バルビローリのブラームス/交響曲第1番ハ短調

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ジョン・バルビローリ指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1967.12.4,8 Musikverein, Großer Saal
Producer: Ronald kinloch Anderson (EMI)
Balance Engineer: Ernst Rothe
Length: 48:24 (Stereo)
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バルビローリは1967年にウィーンフィルとブラームスの交響曲全曲をステレオ録音している。〈第1番〉のLPレコードの初出は1963年3月で(AA8841)で、1976年2月の再販では 〈セラフィム〉という廉価盤レーベル(EAC30041)で発売されていた。

sv0093d.jpgこの東芝EMIの廉価盤シリーズは、風景の写真をあしらったグリーンのジャケットで統一されていたが、写真の左上をカットして斜めに配したタイトルがブサイクで、その安っぽいデザインを嫌って手を出すのを躊躇った記憶がある。

セラフィムの旧シリーズでガリエラ指揮フィルハーモニア管のレコードを買って友人に馬鹿にされたことや、それがステレオとは名ばかりのボヤけた音のレコードだったことも敬遠した理由だった。

sv0093c.jpgセラフィム(Seraphim)とは、ヘブライ語に語源を発し、九階級のうちの最上級の天使を指すという。最高位の天使が廉価盤ブランドというのも妙な話だが、最良の演奏をリーズナブルな価格で提供することこそが “最高の天使” たる役目と解すれば納得がいく。

しかし、その使命とは裏腹に、音楽ファンを馬鹿にしたようなモッサリしたパッケージや冴えない音に、当時は腹立たしく思ったものである。

「“セラフィム”とは辞書によると、〈六翼の天使(最高位の天使)〉の複数と出ている。要するに数多いエンジェルの中から、えらびぬかれたという意味なのだろう。レパートリーは入門者に喜ばれそうな、標準名曲が中心になっているが、演奏はさすがに大EMIの原盤がバックに控えているせいか、なかなかに水準が高い。かつてステレオの初期に、レギュラー価格でかせぎまくったものの再販で、クリュイタンス=ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集、バルビローリ=ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集など、他のレーベルならレギュラー盤で出ておかしくない、すごいレコードも1,300円也で手に入るのは何といっても魅力的だ。高級ファンも余りバカにせずに、よくカタログに目を通してほしい。」 出谷啓著『レコードの上手な買い方』より抜粋、音楽之友社、1977年)


sv0093f.jpg時は流れ、リマスターされたCDを聴いて、筆者は少なからず驚いた。そのサウンドは、解像度、透明度、輝きの点において他のレーベルをはるかに凌駕しており、EMI特有の残響をたっぷり取り入れたマイルドな音がこの上なく魅力のあるものに感じた。

田園のロマンを心を込めて歌う〈第2番〉、無限のグラディエーションを織り上げる〈第3番〉、ウィーンフィルの弦が号泣する〈第4番〉、と賛美される3曲は言うに及ばず、遅いテンポによる抒情美に貫かれた〈第1番〉は中でも音質がみずみずしく、出色の仕上がりになっている。  amazon  HMVicon

sv0093i.jpg父親がイタリア人、母親がフランス人のロンドン生まれというバルビローリはチェリスト出身の指揮者で、弦楽器の扱いには定評がある。とくに内声部が緻密に書かれたブラームスのような作品を歌わせることにかけては抜群の腕前を発揮する。  amazon  HMVicon

ここでは闘争から輝かしい勝利へと導く交響曲の性格を見事に覆し、女性的なたおやかさをしっとりと湛え、全篇がロマンティックな抒情美につらぬかれている。

ときに巨匠68歳の演奏で、フルトヴェングラーベイヌムの演奏を“剛のブラームス”とすれば、バルビローリは “柔のブラームス” の代表格といえる。

sv0093h.jpg特筆すべきは、楽友協会ホールにまろやかに溶け込む音場の美しさ で、バルビローリは角を削ぎ落として丸みを持たせたフレージングによって、名門ウィーンフィルから芳醇で良質のワインのようなまろやかな響きを引き出している。

