ショルティ=ウィーンフィルのショスタコーヴィチ/交響曲第9番

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ショスタコーヴィチ/交響曲第9番変ホ長調 作品70
ゲオルク・ショルティ指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording:1990.5.5/6 Musikverein, Grosser Saal,Wien
Producer: Christopher Raeburn (DECCA)
Engineer: John Pellowe
Length: 23:10 (Digital Live)
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このCDは、ショルティがシカゴ交響楽団を勇退する少し前の1990年5月にウィーンフィルの定期演奏会を指揮したライヴ録音。2日間にわたってクレジットされているのは、6日(日曜)の定期演奏会と前日のゲネラル・プローベの2つのテイクから取られたものと思われる。6日の録音がFM放送でオンエアされているので、これを聴いた人もいるだろう。

sv0128a.jpgショルティがショスタコに取り組んだのは80歳近くになってからで、〈第9番〉はすでにシカゴ響との定期演奏会でも取りあげられ、第8番(タコはち)に続く2作目にあたる。

ショルティによれば、この曲の“ロシア的”なところが気に入ったというが、ここではウィーンフィルを仮借のない統率力によって支配した“豪腕ぶり”をいかんなく発揮。


軍隊行進調の殺気だった第1楽章、怜悧に引き締めて歌い上げる第2楽章、猛スピードで突進する第3楽章など、速球勝負で老舗の楽団を牛耳るところが痛快である。

フィナーレでは手綱を引き締めてテンポをまもり、明快なアーティキュレーションによってユーモアと皮肉混じりの軽妙な曲を一分の隙もない骨張った一大シンフォニーに仕上げている。同じウィーンフィルを振った バーンスタイン盤と聴き比べるのも一興だろう。

Conductor Recording dateLevel Total
Bernstein1985.10DG5:219:193:253:155:4927:09
Solti1990.5Decca5:155:492:432:42 4:4123:10

「このコンサートをFMで解説した折も、“剛腕ショルティ健在なり”と驚かされたものだ。レコードに関する限りは、変化球を混じえながら打たせて取るピッチングを採り入れるようになったかに見えるショルティが、少なくともこのライヴでは、久しぶりに、ストレートだけで三振を奪う本来の速球派に戻ったかのようだ。“マジャールの闘士”に蘇った、精悍なショルティの姿がある。」 金子建志氏による「ライナー・ノート」より、POCL5151、ポリドール、1991年)



第1楽章 アレグロ
sv0074a.jpg弱拍をテヌート気味に仕掛けるチャーミングなバーンスタインとは対照的に、鋭角的なアウフタクトで音符のつぶを緊密に揃えて突進するのがショルティ流。

弦を急迫的に追い込む俊敏なリズム感覚や、小太鼓をドカドカ叩き込んで第2主題を宣言するトロンボーンの豪快な一撃も個性的で、ジンタ風の戯けた木管のメロディーが生真面目に足並み揃えた軍隊行進曲になってしまうのがユニークだ(提示部はリピート)。
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sv0074h.jpgリズムをぴしゃりと整えてダイナミックに躍動する展開部(87小節)は「ザリザリ」と削る低音弦、軋みを立てる木管、つんざくようなトランペットが聴き手の耳を刺激する。

作曲者お気に入りの〈ウィリアム=テル〉風の弦の刻みや、ポルカ〈オイラ〉を獅子吼するホルンもすさまじく、猛獣使いが楽団をムチ打っている感がある。
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クラリネットのトリル(練習番号24)をいれて興じるバーンスタインに対し、ショルティは慌ただしく駆り立てて奏者に遊ぶ隙をあたえない。トランペットのファンファーレを強調し、「ぴしゃり」と締めるフィナーレも鮮烈の極みである。


第2楽章 モデラート-アダージョ
sv0074b.jpg深い呼吸で夜のしじまを抒情的に描き出すアダージョ風のバーンスタインに対し、ショルティは速いテンポで余情を削ぎ落とし、木管の重奏を強音によって急き立てる。

半音階で進行する中間部の第2主題は肉感のある弦をもりもりと押し込んで、引きずりまわすように頂点に持ってゆくところはショルティの面目が躍如している。

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第2主題は亡霊のワルツのごとく妖艶なフレージングで異教徒的な雰囲気を演出。淡泊なピッツィカートで怜悧に締めるところなど、バーンスタインとの相違に驚いてしまう。

「第2楽章のテンポの場合は、技術的に“弾ける、弾けない”云々ではなく、コンセプトそのものが問題。ほとんどの指揮者は、この楽章を緩除楽章的に解釈し、バーンスタインほどではないにせよ、アダージョ風な言い回しに近づける。しかしショルティは、モデラートという指定だけでなく、恐らく簡素な薄い伴奏部を根拠にしてのことだろう、粘り気の全くない“乾いた響き“として表現するのだ。」 金子建志氏による「ライナー・ノート」より、、POCL5151、ポリドール、1991年)



