ジュリーニ=シカゴ響のシューベルト/交響曲第4番「悲劇的」

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シューベルト/交響曲第4番ハ短調 D417「悲劇的」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1978.3.13,14 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Günther Breest(DG)
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 31:33 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団との録音に優れた演奏が集中している。とくにDGとの“第9シリーズ”は究極の名演で知られ、ジュリーニが巨匠として大きく飛躍した時期と重なっている。

sv0080e.jpgジュリーニは晩年になるとオペラから手を引き、コンサート活動に絞って指揮を行っていたが、普段はスコアの勉強と西部劇を観る事以外にろくすっぽ興味を示さず、実業家の令嬢でやり手で知られた奥さんのマルチェッラがレコード会社との契約からダンディに決めたジャケット写真に至るまで、その一切合財を取り仕切っていた。

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ジュリーニのレパートリーは極めて狭く、ごく一部の作品に限定して繰り返し演奏していたが、シューベルトの交響曲もその例外ではない。《未完成》《グレイト》《悲劇的》のみを取り上げ、とくに《悲劇的》は晩年の2作品に劣らぬ名作として慈しんだという。

sv0080d.jpgここではジュリーニが、シカゴ響の重厚な響きを十全に生かして曲想に秘めた悲劇性を神秘的かつ厳粛に描き出す。

浪漫の香りをしっとりと漂わせ、しなやかに歌いぬくカンタービレを随所で聴かせるあたりはジュリーニの真骨頂で、余人の追随を許さぬ気品と説得力をあますところなくディスクに刻んでいる。

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録音のすばらしさも見逃せない。重量感のある弦楽器はもとより、エッジの効いたブラスの響き、骨力のある打楽器などリアリティにとんだ生々しいDGサウンドが目前に展開。厳正なリズムでさばく豪壮なスケルツォは有無を言わせぬ迫力があり、シカゴ響の重厚な“ジャーマン・サウンド”が名品に深みをあたえているのも聴きどころだろう。

Orch.LevelDateLocationⅠmovⅡmovⅢmovⅣmovTotal
BPOTestament1969.2Berlin7:448:023:098:1127:06
CSODG1978.3Chicago10:448:453:488:1631:33
BRSOSONY1993.2München11:589:313:439:0834:20

「アンサンブルが縦割りに、垂直に聞こえるが、それが毅然とした相貌を作品に与えている。オーケストラの機能が、明確な輪郭作りに見事に反映されているのである。それは、やや四角ばったメヌエット楽章に顕著であるが、けっして頑迷な印象を与えるものではない。ただ、終楽章は、短調ながらもっと覇気に溢れ、すっきりした音楽であっても良かったのではなかろうか。」 長木誠司氏による月評より、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)


「ショルティが“剛”の指揮者とすれば、ジュリーニは“柔”の指揮者だ。この両者により、今のシカゴ響の音と表現は確立された。ジュリーニの録音もいずれも名演揃いだが、作曲家別ではジュリーニの演奏したシューベルトは格別で、やはり同じ頃客演したカルロス・クライバーと並んで、シカゴ響の歴史に名を刻んでいる。マーラーやブルックナー、バルトークを得意とする大オーケストラが、シューベルトの、それも前期の作品で見せるアンサンブルは、このオーケスラのレパートリーの広さと、柔軟性をよく表している。」 山田真一著『オーケストラ大国アメリカ』より、集英社、2011年)



第1楽章 アダージォ・モルト~アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0080b.jpgベートーヴェン風の力強い和音で開始する序奏は、《アウリスのイフィゲニア》(グルック)を思わせる〈基本動機〉がただならぬ予感をあたえながら、荘重なフーガで進行するのがジュリーニ流。

しっとりと奏でるヴァイオリンに、重量感のある低音弦が重なる音場が生々しく、バスの「ザラリ」とした艶めかしい触感がグラモフォンらしい音づくりといえる。木管の調べは悲しみに打ち震え、序奏から“悲劇の予感”が「ずしり」と伝わってくる。
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sv0080c.jpg主部は、アウフタクトのスタッカートを弦がレガート気味に仕掛けるところがいかにもジュリーニ好みのアーティキュレーションだ。儚さと憂いを秘めながら、しとやかに紡ぎ出す旋律は程良く弾みなからテンポよく駆け走る。

