フルトヴェングラーのモーツァルト/交響曲第40番

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モーツァルト/交響曲第40番ト短調 K550
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.12.7,8&1949.2.17 Musikvereinsaal
Recording Producer: Walter Legge (EMI)
Balance Engineer: Douglas Larter
Length: 24:29 (Mono) Olsen No.145
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ディスコグラフィによると、フルトヴェングラーによる《第40番》の演奏は4種の録音が存在する(3の米Music & Arts盤は1と同一録音とされる)。これらの音源の中では、ウィーン楽友協会でセッション録音されたウィーンフィルによるEMI盤が、録音条件や演奏の質の高さからいってもまず第1にチョイスすべきもので、フルトヴェングラーの奥義を刻印した格調高いモーツァルト演奏だ。

No.Orch.DateLocationOlsenSource1mov.2mov.3mov.4mov.Total
1VPO1944.6.2,3(L)Wien FURT10155:338:214:454:3423:13
2VPO1948.12.7,8他Wien14590811925:15*8:324:244:3622:47*
3VPO1949.2.8(L) Wien148CD2585:338:214:414:3323:08
4BPO1949.6.10(L)Wiesbaden168FURT10215:519:084:244:4024:03

4つの録音を聴き比べてみると、演奏上の相違点があるのにお気づきの方も多くいらっしゃるだろう。第1楽章のテンポが非常に速いこと以外に、第1楽章提示部を反復、クラリネットのない初版の楽譜を使用、第2楽章第2主題の前打音G(39小節)をFで、第3楽章(13小節)のスラーをスタッカートで演奏している、などである。

Orch.LevelSource使 用
スコア
第1楽章
提示部反復
第2楽章
前打音
第3楽章
13小節
VPOTahraFURT1015第2版×slur
VPOEMI9081192初 版staccato
VPOMusic & ArtsCD258第2版×slur
BPOTahraFURT1021初 版×slur


第1楽章 アレグロ・モルト

「次に控える曲は、フルトヴェングラーにとって例外的に厄介なモーツァルトの交響曲第40番だった。巨匠は背筋を伸ばし、ステージに向かって力強く歩み出した。会場は割れんばかりの拍手が埋めた。顔の前に構えた指揮棒が暫時ためらうよう震えていたが、やがて空を截り、冒頭のヴィオラ群が分散和音の緊迫したさざ波を奏で、すぐにヴァイオリン群がモーツァルトの書いた旋律の中の白眉ともいうべき名旋律を歌い出した。しかし、それはやや咳き込んだように演奏された。(略)この第1楽章から、スタンダールのいう“甘美な憂愁”を描写するつもりは巨匠には毛頭なかった。死の匂いのする寂寥と結晶化された悲哀こそ、この曲の本質であるべきだった。そのためには誰よりも速く疾走しなければならなかった。この涙の追いつけないテンポこそが、壊滅を目前にしたドイツにふさわしい挽歌だった。~1945年1月23日ベルリン、於アドミラル・パラスト」 宇神幸雄著 『ニーベルンクの城』より、講談社、1992年)


せかせかと急き立てるような第1楽章のテンポに仰天するが、前へ前へと進む動的なテンポによって曲のもつ悲劇性がおのずと浮かび上がり、しかも崇高な気分を宿しているところは、まぎれもなく巨匠の音楽である。いたずらに甘ったるい感傷を求めぬ巨匠の厳しくも高潔な精神こそが、この演奏の醍醐味といえる。
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「当時のぼくはモーツァルトの《第40番》、とくにその第1楽章が好きでたまらなかった。ところがどのレコードを聴いても演奏が気に入らない。いずれもテンポが速すぎ、旋律は歌われず、モーツァルトの憂愁は単に素通りされるだけである。フルトヴェングラーのLPが発売されたときには胸をときめかして聴き入ったものだが、何ということだろう。極端に速いテンポで嵐のように吹きすぎてしまった。みごとに肩すかしを喰らったわけで、あのときのいまいましさは現在でも忘れることが出来ない。」 宇野功芳著『モーツァルトとブルックナー』より、星雲社、1984年)


sv0018c.jpg“ため息”の短い強奏(16小節)は、激情の嵐の中に我が身を投ずるような小ドラマを形成する巨匠の気魄が籠もり、弓に勢いをつけて躍動する変ロ長調の総奏(副主題)も力感が漲ってる。生誕125周年を記念して発売されたシェル・ボックス仕様(3CD)の輸入盤はリマスターの音質も良好で、とくに“ため息”の強奏でフルートが突出してきこえてくるところは、とてもSP録音とは思えぬ透明度の高い響きである。

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変ロ長調で奏でる物憂い第2主題(44小節)は、やみくもにテンポを落とさず、深淵で厳粛な気分が漂っている。ウィーンフィルの甘美な弦をほどよく引き締め、深い呼吸で紡いでゆくフレージングはコクがあり、主情を盛り込みながら力強く突き進むコデッタ(提示部結尾)は、巨匠の激しく揺れ動く情感に溢れんばかり(提示部を繰り返す)。

sv0018d.jpg峻厳と打ち込まれる2発の和音打撃で宣言する展開部(101小節)は、めまぐるしい転調の中で声部を交代しながら主題を織り上げるところが大きな聴きどころで、巨匠は錯綜する対位法の綾を明確に、しかも堅固に構築する。ザリザリと張り出す豪壮な低音弦の分散和音も圧巻で、上行と下降を熾烈に繰り返すスフォルツァンド・パッセージのクライマックス(152小節)は、慟哭が極まった感があろう。

