんよりとした音になってしまった。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0089g.jpg「音質改善の効果が著しい」とか「音楽の息づかいが鮮やかに伝わってくる」などと書かれた音楽雑誌の提灯記事を鵜呑みにして購入すると落胆させられることが多いが、元来音質が悪いものをSACD化したところで音が固くなったりノイズが強調されるだけのように思われる。

“音楽の息づかい”なぞ何をいわんやで、ハイブリッド盤のCD層の方が聴きやすくなかろうか。その点、仏協会盤(SWF062-4)はLPのような迫力はないにしても、市販盤よりみずみずしい音が聴けるのはありがたい。

sv0089h.jpgしかし筆者は、LP(WF60017)で聴いた音のイメージがつよく焼き付いているためか、CDでは迫力の点でどうしても物足りない。

今、あらためて比較して聴いてもズシリと腹に響くストロークの重みや、管弦の厚み、金管の切れなど、モノラル専用カートリッジで擦った音の違いは歴然。筆者はこれをCD-R化したものをお宝のように聴いている。

「1952年にベルリン・フィルを指揮した実況録音で、音質もかなり優秀である。きわめて集中力の強い、劇的な起伏と明快さをもった演奏で、一般のこの作品に対する通念を超えたところで、情熱にみちあふれた音楽がつくられているのもフルトヴェングラーらしい。」 小石忠男氏による月評より、WF60017、『レコード芸術』通巻第362号、音楽之友社、1980年)


「それにしてもなんと凄い演奏なのだろう。(略)第1楽章は淡々と始まるが、推移の途中から突然アッチェレランドしてハイになる。第2主題の濃厚な表情、展開部の高揚、再現部の付点リズムの切れ味も凄い。第2楽章のデリケートな表現もいいが、なんといっても終曲の波のうねりのように高まってゆくところがすばらしい。再現部は完全にノッいて、第2主題でもテンポを落とさず、終結まで一分の弛みもない。」 横原千史氏による月評より~TOCE9086/9、『レコード芸術』通巻第551号、音楽之友社、1996年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0089i.jpg神秘の泉から湧き出ずる謎めいた開始はいかにもフルベン流。清流のような間奏主題(44小節クララ・モチーフ)からシンフォニックに立ち上がる総奏や、野太い音でゆたかに歌う第2主題、見得を切るように堅固なリズムでさばくコデッタの付点フレーズもフルベンの個性がつよく刻印されている。(写真は仏協会 SWF062-4)

ティンパニの強打とトランペットの強奏でメリハリをつける前進駆動もフルベンの自家薬籠中のものといえる。

展開部(180小節)は田園情緒にドラマ性を移入するフルベンの独壇場。低音を強調して対位法を明確に提示するリズミックな躍動感と、抉りの効いたフレージングは無類のものだ。

sv0089j.jpg驚くべきは、トロンボーンを打ち込む闘争的なヤマ場で楽譜にないティンパニを弦のトレモロに重ねているところ(227と233小節)で、落雷のような打ち込みが②や③に比べて強烈なインパクトを与えている。

主題の冒頭を威嚇的に吹奏するクライマックスの骨の太い響き(282小節)や、ティンパニの最強打で展開部を締める力ワザ(298小節)に「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。  amazon

sv0089k.jpg再現部(302小節)も聴きどころが満載だ。絶妙のリタルダンドを配して第2主題部へ移行するところは巨匠の奥義を開陳した“名場面”といってよく、もってりと揺動するヴィオラとチェロのコクのある響きに酔ってしまいそうになる。

リズムが切り立つクワジ・リテネントのティンパニの強打(386小節)や総奏のトランペットの強奏(402小節)は聴き手の度肝を抜くが、コーダ身をよじるように旋律をふくらませる濃厚な歌い口(478小節)もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう。  amazon

sv0072r.jpg

「演奏スタイルは4年前のロンドン盤と同じであるが、ずっと表情的であり、密度が濃く、燃え立っており、オーケストラの厚みやコクがまるで違う。たとえば第1楽章の44小節から始まる間奏主題の美しいこと! 全曲どの部分をとっても意味があり、曲想変化に伴うテンポの動きもえぐりが効いている。それでいて造型はまさに完璧、一箇所としてもたれる部分はない。ベルリン・フィルの響きにはいっぱいの精神が羽ばたいており、フルトヴェングラーの気魄もものすごく、とくにティンパニの迫力はその比を見ない。展開部では楽譜に書かれていないのに強打しているが、ロンドン盤よりはるかに徹底しており、雄弁である。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0089l.jpgチェロの物憂い主題は歌い過ぎず、思案しながら、追想にふけるように奏するのがフルベンらしい。

リステッソ・テンポ(中間部)は速いテンポで駆け抜けるが、長いパウゼのあとの思いためらうようなエスプレッシーヴォ主題(コデッタ主題 45小節)が個性的で、うねるような16分音符の分厚い弦の対位を交錯させながら、巨匠は悲劇の気分を盛りつける。  TOWER RECORDS

sv0072n.jpg

暗く閉ざされた森の中から聞こえるトロンボーンと木管の対話。あたかも死出の旅立ちであるかのような暗澹たる響きの深さはいかばかりだろう。

「なにやら差し迫った危機を警告するように、隣接音に向かってゆっくりと、しかし剛胆に音量を膨らませ、また萎む。(略)これは恣意的なデフォルメではない。宗教的な含意の濃いトロンボーンを汎用するこの交響曲は、ブラームスが〈楽譜に黒枠を付けたい〉などと言い残しているだけに、なにかしら弔いの感情と結びついているようにも察せられる。フルトヴェングラーが聴かせる音色は、そうした感情にも、どこかふさわしい。」 船木篤也著「フルトヴェングラーのブラームス」より~文藝別冊『フルトヴェングラー』、河出書房新社、2011年)


sv0089m.jpgスローモーションのようにねっとりと奏でる主題再現悲劇の気分が引きずられてゆく。

なかでも瞑想にふけるように取り回す3連音の主題変奏(68小節)が大きな聴きどころで、ホルンと対話を重ねながら纏綿とたゆたうコクのあるフレージングと、そこから発展する詠嘆的な弦の歌(73小節)がじつに感動的だ。

TOWER RECORDS  amazon
sv0072s.jpg

警告を発するようなクライマックスの総奏もすさまじい。雷鳴のようなティンパニの連打で劇的に高揚するコーダの筆圧の強さは圧巻で、のたうつような弦のうねりの渦の中に身も心も引き込まれてしまいそうになる。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0089n.jpg間奏風の素朴な旋律は鄙びたオボーエがレトロな気分を高めている。しかし、長閑な田園風物詩で終わらないのがフルベンたる所以で、どこか厳粛な気分が漂っているのが神業といえる。
  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

プレストでは木管のミスでアンサンブルが乱れるのがご愛敬だが、どっしりと構えた堅固な構築物を思わせる重厚な総奏が聴きどころ。主題再現(テンポ・プリモ)の温もりのある歌や、ピアニシモのフレージングの妙味も聴き逃せない。

sv0072t.jpg

一抹の寂しさを漂わせながらリタルダンドする終止も巨匠の手の内を見せたもので、来るフィナーレへの期待を自ずと聴き手にいだかせているのが心憎い。

「第3楽章は木管による主題の最初の4分音符からして惹かれるが、頻出する大きなリタルダンドがいかにもフルトヴェングラーらしい。終わりのポコ・ソステヌートにおける名残惜しげな奏し方などその最たるものだが、決して大げさな感じにはならないのである。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0089o.jpgフィナーレは巨匠が烈火のごとく燃え上がる。第2主題でもテンポを落とさず、一気呵成に展開部まで突っ走るところに思わず指揮をしたい衝動に駆られてしまう。

ここではビートの効いた熱いフルベン節による“鉄血サウンド”が全開で、「ガツンガツン」と鉄槌を打ち込むようなティンパニの重みのあるストロークが演奏に凄みをあたえている。
  TOWER RECORDS  HMVicon
sv0072u.jpg

sv0089p.jpg弦が3連音符で刻みながら音階を降りるパッセージを猛烈なアッチェレランドで追い込むところ(98小節)も冠絶しており、シンコペーション(112小節)の乱れを物ともせず強引に弾き抜くところや、弦が8分音符のスラーで音階を駆け上がる荒ワザ(135小節)に背筋がゾクゾクしてしまう。
  TOWER RECORDS  amazon

展開部の終わり(234小節)のリタルダンドは巨匠の常套手段といえるが、爆発的な総奏から激しい気魄で荒れ狂う再現部(244小節)はフルベンの面目が躍如しており、重厚な第2主題から畳みかけるようにコデッタ主題(317小節)へ爆進するノリの良さもこの盤の魅力のひとつだろう。

sv0072v.jpg

「フィナーレは第1楽章ほど完璧ではないが、実演の彼ならではの荒れ狂った演奏で、緩急の度合いがまことに大きく、わけても情熱のかたまりのようなアッチェレランドと、"ものすごい"の一語に尽きるティンパニの最強打は、フルトヴェングラーを聴く醍醐味といえよう。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0018i.jpg第2主題が〈歓喜のコラール〉となってたぎり立つコーダ(353小節)は、3連音動機からテンポを速め、コデッタ主題の金管が炸裂するところ(386小節)が最大のクライマックスだ! 
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

火のついた勢いで疾走する弦楽器の分散和音にトロンボーンとトランペットがカノンでぶつける頂点は無我夢中になって猛り狂うフルベンのパッションが噴出する。

進軍ラッパのようなファンファーレを轟かせ、トランペットの最強音で止め打つのも巨匠の“必殺ワザ”で、爆発的なダイナミズムで聴き手を圧倒する。
デッカ盤の不満を払拭する納得の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2017/04/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第3番(54.4.27)

sv0079a.jpg
ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 作品90
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1954.4.27 Titania-Palast, Berlin
Archive: RIAS Berlin
Henning Smidth Olsen No.396
Length: 36:39 (Mono Live)
TOWER RECORDS  amazon [UCCG-3710]


フルトヴェングラーのブラームス交響曲第3番といえば、かつては1949年のEMI盤が唯一の演奏だったが、1976年にドイツ・グラモフォンが、1977年には日本コロムビア(ワルター協会)が巨匠最晩年のライヴ録音を相次いで発売したことにより、巨匠の指揮する3種の〈ブラ3〉が出揃った。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1949.12.18EMIWF7002713:089:366:169:0838:08
BPO1954.4.27DGMG600310:269:376:239:2435:50
BPO1954.5.14B.WalterOB7289/92-BS10:4910:136:369:4037:18


sv0079c.jpgベルリンRIAS放送局のアーカイブを音源とするグラモフォン盤(MG6003)は音質がすこぶる良好で、フルベンのライヴ録音の中では極上の部類に属するものだ。筆者は学生時代にこのレコードを愛聴し、その格調高い演奏に恍惚となったものである。

DG盤はオーソライズ盤のため、これまで音源の違いを云々することはなかったと思われるが、2009年にマスターテープ(76cm/sec)から起こされたCDが独auditeより発売されたことにより、従来の音盤の存在価値が低くなったように取り沙汰されるのが悩ましく、また少しさびしい気持ちにもなった。

sv0079d.jpg手持ちのディスクを聴き比べると甲乙付けるのが難いが、重厚なDGの輸入CD(423572-2)に対し、仏協会盤(SWF062~64)はシャリッと鮮明。audite盤は、余裕のあるダイナミック・レンジ柔らかくほぐされた自然な音の拡がりが心地よく、どれを採るかは好みによるしかない。

筆者はMG6003(LP)をCD-R化したものを好んで聴いているが、ティンパニの迫力はこれが一番。UCCG3710もバランスのよい音質で、これを聴くと同じレーベルのリマスターの違いにまでマニアが目を光らせるのもむべなるかな・・・

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

フルトヴェングラーのブラームス〈第3〉はオールセンによれば、次の5点が確認されており、そのうちの3種がレコード化された(すべてベルリンフィル)。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1932.3.15Berlin,Philharmoniesaal -ⅣmovNot issuedO_ 24
BPO1949.12.18 Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinHMV(EMI)O_179
BPO1951.4.20Cairo or 4.25 Alexandria, Cairo RadioNot issuedO_243
BPO1954.4.27Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinDGO_396
BPO1954.5.14Torino, Italian RadioB.WalterO_406


sv0079b.jpg3種のレコードはいずれもがフルベンの個性を刻印した演奏で、中でも急の差の激しい荒れ狂った演奏が①で、この演奏のみ提示部が繰り返され、終楽章ではティンパニが随所に追加されている。

③は表現上①と②の中間の演奏で、①に劣らず冒頭からものものしい気魄で立ちはだかるが録音が落ちる。これに対し②(当盤)は、①③に比べれば気魄は後退するが、えもいわれぬ情感を宿した完熟した演奏で、我武者羅な演奏とは一味違った最晩年の巨匠の奥義を伝えている。

