カラヤンのショスタコーヴィチ/交響曲第10番

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ショスタコーヴィチ/交響曲第10番ホ短調 作品93
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1981.2.20,23,27 Philharmonie, Berlin (DG)
Exective Producer: Günther Breest
Recording Producer: Michel Glotz
Balance Engineer: Günter Hermanns
Length: 51:20 (Digital)
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ショスタコーヴィチの交響曲第10番は、カラヤンがレコーディングを行った唯一のショスタコーヴィチの作品で、このCDは1966年の旧盤から15年ぶりにデジタルで再録音されたカラヤン十八番の曲である。カラヤンがこの交響曲を手掛けた切っ掛けは、オイストラフから“最も美しい曲”として演奏を勧められたことによるとされるが、ベルリンフィルを率いてのソ連ツアー(1969年5月)の演目にもこの交響曲が含まれていた。

sv0015i.jpgカラヤンはすでに1966年11月にベルリンフィルのコンサートで演奏し、レコーディングまで行っていたほどだから、手の内に収めたレパートリーの1つとして用意周到に、自信をもって公演にのぞんだに相違ない。
ソ連の聴衆に、名人をそろえたベルリンフィルの高度な技能を披露するにはまさにうってつけの曲で、ショスタコーヴィチは後にオイストラフに「自分の交響曲がこんなにも美しく演奏されたのは初めてだ」と語っている。

「カラヤンは、わずかなデュナーミクの変更を除けば、楽譜に忠実にしたがっており、確信にあふれた表情で、練りに練られた音楽を展開している。ベルリン・フィルも感興を高揚させた名演で、弦群の説得力の強さはもちろん、フルートやクラリネットの独奏のみごとさも筆舌につくし難い。金管も卓越しており、熱気にみちたフォルティシモの盛り上がりの凄さ、壮大な起伏の効果は、ただすばらしいの一言につきる。構成的にも雄大で充実感が強い。」 小石忠男氏による月評、DG 28MG0241、『レコード芸術』通巻第382号より、音楽之友社、1982年)



 第1楽章 モデラート
sv0015b.jpgスターリン時代の呪縛を引きずるような導入部の暗鬱な低音弦の主題(基本動機、ライトモチーフ)は、深々と弓を入れる量感のあるバスが特徴的で、クラリネットの沈鬱なロシア民話風の第1主題(69小節)が弦に受け渡されると、これが力強く盛り上がってゆくところが第1のクライマックスだ。

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上滑りするような弦に粘り気のあるホルンをくわえ、ゴージャスな音響でドラマチックに展開するところがカラヤンらしく、弦楽器の生々しいまでの流動感、固いティンパニの打ち込み、ピッコロの冴えた高音など、デジタル録音の威力も絶大! 〈亡霊のワルツ〉(第2主題)を意味ありげに低回する幻想的なフルートと、しなるような弓使いの妖艶な弦によって、独自の感覚美をあたえながらニュアンスゆたかに歌われてゆく。

sv0015d.jpg展開部は、〈練習番号34〉から突入するクライマックスが大きな聴きどころだ。燦然と輝くトランペット、シャキリと刻む精緻な弦のリズム、獅子吼するホルン、序奏モチーフを弦が力強く上り詰める嵐のような頂点は、カラヤンが確信をもって名人オーケストラをドライヴする。力瘤の入った強いアクセントで轟然と再現部へ突入するところは「どうだ!」と、オーケストラの威力を誇示するカラヤンの鋭い見得がひしひしと伝わってくる。

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第1主題を強奏する再現部〈練習番号47〉に力ラヤンの力点が置かれているのは言うまでもない。弦の分散和音が展開するドラマチックな表現(練習番号47)、ダメを推すかのような管弦の大音響〈練習番号51〉、弦の濃厚なエスプレッシーヴォ〈練習番号53〉など、怒涛のごとく盛り上げるく過剰なまでの演出効果によって、カラヤンはショスタコのスコアから劇性と交響性をあますところなく引き出している。鎮魂歌のように歌い上げるコーダの味わい深さもカラヤンの底知れぬ音楽性を示したものといえる。


第2楽章 「スケルツォ」アレグロ、4分の2拍子
sv0015h.jpg暴君の圧政をあらわすような荒々しいスケルツォは、カラヤン=ベルリンフィルが高度な技能をまざまざと見せつける。

マルカティシモで切り刻む歯切れがよい弦のリズムに、木管の悲鳴をあげるようなメロディーをのせて、急き立てるように走り出すところはゾクゾクするような興奮を誘っている。軽快に打ち込まれるスネア・ドラムのリズムの切れも抜群で、その超絶的な撥さばきに腰を抜かしてしまう。

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「待ってました」とばかりに16分音符をはさんだ走句を精密に疾走してゆくところ〈練習番号74〉は、凄腕の弦楽集団の独壇場だ。苛烈なブラスの打ち込みと目の覚めるような木管の斉奏をくわえ、錯綜するリズムを鮮やかにさばいてゆくカラヤンの職人ワザには驚くばかり。仮借のない打楽器群の一撃を轟かせ、爆発的な音響と凄まじい気魄で中間部に雪崩れ込むところの息をのむ緊迫感は圧巻である!

sv0015m.jpg中間部〈練習番号79〉もすさまじい。つよいアクセントを付けて絶え間ない半音階のフレーズを一糸乱れることなく整然と、流れるようなしなやかさで進行するベルリンフィルの超高性能の弦楽器は筆紙に尽くし難く、およそ名人芸の域を超越している。

これとかけ合う木管群が軋みを立てながら狂奔するところなど、まるでサーカスで綱渡りをするようなスリルに充ちた演奏を展開する。突然飛び出すファゴットの重奏〈練習番号82〉の気味の悪さったらない!

