フルトヴェングラーのベートーヴェン/交響曲第8番

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ベートーヴェン/交響曲第8番へ長調 作品93
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1953.4.14 Titania-Palast, Berlin (Live)
Henning Smidth Olsen No.330
Disc: FURT2002-2004 (Tahra)
Length: 25:56 (Mono)
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フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲は、EMIのレコーディング計画において〈第2番〉〈第8番〉が録音されずに終わったことから、ライヴ録音の発掘が音楽ファンの待ち望むところとなっていた。しかし、巨匠は演奏会でこれらの曲を取り上げることが少なく、その発掘には紆余曲折があった。

sv0028m.jpg1972年7月、まず東芝EMIから発売されたストックホルムフィルの〈第8〉は、レオノーレ序曲第3番とリハーサルを組み合わせた1948年のライヴ録音だったが、演奏は巨匠の個性が生々しく刻印されたものではあったものの、録音の貧しさや演奏の質の問題でファンを充分に満足させるまでには到らなかったと記憶する。

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1973年10月、日本フォノグラムのフォンタナレーベル(FCM53)より、1953年4月にベルリンフィルを振った〈第8番〉が発売されて大きな話題になった。この〈第8〉が公式のルートで発売されたのはこの時が初めてだったが、1970年にコペンハーゲンで出版されたオールセンのディスコグラフィには、Non Commercial Discの項No.0028として掲載され、非公式にプレスされた海賊盤(MRF-50、MRF-64、BJR118)によってその存在が知られていた。

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1953年のベルリンフィル定期公演は、ティタニア・パラストで4月12、14日に行われ、14日はラジオの中継放送があり、その録音テープが自由ベルリン放送局(Radio Sender Freies Berlin)のライブラリーに保管されている。ところが、エアチェックされたアナウンス付きの実況録音では、第1楽章提示部の反復が行われているという重大な情報がヨーロッパから持たらされ、海賊盤に対する疑惑がわき起こったという。

提示部の反復はフルトヴェングラーが絶対にやらなかったというエリーザベト夫人の証言によっても裏付けられ、ストックホルムの演奏と比べても第2楽章のリズムとアクセントがまるで別人である点が指摘された。結局のところ、このレコードの正体はクリュイタンス指揮のベルリンフィルのEMI盤で、「非フルトヴェングラー」と判定された。

「これはアンドレ・リュイタンスの演奏である。フルトヴェングラーの“贋作”はいろいろあるが、本物を多少なりとも聴き込んでいれば、明らかにそれと見破れる録音のひとつだろう。全体の特徴はよく似ているが、曲の構成に対するフルトヴェングラーの独特のアプローチ、とくにこの指揮者の署名代わりになっている、11小節の後の短い休止が見られない。さらにこの演奏では第1楽章の繰り返しが行われているし、和声よりも旋律が重視されている。またリタルダンドのかけ方も短く、突然で、スフォルツァンドにきっぱりとした勢いがない。ティンパニも抑制が効きすぎている。」( ジョン・アードイン著 『フルトヴェングラー・グレート・レコーディグス』より、藤井留美訳、音楽之友社、2000年)</p>


「ベルリン・フィルの〈第8〉ということで話題をまいたレコードだが、クリュイタンス盤と同じではないかという意見が提出され、ぼくもじっくり聴き比べた結果、まったく同一であった。但し、クリュイタンス盤はステレオで音は清澄、フルトヴェングラー盤はモノで音も鈍重、ピッチもやや低い。意識的に変えたのだとしたら悪質である。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』より、PC4、芸術現代社、1977年)


sv0028l.jpg一方、桧山浩介氏(フルトヴェングラー研究家)によると、米国ではフルトヴェングラー指揮ベルリンフィルの〈第8〉との見解が根強く、BJR118のソースになったテープには、冒頭にフルトヴェングラーとベルリンフィルによるベートーヴェンの〈第8〉という女声アナウンスが入っており(レコードではカット)、これが真正盤とされる理由ではないかと指摘する。


