ジュリーニ=シカゴ響の〈展覧会の絵〉

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ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲「展覧会の絵」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1977.4.6 Medinah Temple, Chicago (DG)
Recording Producer/Director: Günther Breest
Recording Engineer: Klaus Schaibe
Length: 34:29 (Stereo)
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ジュリーニがシカゴ交響楽団の指揮台に初めて立ったのは1955年11月のことで、ライナーが音楽監督をしていた時代に遡る。1969年にショルティが音楽監督に就任した時、異なるタイプのジュリーニが首席客演指揮者として迎え入れられ、シカゴ響との蜜月関係がはじまった。ジュリーニが指揮した70年代は、メジャーオケの中でトップの地位にあったシカゴ響の最盛期ともピタリと重なり、アドルフ・ハーセス(トランペット)を筆頭に名人奏者達が円熟期をむかえていた。

sv0036b.jpgシカゴ響の《展覧会》は商業録音だけでも6種におよぶことから、彼らの実力を発揮するのにうってつけの“看板曲”といえるもので、驚くことに〈プロムナード〉のソロをハーセスがすべて吹いているらしい。これはロジンスキーの時代に入団して以来半世紀にわたって君臨した“神様”が成し得た快挙といえる。

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ConductorRecordingLocationLevelTime
クーベリック1951.4.23,24Orchestra HallMercury28:31
ライナー1957.12.7Orchestra HallRCA33:05
小澤征爾1967.7.18Medinah TempleRCA30:22
ジュリーニ1977.4.6Medinah TempleDG34:29
ショルティ1980.5Medinah TempleDECCA33:26
Nヤルヴィ1989.11.27,28Orchestra HallCHANDOS32:52

これらの録音の中にあって、地味な存在ながらジュリーニ盤を推す音楽ファンは多い。ここでは期待に違わぬ強力なシカゴ響のブラス・セクションがものをいうが、哀愁たっぷりの〈古城〉や、重く引きずる〈ヴィドロ〉“歌の指揮者”ジュリーニの独壇場。遅めのテンポと精緻な管弦楽によって入念に歌い込むジュリーニの術が聴き手を酔わせてしまう。

sv0036c.jpg〈サミュエル・ゴールデンベルク〉〈バーバ・ヤガーの小屋〉の重厚かつ豪壮な管弦楽も聴きごたえ充分で、メカニックで鮮鋭なショルティ盤とは趣きを異にした魅力を備えている。シャイベ技師が手がけたDGのエッジの効いた解像度の高い録音も秀逸で、音楽的にも十全に練られた“シカゴ・サウンド”を心ゆくまで堪能させてくれる。

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「ジュリーニは《展覧会の絵》を90年にベルリン・フィルと再録音しているが、表現のしなやかさとスケールの点では、このシカゴとの旧盤を採りたい。テンポは新盤よりいく分速めだが、確信にみちた表現をスケール大きく展開して、細部までしなやかに揺るぎのない演奏をつくっている。ラヴェル編曲の色彩感といった面では少々渋いところはあるが、シカゴの表現力を手厚く生かして、各曲を確かな構成感で描ききっている。」 歌崎和彦氏による月評より、POCG9262、『レコード芸術』通巻第509号、音楽之友社、1993年)


「泰然自若とした恰幅の良い《展覧会の絵》だ。過度に音色を強調したり、演出めいたことを一切しない、いわば重心の低い、絶対音楽的な重厚路線の一枚である。」( 『200CDオーケストラこだわりの聴き方』より野本由起夫氏による、立風書房、2004年)


プロムナード
sv0036d.jpgトランペットのソロで歌い出される変則拍子のロシア風旋律は、テヌートを効かせて溌剌としたクーベリック盤とライナー盤、まろやかに朗唱するオザワ盤、直球勝負のドライなショルティ盤、変化球で打たせてとるヤルヴィ盤に比べると、ゆったりと味わいのある歌い口で、華麗で張りのある音はまぎれもなく名人ハーセス。弦がくわわる総奏は、ズシリとした厚みのあるシカゴ・サウンドによって、じっくり歌いこむのが印象的だ。

