ヒラリー・ハーンのチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲

sv0029h.jpg
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)
ワシーリ・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプールフィル
Recording: 2008.11 Philharmonic Hall,Liverpool
Producer: Andreas K.Meyer
Recording Engineer: Richard King, Andrew Halifax
Length: 36:26 (Digital)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このCDは2010年5月のハーン来日公演にあわせて発売されたもので、サロネン指揮スウェーデン放送響の公演(5月29日兵庫県立芸術文化センター)で筆者はハーンの生演奏を聴くことが出来た。CDは指揮者とオーケストラは異なるが、実演と寸分違わぬスタイルによるハーンの質の高い演奏を堪能させてくれる。

sv0029g.jpgすでに三十路を越えてオトナの雰囲気を漂わせたヒラリー・ハーン(1979年生まれ、ボルティモア出身)は、これ見よがしな派手な技巧や「これぞロシア」といった濃厚なフレージングとは一線を画し、まるで一篇の叙事詩のように、自然体で作品を清冽に物語ってゆくところがこの盤の最大の聴きどころ。

ハーンは「文学作品の登場人物のように、多感であると同時に思慮深く、激しいと同時に傷つきやすく、ロマンティックでありながらその物腰は古風な人物」と作品のイメージを語る。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「濃厚なロマンや情熱を求める聴きてには、怜悧に抑制がききすぎているかもしれないが、清澄な響きで明敏に彫りなされた表現はいかにも新鮮で、品格美しい。自分が読み取った表現をいかにもしなやかに繊細に歌った演奏は、この協奏曲にこれまでになくデリケートな冴えた陰影をもたらしている。チャイコフスキー臭を巧みに消し去って、その音楽の美しさをこのように美しく彫琢し、たおやかに明らかにした演奏も稀であり、ハーンならではのすぐれてユニークな名演というべきだろう。」 歌崎和彦氏による月評より、UCCG1500、『レコード芸術』通巻第718号、音楽之友社、2010年)



第1楽章 アレグロ・モデラート ニ長調
sv0029a.jpgこの曲のキモはメランコリックな第2主題(69小節)で、ハーンの繊細かつキメ細やかなフレージングが印象的だ。「これぞロシア」といった脂っこい歌い口とは異なり、クールなリリシズムを湛えて清冽に歌い込んでゆくのがハーンのスタイル。

ギスギスしたところのない滑らかなフレージングが耳に心地よく、決めどころの高音の冴えたリテヌートやG線をたっぷり響かせた絶妙のルバートもハーンの“必殺ワザ”といえる。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0122e.jpg

ハーンの小悪魔的な技巧を存分に見せてくれるのがピウ・モッソのコデッタ(107小節)。快速に弾きとばす小刻みの走句、ブリッジ部(111小節)の大きなリタルダンド、連続トリル(119小節)の切れ味のするどさなど、1864年製の名刀ヴィヨーム(J.B.Vuillaume)の冴えた響きが特筆されよう。

sv0029b.jpg大な聴きどころはモルト・ソステヌート(162小節)の第1主題変奏と、技巧的なカデンツァ(2111小節後)。緻密に彫琢しながらも瑞々しさを失わず、ヴィルトゥオーゾ的な難技巧のパッセージを当たり前のように弾いてしまうところはまさにクール・ビューティ。

ヤクザな崩しを入れたひと昔の大家とは趣を異にしたダブルストッピングなど、まるでバッハの音楽のような厳粛な気分を漂わせているのがハーン流。フレージングの入念な取り回しと品格の高さがあますところなく示されている。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

全曲の白眉はニ長調で歌う再現部の第2主題で、繰り返しの16音符(259小節)をリテヌートし、オクターヴあがった頂点ですすり泣くように繊細な美音を聴かせるあたりはロマンティシズムの極地といえる。コーダのオーケストラとの掛け合いは迫力の点では物足りなさがあるが、ほどよいテンポで節度のある終止を決めている。



第2楽章 カンツォネッタ(小さな歌) アンダンテ ト長調
sv0122c.jpg聴きどころは中間部で歌われる憧憬をたたえた第2主題(40小節)。ここではハーンがやわらかなヴィブラートをかけて甘い香りをまき散らす。柔らかな肉の付いた色気のある音色がたまらない。

スタイルはあくまで端正で、スラヴの音楽があたかもブルッフの協奏曲のように、ロマンティックなバラードに聴こえてくるではないか。木管のオブリガードを生々しく捉えた録音も秀逸である。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0122f.jpg


第3楽章 フィナーレ アレグロ・ヴィヴァーチシモ ニ長調
sv0122a.jpgここでハーンはトレパークの第1主題を3度反復する部分について、レオポルド・アウアーのカットが習慣化していた69~80小節、259~270節、476~487小節を復活し、オリジナルの楽譜のどおりに演奏する。これが冗長さをまったく感じさせない、こなれたものになっているのが驚きだ。

「オリジナル版の方がより長いドラマティックな流れがあたえられ、バランスのとれた生命力が感じられるのです」とハーンは語る。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0122b.jpg大きな聴きどころはポコ・メノ・モッソの第2主題(145小節)。ここではジプシー調の旋律にこってりとねばりを入れ、緩急自在にルバートをかけて濃厚な味わいを醸し出す。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

一転して農民舞曲(テンポ・プリモ)では速いテンポで弾き飛ばし、歯切れの良い和音を打ち込むところや、スタッカートの3連音から16音符で第1主題へ駆け込むポコ・ア・ポコ・ストリンジェンド(450節)の洗練された弓さばきは「こんなものは屁の河童!」と言わんばかり。

アウアー門下の老大家たちにこれを聴かせたら「こんな小娘にしてやられるとは・・・」と地団駄踏んで悔しがるに相違ない。
sv0122g.jpg

sv0122d.jpgモルト・モノ・メッソの第3主題(196小節)も聴きのがせない。哀愁を帯びた名旋律をハーンは大きくルバートをかけ、艶をのせて連綿と歌い込んでゆくところが感動的だ(ここでもオイストラフが省略する423~430小節を演奏)。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

オーケストラとダブルストッピングで対峙するコーダ(566小節)の掛け合いはハーンのシャープなフレージングが痛快で、鋭利な刃が「スッ」と軽やかに舞う研ぎ澄まされたフィニッシュは洗練の極みといえる。
名曲をスタイリッシュな弓さばきで仕上げたユニークな一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村

このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2018/09/15 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)