セル幻のブラームス/交響曲第1番

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ジョージ・セル指揮 
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1957.3.1,2 (Sonny)
Location: Severance Hall, Cleveland
Disc: SICC1515 (2011/11/9)
Length: 42:28 (Stereo)
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途轍もない〈ブラ1〉が出現した。あまりの凄さに筆者は飛び上がって驚き、むしゃぶりつくように聴き入った。これほどの凄演が今までオクラ入りになっていたのが信じられず、レコード会社には、まだ日の目を見ぬお宝音源が数多く秘蔵されていることを実感した。

この〈ブラ1〉は、ソニーとタワーレコードの共同企画による〈Sony Classicalスペシャル・セレクション第5期〉の1枚で、CBSコロムビアの交響曲全集に先立つこと10年、ステレオ初期の1957年にエピック・レーベルに単独で録音され、一部の愛好家の間では“幻の名盤”として長らくその復刻が待ち望まれていたものだ。エピック・レコードは聞き慣れない名前だが、わが国ではコロムビア系の日蓄工業が設立したレコード会社で、黄地に外周を黒の放射線で縁取ったレーベルをご記憶の音楽ファンもいることだろう。(写真はベーム指揮ウィーン響の第九)

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このレコードが録音された頃は、セルがクリーヴランド管の音楽監督に就任して10年余、ドライステッィクな改革と徹底したトレーニングによって「ビッグ5」の地位に引き上げられた楽団は、そのアンサンブルの機能美に磨きが掛かけられた全盛期にあった。

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演奏は一分の隙もなく音のキメが整えられ、その精密なオーケストラ演奏の極地を心ゆくまで堪能させてくれる。驚くべきは筆勢の強さで、弦を主体とした音楽運びは贅肉を削いだ筋肉質的なまとまりを持ち、端正でしかも骨組みのしっかりとした強靱なオーケトラ・サウンドが全曲を貫いている。

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浪漫的な気分に溺れることのないセルの棒さばきは厳正を極めたもので、研ぎ澄まされたアーティキュレーションや、一糸乱れぬユニゾンの動きなど、楽節の隅々までをもオーケストラをひとつの楽器のように操っているところは驚異的である。一点一画をも忽せにしない厳格さで楽員を統率し、緊張の糸がいささかも弛緩することなく、緊密なアンサンブルから途轍もない劇的効果を生みだしている。

「この1957年盤は、セルの解釈に1967年盤と基本的に大きな相違はないが、注意深く聴いていくと、1957年盤の方が、指揮者として最も脂がのった時期(59歳)ということもあり、リズムやフレーズの処理に一段と冴えを見せていることがわかるだろう。各パートが指揮者の棒に完璧に反応し、セルが求める音楽を阿吽の呼吸で忠実に再現している。このコンビの黄金時代の響きを、ブラームスの機能美にあふれる名演奏を通じて味わえるこのCDは、音楽ファンのかけがえのない宝物である。」高木正幸氏によるライナーノートより)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌートsv0020c.jpg
密度の濃い強圧的な弦の半音階モチーフが有無を云わせぬ勢いで進行し、固いティンパニの一撃は強固な意志を示す“鉄人セル”の面目躍如たるところだ。入念に練りまわす弦が桁外れの勢いで上昇し、オーボエ、フルート、チェロが絶妙に歌い継ぐところは、「ミスでも犯そうものなら大変なことになる」奏者の異常な緊張感がぴりぴりと伝わってくる。

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主部を宣言する鋭利なティンパニの一打に仰天するが、音の職人セルは室内合奏団を一分の隙もない棒さばきで締め上げる。内声の刻み目を「ぴしり」と整え、緊密なシンコペーションとリズミカルなスタッカートによって、シャッキリと頂点(97小節)へ駆け上がるところは、精密なメモリで計測したかのような拍節感が聴き手の快感を誘っている。

