フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第4番(放送録音盤)

sv0107j.jpg
ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 作品60
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1943.6.27-30 Philharmoniesaal
Recording Engineer: Dr.Friedrich Schnapp
Source: Reichs-Rundfunk-Gesellschaft
Length: 36:07 (Mono) /Olsen No.83,84
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フルトヴェングラーによるベートーヴェン交響曲第4番の大戦中録音には、放送録音、ライヴ録音、両者を組み合わせた ハイブリッド盤3種の音盤が存在する。これは、ソ連が接収した録音テープをメロディアがレコード化した際に、当初、放送録音で発売したものが、ある時期から第1、第2楽章をライヴ録音に差し替え、その後、全楽章ライヴ録音盤がSFBへの返還テープや再プレス盤などで流通したことによる。

sv0104b.jpgこれらの大戦中録音は、旧ドイツ帝国放送(RRG)が最新鋭の磁気式録音機「マグネットフォン」を使ってテープ収録したもので、無指向性の球状ワンポントマイクによって旧フィルハーモニーの直接音と間接音が“黄金のバランス”で収録されているという。

マイク感度もすこぶる良好で、聴衆のセキやくしゃみなどの会場ノイズも明瞭に捉えられ、大戦下の会場の雰囲気を生々しく収録した歴史ドキュメントといえる。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.6.27-30Berlin,Philharmoniesaal, RRGVox PL7210O_083, 84, 97, 427
BPO1943.6.27-30LBerlin,Philharmoniesaal, RRGMelodiyaO_083, 84, 427
MPO1949.3.26-29LMunchen, Private archiveNot issuedO_146
VPO1950.1.25,30Wien, Musikfereinsaal,HMVHMV(EMI)O_187
VPO1952.12.1,2Wien, Musikfereinsaal,HMVHMV(EMI)O_317
VPO1953.9.4LMunchen, Deutsches Museum,BRRCA RCL3333O_365

sv0104f.jpgオールセンではNo.83,84の「first performance, without audience」と記載されるものが放送録音盤(聴衆なし)で、録音のアコースティックと演奏スタイルがライヴ盤とよく似ているため、コンサートの前後に聴衆のいない会場で録音されたものと推測される。

ピーター・ピリーは『レコードのフルトヴェングラー』で、ライヴ盤を6月27日(O_83)、放送録音盤を6月30日(O_84)と著している。
ライヴ録音にみられる熱狂やテンポの変転は一歩譲るが、音の状態は混濁感のつよいライヴ盤と比べて歪が少なく、低音がバランス良く入って響きがクリアな点で筆者は好んで聴いている。

この放送録音には複数のコピーテープが存在し、(a)ソ連軍が戦利品として接収したテープを元にしたメロディア盤、(b)ドイツの放送局に保管されていたテープを音源とするグラモフォン盤と東独エテルナ盤、(c)米ヴォックス社が購入したテープを使った日本コロムビア盤、ターナバウト盤、フィリップス(フォンタナ)盤の3系統に分かれる。 参考:末廣輝男氏による「ライナーノート」、OPK-7002、2003年)

NoLevelMediaDisc no.IssueRemark
1cfontanaLPFCM-51(M) 1973/10米ターナバウト原盤(TV-4344)
1bDGCDPOCG-23491991/6旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1bDGCDUCCD-36872004/8旧DDRテープ(原盤431 881-2)
1aOPUS蔵CDOPK-70022003/11メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1bGlandSlamCDGS-20202007/6東独エテルナ盤起し(820 312)
1bOtakenCDTKC-3442012/12白レーベル見本盤起し(MG6013)
1cDeltaCDDCCA-00022004/10米ヴォックス盤起し(PL-7210)
1aDeltaCDDCCA-00062005/1メロディア盤起し(ガスト56青色大聖火)
1aAltusCDALT-1582008/1LPからレーザー・ピックアップによる再生復刻
3PhilipsLPSETC7501~71974/12ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(米オリンピック原盤)
3KINGCDKKC-41072017/12ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(米オリンピック原盤)
3EMICDTOCE-85191994/11ハイブリッド盤 3,4楽章のみ放送録音(英ユニコーン原盤)

sv0104e.jpg音の状態は、当初1944年録音とされたグラモフォン盤が最も悪く、メロディア盤に見られる第1楽章(402小節)の音飛びはないがピントの甘いモヤモヤ感にくわえ、第3楽章の冒頭を後続の箇所から修復したために途中から始まったように聴こえるのが難点だ。