EMI特有のナマの音の持つ自然なバランスの再現は、CDの時代になってようやく真価を発揮したといわれることに、このCDを聴けば「なるほど」と頷けよう。
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Cond.Orch.DateLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
WalterVPO1937.5OPUS蔵12:578:534:2414:5441:08
FurtwänglerVPO1947.8.13(L)GlandSlam15:0510:235:2216:4547:35
FurtwänglerVPO1947.11EMI14:4310:385:0216:2846:51
FurtwänglerVPO1952.1.27(L)Altus14:1710:115:0416:3346:05
KripsVPO1956.10DECCA12:409:224:4615:4744:35
KubelikVPO1957.9.23,24DECCA13:589:204:4116:4344:42
KarajanVPO1959.3.23,26DECCA13:579:104:5817:3445:39
BarbirolliVPO1967.12EMI15:309:305:0819:1249:20
AbbadoVPO1972.3DG16:59*9:254:5516:2847:47
KerteszVPO1973.2DECCA16:019:064:4616:4346:36
BöhmVPO1975.5DG13:5410:344:5417:4947:11
MehtaVPO1976.2DECCA17:27*9:334:4417:2049:04
BernsteinVPO1981.10(L)DG17:31*10:535:3517:5451:53
GiuliniVPO1991.4DG15:4910:495:1819:4651:42
LevineVPO1993.8(L)DG12:559:244:3717:2844:24
 * 提示部のリピートあり

「バルビローリはウィーン・フィルとブラームスの交響曲全集を残しており、これがウィーン・フィルとの唯一の正規の録音であった。雄大なテンポ設定の中で、バルビローリらしい豊かなカンタービレと繊細なニュアンス、そして美しい色彩感を与えた演奏は、ユニークな名演と呼ぶにふさわしい。この曲の英雄的側面ではなく抒情性に光を当てたバルビローリらしい名演に、ウィーン・フィルは見事に応えている。」 國土潤一氏による月評より、『レコード芸術』通巻第666号、音楽之友社、2006年)


「常にゆとりがあるテンポで無理のない表情をつくっており、ウィーン・フィルもすみずみまで整った演奏をくりひろげる。そのなかにふくよかな歌と味わい深い表情があるが、バルビローリはブラームスの古典主義的な側面より、叙情性に光をあてており、きわめて個性的なブラームスをつくっている。第1番はあまりにもロマンティックに表現されたという印象を受けるが、むろん、そうしたことを是認すれば、最高級の演奏であることはいうまでもない。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻第421号、音楽之友社、1985年)


「演奏は一風格あるもので、おおむねたっぷりしたテンポでなみなみとロマン的気分を盛っている。バルビローリがウィーン・フィルの美点と気質とをとことんまで知悉していることは驚くばかりで、それを全面的に発揮させ、活用しながら、かつ自分の芸術を徹底的に開陳するという芸当を堂々とやってのけているのが見事である。」 大木正興氏による月評より、『レコード芸術』通巻第307号、音楽之友社、1976年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート
sv0093g.jpg何という柔らかな序奏だろう。穏やかに打ち込まれたティンパニのリズムにのって、オクターブの半音階で進行する音量ゆたかな弦楽器からこの上ない温もりが感じられるではないか。  amazon[SACD]

主部に入ってもゆるやかなテンポで圭角を取り去り、まろやかに奏でる主題に闘争の気分は見られない。
柔らかくほぐしたアーティキュレーションによってサクサクと駆ける進行がすこぶる快適で、いささかの力みもない昂奮の頂点は、シャッキリと打ち込むみずみずしいスタッカートが印象的だ。

sv0093j.jpg艶やかに弾き上げる美しい経過句や、むせるようなロマンが明滅する牧歌的な第2主題も抒情派バルビローリの独壇場。

展開部では〈運命動機〉の律動から立ち上がるコーラル《元気を出せ、わが弱い心》(232小節)をしなるような弓さばきによって美しく揺動するところは、ウィーンフィルが持ち前の弦の美しさ を最大限に発揮する。

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力まかせに突進したり、我武者羅にテンポを煽ったりするような踏み外しは微塵もなく、微温湯で足をあたためるように聴き手の心をなごませてくれる。力を蓄えて激高するクライマックス(320小節)もバルビローリは決して力まない。

sv0093k.jpg〈反抗の動機〉から激しい16分音符をぶつけて燃え上がるはずの“闘争劇”は何処へやら、トランペットの打ち込みは控えめに、ホルンをまったりと響かせて、落ち着きのあるテンポで “わが道”を行く ところがユニークといえる。

バロビーリがさらに個性を発揮するのが付点リズムになるコーダ(459小節)。遅いテンポを頑なにまもりつつ、ティンパニと弦の裏打ちが緩やかにクレッシェンドしていく決めどころの心地よさといったら! 

