マルティノンのチャイコフスキー「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
ジャン・マルティノン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.3.31-4.3 (DECCA)
Location: Sofiensaal, Wien
Recording Producer: John Culshaw
Length: 49:36 (Stereo)
TOWER RECORDS  HMVicon


このディスクは、LPで発売されたときに大ベストセラーになった屈指の名盤で、デッカの“名物プロデューサー”ジョン・カルショウが制作した名録音として名高いものである。とくにマルティノンがウィーンフィルを指揮した唯一のものであることから、マニアの間では珍重されている“隠れ名盤”といえる。

sv0009c.jpgフランス人シェフがウィーンの名門オーケストラを使ってロシアものを料理するという異色の組み合わせは、カルショウによって巧妙に仕組まれた“デッカの配剤”と言うべきもので、マルティノンは手練手管の限りをつくして老舗の楽団を自在に操り、類い希なセンスで音楽ファンの度肝をぬく名演奏を成し遂げている。

筆者がかつて愛聴したのは、輸入レコード店で買った米デッカ盤(ステレオ・トレジャリーシリーズFFrr)のLPだったが、その音の良さに腰を抜かした記憶がある。

sv0009d.jpgウィーンフィルの甘美な弦に木管の柔らかなハーモニーを溶け込ませながら、粋なセンスで躍動するマルティノンの巧妙な棒さばきがすこぶる魅力的であった。

何よりも驚いたのがティンパニの音で、まるで、目の前で叩くような生の衝撃感というか、皮の質感を感じさせる録音に快感を覚えたほどである。

このレコードを骨までしゃぶった筆者にとって、その感動をとても書き尽くせるものではないが、近頃、英デッカ盤から板起こしされたグランドスラム盤は、LPレコードのもつ独特の質感やニュアンスを懐かしく思い出させてくれる。

「マルティノンとウィーン・フィルの唯一の競演盤。デッカの初期ステレオLPからの復刻ということだが、音の劣化やひずみは皆無に近い。深みと柔らかさ、温かみのあるLPならではの質感をそのままに感じ取れるのは得がたい。第1楽章や終楽章での主題の扱い方や歌わせ方には、“フランスなまり”のような微妙なニュアンスがうかがえるのも一興。しかしアクセントや要所の際立たせ方は鋭敏で引き締まった表現をする。優美な第2楽章、とりわけ第3楽章のスケルツォなどは奏法やメリハリのあるテンポ感が出色。」 斎藤弘美氏による月評より、GS2038、『レコード芸術』通巻第709号、音楽之友社、2009年)


「マルティノンはいつにない激しさと厳しさと、そして甘さとで他のオーケストラの追随を許さぬ奥の手を見せている。まさにひと主張もふた主張もある大家の音楽である。マルティノンの切れ味は鋭く目立つ。」  大木正興氏による月評より、GT9042『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)



第1楽章 アダージオ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0009b.jpg弓の動きが見えるようなバス、弦をガリガリと削るヴィオラ、上質の絹をつよく擦るように音階を駆け上がる第1ヴァイオリンなど、のっけからデッカの生々しい録音に腰を抜かしてしまう。木管と弦楽器は転げるように激しくかけ合い、ウン・ポコ・アニマート(67節)の爆発的な総奏が聴き手の興奮を誘っている。

UCCD-7021  UCCD-9687

第2主題(アンダンテ)は、フランス人の名シェフが腕によりをかけて名旋律を歌い出す。94、98小節の4拍目の8分音符にルバートをかけて、微笑むようなニュアンスを紡いでゆくところがたまらない。カンタービレ(130小節)のしっとりと濡れたような肌触りと、練り絹のような弦の美しさは冠絶したもので、夢幻のフルートや、とろけるようなクラリネットも天下逸品。

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sv0009e.jpg展開部のアレグロ・ヴィーヴォ(161小節)はウィンナ・ブラスが「ここぞ」とばかり吼えかかる。総奏のすさまじい衝撃音には度肝をぬくが、弦の分散和音が馬車馬のように走り出し、トランペットが決然と打ち込まれる189小節あたりから、優美なウィーンフィルが野性味をくわえて牙を剥き出しにするところが聴きどころだ。