TOWER RECORDS  amazon

「この演奏はたいへんきめが細かい。(略)表現への積極性のかわりに沈潜が、意志のかわりに詠嘆の調子がたしかにあらわれている。ことに第3楽章の憂愁は近代指揮者がほとんど聴衆のまえで語る習慣のなかった個人的な愁嘆の声ではあるまいか。そしてそれはまるで孤独なクモが木陰で実に丹念にこまやかな巣を張っているようなオーケストラの処理のうちに歌われているのを、耳をそばだてて感知することが出来る。」 大木正興氏による月評より、MG6003『レコード芸術』通巻310号、音楽之友社、1976年)


「演奏は鮮明な録音で、冒頭からもう緊迫した生命力がわき出してくる。第1楽章提示部の反復はないが、このような演奏なら、そうしたほうが一貫性が強まると思う。とにかく大胆なアゴーギクによって情熱的で共感の限りを表明しており、彫りの深い表情には創造的な芸術性の力がみなぎっている。第2楽章のヒューマンなあたたかさにみちた魅力的な演奏も第3楽章の歌謡性ゆたかな表現もみごとなものである。終楽章も密度が高く、全体は一篇のドラマのように構成されている。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻465号、音楽之友社、1989年)


「音の状態は非常に良く、演奏も死の年のものだけに完璧を極め、フルトヴェングラーの数多いレコードの中でも屈指の名盤といえよう。この《第3》は旧盤もすばらしかった。わけても第1楽章の情熱はむしろ古い方を採りたいくらいであるが、第2楽章以下は録音の良さも含めて、完成されきった新盤に軍配を上げるのが妥当であろう。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調
1954年5月3日、吉田秀和はベルリンフィルのパリ公演(オペラ座)でフルトヴェングラーの指揮するブラームスの交響曲第3番を聴いている。当盤の6日後の演奏である。

「それは荘厳な熱狂だった。しみるような白いチョッキを着た長身痩躯の、教授か高僧かとみるほかないような男が出てくる。飄々と、といいたいが足取りは定かではない。それにゲルマン人種の誇りだとかいう長頭を支える顎がいやに長くて少しふらふらとゆらいでいる。指揮台に上ると、両手を胃のあたりの高さにつき出して自動車の運転手がハンドルを握るみたいな位置でゆすり出す・・・」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079e.jpgモットー(基本動機)の開始音を大きく膨らませて第1主題を叩き込む強奏がいかにもフルベンらしく、喰らい付くような弦の筆圧の強さ、密度の濃い間奏主題、うるおいのある第2主題(36小節)のフレージングやクラリネットのもってりしたアルペジオがロマン的な気分を高めている。

コデッタ手前の転回主題(47小節)で大きくリタルダンドするのがいかにもフルベンらしい。  [写真は 独グラモフォン 423-572-2 ②]

sv0079l.jpg

提示部の結尾は強いピッツィカート・リズムとヴィオラの削る音が生々しく、すさまじい上昇音からリピートなしで展開部(77小節)へ突進するところはフルベンの面目が躍如する。切り裂くような第1主題の律動、のたうつようにうごめく第2主題の低音弦、身をよじるように揺れる音楽は闘争の精神が漲っている。

暗鬱とした森の奥深くからホルンがたっぷりと湧きあがる情景は、ドイツ・ロマンの真髄を極めた感があろう。意味ありげに、模索するようにリタルダンドして再現部へ進むところは悲劇の予兆であるかのようである。

sv0079f.jpgティンパニの強烈な一撃で宣言する再現部(120小節)はフルベンの筆圧の強さが全開だ。金管の強奏もすこぶる刺激的で、第2主題の手前、ヴェヌスブルク的な上行アルペジオでゆったりと間をとって、夢幻の境地に達するところもフルベンの“秘術”と言える。

圧巻は、戦闘的に燃え上がるコーダ(183小節)で、巨匠は「これでもか」と荒ワザを仕掛けてアッチェレランドで猛進する。  amazon [POCG-3794]

当盤は49年盤ほどアンサンブルの崩れは見られないが、8分音符の激しい律動から一拍の休符で見得を切るように弦の大波に収斂するところ(195小節)の緊迫感は無類のもので、「こうであらねばならぬ」といった強い確信に貫かれている。英雄的な気分で締める力強い終止も尚武の気風が漲り、次なる戦いへの決意すら感じ取れるではないか。


第2楽章 アンダンテ ハ長調
sv0079k.jpgここではくすみがかった木管のもってりした音が興をそそり、第2主題など淋しさの中にも厳粛な気分が宿っている。

特筆すべきは、この時代のベルリンフィルの古色蒼然とした響きで、渋味のある“ブラームス・サウンド”がぶ厚い音でしっとりと、熟した味わいを醸し出しているところに耳をそば立てたい。 [写真は仏協会 SWF062-4 ②]

sv0079m.jpg

「木管の音色が、ブラームスではずいぶん地味な艶消しをしたようなものであることは、誰もが気づいているわけではない。ブラームスをきいた時、私は、本当に「そうか、これがブラームスの音色なのか」と思ったのは事実である。実にしっとりした、くすんだよい音だった。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079g.jpgセンプリーチェ主題の慰めるような弦のニュアンスにも心惹かれるが、聴きどころは3連音でうねうねと太い縄を編むように主題を変奏する展開部(62小節)。

切分された主旋律と分厚い低音オブリガートが絶妙のバランスでたゆたうコクのある響きは極上といえるもので、同じオーケストラでも美麗なレガートでペンキをべったりと塗り込めるカラヤンとは格の違いを感じさせてくれる。

流れを断ち切る短い律動で闘争の気分を蘇らせるところや、情熱的に歌い上げるコーダの高揚感も巨匠の極意といえる。  amazon [KICC964](1954)


第3楽章 ポコ・アレグレット ハ短調
sv0079h.jpgチェロの奏でる名旋律は憂いを帯びた悲しみの調べで、49年盤よりテンポが緩やかなために、しっとりとした味わいがある。ヴァイオリンが歌い継ぐ主題の内声の厚ぼったい響きや、翳りを帯びた中間部の重々しい弦の合いの手など、苦渋に満ちた痛切な祈りが楽想に込められている。

大きなリタルダンドで慰めの句から再現部に向かって沈思黙考するところも巨匠の“秘技”を開陳したものといえる。

amazon  HMVicon [KICC961](1949)

再現部の燻し銀のホルン独奏がこの曲最大の聴きどころだが、これがあまり上手くない。後半の音崩れやブレスの途切れなど、3種の中では一番落ちるのが玉にキズ。しかし、哀しみを湛えたオーボエの名技や、2オクターブで纏綿とドラマチックに歌い上げる密度の濃いクライマックスは叙事詩のような味わい深さがある。

sv0079n.jpg

「ブラームスの《3番のシンフォニー》ではブラームスの音というものに、今度こそ確信をもった。これは室内楽と大管弦楽との中間の独特の音楽である。厚ぼったいが柔らかくふくらんでいる。各種の木管の混ぜ合いから生まれる音色とふっくらとして重い弦の音、高いオクターブの弦の音。そうしてときどき飛び立ち、きしむようなリズミックな音型と甘い叙情的な歌との鮮やかな対比で転回してゆく明暗。それから休止の沈黙に対する特別に入念な配慮。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)



第4楽章 アレグロ ヘ短調
sv0079i.jpgただならぬ暗雲が垂れ込めるものものしい開始がいかにもフルベン流で、葬送行進曲のようなコラール風の警告が悲劇のはじまりを予告する。

強烈なブラスの雄叫びで奮然と立ち上がる全合奏は、落雷のように「ズシッ」と打ち込むティンパニの強烈な打撃に仰天するが、巨匠は決して羽目を外さず堅固なリズムで古武士然と突き進む。つよいピッツィーカート・リズムで雄々しく歩む第2主題のゆたかな歌も霊感を得たフルベンの独壇場。  [写真は 伊 Nuova Era 013.6332-4 ③]

sv0079o.jpg

大きなクライマックスは展開部〈警告の句〉(149小節)。コラール主題を全管で吹き鳴らす決め所で、巨匠は攻撃的な力感を全面に押し出して荒武者のように立ち振る舞う。弦の嵐の中からダメ押しするように全音符で絶叫するところの息をのむ緊迫感は圧巻で、強いバスのリズムにのせて、畳みかけるように闘争の再現部(172小節)へ乱入してゆく荒ワザに「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。

sv0039q.jpg闘いを終えた英雄は、コーダで“賢者の諦念”のような気分で昇華する。ここで第1楽章の第1主題を回想する箇所(301小節)でサプライズがある。

作曲者はかすかに響かせる程度を意図したためか、16分音符の分散和音で主題を奏してディミヌエンドしていくように書かれているが、当演奏とトリノ盤ではここを弦が2分音符の旋律で弾いているように聴き取れる。  [写真はワルター協会 OB-7289/92-BS ③]


sv0079j.jpg記譜通りに弾くと主題が不明瞭になるのを嫌い、旋律で弾くのが当時流行っていたのか、クレンペラーやチェリビタッケといったレトロな巨匠の演奏でも同様の改変が行われている(『究極のオーケストラ超名曲徹底解剖12』より平林直哉氏による)。  [写真はTAHRA FURT1041 ③]

精密なトレモロで明瞭に聴かせるセルやショルティのような職人芸を聴いたら、さしもの巨匠も「驚異的だ!」と目を丸くしたに相違ない。巨匠の奥義をあますところなく刻印したお宝の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

ブログランキング・にほんブログ村へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2016/11/05 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

モントゥー=ロンドン響のブラームス/交響曲第2番

sv0072a.jpg
ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ピエール・モントゥー指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1962.11.29-12.1
Rocation: Kingsway Hall, London
Disc: DECCA/UCCD-7303 (2016/4)
Length: 43:21 (Stereo)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


ピエール・モントゥーはフランス人(セファルディム)でありながら、ブラームスの作品をこよなく愛し、なかでも交響曲第2番は生涯に4度レコーディングを行ったほど愛着が深かった。カイザー髭をたくわえ、どこか19世紀的な風貌のモントゥーは、18歳の時に創設されたカペー四重奏団にヴィオラ奏者として参加し、ブラームスの作品を本人の目の前で演奏した経験をもつ。

sv0072b.jpg対面したブラームスの“悲しげな眼差し”をモントゥーは終生忘れることがなく、自分が作曲者に対して随分と失礼な演奏をしたのではないかと自責の念にかられていたという。

自室の壁にはブラームスの肖像画を飾り、死の間際には《ドイツ・レクイエム》のスコアを胸に抱いだほど敬愛していたことが伝えられている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

モントゥーの〈ブラ2〉は、晩年に2種の録音がステレオで残されている。それは1959年のウィーンフィル(DECCA盤)と1962年のロンドン響(PHILIPS盤)。近い時期に異なるオーケストラとセッションが組まれたのが興味深いが、ロンドン響との当盤はモントゥーが86歳で同楽団の首席指揮者に就任した翌年に録音されたもので、繊細なフレージングによって楽想の隅々にまでモントゥーの意図が浸透した屈指の名盤だ。

sv0072d.jpgウィーン盤もロンドン盤も、オーケストラの配置がヴァイオリンを左右に振り分ける当時としては珍しい対抗配置をとり、これがすばらしい効果をあげている。

ともに第1楽章の提示部を反復しているために演奏時間が長くなっているが、当盤では、みずみずしい弦のフレージングとそこから紡ぎ出される繊細なニュアンスが随所に散りばめられ、明るい色調で自然への賛歌がキメ細やかに歌われている。  TOWER RECORDS  amazon

方やウィーン盤は、チャーミングなオーボエや、もってりとコクのあるチェロのテーマが魅力的だが、奏法ひとつをとっても楽団の伝統の枠内にとどまり新鮮味には乏しい。リズムの冴えニュアンスのうつろいといった点で、聴き手の耳を惹きつけるロンドン盤の方に筆者の指は自然と伸びてしまう。

「モントゥーはフランス人なのに、すべての作曲家の中でブラームスをいちばん愛していた。その彼が死の2年前、87歳で録音したのが本ディスクであり、音楽への思いのたけを全部ぶちまけてしまったような、情愛にあふれた名演である。それは懐古的なまでの老熟の味であり、やるせないほどの情緒とのどかな陶酔に満ちた夕映えのブラームスなのだ。テンポの動きも非常に多い。レコーデングは62年の末だが、その半年後、モントゥーはロンドン響とともに来日、大阪で1回だけ振った。そのときの感動は今もって忘れられない。」 宇野功芳著『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)


「モントゥーは最晩年に2つの〈ブラ2〉を録音した。特に素晴らしいのがロンドン響との録音である。かねてより定評ある名盤で、ある程度オケの自主性任せ、全体の雰囲気で聴かせるウィーン盤に対し、隅から隅までモントゥーの意志が反映されたのがロンドン盤といえるだろう。一音たりとも曖昧に扱わず、すべてのアーティキュレーションや息づかいにモントゥーの意志が宿る。全体のトーンはより華やぎがあり、色彩感に秀で、それでいて、人生の哀愁が滲み出るというところがモントゥーの素晴らしいところだ。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0072c.jpgなんと新鮮でみずみずしく、耳にやさしいブラームスだろう。「ちょっと工夫してみました」と作為を感じさせるようなところは微塵もなく、繊細なアーティキュレーションと繊美なフレージングによって、南仏の長閑な風物詩がのびやかに歌われている。

オーボエの導入句をリタルダンドする語り口の上手さもさることながら、鳥の囀りを模したような木管のスタッカートや、小川のせせらぎのように清々しく奏する間奏主題(クララ・モチーフ)から喜びの気分が溢れんばかり。

TOWER RECORDS  amazon
sv0072l.jpg

sv0072j.jpgここでは左右に配置したヴァイオリンが交互に応える場面(67小節~)で抜群のステレオ効果を発揮する。これを聴くと、1881年にヘンシェルが試したこの配置をブラームスがたいそう気に入ったという逸話に「なるほど」と頷ける。

ヴィオラとチェロが奏でる第2主題(82小節)は旋律がこの上なく上品に扱われ、寄り添うようなヴァンオリンの伴奏音型にまで指揮者の細やかな配慮が行き届いている。旋律の裏でフルートの3連音の装飾的なオブリガードがたゆたうところ(156小節)の美しさといったら!

