オイストラフのチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲

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チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
Recording Date: 1959.12.24 (SONY)
Location; Broadwood Hotel, Philadelphia
Length: 35:14 (Stereo)
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オイストラフのチャイコフスキーは数種のレコードが残されているが、学生時代に筆者を虜にしたのが、1959年にオイストラフが米国への演奏旅行の際にセッション録音したオーマンディ=フィラデルフィア管とのステレオ録音盤だ。

かつては“東西の横綱”と謳われたハイフェッツとオイストラフが二大ヴィルトゥオーゾだったが、ヤクザな崩しでテクニックをまき散らすハイフェッツに対し、オイストラフはロシアの大地を思わせる豊饒な響きがすこぶる魅力的で、筆者は迷わずオイストラフ盤に軍配を上げたものである。

SoloCond.OrchestraDateLevel1mov.2mov.3mov.Total
HeifetzReinerChicago so1957.4.19RCA15:455:328:1329:30
OistrakhOrmandyPhiladelphia1959.12.24SONY18:546:409:4035:14

sv0135a.jpg特筆すべきは、伴奏を受け持つオーマンディ=フィラデルフィア管の鮮度のある管弦楽の響きで、カラフルな色彩感によって、ともすれば脂ぎったロシア的な“臭み”を消しているのが嬉しい不意打ちといえる。

独奏に絡む木管の詩情味ゆたかな味わいや、目の覚めるような総奏を颯爽と打ち込んでオイストラフの名人芸を際立たせている。

「オイストラフが最も脂の乗っていたころの録音だけあって、たいへん彫りが深く、密度の濃い演奏である。技術的にも音楽的にも完成度が高い。そのスケールの大きさと、ロシア的な情感を色濃く表出した骨太の表現に惹きつけられる。そのエネルギーと迫力と豊かな抒情性は、オイストラフならではのもので、第2楽章カンツォネッタなど、あくまでもロシアの歌を聴くような思いがする。オーマンディのバックは、この曲のもつ哀愁と華麗さとを、見事に表出していて素晴らしい。」 『クラシック不滅の名盤800』より志鳥栄八郎氏による、SRCR8862、音楽之友社、1997年)



第1楽章 アレグロ・モデラート
sv0095e.jpgオーケストラの前奏がクレッシェンドしていく序奏部は、かつて筆者がはじめてこの盤に針を通した時、抜群のステレオ感で迫ってくる音場にゾクゾクして聴いた記憶がある。

入念なカデンツァ風の楽句を歌い出すオイストラフの独奏は、「これぞロシア」といわんばかりの抜群の粘着力をもっている。
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ねばっこいテンポ・ルバート、コクのある歌わせぶりのダブルストップ(重音)、磨き抜かれた高音域の軽やかな運弓など、いずれをとっても大家の音楽にほかならず、副主題〈なぐさめの動機〉(51小節)の舞踏会を思わせるオペラ的な歌い回しの上手さにハタと膝を打ちたくなる。


sv0095f.jpg管弦楽と激しく打ち合う上昇句の速弓は、米国のヴィルトゥオーゾ楽団を相手に一歩も引けを取らぬ独奏者の気魄が込められている。

この曲最高の聴きどころは、ロシアの哀愁をたっぷりと歌い上げるメランコリックな第2主題(69小節)。切ない思いを込めながら、その頂点(79小節)で大きくリテヌートをかけるツボを心得た歌わせぶりや、大きくのびやかな主題変奏(89小節)を艶やかに弾きあげるオイストラフの弓さばきは王道を極めた感があろう。
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軽快にひた走る小刻みのコデッタ走句(ピウ・モッソ)の快感も無類のもので、至難のダブルストップ奏法で激しく弓を飛ばして加速するブリッジ部の“決めどころ”は、まるで活劇を見るような痛快さがある。研ぎ澄まされた高音トリルの“連続ワザ”で頂点を極める名人芸は、“名刀もかくや”と思わせる抜群の切れ味で聴き手の興奮を誘っている。

sv0095b.jpg「ここぞ!」とばかりに、管弦楽の総奏(第1主題)を高らかに打ち込むオーマンディの力強いオーケストラ・ドライヴも“絶妙の極”といってよく、カラっとした金管のリズム打ちが派手に鳴りわたる“ラテン的なサウンド”に腰をぬかした記憶がある。

