フルトヴェングラーのベートーヴェン第9(1953年5月30日盤)

sv0134a.jpg
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調 作品125
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
ウィーンジングアカデミー合唱団
Soloist: Seefried, Anday, Dermota, Schöffler
Recording: 1953.5.30 Musikfereinsaal, Wien
Disc: Epitaphon RIPD-0007 [HQCD]
Length: 74:46 (Mono Live)


本CDは“新発見の第9”として2009年2月に初登場したウィーンフィルによる「オットー・ニコライ記念演奏会」(於ウィーン楽友協会)のライヴ録音。これは巨匠が第3楽章の演奏の途中で倒れて中止された1953年1月23日のコンサートの再演で、これまで知られていた5月31日の「ウィーン音楽週間開幕演奏会」の前日の演奏にあたる。

sv0134b.jpgこのコンサートはオーストリア放送協会(ÖRF)によってラジオ中継され、この時録音されたものが当盤のソースと推定されたが、演奏日については異論もある。

発売会社(ドリームライフ~エピタフォンレーベル)によれば、音源のÖRFに5月31日録音をオファーしたところ、届いた音源は従来とは別演奏であったことから31日の日付が間違いと判断したらしい。
TOWER RECORDS  amazon  HMV
 [エピタグラフ EPITA001 /30日盤]

オールセン(ヘニング・スミス)では5月30日はÖRF、5月31日はStation“?”であることが根拠とされるが、従来のものと同一の演奏ではないか、また、本当にÖRFの音源なのかという疑問が提起された。

これまで協会盤(WFJ-10/11)で知られる5月31日の芸術週間の録音は、ウィーンフィル所蔵の音源によるもので、占領軍(アメリカ)の放送局であるロートヴァイスロート放送(RWR)が収録し、その後ウィーンフィルに寄贈されたもの。ところが、同じ演奏のグラモフォン盤(POCG2624)とアルトゥス盤(ALT076)ではこれが30日と表記されているから話はややこしい。

sv0134c.jpg『1947~54年全公演記録改訂版』(日フ協会)によると、5月30日(ニコライ記念演奏会)、5月31日(ウィーン音楽週間開幕演奏会)、6月1日(リンツ)の3回の第9公演が記載され、独唱はソプラノが30日と1日がザデック、31日がゼーフリート。
また、『コンサート・リスティング』(ルネ・トレミヌ)では29日に公開ゲネプロがあり、31日は15時と19時30分の2回の公演があったという。
ICAC5034 [DREAMLIFE原盤 英ICA Classics/30日盤]

従来盤が31日とする根拠はソプラノがゼーフリートであるためらしいが、30日もゼーフリートが歌ったという説があり、日付に関しては不明な点が多く、30日と31日が逆転する可能性もあるらしい。

sv0134d.jpg本盤は全般にわたるテープヒスが耳障りだが、音の潰れは少なく概ね聴きやすい。

鮮明だが音が薄くシャリシャリした協会盤(以下31日盤)に比べれば、音に適度な厚味とまろみがあり、ティンパニの打ち込みやバスの「ズシリ」とした重みと量感が心地よい。木管の明瞭度は協会盤に一歩譲るが、打楽器や独唱者はオンマイクで生々しく聴き取れる。
WFHC-025/026 [FWセンター盤/31日ORF 30日RWR]

演奏は掛け値なしで素晴らしく、巨匠ならではの気宇壮大な31日の演奏に比べれば、音楽の流れが良く、そこに熱気がくわわってバイロイトに匹敵する見事なものといえる。第1楽章は雄大さが、第2楽章は流れの良さが、第3楽章は清らかな歌に惹かれるが、ことに第4楽章の合唱と独唱陣の充実ぶりが特筆される。おしなべて独唱者が絶好調で、アンダイのドスの効いた迫力にゼーフリートが押され気味。安定感のあるシェフラー、美声を響かせるデルモータもずば抜けてすばらしい。

sv0134o.jpg

Orch.DateOlsenDiscⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
Wien po1951.1.7O_232DCCA-001917:4511:5919:2125:2474:29
Bayreuth1951.7.29O_253TOCE-372517:4311:5619:2825:0774:14
Wien po1951.8.31O_260C53300118:2912:2919:0726:1576:20
Wien po1952.2.3O_284FURT107517:5312:1018:4025:4674:29
Wien po1953.5.30 RIPD000318:1912:5118:2425:1274:46
Wien po1953.5.31O_337.5WFJ-10/118:2812:0319:1726:0276:50

「フルトヴェングラーの初出の《第9》がまだあった! すでに翌31日のライヴがグラモフォン・レーベルから出ており、バイロイト盤を大人しくしたような解釈がなかなかすばらしく、録音もバイロイト盤を凌ぐほどであるが、今回の30日盤は演奏、録音ともいっそう見事で、最晩年のフルトヴェングラーが到達した究極の《第9》の姿を示している。」 宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻第703号、音楽之友社、2009年)




