ザンデルリングのシベリウス/交響曲第3番

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シベリウス/交響曲第3番ハ長調 作品52
クルト・ザンデルリング指揮
ベルリン交響楽団
Recording: 1970 Christus-Kirche, Berlin (DENON)
Source: Ariola-Eurodisc GmbH, Munich
Disc: COCO70829/30 (2006/12/20)
Length: 27:32 (Stereo)
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交響曲第3番はシベリウスの作風が大きく転換した端境期にあたる作品で、トゥウスラ湖に望む静かなヤルヴェンパーの山小屋「アイノラ荘」(アイノは夫人の名)に居を移した時期と重なっている。劇的効果は大きく後退し、簡素でひめやかな雰囲気の楽想は詩的情緒に包まれ、第1楽章や第2楽章の叙情的な調べはシベリウスを代表する名旋律といえる。

東ドイツ出身のザンデルリングは、得意とするシベリウスの交響曲を旧東ドイツのベルリン交響楽団と、オイロディスクシャルプラッテンの両レーベルに跨って全曲録音している。最初にセッションを組んだのが〈第3番〉と交響詩〈伝説〉を組み合わせたオイロディスク盤で、筆者はかつて廉価盤LPを聴いてその音の良さに驚いた。オイロディスク盤を2枚セットにしたCDは〈クレスト1000〉シリーズ屈指のお買い得品ではないかしら。

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ここではザンデルリングがオーケストラをことさら煽り立てず、ソフトで耳当たりのよいサウンドが展開する。弦楽の繊細で緻密なアンサンブルと、木管セクションの素朴で詩情味溢れる情景描写の美しさは比類がなく、北欧の森の情景と春が到来する喜悦を清々しく歌い上げている。寂寥感たっぷりの第2楽章も泣かせてくれるが、フィナーレに出現する〈コラール〉を勇壮なトリルで吹きぬくホルン・セクションの活躍も聴きどころである。

「ソヴィエトという国で長く活躍したからということでもないだろうが、ドイツ人指揮者の中で、ザンデルリングはシベリウスの音楽の冷涼な感触をぴたりととらえることの非常に上手な一人である。むしろ彼の指揮は不器用なところもあるほどだが不思議と波長が合っている。」 ONTOMO MOOK 『クラシック名曲大全・交響曲篇』から大木正純氏による、音楽之友社、1998年)


「ときどき理屈っぽくなる指揮者だがここにはそれがなく、よく流れ、感情がしっかり音に密着している。このレコードは音がよい。」 大木正興氏による月評より、OC7122、『レコード芸術』通巻第327号より、音楽之友社、1977年)



第1楽章 アレグロ・モデラート
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C音ではじまる行進曲風の第1主題は清々しい弦楽合奏が心地よく、田園情緒を感じさせる質素な味わいがある。これに応える木管のお祭り囃子のような楽句は、春を待ちわびる小鳥たちの囀りだ。4本のホルンが森の中から湧き出ずるように、朗々と〈喜びの主題〉(副主題)を吹き放つ場面(29小節)が最初のヤマ場で、トランペットが加わって吹奏するところは大自然の歓びに溢れんばかり。

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聴きどころはロ短調に転調した練習番号3(40小節)の第2主題。小刻みの伴奏を伴って、チェロが交響詩《伝説》の一節とよく似た物憂いメロディーを歌い出す。ひめやかに口ずさむ歌が北欧の冷たく澄んだ空気を運んでくるようで、森がざわめくような弦の小刻みの走句や、反進行音階のフルートと弦の冷涼な対話が北欧の気分を高めている。

sv0023e.jpg展開部(練習番号6)は第1主題の断片を散りばめた繊巧なアンサンブルが聴きどころだ。キメ細かな弦の刻み、バスの「ザラリ」とした質感、木管楽器の発するひんやりとした感触が耳に飛び込んでくる。木管の対位法的なフレーズは森の精霊の木霊のように絡み合い(練習番号7)、その煌めくような美感は〈第3〉の中でも冠絶している。

