朝比奈のマーラー/交響曲第9番

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マーラー/交響曲第9番ニ長調
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハーモニー交響楽団
Recording: 1983.2.15 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 86:18 (Digital Live)
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キングレコードから発売された〈ベリーベスト・クラシック1000〉と題したシリーズは、ドイツ・シャルプラッテンを中心とした珠玉の名盤が安価で入手出来る嬉しい企画で、中でも朝比奈指揮大阪フィル(ファイアバード・レーベル)の録音が筆者の目をひいた。ここには“3大B”以外の、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、リムスキー=コルサコフ、マーラー、ワーグナーといった、朝比奈のいわば“裏レパートリー”が収められている。

sv0021f.jpg80年代初頭の朝比奈は、東京ではまだ一握りの熱烈なブルックナー・ファンに支持されていたに過ぎず、“大阪の田舎侍”と評されたように、一般的にはまだその実力が広く認知されたものとはいえなかった。筆者が東京の友人に「オッサン=大フィル」を自慢げに話すと、なにやら“怪しげなB級指揮者”のイメージを持たれたものである。

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この一連のライヴ・シリーズは、朝比奈特有の重厚で骨の太い“大フィル・サウンド”が完成した時期のもので、大フィルのホーム・グラウンドとして使用してきた大阪フェスティバルホールで収録された録音は、響きがデッドであることや近接マイクによって、弓使いが見えるように生々しく捉えられている。

sv0021j.jpgブルックナー指揮者の朝比奈(以下オッサン)にとって、マーラーの交響曲は意外なプログラムと思われるかもしれないが、1970年代から定期演奏会でマーラーを積極的に取り上げていた。記録によると、第9番は大フィルとは73年、75年、83年と3度演奏されており、この録音はその最後にあたる第190回定期演奏会のライヴ録音である。

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「それにしても朝比奈と大阪フィルの緻密な音造りに驚かされる。 冒頭の第1主題からデリケートで美しい。第2主題の爆発の後の第1主題の再提示は、実に悠々たる足取りだ。展開部中間の頂点は、エンジンがかかるのが遅めだが立派な造形。中間楽章は少しリズムが重い箇所もあるものの、丁寧に彫琢されている。圧巻は終楽章。主題から心のこもった歌でとても美しい。ゴウゴウというバスも朝比奈ならでは。分厚い頂点も聴きもの。」 横原千史氏による月評、KICC3557~8 『レコード芸術』通巻第723号、音楽之友社、2010年)


「音楽の輪郭をくっきりと描き出す朝比奈のタクトには、この巨匠ならではの芸術、独自の世界を形作る力がひしひしと感じられる。第3楽章の木管のグリッサンドなど、朝比奈ならではの解釈ももちろん健在。ライヴということで、いささかのアンサンブルの乱れなどが散見されることは、やむを得ないところだろうが、この時期の朝比奈の充実ぶりの記録としては、録音の意義は大きいとも言えよう。」 岡部真一郎氏による月評より、KICC158~9、『レコード芸術』通巻第535号、音楽之友社、1995年)



第1楽章 アンダンテ・コモド
sv0021b.jpgため息のような第1主題を太い音でしっかりと奏でてゆくところが朝比奈流で、たっぷりと響くホルン、内声に厚味を持たせた3声の主題確保(18小節)、豪快にうねり回す第2主題(29小節)など、早くも炸裂する「朝比奈節」に聴き手はぐいと引き込まれてしまう。ガッシリとシンバルを叩き込み、踏ん張りを入れて第3主題を絶叫する場面(92小節)は、腰は重いが音楽はすこぶる豪快で、野武士的なスタイルといえる。

