ネコ風邪にご用心

ネコたちが我が家に来てはや5ヶ月。2匹とも食欲は旺盛でスクスクと育ち、生後10ヶ月で5キロを超え、すっかりラグドールらしい、むくむくとした体型になってきた。しかし、ここまで順風満帆というわけではなかった。

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じつは、昨年8月に、養子縁組が決まってから子猫たちは風邪をひいてしまい、2ヶ月ほどブリーダーさんの手元から離せない状況になってしまった。治癒ははかばかしくなく、ブリーダーさんでは別の子猫も用意できると言ってくれていたが、愛情の方が勝って、結局、風邪をひいた状態でこの子たちを迎え入れる英断をしたという経緯がある。

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当初は、弟ネコ(ぐり蔵)1匹だけの予定だったが、兄ネコ(みる吉)が事情あって出戻りになり、おまけに風邪をひいて、これが弟ネコに感染したらしい。すでに2回のワクチンを済ませていたが、抗生物質が効かず、あとは漢方薬と目薬を与えるしかないという処方だったが、ネコ風邪は人間の風邪のように簡単に治るものではないらしく、慢性化する危険性があるのを承知の上で、仲良し兄弟を一緒に引き取った。

みる吉は青鼻をとばし、ぐり蔵は鼻水と目ヤニを出して目がぱっちりと開かず、鼻水や目ヤニを拭いてやらねばならない状態で、食事は普通に食べるものの、昼間は2匹くっついて、おとなしく寝ているだけがちょっと情けなかった。1週間ほど様子をみて漢方薬では到底回復が見込めないため、意を決して猫専門の診療所を探して連れて行くことにした。

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診察の結果、この子たちは“かなりの重症”と診断された。すでに生後5ヶ月の成長した段階では治癒が難しいらしく、1回目と2回目のワクチンの間隔が1ヶ月以上も開いたことにも問題があり(効果がないらしい)、もっと早い段階で手を打つべきであったとのこと。完治する可能性は低く、蓄膿症のような症状が残る可能性があることは覚悟しておいて欲しい、現段階では虚勢手術も不可、と冷たくお医者さんに言われて憂鬱な気分になってしまった・・・。

ここで、「ネコ風邪」という病気を、飼い主はきちんと理解しておかなければならない。俗に「ネコ風邪」と呼ばれる猫の鼻炎・気管支炎・結膜炎といった症状は、ヘルペスウイルスによる『猫ウイルス性(伝染性)鼻気管炎』という伝染病のことで、類似症のカリシウイルスによる『猫カリシウイルス感染症』との合併症や、クラミジアによる『猫クラミジア感染症』があるという。

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ヘルペスウイルスに感染するとくしゃみ、鼻水や、目ヤニが出て結膜炎を起こす(場合によっては失明も)、カリシウイルスに感染すると口内炎も生じるといった具合で、これらは複数のウイルスと重感染を起こして様々な病気を発症する恐ろしいウイルスだ。人間にもヘルペスウイルス感染症があり、抵抗力が低下した際に症状が悪化する病気として知られている。

やっかいなのが「ヘルペスキャリア」。これは一旦症状が消えても、ウィルスが「キャリア」として潜み、抵抗力が低下した際に再び症状が現われるというもの。つまり、ヘルペスウイルスは、免疫が作られると逃げ場を求めて細胞内に潜んでしまうたちの悪いウイルスで、免疫力が落ちると、やおら神経細胞内から出てきて悪さをはじめるという。従って『ネコ風邪』は、一度ウイルスに感染すると、これを完全に退治する事が出来ないことがわかった。

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さて、診療所のお医者さんは、ちょっとクールな女医さんで、おべんじゃらをいうタイプとは異なり、研究熱心で客観的に診断して、攻めの姿勢によってウィルスを叩くというのが基本方針。治療法としては、抗生物質やインターフェロンの投与によってウイルスの繁殖を抑える以外に、人の「抗ヘルペスウイルス剤」を使う方法を提案してくれた。

費用がかかるので無理にはお薦め出来ないが、ヘルペスウイルスによる重症猫には有効という報告を多く聞くようになったとのことで、この際、呑気なことをいってられないので、ウィルスを一網打尽にすべく、抗ヘルペスウイルス剤をお願いすることにした。因みに1週間の2匹分の費用は、飲み薬3種、目薬、眼軟膏、用便検査・診察料と合わせて1万6千円! これを4週続けた。

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ところが、薬を飲ませてわずか1日で、どうだろう。鼻水とくしゃみはピタリと止んで、2匹の子猫は、はまるで生まれ変わったようにドタバタと部屋中を走り回って遊ぶようになった。“劇的な回復”とはまさにこのことをいうのだろう。1週間後の再診では、ズルズルだった青っぱなが2匹ともピタリと止まったきれいな顔に、クールなお医者さんもびっくり、目を細めて喜んでくれた。みる吉はほどなく全快、ぐり蔵は目がパッチリするのに時間を要したが、なんとか1ヶ月で回復。

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さらに1ヶ月をおいて1回目のワクチンを、10日おいて2回目のワクチンを年内に無事済ませることが出来てひと安心。やれやれ。お次は年明け早々に、2匹の虚勢手術をお願いすることになった。さあ、ラグドールの戦士のタマゴたちよ、覚悟はよいか!