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小人(グノムス)~ヴィーヴォ
低音弦が大きく波打つ演奏は、地底の小妖鬼ならぬ巨人が体をゆすってのたうち回るかのようで、苦痛に喘ぐ悲痛な第1主題、チェレスタ、ハープのハーモニクスを美麗に散りばめた神秘の第2主題が表情たっぷりに描き出される。小太鼓が機関銃のように立ち上がる豪快なフィニッシュにも腰を抜かしてしまう。

プロムナード-古城~アンダンテ
sv0036e.jpg中世、北イタリアの古城で、タイツ姿の吟遊詩人カルロがひとり寂しく口ずさむ情景は哀愁に溢れ、甘酸っぱくも切ない気持ちを込めて非歌(エレジー)をしとやかに紡いでゆく。アルト・サックスの甘い香り、チェロの引きずるようなオルゲルプンクトの沈鬱な気分、弦のすすり泣くような哀しい応答が名曲に彩りを添えている。柔和なサックスのヴィブラートが消え入るウェットな結末も心にしみる。

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プロムナード-テュイルリーの庭~アレグロ・ノン・トロッポ
力強いトランペットに低音弦が土台をしっかり支えるプロムナードは重厚で、弦の肉厚のサウンドがズシリと腹に響いてくる。場面はパリのチュイルリー公園。子供たちがはしゃいで遊ぶ喧騒さは微塵もなく、中間部の遅いテンポが個性的だ。母親を困らせるような、ねっとりとした弦のスル・タストや、あどけない子供を表す透明でまろやかなクラリネットのソロなど、音の美感が周到に織り込まれている。

牛車(ヴィドロ)~センプレ・モデラート・ペザンテ
sv0036f.jpg作曲者がインスピレーションをえたハルトマン作《ポーランドの反乱》は、反乱首謀者が教会の前に集まり、銃殺刑に処せられる情景が描かれているとされ、ヴィドロとは「虐げられた人」の意味があるらしい。

ユーゴでパルチザンと戦った経験のある“ジュリーニ少尉”は、連合軍と戦うことを嫌って脱走し、終戦まで地下に身を隠したというが、銃殺刑の恐怖を織り重ねるように、捕らわれた人間の苦痛にゆがむ姿を生々しく刻印する。

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足枷をつけ、重い十字架を背負った歩みはジュリーニ・リズムの典型で、小太鼓のロールがクレッシェンドして最高潮に達するトゥッティの爆発的な最強奏もすさまじい。

卵の殻をつけた雛の踊り~ケルツィーノ・ヴィーヴォ・レッジェロ
木管がやさしく奏でるプロムナード3は一抹の寂しさを感じさせるが、ゆたかな低音弦とコントラ・ファゴットの生々しい響きから暗雲が垂れ込めてくる。卵の殻を破れない雛がくちばしで突つきながら飛び跳ねるバレエ音楽は、シカゴ響の木管セクションが遅めのテンポで精密な演奏をやってのけている。トリオの弦のトリラー小太鼓の枠を叩くリズム打ちも的確で、1番ホルン(クレヴェンジャーだろう)が抜群の存在感を示している。


サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ~アンダンテ
sv0036g.jpg尊大で威圧的な金持ちのユダヤ人(ゴールデンベルク)を示す“強大なユニゾン”は泣く子も黙るシカゴ軍団の独壇場。「ぐい」と弾きぬく筋肉質の弦の分厚いサウンドは天下一品で、その威力は絶大である! 