197小節のティンパニの粒立ちは現実にはあり得ぬ虚妄のバランスだが、この“あざとさ”が当盤の大きな魅力といえる。

再現部で弦の16分音符パッセージに対峙する裏拍のティンパニ(245小節)にも注目だ。小躍りするように叩き込むティンパニは、撥の木があたる衝撃か、皮の振動によるものか、「パカっ、パカっ!」と景気よく打ち響く打点の生々しさは、何度でも繰り返して聴きたくなる大きな“耳のご馳走”だ。

sv0009k3.jpgウィーンフィルが伝統的に使っているヘッドは「山羊の皮革」とよばれるもので、これをフランネルのマレットで叩くことで独特の音色を生むという。

デッカはマイクを鼓面から10センチの至近距離にセットしたとされるが、適度な硬度と温もりを持つ「野性的なウィーン・フランネル」が皮革を叩くときに生ずる触感をデッカの録音技術が見事に捉えている。


「第1楽章、ファゴットのppppppによるニ音が消え、アレグロ・ヴィーヴォで全管弦楽で爆発するときときの突発感、ティンパニの強打によるあの痛いような衝撃。ここはきっとマニアの間で熱っぽく語られるシーンではなかろうか。その効果たるや、もの凄いものがある。筆者は30年前に、ここで失笑を漏らしたものだが・・・」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、アルファベータ、2009年)


sv0009x.jpg高音部の第1主題にブラスが3連音のリズムを打ち込むクライマックス(263小節)の衝撃感もすさまじい。ホルンとトロンボーンの空気圧すら感じさせるエッジの効いた録音は悪魔的といってよく、センプレ・フォルテ(277小節)の凄絶な音場が聴き手を奈落の底に突き落とす。

ティンパニの壮絶なクレッシェンドとともに、ffffで「べぇ~~ッ!」とぶちかますトロンボーンのグロテスクなまでの断末魔に身が震え上がってしまう。
TOWER RECORDS [SACD]


第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0009m.jpgチェロが奏でる柔和なワルツは感興たっぷりで、6小節目の「ラッタラッタラ~」を少し間延びして歌わせ、7小節目のグリッサンドに大きな“ねばり”を入れる指揮者の“遊び心”に快哉を叫びたくなる。

この楽団が備えている音の旨味を絶妙のパフォーマンスで開陳してみせるフランス人巨匠の粋なセンスに、ただもう感嘆の言葉しかない。中間部(57小節)の甘美な語り口も雅趣にとみ、古き良き時代のノスタルジーを感じさせてくれる。

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第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ/スケルツォと行進曲
sv0009l.jpgスケルツォは辛口の付点処理と短いフレージングによって、歯切れよく展開する。軽快なフットワークで駆け走る弦のスピーッカートや、刻むようなオーボエの行進メロディ、ピッコロを加えて軋むような音をたてるピッツィカート主題(37小節)など、すこぶる個性的といえる。弦がクレシッシェンドを重ねて走り出すダイナミックな躍動感と、頂点(69小節)で一発打ち込まれる大太鼓の衝撃感もチェックしておきたい。
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行進曲(71小節)は溌剌とした音楽運びが爽快だ。踊るように歌うクラリネットや短く切り刻む弦のフレージングは指揮者のセンスが際立っている。小結尾でティンパニのトレモロ(195小節)の「ペタペタ」と“つぶ”を強調した餅のような感触が耳の快感をあざとく誘っている。爆発したような総奏マーチの律動も聴き手の興奮を喚起し、思わずCDを指揮をしたくなる衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。

sv0009g.jpg2回目の行進曲の総奏に入る直前に、劇的な見せ場がやってくる。大太鼓とシンバルの一撃をぶち込むところ(282小節)で、マルティノンは大きくリタルダンドをかける。聴き手の度肝をぬく一発必中の大ワザだ。レトロな大家がやる“必殺の大減速”をフランス人指揮者が乾坤一擲、「阿吽の呼吸」でやってのけている。

