朝比奈のリムスキー=コルサコフ〈シェエラザード〉

sv0004a.jpg
リムスキー=コルサコフ/交響組曲〈シェエラザード〉作品35
朝比奈 隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1982.11.22 Festival Hall, Osaka (FIREBIRD)
Producer: Motohiko Takawa
Engineer: Hatsuro Takanami
Length: 47:02 (Digital Live)
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


《シェエラザード》は朝比奈にとって深いかかわりがある。プロの指揮者としてデビューして4年後、関東軍の嘱託軍属という立場で新京とハルビンのオーケストラを振るために朝比奈は満州に渡った。帝政ロシアの極東への拠点であったハルビンは、当時“東洋のパリ”と称された美しい街で、革命を逃れた白系ロシア人がオーケストラに所属していた。

朝比奈が師事したエマヌエル・メッテル(1878~1941)もまた革命を逃れてハルビンへ移住したユダヤ系ロシア人で、グラズノフとリムスキー=コルサコフに師事したことから、朝比奈はリムスキー=コルサコフのいわば“正統の孫弟子”ということになろう。

sv0021f.jpg1945年3月、 戦局が次第に不利になる中、全満州の音楽家を総動員した合同オーケストラを組織して「全満合同大演奏会」が挙行され、交響詩《蒙古》(大木正夫作曲)、ヴァイオリン協奏曲(ベートーヴェン)、《シェエラザード》という演目を朝比奈が振って満州各地を巡回した。独奏を務めたのは当時18歳の辻久子で、アンコールは《軍艦マーチ》を150人の編成で盛大に演奏して士気を高めたという。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

「戦局が不利になればなるほど満州国の文化面に力を入れなくては、というわけで、全満のオーケストラを一同に集めよとの命令が出た。〈とにかく、でっかいことをやれ〉との命令で、ハルビン、新京を軸に放送局のプレイヤーを集め、リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》を演奏した。いまでは珍しくないことだが当時としてはこの曲は大曲中の大曲で、いまでいうマーラーの交響曲を演奏するようなものだった。」 朝比奈隆著『楽は堂に満ちて』より、音楽之友社、2001年)


「連日勤労動員に駆り出されて、音楽に飢えているときのコンサートだったので、夢心地で聞いたのをいまでも覚えています。友達とふたり、《シェエラザード》の第3楽章のメロディーを口ずさみながら家まで歩いたんですよ。その5ヶ月後に悪夢のような日々がやってくるなんて、思いもよりませんでした・・・」( 関西交響楽団ヴァイオリン奏者・増淵壽子氏、『朝比奈隆のすべて指揮生活60年の軌跡』より、芸術現代社、1997年)


この演奏会は当時の満州の人々に強烈な印象を残したとされるが、資料が一切現存しないことから“幻のコンサート”ともいわれている。演奏記録によると、朝比奈(以下オッサン)の《シェエラザード》はその後9回しか演奏されておらず、このファイアバード盤は、その最後にあたるコンサートの貴重なライヴ録音である。

「朝比奈絶頂期、82年のライヴ録音。演奏は朝比奈らしいスケールの巨大な、男気にあふれた名演だ。第1楽章の海の描写など、なんと言う懐の深さ、なんと言う鷹揚さであろうか。木管の律儀なアーティキュレーションはいかにも朝比奈らしいが、それがいささかも嫌味に響かない。それでいてシェエラザードの主題の繊細な艶っぽさも一流なのだ。第3楽章の抒情にしたって! 終楽章は慌てず騒がずでこのド迫力である。終結部の格調の高さも巨匠ならでは。大阪フィルにも大拍手。朝比奈ファンのみならず必聴の名盤。」松沢憲氏による月評より、KICC3618、『レコード芸術』通巻第735号、音楽之友社、2011年)



第1楽章 「海とシンドバッドの船」(ラルゴ・エ・マエストーソ)
ドスの効いた朝比奈翁(王)のブラス主題は威厳に充ち満ちている。今宵、伽のお相手(シェエラザード)を務めるのは、オッサンに請われて2年前に名古屋フィルから移籍したコンサートマスターの稲庭達。じつは、オッサンの一番のお気に入りは新人のフルート奏者で、この女性の前ではオッサンはかなり“ええ格好しい”だったらしい。

「女性の楽員の話なども酒の席では出ますが、結構、封建的な発言があるんです。女は黙ってどうのこうのとか、女は愛嬌だ、ヴァイオリンを弾いている女はキーキー言ってうるさいとか。気の強い女性は苦手だったし、にこにこして愛想のよい女性が来ると機嫌がよくなりました。」 中丸美繪著『オーケストラ、それは我なり』より、文藝春秋、2008年)


主部は大海原が拡がる〈海の主題〉。いかにもオッサンらしい茫洋とした趣きがユニークで、悠揚迫らぬ足取りとスケール感は無類のものだ。大波のうねりの中をねばり腰で突き進むさまは、沈没しかけの漁船に乗って、無謀にも荒波の中へ出向いてゆく“勇み肌の親分”を連想させる。

sv0004b.jpgところが、この舟がさっぱり進まない。まるで“鉛の海”の中でもがくような重苦しい弦の響き、燻し銀のブラスなど、色彩感や華麗さからほど遠い管楽器のモノトーンの音色と雑然としたアンサンブルが、「一体どうなるのか」と聴き手を不安に陥れる。

「ごうごう」と地鳴りをあげる低音弦も独特のもので、ここでは低音を礎にがっちりと構築された自慢の“大フィル・サウンド”が裏目に出てしまった感がある。

オッサンのつよい個性を刻印しているのが〈海の主題〉の再現部(114小節)。ルフト・パウゼの後に管弦をごりごり押し込む威勢のよさは“浪花のど根性”といわんばかりの武骨さで、主題展開(193小節)で根太いトロンボーンを「がっつり」とぶつける野武士のような荒技は、オッサンの面目躍如たるところだ。

