ショルティ=シカゴ響1977年来日公演のマーラー交響曲第5番

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マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調
ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
Sir Georg Solti, conductor
Chicago Symphony Orchestra
Date: 1977.6.20 19:00
Concert Venue: 0saka Festival Hall
Seat : Floor-1 Row-Z3 No-62


筆者がもっとも強い衝撃を受けたコンサートといえば、1977年のシカゴ交響楽団の初来日公演での演奏だ。忘れもしない6月20日、大阪フェスティバルホールで聴いた演目は、前半にモーツァルト《ジュピター》、後半にマーラーの交響曲の中でも難曲として知られる交響曲第5番だった。マーラー交響曲第5番は、ショルティがシカゴ響の音楽監督に就任した最初のシーズン(1969年11月)の定期公演プログラムに取り上げた作品で、このコンビのいわば看板曲。

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レコーディングはこの直後に行われたが、その真価を問うニューヨーク公演(1970年1月)でも《第5番》が取り上げられ、ニューヨーカーの度肝を抜かしたという。この時の演奏は後生の語りぐさになるほど衝撃的で、定期演奏会を社交儀礼の場から音楽的体験の場に変えた一大事件であったことが伝えられている。終演後は聴衆全員が起立して喝采を送り続けたという。

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「始めてツアーをおこなったとき、ニューヨークのカーネギーホールで演奏したのもこの作品だった。私たちはまだ未知数の存在だったから、ニューヨーカーがどう反応するかいささか不安だった。終楽章を演奏し終えたとき、聴衆は総立ちになり、まるでロック・コンサートのような叫び声があがった。喝采は果てしなくつづいた。私たちの演奏が彼らを虜にしたのだ。あれほどの熱狂ぶりはそれまで経験したことがなかったし、今後もないだろう。」 ゲオルク・ショルティ著『ショルティ自伝』、木村博江訳、草思社、1998年)


「シカゴ交響楽団はすばらしいオーケストラである。暖かく輝くばかりの音を持ち、信じがたいほど柔軟で、しかもバランスがよい。フィラデルフィア管弦楽団の逸楽的なほどの豊麗さとクリーヴランド管弦楽団のぜい肉のとれた効率との中間をゆく音だ。低弦の豊かさがアンサンブルをよく支え、金管部門も最高である。この伝統ある楽団がふたたび実力を発揮したのも、すべてショルティの功績にほかならない。ショルティは今や世界第一級の指揮者の1人にのし上がろうとしている。わたしは、なぜ最近シカゴの批評家がニコニコしているか、その理由が今わかった。」 『ミュージカル・アメリカ』誌、P.J.スミス氏の評)


「バーンスタインやブーレーズの下での、いわばヨーロッパふうの柔軟なNYフィルをきき慣れているニューヨーカーの耳に、堅固な鉄壁のようなシカゴ響とショルティはさぞすばらしくきこえたであろう。たしかに聴こえ栄えのする奏法であり、そのことが、ショルティをレコードの賞をもっとも多く取得している指揮者にさせてもいるのだと思う。急速の楽章のみごとさは言わずもがなだが、むしろ、〈アダージェット〉の弦のフレージング、その大きな息づかいに、ワルター以来のマーラー像を見る思いがした。」 柴田南雄著 『名演奏家のディスコロジー曲がりかどの音楽家』より、音楽之友社、1978年)


sv0027e.jpg大阪での演奏は単に「すごい」といえる次元のものとは異なり、およそ信じられないような驚異的ともいうべきシカゴ交響楽団の圧倒的なサウンドに、「これがオーケストラというものか!」と筆者は驚嘆した。会場に居合わせた3千人足らずの聴衆は固唾を呑んで演奏を聴き、筆者も五感を総動員して、この想像を絶する音楽体験を逃すまいと身を乗り出して、舞台にむしゃぶりつくように聴き入った。