第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ~ウン・ポコ・マエストーソ
sv0134e.jpg神秘的な開始から雄大に立ち上がり、圧力をかけて「ぐい」と弾き切る弦楽器の弓使いは巨匠ならではの気魄があり、これはウィーンフィルとて変わりはない。

提示部はこの楽団の潤いのある弦を生かしてゆったりと進行、大きく自然な流れで奏でる第2主題もどっしりと構えが大きく、次第にスケール感を増してゆくところは巨匠の貫禄充分だ。
POCG-2624 [DG/31日盤]

展開部は、したたるような弦楽器の音色(198小節)に魅せられてしまうが、聴きどころは218小節のフガート進行。厚味のある第2ヴァイオリンの刻みにのせて、ゆとりと風格のある音楽が展開する。287小節の変奏主題で美しい弦の歌が聴かれるが、再現部(301小節)へ突入する局面で「ここぞ」とばかりに激しく燃え上がり、sfのティンパニを強烈に叩き込む巨匠の力ワザをとくと堪能させてくれる。

sv0134f.jpg劇的なドラマに酔わせてくれるのがコーダ(427小節)からで、大きく弾みをつけて滑り込む第1主題のフレーズを緩急自在に伸縮させ、447小節から加速をかける神技のアゴーギクと激高するような震音、センプレ・ピアノの神韻縹渺とした木管と弦の掛け合いの妙はフルベンの面目が躍如する。

大きな振幅によってうねり回す巨大な主題再現もすさまじく、嵐のような運命の闘争劇が頂点を極めた感があろう。
TOWER RECORDS  amazon  HMV
 [Altus ALT-076/31日盤]
sv0059r.jpg

「第1楽章は有名なバイロイト音楽祭の再開公演よりも造形的に安定しており、アンサンブルも強固である。冒頭からの悠揚とした表情に直ちに引き込まれるが、各主題に対するアプローチは絶妙で、アゴーギクの自然さも特筆しておきたい。この演奏ならではの大きな特色が認められる。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻第703号、音楽之友社、2009年)


「テンポの細かい動きは即興性に富み、一貫性を失わず、バイロイト盤よりも表情に富んでいるにもかかわらず、それらが少しでもイン・テンポに聴こえるように留意されており、ものすごいロマンティックな演奏が極められた枯淡な姿として映る。この楽章はMYTHOSのすばらしい音(53年盤と同格)をもってしても、53年盤のほうを上にしたい。」 宇野功芳氏による「樂に寄す」第29回フルトヴェングラーの《第9》聴き比べ~『レコード芸術』通巻第704号、音楽之友社、2009年)


sv0134g.jpgここで、287~296小節(展開部)のティンパニのミスに疑問の声がある。287、288、290、291各小節2拍目のティンパニが落ち、逆に295~296小節では楽譜には無い4打が追加され、pからクレッシェンドして297小節フォルテの打ち込みへと繋げている。

不自然な加工の痕跡は感じられないが、この10小節にもわたるミスは通常では考えられず、不可解であるとされる。 平林直哉著『フルトヴェングラーを追って』より、青弓社、2014年)
WFJ-10/11 [日フ協会/31日盤] 


第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ~プレスト
スケルツォは弾むような躍動感と速めのテンポによって31日盤より活力が漲っている。とくに主題再現の手前(練習番号G)の激しいティンパニの立ち上がりは凄絶で、音楽がするどく切り立ち、野性味を加えた第1主題の総奏が途轍もない勢いで進行する。鋭いアクセントとスタッカートによって、馬車馬のように老舗の楽団を駆り立ててゆくさまはフルベンの真骨頂。

sv0134h.jpg聴きどころはトリオの弦楽による反復主題。ウィーンフィルのもってりとした厚味のある弦楽によって、大河のごとく綿々と織り上げるフガート進行が感動的で、蠱惑的なウィーンフィルの弦がものをいう。

31日盤に比べれば音楽に艶が増し、まろやかに歌われているが、楽章後半に関しては31日盤の方がリズムがより鋭角的で、音楽は濃厚、木管の歌は溌剌としているため、好みの分かれるところだろう。
仏Rodolphe RPC32465 [31日盤]

sv0134i.jpgここで、トリオの一部に筆者は疑問をもつ。どうも31日盤と同じ演奏に聴こえるため、両盤のノイズ(聴衆のセキなど)を比較したところ、416小節(1回目)、422小節(1回目)、418小節(2回目)、445小節(1回目)の箇所でマーカーが一致した。

また当盤では12小節の1回目[0:08]と2回目[8:18]の反復箇所で同じノイズが認められるのも奇妙だ。筆者は31日録音が一部挿入されている疑いがあるとする桧山浩介氏(フルトヴェングラー研究家)の見解を支持したい。
伊Virtuoso 2697202 [31日盤]


第3楽章 アダージョ・モルト・エ・カンタービレ
sv0134j.jpg思いを込めてしっとりと歌われる音楽が感動的で、まろみのあるクラリネットの濃密なクレッシェンドがウィーンフィルらしい。第2ヴァイオリンとヴィオラが歌うエスプレッシーヴォの第2主題は音楽の密度が濃く、心を込めて歌うテンポ・プリモの変奏がすこぶる感動的だ。