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奈落の底に落ちてゆく半音階下降の中から、悲しみ(第1主題)がそこはかとなく現れるように弾き出される再現部(164小節)は、ウィーンフィルがポルタメントをかけてしっとりと歌い出す。妖艶ともいえる豊饒な上行ポルタメント(185小節)から「はっ」とするような転調によって、豊かなニュアンスが迸るあたりは巨匠の秘術といえる。

上昇スタッカートの副主題から拡大する総奏(198小節)は、上行動機の変形と分散和音を「がっつり」と噛み合わせ、いささかの躊躇もなく強いリズムで性急に歩を進める巨匠の力業をとくと堪能させてくれる。淋しげなオーボエとファゴットの対話、強く引き締まった造形、意味深げな終止など、いずれをとっても巨匠の奥義を開陳したものといえる。


第2楽章 アンダンテ
アンダンテの緩除楽章は、哲学的な瞑想にふけるような厳粛な音楽だ。深い響きで織り上げる半音階進行や、休符を挟んだ32音符の副主題は、優しい表情の中に無限の悲しみを湛えつつ、慰めの気分をも宿している。

sv0018e.jpg咽び泣くような第2主題(37小節)は、「天使がすすり泣く」(宇野功芳氏)ような女々しさはなく、深沈としたたたずまいと端然としたフレージングから“神秘の歌”が弾き出されてゆく。ここで39小節の前打音がGではなく1音下げたFであるのが奇妙ではあるが、これはワルター盤でも聴かれる改変で、当時の初版の古いスコアがそうなっていた可能性はないか。

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クライマックスの展開部(54小節)総奏は、同音反復の主題と休符を挟んだ32分音符の主題が、管弦の役割を交代しながら音量を増してゆくところが聴きどころだ。半音ずつ上昇するバスの確固たる歩みにのって、8分音符の同音反復が32音符に収束する場面は、ゴチック建築を思わせる壮麗な響きがいかにも巨匠風。

この第2楽章には複数のテイクが存在するとされ、一度録音されたものが翌年の2月17日に録り直されたという。最初のテイクはカッティング上の問題が生じ、再録音ではテンポを速くすることが要求されたとされ、マトリックス番号 (2VH7112-4、2VH7113-6) の末尾が4と6になっていることから、再録音は難航したであろうことが指摘されている(平林直哉氏による)。


第3楽章 メヌエット-アレグレット
sv0018i.jpgゆったりと心地のよいリズムが躍動するメヌエットは、インブリオで進行するウィーンフィルのフレージングの妙味を堪能させてくれるが、音楽はすこぶる厳粛である。第1メヌエットの終わり(13小節)で4分音符のスラーをスタッカートで弾いているのには驚かされるが、これは他のライヴ盤にはみられない改変である。

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対位法を厳格に織り込む第2メヌエットも低音リズムがゆたかに息づき、2つのトリオで見せる木管の鄙びた味わいや、狩りを思わせるウィンナ・ホルンの素朴なアーチが魅了たっぷりで、牧歌的な気分にあふれんばかり。

尚、第3楽章に関しては、冒頭の音がわずかに欠けていることが以前から指摘されている。これはHMVがSPからLPのマスターに転写する際に犯したミスで、第4楽章にみられる音荒れの問題と同様に、この原盤が世界中に流布されているという(平林直哉氏による)。従って、まったく欠落のない演奏を聴くには、SPから板起こしされたCDを聴くしかない。


第4楽章 「フィナーレ」、アレグロ・アッサイ
sv0018j.jpg音楽が激しく走り出すのは第1主題が8分音符の分散和音で展開する31小節からで、馬車馬に鞭を打って駆り立てるような疾走感はまぎれもなく“フルベン節”。全管弦楽の咆哮とせわしい走句が聴き手をゾクゾクさせる興奮を喚起する。地響きを立てるように迫ってくる力強い低音弦の分散和音もすさまじい。

写真は米Music & Arts盤 (CD-258)

ポルタメントをかけて弦が麗しく歌い出す第2主題(71小節)も大きな聴きどころだ。バスの無い滑らかな声部を詠嘆調のカンタビーレによって、しっとりと悲哀を歌い上げるところがたまらない。これをメリスマで歌い継ぐオーボエが束の間の歓びを語りかけるが、遠くを見つめる作曲者の眼には哀しい涙が浮んでいるのを見逃してはならない。

展開部(125小節)は巨匠の烈しいドラマが燃え上がる。筆圧の強いアインザッツによって、荘厳なユニゾンを突き上げるところはフルベンの面目躍如といってよく、緊密な対位法をがっちりと展開しながら、ストレットで劇性を高めてゆくところはオーケストラが抜群の機動力を発揮する。展開部が終止する1拍半の休止の緊迫感も無類のものだ。

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再現部(206小節)も巨匠の確固たる足取りに揺るぎがない。惜しむらくは、228小節の総奏から音が荒れ出すことで、LPの時から第4楽章の音質が指摘されていた。

その点、英HMVのSPからストレートに板起こしされたオタケン盤(TKC305)は、針音の問題はあるがヴェールを一枚剥ぎ取ったような鮮明なサウンドに驚かされ、音荒れもさほど気にならない。一方、独エレクトローラのSPから復刻したグランドスラム盤(GS2056)は、高域ノイズが極めて少なく、低音のよく入ったやわらかな音が心地よい。

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コーダ(286小節)は疾風怒濤の嵐が吹き荒れる。崩壊の寸前までテンポを速めて破滅へと突っ走り、巨匠が全身全霊でのめり込むところは鳥肌の立つすさまじさで、音楽は激情の炎となって「悲劇の交響曲」をドラマティックに結んでいる。これは、フルトヴェングラーが甘美さを廃し、悲劇のパトスを刻印した究極の《第40番》である。


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[ 2014/08/02 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)