ショルティ=パリ音楽院管のチャイコフスキー/交響曲第2番《小ロシア》

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チャイコフスキー/交響曲第2番ハ短調 作品17「小ロシア」
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
パリ音楽院管弦楽団
Recording:1956.5.22-26 La salle de la Mutualité, Paris
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length :30:49 (Stereo)
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《小ロシア》はショルティが44歳のときに、ジョン・カルショウのプロデュースでステレオ初期の英デッカに録音されたもので、デニス・ブレインがホルンを吹いていることで有名なビーチャム盤(1953年録音)を通じて当時の英国では人気の作品だった。

sv0092e.jpg時期を同じくしてウォルター・レッグ(EMI)が若きジュリーニを起用して同曲を録音しているが、デッカでは新進気鋭のショルティとフランスのオーケストラという奇抜な取り合わせで対抗したことは、音楽ファンの度肝を抜く “デッカの配剤” といえる。  amazon

1950年代のデッカは、モントゥーやマルティノンの指揮でパリ音楽院管弦楽団と活発なレコーディングを行っていた。


sv0092f.jpgここで規律を重んずるショルティが個人主義の強いパリ音楽院管弦楽団と衝突し、楽団員もこの剛腕指揮者にやり返したというエピソードが伝えられている。

セッションでは、4名の首席奏者が代理の奏者を寄こしたためにショルティが激怒し、その諍いで貴重な時間を使い果たしてしまったという。  amazon


「この時の体験はショックだった。リハーサルではコンサートマスターがくわえ煙草で足を組んで座っていた。ひらのメンバーは喧嘩はするはおしゃべりはするはで秩序はひとかけらもなく、それがいったん演奏に入るとまるで受け身で無気力になり、たとえば弦セクションは10センチ以上は弓を動かさなかった。そして私が演奏を止めて誤りを指摘したり部分的に変えようとするたびに、またしてもガヤガヤとざわつき始めるのだ。」 ゲオルク・ショルティ著『ショルティ自伝』より、木村博江訳、草思社、1998年)


sv0092o.jpg演奏は“傑作”としかいいようがない。喧嘩腰でオーケストラにいどむショルティの力瘤のある棒さばきがユニークで、強烈なアクセントをたたき込むメリハリの効いたスタイルが聴き手の興奮をかき立てる。

指揮者の苛立ちが民謡を素材に用いたウクライナの土臭い民族色を何処かへ追いやってしまい、終わってみれば闘争から勝利への一大シンフォニーに仕上っているのがユニークといえる。

金管を強調したデッカのあざとい録音もすこぶる刺激的で、LPの輸入盤を初めて聴いた時、その鮮明な音に腰を抜かした記憶がある。

sv0092c.jpg何よりもこの盤の魅力は、当時のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器がステレオ録音によって明瞭に捉えられているところにあり、リュシアン・テーヴェに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞い が大きな聴きどころ。

ロシアの陰鬱さを綺麗さっぱり振り払うかのようなオーケストラの色彩感溢れる木管やピストン式フレンチホルンの独奏は、愛好家にはたまらないご馳走だろう。

「パリ音楽院管弦楽団との唯一のCDである。デッカがこのオーケストラを戦後頻繁に起用していた関係で、ショルティも指揮することになったのだろう。リハーサルでも本番でも、躊躇なくサボっては代演をよこす楽員との険悪なムードの中で演奏されたという。その反映か、ショルティの筋肉質の音楽とオーケストラの優美な音楽と相異なる個性が引っぱり合いをしていて、きしむような緊張感が面白い。」 『レコード芸術』特集〈ゲオルク・ショルティ再考~没後10周年記念〉より山崎浩太郎氏による、通巻第687号、音楽之友社、2007年)


「明るく放歌高吟するトランペットなど、どう考えても、当時のパリ管弦楽団が備えていた個性的な響きが全面に浮かび上がった演奏が収録されている。猛烈なテンポで突進する《小ロシア》第1楽章の主部なども、トランペットが浮き浮きとしゃしゃり出て、ショルティの意図とは裏腹のユニークな怪演になってしまっている。」 満津岡信育氏による月評より、UCCD3783、『レコード芸術』通巻第680号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0092g.jpgウクライナ風にアレンジされたロシア民謡《母なるヴォルガを下って》を吹くのは首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェとも、代理のミシェル・ベルジェスともいわれるが、当時この楽団が備えていたフレンチ・スタイルならではのレトロな味わいがある。

とりわけ、鼻に掛かったやわらかなヴィブラートがたまらない魅力である。
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アレグロ・ヴィーヴォ(主部)は、「ひょい」と勢いよく飛び出すクラリネットの第1主題が滑稽で、「ガッ」と弓の根元で喰らいつき、「えい」と力を盛って突撃隊のように突進するスタイルがいかにも楽譜を見るに敏なショルティらしい。迷いのない管のきっぱりしたリズム打ちが歯切れよく、弦のオクターヴで上がる推移主題のメロディ(練習番号E)の艶光りしたような美しさにも「はっ」とさせられる。

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sv0092h.jpg低音クラリネットで歌い出す〈母なるボルガ〉 (練習番号H)は、これをカノン風に奏するパリ音楽院の名人芸と、その美しい音色をとくと堪能させてくれる。

トロンボーンとトランペットがファンファーレを強烈なヴィヴラートをかけて放歌高吟する場面は、まるでラヴェルの音楽を聴いているようで、管楽器が「ペッ!」と鋭角的なアクセントを付けて軍隊行進曲のように突き進むところにちょっと首をかしげたくなる。
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sv0092i.jpg聴きどころは第1主題が大きく盛り上がるモルト・メノ・モッソの再現部。管の強いアタックと煽るように追い込んでゆく強引なストリンジェンドがゾクゾクするような疾走感を煽っている。

