コリン・デイヴィス=コンセルトヘボウのベルリオーズ/幻想交響曲

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ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
コリン・デイヴィス指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording:1974.1.9,10 (Philips)
Location: Concertgebouw, Amsterdam
Disc UHQCD: UCCD-40006 (2018/6)
Length: 55:13
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ベルリオーズのスペシャリストとして知られるコリン・デイヴィスの《幻想交響曲は、ロンドン交響楽団(1963年、2000年)やウィーンフィル(1990年)の演奏も知られているが、最も印象の深い録音が名門コンセルトヘボウ管(1974年)とのフィリップス盤だ。

デイヴィスは1970~80年代に、ベルオーズの作品を精力的に録音しており、“ベルリオーズ振り”の印象がつよい。ミュンシュのように激しく燃え上るタイプとは異なり、一見地味だが英国紳士らしく、理路整然と緻密に音楽を運んでいく職人肌の指揮者といえる。

sv0133j.jpgここでは、これ見よがしな誇張や外面効果を狙わず、洗練された表現によってオーケストラの手綱を引き締めていたデイヴィスが、〈サバトの饗宴〉で用意周到にオーケストラ・パワーを全開して聴き手の度肝をぬく。

過度に燃えて踏み外しを戒める一方で、「ここぞ」という局面ではドラマティックに爆発するさまは如何にも職人デイヴィスで、鋭い感覚によって老舗の楽団から鮮烈なパワーを引き出している。
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何よりもすばらしいのがコンセルトヘボウ管の音色だ。熟成されたチーズのようなまろやかさと、艶消しをほどこしたような管弦の“いぶし銀”の響きを録音が見事に捉えており、ホールの特性を生かしたヨーロピアン調の落ち着きのある“フィリップス・トーン”が音楽の味わいを深めている。

「コンセルトヘボウの平戸間中央で聴いているような雰囲気豊かな響きで、名門オケの伝統のサウンドを堪能できる1枚だ。デイヴィスの解釈は細部を入念に磨き上げ、全体を綿密に構成したもので説得力はきわめて高い。最後の2つの楽章におけるクライマックスの築き方も理にかなっている。この作品の“交響曲”の面をくっきりと描き出した秀演ではあるが、反面、何かに憑かれたような熱気には乏しい。そこが好みの分かれるところだろう。」岡本稔氏による月評より、PHCP20291、『レコード芸術』通巻第576号、音楽之友社、1998年)


「この指揮者としては2度目の〈幻想〉である。すみずみまで1音符といえどもゆるがせにしない克明な演奏で、造形的にも精緻にまとめている。第1楽章の提示部を反復しているのもめずらしい。しかし情熱的な表情も巧みにバランスされたデュナーミクやアゴーギクによって適切に示されているので、たんに知的にまとめたクールな演奏とは異なる。中庸・妥当・現代的な感覚と多血質な一面を適当にミックスした表現である。」 小石忠男氏による月評より、20PC1005、『レコード芸術』通巻第381号、音楽之友社、1982年)



第1楽章 「夢、情熱」ラルゴ-アレグロ・アジタート・エ・アッパシオナート・アッサイ
sv0133b.jpg芸術家が恋人に抱く心の不安と憧れが、ベルベットの肌触りを思わせる上質の弦によって丹念に歌い出されゆく。16分音符の走句をみずみずしく駆けあがり、これがクレッシェンドしていく場面(22小節)は、清流を思わせる“フィリップス・トーンが抜群の鮮度で響いている。

くすんだ中間色の弦、清楚にたゆたう木管、鼻に掛かったホルンなど、コンヘボ管の音の美感が随所にちりばめられている。爽快に打ち込まれる和音打撃の鮮烈さといったら!
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主部(72小節)の〈恋人の主題〉(スミッソンの主題=固定楽想)が快いテンポで走り出すところはデイヴィスの常套手段。サクサクと入れる小気味よい中低弦のリズム打ちが聴き手の快感を誘い、芸術家のとどまることを知らぬ恋心を爽やかに演出(提示部リピート)。

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展開部(166小節)もデイヴィスの快適なテンポに揺るぎはなく、緻密な弦のスピッカートが心地よく駆け走るアンサンブルの冴えた響きを堪能させてくれる。決めどころの再現部のマーチ(410小節)は名門オーケストラの煌めくようなブラス・サウンドが聴きもので、強音でも音崩れのない“フィリップス・トーン”が、春風を運ぶように清々しく響いているのに耳をそば立てたい。


第2楽章 「舞踏会」アレグロ・ノン・トロッポ
sv0133d.jpg群衆のざわめきのトレモロの中から、宝石をちりばめたように煌めくハープのアルペジオが聴き手の耳の快感を誘っている。つぶ建ちを強調した録音ではないが、くすみがかった弦にしっとりと溶け合いながらも歯切れの良さを聴かせている。

〈恋人の主題〉(121小節)はこの楽団自慢の木管セクションがよく歌う。これにワルツの断片をからめるヴィオラをたっぷりと響かせるところがいかにも職人デイヴィスらしい。  amazon

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第3部(176小節)では重厚な弦をなみなみと響かせる手慣れたドイツ風のワルツや、コーダでリズミカルに追い込む手際の良さなど、聴き手を最後まで退屈させない。ここではオブリガート・コルネットの入った版を採用しているが、コルネットはわずかに添える程度で、決して羽目を外さない。