装飾音を入れた第2楽句の切れのある弓さばきは、シカゴ響の強靭で機能的なアンサンブルが絶大な効果をあげている。

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聴きどころは優美な旋律を変イ長調で奏でる第2主題(68小節)。わずかにかかる弦のポルタメントにしっとりと艶をのせ、清冽なカンタービレを聴かせるところは“歌の指揮者”ジュリーニの独壇場。経過的な分散和音の強奏は威圧感があるが、第2主題を歌い返す量感ゆたかな低音弦と、サクサクと快適に刻む高弦のリズムが絶妙のバランスで耳の快感を誘っている[提示部は反復]。

sv0080f.jpg力強い序奏リズムで聴き手の度肝をぬく展開部厳粛なアプローチもジュリーニ流。対位楽句の押し出しの強い緊密なカノンによって、“小市民的な悲愴感にとどまる”と揶揄された作品を構えの大きな、堂々たる威容を持つ音楽に仕上げているのが驚きだ。  amazon

品の良いレガートによって、しっとりと哀しみを綴る再現部のカンタービレ“歌う指揮者”の面目が躍如しており、浪漫的な気分を大きく高めている。モーツァルト風の典雅なコーダをベートーヴェン的な重厚な響きと厳粛な気分で締めるあたりは、聴き手に媚びぬジュリーニの慧眼があろう。


第2楽章 アンダンテ
sv0080g.jpgドルチェで歌われる優美なウィーン風主題は『ピアノのための即興曲変イ長調作品142の2』と同一とされるが、ジュリーニの手にかかると物悲しさを秘めた旋律が温もりのあるフレージングによって、ゆり籠の中で子守唄を聴くような安らかな気分が横溢する。

木管の晴朗な主題に弦がそっと寄り添うようにカノンで奏でる“清らかな歌”も印象的だ。

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TOWER RECORDS  amazon [UCCG4876]
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「ずん」と強く押し出すヘ短調の中間部は、第1楽章のモチーフを変奏して“悲劇の気分”が再現する。緻密な内声のリズムにスタッカートの力強い低音弦を打ち込むところはいかにもDGらしいエッジの効いた生々しい録音で、ジュリーニは力強さの中にもウェットな詩情と暗い影を巧みに織り込んでゆく。
主題を変奏しながら哀感を滲ませる木管のニュアンスの移ろいや、それに応える弱弦の繊美なフレージングにも耳をそば立てたい。


第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0048g.jpgスケルツォ風のメヌエットは、2拍子的なリズムをもつ3拍子を剛毅にして厳正に刻みつつ、ゆったりと振幅を保持して押し進めるところは、長いアームスから繰り出す“ジュリーニ・リズム”の独壇場。

ここでも暗色を帯びた深みのある“シカゴ・サウンド”が大きくものを言い、大蛇がのたうつような分厚いオーケストラの躍動感と強音の威力は絶大である!

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トリオ(中間部)は〈悲劇のモチーフ〉を愛らしい民謡風にアレンジした舞曲が一服の清涼剤のように安らぎをあたえてくれる。晴朗な木管のメロディーや、ワルツ風の第2楽句も聴きどころで、ウィーン風にやわらかく優雅なステップを踏む一方で、毅然と襟を正し、一片のけれん味もなくスケルツォに回帰するところなど、指揮者の真摯で堂々たる風格を示してあますところがない。


第4楽章 アレグロ
sv0036i.jpg低音の上昇フレーズから湧き上がる不安と焦燥に駆られたせわしい主題をジュリーニが切ない心情を秘めながら、情感ゆたかに、ゆとりをもって歌い回すところが心憎い。

まろやかなクラリネットと弦がやさしく対話を重ねる第2主題(85小節)も聴き逃せない。伴奏弦の刻みをサクサクと打ちながら、清流のように淀みなく流れる音楽は爽やかだ。

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提示部を締める総奏はパンチ力のある豪快な和音打撃を執拗に打ち込むが、いたずらに見得を切ったり強圧的にならないのがジュリーニの上手いところだ[提示部のリピートなし]。展開部(195小節)はひとくさりの対話のあとに、ほのぼのと晴朗に歌う木管の第3主題が飛び出すと、晴れやかな気分が増してくる。
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sv0036f.jpgしかしジュリーニは安らぎの中にとどまろうはとしない。フォルテの決めどころ(265小節)で鋭く果敢に切り込んで強固な意志を表明する。

毅然と立ち上げる総奏で明確な構成感と雄大なスケール感を打ち出して、ベートーヴェンに勝るとも劣らない作品へとヴォリューム・アップしているところはジュリーニの絶好調ぶりを物語っている。  Art of Carlo Maria Giulini

