セル幻のブラームス/交響曲第1番

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ジョージ・セル指揮 
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1957.3.1,2 (Sonny)
Location: Severance Hall, Cleveland
Disc: SICC1515 (2011/11/9)
Length: 42:28 (Stereo)
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途轍もない〈ブラ1〉が出現した。あまりの凄さに筆者は飛び上がって驚き、むしゃぶりつくように聴き入った。これほどの凄演が今までオクラ入りになっていたのが信じられず、レコード会社には、まだ日の目を見ぬお宝音源が数多く秘蔵されていることを実感した。

この〈ブラ1〉は、ソニーとタワーレコードの共同企画による〈Sony Classicalスペシャル・セレクション第5期〉の1枚で、CBSコロムビアの交響曲全集に先立つこと10年、ステレオ初期の1957年にエピック・レーベルに単独で録音され、一部の愛好家の間では“幻の名盤”として長らくその復刻が待ち望まれていたものだ。エピック・レコードは聞き慣れない名前だが、わが国ではコロムビア系の日蓄工業が設立したレコード会社で、黄地に外周を黒の放射線で縁取ったレーベルをご記憶の音楽ファンもいることだろう。(写真はベーム指揮ウィーン響の第九)

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このレコードが録音された頃は、セルがクリーヴランド管の音楽監督に就任して10年余、ドライステッィクな改革と徹底したトレーニングによって「ビッグ5」の地位に引き上げられた楽団は、そのアンサンブルの機能美に磨きが掛かけられた全盛期にあった。

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演奏は一分の隙もなく音のキメが整えられ、その精密なオーケストラ演奏の極地を心ゆくまで堪能させてくれる。驚くべきは筆勢の強さで、弦を主体とした音楽運びは贅肉を削いだ筋肉質的なまとまりを持ち、端正でしかも骨組みのしっかりとした強靱なオーケトラ・サウンドが全曲を貫いている。

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浪漫的な気分に溺れることのないセルの棒さばきは厳正を極めたもので、研ぎ澄まされたアーティキュレーションや、一糸乱れぬユニゾンの動きなど、楽節の隅々までをもオーケストラをひとつの楽器のように操っているところは驚異的である。一点一画をも忽せにしない厳格さで楽員を統率し、緊張の糸がいささかも弛緩することなく、緊密なアンサンブルから途轍もない劇的効果を生みだしている。

「この1957年盤は、セルの解釈に1967年盤と基本的に大きな相違はないが、注意深く聴いていくと、1957年盤の方が、指揮者として最も脂がのった時期(59歳)ということもあり、リズムやフレーズの処理に一段と冴えを見せていることがわかるだろう。各パートが指揮者の棒に完璧に反応し、セルが求める音楽を阿吽の呼吸で忠実に再現している。このコンビの黄金時代の響きを、ブラームスの機能美にあふれる名演奏を通じて味わえるこのCDは、音楽ファンのかけがえのない宝物である。」高木正幸氏によるライナーノートより)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌートsv0020c.jpg
密度の濃い強圧的な弦の半音階モチーフが有無を云わせぬ勢いで進行し、固いティンパニの一撃は強固な意志を示す“鉄人セル”の面目躍如たるところだ。入念に練りまわす弦が桁外れの勢いで上昇し、オーボエ、フルート、チェロが絶妙に歌い継ぐところは、「ミスでも犯そうものなら大変なことになる」奏者の異常な緊張感がぴりぴりと伝わってくる。

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主部を宣言する鋭利なティンパニの一打に仰天するが、音の職人セルは室内合奏団を一分の隙もない棒さばきで締め上げる。内声の刻み目を「ぴしり」と整え、緊密なシンコペーションとリズミカルなスタッカートによって、シャッキリと頂点(97小節)へ駆け上がるところは、精密なメモリで計測したかのような拍節感が聴き手の快感を誘っている。