方や貧乏人シュミュイレの金切り声は突き抜けるような高音を発するトランペットが圧巻で、キレのある連音パッセージを吹きぬく名人芸が大きな聴きどころ。ゴールデンベルクの威圧的なバスに負けじと、がぶり四つで対抗しているのが面白い。ダメを押すような終止も指揮者の絶好調ぶりを伝えている。

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リモージュ市場~アレグロ・ヴィーヴォ
場面は南フランス中部の町。買い物とお喋りに余念のないおかみさん達の言い争いは、シャッキリとしたリズム感覚と小気味よいテンポ感が心地よく、動機が目まぐるしく駆け巡るパッセージの管・弦の精密さは名人オケならではいえる。決めどころは練習番号69の総奏で、トランペットが強烈に掃射する16分音符のすさまじさはに度肝を抜かされてしまう。メノ・モッソ(練習番号71)で32音符の刻みをトランペットが一気呵成に吹きぬく超絶ワザも聴きどころのひとつだろう。

カタコンブ~ラルゴ
sv0036h.jpgアタッカでつづく場面はキリスト教信者が古代ローマ時代に葬られたパリの地下墓地。友人の画家ハルトマンが案内し、作曲者は恐る恐るカンテラを下げて後について降りて行く。

テューバをくわえた鉛色のトロンボーン、フォルティシモで打ち放つ強力なホルン群、千両役者の登場とばかりに放歌高吟するトランペット独奏は、この楽団の看板セクションにふさわしい名人芸に酔わせてくれる。入念に歌いあげる〈死せる言葉による死者への語りかけ〉もじつに感動的で、ハープの上昇和音が不安な気分を浄化するかのようである。 

Carlo Maria Giulini: The Chicago Recordings

バーバ・ヤーガの小屋~アレグロ・コン・ブリオ・フェローチェ
sv0036i.jpg場面はスラヴの伝説、鶏の足の上に立てた妖婆の小屋。強烈な和音打撃と大太鼓を叩き込む開始は究極のシカゴ・サウンドを堪能させてくれる。豪壮な低音弦から繰り出すジュリーニ・リズムにのって、史上最強のブラス軍団が打ちぬ“妖婆の主題”は鋼のように力強い。

トロンボーンとホルンが入れ違いに喰らいついて和音をぶちかますところも気合い充分。ライナーの凶暴さやショルティのパンチ力には欠けるが、ジュリーニが押しの一手で突き進むさまは、シカゴ・マフィアの親分がチンピラを拳銃でなぎ倒す活劇を見るような痛快さがある。シロホンが「スコン!」と打ち込まれるトリオの音場の見事さも特筆されよう。

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キエフの大門~アレグロ・アッラ・ブレーヴェ
sv0036k.jpg場面は1869年のキエフ。ロシア風の屋根を持ち、3層の鐘楼をもつ雄大な建造物に思いをはせるように、ジュリーニは悠然たる歩みで壮大な絵物語を描いてゆく。ここは泣く子も黙るシカゴ・サウンドがパワー全開で、シカゴ響(教)信者にはたまらない魅力だろう。

圧巻はブラスがオクターヴで音階を上下する場面(練習番号107)で、フリードマンとジェイコブズが「神様は2人だけじゃネェぜ」と誇らしげに存在感を示している。プロムナード主題がトランペットによって高らかに回想されると(練習番号112)、主題に重ねるグロッケンシュピールの分離の良さ煌びやかな合奏美が最大の聴きどころだ。

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大きくリダルダンドをかけ(練習番号120)、強烈な大太鼓をぶち込むコーダは力感に溢れんばかり。大地をしっかりと踏みしめ、糊がへばり付いたように粘りながら、強音を杭のように打ち込む強大なフィニッシュは緊張の糸が最後まで途切れることはない。ジュリーニが“シカゴ・サウンド”を十全に生かしつつ、音楽的に練り上げた重厚路線の一枚だ。


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[ 2015/02/23 ] 音楽 ムソルグスキー | TB(-) | CM(-)

