ショルティ=シカゴ響のショスタコーヴィチ/交響曲第8番

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ショスタコーヴィチ/交響曲第8番ハ短調 作品65
ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
Recording:1989.2 Orchestra Hall, Chicago (DECCA)
Producer: Michael Haas
Engineer: Colin Moorfoot
Length: 62:54 (Digital Live)
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ショスタコーヴィチの交響曲第8番「戦争3部作」の2番目にあたる作品で、15曲のシンフォニーの中で最も悲劇的で暗い雰囲気を持った謎の曲だ。勝利を謳歌することなく終わって肩すかしを食らわすフィナーレが論議をよび、“雪どけ”まで黙殺された経緯もあって、頻繁に演奏されるようになったのは1980年代以降のこと。

sv0074b.jpgこの《タコはち》は、ショルティがシカゴ交響楽団の音楽監督に就いて20シーズン目のコンサート・プログラムに選ばれたもので、ショルティのショスタコーヴィチ第1弾となったライヴ録音。

徹底したリハーサルを重ね、細部まで完璧に仕上げることを常とするこのコンビにとって、演奏ミスを別テイクに差し替える必要性などないことからライヴ録音もセッション録音も基本的なコンセプトに変わりはないという。

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ここでは名人オーケストラが持てる機能性をフルに発揮、とくに中間2つの楽章はその名人芸を極限まで示したもので、精緻なリズムさばきや超絶的なアンサンブルは冠絶している。最大の聴きものがギャロップ調の行進曲で、トランペットの神様が歌うパンチの効いた〈行軍の歌〉が聴く者を魅了する。パッサカリアの肉付きのよい弦楽サウンドも聴きごたえがあり、ショルティは管弦の充実した響きによって戦争の悲劇と犠牲者への哀悼をあますところなく描き出している。

「ショルティ初のショスタコーヴィチである。シカゴのオーケストラ・ホールでライヴ録音と記されているが、バーンスタインのライヴなどと同じく聴衆のノイズなどは感じさせない。演奏はこれこそ超の文字を冠したい名演である。アンサンブルの技術が比肩するものがないほどすぐれていることは、いうまでもないが、ショルティの表現は創意と感興にみちあふれており、凄いほどの内燃性が鮮烈な表情で示されている。」 小石忠男氏による月評より、FOOL20462、『レコード芸術』通巻第469号、音楽之友社、1989年)


「ショスタコーヴィチもショルテイのオハコの1つである。同じ快感でも、こちらはマーラーと違って、その馬力がアイロニーに働きかけて哄笑を呼ぶ。ケッと笑った後に来るザラッとした苦味が、ロシアの演奏ほどネットリと絡みつかない。この8番は、シカゴ響最大の武器であるブラスセクションの呆れるほど圧倒的な集団的名人技も存分に聴けて、このコンビの典型的な魅力を堪能できる。」 『200CD 指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1995年)



第1楽章 アダージョ
sv0074c.jpg力強い第1主題〈エピーグラフ〉(題辞)は、「ザリザリ」と低音弦がうごめく触感が生々しく、弦の重量感と筋肉質の響きはまぎれもな“シカゴ・サウンド”だ。

アンサンブルに僅かな乱れが生じているが、実演の緊迫感が生々しく伝わってくる。この楽章の中核となるのがピウ・モッソ(練習番号8)の内省的な弦の歌(副主題)。5拍子の変則的な伴奏にのって、いつ果てるとなく不安げな表情で悲劇の情景がクールに歌い込まれてゆく。  amazon

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役者を揃えたシカゴ響のブラス・セクションが持ち前の本領を発揮するのが長大な展開部だ。落雷のようなティンパニと小太鼓の苛烈な打ち込みがくわわると、いよいよ副主題のリズムにのった第2主題がドラマティックに展開する。悲鳴のような木管の第1主題(練習番号25)、精密機械のように刻む弦のエネルギッシュなスケルツォ、「スカっ」と吹き抜く4本のホルンの豪放な3連音、「ポコポコ」と打ち込むシロホンの歯切れの良い連打など、音のご醍醐味が満載!

sv0074e.jpg最大の聴きどころがアレグロのグロテスクな行進曲(練習番号29)[15:29]。トルコ行進曲のパロディーとされる〈コラール風ファンファーレ〉がカノン風に展開する場面は、破局へまっしぐらに突き進む“地獄の行進”だ! 