アンダンテ・モデラートで木管が歌う第2主題と高弦オブリガートの浄化された味わいや、〈星空の高み〉の敬虔な気分も格別である。
Spectrum Sound CDSM004JT [31日盤]

sv0134k.jpg16分音符で奏でるロ・ステッソ・テンポの第1主題は、速めのテンポで音楽が淀みなく流れ、潤いのある弦楽の調べを心ゆくまで堪能させてくれる。

がっつりと吹き上げる〈警告のファンファーレ〉の骨の太い響きや、エスプレッシーヴォで見せる大きなリタルダンド(139、148小節)も個性的で、ウィーンフィルのまろやかな響きによって高みへの憧憬の想いがしっとりと込められているのも聴きどころ。
TOWER RECORDS  amazon  HMV [Spectrum Sound CDSMAC015/31日盤]

当盤は13種の《第9》の中で最も速く第3楽章を演奏しているが、開始から入念な弦の取り回しによる粘っこい31日盤に比べれば、浄化した清らかさとコーダの奥深さが際立っている。

「第3楽章の清澄な歌は、もはや神々しいばかりである。テンポはほかの演奏よりやや速めともいえるが、それが独自の緊張感をもたらしているのも長所といえるだろう。まさに聴き手を魅了せずにはおかない音楽である。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻第703号、音楽之友社、2009年)



第4楽章 プレスト、レチタティーヴォ(開始)
sv0134l.jpgどっぷりした低音レチタティーヴォに、ズシリとティンパニを打ち込む重厚な導入句はまぎれもなくフルベン流。

4声の〈歓喜の主題〉は、ヴィオラとチェロの対旋律に厚味をつけ、6度下降の絶妙のルバートと、うねり回すようなコクのあるフレージングによって総奏の頂点に上り詰める離れワザは、巨匠でしか絶対に聴けない音楽だ(31日は拍節感が目立つ)。総奏でトランペットを突出させるあたりも祝典的な気分を高めている。
TOWER RECORDS  HMV [オタケン TKC351/31日盤 独協会F669.056/7の盤起し]

聴きどころは、バリトン叙唱の後に4人の独唱が加わるアレグロ・アッサイ。先行したテノールとバリトンに続いてアルトのアンダイが歌う第6変奏の〈Alle Guten,alle Bösen〉(300小節)のド迫力と肉声の生々しさは圧巻で、バイロイト盤のヘンゲンをはるかに凌ぐものだ。負けじとゼーフリートが声を張り上げる緊迫感とティンパニの最強打で決める〈vor Gott~~~!〉の必殺フェルマータ(9秒)も鳥肌モノ(31日は8秒)。

sv0134m.jpgトルコ行進曲の〈太陽賛歌〉はデルモータの独壇場。速いテンポで溌剌と美声を響かせる。苛烈な打楽器が加わって〈Held-zum Sie-gen!〉大見得を切って決める高揚感は「すごい!」としか言いようがなく、聴き手をゾクゾクさせる名場面。

突風のように駆け抜ける弦楽フガート、意気揚々とした歓喜の大合唱、力強い〈抱擁〉、深淵な気分に包まれる〈祈り〉、ことに〈二重フーガ〉の彫りが深く躍動感も加わって音楽は気宇壮大。合唱の発音が明瞭で聴きやすく、オーケストラと混然一体となったような充実感が漲っている。
Sevenseas KICC-1159 [31日盤/日フ協会盤の復刻]

最後の見せ場はアレグロ・マ・ノン・タント。再び4人の独唱が加わる音楽はオペラの重唱さながらのゴージャスな展開だ。纏綿と歌われるポコ・アダージョのカデンツァで、アルトのアンダイが〈sanf~~~ter Flügel weit〉と3連音フレーズを肉太の声で、腹の底から張り上げる歌唱は圧巻で、この日ばかりはゼーフリートがヴェテラン歌手の気魄に完全に押されてしまっている。

sv0134n.jpgここで、カデンツァでテノールが歌う〈safter Flügel~weit!-〉(840~841小節)について、31日盤では840小節の歌詞をデルモータが逆さに間違って歌っているが、続く841小節を両日とも他のパートと同じように〈Flügel weit!〉と歌っている。

その結果、当盤ではFlügelが繰り返されているのが第1楽章のティンパニと同様に不自然で不可解な箇所という指摘がある。 平林直哉著、同上)
TOWER RECORDS amazon HMV
sv0134p.jpg

狂ったようなテンポで爆走するプレスティッシモの巨匠の暴れぶりは、空前絶後の一語に尽きるといってよく、苛烈なシンバルの連続強打も尋常ではなく、巨匠の自家薬籠中の必殺技が炸裂! 
フルベンの至芸を心ゆくまで堪能させてくれるバイロイトやルツェルン盤に匹敵する一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村

このエントリーをはてなブックマークに追加
[ 2019/05/30 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)