アーベントロートのチャイコフスキー〈悲愴〉

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
ヘルマン・アーベントロート指揮
ライプツィヒ放送交響楽団
Level: Deutsche Schallplatten
Disc: KICC705 (2008/8)
Recording: 1952.1.28 Leipzig 放送局スタジオ
Length: 47:54 (Mono)
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1974年にアーベントロートの一連の放送録音をおさめたモノーラルLP(全19巻27曲)が、「エテルナ」という東ドイツのレーベルから発売されたとき、音楽ファンの大きな反響を呼んだのをご記憶の方はいらっしゃるだろうか。音楽マニアを自認していた友人たちが、発売されたばかりのレコードを熱く語っていたが、その中から友人の一人が貸してくれたレコードがチャイコフスキーの《悲愴》だった。

sv0066c.jpg名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を10年以上率いて黄金時代を築いたアーベントロートは、戦後も東ドイツにとどまったために幻の存在だったが、ドイツの中でも極めて個性的な指揮者として知られていた。

これらの放送録音は、フルトヴェングラーを髣髴させる表現主義的なテンポの変転と、怒涛のごとく荒れ狂う巨匠の姿を生々しく伝えたもので、その豪快な芸風がわが国の音楽ファンを熱狂させた。


sv0066i.jpgジャケットから取り出したレコードの真っ黒なレーベルと細長い小冊子の解説書が、大手レーベルとは違った雰囲気を伝えていたが、モノーラル録音ながら音像のしっかりした、太くやわらかな音にも驚いた。

いま、同じ演奏をCD(徳間)で聴くと、鮮明だが骨と皮だけの固い痩せた音になってしまったのが残念で、第3楽章の気魄に充ちて荒れ狂う生々しいまでの迫力は、LPでしか絶対に味わえないものである。

演奏はフルトヴェングラーやメンゲルベルクをさらにスケールを大きくしたような演奏で、テンポ・ルバートを多用したロマンティックな表現と、骨の太い男性的な力強さは比類がない。

第3楽章の行進曲が再現する場面で見せる“必殺の大芝居”が聴き手の興奮を誘ってやまず、怒濤の勢いで荒れ狂うコーダの燃焼ぶりも冠絶している。身を切るような痛切さで歌いぬくラメントーソは慟哭がきわまった感があろう。

「1952年の放送録音で、LPで耳にしたときは音の良さにびっくりしたものだが、CD化されて迫力が減じ、音色が硬くなってしまったのが残念だ。それでも同曲ディスク中、ムラヴィンスキー、メンゲルベルク、フリッチャイに並ぶ名演であり、とくに第3楽章は他の追随を許さない。これ以上、彫りの深い、有機的な、細部まで音楽が生きた演奏はない。リズムは地の底まで抉られ、各楽器はそれぞれの意味をもって登場し、ティンパニの轟きとテンポの雄弁な動かし方は凄絶の限りを尽くす。両端楽章は個性的すぎるほど個性的で、極端なスロー・テンポやその変転を嫌う人もいようが、それでも第1楽章展開部のドラマは最高である。」 『クラシック名盤大全・交響曲編』より宇野功芳氏による、TKCC15061、音楽之友社、1998年)


「第1楽章主部から、きわめて遅いテンポをとり、その後も頻繁にテンポを動かしながら、主情的でロマンティックな表現が貫かれているのが特徴だ。第2楽章における巧みな歌い口とリズミックな進行の対比をはじめ、第3楽章の283小節から大見得を切るなど、指揮者の名人芸が随所で炸裂。終楽章における詠嘆も、底なしに深い。ティンパニの強打もまことに印象的である。ただし、放送用の一発録りであるために、オーケストラのミスが記録されている点が気になるという方もいらっしゃるかもしれない。」 満津岡信育氏による月評より、KICC705、『レコード芸術』通巻第697号、音楽之友社、2008年)



第1楽章 アダージオ、アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0066b.jpg主部のおそいテンポに仰天するが、メゾ・フォルテの意味深いヴィオラの暗い音色や、総奏(67小節)で絞り出すブラスの鈍い音は、当時の東ドイツの楽団に備わった“燻し銀”の響きといえる。

