メータ=ウィーンフィルのブラームス/交響曲第1番

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ズービン・メータ指揮 
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1976.2.10,11,17 Sofiensaal, Wien
Producer: Ray Minshull (DECCA)
Engineer: James Brown, James Lock
Length: 49:04 (Stereo)
Disc: UCCD-9760


ボンベイ(現ムンバイ)生まれのズービン・メータは、指揮者のメーリ・メータを父に持つインド人だが、祖先が8世紀にインドに逃れてきたゾロアスター教を信ずるイラン系のパールシー(Parsi)であることから、アーリア系とされる。 また母方がユダヤ系の遊牧民の出身らしく、その縁からイスラエルフィルとは親密な関係が続いている。

「何しろ俺はインド人でユダヤ人なんだから」、と自ら語るほどに何者にも負けない意志の強さがある。正しいと思ったことはごり押ししてでも進めるタイプゆえ、特に若い頃の演奏(録音)には、趣味の異なる相手は辟易とさせてしまう猛毒があるが、独特のダイナミズムを持ったリズム感とオーケストラをコントールする手腕は天性のもの。あのウィーン・フィルでさえメータの棒には黙って従うほどだ。」『200CD指揮者とオーケストラ』より田中成和氏による、立風書房、1999年)


sv0131b.jpgボンベイ交響楽団の指揮者であったメータ父は、息子ズービンに7歳からヴァイオリンとピアノを学ばせ、ヨーロッパやアメリカへ転々と居を移すさまはまるでレオポルド・モーツァルトの現代版

18歳でウィーンの音楽アカデミーに留学し、コントラバス奏者としても活躍したメータにとって、ウィーンはキャリアの原点であり、ウィーンフィルは最も身近なオーケストラだった。  TOWER RECORDS

70年代半ばに録音されたこの盤は、ウィーンフィルの美質が最大限に引き出された演奏といってよく、バルビローリ盤とならんで筆者の手がよくのびる1枚だ。この楽団ならではの、まろやかで蠱惑的な響きが、ゾフィエンザールで収録したアナログ完成期のデッカの名録音によって、じつに美しくとらえられている。

sv0132c.jpgここには力づくでオーケストラをトライヴしようといった強引さは微塵も見られず、自然体でオーケストラと協調しながら、奏者たちがメータの棒の下で自由にのびのびと演奏しているのが最大の魅力。

艶やかな美感に彩られた管弦の響きは筆紙に尽くしがたく、柔らかく解きほぐされた温もりのある弦楽器、とろけるような木管楽器、ねばり気をもったブラスの響きといった熟成された“ウィーンフィル・サウンド”が刻みこまれている。
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「何の申し分もない美しいブラームスで、メータはやはりウィーン・フィルでこそ彼の才能が生きることを痛感する。四角四面のスタジオ制作芸術という趣を一片も感じさせない豊饒さと音楽的な息づかいが全面を満たしている。レコード音楽がかなり人工的な美感への疑いを濃くしたなかで、この指揮者とこのオーケストラの録音はそれを突き抜けるところまでゆきそうに思われる。」大木正興氏による月評より、SLA1111、 『レコード芸術』通巻第317号、音楽之友社、1977年)


「悠揚と流れる音楽で、すみずみまで無理なくみがかれている。肩凝らした場面はまったくなく、音楽的に自然であるが、それでも終楽章など充実感が力を生み、堂々と緊迫した音楽となっているのが好ましい。こうした演奏はウィーン・フィルによってのみ可能となったのではないかと思えるほど、オーケストラがうまい。メータの美質がことごとく表された名演である。」 小石忠男氏による月評より、L25C3019、『レコード芸術』通巻第387号、音楽之友社、1982年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート
やわらかなティンパニの打ち込みと、濃密な弦楽によるオクターブの半音階進行が心地よく、ティンパニの生々しい連打、哀愁をそそるオーボエのひと節、一抹の淋しさが漂う木管とチェロの対話など、ウィーンフィルならではの美味しい音がてんこ盛りである。

sv0132d.jpgティンパニの気持ちのよい一撃とともに突入する主部の第1主題は、磨きぬかれた弦楽器の独壇場で、主題末尾(48小節)でA-As-Fis-G動機を艶やかに歌い上げる快調なテンポとリズミカルなステップで頂点(練習番号C)へ駆け上がるところのみずみずしさといったら! 