ふたたび旋律を受け取る弦が力をたくわえ、管楽器と渾然一体となって盛り上がってゆく場面も鳥肌モノで、金管の豪毅な軍隊調の行進テーマ〈練習番号85〉、打楽器群の強圧的な連打〈練習番号86〉、威嚇的なファンファーレ〈練習番号87〉など、カラヤンは自分たちの実力を誇示するように、音圧で聴き手をねじ伏せる。突如、音量を落とした弱弦の緊迫感も無類のもので、第1主題のリズムを急迫的に追い込み、一気呵成に幕を引くところは、まるでジェットコースターに乗っているようなスリリングな興奮を味わせてくれる。


第3楽章 アレグレット、4分の3拍子
sv0015g.jpg中心主題は〈DSCH動機〉。D音の連呼のあとに登場するスタッカートの4つの音(ニ、変ホ、ハ、ロ=D、Es、C、H)は、自己のイニシャルの頭文字を織り込んだ作曲者のモノグラム。第1部はこれをフォルテで滑らかに歌う弦のエスプレッシーヴォ〈練習番号104〉が聴きどころで、レガートをかけて弦がねっとりと揺れ動く〈死神のワルツ〉の妖しいまでの美しさに酔ってしまいそうになる。

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中間部〈練習番号114〉には〈エルミーラ動機〉が7回登場する。ホルンが付点2分音符で吹き出す息の長いロシア風の動機は、《大地の歌》(マーラー)の冒頭を模したものとされるが、じつは作曲者が密かに思いを寄せていたモスクワ音楽院の教え子であるエルミーラという女性の名前を音名に置き換えたものであるらしい。朗々と豊かに響くホルンに弦楽の濃厚な調べを溶け合わせ、ピッコロの冴え冴えとした和音をたなびかせる手の込んだ美感が執拗に追求されてゆく。

sv0015k.jpg大きな聴きどころは第3部〈練習番号121〉。決然と低音弦が打ち込まれると、高性能の弦楽集団が腕によりをかけて〈死神のワルツ〉を歌い出す。最強奏のユニゾンで揺れながら、激しさと勢いを増して急迫的に押し込んでゆくところはカラヤンが手の内に収めた聴かせどころで、その頂点で爆発的な和音打撃に対抗する弦が〈DSCH〉を「これでもか」と連打する。

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まるでカラヤンが自分の名前を刻印するかのような筆圧の強さは圧巻で、ホルンが強奏する〈エルミーラ動機〉〈練習番号121〉の張りのある響きや、ブラスが鉛色の和音を重ねる〈練習番号137〉の緊迫感にみちた音楽運びは、技巧の高さもさることながら演出の巧さに思わず膝を打ってしまう。


第4楽章 アンダンテ、アレグロ、4分の2拍子
sv0015c.jpgオーボエのパニヒーダ風レチタティーヴォが抜群に上手く、木管の問いかけから明るい兆しが見え隠れする中で、これを否定する弦楽の思わせぶりな進行は、まるでベートーヴェンの第9を重ねているかのようだ。

主部は、クラリネットの「ぽっぽり!」付点の“呼びかけ”を合図に、喜悦のメロディー(第1主題)が流麗な弦にのって颯爽と進行する。木管のリズミカルな副主題や、“雪どけ”を思わせる上昇音型の〈波の動機〉を精妙にからめながら、ベルリンフィルの妙技が冴えわたる。

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聴きどころは第2主題〈ロシアの踊り〉(163小節)。「待ってました」とばかりにザリザリと音をたてながら勢いをつけ、整然と足並み揃えて進行するさまは軍隊のようで、シャープに切れ込む弦集団のメカニックな早技に腰を抜かしてしまう。低音弦に飛び出すロシア風行進曲のエピソード〈練習番号170〉も聴きのがせない。これがカノン風に力強く展開し、嘲笑のような〈波の動機〉を交錯させながらユニゾンの行進テーマでダイナミックに突進するところは、常勝将軍カラヤンが卓越した棒さばきで聴き手を魅了する。

sv0015f.jpg茶番劇のようにひゃらひゃらと〈波の動機〉が執拗に飛び出すもどかしさをものともせず、あたかも自らをロシアを征服する英雄に見立てて立ち振る舞い、勇渾な音楽に仕上げてゆくのがカラヤンの上手いところだ。

敵を完全制圧するかのように行進リズムを刻む金管の斉奏(練習番号181)は“戦場の英雄”にほかならない。スケルツォ・リズム(第2楽章)を情け容赦なくぶちかまし、管弦楽のユニゾンで絶叫する〈DSCH動機〉(練習番号184)の壮大なスケール感は、カラヤン=ベルリンフィルの実力を最高度に示した究極の“決めどころ”といえる。

余韻嫋々と奏する序奏の再現はいかにもカラヤン節だが、スネア・ドラムの行進リズムにのって、戯けた調子で歌うファゴットやクラリネットの妙技を皮切りに、ベルリンフィルがツボにはまった名人芸を繰り広げる。ホルンが第1主題の“呼びかけ”を大きく吹きのばし(練習番号196)、雄叫びをあげるように〈DSCH動機〉を吹き抜くところは解放の喜びに溢れんばかり。

すかさず〈ロシアの踊り〉で熱狂し、とどめは〈波の動機〉を粉砕するかのように全管弦楽が怒涛のごとく〈DSCH〉を絶叫、ティンパニの4音連打によって華々しい大勝利で締めている。カラヤン=ベルリンフィルの実力をあますところなく伝える極上の1枚だ。


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[ 2014/06/29 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)