アンダンテの第2主題(89小節)も巨匠は悠然と歌いぬく。濃厚なテンポ・ルバートによってむせるような浪漫を紡いでゆくところは、メンゲルベルク(1937年盤)と比べてもめっぽう遅く、纏綿と悲しみを綴るフリッチャイ盤や、フルトヴェングラー、朝比奈といったレトロな大家に次ぐテンポの遅さである。

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ConductorDateSource1-mov.2-mov.3-mov.4-mov.Total
Mengelberg1937OPK201117:0907:5808:3008:2642:03
Furtwängler1951POCG234819:4209:1709:4709:4048:26
Abendroth1952KICC70519:0008:4709:0011:0747:54
Fricsay1959POCG195721:2009:2008:5511:0350:38
Asahina1982KICC361620:0208:2409:2711:4349:36


第2主題の再現(130小節)は、「ここぞ」とばがりに東ドイツの楽団がポルタメントをかけて歌いぬく。巨匠は情に溺れることなく、引き締まった筋金入りのフレージングによって、ぴんと張り詰めたような緊迫感を漲らせている。過剰なアクセントをつけてアンサンブルに綻びが生じることにも臆することなく、雄渾な歌い口によって甘美なメロディーから“男のロマン”を感じさせてくれるあたりは、まさしく大家の音楽である。

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sv0066d.jpg全管弦楽の怒号で宣言する展開部(アレグロ・ヴィーヴォ)は、「ガツン」とくる固い一撃によって、東ドイツの巨匠が本領を剥き出しにして荒れ狂う。

ガチンコ勝負で挑む巨匠のなりふりかまわぬ棒さばきが痛快で、吐き捨てるように第2主題を打ち込む鈍いトランペット、ロシア正教のパニヒーダを奏する暗鬱なトロンボーンのコラール(201小節)、固い撥で芯のある音を叩き込むティンパニなど、古色蒼然とした燻し銀のサウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。

小休止の後に大きくテンポを落とす第1主題(229小節)や、強烈な金管で抉りぬく破局的なクライマックスなど、随所に繰り出す巨匠の必殺技に興奮させられるが、圧巻はトロンボーンとテューバが第1主題をマルカートで強奏する285小節。ブラスが憤怒の勢いで吹きぬく場面は、血のたぎりを感じさせてくれる凄絶な“男の闘い”だ。アンダンテ・モッソ(305小節)の再現部もすこぶるドラマチックで、金管が獅子吼して高潮する頂点は“熱い男の心意気”を感じさせる巨匠の姿を刻印したものといえる。


第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0066e.jpg5拍子のワルツは大きくゆたかな歌が溢れんばかり。チェロのおおらかな歌い口の中に筋の通った力強さを秘め、雄々しさをも見せている。第2楽句の線の太いフレージングも印象的で、テンポを遅くした中間部の情のこもった素朴な歌い口もたまらない魅力である。  KICC701

82小節から木管に主要動機がもどってくると、序々にテンポを落としながら2つの動機を交錯させる手口が心憎く、おづおづと主部へ回帰するところのテンポの落とし方や、ピッツィカートで主部(96小節)に戻った時に溢れ出る懐かしさといったら!

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第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ[スケルツォと行進曲]
sv0066f.jpgスケルツォ主題をインテンポで威風堂々と突き進むところは、古き良き時代のカペルマイスターの面影を偲ばせるが、豪快にタタキき込むマルカートの行進モチーフ(45小節)、ティンパニの猛烈なクレッシェンド(56小節)、「ぐい」と押しの一手で駆け上がる頂点でぶち込む大太鼓(69小節)など、前半から早くも炸裂する巨匠の“力ワザ”にゾクゾクしてしまう。  KICC702



sv0066j.jpg行進曲(71小節)は力の限り叩き込まれる固いティンパニのリズムにのって、鋼のように突き進む。燻し銀の楽団が打ち鍛えられた“鉄の塊”となって、獅子奮迅の勢いで行進するさまは聴く者を奮い立たせるような気魄がみなぎっている。

