フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第1番(52.2.10)

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.2.10 Titania-Palast, Berlin
Source: Sender Freies Berlin
Henning Smidth Olsen No.288
Length: 47:46 (Mono Live)
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フルトヴェングラーの「ブラ1」といえば、筆者の学生時代はウィーンフィルによる1947年のEMI盤が知られる程度だった。これはSP録音のために音質が著しく劣ることや、最後は燃焼しきれないまま中途半端に終わったような印象が拭いきれず、期待したほど感銘を受けなかったと記憶する。

sv0039m.jpgその後、さまざまなオーケストラとのライヴ録音が雨後の筍のように続々と掘り起こされ、いまでは1ダース近くの巨匠の演奏がラインナップされている。その中でも筆者が強烈に印象付けられたのが、フルベン・ファンにとって“干天の慈雨”ともいえるグラモンフォンから1976年に発売されたベルリンフィルの実況盤だ。

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このグラモフォンのLP(MG6002)は、ベルリンフィル創立70周年記念コンサートのライヴ録音。オリジナル・デザインによるグレーの格調高いジャケットもさることながら、SP録音の不満を払拭する音質の良さと1本筋の通った力感漲る演奏は、巨匠の真打的な奥義と迫力を伝えてくれるもので、愛好家の喉の渇きを潤すに十分な手ごたえを感じさせてくれるレコードだった。そして「やはりフルベンはベルリンフィルの実況録音に限る!」と筆者は舌鼓を打ったものだ。

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「この演奏は優秀だ。オーケストラはすばらしく充実していて強い気迫に充ちているし、音楽の進行には指揮のたくましい牽引力が感じられ、やはり実況ならではの気分充分である。なによりの美点はめりはりが実にきちりと自然にきまっていることで、万事がいかにもそうあらねばならぬという形で盛り上がりもテンポの変化も行われている。このブラームスの第1番は至る所に絶妙の言い回しを含みながら、そのすべてが完全にひとつの有機体を築いていることで、私にはフルトヴェングラーの指揮の奥の手を最も見事に見せたものと言えそうに思われた。こういう奇跡的な芸当をしばしば現場でやってみせたから、彼は第一人者の座にいたわけである。」 大木正興氏の月評より、MG6002、『レコード芸術』通巻310号、音楽之友社、1976年)


フルトヴェングラーのブラームス《第1番》は、11種の演奏がリリースされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
VPO1942 or 1944Unknown (=③?),(=⑤)日ColumbiaO_ 77.5/432a
BPO1945.1.23Berlin, Admiralpalast (4th mov.) 仏フ協O_105
VPO1947.8.13Salzburg, FestspielhausPrivate ArchivO_114
LFO1947.8.27Lucern, Kunsthaus仏フ協O_118
VPO1947.11.17-20Wien, MusikverinsaalEMIO_127
ACO1950.7.13Amsterdam, Concertgebou日フ協O_212
NWD1951.10.27Hamburg, Musikhalle仏フ協O_265
VPO1952.1.27Wien, Musikvereinsaa東芝EMIO_283
BPO1952.2.10Berlin, Titania PalasDGO_288
TRO1952.3.7Torino, Italian Radio加RococoO_293
BPO1953.5.18Berlin, Titania Palast米DiscocorpO_337
VSO1954.3.20Caracas, Amfiteatro Jose Angel英フ協O_388


sv0039l.jpgこれらの中で演奏・音質ともに優れた演奏となると、⑥北西ドイツ放送響⑧ベルリンフィル(当盤)が双璧だろうが、アインザッツの切れ、ティンパニの打ち込みの鋭さ、崩れのなさ、演奏の集中度から言っても本家ベルリンフィルとの当盤がもっともツボにはまった演奏ではないだろうか。


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「謎のブラ1」と呼ばれるウィーンフィルの1942又は1944年実況録音は、かつて日本コロムビアからDXM163として発売されたLPで、どこか“ウラニアの英雄”を思わせ、オールセンでは別扱いとしていた。④以外は発掘されていなかった時代には大戦下の実況録音ということで注目を集めたが、すぐに廃盤になってしまったので筆者は入手出来なかった。実は④と同一演奏で、市販のSPからダビングして作られたという説が有力だ。

ベルリンフィルにはもう一つ、同じ演奏会場で1953年の実況盤⑩がある。演奏スタイルが似ているため「夢よもう一度のブラ1」と心を躍らせたが、ワルター協会盤(LP)の音が貧しく評判倒れだった。ターラ盤(FURT1019)で音質は改善されたが、筆圧の強さ、リズムの切れ、緊迫感、ロマンの密度、決めどころの高揚感といった点で⑧には到底及ばない。

sv0039n.jpg掘り出し物は、かつてプライヴェート盤(GCL5004~5)として出ていた②で、個人のエアチェック・ソースと思われるがベスト3に入れたい名演奏。独奏も抜群に美しい。グランドスラム盤(GS2086)はさらに音質もよく聴きやすいので、これは購入して損はない。音源はコレクターから提供されたエアチェックDATとのこと。

