小澤征爾=ボストン響の幻想交響曲

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ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
小澤征爾 指揮
ボストン交響楽団
Recording: 1973.2.9 Symphony Hall, Boston (DG)
Recording Producer: Thomas Morley
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 46:53 (Stereo)
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筆者が小澤征爾指揮のボストン交響楽団をはじめて聴いたのは1978年の公演で、同楽団の来日は1960年ミュンシュ指揮以来のことだった。

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小澤征爾は、この時42歳。メジャー・オーケストラの音楽監督として押しも押されぬスター指揮者となり、このコンビのいわばお披露目公演でもあった。この時の演目が《幻想交響曲》(3月7日大阪フェスティバルホール)だったのが懐かしい思い出である。

sv0013s.jpg学生時代に、音楽好きの友人たちと指揮の真似をやったのが決まって小澤征爾だった。“長髪”と“白のタートルにネックレス”というのが、当時の小澤の定番スタイルで、颯爽とした若武者のイメージが印象的だった。

小澤のヘアスタイルが“聖子ちゃんカット”に変わったのは、80年代にフィリップスに録音したマーラー交響曲や、サイトウキネン・オーケストラを振りはじめた頃からである。

筆者が小澤征爾のレコードに手がよくのびるのは、70年代にドイツ・グラモフォンに録音された一連の演奏だ。日本人指揮者がイエロー・レーベルに登場したのも驚きであったが、1973年にBSO音楽監督就任とともに最初に録音されたのが《幻想交響曲》で、ベルリオーズの作品は、ミュンシュの衣鉢を継いだ小澤の十八番という印象がつよい。

sv0013z.jpgミュンシュがブザンソン指揮者コンクールの審査員であった縁もあって、タングルウッドに招かれて指導を受けた小澤征爾はミュンシュを敬愛し、トロント響常任就任にはミュンシュの推薦があったとも伝えられている。

ミュンシュの代名詞ともいえる《幻想交響曲》について小澤は、「あれはベルリオーズが作ったのじゃなくて、ミュンシュが自分で指揮するために作った曲じゃないかとさえ感じますね」と語っている。
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ConductorDateLevel1mov.2mov.3mov.4mov.5mov.Total
Munch (BSO)1954.11.14,15RCA13:176:0813:524:298:3946:25
Munch (BSO)1960.5.5(L)Altus13:016:0412:373:498:3944:10
Munch (BSO)1962.4.7RCA13:576:2514:594:249:1448:59
Prêtre (BSO)1969RCA13:356:2116:364:459:2950:46
Ozawa (BSO)1973.2.19DG13:026:1714:254:009:0946:53

「これは小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任して間もなく行われた初録音である。このオーケストラはミュンシュ時代にベルリオーズの演奏で定評があったが、小澤は当然のことながら、ミュンシュとは異なる自己の個性を、ここで明確に主張している。そこにはミュンシュの豪快さよりも清潔な、鋭い感覚による発想があり、音楽がすこしも粘らずにさらさらと流れている。デリケートで既成概念にとらわれない、ただ音楽的と形容したい演奏である。」 小石忠男氏による月評より、20MG0189、『レコード芸術』通巻第375号、音楽之友社、1981年)



第1楽章 「夢、情熱」 ラルゴ
sv0013h.jpg序奏部は絹地を織り上げるような弱弦の美しい響きと、たっぷり弾むピッツィカートやアクセントの効いた低音弦が魅力的で、みずみずしく駆けるスタッカートの緻密な走句、サラサラと軽やかに歌うストリングス、キメ細やかにたなびく木管のオブリガートなど、ボストン響ならではの音の妙味が満載である。

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シャッキリと打ち込まれる和音打撃で突入する主部(提示部)は、音楽がさっぱりと清々しい。〈恋人の主題〉(固定楽想)をサクサクと心地よいリズムにのせて、快適なテンポで歌い出すが、芸術家の苦悩や錯乱した狂気性には拘泥せず、リズミカルなタッチで颯爽と走り抜けるところは小澤の音楽は若々しい。

sv0013i.jpg展開部は、オーボエのメロディ(テンポ・プリモ)にのって、弦楽がカノン風に固定楽想を漸強弱しながら繰り返す精緻な音楽運びも小澤の独壇場といってよく、口をとがらせて、各セクションに細かくキュー出しを行う姿が目に浮かんでくる。

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固定楽想がマーチ風に力強く再現するクライマックスは、カラッと鳴り響く明るいボストン・サウンドは華やぎに充ちている。サラサラとした弦の伴奏にのってトランペットが放歌高吟するところは解放的だが劇性には乏しく、遅いテンポで恋人への思いのたけを濃厚にぶちまけるミュンシュに比べるとあっさりとしている。


