プレヴィン=ロンドン響のベートーヴェン/交響曲第5番

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ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
アンドレ・プレヴィン指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1973.1.10,11 Kingsway Hall, London
Producer: Christopher Bishop (EMI)
Balance Engineer: Chiristopher Parker
Length: 37:33 (Stereo)
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懐かしいレコードが復刻された。アンドレ・プレヴィンが、1968年から79年まで首席指揮者の任にあったロンドン交響楽団を指揮したベートーヴェンの交響曲第5番と第7番を組み合わせたアルバムがオリジナル・ジャケットで蘇ったことは、70年代のLP期に学生時代を過ごした筆者にとって感慨ひとしおである。

sv0102b.jpgプレヴィン=ロンドン響といえば、ノーブルで口あたりのよいスタイルで一世を風靡したのが筆者の記憶にあたらしい。

ビートルズ風のマッシュルーム・カットのヘアスタイルと、縦縞の派手なシャツをさりげなく着込んだジャケット写真が印象的で、ポップス系ミュージシャンを思わせるアカ抜けた雰囲気は、カラヤンとはまた違ったかっこよさがあった。


復刻されたCDにじっくり耳を傾けてみると、これが以外や素晴らしい演奏である。ここには人間のあらゆる苦悩を背負い込んだような“しかめっ面”をした“気むずかしい”ベートーヴェンの姿はなく、Tシャツにジーンズ姿で恋人と手を取り合い、リラックスした気分で聴き手に語りかけてくれる和やかさがある。

sv0102c.jpg物腰の柔らかなスタイルは、「苦悩から闘争を経て勝利へ」といった肩肘張った筋書をも忘れさせてくれるものだ。

ドイツ正統のスタイルから見れば軟派なベートーヴェンかも知れないが、楽しい気分で野外に出掛けて余興にふけり、闘いをよそに恋人と愛を語らう幸福感と清々しい開放感に満たされるのがこの演奏の魅力だろう。これは、純音楽的に周到に練られた第5シンフォニーといえる。

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「低音を軽めに抑えつつ、合奏全体をきれいに鳴らしているのがまず心地よい。そのうえでプレヴィンは、トゥッティでは楽器の重なり具合に細かく手を入れて管楽器やティンパニを適宣浮き沈みさせ、サウンドの色合いをカラフルに変化させる。加えて彼は独特のビート感を生かして歌謡的な箇所は流麗に、壮大な箇所は溌剌と音楽を進めてゆく。ベートーヴェンだからと言って、ことさらにサウンド造りの方法論を近代音楽を振るときと変えたりはしないようだ。」 相場ひろ氏による月評より、QIAG50061、 『レコード芸術』通巻第730号、音楽之友社、2011年)


「プレヴィンの音楽の面白さは、クラシック音楽を“外側”から視た面白さである。違う聴き方、違う種類の快楽をやんわりと、しかし直截に提起してくる。だから作品が西洋伝統のあれこれをその身に多くため込んでいればいるほど、じわりと耳の記憶に効いてくるのだ。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0102d.jpgたっぷりと引き伸ばした長いフェルマータがすこぶる心地よく、ワルター=コロンビア響のステレオ盤を思わせるものだ。

切迫した呼吸や劇的な緊張を強くはらんだ悲痛さには背を向けて、澄明爽快な響きによってゆとりのある音楽が進行する。
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低音リズムは控えめに、弓の根本で「ガッ」と喰らいつくような角張ったところがいささかも見られぬ熟れたフレージングや、まろやかなホルン信号が飛び出したりして、「ちょっと違うぞ」と聴き手に思わせるところがユニークだ。頂点(94小節)にのぼりつめるところやコデッタもいたずらに力まず、颯爽と走り抜けるところがプレヴィンらしい。

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sv0102e.jpg展開部は、やおら獅子吼するホルンに仰天するが、「さあ皆の衆、狩りをはじめようぞ!」といわんばかりの朗らかな遊びの気分をプレヴィンは宣言する。

低音弦の対位を控えめに、力感を廃してリズミカルなステップで〈運命主題〉を展開する。要所で飛び出すトランペットの明るい打ち込みや木管の清冽な和音も特徴的で、気分はすこぶる陽気である。
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全楽器の斉奏で突入する再現部(248小節)は、ちょっとシャイで控えめなオーボエのカデンツァや、楽譜の指定通りにファゴットに吹かせる第2主題の剽軽さも個性的だが、大らかに弾き回して高揚する頂点(346小節)は身を奮い立たせるような雄渾な気分よりも、ハッピーな愉悦感に溢れんばかり。

sv0102j.jpg歯切れの良いティンパニのリズム打ちにのって、コーダはみずみずしさが際立ってくる。

強固な意志や闘争の精神は大きく後退し、肩に力を張らないリラックスした気分で奏でる音楽は、なまぬるいと感じる向きもあろうが嫌味がなく、和気藹々と和やかな雰囲気のうちにプレイを終えて、ひと風呂浴びたような爽快感がある。