ハ長調に転じる再現部(293小節)は、第1主題、副主題、第2主題をジュリーニが腕によりを掛けたカンタービレで清冽に歌いぬく。トランペットがくわわった〈コーダ〉は重量級の“シカゴ・サウンド”のパワー全開で、どっしりと決める重厚な和音終止が悲劇のシンフォニーを力強く締めている。

ジュリーニが絶妙のカンタービレで聴き手を酔わせつつ、悲劇の重みをズシリと伝えてくれる聴き応えのある一枚だ。


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[ 2016/11/26 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第3番(54.4.27)

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ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 作品90
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1954.4.27 Titania-Palast, Berlin
Archive: RIAS Berlin
Henning Smidth Olsen No.396
Length: 36:39 (Mono Live)
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フルトヴェングラーのブラームス交響曲第3番といえば、かつては1949年のEMI盤が唯一の演奏だったが、1976年にドイツ・グラモフォンが、1977年には日本コロムビア(ワルター協会)が巨匠最晩年のライヴ録音を相次いで発売したことにより、巨匠の指揮する3種の〈ブラ3〉が出揃った。

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1949.12.18EMIWF7002713:089:366:169:0838:08
BPO1954.4.27DGMG600310:269:376:239:2435:50
BPO1954.5.14B.WalterOB7289/92-BS10:4910:136:369:4037:18


sv0079c.jpgベルリンRIAS放送局のアーカイブを音源とするグラモフォン盤(MG6003)は音質がすこぶる良好で、フルベンのライヴ録音の中では極上の部類に属するものだ。筆者は学生時代にこのレコードを愛聴し、その格調高い演奏に恍惚となったものである。

DG盤はオーソライズ盤のため、これまで音源の違いを云々することはなかったと思われるが、2009年にマスターテープ(76cm/sec)から起こされたCDが独auditeより発売されたことにより、従来の音盤の存在価値が低くなったように取り沙汰されるのが悩ましく、また少しさびしい気持ちにもなった。

sv0079d.jpg手持ちのディスクを聴き比べると甲乙付けるのが難いが、重厚なDGの輸入CD(423572-2)に対し、仏協会盤(SWF062~64)はシャリッと鮮明。audite盤は、余裕のあるダイナミック・レンジ柔らかくほぐされた自然な音の拡がりが心地よく、どれを採るかは好みによるしかない。

筆者はMG6003(LP)をCD-R化したものを好んで聴いているが、ティンパニの迫力はこれが一番。UCCG3710もバランスのよい音質で、これを聴くと同じレーベルのリマスターの違いにまでマニアが目を光らせるのもむべなるかな・・・

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フルトヴェングラーのブラームス〈第3〉はオールセンによれば、次の5点が確認されており、そのうちの3種がレコード化された(すべてベルリンフィル)。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1932.3.15Berlin,Philharmoniesaal -ⅣmovNot issuedO_ 24
BPO1949.12.18 Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinHMV(EMI)O_179
BPO1951.4.20Cairo or 4.25 Alexandria, Cairo RadioNot issuedO_243
BPO1954.4.27Berlin,Titania-Palast, RIAS BerlinDGO_396
BPO1954.5.14Torino, Italian RadioB.WalterO_406


sv0079b.jpg3種のレコードはいずれもがフルベンの個性を刻印した演奏で、中でも急の差の激しい荒れ狂った演奏が①で、この演奏のみ提示部が繰り返され、終楽章ではティンパニが随所に追加されている。

③は表現上①と②の中間の演奏で、①に劣らず冒頭からものものしい気魄で立ちはだかるが録音が落ちる。これに対し②(当盤)は、①③に比べれば気魄は後退するが、えもいわれぬ情感を宿した完熟した演奏で、我武者羅な演奏とは一味違った最晩年の巨匠の奥義を伝えている。

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「この演奏はたいへんきめが細かい。(略)表現への積極性のかわりに沈潜が、意志のかわりに詠嘆の調子がたしかにあらわれている。ことに第3楽章の憂愁は近代指揮者がほとんど聴衆のまえで語る習慣のなかった個人的な愁嘆の声ではあるまいか。そしてそれはまるで孤独なクモが木陰で実に丹念にこまやかな巣を張っているようなオーケストラの処理のうちに歌われているのを、耳をそばだてて感知することが出来る。」 大木正興氏による月評より、MG6003『レコード芸術』通巻310号、音楽之友社、1976年)