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暗澹たる気分が戻ってくる展開部(108小節)は、ぶっきら棒なティンパニの強打や低音弦のピッツィカートに度肝を抜かされるが、バスクラリネットの呻り、ホルンのゲシュトップ、チェロの「悲歌」と弦の半音階進行によって、オッサンは死の恐怖を生々しく描き出す。Jシュトラウスのワルツ〈人生を楽しく〉を引用した第1主題(148小節)のシコを踏むような歌わせぶりはいかにもオッサン流。てんこ盛りするチェロの対声や嫋々と奏でるオーボエが“浪花のエレジー”をこってりとつむいでゆく。

sv0021g.jpg聴きどころは、第3主題を展開するアレグロ・リゾルート(174小節)。ティンパニをドカドカと叩き込んで殴り込みをかけるところは“赤穂浪士の討ち入り”のようで、オッサンは錯綜とした管弦の綾を腰を据えてどっしりと捌いてゆく。リズムは甘く、極端におそいテンポに胃がもたれてしまうが、慌てず騒がず、ブルックナー交響曲のように実直に音を積み上げて厚味を増してゆくあたりはオッサンの面目躍如たるところだ。

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急速な下降によって聴き手を奈落の底に叩き込む第3主題や、複雑な内声を練り回すような第2主題の豪快な棒さばきはブルックナーで鍛えた“大フィル・サウンド”が全開。呻き、喘ぐようなトロンボーンに、ホルンが〈告別ソナタ〉(引用)を重ね合わせる場面は慟哭が極まった感があろう。

sv0021c.jpg展開部後半は、息も絶え絶えの死の淵で、オッサンが女学生にモテモテだった若き日を懐かしむかのように、独奏ヴァイオリンの甘い香りで聴き手を包み込む。独奏を受け持つのは1980年にオッサンが名古屋フィルから引き抜いた稲庭達と思われるが、しみじみと奏でる第1主題がじつに感動的だ。しかしオッサンは旧懐の情に溺れない。第3主題を力強く駆け上がり、破局のクライマックスに雄渾に対峙。死がおとずれる場面ではトロンボーンの〈リズム動機〉をぶつけながら、葬列を威勢よく大股で歩んでゆくのがおもしろい。

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第1主題を太く逞しいスタイルによって熱っぽく盛り上げてゆく再現部(347小節)も聴き応えがあり、懐かしいホルンの第3主題(コーダ)によって、あたかも闘いを終えた英雄の回想のような、どこか満足げな気分で締めるあたりは、オッサンの“豪傑ぶり”を伝えてあますところがない。


第2楽章 ゆるやかなレントラー風のテンポで
sv0021d.jpgオッサンは3種の舞曲の小賢しい描き分けなぞ行わず、一筆書きの大きな流れで楽曲を捌いてゆく。レントラー風の楽想は、まさに地でいく野暮ったさで、オーケストラの反応は鈍いが変奏部でチェロとバスが刻むリズム打ち(40小節)が「ズンズン」と腹に響いてくるところに腰を抜かしてしまう。

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テンポを早めたウィーン風のワルツ(第2レントラー)も腰が重く、田舎臭さ丸出しだ。「がつん」とティンパニを叩き込んで猛々しく突進するところが痛快で、対位的なトロンボーンの挿句(148小節)の骨張った威勢の良さもオッサンならでは。第3レントラーも優雅さなど微塵もなく、引きずり回すようなフレージングはかなり乱暴である。

ワルツの再現(261小節)も勇ましい。大きな屁を一発かますようなバス・トロンボーンの一撃(294小節)に仰天するが、ワルツが「死の舞踏」となるテンポⅡ(423小節)にいたっては、「どすこい!」と楽団を駆り立てて突き進むさまは太っ腹の親方そのもの。リズムはぴたりと決まり、トロンボーンの対位を「バリバリ」とぶちかます骨っぷしの強さはオッサンらしい男気に充ち満ちている。


第3楽章 ロンド=ブルレスケ、アレグロ・アッサイ
sv0021e.jpg信号ラッパではじまる道化的な「死の舞踏」はゴツゴツとした感触が全曲を貫き、どっしりとした重みのある音楽が独特の緊張感を孕んでいる。管楽器セクションの踏み込みの脆さや、アンサンブルのキレの甘さなど、このコンビの泣きどころも随所にみられ、〈メリー・ウィドウ〉を引用した副主題(109小節)や2重フゲッタ(209小節)など、もっと“えぐり”を効かせて欲しいところもあるが、誇張やデフォルメを廃してスコアの音を地道に積み上げてゆくのが朝比奈たるゆえんだろう。