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ヴィオラのゆるやかな波の中から、沈鬱なファゴットの第2主題が浮かび上がる仄暗い情景も格別で(練習番号8)、これを肉感のあるクラリネット、オーボエが歌い継ぎ、ティンパニの長いトレモロと弦の分散和音で急迫的に盛り上がってゆくところがこの楽章のクライマックスだ。断片的な動機は活気を増し、霧が晴れたように第1主題の全貌が力強く再現する(164小節)。

sv0023f.jpg春の到来を祝福するような第1主題の行進曲は活気に溢れ、歯切れの良い弦の刻みが快調なテンポで躍動する。はしゃぐような喜悦を満面に湛える木管と、たっぷりと沸き上がるホルンの副主題は解放感に充ちている。弦のユニゾンで奏でる第2主題の再現(練習番号13)は恬淡な中にも哀愁を漂わせ、木管の煌びやかなリズム打ちが名旋律を繊美に彩ってゆくところにも耳をそば立てたい。

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〈コラール風副主題〉と第1主題が清澄に謳われるコーダはしっとりと情趣深く、大自然を慈しみ、それが祈りにも通じる崇高な気分へと高めている。スルGでたっぷりと響く弦の反進行の音階が、聴き手をしみじみと北国の抒情に浸らせてくれる。


第2楽章 アンデンテ・コン・モルト、クワジ・アレグレット
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孤独な面もちで、繰り返し、繰り返し歌われるエレジー(悲歌)風の主要主題は、一度聴いたら病みつきになりそうな名旋律だ。主題の断片と2小節の副主題を提示したあとに、13小節から1回目はフルートが、2回目はクラリネットが、3回目はフルートとクラリネットのデュエットがひめやかに北国の悲話を歌い継ぐ。

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暗く沈んだ陽、凍てついた大地、霧の深い森といった白夜の情景が、スルGで歌われる弦の淋しいモノローグによって目の前に浮かんでは、これが幻のように消えてゆく。木管が挿入する交響詩《伝説》風のドルチェ・オブリガートが、哀しみの色をさらに増しているところは涙モノ。経過的にあらわれる弦楽アンサンブルの深い瞑想と溜息、木管のコラールの崇高な祈り(練習番号6)、荒涼たる大地に一陣の風が吹きすさぶような中間部の情景描写も印象的だ。

クライマックスは、嬰ト短調にもどるテンポ・プリモの主題再現。ヴァイオリンで幾度も幾度も哀しげに揺り返す主題は、沈鬱な気分で揺れながら、聴き手の心にしっとりとしみ込んでくる。木管が副主題を復唱して締めるコーダは、小鳥たちが冷たい虚空にむかって悲嘆に暮れているかのようだ。

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第3楽章 モデラート
sv0023h.jpgモデラートの序奏は春の訪れ。オーボエとクラリネットが愉しげに春の到来を告げ、弦がこれに応えて弾み出す。ミュートを付けたヴァイオリンが軽妙に駆け走ると、フルートは小鳥のさえずりのように第2楽章の主題の切れ切れを楽しげに回想する。

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第1部アレグロ[スケルツォ部]は弦のゆるやかな弧を織りなすカノン進行が特徴的だ。揺れ動く2オクターブの波間の中を上下にたゆたう神秘的な音楽はキメ細やかで、古風な舞曲風のフレーズが木管とホルンによってとぎれとぎれに現れる。一見掴みどころのない音楽だが、めまぐるしく上下を繰り返す弦のカノン進行に、ホルンの〈舞曲主題〉が絡むと頂点に向かって一気に駆け上がるところの鮮度は抜群である!

sv0023i.jpg劇的な展開は、229小節のアウフタクトから。ここでヴィオラが4部に分かれた〈コラール主題〉が現れる。第2部コン・エネルジア[フィナーレ部](246小節)では、これが4拍子となり、“行進曲風の堂々たる雄姿”で出現するところがこの曲の“キモ”といえる。弦のパートがフーガ風に展開、これが弦楽全体に拡大して力強くフィナーレに突き進む音楽は、聴き手に確かな手応えを感じさせてくれるものだ。

