コラム マスダ名曲堂の思い出

sv0124a.jpg「マスダ名曲堂」といえば、関西では知る人ぞ知る名物レコード店。年輩のクラシック音楽ファンであれば一度はその名を耳にしたことがあるはずだ。筆者は常連客だったわけではなく学生の時に1度訪れたにすぎないが、その時のささやかな思い出を綴ってみたい。

マスダ名曲堂は戦前より国鉄三宮駅の北口前で経営していたレコード店の老舗で、店主の増田豊太郎氏(1910~1982)は“神戸にこの人ありき、この道50年”として雑誌に紹介されたこともある名物オヤジだ。

増田氏は若い頃には絵画を志し、神戸の月見山の松林を描いた《松の森》で昭和13年(1938)、28歳のときに第2回文部省美術展にも入選を果たした経歴があり、日曜画家としてなかなかの腕前だったらしい。

sv0124e.jpg「神戸に名物オヤジのいる“おもろい”レコード屋があるらしいで」と友人に聞き、雑誌などでもこのお店のことが紹介されていたから、レコードを本格的に聴き始めた当時の筆者には興味津々だった。

なにしろ、かなりの“カタブツ”で、「パースペクティヴな」といったようなカタカナをならべ、一ぱしの知識を自慢げにひけらかすような輩には「あんたなんかに売るようなレコードは置いとらんで、もっと勉強しといで。」とお客に門前払いを喰らわせるという。
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もし廃盤になったレコードがほしくなったら、神戸三の宮駅近くにある、マスダ名曲堂というお店に走る。ここの主人は大変な奇人で、人を人とも思わぬ面白いところがあった。会社から廃盤通知書がきても、価値ありとにらんだレコードは絶対に返品しないのである。そして温めていたレコードを、本当に値打ちのわかる客のために役立てる。小生はいちどこの主人から、大喝を喰らわされたことがある。往年のソプラノ、ガリ=クルチの廃盤になったレコードが、この店にあるという情報をキャッチして買いに行ったところ、「お前みたいな小僧にガリ=クルチの大芸術がわかってたまるか!」と、テコでも売ってくれそうないもない。若い小生は必死になってガリ=クルチを賛美し、しまいにはカルーソからゼンブリッヒまで、手持ちの知識を総動員してかき口説いて、ようやく売ってもらったときはうれしかった。出谷啓著『レコードの上手な買い方』より、ON BOOKS、音楽之友社、1977年)



sv0124f.jpgあるとき、「どんなとこか、いっぺん、行ってみいへんか」と友人に誘われてマスダ名曲堂に行ってみることになった。この店は国鉄(現JR)と隣り合わせに高架を走る阪急電車からよく見えていたので、おおよそ場所の見当はついていた。

住所でいえば葺合区琴緒町5丁目。葺合区はその後、生田川以西の生田区と合併して現在は中央区になっている。阪急三宮駅の北側を高架沿いに東に向かって歩いていくと、ほどなくレコード会社の看板のある小さなお店が目についた。
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sv0124g.jpgさぞかし、“カタブツ”のおっかないオヤジだろうと想像し、大して音楽の知識もない若造など〈まともに相手にしてもらえるのだろうか〉〈下手なことをしゃべると怒られてしまうのではないだろうか〉と想像しながら、おそるおそる店の戸を開いて入ってみた。

店は間口二間くらいの狭い場所の奥の方に、わずかなレコードが並べてあるだけという一般のレコード店とはおよそ似ても似つかぬ様子で、店内にはカウンターがあり、そこに小柄な店主がちょこんと一人で座っていた。
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sv0124h.jpgはじめ、どのようなやりとりをしたのか記憶にないが、いつの間にか、あれこれとレコード談義に花が咲いた事を覚えている。マスダ氏は筆者のような学生は孫のように思えたのだろうか、自分と同じ趣味をもつ若者と話をするのが好きだったようで、終始ニコニコして愛想よく話をしてくれた。