TOWER RECORDS  amazon
sv0072m.jpg

sv0072e.jpg提示部の反復をまったく感じさせない自然な流れで演奏しているのもモントゥーの上手いところで、展開部に入っても力瘤を廃したモントゥーの棒さばきは老熟を極めている。

各パートの対位の綾が透かし彫りのように聞こえてくるあたりは、まるで室内楽を聴いているような趣きがあり、ティンパニの強打をくわえた地獄落ちのような闘争の頂点(227小節)で昂奮を高めるフルトヴェングラーの演奏とはおよそ対照的といえる。 TOWER RECORDS  amazon

絶妙のテンポ・ルバートでたゆたう再現部も繊細なフレージングの妙味は格別で、ニ長調でしっとりと息づく牧歌主題をはじめとして、ヴィオラを随所でたっぷりと響かせているのもこの盤の魅力のひとつだろう。

トランペットが冴えた音で放歌高吟する晴朗な総奏(403小節)、ホルンの夢幻的な独奏(455小節)、弦楽のやわらかなサウンドで叙唱歌風に揺れるコーダの味わい深さなど、楽想の隅々にまでモントゥーの自然への慈しみと平穏な心の喜びが溢れており、最後まで聴き手の耳を惹き付けてやまない。


第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0072f.jpgチェロの奏でる物憂い旋律をウィーン流にこってりと粘らず、風韻の良い響きで清々しくエレガントに歌われるのがモントゥー流。

中間部のエスプレッシーヴォ主題(45小節)では、劇的なドラマ性を内在して“暗い死の影”を漂わせるデモーニッシュなフルトヴェングラーに対し、モントゥーにとっては日が翳り、雲間からうっすらと陽の光が差し込むような情景のうつろいでしかない。  amazon
sv0072n.jpg

3連音型のドルチェ主題(68小節)を早いテンポで奏する再現部の足取りは軽快で、まるで好好爺が野山の景色を楽しみながら散策にふけるといった風情。詠嘆的な弦の変奏主題(73小節)に大きなルバートをかけて清らかに奏するのも象徴的で、まるでこの作品がクララへの“愛の詩”であるかのように、老境のモントゥーが微笑みながら、心を込めて歌い上げるところがじつに感動的である。
sv0072o.jpg

ワルター、バルビローリ、ジュリーニといった抒情派の巨匠たちが10分以上かけてこの楽章をじっくり演奏しているのに対し、モントゥーは8分台半ばでさりげなく駆け抜けているのもユニークで、経過主題から強奏展開するクライマックス(87小節)やコーダもむやみに高ぶることはなく、モントゥーにとって家路へ足を運ぶ“夕暮れの情景”なのだ。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0072g.jpgモントゥーは間奏曲風の楽想をいかにもフランス人らしく、ブーレ(舞曲)のように生き生きと、しかも愛嬌を振り撒きながら、なごやかに奏するのが魅力的だ。

緻密なスタッカートでさくさくと駆けるプレスト(33小節)も軽妙洒脱の極みといえる。モルト・ドルチェのピアニシモ(225小節)に黄昏時の哀愁を滲ませているのも心憎く、人生の酸いも甘いも噛み分けた老巨匠の慎ましやかなコーダがしっとりと心に沁み込んでくる。 amazon

sv0072p.jpg


第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0072h.jpgフィナーレはロンドン響の整然とした合奏美を堪能させてくれる。モントゥーは腕ずくでオケを引きずり回したり煽ったりせず、ひたすらリズムのキメを整えることによって明朗快活な気分とクリアなサウンドを実現。

第2主題(78小節)も朗らかに歌い、踊り、リズミカルなステップで駆け抜けるコデッタ主題(114小節)から春の訪れを待ちわびた小鳥の囀りや村人たちの喜びが伝わってくる。

TOWER RECORDS  HMVicon
sv0072q.jpg

sv0072i.jpg展開部では主題の転回や反進行形で哀愁をしっとりと漂わせるが、モントゥーの個性が際立つのが再現部の総奏(264小節)から。

低音の土台を礎に、弓の根元で喰らいつくように弾き飛ばすフレージングは一分のブレもなく、重厚なサウンドを聴かせる第2主題、管弦が陽気に戯れるコデッタ主題、3連音から用意周到に加速して目の覚めるような金管を炸裂させる頂点(387小節)などは、とても87歳の老人の棒さばきとは思えない。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

みずみずしい伴奏弦の分散和音の中から「カラッ」と打ち放つ金管の開放的なカノンと「シャッキリ」と打ち込むトランペットとホルンのファンファーレが感興を大きく高め、燦燦と陽光が降り注ぐ南国的な気分の中で全曲を溌剌と締め括っている。この曲を誰よりも愛したモントゥーが最晩年に残した極上の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

このエントリーをはてなブックマークに追加


[ 2016/07/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第4番(48.10.24)

sv0055b.jpg
ブラームス/交響曲第4番ホ短調 作品98
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.10.24 Titania-Palast, Berlin
Source: RIAS Berlin (EMI)
(Henning Smidth Olsen No.137
Length: 41:27 (Mono Live)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


フルトヴェングラーのブラームス交響曲第4番といえば、終楽章のリハーサル風景が筆者の目につよく焼き付いている。それはベルリンフィルがロンドン公演を行った際の本番前日のリハーサル映像で(1948年11月2日於エンプレス・ホール)、ティタニア・パラストでのコンサート(当盤)直後のものだ。

sv0055c.jpgこれは報道映画の代理店ヴィスニュース社の所蔵する実録映画の1コマで、終楽章第16変奏(展開部129小節テンポ・プリモ)から最後の部分が収録されている。

リハーサルとは思えぬ気魄にみちた演奏は何度見ても鳥肌が立つすさまじいもので、弦の嵐の中から管楽器が強烈な3連音を打ち込む第24変奏のシーンで、タコ踊りのように体をくねらせて激しく揺れ動く巨匠の指揮姿をカメラが捉えている。

「リハーサルは完璧でした。そのままコンサートにのせることが出来るほど徹底していた。フルトヴェングラーは、ひと言でいうなら、偉大なロマンティスト。常に美しい響きを追求していて、リハーサルに現れたときは、もうその音楽の世界に没頭していた。頭の中は今から演奏する音楽でいっぱいで、そういう情熱は、団員全体に感染しますよ。(元ベルリンフィル首席コントラバス奏者ライナー・ツェペリッツ)」 川口マーン恵美著『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』より、新潮選書、2008年)


「フルトヴェングラーの夢中になった指揮姿はとてもリハーサルとは思えない。あんな感じで練習していて、本番はどうなってしまうのだろうか、と心配なほどだが、彼はいつも燃えるようなリハーサルをしたらしい。普通の指揮者の倍近くも練習時間を取りながら、いつも時間が無くなって途中で打ち切りになってしまったらしい。そしてリハーサルの後は見るも気の毒なくらい疲れ果てていたそうだ。」 宇野功芳「フルトヴェングラーの何が偉大なのか」~『文藝別冊フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)



フルトヴェングラーのブラームス〈第4〉はオールセンによれば、次の6種(うち1点は未発表音源)と前述の第4楽章リハーサル風景の映像が残されている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.12.12-15Berlin,Philharmonie, RRGMelodiyaO_ 94
BPO1948.10.22Berlin, Dahlem Gemeindehaus, SFBTahraO_134
BPO1948.10.24Berlin, Titania Palast, RIASPathe(EMI)O_137
BPO1948.11.2London, Empress Hall-rehearsalVisnewsO_138.5
BPO1949.6.10Wiesbaden, Staatstheater, HessenFW-SocietyO_169
VPO1950.8.15Salzburg, Festspielhaus, ÖRFMusic&ArtsO_216
VPO1951.10.21Frankfurt, am Mein, HessenNot IssuedO_263


これらの中では、ポルタメントをかけて激しい気魄で荒れ狂う大戦盤①と、むせるようなロマンと迸るような熱情を併せ持つテイタニア盤③が双璧ではないだろうか。即興的なテンポの動きや気魄は後退するが、音質がよく情感ゆたかでしっとり感のある④ヴィースバーデン盤を好むファンも多いだろう。

sv0055f.jpg②ダーレム盤(GCL-5004~5、FURT-1025)は③の2日前の演奏だが表現が大人しく、全体にリズムが重たい。⑤ザルツブルク盤は荒れ狂った力演だがMusic&ArtsやNova Eraの音荒れがひどく、Orfeoを聴いても音質の点で鑑賞には苦しい。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

当演奏③は、ベルリンRIAS放送局のアーカイブを音源とするが、2009年にマスターテープ(76cm/sec)から起こされたCDが独auditeより発売されたことによって従来の音盤は存在価値を失ったとされる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [The Complete RIAS Recordings]

sv0055e.jpgしかし筆者はEMI系の厚みのある密度の濃い音に長らく親しんできたせいか、出力が低くドライなauditeの音に馴染めない。むしろ、仏HMV(FALP544)を復刻したグランドスラム盤(GS2044)や、1984年にリマスタ-・デジタル・テープからカッティングされた厚手重量LP(WF50011)をCD-Rに焼いたものの方が肉感のある太い音で鳴ってくれるので、筆者はこちらを好んで聴いている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0055g.jpg哀切を込めた夢幻のテヌートで奏するアウフタクトのhの開始音は“神技”とよべるもので、ポルタメントをかけたオクターブ下降、もってりと厚みのある内声アルペジオ、悲しみに打ち震えるオーボエの模声など、寂寞とした風情で揺れ動く第1主題からロマンの薫りがしっとりと立ちこめてくる。

身も心も吸い寄せられてしまいそうな深遠な響きは巨匠でしか聴けないものである。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055s.jpg

「ブラームスの《第4番》の最初のHの音ね、フルトヴェングラーしか出せない音です。もう驚くべきものです。あの出だしで勝負がきまります。いまのブラームスの《第4番》の出だしのような息づかいも、ここだけでなくフルトヴェングラーのお家芸の1つなんですね。チェリビダッケが初めて来日してブラームスの《4番》をやったらね、驚くべきことに読響はあの最初の第1主題のH→Gの音をね、スウッと吸い込まれるように出した。あれはフルトヴェングラー流です。」( 座談会「フルトヴェングラーをめぐって」より丸山真男氏による~『フルトヴェングラー』、岩波書店、1984年


「私はかつてのフルトヴェングラーがベルリン・フィルハーモニーで残している演奏で、やはり出だしのあの3度関係で上下する主題の扱いで、最初のhの長さをたっぷりとってから前進するという、しみじみと心の奥まで届くような独特の表情のつけ方をしているのを、指摘したことがある。そうして、一度この魅力にとらえられると、ほかの人の別の扱いは、それなりに理解し、受け入れはしても、何かもの足りず、完全に満足できなくなるのだった。」 吉田秀和著『世界の指揮者』より、筑摩書房、2008年)


「最初の、ヴァイオリンだけでhを長くひっぱった出だしの音が、すでに、普通ではない。それは、主題の全体の出発点というだけでなくて、曲全体の入口に立って、これが、何ものかに対する名状しがたい憧れの音楽であることを、物語るといっていい始め方なのだ。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年~初出1981年)



sv0055h.jpg第2主題の律動的な〈リッターモチーフ〉(騎士的動機)は力強い。大きく弾むピッツィカート・リズムにのって、チェロが雄雄しく、急き立てるように歌いあげる緊迫感は無類のもので(57小節)、大きく高揚して歌い上げる〈和解の句〉(91小節)は巨匠の情熱が迸るかのようだ。騎士的動機の3連音で頂点に駆け上がるリズムの切れも抜群で、ティンパニの強打と鋭い和音打撃によって一刀両断に叩き切るところは巨匠の力ワザが全開である!