クリップスのモーツァルト交響曲第33番

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モーツァルト/交響曲第33番変ロ長調 K319
ヨーゼフ・クリップス指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1972.11 (Philips)
Location: Concertgebouw Hall, Amsterdam
CD: UCCP3456/61 (2007/5)
Length: 21:40
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ヨゼフ・クリップス(1902~74年)はワインガルトナーに師事したウィーン生まれの名指揮者で、ウィーンの伝統的なスタイルを継承した数少ない指揮者のひとりである。生粋のウィーン子ならではの情緒と品位を備え、師ゆずりの古き良き時代のウィーンの香気が薫りたつような芸風で知られている。

しかし、同じオーストリア生まれのカラヤン、ベームに比べれば影の薄い存在で、わが国でも一流の指揮者としての認識はうすく、“剥き卵”のようなモッサリした容貌からして華のない指揮者の典型だった。

sv0035a.jpgそんなクリップスが心血を注いだのがモーツァルトの音楽で、「すべての音楽はモーツァルトに通ず」と語るように、モーツァルト以外の作品でもウィーン流の優雅なスタイルにこだわりをみせ、時間をかけたリハーサルで楽員をうんざりさせた。また、作品に対する文学的形容がときに失笑をかい、アメリカのラジオ番組では、その陳腐なコメントが逆に一部のマニアにうけたらしい。

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クリップスの音盤で筆者の目をひいたのが、最晩年の70年代にコンセルトヘボウ管と集中的に録音したモーツァルト交響曲集(20曲)のフィリップス盤だ。これまでごく一部がLPで発売されただけで、そのほとんどが〈20世紀の巨匠シリーズ〉によって初めてCD化されたものである。こんなお宝音源がレコード会社に長らく眠っていたとは・・・

sv0035c.jpgここで取り上げる〈第33番〉は、中庸のテンポから繰り出される楽想の美しさが隅々まで浸透した演奏で、名門コンセルトヘボウ管ならではのみずみずしいサウンドときめ細かなアンサンブルが展開する。くすみ掛かったオランダ特有の音色は、このホールで熟成された“極上のサウンド”といえるもので、シルクのような弦楽器燻し銀の管楽器がホールにしっとりと溶け合う“響きの美しさ”を心ゆくまで堪能させてくれる。

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「モーツァルトの宝石箱だ。どこをとっても最高の音楽、最高の教養がこのセットには溢れている。このセットを座右に置き、すべてのフレーズのイントネーションを調べたり、どんなニュアンスのアクセントが置かれているのかを感じたり、主旋律と対旋律のバランスはどうか、適切なテンポとは何か、緩除楽章とメヌエットのリズム感覚の違いは、等々を研究するだけで、4年間音楽大学に通う以上の知識が得られるに違いない。しかし、そんなことを一切考えず、ただただ美しいモーツァルトの音楽に浸ることは、いっそう幸福なことだろう。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


「とにかくどの曲を聴いても質が極めて高く、その気品に満ちた美しい佇まいを持った音楽の姿にはため息が漏れるほど。収められた20曲のどれを聴いても、時間を忘れるほどの至福感に満ちている。一般には並の存在としか認知され難いクリップスという指揮者の、ほんとうに優れた手腕を持つ職人としてのすばらしさを再認識させる集成であると同時に、彼のモーツァルト解釈の説得力の大きさをまざまざと感じさせる、クリップス最高の遺産と言っても差し支えない。」 中村孝義氏による月評より、『レコード芸術』通巻第682号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アレグロ・アッサイ、変ロ長調、4分の3拍子
sv0035d.jpg交響曲第33番は生地ザルツブルクで最後に書かれた作品群の1つで、“モーツァルトの田園交響曲”とよばれる牧歌的な愉しい気分に溢れたシンフォニーだ。トリルをふんだんに使った典雅なスタイルの中に、朗らかなメロディーが次々と沸き出る才能の宝庫のような名曲は、ムラヴィンスキーカルロス・クライバーといった名指揮者がコンサートで好んで取り上げる玄人好みの作品といえる。

