コンヴィチュニーのベートーヴェン/交響曲第6番 「田園」

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ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調 Op.68 「田園」
フランツ・コンヴィチュニー指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
1960.3 Bethania Kirche, Leipzig (Schallplatten)
Disc(CD): TKCC15311 (2004/3)
Disc(LP): PC5597-93 (1978/6)
Length: 44:53 (Stereo)
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筆者がゲヴァントハウス管弦楽団の演奏を生で接したのは、忘れもしない1975年11月の公演。大阪フェスティバルホールの2階席最後列から身を乗り出すように聴き入ったのが懐かしい思い出である。

この時は、まだ髪の黒かったクルト・マズアがシューマン交響曲第4番とチャイコフスキー交響曲第5番を指揮したが、古めかしい深く沈んだ弦の響き、鉛を絞り出したような金管の迫力、硬いティンパニの音に度肝をぬかされた記憶がある。これこそが、巷で噂されていた“燻し銀”の響きで、中部ドイツで18世紀から培われてきた伝統のサウンドだった。

sv0016b.jpg同じ東ドイツの楽団でも、ドレスデン(シュターツカペレ)のそれは、木管も金管も弦に溶け込んで、全体にはくすみがかったようなマイルドな肌触りがあるが、ゲヴァントハウス管はもっと厳めしく、ゴツゴツとした古武士的な響きが印象的で、これは整然と構築し、がっちりとした手応えを感じさせるベートーヴェンの音楽におあつらえ向きといえないか。


コンヴィチュニーがゲヴァントハウス管と初来日し、東京と大阪でベートーヴェン・ツィクルスを演奏したのは1961年4月のことで、 この交響曲全集&序曲集のCDには詳細なデータが記されていないが、かつてフィリップスから発売されたLP(PC5587~93)によると第1、2、7番が1959年6月、第9番が1959年7月、第3、5、6番が1960年3月、 第4、8番が1960年8月の録音で、巨匠が死の1年前に完成した貴重な音源である。
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全曲の中から筆者が取り上げたいのが第6番《田園》。ここでは近接マイクによる木管が生々しく、まろやかに捉えられており、この楽団の特質である古色蒼然としたサウンドが艶光りしたような光沢を帯びて、しっとりとした色合いを放っているのが大きな魅力。低音を礎にしたフレージングは安定感があり、演奏の水準もずば抜けて高い。楽器の滑らかなキイタッチが聴こえる録音もすこぶる明瞭、弦楽器が対抗配置をとらずに低音楽器を右側に配置する安定感のある音場も成功をおさめている。

「コンヴィチュニー指揮でベートーヴェン交響曲全集が発売されたとき、その蒼古の響きに感嘆したものである。これこそドイツの伝統の響きと解釈であり、すべてが堅固にまとめられている。音楽の骨格を大切にした着実無比の表現だが、その説得力は凄く、いまも第1級の演奏と評価したい。」 オントモムック 『世界のオーケストラ123』より小石忠男氏による、音楽之友社、1993年)


「この演奏はLPの時にも聴いた記憶があるのだが、印象は極めて稀薄だった。廉価版LPの音が悪かったのか、あるいは自分がぼんやり聴いていたのかは不明だが、CDになってあらためて接したら、そのあまりの瑞々しさに驚いてしまった。表現はいたってオーソドックスなのだが、出てくる響きの何と豊かなことであろう。渋くはあるけれど暖かくしっとりした弦楽器、柔らかな音色の管楽器など、これほどのきれいな音はもはや今日の同楽団からは聴くことは不能である。」 オントモムック 『クラシック名曲大全・交響曲篇』より平林直哉氏による、TKCC15044、音楽之友社、1998年)



第1楽章 アレグロ・マ・ノントロッポ、へ長調、4分の2拍子
sv0016c.jpg実直に刻む〈基本動機〉は安定感があり、ヴィオラをたっぷりと響かせて、「ごうごう」とコントラバスを波立たせる深みのあるフレージングは、なるほど、ドイツ流儀のベートーヴェンだ。
喜悦に充ちたオーボエの囀りに呼応するゆたかなオーケストラ・サウンドも心地よく、第2主題をフーガ風に力強く弾き回すバスを土台に、まろやかな木管の唱和をくわえて頂点(93小節)に駆け上がる瑞々しい音楽運びは、このコンビの手の内におさめたものといえる [提示部は繰り返す]。

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展開部(139小節)は、基本リズムのゼクエンツを不断の意志で刻み続ける指揮者の実直な棒さばきがものをいう。決めどころの総奏(175小節)では、フォルティシモのバスが基点となって音楽は逞しく前進するが、いたずらに力瘤を振り回すことなく、整然とした構成感と毅然とした風格を備えているところがコンヴィチュニーたるゆえんだろう。