「バリッ」と打ち込むトロンボーンの強いリズム(129小節)や、落雷のように叩きつけるティンパニ(194小節)の最強打など「これでもか」と繰り出す巨匠の豪放な荒ワザに腰を抜かしてしまう。

「スケルツォはなお凄い。ここはメンゲルベルクが落ちるのでムラヴィンスキーとの勝負になるが、僕はアーベントロートの方をより好む。彼は283小節に至るまで完全なイン・テンポで進めてゆく。気迫がきっぱりしたリズムや速めのテンポに表れているが、聴く者を戦慄されるのは音を割ったトロンボーンのアクセントであり、阿修羅のようなティンパニの最強打である! マイクは必ずしもティンパニに近くはない。にも拘らず、そのような物理的な条件を乗り越えて、恐怖のクレッシェンドを見せ、地の底まで届けとばかりデモーニッシュに轟き渡る。194~5小節や274小節以降など、まさにこうでなければならぬ!」 宇野功芳氏によるライナーノートより、 TKCC-15061、徳間ジャパン・コミュニケーションズ、1989年)


sv0066g.jpg劇的なドラマはトロンボーンとトランペットがマーチの断片を打ち合い、これが2分音符のファンファーレとなる280小節にやってくる。ここで巨匠は大見得をきるように大減速して行進曲へ突き進む。

レトロな巨匠らしい一発必中の“大ワザ”に快哉を叫びたくなるが、中でもアーベントロートは減速感が著しく、281小節の頭から早くもテンポを落とすところが個性的だ(280小節頭でトランペットが外れるオマケ付き)。

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全楽員が一丸となって息もつかせぬラストスパートを展開するコーダ(301小節)もすさまじい。シンバルの「チョイーン!」(ちょっと早い)を皮切りに、なりふり構わずオーケストラをあおって暴れる熱血ぶりはフルベン以上といってよく、その息づまる加速に酔ってしまいそうになる。裏拍で打ち込むトロンボーンが勇み足で飛び出すなんづぁご愛敬、鉄の塊と化した燻し銀の楽団“熱き血”を注ぎ込み、攻めの一手で押し切った東ドイツの巨匠の渾身のマーチといえる。


第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0066h.jpgテンポの遅さはフリッチャイ盤と双璧で、ホルンの切分音にのせたアンダンテの第2主題は過剰に高ぶらず、奏者全員が心を込めて、哀切の調べを腹の底から歌いぬく。

当時の東ドイツの楽団の特徴と思われる管弦の暗い響きも独特で、音楽はつよい筆致によって、音量ゆたかに鳴り響く。ピウモッソの頂点で骨の太いブラスが身を切るような痛切さで、がっしりと喰らいつくように打ちぬいている。

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アンダンテ(126小節)主題を悲痛にあえぐように減速をかけていくところはアーベントロートの面目躍如たるところで、暗鬱なブラスの四重奏が鉛の足枷を付けて地を這うように奏する〈死のコラール〉(137小節)も大きな聴きどころだろう。コーダの寒々と鳴り響く分厚い弦は絶望感にうちひしぐ慟哭の調べといってよく、ドイツ正統の味を伝えてくれる必聴の一枚だ。


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[ 2016/04/23 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第2番

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ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調 作品36
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.10.3 Royal Albert Hall, London (Live)
Henning Smidth Olsen No.132.4
Source: BBC
Length: 32:07 (Mono)
TOCE-3720(EMI)


フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲は、〈第2番〉と〈第8番〉がレコーディングされずに終わったことから音楽ファンが待ち望んだものであったことはすでに書いた。その後、〈第8〉はストックホルム録音がくわえられたものの、〈第2番〉については演奏会で取り上げられる機会が極めて少なく、その発掘は困難を極めた。オールセンの「フルトヴェングラー・ディスコグラフィ第2版」(1973)においても〈第2番〉は皆無とされていた。

sv0065e.jpg〈第8〉の海賊盤事件から1年と経たぬ1974年9月、米オリンピックという新興レーベルがベートーヴェン交響曲全集(Olympic8120~7)を発売するという衝撃的なニュースを音楽雑誌が報じた。

わが国では日本フォノグラムが12月5日にこれを発売(SETC-7501~7)、この中に1929年ベルリンフィルの〈第2番〉が含まれていたことが音楽ファンの反響をよび、ここに到ってフルベン熱がピークを迎えた当時を筆者は覚えている。〈幻の第2番〉がついに発見されたのだ!

