シェルヘンのベートーヴェン交響曲第6番「田園」

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ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調 Op.68 「田園」
ヘルマン・シェルヘン指揮
ルガーノ放送管弦楽団
Recording: 1965.3.12 Lugano (PLATZ)
Location: Radiotelevisione della Svizzera Italiana
Disc: PLCC729 (1998/10)
Length: 34:41 (Stereo)
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ヘルマン・シェルヘン(1891~1966)のレコードといえば、晩年にスイス・イタリア語放送局にステレオで残された《ベートーヴェン交響曲全集》が名高く、疾風怒濤の表現主義を極めた凄演として異彩を放っている。中でもシェルヘンの唸り声や叫び声が混入した《田園》は、音楽マニアにとくに珍重されているものだ。

sv0037b.jpg演奏はとにかくすさまじい。ここには長閑で牧歌的な田園情緒は何処へやら、せかせかしたテンポでオーケストラを煽るように爆進するさまは、一体何事が始まったのかと思わせるほどである。

フルトヴェングラーもかくやと思わせるアッチェレランドや、楽譜にない盛大なクレッシェンドで楽員をけしかけて熱く燃え上がるさまは、聴き手を興奮させる“ディレッタンティズムの極地”といえる。

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めまぐるしいテンポの変転はもとより、弦をガリガリと削るゼクエンツの強圧的な取り回しや、時には力瘤を入れて荒ワザを仕掛けるあたりも、この演奏、なかなか一筋縄ではいかない。大声でオーケストラを煽りながら爆風のように荒れ狂う〈嵐〉や、激情をぶちまけるようなフィナーレの熱い音楽は、自然賛歌というより“波瀾万丈の人生劇場”の感があろう。

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「ベートーヴェンの交響曲の個性的表現は、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルターなどの往年の巨匠たちがやり尽くしてしまい、新しいタイプの演奏は台頭してきた古楽器団体に期待するしかないと思っていた矢先、まさに青天の霹靂のように登場したのがこのシェルヘンのライヴであった。往年の巨匠たちの個性的な表現に慣れていたファンですら、この演奏には仰天した。ベートーヴェンの交響曲録音史上に、これほど爆発的な表現をしたものは今まで皆無だったのではないか。」 オントモムック『クラシックディスク・ファイル』より平林直哉氏による、YMDC1013~7、音楽之友社、1995年)


「異端の指揮者シェルヘンによる異常なライヴ演奏である。足を踏み鳴らし、怒号をあげながらオーケストラを追い立ててゆく。楽員もアマチュア・オーケストラのように弾きまくり、吹きまくる。現今、こんな演奏例は他に皆無だ。みなホットに燃えたぎっている。激情が先に立って仕上げがおろそかになっており、一般的にはお薦めできないが、フルトヴェングラーが警告した、レコード用の演奏がコンサート・ホールにも進出、という物足りなさを実感している人には最も貴重な記録といえよう。」 オントモムック『クラシック名盤大全』より宇野功芳氏による、PLCC685~90、音楽之友社、1998年)



第1楽章〈 田舎に着いたときの愉しい感情の目覚め〉
 アレグロ・マ・ノントロッポ

sv0037c.jpg主題呈示のフェルマータのあとの、大音量で突進する第2ヴァイオリンの攻撃的なフレージングにのっけから仰天するが、せかせかと奏するオーボエにのって、豪快に音量を増してゆく総奏の荒々しい足どりは異様としかいいようがない。

大きく練り回す第2主題もヴィオラとチェロが力まかせにフーガに加わって大立ち回り、その頂点で和音を強引に弾き切るあたりは、音楽が乱暴である。コデッタ(小結尾)に至っては、アンサンブルが破綻するほど荒れ狂い、まるでベートーヴェンが「カッカ」と頭に血をのぼらせて、怒り肩で憤然と歩くさまを連想させる。 [提示部は反復しない]   amazon

sv0037d.jpg展開部はヴィオラとチェロが3連音のリズムを「ガリガリ」と削るゼクエンツはすさまじく、地鳴りをあげる豪快な総奏が「ここぞ」とばかりに燃え上がる。第1主題を歌い上げる〈囀りの動機〉(243小節)など、とっ捕まえて首を締め上げた鳥の悲鳴にすら聴こえてくる。

