ヒラリー・ハーンのバッハ《シャコンヌ》

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バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番
ニ短調 BWV1004
ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)
Recording: 1996.6.17-18,12.23,1997.6.17-18
Location: Troy Savings Bank Music Hall, New York
Producer: Thomas Frost (Sonny)
Engineer: Richard King
Length: 33:16 (Digital)
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ヒラリー・ハーンといえばバッハ。バッハといえばヒラリー・ハーンが思い浮かぶほど、彼女の名刺代わりで原点ともいえるのが無伴奏ソナタ。17歳のときに録音したデビュー・アルバムはハーンが絶対の自信をもってぶつけた“勝負曲”といえる。

sv0029c.jpgバッハの無伴奏ソナタはヴァイオリン奏者にとってバイブルといえる曲で、その中の3つの組曲はパルティータとよばれ、自由な形式の舞曲を特徴とする。第2番は5曲で構成されるが最後に置かれた《シャコンヌ》がとくに名高く、スペインの古い形式の舞曲に起源をもつという。

バスの声部を64回繰り返し、その上に30の変奏を築き上げるという全257小節の大曲で、古今のヴァイオン奏者にとって高度な技巧と深い精神性が要求される最高峰の作品だ。
  Original Album Classics

「いきなりバッハの無伴奏曲をぶつけてくるところからして尋常ではない。よほどの音色と技術がないと“暴挙”ともなりかねない。ハーンの演奏はそうした懸念を見事に粉砕してくれる。1音1音に対する妥協のない音質作りは出色で、表現はそうした音色美に酔うことなく整然と整えられていく。音色の余韻を配慮したのびやかな歌いまわしは心に染み入るようだし、フーガやシャコンヌなどのテクスチュアの際立たせ方も鮮やかである。疑いもない逸材である。」 斎藤弘美氏による月評より、SICC354、『レコード芸術』通巻第652号、音楽之友社、2005年)


「いきなりバッハの無伴奏というのも驚きだが、その演奏が素晴らしかったから、さらに度肝を抜かれた。ピンと張った緊張感、推進力、迷いのない強固な意志、鮮やかなテクニック、どれも圧倒的で、その印象はいまだに色あせない。彼女の原点であると同時に、今もなお、代表盤だろう。特別なコンクール歴なしにこういう才能が登場してくることにも、当時は考えさせられた。」 ONTOMO MOOK 『20世紀の遺産』より、山崎浩太郎氏による、音楽之友社、2011年)



第1楽章 アルマンド ニ短調、4分の4拍子
sv0044m.jpg弦をゆたかに鳴り響かせ、ゆったりしたテンポで入念に紡いでいくスタイルがハーン流。連続した16分音符の中にちりばめられた32分音符や3連音符にヤクザな崩しを入れることなく、ほどよき緊張感を保ちながら、フレーズを淀みなくさばいてゆく。

聴かせどころはツボを押さえたように最高音をリテヌートし、これを見得を切らずに決めるあたりが心憎く、重音の清楚な美しさもハーンならでは。

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第2楽章 クーラント ニ短調、4分の3拍子
sv0044n.jpgヴィヴァーチェの速い舞曲は、8分音符の3連音と付点音符を組み合わせた躍動感あふれる楽想で、付点をたっぷり弾んで気持ちがいい。全体の筆致はまろやかで、技巧の切れという点では控えめだが、第2部のなだらかに上下する3連音処理を円舞曲のように仕上げるあたりはハーンの真骨頂。舞曲の愉悦を気高くまとめている。決めどころの重音の冴えた響きも絶品といえる。

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第3楽章 サラバンド ニ短調、4分の3拍子
sv0044o.jpgシャコンヌによく似た8小節を繰り返す荘重なサラバンド主題は、適度なねばりに艶をのせて、ハーンはしなやかに歌いぬく。ここでは深淵な楽想に思い込め、1864年製のヴィヨーム(J.B.Vuillaume)のゆたかな重音の響きを堪能させてくれる。決して安直に弾き流さず、16分音符を保持して格調高く仕上げるところはハーンの面目が躍如している。