木管とホルンが抒情的に呼び交わす第2主題は余情を廃し、聴き手に甘い夢を抱かせない。弦の律動を鋭く入れて、すぐさま攻撃態勢を整えるところは“必殺仕事人”セルの本領発揮といってよく、シンコペートされた弦をぐいぐい弾きぬき、「ガッ」と喰らいつくような付点処理によって峻厳と展開部に突き進む(リピートなし)。

sv0020d.jpg展開部(189小節)は、統率された高性能の弦楽アンサンプルの腕の見せどころだ。〈運命動機〉のリズムから力強く発展するコラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(233小節)と獅子吼するホルンから雄渾な気分が湧き上がるが無用に高ぶらず、セルは合奏の精度で勝負する。ぴたりと着地を決めるアンサンブルの見事さは、100点満点の体操の演技を見ているようである。

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セルは楽員に妥協を許さぬ厳しいトレーニングを課したことも有名で、完璧な演奏を目指すリハーサルは「週7回のコンサートがあり2回に客が入っているに過ぎない」と囁かれるほど徹底していた。音楽を細かくパート別に分解し、完璧なアンサンブルを組み上げる緻密さは“外科手術”にもたとえられ、セルが客演でNBC交響楽団に冷酷なメスを入れたとき、あのトスカニーニでさえ悲鳴を上げたといわれる。

sv0020e.jpg最大の聴きどころは、反抗の精神が高まる展開部後半(294小節)。「行くぜよ」と云わんばかりに音量を増し、弦の下降動機と管の反抗動機が交互に弾むようにかけ合うクライマックス(320小節)は鳥肌の立つすさまじさ。この勢いが寸分の狂いもなく、再現部の頭にぴたりと収斂するさまは、まさに“究極の職人芸”といえる。

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再現部(339小節)は音楽に切れと精度がさらに増し、シンコペートされたカデンツ終止から付点フレーズ(ff)にギア・チェンジするコーダ(459小節)は、歯切れの良い連打が冴えわたる。ティンパニと裏打ちの弦のアタックが、リズムをバネにしてクレッシェンドしていく“決めどころ”は、ピンポイントでリズムの目を噛み合わせる精巧な歯車のようで、楽員をねじ回しで締め上げる非情なセルと、腹の中で「あの野郎・・・」と憎悪をいだく楽員たちの姿が目に浮かんでくる。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌートsv0020f.jpg
ゆったりとした歌謡風の楽想を、セルは均質な響きによって端正に表現する。適度なテンポ・ルバートを用いるが決して歌いすぎることはなく、甘美な陶酔境に落ち入ることも固く戒めているかのようだ。切分音で綴る第1主題の変奏は嫋々と揺れることなく、中部ヨーロッパ的な落ち着きのあるサウンドによって、折り目正しく歌われる。

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第2主題を奏でるオーボエが抜群に上手く、中間部(39小節)のコロラチュラ風主題を哀しげに歌うオーボエと、これを歌い継ぐクラリネットの透明度の高い間奏も大きな聴きどころだろう。第3部で歌われる独奏ヴァイオリンは、むせるような浪漫の香りは控えめに、気高い気分が清潔に流れてゆく。太い音でフィナーレのアルペン・ホルンの期待をそそるのは、首席奏者のマイロン・ブルームだろうか。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソsv0020g.jpg
インテルメッツォは柔らかな木管と温もりのある弦の歌が緊密に流れ、楽曲の隅々までを端然と統制しているのが驚きだ。決して情緒に流されることなく、さりげない歌の中にもセルは精緻なバランスを怠らず、アンサンブルの可視化を実現している。

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第2主題(45小節)とトリオ(70小節)は名人オーケストラならではの速攻に驚かされるが、セルは室内楽団でなければ困難なテンポ設定によって、オーケストラの臨界線に挑戦する。整然とさばく合奏の中からピッツィカートのつぶ立ちまでがよく聴こえるというのも音の職人セルらしく、第2トリオでメタリックなトランペットがくっきりと明瞭に鳴りわたるところも、愛好家にはたまらないご馳走だろう。