怒涛ごとく突き進むコーダの迫力もすごい。切って捨てるようなリズムさばきや、獅子吼するブラスの生のような衝撃音には、ただもう驚くしかない。

「演奏そのものについていえば、第1楽章さいごの妙にピッチの高いホルンや、第2楽章の、主要主題の頂点でいちいちかかるルバートとか、第3楽章さいごの大見得を切ったような減速(よくある手)とか、首を傾げたくなるところもなくはないのだが、基本的にストイックな音楽の運び・音響で、非常に魅せられる。」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、同上)



第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0009z.jpg「ぐい」と弾き抜く不揃いのアインザッツから密度の濃い音楽が流れ出し、ホルンの切分音にのせて甘美な弦が「これでもか」と色艶をのせて名旋律を歌い出すところが聴きどころ。

主題を発展させて、綿々とストリンジェンドの頂点に向かって高揚してゆく場面は、この楽団特有のもってりとした厚味のあるハーモニーが名状しがたい気分を醸し出している。断罪の一撃が打ち落とされる81小節の骨力のある音とその衝撃感といったら!
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sv0009h.jpg号泣するようなブラスの対位や、えぐっては切って返す弓が魂をゆさぶるクライマックスは、まるで実演に接しているかのように音楽が生々しい。

パニヒーダ風の弔いコラールが絶望の影を落とし、悲痛な弦の調べがのたうつように流れてゆく。深々と弓を入れるバスの喘ぐような刻みも象徴的で、半世紀過ぎた今なお色褪せぬこの演奏は、後世に語り継いでゆきたい一枚である。


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[ 2014/04/26 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

オーマンディのブラームス/交響曲第1番

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ユージン・オーマンディ指揮 
フィラデルフィア管弦楽団
Recording: 1959.2.8 (SONNY)
Location: Town Hall, Philadelphia
Disc: SICC1580 (2012/10/24)
Length: 44:51 (Stereo)
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この〈ブラ1〉は、ソニーとタワーレコードの共同企画によってオリジナル・ジャケットで復刻された〈Sony Classical スペシャル・セレクション第6期〉の1枚で、ブラームス交響曲全集(1966年~68年)に先立つ1959年に、単独でセッション収録されたというめずらしいアルバム(世界初CD化)である。

オーマンディ=フィラデルフィア管といえば、その“華麗なサウンド”で一世を風靡した名コンビとして名高く、筆者は1978年の来日公演を聴いている。プログラムにはブラームス第1番が含まれ、コンサート前後に購入した廉価盤LP(SOCT18 1976年3月再発売)は、懐かしい思い出になっている。

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フィラデルフィア管のブラームスといえば、どちらかといえばゴージャスで華美な演奏をイメージしがちだが、実演で聴いた“ブラ1”は、巷で喧伝された華麗な演奏とはほど遠い地味なもので、筆者は期待をはぐらかされたたような気持ちになった記憶がある。この時オーマンディは齢(よわい)79。よちよち歩きの頼りない好々爺といった風体で、実演は68年盤よりもさらに渋い、弦を主体にした落ち着きのあるヨーロッパ風のサウンドだったと記憶する。

今回、復刻された2種のCBS盤を聴いてみると、そこには他の楽団では耳にすることが出来ない独特の色合いを帯びたサウンドや磨きぬかれた名人芸が随所に聴かれ、当時、学生であった筆者の耳が実演に接したにもかかわらず、これらを聴き逃していたとすれば、まことに情けない話である。

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演奏は、フィラデルフィア管の精緻を極めたアンサンブルの妙技とメロウなサウンドに魅了させられるが、演奏スタイルは2者の間で大きく異なっている。この59年盤は、重厚で落ち着きのある68年の全集盤に比べて短めのフレージングによって、シャッキリと若々しいスタイルで仕上げられているのが特徴で、前のめりになって突進するテンポ感がすこぶる爽快である。