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第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0102g.jpg瞑想の中に崇高な気分を宿す第1主題は、安らぎに充ちた田園牧歌的な情緒に溢れんばかり。

木管の奏でる第2主題もやわらかな歌がそこかしこに流れ、トランペットの吹奏による革命歌調のファンファーレ「勝利なぞどこ吹く風」といった風情で、どこぞの未亡人のもとで安住のねぐらを見つけたベートーヴェンが、浮き世の夢に身をやつす姿が目に浮かんでくる。

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sv0102h.jpg大きな聴きどころは50小節から歌われる変奏部。ヴィオラとチェロが淑やかに歌い上げる分散和音の変奏主題はロマンティックな情感に溢れんばかり。

第1ヴァイオリンがエレガントに歌い上げる第2変奏(106小節)は作曲者が恋慕の情を綴った“愛の歌”だ。

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恋人と手を取り合って甘い恋をささやく語り口から、ふだんは尊大で深刻ぶった作曲者が、じつはニヤけたヤサ男に思えてくる。チェロ・バスが柔らかく弾き回して上昇するフレーズは、ベートーヴェンの幸福感が絶頂を極めた感があろう。

「もしどこからか、若いころのベートーヴェンが、洒落た服に身を固め、妙齢の婦人の手を取って、優しく笑いかけているようなスケッチが出てきたら、きっとベートーヴェン像だけでなく、その音楽のイメージが一変するに違いない。」 『ファイヴエル』より堀内修氏による、2012-03号)



第3楽章 アレグロ(スケルツォ)
sv0102i.jpgさっぱりとした弦の軽やかなフレージングは、古楽奏法を先取りしたようで、歯切れの良い管楽器と打楽器のリズム打ちが心地よい。

トリオは、プレヴィンの指揮にぴたり反応する緊密な弦楽フガートがソフトに躍動する。みずみずしく駆け走る弦楽群に、ひたひたと打ち込まれるティンパニのリズムが気持ちよく決まり、これが聴き手の快感を誘っている。
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スケルツォの再現は、淡泊なリズム打ちから運命を切り開く緊張感がまるで漂ってこないのが面白く、作曲者はちょっとニヒルに装いながら、来たるべき勝利にはまるで興味を示さない。酒を飲んで女のことを考えながら、「そのうち、チャンスは転がって来るさ。それまで昼寝でもしてようや」棚ボタの勝利を夢見る脳天気な姿が浮かんでくる。


第4楽章 アレグロ
sv0102f.jpg確信をもたずにやって来る「勝利の歌」はさっぱりと清々しい。遊興にふけるように朗々と吹き放つホルンが痛快で、プレヴィンの棒にのって奏者が興じているさまが伝わってくる。 TOWER RECORDS

〈賛歌〉の32小節で「ぶろろ~ん」と大きくトリルを入れるように吹き上げるところなど遊び心満点で、奏者のパフォーマンスに快哉を叫びたくなる。(リピートあり)


sv0102k.jpgこの演奏は過酷な運命に立ち向かい、勝利を手にしてガッツポーズを決めたり、巨匠風の威風堂々としたものからほど遠く、控えめな弦のスフォルツァンドと、明快な管楽器のアクセントによって、清新溌剌たる開放感を実現しているところに魅力がある。

歯切れ良打ち込まれる和音打撃や、要所で突出する金管のスパイスも爽やかだ。
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sv0102l.jpg294小節から第2主題で走り出すコーダは奇策を弄することもなく、プレヴィンはひたすら小気味のよいテンポによる軽快なフットワークで勝負する。

ほのぼのと吹き出す結尾主題が飛び出すと、柔らかくスキップするようなリズムを配し、ウキウキしたビート感覚で聴き慣れた名曲をスタイリッシュに締め括っている。
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これはリラックスした語り口による、ロマンティックなムードに酔わせてくれるユニークな第5シンフォニーで、厳粛なベートーヴェンに耳がうんざりした時に、ちょっと遊びの気分で手を伸ばしてみたくなる一枚だ。


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[ 2017/11/11 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)