第4楽章 アダージオ(序奏部)sv0020h.jpg
端正で骨組みのしっかりとした序奏部の緊迫感は無類のもので、楽節の隅々までが緊密にコントロールされている。この曲の肝であるアルペン・ホルンの根太い動機〈クララ主題〉が大きく飛び出すが、張りのある強い響きは「もうこれ以上音がでまへん」と悲鳴をあげる奏者に鞭を打つ無慈悲なセルの姿が浮かんでくる。

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主部の〈歓喜の主題〉(62小節)はセル室内合奏団が快調なテンポで歌い出す。強いピッツィカートから立ち上がるアニマートの総奏は頑なにインテンポをまもり、鋭いアクセントを配して厳格に突き進む。アルペン動機の強烈な合いの手や、綱渡りのようにひりひりと歌うオーボエのソロは、悲壮感すら漂わせているところがおもしろい。

弦のトレモロで開始する展開部(142小節)は冷徹な指揮官セルの独壇場だ。闘争本能に火が付いたかのように楽員を締め上げ、殺気立ったように一本槍で突撃する。目の覚めるような管の3連音リズム(168小節)を叩き込む人間離れしたビート感覚は、“セル工房”の機械職人を思わせる精密さ。

sv0020i.jpgぐいぐいテンポを速めて歌い出す再現部(185小節)は、整然としたアンサンブルに気勢がくわわって、まるで実演のように熱のこもった力演を繰り広げるのが嬉しい不意打ちだろう。圧巻は活火山が爆発したような総(220小節)で、力を籠めて弾きぬく奏者のパッションもさることながら、弦の下降フレーズをモザイク模様の連続のように彩る精緻な合奏美に背筋がゾクゾクしてしまう。

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セルが万博公演で来日した1970年、会場の下見に現れたセルが、時期を同じくして来日していたカラヤン=ベルリンフィルのリハーサルと鉢合わせした時、「いったいどこのオーケストラが練習してるんだ、上手くねえな!」と言い放ったのもセルらしく、技能集団を鍛え上げたセルにしてみれば、ベルリンフィルなどアマチュアに毛の生えた程度のものにしか聴こえなかったのだろう。

sv0020k.jpg弦の強いリズムが裏拍から切れ込む257小節もすさまじい。「これでもか」と強烈なリズムさばきで、情け容赦なくホルンをけしかけるところなど鬼神に取り憑かれているとしか思えない。その“最頂点”285小節)で乾坤一擲、「ビシッ!」と叩き込む強烈なffは、管楽器の音がビリつくほどの熾烈さで、音を割ったアルペン動機のホルンなど、必殺仕掛人的な大芝居をクールに決めるところに快哉を叫びたくなってしまう。

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セル=クリーヴランド管の超絶技はまだまだ続く。第2主題第2句(316小節)の弦の歌い回しの秀麗さも特筆モノだが、とてつもないスピードで分散和音のトレモロを弾き飛ばす弦の威力はあまた存在するレコードの中で冠絶したものだ。4分音符を切り刻むようにコーダに突入する溌剌とした躍動感も比類がない。

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フィナーレに突入するシンコーペーションの決めどころは、一気呵勢のアッチェレランドで畳み込む。歯切れよく駆け走るピウ・アレグロの進軍、絶叫するコラール、整然と打ち込む賛歌〈A-As-Fis-G動機〉強烈なトロンボーンのロングトーンなど、 「これぞプロフェッショナル!」と叫びたくなる練達の技を玄人集団は開陳する。どっしりと構えて締める終止打撃は仕事師セルの確信にみちたもので、これは是非ともコレクションに加えたい空前絶後の〈ブラ1〉だ。