事実、1988年にクラウン・レコードからCD(PAL1026)で再び発売された時「この演奏は今でも米国ではフルトヴェングラーの演奏と広く信じられている」旨の原盤提供者からの回答があったという。(『フルトヴェングラー没後50周年記念』~平林直哉「フルトヴェングラー事件簿」より、学習研究社、2005年)

現在、フルトヴェングラー指揮によるベートヴェン〈第8〉は、3種のライヴ録音が確認されている。これ以外に1932年のベルリンフィルの断片(第2、3楽章)が知られている。

No.OrchestraDateCityLocationOlsen_No
ストックホルムpo1948.11.13StockholmKonserthusO_140
ベルリンpo1953.4.14BerlinTitania PalastO_330
ウィーンpo1954.8.30SalzburgFestspielehausO_422
ベルリンpo1932.12.20BerlinGerman radio archive 

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参考までに上記3種の演奏と、フォノグラム盤(A)、クリュイタンスのEMI盤(B)の演奏タイムを比べてみた。第4楽章に拍手が含まれている場合(*)はそれを表示タイムから除いた時間とした。なお、(B)は(A)に酷似するものの、第1楽章131小節のチェロの一人がピツィカートで演奏するミスがあるためにEMI盤とは別物との異論(桧山説)もあるが、ステレオ盤のCDを聴く限り、そのようなミスは聴き取れなかった。

No.DiscLavel第1楽章第2楽章第3楽章第4楽章合 計
TOCE-3720EMI8:024:335:517:26*25:52
415 662-2DG8:024:305:367:48 25:56
013.6310Nuova Era8:304:375:477:51*26:45
FCM53Fontana10:373:555:027:42 27:16
50999-6483032EMI10:353:555:017:44 27:15

sv0028h.jpg真正のベルリン盤は、ワルター協会盤(日本コロムビア)OZ7520(1977年)、OZ7585(1984年)として発売されたが音質は劣悪。筆者が購入したのはOZ7585だったが、その後、自由ベルリン放送を音源とする独グラモフォン盤のCD(415 662-2)を買い直したのの、これも期待したほどの音質ではなかった。

今回、仏ターラ盤(FURT2002-2004)に耳を傾けてみると、これが驚きや、鮮明でみずみずしい音に飛び上がって驚いた。強音も音が潰れることなく、木管の息づかいやニュアンス、弦楽器のしっとりとした色艶が感じとれるではないか!

「演奏はさすがと思わせる立派なものである。第1楽章はかなり熱っぽい内面の動きを映し出しており、明暗が大きく波打っている。やや過剰な身振りさえ感じられるが、この楽章全体は見事な統一感のものとすばらしい動的な美しさを内包している。楽員ときき手とを一挙に音楽的気分のなかに引きずりこむ作業であり、しかもそれ自体芸術的完成度の高い指揮である。これに対して次の2つの楽章はたっぷりと、そしてこまやかに吟味しての表現で、第1楽章の劇的な誘導から一転してきき手は微妙の世界へと流し送られる。悠悠たるテンポのメヌエットにもこまやかにニュアンスがあり、トリオのホルンなど録音の粗末さにもかかわらず、非凡な美しさだ。」 大木正興氏の月評より、OZ7520、『レコード芸術』通巻第318号、音楽之友社、1977年)


「ストックホルム盤とほとんど同じ解釈であるが、この方が円熟しており、オーケストラと録音もずっと良い。ともかく、厚味のある意味深い響きが一貫した〈第8〉であり、第1楽章の再現直前のあたりは、その情熱の高まりが最高だ。出来映えもこの楽章がいちばん見事である。」 宇野功芳著 『フルトヴェングラーの名盤』、OZ7520、芸術現代社、1977年)



