カラヤンの「アヴェ・マリア」

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シューベルト/「アヴェ・マリア」 変ロ長調 作品52-6
レオンタイン・プライス(ソプラノ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1961.6.3-5 Sofiensaal, Wien (DECCA)
Producer: John Culshaw
Length: 5:23 (Stereo)
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カラヤンは1959~65年に英デッカにウィーンフィルとの一連のレコーディングを行っている。このディスクは50代になったばかりの新進気鋭のカラヤンが、ウィーンフィルのまろやかな音色を生かしてLP15枚分の管弦楽の名曲を指揮し、ジョン・カルショウ率いる録音チームがこれをステレオ収録した。

sv0031b.jpgこの一連のデッカ録音は、半世紀過ぎた今なお、数年おきに一枚千円で限定生産される超人気シリーズ。とくに大物歌手のレオンタイン・プライスを起用したこのアルバムはシリーズの中でも屈指の一枚で、大ベストセラーになった名録音だ。

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デッカ専属のカラヤン=ウィーンフィルと、RCA専属のレオンタイン・プライスという超大物スターの共演は、デッカとRCAの交換契約によって実現したもので、プライス主演の歌劇《カルメン》(ビゼー)をRCAで録音した見返りとして、当録音では英デッカがプライスを借り受けるかたちでセッションが組まれたものだ。

sv0031j.jpg13曲を収めたというのがクリスマスのアルバムらしからぬ不吉な予感をいだかせるが、これらはシューベルト、アダン、グノー、モーツァルトといった名曲にオーケストラの伴奏をなみなみと盛りつけたもので、メロディアスな節回しにのってプライスが抜群の歌唱力を発揮。とくに《アヴェ・マリア》は、カラヤンの耽美的ともいえる絶妙の節回しによって美麗の限りをつくしたもので、カラヤン・ファンにはたまらない一枚だろう。  amazon

「プライスの歌唱はクリスマスにふさわしく敬虔で清らか。お得意のアイーダやトスカとはまた別の、頭声の響きを主体としたしなやかな歌い口は彼女の高い音楽性を証明するものである。無伴奏で歌った〈おさなごイエス〉の純粋さには心が洗われるし、有名な〈オー・ホーリー・ナイト〉がこれほど格調高く歌われた例も希だろう。カラヤンもさすがに巧く、〈アヴェ・マリア〉ではさりげなく歌に寄り添っている。アルバムとしての内容は軽いが、これを彼女の名盤のひとつに挙げて異論はあるまい。」 太田直樹氏による月評より、KICC9301『レコード芸術』通巻589号、音楽之友社、1999年)


「なんと豪華で贅沢なクリスマス・アルバムだろう。カラヤンとウィーン・フィル、そしてまさに絶頂期にあったレオンティーン・プライスによって61年に録音されたこの“クリスマス・アルバム”は、クラシックの分野におけるこの種のアルバムの“4番打者”の地位を、録音から40年以上を経た今日でも保持している。通俗名曲や小品におけるカラヤンの完成度の高い“仕事”は改めて述べるまでもないが、プライスの声の最も美しい時期に、このアルバムが録音されたことは特筆してよいだろう。」 岩下眞好氏による月評より、UCCD3442、『レコード芸術』通巻639号、音楽之友社、2003年)



《シューベルトのアヴェ・マリア》(ドイツ語)、変ロ長調、作品52-6 D.839
「アヴェ・マリア」は聖母マリアさまを「たたえまつる」という意味で、「おめでとう、マリア」と訳され、ローマ・カトリック教会の教典にある聖母マリアへの祈祷文(ラテン語)で祈りを捧げるときに使われる。祈祷のための教会音楽や、この祈祷文を歌詞にしたものをはじめ、多くの作曲家の手による《アヴェ・マリア》が存在する。

sv0031c.jpgとくに有名な作品がシューベルトの《アヴェ・マリア》。これは祈祷文ではなく、イギリスの詩人ウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』の一節にシューベルトが曲を付けたもので、父とともに王に追放され、洞穴に身を隠すスコットランドのダグラスの姫君エレンが、老臣ベインの竪琴にあわせて聖母マリアに助けを求めて祈りの言葉を口ずさむ、という内容を歌ったもの。演奏されるサバチーニ編曲は、ロマンティックな気分がより強調されて、カラヤン好みのものといえる。   amazon

「アヴェ・マリア。やさしい処女。どうぞ乙女の願いを聞いてください。硬い荒れた岩でさえも、あなたの守護があるなら、やわらかくなるでしょう。あなたがほほえみになるなら、この湿った洞くつもばらの香りが漂うでしょう。父のために祈るおとめに、やさしいご加護を垂れさせたまえ。」 志鳥栄八郎著『世界の名曲とレコード』増補改訂版より、誠文堂新光社、1974年)