木管とホルンが抒情的に呼び交わす第2主題は余情を廃し、聴き手に甘い夢を抱かせない。弦の律動を鋭く入れて、すぐさま攻撃態勢を整えるところは“必殺仕事人”セルの本領発揮といってよく、シンコペートされた弦をぐいぐい弾きぬき、「ガッ」と喰らいつくような付点処理によって峻厳と展開部に突き進む(リピートなし)。

sv0020d.jpg展開部(189小節)は、統率された高性能の弦楽アンサンプルの腕の見せどころだ。〈運命動機〉のリズムから力強く発展するコラール〈元気を出せ、わが弱い心〉(233小節)と獅子吼するホルンから雄渾な気分が湧き上がるが無用に高ぶらず、セルは合奏の精度で勝負する。ぴたりと着地を決めるアンサンブルの見事さは、100点満点の体操の演技を見ているようである。

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セルは楽員に妥協を許さぬ厳しいトレーニングを課したことも有名で、完璧な演奏を目指すリハーサルは「週7回のコンサートがあり2回に客が入っているに過ぎない」と囁かれるほど徹底していた。音楽を細かくパート別に分解し、完璧なアンサンブルを組み上げる緻密さは“外科手術”にもたとえられ、セルが客演でNBC交響楽団に冷酷なメスを入れたとき、あのトスカニーニでさえ悲鳴を上げたといわれる。

sv0020e.jpg最大の聴きどころは、反抗の精神が高まる展開部後半(294小節)。「行くぜよ」と云わんばかりに音量を増し、弦の下降動機と管の反抗動機が交互に弾むようにかけ合うクライマックス(320小節)は鳥肌の立つすさまじさ。この勢いが寸分の狂いもなく、再現部の頭にぴたりと収斂するさまは、まさに“究極の職人芸”といえる。

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再現部(339小節)は音楽に切れと精度がさらに増し、シンコペートされたカデンツ終止から付点フレーズ(ff)にギア・チェンジするコーダ(459小節)は、歯切れの良い連打が冴えわたる。ティンパニと裏打ちの弦のアタックが、リズムをバネにしてクレッシェンドしていく“決めどころ”は、ピンポイントでリズムの目を噛み合わせる精巧な歯車のようで、楽員をねじ回しで締め上げる非情なセルと、腹の中で「あの野郎・・・」と憎悪をいだく楽員たちの姿が目に浮かんでくる。


第2楽章 アンダンテ・ソステヌートsv0020f.jpg
ゆったりとした歌謡風の楽想を、セルは均質な響きによって端正に表現する。適度なテンポ・ルバートを用いるが決して歌いすぎることはなく、甘美な陶酔境に落ち入ることも固く戒めているかのようだ。切分音で綴る第1主題の変奏は嫋々と揺れることなく、中部ヨーロッパ的な落ち着きのあるサウンドによって、折り目正しく歌われる。

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第2主題を奏でるオーボエが抜群に上手く、中間部(39小節)のコロラチュラ風主題を哀しげに歌うオーボエと、これを歌い継ぐクラリネットの透明度の高い間奏も大きな聴きどころだろう。第3部で歌われる独奏ヴァイオリンは、むせるような浪漫の香りは控えめに、気高い気分が清潔に流れてゆく。太い音でフィナーレのアルペン・ホルンの期待をそそるのは、首席奏者のマイロン・ブルームだろうか。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソsv0020g.jpg
インテルメッツォは柔らかな木管と温もりのある弦の歌が緊密に流れ、楽曲の隅々までを端然と統制しているのが驚きだ。決して情緒に流されることなく、さりげない歌の中にもセルは精緻なバランスを怠らず、アンサンブルの可視化を実現している。

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第2主題(45小節)とトリオ(70小節)は名人オーケストラならではの速攻に驚かされるが、セルは室内楽団でなければ困難なテンポ設定によって、オーケストラの臨界線に挑戦する。整然とさばく合奏の中からピッツィカートのつぶ立ちまでがよく聴こえるというのも音の職人セルらしく、第2トリオでメタリックなトランペットがくっきりと明瞭に鳴りわたるところも、愛好家にはたまらないご馳走だろう。


