プレヴィンのマーラー/交響曲第4番

sv0001s.jpg
マーラー/交響曲第4番ト長調
エリー・アメリング(ソプラノ)
アンドレ・プレヴィン指揮 ピッツバーグ交響楽団
Recording: 1978.5.15/16 Heinz Hall, Pittsburgh
Producer: Suvi Raj Grubb (EMI)
Balance Engineer: Michael Sheady 
Length: 59:31 (Stereo)
TOWER RECORDS


タワレコ企画で復刻されたこのディスクは国内盤としては初出で、わが国ではLP時代には発売されなかったものである。オクラになっていた理由はつまびらかではないが、プレヴィンがセッション録音した唯一のマーラー作品であることから一聴の価値があろう。

ここでは、まるでメンデルスゾーンの劇音楽のように、指揮者が語り部となって童話のようなメルヘンの世界に聴き手を誘っている。そこには喜びの裏にひそむ死の不安や諧謔味には乏しいが、楽想の変転を巧みにさばきつつ、浪漫やファンタジーを十全に紡ぎ出してワクワクさせてくれるのが最大の聴きどころ。

「当時の録音の傾向もあって、音響バランスがスタジオで映画音楽を収録しているみたいで、個々の楽器がクローズ・アップされ過ぎなのは確かだが、プレヴィンはこれが仕事場の常態だったせいか、実に軽やかに振り進んでいく。交響曲から鎧兜を取り去り、ディズニーの世界を先取りしたようなこの野心作は、プレヴィンにとって自分の庭のように思えたのではあるまいか。」 金子建志氏による月評より、『レコード芸術』通巻第730号、音楽之友社、2011年)



第1楽章 ゆったりと急がずに

前打音付きスタッカートのリトネルロ「道化の鈴」からして音楽は楽しげで、陽気に飛び跳ねる道化的な第3句(練習番号2)は、まるで子供が森の中で“おもちゃ箱”を見つけたような新鮮な驚きがある。チェロが伸びやかに歌い上げる第2主題は歌謡的な感興に溢れ、「ここぞ」とばかりにルバートをかける濃密なロマンティシズムに酔わせてくれる。

「道化の鈴」と独奏ヴァイオリンにはじまる展開部(練習番号8)は、童話的な雰囲気が横溢する。森の木霊のようなホルンの叫び(110小節)や4本のフルートが陽気に奏する〈夢のオカリナ〉(練習番号10)は、まるで子供がテーマ・パークでアトラクションに興じるような新鮮な感覚美が示されている。

とくに〈鈴の動機〉による主題展開(練習番号)では、異教的な不気味さは何処へやら、ロマンティックな“夜の森”へとウキウキした気分で歩むところがプレヴィン流。オカルト的な喧噪と混乱は、露店が賑わう夜祭りの気分に置き換えられているのがユニークだ。

その頂点〈小さな叫び声〉の第5交響曲を予示するトランペットの〈葬送ファンファーレ〉は死の恐怖なぞ微塵もなく、第1主題の途中から唐突にはじまる奇妙な再現部(練習番号18)も「あまり難しいことは考えず、楽しく先へ行きましょうや」と肯定的に歩を進めるのがいかにもプレヴィンらしい。


第2楽章 落ち着いたテンポで、慌ただしくなく(スケルツォ)

sv0001b.jpg 「友ハイン(死神)は演奏する」 という戯けた“死の舞踏”をプレヴィンは妙齢のご婦人の手を取って、舞踏会で踊るような朗らかな気分で描いてゆく。死の影は感じさせず、肩肘張らないソフトタッチな音楽運びは純音楽的に練られたものといえる。第2スケルツォでホルンを突出させるバランスもユニークだ。

amazon  TOWER RECORDS

トリオはロウ・キイ(軟調)なマエストロ・プレヴィンの独壇場だ。とろけるようなクラリネットと甘美な弦によって、至福のひとときを歌い上げる第1トリオと、まったりとウィーン流に揺れて遊興にふける第2トリオは、ハリウッドで叩き上げたプレヴィンらしいムード・ミュージック的な演出がそこかしこに散りばめられている。