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第4楽章 ジーグ ニ短調、8分の12拍子
sv0044p.jpgみずみずしいハーンの感性を最大限に発揮したのがジーグ。アルペジオと分散和音を組み合わせた16音符の細かい走句を水も漏らさぬしたたかさで、いとも軽やかに弾きあげている。つんとすまして「こんなものは屁の河童」といわんばかりのハーンの演奏を老大家たちに聴かせたら、地団駄を踏んで悔しがるに相違ない。

第2部5小節のと8小節のリテヌートに驚かされるが、最低音と最高音でぬめるように歌う“ヒラリー節”が即興的で、型にはまらぬ生き生きとした弓運びが印象的だ。

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第5楽章 シャコンヌ ニ短調、4分の3拍子
第1部 ニ短調(主題と第1変奏~第15変奏)1~132小節
ハーンの底知れぬ実力を知らしめるのが作品の中核をなす〈シャコンヌ〉だ。ここでハーンはきわめて遅いテンポをとり、アンダンテもしくはグラーヴェとされる楽想を入念に歌い込む。

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sv0029a.jpgねっとりと太い音で歌いつつ、「ガッ」と噛みつくような重音を轟かせる第1変奏、細やかなヴィブラートをかけて澄みきったハーモニーを響かせる第2変奏から早くも聴き手を酔わせてくれるが、ハーンが本領を発揮するのは、ゆるやかな8分音符へと音型が変わる第3変奏 [1:38] からだ。

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スケールの大きな構えと絶妙の節回によって、16分音符のフレーズを伸びやかに歌いまわすところはすこぶる感動的で、高い音から低い音へ急速に変化する複音楽的な第4変奏の深みのある音、香気がゆるやかに立ちこめる第5変奏 [2:43]、 分散和音で揺らぎながら哀しみを掘り下げてゆく第6変奏 [3:16]、 そこからクライマックスへとのぼりつめる密度の濃い歌など、バッハの核心に迫ろうとするハーンの鋭い技巧とひたむきさな情熱が筆者の心をとらえて離さない。
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「バッハだけは私にとって特別なもので、ちゃんとした演奏を続けていくための試金石のような存在です。重音の部分できれいなイントネーションが出せるか、フレーズごとに変化に多彩な音色が出せるか、不用意なアクセントを付けずに弦の上を滑らせることが出来るか-どれひとつとしてバッハは誤魔化しがききません。逆に全部うまくこなせれば、この上なくすばらしい音楽が歌い始めます。」 ヒラリー・ハーン、バッハを語る、渡辺正訳、ソニー・ミュージック・ジャパン、1997年)


大きなクライマックスは第7変奏 [3:49] から。2声の肉付きの良いこなれた音によって、ウェットな情感を込めて纏綿と奏でる音楽はバッハの精神を極めた感があろう。
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sv0029g.jpg32音符の波にのって上下にたゆたう第8変奏 [4:16]はハーンの冴えた技巧の独壇場で、流麗闊達に歌いつつ、これを阻止する低音部のきっぱりした弓さばきは大家の風格すらただよわせている。すすり泣くようなピアニシモを聴かせる第10変奏 [5:11] も印象的で、後半では32分音符を水を得た魚のようにひた走る軽やかさが耳の快感を誘っている。

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sv0029h.jpg第1部の総仕上げは第11変奏から第14変奏にかけての長大なアルペジオ [5:48] 。緩急自在とはまさにこのことで、32分音符の中に潜むレガート、スタッカート、3連音形を駆使した複音楽的なフレーズを変幻自在に伸縮させてバッハの歌を聴かせるところは圧巻で、頂点に達する第15変奏 [8:04] シャコンヌ主題の原型が再現する‘決めどころ’の妖しいまでの美しさといったら!

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第2部 ニ長調(第16変奏~第24変奏)133~208小節
ニ長調に変わる第16変奏 [9:00] から、ハーンは柔らかな和音を重ねて聴き手の心にやさしく微笑みかけてくれる。柔和で細やかな語り口によって、明日への希望と生きる勇気をあたえてくれる第17変奏 [9:34] 2声の心の歌は涙もの。
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sv0044r.jpg太い音で揺れる低音部と華麗に舞う高音部の歌が協調しながら眩いほどの気品を湛えている。心にしみ込むような清冽な分散和音第18、19変奏)と、情熱が迸るかのように2声で絶叫する第20変奏 [11:20] は美麗の限りが尽くされている。

