ショルティのベートーヴェン/交響曲第5番

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ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
ゲオルク・ショルティ指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Location: 1958.9 Sofiensaal, Wien (DECCA)
Producer: John Culshaw
Engineer: James Brown
Length: 32:23 (Stereo)
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この《運命》は、46歳のショルティがジョン・カルショウのプロデュースでセッションを組んだ1曲で、ワーグナーの《ラインの黄金》と平行して録音されたものである。これはショルティの強い要望で実現したもので、この時ショルティはベートーヴェン交響曲全曲のレコーディングに意欲を燃やしていたという。

「ミュンヘン以外ではショルティはほとんど無名で、そこでの治世もあまり幸福とは言えなかった時期から、まだ10年とたっていない。ところが今の彼は、急速に世界に知られ初めていた。彼を前へ前へと駆り立てていたのは、ハンガリー出国以後に無駄にした歳月への後悔である。だから、ウィーン・フィルとのベートーヴェンの交響曲を録音出来るチャンスは、《ラインの黄金》への期待よりも強く、彼を惹きつけたのだ。」ジョン・カルショー著 『レコードはまっすぐに』より、山崎浩太郎訳、学習研究社、2005年)


sv0012f.jpgしかし、カルショウは同意しなかった。ショルティがベートーヴェンの交響曲を録音するのは時期尚早で、ベートーヴェンは、すでにトスカニーニ、フルトヴェングラー、ワルターといった巨匠たちの名盤が存在し、英デッカでもエーリッヒ・クライバーがコンセルトヘボウ管を指揮した《運命》のLPが熱狂的に迎えれていたことから、ショルティの出る幕はなかったという。


カルショウの妥協案として、まず《英雄》《運命》《第7》を録音し、これが成功しなければ全曲録音はあきらめることで落着。結局、これらの録音はよい評判を得ることが出来ず、ショルティが全集を制作する機会は1970年代にシコガ交響楽団と録音するまで待たねばならなかった。

sv0012e.jpg筆者がこのウィーンフィルとの《運命》をはじめて聴いた時、つよい衝撃を受けた記憶がある。これほど挑戦的なスタイルで押し切った演奏も珍しく、強固な意志で老舗の楽団に挑みかかる指揮者の闘争心がスリリングな興奮を呼んでいる。激しい気魄でオーケストラを駆り立るドライヴ感も無類のもので、いつもなら拍をずらせ、まったりと寝ぼけた音を発する老舗の楽団が、この時ばかりは牙をむいて吠えかかっていくのがすごい!

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同じウィーンフィルを指揮したクライバーやラトルも計測上はショルティと互角以上の速度で渡り合っているが、これらはオーケストラの響きがシェイプされて聴こえるのに対し、ショルティの演奏はウィーンフィル特有の重みのあるサウンドがズシリと伝わってくる。歯ごたえのある音で、スコアが見えるように聴こえるところは耳の快感を誘い、オーディオ・マニアにとっても垂涎の録音といえる。

ConductorDateSource1st mov.2nd mov.3rd mov.4th mov.Total
Karajan1948TOCE99297:2410:444:588:4631:52
Solti1958UCCD37667:2811:095:078:3932:23
C.Kleiber1974UCCG20017:229:595:088:51*31:01
Solti1990POCL51517:289:445:119:15*31:28
Rattle2000TOCE553317:219:044:508:30*29:45
Rattle2002TOCE558827:249:074:478:42*30:00
Thielemann2010UNITEL7:1910:375:358:16*31:41

「ショルティ指揮ウィーンフィルのベートーヴェン《第5》は凄いほどの活力と熱気にみちた演奏。第1楽章など比較的はやめのテンポでたたみ込むように運んでいる。現在のショルティとは異なる肩怒らせた筋肉質の演奏だが、深みはないとしても痛快と感じられる。第2楽章もかなり意識的にコントロールされている。やはり個性の濃厚な演奏というべきだろう。」 小石忠男氏による月評より、K15C8053、『レコード芸術』通巻362号、音楽之友社、1980年)


「これもカルショウの仕事である。《第5》の第1楽章では曲とオーケストラの両者に捨身で対決したような緊張感が、実に凄絶ともいえる迫力を生み出している。アンサンブルはあらあらしいが、それが独自の効果をあたえることを計算した結果であろう。第1楽章のコントロールの強い、それでいて大きな起伏をもった演奏も、ショルティらしいが、終曲の堂々とした力感は第1楽章とともにショルティの意図を明快に表出して余すところがない。ショルティという指揮者を理解するために一度はきいてほしい演奏である。」 (小石忠男氏による月評より、F28L28041、『レコード芸術』通巻446号、音楽之友社、1987年)



 第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0012b.jpg冒頭の噛みつくような鋭角的なアインザッツは、まるでオーケストラと指揮者がケンカ腰である。にらみ合った両者の怒りが頂点に達したところで音が出たという感じで、これがとてつもない緊迫感を生んでいる。「それみろ、やれば出来るじゃないか!」といわんばかりに強引に押し切る指揮者の豪腕に、老舗の楽隊の面々が「なにくそ」と必死になって喰らいつく。

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「ザリザリ」と凄まじい音をたてる低音弦、「ぐい」と弾ききる運弓は、「こんな若造にナメられてたまるか」と言わんばかりに奏者の怒りすら伝わってくる。8分休符に俊敏に反応して即座に2度目の運命動機を叩き込むところもスリル満点で、フェルマータの2回目をスコアに即して計測したようにプラス1拍でカウントするのもショルティらしい。