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sv0093l.jpg和音打撃の背後でコントラ・ファゴットのロングトーンが生々しく浮かび上がる音場(462小節)も見事なもので、楽友協会のホールに溶け合うように響くウィーンフィルの美音に酔わされてしまうのは筆者だけではないだろう。

艶をのせて、しっとりと弾き上げるメノ・アレグロのエンディングもロマンの香りを満面に湛えており、闘うことを忘れ、まるで夢でも見ているような、ゆったりとした安らぎを聴き手に与えてくれる。
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第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0093m.jpg歌謡風の緩徐楽章はロマンティックな“愛の歌”だ。ここには孤独の影や悲哀感は見られない。熟し切ったロマンに彩られたブラームスの世界が味わい深く拡がっており、指揮者は一つ一つの楽句を慈しむように、愛情を込めて演奏する。

バルビローリはリハーサルでいつも楽員に「その音符を愛してください。愛がそこから湧き出るように」と呼びかけたというが、第1主題が上行の付点モチーフに発展する27小節からウィーンフィルの弦が腕によりを掛けて歌い出す。
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しっとりと艶をのせた切分音でたゆたうフレージングの美しさは冠絶しており、これを一度でも耳にすれば虜になってしまうことだろう。

sv0093n.jpg中間部でコロラチュラ風の楽句を歌う鄙びたオーボエと、とろけるような甘い音色で逍遥するクラリットも大きな聴きものだ。

厚ぼったく奏する弦楽ユニゾン、恋人同士が愛を語らうような木管と弦の対話、そこから導かれる “愛の成就” ともいえる主題再現(67小節)は、究極のロマンティシズムといえる。  TOWER RECORDS  amazon

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これに華を添える甘美な独奏ヴァイオリン(ボスコフスキーか)がたまらない。絹地を織り上げるような、光沢のしたたる音色は絶品で、肉感のあるホルンに繊細で気品のあるオブリガートを寄り添えるところは、 “愛の名匠” の呼び名にふさわしいマエストロの面目が躍如している。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ
sv0093o.jpgインテルメッツォはウィーンフィルの馥郁たる味わいを堪能させてくれる。クラリネットのまったりとした主題吹奏と果汁を含んだオブリガートが耳に美味しく、甘く、人懐っこい音色で聴く者を惹きつける。

ヘ短調で仄かな哀愁味を漂わせる第2主題や、ゆったりとしたステップで恋人とダンスをするような中間主題も音楽は穏やかな表情を絶やさない。
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バルビローリは心から愛する曲だけを演奏したというが、その原動力は音楽と人間への愛から発していた。英国人はこれを “スウィート・アフェクション”という。


第4楽章 アダージオ-ピウ・アンダンテ-アレグロ・ノン・トロッポ
sv0093s.jpgティンパニの生々しいトレモロから立ち現れる〈アルペン動機〉が野太い音で、ねっばっこく湧き上がるのが魅力的で、まったりと吹奏するウィンナ・ホルンの絶大な威力を心ゆくまで堪能させてくれる。

主部の〈歓喜の主題〉は息の長いフレージングによって、大らかに歌い込む “バルビローリ節” が全開。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [CD]
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [LP]

コクのある内声をたっぷりと響かせる弦楽器、晴朗にたなびく木管楽器、やわらかく弾むピッツィカート・リズムによって音楽が滔々と流れてゆくところは、リリックな巨匠ならではの“奥義” といえる。

sv0093q.jpg驚くべきはアニマートの総奏で、巨匠は力瘤を入れた突進を控え、ゆったりと着実に歩を進めてゆく。よよと泣き崩れるようなオーボエの〈慰めの句〉や、角張ったところのない展開部の緩やかな進行など、気魄に充ちた雄渾な気分を求める向きには生ぬるい印象を与え、その評価は分かれるかもしれない。
さらにテンポを緩める再現部にも驚かされるが、音楽は大らかさにくわえ、温もりとスケール感を増していくのが聴きどころ。  TOWER RECORDS [LP]