最大の聴きどころはグリッサンドを多様したクライマックス(練習番号11)で、パステル画のような淡く仄かな陽光の中で、“生の歓び”が静かにこみあげてくる心地よさと清新な味わいは特筆モノといえる。

第3楽章 静かに、少しゆるやかに

〈聖ウルスラの笑み〉の二重変奏は、聖女が見まもる揺りかごの中で、甘美な眠りの中に落ちいるような平穏な気分の中で歌われる。 ウルスラ(Sancta Ursulaとは4世紀のブリタニアの王女で、1万1千人の乙女を連れてローマへ巡礼した際にフン族に捕らえられ、ケルンの地で殉教したと伝えられる。

滔々と流れるチェロ、スルDで麗わしく奏でる第2ヴァイオリン、気高く歌い上げるオーボエなど、汚れを知らぬ浄福の境地が音楽に入念に刷り込まれてゆく。すすり泣くようにたなびく高弦の美しさも涙もの。第2主題の悲しみも半端ではなく、深い憂いに沈んだ“嘆きの歌”がウットに交錯する。

変奏部は、楽想の変転を巧みにさばくプレヴィンのツボを押さえた棒さばきが心憎く、アレグレット・スビトからのめまぐるしい曲想の変転は、指揮者が遊園地のジェット・コースーターにのって陽気にはしゃぐ様が浮かんでくる。グロッケンシュピールのリズム打ち(278小節)がオケの猛スピードについてゆけず、完全にズレてしまっているところはご愛敬。


第4楽章 非常に心地よく

〈夢のオカリナ〉主題に基づく4節の歌曲を、アメリングは蜜のような甘さで天上の生活の素晴らしさを歌い上げる。ドイツ語の発音もすこぶる明瞭。きめ細やかにコントロールされた技巧の高さはもとより、天上の歓びに充ち溢れた幸福感と、まったりと逍遙する美声に心ゆくまで酔わせてくれる。1節終わる事に「シャンシャンシャン」と〈鈴の動機〉で場面転換するところは紙芝居を見ているような面白さがある。

「ソプラノはアメリングだ。オン・マイクのせいもあって、美声がよくひびく。発音もくっきりしている。練習番号13からの最後の場面はゆっくりしたテンポが快く、14ではソプラノとヴァイオリンのデュエットになるが、まことに丁寧な仕上がりだ。オーケストラのハープがつねに冴えてものをいう。」宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻第730号、音楽之友社、2011年)


第4節には間奏のあとに、牧歌的な美しい旋律が用意される。ここで伴奏ハープの3連音がギターのような音でボロロンと響かせているのがおもしろく、「天国よいとこ一度はおいで」と猫背の指揮者が手招きしている姿を連想させるではないか。アメリングは「地上には天上の音楽に比べられるものはない」と類い希な美声によって歌い出す。

ここで、聖女の“故事”を引用して高揚する〈ウルスラさま〉の“決めどころ”で、絶妙のグリッサンドを入れるところは“鳥肌モノ”といってよく、「決めてやろう」といった見得をきることなく、ゆたかな肉声で極上のテクニックを開陳する品格の高さに快哉を叫びたくなってしまう。

「聖女チェチーリア様とその一族は類い希な宮廷楽士!」の魅惑的なフレーズにも耳をそば立てずにはいられず、その官能的な歌声は、アメリングが本物の天使になれる希有の歌手であることを伝えてあますところがない。浄化した気分の中で、けだるくたゆたうコールアングレの清楚な味わいも格別である。

音楽マニアには“ボヤけた音”と揶揄されるEMIだが、ここでは以外や、歌唱やヴァイオリン、木管などのソロがオン・マイクによって生々しく捉えられているのも嬉しい不意打ちで、EMIらしからぬ“濃密なサウンド”を堪能出来るのもこの盤のウリといえるだろう。

人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/02/23 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)