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055t.jpg

sv0055i.jpg展開部(137小節)は弦の喘ぎを振り払うような筆圧の強い〈反抗の句〉や、淋しげなピッツィカート伴奏にのった木管の哀切を込めた調べ(220小節)に涙を誘われるが、聴きどころは木管と弦の対話の後に息の長いリタルダンドで移行する再現部(246小節)。

12小節に拡張した主題をスローモーションのように吹奏する場面は、“夢幻の境地”ともいえる巨匠の奥義を開陳したもので、祈りにも似た痛切な音の訴えに胸が詰まってしまう。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055u.jpg

sv0055r.jpgあたかも物語の続きのように途中から開始する主題再現は、うねるような波が激情の嵐となって猛烈な勢いで突進する。獅子吼するホルンや地を踏み締めるリズムで感情を高める〈騎士的動機〉も霊感を宿したフルベンの独壇場。コデッタの慰めの気分も束の間、いよいよ切分音に3連音を噛み合わせたフガート風の壮絶なクライマックスがやってくる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0055q.jpg激しいトレモロで駆け上がるコーダの頂点(394小節)は、巨匠が無我夢中になって荒れ狂う。「ここぞ」とばかりに強烈なカノンでぶつける主題強奏はすさまじく、さらに激しい加速をかけてなりふり構わず疾走していくところは「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。

驚くべきは弦の音階的な分散和音がほとんど破綻していることで、ことに後半では半数以上の弦楽器奏者が雪崩のように脱落している。終止のリタルダンドも即興的で、ここまでやらずにいられなかった巨匠の燃焼ぶりを伝えてあますところがない。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [SACD Hybrid]

「第1楽章の最初のロ音を聴いただけで、すでにフルトヴェングラーの世界に誘われてしまう。よくもこんな音が出せるものだ。彼はブラームスが書いた楽想を徹底して描き分けるが、録音のせいもあって、リズミカルな部分がいくぶん硬く響く嫌いもある。コーダのアッチェレランドはまさに気違いじみており、音楽自体から考えて、ここまでやる必要があるのかどうか疑問だが、興奮させることは事実であり、最後のリタルダンドがいかにも効果的だ。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)




第2楽章 アンダンテ・モデラート
sv0055j.jpg張りのある力強いホルンで開始する内省的な音楽は、一歩一歩踏みしめるような重い足取りで進行、会場のデッドな響きからオンマイクの木管楽器が生々しく聴き取れる。聴きどころは練習番号B(30小節)のヴァイオリンの美しい主題変奏で、しっとりと、麗しく高潮する音楽がすこぶる感動的だ。

慰撫するようなチェロのテーマ(第2主題)もたまらない。コクのあるフレージングで纏綿とたゆたうところはロマンの極みといってよく、浄化するような高弦のオブリガートが聴き手の心を癒してくれる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055v.jpg

sv0055k.jpgクライマックスは、主題が分散和音で展開する再現部のフォルティシモで、3連音の反抗的な音型を鉄槌のようにザクザク打ち込んでゆくところは巨匠の荒業が炸裂する。弦楽5部で重厚に歌う第2主題(88小節)も聴き逃せない。

心魂込めて歌い上げる密度の濃いエスプレッシーヴォは巨匠の奥の手を見せたもので、熱き血のたぎりすら感じさせる激情の炎が聴き手の心を鷲掴みにする。おづおづと回想するコーダのねばりのあるフォルテも巨匠の情念を刻印したものといえる。     TOWER RECORDS  HMVicon



第3楽章 アレグロ・ジョコーソ
sv0055l.jpg開始のアインザッツが一瞬ずれて「ドキっ」とさせられるが、このフライングをカットして途中から始まったように修正した盤が存在することは平林直哉氏がGS2044のライナーノートで指摘している。

この“ずれ”はフルベンの名刺代わりといえるもので、①⑤でもわずかな不揃いがみとめられる。ここではベルリンフィルの古色蒼然とした“鉄血サウンド”が全開で、軋むような音を立てて硬い打撃で古武士然と突き進む。中間部で主題を変奏する燻し銀のホルンもレトロで魅力的だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0055o.jpg再現部(199小節)は鋼のような打撃を繰り出して頂点に駆け上がるフルベンの荒武者ぶりを堪能させてくれる。ホルン信号を合図に猛り狂うコーダもすさまじく、弦の分散和音をクレッシェンドしながら突っ走るところに背筋がゾクゾクしてしまう。落雷のようなティンパニの強烈な連打にも度肝を抜かされるが、大見得を切るようにリタルダンドを決めるスリリングで豪快な終止は、巨匠のみに許された“必殺ワザ”といえる。 

 (写真はプライヴェート盤 GCL5004/5)

「第3楽章は実演における一発必中の表現だ。情熱の爆発と強い意志による統制が両々相俟って、すさまじい力の噴出となる。終結の決め方(あのテヌートの巧さ!)など、他の誰にも出来ることではない。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート
sv0055m.jpg8音の〈シャコンヌ主題〉は荘厳でドラマチックだ。巨匠が仕掛けてくるのはヴィブラートとポルタメントでラプソディックに歌う第4変奏からで、骨太墨絵を描くような第5変奏濃厚な弦のうねりや、身をよじるようなテンポ・ルバートで揺さぶる第6変奏のデフォルメはフルベンの面目が躍如する。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055w.jpg

声部を増しながら内的な昂奮を高め、第11変奏で頂上に達する疾風怒濤の棒さばきも巨匠の手の内に収めたものといえる。神韻縹渺と奏でるフルート独奏(第12変奏)や、トロンボーンとホルンが吹奏するサラバンド風の〈慰めの動機〉(第14変奏)に漂う崇高な気分はいかばかりだろう。 

TOWER RECORDS  amazon [Salzburg Box]

sv0055p.jpg劇的なドラマは第16変奏のテンポ・プリモ(展開部)にやってくる。原調にもどった〈シャコンヌ主題〉を弦の熾烈な下降音型が切り裂くように落下して管弦の嵐が吹き荒れる。弦のスタッカートは3連符となり、これが急上昇してトロンボーンの一撃と対峙するところは聴き手も思わず力が籠もる! 

圧巻は打楽器の後打ちで3連音を叩き込む第24~25変奏(再現部)で、トレモロの嵐が吹き荒ぶ中、巨匠はタコのように全身をくねらせながら苛烈な打撃を「これでもか」と叩き込む。リハーサル映像がとらえたこの凄絶なシーンに筆者は身も心も釘付けになって、戦慄を覚えずにはいられない。

(写真は米Music&Arts CD-258)

「このパッサカリアを誰よりも速いテンポで演奏している。彼は、この楽章の暗くドイツ的なバッハ風性質を強調することなく、《エロイカ》の終楽章のようにがむしゃらに推進させている。彼の疾駆するテンポは戦闘的に燃え上がる。ティンパニはすさまじい音で鳴りわたり、テクスチュアを圧倒している。トロンボーンは荘厳に吟唱せず、激しく朗唱し、弦はひと筋の炎のようにはいってくる。」 ピーター・ピリー著『レコードのフルトヴェングラー』より、横山一雄訳、音楽之友社、1983年)


「第4楽章は第1変奏のものものしい表現にすべてが尽くされている。フルトヴェングラーの演奏に接すると他の指揮者は生ぬるくてとても聴けない。ここはこのようにやるべき音楽なのだ。こうでなくてはならないのだ。第16変奏以降の推進力もすばらしい。しかし、第3変奏のヴァイオリンに極端なヴィブラートをつけたり、コーダの加速など、ブラームスとしてはやりすぎの部分もあり、ぼく自身、手ばなしでフルトヴェングラーの演奏を謳歌するものではない。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0055d.jpg緊迫したストレッタから大仰なリタルダンドで突入するコーダ(ピウ・アレグロ)は、弦の下降音型を伴奏に管楽器が〈パッサカリア主題〉(第31変奏)を絶叫する。固いリズムをガツン、ガツンと打ち込みながら、抉るようなフレージングでさばく結尾の音楽は、テンパニの最強打による劇的なカデンツで締め括られる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0055n.jpg60余年を経た今なお、聴き手を酔わせてくれる至高の《ブラ4》で、巨匠が全身全霊を傾けた入魂の1枚だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

このエントリーをはてなブックマークに追加


[ 2015/10/24 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ベイヌムのブラームス/交響曲第1番ハ短調(旧盤)

sv0053a.jpg
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1951.9.17 Concertgebouw ,Amsterdam
Recording Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 41:17 (Mono)
amazon


このブラ1はベイヌムの名を天下に轟かせた名盤中の名盤として知られたもので、フルトヴェングラー指揮ベリルンフィルのブラ1“東の横綱”とすれば、このベイヌム指揮コンセルトヘボウ管は、さしずめ“西の横綱”に位置する「剛」の演奏の代表格的存在だった。わが国では1954年に発売され、名曲喫茶ではワルターやトスカニーニよりもこのベイヌム盤が多くリスエストされていたという。

「このブラームスの『第1』はベイヌムのレコード中の最高傑作といっても過言ではあるまい。ぼくの学生時代は名曲喫茶が全盛で、中野の”らんぶる”という店によく行ったものだが、行くとかならずといってよいほどベイヌムのブラームスの1番がかかっていた。早大の哲学科の学生がいつもスピーカーの前に陣どって、このレコードをリスエストしていたのである。その店にはワルター=ニューヨークフィルの同じ曲もあったのだが、ぼくもベイヌムの方に軍配を挙げた一人である。」 宇野功芳『わが魂のクラシック』より、平林直哉編、青弓社、2003年)


sv0053b.jpg筆者が学生の頃に聴いたベイヌムの旧盤は、London(キングレコード)のMZ5015MX9027の廉価盤だったと記憶するが、その骨の太い男性的なスタイルと小細工なしに一直線に押してゆく演奏解釈はブラ1のイメージにぴたりとフィットするもので、ベイヌムの逞しい牽引力と燃焼度の高さもさることながら、この当時、コンセルトヘボウ管に備わっていた鉄壁のアンサンブルに驚嘆し、以来、この盤の虜になってしまった。


録音のすばらしさも特筆される。カルショウとウィルキンソンのコンビによるFFrr(Full Frequency Range Recording)と銘打ったハイファイ・サウンドは、モノーラルながらくっきりと楽器が浮き立つような解像度と分離感に優れ、伝説的な名録音と謳われた。カルショウによると、コンセルトヘボウの客席をすべて取り払い、平土間にオーケストラを並べて録ったのが秘訣とされる。 「山崎浩太郎が選ぶデッカ名録音ベスト7」より『レコード芸術』通巻671号、音楽之友社、2006年)

sv0053c.jpgいまCD(UCCD-35419)で聴くと、LPのまろみを帯びた太い音のイメージとは大きく異なり、高音域を強調し過ぎのためか、骨と皮だけの痩せたギスギスした音になってしまったのが残念で、筆者はLP(MX9027)をCD-Rに起こして聴いている。日本のレコード会社はリマスター段階で音を必要以上にいじくる傾向にあり、購入してがっかりさせられることが多い。


「ベイヌム最高傑作といっても過言ではあるまい。1951年のコンセルトヘボウの技術とアンサンブルは言語に絶するほど優れており、ベイヌムのリズムの良さと相俟って、きわめて若々しく新鮮な外面を持つ。しかし内部に荒れ狂っている精神力は激しいダイナミックやテンポの動きを生み、ロマン的な情緒は心からのカンタービレとなる。」 宇野功芳氏による月評より、MX9027、『レコード芸術』通巻第332号、音楽之友社、1978年)


「再録音よりすべての意味で若々しく、この指揮者の芸術性が生地のまま示されている。それだけにみずみずしく、運動性が強い。全体としては新古典主義的な解釈で、第3楽章は早めのテンポを採り、終楽章は端然とした構築性と流動感を兼ね備えている。アルプス風のホルンの旋律も魅力的である。」 小石忠男氏による月評より、K28Y1039、『レコード芸術』通巻第460号、音楽之友社、1989年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート~アレグロ
sv0053d.jpg早いテンポで勇ましく押してゆく序奏は筆勢の強いスタイルで、強靭ともいえる弦の張力ォルテの和音を弾き切る力瘤によって、のっぴきならぬ緊迫感が前面に立ちはだかる。

哀しみに打ち震えるオーボエや、コクのあるチェロによってロマン的な気分が薫り立ち、どっしりと構えた主部は、「ぐい」と弾きぬく筆圧の強いフレージング直裁的な推進力で聴き手を圧倒する。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0053e.jpg〈運命動機〉の律動(159小節)から速いテンポでザクザク押し込んでゆく逞しい弓はこびは冠絶しており、アインザッツの切れも抜群! 張りある切分音やリズミカルなスタッカートで展開部に押し進むベイヌムの気っ風のよい棒さばきがある種の快感を誘っている。