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「彼らは、和音は正確に揃わないほうが“温かい”と考えていた。それがとくに顕著に表れたのは、私が出だしの和音を完全に揃えて演奏するように要求したときだ。私に言わせれば、それは“みっともない”ことでしかない。長いあいだウィーン・フィルは、私にたいして“俺たちのほうが上だ”的な態度をとりつづけた。ウィーンを離れるときはいつもほっとしたものだ。」 ( ゲオルク・ショルティ著 『ショルティ自伝』より抜粋、木村博江訳、草思社、1998年)


3連音動機を歌い継ぐ緊密な弦のリレーは名人芸といえるが、鋭角的なスフォルツァンドを打ち込みながら、ぐいぐい急き立てるように駆け上がる力動感も比類がない。第2主題を告げる張りるあるホルンも活力に充ちている。

sv0012c.jpg木管がまろやかに歌い回す第2主題(67小節)はウィーンフィルならではの馥郁たる味わいに魅せられてしまう。大きな流れとゆたかなサウンドでコデッタにのぼり詰める場面はスケール感があり、パリパリと明快に鳴るホルンが耳の快感を誘っている。きっぱりと打ち込む終止打撃もパンチが効いて痛快である。

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強烈なホルンの雄叫びから一気呵成に突入する展開部は、デッカ・サウンドのご馳走が満載だ。ヴィオラとチェロの対声部がもりもりと浮かび上がる音場は抜群のステレオ感で、骨と皮だけの古楽系のモノ・トーンに比べると、果肉をたっぷり含んだ弦がひた走るところは、ジューシーな味わいがある。

和音の豪打で突入する再現部も堅固なリズムは一分の隙もなく、獅子吼するホルンもすさまじい。指揮者に逆らうように嫋々と奏でるオーボエの小カデンツァはウィーンの美学に酔わせてくれるが、すかさず、切り込むように第1主題が走り出し、一気呵成に突進するコーダは途轍もない緊張感が張り巡らされている。歯切れよく打ち込むティンパニの連打も「マジャールの闘士ここに在り!」といわんばかりの気魄に充ち、まるで猛獣を仕留めたような達成感が漲っている。


 第2楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0012d.jpg瞑想的な第1主題は、筋肉が付きすぎている嫌いはあるが、たっぷりとした弦のサウンドが心地よく、哀調を帯びた木管の受け応えもウィーンフィルらしいやわらかに明滅するハーモニーが魅力的だ。第2主題の全合奏に入る手前で、低音弦に「ズンッ!」と力瘤を入れるところや、ブラスがどぎつい音で放歌高吟する場面は鮮烈といえる。

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聴きどころは第1変奏(50小節)。弦が16分音符で揺れながら、その上を肉感のあるクラリネットの持続音がまったりと浮かびあがる音場に酔ってしまいそうになる。第2変奏(98小節)は32分音符で波打つヴィオラとチェロの力を抜いた歌い口から、高貴ともいえる憂いが匂い立つ。

圧巻は、この32分音符の分散和音系のメロディーをチェロ・バスが「ザリザリ」と大きく弾き回す114小節で、弓が弦をこする生々しい触感が快感となって迫ってくる。木管の鄙びた味わいも魅力的で、第3変奏の主題再現(185小節)をオクターヴで奏するシルキーなヴァイオリンや、コーダのうらぶれたファゴットの妙味にも耳をそば立てたい。


 第3楽章 アレグロ(スケルツォ)
sv0012g.jpg3拍子のスケルツォは張りのあるホルンにのって、骨格のガッチリした、マッシヴなオーケストラ・サウンドが展開する。明確なリズム打ちにのって、きびきびと進行する音楽は、鬼軍曹が軍隊をシゴくさまを想起させるが、高弦の小刻みの走句と対をなす低音弦のどっぷりとした重みのある節回しによって、音楽が大きくゆたかに流れている。

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トリオは低音弦が躍動感たっぷりと進行する。コントラバスとチェロが弦を削るように激しい音を立て、ヴィオラが弦を噛むように突っ込む迫力のある音場は“デッカ・マジック”に他ならない。痒いところに手が届くような録音の生々しさは比類がなく、ぴしりと整ったリズム感覚にエネルギッシュな力動感がくわわって、パンチの効いたフーガを形成している。フィナーレに向かって、コツコツと刻む精密なリズム打ちも気持ちよく、テンポがぴたりと決まっている。
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 第4楽章 アレグロ
sv0012h.jpgエネルギーをため込んで、強烈な金管を放射するフィナーレは解放感に溢れんばかり。喨々と吹き鳴らすホルンをはじめ、41小節のトロンボーンのロングトーンと低音弦の対声部をやたら強調しているところは録音のあざとさすら感じさせるが、ショルティの鞭が入るのは第2主題(44小節)からで、速いテンポで畳みかけるように展開部に突入するところは音楽がすこぶる健康的である。


展開部もショルティの快速調に揺るぎはない。トロンボーンの痛烈な一撃(112小節)とともに軍隊調の様相を帯びてくるのがユニークで、「運命モチーフ」のリズム打ちは苛烈を極め、オーケストラを力ずくでドライヴしようとする指揮者の気魄が漲っている。その頂点(142小節)で弦がバリバリと弾きとばし、金管が解放的に吹き鳴らされるところは勝ち鬨を上げたかのようである。

コーダ294小節)は第2主題が快調なテンポで走り出す。鋭角的な和音の連続パンチをぶちかますところは剛腕ショルティの面目躍如といえるが、勝利をほのめかすファゴットの〈結尾主題〉が飛び出すと、拍を切り刻むように俊敏にピウ・アレグロとプレストへ突入し、強烈な金管をぶち抜く力ワザには驚くほかはない。剛腕ショルティの格闘技のような演奏をたっぷり楽しめる一枚だ。


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[ 2014/05/28 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)