再現部(279小節)も巨匠はいささかのケレンも踏み外しもなく、ひたすら楽譜に忠実に捌いてゆく。弾むような調子のコーダ(418小節)では、3連音のコデッタ主題が潮の満ち引きとなって、さざ波のように柔らかく揺り返すこなれた弦楽アンサンブルや、カデンツ的な分散和音でまろやかに彩るクラリネットの名人芸など、伝統にはぐくまれたこの楽団の“熟れた味わい”を心ゆくまで堪能させてくれる。


第2楽章 アンデンテ・モルト・モッソ、変ロ長調、12分の8拍子
sv0016d.jpgじっくりと腰の据えた遅いテンポに仰天するが、柔らかなクラリネットが1音1音を丁寧に紡ぎながら揺動する素朴な味わいは格別のものだ。第2主題も高揚することはなく、ファゴット、ヴィオラ、チェロが侘びた風情で幽くたゆたうところは、指揮者が何ひとつ細工することも、美しく装うこともしない。

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展開部(54小節)は、淡くほのかな陽光の中で、鄙びた木管が歌い継ぐところが聴きどころ。フルートとオーボエが琴瑟相和したデュエットを繰り広げる第1変奏や、クラリネットがカデンツ的なアルベジオ(75小節)を“蜜のような甘さ”でささやく第2変奏は大自然の閑雅をこころゆくまで味わわせくれる。〈小鳥たちの囀り〉の古色蒼然とした木管も手作りの味わいがあり、滑らかなキイタッチが明瞭に聴える耳にやさしいフルートのトリルにも耳をそば立てたい。

第3楽章 アレグロ、ヘ長調、4分の3拍子
sv0016e.jpg田舎の舞曲はモッサリした足どりで、愚直といえるほど生真面目にスタッカートを刻んでゆくが、アンサンブルの精度は高く、統制された響きと精確なビートに支えられた階書風の音楽作りがコンヴィチュニー流。

ここでは第2主題を興趣ゆたかに歌い回わすチャーミングなオーボエや、カデンツ的な音階を滑らかに駆け下りるクラリネットの果肉を含んだ名人芸が聴きもので、艶消ししたような古めかしいホルンもローカル・カラーが満載!

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トリオは実直を絵に書いたような、どっしりと恰幅のある音楽だ。コンヴィチュニーは見るからに厳つく気難しそうな風貌とは裏腹に大の酒好きで、いつも好物のウィスキーをポケットにしのばせていたため“コン・ウィスキー”というあだ名で知られた。本番前にもよく一杯ひっかけていたというから、プレストでは酒場のバンドをイメージした音楽に反応するように、足を踏み込んで重量感を増しながら躍動するさまは実に頼もしい。


第4楽章 アレグロ、ヘ短調、4分の4拍子
sv0016f.jpg嵐のフィギュアはバスの重低音にのって、生々しい弦のトレモロが抜群の鮮度で目の前に迫ってくる。「ズン」と打ち込む稲妻の重低音や、「どっしり」とシコを踏むような雷鳴がユニークで、クライマックスの暴風(107小節)など武骨に固い音の塊をぶつけてくるあたりは古武士そのもの。嵐が過ぎ去ってもなお、すさまじいバスの低音が呻りを上げている不気味な情景も個性的だ。

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第5楽章 アレグレット、ヘ長調、8分の6拍子
静謐なカンタービレを聴かせる〈牧人主題〉(クーライゲン)は、音楽が一点の濁りもなく澄み渡っている。第2ヴァイオリンはゆったりと幅広く歌われ、まろやかなホルンの朗唱をくわえて、堂々たる威風に充ちた音楽が流れてゆく。ここでは主題を展開する4つの変奏が聴きどころで、老舗の楽団が地味ながらも絶妙のアンサンブルを繰り広げる。

sv0016i.jpgまったりとクラリネットが舞うクロアチア民謡を挿入した第1変奏、16分音符のゆるやかなフィギュレーションで中庸の美感を淑やかに醸し出す第2変奏、大波のようなオクターブの上行を繰り返す第3変奏などは、これ見よがしな見得や虚飾を廃し、地道に歩む巨匠の奥義を伝えている。ファゴットとチェロがくすんだ音でたゆたいながら、素朴なホルンや木管を絡めてフーガ風に盛り上がる第4変奏も実に感動的である。

コーダ(237小節)は“祈りを捧げる音楽”だ。牧人主題と第1楽章の面影を宿した崇高な主題を、名残惜しげに回想するあたりはコンヴィチュニーの芸の懐が深く、強い低音弦とゲシュトップのホルンによって逞しい生命の息吹を注ぎ込むかのように、“感謝の歌”をたっぷりとした終止和音によって締め括っている。ドイツ正統のスタイルと燻し銀の響きで魅了させてくれる1枚だ。


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[ 2014/07/11 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)