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[ 2014/08/24 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

アンチェルのスメタナ/歌劇〈売られた花嫁〉序曲

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スメタナ/歌劇「売られた花嫁」序曲
カレル・アンチェル指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.9 Rudolfinum, Praha
Level: Supraphon
Disc: COCQ84484 (2008/6/18)
Length: 6:22 (Stereo)
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このディスクは、スプラフォン・ヴィンテージコレクションの〈カレル・アンチェルの芸術〉(全10枚)と題したシリーズの1枚で、オリジナル・マスターからの復刻によって再発売されたものである。これらはチェコフィル全盛期“燻し銀サウンド”を堪能させてくれるお宝CDで、廃盤になってしまう前に是非とも揃えておきたい名盤ばかりである。

sv0019b.jpgアンチェルがターリッヒと共にチェコ屈指の指揮者といわれるのは、1950年から1968年の亡命までの18年間、チェコフィルの首席指揮者をつとめ、チェコフィル第2の黄金期を築いたことにほかならない。戦後の混乱のさ中にあったチェコフィルを立て直すために楽員を入れ替え、徹底したパート練習によってアンサンブルを鍛えあげ、ローカルな楽団を機能性をも兼ね備えた超一流のオーケストラへと育て上げたとされる。
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「アンチェル時代のチェコ・フィルはその前後のクーベリックやノイマンとは明らかに異なる独自の雰囲気とカラーがある。あえて言えば峻厳にして明晰。同じオケの素材を使いながらもアンチェルの描き出す音楽には、“無難さ”をよしとしない厳しさが漲っている。」 斎藤弘美氏による月評、『レコード芸術』通巻第666号、音楽之友社、2006年)


チェコフィルがはじめてわが国へやって来たのは1959年のことで、この時アンチェルは、同行のスロヴァークとともに指揮をした。はからずも、時期を同じくして来日していたカラヤン=ウィーンフィルに勝るとも劣らぬ演奏を披露して聴衆を魅了したといわれる。家族を収容所で虐殺されたユダヤ系のアンチェルは、同じ1908年生まれで、ナチ党員であったカラヤンをつよく意識し、激しい対抗意識を燃やしていたという。

sv0019c.jpgスラヴ系作曲家の作品を集めた管弦楽曲集の中で、とくに極めつけの演奏が《売られた花嫁》序曲。いわゆる“お国もの”を一筆書きの鮮やかさで仕上げたパッションと演奏技術の高さは冠絶しており、緻密なアンサンブルから繰り出される生き生きとしたリズム感覚、溌剌とした歌い口、畳みかけるような白熱したコーダの高揚感がすばらしく、とくに弦パートの覇気に溢れた表現と技巧の高さは比類がない。

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「どの曲も好演揃いのオムニバス盤と言える。力感を打ち出すときも、旋律の抒情を際立たせるときも、アンサンブルは率直に音楽反応する一方で、オーケストラの手綱を緩めることなく、引き締まったテンポ設計を土台に颯爽と合奏を捌いていく。スラヴ系の作品を収めた当盤では、そうした知情意のバランスのよさのために、作品の民族的な色合いを適度に生かしながらも、コンパクトで気品を感じさせる演奏が可能となった。チェコ・フィルは管の音色にやや強い癖があるが、渋さの中に底光りを感じさせる弦が聴きものだ。」 相場ひろ氏による月評、『レコード芸術』通巻第695号より、音楽之友社、2008年)


《売られた花嫁》は、ボヘミアの小さな農村を舞台とする喜劇風オペラ。主人公のマジェンカはイェニークという恋人がいるにもかかわらず、両親の借金を理由に地主のドラ息子と結婚させらられそうになる。狡猾な結婚仲介人ケツァールが両親の借金を帳消する代償として、地主の息子以外とは結婚しないとマジェンタに誓約させるが、じつは恋人のイェニークは地主のもうひとりの生き別れになった息子であることが判明、欲深の仲介人にいっぱい食わせて二人はめでたく結ばれる。


