フェドートフのバレエ音楽《白鳥の湖》1895年蘇演版を聴く

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チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」作品20
ヴィクトル・フェドートフ指揮
サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団
Recording: 1994.10.21-28 CM Studio, St.Petersburg
Producer: Elena Larina, Rupert Faustle
Blance Engineer: Sergei Sokolov
Length: 36:35/31:32/30:50/19:52 (Digital)
amazon [VICC-60613/14]


《白鳥の湖》の全曲版レコードといえば、導入曲と29のナンバーを原総譜(ユルゲンソン版)の番号順にならべて演奏されるのが通例で、これに、1877年の初演に際してチャイコフスキーが振付者ライジンガーの依嘱を受けて追加した〈ロシアの踊り〉(No.20a)と4曲なら成る〈パ・ドゥ・ドゥ〉(No.19a)を第3幕に追加したもの(全55曲)が一般的だ。


sv0103f.jpgところが、今日、ロシアのバレエ団などで上演される《白鳥の湖》は、原総譜と異なっている部分が多く、舞台の進行に合わせた音楽を聴きたい場合に不都合がある。

曲の順が入れ替わっているばかりか、カットされたり、聴いたことがない曲が挿入されていたりで戸惑うことが多い。これはバレエで使われる版が、1895年に蘇演された「プティパ=イワーノフ改訂・ドリゴ編曲版」(1895年蘇演版)に準拠していることに他ならない。

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《白鳥の湖》の蘇演は作曲者の死後、帝室マリインスキー劇場の名振付師であったマリウス・プティパが、埃にまみれていた総譜を発見したことにはじまる。改訂はマリインスキー劇場の様式に対応させるかたちでイワーノフと振付を行い、チャイコフスキーの弟モデストが台本の改訂を、配曲の変更をリッカルド・ドリゴが行ったのが、ここに聴くプティパ=イワーノフ演出・ドリゴ編曲による「1895年蘇演版」である。


sv0103o.jpg台本は4幕構成から全3幕4場に改められ、ストーリーが簡略化されたが、帝室劇場の首席指揮者として活躍していた作曲家のリッカルド・ドリゴは、チャイコフスキーの代理者としての権限が与えられた。

序曲と全33のナンバー(原総譜の50曲を42曲に)に編み直す作業は外科医のような仕事であったというが、蘇演は大成功をおさめ、現在あまた存在する改訂バージョンのいわば「底本」になった。
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演奏は、いかにもバレエの現場で叩き上げた練達の指揮者らしいフェドートフのクセのない、ツボを押さえた演奏で、バレエの動きにあわせた手堅いテンポ運びもさることながら、しっとりと歌う潤いのある弦や、木管の抒情性と美感にも事欠かない。舞曲のコーダで見せる華やぎのある管弦楽も特筆もので、オーケストラが大仰にならないきびきびとした音楽運びがバレエの舞台を彷彿とさせてくれる。

sv0103n.jpgここ一番の決めどころで喨々と鳴り響く金管の骨の太いサウンドも聴き応えがあり、ヨーロッパのオーケストラでは上品すぎて物足りなく感じるブラスの野性的な響きを全曲を通じて堪能させてくれるのもこの盤の大きな魅力。

ここには蘇演版でカットされた〈No.16〉〈No.20a〉〈No.26〉〈No.27〉 がオマケで収録されているが、これは他のバージョンで採用される場合を配慮してのことで、まさに至れり尽くせりのCDといえる。 
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「この録音は、マリインスキー劇場の首席指揮者を務めるフェドトフが、当時の資料を参照しながら可能な限り当時のオリジナルに遡った貴重な記録であり、今後の《白鳥の湖》のあらゆる上演にひとつの規範を与えるものである。演奏も当然ながら手堅く、また格調がある。」 樋口隆一氏による月評より、VICC40238-9、『レコード芸術』通巻第540号、音楽之友社、1995年)



第1幕 第1場 中世ドイツの城の奥深いところにある庭園
第1幕の変更点は、原曲の第2曲と第4曲を入れ替え、第4曲の4つのヴァリアシオンのbを削除、またヴァリアシオン1と3はテンポがやや遅いものに変更されている。大きな相違点は第5曲の取り扱いで、本来、王子が村娘と踊るパ・ドゥ・ドゥが、蘇演版では〈黒鳥のグラン・パ・ドゥ・ドゥ〉として旧第3幕に移植されたことだ。

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sv0103m.jpg第1幕の音楽は瀟洒な管弦楽が満載である。しっとりと歌う弦(R3、R5)や、メランコリーな木管の味わい(R6)がエレガントな雰囲気をしっとりと漂わせている。

一番の聴きものはガッシリと腹に響く金管の野性的な響きにあり、序曲、R1、バリアシオン2、ワルツの総奏などで喨々と吹き鳴らす豪壮なロシアン・ブラスを心ゆくまで堪能させてくれる。
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sv0103k.jpg早いテンポによる、てきぱきとした音楽はこびも心地よく、〈パ・ド・トロワ〉のコーダで見せる躍動感や〈乾杯の踊り〉のボレロ・リズムなど、フェドートフがいささかの踏み外しもなく、節度をまもったテンポを配するあたりは格調の高さすら感じさせてくれる。  amazon

バリバリと金管を鳴らす〈ワルツ〉と〈乾杯の踊り〉の総奏の分厚い響きは圧巻で、胸がすく思いがする。


第1幕 第2場 森の奥の湖畔
旧第2幕の大きな変更点は、第13曲〈白鳥たちの踊り〉。7曲(a~g)で構成される音楽の曲順が大幅に変更され、それぞれ独立したナンバーが与えられている。とくに「王子とオデットのパ・ダクシオン」(グラン・アダージョ)とよばれるアンダンテが2番目に置かれるところが目を引くところだ。