音量を増して高揚するコラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(232小節)を筋金入りのフレージングによって雄渾に、輝かしく奏するところもベイヌムの個性が際立っており、ムチのようにしなる弦とシャッキリと打ち込む和音打撃が痛快である。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0053k.jpg

この楽団の個性的なサウンドが持ち味を発揮する第2主題部も聴きのがせない。艶光したような光沢のある弦楽器、葦笛のような愛嬌のあるオーボエ、くすみがかった燻し銀のホルン、といった名門楽団のメロウなサウンドがしっとりと明滅しながら浮かび上がってくるところは、メンゲルベルク時代のロマンティックな響きが残り香のように漂っている。

sv0053f.jpg最大の聴きどころは、フルトヴェングラーもかくやと思わせる疾風怒濤の勢いで荒れ狂う総奏の頂点(321小節)。嵐のような弦の16音符で激高し、強烈な打楽器と金管を叩き込んで迷いなく再現部に突進する直球勝負の闘争劇は聴き手の昂奮をかき立てる名場面だ。

TOWER RECORDS  amazon

一気呵成に畳み掛けるコーダ(459小節)もすさまじい。鋼のようなシンコペーションから強靭なリズムでクレッシェンドを重ねる決めどころの力ワザは圧巻で、活力のある運動性と鮮明なテクスチュアに熱くなるのは筆者だけではないだろう。早いテンポのエンディングもパンツのゴムのような弛みがなく、端正な造形でキリリと引き締めている。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0053h.jpg低音を土台に淀みのない流れにのせる賛歌は、いたずらに感傷にひたることなく、平穏な気分の中にもピンと張り詰めた緊張感と意思的な力が秘められている。

中間部で歌われるオーボエやクラリネットのコロラチュラ主題の味わい深さも格別で、分厚い音でなみなみと注ぎ込むユニゾン主題恰幅のある進行は男のロマンといえる。
TOWER RECORDS  amazon

筆路明快に歌い出される主題再現(67小節)は楽想をねじ曲げたりナヨナヨしたりせず、瑞々しい線で率直に歌い上げていくところがじつに感動的である。  

sv0053i.jpgこれに彩りを添える独奏ヴァイオリンがたまらない。メンゲルベルク時代を彷彿とさせる甘美なトーンは一度聴けば病みつきになりそうな蠱惑的な響きで、独奏を受け持つのは当時のコンサート・マスターで、かつてベルリンフィルやシュターツカペレ・ドレスデンのコンサート・マスターもつとめたヤン・ダーメン(1948~1957在任?)だろうか。

TOWER RECORDS  amazon

「オーボエをはじめ、さまざまな楽器が実にみずみずしく潤いがあるのはベイヌムである。ほんとうにこのころのコンセルトヘボウはよい響きがしていた。」 「究極のオーケストラ名曲解剖(10)」より平林直哉氏による~『レコード芸術』通巻658号、音楽之友社、2005年)



第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラッチオーソ
sv0053p.jpgインテルメッツォはコンセルトヘボウの木管セクションの馥郁たる香りに魅了させられる。ここでは、低音弦のオブリガートなどの細部が明瞭に聴き取れるのが驚きで、チェロが第2主題の伴奏音型をコツコツと刻む崩しのない実直なスタイルが印象的だ。  TOWER RECORDS

中間主題は無用に高ぶることはしないが、トランペットの強奏や強いピッツィカートによってメリハリをつけるあたりはフルトヴェングラーに通じるところがあろう。再現部の開始でオーボエが信号のような3連音を発しているのもユニークだ。


第4楽章 アダージオ-ピウ・アンダンテ(序奏)
sv0053o.jpg剛毅に立ち上がる序奏の気魄に度肝をぬかされるが、生々しいピッツィカートや不気味な上昇音型から身もだえするように奏する動機がものものしく、いかにも巨匠風。

鋭く打ち込むティンパニの雷鳴とともに、たっぷりと湧き上がる崇高なアルペン・ホルンはブラームスの神髄を究めたもので、序奏の見事さにおいてはフルトヴェングラーと双璧だろう。   TOWER RECORDS
sv0053l.jpg


sv0053q.jpg主部の〈歓喜の主題〉は極太の筆に墨をたっぷりと含ませて書き上げる書家のごとく、肉感のある中音域を響かせて早いテンポで突き進む。

腹に響く強いピッツィカート・リズム、切れのあるフレージング、金管の鋭いアタック、鼓舞するような決めどころの高揚感など、いずれをとってもベイヌムの覇気が漲っており、質実剛健の気風に心を掴まれてしまう。

フレーズが脈々と流れる第2主題部もコクがあり、第2句〈慰めの動機〉(132小節)を奏するオーボエの2重奏など、あまりにも切なくて胸が苦しくなってしまう。

TOWER RECORDS
sv0053m.jpg


sv0053r.jpg再現部(185小節)も悠然とした太い流れに揺るぎはない。がっしりと力強い打撃と鋭いリズムによって突進するところは指揮者の決然とした思いが込められている。

圧巻は頂点(279小節)で爆発する鋼のような力強い管弦楽で、燻し銀の金管が「ここぞ」とばかりに炸裂! アルプスの最高峰を極めたスケールの大きな音楽が力強く流れてゆく。  TOWER RECORDS


コーダ(367小節)はベイヌムが鉄壁のアンサンブルを武器に、強靱なシンコペーションでピウ・アレグロへ直進する。驚くべきはコラール句の強奏(407小節)をまったくリタルダンドせずに一気に突っ走るところで、剛胆な力感と畳み掛けるようなクライマックス効果がとてつもない迫力を生んでいる。

sv0053n.jpg

sv0053j.jpg「リタルダンドが来るのではないかと予想したオーケストラとの間にずれを生じている」とライナーノート(宇野功芳氏)に記されているが、筆者にはオーケストラが確信をもって突っ切っているようにしか聴こえない。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

楽員はベイヌムと何度もこの曲を演奏して手の内を熟知していただろうからこのような事は考えにくい。ベイヌム=コンセルトヘボウ管全盛期の実力をあますところなく刻んだ忘れえぬ一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2015/09/26 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第1番(52.2.10)

sv0039a.jpg
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.2.10 Titania-Palast, Berlin
Source: Sender Freies Berlin
Henning Smidth Olsen No.288
Length: 47:46 (Mono Live)
amazon  TOWER RECORDS


フルトヴェングラーの「ブラ1」といえば、筆者の学生時代はウィーンフィルによる1947年のEMI盤が知られる程度だった。これはSP録音のために音質が著しく劣ることや、最後は燃焼しきれないまま中途半端に終わったような印象が拭いきれず、期待したほど感銘を受けなかったと記憶する。

sv0039m.jpgその後、さまざまなオーケストラとのライヴ録音が雨後の筍のように続々と掘り起こされ、いまでは1ダース近くの巨匠の演奏がラインナップされている。その中でも筆者が強烈に印象付けられたのが、フルベン・ファンにとって“干天の慈雨”ともいえるグラモンフォンから1976年に発売されたベルリンフィルの実況盤だ。

amazon  TOWER RECORDS

このグラモフォンのLP(MG6002)は、ベルリンフィル創立70周年記念コンサートのライヴ録音。オリジナル・デザインによるグレーの格調高いジャケットもさることながら、SP録音の不満を払拭する音質の良さと1本筋の通った力感漲る演奏は、巨匠の真打的な奥義と迫力を伝えてくれるもので、愛好家の喉の渇きを潤すに十分な手ごたえを感じさせてくれるレコードだった。そして「やはりフルベンはベルリンフィルの実況録音に限る!」と筆者は舌鼓を打ったものだ。

 sv0039r.jpg sv0039c.jpg

「この演奏は優秀だ。オーケストラはすばらしく充実していて強い気迫に充ちているし、音楽の進行には指揮のたくましい牽引力が感じられ、やはり実況ならではの気分充分である。なによりの美点はめりはりが実にきちりと自然にきまっていることで、万事がいかにもそうあらねばならぬという形で盛り上がりもテンポの変化も行われている。このブラームスの第1番は至る所に絶妙の言い回しを含みながら、そのすべてが完全にひとつの有機体を築いていることで、私にはフルトヴェングラーの指揮の奥の手を最も見事に見せたものと言えそうに思われた。こういう奇跡的な芸当をしばしば現場でやってみせたから、彼は第一人者の座にいたわけである。」 大木正興氏の月評より、MG6002、『レコード芸術』通巻310号、音楽之友社、1976年)


フルトヴェングラーのブラームス《第1番》は、11種の演奏がリリースされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
VPO1942 or 1944Unknown (=③?),(=⑤)日ColumbiaO_ 77.5/432a
BPO1945.1.23Berlin, Admiralpalast (4th mov.) 仏フ協O_105
VPO1947.8.13Salzburg, FestspielhausPrivate ArchivO_114
LFO1947.8.27Lucern, Kunsthaus仏フ協O_118
VPO1947.11.17-20Wien, MusikverinsaalEMIO_127
ACO1950.7.13Amsterdam, Concertgebou日フ協O_212
NWD1951.10.27Hamburg, Musikhalle仏フ協O_265
VPO1952.1.27Wien, Musikvereinsaa東芝EMIO_283
BPO1952.2.10Berlin, Titania PalasDGO_288
TRO1952.3.7Torino, Italian Radio加RococoO_293
BPO1953.5.18Berlin, Titania Palast米DiscocorpO_337
VSO1954.3.20Caracas, Amfiteatro Jose Angel英フ協O_388


sv0039l.jpgこれらの中で演奏・音質ともに優れた演奏となると、⑥北西ドイツ放送響⑧ベルリンフィル(当盤)が双璧だろうが、アインザッツの切れ、ティンパニの打ち込みの鋭さ、崩れのなさ、演奏の集中度から言っても本家ベルリンフィルとの当盤がもっともツボにはまった演奏ではないだろうか。


amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

「謎のブラ1」と呼ばれるウィーンフィルの1942又は1944年実況録音は、かつて日本コロムビアからDXM163として発売されたLPで、どこか“ウラニアの英雄”を思わせ、オールセンでは別扱いとしていた。④以外は発掘されていなかった時代には大戦下の実況録音ということで注目を集めたが、すぐに廃盤になってしまったので筆者は入手出来なかった。実は④と同一演奏で、市販のSPからダビングして作られたという説が有力だ。

ベルリンフィルにはもう一つ、同じ演奏会場で1953年の実況盤⑩がある。演奏スタイルが似ているため「夢よもう一度のブラ1」と心を躍らせたが、ワルター協会盤(LP)の音が貧しく評判倒れだった。ターラ盤(FURT1019)で音質は改善されたが、筆圧の強さ、リズムの切れ、緊迫感、ロマンの密度、決めどころの高揚感といった点で⑧には到底及ばない。

sv0039n.jpg掘り出し物は、かつてプライヴェート盤(GCL5004~5)として出ていた②で、個人のエアチェック・ソースと思われるがベスト3に入れたい名演奏。独奏も抜群に美しい。グランドスラム盤(GS2086)はさらに音質もよく聴きやすいので、これは購入して損はない。音源はコレクターから提供されたエアチェックDATとのこと。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

嵐のように荒れ狂う'45年盤①(SWF8803)も捨てがたい魅力があり、音質も当時のものとしては破格の良さで、もし全楽章揃っていれば⑥⑧に並ぶ存在になったに違いない。

sv0039o.jpg  sv0039p.jpg

sv0039h.jpg当録音はグラモフォンがオーソライズ盤のために選択枝は限られたが、柔らかなLPの音に比べてCD(独グラモフォン427 402-2)の不自然な響きがどうしても馴染めず(POCG2356、POCG3793も評判がよくない)、筆者はLP(MG6002)をCD-Rに起して聴いている。オープンリールをソースとするグランドスラム盤(GS2048)はLPに似た肉感のある音を提供してくれるので、CDの音を好まない人には推奨盤といえる。

TOWER RECORDS  HMVicon

NoOrchestraDateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
Berlin po1945.1.23WF SocietySWF8803---16:43-
Wien po1947.8.13GlandSlamGS208615:0510:235:2216:4547:35
Lucern fes1947.8.27TahraFURT102914:5410:215:0816:5747:20
Wien po1947.11.17-20EMITOCE378814:4310:385:0216:2846:51
Concertgebou1950.7.13TahraFURT101214:3310:054:5816:3546:11
NWDR so1951.10.27TahraFURT107014:5610:075:1417:0947:26
Wien po1952.1.27AltusALT77/814:1710:115:0416:3346:05
Berlin po1952.2.10DGMG600214:3510:355:1617:0247:28
Torino-RAI1952.3.7TahraFURT108014:219:495:1817:0646:34
Berlin po1953.5.18TahraFURT101914:0610:335:1517:0747:01
Venezuela so1954.3.20WF SocietyFURT10114:169:475:1216:4846:03


