フィストラーリの白鳥の湖/コンセルトヘボウ管

sv0026a.jpg
チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」作品20(抜粋)
アナトール・フィストラーリ指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Soloist: Steven Staryk (vn) , Tibor de Machula (vc)
Recording: 1961.2.22,23 Concertgebouw, Amsterdam
Producer: Ray Minshul (DECCA)
Engineer: Gordon Parry, Kenneth Wilkinson
Length: 45:37 (Stereo)
amazon


バレエ音楽のスペシャリストとして名高いウクライナ出身の名指揮者、アナトール・フィストラーリの指揮した《白鳥の湖》といえば、ロンドン響、コンセルトヘボウ管、オランダ放送管による3種のレコードが知られているが、コンセルトヘボウ管との2度目のステレオ録音は、数ある「白鳥」の中でも“最高の演奏”として絶賛されている。

何よりもフィストラーリ特有の気品をたたえたロマンティックな演奏が最大の魅力だが、特筆すべきはコンセルトヘボウ管の強靱なアンサンブル。メンゲルベルク、ベイヌムとつづいた名指揮者による名門オケ最盛期の名残りが色濃く残る“鉄壁のアンサンブル”は、ベルリンフィルを凌ぐかと思わせるほどの強固な実力を見せている。(写真はGT9044, 1976年)

 sv0026cs.jpg  sv0026d.jpg

ダイナミックで骨格のがっしりしたボディの高音質録音もこの盤の大きなウリで、これは「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」と言われたデッカ伝説の名録音技師、ケネス・ウィルキンソンの力に負うところが大きい。この時代の解像度の高いデッカのハイ・ファイ録音は、他社のステレオ録音をはるかに凌駕するものといえる。

「《白鳥の湖》は全曲盤、ハイライツ盤、組曲盤と数多くのレコードにめぐまれているが、その中でたった1種類選ぶとすれば、ぼくは問題なくこのフィストラーリ盤を採る。とにかく聴いていて気持ちが良いのだ。まず録音が最優秀、オーケストラも最優秀、音を聴いているだけで胸が弾む。自慢の装置を持っている人は1枚備えておいて損は無い。コンセルトヘボウはメンゲルベルク時代の緻密なアンサンブルの妙が濃厚に残されている。まったくほれぼれするほど巧く、かつ魅力的だ。」 宇野功芳氏による月評より、GT9044、『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)


「フィストラーリは〈白鳥の湖〉を3回録音しているが、これはその2度目のもので、全曲の中から13曲を選び、バレエの進行順の曲を並べたハイライツ盤である。フィストラーリの演奏はいくぶん腰が重いが、バレエ音楽を得意としているだけあって、各場面の情景描写が実にうまく、練達した棒さばきで、このバレエ音楽の、幻想的でロマンティックな曲想をあますところなく再現している。」 志鳥栄八郎氏による月評より、K15C7018、『レコード芸術』通巻第418号、音楽之友社、1985年)



序奏 モデラート・アッサイ
sv0026e.jpgもの悲しいセピア色のオーボエの音色は古典バレエの雰囲気を湛え、しっとりと紡ぐ柔らかなクラリネット、コクのあるチェロ、艶やかに歌うヴァイオリンなど、エレガントな風情が満載である。アレグロ・ノン・トロッポでは、強烈なシンバルの衝撃音とともに剛毅なブラスが炸裂! 

激しい気迫でぐいぐい追い込んでゆく劇的な音楽運びに鳥肌が立ってくる。耳をつんざくようなトランペットの強奏、生々しい弦のトレモロ、圧力をかけて「ぐい」と弾きぬくチェロなど、デッカの音のご馳走に早くも満腹してしまう。  amazon


情景(No.1)アレグロ・ジュスト
sv0026f.jpg引き締まったリズムでシャッキリと弾む祝宴の行進曲は豪快で、シンバルとトライアングルの生々しい金属音、歯切れのよいトロンボーンの咆哮、アクセントの強いトランペットのファンファーレなど、バレエの幕開きにふさわしいシンフォニックな響きを堪能させてくれる。