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さっぱりとしたフォルテの打ち込みで開始する第1主題は、緻密なアンサンブルから紡ぎ出すみずみずしいフレージングが心地よく、こまやかに配したアーティキュレシーションの綾が美しく織り込まれてゆく。精妙なスタッカートが力強いリズムとなって駆け上る頂点は、力瘤を廃した爽やかさが聴き手の耳を捉えて離さない。

聴きどころは優美な歌があらわれる第2主題(55小節)。さりげないフレーズの中にしっとりと艶を込めた弦の歌は光彩陸離たる美しさで、色気のある木管と応答を繰り返すところの蠱惑的な響きは、聴き手を惑わすような妖しい魅力すら備えている。

「これらの演奏に一貫する特徴のひとつに、コンセルトヘボウの弦の美しさが挙げられる。もともとヨーロッパの並み居るオケの中でも、とりわけ高い質を持つオケだが、きめこまやかで目の詰んだ、燻し銀のような光沢と一種独特の色艶を併せ持つこのような響きはめったに耳にできるものではない。コンセルトヘボウと言えども、いつもこのような美しい響きを奏でられるわけではないので、これを引き出したクリップスの並々ならぬ手腕はおのずと了解されるだろう。これらすばらしい弦楽器群をベースに、木管楽器群も実にチャーミングな表情と色を添える。」 中村孝義氏による月評より、『レコード芸術』通巻第682号、音楽之友社、2007年)


緻密なトリル、なだらかな8分音符、一気呵成にクレッシェンドする3連音の刻みは解放感に充ち溢れ、オーボエとファゴットがフォルテでくわわるドローン(119小節)は、まるでバグ・パイプが鳴っているような錯覚にとらわれてしまう。どんなに貧しい装置で再生しても、茶の間がコンサートホールと化してしまうフィリップス録音は、肥えた耳のオーディオ・マニアならずともその美しい響きに酔わされてしまうだろう。

sv0011f.jpg展開部(139小節)は「ジュピター動機」(交響曲第41番フィナーレ)の萌芽があらわれる。トリルと交互に応答を重ねる弦、ファゴット、オーボエ、ホルンのしみじみとした情感がたまらない。

弦楽が3連音の刻みで彩る密度の濃さや、第1ヴァイオリンとファゴットがユニゾンで奏でる侘びた風情など、老巨匠は素朴な田園情緒を柔らかなハーモニーによってしっとりと描き出してゆく。

再現部(208小節)は、シンコペーションとトリルを入れた第1主題、5度下げてヴィオラと歌い出す第2主題、ゆたかな弦楽サウンドを聴かせるユニゾン楽節など、器楽合奏の冴えた妙技を堪能させてくれる。コーダに入る直前で翳りを帯びた哀しい眼差しをふと見せる周到さも、老熟したクリップスならではの心憎い“奥の手”といえるだろう。


第2楽章 アンダンテ・モデラート、変ホ長調、4分2拍子
sv0035e.jpg優美な中に温もりを感じさせる2つの主題の間に、さりげなく挿入した愛らしくも哀しい楽想(19~26小節)がこのシンフォニーの最大の聴きどころだ。

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在りし日の恋人の思い出を慈しむように、しみじみと奏でる老匠の語り口は心細やかで、これがわずかに変奏される展開部(58~69小節)では、第1ヴァイオリンが高音部へ飛翔してさらなる哀しみを綴りつつも、仄かな喜びを感じさせる高貴な歌い口はあまりにも感動的だ。展開部はじめの弦の柔らかなフガートや、みじかい管楽器のアンサンブルにも耳をそば立てたい。