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木管のドルチシモに引き継がれた〈コラール主題〉は、伴奏が大きく変形され、弦の熱い3連音の刻みにのって木管が晴朗に歌い出すと感興が大きく高まってくる。圧巻は、激しいトレモロの中から4本のホルンが大きなトリルをぶち込んで雄叫びをあげる場面(練習番号19)。たっぷりと響くホルンのヌケの良さに仰天するがヒロイックな名場面を力瘤を入れずに演出するザンデルリングの棒さばきは、じつに巧妙である。

sv0023j.jpg今や大自然の萌芽のごとくテンポは速まり、弦の急迫的な刻みの中から立ち上がった金管群が、付点をともなった〈コラール主題〉を獅子吼する。トロンボーンが打ち放つフィナーレは壮麗で、大きく吹き伸ばしたコーダ4小節の和音は、春を待ちわびる北国の人々の喜びを象徴するように息長く響いている。精緻なアンサンブルで北欧の抒情をソフトに描き上げた出色の一枚だ。

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[ 2014/09/26 ] 音楽 シベリウス | TB(-) | CM(-)

フリッチャイのチャイコフスキー「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
フェレンツ・フリッチャイ指揮
ベルリン放送交響楽団
Recording: 1959.9.17-23 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recordihg Producer: Otto Gerdes (DG)
Recording Engineer: Günter Hermanns
Length: 50:38 (Stereo)
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このCDは1963年、48歳の若さで白血病で夭逝したフリッチャイが晩年に残したステレオ初期の録音だが、第1楽章の一部取り直しが果たせぬまま世を去ったことから“幻の録音”となったもので、1996年に音楽的および歴史的見地からフリッチャイ協会が発売に同意してようやく陽の目を見た貴重な音盤である。

フリッチャイが2度の大手術のすえにベルリン放送響の音楽監督に復帰したのは1959年9月。この直後にイエス・キリスト教会でレコーディングされたのが、バルトークのピアノ協奏曲第2番&第3番(ピアノはケザ・アンダ)とチャイコフスキー《悲愴》だった。かつて“リトル・トスカニーニ”と呼ばれたテンポの速い厳格なスタイルからロマン主義的なものへと変貌を遂げて“フルトヴェングラーの再来”と評されたフリッチャイだが、この《悲愴》においても旧録音と比して演奏時間がトータルで10分ほど長くなっている。

OrchestraDate1st mov.2nd mov.3rd mov.4th mov.Total
Berlin po1953.716:407:337:358:5240:40
Berlin Radio so1959.921:309:208:5511:0350:38
 Difference4:501:471:202:119:58

sv0022b2.jpgここでは、切々と奏でる“フリッチャイ節”が聴き手の涙を誘うとともに、生の喜びと死への恐怖とが隣り合わせとなった壮絶な音楽のドラマが展開する。行進曲で見せるリタルダンドや、コーダの破天荒のアッチェレランドは崖っぷちで死にもの狂いで闘うフリッチャイの姿が克明に刻み込まれている。ステレオ初期とは思えぬクオリティの高い録音にも驚きで、左右にたっぷりと音が広がるステレオ感と鮮度の高さは抜群である!  amazon

「1959年のスタジオ録音だが、こんな超名演が96年になって忽然と出現した。音質も現在のデジタルに比べても少しも劣らず、どの一部、どの楽器をとっても無意味な音は皆無、音楽がどんどん心に入ってくるのだ。これこそ、本物の音楽、本物の芸術といえるだろう。フリッチャイの棒の下、オーケストラは全精神を傾けて夢中になって弾き切り、吹き抜く。したがって、第1楽章の主部がpの指定なのにfで始まったり、第2主題が青白くすすり泣いたり、再現部冒頭にもすごいテヌートがかかったり、第3楽章終結のフルトヴェングラー顔負けの加速や、フィナーレ、コーダの止まってしまいそうなテンポなど、そのすべてが真実の感動につながるのだ。」 (『クラシック名盤大全交響曲編』より宇野功芳氏による、音楽之友社、1998年)



第1楽章 アダージオ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0022c.jpg低音ファゴットやヴィオラの調べからして肉体が病魔に蝕まれていくような恐怖感が漂い、これを払いのけるようにトランペットがつんざくウン・ポコ・アニマンドの総奏が切迫するように走り出す。アンダンテ(89小節)で、フリッチャイが一音一音を噛みしめるようなルバートによって、深い悲しみを綿々と織り上げてゆくのが聴きどころだ。


TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [SACD]
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [SHM-CD]
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さめざめと咽び泣くような“フリッチャイ節”と息の長いフレージングがすこぶる個性的で、チェロの大胆なリテヌートによって奇跡的な生還をはたした指揮者の不屈の精神をも垣間見せている。モデラート・モッソの夢想的な楽想は、フリッチャイが決して微笑もうとはせず、深い悲しみと内面の苦悩がしみじみと語られてゆく。

sv0022d.jpgアレグロ・ヴィーヴォの展開部(161小節)は、決然と打ち込む和音打撃を皮切りにオーケストラが怒涛の勢いで荒れ狂う。射るようなトランペット、G線に「ガッ」と喰らいつく第1ヴァイオリン、「ザリザリ」と削る低音弦、襲いかかるようなブラスのモチーフが聴く者を圧倒。16分音符の分散和音弦が狂騒し、その中からトランペットが痛烈に吹き切るところは直球一本槍で勝負するフリッチャイの気魄が漲っている。

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トロンボーンの悲痛な“パニヒーダ”(201小節)から弦のシンコペーション主題、ホルンの切分音リズムにいたるまでの箇所は、異様に遅いテンポに緊張の糸が緩んで音楽が間伸びしてしまうのが惜しまれるところだが、再現部(245小節)へ突入する局面でフリッチャイは大見得をきるようなリタルダンドによって、スリルと興奮を呼び覚ます。

sv0022e.jpgフルトヴェングラーもかくやと思わせる即興的な離れワザをやってのけるところはフリッチャイの面目躍如たるところで、強烈な3連音リズムを打ち込んで獅子奮迅の勢いで総奏(263小節)へ突進する。ティンパニの壮絶なクレッシェンド(277小節)や、肺腑をえぐるトロンボーンの一撃(285小節)は慟哭の表情を生々しく伝えたもので、渾身の力をこめて叩き込むティンパニの震音に鳥肌が立ってくるのは筆者だけではないだろう。

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アンダンテ・コン・プリマの第2主題も深い悲しみに貫かれているが、その頂点でホルンがねばっこく吼え掛かって高揚し、弦が強靭に歌いぬくところは、病魔に打ち勝たんとする指揮者の強い意志が込められている。アンダンテ・モッソのコーダは、死神の影を思わせるブラスの重苦しい響きと、諦念にも似た淋しげな表情が象徴的だ。


第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0022f.jpg実直なフレージングによる5拍子の変速ワルツは、いかにもドイツ流儀の重厚なスタイルで、そこには情念の炎が揺らめいている。小手先のルバートや細やかなアーティキュレーションなど無用とばかりに、チェロがコクのある音によって感興ゆたかに歌いまわすところはロマンの香りが充溢し、指揮者のスケールの大きさを物語っている。

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主題変奏の弦の揺れはどこか悲しげで、優美な旋律線の中にも暗い影が付き纏う。弦のピッツィカート・リズムはどこか不安げで、木管のメロディーは小鳥たちの悲嘆にくれた囀りのように聞こえてくる。一縷の望みを託してかすかな希望を見いだそうと模索するが、暗雲がとめどもなく楽想に立ち込めてくる。

中間部はバスとティンパニで刻まれるD音の固いリズムが心臓の鼓動のように胸底に響き、これが強迫観念となって、不安な表情がなおいっそう色濃くつむぎ出されてゆく。第2楽句の物憂げな弦の調べは、かすかな喜びもつかの間、暗い魔の手が忍び寄るような不吉な予感にとらわれてしまい、甘い感傷など寄せつけない。

sv0022h.jpg中間部の終わりにフリッチャイは奥の手を見せる。95小節で再現部へ回帰するための「序のひと節」を、消え入るようにリタルダンドするところだ。音を切らずにそっと再現部の第1主題へ繋げるところは、あまりにも切なく、これは神ワザとしかいいようがない。時が永遠にとまったかのような錯覚すらあたえる瞬間の美しさといったら!