波の満ち引きを織りなすコーダのクライマックスでは、檄を飛ばす指揮者の大声も飛び出すなど(455小節)、その劇的な音楽運びは熱血漢シェルヘンの独壇場。476小節でテンポを極端に落とすところは「ガクッ」とさせるが(ついでに記せばクラリネットの独奏がちょっと危うい)、念を押すように力を込めて押し込む終止和音も極めて刺激的だ。
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第2楽章〈小川のほとりの情景〉 アンデンテ・モルト・モッソ
sv0037e.jpg小川のせせらぎは、山あり谷あり、時には激流となって狂奔する。第1主題の豪快なクレッシェンドには肝をつぶすが、前のめりに奏するクラリネットは気ぜわしく、第2主題もどこか不安げで嵐の到来すら予感させるではないか。頂点では小川が急流になったような猛スピード過激なデュナーミクで荒れ狂うさまは、やり過ぎとしかいいようがない。

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主題を変奏する展開部は、小鳥たちがひりひりと苦痛を訴えるように聴こえてくるところも傑作だ。再現部もドタバタとあわただしく落ち着かないが、聴きどころはコーダ〈夜鶯の歌〉の2回目(132小節)。遅いテンポと陰鬱な気分でウズラとカッコウが嘆き出す(オーボエのミスあり)。他の木管もこのテンポで歌い継ぐが、待ちきれぬフルートが勢い駆け込み、そそくさと締めるあたりは即興というよりディレッタント的だ。


第3楽章〈田舎の人たちの楽しいつどい〉 アレグロ
sv0037f.jpg元気溌剌とはずむ舞曲はすこぶる陽気で、酔っぱらったように奏でる鄙びたオーボエは、作曲者がイメージした酒場のバンドにピタリとはまる。雑然とした弦楽はもとより、ホルン、クラリネットのソロもアマチュア・レベルだが“ヘタウマ的なノリ”で大健闘。

トリオは弓をバチバチと弦にぶつけて弾き飛ばす荒々しさも半端ではなく、楽員がなりふり構わず〈嵐〉に突進するところは気合い充分である。[ダカーポは削除]

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第4楽章〈雷雨、嵐〉 アレグロ
sv0037g.jpg指揮者の大きなかけ声とともに21小節から爆風が吹き荒れる。「それっ!それっ!」と楽員をけしかけて破天荒に暴れるさまは、まさに八方破れの快(怪)。43、47小節の稲妻をあらわすティンパニの一撃もこれまたすさまじく、皮が破裂したように炸裂する。

指揮者が罵声を張り上げ、力瘤を振り回して荒れ狂う嵐の第2波やクライマックスの“集中豪雨”など、アンサンブルは空転してほとんど崩壊しかけているが、裸の自己をさらけ出し、気でも違ったように大打ちまわるシェルヘンの感情表出には驚くしかない。

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第5楽章〈牧人の歌-嵐のあとの喜びと感謝の気持〉 アレグレット
sv0037h.jpg17小節から第2ヴァイオリンの〈クーライゲン〉が綿々と奏でられると、音楽は俄然盛り上がる。熱い歌心のヴィオラとチェロ、力を込めて不羈奔放に高揚する総奏など、フルベンを彷彿とさせるその白熱ぶりは、標題を超えた熱い共感が噴出する。変奏部はオーケストラの腕の冴えがほしいところだが、アンサンブルが崩れていく一方で、血のたぎった熱情が湧き上がってくるのがこの演奏の不思議な魅力である。

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大きな聴きどころは、ファゴットとチェロが主題を変形してカノン風に展開する第3変奏(177小節)からで、ヴァイオリンが美しいカンタービレを奏でて聴き手を魅了する。指揮者も無我夢中になって我を忘れたのか、何やら喋り出すところは気が狂ったのではないかと思わせるほどの没入ぶり。

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sv0037i.jpgファゴットとチェロがくすんだ分散和音で逍遙する中を、ホルンや木管が一丸となってフーガで盛り上がる第4変奏(206小節)も聴き逃せない。メリハリのある低弦のオクターブ上行を波立たせながら、「えい!えい!」とラジオ体操のような号令で楽員を叱咤激励し、楽譜にない盛大なクレッシェンドで高揚するクライマックスの総奏(219小節)は、熱き血が迸る指揮者の気魄に圧倒されてしまう。

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ソット・ヴォーチェで開始するコーダの音楽は、シェルヘンが波乱に満ちた人生を述懐するかのように情感を込めて奏される。
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低音弦に支えられた重みのある終止和音によって、ドラマチックな“シェルヘン劇場(激情)”が幕を下ろす(スタジオの拍手入り)。これは、爆演マニア垂涎の一枚だ。


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[ 2015/03/07 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)