ジュリーニ=シカゴ響の〈展覧会の絵〉

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ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲「展覧会の絵」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1977.4.6 Medinah Temple, Chicago (DG)
Recording Producer/Director: Günther Breest
Recording Engineer: Klaus Schaibe
Length: 34:29 (Stereo)
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ジュリーニがシカゴ交響楽団の指揮台に初めて立ったのは1955年11月のことで、ライナーが音楽監督をしていた時代に遡る。1969年にショルティが音楽監督に就任した時、異なるタイプのジュリーニが首席客演指揮者として迎え入れられ、シカゴ響との蜜月関係がはじまった。ジュリーニが指揮した70年代は、メジャーオケの中でトップの地位にあったシカゴ響の最盛期ともピタリと重なり、アドルフ・ハーセス(トランペット)を筆頭に名人奏者達が円熟期をむかえていた。

sv0036b.jpgシカゴ響の《展覧会》は商業録音だけでも6種におよぶことから、彼らの実力を発揮するのにうってつけの“看板曲”といえるもので、驚くことに〈プロムナード〉のソロをハーセスがすべて吹いているらしい。これはロジンスキーの時代に入団して以来半世紀にわたって君臨した“神様”が成し得た快挙といえる。

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ConductorRecordingLocationLevelTime
クーベリック1951.4.23,24Orchestra HallMercury28:31
ライナー1957.12.7Orchestra HallRCA33:05
小澤征爾1967.7.18Medinah TempleRCA30:22
ジュリーニ1977.4.6Medinah TempleDG34:29
ショルティ1980.5Medinah TempleDECCA33:26
Nヤルヴィ1989.11.27,28Orchestra HallCHANDOS32:52

これらの録音の中にあって、地味な存在ながらジュリーニ盤を推す音楽ファンは多い。ここでは期待に違わぬ強力なシカゴ響のブラス・セクションがものをいうが、哀愁たっぷりの〈古城〉や、重く引きずる〈ヴィドロ〉“歌の指揮者”ジュリーニの独壇場。遅めのテンポと精緻な管弦楽によって入念に歌い込むジュリーニの術が聴き手を酔わせてしまう。

sv0036c.jpg〈サミュエル・ゴールデンベルク〉〈バーバ・ヤガーの小屋〉の重厚かつ豪壮な管弦楽も聴きごたえ充分で、メカニックで鮮鋭なショルティ盤とは趣きを異にした魅力を備えている。シャイベ技師が手がけたDGのエッジの効いた解像度の高い録音も秀逸で、音楽的にも十全に練られた“シカゴ・サウンド”を心ゆくまで堪能させてくれる。

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「ジュリーニは《展覧会の絵》を90年にベルリン・フィルと再録音しているが、表現のしなやかさとスケールの点では、このシカゴとの旧盤を採りたい。テンポは新盤よりいく分速めだが、確信にみちた表現をスケール大きく展開して、細部までしなやかに揺るぎのない演奏をつくっている。ラヴェル編曲の色彩感といった面では少々渋いところはあるが、シカゴの表現力を手厚く生かして、各曲を確かな構成感で描ききっている。」 歌崎和彦氏による月評より、POCG9262、『レコード芸術』通巻第509号、音楽之友社、1993年)


「泰然自若とした恰幅の良い《展覧会の絵》だ。過度に音色を強調したり、演出めいたことを一切しない、いわば重心の低い、絶対音楽的な重厚路線の一枚である。」( 『200CDオーケストラこだわりの聴き方』より野本由起夫氏による、立風書房、2004年)


プロムナード
sv0036d.jpgトランペットのソロで歌い出される変則拍子のロシア風旋律は、テヌートを効かせて溌剌としたクーベリック盤とライナー盤、まろやかに朗唱するオザワ盤、直球勝負のドライなショルティ盤、変化球で打たせてとるヤルヴィ盤に比べると、ゆったりと味わいのある歌い口で、華麗で張りのある音はまぎれもなく名人ハーセス。弦がくわわる総奏は、ズシリとした厚みのあるシカゴ・サウンドによって、じっくり歌いこむのが印象的だ。

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小人(グノムス)~ヴィーヴォ
低音弦が大きく波打つ演奏は、地底の小妖鬼ならぬ巨人が体をゆすってのたうち回るかのようで、苦痛に喘ぐ悲痛な第1主題、チェレスタ、ハープのハーモニクスを美麗に散りばめた神秘の第2主題が表情たっぷりに描き出される。小太鼓が機関銃のように立ち上がる豪快なフィニッシュにも腰を抜かしてしまう。

プロムナード-古城~アンダンテ
sv0036e.jpg中世、北イタリアの古城で、タイツ姿の吟遊詩人カルロがひとり寂しく口ずさむ情景は哀愁に溢れ、甘酸っぱくも切ない気持ちを込めて非歌(エレジー)をしとやかに紡いでゆく。アルト・サックスの甘い香り、チェロの引きずるようなオルゲルプンクトの沈鬱な気分、弦のすすり泣くような哀しい応答が名曲に彩りを添えている。柔和なサックスのヴィブラートが消え入るウェットな結末も心にしみる。

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プロムナード-テュイルリーの庭~アレグロ・ノン・トロッポ
力強いトランペットに低音弦が土台をしっかり支えるプロムナードは重厚で、弦の肉厚のサウンドがズシリと腹に響いてくる。場面はパリのチュイルリー公園。子供たちがはしゃいで遊ぶ喧騒さは微塵もなく、中間部の遅いテンポが個性的だ。母親を困らせるような、ねっとりとした弦のスル・タストや、あどけない子供を表す透明でまろやかなクラリネットのソロなど、音の美感が周到に織り込まれている。