第3楽章 プレスト
sv0074c.jpgスケルツォは直球勝負で押しきる豪腕ショルティの独壇場。血気盛んな壮年期を彷彿とさせる本格派ストレートで勝負するさまは、スローカーブで討ち取るバーンスタインとはおよそ対照的だ。

楽員も「負けてたまるか」とショルティの棒に喰らいつき、精密な弦のスピッカートや、半音階で軋むような音を立てて波打つ木管のクロマティックな楽句の超絶技に腰を抜かしてしまう。  amazon

sv0074e.jpgティンパニとブラスが強烈なリズムを叩き込んで乱入する中間部(練習番号57)もすさまじい。鋭角的な弦のオスティナート・リズムにのったトランペットが狂躁的な行軍メロディーを吹奏する場面は、腕っ扱きの奏者たちが究極のパフォーマンスを繰り広げる。

瞬間湯沸かし器のように楽譜に反応する主題再現のリズム打ちも切れば血の出る鮮やかさで、オーケストラの名人芸を心ゆくまで堪能させてくれる。急速に解体して力を弱めるコーダの手綱さばきの見事さも特筆されよう。
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「第3楽章の速さは尋常ではない。ショルティは天下のウィーン・フィルの弦を、崩壊ぎりぎりの極限までに追い込む。これを“強制された笑い”と取ることも可能だろうが、ここでショルティは演奏至難なトップ・ギアを承知の上で、それを具現したのだ。これは完璧なアンサンブルとして貫徹するには、弦楽四重奏でないと無理な“オケの臨界線を超えた”テンポ設定なのだ。そしてそれは、作曲者自身がピアノを鮮やかに弾いて見せる、あのコマ鼠のような無窮動の世界に結びつくのである。」 金子建志氏による「ライナーノート」より要約、POCL5151、ポリドール、1991年)



第4楽章 ラルゴ
威圧的なブラスの強奏は悪魔的だ。ファゴットの悲痛なモノローグとの対比をメリハリ感のある音響効果で鮮明に焼き付けているのが楽譜を見るに敏なショルティらしい。そこにはじめついた陰鬱さや哀しみは微塵もなく、哀歌をクールに歌い込むことで自虐的な悲劇を炙り出しているかのようだ。


第5楽章 アレグレット-アレグロ
sv0074f.jpgファゴットがやにわ諧謔的なメロディーを口ずさむと終楽章だ。このペーソスと諧謔を交えたユーモラスなバレースク(道化曲)は、じつはユダヤの民族旋律のパロディとされる。

「弔辞を読み上げていた情熱的な弁士が、急にいたずらっぽく目くばせして、笑みをさそう喜劇俳優に変身する」(ネスチエフ)、「悩めるハムレットが気がつくと吉本新喜劇の舞台に立っている」(木幡一誠氏)。  amazon

sv0074g.jpgここではユダヤ系ハンガリー人のショルティが、見え透いたユーモアを殊更装うことなく、楽譜に忠実に、生真面目に演奏することで自ずと滑稽さが浮かび上がってくる。

吉本新喜劇でいうと、浜裕次(チャーリー浜)のような、平凡なサラリーマン風のオッサンが登場して、真面目顔で「ごめんくさい」とギャグをとばす、あのノリだ。
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「くにゃくにゃ」とした第2主題部(練習番号72)は、オーボエがチャルメラのような寝ぼけた音でユーモア感を色濃く味付けする。これは吉本新喜劇でいうと、帯谷(おびたに)孝史の登場にほかならない。“帯谷の鼻”がポットに見立てられ、ポットを帯谷と間違えて挨拶する、という曲の持つキャラクターで笑いを取っている。 
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sv0074o.jpg展開部(練習番号81)は低音弦の第1主題が次第に力を蓄えて増幅し、その頂点で大爆発するのが最大の聴きどころ。パンチの効いたダイナミックな行進曲は圧巻で、ピッコロが副主題を「きしきし」と絶叫して、トランペットの打ち込みを完全に封じ込めてしまうところに鳥肌が立ってくる。

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コーダ(練習番号97)は、弦と木管が交互に斉奏して《オケコン》的なヴィルトゥオジティの“極限”を追求する。4分の3拍子が交錯する走句を、息もつかせぬ速ワザで仕掛けるメカニックな合奏は一分の隙もなく、一陣の突風のように駆け抜ける終止に聴き手は呆然とするしかない。

老舗の楽団から余情と余興を削ぎ落とし、小細工なしの直球勝負で討ち取ったユニークな一枚だ。


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[ 2018/12/15 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)