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[ 2014/03/30 ] ペット | TB(-) | CM(-)

カラヤン=フィルハーモニアのベートーヴェン〈第9〉

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ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱付」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
フィルハーモニア管弦楽団&ウィーン楽友協会合唱団
Soloist: Schwarzkopf, Höffgen, Haefliger, Edelmann
Recording: 1955.7.24,25,28,29 Musikverein, Wien
Producer: Walter Legge (EMI)
Engineer: Dougls Larter
Length: 65:32 (Mono)
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筆者の青春時代はカラヤン=フィルハーモニア盤と共にあったと言っても過言ではない。当時、カラヤンはベルリンフィルの指揮者として飛ぶ鳥を落とすがごとく勢いで楽界の帝王に君臨し、その地位を揺るぎのないものにしていた。しかし、レギュラー価格のベルリンフィル盤(グラモフォン)は学生の筆者には“高値の花”で、名曲が選り取り見取りの組み合わせで安く売っていたフィルハーモニア盤(東芝)に手が伸びて、音楽通を自認する友人たちに白い眼で見られたものだった。

このフィルハーモニアの第9は、40代後半の新進気鋭のカラヤンが指揮した覇気にとんだ演奏で、弦楽器のノーブルな味わいや“ウォルター・レッグのロイヤルフラッシュ”と讃えられた木管楽器のパフォーマンスに魅了される。何よりも素晴らしいのが歌手陣の豪華さ。プロデューサーのレッグの妻でもあったシュヴァルツコップをはじめ、脂ののった30代半ばのヘフリガーの艶美な歌声を味わえるのが大きな魅力で、フルトヴェングラーのバイロイト盤に引けを取らぬ独唱陣の見事な歌唱を堪能させてくれる。

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当時のLPは電気的にステレオに加工した疑似ステレオ盤(当時は“ニセステ”とよばれていた)だったが音の状態は良好で、ステレオの拡がり感も自然なもので満足のいくものだった。ウィーン楽友協会の合唱も秀逸で、モノラル録音ながらホールの残響をたっぷり取り込んだ楽友協会での収録もここでは成功をおさめている。

「音は想像していたよりよほど良い。演奏はさすがに引き締まって覇気がある。音楽に勢いがある。そしてつい先日の最新全集にくらべると、カラヤンの顔ではなくてベートーヴェンの顔が私たちの眼のまえに見える。大胆さと、後にその方向が強まってゆく細心さとが入りまじって起状に富んだ心の動きが開示されている。これはたしかに有望このうえない指揮者であったあったわけだ。この声楽陣はすでにあらゆる機会に言われてきたことだが、本当に充実したものである。」 大木正興氏による月評、『レコード芸術』通巻第328/332号、音楽之友社、1978年)


「内容は期待を裏切らないきわめて丁寧な仕上がりになっている。後年の、ともするとオートマティックに生産されるような無機的な感触はここにはいっさいなく、音ひとつひとつを手作りの丁寧さで磨き上げている。これは壮年期(この頃は40代半ば)のカラヤンの特徴のひとつと言えるだろう。その結果、どの演奏にも生命感溢れる奔流のような勢いがそなわっている。第9番《合唱》は往年の名歌手ショヴァルツコップ、ヘフゲン、ヘフリガー、エーデルマンといった錚々たる顔ぶれ。カラヤン・ファンにとっては貴重なアーカイヴとなるだろう。」 草野次郎氏による月評、『レコード芸術』通巻第692号、2008年)


この第9が録音された1955年のシーズンは劇的な変化が生じ、カラヤンは多忙を極めていた。前年11月にフルトヴェングラーが突然亡くなり、 2月にその代役で米国公演を引き受けてベルリンフィルの首席指揮者に内定して間もない頃で、10月にはフィルハーモニア管との米国ツァーも控えていた。

フランス人の若いモデル、エリエッテ・ムーレ(この時22才で後のカラヤン夫人)との付き合いが密になり、2度目の妻アニータとの離婚を真剣に考えはじめたのもこの頃だ。まさに将来への展望が大きく開かれ、カラヤンが心身共に最も活力が漲っていた時期であった。このような状況のもとで名演奏が生まれぬはずがない。


第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0005b.jpg6連符のトレモロの中から確信を持って立ち上がる音楽は勢いがあり、第1主題が奔流となって湧き出る見通しの良さは抜群である。

第2主題の弦の優美な歌い口や流れるようなフレージングも印象的だが、特筆すべきはA、Dのティンパニのリズム打ち(120小節)で、これが独特の躍動感を生んでいる。リズミカルな木管楽器との掛け合いや、颯爽と前へ進むテンポの良さなど、深遠なフルベンとはおよそ対照的といえる。
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展開部(160小節)は、哀調を帯びた木管と、角張ったところのないみずみずしい弦のフガートによって主題は清冽に流れてゆくが、強音は杭のようにしっかりと打ち込まれているために音楽はいささかの弛緩もない。ポエジーな木管アンサンブルの名技(266小節)、ゆたかな低音弦(279小節)、第2主題部のやわらかなフレージングの妙味(284小節)といい、カラヤンの手の内に収めた聴かせどころは枚挙に暇がない。

嵐のようなクライマックスに突入する再現部(301小節)は、フルベンのように無我夢中に荒れ狂ったものではなく、造形を崩さず、清新溌剌とした筆運びで聴き手を魅了するのがカラヤン流。大きく弾みを付けてすすむコーダ(427小節)は悲劇的な気分を擦り込みながらヒロイックに立ち振る舞う音楽がカッコよく、テンポを早めて頂点へ向かう場面では闘争の精神が自ずと湧き上がってくるのがカラヤンの巧いところだ。