とりわけ管楽器セクションの名人芸が特筆モノで、アンソニー・ジグリオッティ(クラリネット)、ジョン・デ・ランシー(オーボエ)、ウィリアム・キンケイド(フルート)、メイソン・ジョーンズ(ホルン)といった腕利きの奏者たちのパフォーマンスが随所に散りばめられているのが大きなご馳走だ。終楽章のコーダで見せるスコアの改変が熱く畳み掛けるアッチェレランドと相俟って、すばらしい効果をあげているのも必聴といえる。

「50年代末から60年代前半にかけて、フィラデルフィア管はそのサウンドを大きく変革しており、ふたつの録音にもそのことが顕著にあらわれる。68年盤が弦楽合奏に深々とした音色を与えたうえで、相互によくブレンドする管楽器群を重ねていくのに対し当盤は弦がより直截に鳴り響き、かつ強奏では録音が古いせいもあるのか、輝かしくもいくぶん金属めいた艶を帯びる。管楽器も独奏陣を中心に個性が強く、合奏では響きがよく分離して透明度の高さを感じさせる。」 相場ひろ氏による月評より、『レコード芸術』通巻第747号、音楽之友社、2012年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート

sv0008b.jpg厚みのある弦の半音階進行は、落ち着きのある中部ヨーロッパ風のサウンドで、弦を主体にしたバランスの取り方は、なるほど、ドイツの伝統に基づいたオーソドックスなスタイルだ。ティンパニの強打で決然と突入する主部の筆さばきは、60歳のオーマンディが見せる歯切れのよいスタッカートが印象的。

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昂奮の頂点(84小節)ではやみくもに力まず、颯爽としたフレージングで駆け抜けるあたりは、“粋”を感じさせるもので、牧歌主題(第2主題)を奏でるオーボエ、クラリネット、フルート、ホルンのメロウなサウンドにも耳をそば立てたい。

運命動機があらわれる小結尾(159小節)から展開部の闘争劇は、火花を散らすようなものではなく、美しい木管のハーモニーを明滅させながら、清澄で大らかな気分が支配する。コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(232小節)のシルクのような艶のあるストリングスによって、ゆったりとカノン風に高揚してゆくところは息を呑む美しさ!

反抗動機を繰り返しながら闘争の頂点(321小節)に駆け上がる場面のアタックの力強さや合奏の質の高さも充分に満足出来るもので、とくに再現部(339小節)からアンサンブルに切れが増してくるところも聴きどころだろう。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート

sv0008e.jpg緩除楽章は長閑でエレガントな風情に満ち溢れている。オーマンディといえば、とかくポップス指揮者”とか“何でも屋”と揶揄されて享楽的なイメージで捉えてしまいがちだが、「鳴らすべきは鳴らし、歌うべきは歌い、ヨタるべきはヨタる。曲自体が持つ起伏や曲折がどこもひっかかることなくすんなり伝わってきて、期待通りの感興が得られるので、カジュアル・リスニングに適している。」( 俵孝太郎氏による)

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大きな聴きどころは変奏風の主題再現(67小節)。夢から目覚めるようなフルベンの陶酔感とは違い、天国的でロマンティックな気分が横溢するのがオーマンディの真骨頂。村夫子然とした野暮ったい風貌でストコフスキーに見劣りするといわれたオーマンディだが、うら若き御夫人に蜜のような甘さで愛をささやくあたりは、この爺さん、ヤるではないか。

楽章の仕上げはデイヴィッド・マディソンの独奏ヴァイオリンが彩りを添える。ヴィヴラートをたっぷりかけた艶やかな美音と、適切なテンポ・ルバートによってメイソン・ジョーンズのホルンと絡み合うメルヘン的な気分はいかばかりであろう。第2楽章に関していえば、68年盤の独奏はこの上をいく空前絶後の美しさで、数ある名盤を凌駕する。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ

インテルメッツォは名手ジグリオッティ(クラリネット)の独壇場だ。まったりと逍遙する主題呈示と肉感のある3連音のオブリガード、ヘ短調で翳りを付ける第2主題などは名人芸を極めたものだ。中間部(トリオ)のキビキビとした進行や、主部へ回帰するところ(109小節)のフルベンを思わせる強奏などは気っ風が良く、トリオを回想するコーダの精妙な味わいも格別である。