第4楽章 アダージオ(序奏部)sv0020h.jpg
端正で骨組みのしっかりとした序奏部の緊迫感は無類のもので、楽節の隅々までが緊密にコントロールされている。この曲の肝であるアルペン・ホルンの根太い動機〈クララ主題〉が大きく飛び出すが、張りのある強い響きは「もうこれ以上音がでまへん」と悲鳴をあげる奏者に鞭を打つ無慈悲なセルの姿が浮かんでくる。

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主部の〈歓喜の主題〉(62小節)はセル室内合奏団が快調なテンポで歌い出す。強いピッツィカートから立ち上がるアニマートの総奏は頑なにインテンポをまもり、鋭いアクセントを配して厳格に突き進む。アルペン動機の強烈な合いの手や、綱渡りのようにひりひりと歌うオーボエのソロは、悲壮感すら漂わせているところがおもしろい。

弦のトレモロで開始する展開部(142小節)は冷徹な指揮官セルの独壇場だ。闘争本能に火が付いたかのように楽員を締め上げ、殺気立ったように一本槍で突撃する。目の覚めるような管の3連音リズム(168小節)を叩き込む人間離れしたビート感覚は、“セル工房”の機械職人を思わせる精密さ。

sv0020i.jpgぐいぐいテンポを速めて歌い出す再現部(185小節)は、整然としたアンサンブルに気勢がくわわって、まるで実演のように熱のこもった力演を繰り広げるのが嬉しい不意打ちだろう。圧巻は活火山が爆発したような総(220小節)で、力を籠めて弾きぬく奏者のパッションもさることながら、弦の下降フレーズをモザイク模様の連続のように彩る精緻な合奏美に背筋がゾクゾクしてしまう。

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セルが万博公演で来日した1970年、会場の下見に現れたセルが、時期を同じくして来日していたカラヤン=ベルリンフィルのリハーサルと鉢合わせした時、「いったいどこのオーケストラが練習してるんだ、上手くねえな!」と言い放ったのもセルらしく、技能集団を鍛え上げたセルにしてみれば、ベルリンフィルなどアマチュアに毛の生えた程度のものにしか聴こえなかったのだろう。

sv0020k.jpg弦の強いリズムが裏拍から切れ込む257小節もすさまじい。「これでもか」と強烈なリズムさばきで、情け容赦なくホルンをけしかけるところなど鬼神に取り憑かれているとしか思えない。その“最頂点”285小節)で乾坤一擲、「ビシッ!」と叩き込む強烈なffは、管楽器の音がビリつくほどの熾烈さで、音を割ったアルペン動機のホルンなど、必殺仕掛人的な大芝居をクールに決めるところに快哉を叫びたくなってしまう。

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セル=クリーヴランド管の超絶技はまだまだ続く。第2主題第2句(316小節)の弦の歌い回しの秀麗さも特筆モノだが、とてつもないスピードで分散和音のトレモロを弾き飛ばす弦の威力はあまた存在するレコードの中で冠絶したものだ。4分音符を切り刻むようにコーダに突入する溌剌とした躍動感も比類がない。

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フィナーレに突入するシンコーペーションの決めどころは、一気呵勢のアッチェレランドで畳み込む。歯切れよく駆け走るピウ・アレグロの進軍、絶叫するコラール、整然と打ち込む賛歌〈A-As-Fis-G動機〉強烈なトロンボーンのロングトーンなど、 「これぞプロフェッショナル!」と叫びたくなる練達の技を玄人集団は開陳する。どっしりと構えて締める終止打撃は仕事師セルの確信にみちたもので、これは是非ともコレクションに加えたい空前絶後の〈ブラ1〉だ。


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[ 2014/08/24 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)