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看板奏者の発するトランペットのファンファーレからロンド・フィナーレまでの65分というもの、筆者は体中に電流が走ったように震え続けていた。威厳に充ち、壮麗なブラスと大砲の砲撃のような打楽器が轟く第1楽章の葬送行進曲、肉厚の弦がうねるように躍動する第2楽章、透明な弦の響きとオバケのようなホルンの音に腰を抜かした第3楽章を経て、「ずしり」と重量感のあるアダージェットが纏綿と奏でられると筆者の興奮と感動は頂点に達した。


sv0027f.jpgそして終楽章のロンド・フィナーレ。肉体的な興奮を喚起するようなショルティの活力のある指揮ぶりは圧巻で、筋肉質で強靱な音塊が襲い掛かってくるような急迫的な結びの一撃のあとに、静寂を突きやぶる「お~~~~~」という歓声が瞬時にフェスティバルホールにあがった時は信じられなかった。一瞬、何事かと思ったほどで、同じ年に聴いたベルリンフィルやレニングラードフィルでは見られなかった異常な光景だった。聴衆の誰もが完璧すぎる演奏と音響の凄まじさに絶句し、放心状態で会場をあとにしたことだろう。

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何よりも驚いたのは、会場で聴いたマーラーの音楽は、レコードと寸分違わぬ音で鳴っていたことだった。セッションで仕上げた録音と同じに聴こえるはずはないのだが、各声部がレコードのように、明瞭に浮き立って聴こえてくる歯ごたえのある音楽は、まるでスコアを克明に音化したような輝かしい機能美にあふれていた。

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後に、コンサートもレコーディングも基本的なコンセプトに変わりはないとするショルティの言に“わが意を得たり”と膝を打ったものだった。これまで、レコードでしか聴けなかったシカゴ交響楽団がヴェールを脱いだまさにその瞬間に居わせることが出来たことは、筆者にとって貴重な体験だった。

「マーラーこそままさに青天の霹靂であり、全曲演奏が終わった時、拍手と歓声以前に、“オー”といった感嘆のため息が聞こえたような気がしたほどである。そしてベルリン・フィルに匹敵するヴィルトゥーオージ・オーケストラの登場を実感したものである。ショルティ65歳の時の奇跡といいたいコンサートだった。」 「衝撃の来日公演~その記録と記憶」より諸石幸生氏による~『レコード芸術』通巻第663号、音楽之友社、2006年)


「正確無比なアンサンブルと輝かしい響きは有無を言わさぬ説得力を有し、アタックの効いた音の立ち上がりは耳に突き刺さんばかり。ショルティのマーラーはレコードで体験していたが、ナマで聴いてみるととても恐ろしいものだと感じ入った次第である。終演後の客席の沸き方はすさまじかった。日本でのショルティの名声が確立された瞬間ではなかっただろうか。」 ショルティ/来日公演の衝撃」より岡本稔氏による~『レコード芸術』通巻第687号より、音楽之友社、2007年)


「終楽章が、終わりに出現するコラールのクライマックスに向けての壮大な行進として構成されているのは、いうまでもないことだ。そのクライマックスの造成で私は、かつてショルティがシカゴ交響楽団を指揮して、東京でこの交響曲をやった時の筆紙につくし難いような盛り上がりを忘れることが出来ない。あの時のは、まるで大洪水の時の川の氾濫みたいに限りなく力強く、どんな抵抗も許さないような圧倒的な勢いでおしよせて来た末、そこから金色に輝く巨大な像が目の前に立ちふさがったみたいにコラールが鳴り響いてきたような演奏だった。」 『世界の指揮者』より、吉田秀和コレクション、筑摩書房、2008年)


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ショルティはインタヴューの中でシカゴ交響楽団について次のように語っている。