ヴィヴァーチェシモ 2分の2拍子 序奏、提示部
sv0019d.jpgスラヴ舞曲風の軽快な小股にひた走る賑やかな導入主題からして、「ぴしゃり」と揃った緻密なアンサンブルに魅せられてしまう。激しい勢いで飛び出す躍動的な第1主題は、特異なアクセントを効かせたスフォルツァンドと、4拍目に弦を「ガッ」と噛みつくようなモチーフが途方もない緊迫感を生み出している。

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第2ヴァイオリンが小刻みに第1主題の走句を延々と駆け続け、第1ヴァイオリンが、ヴィオラとチェロが、そしてチェロとコントラバスが順にフォルティシモで喰らいつく激しい音楽に興奮してゾクゾクしてしまう。特に低音弦がツボを押さえたように「ザリザリッ」と刻み込むところは痛快そのもので、胸のすく思いがする。

sv0019h.jpgメリハリの効いたアクセントと、冷徹ともいえる精緻なリズム感覚によって、猛烈な勢いで突入する全管弦楽のクライマックス(第2主題)は陽気なボヘミア舞曲。シンコペーションを「ぐい」と弾きぬき、アクセントに力を籠めて突き進む。162小節のリズム主題の苛烈なまでのスフォルツァンドの打ち込みと、その強弱感覚の見事さは比類がない。「シャキシャキ」と弾むようなスタイルとその独特の感覚は、彼らが手の内に収めた妙諦としか言いようがない。

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展開部(170~220小節)
木管による序奏主題と第1主題の走句が短く再現すると、木管による可愛らしい中間主題があらわれる。第2ヴァイオリンの刻みにのって、ひなびたオーボエの歌う哀愁たっぷりのメロディーがたまらない。これを受け取る弦の穏やかで優美な歌い口も魅力たっぷりだ。

再現部(221~318小節)
sv0019f.jpgティンパニの目の覚めるようなタタキ込みを合図に、いよいよ鍛え抜かれたチェコフィルの超絶的なアンサンブルがその本領を発揮する。フガート的にまろやかな木管が順に第1主題を紡ぎ、これに弦の後打ちが複雑に絡んでゆくところの弓さばきは“絶妙の極み”というほかはなく、弦楽奏者の腕は冴えに冴えている。鋭利な刃物で「すぱっ」と切るがごとく弦の歯切れの良さは抜群だ!

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まろやかなクラリネット、翳りのあるファゴット、ほっこりと響くホルン、ヴィオラとチェロの木質感のある刻みなど、チェコフィルならではの艶を消したような鈍い光沢を帯びた古めかしいサウンドもたまらない。流れるような弦の応答モチーフが出てくると(273小節)、「ここぞ」とばかり猛烈なクレッシェンドをかけ、爆発するように第2主題の舞曲の総奏へと雪崩れ込むところが大きな聴きどころで、興奮して思わず指揮したい衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。

終結部(319~466小節)
sv0019g.jpgコーダの苛烈極まるリズム主題の打ち込みもすさまじい。「これでもか」と弦の楔を打ち込んでくる熱気漲るアクセントと「ぴしり」と整ったアンサンブルの切れがとてつもない興奮を呼んでいる。トランペットの合いの手の打ち込みも気合い充分。第2主題を木管がしみじみと回想したあとに、中低弦のさざ波を伴奏に、いよいよヴァイオリン群が「待ってました」とばかりに勢いをつけて走り出す。

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ばりばり弾き飛ばして高音域へと駆け上り、激情的ともいえる表現によって一気呵成に畳み込む。引き締まったアンサンブルに鞭を入れ、韋駄天のように目まぐるしく駆け抜ける俊敏極まる表現はアンチェルの独壇場で、弦楽パートの覇気に富んだパッションが、聴き手に興奮と痛快な余韻を与えている。アンチェル=チェコフィルの最盛期をつよく印象づける一枚だ。