木管が美しく歌い継ぐ中を弦が「ぐい」と力を増して弾ききるところ(488小節)や、早いテンポの分散和音(531小節)から一気呵成に壮大な第1主題を導き出すスケール感も無類のもので、小細工なしの直球勝負でとどめを決めるカラヤンの確固たる自信に充ちた棒さばきに快哉を叫びたくなる。ここでは、501小節の第1ヴァイオリンをオクターブ上げたり、538小節に32分休符を入れることなく楽譜に忠実に演奏している。


第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ-プレスト
sv0005g.jpgスケルツォは絶妙のリズムさばきでキビキビと早いテンポで駆け抜ける。緻密な弦のスピッカートやシャッキリとしたリズムの切れは特筆モノで、副主題のファンファーレ(93小節)を快活に弾んで感興を高めている。

リズムをしっかりと踏みしめる第2スケルツォも躍動感たっぷりで、ストレッタ的に追い込むクライマックスのエネルギッシュな棒さばきは、才気煥発なカラヤンの本領発揮といえる。

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レッグによると、カラヤンはレコーディングの時に他人のレコードをスタジオに持ち込んで、これを聴いては指揮に戻るということをやっていたらしい。このセッションもトスカニーニのレコードを直前まで聴いていたため、レッグはテンポが早くなりすぎないようにコントロールしたという。 参考:井阪紘著『巨匠たちの録音現場』、春秋社、2009年)

トリオ(412小節)はみずみずしい木管の妙技を堪能させてくれる。とくに牧歌的な舞踊主題を軽快に奏でるオーボエのカデンツァや、低音弦からたっぷりと織り込むフガートの心地良さ、ヴィオラとチェロの対旋律を得意のレガートによって際立たせるなど、みずみずしい音楽が淀みなく流れている。


第3楽章 アダージョ・モルト・エ・カンタービレ
アダージョは柔和なカンタービレと歌心あふれるニュアンスの豊かさはお任せあれといったカラヤンの自信に充ちた棒さばきが印象的。情感を込めてたゆたう第1主題と清冽に流れる第2主題は自然に振る舞いながら、柔和で平和な気分が巧まずして導き出してゆく。聴きどころは主題変奏部でフィルハーモニア管の腕利きの奏者たちが心を込めて歌い出す。

sv0005c.jpgメロディアスな分散和音でメランコリックに揺れる第1変奏、管楽器が〈星空の高み〉を奏する詩情味溢れる第2変奏、16分音符に細分化された主題を弦が優美に織り上げる第3変奏など、フレーズを美麗に歌い上げるところはカラヤンの独壇場で、天上にのぼりつめるような気高い気分がそこかしこに流れている。

コーダのファンファーレはいたずらに力まず、適度なまろみを持たせているのも心地よく、女心をくすぐるようなエレガントな風情は、若きエリエッテの姿を夢想するカラヤンのしたたかさが浮かんでくる。

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パリの高級仕立屋のマヌカンとして働いていたエリエッテ・ムーレは、ある時友達に誘われて、シャンゼリゼ劇場にベルリンフィルの演奏を聴きに行った。この時、あこがれのマエストロにサインをもらいに楽屋をたずねたのが運命の出会いだった。サインのペンをゆるめてふとこの美しい娘を見たカラヤンの胸は高鳴った。彼女こそ、心に描いていた理想の女性であったのだ! 参考:福原信夫著「カラヤンこぼれ話」~レコード芸術別冊『指揮者のすべて'77』、音楽之友社、1977年)


第4楽章 プレスト-レチタティーヴォ
sv0005h.jpg雄渾な低音のレチタティーヴォから大きな流れを作って〈歓喜の主題〉へ盛り上げてゆく音楽運びがじつに巧妙で、いたずらに見得を切ったり、うねり回すような巨匠風の演奏とは一線を画したすがすがしい流動感が主題全編を貫いている。精気溌剌とした主題総奏と、一気果敢に雪崩れ込むプレストは若々しい覇気が漲っている。

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エーデルマン(38才)のレチタティーヴォは大きく豊かだ。年齢に似合わず歌に余裕と風格がある。これに対峙するオーケストラの活気に驚かされるが、〈歓喜の頌歌〉はシュヴァルツコップ(40才)、ヘフゲン(34才)、ヘフリガー(36才)といった絶頂期の名歌手たちをカラヤンは巧みに舵を取り、見事に調和させている。ウィーン楽友協会の合唱も秀逸で、「vor Gott!」がホールに息長く響いている音場は、これがモノラル録音とはとても思えない。

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大きな聴きどころがトルコ行進曲のアレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ。ヘフリガーはフリッチャイ盤にも参加しているが、“テノール殺し”で綱渡りするフリッャイ盤に対し、当盤ではヘフリガーが〈太陽賛歌〉を気持ちよく、ゆとりをもって歌っているのが特徴で、決して気負わず、ヒューマンな温かみが放たれている。とくに後半の朗らかな調子で艶美に歌い回す高揚感がたまらない。「ここぞ」とばかりに急速に駆け込む弦楽フガートもカラヤンならではのカッコよさがあり、〈大合唱〉は溌剌とした躍動感に溢れんばかり。

sv0005f.jpgトロンボーンを加えた男声合唱の力強い〈抱擁の主題〉、天の高みへと清らかに上昇してゆく〈星空の彼方に〉、管弦楽と合唱を交えた壮麗な〈二重フーガ〉を堪能させてくれた後に、いよいよ最後の大見せ場がやってくる。