しかもこの全集には、コンセルトヘボウ管との第1番、ローマ・イタリア放送響との第3、5、6番、ストックホルムフィルとの第9番(以上初出盤)、スウェーデン国立管と表記された第8番(ストックホルムフィルのEMI盤と同一)が含まれ、おまけに1926年のベルリンフィルの《運命》の特典盤まで付くという。

sv0065p.jpgオーケストラや録音年代など種々雑多だが、EMIの「選集」と違って全9曲が揃ったファン垂涎の「全集」だった。学生だった筆者はこれが欲しくてたまらなかったが、1万5千円という高額なセットは買えようはずがなく、レコ芸に掲載されたディスコグラフィを舐めるようにながめたものである。

〈第2〉の録音が存在することは、以前よりフルトヴェングラー協会やマニアの間で噂されていたらしく、ようやくサンフランシスコのフルトヴェングラー研究家が秘蔵していた戦前のベルリン・フィルの放送用録音(おそらくアセテート盤)からレコード化が実現したと、解説に書かれている。


sv0065j.jpgしかしフルベン・ファンの永年の夢が実現したかと思われたのも束の間、この第2番も実はエーリッヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団のSP録音を元にしたものであることが米ハイ・フィデリティ誌の報告によって判明。

「またしてもフォノグラムがやってくれたか・・・」と当時はレコード会社に少なからず怒りをおぼえたものだ。正真正銘の第2番が発掘されるまでには、さらに5年の歳月を待たねばならなかった。

「1929年の放送用録音盤から復刻した世界初の巨匠の〈第2〉というふれこみで登場したが、間もなく非フルトヴェングラーと判明して姿を消した。正体はE・クライバー指揮、ベルリン国立Op.Or.によるSP盤(独Polydor:66905~8)。クライバーはこの録音以外にもブリュッセル・ナショナルso.を指揮したテレフンケン盤があり、国内盤(テレフンケン:33617~20)もあった。」 桧山浩介編「フルトヴェングラー・ディスコグラフィ」より、~『レコード芸術』、音楽之友社、1984~85年)



sv0065g.jpgフルトヴェングラーの“幻の第2番”が発見されたと新聞が報じたのは1979年2月。といっても小さな記事だったから印象は薄かった。音楽ファンにとっては一大ニュースだったが、今まで期待が裏切られてきたために骨董品的な発掘には筆者の興味は失せていた。

独エレクトローラからはフルトヴェングラー没後25周年を記念して、ブラームス〈二重協奏曲〉と共に発売され、わが国ではベートーヴェン交響曲全集(完結版)としてリリースされた。


「ベートーベンの〈2番〉は、フルトベングラーが残した録音の中でもいわく付きの曲。5年前、日本フォノグラムがフルトベングラー指揮の〈ベートーベン交響曲全集〉を発売したとき、1929年にベルリン・フィルを指揮したという〈2番〉が入れられたが、発売後、これはフルトベングラーの指揮ではないのではないか、との疑問が音楽関係者、愛好家などの一部から出た。結局、これに対する明確な反論も出ず、その後廃盤になってしまったので、この事件はウヤムヤ。今回発見された〈2番〉は、フルトベングラーが1948年ウィーン・フィルを率いてロンドンに演奏旅行したとき、ロイヤル・アルバート・ホールで演奏したというもので、音の状態は必ずしもよくない。」


桧山浩介氏(フルトヴェングラー研究家)によると発見された音源は、戦後唯一度だけ行われた巨匠とウィーンフィルによるベートーヴェン交響曲全曲演奏会(1948年9月28、30、10月2、3、6日の5回於ロイヤルアルバートホール)をBBCが放送録音したもので、後に全て消去されたと伝えられていた。ところが最近になってBBCの資料室にディスクに復刻して保存されていたものが発見されたという。