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フリッチャイの胸に、この時いかなる思いがよぎったのかは想像するしかないが、第1主題へ帰ることを躊躇うかのような深沈とした語り口は、「もはや自分には明日はないのかもしれない」という諦念のようにも感じられ、終結部でチェロが主題の断片を差し挟むところ(160小節)は、“哀悼歌”のように聴こえてくるではないか。


第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ[スケルツォと行進曲]
sv0022g.jpgスケルツォは、実直なリズムさばきによって音楽は一分の隙もなく、ベルリン放送響が強固なアンサンブルを見せている。8分音符の精密な弦のスピッカートから繰り出すダイナミックな躍動感も比類がなく、弦がクレッシェンドしながら走り出すところにゾクゾクしてしまう。大太鼓が気魄を込めて打ち込む“頂点”の一撃もすさまじい。

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行進曲は表情ゆたかなクラリネットが音楽をリードする。リズムに切れが増すのは、ティンパニを合図に行進曲の断片を執拗に繰り返す小結尾(196小節)からで、鋭角的なブラスの咆哮、シャッキリと歯切れ良く刻む弦、ザリザリと音を立てる低音弦(204小節)が音場を生々しく支配する。大きく打ちよせては返す弦の“さざ波”を豪快に捌いてフリッチャイは行進曲の総奏に突入する。
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sv0022i.jpg行進曲はベルリン放送響が鉄壁のアンサンブルを開陳する。渾朴豪気にマーチの断片を打ち返すところは身を奮い立たせるような緊張感が漲っている。

2度目の行進曲のファンファーレ(281小節)で、メンゲルベルク、フルトヴェングラー、アーベントロートといったレトロな巨匠たちの常套手段である一発必中のリタルダンドをフリッチャイは敢行する。旧録音でも披露した“必殺ワザ”だが、大きく減速して打楽器をどんぴゃと入れるところは絶妙の極というほかはない。289小節からア・テンポに復帰するも、これで終わらないのがフリッチャイの凄いところだ。

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さらにアクセルを踏み込んで加速をかけてゆくところに仰天するが、突如生起するテンポの変転と意外性に富んだ“捨て身の業”に快哉を叫びたくなってしまう。韋駄天の如く一気呵成に畳み掛けるコーダは、フリッチャイのなりふり構わぬ気魄がオーケストラに乗り移ったかのようで、フルトヴェングラー顔負けの疾風怒濤のアッチェレランドによって闘いの場を締め括る。豪放な力動感と激しい情熱を極限まで示した渾身のマーチといえる。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0022m.jpg和音を重ねた弦の寒々とした響きから、悲哀の色合いがねっとりと滲み出し、悲嘆にくれる情景を生々しく描き出す。聴きどころは、アンダンテ(中間部、37小節)で歌われる第2主題。3連符で縁取るホルンの切分音にのせて、指揮者は名旋律を心を込めて歌いぬく。「試練はまさに正しい時にやってきました」とフリッチャイは語り、その心境を次のように述べている。

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「健康の危機という形で、自分が人間としてまた芸術家としてどう生きてきたのか、そして、その両方において何が私にとって意味をもちうるのかを考えるために、私は数ヶ月という時間を持ったのです・・・つまり音楽における表現という問いに答えるために。」 「きわめて人間的なそして切実なまでの純粋さと美しさをもった凝縮した世界」より歌崎和彦氏による、~『レコード芸術』通巻第548号、音楽之友社、1996年)


甘美な旋律からは、かすかな望みも見え隠れするが、それも所詮はつかの間の夢に過ぎぬ。涙ながらに高揚する“フリッチャイ節”によって、張り裂けそうな悲しみが71小節でその頂点をむかえる。身を切るような弦の凄まじいテヌート下降と管の3連切分音の嵐が一縷の望みをもうち砕き、和音打撃が“絶望の刃”となって打ち込まれる場面(81小節)は慟哭が極まった感があろう。

sv0022j.jpg怒涛のごとく盛り上がる主部の再現は、感情振幅の激しい大時代的なスタイルといえるが、肺腑を抉るような悲痛さによって激情の嵐が吹き荒れる。

弦の激しいトレモロ、力の限り吹きぬくトロンボーン、トランペットの突き刺す最高音は、苦しみを味わった者のみが表わし得るナマの悽愴さといえるが、もはや死を覚悟したフリッチャイの情念の炎が最後の瞬間に燃え上がったようでもある。強いアクセントを盛りつけ、フレーズを強靱な緊張感のうちに歌わせるところは、壮絶な“音の闘い”としかいいようがない。