中間部のミュゼット風ダンスは、弾むような弦のスピッカートによって生き生きと展開。エッジの効いた腰の強い“デッカ・サウンド”が威力を増す主題再現は間然とするところがなく、絢爛豪華な管弦楽に酔わせてくれる。  amazon (7曲ハイライト盤)


ワルツ(No.2)テンポ・ディ・ヴァルス
王子と村娘たちの踊るワルツは、フィストラーリ特有の少し溜めを入れた3拍子の歌わせ方がノーブルな気分を伝えている。トリオのコルネット独奏も雅やかな気分満載で、佳境に入る第3部のクライマックスではトロンボーンを「バリバリ」と打ち込み、テンポを早めて追い込んでゆく巧みな楽想の変転など、舞台の情景を髣髴させるフィストラーリの手練れた音楽運びに快哉を叫びたくなる。


乾杯の踊り(No.8)テンポ・ディ・ポラッカ
sv0026g.jpgポロネーズ風の祝典的な舞曲は、いかにもフィストラーリらしい、きびきびとした歯切れの良いリズム感覚が痛快で、ピッコロとトライアングルを加えて華やぎのある音楽が展開する。ここでも耳にしっかりと響く強靱なオーケストラ・サウンドが魅力的で、音楽は鍛え抜かれた鋼のように力強く、一分の隙もない。名門オーケストラを自在に操り、手際よく追い込むフィストラーリの確信に充ちた棒さばきは、あたかもシンフォニーを聴いているようで、思わずCDを指揮をしたい衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。    amazon (SACD)


第2幕 「静かな湖のほとり」 情景(No.10)モデラート
〈白鳥の主題〉はクラシック・バレエのシンボルともいうべき哀愁を湛えた名旋律。メルヘン調のオーボエ、粒建ちのよいハープのアルペジオは言わずもがな、刻み目がひとつひとつが見えるように聴こえる弦のトレモロは、あたかも白鳥の心の震えとなって漸増漸弱してゆくところが感動的だ。ツボを押さえたように切々と歌い返す〈応答のモチーフ〉“フィストラーリ節”の独壇場で、すすり泣くような弦の歌わせぶりは涙モノ。トランペットの強奏とトロンボーンの痛烈な下降動機は、慟哭の表情が極まった感があろう。


情景(No.11)アレグロ・モデラート
sv0026b.jpg月光に照らされた湖の畔で王子と白鳥が出会う。ここでは白鳥に纏わる4つのエピソードが、細やかな表情付けによって巧みに描かれてゆく。白鳥の身の上を語るオーボエのもの哀しげな独奏、しっとりと歌い返すチェロの温もりのある調べから、エレガントな風情がそこはかとなく漂ってくる。力強い低音弦から王子への信頼が芽生えるが、それを嘲笑うかのように悪魔ロッドバルトのブラスの急襲によって一縷の望みが打ち消されてしまう。

TOWER RECORDS  HMVicon


4羽の白鳥の踊り(No.13d)アレグロ・モデラート
sv0026l.jpgファゴットの戯けた伴奏と、バネをたっぷり効かせたピッツィカートにのって、オーボエが哀愁たっぷりとよく歌う。この楽団特有のくすみがかったエレガントな木管の音色が個性的で、細やかなアーティキュレーションによって繊細な味わいを紡ぎ出す名門楽団のアンサンブルに聴き惚れてしまう。音を短く切った終止和音の清々しさといったら!