「演奏は鮮明な録音で、冒頭からもう緊迫した生命力がわき出してくる。第1楽章提示部の反復はないが、このような演奏なら、そうしたほうが一貫性が強まると思う。とにかく大胆なアゴーギクによって情熱的で共感の限りを表明しており、彫りの深い表情には創造的な芸術性の力がみなぎっている。第2楽章のヒューマンなあたたかさにみちた魅力的な演奏も第3楽章の歌謡性ゆたかな表現もみごとなものである。終楽章も密度が高く、全体は一篇のドラマのように構成されている。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻465号、音楽之友社、1989年)


「音の状態は非常に良く、演奏も死の年のものだけに完璧を極め、フルトヴェングラーの数多いレコードの中でも屈指の名盤といえよう。この《第3》は旧盤もすばらしかった。わけても第1楽章の情熱はむしろ古い方を採りたいくらいであるが、第2楽章以下は録音の良さも含めて、完成されきった新盤に軍配を上げるのが妥当であろう。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調
1954年5月3日、吉田秀和はベルリンフィルのパリ公演(オペラ座)でフルトヴェングラーの指揮するブラームスの交響曲第3番を聴いている。当盤の6日後の演奏である。

「それは荘厳な熱狂だった。しみるような白いチョッキを着た長身痩躯の、教授か高僧かとみるほかないような男が出てくる。飄々と、といいたいが足取りは定かではない。それにゲルマン人種の誇りだとかいう長頭を支える顎がいやに長くて少しふらふらとゆらいでいる。指揮台に上ると、両手を胃のあたりの高さにつき出して自動車の運転手がハンドルを握るみたいな位置でゆすり出す・・・」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079e.jpgモットー(基本動機)の開始音を大きく膨らませて第1主題を叩き込む強奏がいかにもフルベンらしく、喰らい付くような弦の筆圧の強さ、密度の濃い間奏主題、うるおいのある第2主題(36小節)のフレージングやクラリネットのもってりしたアルペジオがロマン的な気分を高めている。

コデッタ手前の転回主題(47小節)で大きくリタルダンドするのがいかにもフルベンらしい。  [写真は 独グラモフォン 423-572-2 ②]

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提示部の結尾は強いピッツィカート・リズムとヴィオラの削る音が生々しく、すさまじい上昇音からリピートなしで展開部(77小節)へ突進するところはフルベンの面目が躍如する。切り裂くような第1主題の律動、のたうつようにうごめく第2主題の低音弦、身をよじるように揺れる音楽は闘争の精神が漲っている。

暗鬱とした森の奥深くからホルンがたっぷりと湧きあがる情景は、ドイツ・ロマンの真髄を極めた感があろう。意味ありげに、模索するようにリタルダンドして再現部へ進むところは悲劇の予兆であるかのようである。

sv0079f.jpgティンパニの強烈な一撃で宣言する再現部(120小節)はフルベンの筆圧の強さが全開だ。金管の強奏もすこぶる刺激的で、第2主題の手前、ヴェヌスブルク的な上行アルペジオでゆったりと間をとって、夢幻の境地に達するところもフルベンの“秘術”と言える。

圧巻は、戦闘的に燃え上がるコーダ(183小節)で、巨匠は「これでもか」と荒ワザを仕掛けてアッチェレランドで猛進する。  amazon [POCG-3794]

当盤は49年盤ほどアンサンブルの崩れは見られないが、8分音符の激しい律動から一拍の休符で見得を切るように弦の大波に収斂するところ(195小節)の緊迫感は無類のもので、「こうであらねばならぬ」といった強い確信に貫かれている。英雄的な気分で締める力強い終止も尚武の気風が漲り、次なる戦いへの決意すら感じ取れるではないか。


第2楽章 アンダンテ ハ長調
sv0079k.jpgここではくすみがかった木管のもってりした音が興をそそり、第2主題など淋しさの中にも厳粛な気分が宿っている。

特筆すべきは、この時代のベルリンフィルの古色蒼然とした響きで、渋味のある“ブラームス・サウンド”がぶ厚い音でしっとりと、熟した味わいを醸し出しているところに耳をそば立てたい。 [写真は仏協会 SWF062-4 ②]

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「木管の音色が、ブラームスではずいぶん地味な艶消しをしたようなものであることは、誰もが気づいているわけではない。ブラームスをきいた時、私は、本当に「そうか、これがブラームスの音色なのか」と思ったのは事実である。実にしっとりした、くすんだよい音だった。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)


sv0079g.jpgセンプリーチェ主題の慰めるような弦のニュアンスにも心惹かれるが、聴きどころは3連音でうねうねと太い縄を編むように主題を変奏する展開部(62小節)。