オペラのフィナーレを思わせるアンサンブルで、「あなたのやさしい翼の憩うところで」をソプラノから順にカデンツァを歌い継ぐところが最高の聴きどころだ。誰一人として突出することなく、カラヤンは4人の歌手を見事に調和させるが、最後に名花シュヴァルツコップが抜群の存在感を示している。

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シュヴァルツコップは来日の折、「あの頃は、カラヤンも忙しくなかったし、充分の日程をとって、みんなで楽しんで録音したものです。」と、当時を懐かしがっていたという。プレスティシモのコーダはまさにカラヤンの活力が演奏者全員に乗り移ったかのような精気溌剌としたフィニッシュで、トスカニーニが“世界最高”と称した万能オーケストラを思う存分に指揮し、真剣勝負で取り組んだ第9であった。筆者には思い入れの強い1枚だ。

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[ 2014/03/21 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)

朝比奈のリムスキー=コルサコフ〈シェエラザード〉

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リムスキー=コルサコフ/交響組曲〈シェエラザード〉作品35
朝比奈 隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.11.22 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 47:02 (Digital Live)
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《シェエラザード》は朝比奈にとって深いかかわりがある。プロの指揮者としてデビューして4年後、関東軍の嘱託軍属という立場で新京とハルビンのオーケストラを振るために朝比奈は満州に渡った。帝政ロシアの極東への拠点であったハルビンは、当時“東洋のパリ”と称された美しい街で、革命を逃れた白系ロシア人がオーケストラに所属していた。

朝比奈が師事したエマヌエル・メッテル(1878~1941)もまた革命を逃れてハルビンへ移住したユダヤ系ロシア人で、グラズノフとリムスキー=コルサコフに師事したことから、朝比奈はリムスキー=コルサコフのいわば“正統の孫弟子”ということになろう。

sv0021f.jpg1945年3月、 戦局が次第に不利になる中、全満州の音楽家を総動員した合同オーケストラを組織して「全満合同大演奏会」が挙行され、交響詩《蒙古》(大木正夫作曲)、ヴァイオリン協奏曲(ベートーヴェン)、《シェエラザード》という演目を朝比奈が振って満州各地を巡回した。独奏を務めたのは当時18歳の辻久子で、アンコールは《軍艦マーチ》を150人の編成で盛大に演奏して士気を高めたという。

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「戦局が不利になればなるほど満州国の文化面に力を入れなくては、というわけで、全満のオーケストラを一同に集めよとの命令が出た。〈とにかく、でっかいことをやれ〉との命令で、ハルビン、新京を軸に放送局のプレイヤーを集め、リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》を演奏した。いまでは珍しくないことだが当時としてはこの曲は大曲中の大曲で、いまでいうマーラーの交響曲を演奏するようなものだった。」 朝比奈隆著『楽は堂に満ちて』より、音楽之友社、2001年)


「連日勤労動員に駆り出されて、音楽に飢えているときのコンサートだったので、夢心地で聞いたのをいまでも覚えています。友達とふたり、《シェエラザード》の第3楽章のメロディーを口ずさみながら家まで歩いたんですよ。その5ヶ月後に悪夢のような日々がやってくるなんて、思いもよりませんでした・・・」( 関西交響楽団ヴァイオリン奏者・増淵壽子氏、『朝比奈隆のすべて指揮生活60年の軌跡』より、芸術現代社、1997年)


この演奏会は当時の満州の人々に強烈な印象を残したとされるが、資料が一切現存しないことから“幻のコンサート”ともいわれている。演奏記録によると、朝比奈(以下オッサン)の《シェエラザード》はその後9回しか演奏されておらず、このファイアバード盤は、その最後にあたるコンサートの貴重なライヴ録音である。

「朝比奈絶頂期、82年のライヴ録音。演奏は朝比奈らしいスケールの巨大な、男気にあふれた名演だ。第1楽章の海の描写など、なんと言う懐の深さ、なんと言う鷹揚さであろうか。木管の律儀なアーティキュレーションはいかにも朝比奈らしいが、それがいささかも嫌味に響かない。それでいてシェエラザードの主題の繊細な艶っぽさも一流なのだ。第3楽章の抒情にしたって! 終楽章は慌てず騒がずでこのド迫力である。終結部の格調の高さも巨匠ならでは。大阪フィルにも大拍手。朝比奈ファンのみならず必聴の名盤。」松沢憲氏による月評より、KICC3618、『レコード芸術』通巻第735号、音楽之友社、2011年)



第1楽章 「海とシンドバッドの船」(ラルゴ・エ・マエストーソ)
ドスの効いた朝比奈翁(王)のブラス主題は威厳に充ち満ちている。今宵、伽のお相手(シェエラザード)を務めるのは、オッサンに請われて2年前に名古屋フィルから移籍したコンサートマスターの稲庭達。じつは、オッサンの一番のお気に入りは新人のフルート奏者で、この女性の前ではオッサンはかなり“ええ格好しい”だったらしい。

「女性の楽員の話なども酒の席では出ますが、結構、封建的な発言があるんです。女は黙ってどうのこうのとか、女は愛嬌だ、ヴァイオリンを弾いている女はキーキー言ってうるさいとか。気の強い女性は苦手だったし、にこにこして愛想のよい女性が来ると機嫌がよくなりました。」 中丸美繪著『オーケストラ、それは我なり』より、文藝春秋、2008年)