強烈な金管をぶちかまし、ユニゾンで主題を絶叫する頂点(練習番号P)は「えいえいお~」と勝ち鬨をあげるようで、剛腕ショルティの面目が躍如している。「ぴしゃり」と締めるコーダもあと腐りがなく、抒情味のカケラもない。
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「もう30年以上も前のショルティの演奏は、第1楽章の序奏から噛みつく勢いがあり、主部に入ると得たりとばかり尻をはしょって駆け出すようで相当に面白い。タンカを切るようなスケルツォもユニーク。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より、~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



第2楽章 アンダンティーノ・マルチアーレ・クワジ・モデラート
sv0092j.jpgティンパニの軽いリズムにのって、クラリネットとバソンが歌うメロディーは、歌劇《ウンディーナ》(水の精)の結婚行進曲からの転用。ショルティが腰を落として生真面目に演奏するさまはどこか滑稽だが、リズムは精確を極めている。

中間部は、ウクライナ民謡《紡いでおくれ、私の紡ぎ女よ》を奏する詩情味ゆたかなクラリネット、装飾を散りばめて逍遙するフルート、すすり泣くような弦の歌が聴きどころ。あまりにも強すぎるピッツィカート・リズムがやたら耳にうるさいのはご愛嬌。
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第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
sv0092k.jpg目の覚めるようなリズムを叩き込むショルティの職人ぶりが発揮されたのがスケルツォだ。《悲愴》とよく似た3連音リズムを緻密にさばく巧緻な弦楽アンサンブルはもとより、「ピシッ!」と刃物を振り下ろすような鋭い和音打撃に腰を抜かしてしまう。
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中間部はカメンカのウクライナ民謡から採られた〈村娘のダンス〉。木管のチャーミングな歌とオーケストラの名人芸が聴きモノで、サクサクと入れる弦のスタッカート・リズムと、びょんびょん弾むピッツィカートの合いの手が耳の快感を誘っている。強い金管のアタックと猛烈な勢いで性急にとどめを決めるあたりは、ショルティの苛立ちが音盤からも伝わってくる。

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第4楽章 フィナーレ、モデラート・アッサイ
sv0092l.jpgカラっと明るい管弦楽の痛烈な一撃で決める序奏と、そこから導き出されるアレグロ・ヴィーヴォの主題は、ウクライナ民謡《ジュラーベリ》(ほら、鶴が見える)を借用したものだ。

元気良く飛び跳ねる〈鶴のダンス〉と、チャルメラのような木管のくねくねとした表情がおもしろく、どこか喜劇のような風情をただよわせている。
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音楽が動き出すのは〈練習番号C〉からで、ダウン・ボウの弦によって、獲物を見つけて韋駄天走りで駆け出す鶴が闘争心をあらわにする。強烈な大太鼓とシンバルを叩き込み、派手にブラスを打ち込んで乱痴気騒ぎを繰り返す総奏(練習番号D)は、剛腕指揮者のなりふり構わぬ鋭気が漲っている。

sv0092m.jpg優美な第2主題〈鶴の恋人の主題〉に絡める〈鶴の変奏〉では、彼女にちょっかいを出すかのように、あの手この手の変形リズムで〈鶴の主題〉が強大な管弦楽に発展していくのがこの曲のキモといえる。

ここではショルティの苛立ちを投影するかのように、鶴が荒れ狂い、次第に凶暴さを剥き出しにするさまが赤裸々に描き出されてゆく。
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頂点の総奏では、今や猛獣と化した鶴のお化け が恋人にふられて怒り心頭。その腹いせに悪行を重ねて大暴れするかのように、あらん限りの力を込めて叩き込む打楽器と獅子吼する派手なブラスの打ち合いがこの盤の最大の聴きどころといえる。

「手っ取り早くこの楽章のイメージをいうなら“鶴の放蕩三昧”。わずか4小節の鶴は、はじめ可愛らしく慎ましくファースト・ヴァイオリンだけで“チョン・チョン・チョン・チョン・チョチョチョン・チョチョチョン”と跳ねているが、やがてこれが一大どんちゃん騒ぎを繰り広げる。チャーミングな第2主題も出てくるには出てくるが、これもあっさり怪獣と化した鶴に飲み込まれてしまう。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



sv0092n.jpg展開部は、管楽器が第1主題のリズムで第2主題を変奏するくだり(練習番号I)が珍妙で、第2主題を蹴散らして鶴がふたたび暴れ出す。トロンボーンをバリバリと打ち込む“決めどころ”は剛腕ショルティの独壇場で、闘志をむき出しにした力瘤のある演奏にはただもう驚くばかり。

ピッコロの戯けたような変奏も傑作で、お調子者の鶴がヤケ酒をあおり、千鳥足でちょこまかとふらつきながら、最後は狂ったように強大なエネルギーで爆発する。
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sv0084a.jpg「これでもか」とオーケストラを鞭打ちながら、獅子奮迅の勢いで突っ走るコーダは格闘技としかいいようがなく、 “筋肉の付いた脚の太い鶴”がついに獲物を仕留め、ガッツ・ポーズを決めたような大勝利の気分に酔わせてくれる。
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パリ音楽院管弦楽団のレトロな音色と壮年期ショルティの痛快活劇を楽しめるユニークな一枚だ。


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[ 2017/06/17 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)