中間部のクライマックスは言うまでもなく第22、23変奏 [12:23]。ここでは原型に近いシャコンヌ主題をゆたかな和声で鳴り響かせ、「これでもか」と美音を重ねて高音域へとのぼりつめるところはハーンの究極のバッハ像が開陳されている。

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sv0044q.jpg心が浄化されるような清らかさと深い瞑想が一体となり、冴えた技巧と調和しながら絶頂へと到達する場面はじつに感動的で、仕上げに濁りのない和音を重ねる第24変奏アルペジオ [13:29] の神々しさは、“天国の浄福”としか言いようがない。

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「バッハはモナ・リザの微笑のように、最も大事な部分は捉えにくいのです。バッハの音楽は人間の本質を表現し、光と影、孤独と交わり、高揚感と深い哀しみといったさまざまな要素がその中でひとつになっていると言う人もいます。聴き手は葛藤から美しい解決へと導かれます。解決に出会って満ち足りた気分になっても、すぐにまた探り出させるのを待つかのような別の表現が現れます。これはバッハのすべての作品に共通して言えることだと思います。」 ヒラリー・ハーン、バッハを語る、木村博江訳、ユニヴァーサル・ミュージック、2003年)



第3部 ニ短調(第25変奏~第30変奏)209~257小節
sv0044s.jpg原調にもどる第25変奏 [14:04]は、ふたたび第1部の瞑想的な気分がもどってくる。分散和音で神秘的に揺れる第26変奏は、無我の境地で楽の音を奏でるハーンのクールな一面を見せているが、あくまで最後のクライマックスへ到達するための序奏にすぎない。

ふたたび哀しみの表情を湛えながら(第27変奏)、後半にあらわれる16分音符を互い違いに貼り合わせたような保持音型とその下の声部をたっぷりと聴かせ(第28変奏)、これがドラマチックに盛り上がってゆく。

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上昇3連音から波打つように第30変奏の頂点[16:59]へ駆けのぼるところの華麗にして緊迫した表情は堂に入ったもので、非のうちどころのない高度な技巧と集中力によって厳粛に弾き出されてゆく。終曲のぴたりと決まる音程、切れのある弓さばき、磨き上げられた重音とトリルを存分に響かせて全曲を美しく結んだ感動の一枚だ。

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【エントリー記事】ヒラリー・ハーンのバッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲

[ 2015/05/30 ] 音楽 J.S.バッハ | TB(-) | CM(-)

ショルティ=ロンドン響の《プラハ》交響曲

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モーツァルト/交響曲第38番ニ長調 K504「プラハ」
ゲオルク・ショルティ指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1954.4.21,22 Kingsway Hall, London
Producer: James Walker (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 24:57 (Mono)
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このディスクは、かつて1955年9月に発売されたLP(LLA10073) を復刻した珍しい音源で、血気盛んな若きショルティの“快(怪)演シリーズ”の一枚である。録音はショルティがフランクフルト市立歌劇場の音楽監督を務めていた時代にあたり、指揮者としてのキャリアをスタートした頃の貪欲な姿が刻み込まれている。レトロなオリジナル・ジャケットも魅力的で、ショルティ・ファンならずとも思わずジャケ買いしたくなるCDだ。

sv0043b.jpgショルティはキャリアのスタート時期から、モーツァルトの音楽と深い関わりがある。ザルツブルク音楽祭ではトスカニーニ指揮《魔笛のリハーサルでピアノを弾き、公演ではグロッケンシュピールの演奏を担当した。

トスカニーニから「ベ~ネ!」と褒められた時ほど嬉しいことはなかった、とショルティは述懐している。この時、作品の偉大さを理解したというショルティは、モーツァルトの音楽にこの上ない親近感を抱いたという。

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デッカ初期のショルティの録音を聴いてみると、どれもが粒ぞろいの名演奏で、確固とした主張に貫かれ、男性的でダイナミックな表現が大きな魅力。ここではスコアに俊敏に反応し、前へ前へと突進する若きショルティの気っ風の良い推進力が気持ちよく、エネルギッシュに弾き回す強靱なフレージングはもとより、バスの声部や打楽器の衝撃感を露骨に強調したデッカ・サウンドがモーツァルトのスコアを丸裸にしたような快感を誘っている。

sv0043c.jpg「えい」と鋭角的なスフォルツァンドを打ち込み、「これでもか」と力瘤を入れて突っ走るフィナーレの活力と、目を剥いたような強圧的で筋張ったアンサンブルも冠絶したもので、テンポはさほど変わらないものの、角が取れて音に丸みを帯びた後年のシカゴ盤の円熟したモーツァルトと聴き比べてみるのも一興だろう。