第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート-アレグロ
sv0039d.jpgうねるような弦の分厚い半音階進行とティンパニの重みのあるストロークはまぎれもなくフルベンのブラームスで、強固な意志を楽想に塗り込むように密度の濃い音楽が支配する。

奔流を阻止するティンパニの激震をともなう固い一撃がすさまじく、身をよじるようにうねり回す弦の意味深げな分散和音、わが身を嘆くようなオーボエ、悲痛に歌うチェロなど、巨匠は悲劇的な気分を序奏にこってりと盛り付けている。

ティンパニの強打で宣言する主題提示は、筆圧の強いフレージングによって音楽は力強く邁進する。堅固なリズムは一分の隙もなく、シャッキリと頂点(97小節)に駆け上がるフレージングの切れも抜群! 大きなリタルダンドを配する第2主題部は濃厚なロマンが匂い立ち、木管の牧歌的な問答によって、巨匠は神秘の森の奥深くへ足を踏み入れてゆく。〈運命動機〉の律動でアインザッツにずれが生じるが(159小節)、シンコペーションで力を蓄えて展開部へ突き進むところはぴんと張り詰めた雄渾な雰囲気が漂っている。

sv0039e.jpg展開部(189小節)は、コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉を無用に高ぶらず、〈反抗の動機〉(294小節)をぶつけながら勢いを付けて“闘争の頂点”へ上り詰める緊迫感は無類のものだ。16分音符の弦の下降動機と管の基本動機を激しく競り合わせ、トランペットの強奏とティンパニの強打で再現部に突入する“力ワザ”は聴き手の興奮を掻き立てる名場面で、鼓舞するような気魄に「これぞ、フルベン!」と膝を打ちたくなる。
sv0039s.jpg

このクライマックス(再現部)で巨匠がみせるトランペットの強奏が特徴的で、とりわけ⑥の北西ドイツ盤の突出感が際立っている。また驚くことに、②~⑪のすべての演奏で339~41小節のトランペット〈C-休符-D-G〉の休符を第1ヴァイオリンと同じCisで埋めており、当盤でもこの3小節は再現部を宣言するかのように、明確なフォルテでぶつけている。最大の聴きどころは、再現部のシンコペーションから付点リズムに変わるコーダ(459小節)。

sv0039f.jpgリズミックな連打で畳み掛けてゆくところは、巨匠の“必殺ワザ”が炸裂する。470小節から弦の裏打ちでクレッシェンドする“決めどころ”は、トランペットがわずかにズレる北西ドイツ盤や、一気呵成に駆け抜ける⑧ウィーンフィル盤など、一発勝負ならではのスリルと興奮を喚起するが、当盤ではトランペットとティンパニが煽るように加速を掛けて突進するも、崩壊寸前のところで決める綱渡り的な演奏に鳥肌が立ってくる。
sv0039t.jpg

いかにも巨匠らしい息もつかせぬ緊迫感と、即興的な神に酔ってしまうのは筆者だけではないだろう。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0039g.jpg感傷に溺れることなく、孤独の影を宿した暗く、わびしい色調によって、深遠に奏でる音楽が聴き手の心を掴んで離さない。第1主題を発展させた付点音符と切分音で綴る半音階の上行モチーフのコクのある響きは冠絶しており、中間部でオーボエが物悲しげに奏でるコロラチュラ主題や、弦のユニゾン主題の厚みのあるゆたかな響きから、ロマン的な気分がおのずと薫り立つのがフルベン流。  amazon[SACD]

大きな聴きどころは、ティンパニのトレモロが背景に入る中間部の最後(66小節)で、1拍の休止が無限に止まったような神秘的な印象を与えている。“夢幻の陶酔境”に引き込むように奏でる主題再現の美しさも格別で、聴き手を恍惚とさせる巨匠の秘術を心ゆくまで堪能させてくれる。

sv0039u.jpg

しっとりと流れに乗せる独奏ヴァイオリン(ジークフリート・ボリースだろうか)も格調高く、③シュヴァルベ、⑥レーン、⑦ボスコフスキーと比べても遜色なく、うねうねと太い縄を編むようにホルンの旋律に絡める崇高なオブリガートに耳をそば立てたい。

なお、主題再現(67小節アウフタクト)の直前でオリジナルでは大きなセキが入っているが、DG盤をはじめ後述するターラ盤(FURT2005)やスペクトラム盤(CDSM017WF)でもこれが編集されている。オリジナル音源のコピー(19cmオープンリール)から復刻されたグランドスラム盤(GS2127)のみ完全ノーカット版で、終演後の万雷の拍手が1分半も収められている。この鮮明で厚みのある音を聴けば、フルベン・ファンならずとも夢中になって最後までのめり込んでしまうに違いない。

「曲想転換の要所で、時間が止まったような長大な“間”を置くのもフルトヴェングラーの特徴だが、中間部の66小節で、それが起こる。“音楽が静的になって観念的な深淵へと吸い込まれてゆくように減速して行く際の神秘的な収斂”も確認できるが、その到達点でブリッジとして残るティンパニのトレモロをフェルマータ的に扱って、次のフレーズの前に単なるブレスを超えた“思念する間”を設定してしまうあたりが天才的だと思う。このフェルマータ処理は、主兵ベルリンフィルは7~8秒と最も長く、互いに周知の解釈を余裕をもって再現していることがわかる。」 「ブラームス交響曲第1番に見る“間”と移行の秘技」より金子建志氏による~『レコード芸術』通巻651号、音楽之友社、2004年)


「第3部に入る部分(66~67小節)のフルトヴェングラーの妙味に触れないわけにはいかない。ティンパニのトレモロだけが残る部分をほんのわずかに長くのばし、その次に夢から覚めるように歌い出すのはまさにロマンの極みである。」 「究極のオーケストラ名曲解剖(10)」より平林直哉氏による~『レコード芸術』通巻658号、音楽之友社、2005年)



第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラッチオーソ
sv0039is.jpgインテルメッツォは緩急自在のフルベン節を堪能させてくれる。沈鬱な気分でクラリネットがたゆたう第1主題、一転してせわしく急き立てられるように疾走するへ短調の第2主題、ヒロイックな気分を刻印して高揚するトリオ主題といった楽想の急展開に心をつかまれてしまう。

中間部終わりの耳が痛くなるようなトランペットの強奏や、強いピッツィカートも個性的で、再現部144小節からおずおずとテンポを落とし、音楽が止まってしまいそうなトリオの回想によって、来るフィナーレへの期待がいやがおうにも高まってくる。

amazon  TOWER RECORDS

sv0039j.jpgDGのLPもCDも開始のクラリネットの音が小さいのが気になって仕方がなかったが、グランドスラム盤(GS2048)のみ音量がしっかり入っている。

また、楽章間の休憩や拍手がそのまま収録されているターラ盤(FURT2005)、RBBアーカイブを音源とするスペクトラム盤(CDSM017WF)、前述のグランドスラム盤(GS2127)を聴くと、第3部終わりの弦のピッツィカートの部分(139小節の頭)で、ヴィオラの弦が切れたような音が確認できるので、DG盤はこの部分を修正しているのだろう。これらはDG盤に比べると生々しく、従来とは違った感動を伝えてくれる。

amazon  TOWER RECORDS HMVicon


第4楽章 アダージオ-ピウ・アンダンテ(序奏)
sv0039k.jpg聴き手の度肝をぬくティンパニの強打や、濃密なピッツィカート、よじるように引き伸ばす弦のパッセージなど、高カロリーのフルベン節が序奏から全開。混沌とした闘争の中からティンパニの凄まじい雷鳴が轟くと、雲がゆっくり晴れて〈アルペン動機〉が出現する。深い呼吸で奏でる動機は輝かしい未来を予示するように、荘厳なコラールをくわえて神々しさを増してくるあたりはフルベンの魔力といえる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

パウゼのあとに立ち現れる〈歓喜の主題〉は、たっぷりとした弓でテヌートを効かせ、厚みのあるゆたかな響きで聴き手の心を揺さぶるように奏でてゆく。巨匠は歌に溺れることなく情念の炎を燃やして行進し、アニマートの総奏(94小節)で「ここぞ」とばかりに力ワザを開陳する。激しい律動で昂奮しながら爆発する総奏や、管の3連リズムが炸裂するところは、身を奮い立たせるような闘争の精神がみなぎっている。

sv0039q.jpg再現部(185小節)は雄々しく揺れながら、デュナーミクの振幅が激しくなるのが即興的で、転調によるギア・チェンジや、「これでもか」と嵐のように弾き飛ばす弦の下降パッセージなど霊感を得たフルベンの独壇場。

強圧的な裏打ちから全管弦楽のパワーを結集し、アルプスの最高峰で爆発するクライマックス(285小節)の高揚感も比類がなく、ティンパニの大連打が劇性を大きく高めている。カランドからリタルダンドをかけて神韻縹渺と奏でる〈慰めの動機〉(316小節)も聴きどころで、弦の美しさが際立つ名場面。

sv0039v.jpg

コーダ(367小節)は、巨匠が真打的な迫力で聴き手を圧倒する。カノン風に織り込む主題に獅子吼するブラスを重ね、緩急をつけながら爆発的にクレッシェンドしていく場面はゾクソクするような興奮を誘う決めどころだ。

sv0039w.jpg

うねるようなシンコペーションから強烈な7連打に収束する“ウルトラC”は神技を超越したもので、ティンパニをドカドカ叩き込んで突進するピウ・アレグロの軍楽的な行進にも快哉を叫びたくなる。力の限り吹き抜くコラール(407小節)、渾身の力を込めて叩き込む〈A-As-Fis-G動機〉、確信をもって打ち込む終止和音がシンフォニーを力強く締めている。巨匠の秘術と力業をあますところなく伝える納得の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2015/03/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

カラヤンのブラームス悲劇的序曲

sv0034a.jpg
ブラームス/悲劇的序曲 作品81
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1970.9,10 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recording Producer: Michel Glotz (EMI)
Balance Engineer:Wolfgang Gulich
Length: 14:11 (Stereo)
amazon


筆者がこのレコードをはじめて聴いたのは〈名序曲へのお誘い〉と題した廉価盤LPで、ベルリンフィルとの《悲劇的序曲》と《フィデリオ》序曲のほか、ドレスデンとの全曲盤から採られた《マイスタージンガー》前奏曲といった作品が含まれており、70年代の比較的新しい録音が安価で手に入るのが魅力的だった。

 sv0034n.jpg  sv0034o.jpg

もとよりEMI派で、いっぱしのカラヤン・ファン(“カラキチ”と小馬鹿にする友人もいた)であった筆者はその華麗なサウンドに魅せられて、何度も針でこすってこのレコードを聴き入った。中でも《悲劇的序曲》のドラマチックで、しかも実演のような熱気あふれる演奏に感激し、カラヤンのようにこの名曲をカッコよく指揮してみたいと思ったものである。

sv0034b.jpgカラヤンの《悲劇的序曲》には何種類かのレコードが残されているが、その中で最も気魄に充ち、しかも音楽に勢いがあるのがEMI盤だ。このコンビ全盛期の70年代に見られる輝かしいオーケストラ・サウンドが全開で、指揮者とオーケストラが真剣勝負で白熱し、全身全霊で演奏するさまは数あるレコードの中で冠絶している。しかも劇的な闘争を孕みながら、カラヤンが悲劇の楽想に自らの英雄像を刻印したすさまじい演奏である。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

「ベルリン・フィルによる〈フィデリオ〉と〈悲劇的序曲〉にカラヤンの特色がよく出ている。前者はかなり効果を狙った演奏で深味には欠けるが、巧いことは事実。後者もブラームスらしからぬ派手な響きだが、拡がりの豊かな雰囲気は抜群である。」 宇野功芳氏による月評より、EAC35005、『レコード芸術』通巻第316号、音楽之友社、1977年)


sv0034k.jpgエッジの効いた音の硬いDG盤に比べると、教会のモヤモヤした残響の中に音像が埋もれて聴こえるEMI盤の“掴みどころのない音”に、当時筆者は困惑したものだが、リマスターされたCDで今聴き直してみると、8度跳躍のモチーフや、行進リズムのファンファーレがかけ合うコーダの音響効果の見事さ(とくに音の伸びや拡がり)は、聴き手の肉体に刺激と興奮をあたえる“虚妄のバランス”とは一線を画した自然な臨場感がある。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

「趣味性の反映されたアトラクティヴなサウンド作りから遠い存在の客観性を打ち出している“EMIサウンド”の、あくまでナマの持つ音の自然なバランスの再現、これは皮肉なことにCDの時代になってようやく本来の姿を提示できるチャンスを与えられたようだ。大量に供給されているアナログ・ステレオ録音のCD化リリースの中にあって、EMI系録音の音源の持つ自然な音場再現は一頭抜けたものとなっている。」 『200CDクラシックの名録音』より田中成和氏による、立風書房、1998年)



提示部(1~186小節)アレグロ・ノン・トロッポ
sv0034c.jpg力を込めた強圧的な2発の和音打撃からして、緊迫した雰囲気がただよっている。付点音符を勇ましく駆け上がり、嵐のような弦のトレモロの中を管楽器が主題を威圧的に押し込んでゆく勢いはすさまじく、滑り込むような弦のシーンコペーションの音量のゆたかさと筆圧の強さは、のっけからベルリンフィルのパワーが全開である!

