マゼール=ウィーンフィルのチャイコフスキー/マンフレッド交響曲

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チャイコフスキー/マンフレッド交響曲 ロ短調 作品58
ロリン・マゼール指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1971.4.28-30
Location: Sofiensaal, Wien
Producer: David Harvey (DECCA)
Engineer: James Lock, Gordon Parry
Length: 54:57 (Stereo)
Disc: UCCD3325


《マンフレッド》交響曲はバイロンの長編叙事詩に基づく4場の標題音楽で、〈マンフレッド主題〉の「固定楽想」と〈悲劇のモチーフ〉の副次主題を中心に、パストラールや地下宮殿の饗宴、亡き恋人の亡霊などが配されたプログラムは、いわば《幻想交響曲》のロシア版といえる。

この大曲に挑戦したのは、当時41歳の俊英ロリン・マゼール。9歳でニューヨークフィルを指揮した早熟の天才児は30代半ばにしてウィーンフィルとチャイコフスキー交響曲全集を完成。人気作品とはいえない《マンフレッド》を全集に加えるあたりは鬼才マゼールのヤル気のほどがうかがえよう。

sv0147b.jpgここでマゼールは、カタログの穴を埋める一丁上がり的な仕事とは一線を画し、一歩間違えば安っぽいムード・ミュージックに陥ってしまう作品を対位的なフレーズを克明に浮き立たせ、ねばり気のあるテンポ・ルバートによってワーグナー風の壮大なスケール感で描き上げている。

名録音と謳われたアナログ期のデッカらしい生々しいオーケストラ・サウンドもこの盤の大きな魅力といえる。
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「マゼールが9歳の時にオケを振ったことはよく知られているが、1938,9年頃の新聞か雑誌でそれを読んだ。そして子供の遊びが大きく報道されるのに腹が立った記憶があるが、しかしその子供は本物だったのだ。わたくしがマゼールからもっともショックを受けたのは、1968年のバイロイト音楽祭での〈指輪〉で、その音色の鮮烈さであった。じつに原色的で、劇的で、現代的なヴァーグナーであった。他の誰よりも楽器の音色が明瞭に浮き出ていて、そうした新しいヴァーグナー像を描けるマゼールの強烈な個性を思わずにはいられなかった。」 柴田南雄著『名演奏家のディスコロジー』より、音楽之友社、1978年)



第1楽章 レント・ルグーブレ
sv0147c.jpg 肉感のある〈固定楽想〉、雪中行軍のようにザクザクと刻む低音弦、なみなみと注ぎ込む〈悲劇のモチーフ〉のコクのある響きはデッカらしい生々しい音が冒頭から全開。チェロの刻みの中から木管が突如目の前に現れる気味の悪い音場は“デッカ・マジック”にほかならない。

トロンボーンが立ち上がる衝撃感や、「ガツン」とくる和音の強い一撃は、作品に取り組むマゼールの意気込みがしっかりと伝わってくる。
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音楽が動き出すのはヴィオラが猛スピードで突っ走る76小節から。ブラスとシンバルが刺激的な金属音で連打するピウ・モッソの頂点で、パンチの効いた〈マンフレッド・ファンファーレ〉を迷いなく打ち込むところは鬼才マゼールの独壇場。〈悲劇のモチーフ〉を展開しながら、手練手管の限りを尽くして主人公の苦悩と焦燥を赤裸々に描き出してゆく。マゼールがウィーンフィルの持ち味を活かしながら、確信犯的にねばっこい音で“えぐ味”を出しているのが面白い。

sv0147e.jpg聴きどころは、主人公が亡き恋人アスタルテを回想するアンダンテ(171小節)。弱音器を付けた甘美な〈アスタルテ主題〉とロマンティックな〈ラルゴ主題〉は、微に入り細を穿つルバートによって、メロウな弦がしっとりと歌い出す。

〈愛の告白の主題〉(213小節)でもマゼールは耽美の手をゆるめない。ねっとりとした手練れた歌わせぶりは清純な女性のイメージからほど遠く、厚化粧をして男に近づく“水商売風のアスタルテ”を連想させるではないか。
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ハープのアルペジオで高揚する頂点は欲情をむき出しにしたエロティックな味わいがあり、罪の意識のカケラもないのがマゼールらしい。

コーダ(289小節)は、悲劇の主題が音場ゆたかに再現する。ピタリと決まったテンポに切れのある3連リズムとトロンボーンの合いの手を目をむくように打ち込みながら、身をよじるような慟哭の調べがとめどもなく進行する。

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音を割った4本のアルペン・ホルンが炸裂するクライマックスが最大の聴きどころで、3連リズムでダメ押しする最頂点の和音打撃の鮮烈さや、地鳴りを上げる打楽器のとどめ打ちは、「ほんまデッカ?」と叫びたくなる“究極の録音芸術”といえる。