オデットと王子のパ・ダクシオン(No.13e)アンダンテ
ここで独奏を受けもつ首席奏者は、世界に名だたるヴィルトゥオーゾに引けを取らぬ名技で聴きを魅了する。何よりもすばらしいのは音色の美しさ。スタリークの独奏ヴァイオリン甘い香りの柔らかなヴィブラートがたまらない魅力で、古典的な名旋律を濡れたような触感によって綿々と奏でてゆくのが聴きどころ。主題を変奏するピウ・モッソでは、少し鼻にかかった上質のシルクのような肌触りと、ぬめるような弓さばきで装飾楽句を衒いなくさばいてゆく。

 sv0026j.jpg  sv0026k.jpg

独奏チェロも聴き逃せない。ベルリンフィルの第1ソリストをつとめた伝説の名手マヒュラの繰り出す滑らかなボウイングから、とろけるような甘さが香り立ち、詩的な情緒をロマンティックに醸し出す。これに寄り添うヴァイオリンのオブリガートの肉の付いた柔らかな音は、上質のトロに舌鼓を打つような味わいがあり、あまりの美しさにため息が出るほどだ。コーダは「ドリゴの終止」を採用。組曲版では聴けぬ木管リズムの再現ハープのアルペジオ終止がロマン的な味わいを深めている。

「何よりもフィストラーリの指揮が絶品。どの曲もすばらしい生命力と迫力を持ち、しかも決して刺激的な粗さが無く、その上、心のこもったロマンティシズムや、香るようなエレガンスが随所に立ちのぼる。ちょっとしたルバートや強弱の波が豊かなニュアンスを生み、メルヘン的な色彩もまことに見事である。第1幕の〈ワルツ〉僅かなウィンナ・リズムを踏んだり、第2幕の〈4羽の白鳥たちの踊り〉における何気ないエコー効果も名人芸の極だ。特筆すべきは独奏ヴァイオリン、独奏チェロのおどろくべき美しさで、ことに前者の心のこもったヴィブラートと音色は悲しくなるほどである。」 宇野功芳氏による月評より、GT9044、『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)



ハンガリーの踊り(No.20)チャルダーシュ、モデラート・アッサイ
sv0026h.jpgディヴェルティスマンの中で最も華やぎのある音楽がチャルダーシュだ。哀愁をたっぷり撒き散らすイ短調の〈ラッサン〉は濃厚な表情付けが印象的で、引きずるようなフレージングと、強いアクセントで打ち込むトランペットの合いの手が感興を高めている。ヴィヴァーチに転ずるイ長調の〈フリスカ〉は息もつかせぬ早ワザで、総奏リズムを「すぱすぱ」と打ち込む快刀乱麻の立ち振る舞いと、煽るように畳み掛ける展開は、舞台で叩き上げた職人フィストラーリの面目躍如といえる。


パ・ドゥ・ドゥ(黒鳥の踊り)ヴァリアシオン1(No.5b)
ここでも独奏ヴァイオリンが聴き手を魅了する。ロ短調のチャルダーシュ風の甘く切ない旋律をスタリークが稟と引き締まった気品溢れる弓さばきで酔わせる一方で、不気味なスルGの調べにファゴットの和音が重ねあわされると、オディールの正体が見え隠れする。「これでもか」と色気をまき散らすように奏でる艶美な調べを聴けば、王子がヤバいことを知りつつも悪魔の誘惑に負けて、心が崩れ落ちてしまうのも無理からぬところだ。

sv0026n.jpg

情景(No.24)アレグロ、ワルツ、アレグロ・ヴィーヴォ
sv0026m.jpg王子が永遠の愛を誓うと、シンバルの衝撃とともに悪魔とその娘が正体をあらわす。一同を嘲笑うクラリネットの変奏、凄まじいブラスがつんざき、身を切るような悲哀と切迫した情景が白鳥の変奏テーマによって伝えられる。

怒涛のごとく押し寄せる管弦の嵐、突き刺すように射るトランペットの強奏、バリバリと打ち抜くトロンボーンの衝撃音といった耳が痛くなるような究極の“デッカ・マジック”に、筆者が初めて聴いたときは腰を抜かしたものである。舞台の隅から隅まで知悉した巨匠ならではの劇的な幕切れといえる。


小さな白鳥たちの踊り(No.27)モデラート
オデットの帰りを待ちわびる不安げな白鳥たち。これを慰める民謡調のメロディーがクラリネットによって滋味深く奏でられる。中間部オーボエの長閑な歌謡調の調べは平穏な気分に満ち溢れ、キメ細やかなトライアングルの伴奏にのって、弦が艶をのせてしっとりと歌うところはウェットな詩情がそこかしこに流れている。