第3楽章 「野の風景」アダージョ
sv0133g.jpg哀愁たっぷりのコール・アングレと舞台裏のオーボエが、抜群の遠近感で〈ラン・デ・ヴァッシュ〉(牛追い歌)を呼び交わす。

この楽団のオーボエ族は、普通のヨーロッパタイプのものではなくホールの特性にあった独自の楽器を使っているらしく、くすみがかった葦笛の音に近い。コクには乏しいが鼻にかかったエレガントな音色がすこぶる個性的だ。
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フルートとヴァイオリンがユニゾンで奏でる〈牧歌〉のピタリと合ったピッチと、ホールに溶け合う総奏の響きの美しさも特筆モノ。第4部(69小節)ではヴィオラとチェロがコクのある音でたっぷりと歌い上げるのも聴きのがせない。

sv0133e.jpg旋律を彩る第1ヴァイオリンのオブリガートとうずら (Wachtel)をあらわす木管の繊細な響きは、デイヴィスが微に入り細を穿つ職人ぶりを極めている。

フォルテの低音弦と木管の固定楽想が導き出される中間部(88小節)の決めどころは、ホールの響きを確かめるように管弦のバランスに細心の注意を払いながら、ゆとりのある進行。クラリネットの名人芸や、静寂の中にたなびくティンパニの遠雷の情景はこれ見よがしな演出を避け、芸術家の孤独でやるせない心情が細やかに描き出されてゆく。
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第4楽章 「断頭台への行進」アレグロ・ノン・トロッポ
sv0133f.jpgホールの響きをたっぷり生かし、どっしりとした力強いオーケストラ・サウンドが展開する。ピッツィカートをほどよく弾み、重心を低くして、骨の太い行進リズムを刻むところはいかにもドイツ風。

楽譜に忠実に、シコを踏むように実直にリピートを実践するのがなるほど、職人デイヴィスらしい。第3部(124小節)から、いよいよ名門楽団が牙を剥いて吠えかかってくる。
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変奏マーチのエネルギッシュな躍動感と、ギヨタンの刃をバッサリと打ち落とす“死の打撃”は鮮烈なオーケストラの一撃に舌を巻くが、外面的な効果をあざとく強調したような刺激的な音にはならないのがデイヴィスの巧いところだ。しかし、名門楽団の実力はこんなヤワなものではなく、彼らが本気で目覚めるのは〈魔女のロンド〉を待たねばならない。


 第5楽章 「サバトの夜の夢」 ラルゲット、アレグロ、ロンターノ
sv0133h.jpgアタッカで続く終楽章は、生々しい低音弦と木管とホルンのグリッサンドを盛りつけ、醜く変形したクラリネットの〈恋人の主題〉、畳み込むような総奏の爆発、娼婦になった恋人が宴に現れる小クラリネットの奇怪な情景を、デイヴィスは巧みな棒さばきによって興趣ゆたかに演出する。

聴きどころは提示部のロンターノ(102小節)。3オクターブのユニゾンで打ち響く低い鐘のメタリックな感触が心地よく、「サク」と打ち込まれるみずみずしい和音打撃が鐘と共鳴するようにホールに響いている。
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〈怒りの日〉(ディエス・イレ)を野太い音で吹き抜くテューバと、低音を重ねるフォゴットが「ぶりぶり」と呻りを上げる音場の見事さも特筆モノで、裏拍で重ねる低音弦と大太鼓の打点をピタリと決めている。

sv0133i.jpgいよいよコンヘボ管の底知れぬ実力を知らしめるのが〈魔女のロンド〉(241小節)で、オーケストラが快適なテンポで走り出す。ロンドが弦楽全体に拡大するフーガは、名門楽団がアンサンブルの抜群の切れをみせつけて、ついにその実力の全貌をあらわにする。

猛り狂って破目を外すことなく、筆路整然とオーケストラを操りなからも要所で畳みかけるように踏み込んでゆく熱っぽさは、“ベルリオーズ指揮者”デイヴィスの独壇場。
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圧巻は、ヴィオラ、チェロのスル・ポンティチェロから加速をかけて力をたくわえる〈魔女のロンド〉に、管楽器が〈怒りの日〉を重ねる大総奏(414小節)。

sv0133c.jpgおおらかに朗唱する音楽は愉悦と生気に充ち溢れている。ぴちぴちと弾む弦のコル・レーニョと、生き生きとトリルをさばく木管の〈骸骨のダンス〉(447小節)は精緻を極め、各パートが弾け飛ぶようなコーダの鮮度の高さと、ダイナミック・レンジの広さは驚異的である! 

ここをSACDを聴くと、まるで本物のオーケストラが目の前で鳴っているような錯覚にとらわれてしまうのは筆者だけではないはずだ。  amazon [SACD]

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あたかもホールが楽器の一部になって、オーケストラと渾然一体となって鳴り響くフィニッシュのゆたかな残響は、フィリップスの音の魔術師たちが腕によりをかけて仕上げたアナログ時代の音のご馳走といえる。オーソドックスな解釈ながらも、名門オーケストラのパワーとヴィルトゥオジティをいかんなく発揮した究極の一枚だ。


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[ 2019/04/30 ] 音楽 ベルリオーズ | TB(-) | CM(-)