切分された主旋律と分厚い低音オブリガートが絶妙のバランスでたゆたうコクのある響きは極上といえるもので、同じオーケストラでも美麗なレガートでペンキをべったりと塗り込めるカラヤンとは格の違いを感じさせてくれる。

流れを断ち切る短い律動で闘争の気分を蘇らせるところや、情熱的に歌い上げるコーダの高揚感も巨匠の極意といえる。  amazon [KICC964](1954)


第3楽章 ポコ・アレグレット ハ短調
sv0079h.jpgチェロの奏でる名旋律は憂いを帯びた悲しみの調べで、49年盤よりテンポが緩やかなために、しっとりとした味わいがある。ヴァイオリンが歌い継ぐ主題の内声の厚ぼったい響きや、翳りを帯びた中間部の重々しい弦の合いの手など、苦渋に満ちた痛切な祈りが楽想に込められている。

大きなリタルダンドで慰めの句から再現部に向かって沈思黙考するところも巨匠の“秘技”を開陳したものといえる。

amazon  HMVicon [KICC961](1949)

再現部の燻し銀のホルン独奏がこの曲最大の聴きどころだが、これがあまり上手くない。後半の音崩れやブレスの途切れなど、3種の中では一番落ちるのが玉にキズ。しかし、哀しみを湛えたオーボエの名技や、2オクターブで纏綿とドラマチックに歌い上げる密度の濃いクライマックスは叙事詩のような味わい深さがある。

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「ブラームスの《3番のシンフォニー》ではブラームスの音というものに、今度こそ確信をもった。これは室内楽と大管弦楽との中間の独特の音楽である。厚ぼったいが柔らかくふくらんでいる。各種の木管の混ぜ合いから生まれる音色とふっくらとして重い弦の音、高いオクターブの弦の音。そうしてときどき飛び立ち、きしむようなリズミックな音型と甘い叙情的な歌との鮮やかな対比で転回してゆく明暗。それから休止の沈黙に対する特別に入念な配慮。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)



第4楽章 アレグロ ヘ短調
sv0079i.jpgただならぬ暗雲が垂れ込めるものものしい開始がいかにもフルベン流で、葬送行進曲のようなコラール風の警告が悲劇のはじまりを予告する。

強烈なブラスの雄叫びで奮然と立ち上がる全合奏は、落雷のように「ズシッ」と打ち込むティンパニの強烈な打撃に仰天するが、巨匠は決して羽目を外さず堅固なリズムで古武士然と突き進む。つよいピッツィーカート・リズムで雄々しく歩む第2主題のゆたかな歌も霊感を得たフルベンの独壇場。  [写真は 伊 Nuova Era 013.6332-4 ③]

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大きなクライマックスは展開部〈警告の句〉(149小節)。コラール主題を全管で吹き鳴らす決め所で、巨匠は攻撃的な力感を全面に押し出して荒武者のように立ち振る舞う。弦の嵐の中からダメ押しするように全音符で絶叫するところの息をのむ緊迫感は圧巻で、強いバスのリズムにのせて、畳みかけるように闘争の再現部(172小節)へ乱入してゆく荒ワザに「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。

sv0039q.jpg闘いを終えた英雄は、コーダで“賢者の諦念”のような気分で昇華する。ここで第1楽章の第1主題を回想する箇所(301小節)でサプライズがある。

作曲者はかすかに響かせる程度を意図したためか、16分音符の分散和音で主題を奏してディミヌエンドしていくように書かれているが、当演奏とトリノ盤ではここを弦が2分音符の旋律で弾いているように聴き取れる。  [写真はワルター協会 OB-7289/92-BS ③]


sv0079j.jpg記譜通りに弾くと主題が不明瞭になるのを嫌い、旋律で弾くのが当時流行っていたのか、クレンペラーやチェリビタッケといったレトロな巨匠の演奏でも同様の改変が行われている(『究極のオーケストラ超名曲徹底解剖12』より平林直哉氏による)。  [写真はTAHRA FURT1041 ③]

精密なトレモロで明瞭に聴かせるセルやショルティのような職人芸を聴いたら、さしもの巨匠も「驚異的だ!」と目を丸くしたに相違ない。巨匠の奥義をあますところなく刻印したお宝の一枚だ。


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[ 2016/11/05 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)