ペーター・マークのスコットランド

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メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調 作品56
「スコットランド」
ペーター・マーク指揮 ロンドン交響楽団   
Recording: 1960.4 Kingsway Hall, London (DECCA)
Producer: Lay Minshull
Engineer: Kenneth Wilkinson
Length: 38:12 (Stereo)
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「スコットランド」といえばペーター・マーク、ペーター・マークといえば「スコットランド」が思い浮かぶほど《スコットランド》交響曲はマークの十八番の曲で、マークはよほどこの曲に愛着が深かったのか、生涯に3度レコーディングを行っている。中でも41歳の時に録音したデッカ盤は、繊細でみずみずしい解釈と録音のすばらしさで定評がある。

「顕微鏡で覗いて見るような微細なピアニシモまで克明に録る」と謳われた伝説の技師ケネス・ウィルキンソンによる名録音は、半世紀を経た今CDで聴いてもあまりの音の良さに驚いてしまう。これはマルティノンの《悲愴》とならぶ“デッカの配剤”といえないか。

「《スコットランド》の名盤というに留まらず、レコード史上に燦然と輝く金字塔である。もし、オリジナル・プレスのアナログで聴くなら、演奏の素晴らしさはもちろんのこと、オーディオファイルと呼ばれるデッカの名録音の中でも最高峰の音がここにある。マークの《スコットランド》はいつも素晴らしく、東京都響との実演も涙の出るほど美しかったし、ベルン響やマドリッド管とのCDを聴いても、決まって感激するのだが、それでも、演奏・録音・プレスが最高の次元で重なり合ったデッカ録音は別格なのである。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


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演奏はみずみずしいの一語に尽きる。ロンドン響の水も滴るように鳴り響く弦の美しさはたとえようもなく、心のこもったフレージンクの美しさは冠絶している。

詩情味溢れる木管の繊細なニュアンスにも心惹かれるが、チェロがロマンティックな主題をコクのあるフレージングによって、情感ゆたかに、しっとりと歌い回すアダージョはあまりにも切なくて、何度聴いても涙が溢れ出てしまう。

「〈スコットランド交響曲〉といえばすぐにマークの名が出るほどで、このディスクはマークの代表的な名盤だ。その演奏はすばらしく、とりわけ弦楽器の響きが繊細で艶があり、細部までよくまとめていて美しい。冒頭の序奏のしっとりとした風情をただよわせた描き方など、みごとである。」 志鳥栄八郎著 『クラシック不滅の名曲名盤』より、講談社、1994年)


「マークとロンドン響の〈スコットランド〉が優れているのは、聴く人の胸に初恋のときめき似た甘く切ない心を呼び起こすところにある。これは、テンポがどうだとか、どこにアクセントがあるとか分析しても始まらない。マークの純粋な感性が、メンデルスゾーンの魂の波動と重なり合って、奇跡のときを生んでいる。それをともに体験するだけだ。」 福島章恭著 『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アンダンテ・コン・モート
sv0025j.jpg1829年7月30日、メンデルスゾーンはエディンバラの旧王城ホリロードを訪れ、古い礼拝堂の中で冒頭16小節の基本動機を着想した。ヴィオラの奏でる瞑想的なリート風の主題は、悲劇の女王メアリー・ステュアートをしのぶかのようで、悲哀を湛えた北国の抒情が耳を捉えて離さない。

レチタティーヴォ風の16音符(第2楽句)のしたたるような弦の響きは、あまりの美しさにため息が出るほどで、木管の序奏主題に弦のレチタティーヴォを絡めながら、幻想的な王城の情景がひめやかに紡がれてゆく。

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序奏動機に由来する弦とクラリネット主奏の第1主題は、柔らかに揺らぐ抒情味あふれる歌い口が印象的だ。しっとりと濡れたような弦の触感、清楚な木管のアンサンブル、アッサイ・アニマート(総奏)のみずみずしいリズム打ちなど、聴き手の耳を恍惚とさせる美しい“音の情景”は枚挙にいとまがない。

sv0025b.jpgホ短調の副主題(第2主題)も聴き逃せない。クラリネットが透き通るような音色で陰影をつけながら、弦のしなるようなフレージングによって生気溌剌と頂点に駆け上るマークのみずみずしい音楽はこびも特筆モノ。濡れように詠嘆調のカンタービレを聴かせるコデッタ主題(181小節)の美しさも絶品で、しっとりと艶やかに紡ぎ出すロンドン響の弦楽奏者の卓越した弓さばきに酔ってしまいそうになる。

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うねるような弦のユニゾンで始まる展開部(105小節)の巧緻なアンサンブルや、チェロの対声がくわわる再現部(333小節)の対位法のなめらかな処理と、自然な呼吸で抑揚をつくるフレーズの流動感は、マークの冴えた感覚がものをいう。