情景・終曲(No.29)アンダンテ~アレグロ・アジタート
sv0026i.jpgティンパニのトレモロから壮大に立ち上がる情景は、シンバルの途轍もない衝撃音、スケール感あふれる弦の歌わせぶり、胸のすくような4本のホルンが雄大にホールに鳴りわたる。アレグロ・アジタートの終曲は、弦のシンコペーションを伴奏にオーボエがせきこむように〈白鳥の主題〉を歌い出す。いよいよ悪魔ロッドバルトとの対決の時がやってきた。

力の限りぶち込むシンバル、絶叫するブラス群、骨力のある音で叩き込むティンパニの衝撃音はデッカ録音の真骨頂! 愛の力が悪魔に打ち勝つフィナーレの音楽は力強い。〈応答のモチーフ〉を纏綿と引きずるように歌わせるところは“フィストラーリ節”が全開で、テンポを揺らせながら急きこむ絶妙の棒さばきが最大の聴きどころだ。

確信に充ちた勝利のトランペット、高弦とハープのトレモロの中から気持ちよく抜け出すホルン、交互に打ち込むティンパニの豪打が圧倒的な迫力で全曲をむすんでいる。ロマンティック・バレエの真髄を堪能させてくれる必聴の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/10/29 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

ペーター・マークのスコットランド

sv0025a.jpg
メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調 作品56
「スコットランド」
ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団   
Recording: 1960.4 Kingsway Hall, London (DECCA)
Producer: Lay Minshull
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 38:12 (Stereo)
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


「スコットランド」といえばペーター・マーク、ペーター・マークといえば「スコットランド」が思い浮かぶほど《スコットランド》交響曲はマークの十八番の曲で、マークはよほどこの曲に愛着が深かったのか、生涯に3度レコーディングを行っている。中でも41歳の時に録音したデッカ盤は、繊細でみずみずしい解釈と録音のすばらしさで定評がある。

「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」と謳われた伝説の技師ケネス・ウィルキンソンによる名録音は、半世紀を経た今CDで聴いてもあまりの音の良さに驚いてしまう。これはマルティノンの《悲愴》とならぶ“デッカの配剤”といえないか。

「《スコットランド》の名盤というに留まらず、レコード史上に燦然と輝く金字塔である。もし、オリジナル・プレスのアナログで聴くなら、演奏の素晴らしさはもちろんのこと、オーディオファイルと呼ばれるデッカの名録音の中でも最高峰の音がここにある。マークの《スコットランド》はいつも素晴らしく、東京都響との実演も涙の出るほど美しかったし、ベルン響やマドリッド管とのCDを聴いても、決まって感激するのだが、それでも、演奏・録音・プレスが最高の次元で重なり合ったデッカ録音は別格なのである。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


sv0025f.jpg
演奏はみずみずしいの一語に尽きる。ロンドン響の水も滴るように鳴り響く弦の美しさはたとえようもなく、心のこもったフレージンクの美しさは冠絶している。

詩情味溢れる木管の繊細なニュアンスにも心惹かれるが、チェロがロマンティックな主題をコクのあるフレージングによって、情感ゆたかに、しっとりと歌い回すアダージョはあまりにも切なくて、何度聴いても涙が溢れ出てしまう。

「〈スコットランド交響曲〉といえばすぐにマークの名が出るほどで、このディスクはマークの代表的な名盤だ。その演奏はすばらしく、とりわけ弦楽器の響きが繊細で艶があり、細部までよくまとめていて美しい。冒頭の序奏のしっとりとした風情をただよわせた描き方など、みごとである。」 志鳥栄八郎著 『クラシック不滅の名曲名盤』より、講談社、1994年)