威圧的な全管の斉奏によって第1主題を吹き上げるクライマックス(練習番号34)もすさまじい。“弦付きブラバン”の異名をとるシカゴ響ならではカタストロフの轟音は圧巻で、《マンフレッド交響曲》(チャイコフスキー)の主題によく似たトランペットの強烈なひと節(295小節)によって、ショルティはこの曲の悲劇性を熾烈なまでに提示する。  amazon
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《トゥオネラの白鳥》(シベリウス)を思わせるイングリッシュ・ホルンによるモノローグ(練習番号35)のクールなリリシズムも印象的で、低音弦で厳かに再現する副主題(練習番号41)と、弦楽の翳りのある響きで消え果てるコーダの第2主題(練習番号44)によって、聴き手を深い悲しみの中へ誘っている。


第2楽章 アレグレット
sv0074f.jpg威圧的な軍隊行進曲調のスケルツォは、ショルティがシカゴ軍団の威力をまざまざと見せつける。

ドイツ流行歌《ロザムンデ》のパロディーから、楽員を睥睨してスコアにひそむ残忍さと滑稽さを黙々と炙り出すショルティの姿が音楽の情景にぴたりとマッチする。聴きどころは中間部(練習番号53)の器楽的スケルツォ。  amazon
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戯けた調子で駆けめぐるピッコロの冴えた妙技は、権力者にヘコヘコとおべっかを使いながら、見ていないところで尻をたたいて「あっかんべ~」をやる道化師のようで、諧謔的なメロディーを生真面目に演奏。精緻なスタッカート・リズムにのって、ぴょこぴょこと飛び跳ねる小クラリネット、屁をこくようなファゴット、華麗に舞うトランペットといった名人奏者たちの悪魔的な競演にゾクゾクしてしまう。

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sv0074g.jpg圧巻は、第2主題が再現する〈第2トリオ〉(練習番号67)。弦のオスティナート・リズムとスネアドラムの乱打にのって、急速な軍隊行進曲へと変貌する場面は、このオーケストラの究極のダイナミズムを示したものだ。

急速に解体してゆくコーダ(練習番号70)では、消滅するかに見せかけて激烈なとどめで聴き手を仰天させるあたりは、凄腕集団のパンチ力と仮借のない統率力を発揮する鬼軍曹の面目躍如といえる。  amazon


第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0074d.jpgヴィオラの分散和音による急速なペルペトゥーム・モビーレ(無窮動)は、類い希なリズム感覚を持つショルティが、オーケストラ技能の完全性を極限まで追求する。

精密機械のような〈トッカータ主題〉に低音弦の力強い和音を叩き込み、木管の悲鳴のようなオクターブ下降にトランペットを「スパっ」と打ち込む切れ味の良さは抜群! 強烈なバルトーク・ピッツィカートを重ねる〈叫びの主題〉(練習番号83)の生々しさや、トロンボーンとテューバのグロテスクでメカニックな衝撃音もたまらない。  amazon

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最大の聴きどころは、低音弦から立ち上がる中間部のギャロップ調の行進曲(練習番号97)。このエピソードは千両役者の登場といってよく、名物奏者が行進リズムにのって華麗なソロを奏でる“行軍の歌”が聴くものを惹きつける。「スッタカタッタ」と鋭い合いの手を打つ小太鼓も感興を高め、平行和音で奏する弦の柔らかな応答が心地よい。

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滑らかなグリッサンドで駆け上がり、木管楽器が「ひょ~」と間断なく受け継ぐところは名技集団による“音のサーカス”にほかならない。第2句のトランペットがパンチの効いた掛け合いを演ずるところはゾクゾクするような興奮を誘っている。

sv0074h.jpg第3部(練習番号103)では、弦のすべり落ちるようなグリッサンドにシロホンが「スコン!」と打ち込まれるところも聴きどころのひとつで、音楽的な快感はもとよりオーディオ・マニアの耳をくすぐる箇所ではないかしら? 

コーダ(練習番号110)は無窮動リズムをffで叩き出すティンパニにも注目だ! 打楽器奏者が、まるで楽器に恨みでもあるかのように「バカスカ」と鼓面を叩き込むさまは痛快で、明快な打点によって“肉体的な興奮”を喚起するショルティの鋭敏なリズム感覚にとどめを刺す!  amazon


第4楽章「パッサカリア」、ラルゴ
sv0074i.jpgパッサカリア主題は、9小節ずつ11回の低音弦で反復され、その上に対位法的な変奏の声部を築いてゆく手の込んだもので、声部の入りと主題の切れ目がずれて書かれているために変奏の変わり目がわかりにくい。

ここでは、低音主題をクールに織り込む歌い口から美感がしっとりと滲み出てくるのがショルティの上手いところで、冴えた管楽器のソロを散りばめる第5変奏(練習番号114)や、クラリネットが根太い切分音で伴奏をつける第9変奏(練習番号121)などから悲劇の重みがどっしりと伝わってくる。

