ライナー=シカゴ響のハイドン/交響曲第88番 「V字」

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ハイドン/交響曲第88番ト長調 「V字」Hob.Ⅰ-88
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
1960.2.6 Orchestra hall, Chicago (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 21:35 (Stereo)
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フリッツ・ライナーはハンガリー生まれの指揮者で、1953年から10年間シカゴ交響楽団の音楽監督として、第1期黄金時代を築いたことで知らている。ライナーはトスカニーニやロジンスキー以上の“完全主義者”として知られ、独裁的な権限によって首席奏者の入れ替えを積極的に行った。

sv0108b.jpgこの時、メトロポリタン歌劇場からヤーノシュ・シュタルケル(1953~58年在籍)を引抜き、首席チェロ奏者に据えている。

ライナーは厳しいリハーサル魔で知られ、練習ではヴァイオリン奏者を1人ずつ立たせて独奏させるという噂がまことしやかに囁かれ、トゥッティの奏者は“独り弾き”に恐れおののいていたというのが、どこかアマチュア的でおもしろい。
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「ライナーはずんぐりした小男で、リハーサル中に間違った音を出すと、鷹のような鋭い目でそのセクションをじろりと睨みつけ、メンバーを震え上がらせた。練習後ミスは首席奏者に告げられ、そこからさらに張本人にそのミスが正確に指摘されたという。余りに動きの少ないライナーのバトン・テクニックは、楽員の欲求不満を駆り立てたらしく、あるコントラバス奏者が、譜面代に望遠鏡を取り付けて、ライナーのビートを観察していたところ、たちまち露見して即刻クビになった。」 『世界の指揮者名鑑866』 より出谷啓氏による、音楽之友社、2010年)


sv0108d.jpgここに収められた《V字》は、シカゴ交響楽団としては極めて珍しいハイドン交響曲のセッション録音で、〈リビング・ステレオ〉シリーズでは復刻されず、BVCC1036が廃盤になった後は、国内で長らく入手出来なかったものである。

モーツァルトのモノラル録音と組み合わせた復刻盤(TWCL2001、TWCL10003はHQ仕様) がリリースされたのを機会にじっくり聴いてみたい。
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「シンフォニックに演奏されたハイドンの典型的な姿を見せるCDだ。ライナーに鍛えられたシカゴ交響楽団が、機能美とダイナミズムを最優先させた演奏を聴かせており、今では失われた、風格と格調にあふれたハイドン演奏の醍醐味を教えてくれる。」「CD時代の名曲名盤(2)」より諸石幸生氏による、BVCC1036、~『レコード芸術』通巻第516号、音楽之友社、1993年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0108c.jpg序奏の柔らかな和音打撃は深みとゆとりがあり、強弱のコントラストを明瞭につけた芳醇な響きが聴き手を魅了する。

主部は、器楽的な楽想をライナーがダイナミックに料理して、その鉄壁のアンサンブを誇らしげに開陳する。オーケストラ・メンバーと指揮者が談笑するジャケット写真は、ライナーのくつろいだ雰囲気とは対照的に、楽員たちのこわばった表情が印象的だ。


厚みのある弦楽サウンド、旋律線の明快なフレージング、シャッキリと弾む躍動感、緊密でいささかの狂いも生じぬリズム感など、オーケストラ・ビルダーとして実力を発揮したライナーらしいきびきびとした筆運びが気持ちよく、その鮮烈な音に腰をぬかしてしまう。ゴリゴリと押し込むバスの対位法的な16分音符の強奏反復はシカゴ響を聴く醍醐味にほかならず、インテンポの楷書型スタイルがある種の快感を誘っている。

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sv0108e.jpg第2主題を展開する弦のめまぐるしい分散和音の鮮やかさにも目を見張るが(71小節)、圧巻はヴァイオリンとヴィオラ以下が16分音符で交互にかけ合う小結尾(85小節)。

ぐいぐいと力を込めて弾きまわす強靱なフレージングもさることながら、スコアの中味が透けて見えるような弦楽合奏の生々しさは比類がなく、現在のデジタル録音をはるかに凌駕する解像度の高さが聴き手を魅了する。[提示部の反復あり]
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sv0108f.jpg展開部(104小節)は緻密な弦楽アンサンブルがさらなる精度をくわえ、しかも華麗に展開するところが聴きどころ。内声の第2主題を第1主題に織り重ねる部分(156小節)を一筆書きの勢いで突っ走るところは音楽がじつに熱っぽい。

それもそのはず、ライナーのセッションは、そのほとんどが“一発録り”で仕上げたとされ、その気脈の貫通ぶりは“一発屋ライナー”の面目躍如たるところだ。
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再現部(179小節)の一糸乱れぬ統率ぶりや、コーダの冴えた和音打撃もみずみずしさの極みで、腕の立つ奏者たちの冠絶した弾きっぷりには超嘆息するばかり。