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嵐のように荒れ狂う'45年盤①(SWF8803)も捨てがたい魅力があり、音質も当時のものとしては破格の良さで、もし全楽章揃っていれば⑥⑧に並ぶ存在になったに違いない。

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sv0039h.jpg当録音はグラモフォンがオーソライズ盤のために選択枝は限られたが、柔らかなLPの音に比べてCD(独グラモフォン427 402-2)の不自然な響きがどうしても馴染めず(POCG2356、POCG3793も評判がよくない)、筆者はLP(MG6002)をCD-Rに起して聴いている。オープンリールをソースとするグランドスラム盤(GS2048)はLPに似た肉感のある音を提供してくれるので、CDの音を好まない人には推奨盤といえる。

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NoOrchestraDateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
Berlin po1945.1.23WF SocietySWF8803---16:43-
Wien po1947.8.13GlandSlamGS208615:0510:235:2216:4547:35
Lucern fes1947.8.27TahraFURT102914:5410:215:0816:5747:20
Wien po1947.11.17-20EMITOCE378814:4310:385:0216:2846:51
Concertgebou1950.7.13TahraFURT101214:3310:054:5816:3546:11
NWDR so1951.10.27TahraFURT107014:5610:075:1417:0947:26
Wien po1952.1.27AltusALT77/814:1710:115:0416:3346:05
Berlin po1952.2.10DGMG600214:3510:355:1617:0247:28
Torino-RAI1952.3.7TahraFURT108014:219:495:1817:0646:34
Berlin po1953.5.18TahraFURT101914:0610:335:1517:0747:01
Venezuela so1954.3.20WF SocietyFURT10114:169:475:1216:4846:03


第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート-アレグロ
sv0039d.jpgうねるような弦の分厚い半音階進行とティンパニの重みのあるストロークはまぎれもなくフルベンのブラームスで、強固な意志を楽想に塗り込むように密度の濃い音楽が支配する。

奔流を阻止するティンパニの激震をともなう固い一撃がすさまじく、身をよじるようにうねり回す弦の意味深げな分散和音、わが身を嘆くようなオーボエ、悲痛に歌うチェロなど、巨匠は悲劇的な気分を序奏にこってりと盛り付けている。

ティンパニの強打で宣言する主題提示は、筆圧の強いフレージングによって音楽は力強く邁進する。堅固なリズムは一分の隙もなく、シャッキリと頂点(97小節)に駆け上がるフレージングの切れも抜群! 大きなリタルダンドを配する第2主題部は濃厚なロマンが匂い立ち、木管の牧歌的な問答によって、巨匠は神秘の森の奥深くへ足を踏み入れてゆく。〈運命動機〉の律動でアインザッツにずれが生じるが(159小節)、シンコペーションで力を蓄えて展開部へ突き進むところはぴんと張り詰めた雄渾な雰囲気が漂っている。

sv0039e.jpg展開部(189小節)は、コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉を無用に高ぶらず、〈反抗の動機〉(294小節)をぶつけながら勢いを付けて“闘争の頂点”へ上り詰める緊迫感は無類のものだ。16分音符の弦の下降動機と管の基本動機を激しく競り合わせ、トランペットの強奏とティンパニの強打で再現部に突入する“力ワザ”は聴き手の興奮を掻き立てる名場面で、鼓舞するような気魄に「これぞ、フルベン!」と膝を打ちたくなる。
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このクライマックス(再現部)で巨匠がみせるトランペットの強奏が特徴的で、とりわけ⑥の北西ドイツ盤の突出感が際立っている。また驚くことに、②~⑪のすべての演奏で339~41小節のトランペット〈C-休符-D-G〉の休符を第1ヴァイオリンと同じCisで埋めており、当盤でもこの3小節は再現部を宣言するかのように、明確なフォルテでぶつけている。最大の聴きどころは、再現部のシンコペーションから付点リズムに変わるコーダ(459小節)。