決めどころのアルプスの頂点(285小節)は、どっしりと力強く登りつめた達成感が抜群で、その雄大な見晴らしの中で気持ちよく吹奏する〈アンペン動機〉が冴えわたる。ホルンが一呼吸ズレて吹いているのもウィーンフィルの持ち味だろう。
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慰撫するように奏でる第2主題のカンタービレや、ポルタメントをかけて濡れたように歌う〈慰めの動機〉(316小節)もバルビローリの個性をつよく刻印したもので、レトロなポルタメントをことさら愛した巨匠は「不作法だといわれたら、私が罰金を払うから」といって楽員を説得したという。
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sv0093r.jpg弦の分散和音がトレモロになるコーダの376小節から、指揮者がやおらテンポを上げて走り出す。

一糸乱れぬシンコペーションに加速をかけ、ピウ・アレグロへ突入するところの手綱さばきが実に巧妙で、歯切れ良く駆け走る行進曲のあとに、常套的なリタルダンドをはるかに超える減速によって巨匠は〈コラール〉(407小節)をなみなみと朗唱する。

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音価を拡大し、あたかも “愛の賛歌” のように歌い上げるさまは、歌うことへの徹底的なこだわりをもった“巨匠の美学”を開陳したもので、老舗の楽団から音の旨味を存分に引き出している。“愛の名匠”バルビローリが美麗の限りを尽くした会心の1枚だ。


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[ 2017/06/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)

ショルティ=パリ音楽院管のチャイコフスキー/交響曲第2番《小ロシア》

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チャイコフスキー/交響曲第2番ハ短調 作品17「小ロシア」
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
パリ音楽院管弦楽団
Recording:1956.5.22-26 La salle de la Mutualité, Paris
Producer: John Culshaw (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length :30:49 (Stereo)
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《小ロシア》はショルティが44歳のときに、ジョン・カルショウのプロデュースでステレオ初期の英デッカに録音されたもので、デニス・ブレインがホルンを吹いていることで有名なビーチャム盤(1953年録音)を通じて当時の英国では人気の作品だった。

sv0092e.jpg時期を同じくしてウォルター・レッグ(EMI)が若きジュリーニを起用して同曲を録音しているが、デッカでは新進気鋭のショルティとフランスのオーケストラという奇抜な取り合わせで対抗したことは、音楽ファンの度肝を抜く “デッカの配剤” といえる。  amazon

1950年代のデッカは、モントゥーやマルティノンの指揮でパリ音楽院管弦楽団と活発なレコーディングを行っていた。


sv0092f.jpgここで規律を重んずるショルティが個人主義の強いパリ音楽院管弦楽団と衝突し、楽団員もこの剛腕指揮者にやり返したというエピソードが伝えられている。

セッションでは、4名の首席奏者が代理の奏者を寄こしたためにショルティが激怒し、その諍いで貴重な時間を使い果たしてしまったという。  amazon


「この時の体験はショックだった。リハーサルではコンサートマスターがくわえ煙草で足を組んで座っていた。ひらのメンバーは喧嘩はするはおしゃべりはするはで秩序はひとかけらもなく、それがいったん演奏に入るとまるで受け身で無気力になり、たとえば弦セクションは10センチ以上は弓を動かさなかった。そして私が演奏を止めて誤りを指摘したり部分的に変えようとするたびに、またしてもガヤガヤとざわつき始めるのだ。」 ゲオルク・ショルティ著『ショルティ自伝』より、木村博江訳、草思社、1998年)


sv0092o.jpg演奏は“傑作”としかいいようがない。喧嘩腰でオーケストラにいどむショルティの力瘤のある棒さばきがユニークで、強烈なアクセントをたたき込むメリハリの効いたスタイルが聴き手の興奮をかき立てる。

指揮者の苛立ちが民謡を素材に用いたウクライナの土臭い民族色を何処かへ追いやってしまい、終わってみれば闘争から勝利への一大シンフォニーに仕上っているのがユニークといえる。

金管を強調したデッカのあざとい録音もすこぶる刺激的で、LPの輸入盤を初めて聴いた時、その鮮明な音に腰を抜かした記憶がある。

sv0092c.jpg何よりもこの盤の魅力は、当時のフランスの楽団にみられたクセのつよい管楽器がステレオ録音によって明瞭に捉えられているところにあり、リュシアン・テーヴェに代表される一世を風靡した名手たちの繰り出す管楽器の華麗な立ち振る舞い が大きな聴きどころ。