エテルナの盤起しのグランドスラム盤(GS-2020)やグラモフォンの盤起しのオタケン盤(TKC-344)も同様。

フォンタナ盤(FCM-51M)に聴くヴォックス系は、第1楽章の音飛びや第3楽章の修正はないが混濁感が強く、音の輪郭はグラモフォンより明瞭だが強音で音が潰れて聴きづらい部分があるのは否めない。

sv0104g.jpgメロディアの放送録音盤(33D-09083~4)はガスト56が初出とされ、ガスト56空色大聖火(トーチ)盤、ガスト56黄色アッコード盤(レニングラードプレス)、ガスト61桃色大聖火盤など数種存在する。

ガスト56とは「GOCT5289-56」と盤面に付された「全ソ国家規格」のことで、産業5ヵ年計画によってプレス年代が1956~60年であることを示している。とくに新鮮なテープからカッティングされた第1世代のガスト56は、市場に出まわることがないために希少価値があるらしい。

sv0104h.jpg当時のソ連では市場経済を導入していなかったため、レコードは価格が低く抑えられて誰でも買うことが出来た。

しかし、社会主義の原則に従って最果ての地にまで届けられていたレコードは地方では見向きもされない一方で、都会ではマニアがコネを頼るか店員にカネを握らせるかしなければ入手出来ず、数時間の内に売り切れたという。


クレムリンやモスクワ河をあしらった共通のジャケットからは中味を知る事が出来ず、店員に新譜のあるなしを聞いてレジで支払い、レシートと引き替えにレコードを入手できたらしい。

sv0104k.jpg復刻を企画したのはメロディアのヴァディム・スミルノフとピョートル・グリュンベルクで、第4の発売は1961年、初回プレスは10,000~20,000枚とされる。

生産はモスクワの南西40キロにあるアブレレフカ市の工場で、A-Z-Gの3文字で「たいまつ」をデザインしたレーベル(トーチ盤)が使用されていた。


デザインは生産地によって異なり、2本のラッパを掲げている男を描いたレニングラードのアッコード・レーベルは音質の美しさでモスクワ製を凌いでいたという。 参考:グレゴール・タシー「フルトヴェングラーとロシア」、DLCA-7006、ドリームライフ、2005年)

sv0107i.jpgこのメロディア盤は第1楽章の再現部に前述の音飛びが指摘されるが、音の鮮度はメロディアの盤起しに軍配が上がろう。ガスト56から起こしたオーパス蔵盤(OPK-7002)は低音がしっかり入った厚みのある響きが特筆される。

レーザー光線でLPの音溝を読み取ったエルプ再生によるアルトゥス盤(ALT-158)も肉厚のダイナミックな音で、オーパス蔵盤と同等かそれ以上のクオリティがある。LPの身元が明かされていないが、402小節に音飛びが認められるため、メロディアLPが音源と思われる。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [ALT158]

NoOrch.DateLevelSourceⅠmovⅡmovⅢmovⅣmov=Total
BPO1943.6.27-30DGPOCG-234911:1612:085:427:0136:07
BPO1943.6.27-30LDGF20G-2909011:0911:595:306:5135:29
VPO1950.1.25,30FW-CenterWFFC1701-HYM10:5512:226:007:2836:45
VPO1952.12.1,2EMITOCE1404310:2911:415:567:2935:35
VPO1953.9.4LWF-SocietySWF89210:2711:315:327:0734:37

「フルトヴェングラーが第2次世界大戦中の同じ時期(43年6月27,30日)に残した2種のベートーヴェンの交響曲第4番のうち、これは聴衆なしで録音されたほうのもの。第1楽章序奏から物々しい雰囲気が漂い、さらに主部に入ってからの大地を揺るがすような激烈さも尋常ではない。晴れやかな高貴さに満ちた第2楽章さえ暗く重いのに驚かされる。とにかく大戦中の彼の録音の異様なばかりの緊迫感を持ったものの典型のひとつと言えよう。」 中村孝義氏による月評より、UCCG-3687、『レコード芸術』通巻649号、音楽之友社、2004年-10)