マスダ氏は決して自分の価値観を押しつけたりはせず、聞き上手というか、何でも話したくなるような不思議な魅力のある人物で、想像していたような偏屈で気難しいオヤジのイメージとはまったく違っていた。
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sv0124i.jpgロンドン(キング)ならば「SLA」と「SLC」、グラモフォン(ポリドール)なら「MG」、エンジェル(東芝EMI)なら「EAA」「EAB」「EAC」というように、筆者はレコード各社のカタログをそれこそ穴があくほどながめていた日頃の“勉強”の甲斐あって、アルファベットの記号ばかりか、それにつづく数字まで知っていたほど、主だったレコードの番号を諳んじていたので、ずいぶんと話が弾んだようだ。

それをマスダ氏は目を細めて「よお知っとんなあ~」と半ば呆れたように感心し、誉めてもらったことがとても嬉しかった。
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道楽でレコード店を始めたというが、何よりも同好の志のために尽くすのを、最大の喜びとしている増田さん。お客さんにもそうした増田さんに答えるように、関西一円から集まってくる。「レコードを買うんだったらマスダの所へ行こうといってくださるんでっせ」とうれしそうに語る増田氏。ここは常連の客が多い。大学教授、医師。高年齢で社会的地位のある方が多いという。「若い人も来るが、優秀な人ばかり・・・・」口こみで来店する人も少なくない。『レコード芸術』通巻第370号より、音楽之友社、1981年



sv0124b.jpg店舗では一般の店のように商品のレコードを並べているのではなく、小さなカウンターにカード(目録)が置いてあり、白い厚紙のカードには曲名と演奏者などが細かい字で丁寧に書き込まれていた。

お客はそのカードから目的の商品を選んで店主にいうと、店主が目的のレコードを素早く出してくれる、というシステムだった。

このとき「こらあ、ええ演奏やで」と太鼓判を押してくれたり、店主が気に入らぬレコードであれば「そんなしょうもないもん、買うのはやめとき」とアドヴァイスしてくれることもあるという。

客は増田さんが細かい字で書いた目録を見て、相談して、レコードを氏に取り出してもらう。手作りの目録の精巧さにはびっくりする。国内盤中心。「輸入盤はクレームがつくと責任もてへんから扱わない」。お客さんをいかにして喜ばすか心くばりをしている。店の中のレコードは一枚一枚チェックして合格したものだけを置いている。わざわざ遠くから買いに来てくれるお客さんのための心くばりである。“お客さんの希望をかなえることは愛情であり、自分がかわいければ、同じ趣味の人も大切。人の長所をほめろ、趣味で結ばれた友人は一生の友”という増田さんの哲学である。『レコード芸術』通巻第370号より、同上)


sv0124j.jpg筆者はせっかく来たこともあり、何も買わずに帰るのも気がひけたので、従来から目を付けていた千円の廉価盤を1枚買うことにした。

当時、廉価盤といえば千三百円が一般的だったので、マスダ氏は「これ、安いからお買い得やな」などといいながら、真剣な目つきで盤面を検盤し、レコードを丁寧に包装してくれた。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0124m.jpg普通なら商品をいったんビニール袋に入れてから店の紙袋に入れるのだが、ここではレコードを1枚の薄茶色の包装紙に手慣れた手つきで包み込み、最後にお店のゴム印を押して商品を手渡してくれる。

まるで嫁入り先の決まった商品に愛情を込めるかのように包装するマスダ氏の丁寧なレコードの扱い方に人間的な温かみを感じたのを今でも覚えている。
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10000枚近い在庫。置いてあるのはすべてクラシック。ベートーヴェン、オペラ、バッハの宗教曲がよく売れる。増田氏を慕って来る客の中には、地方に転勤してもなおかつ、手紙でレコードを注文してくれる人もいる。「他の店で買うのは気がひけるんかね」と、一枚のレコードでもマスダ名曲堂で買うお客さんがいる限り店を続けるという増田さん。息子さんは独立してこのレコード店も一代限りという。「こんな楽しい仕事はあらへんよ、生きがいですよ。クラシックの客はうるさいからな、でも味があって楽しいでっせ。お客さんが喜んで帰って、あとで、あのレコードよかった・・・・って喜ばれるとやめられしませんよ。」店主とユーザを超え、レコードで結びついている真の交流があった。『レコード芸術』通巻第370号より、同上)