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シンバルの一撃とともに天使が舞い降りた気分になる天上のエピソード(347小節)は、コクのある歌わせぶりが特筆モノで、弦の気持ちの悪いグリッサンド(421小節)や、ずっこけたような木管のグリッサンド(497小節)など、不器用なオッサンの繰り出す“迷人芸”にも大拍手。

ストレッタ風になるフィナーレ(617小節)は、まるで畦道に足を取られたように荷馬車が思うように動かず、オッサンが泥にまみれて奮闘するさまが伝わってくる。狂乱のプレストではガス欠のオーケストラがなんとか重い腰をあげるが、急迫感を得られぬまま撃沈して、最後はオッサンの腕力で押し切った木訥豪毅なフィニッシュといえる。


第4楽章 アダージョ
sv0021h.jpg重厚な大フィル・サウンドを堪能させてくれるのがアダージョの音楽だ。ここでは大フィル自慢の弦楽サウンドが、ツボにはまったように豊かに鳴り響く。内声部に深々と弓を入れて厚味をもたせ、低音の底鳴りをくわえて「ぐい」と弾き抜く筆圧の強さは、まさに“一弓入魂”「ガンガン行け!」と叱咤しながら拳を震わせてヴィオラを響かせるオッサンの姿が目に浮かんでくる。

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驚くべきは「ごりごり」と呻りをあげて重低音を轟かせるコントラバス・セクションで、近接マイクによって、目の前で弓を擦っているような生々しさがある。オッサンは弦楽器にも管楽器にも大音量を要求したというが、とくに弦楽器のボウイングにうるさいオッサンは、弓の限界を超えたところで「もっと長く弾け!」と無茶な注文を出すこともしばしばだったという。

「デーやん、バスに音程なんかおまへんで。ただゴーッと鳴っとったらええんや。」 関西のオーケストラから、バスの音程が聴き分けられるようになったのはフィラデルフィア管弦楽団が初来日した頃からである。 出谷啓著『クラシックこの演奏家を聴け!』より、音楽之友社、1996年)


sv0021i.jpgオッサン=大フィルが本領を発揮するのが原調にもどる第3変奏(49小節)から。ここでは入念に練られた極上のサウンドによって、深みとコクを増してくるところが大きな聴きどころで、対位的な重層感を増す第5変奏(モルト・アダージョ)など、オッサンがマーラーの音楽をむんずと鷲掴みにして、ブルックナーの世界に引きずり込むような有無を言わせぬ説得力がある。
ホルンとトロンボーンが回音を絶叫し(70小節)、ホルンが強烈なヴィブラートをかけるウルトラCも飛び出すが、頂点に向かって力強く歩を進めるオッサンの気魄に圧倒されるのは筆者だけではないだろう。

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最大のクライマックスはロンド主題にもどる第8変奏(107小節)。対位的な弦を織り上げながら、がっつりとトロンボーンの回音を轟かせ、高弦のシンコペーションをぶつけて軋むような音を立てる〈リズム動機〉(122小節)の緊迫感は圧巻で、人生の場数を踏んできたオッサンならではの壮絶な“男の闘い”といえる。

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コーダの仕上げも入念で、この世に訣別する湿っぽさなぞ微塵もなく、オッサンはどこか満足げな安堵感すら漂わせて全曲を締め括る。「んん、この曲には不吉な終わりとか不幸せな終わりという感じがしないんじゃ。これは一種のメタモルフォーゼであって、いろんな事があったけど、すべては悠久の調和の中に消えていくという感じを持ったから、聴いている人は暗い感じを受けなかったんじゃろう。(朝比奈談)」 荒削りだが骨っ節のあるスタイルで貫いた朝比奈入魂の一枚だ。


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[ 2014/09/04 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)