sv0039f.jpgリズミックな連打で畳み掛けてゆくところは、巨匠の“必殺ワザ”が炸裂する。470小節から弦の裏打ちでクレッシェンドする“決めどころ”は、トランペットがわずかにズレる北西ドイツ盤や、一気呵成に駆け抜ける⑧ウィーンフィル盤など、一発勝負ならではのスリルと興奮を喚起するが、当盤ではトランペットとティンパニが煽るように加速を掛けて突進するも、崩壊寸前のところで決める綱渡り的な演奏に鳥肌が立ってくる。
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いかにも巨匠らしい息もつかせぬ緊迫感と、即興的な神に酔ってしまうのは筆者だけではないだろう。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0039g.jpg感傷に溺れることなく、孤独の影を宿した暗く、わびしい色調によって、深遠に奏でる音楽が聴き手の心を掴んで離さない。第1主題を発展させた付点音符と切分音で綴る半音階の上行モチーフのコクのある響きは冠絶しており、中間部でオーボエが物悲しげに奏でるコロラチュラ主題や、弦のユニゾン主題の厚みのあるゆたかな響きから、ロマン的な気分がおのずと薫り立つのがフルベン流。  amazon[SACD]

大きな聴きどころは、ティンパニのトレモロが背景に入る中間部の最後(66小節)で、1拍の休止が無限に止まったような神秘的な印象を与えている。“夢幻の陶酔境”に引き込むように奏でる主題再現の美しさも格別で、聴き手を恍惚とさせる巨匠の秘術を心ゆくまで堪能させてくれる。

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しっとりと流れに乗せる独奏ヴァイオリン(ジークフリート・ボリースだろうか)も格調高く、③シュヴァルベ、⑥レーン、⑦ボスコフスキーと比べても遜色なく、うねうねと太い縄を編むようにホルンの旋律に絡める崇高なオブリガートに耳をそば立てたい。

なお、主題再現(67小節アウフタクト)の直前でオリジナルでは大きなセキが入っているが、DG盤をはじめ後述するターラ盤(FURT2005)やスペクトラム盤(CDSM017WF)でもこれが編集されている。オリジナル音源のコピー(19cmオープンリール)から復刻されたグランドスラム盤(GS2127)のみ完全ノーカット版で、終演後の万雷の拍手が1分半も収められている。この鮮明で厚みのある音を聴けば、フルベン・ファンならずとも夢中になって最後までのめり込んでしまうに違いない。

「曲想転換の要所で、時間が止まったような長大な“間”を置くのもフルトヴェングラーの特徴だが、中間部の66小節で、それが起こる。“音楽が静的になって観念的な深淵へと吸い込まれてゆくように減速して行く際の神秘的な収斂”も確認できるが、その到達点でブリッジとして残るティンパニのトレモロをフェルマータ的に扱って、次のフレーズの前に単なるブレスを超えた“思念する間”を設定してしまうあたりが天才的だと思う。このフェルマータ処理は、主兵ベルリンフィルは7~8秒と最も長く、互いに周知の解釈を余裕をもって再現していることがわかる。」 「ブラームス交響曲第1番に見る“間”と移行の秘技」より金子建志氏による~『レコード芸術』通巻651号、音楽之友社、2004年)


「第3部に入る部分(66~67小節)のフルトヴェングラーの妙味に触れないわけにはいかない。ティンパニのトレモロだけが残る部分をほんのわずかに長くのばし、その次に夢から覚めるように歌い出すのはまさにロマンの極みである。」 「究極のオーケストラ名曲解剖(10)」より平林直哉氏による~『レコード芸術』通巻658号、音楽之友社、2005年)



第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラッチオーソ
sv0039is.jpgインテルメッツォは緩急自在のフルベン節を堪能させてくれる。沈鬱な気分でクラリネットがたゆたう第1主題、一転してせわしく急き立てられるように疾走するへ短調の第2主題、ヒロイックな気分を刻印して高揚するトリオ主題といった楽想の急展開に心をつかまれてしまう。

中間部終わりの耳が痛くなるようなトランペットの強奏や、強いピッツィカートも個性的で、再現部144小節からおずおずとテンポを落とし、音楽が止まってしまいそうなトリオの回想によって、来るフィナーレへの期待がいやがおうにも高まってくる。

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sv0039j.jpgDGのLPもCDも開始のクラリネットの音が小さいのが気になって仕方がなかったが、グランドスラム盤(GS2048)のみ音量がしっかり入っている。

また、楽章間の休憩や拍手がそのまま収録されているターラ盤(FURT2005)、RBBアーカイブを音源とするスペクトラム盤(CDSM017WF)、前述のグランドスラム盤(GS2127)を聴くと、第3部終わりの弦のピッツィカートの部分(139小節の頭)で、ヴィオラの弦が切れたような音が確認できるので、DG盤はこの部分を修正しているのだろう。これらはDG盤に比べると生々しく、従来とは違った感動を伝えてくれる。