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銅鑼の暗い響きが運命の最終宣告を轟かせるとき、煉獄への扉が開かれる。鉛のようなトロンボーンの重音の響きが、寒々とした非情な弦が、身悶えするようなチェロの喘ぎが、あたかも病魔と闘う指揮者の苦しみの独白であるかのように、音楽はついに息果てる。晩年のフリッチャイが遺した金字塔ともいうべき録音で、大切に聴きつづけたい一枚だ。


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[ 2014/09/15 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

朝比奈のマーラー/交響曲第9番

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マーラー/交響曲第9番ニ長調
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハーモニー交響楽団
Recording: 1983.2.15 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 86:18 (Digital Live)
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キングレコードから発売された〈ベリーベスト・クラシック1000〉と題したシリーズは、ドイツ・シャルプラッテンを中心とした珠玉の名盤が安価で入手出来る嬉しい企画で、中でも朝比奈指揮大阪フィル(ファイアバード・レーベル)の録音が筆者の目をひいた。ここには“3大B”以外の、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、リムスキー=コルサコフ、マーラー、ワーグナーといった、朝比奈のいわば“裏レパートリー”が収められている。

sv0021f.jpg80年代初頭の朝比奈は、東京ではまだ一握りの熱烈なブルックナー・ファンに支持されていたに過ぎず、“大阪の田舎侍”と評されたように、一般的にはまだその実力が広く認知されたものとはいえなかった。筆者が東京の友人に「オッサン=大フィル」を自慢げに話すと、なにやら“怪しげなB級指揮者”のイメージを持たれたものである。

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この一連のライヴ・シリーズは、朝比奈特有の重厚で骨の太い“大フィル・サウンド”が完成した時期のもので、大フィルのホーム・グラウンドとして使用してきた大阪フェスティバルホールで収録された録音は、響きがデッドであることや近接マイクによって、弓使いが見えるように生々しく捉えられている。

sv0021j.jpgブルックナー指揮者の朝比奈(以下オッサン)にとって、マーラーの交響曲は意外なプログラムと思われるかもしれないが、1970年代から定期演奏会でマーラーを積極的に取り上げていた。記録によると、第9番は大フィルとは73年、75年、83年と3度演奏されており、この録音はその最後にあたる第190回定期演奏会のライヴ録音である。

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「それにしても朝比奈と大阪フィルの緻密な音造りに驚かされる。 冒頭の第1主題からデリケートで美しい。第2主題の爆発の後の第1主題の再提示は、実に悠々たる足取りだ。展開部中間の頂点は、エンジンがかかるのが遅めだが立派な造形。中間楽章は少しリズムが重い箇所もあるものの、丁寧に彫琢されている。圧巻は終楽章。主題から心のこもった歌でとても美しい。ゴウゴウというバスも朝比奈ならでは。分厚い頂点も聴きもの。」 横原千史氏による月評、KICC3557~8 『レコード芸術』通巻第723号、音楽之友社、2010年)


「音楽の輪郭をくっきりと描き出す朝比奈のタクトには、この巨匠ならではの芸術、独自の世界を形作る力がひしひしと感じられる。第3楽章の木管のグリッサンドなど、朝比奈ならではの解釈ももちろん健在。ライヴということで、いささかのアンサンブルの乱れなどが散見されることは、やむを得ないところだろうが、この時期の朝比奈の充実ぶりの記録としては、録音の意義は大きいとも言えよう。」 岡部真一郎氏による月評より、KICC158~9、『レコード芸術』通巻第535号、音楽之友社、1995年)



第1楽章 アンダンテ・コモド
sv0021b.jpgため息のような第1主題を太い音でしっかりと奏でてゆくところが朝比奈流で、たっぷりと響くホルン、内声に厚味を持たせた3声の主題確保(18小節)、豪快にうねり回す第2主題(29小節)など、早くも炸裂する「朝比奈節」に聴き手はぐいと引き込まれてしまう。ガッシリとシンバルを叩き込み、踏ん張りを入れて第3主題を絶叫する場面(92小節)は、腰は重いが音楽はすこぶる豪快で、野武士的なスタイルといえる。