第4楽章 アダージオ-アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ

sv0008f.jpgブラ1の“キモ”というべき序奏部の〈アルペン動機〉は、雄大にクレッシェンドを重ねるホルンの名技と、突き抜けた高音を発するキンケイドの息の長いフルートに腰を抜かしてしまう。荘重なコラールからスケール感を増していくゆたかなサウンドもフィラ管ならではのものだ。

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主部の音楽運びはシャッキリと歯切れがよい。“歓喜の主題”を早めのテンポで木管が唱和するところは歌心に溢れんばかりで、第2主題の弦の柔和なニュアンスや、第2句〈慰めの主題〉(132小節)を奏でる甘美なオーボエ独奏などは絶品といえる。

再現部後半の踏ん張りどころ(257小節)から、いよいよオーマンディの気合いが入ってくる。音を割ったホルンの強奏を重ね、その頂点(279小節)で「これでもか」と金管を打ち込んでいく荒ワザは手に汗握る展開で、〈アルペン動機〉を高らかに奏するクライマックス(285小節)の一撃もすさまじい。第2主題部の〈慰めの主題〉を奏する弦楽セクションの妖艶ともいえるフレージングは、聴き手を夢幻の陶酔境へと誘っている。

コーダは、バスと木管が第1主題をカノン風に出して金管のアタックをワイルドにぶちかます。“必殺のシンコペーション”で「ぐいぐい」アクセルを踏み込んでゆくところは聴き手をゾクゾクさせる名場面といってよく、ティンパニをどかどか叩き込んで韋駄天のごとく駆け走るストレッタの進軍(ピウ・アレグロ)に快哉を叫びたくなる!

力を込めて回想する〈コラール句〉の総奏(407小節)で、聴こえるはずのないティンパニの連打を追加しているのに仰天するが、このスコアの改変はトスカニーニもやっている常套手段。A-AS-Fis-G動機のあとにティンパニを強打する力ワザを開陳した後に、弦のストレッタ主題にティンパニを重ねて叩かせる(447小節)というオマケ付き。固いティンパニと明るいブラスの響きをゴージャスに響かせて全曲を力強く締めている。これは買って損のない1枚だ。


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[ 2014/04/16 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ミュンシュのメンデルスゾーン/交響曲第5番「宗教改革」

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メンデルスゾーン/交響曲第5番ニ長調作品107「宗教改革」
シャルル・ミュンシュ指揮
ボストン交響楽団
Recording:1957.10.28 Symphony Hall, Boston (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 27:08 (3ch-Stereo)
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メンデルスゾーンの交響曲は出版の順に番号が付されたため、第5番は作曲の順序でいえぱ2番目にあたる21歳の若書きの作品だ。 ルター改革300周年の祝典のために作曲されたものの初演は失敗におわり、その後に改訂を試みたが作曲者が納得しないまま放置されてしまった経緯がある。楽譜のタイトルは“教会改革の祝典ための交響曲”

筆者がこの曲を知ったのは学生のときで、小遣いを貯めて買った廉価盤が《イタリア》とカップリングされたミュンシュ盤だった。LPはボヤけた貧相な音質だったが、メンデルスゾーンらしいロマンティックな楽想と静謐な雰囲気をたたえた第5番の虜になってしまい、このレコードを骨までしゃぶるように聴いたのが懐かしい思い出である。

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ここで聴くミュンシュの演奏は一筆書きで仕上げたような豪快なスタイルで、敬虔な気分を宿しながらもクライマックスに向けて劇的に高揚する音楽がじつに感動的だ。中間楽章の美しい楽想をロマンティックに歌わせる手口も特筆モノで、とくに弦の上手さは抜群である。フィナーレの決めどころで絶叫する“やぐらの主題”の勝ち鬨を上げるような解放感も比類がなく、ボストン響の輝かしいオーケストラ・サウンドを堪能させてくれる。