牛車(ヴィドロ)~センプレ・モデラート・ペザンテ
sv0036f.jpg作曲者がインスピレーションをえたハルトマン作《ポーランドの反乱》は、反乱首謀者が教会の前に集まり、銃殺刑に処せられる情景が描かれているとされ、ヴィドロとは「虐げられた人」の意味があるらしい。

ユーゴでパルチザンと戦った経験のある“ジュリーニ少尉”は、連合軍と戦うことを嫌って脱走し、終戦まで地下に身を隠したというが、銃殺刑の恐怖を織り重ねるように、捕らわれた人間の苦痛にゆがむ姿を生々しく刻印する。

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足枷をつけ、重い十字架を背負った歩みはジュリーニ・リズムの典型で、小太鼓のロールがクレッシェンドして最高潮に達するトゥッティの爆発的な最強奏もすさまじい。

卵の殻をつけた雛の踊り~ケルツィーノ・ヴィーヴォ・レッジェロ
木管がやさしく奏でるプロムナード3は一抹の寂しさを感じさせるが、ゆたかな低音弦とコントラ・ファゴットの生々しい響きから暗雲が垂れ込めてくる。卵の殻を破れない雛がくちばしで突つきながら飛び跳ねるバレエ音楽は、シカゴ響の木管セクションが遅めのテンポで精密な演奏をやってのけている。トリオの弦のトリラー小太鼓の枠を叩くリズム打ちも的確で、1番ホルン(クレヴェンジャーだろう)が抜群の存在感を示している。


サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ~アンダンテ
sv0036g.jpg尊大で威圧的な金持ちのユダヤ人(ゴールデンベルク)を示す“強大なユニゾン”は泣く子も黙るシカゴ軍団の独壇場。「ぐい」と弾きぬく筋肉質の弦の分厚いサウンドは天下一品で、その威力は絶大である! 

方や貧乏人シュミュイレの金切り声は突き抜けるような高音を発するトランペットが圧巻で、キレのある連音パッセージを吹きぬく名人芸が大きな聴きどころ。ゴールデンベルクの威圧的なバスに負けじと、がぶり四つで対抗しているのが面白い。ダメを押すような終止も指揮者の絶好調ぶりを伝えている。

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リモージュ市場~アレグロ・ヴィーヴォ
場面は南フランス中部の町。買い物とお喋りに余念のないおかみさん達の言い争いは、シャッキリとしたリズム感覚と小気味よいテンポ感が心地よく、動機が目まぐるしく駆け巡るパッセージの管・弦の精密さは名人オケならではいえる。決めどころは練習番号69の総奏で、トランペットが強烈に掃射する16分音符のすさまじさはに度肝を抜かされてしまう。メノ・モッソ(練習番号71)で32音符の刻みをトランペットが一気呵成に吹きぬく超絶ワザも聴きどころのひとつだろう。

カタコンブ~ラルゴ
sv0036h.jpgアタッカでつづく場面はキリスト教信者が古代ローマ時代に葬られたパリの地下墓地。友人の画家ハルトマンが案内し、作曲者は恐る恐るカンテラを下げて後について降りて行く。

テューバをくわえた鉛色のトロンボーン、フォルティシモで打ち放つ強力なホルン群、千両役者の登場とばかりに放歌高吟するトランペット独奏は、この楽団の看板セクションにふさわしい名人芸に酔わせてくれる。入念に歌いあげる〈死せる言葉による死者への語りかけ〉もじつに感動的で、ハープの上昇和音が不安な気分を浄化するかのようである。 

Carlo Maria Giulini: The Chicago Recordings

バーバ・ヤーガの小屋~アレグロ・コン・ブリオ・フェローチェ
sv0036i.jpg場面はスラヴの伝説、鶏の足の上に立てた妖婆の小屋。強烈な和音打撃と大太鼓を叩き込む開始は究極のシカゴ・サウンドを堪能させてくれる。豪壮な低音弦から繰り出すジュリーニ・リズムにのって、史上最強のブラス軍団が打ちぬ“妖婆の主題”は鋼のように力強い。

トロンボーンとホルンが入れ違いに喰らいついて和音をぶちかますところも気合い充分。ライナーの凶暴さやショルティのパンチ力には欠けるが、ジュリーニが押しの一手で突き進むさまは、シカゴ・マフィアの親分がチンピラを拳銃でなぎ倒す活劇を見るような痛快さがある。シロホンが「スコン!」と打ち込まれるトリオの音場の見事さも特筆されよう。

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キエフの大門~アレグロ・アッラ・ブレーヴェ
sv0036k.jpg場面は1869年のキエフ。ロシア風の屋根を持ち、3層の鐘楼をもつ雄大な建造物に思いをはせるように、ジュリーニは悠然たる歩みで壮大な絵物語を描いてゆく。ここは泣く子も黙るシカゴ・サウンドがパワー全開で、シカゴ響(教)信者にはたまらない魅力だろう。

圧巻はブラスがオクターヴで音階を上下する場面(練習番号107)で、フリードマンとジェイコブズが「神様は2人だけじゃネェぜ」と誇らしげに存在感を示している。プロムナード主題がトランペットによって高らかに回想されると(練習番号112)、主題に重ねるグロッケンシュピールの分離の良さ煌びやかな合奏美が最大の聴きどころだ。

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大きくリダルダンドをかけ(練習番号120)、強烈な大太鼓をぶち込むコーダは力感に溢れんばかり。大地をしっかりと踏みしめ、糊がへばり付いたように粘りながら、強音を杭のように打ち込む強大なフィニッシュは緊張の糸が最後まで途切れることはない。ジュリーニが“シカゴ・サウンド”を十全に生かしつつ、音楽的に練り上げた重厚路線の一枚だ。


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[ 2015/02/23 ] 音楽 ムソルグスキー | TB(-) | CM(-)