半音下げた最終音から、ハ長調の明るい春の兆しを明瞭に提示しているのも楽譜を見るに敏なショルティらしい。
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第5楽章 アレグレット
sv0074o.jpgファゴットが自信なげに奏するロンド主題〈喜びの歌〉は、力弱い変奏を繰り返して旋律を外れてしまうところにずっこけてしまうが、フルートの楽しげなスタッカート楽句が飛び出すと、明るい気分が戻ってくる。

ここで、作曲者が挿入する2つのエピソードが印象的だ。チェロが滔々と歌うロシアの憂愁(第1副主題)とバス・クラリネットが奏する不気味な舞曲(第2副主題)。「ぶりぶり」と肉付きのよい半音階で低回する目まぐるしい旋律に、田舎風のヴァイオリンの対旋律が絡みつくと明るい兆しが見えてくる。 TOWER RECORDS  amazon

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聴きどころは「ガツン!」と打ち込む力強いティンパニの一撃とともに、金管が〈喜びの歌〉を吹き放つストレッタ楽段(練習番号151)。ショルティが勝利を確信したかのように力瘤を入れてブラスを掛け合わせるところは、聴き手が「待ってました」と膝を打ちたくなるところで、木管が“祝福の歌”を斉奏するところはエネルギュッシュな解放感に溢れんばかり。

sv0074p.jpgクライマックス(練習番号159)は第1楽章〈エピーグラフ〉がfffで炸裂する。悲痛な強奏を4度ぶちかまし、トランペットが悲劇の主人公を象徴した“マンフレッド・ファンファーレ”をハイCから強烈に吹きぬくところが最大の聴きどころだ! とどめは5発の和音打撃と断末魔のようなブラスの喘ぎによって、闘いの終結が告げられる。

再現部は調子外れのヴァイオリン独奏が空虚に響き、2つのエピソードもどこか悲しげ。ファゴットのロンド主題は「トホホ」と情けなく、ピッコロやヴァイオリン独奏も意気消沈して途絶えてしまう。 

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コーダ(練習番号172)は高音弦がハ長調の和音でたなびく中を、c-d-cの〈喜びの歌〉が低音弦のピッツィカートによって幕を閉じる。難解なテーマをスコアから明快に描き出し、圧倒的なパワーと技巧で曲のツボをおさえた1枚だ。


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[ 2016/08/27 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)

デュ・プレのエルガー/チェロ協奏曲

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エルガー/チェロ協奏曲ホ短調 作品85
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ独奏)
ジョン・バルビローリ指揮 ロンドン交響楽団
Recording: 1965.8.19 Kingsway hall, London
Producer: Ronaldo Kinloch-Anderson (EMI)
Balance Engineer: Chiristopher Parker
Length: 30:07 (Stereo)
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エルガーのチェロ協奏曲は、デュ・プレにとって“人生の音楽”と言える名刺代わりの曲で、13歳のときに師のウィリアム・プリースから譜面を渡され、わずか4日で暗譜して完璧に弾きこなしたという。1962年(17歳)には、ロンドンのロイヤル・フェスティバルホールでこの曲をはじめてフル・オーケストラと共演して国際的なキャリアがスタートした。

sv0073b.jpg当録音は、1965年5月にBBC交響楽団のアメリカ公演で演奏し「最盛期のカザルスに匹敵する」と評論家から絶賛された直後にEMIの企画でセッションが組まれたもので、デュ・プレの名を世界に知らしめた記念すべきレコーディング・デビュー盤。

伴奏を受け持ったバルビローリもまた、1919年の同曲の初演時にオーケストラのチェロ奏者として参加していることから、デュ・プレにとって願ったりかなったりのサポートだったと思われる。
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sv0073j.jpgデュ・プレを映画化した『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』 (Hilary and Jackie、1998年、アナンド・タッカー監督)では同曲がテーマ音楽として使用されているが、映画ファンの中にはこの曲がエルガーの作品とは知らず、映画のためのオリジナル音楽と思われていたらしい。