「嵐のシーン」のクライマックス(427小節)では、弦楽の分厚い切分音とトレモロが目前に迫ってくるような生々しいデッカ・サウンドが展開。アッサイ・アニマートの頂点で走り出す指揮者の力瘤のない棒さばきや、一篇の叙事詩を語るような物悲しい結末も聴き手の心を打つ。

第2楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ
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バグパイプを模した呼びかけ序奏と、スコットランド民謡を思わせるクラリネットの舞曲は柔らかで、スコッチ・スナップ(付点リズム)を効かせて生き生きと躍動する冴えた感覚がたまらない。これに呼応する弦の小刻みの走句の緻密なフレージングと、爆発的な総奏の歯切れの良い進行がゾクゾクするような興奮を誘っている。

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弦のスタッカートで精密に駆ける副主題(72小節)も聴き逃せない。一分のブレもないスピッカート奏法と精妙に絡らめる木管のアンサンブルが聴きどころ。ヴィオラとチェロが第1主題をたっぷりと歌い出す弦楽フガート(105小節)の密度の濃さ、副主題を溌剌と駆け抜ける総奏(193小節)のすがすがしさ、ホルンが「ほこほこ」とこだまするコデッタ(214小節)の歯ごたえの良さが、あたかも一服の清涼剤のように聴き手に快感をあたえている。 


第3楽章 アダージョ
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無言歌風のアダージョ・カンタービレは、しっとりと濡れたように奏でる第1ヴァイオリンのフレージングの美しさがこの盤最大の魅力で、どこかもの悲しく、儚げで、憂いを湛えたウェットな詩情がそこかしこに流れている。

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葬送行進曲風の第2主題(34小節)は、いにしえの王城にふさわしい厳粛で威厳のある音楽だ。荘厳な付点リズムは整然と打ち込まれ、叙情的なカンタービレと対をなして巧みに織り上げられてゆく。再現部の総奏ではトランペットを突出させ、弦のトレモロを生々しく刻んだ音場もきわめて刺激的である。

sv0025e.jpg最高の聴きどころは、チェロが第1主題を滔々と歌い回す再現部(78小節)。チェロ奏者が心を込めて、ロマンティックな情感とファンタジーをニュアンスゆたかに紡いでゆくところは格別で、“メン食い”ならずとも、美しい歌謡旋律と果肉の詰まったジューシーな音を1度でも耳にしたなら虜になってしまうだろう。第1ヴァイオリンが装飾的なオブリガートで寄り添いながら、名旋律に彩りを添えるところは思わず目がうるんでくる。

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チェロと第1ヴァイオリンがデュエットでしっとりと旋律を奏でるコーダ(117小節)も感涙極まる名場面で、甘酸っぱくも切ないカンティレーナの美しさはいかばかりだろう。思いためらうようなエンディングの追想は、あまりに儚げで胸がいっぱいになってしまう。 


第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチッシモ
sv0025g.jpgアタッカで喰らい付くように突入するアレグロ・ゲリエーロは、するどい弦のアウフタクトから突っ走るところが痛快で、明瞭な金管のリズムを打ち込んで一気呵成に第2句の総奏(37小節)へ雪崩れ込むスリリングな音楽はこびに興奮し、思わずCDを指揮をしたい衝動にかられてしまう。

哀愁を帯びた木管の副主題から発展した勇壮なトランペットのマーチがメタリックに鳴り響く腰の強いサウンドも聴き応えがあり、精気溌剌とコデッタを駆け抜けるマークの足取りは爽やかだ。 
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聴きどころは展開部のフガート変奏(182小節)で、まるで細密画を見ているよう巧緻な弦楽アンサンブルが颯爽と展開する。小結尾の強引とも言えるクレッシェンドや、再現部で立ち上がる管弦楽は「ここぞ」とばかりに激しく燃え上がるが、決して肩肘張らず、一陣の風のような冴えた管弦楽を堪能させてくれる。沈鬱な表情で消えてゆくコーダ(361小節)のクラリネットの侘しげな風情といったら!

sv0025h.jpg8分の6拍子に変わるアレグロ・マエストーソ・アッサイ(396小節)は、スコットランド民謡風の牧歌が統一動機となって、マークがフィナーレを大らかに歌い上げる。肉厚のサウンドによる総奏の中から、大きく音を割って炸裂するホルンとトランペットに腰を抜かしてしまう。

ホルンのルフランを「ぷ~ぷか・ぷ~ぷか」と浮かび上がらせる虚妄の音場はまぎれもなく“デッカ・マジック”で、張りのあるシンフォニックな響きが聴き手の耳を刺激してやまない。
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若きマークが、ロマンティックな情感とファンタジーをあますところなく描き上げた極上の一枚だ。


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[ 2014/10/18 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)