第3楽章 メヌエット、変ロ長調、4分の3拍子
ウィーン風のメヌエットは、いかにも宮廷音楽風の雅やかな楽想で、これはもうウィーンの産湯で育ったクリップスの独壇場。シルキーな弦をたっぷり鳴らし、愉悦感のある木管とホルンが典雅に彩ってゆくあたりは水を得た魚のようで、ツボにはまったように上品に歌いまわすトリオの優雅さも格別である。
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 第4楽章 アレグロ・アッサイ、変ロ長調、4分の2拍子
sv0035f.jpgベートーヴェンが〈第8〉フィナーレのモデルにしたとされる“喜びに沸き立つ村祭り”は、生き生きとした躍動感に溢れんばかり。力感をさっぱり排除し、サクサクと弦を入れたみずみずしいアンサンブルによって、第1主題を跳ねるように変奏する41小節から、いよいよ名門楽団が冴えた腕前を披露する。

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付点音符、装飾音、スタッカートを駆使した難技巧のフレーズを緻密にさばき、伴奏きざみの1音たりともブレることのない精妙なアンサンブルは、もはや器楽演奏の限界を超えたもので、しかも誰ひとりとして荒々しく弾き飛ばすことなく、落ち着きのあるフレージングを配するあたりはクリップスのしたたかさが浮かび上がってくる。

晴朗なカンタービレを聴かせる第2主題(83小節)もこの交響曲の大きなご馳走のひとつで、細やかなアーティキュレーションの妙味には目を見張るばかり。さらに作曲者は村の楽隊を連想させる愉快な第3主題(130小節)を用意する。トリルの入った戯けた木管の主題に応えて弦が朗らかに弾む舞曲は、荒っぽい躍動をむしろ控え、アンサンブルの緊密さによって勝負するところはクリップスの職人ワザといえる。[提示部リピートあり]

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sv0035g.jpg展開部(162小節)は弦の3連音のせわしい中を、オーボエの悲嘆にくれるかのような哀調を帯びた和音が明滅するが、ファゴット、ホルン、低音弦が模倣を繰り返すうちに愉しげな気分が戻ってくる。ユニゾンで大きな弾みをつけて再現部(214小節)へ突入する決めどころは荒ワザを仕掛けることなく、純音楽的な澄み切った新鮮さを提示する。

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5度下げて歌う第2主題のカンタービレや、10度ハネ上がる付点主題の変化を克明につけ、第3主題の田園牧歌を再現する手際の良さも抜群で、みずみずしいリズムから繰り出すコーダの冴えたアンサンブルは、最後まで途切れることなく聴き手に清涼な気分を運んでくれる。コンセルトヘボウ管のみずみずしいアンサンブルと老匠クリップスの職人芸を堪能させてくれる極上のアルバムだ。


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[ 2015/02/12 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)

カラヤンのブラームス悲劇的序曲

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ブラームス/悲劇的序曲 作品81
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1970.9,10 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recording Producer: Michel Glotz (EMI)
Balance Engineer:Wolfgang Gulich
Length: 14:11 (Stereo)
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筆者がこのレコードをはじめて聴いたのは〈名序曲へのお誘い〉と題した廉価盤LPで、ベルリンフィルとの《悲劇的序曲》と《フィデリオ》序曲のほか、ドレスデンとの全曲盤から採られた《マイスタージンガー》前奏曲といった作品が含まれており、70年代の比較的新しい録音が安価で手に入るのが魅力的だった。

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もとよりEMI派で、いっぱしのカラヤン・ファン(“カラキチ”と小馬鹿にする友人もいた)であった筆者はその華麗なサウンドに魅せられて、何度も針でこすってこのレコードを聴き入った。中でも《悲劇的序曲》のドラマチックで、しかも実演のような熱気あふれる演奏に感激し、カラヤンのようにこの名曲をカッコよく指揮してみたいと思ったものである。

sv0034b.jpgカラヤンの《悲劇的序曲》には何種類かのレコードが残されているが、その中で最も気魄に充ち、しかも音楽に勢いがあるのがEMI盤だ。このコンビ全盛期の70年代に見られる輝かしいオーケストラ・サウンドが全開で、指揮者とオーケストラが真剣勝負で白熱し、全身全霊で演奏するさまは数あるレコードの中で冠絶している。しかも劇的な闘争を孕みながら、カラヤンが悲劇の楽想に自らの英雄像を刻印したすさまじい演奏である。