ロシアの陰鬱さを綺麗さっぱり振り払うかのようなオーケストラの色彩感溢れる木管やピストン式フレンチホルンの独奏は、愛好家にはたまらないご馳走だろう。

「パリ音楽院管弦楽団との唯一のCDである。デッカがこのオーケストラを戦後頻繁に起用していた関係で、ショルティも指揮することになったのだろう。リハーサルでも本番でも、躊躇なくサボっては代演をよこす楽員との険悪なムードの中で演奏されたという。その反映か、ショルティの筋肉質の音楽とオーケストラの優美な音楽と相異なる個性が引っぱり合いをしていて、きしむような緊張感が面白い。」 『レコード芸術』特集〈ゲオルク・ショルティ再考~没後10周年記念〉より山崎浩太郎氏による、通巻第687号、音楽之友社、2007年)


「明るく放歌高吟するトランペットなど、どう考えても、当時のパリ管弦楽団が備えていた個性的な響きが全面に浮かび上がった演奏が収録されている。猛烈なテンポで突進する《小ロシア》第1楽章の主部なども、トランペットが浮き浮きとしゃしゃり出て、ショルティの意図とは裏腹のユニークな怪演になってしまっている。」 満津岡信育氏による月評より、UCCD3783、『レコード芸術』通巻第680号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0092g.jpgウクライナ風にアレンジされたロシア民謡《母なるヴォルガを下って》を吹くのは首席ホルン奏者のリュシアン・テーヴェとも、代理のミシェル・ベルジェスともいわれるが、当時この楽団が備えていたフレンチ・スタイルならではのレトロな味わいがある。

とりわけ、鼻に掛かったやわらかなヴィブラートがたまらない魅力である。
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アレグロ・ヴィーヴォ(主部)は、「ひょい」と勢いよく飛び出すクラリネットの第1主題が滑稽で、「ガッ」と弓の根元で喰らいつき、「えい」と力を盛って突撃隊のように突進するスタイルがいかにも楽譜を見るに敏なショルティらしい。迷いのない管のきっぱりしたリズム打ちが歯切れよく、弦のオクターヴで上がる推移主題のメロディ(練習番号E)の艶光りしたような美しさにも「はっ」とさせられる。

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sv0092h.jpg低音クラリネットで歌い出す〈母なるボルガ〉 (練習番号H)は、これをカノン風に奏するパリ音楽院の名人芸と、その美しい音色をとくと堪能させてくれる。

トロンボーンとトランペットがファンファーレを強烈なヴィヴラートをかけて放歌高吟する場面は、まるでラヴェルの音楽を聴いているようで、管楽器が「ペッ!」と鋭角的なアクセントを付けて軍隊行進曲のように突き進むところにちょっと首をかしげたくなる。
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sv0092i.jpg聴きどころは第1主題が大きく盛り上がるモルト・メノ・モッソの再現部。管の強いアタックと煽るように追い込んでゆく強引なストリンジェンドがゾクゾクするような疾走感を煽っている。

強烈な金管をぶちかまし、ユニゾンで主題を絶叫する頂点(練習番号P)は「えいえいお~」と勝ち鬨をあげるようで、剛腕ショルティの面目が躍如している。「ぴしゃり」と締めるコーダもあと腐りがなく、抒情味のカケラもない。
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「もう30年以上も前のショルティの演奏は、第1楽章の序奏から噛みつく勢いがあり、主部に入ると得たりとばかり尻をはしょって駆け出すようで相当に面白い。タンカを切るようなスケルツォもユニーク。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より、~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



第2楽章 アンダンティーノ・マルチアーレ・クワジ・モデラート
sv0092j.jpgティンパニの軽いリズムにのって、クラリネットとバソンが歌うメロディーは、歌劇《ウンディーナ》(水の精)の結婚行進曲からの転用。ショルティが腰を落として生真面目に演奏するさまはどこか滑稽だが、リズムは精確を極めている。