「血気さかんと言おうかなんとも大胆不敵な演奏である。激情的な強奏やスケールの大きいダイナミックな曲想のつけ方など、これがウィーン・フィルかと思わせるような音響や表現が随所に見られる。特に第1楽章や終楽章でのパワフルな推進力や、がっしりとした構成力には思わずうならせるものがある。質量ともに同曲の魅力を再認識させられるような演奏である。またこの時期のウィーン・フィルのクオリティの高さにも注目すべきで、とりわけアンサンブルの精度の高さは特筆もの。」 斎藤弘美氏による月評より、UCCD3325、『レコード芸術』通巻第651号、音楽之友社、2004年)



第2楽章 スケルツォ、ヴィヴァーチェ・コン・スピリト
sv0147d.jpgマゼールは人並み外れたリズム感覚によって精密の極地をいくスケルツォを展開する。滝の飛沫が弾け飛ぶような鮮度の高い響きと水も漏らさぬ精確さによって、作曲家がスコアに配した音列をリアルに音にした面白さがある。

虹の中から山の神ネメシスが現れるトリオ(中間部)では、ウィーンフィルが歌謡的な名旋律を異国情緒ゆたかに歌い回すところが聴きどころ。
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とろけるようなクラリネットやエスプレッシーヴォの弦が、〈マンフレッド主題〉を織り込みながら柔らかく歌い継ぐ一方で、装飾的な対位を強調し、音楽を煌びやかに彩ってゆくところは変幻自在といえる。喧騒な響きの中をギャロップで馬鹿陽気に駆けめぐる行進曲では“悪ノリ”が過ぎるが、聴き手を奈落の底に叩き込む〈固定楽想〉の暴力的な乱入(334小節)は、いかにも“クセ者マゼール”らしい過激な一手といえようか。


第3楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0147f.jpgここではウィーンフィルの木管がとろけるような音色で、風光明媚な牧歌を哀愁たっぷりと歌い継ぐ。柔和に語りかけるような〈カンタービレ主題〉(ピウ・アニマート)もムード満点だが、大きく高揚するクライマックス(210小節)は覇気満々、じつに熱っぽい直截な表現に貫かれている。

〈悲劇のモチーフ〉を変奏した重厚な総奏(75小節)や、〈マンフレッド主題〉が厳めしく立ち上がる強奏(152小節)では、金管を喨々と響かせるパワフルな管弦楽が炸裂!
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弱気な作曲家に渇を入れるように熾烈なアクセンを付け、えげつないまでに悲劇性を抉り出すマゼールのアプローチが刺激的で、罪人を吊し上げて死刑宣告を行うような鐘の音(163小節)など、“必殺仕置人マゼール”の面目躍如といえる。


第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0147g.jpg場面はアリマネスの地下宮殿の山霊たちの饗宴。ブラス陣の派手な打ち合いと、シンバルやタンブリンを加えた華やぎのある管弦楽の醍醐味を堪能させてくれる。

とくに楽員の面々が一杯ひっかけてセッションにのぞんだような乱痴気騒ぎ〈バッカス主題〉(81小節)は、恥も外聞もかなぐり捨てて大立ち回りを演ずる彼らの意気込みが伝わってくる。打楽器群の迫力も半端ではなく、その頂点(140小節)の一撃に腰を抜かしてしまう。
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聴きどころは山霊たちの饗宴がフーガで再現するテンポ・プリモ(206小節)。才気走ったマゼールが、舌なめずりするようなポリフォニーを持ち前の職人技でさばいてゆく。〈山霊主題〉〈バッカス主題〉が錯綜するオーケストレーションを鮮烈に、細大漏らさず音にするところは驚嘆に値する。疾風怒濤の乱舞が最高潮に達するマシンガン銃のような連続打撃(246小節)と、その中から“マンフレッド・ファンファーレ”を強烈に打ちぬく力ワザは、まさしく“怪人マゼール”の八方破れの快!

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sv0147h.jpg総休止のあとのアンダンテ(282小節)は「地獄の審判」さながらだ。すさまじい音響の渦の中からバスクラリネット、ファゴット、ホルンが〈マンフレッド主題〉をロングトーンで打ち放つ鮮烈な音場は言わずもがな、

アスタルテの亡霊が現れるアダージォ(303小節)の冷たい響き、亡き恋人に許し請うリテヌートの匂うような弦の音色、暗澹たる低音で沈みゆく「死の最終宣告」など、細密でドラマチックな情景描写は枚挙に暇がない。
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コーダ(394小節)は、悲劇の主題が身悶えするように再現する。最強奏のテンポ・プリモでは力瘤を振り回すように打楽器を叩き込み、破滅に向かって疾走する緊迫感がすさまじく、才人マゼールが裸の自己をさらけ出し、全身全霊で演奏するさまが音盤から生々しく迫ってくる。

アナログ全盛期のすばらしさを伝えてくれる聴き応えのある一枚だ。


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[ 2020/06/30 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)