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


弦の3連刻みで揺さぶりをかけながら、木管が第1主題を悲痛に歌い継ぐ一糸乱れぬフレージングも極めつけで、力の限り叩き込まれるティンパニと管弦が渾然一体となった音響の渦の中に聴き手が巻き込まれるような、途轍もない音響体験に鳥肌が立ってくる。

sv0034d.jpg何もここまで力まなくても、と思わないでもないが、「自分とベルリンフィルは、いま最高の状態にある」とカラヤンが豪語したこのコンビの全盛期らしい厳しさと確信にあふれた表情には一分の隙もなく、威風堂々たる風格を感じさせるのがこの演奏のすごいところだ。

悲嘆にくれるオーボエのモノローグ、意味ありげな弦の切分音リズム、荘重なトロンボーンのコラール(推移主題)など、作品のかたちを素直に表すというよりは、磨き上げられた各声部を名人芸的に誇示しながら、演出巧みな音楽が楽想に塗り込められてゆく。しかし、これらはカラヤンにとって、あくまで自己の美学を開陳するためのお膳立てにすぎない。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

sv0034e.jpgカラヤンが持てる力を発揮するのは、ヘ長調で歌われる第2主題(106小節)。自然に歌いながらも、大きな呼吸と美麗なレガートによって抑揚をつくるフレージングは悪魔的といってよく、ロマン的な気分を横溢させながら、とめどもない悲哀感を巧みに織り込んでゆくところはカラヤンの底知れぬ音楽性を示している。

ぬめるようなシンコペーションによって、行進曲風律動の8度跳躍へ周到に斬り込んでゆく場面は、身を奮い立たせるような闘争の精神が漲っている。

sv0034p.jpg
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

その頂点は、8度下降を情熱的に繰り返すコデッタ(126小節)にやってくる。付点をたっぷり弾んで躍動する弦と、8度モチーフをなみなみと吹き上げる4本のホルンが対峙する場面(142小節)は管弦が溶け込むように、フォルティッシモでみずみずしく響きわたる音響効果に腰を抜かしてしまう。

木管の上昇フレーズの間隙を縫うように、「これでもか」と弦が弱拍の打撃を打ち込むところは思わずCDを指揮をしたくなる決めどころで、“とどめの強拍”の気魄に充ちた一撃は、いささか演出過剰が鼻につくとはいえ、カラヤンの“ヒロイックなカッコよさ”が極まった感があろう。

展開部(187~263小節)
sv0034h.jpg入念なピアニシモで“いわくありげに”進行するモルト・ピウ・アレグロの行進曲風エピソードは、いかにもナルシストのカラヤンらしい作為的な音楽運びで、自己の業績を述懐する“英雄譚”のようでもある。

弦の刻みで対位法的に紡ぐ精緻なスピッカートの行進曲は、抜き足差し足で“次なる獲物”(カネになる仕事、高い地位、美しい女性)を虎視眈々と狙うカラヤンの策略が浮かび上がってくるようで、木管をくわえて音量を増しながら、フォルテの付点フレーズを見得を切るように颯爽とさばくカラヤンの巧妙な術に、筆者の俗耳がはまってしまう。
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


再現部(264-366小節)テンポ・プリモ
sv0034i.jpg推移主題の静謐なコラールが弦に出ると再現部だ。繊美なレガートによって神秘的な旋律をなめるように奏しつつ、来たる最後の闘争を予示する絶妙の語り口は帝王カラヤンの独壇場。やがて、柔らかなホルンとトロンボーンが第1主題をゆったりと、牧歌的に拡大して奏する291小節で最も美しく、崇高な瞬間がやってくる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

sv0034q.jpg

ブラスのコラールに華を添えるように、浄化した気分の中を光沢を帯びた弦の和音が美しくたなびくところは、聴き手の耳を陶酔させる究極の“カラヤン美学”といえる。絶妙の呼吸でヴィオラが第2主題を滔々と、しかも気高く歌い上げるところは感涙極まる名場面で、慰めるような木管のモチーフもたまらない。聴き手の心に強く訴えかけながら、帝王は力を振り絞って最後の闘いに決然と立ち向かう。

8度の強烈な律動を容赦なく叩き込むコデッタの頂点は、絢爛豪華なカラヤン・サウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。弦とホルンがゆたかな残響をともなってかけ合う場面は大きな音のご馳走で、強烈に吹き上げるホルンにトランペットも加勢して、闘争の音楽は光彩陸離たる一大絵巻物となって展開する。


コーダ(367~429小節)
sv0034j.jpgバスが第1主題の冒頭を執拗に繰り返し、勢いを増しながら行進モチーフを切り裂くように畳み掛けるフィナーレは、すさまじい管弦の嵐が吹き荒れる。

シャッキリと歯切れ良く打ち込む弦の打撃に、金管の“強烈なファンファーレ”が炸裂して応酬するクライマックスは圧巻としかいいようがなく、管弦の冴えた響きと怒濤の勢いでなだれ込むアグレッシブな力ワザは、プロイセン的な堅固さと底知れぬパワーを秘めたカラヤンの気魄が込められている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

激しい行進の律動は悲劇の終幕というよりは、敵を完全制圧し、自己の勝利を確信したかのように高らかに謳い上げているところがカラヤンらしく、悲劇の楽想を刺激的でゴージャスな大管弦楽によって華々しく決めた白熱の演奏である。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2015/02/01 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

セル幻のブラームス/交響曲第1番

sv0020a.jpg
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ジョージ・セル指揮 
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1957.3.1,2 (Sonny)
Location: Severance Hall, Cleveland
Disc: SICC1515 (2011/11/9)
Length: 42:28 (Stereo)
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


途轍もない〈ブラ1〉が出現した。あまりの凄さに筆者は飛び上がって驚き、むしゃぶりつくように聴き入った。これほどの凄演が今までオクラ入りになっていたのが信じられず、レコード会社には、まだ日の目を見ぬお宝音源が数多く秘蔵されていることを実感した。

この〈ブラ1〉は、ソニーとタワーレコードの共同企画による〈Sony Classicalスペシャル・セレクション第5期〉の1枚で、CBSコロムビアの交響曲全集に先立つこと10年、ステレオ初期の1957年にエピック・レーベルに単独で録音され、一部の愛好家の間では“幻の名盤”として長らくその復刻が待ち望まれていたものだ。エピック・レコードは聞き慣れない名前だが、わが国ではコロムビア系の日蓄工業が設立したレコード会社で、黄地に外周を黒の放射線で縁取ったレーベルをご記憶の音楽ファンもいることだろう。(写真はベーム指揮ウィーン響の第九)

 sv0020l.jpg   sv0020m.jpg

このレコードが録音された頃は、セルがクリーヴランド管の音楽監督に就任して10年余、ドライステッィクな改革と徹底したトレーニングによって「ビッグ5」の地位に引き上げられた楽団は、そのアンサンブルの機能美に磨きが掛かけられた全盛期にあった。

sv0020b.jpg
演奏は一分の隙もなく音のキメが整えられ、その精密なオーケストラ演奏の極地を心ゆくまで堪能させてくれる。驚くべきは筆勢の強さで、弦を主体とした音楽運びは贅肉を削いだ筋肉質的なまとまりを持ち、端正でしかも骨組みのしっかりとした強靱なオーケトラ・サウンドが全曲を貫いている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

浪漫的な気分に溺れることのないセルの棒さばきは厳正を極めたもので、研ぎ澄まされたアーティキュレーションや、一糸乱れぬユニゾンの動きなど、楽節の隅々までをもオーケストラをひとつの楽器のように操っているところは驚異的である。一点一画をも忽せにしない厳格さで楽員を統率し、緊張の糸がいささかも弛緩することなく、緊密なアンサンブルから途轍もない劇的効果を生みだしている。

「この1957年盤は、セルの解釈に1967年盤と基本的に大きな相違はないが、注意深く聴いていくと、1957年盤の方が、指揮者として最も脂がのった時期(59歳)ということもあり、リズムやフレーズの処理に一段と冴えを見せていることがわかるだろう。各パートが指揮者の棒に完璧に反応し、セルが求める音楽を阿吽の呼吸で忠実に再現している。このコンビの黄金時代の響きを、ブラームスの機能美にあふれる名演奏を通じて味わえるこのCDは、音楽ファンのかけがえのない宝物である。」高木正幸氏によるライナーノートより)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌートsv0020c.jpg
密度の濃い強圧的な弦の半音階モチーフが有無を云わせぬ勢いで進行し、固いティンパニの一撃は強固な意志を示す“鉄人セル”の面目躍如たるところだ。入念に練りまわす弦が桁外れの勢いで上昇し、オーボエ、フルート、チェロが絶妙に歌い継ぐところは、「ミスでも犯そうものなら大変なことになる」奏者の異常な緊張感がぴりぴりと伝わってくる。

amazon  TOWER RECORDS  HMV
icon

主部を宣言する鋭利なティンパニの一打に仰天するが、音の職人セルは室内合奏団を一分の隙もない棒さばきで締め上げる。内声の刻み目を「ぴしり」と整え、緊密なシンコペーションとリズミカルなスタッカートによって、シャッキリと頂点(97小節)へ駆け上がるところは、精密なメモリで計測したかのような拍節感が聴き手の快感を誘っている。

木管とホルンが抒情的に呼び交わす第2主題は余情を廃し、聴き手に甘い夢を抱かせない。弦の律動を鋭く入れて、すぐさま攻撃態勢を整えるところは“必殺仕事人”セルの本領発揮といってよく、シンコペートされた弦をぐいぐい弾きぬき、「ガッ」と喰らいつくような付点処理によって峻厳と展開部に突き進む(リピートなし)。

sv0020d.jpg展開部(189小節)は、統率された高性能の弦楽アンサンプルの腕の見せどころだ。〈運命動機〉のリズムから力強く発展するコラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(233小節)と獅子吼するホルンから雄渾な気分が湧き上がるが無用に高ぶらず、セルは合奏の精度で勝負する。ぴたりと着地を決めるアンサンブルの見事さは、100点満点の体操の演技を見ているようである。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

セルは楽員に妥協を許さぬ厳しいトレーニングを課したことも有名で、完璧な演奏を目指すリハーサルは「週7回のコンサートがあり2回に客が入っているに過ぎない」と囁かれるほど徹底していた。音楽を細かくパート別に分解し、完璧なアンサンブルを組み上げる緻密さは“外科手術”にもたとえられ、セルが客演でNBC交響楽団に冷酷なメスを入れたとき、あのトスカニーニでさえ悲鳴を上げたといわれる。

sv0020e.jpg最大の聴きどころは、反抗の精神が高まる展開部後半(294小節)。「行くぜよ」と云わんばかりに音量を増し、弦の下降動機と管の反抗動機が交互に弾むようにかけ合うクライマックス(320小節)は鳥肌の立つすさまじさ。この勢いが寸分の狂いもなく、再現部の頭にぴたりと収斂するさまは、まさに“究極の職人芸”といえる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

再現部(339小節)は音楽に切れと精度がさらに増し、シンコペートされたカデンツ終止から付点フレーズ(ff)にギア・チェンジするコーダ(459小節)は、歯切れの良い連打が冴えわたる。ティンパニと裏打ちの弦のアタックが、リズムをバネにしてクレッシェンドしていく“決めどころ”は、ピンポイントでリズムの目を噛み合わせる精巧な歯車のようで、楽員をねじ回しで締め上げる非情なセルと、腹の中で「あの野郎・・・」と憎悪をいだく楽員たちの姿が目に浮かんでくる。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌートsv0020f.jpg
ゆったりとした歌謡風の楽想を、セルは均質な響きによって端正に表現する。適度なテンポ・ルバートを用いるが決して歌いすぎることはなく、甘美な陶酔境に落ち入ることも固く戒めているかのようだ。切分音で綴る第1主題の変奏は嫋々と揺れることなく、中部ヨーロッパ的な落ち着きのあるサウンドによって、折り目正しく歌われる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

第2主題を奏でるオーボエが抜群に上手く、中間部(39小節)のコロラチュラ風主題を哀しげに歌うオーボエと、これを歌い継ぐクラリネットの透明度の高い間奏も大きな聴きどころだろう。第3部で歌われる独奏ヴァイオリンは、むせるような浪漫の香りは控えめに、気高い気分が清潔に流れてゆく。太い音でフィナーレのアルペン・ホルンの期待をそそるのは、首席奏者のマイロン・ブルームだろうか。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソsv0020g.jpg
インテルメッツォは柔らかな木管と温もりのある弦の歌が緊密に流れ、楽曲の隅々までを端然と統制しているのが驚きだ。決して情緒に流されることなく、さりげない歌の中にもセルは精緻なバランスを怠らず、アンサンブルの可視化を実現している。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