ライナーは録り直しをきらい、「コンサートと同じようにレコーディングしたい」という考えのもと、定期演奏会後に、しばしば一気呵成にセッションを行った点も、RCAのライナー盤が、緻密でありながら、音楽に独特な熱気がこもっている理由のひとつであると言えるだろう。「特集・名録音列伝~音のいい名演たち」より満津岡信育氏による、~『レコード芸術』通巻第671号、音楽之友社、2006年)



第2楽章 ラルゴ
sv0108g.jpgオーボエとチェロの独奏が奏でる瞑想的な主題は、賛美歌《すべての恵みを垂れ給ふ神を讃える》。オーボエと溶け合うように奏でるチェロの肉感のある音とコクのあるフレージングがたまらない魅力で、奏者の息づかいまで聴こえる生々しい音場も特筆される。

こってりした第2句の重量感は古楽奏法では決して味わえぬもので、変奏の終わりに闖入するトランペットとティンパニの爆発音も、「さあて、俺たちの出番だぜ!」と言わんばかりの猛者を揃えたシカゴ軍団ならではの凄まじさ!
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sv0108h.jpg変奏部はシカゴの名手たちが腕によりをかけて賛美歌主題を歌いぬく。ここではフルートやオーボエのたおやかな歌い回しが心地よく、シルキーなヴァイオリンのオブリガートや濃密なチェロがくわわるハーモニの美しさは音のご馳走といえる。

ヘ長調でしっとりと歌う第4変奏の弦のサウンドも濃厚で、いかにもライナーらしい豪放で雄渾な気分に溢れる音楽は、まるでベートーヴェンを聴いている感があろう。
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「天井が丸みを帯びて、プロセニアム(ステージ前方を囲む枠)もなく、しかも残響が少ないシカゴのオーケストラ・ホールは、楽団員が互いに音を聴きあうのが困難だったといわれているが、その分、各楽器が分離し、しかも透明度の高いサウンドを収録するには適していたと言われている。ルイス・レイトンのマイク・セッティングを通じて収録されたサウンドは、まさに“ライナー・サウンド”と呼ぶにふさわしいものである。」「特集・名録音列伝~音のいい名演たち」より満津岡信育氏による、同上)



第3楽章 メヌエット-アレグレット
sv0108i.jpg見得を切るように装飾音をたっぷりハネる弓さばきが気持よく、ゆるやかなテンポから繰り出される3拍子は厳正で一分の隙もない。

ズシリとした重みのある弦楽サウンドがじわじわと腹に効いてくるところは、シカゴ響(教)信者にはこたえられない魅力だろう。トリオはファゴットとヴィオラのドローンをたっぷり聴かせ、ト短調になる後半では、オーボエとヴァイオリンが小刻みに協動する走句は精密機械のようである。
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もし、指揮の技巧の巧拙というものが考えられるとしたら、ライナーはまれにみる指揮のヴィルトゥオーゾであった。アインザッツの正確、合奏の完璧、そうしてテンポの狂いの皆無なこと。要するに、トスカニーニ流の非感傷派に属していた。私がメトロポリタン・オペラの客席に座っていたら、その隣にいたマネジャーが「ライナー? ああ、あいつはミスター・メトロノームというんだ」と言っていた。 吉田秀和著『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)



第4楽章 フィナーレ、アレグロ・コン・スピーリト
sv0108j.jpgてきぱきとインテンポでさばく第1主題は、仕事師ライナーならではの楷書スタイルで、いささかの踏み外しも許さぬ各セクションの緊密さは器楽演奏のお手本といえる。

主題を強奏展開する走句も荒々しく弾きとばすことなく、ストイックなまでに手綱を引き締めてウィルトゥオーゾ楽団を統率する。
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ライナーの鞭が入るのは、第2主題のあとに躍り出る小結尾(73小節)。ヴァイオリンの分散和音をかき消すように音階を上下するヴィオラ、チェロ、バス群の対位の凄まじさといったら! 
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sv0108k.jpg「これでもか」とアクセントを杭のように打ち込んで提示部のとどめを決めるオーケストラの力ワザは、牛刀で鶏肉を裂くような痛快さがあり、史上最強と謳われた楽団のパフォーマンスが最高度に発揮された場面といえる。

ゆったりとした第1主題のあとに出現する展開部(84小節)のト短調の長大なフガートも大きな聴きどころで、まるで〈ジュピター交響曲〉を思わせる壮麗さで、力強く邁進する音楽がすこぶる感動的だ。
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シカゴ響全盛期の鉄壁のアンサンブルと、ダイナミックなサウンドに酔わせてくれる掘り出し物の一枚だ。


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[ 2018/02/12 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)