主部は大海原が拡がる〈海の主題〉。いかにもオッサンらしい茫洋とした趣きがユニークで、悠揚迫らぬ足取りとスケール感は無類のものだ。大波のうねりの中をねばり腰で突き進むさまは、沈没しかけの漁船に乗って、無謀にも荒波の中へ出向いてゆく“勇み肌の親分”を連想させる。

sv0004b.jpgところが、この舟がさっぱり進まない。まるで“鉛の海”の中でもがくような重苦しい弦の響き、燻し銀のブラスなど、色彩感や華麗さからほど遠い管楽器のモノトーンの音色と雑然としたアンサンブルが、「一体どうなるのか」と聴き手を不安に陥れる。

「ごうごう」と地鳴りをあげる低音弦も独特のもので、ここでは低音を礎にがっちりと構築された自慢の“大フィル・サウンド”が裏目に出てしまった感がある。

オッサンのつよい個性を刻印しているのが〈海の主題〉の再現部(114小節)。ルフト・パウゼの後に管弦をごりごり押し込む威勢のよさは“浪花のど根性”といわんばかりの武骨さで、主題展開(193小節)で根太いトロンボーンを「がっつり」とぶつける野武士のような荒技は、オッサンの面目躍如たるところだ。

ひたすら楽譜に忠実に、音の原石を積み重ね、出てきた音に一切の責任はなし、「文句のあるやつはリムスキー=コルサコフを呼んで来い!」といわんばかりに、内部につよい緊張感と威厳を秘めたスタイルはオッサンの独壇場といってよく、木管の実直過ぎるフレージングや、力果てたような〈舟の主題〉〈波のモチーフ〉の哀感(疲労感)などもすこぶる個性的である。


第2楽章 「カランダール王子の物語」(レント)
sv0021a.jpg木管がよろめくようなルバートをかけてアド・リブで歌い継ぐカランダール王子のメロディに、ロシアの情感がこってりと漂うところはメッテル直伝の秘術といってよく、チェロの独奏がレチタティーボ風にもってりと歌い継ぐあたりは、よよと泣き崩れる“浪花節”的な気分が横溢する。


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シャリアール王の怒りをあらわす中間部は、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド”が全開だ。豪壮な低音弦や金管の強奏は音が汚く野趣であるが、ボロディンの交響曲のような勇猛ぶりがいかにもオッサンらしい。オッサンの練習はほとんどが弦に費やされるとされ、管楽器には「思い切って吹け!」の一点張り。とにかく譜面を信用して力いっぱい弾く、というのが朝比奈音楽の基本なのだ。

大フィルの木管セクションは、カデンツァなど十分に健闘しているとはいえ、鎧を身に纏った古武士のようなスタイルが厳めしく、目も眩むような色彩感や絢爛たるオーケストレーションに背を向けた音楽はどこか異質で重苦しい。楽譜通りやって面白くなければ「作曲家が悪いんじゃ」と豪語するオッサンの声が聞こえてきそうだ。


第3楽章 「若き王子と王女」(アンダンテ・クワジ・アレグレット)
sv0004c.jpg東洋風の哀調を帯びたロマンティックなメロディを、オッサンは満州への望郷の念を込めて滔々と歌い上げる。たっぷりと弓を使い、たっぷりと息を吹き込む“朝比奈節”はじつに大らかで、これがツボにはまっている。オッサンが振ると音が変わって重厚になる、あの風貌、顔を見るだけで自然とそうなる、というから不思議だ。

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中間部は、大阪の夏の風物詩「天神祭」の音楽だ。大川の陸渡御や、天満の天神さん界隈の露天の賑わいを、オッサンは鈍重なリズムで気取らずに描き出す。各パートを「こってり」と厚塗りする喧騒な管弦楽も大衆的で、ウメ地下(梅田地下街)の串カツ屋で一杯やっている庶民的なオッサンの姿が浮かんでくる。

オッサンはツバを飛ばして大声でしゃべりまくり、お客が共同で使うソースに食いかけの串をどっぷり2度漬けして、よく店主に怒鳴られたという。

コン・プリマの再現部は、あまりに遅いテンポに仰天するが、これは《新世界》のラルゴでも見せるオッサンの必殺ワザ。「もう弓が足りまへん」とぼやく奏者泣かせのテンポは懐かしい満州へのノスタルジーか、あるいは町子夫人と幼い千足を連れて満州から引き上げた時の艱難辛苦をしみじみと述懐するかのようでもある。


第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」
sv0021e.jpg独奏を断ち切って突き進むヴィーヴォは闘う男の音楽だ。打楽器をがんがん叩き込み、〈海の主題〉へ突入する274小節から親分が闇討ちをかけるように気魄を込めて暴れ出す。主題がメドレーで交錯する豪華絢爛たるアラビアンナイトの絵巻物が、オッサンの手に掛かると武骨一辺倒で押しまくるところがユニークといえる。