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第4楽章 アダージオ-ピウ・アンダンテ(序奏)
sv0039k.jpg聴き手の度肝をぬくティンパニの強打や、濃密なピッツィカート、よじるように引き伸ばす弦のパッセージなど、高カロリーのフルベン節が序奏から全開。混沌とした闘争の中からティンパニの凄まじい雷鳴が轟くと、雲がゆっくり晴れて〈アルペン動機〉が出現する。深い呼吸で奏でる動機は輝かしい未来を予示するように、荘厳なコラールをくわえて神々しさを増してくるあたりはフルベンの魔力といえる。

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パウゼのあとに立ち現れる〈歓喜の主題〉は、たっぷりとした弓でテヌートを効かせ、厚みのあるゆたかな響きで聴き手の心を揺さぶるように奏でてゆく。巨匠は歌に溺れることなく情念の炎を燃やして行進し、アニマートの総奏(94小節)で「ここぞ」とばかりに力ワザを開陳する。激しい律動で昂奮しながら爆発する総奏や、管の3連リズムが炸裂するところは、身を奮い立たせるような闘争の精神がみなぎっている。

sv0039q.jpg再現部(185小節)は雄々しく揺れながら、デュナーミクの振幅が激しくなるのが即興的で、転調によるギア・チェンジや、「これでもか」と嵐のように弾き飛ばす弦の下降パッセージなど霊感を得たフルベンの独壇場。

強圧的な裏打ちから全管弦楽のパワーを結集し、アルプスの最高峰で爆発するクライマックス(285小節)の高揚感も比類がなく、ティンパニの大連打が劇性を大きく高めている。カランドからリタルダンドをかけて神韻縹渺と奏でる〈慰めの動機〉(316小節)も聴きどころで、弦の美しさが際立つ名場面。

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コーダ(367小節)は、巨匠が真打的な迫力で聴き手を圧倒する。カノン風に織り込む主題に獅子吼するブラスを重ね、緩急をつけながら爆発的にクレッシェンドしていく場面はゾクソクするような興奮を誘う決めどころだ。

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うねるようなシンコペーションから強烈な7連打に収束する“ウルトラC”は神技を超越したもので、ティンパニをドカドカ叩き込んで突進するピウ・アレグロの軍楽的な行進にも快哉を叫びたくなる。力の限り吹き抜くコラール(407小節)、渾身の力を込めて叩き込む〈A-As-Fis-G動機〉、確信をもって打ち込む終止和音がシンフォニーを力強く締めている。巨匠の秘術と力業をあますところなく伝える納得の一枚だ。


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[ 2015/03/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

セル=ロンドン響の《水上の音楽》

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ヘンデル/組曲《水上の音楽》(ハーティ&セル編)
ジョージ・セル指揮 
ロンドン交響楽団
Recording: 1961.8 Kingsway Hall, London (DECCA)
Recording Producer: John Culshaw
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 18:22 (Stereo)
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《水上の音楽》は英国王ジョージ1世(1714~27年在位)が主催したテームズ河の船遊びの際に演奏されたという記録が残っているだけで、作曲者の生前には楽譜が出版されず、自筆譜のほとんどが消失しているために、曲の配列や演奏形態は校訂者や演奏者の判断に委ねられている。

sv0038c.jpgここで演奏されるハーティ版(1922年刊)は、アイルランドの指揮者・作曲家ハミルトン・ハーティ卿が、クリュザンダー版を底本に6曲をチョイス、楽器編成を大幅に増強して近代オーケストラ用に編み直したバージョン。現在では時代遅れのものだがコンパクトに纏められ、フル・オーケストラによる豪奢なサウンドが楽しめる。

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プロデューサーのカルショウは、ヘンデルだから英国のオーケストラを使ったのかどうかは定かでないが、当時のロンドン響はモントゥーが首席指揮者をしていた時代にあたり、世代交代で最良の状態になかったとされる。ここで仕事師セルが起用されたのは“デッカの配剤”といえるもので、セルはハーティ編曲に飽きたらず、自らオブリガートなどを書き加えて改変を行い、演奏効果を高めているのがおもしろい。
 

「昔なつかしいハーティの編曲で(セルの手が若干加わっているが)フル編成のオーケストラによるヘンデルを愉しむことが出来る。セルは相変わらずオケのリズムと響きをすっきりとまとめ上げ、いざとなれば金管をりょうりょうと吹かせて効果満点の指揮ぶりを示す。セルの表現もすばらしい。〈アリア〉〈アンダンテ・エスプレッシーヴォ〉のような、静かでゆっくりとした音楽における豊かな情感はセルとしても異例で、繊細なピアニシモによるロマンティシズムと寂しいニュアンスはまさに抜群、〈アリア〉の遅いテンポなど、現代の指揮者からはもはや決して聴けないものである。」 宇野功芳氏による月評より、SLC8097、『レコード芸術』通巻第346号、音楽之友社、1979年)