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」&第39番

OrchestraDateLevelSourceTotal
London so.1954.4DECCAUCCD378110:288:565:3324:57
Chicago so.1983.4DECCAUCCD374610:479:005:5125:38

「当ディスク所収の交響曲は、明快なバランス感覚を基本としながら、直裁なドラマが明滅するショルティのスタイルが、すでに鮮やかに刻印されているのが印象的である。第1楽章の序奏におけるしっとりとした色合いに加え、主部に入ってから、第1主題をきびきびと弾ませていく一方で、展開部や終楽章では、《ドン・ジョヴァンニ》を予告するかのように盛り込まれた緊迫感に富んだ響きや微妙な陰影を、ショルティが鮮やかに描き分けていく手腕が耳に残ることだろう。」 満津岡信育氏によるライナー・ノートより2007年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0043d.jpg序奏の圧力の強い立ち上がりに仰天するが、ガッシリとしたアインザッツで克明に弾き出されるジュピター交響曲風の楽想は威勢がよく、バスの声部を「ズンズン」強調するシンフォニックな響きや木管の明瞭なフレージングは、モノラル録音とは思えぬ音ヌケの良さ。

力まかせに押し込むスフォルツァンドは、厳粛な気分よりも意欲と覇気が横溢する仕事師ショルティの面目躍如といえる。
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D音のシンコペーションから8分音符の連打で走り出す主部(第1主題)は活力が漲り、音楽は元気もりもりと躍動する。16分音符を力強く弾き回す副主題(55小節)は剛腕ショルティの独壇場で、線質のくっきりした強靱なフレージングによって目の醒めるようなゼクエンツを展開するところが聴きどころだ。
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拍節感のあるシンコペーション、「キュッ!キュッ!キュ!」とハネ上げる切れのある8分音符スタッカートバネを効かせたリズム感覚によってアグレッシヴに突進する音楽はすこぶるエネルギュッシュだ。
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sv0043e.jpg優美な弧を織りなす第2主題(97小節)は、オーケストラに歌うスキをあたえない。ファゴットで翳りを付ける転調をさっぱりと吹き流し、ドライな弓で第2句(112小節)やコデッタ主題(130小節)をキリッと弾き上げる潔さは、モーツァルトの柔肌にメスを入れる外科医を連想させる。

2群のヴァイオリンがシャッキリと交互に駆け合うゼクエンツの分離感と明瞭度も抜群で、とてもモノラル録音と思えぬ鮮度の高さがある。 [提示部の繰り返しは行わない]

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展開部(143小節)は、くっきりと眼前にスコアが浮かび上がるように、対位法を明確に解き明かすショルティの職人技が冴えわたる。ぴたりと決まるテンポ感にアクセントを際立たせ、精確かつストレートに直進ところは痛快の極みといえる。驚くべきはロンドン響の弦楽アンサンブルの性能の良さと運動能力の高さで、副主題のゼクエンツを「これでもか」と力瘤を入れて弾き回す強圧的なフレージングには驚くばかり。

sv0043f.jpg切れのある弓さばきを見せる再現部(208小節)は先鋭すぎる感があるが、指揮者はオーケストラを締め上げ、牛刀を振り回すようにモーツァルトの肉を容赦なく切り裂いてゆく。
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優美な歌はどこ吹く風で、「ぎゅんぎゅん」呻りを上げる凄まじいゼクエンツ進行が一網打尽に余情を吹き飛ばしてしまう。リズムをガンガン叩き込み、ぐいぐい押し切る強靱でメリハリのある終結部は、俊英ショルティの若々しい覇気と力業をあますところなく刻印した筋金入りの演奏といえる。


第2楽章 アンダンテ
sv0043g.jpgショルティは楽想の変転を緻密な棒さばきによって、克明に音化する。直角に肘を曲げる指揮者の動きに俊敏に反応するスタッカート処理がユニークで、キリリと引き締めて歌われる接続句や、パストラール風コデッタ主題の「ぴん」と張りつめたクリスタルのような響きも明快である。ここでは翳りを帯びた音の移ろいが、健康的に示されるのがいかにも当時のショルティらしい。