「マークとロンドン響の〈スコットランド〉が優れているのは、聴く人の胸に初恋のときめき似た甘く切ない心を呼び起こすところにある。これは、テンポがどうだとか、どこにアクセントがあるとか分析しても始まらない。マークの純粋な感性が、メンデルスゾーンの魂の波動と重なり合って、奇跡のときを生んでいる。それをともに体験するだけだ。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0025j.jpg1829年7月30日、メンデルスゾーンはエディンバラの旧王城ホリロードを訪れ、古い礼拝堂の中で冒頭16小節の基本動機を着想した。ヴィオラの奏でる瞑想的なリート風の主題は、悲劇の女王メアリー・ステュアートをしのぶかのようで、悲哀を湛えた北国の抒情が耳を捉えて離さない。

レチタティーヴォ風の16音符(第2楽句)のしたたるような弦の響きは、あまりの美しさにため息が出るほどで、木管の序奏主題に弦のレチタティーヴォを絡めながら、幻想的な王城の情景がひめやかに紡がれてゆく。

sv0025k.jpg

序奏動機に由来する弦とクラリネット主奏の第1主題は、柔らかに揺らぐ抒情味あふれる歌い口が印象的だ。しっとりと濡れたような弦の触感、清楚な木管のアンサンブル、アッサイ・アニマート(総奏)のみずみずしいリズム打ちなど、聴き手の耳を恍惚とさせる美しい“音の情景”は枚挙にいとまがない。

sv0025b.jpgホ短調の副主題(第2主題)も聴き逃せない。クラリネットが透き通るような音色で陰影をつけながら、弦のしなるようなフレージングによって生気溌剌と頂点に駆け上るマークのみずみずしい音楽はこびも特筆モノ。濡れように詠嘆調のカンタービレを聴かせるコデッタ主題(181小節)の美しさも絶品で、しっとりと艶やかに紡ぎ出すロンドン響の弦楽奏者の卓越した弓さばきに酔ってしまいそうになる。

amazon  TOWER RECORDS

うねるような弦のユニゾンで始まる展開部(105小節)の巧緻なアンサンブルや、チェロの対声がくわわる再現部(333小節)の対位法のなめらかな処理と、自然な呼吸で抑揚をつくるフレーズの流動感は、マークの冴えた感覚がものをいう。

「嵐のシーン」のクライマックス(427小節)では、弦楽の分厚い切分音とトレモロが目前に迫ってくるような生々しいデッカ・サウンドが展開。アッサイ・アニマートの頂点で走り出す指揮者の力瘤のない棒さばきや、一篇の叙事詩を語るような物悲しい結末も聴き手の心を打つ。

第2楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ
sv0025c.jpg
バグパイプを模した呼びかけ序奏と、スコットランド民謡を思わせるクラリネットの舞曲は柔らかで、スコッチ・スナップ(付点リズム)を効かせて生き生きと躍動する冴えた感覚がたまらない。これに呼応する弦の小刻みの走句の緻密なフレージングと、爆発的な総奏の歯切れの良い進行がゾクゾクするような興奮を誘っている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

弦のスタッカートで精密に駆ける副主題(72小節)も聴き逃せない。一分のブレもないスピッカート奏法と精妙に絡らめる木管のアンサンブルが聴きどころ。ヴィオラとチェロが第1主題をたっぷりと歌い出す弦楽フガート(105小節)の密度の濃さ、副主題を溌剌と駆け抜ける総奏(193小節)のすがすがしさ、ホルンが「ほこほこ」とこだまするコデッタ(214小節)の歯ごたえの良さが、あたかも一服の清涼剤のように聴き手に快感をあたえている。 


第3楽章 アダージョ
sv0025d.jpg
無言歌風のアダージョ・カンタービレは、しっとりと濡れたように奏でる第1ヴァイオリンのフレージングの美しさがこの盤最大の魅力で、どこかもの悲しく、儚げで、憂いを湛えたウェットな詩情がそこかしこに流れている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

