カラヤンのブラームス悲劇的序曲

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ブラームス/悲劇的序曲 作品81
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1970.9,10 Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Recording Producer: Michel Glotz (EMI)
Balance Engineer:Wolfgang Gulich
Length: 14:11 (Stereo)
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筆者がこのレコードをはじめて聴いたのは〈名序曲へのお誘い〉と題した廉価盤LPで、ベルリンフィルとの《悲劇的序曲》と《フィデリオ》序曲のほか、ドレスデンとの全曲盤から採られた《マイスタージンガー》前奏曲といった作品が含まれており、70年代の比較的新しい録音が安価で手に入るのが魅力的だった。

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もとよりEMI派で、いっぱしのカラヤン・ファン(“カラキチ”と小馬鹿にする友人もいた)であった筆者はその華麗なサウンドに魅せられて、何度も針でこすってこのレコードを聴き入った。中でも《悲劇的序曲》のドラマチックで、しかも実演のような熱気あふれる演奏に感激し、カラヤンのようにこの名曲をカッコよく指揮してみたいと思ったものである。

sv0034b.jpgカラヤンの《悲劇的序曲》には何種類かのレコードが残されているが、その中で最も気魄に充ち、しかも音楽に勢いがあるのがEMI盤だ。このコンビ全盛期の70年代に見られる輝かしいオーケストラ・サウンドが全開で、指揮者とオーケストラが真剣勝負で白熱し、全身全霊で演奏するさまは数あるレコードの中で冠絶している。しかも劇的な闘争を孕みながら、カラヤンが悲劇の楽想に自らの英雄像を刻印したすさまじい演奏である。

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「ベルリン・フィルによる〈フィデリオ〉と〈悲劇的序曲〉にカラヤンの特色がよく出ている。前者はかなり効果を狙った演奏で深味には欠けるが、巧いことは事実。後者もブラームスらしからぬ派手な響きだが、拡がりの豊かな雰囲気は抜群である。」 宇野功芳氏による月評より、EAC35005、『レコード芸術』通巻第316号、音楽之友社、1977年)


sv0034k.jpgエッジの効いた音の硬いDG盤に比べると、教会のモヤモヤした残響の中に音像が埋もれて聴こえるEMI盤の“掴みどころのない音”に、当時筆者は困惑したものだが、リマスターされたCDで今聴き直してみると、8度跳躍のモチーフや、行進リズムのファンファーレがかけ合うコーダの音響効果の見事さ(とくに音の伸びや拡がり)は、聴き手の肉体に刺激と興奮をあたえる“虚妄のバランス”とは一線を画した自然な臨場感がある。

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「趣味性の反映されたアトラクティヴなサウンド作りから遠い存在の客観性を打ち出している“EMIサウンド”の、あくまでナマの持つ音の自然なバランスの再現、これは皮肉なことにCDの時代になってようやく本来の姿を提示できるチャンスを与えられたようだ。大量に供給されているアナログ・ステレオ録音のCD化リリースの中にあって、EMI系録音の音源の持つ自然な音場再現は一頭抜けたものとなっている。」 『200CDクラシックの名録音』より田中成和氏による、立風書房、1998年)



提示部(1~186小節)アレグロ・ノン・トロッポ
sv0034c.jpg力を込めた強圧的な2発の和音打撃からして、緊迫した雰囲気がただよっている。付点音符を勇ましく駆け上がり、嵐のような弦のトレモロの中を管楽器が主題を威圧的に押し込んでゆく勢いはすさまじく、滑り込むような弦のシーンコペーションの音量のゆたかさと筆圧の強さは、のっけからベルリンフィルのパワーが全開である!

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弦の3連刻みで揺さぶりをかけながら、木管が第1主題を悲痛に歌い継ぐ一糸乱れぬフレージングも極めつけで、力の限り叩き込まれるティンパニと管弦が渾然一体となった音響の渦の中に聴き手が巻き込まれるような、途轍もない音響体験に鳥肌が立ってくる。

sv0034d.jpg何もここまで力まなくても、と思わないでもないが、「自分とベルリンフィルは、いま最高の状態にある」とカラヤンが豪語したこのコンビの全盛期らしい厳しさと確信にあふれた表情には一分の隙もなく、威風堂々たる風格を感じさせるのがこの演奏のすごいところだ。

悲嘆にくれるオーボエのモノローグ、意味ありげな弦の切分音リズム、荘重なトロンボーンのコラール(推移主題)など、作品のかたちを素直に表すというよりは、磨き上げられた各声部を名人芸的に誇示しながら、演出巧みな音楽が楽想に塗り込められてゆく。しかし、これらはカラヤンにとって、あくまで自己の美学を開陳するためのお膳立てにすぎない。