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[ 2014/08/13 ] 音楽 スメタナ | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのモーツァルト/交響曲第40番

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モーツァルト/交響曲第40番ト短調 K550
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.12.7,8&1949.2.17 Musikvereinsaal
Recording Producer: Walter Legge (EMI)
Balance Engineer: Douglas Larter
Length: 24:29 (Mono) Olsen No.145
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ディスコグラフィによると、フルトヴェングラーによる《第40番》の演奏は4種の録音が存在する(3の米Music & Arts盤は1と同一録音とされる)。これらの音源の中では、ウィーン楽友協会でセッション録音されたウィーンフィルによるEMI盤が、録音条件や演奏の質の高さからいってもまず第1にチョイスすべきもので、フルトヴェングラーの奥義を刻印した格調高いモーツァルト演奏だ。

No.Orch.DateLocationOlsenSource1mov.2mov.3mov.4mov.Total
1VPO1944.6.2,3(L)Wien FURT10155:338:214:454:3423:13
2VPO1948.12.7,8他Wien14590811925:15*8:324:244:3622:47*
3VPO1949.2.8(L) Wien148CD2585:338:214:414:3323:08
4BPO1949.6.10(L)Wiesbaden168FURT10215:519:084:244:4024:03

4つの録音を聴き比べてみると、演奏上の相違点があるのにお気づきの方も多くいらっしゃるだろう。第1楽章のテンポが非常に速いこと以外に、第1楽章提示部を反復、クラリネットのない初版の楽譜を使用、第2楽章第2主題の前打音G(39小節)をFで、第3楽章(13小節)のスラーをスタッカートで演奏している、などである。

Orch.LevelSource使 用
スコア
第1楽章
提示部反復
第2楽章
前打音
第3楽章
13小節
VPOTahraFURT1015第2版×slur
VPOEMI9081192初 版staccato
VPOMusic & ArtsCD258第2版×slur
BPOTahraFURT1021初 版×slur


第1楽章 アレグロ・モルト

「次に控える曲は、フルトヴェングラーにとって例外的に厄介なモーツァルトの交響曲第40番だった。巨匠は背筋を伸ばし、ステージに向かって力強く歩み出した。会場は割れんばかりの拍手が埋めた。顔の前に構えた指揮棒が暫時ためらうよう震えていたが、やがて空を截り、冒頭のヴィオラ群が分散和音の緊迫したさざ波を奏で、すぐにヴァイオリン群がモーツァルトの書いた旋律の中の白眉ともいうべき名旋律を歌い出した。しかし、それはやや咳き込んだように演奏された。(略)この第1楽章から、スタンダールのいう“甘美な憂愁”を描写するつもりは巨匠には毛頭なかった。死の匂いのする寂寥と結晶化された悲哀こそ、この曲の本質であるべきだった。そのためには誰よりも速く疾走しなければならなかった。この涙の追いつけないテンポこそが、壊滅を目前にしたドイツにふさわしい挽歌だった。~1945年1月23日ベルリン、於アドミラル・パラスト」 宇神幸雄著 『ニーベルンクの城』より、講談社、1992年)


せかせかと急き立てるような第1楽章のテンポに仰天するが、前へ前へと進む動的なテンポによって曲のもつ悲劇性がおのずと浮かび上がり、しかも崇高な気分を宿しているところは、まぎれもなく巨匠の音楽である。いたずらに甘ったるい感傷を求めぬ巨匠の厳しくも高潔な精神こそが、この演奏の醍醐味といえる。
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「当時のぼくはモーツァルトの《第40番》、とくにその第1楽章が好きでたまらなかった。ところがどのレコードを聴いても演奏が気に入らない。いずれもテンポが速すぎ、旋律は歌われず、モーツァルトの憂愁は単に素通りされるだけである。フルトヴェングラーのLPが発売されたときには胸をときめかして聴き入ったものだが、何ということだろう。極端に速いテンポで嵐のように吹きすぎてしまった。みごとに肩すかしを喰らったわけで、あのときのいまいましさは現在でも忘れることが出来ない。」 宇野功芳著『モーツァルトとブルックナー』より、星雲社、1984年)