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圧巻は付点リズムの総奏で走り出すピウ・ストレット(496小節)。「大きな音を出せ!」「ぶぁ~と行け!」と楽員を鼓舞しながらクライマックスへと突き進む豪快な気風と、適度に荒れた大フィル・サウンドが聴き手を圧倒する。朝比奈の棒は拍が不明確で合わせにくいといわれるが、裏拍まで精確に振る斎藤門下生のテクニックを後目に「ワシの指揮は見なくていいんじゃ」と言い切るオッサンの太っ腹が頼もしい。

sv0021c.jpg嵐の頂点(586小節から)は、オッサンの代名詞たる「ずっしりと響く重低音と骨の太いブラスの咆哮」で最後の大勝負に打って出る。楽器が潰れんばかりのfffの号砲はメッテル師直伝のもので、「ごりごり」と打つ低音の刻みもすさまじい。沈みかけの漁船が木っ端微塵に玉砕するさまは、なるほど、オッサンらしい尚武の気風と潔さが伝わってくる。「戦争に負けたら連隊長はハラを切るべきで、批判は甘んじて受けにゃいかん。それがプロフェッショナルというもんで、殿様芸ではないんじゃ!」と豪語するオッサンの気質は、『忠臣蔵』の世界にも通じるものだ。

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嵐は過ぎ去り、舟の残骸に身を横たえたオッサンが〈波の主題〉に「どんぶら」と揺られながら、「わが激動の人生」を回想する情感のゆたかさも無類のもの。“浪花のスタリーク”こと稲庭がキリリと締めるエンディングも格調高く、バスが地鳴りをあげて不気味にたゆたう〈海の主題〉の深みのある味わいは、不死身のオッサンらしい“豪傑ぶり”“闘う男の心意気”を伝えてあますところがない。

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[ 2014/03/14 ] 音楽 R.コルサコフ | TB(-) | CM(-)

カラヤンのモーツァルト/ディヴェルティメント第15番

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モーツァルト/ディヴェルティメント第15番変ロ長調 K287
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1987.9 Philharmonie, Berlin (DG)
Recording Producer: Michel Glotz
Balance Engineer: Günter Hermanns
Length: 38:30 (Digital)
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このディスクは79歳のカラヤンがDGにデジタルで収録した晩年の録音で、おりしも、この3年前の大阪公演(1984年10月18日)でカラヤンが演奏したのが筆者には懐かしい思い出である。

われわれの記憶に焼き付いているのは、このコンサートでカラヤンが「振り間違い」をおかしたことだ。事件は大きく報道され、朝日放送でも演奏がオン・エアされたので、ご記憶のある方もいらっしゃるだろう。もちろん、放送では問題のシーンはカットされた。

カラヤンは、モーツァルトの次に演奏した《ドン・ファン》を翌日のプログラムのドビュッシーと勘違いした(高関健氏)という話や、あの棒は直前にウォークマンで聴いていたチャイコフスキーの《第5番》だった(ミシェル・シュヴァルベ氏)という証言もある。

前年に頸部脊椎の手術を受けたカラヤンは、右足の麻痺が残って歩行もままならず、エリエッテ夫人に付き添われての来日だった。「主人の行くところへは、何処へでも喜んでまいります」とインタヴューに夫人が答える傍らで夫人の手を握り、お腹の出たジャージ姿のカラヤンの情けない笑顔は、まるで痴呆老人のようであった。

sv0002e.jpgそれでも演奏はすばらしかった。《ドン・ファン》や《ローマの松》では壮麗なオーケストラの響きと凱旋将軍のようなカッコいいカラヤンの指揮ぶりは健在だったが、最もすばらしかったのが《ディヴェルティメント》。こんな美しいモーツァルトを筆者はいまだかつて聴いたことがなかった。

柔らかくしなやかで、適度に肉感があり、じつに艶っぽい。しかも作り物めいたわざとらしさを感じさせず、名人奏者の妙技というよりも、楽団がまるで1つの生き物のように躍動しながら、各パートがしっとり溶け込んで自然なアンサンブルを展開していた。

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この美しさがモーツァルトの本質をついているか否かは別として、その後にデジタル収録されたCDの“極上のサウンド”は、いくら紙面があっても書き尽くせない。

「はじめてきいた時から、このアダージョが気に入った。甘美で極彩色の絵をみるような趣味なのだが、それでいて、ちっとも鼻につく俗悪な臭気をもっていないのである。大ざっぱにいえば、ドラクロワ、いや、ルノワールの絵のような感じである。カラヤンは、もちろんベルリン・フィルの弦楽をフルに動員してひかせているわけではないが、それでもかなり肉づきの良い響きになっているところをみると、各パートが1人か2人といった室内楽に近い少人数の編成にしているはずはない。それでいて、響いてくる音は柔らかくて、~そう、日本産の最上質のビフテキみたいな味がする。」 吉田秀和著『モーツァルトをきく』より、筑摩書房、2008年、『レコード芸術』通巻第467号、音楽之友社、1989年)



第1楽章 アレグロ

フォルテとピアノの短い問答と、軽やかに駆け走るアレグロの音楽はみずみずしく、柔らかなホルンの呼び交わしが感興を大きく高めている。軽微なスタッカート・リズムで躍動しながら、優美なレガートを配するカラヤンの絶妙の手綱さばきは、まさに千里の名馬を意のままに操る伯楽といえる。

蠱惑的な響きと慰撫するようなフレージングで揺れるメヌエット風の第2主題は典雅の極といってよく、第1ヴァイオリンが力強く邁進する3連音や、軽妙なC音を連打する精緻なスピッカートが耳の快感を誘っている。大きく歌いながら迷いなく高音域へ上り詰めて飛翔する高貴な味わいは、カラヤンの底知れぬ音楽性を示してあますところがない。