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フルトヴェングラーが〈第2番〉を指揮した回数は非常に少なく、〈第4番〉の半分にも満たず、ベルリンフィルとウィーンフィルの演奏記録によると戦前8回、戦後5回のみで、“幻の第2番”の録音が1点でも残されていたことはほとんど奇跡といえる。 参考:渡辺和彦編「フルトヴェングラー演奏会記録」より~レコード芸術別冊『フルトヴェングラー』、音楽之友社、1984年)

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1948年のウィーンフィルのロンドン公演を聴いたピーター・ピリー(当時30歳)は、没後30周年に次のように雑誌に寄稿している。

「実際の演奏を聴いて、わたしはこの〈第2番〉のフルトヴェングラーの演奏の、きわめてシューベルト的性格に驚いたことを思い出す。これは10月3日の同じ演奏会での〈第1番〉の演奏とは対照的で、こちらの方はハイドン的であると同時に本当のベートーヴェンのようでもあった。〈第2番〉の演奏は暖かく、叙情的で、きわめてウィーン風だった。」 ピーター・J・ピリー 特別寄稿『イギリスで聴いたフルトヴェングラー』より、横山一雄訳、~『レコード芸術』通巻407号、音楽之友社、1984年)


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第1楽章 アダージョ・モルト-アレグロ・コン・ブリオ
アセテート盤から起こしたとされる音質は劣悪で、パチパチという針の音やオリジナルソースに起因するワウフラッターがあり、鑑賞にはいささか忍耐を要するものである。音の潰れや歪みは随所にみられ、カップリングの「ストックホルムの第8」より音質が格段に落ちるので、“音の記録”と言ったほうが良いかも知れない。

sv0065a.jpg序奏部はゆったりと開始されるが、スフォルザンドピアノがノイズでよく聴き取れない。モーツァルト《魔笛》序曲とよく似た開始の提示部(34小節)のテンポは早く、61小節から急き立てるように弦楽器を走らせるところがいかにもフルベン流。第2主題も勢いよく歌われ、88小節の決めどころでは音楽が熱気を帯びてくるあたりは巨匠の面目が躍如している。

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しかし、ベルリンフィルに見られる鋭角的なスフォルザンドや確信を持ったフレージングに比べると、ウィーンフィルの演奏は全体の印象はどこか浮き足立ったような、中途半端な印象をぬぐい得ない。

「音質は劣悪だが、フルトヴェングラー独特のアプローチを知るには充分だ。テンポは猛烈に速く、活気があり(冒頭のアダージョや第2楽章のラルゲットさえも)、指揮者の音楽観も痛烈かつ鮮明に現れている。」 ジョン・アードイン著 『フルトヴェングラー・グレート・レコーディグス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


「演奏自体はいろいろ問題があるにせよ、さすがと思わせる部分も多い。第1楽章の序奏はかなり遅く、エネルギーとカロリーに満ちたフォルテのひびきがすばらしい。ベートーヴェンが指定したスフォルザンドピアノの指定がすべて生きているのも気持ち良い。主部は速めのテンポとキビキビしたリズムによる若々しくも雄々しい表現で、やはりひびきに力がみなぎっており、コーダでは例によってリズムを焦らせてゆくが、この曲の場合、かえって効果を損なってるのが残念だ。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)



第2楽章 ラルゲット
sv0065o.jpg「シューベルト的な夢」とピーター・ピリーが著すように、ウィーン風の温もりのある音楽が聴き手を魅了する。ピアノで歌われるクラリネットのふっくらとした音色に心惹かれるが、ノイズのせいで十分に聞こえてこないのが残念だ。

第2主題のヴァイオリンの優美な調べ再現部の柔和な木管の歌など、もし鮮明な録音で聴けたならば評価は大きく変わるだろう。問題を感じるのは75小節からで、ここまでものものしくリタルダンドしてしまうと、後くモーツァルト風の典雅な楽句が深刻すぎるものにならないだろうか。