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展開部(59小節)はスタッカート・フォルテに即座に反応するところが即物的で、一体何事がはじまったのかと聴き手を仰天させる不意打ちといえる。右顧左眄することのない雄弁で肯定的な語り口も類例がなく、筆路明快に歌い込んでいく再現部(94小節)は緊密なフレージングと意志の力によって堂々と押し出し、音楽の骨格は揺るぎがない。


第3楽章 「フィナーレ」 プレスト
sv0043h.jpgアウフタクトに素早く反応するプレスト主題は、メカニックな拍節感と踏み込むような力強いリズムが支えとなって、剛腕指揮者が一気呵勢に畳み込む。幸福感に満ちた第2主題や木管のバーレスクはせかせかと歩を進めるが、わき目もふらず、ひたむきに音楽に正面からぶつかっていく職人気質がショルティたるゆえんだろう。[提示部を繰り返す]
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大きな聴きどころは、迷い無く突進する展開部(152小節)。瞬間湯沸かし器のように燃え上がるフォルテの総奏は、ショルティが得意の“エルボー・スマッシュ”を精力的に繰り出して、強力ぶりを発揮する。

sv0043i.jpg「がっつり」と喰らいつく弦のアタック、裏拍から空気を切り裂くように直進する切分奏法(184小節)、再現部の力瘤を入れたフォルテの和音(228小節)など、なよやかな身体を筋力トレーニングによって改造し、肉体の限界に挑戦するスポーツ刈りにした“鉄人モーツァルト”の姿がここにある!

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竹を割ったように明快でストレートに押し切る終結部はショルティが過度に熱くなることなく、統制されたアンサンブルによって引き締まった構成感を打ち出し、全曲をかっちりと締めている。モノラル録音ながら、血気盛んな壮年期ショルティの豪快な気風と、ロンドン響の強靱なアンサンブルを楽しめるユニークな一枚だ。

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歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」     :歌劇「ドン・ジョヴァンニ」


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[ 2015/05/18 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)

マルティノン=シカゴ響の「アルルの女」

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ビゼー/組曲「アルルの女」組曲第1番&第2番
ジャン・マルティノン指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1967.4.26 (RCA)
Location: Medinah Temple, Chicago
Disc: Sony Classical 88843062752
Length: 17:37/18:22 (Stereo)
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このディスクは、フランスの名指揮者ジャン・マルティノン(1910~1976)が、アメリカの名門シカゴ交響楽団の音楽監督をつとめた時期の貴重な録音で、1964年から1968年にかけてRCAに残した全録音をCD10枚に集大成したボックスセットの中の演奏である。

マルティノンのシカゴ響時代と言えば「不毛の時代」と一般には言われ、その評価は決して高いものではなかった。理事会と組合の抗争に巻き込まれ、楽員と衝突して解雇をめぐって裁判沙汰になったり、トリビューン紙の辛辣な音楽批評家の餌食になったりで、のちにマルティノンは「苦渋にみちた時代だった」と語っている。

sv0042d.jpgところがCDを聴いてみると演奏水準の高さはどうだろう。どの曲をとっても見事なものばかりで、質の高いアンサンブルはもとより、情感の豊かさや、歌謡旋律の歌いまわしの上手さは筆紙に尽くし難く、ここ一番の決めどころで爆発するダイナミックなオーケストラ・パワーも冠絶している。

終曲〈ファランドール〉では、指揮者が我を忘れて熱っぽく畳み掛けるところがこの盤の大きなウリで、“爆演マニア”には嬉しい不意打ちだろう。

「シカゴの水はマルティノンの肌に合わなかったようで、シカゴ時代の彼はもうひとつぱっとしなかったが、これは、マルティノンのシカゴ交響楽団との録音の中では、会心のものといえよう。驚くほど明確なリズムとその輝かしい音色のつくり方はいかにもフランス的で、このオーケストラからこれだけのものが引き出せたマルティノンは、やはり優れた指揮者であった。その点で成功しているのは、〈第1組曲〉の〈メヌエット〉と〈カリヨン〉、〈第2組曲〉の〈ファランドール〉で、〈第1組曲〉の〈アダージェット〉とか〈第2組曲〉の〈メヌエット〉や〈間奏曲〉などには、さらに細かなニュアンスがほしかった。」 宇野功芳氏による月評より、RCL1037、『レコード芸術』通巻第361号、音楽之友社、1980年)