「大編成オーケストラがどっしりとしたテンポ、がっしりとした造形で、それこそめいっぱいに鳴り響く、いわば総太字体のヘンデル。近年のピリオド楽器演奏に慣れた耳にこそ、絶対に聴かねばならない音源。70、80年代のヤワな室内オーケストラ演奏よりは数倍もよいし、面白い。編曲版であることを除いても、とても同一の作品とは思えないほどに、解釈が著しく異なるからである。」 安田和信氏による月評より、UCCD7115、『レコード芸術』通巻第620号、音楽之友社、2002年)


第1曲 アレグロ、ヘ長調
4本のホルンと5部の弦が豪快にかけ合う鳴りっぷりの良さに、のっけから度肝を抜かされてしまう。低音弦が地鳴りをあげるように「ずしり」とした腰のある響きは、まぎれもなく“デッカ・サウンド”。ホルンや木管と歯切れ良く呼び交わしながら、ひたひたと押し寄せる弦の生々しい躍動感は比類がない。

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sv0038b.jpg中間部は弦楽アンサンブルを整然と展開するところが聴きどころで、マルカートの8分音符をぐいぐい押し込んで、ジョコーソの弾むような調子の主題を端然と弾きぬくところも“必殺仕事人”セルの面目躍如といえる。

圧巻はホルンが強奏する再現部。「ここぞ」とばかりに音を割ったホルンがフォルティシモで連呼し、弦楽がすさまじい勢いをつけてジョコーソ主題へ駆け上がる頂点は、この曲最大の聴きどころといってよく、管弦の目の覚めるような鮮やかなサウンドが聴き手の耳を刺激する。

リズムの目がぴしゃりと揃ったオーケストラのヴィルトゥオジティにも快哉を叫びたくなってしまう。  amazon  TOWER RECORDS 【SHM-CD】

「セルには、楽員たちと人間的関係を築く理由がなかった。彼は彼の職務を遂行し、彼らは彼らの職務を遂行したというにすぎない。叫んだり怒ったりすることもなく、必要なこと以外は一語も口にされなかった。一人あるいは一つの楽器群があるパッセージをとてもうまく演奏したときでも、その報酬は微笑みがせいぜいだった。セルを前にしたオーケストラがいつもより優れた演奏をしたのは、彼が怖いからではなく、その音楽的才能と没入ぶりに応えたからである。」 ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、山崎浩太郎訳、学習研究社、2005年)



第2曲「エア」アンダンテ・ウン・ポコ・アレグレット、ヘ短調
sv0038q.jpg“編曲魔”で知られるセルの本領をいかんなく発揮したのがアリア。ここでは付点リズムを弾まず、遅いテンポでウェットにたゆたうロマンティックな語り口に魅せられてしまう。4小節の単調なフレーズの繰り返しに情感をしっとり込める淡きリリシズムが印象的で、詠嘆調の切分音や、すすり泣くようなピアニシモなど、セルらしからぬ奥の手を開陳する。

TOWER RECORDS

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ヘ短調の中間部は木管のアンサンブルにチェロがメロディの一部を増強し、フルートと弦楽の後半にはホルンのオブリガートをくわえて、コクのある響きを実現する。「ここは君たちがずいぶんと暇そうだから、仕事をつくってやったんだぞ。感謝してくれたまえ。」ありがた迷惑の楽員をよそに、スカスカの楽譜に眼鏡を光らせるセルの声が聞こえてきそうだ。

「スタジオでのセルは、とても実務的だった。ミスは絶対にしなかったが、潔癖主義でもなかった。ストコフスキーのような恣意的で過激な改変はしなかったけれども、音楽の印象を誤らせる部分は、何だろうとためらうことなく修正した。」 ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、山崎浩太郎訳、学習研究社、2005年)



第3曲「ブーレ」ヴィヴァーチェ、ヘ長調
sv0038d.jpg寸分の狂いもない緻密なスタッカートで弾む舞曲は弦楽アンサンブルのお手本といってよく、一点一画も忽せにしない厳格なアーティキュレーションは驚異的である! 「ガッ」と弦を噛むようにアウフタクトから突っ込む低音弦の威力も絶大である。