SACDで甦った「リビング・ステレオ」はステレオ初期のRCAの高音質録音で知られるが、オリジナルは3チャンネルで収録されている。とてつもないダイナミック・レンジ、シルクのような弦楽器のしっとりとした味わい、木管のみずみずしい冴えた響き、目の覚めるようなブラスのシャープな輝きなど、クオリティの高いボストン・サウンドが目の前に鮮やに再現する。オーケストラの左右の広がりなどは驚異的でおよそLPの比ではない。

「ミュンシュらしく、直截な表現で、内部に情熱が燃えるような演奏だが、オーケストラを強引に引き締めており、造形は端然としている。このレコードでは〈宗教改革〉がいっそうスケールの大きい名演奏で、豪放な力と情熱がこの指揮者の堂々とした風格を示している。これは同曲中のすぐれた演奏のひとつである。」 小石忠男氏による月評より、RCL1009、『レコード芸術』通巻第363号、音楽之友社、1980年)


「メンデルスゾーンの交響曲第5番は、57年の録音。今日の感覚からすると重厚にすぎる印象もうけるが、いったんミュンシュの緩急自在な表現の術中にはまると、そうしたことなどどうでもよいと思えてくる。ボストン響の緻密で、自発性に満ちた溌剌としたアンサンブルはここでもきわめて雄弁に音楽を語りかける。」 岡本稔氏による月評より、BVCC7908、『レコード芸術』通巻第574号、音楽之友社、1998年)


第1楽章 アンダンテ-アレグロ・コン・フォーコ

sv0007e.jpg序奏部の敬虔な主題は《ドレンデン・アーメン》を借用した基本動機でカトリック教会をあらわす旋律だ。17世紀頃よりドレスデンの宮廷教会堂で用いられ、讃美歌567番の3として歌われているもの。管楽器の放つ鮮明なコラールとシルキーな弦の奏する〈アーメン〉の上昇旋律が静謐な気分をしっとりと湛えている。

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主部(42小節)は劇的で力強い。ロンドン交響曲(ハイドン)風の重厚な楽想を太い筆致でぐいぐい弦を押し込んで突き進むところがミュンシュらしく、主題の発展(86小節)から分散和音を華麗に弾き飛ばす凄腕の弦楽セクションに腰を抜かしてしまう。フガートから一気呵成に第2主題に突っ込む気っ風のよさが痛快といえる。

晴れやかな第2主題は、ボストン響の上質の絹を思わせる弦の美しい音色と、軽やかなフレージングを堪能させてくれる。大きな聴きどころは展開部(200小節)で、不気味に響く管のコラールに弦の刻みが緻密に応答を繰り返し、うねるようにクレッシェンドを重ねて総奏へ盛り上がってゆく場面に鳥肌が立ってくる。ゆるやかな進行形主題が劇的に盛り上がってゆくクライマックスは手に汗握る展開で、音楽はドラマティックだ!

sv0007h.jpgトランペットがつんざき、テンパニを加えた管と弦が2分音符の和音を交互に叩きつける371小節の決めどころは、指揮者が手の内に収めた“暴れどころ”で、百戦錬磨の強者であることをまざまざと感じさせてくれる。それもそのはず、家系がドイツ系であるミュンシュは、メンデルスゾーンにゆかりの深いゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターをフルトヴェングラーやワルター指揮の下でつとめ、メンデルスゾーン演奏の妙諦を会得したと考えても不思議はない。

コーダ(ア・テンポ)はティンパニとトランペットのリズムに導かれて第1主題が行進曲風に再現する。弦楽器が大きく波打ち、管楽器が絶叫するフィナーレが楽章最大のヤマ場で、ティンパニの乱打がくわわって音楽は烈火のごとく高揚する。指揮者が「ニヤリ」と“悪魔の笑み”を浮かべるや、指揮棒を風車のように振り回して大暴れする様が目に浮かんでくるようで、フィニッシュの暴力的ともいえるダメ押しの一手もすさまじい。