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暗澹たる気分が戻ってくる展開部(108小節)は、ぶっきら棒なティンパニの強打や低音弦のピッツィカートに度肝を抜かされるが、バスクラリネットの呻り、ホルンのゲシュトップ、チェロの「悲歌」と弦の半音階進行によって、オッサンは死の恐怖を生々しく描き出す。Jシュトラウスのワルツ〈人生を楽しく〉を引用した第1主題(148小節)のシコを踏むような歌わせぶりはいかにもオッサン流。てんこ盛りするチェロの対声や嫋々と奏でるオーボエが“浪花のエレジー”をこってりとつむいでゆく。

sv0021g.jpg聴きどころは、第3主題を展開するアレグロ・リゾルート(174小節)。ティンパニをドカドカと叩き込んで殴り込みをかけるところは“赤穂浪士の討ち入り”のようで、オッサンは錯綜とした管弦の綾を腰を据えてどっしりと捌いてゆく。リズムは甘く、極端におそいテンポに胃がもたれてしまうが、慌てず騒がず、ブルックナー交響曲のように実直に音を積み上げて厚味を増してゆくあたりはオッサンの面目躍如たるところだ。

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急速な下降によって聴き手を奈落の底に叩き込む第3主題や、複雑な内声を練り回すような第2主題の豪快な棒さばきはブルックナーで鍛えた“大フィル・サウンド”が全開。呻き、喘ぐようなトロンボーンに、ホルンが〈告別ソナタ〉(引用)を重ね合わせる場面は慟哭が極まった感があろう。

sv0021c.jpg展開部後半は、息も絶え絶えの死の淵で、オッサンが女学生にモテモテだった若き日を懐かしむかのように、独奏ヴァイオリンの甘い香りで聴き手を包み込む。独奏を受け持つのは1980年にオッサンが名古屋フィルから引き抜いた稲庭達と思われるが、しみじみと奏でる第1主題がじつに感動的だ。しかしオッサンは旧懐の情に溺れない。第3主題を力強く駆け上がり、破局のクライマックスに雄渾に対峙。死がおとずれる場面ではトロンボーンの〈リズム動機〉をぶつけながら、葬列を威勢よく大股で歩んでゆくのがおもしろい。

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第1主題を太く逞しいスタイルによって熱っぽく盛り上げてゆく再現部(347小節)も聴き応えがあり、懐かしいホルンの第3主題(コーダ)によって、あたかも闘いを終えた英雄の回想のような、どこか満足げな気分で締めるあたりは、オッサンの“豪傑ぶり”を伝えてあますところがない。


第2楽章 ゆるやかなレントラー風のテンポで
sv0021d.jpgオッサンは3種の舞曲の小賢しい描き分けなぞ行わず、一筆書きの大きな流れで楽曲を捌いてゆく。レントラー風の楽想は、まさに地でいく野暮ったさで、オーケストラの反応は鈍いが変奏部でチェロとバスが刻むリズム打ち(40小節)が「ズンズン」と腹に響いてくるところに腰を抜かしてしまう。

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テンポを早めたウィーン風のワルツ(第2レントラー)も腰が重く、田舎臭さ丸出しだ。「がつん」とティンパニを叩き込んで猛々しく突進するところが痛快で、対位的なトロンボーンの挿句(148小節)の骨張った威勢の良さもオッサンならでは。第3レントラーも優雅さなど微塵もなく、引きずり回すようなフレージングはかなり乱暴である。

ワルツの再現(261小節)も勇ましい。大きな屁を一発かますようなバス・トロンボーンの一撃(294小節)に仰天するが、ワルツが「死の舞踏」となるテンポⅡ(423小節)にいたっては、「どすこい!」と楽団を駆り立てて突き進むさまは太っ腹の親方そのもの。リズムはぴたりと決まり、トロンボーンの対位を「バリバリ」とぶちかます骨っぷしの強さはオッサンらしい男気に充ち満ちている。