映画ではエミリー・ワトソンがデュ・プレ役を好演しているが、傑作なのが婚約者として登場する若きバレンボイム役の青年(ジェームズ・フレイン)で、わざとらしいパンチ・パーマの気弱そうなキャラに思わす吹き出してしまう。
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「映画《ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ》の中で最初から最後までテーマ音楽のように流れ続けるのが、彼女の最も愛したエルガーのチェロ協奏曲なのだ(演奏も彼女自身)。イギリス人デュ・プレにとって、同国の作曲家エルガーの作品が身近なものであったのは当然としても、この人生の秋を思わせるような憂愁を湛えた、しみじみとした感慨が、なんとジャッキーに相応しいことだろう。」 『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)



sv0073c.jpg〈憂いの顔の騎士〉と称される同作品は、20世紀初頭に書かれたとは思えないロマン的な雰囲気をもち、“晩秋の夕映え”を思わせる哀愁が全編に漂う屈指の名曲だ。

初演の評判は芳しくかったが、女流チェリスト、ビアトリス・ハリソンの演奏によって世に認められ、デュ・プレの当録音によって不動の評価を得たことから、この曲には“女流チェリストによってしか成功しない”というジンクスがつきまとっている。
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NoConductorOrchestraDateTotal
SargentBBC so1964.9.37:164:244:5110:5827:29
BarbirolliLondon so1965.8.198:004:345:1412:1930:07
BarbirolliBBC so1967.1.37:514:155:2212:1229:40
BarenboimNew Philharmonia1967 (DVD)8:224:115:1511:5829:46
BarenboimPhiladelphia1970.11.27/288:414:345:5012:0531:10


sv0073d.jpgデュ・プレのエルガーはライヴ盤を含めて数種出ているが、音質が良く最も条件が整っているのがEMI盤。同じバルビローリ指揮でBBC響のプラハ公演を収めたテスタメント盤もすばらしい演奏だがマイクが遠くオケが弱い。

バレンボイム指揮フィラデルフィア管のソニー盤もオケの響きが薄く伴奏がカラ回りしていることや、独奏のキメが粗くデフォルメがきつい。同じバレンボイムの伴奏でも婚約直後にニューフィルハーモニア管と収録した映像はEMI盤と演奏スタイルが似ており、完成度が高いと思われる(モノラル)。
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「デュ・プレの楽壇デビューを飾った曲であるが、気合いも入っており、キズのない技巧を駆使して危な気のないみごとな演奏を展開している。とくにみごとなのが第1楽章と第3楽章で、その間のとり方のうまさといい、熟した表現といい、まだ20歳にもならないうちにこれだけのものを持っていたとはまったく驚くべき才能である。バルビローリの品のよい充実した棒さばきも特筆に値する。この1枚はデュ・プレのレコード全部を通じての最高傑作の1つにあげてよかろう。」 志鳥栄八郎氏による月評、『レコード芸術』通巻第321号、音楽之友社、1977年)


「憂いを含んだ主題を、雄渾に歌い上げていく表現力には脱帽するほかはない。この録音をめぐる熱い筆致の文章を数多くの執筆者が残しており、音楽ファンに英国音楽の魅力を強力にアピールした名盤である。主情的に歌い込み、体当たりするような迫力に満ちていることもあって、デュ・プレのちょっとした音程のブレなどを、この演奏で刷り込まれてしまうと、他の奏者による整った演奏を耳にしても、物足りなさを感じてしまう。名匠バルビローリが、包容力に富んだバックアップを繰り広げながら、エルガーの醍醐味を巧みに打ち出している点も魅力的だ。」 満津岡信育氏による「選定世界遺産ディスク」~『レコード芸術』通巻第695号、音楽之友社、2008年)


「デュ・プレと言えばエルガーとでも言うべき、彼女の代名詞となった大名演。〈エルガーは男性が弾くと失敗する〉と揶揄されるほど、男性奏者にとって鬼門となってしまったのも、この演奏の影響大である。“正しい音程”や“きれいな”音色よりも、情念の迸りを優先させるこのような表現は、最近の奏者からはめったに聴かれなくなったが、作品の本質をえぐり出しているという点で、この録音は永遠の価値を持つ。」 西村祐氏による「栄光の1960年代」~『レコード芸術』通巻第694号、音楽之友社、2008年)



第1楽章 アダージョ~モデラート
sv0073m.jpg〈ノビルメンテ〉と記される高貴なフォルティシモではじまる冒頭の悲劇的なカデンツァは、重音をたっぷりと弾き込んで深い悲しみが語られる。

肺腑をえぐるように決めるグリッサンドは悲嘆の吐息のようで、暗雲がたちこめる荘重なレチタティーヴォ(叙唱)が聴き手の心に重くのしかかり、デュ・プレ(以下ジャッキー)の悲劇的な運命を予告するかのように聴こえてくるではないか。  amazon  HMVicon

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sv0073g.jpg8分の9拍子にかわるモデラートは、ヴィオラが“晩秋の詩情”をすすり泣くように奏で、これに独奏チェロが悲しみの対位を織り重ねてゆくところが大きな聴きどころだ。