のったりと歌い回すオーボエの独奏や、まったりと応答するクラリネット、ねぼけたホルンのエコーなど、長閑で穏やかな表情は第2主題でも枚挙に暇がない。
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sv0132e.jpg聴きどころは〈運命動機〉がしのび寄り、コラール〈元気を出せ、わが弱い心〉が導き出されて高揚する展開部(232小節)。弦楽のしなるような弓さばきと蠱惑な音色に酔ってしまいそうになる。

闘争の頂点(320小節)では、ヴィーナーホルンが基本動機をねばっこく吹き放ち、精力を漲らせて再現部(339小節)に突き進むメータの勇猛ぶりが頼もしく、骨力のある音を叩き込むティンパニの硬い音が聴き手の耳を刺激する。
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シンコペーションのカデンツ終止からフォルティッシモの付点フレーズにギア・チェンジするコーダ(459小節)の歯切れ良い進行もすこぶる快適で、ティンパニと裏打ちの弦のアタックが、強靱なリズムをバネにしてクレッシェンドしていく“決めどころ”の手に汗握る緊迫感も圧巻である!


第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0132g.jpgたっぷりと弾き回す低音弦や、なみなみと奏でる弦のユニゾン(53小節)の重みのある濃厚なサウンドはいかにもメータ流。ウィーンフィル特有のもってりとした厚味のあるハーモニーが名状しがたい気分を醸し出している。

第1主題が発展して纏綿と切分音でつづる半音階モチーフ(27小節)は光沢を帯びた音の布地を織りあげるように、音楽はしっとりと、のびやかに息づいている。
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sv0132h.jpgウィーンフィルの弦楽器奏者たちが夢から目覚めたかのように嫋々と歌い出す第3部(67小節)はロマンの精髄を極めたものといってよく、絶妙の呼吸でフレーズの抑揚をつくる流動感と、極上のベルベットのような肌触りのよいサウンドに心ゆくまで酔わせてくれる。

楽章の仕上げには、独奏ヴァイオリンがホルンのメロディーを艶やかなオブリガートで彩ってゆく。名コンサート・マスターとして腕を鳴らしたゲルハルト・ヘッツェル氏だろうか。
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「この演奏には気負いも思わせぶりも一切なく、すべてが美神の掌中におのずと立ち昇る音楽のように自然である。この自然流こそメータの極意であって、それにはどうしてもこのウィーン・フィルの特技が必要である。リズムはどこまでも柔らかい弾力をもち、旋律の伸びのよさも格別、ほのぼのとひびくホルンの次に目のさめるようなヴァイオリンの澄んだ響きが輝く。そういう陶酔の驚きとが曲いっぱいにつまっているのである。」大木正興氏による月評より、SLA1111、『レコード芸術』通巻第317号、音楽之友社、1977年)



第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ
インテルメッツォ風の典雅な楽想は、ウィーンフィルのまろやかな木管のハーモニーがものをいう。ここでは、“獅子の衣を着た子羊”とアメリカで評されたメータのやさしさとあたたかみが宿されている。中間部の終わりでロ調のホルン、トランペットを目立たぬように音を丸めているのは、フルトヴェングラーとは対照的である。


第4楽章 アダージオ-アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ
sv0132i.jpg主部の〈歓喜の主題〉(62小節)はオーケストラが絶妙のテンポで歌い出す。しなやかに揺れる弦楽のフレージングとリズミカルなピッツィカート、チャーミングな木管の歌い出しなど、角張った所や夾雑物をいささかも感じさせぬ醇乎たる音楽の喜びに溢れんばかり。

威風堂々としたアニマートの主題総奏(94小節)は、闘争の精神よりもヒューマンな温かみが放たれている。

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sv0132f.jpg再現部は、ツボを心得たメータが手綱を解き放ち、伸びやかな音楽を聴かせる一方で、強いリズムの切れ(257小節)と健康的な推進力によって頂点へアタックをかけるさまが痛快である。

ダイナミックなパワーで爆発する〈クララ主題〉(279小節)や、豊潤に吹奏するアルペン・ホルンのシグナル(285小節)など、こってりと“脂ぎったサウンド”でオレ流を貫くところはメータの真骨頂。妖艶にゆれ動く弦の慰めの句(316小節)などは美麗を越えて官能的ですらある。
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sv0132j.jpgコーダ(377小節)は真打ち的な重みで突き進む。第1主題を交互に織り合わせ、シンコペーションから“7連打”に収束する力瘤のない立ち振る舞いは、あたかも指揮者とオーケストラが一体になっているかのよう。

ストレッタの快調な足取りと賛歌(432小節)の清新溌剌とした音楽運びもみずみずしく、オクターヴをシャッキリと駆け上がる弦と、ハ長調の終止和音が清々しい感動を誘っている。
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ベーム盤(DG)に真っ向勝負を挑むかたちでセッションを組んだ“デッカの配剤”というべき名盤で、ウィーンフィルの美質を極めた俊英メータに大拍手。


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[ 2019/02/28 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)