鮮度の高いステレオ録で「ぴしり」と揃った管弦楽がスタイリッシュに主題を繰り返すところなど、思わずオーケストラを指揮したい衝動に駆られてしまう。吉田秀和(音楽評論家)は、アメリカ楽旅(1953年)の際に、フィラテデルフィアでこの曲(独奏はナタン・ミルシテイン)を聴いた時のことを著している。
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「このオーケストラが一番強く印象に残ったのは、常任指揮者のオーマンディの棒できいた時である。オーマンディは大変に精力的で劇的で粘っこい演奏をする。そうして、フィラデルフィア・オーケストラもミルシュテインに劣らず、美しい響きでチャイコフスキーのあの綿々とつづく、くり言めいていて、然もとても精力的な極彩色の絵巻物をくりひろげて見せてくれた。弦の響きも単に合奏が正確だったというだけでなく、艶やかで柔軟だった。それにしても一番低い音から高い音まで、一番弱い音から強い音まで、このオーケストラは粒の揃った音で、実に自在にかけ廻る。」 吉田秀和著『音楽紀行』より、1993年、中央公論社)


カデンツァ的な第1主題の変奏部(162~187小節)はこってりと鈍重になりすぎない。みずみずしいスピッカート奏法で哀愁をしっとりと偲ばせながら主題を緻密に歌い上げるところは実に感動的で、合いの手の翳りを入れる木管楽器の味わいも一級品だ。加速をかけつつも決して慌てず、力瘤を廃した棒さばきによってカデンツァへの期待をおのずと高めるオーマンディの采配も心憎いばかり。

sv0135c.jpgカデンツァはヴィルトゥオーゾの極地としかいいようがない。オイストラフの筆圧のつよい弓さばきもさることながら、目の覚めるような美音で高音域を一点の濁りもなく、いとも鮮やかに弾ききるさまは名人芸を極めたものだ。

入念なアルペジオ華麗な6度パッセージにも目を見張るが、終始、緊張感を絶やさず、“ロシアの大地”をスケールゆたかに歌い上げるところは圧巻である! ぴんと張り詰めた繊美な音のたゆたいですすり泣くクライマックス(260小節)は、感涙極まった感があろう。
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第2楽章 「カンツォネッタ」 アンダンテ、ト長調
sv0095d.jpgカンツォネッタは“小さな歌”の意。ここでロシアの巨匠は、魂を揺さぶるようなテヌートによって名旋律を歌い上げる。

そこには甘い感傷にひたることがなく、何かを訴えかけるようなある種の厳しさに貫かれている。生きる喜びを感じさせる中間部の“大きな歌”も巨匠風で、豊かな音色と強い響きによる高揚感が聴き手の心を捉えて離さない。
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再現部はオイストラフのさらなる美音が冴え渡る。腹に響くようなG線の太い音や、いかにもロシア風のこってりとしたテンポ・ルバートによって“名曲のキモ”を堪能させてくれる。独奏ヴァイオリンに溶け合うような管弦の柔らかな響きや、ポエジーな木管のオブリガートなど、管弦楽の美しい伴奏にもため息が出てしまう。

「オーマンディの協奏曲指揮は名人芸で、まず彼の指揮だとのびのびと弾けるらしい。例えばある個所で、ここのところはちょっとルバートかけたいなと思うと、オーマンディはもうそのとおりルバート出来るように振っているらしい。指揮しながら直感的に、ソロイストの心を読みとる能力を持っていたという。これはオーマンディと度々共演したヴァイオリニストの江藤俊哉氏から、直接伺った話である。江藤氏はオーマンディの協奏曲の指揮は、超能力だといっておられた。」 出谷啓著『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)




第3楽章 「フィナーレ」 アレグロ・ヴィヴァーチシモ
sv0095c.jpgトレパークの民族舞曲を素材とするフィナーレは、闊達自在に弾きとばすオイストラフの技巧の独壇場。弦を削る迫力と「ガッ」と噛むような歯ごたえのあるフレージングを展開する。

「安酒の匂いがする」と酷評されたジプシー調の第2主題(ポコ・メノ・モッソ)を、ゆたかな美音と根太いフレージングによって豊饒に歌い上げていくさまはオイストラフの真骨頂で、場末のような安っぽい雰囲気にならない格調の高さがある。
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sv0135b.jpg牧歌調の第3主題(モルト・メノ・モッソ)では哀愁をしっとりと湛えた木管が、詩情味あふれる楽句を歌い継ぎ、オイストラフの独奏に彩りを添える。

これを受けて独奏が間合いをたっぷり取って、フレーズのひとつひとつを深い呼吸で、情感を込めて織り上げてゆくところがじつに感動的である。


クライマックスはコーダに向かう総奏(540小節)で、音楽は熱気を帯びてひた走る。溌剌と加速をかけて突進するオーマンディの気っ風の良さは抜群で、音楽マニアの興奮をかき立てる指揮者のオーケストラ・ドライヴに快哉を叫びたくなる。一点の疵もない技巧で、至難の名曲を弾き上げるオイストラフのヴィルトゥオジティを堪能させてくれる一枚だ。


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[ 2019/06/30 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)