sv0018c.jpg“ため息”の短い強奏(16小節)は、激情の嵐の中に我が身を投ずるような小ドラマを形成する巨匠の気魄が籠もり、弓に勢いをつけて躍動する変ロ長調の総奏(副主題)も力感が漲ってる。生誕125周年を記念して発売されたシェル・ボックス仕様(3CD)の輸入盤はリマスターの音質も良好で、とくに“ため息”の強奏でフルートが突出してきこえてくるところは、とてもSP録音とは思えぬ透明度の高い響きである。

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変ロ長調で奏でる物憂い第2主題(44小節)は、やみくもにテンポを落とさず、深淵で厳粛な気分が漂っている。ウィーンフィルの甘美な弦をほどよく引き締め、深い呼吸で紡いでゆくフレージングはコクがあり、主情を盛り込みながら力強く突き進むコデッタ(提示部結尾)は、巨匠の激しく揺れ動く情感に溢れんばかり(提示部を繰り返す)。

sv0018d.jpg峻厳と打ち込まれる2発の和音打撃で宣言する展開部(101小節)は、めまぐるしい転調の中で声部を交代しながら主題を織り上げるところが大きな聴きどころで、巨匠は錯綜する対位法の綾を明確に、しかも堅固に構築する。ザリザリと張り出す豪壮な低音弦の分散和音も圧巻で、上行と下降を熾烈に繰り返すスフォルツァンド・パッセージのクライマックス(152小節)は、慟哭が極まった感があろう。

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奈落の底に落ちてゆく半音階下降の中から、悲しみ(第1主題)がそこはかとなく現れるように弾き出される再現部(164小節)は、ウィーンフィルがポルタメントをかけてしっとりと歌い出す。妖艶ともいえる豊饒な上行ポルタメント(185小節)から「はっ」とするような転調によって、豊かなニュアンスが迸るあたりは巨匠の秘術といえる。

上昇スタッカートの副主題から拡大する総奏(198小節)は、上行動機の変形と分散和音を「がっつり」と噛み合わせ、いささかの躊躇もなく強いリズムで性急に歩を進める巨匠の力業をとくと堪能させてくれる。淋しげなオーボエとファゴットの対話、強く引き締まった造形、意味深げな終止など、いずれをとっても巨匠の奥義を開陳したものといえる。


第2楽章 アンダンテ
アンダンテの緩除楽章は、哲学的な瞑想にふけるような厳粛な音楽だ。深い響きで織り上げる半音階進行や、休符を挟んだ32音符の副主題は、優しい表情の中に無限の悲しみを湛えつつ、慰めの気分をも宿している。

sv0018e.jpg咽び泣くような第2主題(37小節)は、「天使がすすり泣く」(宇野功芳氏)ような女々しさはなく、深沈としたたたずまいと端然としたフレージングから“神秘の歌”が弾き出されてゆく。ここで39小節の前打音がGではなく1音下げたFであるのが奇妙ではあるが、これはワルター盤でも聴かれる改変で、当時の初版の古いスコアがそうなっていた可能性はないか。

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クライマックスの展開部(54小節)総奏は、同音反復の主題と休符を挟んだ32分音符の主題が、管弦の役割を交代しながら音量を増してゆくところが聴きどころだ。半音ずつ上昇するバスの確固たる歩みにのって、8分音符の同音反復が32音符に収束する場面は、ゴチック建築を思わせる壮麗な響きがいかにも巨匠風。