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「ベルリン・フィルによる〈フィデリオ〉と〈悲劇的序曲〉にカラヤンの特色がよく出ている。前者はかなり効果を狙った演奏で深味には欠けるが、巧いことは事実。後者もブラームスらしからぬ派手な響きだが、拡がりの豊かな雰囲気は抜群である。」 宇野功芳氏による月評より、EAC35005、『レコード芸術』通巻第316号、音楽之友社、1977年)


sv0034k.jpgエッジの効いた音の硬いDG盤に比べると、教会のモヤモヤした残響の中に音像が埋もれて聴こえるEMI盤の“掴みどころのない音”に、当時筆者は困惑したものだが、リマスターされたCDで今聴き直してみると、8度跳躍のモチーフや、行進リズムのファンファーレがかけ合うコーダの音響効果の見事さ(とくに音の伸びや拡がり)は、聴き手の肉体に刺激と興奮をあたえる“虚妄のバランス”とは一線を画した自然な臨場感がある。

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「趣味性の反映されたアトラクティヴなサウンド作りから遠い存在の客観性を打ち出している“EMIサウンド”の、あくまでナマの持つ音の自然なバランスの再現、これは皮肉なことにCDの時代になってようやく本来の姿を提示できるチャンスを与えられたようだ。大量に供給されているアナログ・ステレオ録音のCD化リリースの中にあって、EMI系録音の音源の持つ自然な音場再現は一頭抜けたものとなっている。」 『200CDクラシックの名録音』より田中成和氏による、立風書房、1998年)



提示部(1~186小節)アレグロ・ノン・トロッポ
sv0034c.jpg力を込めた強圧的な2発の和音打撃からして、緊迫した雰囲気がただよっている。付点音符を勇ましく駆け上がり、嵐のような弦のトレモロの中を管楽器が主題を威圧的に押し込んでゆく勢いはすさまじく、滑り込むような弦のシーンコペーションの音量のゆたかさと筆圧の強さは、のっけからベルリンフィルのパワーが全開である!

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弦の3連刻みで揺さぶりをかけながら、木管が第1主題を悲痛に歌い継ぐ一糸乱れぬフレージングも極めつけで、力の限り叩き込まれるティンパニと管弦が渾然一体となった音響の渦の中に聴き手が巻き込まれるような、途轍もない音響体験に鳥肌が立ってくる。

sv0034d.jpg何もここまで力まなくても、と思わないでもないが、「自分とベルリンフィルは、いま最高の状態にある」とカラヤンが豪語したこのコンビの全盛期らしい厳しさと確信にあふれた表情には一分の隙もなく、威風堂々たる風格を感じさせるのがこの演奏のすごいところだ。

悲嘆にくれるオーボエのモノローグ、意味ありげな弦の切分音リズム、荘重なトロンボーンのコラール(推移主題)など、作品のかたちを素直に表すというよりは、磨き上げられた各声部を名人芸的に誇示しながら、演出巧みな音楽が楽想に塗り込められてゆく。しかし、これらはカラヤンにとって、あくまで自己の美学を開陳するためのお膳立てにすぎない。

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sv0034e.jpgカラヤンが持てる力を発揮するのは、ヘ長調で歌われる第2主題(106小節)。自然に歌いながらも、大きな呼吸と美麗なレガートによって抑揚をつくるフレージングは悪魔的といってよく、ロマン的な気分を横溢させながら、とめどもない悲哀感を巧みに織り込んでゆくところはカラヤンの底知れぬ音楽性を示している。