第2楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007b.jpg記念祭を祝う人々の喜びを歌った舞曲は、“スケルツォの達人”といわれたメンデルスゾーンらしい軽快な音楽で、〈アーメン〉の進行形と反行形を用いて高雅で妖精的な雰囲気を漂わせている。ここでは歯切れの良いリズムにのって、チャーミングに歌うボストン響の木管楽器がものをいう。指揮者のパッションが爆発するような総奏は、豪快で馬鹿陽気に弾んでいるところがユニークである。
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トリオは牧歌調のメロディーをオーボエが情緒ゆたかに歌い回す。ここで対声部のチェロとヴィオラが優美なメロディを滔々と歌い上げるところが大きなご馳走で、後半では哀愁を漂わせた楽想がうねるように流れ出すところは中世のロマン的香りが溢れんばかり。最後にクラリネットが楽譜にない装飾を入れる改変は、当時のアメリカで流行したものだろうか(トスカニーニは入れるがカラヤンは入れない)。

第3楽章 アンダンテ

〈アーメン〉の形を使った歌謡調の調べはロマンティックの極みで、美しいカンティレーナをしっとりと紡ぐボストン響の弦の美しさに酔わされてしまう。とくに第2楽句(21小節)の無言歌はこの楽章の白眉であり、哀しみを湛えた弦楽が啜り泣くように メランコリックな表情を擦り込んでゆくところは涙もの。第1楽章の第2主題を力強く回想し、“来たる勝利”への高まりを聴き手に早くも確信させるあたりがミュンシュらしい。

第4楽章 アンダンテ・コン・モート-アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007g.jpgフルートの序奏主題は、ルターが民謡から着想したコラール《われらが神は堅き砦なり》(Ein feste Burg ist unser Gott)で、賛美歌267番《神はわがやぐら》を引用したもの。ボストン響の輝かしいブラスのコラールが魅力たっぷりで、コントラ・ファゴットとセルパン(教会音楽用の低音楽器でテューバで代用)がくわわって、屁のように「ぶりぶり」と生々しく聴こえてくるのが驚きだ。
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「やぐら主題」を吹奏するクラリネットが動き出すと、いよいよアレグロ・マエストーソの主部(63小節)から力強い管弦楽が立ち上がる。とくに、この曲のキモといえるフガート楽想(92小節)では、8分音符の〈やぐら主題〉に16音符の分散和音を織り込む緻密な変奏を、巨匠は一筆書きのアーティキュレーションによって豪快に捌いてゆく。中低音をたっぷり響かせて弾きぬくボストン響の弦楽セクションの名人たちの弓さばきをお聴きあれ!

第2主題(121小節)も聴きのがせない。付点リズムを使ったコラールは楽天的な愉悦感に満ちあふれ、これが総奏となる141小節でミュンシュがダイナミックに爆発する。トロンボーンとセルパンを「バリリ」と打ち込むドスの効いた音楽は有無をいわせぬ迫力があり、熱気が漲っている。エピソード的なチェロの憂愁を帯びたメロディー(165小節)や、エネルギッシュに駆けめぐる第2フガート(198小節)にも耳をそば立てたい。

sv0007f.jpg大きなクライマックスは弦のフーガ伴奏の上に、全管楽器がユニゾンで〈やぐら主題〉を重ねる228小節。やぐらの歌を管楽器が「スカッ」と吹き抜く鮮烈な音場は驚異的で、間髪を入れずに第2主題の総奏がパンチを効かせて炸裂するところは、手綱をいささかもゆるめぬミュンシュの熱い心意気が伝わってくる。
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カトリックの〈アーメン〉を圧倒するように、プロテスタントの〈やぐら〉をユニゾンで絶叫するコーダ(305小節)もすさまじい。ホルンとトランペットが勝ち鬨をあげるように、ものものしくダメ押しする3連打が聴き手の興奮を誘っている。ミュンシュが類い希なパッションとボストン響の鮮烈なサウンドによって、忘れ去られた名曲の魅力をたっぷりと伝えてくれるお薦めの一枚だ。


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[ 2014/04/06 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)