「速いテンポで引き締まった造形。じつにソリッドな演奏で、シンフォニックで厳粛な《アルルの女》が展開する。オケがシカゴ交響楽団ならではの演奏とも言える。ビゼーらしい伸びやかさに欠けるきらいはあるが、逆に南国の悲劇の色が濃厚となり、それが魅力だ。」 「名曲名盤300NEW」②より岩下眞好氏による、~『レコード芸術』通巻第552号、音楽之友社、1996年)



「プレリュード」、アレグロ・デチーソ
sv0042e.jpgプロヴァンス地方の民謡〈3人の王の行列〉がシカゴ響の肉付きのよい弦のユニゾンにのって、きびきびと力強く進行するところが魅力的で、小太鼓のリズムを加えた溌剌とした第2変奏、ファゴットの3連音が濃密なオブリガートで彩る田園牧歌調の第3変奏、ブラスとティンパニが豪打をぶちかましてダイナミックに躍動する第4変奏など、パワフルな管弦楽果肉をたっぷり含んだ厚味のある響きを堪能させてくれる。

第2部(アンダンテ・モルト)でサックスが奏でるもの悲しげな音楽は、プロヴァンス地方で「お人好し」をあらわす主人公フレデリの弟の〈純潔の主題〉。甘い音色のサクソフォーンが哀愁を漂わせ、表情豊かにしっとりと歌い回すところはマルティノンの独壇場。ハープの分散和音が木管に溶け合う響きの美しさといったら!

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第3部(ピウ・レント)は闘牛場で知り合ったのアルルの女に激しく恋する「フレデリの苦悩」。重厚なユニゾンで弾き上げるシカゴの弦がその持ち味を存分に発揮する。シンコペーションを「ぐい」と弾きぬき、トロンボーンをがっつりと打ち込む重厚な展開と、猛烈なトレモロのクレッシェンドで盛り上がるオーケストラのパワーに腰を抜かしてしまう。


「メヌエット」、アレグロ・ジョコーゾ
sv0042b.jpgみずみずしい感覚でシャキリと弾む斉奏が心地よく、木管とかけ合う筋肉の付いた弦の力強い応答がユニークだ。ここでサックスとクラリネットが奏でるトリオの名旋律が聴きどころで、弦のメロディーがたおやかに舞うところは馥郁とした香気とニュアンスに溢れんばかり。

宝石のような装飾を散りばめるハープと木管のアルペジオや、淋しげな木管のニュアンス、弦の繊細なフレージングの妙味など、いずれを取っても一級品だ。
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「アダージェット」、アダージョ
sv0042c.jpg羊飼いの老僕バルタザールとルノーお婆さんが50年振りに再会し、若き日のロマンスを回顧しながらしみじみと交歓するシーンが静謐に歌われる。ミュートを付けたとは思えない弦のなみなみとした重量感に驚かされるが、マルティノンは筋肉質の弦をやわらかく解きほぐし、ウェットな情感をあますところなく描き出す。

聴きどころは、哀切の第2楽句を「これでもか」と艶をのせて美麗に歌いぬくところで、綿々と情感を織り込むアダージョの調べに胸がいっぱいになってしまう。
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「カリヨン(合鐘)」、アレグロ・モデラート
sv0042f.jpg教会の鐘を模した4本のホルンの3音リズムにのって、聖エロアのお祭りの気分が描かれる。アクセントの効いた力強いリズムにのって澄明盛大に歌い、クライマックスでダイナミックに爆発するところがシカゴ響らしい。

聴きどころは中間部(アンダンティーノ)で、フルートのデュエットが奏するうら淋しい古風なメロディーが涙をそそる。しっとりとした弦がトゥッティに加わると、暗色を帯びたトーンによって悲痛さがなお一層深みを増してくる。チェロがねばりを効かせ、コクのある音でこってりと盛りつけるオブリガートもユニークで、これが耳の快感を誘っている。