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sv0034e.jpgカラヤンが持てる力を発揮するのは、ヘ長調で歌われる第2主題(106小節)。自然に歌いながらも、大きな呼吸と美麗なレガートによって抑揚をつくるフレージングは悪魔的といってよく、ロマン的な気分を横溢させながら、とめどもない悲哀感を巧みに織り込んでゆくところはカラヤンの底知れぬ音楽性を示している。

ぬめるようなシンコペーションによって、行進曲風律動の8度跳躍へ周到に斬り込んでゆく場面は、身を奮い立たせるような闘争の精神が漲っている。

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その頂点は、8度下降を情熱的に繰り返すコデッタ(126小節)にやってくる。付点をたっぷり弾んで躍動する弦と、8度モチーフをなみなみと吹き上げる4本のホルンが対峙する場面(142小節)は管弦が溶け込むように、フォルティッシモでみずみずしく響きわたる音響効果に腰を抜かしてしまう。

木管の上昇フレーズの間隙を縫うように、「これでもか」と弦が弱拍の打撃を打ち込むところは思わずCDを指揮をしたくなる決めどころで、“とどめの強拍”の気魄に充ちた一撃は、いささか演出過剰が鼻につくとはいえ、カラヤンの“ヒロイックなカッコよさ”が極まった感があろう。

展開部(187~263小節)
sv0034h.jpg入念なピアニシモで“いわくありげに”進行するモルト・ピウ・アレグロの行進曲風エピソードは、いかにもナルシストのカラヤンらしい作為的な音楽運びで、自己の業績を述懐する“英雄譚”のようでもある。

弦の刻みで対位法的に紡ぐ精緻なスピッカートの行進曲は、抜き足差し足で“次なる獲物”(カネになる仕事、高い地位、美しい女性)を虎視眈々と狙うカラヤンの策略が浮かび上がってくるようで、木管をくわえて音量を増しながら、フォルテの付点フレーズを見得を切るように颯爽とさばくカラヤンの巧妙な術に、筆者の俗耳がはまってしまう。
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再現部(264-366小節)テンポ・プリモ
sv0034i.jpg推移主題の静謐なコラールが弦に出ると再現部だ。繊美なレガートによって神秘的な旋律をなめるように奏しつつ、来たる最後の闘争を予示する絶妙の語り口は帝王カラヤンの独壇場。やがて、柔らかなホルンとトロンボーンが第1主題をゆったりと、牧歌的に拡大して奏する291小節で最も美しく、崇高な瞬間がやってくる。

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ブラスのコラールに華を添えるように、浄化した気分の中を光沢を帯びた弦の和音が美しくたなびくところは、聴き手の耳を陶酔させる究極の“カラヤン美学”といえる。絶妙の呼吸でヴィオラが第2主題を滔々と、しかも気高く歌い上げるところは感涙極まる名場面で、慰めるような木管のモチーフもたまらない。聴き手の心に強く訴えかけながら、帝王は力を振り絞って最後の闘いに決然と立ち向かう。

8度の強烈な律動を容赦なく叩き込むコデッタの頂点は、絢爛豪華なカラヤン・サウンドを心ゆくまで堪能させてくれる。弦とホルンがゆたかな残響をともなってかけ合う場面は大きな音のご馳走で、強烈に吹き上げるホルンにトランペットも加勢して、闘争の音楽は光彩陸離たる一大絵巻物となって展開する。


コーダ(367~429小節)
sv0034j.jpgバスが第1主題の冒頭を執拗に繰り返し、勢いを増しながら行進モチーフを切り裂くように畳み掛けるフィナーレは、すさまじい管弦の嵐が吹き荒れる。

シャッキリと歯切れ良く打ち込む弦の打撃に、金管の“強烈なファンファーレ”が炸裂して応酬するクライマックスは圧巻としかいいようがなく、管弦の冴えた響きと怒濤の勢いでなだれ込むアグレッシブな力ワザは、プロイセン的な堅固さと底知れぬパワーを秘めたカラヤンの気魄が込められている。

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激しい行進の律動は悲劇の終幕というよりは、敵を完全制圧し、自己の勝利を確信したかのように高らかに謳い上げているところがカラヤンらしく、悲劇の楽想を刺激的でゴージャスな大管弦楽によって華々しく決めた白熱の演奏である。


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[ 2015/02/01 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)