葬送行進曲風の第2主題(34小節)は、いにしえの王城にふさわしい厳粛で威厳のある音楽だ。荘厳な付点リズムは整然と打ち込まれ、叙情的なカンタービレと対をなして巧みに織り上げられてゆく。再現部の総奏ではトランペットを突出させ、弦のトレモロを生々しく刻んだ音場もきわめて刺激的である。

sv0025e.jpg最高の聴きどころは、チェロが第1主題を滔々と歌い回す再現部(78小節)。チェロ奏者が心を込めて、ロマンティックな情感とファンタジーをニュアンスゆたかに紡いでゆくところは格別で、“メン食い”ならずとも、美しい歌謡旋律と果肉の詰まったジューシーな音を1度でも耳にしたなら虜になってしまうだろう。第1ヴァイオリンが装飾的なオブリガートで寄り添いながら、名旋律に彩りを添えるところは思わず目がうるんでくる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

チェロと第1ヴァイオリンがデュエットでしっとりと旋律を奏でるコーダ(117小節)も感涙極まる名場面で、甘酸っぱくも切ないカンティレーナの美しさはいかばかりだろう。思いためらうようなエンディングの追想は、あまりに儚げで胸がいっぱいになってしまう。 


第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチッシモ
sv0025g.jpgアタッカで喰らい付くように突入するアレグロ・ゲリエーロは、するどい弦のアウフタクトから突っ走るところが痛快で、明瞭な金管のリズムを打ち込んで一気呵成に第2句の総奏(37小節)へ雪崩れ込むスリリングな音楽はこびに興奮し、思わずCDを指揮をしたい衝動にかられてしまう。

哀愁を帯びた木管の副主題から発展した勇壮なトランペットのマーチがメタリックに鳴り響く腰の強いサウンドも聴き応えがあり、精気溌剌とコデッタを駆け抜けるマークの足取りは爽やかだ。 
amazon  TOWER RECORDS

聴きどころは展開部のフガート変奏(182小節)で、まるで細密画を見ているよう巧緻な弦楽アンサンブルが颯爽と展開する。小結尾の強引とも言えるクレッシェンドや、再現部で立ち上がる管弦楽は「ここぞ」とばかりに激しく燃え上がるが、決して肩肘張らず、一陣の風のような冴えた管弦楽を堪能させてくれる。沈鬱な表情で消えてゆくコーダ(361小節)のクラリネットの侘しげな風情といったら!

sv0025h.jpg8分の6拍子に変わるアレグロ・マエストーソ・アッサイ(396小節)は、スコットランド民謡風の牧歌が統一動機となって、マークがフィナーレを大らかに歌い上げる。肉厚のサウンドによる総奏の中から、大きく音を割って炸裂するホルンとトランペットに腰を抜かしてしまう。

ホルンのルフランを「ぷ~ぷか・ぷ~ぷか」と浮かび上がらせる虚妄の音場はまぎれもなく“デッカ・マジック”で、張りのあるシンフォニックな響きが聴き手の耳を刺激してやまない。
TOWER RECORDS  HMVicon

若きマークが、ロマンティックな情感とファンタジーをあますところなく描き上げた極上の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/10/18 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)

ワルターのハイドン/交響曲第88番《V字》

sv0024a.jpg
ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビア交響楽団
Recording: 1960.3.2,4,6,8 (Sonny)
Location: American Legion Hall, Hollywood
Producer: Thomas Frost
Length: 21:35 (Stereo)
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


ワルター指揮の《V字》には懐かしい思い出がある。それは1970年代にCBSソニーが制作した「ワルター大全集/音のカタログ・25の記念碑」という宣伝用のLPをレコード店にもらった時のことだった。


sv0024l.jpgこのLPは、「ステレオ総集編」の中から曲のさわりの部分を詰め込んだものだったが、その音の良さとオケの上手さに筆者は飛び上がって驚いた。

筆者の学生時代は、ワルター=コロンビア響のCBSソニー盤は、カラヤン=ベルリンフィルやベーム=ウィーンフィルといったグラモフォン盤に比べて分が悪かった。

「コロンビア響って下手クソやろ。ワルターならモノラルのニューヨークフィルで聴くべきや」と友人からよく言われたが、ニューヨークのモノラル盤は想像していた以上に音が悪く、買って後悔した経験があった。

sv0024m.jpgところがコロンビア響の音の良さはどうだろう。《運命》の長いフェルマータにも仰天したが、一番心に響いたのが《V字》の第1楽章アレグロの軽快なテーマ