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sv0103i.jpg音楽的な改変では、原曲では4分の2拍子のアレグロの音楽が接続するが、アンダンテの結尾をドリゴが編曲したことから「ドリゴの終止」として有名。

木管の5拍リズムが再現する中を、たおやかな独奏ヴァイオリンのトリルを絡めるロマンティックな終止は、作曲者自身が組曲用に編み直したものよりも優れているといってよく、レコードでもモントゥー、アンセルメ、フィストラーリ、オーマンディといったレトロな巨匠たちが好んで採用している。  amazon

sv0103j.jpg旧第2幕の音楽の大きな聴きどころは、第13曲〈白鳥たちの踊り〉に尽きるといってよく、〈グラン・アダージョ〉でたっぷりとヴィブラートをかけたロシア風の濃厚な独奏の歌わせぶりが聴きどころ。

ピウ・モッソの木管リズムも聴き慣れたものよりテンポはかなり遅く、チェロのねばりのある歌とたっぷり揺れるヴァイオリンのオブリガートからロマンティックな気分がしっとりと漂ってくる。
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〈4羽の白鳥の踊り〉の切れのある終止、オデットのパ・ドゥ・スル(独舞)のしとやかな気品、テンポが早まるモルト・ピウ・モッソのフェドートフの棒さばきも絶妙で、聴き手をゾクゾクさせるコーダの音楽は、バレエの舞台にふさわしい華やぎに満ち溢れている。


第2幕 豪華な城内の大舞踏室
最も複雑な改変が旧第3幕。一寸法師の踊り(第16曲)とパ・ド・シス(第19曲)を削除、4つのディヴェルティスマンの曲順変更、〈黒鳥のグラン・パ・ドゥ・ドゥ〉を第1幕から転用、など。また、パ・ドゥ・ドゥは5bのアレグロ部分を編曲してヴァリアシオン1として独立、5cを削除する代わりにチャイコフスキーのピアノ曲《18の小品集Op.72》 から第12番〈遊戯〉(espiègle:“いたずらっ子”)を編曲してヴァリアシオン2とした。

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sv0103l.jpg黒鳥の登場(第18曲)の直後に、ディヴェルティスマンの〈スペインの踊り〉を出して鮮やかに場面転換するところは、蘇演版の大きな魅力といってよく、音楽的にも印象は鮮やかだが、ナポリがヴェネツィアに題名変更されたのには首を傾げたくなってしまう。

ここでは、ドリゴが各曲を短縮してスリム化しているのが大きな特徴で、花嫁たちの登場のファンファーレ(第17曲)が1回に削減していることや、オディールが正体をあらわす場面(第24曲)で楽節の大幅なカットが見られる。
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演奏は民族色を濃厚に演出するフェドートフの手慣れた棒さばきが心憎く、ディヴェルティスマンのきびきびとした音楽運びが痛快である。32回転のコーダでバリバリと効かせるトロンボーンに大拍手!


第3幕 第1幕2場と同じ森の湖畔
旧第4幕の変更点は2箇所。第26曲と第27曲に代えて、ドリゴはチャイコフスキーのピアノ曲《18の小品集Op.72》 から第11番〈ヴァルス・ブルエット〉を管弦楽に編曲して〈白鳥たちの踊り〉(R29)を挿入する。この曲は、華麗なワルツ、ヴァルス・ブリアント、火花のワルツ、ヴァルス・バガテルなど、さまざまな訳語があるが、これがじつに素晴らしい音楽だ。
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sv0103p.jpgテンポ・ディ・ヴァルスの木管のやさしい主題と、物憂い表情で揺れるモルト・エスプレッシーヴォの弦のメロディーがたまらない魅力で、これが低音弦に移されて、ヴァイオリンが流れるようなオブリガートを付けるところの哀しくも儚い表情はいかばかりだろう。

嬰ヘ長調に転じるモルト・カンタービレの、束の間の幸せと哀しみをない交ぜにした主題の変容もたまらない。ドリゴによって主部が繰り返されて拡張されているのも、この名曲をさらに魅力のあるもの引き立たせている。

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sv0103g.jpg第2の変更点は、第29曲のアンダンテとアレグロ・アジタートの間に、《18の小品集Op.72》 からもう1曲、第15番〈ウン・ポコ・ディ・ショパン〉(ショパン風に)を管弦楽に編曲した〈情景〉(R32)を挿入する。

オデットと王子が身の定めを嘆きながら踊る〈別れのパ・ドゥ・ドゥ〉とよばれている音楽だ。この曲は、「女王陛下のスワンレイク」と謳われたフィストラーリ指揮ロンドン響のモノラル盤でも聴くことが出来る。

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sv0103h.jpgマズルカのリズムにのって、湖畔でデュエットを踊る音楽はシルフィードの場面を彷彿とさせ、乳白色の幻想的な情景が目に浮かぶ名旋律。

ショパン風の旋律があらわれる中間部も大きな聴きどころで、秘めやかなフルートの16分音符にクラリネットが歌い継ぐところや、チェロがマズルカのメロディーを弾く上で、ヴァイオリンの透明なオブリガートがたゆたうところは、ロマンティック・バレエの精髄を極めた感があろう。
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終曲は管弦楽が満を持して炸裂する。練習番号20後半から目を剥くようなトロンボーンが呻りを上げ、練習番号26(モノ・メッソ)で〈白鳥の主題〉を強烈に吹き放つトランペットの凱歌もすさまじい(アポテーズ手前の23小節をカットするのは、カラヤンのデッカ盤でも見られる短縮)。

「プティパ=イワーノフ改訂・ドリゴ編曲版」を古典的な様式に則って現代に蘇らせた“白鳥マニア”必聴の一枚だ。


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[ 2017/11/25 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)