ぬめるようなシンコペーションによって、行進曲風律動の8度跳躍へ周到に斬り込んでゆく場面は、身を奮い立たせるような闘争の精神が漲っている。

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その頂点は、8度下降を情熱的に繰り返すコデッタ(126小節)にやってくる。付点をたっぷり弾んで躍動する弦と、8度モチーフをなみなみと吹き上げる4本のホルンが対峙する場面(142小節)は管弦が溶け込むように、フォルティッシモでみずみずしく響きわたる音響効果に腰を抜かしてしまう。

木管の上昇フレーズの間隙を縫うように、「これでもか」と弦が弱拍の打撃を打ち込むところは思わずCDを指揮をしたくなる決めどころで、“とどめの強拍”の気魄に充ちた一撃は、いささか演出過剰が鼻につくとはいえ、カラヤンの“ヒロイックなカッコよさ”が極まった感があろう。

展開部(187~263小節)
sv0034h.jpg入念なピアニシモで“いわくありげに”進行するモルト・ピウ・アレグロの行進曲風エピソードは、いかにもナルシストのカラヤンらしい作為的な音楽運びで、自己の業績を述懐する“英雄譚”のようでもある。

弦の刻みで対位法的に紡ぐ精緻なスピッカートの行進曲は、抜き足差し足で“次なる獲物”(カネになる仕事、高い地位、美しい女性)を虎視眈々と狙うカラヤンの策略が浮かび上がってくるようで、木管をくわえて音量を増しながら、フォルテの付点フレーズを見得を切るように颯爽とさばくカラヤンの巧妙な術に、筆者の俗耳がはまってしまう。
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再現部(264-366小節)テンポ・プリモ
sv0034i.jpg推移主題の静謐なコラールが弦に出ると再現部だ。繊美なレガートによって神秘的な旋律をなめるように奏しつつ、来たる最後の闘争を予示する絶妙の語り口は帝王カラヤンの独壇場。やがて、柔らかなホルンとトロンボーンが第1主題をゆったりと、牧歌的に拡大して奏する291小節で最も美しく、崇高な瞬間がやってくる。

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ブラスのコラールに華を添えるように、浄化した気分の中を光沢を帯びた弦の和音が美しくたなびくところは、聴き手の耳を陶酔させる究極の“カラヤン美学”といえる。絶妙の呼吸でヴィオラが第2主題を滔々と、しかも気高く歌い上げるところは感涙極まる名場面で、慰めるような木管のモチーフもたまらない。聴き手の心に強く訴えかけながら、帝王は力を振り絞って最後の闘いに決然と立ち向かう。

8度の強烈な律動を容赦なく叩き込むコデッタの頂点は、絢爛豪華なカラヤン・サウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。弦とホルンがゆたかな残響をともなってかけ合う場面は大きな音のご馳走で、強烈に吹き上げるホルンにトランペットも加勢して、闘争の音楽は光彩陸離たる一大絵巻物となって展開する。


コーダ(367~429小節)
sv0034j.jpgバスが第1主題の冒頭を執拗に繰り返し、勢いを増しながら行進モチーフを切り裂くように畳み掛けるフィナーレは、すさまじい管弦の嵐が吹き荒れる。

シャッキリと歯切れ良く打ち込む弦の打撃に、金管の“強烈なファンファーレ”が炸裂して応酬するクライマックスは圧巻としかいいようがなく、管弦の冴えた響きと怒濤の勢いでなだれ込むアグレッシブな力ワザは、プロイセン的な堅固さと底知れぬパワーを秘めたカラヤンの気魄が込められている。

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激しい行進の律動は悲劇の終幕というよりは、敵を完全制圧し、自己の勝利を確信したかのように高らかに謳い上げているところがカラヤンらしく、悲劇の楽想を刺激的でゴージャスな大管弦楽によって華々しく決めた白熱の演奏である。


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[ 2015/02/01 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)