この第2楽章には複数のテイクが存在するとされ、一度録音されたものが翌年の2月17日に録り直されたという。最初のテイクはカッティング上の問題が生じ、再録音ではテンポを速くすることが要求されたとされ、マトリックス番号 (2VH7112-4、2VH7113-6) の末尾が4と6になっていることから、再録音は難航したであろうことが指摘されている(平林直哉氏による)。


第3楽章 メヌエット-アレグレット
sv0018i.jpgゆったりと心地のよいリズムが躍動するメヌエットは、インブリオで進行するウィーンフィルのフレージングの妙味を堪能させてくれるが、音楽はすこぶる厳粛である。第1メヌエットの終わり(13小節)で4分音符のスラーをスタッカートで弾いているのには驚かされるが、これは他のライヴ盤にはみられない改変である。

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対位法を厳格に織り込む第2メヌエットも低音リズムがゆたかに息づき、2つのトリオで見せる木管の鄙びた味わいや、狩りを思わせるウィンナ・ホルンの素朴なアーチが魅了たっぷりで、牧歌的な気分にあふれんばかり。

尚、第3楽章に関しては、冒頭の音がわずかに欠けていることが以前から指摘されている。これはHMVがSPからLPのマスターに転写する際に犯したミスで、第4楽章にみられる音荒れの問題と同様に、この原盤が世界中に流布されているという(平林直哉氏による)。従って、まったく欠落のない演奏を聴くには、SPから板起こしされたCDを聴くしかない。


第4楽章 「フィナーレ」、アレグロ・アッサイ
sv0018j.jpg音楽が激しく走り出すのは第1主題が8分音符の分散和音で展開する31小節からで、馬車馬に鞭を打って駆り立てるような疾走感はまぎれもなく“フルベン節”。全管弦楽の咆哮とせわしい走句が聴き手をゾクゾクさせる興奮を喚起する。地響きを立てるように迫ってくる力強い低音弦の分散和音もすさまじい。

写真は米Music & Arts盤 (CD-258)

ポルタメントをかけて弦が麗しく歌い出す第2主題(71小節)も大きな聴きどころだ。バスの無い滑らかな声部を詠嘆調のカンタビーレによって、しっとりと悲哀を歌い上げるところがたまらない。これをメリスマで歌い継ぐオーボエが束の間の歓びを語りかけるが、遠くを見つめる作曲者の眼には哀しい涙が浮んでいるのを見逃してはならない。

展開部(125小節)は巨匠の烈しいドラマが燃え上がる。筆圧の強いアインザッツによって、荘厳なユニゾンを突き上げるところはフルベンの面目躍如といってよく、緊密な対位法をがっちりと展開しながら、ストレットで劇性を高めてゆくところはオーケストラが抜群の機動力を発揮する。展開部が終止する1拍半の休止の緊迫感も無類のものだ。

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再現部(206小節)も巨匠の確固たる足取りに揺るぎがない。惜しむらくは、228小節の総奏から音が荒れ出すことで、LPの時から第4楽章の音質が指摘されていた。

その点、英HMVのSPからストレートに板起こしされたオタケン盤(TKC305)は、針音の問題はあるがヴェールを一枚剥ぎ取ったような鮮明なサウンドに驚かされ、音荒れもさほど気にならない。一方、独エレクトローラのSPから復刻したグランドスラム盤(GS2056)は、高域ノイズが極めて少なく、低音のよく入ったやわらかな音が心地よい。

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コーダ(286小節)は疾風怒濤の嵐が吹き荒れる。崩壊の寸前までテンポを速めて破滅へと突っ走り、巨匠が全身全霊でのめり込むところは鳥肌の立つすさまじさで、音楽は激情の炎となって「悲劇の交響曲」をドラマティックに結んでいる。これは、フルトヴェングラーが甘美さを廃し、悲劇のパトスを刻印した究極の《第40番》である。


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[ 2014/08/02 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)