「パストラール」、アンダンテ・ソステヌート
sv0042g.jpg第1部の牧歌は、まるで大蛇がのたうつようなぶ厚い弦と豪壮な管弦楽を堪能させてくれる。「ガツン!」とくるパンチの効いたリズム打ちが痛快で、シカゴ教(響)信者にはたまらない魅力だろう。

第2部(アンダンティーノ)のタンブーランにのったプロヴァンス舞曲も聴きのがせない。ここでは名人オケが一分のブレもない拍節感とピッチの合った緻密なアンサンブルを繰り広げる。ことに2組の木管がキメ細やかな応答を繰り返す絶妙のフレージングは一聴の価値があろう。
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「インテルメッツォ」(間奏曲)
sv0042h.jpgフレデリの悲劇を予告するかのような、第1主題の管弦の重く暗い響きが印象的だが、最大の聴きどころは中間部(アレグロ・モデラート)の第2主題。ここでサクソフォーンとコルネットで奏でるメロディーが大きなご馳走として用意されている。この主題は、ラテン語の歌詞を付けて《神の子羊》(アニュス・デイ)という独唱曲に編曲された名旋律だ。

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弦楽の柔らかな伴奏にのせて、サクソフォーンとコルネットが哀愁をたっぷりに、とろけるように歌っているのがたまらない魅力で、第2楽句で表情ゆたかにテンポを緩め、ファゴット、クラリネット、オーボエ、弦楽器をくわえて、情感込めて歌い回すマルティノンの術に酔わされてしまう。ハープの装飾和音と弦の静謐なトレモロによって、神々しいまでの高揚感が立ち込める再現部も感動的で、マッシヴな豪打で締め括るダイナミックなオーケストラにも大拍手!


「メヌエット」、アンダンティーノ・クワジ・アレグレット
sv0009a.jpgフルートの独奏曲として有名なメヌエットは、じつは《アルルの女》の音楽ではなく、編曲者のギローがビゼーの歌劇《美しきパースの娘》第3幕から拝借した反則曲。ここではフルートのソロ(ドナルド・ペックか)の、ふくよかで澄みきった音色が印象的で、装飾音型は決して華美にならず、ドイツ流儀の拍節を守ったスタイルは実直そのもの。

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トリオの総奏は力をぬいた柔らかな和音打撃が心地よく、力づくの一点張りで押し切らないところがマルティノンの上手いところだ。再現部ではフルートのソロを彩るサクソフォーンの濃厚なオブリガートが聴きもので、肉感のある音が「ぶりぶり」と響いてくるあたりは愉悦の極みといえる。


「ファランドール」、アレグロ・デチーソ
sv0042l.jpgマルティノンは、シカゴ響のサウンドを存分に生かして、実演さながらの即興的な“爆演”をやってのける。最大のヤマ場は、〈3人の王の行列〉〈ファランドール舞曲〉を交互に演奏したあとに、両者が同時進行する総奏(175小節)だ。木管と弦が駆ける「舞曲」に、ホルン、コルネット、トロンボーンが「3人の王様」のマーチを重ねる場面は、オーケストラが“暴れ馬”のように突っ走る。

驚くべきは、ブラス隊のマーチが、激しく駆けめぐる舞曲をはるかに凌ぐテンポで走り出すところで、指揮者がけしかけたというよりは、「オレたちが王様だぜ、負けてたまるか!」といわんばかりに、クレヴェンジャー、ハーセス、ジェイコブズといったシカゴの“3人の王様たち”がアクセルをぐいぐい踏み込んで疾走してゆくところにゾクゾクしてしまう。

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sv0042n.jpg猛者たちが火花を散らし、フルパワーで炸裂するシカゴ・サウンドが聴く者を震撼させるが、締め括りにマルティノンが聴き手の度肝をぬく大芝居を打つ。何を思ったのか、「え~い、くそっ!」(Merde!)と、まるで日頃の鬱憤を晴らすかのよう熱く興奮し、荒れ狂ったように畳み込む。

これがセッション録音であることを考えると、我を忘れてここまでやってしまったマルティノンの胸中や、いかなるものだったのだろうか・・・マルティノンとシカゴ交響楽団のコンビが残したユニークな快演というべき一枚だ。


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[ 2015/05/06 ] 音楽 ビゼー | TB(-) | CM(-)