中間部は、ウクライナ民謡《紡いでおくれ、私の紡ぎ女よ》を奏する詩情味ゆたかなクラリネット、装飾を散りばめて逍遙するフルート、すすり泣くような弦の歌が聴きどころ。あまりにも強すぎるピッツィカート・リズムがやたら耳にうるさいのはご愛嬌。
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第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
sv0092k.jpg目の覚めるようなリズムを叩き込むショルティの職人ぶりが発揮されたのがスケルツォだ。《悲愴》とよく似た3連音リズムを緻密にさばく巧緻な弦楽アンサンブルはもとより、「ピシッ!」と刃物を振り下ろすような鋭い和音打撃に腰を抜かしてしまう。
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中間部はカメンカのウクライナ民謡から採られた〈村娘のダンス〉。木管のチャーミングな歌とオーケストラの名人芸が聴きモノで、サクサクと入れる弦のスタッカート・リズムと、びょんびょん弾むピッツィカートの合いの手が耳の快感を誘っている。強い金管のアタックと猛烈な勢いで性急にとどめを決めるあたりは、ショルティの苛立ちが音盤からも伝わってくる。

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第4楽章 フィナーレ、モデラート・アッサイ
sv0092l.jpgカラっと明るい管弦楽の痛烈な一撃で決める序奏と、そこから導き出されるアレグロ・ヴィーヴォの主題は、ウクライナ民謡《ジュラーベリ》(ほら、鶴が見える)を借用したものだ。

元気良く飛び跳ねる〈鶴のダンス〉と、チャルメラのような木管のくねくねとした表情がおもしろく、どこか喜劇のような風情をただよわせている。
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音楽が動き出すのは〈練習番号C〉からで、ダウン・ボウの弦によって、獲物を見つけて韋駄天走りで駆け出す鶴が闘争心をあらわにする。強烈な大太鼓とシンバルを叩き込み、派手にブラスを打ち込んで乱痴気騒ぎを繰り返す総奏(練習番号D)は、剛腕指揮者のなりふり構わぬ鋭気が漲っている。

sv0092m.jpg優美な第2主題〈鶴の恋人の主題〉に絡める〈鶴の変奏〉では、彼女にちょっかいを出すかのように、あの手この手の変形リズムで〈鶴の主題〉が強大な管弦楽に発展していくのがこの曲のキモといえる。

ここではショルティの苛立ちを投影するかのように、鶴が荒れ狂い、次第に凶暴さを剥き出しにするさまが赤裸々に描き出されてゆく。
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頂点の総奏では、今や猛獣と化した鶴のお化け が恋人にふられて怒り心頭。その腹いせに悪行を重ねて大暴れするかのように、あらん限りの力を込めて叩き込む打楽器と獅子吼する派手なブラスの打ち合いがこの盤の最大の聴きどころといえる。

「手っ取り早くこの楽章のイメージをいうなら“鶴の放蕩三昧”。わずか4小節の鶴は、はじめ可愛らしく慎ましくファースト・ヴァイオリンだけで“チョン・チョン・チョン・チョン・チョチョチョン・チョチョチョン”と跳ねているが、やがてこれが一大どんちゃん騒ぎを繰り広げる。チャーミングな第2主題も出てくるには出てくるが、これもあっさり怪獣と化した鶴に飲み込まれてしまう。」 藤野竣介著 『交響曲第2番ハ短調Op.17〈ウクライナ〉』より~『レコード芸術』通巻第513号、音楽之友社、1993年)



sv0092n.jpg展開部は、管楽器が第1主題のリズムで第2主題を変奏するくだり(練習番号I)が珍妙で、第2主題を蹴散らして鶴がふたたび暴れ出す。トロンボーンをバリバリと打ち込む“決めどころ”は剛腕ショルティの独壇場で、闘志をむき出しにした力瘤のある演奏にはただもう驚くばかり。

ピッコロの戯けたような変奏も傑作で、お調子者の鶴がヤケ酒をあおり、千鳥足でちょこまかとふらつきながら、最後は狂ったように強大なエネルギーで爆発する。
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sv0084a.jpg「これでもか」とオーケストラを鞭打ちながら、獅子奮迅の勢いで突っ走るコーダは格闘技としかいいようがなく、 “筋肉の付いた脚の太い鶴”がついに獲物を仕留め、ガッツ・ポーズを決めたような大勝利の気分に酔わせてくれる。
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パリ音楽院管弦楽団のレトロな音色と壮年期ショルティの痛快活劇を楽しめるユニークな一枚だ。


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[ 2017/06/17 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)