第3楽章 ロンド=ブルレスケ、アレグロ・アッサイ
sv0021e.jpg信号ラッパではじまる道化的な「死の舞踏」はゴツゴツとした感触が全曲を貫き、どっしりとした重みのある音楽が独特の緊張感を孕んでいる。管楽器セクションの踏み込みの脆さや、アンサンブルのキレの甘さなど、このコンビの泣きどころも随所にみられ、〈メリー・ウィドウ〉を引用した副主題(109小節)や2重フゲッタ(209小節)など、もっと“えぐり”を効かせて欲しいところもあるが、誇張やデフォルメを廃してスコアの音を地道に積み上げてゆくのが朝比奈たるゆえんだろう。

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シンバルの一撃とともに天使が舞い降りた気分になる天上のエピソード(347小節)は、コクのある歌わせぶりが特筆モノで、弦の気持ちの悪いグリッサンド(421小節)や、ずっこけたような木管のグリッサンド(497小節)など、不器用なオッサンの繰り出す“迷人芸”にも大拍手。

ストレッタ風になるフィナーレ(617小節)は、まるで畦道に足を取られたように荷馬車が思うように動かず、オッサンが泥にまみれて奮闘するさまが伝わってくる。狂乱のプレストではガス欠のオーケストラがなんとか重い腰をあげるが、急迫感を得られぬまま撃沈して、最後はオッサンの腕力で押し切った木訥豪毅なフィニッシュといえる。


第4楽章 アダージョ
sv0021h.jpg重厚な大フィル・サウンドを堪能させてくれるのがアダージョの音楽だ。ここでは大フィル自慢の弦楽サウンドが、ツボにはまったように豊かに鳴り響く。内声部に深々と弓を入れて厚味をもたせ、低音の底鳴りをくわえて「ぐい」と弾き抜く筆圧の強さは、まさに“一弓入魂”「ガンガン行け!」と叱咤しながら拳を震わせてヴィオラを響かせるオッサンの姿が目に浮かんでくる。

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驚くべきは「ごりごり」と呻りをあげて重低音を轟かせるコントラバス・セクションで、近接マイクによって、目の前で弓を擦っているような生々しさがある。オッサンは弦楽器にも管楽器にも大音量を要求したというが、とくに弦楽器のボウイングにうるさいオッサンは、弓の限界を超えたところで「もっと長く弾け!」と無茶な注文を出すこともしばしばだったという。

「デーやん、バスに音程なんかおまへんで。ただゴーッと鳴っとったらええんや。」 関西のオーケストラから、バスの音程が聴き分けられるようになったのはフィラデルフィア管弦楽団が初来日した頃からである。 出谷啓著『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


sv0021i.jpgオッサン=大フィルが本領を発揮するのが原調にもどる第3変奏(49小節)から。ここでは入念に練られた極上のサウンドによって、深みとコクを増してくるところが大きな聴きどころで、対位的な重層感を増す第5変奏(モルト・アダージョ)など、オッサンがマーラーの音楽をむんずと鷲掴みにして、ブルックナーの世界に引きずり込むような有無を言わせぬ説得力がある。
ホルンとトロンボーンが回音を絶叫し(70小節)、ホルンが強烈なヴィブラートをかけるウルトラCも飛び出すが、頂点に向かって力強く歩を進めるオッサンの気魄に圧倒されるのは筆者だけではないだろう。

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最大のクライマックスはロンド主題にもどる第8変奏(107小節)。対位的な弦を織り上げながら、がっつりとトロンボーンの回音を轟かせ、高弦のシンコペーションをぶつけて軋むような音を立てる〈リズム動機〉(122小節)の緊迫感は圧巻で、人生の場数を踏んできたオッサンならではの壮絶な“男の闘い”といえる。

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コーダの仕上げも入念で、この世に訣別する湿っぽさなぞ微塵もなく、オッサンはどこか満足げな安堵感すら漂わせて全曲を締め括る。「んん、この曲には不吉な終わりとか不幸せな終わりという感じがしないんじゃ。これは一種のメタモルフォーゼであって、いろんな事があったけど、すべては悠久の調和の中に消えていくという感じを持ったから、聴いている人は暗い感じを受けなかったんじゃろう。(朝比奈談)」 荒削りだが骨っ節のあるスタイルで貫いた朝比奈入魂の一枚だ。


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[ 2014/09/04 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)