 第2楽章 「主題と変奏」アンダンテ・グラチオーソ

歌謡的な呈示主題はドイツ民謡《さあ早く、俺はハンスさ、くよくよなんてしない》。気持ちの良い裏拍で舞う第1変奏から、こまねずみのように精密な32分音符で駆けめぐる無窮動的な第6変奏に至るまで、磨きぬかれた精緻なアンサンブルを堪能させてくれる。

「物語はこれでおしまい」と締め括るコーダの語り口の上手さも心憎く、「俺は帝王カラヤンさ、楽員の反逆にもくよくよなんてしない。自分が望む場所で、自分が望む時に、自分が望む方法で音楽をするだけさ。」 カラヤンの独白がきこえてきそうだ。

「話し合いをいっさい禁じる独裁的な態度のために、指揮者としてのカラヤンの人生からは、ほかのあらゆるものが排除されています。そのために彼は偉大になったけれども、1人ぼっちなのです。彼の顔をごらんなさい。年老いた寂しい顔です。年老いた幸せな顔ではありません。世の中を愛そうとせず、権力を握ることのみ考えて生きるつもりなら、そうなります。(指揮者グスタフ・キューン)」 ロジャー・ヴォーン著『カラヤン 帝王の光と影』より、堀内静子訳、時事通信社、1987年)



 第3楽章 メヌエット

メヌエットの聴きどころは後半で、自然に歌いながら、吸い寄せられてしまいそうな香気が立ち込める旋律の美しさに超嘆息するばかり。艶をのせた滑らかなフレージングとエレガントな歌い口に哀しみさえ漂わせながら、柔和な優雅さをたくみに織り込んでゆくところは悪魔的といえる

ナハトムジーク(夜曲)のように、旋律に秘めやかな揺らぎをあたえながら、厳粛な気分を横溢させる崇高なトリオは、帝王が神の領域に足を踏み入れたかのような錯覚にすらとらわれてしまう。名残惜しげに締め括るダ・カーポの味わい深さも格別である。

「2人の指揮者とカラヤンが自分こそ最高の指揮者だと言い、ひとりが言う。〈私は天国に行って、神様におまえが最高だと言われた〉。するとカラヤンが言う。〈はて、私はそんなことを言った覚えはないぞ〉」 ロジャー・ヴォーン著『カラヤン 帝王の光と影』より、堀内静子訳、時事通信社、1987年)



 第4楽章 アダージョ

蜜のような甘さでささやくアダージョは“カラヤン節”が全開だ。「トロリ」とやる妖艶なフレージングの妙味といい、艶をたっぷりのせた高級な絹地のような肌触りは極上のもので、柔らかなトロの刺身に舌鼓を打つような、俗耳を恍惚とさせる美味しさがある。

sv0002c.jpg弱音の細やかな揺らぎをあたえて気高く歌う第2主題(12小節)もたまらない。抜き足差し足で旋律線をなめるように均しながら、すすり泣くような繊美な音のたゆたいで聴き手を酔わせる手口は魔術といってもよく、高らかに飛翔する装飾音をともなったEs音から、いたわるように3オクターブ下降するところの意味深さといったら!。

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厚味のあるオーケストラの響きで転調の翳りをつける展開部(20小節)は、いやらしいほどに美しい。カラヤンのモーツァルトを「厚化粧をした娼婦のような音」と揶揄する人もいるが、水商売でも“高級娼婦”のような芳しく気品のある香りには目が眩みそうだ。

懐かしい第1主題が帰ってくる再現部(26小節)では慰撫するような安らぎをあたえながら、変イ長調、変ホ長調(原調)へと巧みな転調でうつろうメロディアスな心地よさと、汚れを知らぬ崇高な味わいはいかばかりであろう。

さらなる弱音で磨きをかけ、「これでもか」と歌い込む33小節からの繊美なレガートは筆紙に尽くしがたく、光沢を帯びたしなやかな弦の美しさは比類がない。天上の高みへと昇る第2主題部や、終結部のフェルマータの頂点に向かって、もったいぶったようにテンポを落とすカラヤンの手練れた音楽運びは聴き手の琴線に触れるメロドラマといえる。

分け目が目立つ銀行員風の髪型の安永のアインガングに、ぴたりと寄り添うシュピーラーの軽妙な合いの手も芸は細かく、エンディングでみせる儚げな味わいが聴き手を“夢幻の陶酔境”へと誘ってくれる。

 第5楽章 メヌエット

3拍子のメヌエットは、オーストリア生まれのカラヤンらしいウィーンの風味がそこかしこに充溢する。まろやかで耳当たりよく響く上質の音楽は、生来のセンスというよりも、まるでモーツァルトが生きていた時代を知っているかのような宮廷的な気分を醸し出すところがカラヤンの恐ろしいところだ。


 第6楽章 アンダンテ(序奏)-アレグロ・モルト(主部)

主部は陽気なドイツ民謡《百姓娘が猫を逃した》。ここでは高性能の弦楽アンサンブルの独壇場で、目の醒めるようなスピード感あふれる合奏美を開陳する。極めつけは16分音符で上昇するフレーズ(56小節)で、ぐいぐい上り詰めるすさまじい弓さばきに腰をぬかしてしまう。

60小節からへ長調で歌う第2主題も聴きどころ。羽毛のように軽やかに歌い上げるところは、カラヤン美学の極地といえる。磨き抜かれたフレージングに甘いヴィブラートを香水のようにたっぷりかけて、光沢を帯びたような響きを紡ぎ出すところはまさしく“カラヤン・マジック”