sv0124l.jpgその後神戸から足が遠のいてしまったこともあり、再度訪れる機会を持てぬまま何年か経ち、マスダ氏の訃報を知ったのは「レコード芸術」誌においてであった。お店を継ぐものはおらず、マスダ氏一代限りで閉店となった。

おりしも世の中はレコードからCDへ移り変わろうとしていた時期で、カラヤンより少し後の生まれのマスダ氏は、カラヤンよりも7年早く逝ってしまったことになる。

「モーツァルトのレクイエム、これ大好きな曲や。せやけど、カラヤンのはえらい派手やなあ~」と溜息まじりで語ってくれたのを覚えている。「こんなん聞いたら、あの世へ行っても落ち着いて眠とられへん」と言いたげなマスダさんの目が印象的だった。

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マスダ語録
「そらベートーべンが一番や。あんな天才は後にも先にも出て来いへん。」
「マーラー聞けるんは、LPのおかげや。長い曲やけど面白いやろ。」
「ブルックナーはキィキィ言うてやかましい。若い人にはよう売れるんやが。」
「リヒャルト・シュトラウス、大きい音して面白いやろ。私ら、かなわんけど。」
「ディーリアスはやさしいワ。変わり者ンやったらしいけど。」

「ベーム買うといたら間違いないで。この人はハタッリ無いからな。」
「アンセルメはええやろ。リズム感が違うからな。第一に顔がええわナ。」
「ヴァルヒャーは音の向う側まで見透してオルガン弾いてるで。」
「四季はイ・ムジチやろ。アーヨの方がミケルッチよりもいいンやね。」
「ホロヴィッツは一音ずつが綺麗や。トスカニーニの娘と結婚して神経衰弱や。」
「ケルテスは惜しいことしてしもた、海で泳がなんだら死なんかったのに。」
「ベートーベン聞くのに何でショルティや。おまけにシカゴやで。やめとき。」
「そやけどショルティ、売れるから不思議やワ。聞いてみたら良かったけどナ。」
「アバドみたいなかけ出しの青二才、聞いても仕方ないで。」

「この頃のレコード会社はメチャクチャや。番号すぐ変える。売れなんだらすぐ廃盤、突然の安売り。
 お客さん放ったらかしや。」
「院展に入選してその侭画かきになろかと思たけど、画ではメシ食えんから。
 まあ、レコード屋も今ではメシ食えんけど。」

(以上の「マスダ語録」は、『レコード芸術』誌(1982年)の「読者投書箱」より、津川享氏による「マスダ名曲堂の御主人逝く」の中からその一部を引用させていただいた)

sv0124d.jpgあれから41年経った現在、街のレコード屋はどこもかしこも黄地に赤い横文字の大手ショップ一色となり、大月楽器、ワルツ堂、ダイガなど筆者がよく通ったレコード店はことごとく姿を消してしまった。

巨匠不在といわれる現在、手間暇かけたセッション録音による新譜は激減した。その一方で、“音の良い”昔のアナログ録音の名盤を各社競って安価で再発売を繰り返し、音楽を大量に消費する時代になった。

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特価のCDをまとめて買い物カゴに入れ、財布からポイント・カードを取り出してレジのカウンターに並ぶとき、どこか後ろめたい気持ちになるのはマスダ氏のことが筆者の頭をよぎるからだろうか。「そんなようけ買うても、なんべんも味おうて聴けへんのやったら、ただのゴミや。」というマスダ氏の声が聞こえてきそうだ。


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[ 2018/10/20 ] コラム | TB(-) | CM(-)