ほんのさわりの部分を聴いたに過ぎないが、明瞭なステレオ録音によって、緻密なアンサンブルから繰り出されるみずみずしい主題が耳に心地よく、細やかなニュアンスはもとより、血の通った人間の温かみすら感じさせるワルターの演奏は、どこか別の次元の音楽のように思えた。

このコロンビア交響楽団とは、いかなるオーケストラだったのか? これはレコーディングのために組織された臨時のオーケストラで、ロスアンジェルス・フィルのメンバーを中心にした約50名程度の編成であったことが知られている。


sv0024d.jpgストコフスキーの交響楽団でも活躍したイスラエル・ベイカーがコンサート・マスターを務め、ワルターを慕って東海岸から馳せ参じてレコーディングに参加した楽員もいたらしい。

このオーケストラに関しては否定的な意見もあるが、プルトを減らすことで室内楽的な響き緻密なアンサンブルを実現しているのが大きな魅力といってよく、とくにハイドンやモーツァルトでは成功を収めている。

演奏は決して“一丁上がり”的なものではなく、入念なリハーサルを重ねて質の高いものに仕上っていることが演奏からも判るだろう。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon 【Blu-spec CD】

「なんとあたたかい音楽だろう。ゆっくりしたテンポで通しながら、そこには味わい深い音楽がみちあふれている。古典的な格調も高い。ハイドンの音楽の本質は、こうした演奏ではじめて伝えられる。明朗で、のびやか、巨匠的な大きさをもった無類の演奏である。」 「歴史的名100選」より小石忠男氏による、『レコード芸術』通巻第381号、音楽之友社、1982年)


「このハイドンは実にふくよかな情感を古典の造形に融合させたワルターならではの名演である。V字は第2楽章のおそいテンポの歌が、現在の演奏には求められぬもので、その味わいは、ゆたかで、深い。絶品といえる。」 小石忠男氏による月評より、20AC1801、『レコード芸術』通巻第401号、音楽之友社、1982年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
《V字》(Letter V) と呼ばれるト長調の交響曲は、ロンドンで出版された時にハイドンの交響曲にAからはじまる記号をつけて、第88番の表紙にVを、第89番にWの字を付けたことに由来する。

「ハイドンの数多い交響曲の中で、古来、大指揮者と呼ばれる人たちに最も好まれたのは、《驚愕》でも《軍隊》でもなく、この地味な《第88番》である。特別に親しみやすい旋律が出てくるわけでもなく、アダ名にしても《V字》という、たいして意味のないものがついているだけだが、音楽的には充実感がすばらしく、何度聴いても飽きがこない。」 『改訂新版・宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)


sv0024e.jpgシャッキリと打ち込む心地のよい和音打撃と弦の優美な呼び交わしの序奏からして、ワルターの術に魅せられてしまう。主部は、サクサク弾む弦が小気味よく駆け走り、管を加えて強奏反復する第1主題の心地よさといったら! 裏拍から加わるバスの対位的な16分音符の伴奏動機のザリザリとした触感が抜群のステレオ感で迫ってくる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

sv0024n.jpg

弦の刻みを交互に打ち返すコデッタ(小結尾)楽想のみずみずしさも抜群で、ゼクエンツの一糸乱れぬコロンビア響の合奏美を心ゆくまで堪能させてくれる。老巨匠は得心のゆくまで精緻なセッションを行ったというのも、なるほどと頷けよう。[提示部の反復なし]

sv0024g.jpg
展開部(104小節)は冴えた弦楽アンサンブルが生き生きと躍動する。バスの16音符の伴奏動機をヴァイオリンが受け持ち、これが華麗に展開するところはゾクゾクさせる場面といってよく、内声の第2主題を第1主題に織り重ねる部分も決して鈍重にはならず、音楽はクリスプな味わいがある。

amazon

フルートが小躍りするようなオブリガート装飾で典雅な気分を運んでくる再現部(179小節)は、188小節から伴奏動機が主役になって、練りに練ったアンサンブルを展開するところが大きな聴きどころ。楽想はスコアの隅々まで見透かされたかのような明晰な造形と冴えたリズム感覚によって、器楽アンサンブルの妙味を堪能させてくれる。