ひたすら楽譜に忠実に、音の原石を積み重ね、出てきた音に一切の責任はなし、「文句のあるやつはリムスキー=コルサコフを呼んで来い!」といわんばかりに、内部につよい緊張感と威厳を秘めたスタイルはオッサンの独壇場といってよく、木管の実直過ぎるフレージングや、力果てたような〈舟の主題〉〈波のモチーフ〉の哀感(疲労感)などもすこぶる個性的である。


第2楽章 「カランダール王子の物語」(レント)
sv0021a.jpg木管がよろめくようなルバートをかけてアド・リブで歌い継ぐカランダール王子のメロディに、ロシアの情感がこってりと漂うところはメッテル直伝の秘術といってよく、チェロの独奏がレチタティーボ風にもってりと歌い継ぐあたりは、よよと泣き崩れる“浪花節”的な気分が横溢する。


amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

シャリアール王の怒りをあらわす中間部は、野性味たっぷりの“大フィル・サウンド”が全開だ。豪壮な低音弦や金管の強奏は音が汚く野趣であるが、ボロディンの交響曲のような勇猛ぶりがいかにもオッサンらしい。オッサンの練習はほとんどが弦に費やされるとされ、管楽器には「思い切って吹け!」の一点張り。とにかく譜面を信用して力いっぱい弾く、というのが朝比奈音楽の基本なのだ。

大フィルの木管セクションは、カデンツァなど十分に健闘しているとはいえ、鎧を身に纏った古武士のようなスタイルが厳めしく、目も眩むような色彩感や絢爛たるオーケストレーションに背を向けた音楽はどこか異質で重苦しい。楽譜通りやって面白くなければ「作曲家が悪いんじゃ」と豪語するオッサンの声が聞こえてきそうだ。


第3楽章 「若き王子と王女」(アンダンテ・クワジ・アレグレット)
sv0004c.jpg東洋風の哀調を帯びたロマンティックなメロディを、オッサンは満州への望郷の念を込めて滔々と歌い上げる。たっぷりと弓を使い、たっぷりと息を吹き込む“朝比奈節”はじつに大らかで、これがツボにはまっている。オッサンが振ると音が変わって重厚になる、あの風貌、顔を見るだけで自然とそうなる、というから不思議だ。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

中間部は、大阪の夏の風物詩「天神祭」の音楽だ。大川の陸渡御や、天満の天神さん界隈の露天の賑わいを、オッサンは鈍重なリズムで気取らずに描き出す。各パートを「こってり」と厚塗りする喧騒な管弦楽も大衆的で、ウメ地下(梅田地下街)の串カツ屋で一杯やっている庶民的なオッサンの姿が浮かんでくる。

オッサンはツバを飛ばして大声でしゃべりまくり、お客が共同で使うソースに食いかけの串をどっぷり2度漬けして、よく店主に怒鳴られたという。

コン・プリマの再現部は、あまりに遅いテンポに仰天するが、これは《新世界》のラルゴでも見せるオッサンの必殺ワザ。「もう弓が足りまへん」とぼやく奏者泣かせのテンポは懐かしい満州へのノスタルジーか、あるいは町子夫人と幼い千足を連れて満州から引き上げた時の艱難辛苦をしみじみと述懐するかのようでもある。


第4楽章 「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」
sv0021e.jpg独奏を断ち切って突き進むヴィーヴォは闘う男の音楽だ。打楽器をがんがん叩き込み、〈海の主題〉へ突入する274小節から親分が闇討ちをかけるように気魄を込めて暴れ出す。主題がメドレーで交錯する豪華絢爛たるアラビアンナイトの絵巻物が、オッサンの手に掛かると武骨一辺倒で押しまくるところがユニークといえる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

圧巻は付点リズムの総奏で走り出すピウ・ストレット(496小節)。「大きな音を出せ!」「ぶぁ~と行け!」と楽員を鼓舞しながらクライマックスへと突き進む豪快な気風と、適度に荒れた大フィル・サウンドが聴き手を圧倒する。朝比奈の棒は拍が不明確で合わせにくいといわれるが、裏拍まで精確に振る斎藤門下生のテクニックを後目に「ワシの指揮は見なくていいんじゃ」と言い切るオッサンの太っ腹が頼もしい。

sv0021c.jpg嵐の頂点(586小節から)は、オッサンの代名詞たる「ずっしりと響く重低音と骨の太いブラスの咆哮」で最後の大勝負に打って出る。楽器が潰れんばかりのfffの号砲はメッテル師直伝のもので、「ごりごり」と打つ低音の刻みもすさまじい。沈みかけの漁船が木っ端微塵に玉砕するさまは、なるほど、オッサンらしい尚武の気風と潔さが伝わってくる。「戦争に負けたら連隊長はハラを切るべきで、批判は甘んじて受けにゃいかん。それがプロフェッショナルというもんで、殿様芸ではないんじゃ!」と豪語するオッサンの気質は、『忠臣蔵』の世界にも通じるものだ。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

嵐は過ぎ去り、舟の残骸に身を横たえたオッサンが〈波の主題〉に「どんぶら」と揺られながら、「わが激動の人生」を回想する情感のゆたかさも無類のもの。“浪花のスタリーク”こと稲庭がキリリと締めるエンディングも格調高く、バスが地鳴りをあげて不気味にたゆたう〈海の主題〉の深みのある味わいは、不死身のオッサンらしい“豪傑ぶり”“闘う男の心意気”を伝えてあますところがない。

人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2014/03/14 ] 音楽 R.コルサコフ | TB(-) | CM(-)