第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ
sv0028i.jpg弦楽器のシャッキリとしたみずみずしい総奏フォルテの開始に驚かされるが、ストックホルム盤と比べると、アンサンブルの質が根本的に異なり、緻密で、まるで次元の違う音楽が鳴っている。付点2分音符の手前(12小節)で大きく“溜め”を入れるのがフルベンの“常套句”「12小節目のルフトパウゼのようなフレーズの強調」と印されるチェック・ポイントだ。ウィーンフィルとの演奏でティーレマンがネタバレ的に、これと似たような事をやっていた。
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素朴な民謡風の第2主題も聴きのがせない。ベルリンフィルの艶やかな弦がうるわしく輝き、木管の透明な音に魅了させられるが、スフォルザンドを深く打ちこんでクレッシェンドしていくのがフルベン流。音型が変わる70小節(再現部268小節)では、角をまるめたレガートで歌わせているのも大きな特徴で、ストックホルムと同様「70小節からの音型でリズムをまったく変える」(宇野功芳氏)と著される。

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sv0028j.jpgここで、展開部へ入る箇所(104小節)で事故が起こる。木管奏者の1人がリピートがあるものと思い誤ってをフォルテで「ひょ~」と飛び出してしまう。ターラ盤ではクラリネットに聴こえるが、「2番フルートだけ戻ってしまっている」(ジョン・アードイン)という異論もある。グラモフォン盤(415 662-2)では、この部分を差し替えて修正の手を入れているが、不自然な継ぎ目は明瞭だ。
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「エリーザベト夫人の指摘どおり巨匠は反復の省略を楽員に指示していたとみられるフシが本項の録音で認められる。つまり第1楽章102小節の次は巨匠の指示では104小節目は1拍目がトゥッティでそのあとはヴィオラだけのpとなるところが本項の録音では104小節目に相当する冒頭の1小節目をクラリネットが吹いている。これは通常、反復演奏される習慣とはフルトヴェングラーの指示が異なっていたため、その指示を奏者がうっかりしてしまったミスと思われる。」 桧山浩介編「フルトヴェングラー・ディスコグラフィ」より、~『レコード芸術』、音楽之友社、1984~85年)


sv0028k.jpg大きな聴きどころは展開部151小節で、第1と第2ヴァイオリンが交互に激しくかけ合いながらスフォルツァンドを急迫的に打ち込んで畳み掛けてゆくところはフルベンの面目躍如たるところで、巨匠はダイナミックに、的確にリズムを打ち込んで突進する。コーダはストックホルムほど力まかせの荒業を仕掛けないのがこの演奏の格調高いところで、ベルリンフィルの高度な演奏技術によって、音楽にゆとりと風格すら感じさせてくれる。
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第2楽章 アレグレット・スケルツァンド
木管のリズムがぴしゃりと決まり、質の高いアンサンブルを堪能させてくれる。第2主題もリズムが活きづき、フォルティシモのすさまじい震音がオケの威力を伝えている。再現部の変奏主題で魅せる優美な歌や、コーダの精密かつ豪快な終止もフルベンらしい必殺ワザといえる。

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第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット
sv0028n.jpg大きくうねる弦の厚い響きによって、巨匠は密度の濃いメヌエットを演奏する。腹に響く低音リズム、艶やかに歌う弦の調べ、第1ヴァイオリンの滑り込むようなスタッカートなど神業の連続で、踏みしめるようなリズムで打ち込む管のテーマも力強い。

カールスバードの郵便馬車信号を模したトリオは、ホルン奏者の独壇場。このすばらしい演奏には、ただもう聴き惚れるばかりで、これを歌い継ぐクラリネットの独奏も冠絶している。これに比べるとストックホルム盤の演奏はいささかお粗末だ。

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第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
フィナーレは堂々たるテンポで落ち着きのある進行が印象的だ。ここでもベルリンフィルの緊密なアンサンブルと優美な歌を堪能させてくれるが表現は抑制され、起伏と迫力にとんだ荒武者的なストックホルム盤に比べれば、どこか演奏にノりきれないうらみがある。

sv0028o.jpgようやくエンジンがかかるのがコーダ345小節の総奏から。切迫感のあるリズムにのせてクレッシェンドとアッチェレランドを重ね、コントラバスの重低音をたっぷり効かせる主題回想や、爆発的な和音終止によって帳尻を合わせた感がある。終楽章にいまひとつ燃焼し切れないもどかしさを残すベルリン実況盤だが、巨匠の奥義と質の高いアンサンブルで魅了させてくれる筆者には思い入れのつよい一枚だ。

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[ 2014/11/20 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)