こんな怪物のような“仕置人“がジョージ1世の時代に突然現れたら、舟上で優雅に演奏していた楽士たちはそれこそ生き地獄のようなしごきにあい、首が次々と飛んだばかりか、漕ぎ手までが細かい指示によってこき使われ、屋形舟がローマ時代のガレー船になってしまったに相違ない。
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第4曲「ホーンパイプ」デリカート・マ・ノン・モルト・ブリオ、ヘ長調
sv0038e.jpgオーボエ、クラリネット2部、ファゴットの4重奏と、弦楽にフルート、ピッコロを加えたセットが交互に対峙する軽快な舞曲を、職人セルはメカニックな拍節感で料理する。
「ミスでも犯そうものなら大変なことになる」という奏者のぴりぴりとした緊張感と、奏者の自由を剥奪してリズムの目をキリキリと締め上げる非情な指揮者の姿が伝わってくる。

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第5曲 アンダンテ・エスプレッシーヴォ、ニ短調
ここでは古風なメロディを奏でる木管の妙技に聴き惚れてしまうが、弱音器を付けた弦楽が柔らかなフォルテで滔々と、琴線に触れるように聴き手を酔わせるカンタービレが大きなご馳走で、曲のツボをしっかり押さえる名人セルの采配が心憎い。

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「彼は毒舌で悪名高く、行く手をさえぎる生物はすべて餌食になるという評判があった。ごくわずかな者を除いて、オーケストラの楽員は彼を嫌っていた。しかし名のある演奏者でさえも、芸術面では彼の欠点を見つけることができなかった。指揮台での彼に温情はなかったが、彼のつくる音楽には温情と柔らかさが、確かに存在した。」 ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、山崎浩太郎訳、学習研究社、2005年)



第6曲 「アラ・ホーンパイプ」アレグロ・デチーソ、ニ長調
sv0038f.jpg4本のホルンに2本のトランペットとティンパニが対になってくわわる壮麗な〈アラ・ホーンパイプ〉は短めのフレージングを実施して、ピリオド奏法を先取りしたような歯切れの良い音楽を展開する。胸のすくようなホルンと華麗なトランペットが左右から喨々と鳴り響き、シャッキリと弦が応答するデッカらしい立体感のあるサウンドがすこぶる爽快だ。

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トランペットがロングトーンでクレッシェンドする見せ場も華やぎに充ち、筋肉質の逞しい音楽で彩られている。骨格のがっしりしたダイナミックな高音質は、この時代の他社のステレオ録音をはるかに凌駕するもので、これは「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」といわれた名録音技師のケネス・ウィルキンソンの力に負うところが大きい。

スケルツァンドの中間部は「セル室内合奏団」を思わせる緻密なアンサンブルの独壇場だ。こんな高度な演奏を時の王族たちに聴かせたら、ジョージ1世は飛び上がって驚き、作曲者なぞには目もくれず、自分と同名の凄腕指揮者を高給で召しかかえたことだろう。これを同じくハーティ版で演奏したカラヤン指揮ベルリンフィルの演奏と聴き比べてみよう。

ConductorDateLevelsourceⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Ⅴ.Ⅵ.Total
Karajan1959.12EMIAA51062:335:120:440:463:503:2716:32
Szell1961.8DECCAUCCD71152:286:280:490:544:253:1818:22

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「《水上の音楽》はハリウッド並みのゴージャスなエンターテイメントに満ち、極上の娯楽音楽になっている。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)


sv0038g.jpgEMIのゆたかな残響をともなって躍動する壮麗なオーケストラ・サウンドはセル盤と双璧だが、レガートで均らしたぬめるようなフレージングはまぎれもなくカラヤン流。流麗かつゴージャスな〈アレグロ〉、重戦車が滑走する〈ブーレ〉、速ワザの〈ホーンパイプ〉など派手な聴き映えのする演奏で、水上ならぬ《氷上の音楽》といえる。

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“カラヤン節”で「とろり」とやる〈エア〉や〈アンダンテ・エスプレッシーヴォ〉は、甘い香りで聴き手を酔わせるカラヤンの手練れた歌わせぶりが鼻に付くが、繊美なアーティキュレーションで彩られた美麗な音のたゆたいは極上のものだ。アンダンテの弱音、磨きぬかれたレガート、流線の揺らぎは“空前絶美”といえる。

sv0038h.jpgオーケストラの威力を誇示するような〈終曲〉の壮大な音楽はカラヤンの面目躍如で、スケルツァンドの中間部を上滑りする弦のドラマチックな音楽はこびで俗耳を惹きつける。カラヤンにとって、この手の小品はオーケストラの名人芸に寄りかかってショーピース的に見映えよく仕上げれば一丁あがり。

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大衆うけを狙った豪華絢爛な大管弦楽によって壮麗に締めるあたりも万事ぬかりはなく、自己の勝利(レコードの売上)を確信したかのように謳い上げている。