第1楽章 アダージォ-アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0107b.jpg神秘の森の中に入ってゆくような導入部の謎めいた開始は、いかにもフルベン流。引きずるような重苦しい雰囲気の中、強いピッツィカート(24小節)から次第に力を蓄えてゆく入念な進行が緊張感を高めている。

空気を切り裂くような筆圧の強い8分音符(35小節)と、激震のように叩き込むフォルティシモの和音はダイナミズムの極といえるもので、アレグロ・ヴィーヴォの主部へ跳ね上げる爆発的なクレッシェンドに身も心も痺れてしまう。
amazon [POCG2349]
sv0107k.jpg

「1943年に放送された第4番の演奏には、まぎれもなくロマン派的な解釈が施されていた。幕開けの抑制されたアダージョには、謎めいた予感が漂っている。クレツシェンドも盛大に行なわれ、ダイナミクスとテンポの対比がはっきりしており、アクセントも強調されている。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)


sv0107c.jpg爆発の余波で飛び込むリズミックな主部は、固いティンパニのリズムを叩き込んで古武士然と突き進む巨匠の力強い指揮ぶりが印象的だ。雪崩れ込むような分散和音や、ぐいぐい弾きぬくシンコペーションの力業も巨匠の面目が躍如している。

第2主題で大きくリタルダンドをかけるのも巨匠の常套手段といってよく、なだらかな推移主題から力強いカノンと荒々しい打撃に発展してゆく楽想の変転もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう(提示部のリピートなし)。
TOWER RECORDS  amazon [UCCG3687]

sv0107d.jpgこの大戦中の〈第4〉では、演奏上の変わった特徴がいくつか指摘される。第2主題の装飾音アッチャッカトゥーラ(短前打音)を省略したり(116~120小節)、展開部エピソードのアッチャッカトゥーラをアッポッジャトゥーラ(長前打音)で演奏(223~227小節)。

短前打音は再現部では記譜どおり演奏(390小節のオーボエ)しているので、必ずしも徹底されていたわけではなさそうだ。また、展開部のff(241~245小節、249~253小節)では、257~61小節と同じように巨匠はティンパニのトレモロを追加している。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[GS2020]

「テインパニの改変も、たとえば第1楽章の展開部において鳴るはずのない個所(第241~245小節と第249~253小節)で荒々しいトレモロが炸裂するなど、大胆極まりない。こうした行為は、ベートーヴェンが背負っていた歴史的・社会的コンテクストを解き放ち、ベートーヴェンを自分の属する現在へと引きずり込むものである。」 安田和信氏による月評より、TOCE-8519、『レコード芸術』通巻532号、音楽之友社、1995年-1)


「1943年盤の第1楽章、241および249小節にティンパニを追加したのは、257小節のフレーズとの統一を図ったのだろう。追加部分は指揮者の判断で、主音と第5音(第4番の場合、BフラットとF)だけが使われた。和声は241小節で変ホ長調だが、249小節で卜長調の属7に変わる。作曲された1806年当時は、ティンパニの機構上音の切り替えが間に合わなかったものの、ベートーヴェンが現代のティンパニを知っていれば両方入れていたのではないか。フルトヴェングラーはそう考えたにちがいない。」 ジョン・アードイン著『フルトヴェングラー・グレート・レコーディングス』より、同上)


「ベートーヴェンのスコアでは、展開部の241~5小節、249~53小節のフォルティッシモにはティンパニが参加せず、257~61小節のフォルティッシモにのみティンパニのトレモロが加わっている。フルトヴェングラーは反対に、前2回のフォルティッシモにも楽譜に無いティンパニを追加、ベートーヴェンが意図した対照の妙と、響きのニュアンスの変化を失ってしまっているのである。」 宇野功芳著『新版フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0107e.jpg展開部の終わり(281小節)のpppの部分で、極端にテンポを落とすのも霊感を得たフルベンらしく、主題再現のクライマツクスに向かう途上のひと時の静寂が途轍もない緊迫感を産み出している。