低音が震えるようなコクのあるフレージングは冠絶しており、アラルガンドの16分音符で音階を駆け上がる“涙のクライマックス”は慟哭が極まった感があろう。
BBC Legends(1962, 1964)
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最高潮で強奏する管弦楽の総奏も指揮者がツボを心得えており、トロンボーンがアクセントを入れて加わると、音楽は重厚さを増して“悲劇の情景”があますところなく展開されてゆく。


sv0073e.jpg木管で導かれる付点を伴った第2主題も悲しみを引きずっているが、ホ長調に転じる〈エピソード〉では晩秋の陽光が沈鬱な雲間からあらわれるように、やわらかに明滅しながら独奏がしみじみと聴き手に語りかけてくれる。

弦楽の伴奏は夢心地のような安らぎと気品を湛え、バルビローリがまるで父親のように暖かく見守りながらジャッキーの独奏に寄り添っているのが伝わってくる。

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独奏の激情的なテヌートで高潮する主題再現もすこぶる濃厚で、ティンパニの強打や、フォルテの痛烈な和音打撃で対峙するバルビローリのウェットで熱っぽい指揮ぶりも聴きどころだろう。


第2楽章 レント~アレグロ・モルト
sv0073i.jpg「バチン」と弾くカデンツァ和音と管弦の鋭い打ち込みに仰天するが、小刻みの16音符でせわしく走るペルペトゥーム・モビーレ(無窮動)はジャッキーの超絶技の独壇場。

物憂い表情を湛えつつ、針の穴に糸を通すような弱音の精密なスピッカートと、抉りの効いた弓さばきによって管弦の爆発を誘うダイナミックな第2主題の対比が鮮やかで、高音のフラジョレットから低音の刻みまで管弦楽と目まぐるしく掛け合う音楽は変幻自在。
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快適に弾き飛ばすコーダも超絶的で、倒けつ転びつ駆け込むピッツィカート終止も即興的だ。
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第3楽章 アダージョ
sv0073h.jpg独奏チェロが間断なく朗唱するアダーショをジャッキーは密度の濃い弓さばきで弾き上げる。ここでは前年に後援者のイスメナ・ホーランドから贈られ、短い生涯を共にした銘器“ダヴィドフ”(1713年製ストラディヴァリウス)によって紡がれるイギリス風の嘆き節が聴き手の胸を締めつける。

ジャッキーは甘くほろ苦い思い出を胸に秘めつつ、ロマンティックに、しかも情熱的に綿々と歌い込んでゆくところがこの曲のキモといえる。絶望の淵へ突き落とされながらも、かすかな希望と安らぎを願う20歳の女性の慈愛に充ちた歌い口に涙がこみ上げてくるのは筆者だけではないはずだ。

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第4楽章 アレグロ~モデラート~アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0073f.jpg〈レチタティーヴォ〉の重厚な語りとカデンツァの豪快な重音の弾きっぷりはロストロポーヴィチを彷彿させる大家風の弓さばきで、32分音符を決然と駆け上がるところは運命と対決するジャッキーの強固な意志が込められている。

主部のロンド主題激しい戦いの音楽だ。闊歩するような男性顔負けの雄渾なフレージングによってオーケストラと丁々発止と渡り合い、闘争劇を繰り広げるところが痛快で、根太い音でゆさぶる第2主題と16音符の上下運動や、主題の断片を目まぐるしく打ち込む管弦楽に負けじとばかりに、ギシギシと弦を擦るアルペジオもすこぶる力強い。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

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大股で牛車を引きずるような、重々しくダイナミックな主題変奏(練習番号59)もジャッキーの個性が生々しく刻印されている。


sv0073k.jpg最後のクライマックスは瞑想的なムードに包まれるアダージョ(練習番号66)で、静謐な抒情美がロマンティックに歌われる。

とくにストリンジェンドからしっとりと歌い込みながらオーケストラと繰り返し高揚するところが感動的で、過去の甘い記憶(第3楽章)を追想するかのように再帰するレント主題[10:32]の“切ない歌”に胸がいっぱいになってしまう。
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sv0073l.jpg美しい想い出を残酷に断ち切る〈悲痛なレチタティーヴォ〉の緊迫感も無類のもので、律動的な対位でオーケストラに体当たりで喰らい付き、激烈な慟哭の一撃で全曲を締め括っている。いつまでも大切に聴き続けたいデュ・プレ入魂の一枚だ。
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[ 2016/08/13 ] 音楽 エルガー | TB(-) | CM(-)