コリン・デイヴィスのストラヴィンスキー《春の祭典》

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ストラヴィンスキー/バレエ音楽《春の祭典》
コリン・デイヴィス指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording:1976.11.15 (PHILIPS)
Location: Concertgebouw Hall, Amsterdam
Producer: Volker Strauss
Length: 34:53 (Stereo)
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このディスクは、名門コンセルトヘボウ管弦楽団の初録音となる《ハルサイ》で、フィリップスのカリスマ的存在、フォルカー・シュトラウスのプロデュース。シュトラウスはマルチマイク録音の確立者で知られ、その自然な音は「シュトラウス=パケーテ」とよばれる指向性の異なる2本のマイクをシリーズにして録ったものという。

「このLPが登場した時の衝撃は今でも忘れられない。コンセルトヘボウの大ホールを揺るがせにするような超低音から、風が通り抜けるような爽やかな高弦の音まで、こんな音のする録音はそれまでに聴いたことがなかった。名演奏は有能なプロデューサーによって作り出されることを証明した1枚である。」 特集『名録音列伝』~「音の魔術師たち」より、『レコード芸術』通巻第671号、音楽之友社、2006年)


sv0011b.jpgこのディスクは、各楽器をクローズアップした“痒いところに手が届く”録音とは異なり、オーケストラの音がホール全体に溶け合うように響き、各パートがシャープに鳴り切る音場に驚いたものである。しかも、決して騒々しくなく、強音でも音崩れしないフィリップスらしい耳あたりの良い繊細さとパワーが同居した名録音だ。

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特筆すべきは英国人指揮者コリン・デイヴィスの感覚の“鋭さ”だ。燻し銀のオーケストラを駆使して複雑なスコアから最良の音色を選び、それを巧みに紡ぎ出す職人ワザが冴えわたっている。セピア色にたとえられる燻し銀の楽団が、いよいよ第2部から溜め込んだパワーを放射するがごとく、牙を剥いて吠え掛かってくる展開がこの盤の最大の聴きどころだろう。

「デイヴィスの演奏は、大向うをうならせるような派手さこそないが、曲の細部に至るまで入念に磨きあげながら、この曲の持つ原始的でエネルギッシュな特色をあますところなく表出したもので、その熱っぽい迫力には息を呑む。特に、第2部〈いけにえ〉の冒頭の部分のミステリアスな雰囲気の描き方や、それに続く〈いけにえの賛美〉のダイナミックな表現は実に素晴らしい。ここでは、オーケストラの抜群のうまさが光っておりディヴィスの棒に万全に応えている。この名門オーケストラの力量には感嘆のほかはない。」 志鳥栄八郎氏による月評より、20PC2026、『レコード芸術』409号、音楽之友社、1984年)



〈第1部〉大地の礼賛-昼
sv0011c.jpg味わい深い音色を発する木管セクションの妙味が聴き手の耳を引きつける。〈序奏〉のミステリアスなコール・アングレ、甲高い音で叫ぶ小クラリネット、「ぶりぶり」と肉感のあるバス・クラリネットのアルペジオが陰影を克明につけ、デイヴィスは異教徒的な妖しい雰囲気を生々しく演出する。

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弦がフォルテで和音を刻む〈春の兆し〉から、いよいよ《ハルサイ》の音楽が始動する。サクサクと入れる弦の柔らかなアクセントと軽快なフットワークが気持ちよく、抑制された中にもブラスが歯切れ良く咆哮し、ねばっこいホルンのグリッサンドが冴えわたる。「ガツン!」とくる3連打撃の衝撃感は圧巻だが、音崩れしない“フィリップス・トーン”が、どこかゆとりを持って響いている。

原始的な略奪結婚のさまを描く〈誘拐の遊戯〉は名門楽団の精緻な合奏が聴きどころで、くすんだ音色のホルン信号を皮切りに、変拍子のせわしいリズムで駆ける弦楽器、歯切れよく打ち込むブラス、リズミカルな打楽器がみずみずしく繰り出されてゆく。音楽はまるで細密画を見るようにキメ細やかで、どんなフォルテでも音が柔らかくほぐれ、決して刺激的に響かないのが音の職人デイヴィスの上手いところだ。

sv0011d.jpgオーケストラが満を持して爆発するのは〈春のロンド〉の総奏(練習番号53)から。小ぶしを効かせてたっぷり打ち放つブラスのグリッサンドが聴きもので、ゆるやかに引き延ばすフェルマータは奏者がホールの響きの余韻を愉しんでいるかのようだ。ピッコロの絶叫から畳み込むヴィーヴォ(練習番号54)のシャープなリズム感覚や、打楽器の連打で開始する〈敵対する町の遊戯〉の骨力のある打点も特筆モノで、低音弦の3連リズムを「ずんずんずん」と急迫的に追い込んでゆくディヴィスの棒さばきは絶妙の一語に尽きる。

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不気味なテューバの旋律が出る〈賢人の行列〉は、儀式を司る長老たちと賢人のお出ましだ。これがブラス全体の咆哮へと拡大し、大太鼓、銅鑼、ギロといった打楽器群に、スル・ポンティチェロの弦楽器が苛烈に加わる大音響は息を呑む凄まじさ。儀式の前に長老たちが大地にひれ伏す〈祖先の霊の呼び出し〉では、4小節の静寂の中をファゴットの持続和音、低音の刻み、弦の和音が美しくたなびき、これをマイクが明瞭に捉えている。