「実際に客席に居るのならばともかく、レコードで聴く限り、第2テーマと同様、造型を崩し、いくぶん思わせぶりな感がするのは否めない」( 宇野功芳)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [TKC344]

ティンパニの猛烈なクレッシェンドて猛り狂う再現部(337小節)はすさまじい。「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなるエネルギーの爆発と解放感は冠絶しており、レコードを聴くたびに鳥肌が立ってくる。破天荒に荒れ狂って造形を歪めるライヴ盤に対し、放送録音は過度に熱くならず、アンサンブルが整然と決まっている。

尚、放送録音ではメロディア盤にのみ再現部の402小節[9:42]に「ぶつッ」という音飛び(メロディア・マーカー)が指摘されており、音源を特定する手掛かりになっている。


第2楽章 アダージョ
sv0107f.jpg「最もよく歌い上げられている叙情的な演奏は、おそらくは1943年のものだろう」( ジェラール・ジュファン)。巨匠はアダージョ楽想を遅いテンポでこってりと歌い上げ、濃厚なロマンティシズムを練り込んでゆく。

大波のごとくうねる推移の律動やダイナミックな和音打撃にも巨匠の個性が刻印されおり、静寂の中からクラリネットが仄かに浮かび上がる情景の美しさに恍惚となってしまう。


sv0107g.jpg大きな聴きどころは主題再現の変奏(42小節)で、思いを込めてたゆたう旋律の美しさを心ゆくまで堪能させてくれる。

厳粛に立ち上がる悲劇的なトゥッティ(50小節)や、意味深げに奏するレチタティーヴォ(54小節)のドラマ性もすこぶる感動的で、第2主題を歌うクラリネットのトロけるような音色の美しさも特筆されよう。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[DCCA0002]
sv0107l.jpg

当盤では64小節でホルンが外しているが、ピーター・ピリーはこれを度外視しても僅差でライヴ盤(オールセン83)に軍配を上げている。尚、再現部の2つの主題変奏で装飾音符が一部省略されているが、42~47小節と65~70小節とで省略する箇所が異なっている。


第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0107h.jpg放送録音盤では木管がわずかに早く飛び出したように聴こえるが、グラモフォン盤では、第1小節から20小節までの主題の繰り返しの前半を後半の同じ箇所を使って修復しているために途中から始まったような不快感がある。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon[DCCA0006]

放送局のテープに問題があったのかどうかは不明だが、バッチリ揃った開始にするための修正ならばフルベンを理解せぬ者の仕業ということになろう(ライヴ盤でも同様の修正がある)。当盤はスッキリとしたやわらかな響きが心地よく、恰幅のよいスケルツォとトリオの表情ゆたかで伸びやかな歌に心惹かれるのは筆者だけではないだろう。


第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0104q.jpg巨匠は無窮動的なリズム楽想を一筆書きの鮮やかさで突っ走る。特に放送録音盤は旧フィルハーモニーの残響が気持ちよく、みずみずしく躍動する第1主題、ドルチェで木管が美しく歌い継ぐ第2主題、裏拍からリズミックに跳躍するコデッタ主題など、力みのない棒さばきとノリの良さで聴き手を酔わせてくれる。

最大の聴きどころは加速をかけた走句から爆発的な総奏へ発展するコーダ(278小節)で、高カロリーの響きと2拍目に強いアクセントを入れたダイナミズムは、まさにフルベンを聴く醍醐味といえる。

sv0107m.jpg

「絶品というべきはフィナーレである。速めのテンポと推進するリズムから、ものすごいエネルギーが噴出し、旋律は思い切って歌われる。あたかもひた寄せる大奔流のようで、コーダに入る前の、人間業とも思えぬスフォルツァンドと凄絶な和音の生かし方が、〈第4〉全体を見事に締めくくる。第1、第2の両楽章は、フルトヴェングラーのレコードの中で、造型面においてベストとはいえないと思うが、このフィナーレだけは最高の出来ばえと絶讃されよう。」 宇野功芳著『新版フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


響きのすばらしさとダイナミックな駆動力で聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


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[ 2018/01/27 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)