第2主題(45小節)とトリオ(70小節)は名人オーケストラならではの速攻に驚かされるが、セルは室内楽団でなければ困難なテンポ設定によって、オーケストラの臨界線に挑戦する。整然とさばく合奏の中からピッツィカートのつぶ立ちまでがよく聴こえるというのも音の職人セルらしく、第2トリオでメタリックなトランペットがくっきりと明瞭に鳴りわたるところも、愛好家にはたまらないご馳走だろう。


第4楽章 アダージオ(序奏部)sv0020h.jpg
端正で骨組みのしっかりとした序奏部の緊迫感は無類のもので、楽節の隅々までが緊密にコントロールされている。この曲の肝であるアルペン・ホルンの根太い動機〈クララ主題〉が大きく飛び出すが、張りのある強い響きは「もうこれ以上音がでまへん」と悲鳴をあげる奏者に鞭を打つ無慈悲なセルの姿が浮かんでくる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

主部の〈歓喜の主題〉(62小節)はセル室内合奏団が快調なテンポで歌い出す。強いピッツィカートから立ち上がるアニマートの総奏は頑なにインテンポをまもり、鋭いアクセントを配して厳格に突き進む。アルペン動機の強烈な合いの手や、綱渡りのようにひりひりと歌うオーボエのソロは、悲壮感すら漂わせているところがおもしろい。

弦のトレモロで開始する展開部(142小節)は冷徹な指揮官セルの独壇場だ。闘争本能に火が付いたかのように楽員を締め上げ、殺気立ったように一本槍で突撃する。目の覚めるような管の3連音リズム(168小節)を叩き込む人間離れしたビート感覚は、“セル工房”の機械職人を思わせる精密さ。

sv0020i.jpgぐいぐいテンポを速めて歌い出す再現部(185小節)は、整然としたアンサンブルに気勢がくわわって、まるで実演のように熱のこもった力演を繰り広げるのが嬉しい不意打ちだろう。圧巻は活火山が爆発したような総(220小節)で、力を籠めて弾きぬく奏者のパッションもさることながら、弦の下降フレーズをモザイク模様の連続のように彩る精緻な合奏美に背筋がゾクゾクしてしまう。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

セルが万博公演で来日した1970年、会場の下見に現れたセルが、時期を同じくして来日していたカラヤン=ベルリンフィルのリハーサルと鉢合わせした時、「いったいどこのオーケストラが練習してるんだ、上手くねえな!」と言い放ったのもセルらしく、技能集団を鍛え上げたセルにしてみれば、ベルリンフィルなどアマチュアに毛の生えた程度のものにしか聴こえなかったのだろう。

sv0020k.jpg弦の強いリズムが裏拍から切れ込む257小節もすさまじい。「これでもか」と強烈なリズムさばきで、情け容赦なくホルンをけしかけるところなど鬼神に取り憑かれているとしか思えない。その“最頂点”285小節)で乾坤一擲、「ビシッ!」と叩き込む強烈なffは、管楽器の音がビリつくほどの熾烈さで、音を割ったアルペン動機のホルンなど、必殺仕掛人的な大芝居をクールに決めるところに快哉を叫びたくなってしまう。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

セル=クリーヴランド管の超絶技はまだまだ続く。第2主題第2句(316小節)の弦の歌い回しの秀麗さも特筆モノだが、とてつもないスピードで分散和音のトレモロを弾き飛ばす弦の威力はあまた存在するレコードの中で冠絶したものだ。4分音符を切り刻むようにコーダに突入する溌剌とした躍動感も比類がない。

sv0020n.jpg

フィナーレに突入するシンコーペーションの決めどころは、一気呵勢のアッチェレランドで畳み込む。歯切れよく駆け走るピウ・アレグロの進軍、絶叫するコラール、整然と打ち込む賛歌〈A-As-Fis-G動機〉強烈なトロンボーンのロングトーンなど、 「これぞプロフェッショナル!」と叫びたくなる練達の技を玄人集団は開陳する。どっしりと構えて締める終止打撃は仕事師セルの確信にみちたもので、これは是非ともコレクションに加えたい空前絶後の〈ブラ1〉だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/08/24 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

オーマンディのブラームス/交響曲第1番

sv0008a.jpg
ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ユージン・オーマンディ指揮 
フィラデルフィア管弦楽団
Recording: 1959.2.8 (SONNY)
Location: Town Hall, Philadelphia
Disc: SICC1580 (2012/10/24)
Length: 44:51 (Stereo)
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


この〈ブラ1〉は、ソニーとタワーレコードの共同企画によってオリジナル・ジャケットで復刻された〈Sony Classical スペシャル・セレクション第6期〉の1枚で、ブラームス交響曲全集(1966年~68年)に先立つ1959年に、単独でセッション収録されたというめずらしいアルバム(世界初CD化)である。

オーマンディ=フィラデルフィア管といえば、その“華麗なサウンド”で一世を風靡した名コンビとして名高く、筆者は1978年の来日公演を聴いている。プログラムにはブラームス第1番が含まれ、コンサート前後に購入した廉価盤LP(SOCT18 1976年3月再発売)は、懐かしい思い出になっている。

 sv0008c.jpg  sv0008d.jpg

フィラデルフィア管のブラームスといえば、どちらかといえばゴージャスで華美な演奏をイメージしがちだが、実演で聴いた“ブラ1”は、巷で喧伝された華麗な演奏とはほど遠い地味なもので、筆者は期待をはぐらかされたたような気持ちになった記憶がある。この時オーマンディは齢(よわい)79。よちよち歩きの頼りない好々爺といった風体で、実演は68年盤よりもさらに渋い、弦を主体にした落ち着きのあるヨーロッパ風のサウンドだったと記憶する。

今回、復刻された2種のCBS盤を聴いてみると、そこには他の楽団では耳にすることが出来ない独特の色合いを帯びたサウンドや磨きぬかれた名人芸が随所に聴かれ、当時、学生であった筆者の耳が実演に接したにもかかわらず、これらを聴き逃していたとすれば、まことに情けない話である。

sv0008g.jpg

演奏は、フィラデルフィア管の精緻を極めたアンサンブルの妙技とメロウなサウンドに魅了させられるが、演奏スタイルは2者の間で大きく異なっている。この59年盤は、重厚で落ち着きのある68年の全集盤に比べて短めのフレージングによって、シャッキリと若々しいスタイルで仕上げられているのが特徴で、前のめりになって突進するテンポ感がすこぶる爽快である。

とりわけ管楽器セクションの名人芸が特筆モノで、アンソニー・ジグリオッティ(クラリネット)、ジョン・デ・ランシー(オーボエ)、ウィリアム・キンケイド(フルート)、メイソン・ジョーンズ(ホルン)といった腕利きの奏者たちのパフォーマンスが随所に散りばめられているのが大きなご馳走だ。終楽章のコーダで見せるスコアの改変が熱く畳み掛けるアッチェレランドと相俟って、すばらしい効果をあげているのも必聴といえる。

「50年代末から60年代前半にかけて、フィラデルフィア管はそのサウンドを大きく変革しており、ふたつの録音にもそのことが顕著にあらわれる。68年盤が弦楽合奏に深々とした音色を与えたうえで、相互によくブレンドする管楽器群を重ねていくのに対し当盤は弦がより直截に鳴り響き、かつ強奏では録音が古いせいもあるのか、輝かしくもいくぶん金属めいた艶を帯びる。管楽器も独奏陣を中心に個性が強く、合奏では響きがよく分離して透明度の高さを感じさせる。」 相場ひろ氏による月評より、『レコード芸術』通巻第747号、音楽之友社、2012年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート

sv0008b.jpg厚みのある弦の半音階進行は、落ち着きのある中部ヨーロッパ風のサウンドで、弦を主体にしたバランスの取り方は、なるほど、ドイツの伝統に基づいたオーソドックスなスタイルだ。ティンパニの強打で決然と突入する主部の筆さばきは、60歳のオーマンディが見せる歯切れのよいスタッカートが印象的。

amazon  TOWER RECORDS

昂奮の頂点(84小節)ではやみくもに力まず、颯爽としたフレージングで駆け抜けるあたりは、“粋”を感じさせるもので、牧歌主題(第2主題)を奏でるオーボエ、クラリネット、フルート、ホルンのメロウなサウンドにも耳をそば立てたい。

運命動機があらわれる小結尾(159小節)から展開部の闘争劇は、火花を散らすようなものではなく、美しい木管のハーモニーを明滅させながら、清澄で大らかな気分が支配する。コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(232小節)のシルクのような艶のあるストリングスによって、ゆったりとカノン風に高揚してゆくところは息を呑む美しさ!

反抗動機を繰り返しながら闘争の頂点(321小節)に駆け上がる場面のアタックの力強さや合奏の質の高さも充分に満足出来るもので、とくに再現部(339小節)からアンサンブルに切れが増してくるところも聴きどころだろう。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート

sv0008e.jpg緩除楽章は長閑でエレガントな風情に満ち溢れている。オーマンディといえば、とかくポップス指揮者”とか“何でも屋”と揶揄されて享楽的なイメージで捉えてしまいがちだが、「鳴らすべきは鳴らし、歌うべきは歌い、ヨタるべきはヨタる。曲自体が持つ起伏や曲折がどこもひっかかることなくすんなり伝わってきて、期待通りの感興が得られるので、カジュアル・リスニングに適している。」( 俵孝太郎氏による)

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

大きな聴きどころは変奏風の主題再現(67小節)。夢から目覚めるようなフルベンの陶酔感とは違い、天国的でロマンティックな気分が横溢するのがオーマンディの真骨頂。村夫子然とした野暮ったい風貌でストコフスキーに見劣りするといわれたオーマンディだが、うら若き御夫人に蜜のような甘さで愛をささやくあたりは、この爺さん、ヤるではないか。

楽章の仕上げはデイヴィッド・マディソンの独奏ヴァイオリンが彩りを添える。ヴィヴラートをたっぷりかけた艶やかな美音と、適切なテンポ・ルバートによってメイソン・ジョーンズのホルンと絡み合うメルヘン的な気分はいかばかりであろう。第2楽章に関していえば、68年盤の独奏はこの上をいく空前絶後の美しさで、数ある名盤を凌駕する。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ

インテルメッツォは名手ジグリオッティ(クラリネット)の独壇場だ。まったりと逍遙する主題呈示と肉感のある3連音のオブリガード、ヘ短調で翳りを付ける第2主題などは名人芸を極めたものだ。中間部(トリオ)のキビキビとした進行や、主部へ回帰するところ(109小節)のフルベンを思わせる強奏などは気っ風が良く、トリオを回想するコーダの精妙な味わいも格別である。


第4楽章 アダージオ-アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ

sv0008f.jpgブラ1の“キモ”というべき序奏部の〈アルペン動機〉は、雄大にクレッシェンドを重ねるホルンの名技と、突き抜けた高音を発するキンケイドの息の長いフルートに腰を抜かしてしまう。荘重なコラールからスケール感を増していくゆたかなサウンドもフィラ管ならではのものだ。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

主部の音楽運びはシャッキリと歯切れがよい。“歓喜の主題”を早めのテンポで木管が唱和するところは歌心に溢れんばかりで、第2主題の弦の柔和なニュアンスや、第2句〈慰めの主題〉(132小節)を奏でる甘美なオーボエ独奏などは絶品といえる。

再現部後半の踏ん張りどころ(257小節)から、いよいよオーマンディの気合いが入ってくる。音を割ったホルンの強奏を重ね、その頂点(279小節)で「これでもか」と金管を打ち込んでいく荒ワザは手に汗握る展開で、〈アルペン動機〉を高らかに奏するクライマックス(285小節)の一撃もすさまじい。第2主題部の〈慰めの主題〉を奏する弦楽セクションの妖艶ともいえるフレージングは、聴き手を夢幻の陶酔境へと誘っている。

コーダは、バスと木管が第1主題をカノン風に出して金管のアタックをワイルドにぶちかます。“必殺のシンコペーション”で「ぐいぐい」アクセルを踏み込んでゆくところは聴き手をゾクゾクさせる名場面といってよく、ティンパニをどかどか叩き込んで韋駄天のごとく駆け走るストレッタの進軍(ピウ・アレグロ)に快哉を叫びたくなる!

力を込めて回想する〈コラール句〉の総奏(407小節)で、聴こえるはずのないティンパニの連打を追加しているのに仰天するが、このスコアの改変はトスカニーニもやっている常套手段。A-AS-Fis-G動機のあとにティンパニを強打する力ワザを開陳した後に、弦のストレッタ主題にティンパニを重ねて叩かせる(447小節)というオマケ付き。固いティンパニと明るいブラスの響きをゴージャスに響かせて全曲を力強く締めている。これは買って損のない1枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/04/16 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)