第2楽章 「舞踏会」(ヴァルス)アレグロ・ノン・トロッポ
sv0013j.jpg小澤のワルツは折り目正しく端正である。1小節ずつ縦割りで整然と決めていくようなフレージングで、旋律よりも裏打ちのリズムの方がみずみずしく感じられるのがユニークだ。ドイツ風のワルツとなるエスプレッシーヴォの再現も、型にはめたような歌わせぶりで、弓をいっぱいに使わず、軽く弾き流すフレージングはこの楽団の伝統なのだろう。

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「ボストン響の音は、フランス音楽を中心にやっていたから、どうしても軽めで美しかったんです。ミュンシュやモントゥーの影響が大きかった。僕が音楽監督になって、3年か4年して、音が変わったんです。弦楽器を“イン・ストリングス”というドイツ的な弾き方に変えました。弓を深く入れるんです。それに抵抗していたシルヴァスタイン(コンサート・マスター)は音が汚くなるから、そういう弾き方が嫌いで抵抗が強かったけど、結局辞めていきました。」 村上春樹×小澤征爾『小澤征爾さんと、音楽について話をする』より抜粋、新潮社、2011年)



第3楽章 「野の風景」アダージョ
sv0013k.jpgコールアングレと舞台裏のオーボエが、哀愁たっぷりと遠近感をつけて呼び交わす〈牛追い歌〉と、元気よく鳥の啼く声と掛け合う生き生きとした弦のフレージングが印象的。ヴィオラとチェロが速いテンポで晴朗に歌い上げる牧歌(69小節)は、ピッツィカートのリズムにのせて、陽気に弾き回すところがいかにも小澤らしい。

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第4楽章 「断頭台への行進」アレグロ・ノン・トロッポ
小澤=BSOが究極のヴィルトゥオジティを開陳するのは「断頭台への行進」だ。音を丸めた重々しいゲシュトップとペダルトーン、ティンパニ群の不気味な連打の音響効果は抜群で、弾け飛ぶような凄まじい勢いで立ち上がるティンパニは、ミュンシュ時代からの名物奏者エヴァレット・ファースの超絶技に腰を抜かしてしまう。

sv0013l.jpg決然と突っ込む低音弦、荒々しいブラスの咆哮、低音域で「ぶりぶり」呻りを発する悪魔的なファゴットなど、生々しいボストン・サウンドが全開である。

精気溌剌と躍動する行進曲は芸術家が楽しげに刑場へ向かうかのようで、音楽は解放感に充ち溢れ、リズミックな快感を誘っている。苛烈な打楽器群が容赦なく叩き込まれる衝撃感も抜群で、ブラスの強烈な打ち込みもすさまじい。

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圧巻は第1主題が力強く再現してシンバルを連打する場面。小澤は135小節から早くも加速をかけて一気呵勢に畳み込み、付点パッセージが続くコーダを獅子奮迅の勢いで突進する。快速の手をいささかも緩めぬ棒さばきは気っぷがよく、若武者小澤の才気爆発といえる。

sv0013n.jpg“死の打撃”の場面は、「情けは無用!」とばかりに、間髪を入れずギヨタンの刃を落とす無慈悲なミュンシュに対し、恋人への思いを込めて、十分に回想してから刃を落とす大岡越前守的な小澤の采配が心憎く、劇的効果も抜群。血のしたたる生首が跳ねるさまをピッツィカートでリアルに演出するあたりも芸が細かく、スピード感溢れるエネルギッシュな演奏に快哉を叫びたくなる。

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第5楽章 「サバトの夜の夢」 ラルゲット アレグロ ロンターノ
sv0013m.jpg聴きどころは“弔いの鐘”が鳴るロンターノ(102小節)。3オクターブのユニゾンでC、C、G音を打ち込む明るいメタル音は、この楽団の伝統と思われるが(実演ではもっとキンキン鳴っていた)、テューブラ・ベルを乱暴に叩きつけるミュンシュに比べれば小澤はソフトタッチで、〈怒りの日〉をマイルドに吹くテューバとほどよく溶け合っている。

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ボストン響自慢のブラスが炸裂するのが〈魔女のロンド〉から。ロンドが弦楽全体に拡大する大フーガと、これにブラスが〈怒りの日〉を重ねるクライマックスの大総奏は、指揮者のパッションとオーケストラの瀟洒なサウンドが融合した“極彩色の饗宴”で、鮮烈な刃を叩きつけるかのように鋼のブラスが底知れぬ威力を発揮する。

sv0013t.jpg「ニヤリ」と“悪魔の笑み”を浮かべるや、“後は野となれ山となれ”で指揮棒を風車のように振り回して完全燃焼するミュンシュに対し、小澤は用意周到に切れの鋭いリズムを配して気魄と熱気で勝負をかける。

ツボにはまったように打ち込まれる先鋭な和音打撃とシンバルの強烈な止め打ちは痛快の極みで、若き小澤の“才気の迸り”を伝えてあますところない。

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SHM-CDでオリジナル・ジャケットが復刻されたのも喜ばしく、LPを聴き込んだ愛好家にはさぞかし歓迎されることだろう。


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[ 2014/06/08 ] 音楽 ベルリオーズ | TB(-) | CM(-)