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sv0018i.jpg展開部の終わり(154~156小節)の第1ヴァイオリンの上昇音型について、途中から第2ヴァイオリンに合わせてオクターブ低く演奏していると指摘する評論家がいるが、そんな事があり得るだろうか。

154小節の途中 [6:04]から音の歪みのせいで高音が途切れ、156小節がノイズで聴き取りにくいだけで、通常の音域で演奏しているとしか聴こえない。

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「第2楽章はテンポがかなり速く、流れは良いが、ちょっと堪能し切きれないのも事実である。しかし旋律はさすがによく歌われている。独特なのが75、79小節における大きなテンポの動きで、こういう解釈はかつて例を見ないが、大袈裟な身ぶりのわりには意味がなく、古くさい感じがする。また155~6小節における第1ヴァイオリンの上昇音型を、途中から第2ヴァイオリンに合わせてオクターヴ低くするのも解せない。いささか恣意的すぎるようだ。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)



第3楽章 「スケルツォ」 アレグロ
sv0065c.jpgフォルティシモのティンパニの打ち込みが生ぬるく、フルベンなら、もっと爆発的なパッションとアインザッツの切れをのぞみたいのは筆者だけではないだろう。

トリオは木管がまったりと、ねばり気味に歌うところはウィーンフィルらしいが、全体に模糊とした手探り状態で進めているような印象をぬぐい得ず、有無を言わせぬ巨匠の手の内を見せるには至っていないようだ。

フルトヴェングラー・ベートーヴェン交響曲全集(紙ジャケBOX)

「疾走する演奏の輝かしさは別にして、最も興味深いのは第3楽章のトリオ部をゆったりと演奏して、息をつかせぬスケルツォと対比されている点だろう。」 ジョン・アードイン著 『フルトヴェングラー・グレート・レコーディグス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)



第4楽章 アレグロ・モルト
sv0065d.jpg終楽章はすばらしい。音楽が生き生きと弾み、弦のトリルやティンパニの打ち込みが冴え渡っている。フガート的な推移主題を《第9》のように重厚に弦楽器を重ね合わせるところはまぎれもなくフルベンの必殺技で、巨匠の貫禄充分。

第2主題はウィーンフィルの木管奏者の独壇場で、寝ぼけたような、まろやかな調べを堪能させてくれる。
TOWER RECORDS

展開部は、いかにもフルベンらしい振幅の大きなデュナーミクと神技のアゴーギクによって迫力を増してゆくところに思わずCDを指揮したい衝動に駆られてしまう。「ここぞ」とばかりにアッチェレランドを仕掛けるコーダのダイナミズムもすさまじい。荒武者的なフェルマータ(335小節)や爆発的な総奏(386小節)は、なり振り構わぬ巨匠の気魄を刻印したもので、豪快かつ壮大なフィナーレに貧しい音のことなど忘れて興奮してしまう(会場の拍手入り)。

「フルトヴェングラーの長所が最も良く出ているのはやはりフィナーレであろう。スケールの雄大さは乏しいが、絶えず先を急ぐようなリズム、大きな身ぶりの間、そして凄まじいフォルティッシモとクレッシェンドで夢中になって突進してゆくコーダなど、彼ならではであるが、その途中で大きくテンポを落としすぎるのは芝居気がすぎるというべく、音楽が完全に指揮者のものとして消化され尽くしていないもどかしさはどうしても残る。」(宇野功芳著 『フルトヴェングラーの全名演名盤』より、講談社、1998年)


「《第2》は録音が芳しくないが、両端楽章の緩急自在な表現はフルトヴェングラー以外誰にもできない離れ業である。スピード感溢れる圧倒的な表現にベートーヴェンの魂が乗り移ったかのようである。」 横原千史氏による月評より、『レコード芸術』通巻第564号、音楽之友社、1997年)


これがもっと良好な音源で残されていたならと悔やまれるが、巨匠真正の〈第2〉が現存していたことは演奏解釈を知る上で存在価値は大きく、珍重されてしかるべき一枚だ。


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[ 2016/04/02 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)