「私は、音に対する絶対的なイメージがあって、どこのオーケストラに対してもそれを追求します。音の透明感、バランス、強弱、リズムといったものをとても大切にしていますが、このオーケストラは私のイメージ通りに共鳴してくれるのです。私は音がずれることを嫌います。そういうことを好むオーケストラもありますが、私は明瞭で正確であることを求めます。私たちの関係は、皆、3年もたないだろうと言われてきました。シカゴに3年いたら死んでしまう。ある記者が就任時に私を歓迎する記事を書きました。〈3年契約したその勇気に感服します! ここは指揮者の墓場として有名な町だから〉 でも私は今日までもちこたえました。もう墓場も怖くはありません。」


sv0027g.jpgこの時の公演で関係者を驚かせたのは、各地の公演では事前のリハーサルがなく、ぶっつけ本番で演奏が行われたことだった。7日から24日までの公演で演奏がないのはわずか3日だけ。その間に各地を移動してまわるハードスケジュールだったために事実上練習が出来ず、音響効果の異なった会場で演奏するのはほとんど冒険に等しかった。しかしリハーサルなしに演奏することは、この楽団にとってさほど大きな問題ではなかったらしい。

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東京公演ではチャイコフスキーの《悲愴》交響曲で楽員がその一部を失敗し、あとからショルティに謝罪したしたことが伝えられた。ショルティは「あまり気にしないように」と楽員をやさしく慰めたという。鬼軍曹の風評は単なるウワサに過ぎなかったのだろうか。

「プロの耳で聴けば分かっても一般の人には気がつかないくらいのところで、非常に演奏のむつかしい部分です。私たちは、日本のオーケストラと同じようにアンビシャス(高い水準を目ざしている)なのです。私は、むつかしい曲を演奏するときは、スマイル(微笑)をしてから指揮に入るよう心掛けています。」(ショルティ談)


sv0027h.jpgショルティはオーケストラを建築にたとえ、指揮者の立場から、各パートの均衡と明確な音の表現を第一に考えているという。「それを実現する秘訣はこれですよ」と自分の大きな両耳を指して笑ったと、当時の新聞記事は伝えている。

ショルティ=シカゴ交響楽団は1986年の日本公演でもマーラー交響曲第5番を演奏し、3月26日の東京文化会館でのコンサートのもようはオンエアされたから、こちらの演奏が記憶に残っている人も多いだろう。評論家でマーラー指揮者である金子建志氏がインタヴューで次のように語っている。

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「なんつぅても、ショルティのレコードが完璧ですからね、前回来たときは聴き逃しちゃったんで、生でどれくらいできるのか確かめてみたいですネ。とくにハーゼスがいかにトランペットを完璧に吹くのか楽しみです。それからシルキーな弦も楽しみで、何しろベルリンフィルとトップを争っているオーケストラですから、生で聴いたらどうでしょうか?」


「一番の見モノはショルティの指揮で、彼は“肘で全部ぶちこわす”ってベルリンで批評されているわけ。ところが、シカゴ響はそういうショルティの奇妙な動作に全然反応を示さないんですね。ショルティがいくら暴れても綺麗なレガートで弾いちゃうんで、そのあたりも確かめてみたいです。」


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どういうわけか、ショルティという指揮者は日本ではあまり人気がない。来日公演でもショルティを聴きたいからではなく、シカゴ交響楽団を聴きに来たというファンが圧倒的だ。公演を聴きに来た聴衆からも次のような声が聴かれた。

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「とにかくアメリカのオーケストラが大好きでよく聴きに来るが、シカゴ・シンフォーニーはその中でもピカイチで、もっともパワフルなオーケストラであることが聴きに来た最大の理由。もう1つはショルティはあまり好きな指揮者ではないが、年齢から考えると今回が最後だろうということ、そして演目が一番評判の高いマーラーの5番であること!」

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あまりにも衝撃的だった1977年ショルティ=シカゴ交響楽団の来日公演。37年前の思い出はいくら紙面を費やしても語りつくせるものではないが、筆者にはショッキングな事件ともいうべき生涯忘れ得ぬコンサートだった。

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[ 2014/11/09 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)