竪琴を模したハープの6連音符の伴奏にのって歌われる厳粛なしらべは、清らかな乙女ごころの敬虔な気分に充ちている。カラヤンの魔の手は、ここに高貴な気分妖しい色香を巧みにしのび込ませる。驚くことに、カラヤンは1曲目にプライスの歌は入れず、「主役は自分だ」といわんばかりに、まずオーケストラだけで嫋々と歌いあげてゆく。これはまさしく“カラ・オケ”にほかならない。

弱音からそっと導き出される〈ア~ヴェ・マリ~ア〉の冒頭のフレーズの絶妙の出だしはため息が出るほどで、弦をこすって、これほど美しく、憧憬と哀しさをこめて、清らかに歌わせることの出来る指揮者はカラヤンのほかをおいているだろうか。たとえようもない静謐のなかに、カラヤンの狡獪な意図も見え隠れする。あたかも〈ア~ヴェ・カラ~ヤ~ン〉と自らを賛美するかのように。

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sv0031d.jpgはて、「カラ・オケ」では、原曲の2小節目4分休符を完全に無視して〈ア~ヴェ・マリ~ア〉の「最後のア」の4分音符を2分音符のように弾いて、〈ユング・フラウ〉に切れ目なく繋げている。また、7小節アウフタクトの前の8分休符も完全に無視し、続くフレーズに滑らかに繋げてしまうといった改変が確信犯的に行われている(歌唱は原譜どおりに歌っている)。必要以上に磨きをかけ、音楽を耳あたりよく仕上げるムード・ミュージック的な手口は、カラヤンのあざといところといえる。   amazon

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しかし、旋律線を美麗なレガートによって、ゆったりと揺らせながら妖艶に紡いでゆく音楽は何ら作為を感じさせないところがカラヤンの恐ろしいところで、上昇音の16音符に少し溜めを入れてさりげなく見得を切ったり(3小節)、3連16分音符をもったいぶったように緩急をつけるやり方(4、5小節)や、思わせぶりな装飾音の歌いまわし(6小節)など、旋律のいたる箇所に聴き手の俗耳をくすぐる仕掛けが巧妙に配されており、カラヤンの手練手管の誘惑に負けてしまいそうになる。
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7小節めアウフタクトから歌われる展開部のドラマチックな高揚感も比類がなく、ここでウィーンフィルの甘美な弦が大きくものをいう。名器にやわらかなレガートをかけ、甘い香りで聴き手を酔わせる手口はカラヤンの常套手段で、みずみずしくも濡れたような感触は涙もの。艶をたっぷりのせて頂点で心をこめるように、さりげなくテンポを落とすところは究極のカラヤン美学を開陳したもので、これが見せかけのものとわかっていても、感動のあまりに胸がいっぱいになってしまうのは筆者だけではないはずだ。
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sv0031f.jpgオーケストラにこれだけ歌われてしまうと独唱者はさぞ歌いにくかろう、と思いきや、プライスの歌唱はそんな危惧を払拭してくれる。カラヤンの取りまわす伴奏に上手く乗せられながらも、それに流されず、格調高く歌い上げるあたりは大物ぶりをいかんなく発揮する。

3連16分音符をもったいをつけずに、きっぱりと見得をきるように歌うところは、抜群の存在感を見せている。恋人にそっと寄りそうようなカラヤンの繊美な伴奏も心憎くく、プライスの歌唱を巧まずして引き立たせている。

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何よりも素晴らしいのがプライスの声質だ。絶頂期の録音だけあって、しっとりと濡れたような極上の美声をびひかせている。この透きとおるような歌声は、パミーナ(モーツァルト歌劇『魔笛』)やジルダ(ヴェルディ歌劇『リゴレット』)だって立派に歌ってくれそうな「リリコ・ソプラノ」を思わせる抒情性を感じさせてくれるではないか。

sv0031g.jpg9小節目から、ヴィリー・ボスコフスキーと思われる独奏ヴァイオリンが、プライスに寄りそうように絡み、デュエットを奏でるご馳走が用意されている。まさに至れり尽くせりの《アヴェ・マリア》といえる。少し遅れ気味に奏でる甘美な独奏ヴァイオリンが「これでもか」とロマンティックなムードを演出し、しとやかに歌われる乙女の祈りの音楽が、聴き手を敬虔な気分と深い感動に包みこんでくれる。

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かつては、『カラヤンのクリスマス・プレゼント』というアンチ・カラヤン派の嘲笑が聞こえてきそうな俗っぽいタイトルだったが、小品といえども決して手を抜かないカラヤンとプライスの“音楽の贈り物”として、何度でも繰り返し聴きたくなる珠玉の一枚だ。


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[ 2014/12/23 ] 音楽 シューベルト | TB(-) | CM(-)