一気呵成に畳み掛けるコーダの勢いもすさまじい。美味しいところ(金になる仕事、高い地位、美しい女性)を目ざとく嗅ぎ取り、民謡とは裏腹に猫パンチで素早く獲物を手に入れるしたたかぶりが浮かび上がってくるあたりは、老いてもなお欲深なカラヤンらしい。

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[ 2014/03/08 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)

ラグドールの兄弟がやってきた

昨年10月、わが家にラグドールの兄弟がやってきた。偶々、家の近くにブリーダーさんがいて、当初は弟猫だけをもらい受けることに決まっていたが、縁があって兄猫の里親になって、はからずも兄弟一緒に養子縁組みすることに相成った。

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兄弟たちの名前は“みる”&“ぐり”(Mil et Gris)。 5月生まれのちびっこギャングたちだ。普段は「みる吉」「ぐり蔵」とよんでいる。ところが想像していたような“悪ネコ”とはまったく違って、ほとんど鳴かない“サイレント・キャット”

猫といえば、筆者にはあまりよいイメージがない。むかし実家で飼っていた黒猫がかなり気の荒いメス猫で、何かをたくらむような不敵な目つき、押入の中にすっこむとテコでも出てこない。食べ物をやると「ぷい」と横を向き、少し触ると「すぎゃ~あ!」と牙をむいて毒ガスのような臭い息を吹きかける。抱っこしようものなら強烈なアンモニア水をふっかけて大脱走劇を繰り広げるという、かなりの荒手であった。

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ラグドール(Ragdoll) とは、いったいどんな猫なのだろう。調べてみると「ぬいぐるみ」の意味で、人に抱きかかえられることを好む事に由来するらしい。一説によると白いペルシャ猫とシールポイントのバーマンの仔がバーミーズと掛け合わされた新しい種とされる。『銀河英雄伝説』で、ヤン・ウェンリー提督の養子ユリアンが飼っていた大きな猫は、ラグドールではないかしら。

瞳は明るいブルー。顔や胸まわりは、やわらかな長い被毛にふかふかと覆われてライオンのたてがみのようだ。とくに太く長い尻尾が特徴的で、ご機嫌の時はしっぽを立てて、のそのそとやってくる。後ろ脚にも毛がふかふかと生え、尻尾と脚を伸ばして寝ているさまは、まるでニッカポッカを履いた小悪魔ちゃん

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毛色はいろいろあるらしく、その呼び方は専門的でむずかしい。白地をベースにポイント(模様)はミテッド、バイカラー、ヴァンバイカラー、タビー(リンクス)などがあり、カラーにはシール(こげ茶)、ブルー(灰色)、レッド(茶)、クリーム(ベージュ)など、交配によって色とりどり存在する。

この兄弟たちは“ブルー・ポイント・バイカラー”と呼ばれ、顔の真ん中が黒っぽいタヌキのような“シール・ポイント”と比べれば、色はかなりうすい。背中がほとんどまっ白な「みる吉」に対し、「ぐり蔵」はうすいグレーといった違いがあるが、成長につれて毛色は次第に濃くなっていくらしい。季節によっても色は変化し、冬場には濃くなるという。

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また、ラグドールは、ノルウェージャン・フォレスト・キャット、メインクーンとならぶ“3大巨大ネコ”といわれ、完全に成長しきるまで4年かかるらしい。「成猫の体重は10キロを超える」と本に書かれていて仰天したが、ブリーダーさんによれば、この子たちは将来7~8キロになるだろうとのこと。これでは犬とあまり変わらないではないか。

彼らの食事は、ロイヤル・カナンの〈キトン〉(仔猫用)のみ。朝夕の2回で1匹60グラムが標準だが、成長期のためか、すぐにお腹を空かせるので、間食として少量を分けて食べさせている。食い意地の張っている「みる吉」は隣の皿が気になるのか、「ぐり蔵」の横から割り込んで、横取りするいやしい習性がある。  ロイヤルカナン FHN キトン 子猫用 2kg

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兄猫の「みる吉」は毛がふかふかと生えて“福助さん”のような、まんまるのお顔。性格は神経質で、音にかなり敏感である。《春の祭典》(ストラヴィンスキー)のCDを聴かせると、〈生け贄の踊り〉の太鼓の音に反応して二足立ちする様子が傑作である。また音の出所を2匹が必死になって探している様子を見ると、この子たちはかなり賢いようだ。

弟猫の「ぐり蔵」は、スリムな体型で少し甘えん坊。「にいたん、にいたん」と「みる吉」の後をくっついて離れず、寝るときもいつも一緒。便秘がちで、夜までウンチが出ないとイライラするらしく、ムササビのように、ぴょんぴょん飛び跳ねて、「みる吉」に八つ当たり。奇声を発して飛びかかってゆく。寝る前になって、ようやく排便してひと安心。

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食後にひと眠りした後は、一人前の“ラグドールの戦士”になるための厳しい訓練が待っている。シャカブンを振ってやると、彼らの目つきは鋭く変わり、グローブのような大きな手でネコ・パンチをお見舞いする。最近では素早くこれを捕獲し、食い千切るという荒ワザを披露するようになった。

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今はまだ、ちびっこのへなちょこ戦士たちだが、早く近所の逞しい猫たちに負けないような一人前のグラディエーターに育って欲しいところだ。たくさん食べて、早く大きくなるのじゃぞ。

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[ 2014/03/01 ] ペット | TB(-) | CM(-)