打楽器の轟音から立ち上がる〈大地の踊り〉は第1部のフィナーレで、大地の目覚めを喜び、乱舞となって熱狂する。統率された一糸乱れぬアンサンブルに加え、大地が胎動する躍動感は比類がなく、とくにトランペットの精密な打ち込みは切れ味抜群! ブラスの咆哮は決して刺激的にならず、その響きは清々しくさえあるのが驚きだ。しかし、コンヘボ管の実力はこんなヤワなものではなく、彼らが目覚め、本気になるのは第2部を待たなければならない。


〈第2部〉生贄の儀式-夜
sv0011e.jpg場面はうら寂しい漆黒の原野。フラジオレットの独奏ヴァイオリンと、弱音器を付けたトランペットの不安げな切分音の〈序奏〉が冷ややかな夜のしじまを演出、太陽神の生け贄となる聖なる乙女を選ぶために若者たちが原野に集ってくる。

〈乙女たちの神秘な集い〉を奏する6部のヴィオラの歌心溢れる旋律や、春の到来を告げるフルートの温もりのある歌が印象的。ホルンが導く第1主題がしっとりと再現されると、さあ、4分の11拍子の叩き込みを合図に、生け贄に選ばれた乙女の喜びの踊りの始まりだ!  amazon

〈選ばれし乙女への賛美〉で、ついに燻し銀オーケストラがその本領をむき出しにする。地鳴りを上げる重低音、絞り出すようなブラスの鮮烈な吹き上げ、シャキリと打ち込む弦の和音が渾然一体となってホールいっぱいに響いている。ブラスのグリッサンドはねばりにねばり、4分の5拍子の土俗的な打楽器のリズムが躍動感たっぷりと叩かれているのが気持ちいい。

sv0011f.jpg生け贄を太陽神に捧げる〈祖先の霊の呼び出し〉のファンファーレに対峙する打楽器群の苛烈な叩き込みや、生け贄の乙女の受け入れを祈る祖先の儀式〉の気味の悪いコールアングレも聴きものだが、弱音器を付けたトランペットが原始宗教的なメロディを吹奏すると緊迫した雰囲気が高まってくる。ベルアップした大音量のホルン(練習番号138)を皮切りに、閃光のごとく打ち込む和音打撃のリズム感覚は抜群で、ぴちぴちとはち切れんばかりの鮮度で鳴り切っているところが凄い!

いよいよフィナーレの〈いけにえの踊り〉は変拍子の切迫したモチーフが展開する。リズムの切れこそ鋭くはないが、楽員は一瞬の気のゆるみも無く全神経を集中させ、“いけにえの苦悶”を鮮明に描き出す。デイヴィスの棒さばきはオーケストラの熱っぽさとは裏腹に、どこか醒めた眼で、念には念を入れ、各パートを顕微鏡で覗くかのように克明に音化し、そのパレットは微細を極めている。

「この部分の王様は疑いもなくデイヴィス盤であろう。すでに〈祖先の儀式〉の終わり( 練習番号138)で最も巨大なエネルギーを発揚させ、凄絶なホルンの最強奏におどろかされたわれわれは、〈いけにえの踊り〉にいたって息づまるような緊張力にほとんど耐え難くなる。何しろゆとりがあるので迫力が本物の底力となるのだ。」 宇野功芳著『オーケストラのたのしみ-僕の名盤聴きくらべ・改訂版』より、共同通信社、1990年)


sv0011g.jpg5連音のヒステリックなマルカート主題(練習番号151)と、それに続く打楽器の激烈な打ち込みは、名門楽団が本腰をいれて吠え掛かかってくる。それまで楽員の体内とホールの余韻の中に溜め込んでいたエネルギーを存分に、ゆとりを持って解き放つ。

全管弦楽の発する音響的な快感に聴き手を浸しながら、楽員が歌い、踊り、猛り狂い、ひた押しに押してゆく展開に、聴き手はただもう固唾を呑んで聴き入るのみだ。

「なんという巨大な迫力だろう。なんというオケの鳴り具合だろう。なんという雄大なスケールであろう。しかも決して絶叫にならない。無機的な響きはいっさい無い。いくらヴォリュームを上げても絶対にうるさくはならない。それはデイヴィスが力ずくでオーケストラを引き廻しているからではなく、オーケストラの楽員の方が燃えに燃え、乗りに乗り、たぎり立っているからであろう。」 宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻第331号、音楽之友社、1978年)


頂点を極める練習番号174では、生け贄の死をしめすモチーフが力の限り吹き上げられ、断末魔のようなブラスの強烈なグリッサンドによって、身も心も吹き飛ばれさてしまいそうになる。音楽は沸き出すように熱く煮えたぎり、デイヴィスは強固なコントロールによって、ひたすら前へ前へと楽員を駆り立ててゆく。

轟きわたる轟音、獅子吼するブラス、湧き起こる律動、襲いかかるモチーフ、しかも、この緊迫感! とどめ打ちの研ぎ澄まされた刃の一突きは鮮烈の一語に尽きる。名門楽団のヴィルトゥオジティと洗練された音の美感に酔わせてくれる《ハルサイ》だ。

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[ 2014/05/17 ] 音楽 ストラヴィンスキー | TB(-) | CM(-)