第2楽章 ラルゴ
sv0024h.jpgユニゾンのオーボエとチェロの独奏が奏でる美しい主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》から採られたものだ。老巨匠は名旋律と5つの変奏を、おそいテンポでしっとりと情感を込めて歌い込む。

近接マイクによるオーボエと肉感のあるチェロが、とろけるようなハーモニーを紡ぎだしているのがたまらない。
amazon
sv0024o.jpg

「第2楽章は、おそらく、これ以上は無理ではないかと思えるほど遅いテンポでたっぷりと歌っている。もう今では、このような演奏は行わないが、このテンポで悠揚と歩むワルターの音楽は、ゆたかで、深い。ほかの楽章も、ふくよかな情感をたたえた演奏である。このような解釈が可能なのは、ひとりワルターのみであろう。」 小石忠男氏による月評より、28DC5032、『レコード芸術』通巻第454号、音楽之友社、1988年)


sv0024i.jpgたおやかな弓使いでため息のように応える第2フレーズ、シルキーな弦の装飾を配した第1変奏、フルートとヴァイオリンが静謐に歌う第2変奏、滑り込むように第1ヴァイオリンが主題を彩る第3変奏など、老巨匠は憂いのあるニュアンスを賛美歌の楽想に入念に擦り込んでゆく。18小節でさりげなくテンポをおとすところなど涙もの。

amazon  TOWER RECORDS

ヴァイオリンとチェロが纏綿と奏でる第4変奏(83小節)も思わず悲しくなってしまうが、主調にもどる第5変奏では小鳥を模したオーボエのチャーミングな合いの手(96、98小節)を添えるあたりも心憎く、そのやさしい模声が心にしみてくる。


第3楽章 メヌエット、アレグレット
sv0024j.jpgメヌエットは精妙なアンサンブルと洗練された響きの美しさが際立っている。スピード感あふれるフレージングに落ち着きのあるリズムを配し、音楽はみずみずしく冴えわたる。驚くべきはアウフタクトの装飾音ハネあげるような歯切れの良さは名刀もかくやと思わせるもので、切れ味と鮮度の高さは抜群である!

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

トリオのレントラー舞曲は、「ぶい~」とバクパイプのようなドローンを内声部ともなっているのがユニークで、ト短調の後半はいくぶん翳りを帯びながら、木管と弦が正確無比なスタッカートで緻密に協動するところも聴きどころだろう。
sv0024p.jpg


第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0024k.jpgサクサクと軽快に弾む終楽章は愉悦の極みとしかいいようがない。名人芸をひけらかした類のものでは決してなく、周到にリハーサルを重ねた手作りの味わいが、えもいわれぬ温かみを醸し出している。

活き活きとハネる装飾音や、気持ちのよい小刻みの走句など、フレージングひとつをとってもワルターの意図が楽想の隅々まで行き渡り、みずみずしい音楽を巧まずして際立たせている。

amazon  TOWER RECORDS
sv0024q.jpg

展開部(84小節)ではコロンビア響の弦楽セクションが、腕によりをかけて第1主題の変奏を料理する。爽やかな気分で駆け掛け走る愉悦感は無類のもので、再現部のさっぱりした終止打撃の後に、第2主題を弾きとばして一気呵成にコーダに突進する目の覚めるような躍動感も次元を超えたものといえる。

録音会場に選ばれたアメリカン・リージョンホールは、天井の高い、木で内装をほどこした古い造りの中型の集会場で、まるで教会堂を思わせる柔らか味のあるゆたかな残響が耳に快い。老境のワルターが見せたたおやかな抒情性と緻密なアンサンブルで聴き手を魅了する極上の一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/10/07 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)