「カラヤンの演奏には彼特有の作り物めいたわざとらしさがつきまとう。演出といってもよい。レガートを多用しての、スムーズと言えばこれ以上スムーズなものはないほどの流麗さ、虚飾と自己韜晦、巨大なオーケストラ・サウンドを駆使して聴くものの悟性を破壊する満艦飾のスケール感、大衆へのなくもがなのサーヴィス精神、わかりやすさへの偏執的な拘り。」 宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』より、光文社、2008年)



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[ 2015/03/18 ] 音楽 ヘンデル | TB(-) | CM(-)

シェルヘンのベートーヴェン交響曲第6番「田園」

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ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調 Op.68 「田園」
ヘルマン・シェルヘン指揮
ルガーノ放送管弦楽団
Recording: 1965.3.12 Lugano (PLATZ)
Location: Radiotelevisione della Svizzera Italiana
Disc: PLCC729 (1998/10)
Length: 34:41 (Stereo)
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ヘルマン・シェルヘン(1891~1966)のレコードといえば、晩年にスイス・イタリア語放送局にステレオで残された《ベートーヴェン交響曲全集》が名高く、疾風怒濤の表現主義を極めた凄演として異彩を放っている。中でもシェルヘンの唸り声や叫び声が混入した《田園》は、音楽マニアにとくに珍重されているものだ。

sv0037b.jpg演奏はとにかくすさまじい。ここには長閑で牧歌的な田園情緒は何処へやら、せかせかしたテンポでオーケストラを煽るように爆進するさまは、一体何事が始まったのかと思わせるほどである。

フルトヴェングラーもかくやと思わせるアッチェレランドや、楽譜にない盛大なクレッシェンドで楽員をけしかけて熱く燃え上がるさまは、聴き手を興奮させる“ディレッタンティズムの極地”といえる。

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めまぐるしいテンポの変転はもとより、弦をガリガリと削るゼクエンツの強圧的な取り回しや、時には力瘤を入れて荒ワザを仕掛けるあたりも、この演奏、なかなか一筋縄ではいかない。大声でオーケストラを煽りながら爆風のように荒れ狂う〈嵐〉や、激情をぶちまけるようなフィナーレの熱い音楽は、自然賛歌というより“波瀾万丈の人生劇場”の感があろう。

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「ベートーヴェンの交響曲の個性的表現は、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルターなどの往年の巨匠たちがやり尽くしてしまい、新しいタイプの演奏は台頭してきた古楽器団体に期待するしかないと思っていた矢先、まさに青天の霹靂のように登場したのがこのシェルヘンのライヴであった。往年の巨匠たちの個性的な表現に慣れていたファンですら、この演奏には仰天した。ベートーヴェンの交響曲録音史上に、これほど爆発的な表現をしたものは今まで皆無だったのではないか。」 オントモムック『クラシックディスク・ファイル』より平林直哉氏による、YMDC1013~7、音楽之友社、1995年)


「異端の指揮者シェルヘンによる異常なライヴ演奏である。足を踏み鳴らし、怒号をあげながらオーケストラを追い立ててゆく。楽員もアマチュア・オーケストラのように弾きまくり、吹きまくる。現今、こんな演奏例は他に皆無だ。みなホットに燃えたぎっている。激情が先に立って仕上げがおろそかになっており、一般的にはお薦めできないが、フルトヴェングラーが警告した、レコード用の演奏がコンサート・ホールにも進出、という物足りなさを実感している人には最も貴重な記録といえよう。」 オントモムック『クラシック名盤大全』より宇野功芳氏による、PLCC685~90、音楽之友社、1998年)



第1楽章〈 田舎に着いたときの愉しい感情の目覚め〉
 アレグロ・マ・ノントロッポ

sv0037c.jpg主題呈示のフェルマータのあとの、大音量で突進する第2ヴァイオリンの攻撃的なフレージングにのっけから仰天するが、せかせかと奏するオーボエにのって、豪快に音量を増してゆく総奏の荒々しい足どりは異様としかいいようがない。

大きく練り回す第2主題もヴィオラとチェロが力まかせにフーガに加わって大立ち回り、その頂点で和音を強引に弾き切るあたりは、音楽が乱暴である。コデッタ(小結尾)に至っては、アンサンブルが破綻するほど荒れ狂い、まるでベートーヴェンが「カッカ」と頭に血をのぼらせて、怒り肩で憤然と歩くさまを連想させる。 [提示部は反復しない]   amazon

sv0037d.jpg展開部はヴィオラとチェロが3連音のリズムを「ガリガリ」と削るゼクエンツはすさまじく、地鳴りをあげる豪快な総奏が「ここぞ」とばかりに燃え上がる。第1主題を歌い上げる〈囀りの動機〉(243小節)など、とっ捕まえて首を締め上げた鳥の悲鳴にすら聴こえてくる。

波の満ち引きを織りなすコーダのクライマックスでは、檄を飛ばす指揮者の大声も飛び出すなど(455小節)、その劇的な音楽運びは熱血漢シェルヘンの独壇場。476小節でテンポを極端に落とすところは「ガクッ」とさせるが(ついでに記せばクラリネットの独奏がちょっと危うい)、念を押すように力を込めて押し込む終止和音も極めて刺激的だ。
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第2楽章〈小川のほとりの情景〉 アンデンテ・モルト・モッソ
sv0037e.jpg小川のせせらぎは、山あり谷あり、時には激流となって狂奔する。第1主題の豪快なクレッシェンドには肝をつぶすが、前のめりに奏するクラリネットは気ぜわしく、第2主題もどこか不安げで嵐の到来すら予感させるではないか。頂点では小川が急流になったような猛スピード過激なデュナーミクで荒れ狂うさまは、やり過ぎとしかいいようがない。

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主題を変奏する展開部は、小鳥たちがひりひりと苦痛を訴えるように聴こえてくるところも傑作だ。再現部もドタバタとあわただしく落ち着かないが、聴きどころはコーダ〈夜鶯の歌〉の2回目(132小節)。遅いテンポと陰鬱な気分でウズラとカッコウが嘆き出す(オーボエのミスあり)。他の木管もこのテンポで歌い継ぐが、待ちきれぬフルートが勢い駆け込み、そそくさと締めるあたりは即興というよりディレッタント的だ。


第3楽章〈田舎の人たちの楽しいつどい〉 アレグロ
sv0037f.jpg元気溌剌とはずむ舞曲はすこぶる陽気で、酔っぱらったように奏でる鄙びたオーボエは、作曲者がイメージした酒場のバンドにピタリとはまる。雑然とした弦楽はもとより、ホルン、クラリネットのソロもアマチュア・レベルだが“ヘタウマ的なノリ”で大健闘。

トリオは弓をバチバチと弦にぶつけて弾き飛ばす荒々しさも半端ではなく、楽員がなりふり構わず〈嵐〉に突進するところは気合い充分である。[ダカーポは削除]

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第4楽章〈雷雨、嵐〉 アレグロ
sv0037g.jpg指揮者の大きなかけ声とともに21小節から爆風が吹き荒れる。「それっ!それっ!」と楽員をけしかけて破天荒に暴れるさまは、まさに八方破れの快(怪)。43、47小節の稲妻をあらわすティンパニの一撃もこれまたすさまじく、皮が破裂したように炸裂する。

指揮者が罵声を張り上げ、力瘤を振り回して荒れ狂う嵐の第2波やクライマックスの“集中豪雨”など、アンサンブルは空転してほとんど崩壊しかけているが、裸の自己をさらけ出し、気でも違ったように大打ちまわるシェルヘンの感情表出には驚くしかない。

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第5楽章〈牧人の歌-嵐のあとの喜びと感謝の気持〉 アレグレット
sv0037h.jpg17小節から第2ヴァイオリンの〈クーライゲン〉が綿々と奏でられると、音楽は俄然盛り上がる。熱い歌心のヴィオラとチェロ、力を込めて不羈奔放に高揚する総奏など、フルベンを彷彿とさせるその白熱ぶりは、標題を超えた熱い共感が噴出する。変奏部はオーケストラの腕の冴えがほしいところだが、アンサンブルが崩れていく一方で、血のたぎった熱情が湧き上がってくるのがこの演奏の不思議な魅力である。

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大きな聴きどころは、ファゴットとチェロが主題を変形してカノン風に展開する第3変奏(177小節)からで、ヴァイオリンが美しいカンタービレを奏でて聴き手を魅了する。指揮者も無我夢中になって我を忘れたのか、何やら喋り出すところは気が狂ったのではないかと思わせるほどの没入ぶり。

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sv0037i.jpgファゴットとチェロがくすんだ分散和音で逍遙する中を、ホルンや木管が一丸となってフーガで盛り上がる第4変奏(206小節)も聴き逃せない。メリハリのある低弦のオクターブ上行を波立たせながら、「えい!えい!」とラジオ体操のような号令で楽員を叱咤激励し、楽譜にない盛大なクレッシェンドで高揚するクライマックスの総奏(219小節)は、熱き血が迸る指揮者の気魄に圧倒されてしまう。

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ソット・ヴォーチェで開始するコーダの音楽は、シェルヘンが波乱に満ちた人生を述懐するかのように情感を込めて奏される。
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低音弦に支えられた重みのある終止和音によって、ドラマチックな“シェルヘン劇場(激情)”が幕を下ろす(スタジオの拍手入り)。これは、爆演マニア垂涎の一枚だ。


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